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『カルチャー・レヴュー』2006・2

『カルチャー・レヴュー』
http://homepage3.nifty.com/luna-sy/


 *以下は立岩に送っていただいたものです。
  直接上記のホームページをご覧ください。

『カルチャー・レヴュー』59号(弥生号)
『カルチャー・レヴュー』60号(卯月号)
『カルチャー・レヴュー』61号(皐月号)
『カルチャー・レヴュー』2006・3


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■本誌は<転送歓迎>です。但しその場合は著者・発行所を明記した「全頁」
 の転送であること、またそれぞれの著作権・出版権を配慮してください。
 無断部分転載は厳禁です。
■本誌へのご意見・ご感想・情報は「るな工房」までお願いします。
 電子メールは、"YIJ00302"を"@nifty.com"の前に付けて下さい。
■メールでの投稿・情報を歓迎します。

◆直送版◆
●○●---------------------------------------------------------●○●
 (創刊1998/10/01)
     『カルチャー・レヴュー』59号(弥生号)
         (2006/03/01発行)
     発行所:るな工房/黒猫房/窓月書房
        [60号は、2006/04/01頃発行予定です]
●○●---------------------------------------------------------●○●
■目 次■-----------------------------------------------------------
◆連載「映画館の日々」番外編:長い髪の少女あるいは同一化の欲望――やま
 じえびねのレズビアン・コミックについて---------------------鈴木 薫
◆連載「文学のはざま2」第5回:『日本文学盛衰史』『ミヤザワケンジ・グレ
イテストヒッツ』ほか高橋源一郎の最近の小説はいかが?(2)------村田 豪
◆INFORMATION:トークセッション「希望の国家論」(立岩真也×稲葉振一郎)
 /「職場の人権」第78回研究会(報告:本田由紀)/composition −建築す
 る音−/「哲学的腹ぺこ塾」61回
◆黒猫房主の周辺「いいかげんな春よ、来い!」-----------------黒猫房主
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★黒猫カレンダー・プロジェクト発動!
 http://homepage3.nifty.com/luna-sy/ca01.html
「黒猫」のみを掲載したカレンダーって、なかなか売っていませんよね!
それで、いっそみんなで作っちゃおうという参加型のプロジェクトです。
「黒猫」のみを掲載した、2007年度版カレンダー製作に向けて、全国の黒
猫好きの方々からの投稿写真を募ります。

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////// 連載「映画館の日々」番外篇 //////

       長い髪の少女あるいは同一化の欲望
       ――やまじえびねのレズビアン・コミックについて

                              鈴木 薫
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 やまじえびねのレズビアン・ストーリーといえば、代表的なものとして
『LOVE MY LIFE』(2001年)と『インディゴ・ブルー』(2002年)が挙げられ
よう(*)。ウェブで見るかぎり、洗練された無駄のない線がつむぎ出すよく
練られたプロットと丁寧な心理描写で、等身大のレズビアンを描いていると好
評のようだ。現実はこんなふうにうまくはいかないという声もあって、それも
また理解できる。『LOVE MY LIFE』は、十九歳のいちこが父に恋人を紹介する
ところからはじまる。相手が女子学生だったので父はびっくりするが、それを
きっかけに、父には男の恋人がおり、いちこの亡くなった母もレズビアンだっ
たとわかる。エリーこと英理子は、男性優越主義者の父を見返すために弁護士
になろうとしているが、司法試験を控えて勉強に集中すべき時期が来て、いち
こはエリーと会えなくなる。そしてやってくる思いがけない形でのハッピーエ
ンド。二人の外見を紹介しておくと、いちこはちょっと癖のある髪を頭にぴっ
たりした帽子のように短くしていて、年上のエリーは真中分けのストレートの
髪をあごの高さで切りそろえている。

『インディゴ・ブルー』は、よりリアリズム的と見られうるのだろう。若い小
説家の路都(ルツ)は、学生時代の先輩であり今は出版社に勤めていて自分の
担当になった龍二とつきあっているが、本当に恋したことのあるのは女性だけ
だ。環との出会いによって、彼女は龍二に別れを切り出せないまま二股かける
ことになる。環にそれがばれて交際を絶たれそうになるという危機を乗り越
え、龍二ともきれいに別れて、これもハッピーエンド。環はsa vieを毅然と生
きており、別れようとするときもルツに未練を見せない(いささかカッコよす
ぎ)。環の髪型はいかにもタチのベリーショートで(輪郭の中が黒く塗りつぶ
されている。いちこの髪が白いままでヒヨコみたいなのとは対照的だ)、ルツ
の方は襟足までのスタイリッシュなショート。龍二もできた恋人で、家庭や子
供を望むのではない、ただそばにいてほしいだけだとルツにプロポーズする。
しかも、ルツの友人の画家であるもっさりした伝さんが、「伝さんよりルック
スが劣るから」会わせたくないと言われたあとでルツと一緒にいるところを見
かけて鼻白むイケメンだ。脇役たちは『LOVE MY LIFE』でも的確に配されてい
て、いちこの母のかつてのガールフレンドの現在の相手は、額に深い傷のよう
に皺と年齢を刻んだ女性だった。

『インディゴ・ブルー』は、『LOVE MY LIFE』のあと、大人の女性を主人公に
もっと男性の絡む話をと編集者に言われて描いたとあとがきにある。作品に
とってそのことはけっして悪く働いていない。同性愛ものはハッピーエンドで
終らないと言われた時期があって、実際、ハリウッド映画に出てくる同性愛者
たちは不幸な運命しか持てないという時代が続いたのだし、少女マンガでは先
駆的なレズビアンものである山岸凉子の『白い部屋のふたり』も典型的な悲劇
だった。東京レズビアン&ゲイ映画祭でハッピーエンドのレズビアン映画が上
映されると、二人が死なないところがいいと、ことさら言う声が聞かれたもの
だ(だが、異性の恋人たちが死んで終る物語ならいくらでも数えあげることが
でき、私たちは長年それによるカタルシスにひたってきたというのに、同性の
場合だけそれを忌むのはかえっておかしな話だろう)。『インディゴ・ブ
ルー』にあるのは、ありきたりでない展開、すぐれた絵の技術、納得のいく心
理描写、そして多少の理想化だ。しかし、それだけならば、あえてここで取り
上げることはなかったろう。今のように見るからに手だれの作家になる以前に
も、彼女には多くの作品があり、すでにそこには女同士の愛憎がきらめいてい
た。そうした萌芽は、松浦理英子の短篇『乾く夏』にインスパイアされ、発表
を予定しないで描かれたという「夜を超える」(2003年に同名の短篇集に収
録、執筆は1991年)に結晶している。

 後年の作が都会の〈マンション〉住まいの女たちにふさわしく、無機的でシ
ンプルな線で構成されているのに対し、「夜を超える」の絵柄は少女マンガの
それで(当時の彼女はいろいろな絵柄を試している。一作一作絵が違う、岡田
史子のように)、描線は植物的に丸みをおび、髪は一本一本書き入れられてい
る(エリーやルツの髪はもっとあっさりと線が入れられている)、西洋風のイ
ンテリアや街並みはリアルな日本からほど遠い。そして野外の場面では、草や
木の葉の描き方が(そして人物も)大島弓子を思わせる。幕開きの場面で、白
布を掛けた大きな肱掛椅子を一つずつ占領しているのは、リストカット癖のあ
るエキセントリックな美少女・香織と、友だちの沙英だ。彼女は、香織の前の
恋人・井波とつきあうよう、香織にしむけられている。松浦の読者にとっては
おなじみのシチュエーションだ。香織にとって、男はセックスの相手以上のも
のではない。そして沙英の方は、月経はあるものの手術によらなければ性交不
能の身体らしい。二人の少女にとって重要なのは、結局のところ互いの関係な
のだが、しかし彼女たちはストレートに(?)同性愛の関係には入ってゆかな
い。直接触れ合うことなく、男を介在させている。性を逆転すれば、これはホ
モソーシャリティという名で広く知られた現象だ。女の交換は普遍的だが、し
かし、女による男の共有は文化の中に存在しない。

 ありうべき誤解は、これを、『LOVE MY LIFE』や『インディゴ・ブルー』へ
至る以前の未熟な段階と見なすことだ。女同士が堂々と愛しあうことができ
ず、異性愛のかげに隠れている。そう考えること自体、ある意味で倒錯的と言
えよう。なぜなら、規範の枠組によるなら、女同士で愛しあうのは未分化で幼
児的な段階にとどまることであり、男女で性行為を行いうることこそが成熟の
しるしであるからだ。しかし「夜を超える」の少女たちは、女同士の性行為に
至り得ないゆえに未成熟というわけではなく、すでに異性愛に地平線まで踏み
固められた世界において、ペニスの介入なしでは性行為がありえないという規
範〈後〉を生きている。それゆえ、直接触れ合わずに迂回する。むろん、男な
ど介さず直接触れ合ったほうが気持ちいいに決まっているが、しかし、自らを
レズビアンと呼ぶことに疑いを持たない女たちが登場する後年の作品が失って
しまったものが「夜を超える」にはあるのだ。

 ヘテロセクシュアルの女とは男を欲望する女ではない。また、男と寝て快楽
を得ている女でもない。女同士の快楽を信じられない女だ。荷宮和子が《「女
=たとえ好きな男が相手でも、セックスで満足できるとは限らない身の上に、
自身には何の責任もないまま生まれてしまった生き物」に比べれば、「男=射
精さえ出来れば満足出来る、すなわち、何「の努力もしなくともいい思いをす
ることが出来る体に生まれた生き物」は、生まれてこれただけで僥倖に恵まれ
ていると言える訳であり、ゆえに、女である私は、「男に生まれてきた」とい
う理由だけで、十分すぎるくらいに男が憎いのである》(「大航海」No.28 新
書館、2006)と書くとき、すべての男女が実際にそうであるかは問題ではな
い。彼女はただ、ヘテロセクシュアルの女の絶望を語っているのだ。

 にもかかわらず、ヘテロセクシュアルの女は、女同士の関係をどこまでも性
的ならざる結びつきとしか見ることができない。それを、男との性交に較べた
ら取るに足らないものと考えることしかできない。彼女たちが想像することの
できるのは、男に絶望した女たちの傷の舐めあい、政治的レズビアン、シス
ターフッド、女縁。せいぜいがそんなところだ。あるいは、男の表象を中心に
して、手の届かない男に共通の関心を持つて女たちが群れつどう、脱性化され
た世界の気の抜けたソーダ水のような味わいをレズビアニズムと取り違える。
宝塚。ヨン様。やおい? そもそも男の表象なくしてはセクシュアリティは作
動しないのだから、そういった女同士の二次的な関係すら、男という求心力を
失えば不可能になると彼女たちは考える。

 ヘテロセクシュアルの女とは男を欲望する女ではない。女の性的表象に性的
昂奮を覚え、それをおのが身に引き受けようとする女だ。享楽を得る女へのナ
ルシスティックな同一化。女の表象が享楽のしるしである私たちの文化におい
て、それは男性主体には公式には許されていないものであり、また、男が女を
欲望するように女が男を欲望するのではないヘテロセクシュアルの女の欲望
が、レズビアンの欲望と区別がつかなくなるかもしれない一点でもある。香織
は沙英を、現在のボーイフレンド湯本とのドライヴに誘う。三人でドライヴし
たいと彼が言ったというのは沙英自身も思うようにたぶん嘘で、湯本にとって
沙英は香織との男-女関係にとって余計なものだ。湯本にうながされ、香織は
30分だけと彼と一緒に姿を消す。そして後刻、それでも平気なのかと沙英をな
じり、「湯本なんか死ねばいい」と口にする。「人を物みたいに扱って」。し
かし別れるのかと沙英が問うと、「別れたら二度とつかまらないわ あんな好
色」と答える。香織が湯本と旅行に出ると、香織の前のボーイフレンド井波の
部屋で、沙英は井波に香織のように愛される。「過去の男たちとは比べものに
ならない」闇の中で沙英は呟く。「彼はこうして香織と幾晩もすごしてきたの
だ」。彼女の快楽、彼女として感じること。次のコマで闇の中に横たわるのは
沙英ではない。顔の上半分に髪がかぶさり、唇を開いた香織の傍には、「香織
になったような気がする」と文字が白抜きされている。

 胴体だけの金色のマネキン人形――なまめかしくかつストイックな――その
ようなとして香織が沙英を見ていることが、それ以前に沙英と井波のあいだで
語られていた。彼女の身体的な欠陥――それともそれは、『親指ペニスの修行
時代』のヒロインにおける足指の欠陥に似て、彼女のセクシュアリティを(非
本質的な)異性間性交におさまりきらないものにする「過剰」なのだろうか?
――が男性器の侵入をはばむ。朝帰りした沙英は、湯本との旅行を中止して
戻った沙英を自宅の前に見出す。今まで井波のところにいたことを告げ、沙英
は彼女を置いて中へ入ろうとする。井波との性交の成就(の誤解)、彼女がも
はや金色のマネキンでないかもしれないことは、香織に自殺を図らせるほどの
衝撃を与える。二人の関係をシスターフッド的なぬるい一般化から遠ざけるの
は、この強度にほかならない。

『インディゴ・ブルー』では、女同士がはっきり身体を重ね合わせると同時
に、男より女を選ぶのはなぜかが真剣に問われることになる。なぜ龍二では満
足できないのか。男と「して」も気持ちいいけれど、女でなくては愛せないと
ルツは考える(セックスがタブーでなくなって以来、最後に担保されるのは愛
だ。龍二は愛せなかったが、環によって自分が人を愛しうるとわかったとルツ
は言う)。十六歳からレズビアンとして生きてきた環は、捨てるものも大きい
のによく選んだというルツに、何も捨ててはいないと反駁する。男とつきあえ
ないから、男に愛されないから、男とのセックスがよくないからレズビアンに
走るといった浅薄な見方は、ここでは完全に否定される(むろんそれは否定さ
れるべきだ)。龍二とのセックスもよかったことが、科白として彼に告げられ
る。三人の関係をリフレクトするルツの小説は完成し、彼女の担当を龍二は離
れる。やまじえびねの描線のようにすみずみまで神経が行き届いた、誰も傷つ
けることのないやさしい世界。そして世界は(『LOVE MY LIFE』同様)美しい
一冊の書物となって終る。

「夜を超える」やその他の先行作品にはあって、近年の作品からは消えたも
の、その中で誰の目にも明らかなものを一つ挙げよう。それは相手役の女の長
い髪だ。香織の元カレに「され」ながら、闇のなかで沙英が思い浮かべる香織
の顔を覆っていた長い髪(もっと前のページで、それは生き物のように宙に
躍っていた)。「封印」(『夜を超える所収』、初出は1992年)では、画家カ
ティアの「ただの女友達ではない」ジーナが、長い髪を真中で分けていた。う
つつには拒みながら夢遊状態で魂は男に会いに行っていたジーナを、絵の中に
封印しようとして、実在したレズビアン画家ロメーン・ブルックスと同じポー
ズ、同じ構図でカティアは描いている。絵柄は違うが、また長い髪ではないが
エリーも真ん中分けだ(ちなみに、香織は前髪を切りそろえている)。いちこ
に対しては年長の経験者としてふるまうエリーのフェム性は、元ボーイフレン
ドと偶然遭遇した直後、彼とのセックスで感じるエリーを思っていちこが欲情
するというエピソードであらわになる。対して『インディゴ・ブルー』では、
環が昔寝たことのある男の話をし、ペニスを入れられること自体が気に入らな
いと言い、相手の男にお尻に指を入れさせてと頼んだらとんでもないと怒り出
したと言ってルツを笑わせるが、ルツを(そして私たちを)欲情させはしな
い。彼女は、ペニスでしか感じない男並みに同一化の欲望をそそらない女なの
だ。

 真ん中で分けた長い髪は、「美雪」(『スウィート・ラヴィン・ベイビー』
所収、初出は1993年)の主人公が惹かれる、いつも黒い服の「尼僧のような」
美術学科の学生、美雪の特徴でもある。映画学科の美しい男子学生と彼女が話
しているのを見て、「これが現実?」とヒロインは自問する。しかし、最後に
は、美雪に話しかけると、今度自分と同じ文芸学科に移ることを告げられ、い
つも私を見ていたでしょうと言われ(谷崎の『卍』の二人の出会いのよう
だ)、男と一緒にいる美雪を見てどういう感情を持ったかを言わされ、ついに
彼女への欲望までを告白させられる。そして、「あなたがしてほしいことはな
んでもしてあげる」という信じられない応えが返ってくるのだ。これはとうて
い現実ではない――幻覚的な願望成就だ(だが、それが彼女の妄想であるとは
どこにも語られていない)。政治的に正しいハッピーエンドとは性質を異にす
るこの穏やかな結末は、皮肉にも、作家に作品を(マンガや小説を)可能にす
るのと同じ種類の欲望に支えられている。

 フロイトは規範的な性愛しか認めなかったと主張する、フロイトを読んでい
ないフェミニストたちがいる。だが、実際には、規範的な性愛と逸脱した性愛
と言われるものとのあいだに本質的な違いはない(どちらも性器的体制に統御
されている)とフロイトは考えたのだ。しかし、違いは本当にないのだろう
か。たとえば私はロラン・バルトについてスーザン・ソンタグが書いている、
「倒錯は解放する(Perversion liberates)」**という言葉を思い出す。もっ
ともソンタグは、バルトはそういう「古風な」考えを持っていたという、肯定
的とはいえない文脈でそう述べているのだが(”Under the Sign of
Saturn”)。しかしそれはけっして古風な考えなどではない。問題は、それ
をどう表現するかということだ。違いがないとひとたび断言したあとにすべき
は、ともに規範に入ることではない。さらに逸脱しつづけることだ。

「夜を超えて」は、女装した老いたローラースケーターが深夜の路上を素晴し
いスピードで駆け抜けるのを、二人の少女が目撃するところで終る(今回、
『乾いた夏』を読み返せなかったが、この老人は原作にあったと思う)。「生
と性を超えた」超人と彼は呼ばれる。しかしこれは言葉だけのスローガンにと
どまり、それ自身にさほど魅力も感じられない上、やまじえびねの以後の作品
に引き継がれてもいない。美しい書物は破り捨てよ。やまじえびねには規範を
超えてほしい。

*以下で言及するやまじえびねの作品はいずれも祥伝社から出ている。
**原文は“It liberates”だが、邦訳版『土星の徴しの下に』(晶文社
1982)はこの”It”を「文学」と訳していた。単純な先行詞の取り違えだと
思うが……。あるいは翻訳者には、「倒錯が自由にする」などという発想は思
いもよらなかったのかもしれない。

■プロフィール■
(すずき・かおる)成瀬あと一回で終りにと思いつつ先延ばしに……。本当は
『セックス・チェンジズ』の書評を書かなくてはならないのですが(某所で、
近いうちここに書評を載せるとふれてしまったもので)。それを覚えていて来
て下さる奇特な方(おられたとして)に満足していただける内容だったかどう
か……。今回、記憶だけで書いてあとからマンガを参照すると間違いだらけな
ので、訂正せざるを得ませんでした(成瀬は見直せないので、その点楽か
も……)。次回できっと……いえ、たぶん、完結させます。
★ブログ「ロワジール館別館」http://kaoruSZ.exblog.jp/

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////// 連載「文学のはざま2」第5回 //////

  『日本文学盛衰史』『ミヤザワケンジ・グレイテストヒッツ』ほか
   高橋源一郎の最近の小説はいかが?
   ――あの素晴らしい「国民文学」をもう一度<2>

                              村田 豪
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 前回は、『ゴーストバスターズ』を転機とした高橋源一郎が、その後『日本
文学盛衰史』において浮かびあがらせようと試みた「文学の可能性」を粗描し
た。これは、明治の文学者の格闘を通してえがかれているのだが、その文豪た
ちを現代風俗のなかで立ち回らせるという虚構の設定を持ち込むことで、高橋
は、同時に彼自身を含めた現代小説家のかかえる課題ともこれを重ね合わせよ
うとしている。このこともすでに簡単ながらたどることができた。

 そして、この「小説の可能性」が、究極において「表象不可能性」(二葉亭
四迷の逐語的翻訳)と結びつけられるとき、問題は「文学と政治」という大き
なテーマにかかわりはじめることになる。それは題材においてでもあり、また
書くこと、表象することがはらむ「政治性」においてでもある。今回はこのこ
とにまつわる問題の意義をあきらかにし、さらに高橋の他の近作ではどのよう
に展開されているのか、解明してみたい。

 全体で40章を越える大部の『日本文学盛衰史』においては、多数の作家の多
様な文学的生活がえがかれている。時系列も必ずしも一本調子でなく、一見雑
然とした出来事の羅列のようにもみえる。しかし、その中でも作者が構成上の
中心として一番の力点をおいているのは、「大逆事件」を背景にした夏目漱石
と石川啄木の交渉であるといえる。そして前回予告したように、ここにこそ高
橋が同作に盛り込んだ最大のテーマをよみとることができるだろう。

 確認しておかなくてはならないのは、漱石は「大逆事件」(1910年)につい
て自分の考えらしきものをあきらかにしていないことだ。また、その後の作品
にも事件の直接的な影響はあらわれていない、と通常みなされている。ただ、
幸徳秋水以下の社会主義者を一網打尽にし、運動と言論への未曾有の大弾圧と
なった「大逆事件」にたいして、かろうじて一定の応接を示しえた文学者は、
啄木、森鴎外、永井荷風、田山花袋などの少数のにかぎられていた。であるか
らには、漱石が事件について沈黙していたこと自体は、けっして特別に奇異な
ことともいえないのである。

 けれど、朝日新聞文芸欄主宰という立場にあり、日露戦争後の文壇において
すでに大家の一人であり、それに事件と裁判の渦中にいるのが、自分からそう
遠からぬ人々であるにもかかわらず、漱石が何も言わずに済ませたのはなぜな
のか。こういう疑問がおのずとわきあがることも否定できないかもしれない。

 この疑問にたいして、高橋は作品のなかで作りあげたフィクションに託して
明瞭な解答をあたえようとしている。それが、「大逆事件」をめぐって啄木と
漱石の間に生じたやり取りということになる。これには証拠があるわけではな
い。けれど、当時の状況や出来事の前後関係、各自の立場、作品の内容、日記
やエッセイの言葉などをつなぎ合わせるなら、確かに似たようなことはあった
のかもしれない、と想像することはできるようになっている。

 ここをかいつまんで説明すると、まず、「でっちあげ」に近い形で幸徳たち
に「大逆罪」(=死刑罪)が下されつつあり、社会主義者への弾圧が大規模に
進行していくさなか、啄木は「時代閉塞の現状」を書いた。これは、体制に服
従するしかない「自然主義」を批判し、「強権(=絶対主義的天皇制国家)」
を「敵」としてあからさまに名指そうとする点で、当時としては類例のない思
想的突出を示した評論として名高い。ここまでは事実。

 それにたいし、では朝日の文芸欄掲載のために誰が啄木に原稿依頼したの
か、それは実は漱石だったのではないか、と高橋は推察するのだ。また、啄木
の仕事や生活の状況を漱石が気にかけるという場面を、作者はたびたび作中に
挿しはさんでいる。このことが、上記の疑問にたいするひとつの解答になって
いるのはみやすいだろう。つまり、漱石は自分の書きもののなかでは公にしな
かったが、啄木の思想的追求を励まし支え、それに共感することで「大逆事
件」に向きあっていた、というのだ。

 ところが、もうひとつの事実がある。というのは、啄木の「時代閉塞の現
状」は結局、当時朝日新聞に掲載されることはなかったのだ。そして、こちら
についての解釈のほうがより重要な論点をはらむだろう。高橋は、なんと、啄
木の原稿を掲載するのを見送る決定をしたのもまた漱石だった、とするのだ
(「時期が悪すぎた。森先生の作品でさえ発禁になったのだ。君の評論が載れ
ば、朝日は大きな打撃をうけただろう」『日本文学盛衰史』講談社文庫
p522)。

 高橋の考察はさらに広がる。「強権」にのまれようとしている「現状」への
批判を公表させず、啄木への「裏切り」をおこなった漱石は、ある種の罪と悔
恨を抱くことになる。それが後の小説『こころ』に謎めいた記述として反映し
ているというのだ。そのもっともたるものが同作中の「K」という人物であ
る。これまでの漱石研究においてもさまざまに「K」のモデルが推定された
が、これにまじって高橋は、「K」には石川啄木が仮託されている、と結論づ
けるのだ。つまり、「先生=漱石」は、「K=啄木」への罪深い裏切りを告白
していることになる。

 さて、この論証をまじえた高橋のフィクション(としての物語)に妥当性が
あるかどうかは、さしあたり問題ではない。興味がある方はじっくり作品を読
んで検討していただきたい。それとこのあたりについては、すでに批評家スガ
秀実からの痛烈な批判がある。「大逆事件にもただ沈黙していただけではな
い」というように、漱石に「進歩的な」イメージをあたえようとするのは、
「国民作家」として漱石を温存しようという、きわめて党派的かつナショナリ
スティックな目論見にほかならない、というのだ(『「帝国」の文学』および
「批評空間Web CRITIQUE」での一連の論争
http://www.kojinkaratani.com/criticalspace/old/special/suga/020117.html
を参照のこと)。おおむね私はスガに同意するが、ここで同じ批判を繰り返す
必要はないだろう。

 私が本稿で問題にしたいのは、漱石をこういう位地に配置することで、作中
主要人物である作家たちがそれぞれになう、書くことの態度とその難問につい
ての「表象」の類型が完成することだ。さらにそれによって高橋がおのずと
「文学と政治」の関わりについて、自身の考えを明示することになっている点
である。ここでは説明の便宜のため、「現実(あるいは真実)」を「R」と
し、「作品(あるいは表現)」を「F」として、以下に「表象」の関係の四つ
のパターンを図式化する。一般に表象は「R→F」(現実を作品にえがく/真
実を表現する)とあらわすことができるとする。

 (1)二葉亭四迷「R=F」《表象の停止》
 (2)田山花袋 「R→R’」《表象の超克》
 (3)石川啄木 「R’→F’」《表象の(再)運動》
 (4)夏目漱石 「F’→F”」《表象の循環》

(1)「R=F」《表象の停止》
 四迷は直感的に「真実R」を把握しながらも、「表現F」へとたどりつかな
い。なぜならその「R」にふさわし日本語はまだなかったからだ。それゆえ
「R」をそのまま「F」とするしかない。これが「R=F」の意味である(た
とえばロシア語そのままのようなツルゲーネフの翻訳、あるいは西洋からもち
こまれた近代の理念そのまま)。そこにはすでに触れたように「表象不可能
性」という問題がかいまみられるが、しかしこれはまた別にいいかえれば、
「表象の停止」あるいは「表象の否定」にほかならない。四迷からみて、日本
の現実において「R→F」と進みうるとするのは、端的に虚偽なのだ。なぜな
ら、日本に「表現する言葉がない」ことだけが問題だったのではなく、実は
「えがくべき現実そのもの」がなかったからだ。事実、四迷は小説が書けなく
なる。ただし、この「表象の停止(ないし否定)」は、他の作家に大きな影響
を与えることになった。後の文学者から見れば四迷の「R=F」は、「表象の
停止」としてよりは「R」そのものに、つまり「えがくべき現実」があること
を示すように見えるからだ。

(2)「R→R’」《表象の超克》
 島崎藤村『破戒』によって、日本自然主義文学はようやく真実を表現しえた
(「R→F」)と誰もが思ったとき、それでも花袋はまだそれが「真実=あり
のままの現実」を暴露できていないと感じた。もちろん藤村は、「新平民」の
登場人物「丑松(うしまつ)」を通して階級と差別を色濃く残す(強める?)
日本の社会のありようをはじめてえがくことができた。しかし「作品F」にあ
らわされたとたん「真実R」そのものは、「F」の背後に隠れてしまうのでは
ないか。実際、『破戒』において丑松が「懺悔=告白」によって「救済」され
るのは、きれいごとのようにみえるし、何かが変だ。だから花袋は、「真実」
をよりいっそうえぐりだすには、表象を縛っている「表象性」そのものを乗り
越えなければならないのではないか? と考えた。それには、「真実」自らが
「露骨」そのものになることによって、表象を追い抜く以外ない。「R(→
F)→R’」。これが文学史上名高い花袋の論文「露骨なる描写」の主張であ
る。

 たとえば小説「蒲団」において、女学生との関係を「単なる表象」にとどま
らせないのは、「性欲と悲哀と絶望とが忽ち時雄の胸を襲った。時雄はその蒲
団を敷き、夜着をかけ、冷たい汚れた天鵞絨の襟に顔を埋めて泣いた」という
一節であろう(まあ、いまとなっては、「何なんだこのセンチなおっさんは
?」と多くの人はただ反感しかおぼえないだろうが、当時これほど破廉恥で情
けなくもばかばかしいことを文に書いて公にさらしてはならなかったし、やは
りこれはスキャンダルだったのだ)。しかしこの「表象の超克」は、それ自体
すぐにも表象へ転化する「(R→R’)→F」おそれを抱えている。それゆえ
高橋は、フィクションの花袋に、「単なる表象」に堕落しないように、躍起に
なって「露骨」を求めつづける喜劇(小説を捨ててアダルトビデオに走るス
ラップスティック)を演じさせる。

(3)「R’→F’」《表象の(再)運動》
 啄木は、「時代閉塞の現状」で、「我々日本の青年はいまだかつてかの強権
に対して何らの確執をも醸したことがない」と文学者がおちいっている無力を
とらえ、この自滅的な「閉塞」から脱するには、「『敵』の存在を意識しなけ
ればならぬ」と主張した。これは、国家権力によるフレームアップの色合いが
濃い「大逆事件」にたいして、当時おこなわれた、ほとんど唯一の直接的な批
判であった。なぜ啄木にだけこれが可能だったのか? もちろん啄木はその前
年あたりから社会主義に関心を強めていて、幸徳らに同情はあった。ただし、
それ以上にこの評論が「政治」としての問題より先に、「自然主義(文学)」
批判において徹底化されていたからではないかと本稿では推察する。「自然主
義」が陥っている「表象の機能不全」を暴くことが、おのずと「政治」への批
判に啄木を押し出していることがよくわかるのだ。

 同作中で啄木は、浪漫派(広義の自然主義)のえがく「理想」はもはや感傷
的な「空想」にすぎず、他方、純粋自然主義がえがく「現実」は、「自己否定
的」「観照的」な姿をした単なる服従にすぎないことを指摘する。つまりその
表象「R→F」において、前者は「虚偽」となり、後者は「敵の存在」に目を
ふさぐ「逃避」となる。

 さきの(1)(2)の図式との関わりでいえば、こういえるだろう。前者浪
漫派は、四迷の措定した「R=F」をもとに「R→F」と表現しているつもり
が、実はただ表象の上っ面をなぞっているにすぎない。そして「(R≠)F→
F’」(表象の回送)というこの過程には、自分たちが取り巻かれている具体
的「現実」をとらえる契機がまったくないことがわかる。一方花袋の試み「表
象の超克」(R→R’)をまねた自然主義者の「現実暴露、無解決、平面描
写」は、ひたすら自己のまわりのより卑小な事柄(「r」)に傾斜するばかり
で、「表象」は「超克」されるのではなく、「縮減」して行き詰まる(「R→
r」)。これらにたいして啄木は、表象が空転し(「F→F’」)、えがかれ
る内実が萎縮してゆく(「R→r」)のはなぜかを問い、それがほかならぬ
「敵」を「敵」としないところに原因がある、と探りあてるのだった。以下引
用。

 かくて今や我々青年は、この自滅の状態から脱出するために、ついにその
「敵」の存在を意識しなければならぬ時期に到達しているのである。それは
我々の希望やないしその他の理由によるのではない、じつに必至である。我々
はいっせいに起ってまずこの時代閉塞の現状に宣戦しなければならぬ。自然主
義を捨てて、盲目的反攻と元禄の回顧とを罷めて全精神を明日の考察――我々
自身の時代に対する組織的考察に傾注しなければならない。(略)
 すなわち我々の理想はもはや「善」や「美」に対する空想であるわけではな
い。いっさいの空想を峻拒して、そこに残るただ一つの真実――「必要」!こ
れじつに我々が未来に向かって求むべきいっさいである。我々は今最も厳密に
大胆に、自由に「今日」を研究して、そこに我々自身にとっての「明日」の必
要を発見しなければならぬ。必要は最も確実なる理想である。(「時代閉塞の
現状」)

 この「宣戦」によって、啄木は「真実R」の位地に新しい「理想」=「必
要」を置きなおすことを求める。それは「明日の考察」へと、あらたな表象行
為「R’→F’」へと啄木を動かすものとなる。実際、この後も啄木は、さら
なる思想的発展を継続していく。ただし、実を言うと「時代閉塞の現状」を書
いていた時点で啄木は、「陰謀事件」としてその概要を仄聞するだけで、幸徳
たちがそれぞれ事件にどのような関わり方をしたのか知らなかった。これは啄
木だけではなく、官権によって裁判は極秘にされていたので、一般にも知らさ
れてはいなかった(そして後にもほとんど知られずにいたのだ)。それでもこ
の時までに啄木は自力で問題を引き寄せてはいたといえるだろう。

 その数ヶ月後、「大逆事件」弁護人となった友人の歌人・平出修から直接話
を聞く機会を得て、啄木はようやく「大逆事件」の本質をはっきりと知る。そ
の日は幸徳の「陳弁書」を借りだして筆写し、またクロポトキンなど社会主義
関連文献を読みふける日が続く。そして幸徳を含む24名もの死刑判決がでたと
きには、衝撃を受け「畜生!駄目だ!」と吐き捨てるように日記につづり、ま
たわずか六日後の彼らの処刑の日には、事件の記録を整理した「日本無政府主
義者陰謀事件経過及び付帯現象」を一心に書き続ける。その後も幸徳らの手紙
や「訴訟記録」をむさぼり読み、一度病に倒れるが、回復後には幸徳の陳弁書
の写しを「A Letter From Prison」と名づけるとともに注釈を加え、
「“V'narod”Series」としてまとめあげる。その時啄木は、自己の思想的立
場を社会主義にとどまらず、すでに無政府主義にまで押し進めていたのだっ
た。

 確かに表象は「R’→F’」と力強く動き出していた。しかしながら「暴政
抑圧」によってそれらを公表することができない状態にあって、啄木は「行為
をもって言語に代えようとする人々の出て来るのは、実に止むを得ない」と、
「テロリズム」への同意にも思いをはせることになる。その時の詩的成果が、
有名な「ココアのひと匙」として残されている。

  われは知る、テロリストの
  かなしき心を――
  言葉とおこなひとを分かちがたき
  ただひとつの心を、
  奪はれたる言葉のかはりに
  おこなひをもて語らむとする心を、
  われとわがからだを敵に擲(な)げつくる心を――
  しかして、そは真面目にして熱心なる人の常に有(も)つかなしみなり。

  はてしなき議論の後の
  冷めたるココアのひと匙を啜りて、
  そのうすにがき舌触りに、
  われは知る、テロリストの
  かなしき、かなしき心を。

 しかしこのように「言葉」(=表象)がもちうる力の限界を思考しつつも、
啄木自身が「おこなひ」におもむくことはありえなかった。なぜなら、そのめ
ざましい「表象の運動」だけが、貧困と病に苦しめられながらかろうじて実行
されただけであり、この後一年もしないうちに27歳の若さでこの世を去ること
になるからだ。

(4)「F’→F”」《表象の循環》
 啄木の急激な思想的転回にたいして、漱石(高橋の創作した漱石)は、一定
の理解と共感を示す。しかし、それもつかの間、啄木の「表象の運動」は、漱
石の独自の文学的態度の前で空転を余儀なくされる。なぜなら、この漱石は
堂々と「表象の循環F’→F”」こそが文学だと規定し実践するものだから
だ。たとえば「時代閉塞」の不掲載について、啄木と漱石が会話をかわす場面
(もちろん架空の場面)があるのだが、ここで啄木は、“「実行」したわけで
もなく、ただ無政府主義思想を言説にしただけの幸徳が死刑にされ、それが誤
りであると知っているはずなのに、どうして「先生(漱石)」はそれに口を閉
ざしてなにもおっしゃらないのか”と訴える。それにたいし漱石は「きみは正
しい。だが大切なのはそのことではないのだ」と答える。この漱石にとって
「真実の表象」(「R→F」)は「正し」くても、文学にとって大切ではない
とするのだ。

 他の箇所でも高橋は、漱石に同じような述懐をさせたり、同型の解説をあた
えたりする。たとえば、四迷の作品が後世に読みつがれることはない、と否定
的な「予言」を語る場面では、その理由を漱石は、「あの人は正しくてかつ間
違っているからさ」、あるいは「ほんとうのことしかいわないからさ」と述べ
ている。四迷が表象を「否定」するにいたるほどに「真実R」を求めたこと
を、「正しい」とよびながら婉曲的な批判をにじませていることになる。そし
てこれは、啄木や四迷にとどまらず、近代文学全般についての漱石(=高橋)
の考えでもあるのだ。以下引用。

 漱石は日本近代文学の誕生に立ち会っている。そのことを我々は忘れてはな
らない。二葉亭四迷も北村透谷も『破戒』も『蒲団』もすべて、彼と同時代の
出来事だった。彼はそのすべてと併走しながら、彼の文学を産みだした。近代
文学は真実を描かねばならない。けれども、それは真実を直接描くということ
ではない。その小さな隙間の中に、漱石の作品は存在しているのである。
(略)/漱石は作品の中に多くの謎を書き残した。漱石の謎は、その生涯にで
はなく、作品の中に探らねばならない。では、どうやってその謎を探ればいい
のか。/もし私が漱石ならば、と考える。そして、あまりにも重たいモチー
フ、直接には言葉で書き表すことができない事実や体験を小説に書こうとする
なら、おそらく、わたしもまた、謎めいた書き方を選択するだろう。(『日本
文学盛衰史』講談社文庫p478〜479)

 すでに繰り返し説明したように、表象「R→F」は、その標準的な過程をつ
ねに実現できないでいる。停止したり、逸脱したり、押し戻されたりするから
だ。だから「真実をありのままにえがく」というのは、ある種の「イデオロ
ギー」でありうるし、表象が実際は循環「F’→F”」しているだけだ、とい
う観点はある局面では重要な認識である。本稿でも、確かに四迷や花袋の後続
者たちがはまりこむ陥穽を「F→F’」のような表象として類型化し、(1)
や(2)に対置した。しかしこれは、「真実」をえがこうとしてのみ陥る難問
であるだろう。

 それにたいし漱石(=高橋)は、はなから「(文学は)真実を直接描くとい
うことではない」と宣言する。そしてあたかも表象の動きを好きに操作しうる
かのように語る(「直接には言葉で書き表すことができない事実や体験を小説
に書こうとするなら」「謎めいた書き方を選択するだろう」)。漱石はここに
おいて、一人の作家というよりは、この「表象の循環」をになう審級であるか
のようにあらわれる。だから、各作家を用いたこの大掛かりな表象パターンの
組み合わせは、最終的には、どんな文学的・思想的実践も、ただ漱石(と作
者)のこのような「達観」に回収されるような構造をしているのだ。

 けれど単純にいって、「表象の循環」を「選択する」というのはありえな
い。人が表象「R→F」にかかわる場合に、思いもしないズレや運動をさえぎ
る障害としてだけそれはあらわれる、としかいえないのではないか。しかし高
橋は、漱石にこれが操作可能であるように振る舞わせる。象徴的なのは、やは
り、啄木の作品を公表させないという漱石の一方的な「選択」だろう。「真実
=えがかれるべき現実」をとらえた突出した表象「時代閉塞の現状」を差し戻
し、代わりに「謎めいた書き方」をした『こころ』を世に送り出すのだから。
しかしこのような「謎」はいくら解読を試みようと辿りなおしても、「真実」
にいたることのない虚構の連鎖「F’→F”→F”’→ ……」をもたらすだ
けである。だから『こころ』が啄木への贖罪として書かれたなどということ
は、事実がどうかという以前に、それ自身の構造によって意味や証明にたどり
つきようもない。

 そしてここでもう一つ、どうしても指摘しなければならないことがある。こ
れは本稿をかなり書き進めるまで気づかなかったことなので、少々前言の言い
なおしになるのをお断りしたい。何かというと、漱石が啄木に「時代閉塞の現
状」を発表させなかったという仮説の重要な状況証拠として、高橋が引用して
いる啄木の日記があるのだが、実はこれ自体が高橋自作自演のマッチポンプ
だったことだ。以下引用。

 「思想上に於いては重大なる年なりき。予はこの年に於いて予の性格、趣
味、傾向を統一すべき鎖鑰を発見したり。社会主義問題これなり。予は特にこ
の問題について思考し、読書し、談話すること多かりき。ただ為政者の抑圧非
理を極め、予の保護者、ついに予をしてこれを発表する能わざらしめたり」
(略)
 まとめてみよう。啄木は、漱石の依頼を受けて「時代閉塞の現状」を執筆し
た。だが、それは日の目を見ることはなかった。なぜなら「為政者の抑圧非理
を極め、予の保護者、ついに予をしてこれを発表する能わざらしめた」からで
ある。では「予の保護者」とは誰なのか。これもまた漱石以外に考えられない
のではないか。(『日本文学盛衰史』p475〜p476)

 この章「WHO IS K?<1>」では、上記のごとくほとんど文学研究の論
証のようなくだりが続く。そして推論を試みるこの語り手が、はじめからほぼ
作者の高橋であることがあきらかにされている。だからふつう読者はこれをそ
のまま鵜呑みにするしかない。もちろん推論の部分は疑いえる。しかし引用さ
れている啄木の日記それ自体が、「創作」(改竄?)されているとは、なかな
か気づかないのではないだろうか。

 実際の啄木の日記には、高橋が注意をうながしている「予の保護者」という
言葉はまったくどこにも存在しない。『石川啄木全集第6巻日記2』(筑摩書
房)によると、この一節は正しくは「為政者の抑圧非理を極め、ついに予をし
てこれを発表する能わざらしめたり」である。だから、高橋はここで、何年か
前に遺跡発掘捏造で話題になった、「神の手」をもつとよばれた在野の歴史研
究家のように、遺跡発掘現場に自分であらかじめ石器を埋めておいて、自分で
掘り出し、従来の定説を書きかえる重要な発見をした、と言っていることにな
る。

 なぜこんなことをする必要があるのだろうか? まず確認しておきたいの
は、「発掘偽造」のようなこの「創作」自体は、実はまったくたいしたことの
ない、ほんとうに小さなことだということである。なぜなら、別に「予の保護
者」という言葉を差し挟まなくても、高橋の漱石にかんする推論やフィクショ
ンは、特に問題なく成り立つだろうからだ。作中ほかの箇所でも自由自在に文
豪たちを動かして、現実にはありえない話を創造しているからだ。

 要するにこの「偽造」は論証のためにどうしても欠かせなかったというわけ
ではないのだ。とすれば、これはよりいっそう解せないことになるだろう。明
瞭な目的のない「偽造」。――考えうるのは、啄木の日記を細かく読みも調べ
もしないだろう一般読者を欺き、逆に、見ればおのずと気づくはずの研究者・
文学者にはその「作為」を誇示するためぐらいか。

 確かにこれは「謎」にはなる。そしてこの「謎」は、高橋のえがいた漱石の
創作態度とより強い親和を示し、自身と漱石との同一化には最高の証明になる
だろう。とすれば高橋にも正直には語りにくいなんらかの罪深いことがあると
いうのか。漱石が社会主義弾圧の風潮にのまれて、啄木を黙殺したような、何
かそんなひどい罪があり、こっそりその贖罪のために、こんな作品を書いたと
でもいうのだろうか。

 しかし、もうこういう問いを繰り返す必要ないだろう。表象が、真実や事実
「R」をとらえるのを逸らし、別の表象へずれてゆく「表象の循環」(「F’
→F”」)を高橋が優位に位置づけるかぎり、これは行きつく先をもたない
「謎」解きの連鎖に迷い込むしかないからだ。作者が意図しようがしまいが、
こんなことにいつまでもつき合い続けることはない。それに漱石が、そのよう
な作家であるのは、とりあえず高橋の目論見の中だけである。

 あるいは、ひるがえって、もっと実際的にとりあつかうこともできる。――
このようなものこそまさに天皇制ではないか、ということだ。すでに「強権」
とは多少とも分離させられているにせよ、「万世一系」のアレは、今も啄木の
時代とほとんど変わりなく、「真実=あるべき現実」をえがかせず、「あるが
まま」から目を逸らさせている。そして自らを「謎」めかせるためにはその歴
史の「偽造」もいとわないのではないか。というかお手のものというべきか。
実際、最近の「皇室典範改正」騒ぎをみても、健全な表象「現実を表現する」
ことが、彼ら天皇・皇室にまつわることについては、ほとんど不可能に近いと
いうことを如実に物語っている。だから高橋は生々しくもこのような「現実」
を、表象するというのとは少し違うやり方で、作品上で実演するかたちで「転
写」したのだ。これは解釈されるのではなく、そうあつかいうるということで
ある。

 だから「漱石との同一化」は、作品の構成の一部であり、前述したスガ秀実
のような批判にも一定の保留がでてくる。なぜなら、「修善寺の大患」におい
て胃潰瘍という無意識が企てた「小さな大逆」に自らおののき、最終的には天
皇への恭順を示す、というようなスガによる精神分析的な漱石解釈(詳しくは
『「帝国」の文学』参照)などよりは、はるかにえげつない、天皇制そのもの
の「漱石=高橋」像だからだ。ここでは「進歩的なイメージ」など、まったく
担保されないはずである。いずれにせよ高橋が『日本文学盛衰史』において、
表象過程のいくつかのパターンを関連づけ、表象が「運動」として機能するの
を妨げる日本的な構造を摘出し、今でもそれが繰り返されるのを演じてみせた
ことには、やはりそれなりの評価を与えてしかるべきだろう。

 ところが、いかんせん困ったことに、作品内の「高橋」と現実の作者高橋源
一郎をこのように分離してみても、同作以外での高橋の言説が、これをかなり
裏切っているようだ。たとえば『盛衰史』とほとんど同じ明治の文学者を題材
に使った朝日新聞連載小説『官能小説家』(2000年9月〜2001年1月連載、
2002年刊)においても、漱石への同一化は繰り返されるし、ごく最近の対談を
みても、

 高橋 (略)もう一つ、戦後民主主義って、いま、ある意味評判悪いんだけ
ど、あれをつくった人間は誰かというと、これは実は戦前の人間なんですよ
ね。戦後に生まれた人間がつくったわけじゃない。大正リベラリズムの信奉者
とか、そういう連中が戦後民主主義を用意した。それこそいま一番の民主主義
者は実は天皇じゃないかっていうのと同じです。
 矢作 先日話していたら、そこで全員の意見が一致して驚いたんですが、万
一安部晋三が総理大臣になって、もし憲法改正に踏み込んだときに、いわゆる
九条精神の最後の砦になるのは、たぶんいまの明仁(天皇)ではないかってい
う一点でね。(『文学界』2006年3月号「喪失の先にあるもの」矢作俊彦との
対談)

というようなことを呑気にしゃべりあっている。まったくこれでは、啄木に批
判されている「敵とすべき者に服従した」当時の作家となんら変わりないでは
ないか、といいたくなる。

 また大西巨人との対談(『at[あっと]』2号2005年12月)でも、大西の
近作『縮図・インコ道理教』をめぐるやりとりで、問題の本質を微妙にずらし
てしまう、高橋の「体質的な政治性」があらわれている。大西の同作は、「戦
争とテロリズム」「オウム真理教事件」「死刑制度」「天皇制」「改憲問題」
など、現在の日本が問われている複数の問題を相互に関連させてできており、
しかも複数の人物がそれぞれに意見を交わしあう議論小説のような体裁をもっ
ているのだが、そのことをもって高橋は「作者の意図」は、どの登場人物に集
約されているのでもない、どこに書かれているのでもない、というような話を
しはじめる。ここでも例のごとく「小説では『真理』はありのままえがかれ
ず、『謎』のように埋め込まれているのだ」というようなたわいもない作品概
念を反復しているわけだ。

 しかし『縮図・インコ道理教』の中心的なテーマは明瞭である。それは、テ
ロリズム(殺人)を容認した「オウム真理教」(作中では「インコ道理教」)
は、戦争という殺人・殺戮によって宗教国家的目的を果たさんとした「大日本
帝国=皇国」の「縮図」と見なせるということ。そしていまだ「天皇」をいた
だく「皇国」の継承者たる日本国家が、「死刑」でもって自らの「縮図」であ
る「オウム真理教」主宰者を裁こうとしている。しかも、かなりの予断をまじ
えた裁判のやり方によって。――まさにこういう視点の欠如が、天皇制強化、
戦争・軍隊肯定の「改憲」勢力を助長させる一因となっている、というものだ
(もちろんこれだけではないが)。

 別にこんなふうに作品を説明する必要はもちろんない。けれど、我田引水の
作品概念をひとの小説にお仕着せているひまがあるなら、せめてかつて自作で
とりあげた「大逆事件」と、大西がとりあげた「オウム事件」と比較して、そ
の関連性や類似・相違でも話す方が、よっぽど気がきてはいないだろうか。
せっかく大西巨人と対談しているのに、これでは全然価値がないではないか。
いや、こういう点において、高橋にまともな政治性など期待するほうが、おか
しいのかもしれない。

 ただ、本稿の初歩的で図式的な議論だけで、「文学と政治」という問題が語
りつくされるはずもない。また、これまで歴史的に蓄積されてきた同様の議論
について、私自身不案内なままなので、そういうものを援用して今後さらに考
察する必要があるだろう。その際には今回とは違った見方で、あらためて高橋
を位置づけなおす機会があるかもしれない。

 それにしても表象をめぐる分析が、思ったより長くなってしまった。そのた
め予定していた作品も十分には言及できなくなった(タイトルに偽りあり、
だ)が、最後に、これまで論じてきた『日本文学盛衰史』での試みが、高橋の
近年の他作品にはどのようなかたちで反映しているかを、ざっと紹介して、本
稿を終えることにしよう。

 短編集『君が代は千代に八千代に』(2002年刊)。糞尿AV女優である母親
の過激な作品を、幼稚園児の息子がお友達と見る話。7歳の娘をもつ男が「近
親相姦」という言葉をいかにして頭から追いやることができたか、という話。
いじめで自殺した若者が、死後の世界でも日常は暴力やドラッグやセックスで
支配されているということを知る話。父親を殺して少年鑑別所にいる少年が天
才的に素数についての直感をもっている話、などなど。

 前回紹介したように、『ゴーストバスターズ』を書き終えたあと、高橋は
「世界のスピードにあわせて書く」と確かに言いだした。上記『君が代は』を
筆頭に、『あ・だ・る・と』(1999年刊)や『官能小説家』を含め、エロ、グ
ロ、暴力、援助交際、ひきこもり、少年犯罪などの現実的で現在的な意匠・素
材を積極的に取り入れている。急進的な自然主義作家もきっとあ然としただろ
うぐらいに、「露骨さ」への意欲はめざましい。「現実」をより間近にとらよ
うとする(2)の「R→R’」は、なるほど、表象の硬直化や惰性的な表象循
環を打ち破る契機になるかもしれない。これはなかなかに否定できないこと
だ。

 しかしそれは一時的な効果である可能性も大いにある。特に「表象の循環F
’→F”」的体質の強い高橋にとって、「露骨そのもの」がすでにありきたり
な表象に陥っているのではないか、という花袋の恐れは切実になる。だから小
説論(『一億三千万人のための小説教室』あるいは『文学界』連載中の評論
「ニッポンの小説」)においてはいつも猫田道子や武者小路実篤の、狂ってい
るのかボケているのか紙一重の異様な文章を取りあげて、その凄みが表象「R
→F」なんていう問題を難なくこえる、というメッセージを発し続ける。より
極端な、表象不可能なもの(「R=F」)はあるのだ、という証明が、自然主
義作家には前提となっていたことはすでに述べたが、高橋も自分の文学理念の
保証には、同様にこういうイメージが必要なのだろう。

 せめて高橋は、自らを誤解をしないことだと、私は思う。それら現代的「露
骨なるもの」をえがくことが、「現実R」をとらえることになっているとは限
らないことを。それが「世界のスピードに合わせる」ことになっていると必ず
しもいえないことを。むしろ「世界」という表象を追いかけているだけなのか
もしれないということを。そして「表象の循環」におちいるのが「避けられな
い」ことと、それに「居直る」のはまったく別のことだということを。

 それでも高橋という作家には、なかなか侮りがたいところがあることを、や
はり私は否定しきれない。『君が代』と同様の素材を使いながら『ミヤザワケ
ンジ・グレーテストヒッツ』(2005年刊)では、「露骨さ」への無用の気構え
がなくなり、言葉が軽くなって、よくなっているように思える。これは「表象
の循環」に近いのだが、何か少し違う。おそらく「世界のスピードに合わせ
る」前のやり方、「自分の批評のスピードに見合うスピードで走る」に近い何
かだ。ここには少し可能性があるように思える。そういう意味で、『ゴースト
バスターズ』以降、高橋源一郎が変わったというのは、やはり一面的なとらえ
方なのかもしれない。

■プロフィール■-----------------------------------------------------
(むらた・つよし)サラリーマン。「哲学的腹ぺこ塾」塾生。

●●●●INFORMATION●●●--------------------------------------------

★トークセッション★
「希望の国家論」(立岩真也×稲葉振一郎)

 ■日時:2006年3月11日(土)13:00より
 ■場所:阪急梅田駅「阪急ターミナルスクエア」17階
 ■共催:紀伊国屋書店梅田本店
 ■申込みは、同店まで(電話予約可:TEL.06-6372-5821)
  http://www.kinokuniya.co.jp/04f/d03/osaka/udfloor.htm

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★「職場の人権」第78回研究会★
  http://homepage2.nifty.com/jinken

「社会変化のなかの教育・仕事・家族
          ――若年層と女性のライフコース問題について」

 ■日時:2006年3月18日(土曜)午後1時開場、1時30分〜4時30分
 ■場所:ドーンセンター(大阪府立女性総合センター)5階 特別会議室
  TEL:06−6910−8500
     http://www.dawncenter.or.jp/shisetsu/map.html
 ■参加費:500円(当会の会員は参加費無料)
■報告者:本田由紀(東京大学助教授、教育社会学)
      本田由紀さんのブログ「もじれの日々」
      http://d.hatena.ne.jp/yukihonda/
 ■コメンテーター:熊沢誠(甲南大学教授、社会政策・労使関係論/研究会
         「職場の人権」代表)

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★composition −建築する音−
 サウンド・アーティスト 藤本由紀夫 × 建築家

 ■日時:3月10日(金)〜3月19日(日)11:00-19:00
 ■会場:アートコート ギャラリー
     大阪市北区天満橋1-8-5 OAPアートコート1F
 ■登場者:藤本由紀夫(サウンド・アーティスト)、東井嘉信(大林組)、
      井上琢也(石本建築事務所)、荒木洋(AN Architects)、長澤浩二
      (AN Architects)
 ■主催:アートコート ギャラリー
 ■トーク:3月19日(日)14:00−16:00
  http://www.artcourtgallery.com/page.html

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 ★第61回「哲学的腹ぺこ塾」★
 http://homepage3.nifty.com/luna-sy/harapeko.html
 ■日  時:06年03月05日(日)午後2時より4時まで。その後、新年会。
 ■テキスト:加地伸行『儒教とは何か』(中公新書)
 ■会  場:るな工房/黒猫房/窓月書房

■黒猫房主の周辺「いいかげんな春よ、来い!」■------------------------
★世間の景気は上向きとか思えばライフドア・ショックもあってか、景気上昇
は緩慢との修正予測もあったりで、どのみち必需品ではないかもしれない本の
売上は厳しいですね。まあそんな時こそ、思想の強度が試されるわけですが。
★鈴木さんは論考の結語として「書物は破り捨てよ。やまじえびねには規範を
超えてほしい」と書いているが、規範の逸脱は、あらたな規範を再帰的に呼び
込む、あるいは脱構築する。だからそれは、遅延してやってくる不可能性の経
験とも言えるが、だからこそそれは目指されるべきだとしたら……それは<欲
動>ではなく「欲望」を模倣しているのかも、知れない?
★Amazonの読者コメント(「インディゴ・ブルー」) で、<「男と付き合お
うと思えばわたしはちゃんと付き合える その事実がわたしを安心させる」こ
の言葉には恥ずかしながらかなり共感できました>とあった。この引用の台詞
だけで判断すると、やすやすとヘテロ規範に回収されてしまっているように思
われるが(僕の誤読か?)、これは鈴木さんが示唆する「女同士の快楽を信じ
られない女」の絶望の裏返しとして、照応しているようにも思いました。
★村田氏の論考を読みながら、漱石の立ち位置と高橋源一郎の立ち位置もある
部分ではクロスしているのかもしれないと思ったり、そう言えば源一郎も連載
中に「原宿の大患」で吐血したのでした。でも源一郎は柄谷にすり寄ったり、
さいきんは加藤典洋にも近いようだったりと競馬予想をしながら、いい意味で
も/悪い意味でも「いいかげん」にかつ政治的にも振る舞っているような気も
しています。いぜん源一郎が大江健三郎をして「最大の顰蹙作家」と評し「小
説の神髄」を語る部分(朝日新聞の書評)は、まさしく源一郎じしんの文学観
なわけでしょう、と書いた黒猫房主のブログでの指摘も、あんがい的を射てい
るのかもしれないと思ったのでした。
http://d.hatena.ne.jp/kuronekobousyu/20051109
★それから僕は『日本文学盛衰史』は未読なのですが、関川夏央の『坊ちゃん
の時代』全5巻(双葉社)と読み比べると面白いと思いますよ、と村田氏に感
想メールしたら、源一郎じしんがその漫画に触発されて『日本文学盛衰史』を
執筆したそうなので(村田氏じしん周到にも『坊ちゃんの時代』にも目を通し
たそうで、脱帽)、まあ僕の読みもまんざらではないかなあと安堵。しかし
て、その『坊ちゃんの時代』の第4巻で、関川は「いわゆる「大逆事件」とそ
の背景」という一文で、漱石が文部省からの博士号を拒否したことを、啄木と
の関連で示唆しています。(黒猫房主)

●○●---------------------------------------------------------●○●
『カルチャー・レヴュー』59号(通巻62号)(2006/03/01)
■編集同人:いのうえなおこ・小原まさる・加藤正太郎・田中俊英・ひるます
      文岩優子・野原燐・村田豪・山口秀也・黒猫房主
■編集協力:中原紀生 http://www.sanynet.ne.jp/~norio-n/
■発 行 人:黒猫房主
■発 行 所:るな工房/黒猫房/窓月書房
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■本誌は<転送歓迎>です。但しその場合は著者・発行所を明記した「全頁」
 の転送であること、またそれぞれの著作権・出版権を配慮してください。
 無断部分転載は厳禁です。
■メールでの投稿・情報を歓迎します。

◆直送版◆
●○●---------------------------------------------------------●○●
 (創刊1998/10/01)
    『カルチャー・レヴュー』60号(卯月号)
         (2006/04/01発行)
     発行所:るな工房/黒猫房/窓月書房
        [61号は、2006/05/01頃発行予定です]
●○●---------------------------------------------------------●○●
■目 次■-----------------------------------------------------------
◆連載「メディアななめよみ」第3回:西ドイツとドイツのあいだで日本の
 サッカーはどう変わったか ----------------------------------山口秀也
◆連載「マルジナリア」第13回:フィロソフィカル・ハイ(続)----中原紀生
◆INFORMATION:ご恵贈本CD『指一本で倒されるだろう』(秋山羊子)
 六甲奨学基金のための第9回古本市/第62回「哲学的腹ぺこ塾」
◆黒猫房主の周辺「桜は咲いたが」-----------------------------黒猫房主
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★黒猫カレンダー・プロジェクト発動!★
 http://homepage3.nifty.com/luna-sy/ca01.html
「黒猫」のみを掲載したカレンダーって、なかなか売っていませんよね!
それで、いっそみんなで作っちゃおうという参加型のプロジェクトです。
「黒猫」のみを掲載した、2007年度版カレンダー製作に向けて、全国の黒
猫好きの方々からの投稿写真を募ります。

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////// 連載「メディアななめよみ」第3回 //////

    西ドイツとドイツのあいだで日本のサッカーはどう変わったか
    ――ワールドカップを前にとりあえず言っておこう
                              山口秀也
/////////////////////////////////////////////////////////////////////

  そのとき、フランコ総統は死の床にあった。すべてのスペイン国民は、
 それぞれの思いを胸に、彼の死の報を待っていた。
 (中略)
  スタジアムの大変な興奮から、いちはやくのがれたレアル・マドリッド
 の選手たちは、ドレッシング・ルームでは意外なほど静かだった。ソルの
 シャツは破れ、選手たちは靴を脱ぎストッキングをおろすのが精いっぱい
 で、記者の質問に答える以外の力は身体に全然残っていないかのように見
 えた。
  そして、ギュンター・ネッツァーは彼の汗と泥まみれの「白い10番」を
 私に投げてよこした。外からは、スペイン人のさけぶ「シンコ、ウノ(5-
 1)」という合唱がいつまでも聞こえていた。
 (別冊サッカーマガジン春季号、「素晴らしきサッカー野郎たち」写真・
 文=富越正秀、ベースボールマガジン社、1977年)

■「国」をあげてのワールドカップの喧騒の中で

 前回西ドイツでワールドカップが行われたのは32年前。そのあいだで何が変
わったかというと……。日本がようやくワールドカップの舞台に上がれるよう
になったこと。これは考えてみればすごいことである。しかし、プレーヤーと
して、そしてサポーターとしてのメンタリティは、一朝一夕には変わりようが
ない。でもよくここまでこれたもんだ、ということで全面的に受け入れてし
まっている僕がここにいる。たとえばヨーロッパの国ぐにのサッカーを取り巻
く環境とくらべれば……。

Jリーグ開幕、ワールドカップ初出場、自国ワールドカップ開催。いずれにも
共通するマスコミ、一般人の別を問わない老若男女の浮かれぶりには、腰のあ
たりがこそばゆくなるばかりだった。
 先ごろ終わった野球のWBCの時もそうだった。オリンピックともなると、
連日ヒーロー探し、感動秘話のオンパレード……。メダルが取れず、持って行
き場のないもやもやが最後の最後にメダルが取れた瞬間に晴れると、いままで
元栓を閉めていた涙腺を全開させるのにだれも躊躇などするはずもない。
 概してこんな場合のマスコミや発信された情報の受け手の反応には鼻白むば
かりの僕ではあるが、ことサッカーに関しては腰のあたりがこそばゆくなろう
が、画一的な報道にイラつこうが、怒っているばかりというわけではない。
ワールドカップ予選ともなれば、試合中にイライラして機嫌は悪くなる、うろ
うろ歩き回る、急に素っ頓狂な奇声をあげるわで、家人に迷惑がられているば
かりで、……つまりはWBCやオリンピックに一喜一憂しているふつうのオジ
サンと一緒なのである。

■サッカー「冬の時代」を過ごしてきて

 それも無理からぬ話で、栄光のメキシコオリンピックの銅メダルと日本リー
グの開幕による最初のサッカーバブルは小さすぎて体験しておらず、サッカー
を始めたころには釜本もロートル(それでも本当に凄かった)となり、サッ
カーの人気それ自体が下降線を辿っていたころだった。
 それから長い長い冬の時代を体験し、漸くおとずれたと思ったワールドカッ
プ(86年メキシコ大会)への扉が目の前で潰えた(85年10月26日の韓国戦の敗
戦で予選突破に赤信号が灯った)のを国立競技場で体験したおりには、「これ
でもう一生日本がワールドカップに出ることはないな」という絶望的な感覚に
囚われたものだった。
 土、日のアルバイトの土曜日を休んで臨んだ一戦であったが、試合後、その
重い足どりで京都まで帰り着く自信などなく、無理やり日曜のバイトもパスす
ることに決めて兄の部屋にもう一晩泊めてもらい、二人で自棄酒をあおったも
のだった。
 それからも、閑古鳥の鳴く競技場にたまに足を運びながら、世界のサッカー
といえば、専らテレビと、たまにやってくる「外タレ」を観に行くくらいで、
世界のサッカーシーンと日本のそれとがシンクロするときがやってくるとは思
いもよらなかった。

 1977年に出た「サッカーマガジン」の別冊で「素晴らしきサッカー野郎た
ち」というムックを今でも大切に持っていて、たまに目を通している。スポー
ツフォトグラファーの富越正秀氏の写真とエッセイになるもので、先日亡く
なったマンチェスター・ユナイテッドの伝説のドリブラー、ジョージ・ベスト
を追いかけるというのがきっかけで、1971年からヨーロッパを旅して回り撮ら
れたものである。
 この写真集は、イングランドに限らず、足の先から頭の天辺までサッカーに
浸りきっているヨーロッパの人びとのありのままの姿を映し出して秀逸である
が、そんな対象に引きづられてか、この本自体が表表紙から扉、本文、裏表紙
にいたるまでサッカー浸けになった本であると言える。
 扉の写真は、マンUの試合をはじめとした数かずのチケットの半券で、最初
のページの写真は、マンチェスター・ユナイテッド対マンチェスター・シティ
のダービー・マッチを反対側のスタンドをワイドに捉えた見開きのものであ
る。どちらかのホームであることは間違いないのであるが、すり鉢状のスタジ
アムで、サッカー専用とはいえスタンドとピッチの間が極端に狭い構造は、
「三菱ダイヤモンドサッカー」でも良く目にしたものである。これも特徴的な
イギリスの赤い兵服を着た警備が立っているのも印象的であったが、次のペー
ジも見開きで、三々五々スタジアムに参集するサポーターの写真が載ってい
る。マンチェスターの赤いレンガの家並みが曇天というわけでもないのに妙に
燻った印象を与えている。このあとに載っている白い痩せぎすの少年のサポー
ターたちの写真などは、ケン・ローチの映画の登場人物たちそのままに、サッ
カーと生活がそのまま等記号で結ばれているといった感じが良く出ている。
 プレー時の写真と、プレー外のそれらとのバランスがひじょうに良く、なに
より間に入るこの写真家のエッセイが名文であったというのが、最近読み返し
てみた際のあらためての感想である。

 この写真集には他にも思い出がある。
 小学校のころからずっと同じチームでサッカーをしていたKという友達がい
た。彼は勉強もできてスポーツも万能、僕にとって憧れの対象であった。しか
も無口で、勉強にもスポーツにもあまり執着しない彼のニヒルなところが女の
子にひじょうにもてていた。
 サッカーについては、膝と足首がやわらかく、いろんな種類の球を蹴れ、ド
リブルもとてもうまかった。ただ、やはり勝ち負けや競り合いに興味がないと
ころが難点といえば難点であった。しかし、そんなところも含めて憧れていた
僕は、色いろと彼のことを観察し、真似てみたのだが、どうしても真似できな
い部分があった。
 ふくらはぎである。彼のふくらはぎは、スポーツ選手には似つかわしくな
く、信じられないことにふくらみがほとんどなかった。そして僕は、普段から
なにごとにもあまり力まず、センスのみで対処してきた彼にとっては、ふくら
はぎの筋肉など端から必要のないもの、必然として退化していったのだと結論
づけた。そしてその証拠をこの写真集にみつけることができた。当時イングラ
ンドで有名な(たしか貴公子と呼ばれていた)トレバー・フランシスという選
手がいた。華麗なテクニックで相手を翻弄するセンスはKに似ているように思
われたが、なによりトレバー・フランシスにもふくらんだふくらはぎが見当た
らない。やっぱり……。妙に合点がいった瞬間だった。

 またこの本の中に、ヨーロピアン・チャンピオンズ・カップの歴史に触れる
一文が差し挟まれていて、ここに第12回大会でのスコットランドのチーム、グ
ラスゴー・セルティックの優勝のくだりがある。
 つい先日、現在セルティックに所属する日本の中村俊輔が、彼の活躍により
チームをリーグ優勝に導いたというニュースが入ってきた。チャンピオンズ
カップでの優勝が67-68シーズンのものというから、ほぼ40年の時を経て、遠
くグラスゴーの地でチャンピオンの座についたチームの中心に日本人がいたと
いう事実は、判ってはいてもにわかには信じられないものがある。今回の優勝
を伝える新聞記事では、試合後のロッカールームで、優勝の立役者であるこの
東洋からやってきた若者に対して、クラブのOBが「どうかいつまでもこの
チームに留まってくれ」と言ったことが短く伝えられていた。ひょっとして
「ナカムラ」に懇願したのは39年前の優勝メンバーのひとりだったかもしれな
い。

 この写真集のページをめくるたびに、何層も塗り重ねられたサッカーという
地層の厚みに気後れしてしまう自分を感じる。気後れといって悪ければ、純粋
に憧れを持ってしまう自分を確認するとてもしておこうか。だから思う。ワー
ルドカップではポッと出(自国開催を控えモチベーションを高く維持して予選
に臨めたフランス大会、予選のなかった自国開催の大会、そして今回漸くまと
もに勝ち取った感のある大会の「たった」の3回)の日本に活躍できる道理が
ないではないかと。ワールドカップで存分の活躍を望むのはもう少し自国の
リーグとサポーターを成熟させてからにしよう、と。
 ここに僕はかなり卑屈ではあるが謙虚になった。

  (前略)レアル・マドリッドの有名なサンチャゴ・ベルナベウ・スタジ
アムの十万人以上の観客数をはじめとして、大きな都市には、七、八万人
 はいるスタジアムがある。しかしスペインの物価から考えてその入場料は
 高く、人びとは一週間働いたお金を全部サッカーにつぎこんでいるように
 さえ思わ れる。
  それはヨーロッパ各国どこも同じなのかもしれない。ヨーロッパの国ぐ
 にの人たちの生活は決して裕福ではなく、かえって貧しい人のほうが多い。
 現在の生活と、その将来の重荷から救ってくれるものこそ、「今日のサッ
 カー」以外にない。(前掲書)

■日本人のプレーは進歩したか

 93年のJリーグの発足は、参加チームの決定の過程、続々と来日する外国人
プレーヤーたちの話題を嚆矢として、リーグに先立ってのカップ戦、そして
リーグの開幕を頂点として盛り上がっていった。
 そのプレー自体は、プロ化元年のまわりの異常な期待を背に、おどろくほど
に熱のこもったものとなった。開幕試合ということでいえば、リーグのお荷物
とまでいわれた旧住友金属の鹿島アントラーズの躍動感溢れるプレーにつきる
が、大体においては、やたらと激突シーンが目立ったのと、まるで高校生のよ
うに必死で走る選手の姿が目立つように僕には思えた。
 またどこも攻撃的なプレーをしなければサポーターが離れていくとでも思っ
たかのように、攻めにこだわっているように思われた。どうすれば攻撃的にで
きるのか、あるいはどうすれば攻めているように見えるのか。ということで、
やたらとサイドバックが攻撃参加のため両サイドを駆け上がっているのを見る
ことになる。

 これについてはJリーグ初代得点王、アルゼンチンのラモン・ディアス(横
浜マリノス=当時)が「なぜ日本のサッカーは、両サイドバックがあんなに攻
めあがるのかわからない」と言っていたのを思い出す。サイドバックの本業で
ある守備を疎かにし、自分の背後をガラ空きにしてまで攻めあがるようなリス
キーなサッカーをやっていることを指摘していた。
 しかしディアスの指摘にしても、激突の件にしても今思えば、ここでこける
とリーグの成功はないとばかり、プレーヤーたちが過度の使命感によるもので
あったと推察する。それからくらべると、ずいぶんとJのプレーヤーたちは確
実にうまくなっている。選手やチーム、サポーターはじゅうぶんな経験を積ん
できたと思っている。けれどもたかだか13年である。ヨーロッパや南米の筋金
入りのサポーターに支えられている国の代表にはすべての面においてまだまだ
である。
 しかし、3度目のワールドカップに臨まんとしている代表に対して、専門家
は過度に結果を、マスコミや我々はただただ楽観的に、感動だけ要求している
のではないだろうか。

 「まったくそうです! 我々は結果ではなく、一所懸命にプレーするサムラ
イ・ブルー(今回のワールドカップに出場する日本代表のキャッチフレーズ)
から勇気と感動をもらいましょう!」

 やめてくれ。
 静かにワールドカップを愉しませて欲しいと切に願う今日このごろである。

■プロフィール■-----------------------------------------------------
(やまぐち・ひでや)1963年生まれ。京都市出身。「哲学的腹ぺこ塾」塾生。

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////// 連載「マルジナリア」第13回 //////

          フィロソフィカル・ハイ(続)
                              中原紀生
/////////////////////////////////////////////////////////////////////

●以前、『物質と記憶』の独り読書会について書いた。その時は、第一章四節
「イマージュの選択」を読んでいる際に訪れた最初のフィロソフィカル・ハイ
(哲学的陶酔)のことを書いた。今回はその続き。あれからほぼ半年、二回目
のハイが訪れるまでの記録から適宜抜粋する。

●その一。『物質と記憶』の第二章を読み終えた。軽いハイが訪れた。この書
物は音楽の様式で構成されている。たとえて言えば、全四楽章の交響曲。冒頭
に三つの仮説を提示し、この見取り図にそって叙述を進めていく第二章はさし
ずめ組曲か。いや、三つの仮説が微妙な言い換えもしくは漸次的深化を通じて
運動(第一章)から記憶(第三章)への移りゆきを段階的に進行させていると
見れば変奏曲か。
 そんな連想がはたらいたのは、なによりも第二章後半の叙述のそこかしこで
音楽の比喩が頻繁に用いられているからだ。「前奏曲」「ある主旋律の個々の
音調」「巨大な鍵盤」「無数の音符」「無数の弦」「内的鍵盤」「序曲」
等々。そこで主題的に論じられているのが「聴覚の印象」であり「語の聴覚的
記憶」であり「精神的聴力」なのだから、それも当然のことかもしれない。

●そうした表面的なことだけでなく、たとえば「反省的知覚は直線ではなくて
閉じた回路である」云々の議論のところで、対象Oの上方に知覚がかたちづく
る複数の円環(伸縮自在な記憶力はそこにはいりこむ)と対象Oの下方(背
後)に潜在的記憶がかたちづくる複数の円環の図が出てくるが、これなど倍音
と残響の効果に彩られた音楽体験そのものを図解したものなのではないかと思
う。あるいは、「それは空虚な器であり、その形によって、流れ込む液体の向
かっていく形を決定するのだ」と言われる「運動的図式」とは、音楽(液体=
記憶心像としての聴覚的イマージュ)を聴き取るときの身体の構えのことなの
ではないかと思う。

●興味深いのは、聴覚的知覚(印象)と聴覚的イマージュ(記憶心像)と観念
(「記憶の奥底からよび起こされる純粋記憶」)という「三つの項」をめぐる
議論である。聴覚体験とりわけ「言語的イマージュという特殊なイマージュ」
をめぐる「純粋な経験」について、世の人は一般に「知覚⇒記憶⇒観念」とい
う進行を想定するがこれは間違っている。
《私たちは観念から出発し、運動的図式にはまり込みながら聞こえる音に重
なっていく力をもつ聴覚的記憶心像へと、その観念を発展させる。そこには、
観念の雲が判明な聴覚的イマージュへと凝縮していき、聴覚的イマージュはな
お流動的であるにしても、ついには物質的に知覚される音響と癒着して固まろ
うとする連続的な進行がある。》
 
●音楽とは純粋記憶(観念)である。いや、『物質と記憶』そのものが音楽を
論じているのだとすると、音楽とは生体の活動そのものである。ジェスパー・
ホフマイヤーの言葉を借りるならば、音楽とは「記号過程」であり「物語の論
理」である。
《私の示唆するものは、脳のモジュールと身体の間に私たちの身体の機能を一
秒ごとに面倒を見ている記号過程のループと全く同じものが、意識的な統一の
中にも入り込み、私たちの環世界の断片を意識に換える際の選択過程を担って
いるということだ。(略)意識の一定の流れを作り出すことで、あるいは身体
が私たちの環世界を解釈すると言うことによって、私は当然、身体は一つの群
れ集まった実体、記号過程を行う身体‐脳システムの全体であると考えてい
る。私たちが私たちの身体で考えているという事実は、意識(そして言語)は
物語でなければならないことを意味する。肉体の活動、あるいはそれと等価な
基本行動が、私たちの知性や意識の源泉なのである。
 そこで私は意識を純粋に記号過程による関係として見ることを提案する。意
識とは身体の実存的環世界を、肉体が空間的物語的に解釈したものである。
 しかし、もし意識をこのように想像上の物語として精神空間の内に配され、
そこで意味のある繋がりが為され、絶え間ない自己言及によって構成されるも
のであると見なすなら、この意識はどうやって私たちの思考や行動に影響を与
えることができるのだろうか。答えは簡単だ。意識はいわばオン、オフの切り
替えをするスイッチとして働くのだ。》(『生命記号論』)

●その二。第三章三節「無意識について」を読む。「私たちは問題の核心には
まだ立ち入らないで注意だけしておきたい」とベルクソンは冒頭に書いてい
る。ここでベルクソンが注意を促しているのは、意識とは存在の同義語ではな
く、現実的行動や直接的有効性の同義語にすぎぬということだ。意識が存在の
同義語でないというのは、ひらたくいえば意識がなくても人(行動するもの)
は生きている(行動している)ということである。意識は思弁や純粋認識に向
かうものではないという、第一章の議論がここでも繰り返されている。それで
は「問題の核心」とは何か。以下、本節の要点のみ(誤読をおそれず)列記す
る。
 無意識には空間に由来するもの(物質宇宙のまだ知覚されていない部分=物
自体)と時間に由来するもの(過去の生活の現に認められていない諸時期=過
去自体)の二種類がある。それらは、前者(空間の中で同時的に段階づけられ
る諸対象の系列)の表象の秩序が必然的、後者(時間の中で継起的に展開され
る諸状態)のそれが偶然的という相違はあるものの、基本的には実益や生活の
物質的要求にかかわる区別にすぎない。程度の違いはあれ、いずれも意識的把
握(意識への現前性)と規則的連関(論理的あるいは因果的関連性)という経
験の二つの条件を満たしている。

●しかし、それが人の精神の中で形而上学的区別の形をとる。つまり、前者は
外的対象へ、後者は内的状態へと分解される。いわゆる心脳問題の発生。「存
在するけれども知覚されない物質的対象に、少しでも意識にあずかる余地を残
すことや、意識的でない内的状態に、いささかでも存在にあずかる余地を残す
ことは、そのために不可能になってしまう。」その結果、空間からとられた比
喩(容れものと中味の関係)にとらわれ、記憶がどこに保存されるのかという
ことを問題にせずにはいられなくなる。過去の記憶が身体(脳髄)に貯蔵され
るという幻想をいだいてしまう。事の実相はそうではなくて、いったん完了し
た過去(蓄積されたイマージュ)はそれ自体で残存するのである。
《過去がそれ自体で残存するというこのことは、したがって、どんな形にせ
よ、免れるわけにはいかないのであり、それを考えるのに困難を感ずるのは、
私たちが時間における記憶の系列に、空間中で瞬間的に認められる諸物体の総
体についてしか真でないいれることとはいることのあの必然性を帰するところ
からくるのだ。根本的な幻想は、流れつつある持続そのものに、私たちの切断
による瞬間的断面の形式[私たちの脳=身体は、物質的宇宙のすべての他の部
分とともに、宇宙の生成の絶えず新しくなる切断面を構成している]を移し及
ぼすということにある。》

●その三。第三章五節「一般観念と記憶力」と六節「観念連合」を読む。類似
=知覚と差異=記憶。「意識をもつ自動人形」によって演じられる生きられた
類似と「自己の生活を生きるかわりに夢みるような人間存在」によって夢見ら
れる差異。それらが相互浸透し、結晶化と蒸発の二つの流れが交叉する中間的
断面。そこ(自然=運動の領域)から立ちあがる精神生活(思考の領域)の本
質的な現象。循環論法をすり抜ける生の実相と知性によるその模倣。すなわち
有節言語の誕生。『物質と記憶』全体のハイライトをなすこのあたりのベルク
ソンの議論は、ほとんど抵抗も違和感もなく滑らかに頭に入ってくる。前後の
文脈を離れて取りだしても、それだけで存分に鑑賞玩味できるベルクソン節と
もいうべき名調子が随所にちりばめられている。(第一章四節「イマージュの
選択」を読んでいた頃のあの陶酔が甦ってくる。)

●たとえば五節から引くならば、「百合の白さは雪野原の白さではない。それ
らは雪や百合から切りはなされても、やはり百合の白さであり雪の白さであ
る。それらが個別性を棄て去るのは、私たちがそれらに共通の名をあたえるた
め、類似を考慮するときだけだ」。「草食動物をひきつけるのは草一般であ
る。力として感ぜられこうむられる…色や香だけが、その外的知覚の直接的所
与である」。「水滴の中を動きまわるアミーバの意識がたぶんそうであるよう
な萌芽的な意識を考えるとしよう。極微動物は同化しうるさまざまな有機物質
の類似を感じても、差異を感ずることはあるまい」。「一般観念は表象される
まえに、感ぜられ、こうむられるのである」。「それ[一般観念]は互いに他
方へと進む二つの流れの内に成立する、――たえず結晶して発音された語にな
ろうとするか[記憶の逆円錐と知覚の平面との交叉図でいえば、底面ABから
頂点Sへの下向きの方向]、蒸発して記憶になろうとしている[頂点Sから底
面ABへの上向きの方向]のである」。

●その四。『物質と記憶』第四章を読み終えた。二度目のフィロソフィカル・
ハイが到来した。最後の節の冒頭に、「このようにして私たちは、長い回り道
をへて、本書の第一章でとり出しておいた結論に立ちもどってくる」と書いて
ある。ここに出てくる「結論」とは、「私たちの知覚は元来精神ではなくむし
ろ事物の内に、私たちの内ではなくむしろ外にある」というものだ。これはま
さに、最初の陶酔を覚えた第一章四節「イマージュの選択」に書いてあったこ
とそのものである。その節の最後に出てくる文章を抜き書きしておく。
 発光点Pからの光線が網膜の諸点a・b・cに沿って進み、中枢に達してか
らのちに意識的イマージュへと変換され、これがやがてP点へと外化される。
しかしこの説明は科学的方法の要求に従っているだけのことで、全然、現実的
過程をのべていない。《じっさいには、意識の中で形成されてのちにPへと投
射されるような、ひろがりのないイマージュなどは存在しない。本当は、点P
も、それが発する光線も、網膜も、かかわりのある神経要素も、緊密に結び
合った全体をなすのであり、発光点Pはこの全体の一部をなしていて、Pのイ
マージュが形成され知覚されるのは、他の場所ではなく、まさにPにおいてな
のだ。》

●ここに出てくる「全体」という言葉は、第四章「延長とひろがり」の節の
「或る対象の視覚的知覚においては、細胞も神経も網膜も、そして対象そのも
のも、緊密に結びついた全体、すなわち網膜の像も一挿話にすぎない連続的過
程を形づくっているということは、本書の冒頭で示したように真実ではなかろ
うか」と響き合っている。さらに遡れば、「知覚と物質」の節に出てくる「問
題はもはや、いかにして物質の特定の部分の中に位置の変化が生ずるかという
ことではなく、いかにして全体の内で位相の変化が遂げられるかという点にか
かわるであろう」とか「なぜ私たちは、あたかも万華鏡を回転したかのように
全体が変わるということを、そのまま端的にみとめないのであろうか」とも響
き合っている。
 このあたりのベルクソンの議論(茂木健一郎氏のいう「マッハの原理」を思
わせる)にはアインシュタインの影を感じる。『物質と記憶』の刊行は1896年
だから、その「影」は未来から投げかけられたものであろう。というか、ベル
クソンもアインシュタインも同じ一つの時代精神のうちにある。そういう粗雑
なことを喚いていても始まらないので、いまなお余韻がつづくフィロソフィカ
ル・ハイの実質を丹念に「割って」いかなければならない。ほとんど「祖述」
に近いかたちで語り直すこと。何度でも最初から語り直すこと。それが哲学書
を読むという経験であろう。

■プロフィール■-----------------------------------------------------
(なかはら・のりお)サラリーマン。
★「オリオン」http://www.sanynet.ne.jp/~norio-n
★ブログ「不連続な読書日記」http://d.hatena.ne.jp/orion-n/

●●●●INFORMATION●●●--------------------------------------------

★ご恵贈CD★
 秋山羊子『指一本で倒されるだろう』(NAVEL01)税込定価2000円
 http://akiyama-yoko.or.tv/ ■5月24日全国発売

 極めてデリケートな水墨画のポップミュージック。
 慢性的にいかんともしがたい日常を受け入れた上で、なおも無邪気な可能性
 を追求する。
 ただこの柔らかい歌声に浸っているだけでいい。フォーキーなサウンドに身
 を委ねるだけでいい。
 それは君と君とが出会う場所。(山下スキル)

 ♪君に伝えたくてずっと 叫び続けたんだけど
  ちっとも届かないのは 立っている場所が安全だから
  僕が望めばいつだって 危険な場所に立てるはずさ
  だけど恐くてたまらないんだ
  指一本で倒されるだろう♪

 ■ライブ情報は、こちら → http://akiyama-yoko.or.tv/live.html
--------------------------------------------------------------------
 ★六甲奨学基金のための第9回古本市★
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 ■日時:2006年3月15日(水)〜5月15日(月)まで
     05年は240万円の売り上げがありました。
 ■場所:(財)神戸学生青年センター
     〒657-0064 神戸市灘区山田町3-1-1
     TEL:078-851-2760 FAX:078-821-5878
 ●ボランティアを募集しています。
     交通費(片道500円まで)をお支払いします。
--------------------------------------------------------------------
 ★第62回「哲学的腹ぺこ塾」★
 http://homepage3.nifty.com/luna-sy/harapeko.html
 ■日  時:06年04月16日(日)午後2時より4時まで。
 ■テキスト:松下昇『概念集1』
 ■会  場:るな工房/黒猫房/窓月書房

■黒猫房主の周辺「桜は咲いたが」■-----------------------------------
★桜は咲いたが、ベルグソンは難しい。いぜん「哲学的腹ぺこ塾」で、現在は
非常勤講師をしているO氏に「道徳と宗教の二つの源泉」の一部を報告して
貰ったことがあります。それもあってこの間、少しく読み返しておりました
が……。
★中原さんのエッセイによれば、すでにアフォーダンスへの先行的理解があっ
たり、ベルグソンには様々な哲学的意想が埋まっているようですね。
★また、茂木健一郎の「マッハの原理」についての言及があったのですが、僕
はそれは未読。それで廣松渉の「エルンスト・マッハの哲学について」(雑誌
「遊」2号掲載、1972)を思い出して、書棚から古い雑誌を取り出して読んで
みました。
★廣松によれば、《要素一元論の哲学的立場に立って、このような姿勢で物理
学の理論を構築するとき、物理学の基礎的諸概念が操作主義的に規定しかえさ
れねばならないことは、容易に察せられるであろう。空間、時間、質量、の操
作主義的再規定に際して、時間の体系が空間的測度に還元されること、質量概
念が全宇宙的規模での加速度規定と相関づけられること、しかも、空間はもは
や空虚な絶対的な容器ではなくして一種の加速度的規定的・被規定的な媒質と
なること、このような事情に俟って、マッハの理論物理学大系はアインシュタ
インの相対性原理を直接的に準備するものとなった次第である》とあります。
(黒猫房主)

●○●---------------------------------------------------------●○●
『カルチャー・レヴュー』60号(通巻64)(2006/04/01)
■編集同人:いのうえなおこ・小原まさる・加藤正太郎・田中俊英・ひるます
      文岩優子・野原燐・村田豪・山口秀也・黒猫房主
■編集協力:中原紀生 http://www.sanynet.ne.jp/~norio-n/
■発 行 人:黒猫房主
■発 行 所:るな工房/黒猫房/窓月書房
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◆直送版◆
●○●---------------------------------------------------------●○●
 (創刊1998/10/01)
     『カルチャー・レヴュー』61号(皐月号)
         (2006/05/01発行)
     発行所:るな工房/黒猫房/窓月書房
        [62号は、2006/06/01頃発行予定です]
●○●---------------------------------------------------------●○●
■目 次■-----------------------------------------------------------
◆連載「文学のはざま2」第6回:村上春樹『アンダーグラウンド』以降と
いまここにあるオウム問題-----------------------------------村田 豪
◆連載「映画館の日々」第12回:成瀬巳喜男の日々の砕片[かけら](3)
 -----------------------------------------------------------鈴木 薫
◆INFORMATION:第62回「哲学的腹ぺこ塾」
◆黒猫房主の周辺「真相解明とは何か」-------------------------黒猫房主
---------------------------------------------------------------------
★黒猫カレンダー・プロジェクト発動!
 http://homepage3.nifty.com/luna-sy/ca01.html
「黒猫」のみを掲載したカレンダーって、なかなか売っていませんよね!
それで、いっそみんなで作っちゃおうという参加型のプロジェクトです。
「黒猫」のみを掲載した、2007年度版カレンダー製作に向けて、全国の黒
猫好きの方々からの投稿写真を募ります。

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////// 連載「文学のはざま2」第5回 //////

  村上春樹『アンダーグラウンド』以降といまここにあるオウム問題
  ――「空想の勝利」に抵抗する
                              村田 豪
/////////////////////////////////////////////////////////////////////

 表題のとおり、今回は村上春樹の『アンダーグラウンド』、いわゆる「オウ
ム・サリン事件」にまつわるインタビュー集を取りあげる。これをオウム裁判
などの現実的な事象とともに考察し、またそのうえで以降の村上作品も位置づ
けてみたい。といっても、1995年に起きた東京地下鉄サリン事件から11年、
『アンダーグラウンド』刊行の1997年からも9年と、すでに問題が取り扱われ
た時期からそれなりの時間が経過しており、一連の出来事やこれらの村上作品
に、その当時きっちり応接した人からすれば、こんなこころみは「いまさら」
の感があるかと思う。

 そのころのわたしは、マスメディアによる「オウム報道」をどちらかという
と敬遠して積極的に摂取しなかったし、村上の上記作品も読まなかった。理由
は、どう見ても世情におもねったマスコミの報道が、おうおうにしてアンフェ
アで、事実認識的にも混乱しているようにしか思えなかったからだ。またこれ
とは別に、村上春樹という小説家についても、いくつかの作品に目を通した限
りでは、もともと特別な興味を持つこともなかった。だから『アンダーグラウ
ンド』は、村上春樹がルポルタージュのような形でサリン被害者に話を聞い
て、オウム問題に取り組んだ意欲作だ、といわれても、読もうという気持ちは
生じなかったのである。

 こういうことをいうのは、「いまさら」という感を持った人からすれば、そ
れこそわたしが社会の問題にたいして根本的には鈍感で、ものごとを考えるに
も怠惰であったことをあかしているにすぎないかもしれない。本稿を書くにあ
たって、村上作品のほかオウム事件関連の資料を自分なりにいろいろと当たっ
てみたうえでも、やはりそれは認めざるをえないと思う。オウム問題にかかわ
るあらゆる言説のかたよりや行き届かなさ、あるいは膨大さと煩雑さ、そう
いったものをかきわけていけば、そこには考えるべきことが山ほどあったこと
に、あらためて気づかされるからだ。

 ただし「いまさら」ともいえる現在において、つぎのことは確認しておきた
い。これらオウム真理教関係者(*註1)がおこしたとされる事件と、それが
もたらした社会的・文化的な問題群のなかでも、「たったいま」押さえておか
なくてはならない重要な問題があることだ。それは、13の事件で起訴され、一
審で死刑判決を受けていた麻原彰晃氏の東京高裁への控訴が、さる3月27日、
審理にはいる前に棄却されてしまったことである。

 これにたいして弁護団はただちに異議申し立てをおこなった。もし高裁でこ
の異議がとおらなければ、今度は最高裁への特別抗告をおこなうことになる。
しかしこれも認められなければ、裁判は再開されることなく、一審の死刑判決
が確定してしまうという。みなさんも直近のことなのでこのあたりのいきさつ
は、「なんとなく」あるいは「よく」ご承知だろう。

 さて、控訴棄却があった当日と翌日のテレビや新聞がもっとも強調して伝え
ていたのは、どんなものだったかおぼえているだろうか。それは第一には、
「被告人の精神鑑定を要求していた弁護団が、控訴手続きのための趣意書を期
限までに提出しなかったことが、今度の事態をまねいたのであり、裁判がこの
まま終結するとしたらそれは弁護団の責任だ」という裁判所の言い分であっ
た。つぎに、その報をうけた事件被害者や犠牲者の遺族が、裁判打ち切りによ
る死刑確定を「当然だ」「むしろ長くかかりすぎた」などのコメントとともに
「承認」している様子がクローズアップされる。最後につけたしとして、「こ
のまま『真相』が解明されずに済まされることが残念でならない。弁護団の方
針に疑問をぬぐえない」というような、松本サリン事件の被害者河野義行さん
やその他の識者の意見が、そえられることもあった。

 まずマスコミの報道があいかわらず司法権力の主張をひたすらうのみにし、
麻原氏とオウム関係者を悪と決めつけ、メディアの中で引き回すことを繰り返
したことには、「いまさら」ながら強く批判しなければならない。ただここで
大切なのは、単にマスコミ批判ではなく、日本人民がおちいっている「苦境」
がどんなものであるかを知ることである。少し長いが以下に二点ばかり示す。

 第一に、表面上のあつかいの大きさとか大騒ぎのしかたにくらべて、本当は
だれもなにも知りたいとは思っていないかもしれないことである。というの
も、今回の報道でテレビや新聞に接した人は、みんな「麻原彰晃」を「見た」
はずだ。だから「いまだに反省の色もなく、ふてぶてしくも自分の罪を認めて
いない」「訴訟能力がないなどウソに決まっている」と自動的に考えてしま
う。

 ところがそれは本当の麻原氏の姿ではない。より正確にいうと、それはたい
てい11年前の逮捕時の映像か、もっと以前の宗教服をきた麻原氏の姿である。
いったいこれが作為以外のなにものだろう。「いまさら」そんな昔の映像や写
真をみて、現在の彼の何がわかるというのだろうか? 軽薄な逆説はつつしみ
たいが、これでは、警察権力を濫用してあれほど麻原氏への「帰依」を、教団
信者たちにたいし強制的に禁止し、断念させようとしてきたわたしたち日本人
民のほうが、「尊師」「グル」の変わらぬ姿を信じ、大事に守りつづけている
ことになってしまうだろう。

 事実はまったく違っている。東京拘置所にいる麻原氏は、現在、「訴訟能
力」どころか、どうやらふつうの生活を送ることができる状態にさえない。や
つれ、やせ衰えており、車椅子によってしか移動できない。会話をかわすこと
ができず、外からの刺激にたいする反応も鈍く乏しい。自ら用便をはたせない
のでおしめを着用させられ、一日一度しか取り替えられない。それで拘置所の
狭い房の畳やふとんは、糞尿でかなり汚れた状態だという。食事はとりあえず
できるが、ご飯の上にいろんなおかずやデザートを全部盛り合わせて給食され
るという嫌がらせをされても、なにも不平を言わずにたいらげるといった具
合。これはわたしの類推によって使う言葉で問題があればわたしの責任だが、
ようするに「エサ」のように食べているということになる。以上は『獄中で見
た麻原彰晃』麻原控訴審弁護人編(インパクト出版会)によって知ることがで
きた。(*註2)

 なにが言いたいかというと、弁護人たちが主張している精神鑑定が必要なの
はもちろんのこと、いわゆるふつうの治療や介護などが必要な状態であること
は、素人でもわかかるということだ。ところが裁判所が鑑定に指定した医師
は、職業上の倫理と責任を放棄したかのように、麻原氏の様子を歪んだ解釈で
塗りかため、「訴訟能力あり」という裁判所と検察の意向にそった結論を出し
た。それで裁判所は弁護人の主張を斥けたのだ。実は奇妙なことに、この判断
が直後の控訴棄却を導き出すことになる(*註3)

 しかし、もしわたしたちが現実的な関心を持って麻原氏の現在の状態を知ろ
うとしていたなら、こんなおざなりな判断は通すことができなかったはずなの
だ。注意力や想像力の弱さが、「教祖」のイメージを温存しつづけ、そして
「病気を装っている」というような恥ずべき「空想」まで生みだしている。こ
うした「空想」の支配する社会にわたしたちは住み、またそれを支えていると
いえるかもしれない。だから、「裁判をつづけて真相を明らかにすべきだ」と
いう本来なら真っ当な意見さえ、いまやどこかしらじらしいものに聞こえてし
まう。(*註4)

 第二に、官権の工作が非理をきわめており、マスコミ報道の偏向がはなはだ
しいため、上記のような事実をわたしたちが手にすることができないこともあ
る。そうそう真実など知ることはできない。しかしそうであっても、彼らの言
葉には隠しようもない欺瞞があふれ返っており、そこからなにかを考えること
はできるように思える。

 先日の控訴棄却の時にもっとも欺瞞度の高い言葉をはいたのは、東京高裁裁
判所の須田賢裁判長である。棄却決定の理由の中で、弁護人が趣意書を出さな
かったことを非難し、「原審で死刑を宣告された被告人から実質審理を受ける
機会を奪うという重大な結果を招くおそれをもたらすものであって、被告人の
裁判を受ける権利を擁護するという使命を有する弁護士がその職責をまっとう
するという点からみても極めて問題があるというべきである」とのたまった。

 裁判所と弁護人の間での「趣意書提出」をめぐる駆けひきとその本質につい
ては「註3」を見てほしいが、どういういきさつにせよ、控訴を棄却し、「被
告人の裁判を受ける権利」をいままさに剥奪しているのは、当の裁判所自身な
のである。これはまったく隠しようのない事実だ。その不正義に恥じる様子も
なく、いわば権利侵害を言い渡している文章のなかで、なんとその自分の罪を
弁護人になすりつけているのである。もし「被告人から実質審理を受ける機会
を奪うという重大な結果を招く」といつわりなく考えるなら、自分の決定を変
えればいいのである。というか、それ以外はないはずである。弁護人は趣旨書
を出すといっているのであるから、いまからでもそうすべきであろう。でなく
ては、こんな手前勝手な情念にねじまがったことばを、だれが裁判所のことば
としてまともに受け入れられるだろうか。

 しかし、わたしたち日本人民は、ひょっとするといつもこんな調子なのかも
しれない。あれだけ赤裸々な責任転嫁も、どうやら素通りであるからには、最
近はやりの「憂国」的な教育論がいうように、わたしたちの「基本的な読みと
く力」や「自ら組み立てる論理的な思考力」は、いちじるしく低下していると
もいえよう。あるいは、あれだけの暴論は、日常さすがに目にすることも少な
いから、「ああ、これは権力がテンパっていて(後戻りできないほど行き詰
まって)、なりふりかまわず迫ってきそうだからヤバイな」と気づき、自らに
火の粉が降りかからないように押し黙るのだろう。いまや日本人民の「苦境」
は、これほどまでにきわまっているといえる。

 さて、以上のことをふまえて、本題の村上春樹についての考察に入ろう。わ
たしの見たところ『アンダーグラウンド』において村上は、たんに「地下鉄サ
リン事件」という主題に向きあうだけではなく、「日本人」や「日本社会」の
ありかたにも強い関心をよせている。そしてそれは、いま述べた「日本人民の
苦境」のようなものとも、また無縁ではないように思える。一般には「作家と
しての責任」とか「デタッチメントからコミットメント」ということばによっ
て、前作『ねじまき鳥クロニクル』あたりから、村上のそういった変貌は注目
されるようになっていた。では、この社会問題にも積極的にかかわろうとす
る、村上の転換の具体的な中身は、いったいどんなものなのだろうか。そう
いった点を中心に検討していこう。

 『アンダーグラウンド』は、東京地下鉄サリン事件でサリンの被害にあった
六十名あまりの被害者やその家族へのインタビューを、村上が構成しなおして
まとめた証言集である。「一九九五年三月二〇日の朝に、東京の地下鉄でほん
とうに何が起こったのか?」という疑問を出発点に、著者は被害者それぞれの
固有の視点を尊重したかたちで、事件の実相を浮かびあがらせようとしてい
る。

 あとがきで「乗客一人ひとりについて細かいところまで、それこそ心臓の鼓
動から息づかいのリズムまで具体的に克明に知りたいと思った」と村上はのべ
ているが、そのことばにたがわず、聞き取りは詳細をきわめている。事件当時
の被害者たちのちょっとしたエピソードや各自の感じた印象の細部なども盛り
込まれ、事件の多様な局面や、状況の複雑さというか混乱というか、そういう
ものまでもが非常によくつたわってくる。

 またインタビューは、被害者の生い立ちや、仕事を中心とした生活の状況、
その人の性格や人生観のようなものにまで立ち入っている。それゆえ、事件が
もたらしたものが、その人にとってどんなものであったのかさえも、とても切
実に迫ってくる。亡くなった人の家族の衝撃と絶望、後遺症や障害をかかえ人
生を大きく変えられてしまった人の怒りと苦悩と現在を生き抜く懸命さ、身体
的に回復したとしてもいまな人々をおびやかす精神的な傷としての恐怖心や不
信感、もとの日常の生活に復帰した場合でもなんとなく残る不安のようなも
の、など。事件の影響は、さまざまであったことがうかがえる。

 作品を読んだ人も多いと思うので、概説はほどほどにしておきたいのだが、
描きだされるこういった被害者のそれぞれの経験と感情を、これほど強い共感
や同情とともに読ませうるのは、村上春樹の力量だと、まずは確認しておきた
い。これは大方の論者が認めるものだったと思う。とくにわたしが一番強い印
象を受けたのは、村上がまったく労をいとうことなく、被害者への聞き取りに
つくすその丁寧さであり、行き届いた配慮とそれに見合うことばの選択の、こ
れ以上ない「ふさわしさ」である。

 たとえばほんの一例だが、地下鉄職員で被害にあった「豊田利明」さんが
「あまり思い出したくないんだ、正直に言って」と事件について語り始めるの
をためらう場面での、村上の説得のことばを引用してみよう。

 わかりました。おっしゃっておられることはよくわかります。私もこんな風
に無理にお話をうかがわなくてはならないことについては、ほんとうに心苦し
く思っています。ふさがりかけている傷口をこじあけるようなことは、できる
だけしたくありません。でも私といたしましては、この事件に関して一人でも
多くの方から直接お話をうかがって、それを生の証言として文章にして
(略)、少しでも多くの人々に正確なかたちで伝えたいと思っているんです。
 ですから無理にとは言いません。もし話したくないということがあれば、そ
れはべつにお話にならなくてもけっこうです。これくらいは話してもいいとい
うことだけでもいいですから、聞かせて下さいませんか。(『アンダーグラウ
ンド』講談社文庫、p75)

 説得の流れはこうなっている。まず「被害者への心よりの同情」があり、
「思い出すことがさらなる苦痛をもたらすかもしれないことへの気づかい」を
示し、それでも「経験を知らせることには社会的意義がある」ことを強調。最
後に「できることだけで十分だという無限の譲歩」をそえて、語ることをすす
める。いったい被害者を前にして、これほど行き届いたことばでだれがインタ
ビューできるだろう? そしてこのような丁寧さと相手への配慮なしに、そし
てそれをも超えるようなことばの力なしに、あれほどの事細かな証言を引き出
すことはできなかったはずだ。作品の圧倒性は、村上の非凡なことばづかい、
作家としての能力と比例している。こういった全体にたいし人が誠実さを感じ
たり、「作家としての責任」というようなことばを思いうかべても、いっこう
におかしくはない、とわたしは思う。

 ここで比較したくなるのは、地下鉄サリン事件の第一審裁判で、検察側が提
出した「三点セット」とよばる被害証拠のずさんさであろう。これは被害者か
らの調書とアンケート、および医師による診断書からなるもので、これによっ
て麻原氏は、3938人の被害者にたいする殺人または殺人未遂で起訴された。し
かしこれらの証拠は、警察からの送られてきた被害者名簿の一覧をそのまま流
用したような代物だったという。大部分の被害者には事情聴取さえなされず、
簡単なアンケートですまされていたのだ。

 だから裁判が始まると、サリンの袋を見たことがなかったのに、警察から言
われるがままに袋のあった場所に印をうったと証言しはじめる被害者があらわ
れた。ほかにもそれらのなかには、被害者がどの電車に乗っていたのかあいま
いなもの、症状の内容が不明瞭なもの、警察官が代筆したものなど、証拠とし
て成立しないものが多かった。結局まともな捜査はされていなかったのだ。そ
して検察は、自らのデタラメさのため、2年後になって多数の被害者に関する
起訴を取り下げ、死亡・重症の被害者にたいしての殺人と殺人未遂に絞り込ま
ざるをえなかった(以上は『生きるという権利』安田好弘や『麻原を死刑にし
て、それで済むのか』渡辺脩などより)。

 要するに、警察や検察といった国家権力の出先機関にとって、被害者という
ものが、「反国家的」団体や個人を捕縛し、罪を着せ、罰するためにだけに必
要とされてしまう実態を、このケースはしめしているだろう。だからこんな現
実において、村上の基本的な問い「ほんとうに何が起こったのか?」は、まこ
とに正当であり、その成果としての作品は、官権の不様な「物語」などとうて
いおよびもつかない、第一級の資料でもあると思う。

 しかし、ここでわたしは村上の奇妙さにも言及しなければならない。という
のは、これだけの仕事を残しながら、その成果の主要な側面を、本来の仕事で
ある小説作品において、村上はとんでもなく台なしにしてしまっているのでは
ないかと感じるからだ。実際、それ以降書かれた小説『スプートニクの恋
人』『神の子どもたちはみな踊る』『海辺のカフカ』を順に読んでいくうち
に、わたしは暗澹たる気分にとらわれることになった。『アンダーグラウン
ド』において見て見ぬふりをしてすませたいとわたしが感じた部分、実際これ
までの言い方ではとりあえず無視してきた要素、そういったものだけを、村上
はむやみにふくらませて、以降の小説を書いているのではないか、と疑ってし
まうのだ。

 わたしがあまり触れずにきたのは、『アンダーグラウンド』が小説作品とし
ての要素をもつという点である。これは今までも多くの論者から指摘されても
いることで、割合目につきやすいものである。たとえば、証言する被害者の顔
立ちや表情、服装や振るまいなどを、積極的な感情移入となじみの言葉づかい
で描くところなどは、ふつうのルポルタージュにはない印象をあたえる。あた
かも村上作品の登場人物が自らの痛みを読者に語りだす、そのようなリアリ
ティで被害者の存在感が迫ってくる、と感じたひとも多いのではないだろう
か。

 わたしはこのことをたんに否定的にとらえているのではない。

 たとえば、事故や事件体験者の面接をおこない、それをもとにしたノンフィ
クションを手がけもしている精神科医の野田正彰は、村上の同書への書評「隠
された動機――ノンフィクション作家からフィクション作家へ」(『群像』97
年5月号)で、村上の態度と、自らの方法=「出来事ではなく、その人が出来
事に直面して生じた感情の流れ」を尊重する聞き取りの手法とが、非常に類似
していることを指摘している。これは語り手の「主観的現実」を浮かびあがら
せるのにたいへん優位だという。ならば、村上が被害者の「感情の流れ」をよ
びこもうとして、自分の得意な小説家らしい感情移入とことばづかいをもちい
ているのだったら、なんら問題はないだろう。それは野田のいう、相手の「主
観的現実」を浮かびあがらせるために他ならないのだから。

 ところで村上はこのことに自覚的である。それは、同書を書き終えて、著者
なりのオウム論と作品の意味づけを展開している「あとがき」を見ればあきら
かだ。そこで村上は、被害者が「記憶」をたどって語る「物語」には、それぞ
れの人にとっての「紛れもない真実」があるのだと、強調しているからであ
る。そして、その真実性へ強く「感応」してしまう自分を、被害者にかわって
彼らの「物語」をひたすら「紡ぎ出していく蜘蛛」にさえ、見立てているの
だ。

 ただし、語り手にある「主観的現実」への限りない尊重から、無私になって
その「物語」の作品化(小説化)につとめる村上には、別の面では、より強い
積極性が生じていることを見のがしてはならない。

 村上が問題にし、こだわっているのは、マスコミなどをふくむ社会全般が、
「被害者=善」対「オウム=悪」ときれいに切り分けてしまうことに無反省で
ある、ということである。そうではなく「あちら側」の「オウム」が描きだし
た「物語」と、「こちら側」=「私たち一般市民」の「物語」が実は鏡像的な
ものであり、「暴力」や「暗闇」において通じ合っているのではないか、とい
うのだ。「あとがき」ではこのことが全面的に論じられている。

 そして村上がたどり着くのは、人びとが魅入られた「オウムの物語」を乗り
越えるような「こちら側」の物語を、小説家としての自分こそが生み出さなけ
ればならない、という結論なのだ。『アンダーグラウンド』の作業を通じて、
「こちら側」の「日本人」の「物語」を集約し、その傷をいやすような「物
語」を新しく生み出すこと、これこそが村上のいま一つの目的となっていくの
である。しかし『アンダーグラウンド』のすぐれた質量を保証する「手段」と
してこそ小説的側面があったのに、これでは「手段」と「目的」が完全に反転
してしまうだろう。

 わたしは『アンダーグラウンド』における小説の要素を、単独ではまったく
評価できないと思う。村上はその部分を、被害者その一人ひとりのためだけに
使いつくすべきではなかったのか、と考える。なぜならそれは、極端な「感情
移入」に支えられる、その人とその場においてだけ「真実性」が保証される
「物語」なのであって、それをレベルの違うものに拡張してしまえば、ことば
は現実的なものに依拠せず、上滑りしかねないからだ。

 しかし残念ながら、村上は全体としての「日本人」の「物語」を構想してい
たのである。きわだった小説的要素(強い感情移入とことばの巧みさ)は、そ
れにこそ役立てられることになるのである(「この地下鉄サリン事件について
の長期取材は、わたしが『日本についてより深く知る』ための作業を展開させ
ていく上でのひとつのてだてになった。」同書、p760)

 実は、野田正彰は前出の書評で、語り手の「主観的現実」を浮かびあがらせ
た後の作業についても注意を向けている。一人ひとりだけでなく、何人ものひ
との「現実」を積み重ねまとめていくと、矛盾や対立をふくむような「綜合的
な現実」が立ち現れる。そして「ノンフィクション作家のさらなる仕事は、立
ち現れた構造物に人びとの共同のフィクション、いわゆる物語としてのイデオ
ロギーを見付け、それを批判することが求められる」のだという。

 お分かりのように、村上にはこの作業が見られない。野田もそのことを暗に
指摘し(別の事件や事故の被害者でなく、なぜ、この「サリン被害者」にイン
タビューしその記録を発表するのか、その「動機」をはっきりさせていないと
指摘し)、その作業に代わるものが、フィクション作家の村上にとっては何な
のか、を最後にきっちり言い当てている。つまり、「答えは、これから作家が
小説によって求めていくものであろう」と。

 当時の野田がこれをどんなつもりでいったのか、わたしにはわからない。皮
肉にも見えるし期待にも見える。が、どちらにせよ、おそらくのちにはがっか
りしたのではないだろうか。村上がだした「答え」は、「物語としてのイデオ
ロギーを見つけ、それを批判する」のではなく、「物語としてのイデオロ
ギー」をいかに強化するかだったからだ。それは『スプートニクの恋人』や
『神のこどもはみな踊る』、『海辺のカフカ』における「空想の勝利」として
実現されている。あれほど「真実」に切り込もうとした『アンダーグラウン
ド』から、なぜこれほどまでに後退してしまうのか、愕然とするほどの不思議
である。

 作品の中身に照らして、このことを論じていこうと思ったが、紙幅にもかぎ
りがあるので、ここでは村上における「空想の勝利」の、主要な側面について
ひとつ指摘しておく。つまり「物語」の内容が「空想」的だということもあ
る。しかしそれよりも問題なのは、ことばがもつであろう力にたいして、作者
の「空想」があまりにはなはだしいということなのだ。どういう義務を感じて
いるのだろうか、村上は、なぜかあらゆるタイプ、あらゆる立場の人を引き込
んだり、気にさせたり、引っかからせたりするような、エピソード、セリフ、
ことばづかいを懸命に作品の中にちりばめる。それらは、「作者がそこに何か
を読ませたがっている」と感じさせるものであり、非常に誘導的なのだ。

 たとえば、ソフトポルノまがいの性描写、古今東西の文学的引用、あらゆる
ジャンルの音楽への絶え間ない言及、推理小説的仕掛け、天皇制・歴史論争的
問題・少年犯罪・精神障害・ジェンダー論・学生運動などの社会的議論の素材
の断片的な利用、「メタファー」や「記号」についてのメタ小説的講釈などな
ど、あきることをしらない。それが意味深いものであると自ら信じているかの
ように、丁寧に配置させていく。しかし、内的関連があるのかと思って、慎重
に文脈をたどっても、それが互いに正確には意味をもってつながってゆかず、
残されるのは登場人物の「苦痛」と「喪失」を強調するための、「暗示」や
「ほのめかし」あるいは「謎」だけなのである。

 人のいい、悪くいえば能天気な読者は、親切にもそこに自分なりの解釈をふ
くらませ、埋めこむのだろう。たとえば嬉々として「謎」解きに精をだし、作
者の「意図」を描きだしてしまう加藤典洋編著の『イエローページ村上春樹
PART2』など、ほんとうにご苦労様といいたい。しかしそういった読み込み
は、村上のことばへの「空想」をなぞるだけではないか。それはまったく「目
的を欠いた」感情移入でしかなく、わたしはこの不健全さに我慢ならない。

 『アンダーグラウンド』では、被害者という現実的な根拠があった。それ
は、見かけに反して、一様に描きえないような個別性、偶然性、矛盾、混乱、
バラバラさにあふれている(*註5)。しかし以降の作品では、やくたいもな
い「物語」への不必要な「感情移入」がほとんど「強要」されている。ここ
に、現実的で批判的な視座が構築されることは、どう考えてもありえない。だ
から、「あとがき」で村上が展開していた日本社会への批判は、いまやまった
く空疎なものに転じている。ようするに、村上は『アンダーグラウンド』でと
らえかけた「現実」と「空想」の緊張関係を、自身の本業たる小説において、
何ひとつ生かすことができなかった、というしかない。

 しかしこういった帰着を見るのは、当初から予想できたことなのかもしれな
い。『アンダーグラウンド』と対になるオウム真理教信者(元信者もふくむ)
へのインタビュー集『約束された場所で underground2』(1998年)が、そのあ
かしである。ここで村上は、前作と同様の手法をとるとのべるが、信者への
「感情移入」はあまりに希薄であった。そして当時進行していた事件関係者へ
の裁判にたいする世間的な偏った予断を、彼らに臆面もなくぶつけ、「麻原彰
晃を頂点に、実行犯も、一般の信者も同質(=同罪)である」という下品な情念
に混濁した観念、つまりファシスト的観念を、インタビュー中に随所ににじま
せていたのだった。

 村上がそんな態度で聞き取りをするためか、オウム信者たちは開き直って、
自分たちの実際の生活が、意外に現世的で即物的な側面を持っていたことなど
を、あっけらかんと語っていて、『約束された場所で』は、読み物としてある
意味で面白いものになっている。しかし、それでもやはり『アンダーグラウン
ド』との比較において、「こちら側」=「一般市民」と「あちら側」=「オウ

信者」の印象の違いを、鮮明にしようという目論見は露骨である。そしてこの
目論見の送り先は、「善良なるわれわれ日本人」以外ではありえない。「『一

市民=善』対『オウム=悪』と単純に切り分けられない」などと主張していた
村上のことばが、当初から「空想」的なものだったというのが、あきらかに
なっている。

 本稿の冒頭で、麻原氏がおかれているきわめて切迫した「現在」から照らし
て、わたしたちを丸ごと包んでいる「空想」の存在を指摘したが、こうして村
上のオウム問題への「コミットメント」の実態を確認してみると、村上がいか
に小説家として、日本人民を「苦境」へ追いやることに手をかしてきたのかが
はっきりするだろう。ことばの力を「空想」に従わせ、「被害者を代行し、権
力による復讐を正当化する」という問題を、文学的にいろどってきたわけであ
るのだから。

 しかし、なぜなのだろう、とわたしは思う。あれだけの事象の多様さや物事
の細部に目を向ける力のある小説家が、現実に張りついた「空想」を引きはが
すことができず、むしろ「空想」的なことばの主宰者になるのはなぜなのだろ
う。「事実」に接近し、思考を深めることが、いつまでも「空想」の打破につ
ながらないのは、どうしてなのだろう。おそらく、ここにこそ「文学」にとっ
ての「苦境」が、現在あらわれているのだと思える。


(註1)本稿で「オウム真理教」「オウム」と名指しているものが、何をあら
わすのか、わたしは実は、きちんと考察できていない。そしてカギ括弧をつけ
たりつけなかったり、非常に恣意的である。批判の対象としているマスコミな
どの用法と変わらなかったり、むしろそれを受けて使っているところもある。
問題点があるかもしれない。しかし、本稿の考察の内容から、不必要な意味づ
けはないし、そう受け取られることはないと考えている。

 関連して一つだけ指摘しておきたいのは、団体規制法によっていまだに公安
調査庁の観察処分下にあり、不当な人権侵害・生活の破壊を受けつづけている
宗教団体「アーレフ」とその信者にたいして、「オウム」ということばを使う
のは、異常な精神のたまものだということである。

 そもそも破防法適用の脅威と警察権の濫用で、彼らに「オウム」であること
「オウム」を名乗ることをやめさせたのは、わたしたち日本人民とその国家権
力である。ところが政府に提出された公安調査庁の観察処分継続の報告書など
をみると公文書にさえ「オウム真理教」と堂々と書かれている。また新聞など
のマスメディアでは、「オウム真理教(現アーレフ)」という、汚いやり口が
まかり通っている。

 暴力的にその名前を奪い、本来の名前を使うことを弾圧しておきながら、
奪った名前でレッテルをはりつづける手法は、大日本帝国植民地政策における
「創氏改名」などに通じているかもしれない。


(註2)拘置所に収容される裁判中の被告人たちの世話をする「衛生夫」の仕
事には、すでに服役している模範の受刑者が選ばれ、つけられるらしい。『獄
中で見た麻原彰晃』では、元受刑者で、麻原氏の食事の配膳などをしていた人
のインタビューが、その日常の詳細な様子を伝えている。これは、刑務官や拘
置所関係者以外に絶対に知ることができないきわめて貴重な証言である。

 接見できる弁護人であっても、このような麻原氏の具体的な状況を把握する
ことはむずかしい。たとえば拘置所つきの医者に、麻原氏の治療データを出す
ように再三要求しても、その意図ある秘密主義によって、弁護人は被告人の健
康状態の一端さえ知るすべを阻まれていた。あとは接見で本人が話さないかぎ
り拘置所内での状況をつかむ方法はない。そして麻原氏はまったく話せなかっ
たのである。

 ここでいくつかの重要な疑問がわいてくるだろう。なぜ「いまになって」麻
原氏が精神の変調をきたしていることに気づいたのか。なぜそこまでひどくな
るまで放っておかれたのか。確かに奇妙に感じられるかもしれない。これに
は、実際の経緯がどんなものだったのか押さえなくてはならないだろう。現在
の問題の意味を理解するうえでも必要だと思われるので、以下に簡単にまとめ
てみる。

 (1) 発端は、「地下鉄サリン事件」を審理していた1996年10月から11月にか
けての第13回と第14回公判である。第一審弁護団が、起訴されている弟子への
証人尋問をおこなっていると、突然麻原氏がそれに反対しはじめたのだ。弁護
人と被告人が法廷で対立してしまい、麻原氏が退廷させられた。それまで裁判
に協力的であった麻原氏が、この時期を境にして様子が急変する。

 (2) 弁護団は、麻原氏が裁判方針に反対したことに驚くが、麻原氏の無罪を
主張し、その権利擁護に最大限の努力をする目的で、そのまま裁判を継続す
る。麻原氏の変化は、信頼していた弟子たちから裏切られたことによる精神的
ダメージのあらわれだと、当初弁護団は考えていた。

 (3) 麻原氏は、次第に弁護士の接見も拒むようになり、法廷においても意味
不明の不規則発言をするようになる。97年から98年あたりのこの時期に、すで
に関係者は麻原氏の状態に問題があると気づき始めていた。

 (4) しかし、弁護団は精神鑑定や治療などを要求することが、裁判を不利に
すると考え、実行できなかった。起訴事実にたいして、明確な否認の意思を示
していたそれまでの被告人の立場そのものを、危うくする状況にあったから
だ。また、麻原氏の被告人としての発言がなくても、「犯行指示の具体的な証
拠がない」という点で無罪であるという主張を十分構成できた。

 (5) それでも弁護団は、麻原氏の状態をケアして、問題を打開する方法を模
索しようとしていた。しかし1998年12月に、主任弁護人であった安田好弘弁護
士が、完全なでっち上げの事件で不当逮捕され、麻原氏の裁判から引き離され
てしまう。

 (6) 麻原氏との連絡係として重要な位置を占めていた安田弁護士が欠け、ま
たその後も接見などが実現できないまま、裁判は進行する。法廷での麻原氏に
は、不規則発言や奇妙な挙動、居眠りなどが継続して観察される。裁判所、検
察、マスコミは、麻原氏の病気を酌量せず、「詐病」「異常性格」というレッ
テルをはりつづける。

 (7) 2004年2月、第一審は死刑判決で幕を閉じる。第一審弁護団は裁判を離
れ、控訴審は新たな私撰弁護人に引き継がれる。

 (8) 控訴審弁護人は、何年も実現できていない接見に熱心にでかける。これ
を何ヶ月もつづけていた2004年7月、38回目の接見で、突然麻原氏が接見室に
でてくるようになる。これで麻原氏から話が聞けて、趣意書を作成できるかと
考えたが、麻原氏は完全に意志疎通をおこなうことができなくなっていること
があきらかになる。(突然あらわれるようになったのは、弁護人が接見できな
ければ趣意書がだせないと主張していたため、おそらく裁判所か検察から拘置
所に話がまわり、刑務官が一人で動けない麻原氏を車椅子に載せて連れてくる
ようになったのだろう。)

 以上の経過を見ると、麻原氏の変調は、なんと10年前からのことである。必
ずしもそのとき完全な病気を発症していた、とはいえないだろうが、弁護団側
が依頼した医師の鑑定、麻原氏の「精神状態に関する意見書」でも、相当早い
段階で麻原氏の状態に問題が生じていたかもしれない、という疑いを呈してい
る。現在は、「拘禁反応」が悪化した、治療を要する状態と診断されている。

 第一審の国選弁護団が堅持した裁判方針にも、疑問が投げかけられるかもし
れない。しかし、これはおそらくいまから考えれば、ということでしかないだ
ろう。弁護団は当時、ごくふつうの公判審理を維持することのためにさえ、裁
判所・検察の拙速な審理進行とたたかう必要があった。安田弁護士の不当逮捕
の問題もあり、麻原氏の変化を裁判闘争の方針の中に組み込むのは、むずかし
かっただろう。

 しかしどちらにせよ、麻原氏は現在かなり深刻な状態にある。これを招き、
いまなお放置しようとしているのは、本稿全体で問題にしている、日本人民の
想像力のなさによることは、動かせない。


(註3)よく考えてみてほしい。もしかりに「訴訟能力あり」という主張をす
るなら、それは「裁判継続」を求めるものであり、かつ「裁判継続」の理由と
なるもの以外ではないだろう。ところが今回の決定は、「訴訟能力あり」とい
う鑑定を使って、逆に「裁判停止」を決定したのだ。なぜそんなありえないこ
とがおこるのか。日本人民は考えなければならない。

 これには趣意書提出をめぐる裁判所と弁護人の駆けひきの要素が絡まりあっ
ていて、そこを丁寧に解きほぐして振りかえる必要がある。以下に簡潔にしる
してみる。

(1) 控訴審弁護人は麻原氏と接見を重ねても意思疎通ができず、趣意書の提出
が不可能と主張。提出期限の延期と厳正な精神鑑定を要求した。
(2) 裁判所は麻原氏の状況の深刻さを知って(いて?)、弁護人の主張を一方
的に退けるわけにもいかずに、趣意書提出の期限を05年8月31日に延期した。
(3) 8月半ばようやく裁判書は「精神鑑定」をおこなうと決定。しかし条件を
つけた。それが以下の(a)(b)のふたつ。

(a) 「鑑定」は裁判所がおこない、医師の選定、鑑定内容やそのプロセスには

護人は一切関与させない。裁判所がその内容を判断する。
(b) 8月31日をすぎても、「鑑定結果」がでるまでは控訴を棄却しない。ただ

趣意書は、「鑑定」が出るまでに提出されなければならない。その場合だけ期

内の提出とみなす。

 条件(a)は、端的に「公正な精神鑑定」が望めないことをあらわしている。
そして(b)の条件が、裁判所がおこなう「精神鑑定」に反対できないように弁

人を宙吊りにしてしまう点で、悪辣だとわかるだろう。要するに「鑑定」は形

的におこなうだけで、結果はきまっており、一方でその結果がでる前に趣意書
を提出さないなら、控訴を棄却すると脅していたのだ。

 これは二重に不当な圧力である。まず、「正しく精神鑑定をおこなえば治療
が必要だということがわかるはずだ」という弁護人の本来の主張をまったく踏
みにじっている。そして、もし弁護団が控訴棄却を避けるために、とりあえず
でも趣意書を出してしまえば、それは「精神鑑定」がおこなわれているなかで
は、麻原氏に「訴訟能力がある」という証拠にされかねないことだ。だから弁
護団は、趣意書をすんなり出せなかったのだ。鑑定結果を待つとともに、趣意
書提出のタイミングをうかがうというギリギリの選択を強いられるしかなかっ
たのだ。

 結局今年2月、危惧していたように事実をねじ曲げた「精神鑑定」がださ
れ、裁判所は「被告人に訴訟能力あり」の判断をくだした。これにたいしてた
だちに弁護団は強く抗議し、鑑定人の尋問、鑑定のやり直しなどを要求した。
それまでにも、弁護側で独自におこなった四人の医師の「訴訟能力に疑問、治
療の必要がある」という精神鑑定を意見書として提出していたからだ。弁護団
としては、当然の正当な主張であろう。(ちなみに本稿村上論で引用している
野田正彰が、四人の医師の一人である。)

 ただし控訴棄却がなされる最悪の事態を避けるために、弁護団は3月28日に
趣意書を提出する意向であることを前もって表明していた。それまで提出を控
えていたのは、先にも説明したように「正しい精神鑑定」を要求するための大
前提であったためである。ところが、その矢先の3月27日の東京高裁の控訴棄
却の決定なのである。これだけ見ても、「弁護団が裁判引き延ばしのために趣
意書提出期限を無視していた」というような報道は、完全な虚偽であることが
わかる。

 しかしそれにしても、なんという悪意に満ちた裁判所のやり口だろう。この
ように見てくると、ひょっとすると裁判所は、「鑑定」をおこなっていると称
している間に、控訴棄却のカードを切る可能性をさぐり、その時のために各方
面への調整などもしていたのではないかと疑わざるをえない。これはわたしの
推測だが、これほど重大な決定なのに、弁護団が趣意書を出すと表明してのす
ぐのタイミングは、すでに控訴棄却のシナリオができあがっていた印象がぬぐ
えない。

 というのは、今回、あやつり人形の鑑定人に「訴訟継続可能」の結論を出さ
せても、裁判が始まり、公判に麻原氏を連れ出せば、本当の麻原氏の姿をみん
なが知ってしまい、問題化せざるをえなくなるからだ。やつれた姿で車椅子に
乗せられてやってきて、一人で「うんうんうん」とうなずきつづける人にたい
し、なおも極悪人のレッテルをはり、その行為と罪と反省を問い続ける自分た
ちの振るまいの空疎さと非人間性に、気づかずにはいられなくなるからだ。

 そして公判途中に病気療養で病院からでてこれなくなったり、あるいは非道
にも無理矢理裁判を続行して麻原氏の命をちぢめてしまい、死亡させてしまう
ようなことがあれば、裁判は結審せずに終了してしまう可能性だってある。そ
のとき国家権力者たちやある種の日本人民の執拗な復讐心は、宙づりにされて
しまうだろう。彼らは、それだけを避けたかったのではないか。自分たちの情
念をぶつける場所を失うのだけをおそれたのだ。そして裁判所は、弁護人に責
任をなすりつけるかたちでの控訴棄却を、まんまと実現させた。

 ここで「被害者や遺族はどうなるのだ」といいだしたい向きもあるかもしれ
ない。しかし、なんと言えばいいのかわたしにはわからない。ただ、ひとこと
言えるとしたら、「権力=人民の復讐心」と結合してしまった被害者の「感
情」というものは、非常に不幸なものだと思う、ということだ。これは後段の
村上春樹の考察を通じても、はっきりしている。

(註4)たとえば、松本サリン事件で、深刻な被害を受けた立場であるのに、
警察によるオウム真理教関係者への不当な弾圧を批判し、どんな被疑者にも公
正な裁判と法の適用が要求されることを主張していた河野義行さんのような人
が、「真相をあきらかにしてほしい」うったえるのは、ほんとうに当然のこと
だと思う。そして、そこでつかわれている「真相」ということばには、「どう
いう動機で犯人がなにをしたのか」というようなことだけではない、広がりを
もっているだろう。

 しかし、権力による不公正を助長させるような「空想」をもてあそぶものた
ちが、「真相をあきらかにすべきだ」と平然と口にするのは、なにかめまいを
もよおす光景ではないだろうか。そしてこのめまいは、本論で展開する村上春
樹への考察のさなかにも紛れ込んでくるものだ。それは「空想」への抵抗の感
覚ではある。が、ただし、「空想」にわたしたちが丸飲みされていて、そこか
ら抜け出すのに簡単ではないことをしめしているようにも思える。

(註5)村上の一様な文体の向こうに、まったくバラバラな個人が、まったく
個別の世界に生きていることが見えている。それを、一つの出来事めぐる、同
一のようでいて同一でない経験と感情にまとめるには、取材者の強い「感情移
入」が必要であったことは、本論でも述べたように、それなりにうなずける。

 しかし、上記の「註3」と関連することだが、『アンダーグラウンド』にお
いて被害者のかなりの割合のひとが、怒りや苦しみを「犯人」に向けてもしか
たがないと、考えていることを明確に述べている。そして、自身の受けた暴力
を、むしろ警察や社会、国家の責任と結びつけて考えているひとも、少なくな
い。そこには、みずからが「権力=人民の復讐心」に結びつけられることへの
警戒がはっきり見てとれる。ところが村上は、自分で取材してえたこうした問
題については、拾いあげることをまったくせずにすませている。

■プロフィール■-----------------------------------------------------
(むらた・つよし)サラリーマン。「哲学的腹ぺこ塾」塾生。

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////// 連載「映画館の日々」12回 //////

       成瀬巳喜男の日々の砕片[かけら](3)
       ――終りへ向かって
                              鈴木 薫
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 成瀬巳喜男のフィルムに交通事故が頻出するのは誰でも気づくことですが、
その長いキャリアの終りから二番目の作品『ひき逃げ』(1966)は、題名
の示すとおりまさしく交通事故を主題化したものでした。しかし、確かに『腰
辧頑張れ』(1931)では実直なセールスマンの幼い息子が電車にはねら
れ、『生さぬ仲』(1932)では実の母に幼い娘を奪われた育ての母が車道
に飛び出した娘をかばって身代りになり、おまけに実母を恋うて夜中に家を抜
け出した娘は自転車とぶつかり、『夜ごとの夢』(1933)では事故に遭っ
た息子の治療費を工面するため斉藤達男が強盗をはたらき、『限りなき鋪道』
(1934)では女給のヒロインがブルジョワ青年の車に引っかけられたのが
きっかけで彼と結婚しますが、別に成瀬自身はそれまでの監督作品で交通事故
を「主題」にしていたわけではありません。『君と行く路』(1936)で
は、車は登場人物の一人に悲劇的な最期を遂げさせ、『娘・妻・母』(196
0)では原節子を寡婦にして実家へ戻らせ、『女の歴史』(1963)では、
平和な時代に若い男の突然の死の原因となりうるものが交通事故でした。要す
るに交通事故とは、それを口実にたやすく人を死なせることができると同時
に、ありえない出会いを――文字通り〈交通〉を――可能にする機会なので
す。それによって登場人物の運命が激変し、物語が駆動する。成瀬の映画に
とって交通事故とはそういうものでした。

『ひき逃げ』でも、交通事故が基本的にそういう役割を果たしていることは言
うまでもありません。高峰秀子と、自動車会社の社長夫人司葉子は、高峰の幼
い息子が低地に建つ貧しい家から高級住宅地へ通じる道路へと、切り立った斜
面を登ってきて、司の運転する車にはねられるということがなかったなら、互
いに顔を合わせることすらなかったでしょう。司が罪を逃れたために、高峰は
身元を隠して彼女の家に家政婦として入り込むことになるのです。『ひき逃
げ』は、高峰の熱演がしばしば人をうんざりさせるフィルムです。『女の中に
いる他人』(1966)では外から侵入してくるものだったノイズ(前回参
照)が、あたかもここでは、交通量の多い道路を行き交う車の騒音として全篇
を覆い尽くしているかのようですが、高峰の誇張された演技もノイズのうちと
いうべきなのかもしれません。『晩菊』(1954)や『乱れる』(196
4)の冒頭でやかましく街を走り回っていた宣伝カーにも通じるそうした騒ぎ
のただなかで、たとえば高峰は「橋」の上から眼下を流れる車の「川」へと、
世話を任されることになった司の息子の身体を掴み上げ投げ捨てたりもします
が、むろんそれはただの空想で、本当に死が間近にあるとき、それはたとえ
ば、ガス管から漏れるガスのシューという、いわば内部からの持続する音とし
て示されることになるでしょう。実際に高峰の息子が事故に遭って命を落す場
面は、仰々しくももどぎつくもなく、むしろ淡々と描かれます。ただ、それが
報告される際の科白と演技がTVドラマ並みなのです。目撃者となった観客に
は、弟役の黒沢年男が急を告げに走ってきた時点ですでに事態がわかっている
のですから、「大変だ、**ちゃんが事故にあった」「**!」という高峰と
のやりとりはたんに不要です(1)。

 この作品と『乱れる』(1964)といずれも松山善三脚本なので、メッ
セージ性が強いというか、単純に映像なしで自立したがっているようなという
か、そうした科白が目につくのはそのせいかもしれません。というのも、その
ような科白抜きの部分、つまり、『ひき逃げ』の冒頭で車が高速で画面を横切
り、平行するガードの上をそれを追うように電車が通過する、またそれに続い
ての、司葉子の夫の会社が試作したバイクがサーキットを試走して幹部たちが
建物の中からそれを眺める、いずれもワイドスクリーンを十二分に生かした場
面にしても、『乱れる』でくだんの宣伝用トラックが「高校三年生」を大音量
で鳴らしながら走り回る場面にしても――たとえば後者なら、右から左へ車が
シネスコ画面を横切り、荷台の人々を縦にとらえたショット、逆に荷台からの
ショット、角を曲がってさっきとは反対方向から出てくる車を迎える形での
ショット、引いたショットという具合に――映像はいささかの乱れも見せるこ
とがないからです。

 成瀬の遺作となった『乱れ雲』(1967)が、先に述べたありえない〈交
通〉の話であることはいうまでもありません。『乱れる』では、高峰秀子と加
山雄三が性関係を持つことを妨げるのは義理の姉弟(戦死した夫の弟)である
ことと、十一歳の年齢差でしたが、ここではそれは、加山が、司葉子の夫を殺
した交通事故の加害者であることです。顔の半ば以上を繃帯に覆われて横たわ
る司葉子の夫を見る者は、思い出さずにはいられないでしょう。映画の終り近
くで車を暴走させ、瀕死の状態で繃帯に包まれていた『限りなき鋪道』の夫
や、軽微な事故にふさわしからぬ大仰な繃帯を頭に巻かれた『生さぬ仲』の女
の子や、『腰辧頑張れ』で電車にはねられ、やはり繃帯姿になった男の子を。
それでは、司の夫は、ああした繃帯を巻いた者たちの最後に連なるのでしょう
か。いいえ、『乱れ雲』でもう一度、そうした姿が幽霊のように反復されるの
を私たちは見ています。加山と惹かれ合うようになってしまった司は、ついに
意を決して彼とともに一台の車に身をゆだね、緑深い山へ分け入って行きま
す。小さな「橋」を渡った直後、突然、警報器が鳴り(そんな山の中で?)、
踏切の不吉な赤いシグナルが点滅します(2)。行く手を遮る列車が通過する
までの長過ぎる時間を、二人は座席の上で押し黙ったまま、ワイドスクリーン
の左右に身を置き正面から映し出されるままになります。そもそも、その日引
き払う加山の下宿に司が訪れ、階段の上と下で見つめあったあと、彼らは何一
つ言葉をかわしていないのでした。
 
 そして踏切を越した彼らは、タクシーのウィンドウがスクリーンであるかの
ように、起こってしまった事故の残骸を目撃することになります。急カーヴの
道を辿る車の座席で、移動撮影するキャメラとなった彼らの目は映画館の客の
ように黙って見つめるしかありません。「事故だな」「こりゃひどい」空々し
い棒読みの運転手の声だけが響きます。やがて行く手に視界が開け、大きな前
庭のある旅館があらわれます。二人が部屋に通された直後、サイレンの音が鳴
り響き、ボンネットのある古風な救急車ともう一台の車(警察車?)が旅館の
敷地に走り込んできます。窓辺にあらわれ、二人並んで、彼らは見ます。さし
て大きくはない池というか水たまりのようなものの縁にそって救急車が回って
くるのを。それが玄関前に後部を向けて勢いよく停まるのを。そして旅館の中
から運び出された担架が、救急車の後部扉に吸い込まれるように消えてゆくま
でのあいだに、彼らは見るのです。司の夫と同じかたちに頭に繃帯を巻かれて
横たわる男と、遺体確認時のときの司そっくりに悲嘆にくれて男にすがりつく
女を。変えられない過去が上演されるのを、手の届かない二階席でのように、
再び映画のように二人は見ます。

 この直後、室内で司が加山に向かって口を開くまで、階段の上と下の場面以
降、私たちが耳にした科白といえば、事故現場を見たときの運転手の声と、
「あなた、しっかりして」と叫ぶ女の声だけで、実にここまでのあいだ、主演
の二人には一言も科白がありません。

 対する高峰/加山カップルも、『乱れる』後半では科白の少なさが際立って
います。『乱れる』冒頭のけたたましい宣伝カーは、内容的にもこのフィルム
の前半を象徴するものでした。結婚半年で夫が戦死したあと、空襲で焼けた嫁
ぎ先の酒屋を独力で再建し、実の子供たちに代わって舅を看取り姑の世話をし
てきた高峰秀子の地位をゆるがすのは、直接的にはこのトラックが告げている
スーパー・マーケットの開店なのですから。何しろこの映画の前半は、賞金ほ
しさにゆで卵をわれ先に口に押し込むホステスたちだの、加山雄三のバーでの
乱闘だの、成瀬らしからぬ乱れた絵と長科白の連続で、スーパー進出のため経
営を圧迫されて自殺した店主の妻、中北千枝子までが、「スーパーがあの人を
殺したのよ!」とわめきちらすいつにない「熱演」ぶり(十朱久雄ならずと
も、まあ落ち着いてと言いたくなります)、中盤までは、説明的な科白と単純
な切り返しのやりとりが目立ち、いつもの速度と生彩を欠くかに見えます。

 しかし、その後の展開は前半の冗長さを償ってあまりあるもので、むしろ、
成瀬の演出の確かさを見せつけるために、前半の喧しさはあったのかと思って
しまうほどです。私たちに見せられるのは再び「乗物」、しかし、意味を全く
異にしたそれです。故郷の山形へ帰る列車の座席に身を落ち着けた高峰(加山
の求愛を退けるため、実際には彼女は婚家を永久に去るつもりでいます)の前
に加山があらわれ、最初は立ったままなのが、車内がすくにつれ、席を替わっ
て段階的に近づいてくる、このときのサスペンスは多くの人が指摘するとおり
ですが、二人の距離が縮まってゆくショットと相互に挿入される走る列車の外
観のショットも見のがせません(これもワイドスクリーンです)。それは、最
初左から右へ向かって、次には左下から右上へ(行く手には山が見えます。前
半の舞台は清水市だったので、まず東海道線で東京へ向かうわけです)、次は
角度は同じながら、鉄橋を渡る姿をとらえ、その次は俯瞰気味(角度は同じ)
といった具合に見事なヴァリエーションを生み出しつつ、ひたすら一方向への
帰ることなき運動を体現します。

 上野駅で、彼らは東北本線に乗り換えます。ひとりで席にいた高橋がふと見
ると、窓の外では新婚旅行の見送り風景が繰り広げられています。自らの状況
と彼らのそれを重ね合わせての思いが高峰の胸をよぎらないはずはありませ
ん。それは彼女と義弟のありうべき/ありえない出発をも二重写しにしていま
した。これ以前に高峰が、酒屋の店の中から斜め前の別の店の軒下で、そこの
女店員と自分の店の使用人とが話をしているのを見るシーンがありました。見
とがめられたと思って気まずい様子で店員は戻り、彼女の視線を嫌って娘も去
りますが、あのとき、高峰は羨望の目で――加山の愛の告白のために生じた、
それまでには意識しなかった感情で――見ていたはずなのです。

 少し眠りなさい……いや、眠くない……というやりとりのあと、眠っている
加山の姿が示されるとき、いつの間にか窓の外は霧に閉ざされています。そこ
に至るまでの道程で、窓の外にはさまざまなものが映し出され、消えて行った
のでしょうが、今、霧は二人を外界から完全に切り離してしまいました。銀山
温泉に着いたとき立ちのぼっている湯気もまた、この霧の変奏でしょう。加山
が眠っているあいだに彼女は心を決めたのでした。それまでずっと彼女に向け
られることをやめなかった加山の鋭い視線(間違っても現在の顏を想像しない
ように)を遮断したところで高峰の決心は行なわれます。無言のうちに、あふ
れる涙だけでそれは表現されます。

「幸司さん、降りましょう、次の駅で」

次の駅……そこは川の両岸に何層にも重なる木造の旅館がそびえる、橋と階段
が特徴的な古い温泉場です。「次の駅」にすぎない大石田がこのような場所を
用意していたとは。高峰と加山が同居していた清水の家は、高峰のやすむ階下
と加山の寝る二階を階段がつなぐだけでなく、座敷と台所のあいだに小さな橋
(揚げ板のような)がかけられてもいたのですが、あたかもそれを大がかりな
セットにしたものが銀山温泉であるかのようです。水平の距離をここまで移動
してきた二人ですが、今度はこの階段が上下の運動をも可能にします。その
夜、加山の接近に高峰が最後の距離の踏破を拒み、加山が駆け降り、高峰も玄
関まで追ったものの、あきらめて部屋へ戻ってくるのはこの階段でした。加山
が酔って電話してくるのは東京でもあったことの反復ですが(どこにいるの、
と高峰は、東京の自宅で電話を受けたときと同じ問いを発します)、そのとき
高峰が受話器を取るのはその階段の下でした。

 女たちと一緒にいると高峰に信じさせて加山が受話器をおくと、他に客のい
ない、ただひとりでやっている飲み屋のおかみ浦辺粂子は、東京から来たのか
と彼に訊きますが、「立ち木のように」生まれた村から出たことのない浦辺に
とって、東京とは行ったことのない遠い所、つまりはただの名前であり、それ
はフィリピンの先、息子の終焉の地としてのみ知るミッドウェーにしても同じ
ことです。二十五歳の死。戦死か、と呟く加山。それは高峰の夫、彼の死せる
兄を思い出させずにはおきませんが、同時に、今年二十五歳になると何度も強
調されていた、彼自身の死の可能性をもひそかに導き入れるものでもありま
す。この温泉の下足番をしてでも貴女と一緒にいたい、と高峰に訴えたとき、
生まれた村から一歩も出ない老婆の生をも、彼は可能性として選び取っていた
のでした。それがかなわないなら、ひとり「遠い所」へ行くしかありません。
駅から乗ったときはロング・シートに並んで腰掛けたバスに、明朝はひとりで
乗って去るようにという言葉を、電話という隔たりそのものに他ならない装置
を通して、先刻二人は互いに掛け合っていました。

 そして翌朝。窓から何気なく見下ろした高峰は、運ばれてゆく担架を目にと
めます。『浮雲』(1955)で、まだ生きていた彼女が、「遠い所」まで森
雅之についてゆくために乗せて運ばれたのもその「乗物」でした。『乱れ雲』
では、見知らぬ男が救急車に運び込まれるときそれが使われることになるで
しょう。距離をおいて、もはや手の届かなくなった加山を彼女は見ます。『乱
れ雲』の司葉子と加山は、過去に決定的に起こってしまったがゆえに手のとど
かない、改変不可能な出来事の(再)上演を旅館の窓から見たのですが、ここ
では彼女は、いまだ現在である距離を踏破すべく走り出します。転げるように
階段を下り、まっすぐ橋を渡ります。和服姿でよろけながら追いかけます。蓆
をかぶせられた担架は、しかし四人の男たちによってすみやかに運ばれてゆき
ます。彼女は追いつけません。抱擁を許しながらそれ以上の接近を拒んだと
き、彼女は、『流れ雲』の司が加山に向かって叫ぶことになる「遠くへ行って
しまって!」という科白を口にしたも同然だったのです。前夜彼女は、加山の
右手薬指にこよりを結びつけていました。彼を、そして自分を縛った、欲望を
縛ると同時に互いを離れがたく縛りもした、筵からはみ出して揺れている手の
薬指に巻かれたこよりを、その距離にあってさえ見てとって、彼女はようやく
それに気づきます。けっして踏破できない距離の向うに彼は行ってしまった。
清水を離れた二人が越えてきた距離よりなお遠くに。立ちつくす高峰のクロー
ズアップ。見事に抑制されながらふるえる唇、みだれた髪、その息づかいを漲
らせたままフィルムは終ります。

(1)『夜ごとの夢』に、同じような状況での見事な処理の例があります。事
故に先立って、失業中の父親、斉藤達男は、子供と遊びながら横あいから車が
来たのに気づいてそれをよけさせます。この伏線をおいた上で、斉藤が玩具の
自動車をもてあそんでいる手元が大写しになった直後、細かいカット割りで子
供たちが駆けてきます。「大変。文ちゃんが!」この作品はサイレントなので
これは字幕なのですが、この叫びが実際に頭の中で響かない観客はいないで
しょう。
あるいは、『ひき逃げ』で車を運転していたのはお抱え運転手ではなく「女」
だったという目撃者浦辺粂子の証言について言えば、『女の中にいる他人』で
小林桂樹が被害者と連れ立っているのを見た草笛光子同様、彼女が正しいこと
を観客は知っていますから、問題は証言の真実性ではなく、知覚の疑わしさを
示すことにあります。道をやってくる小林桂樹と他人とをすりかえるというい
かにも映画的な詐術によってそれを実際に観客に体験させる『女の中にいる他
人』に較べ、そのことが科白でしか説明されない『ひき逃げ』はいかにも見劣
りがします。

(2)映画の最初の方で司が夫を送ってゆくとき、彼らの住まいの近所の踏切
で、それは司の夫の死の前触れのように――とは、そのときはむろん観客は思
わないのですが――点っていました。『妻として女として』で警報機の音が室
内の場面にかぶせられて「無意味に」鳴っていたことは前回指摘しましたが、
『女の座』では、『乱れる』同様、未亡人で、しかし跡継ぎの母親だった高峰
秀子が、現実にひとり息子を電車の事故で失いますし、サイレントの『腰辧頑
張れ』では、息子が事故に遭う以前、父と子の戯れる場面の端を電車がさりげ
なく横切っていたのでした。

★参考文献は最後に載せます。
 
■プロフィール■------------------------------------------------------
(すずき・かおる)終りへは向かっているようなのですが……終りませんでし
た。もう少々おつきあい下さい。今回、4月30日朝には原稿を仕上げまし
た。なぜなら、午後には谷中の朝倉彫塑館へ友人を案内する約束があるからで
す。最近発見したばかりの、外からは想像もつかない、水の湧く池の周囲に廊
下と座敷をめぐらした素敵なところです。新しい場所を一つ見つけたものの、
しかし最近、私の好きな場所が次々に、いつの間にか、あるいは公然と、消え
てしまったり、消えてゆこうとしたりしています。美しいアーチで構成された
内部空間を持つ日比谷公園前の三信ビルは、3月末で閉鎖・解体といわれてい
ましたが、薄暗くなってしまったアーケードでは今なお数軒のテナントが営業
を続けています。5月1日はまず上野の東京都美術館でプラド美術館展を見、
三信ビル内の古い喫茶店「ニューワールドサービス」で昼食をとり、旧万世橋
駅遺構見学の予約をしてある閉館間近の交通博物館へ行く予定。浦和移転と称
されていますが、新しい施設名は「鉄道」博物館。子供のときから親しんでき
た、吹き抜けに小型飛行機が吊るされたあの場所も、あと半月で失われてしま
うのです。http://kaoruSZ.exblog.jp/

●●●●INFORMATION●●●---------------------------------------------

 ★第63回「哲学的腹ぺこ塾」★
 http://homepage3.nifty.com/luna-sy/harapeko.html
 ■日  時:06年06月04日(日)午後2時より4時まで。
 ■テキスト:親鸞『歎異抄』・『最後の親鸞』(ちくま学芸文庫)
 ■会  場:るな工房/黒猫房/窓月書房

■黒猫房主の周辺「真相解明とは何か」■--------------------------------
★僕たちは「よく知っている」と思い込んで錯誤の闇にあることを「よく知ら
ない」で、「知らない/知り得ない」ことについて何事かをわかっているかの
ようにやすやすと判断したり支持する。その判断材料は新聞報道だったりTV
だったり人づての伝聞だったりいろいろだが、その信憑性については利害や関
心に基づいた「期待」と自覚されない先入観が蔵されていることに用心しなけ
ればならない。しかしそのように用心しているつもりでも、うっかり見過ごし
てしまったり情報誘導されてしまうことはよくよくある。あるいは村田氏の論
考の指摘のように、他者に対する想像力を欠いて「空想」にふけってしまう。
★たとえば衝迫的な事件に対する憎悪はいっきょに高まる。それはまたマスコ
ミによって反復増幅されるから、僕たちの判断は一挙にある方向に傾斜しがち
である。「オウム・サリン事件」と呼ばれる一連の裁判を毎回傍聴し続けた、
ある高名なノンフィクション作家は「麻原彰晃」は生き延びたいがために「詐
病」を弄する卑劣漢であるという趣旨のことを新聞でコメントしていた。この
コメントを生み出す心理の裏側には、多くの人々の憎悪がへばりついているよ
うに思われる。
★なるほど、その作家は僕よりも法廷での「麻原彰晃」のことをよく知ってい
るらしい。だが「麻原彰晃」の拘置所での日常は知らないだろうし、直接「麻
原彰晃」に面接して会話を試みる機会もなかったに違いない。そして弁護側の
「訴訟能力が失われている」か「その可能性が高い」という六人の精神鑑定に
は信憑性がなくても、裁判所側のたった一人の精神鑑定は信用できるというわ
けだろうか。
★映像作家の森達也は、その裁判所側の鑑定への疑義として「鑑定書には、被
告の倫理を批判する記述がある。倫理の考察と精神鑑定とは、本来無縁のはず
だ。思わず筆が走ったのであろうこの一文に、鑑定医の意図が透けている。詳
細を書く紙幅はないが、詐病を前提としながら逆算した、相当に強引な鑑定
だ」と批判している(「被告を治療し訴訟継続を」、「朝日新聞」06.04.01掲
載より)。ちなみにその鑑定書は、弁護人の立ち会いもなく鑑定医の氏名や鑑
定内容を非公開とする法手続き的にも問題のあるものだったが、弁護側によっ
てその内容が公開された。そのことへの意趣返しとして控訴棄却という反発を
誘発したとの見方も森達也はしている(「弁護側の引き延ばし」という批判へ
の反論は、村田氏の論考・註3を参照のこと)。
★また弁護側が依頼した医師によれば、適切な治療を施せば訴訟能力を回復す
る可能性があるともいう。ならば「麻原彰晃」を治療してから訴訟を継続する
のが順当な判断だろう。だがほんとうのところは、権力側は法廷での真相解明
を望んでいないのではないか? それは最初の弁護団だった主任弁護人の安田
好弘弁護士を不当逮捕で排除したことや、事件のキーマンであった村井秀夫を
やすやすと衆人監視のもとで刺殺させたこと、そしてこの10年のあいだ「麻原
彰晃」の変貌(精神の異常)を放置してきたことなどを考えてみればよい。
★いっしんに人々の憎悪を「麻原彰晃」に収斂させて真相を封印することで、
危機管理の肥大化や死刑制度温存への権力の意図が見え隠れしているようにも
思える。ちなみに「真相解明」とは、たんに首謀者が誰であるかにとどまらな
い、状況への応接という課題を含んでいる。
★最後に、村田氏は「「被害者や遺族はどうなるのだ」といいだしたい向きも
あるかもしれない。しかし、なんと言えばいいのかわたしにはわからない。た
だ、ひとこと言えるとしたら、「権力=人民の復讐心」と結合してしまった被
害者の「感情」というものは、非常に不幸なものだと思う」と書いているが、
法社会学的には応報刑罰というのはありえる。つまり「死には死を」というわ
けであるが、それは果たして正義に適っているだろうか?(黒猫房主)

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『カルチャー・レヴュー』61号(通巻65号)(2006/05/01)
■編集同人:いのうえなおこ・小原まさる・加藤正太郎・田中俊英・ひるます
      文岩優子・野原燐・村田豪・山口秀也・黒猫房主
■編集協力:中原紀生 http://www.sanynet.ne.jp/~norio-n/
■発 行 人:黒猫房主
■発 行 所:るな工房/黒猫房/窓月書房
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