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オーフス方式の仕掛け人エーバルト・クロー氏講演会記録




 1994年5月17日東京

「障害者自立生活・介護制度相談センター」の機関誌から転載

大熊由紀子氏による事前の説明(一般教養)

 朝日新聞の大熊と紹介がありましたが、今日はデンマーク筋ジス協会の賛同者の
一人としてここに立っていると思ってください。クローさんに初めて会ったのは去
年の夏のことです。今通訳をしてくださっている、片岡豊さん(デンマーク社会研
究協会理事長)の引き合わせでお目にかかりまして、そのすばらしい「人を引き付
ける魅力」に参ってしまい、ぜひこの方を日本に紹介したいと思いました。
 クローさんも日本に行ってみたいと、ヨーロッパはあちこち動き回っているので
すが、(中略)2人のヘルパーで2週間以上続けてヘルパーをするとデンマークで
は労働基準法違反になるそうです。今回、3週間に旅行が伸びてしまって、途中で
ヘルパーさんが交替することになりまして、また飛行機代をヤマト財団に出しても
らうということになりました。(中略)
クローさんは、オーフス方式という究極の介護システムといいますか、それの生
みの親といわれる方でございます。どうして、オーフスという名前が付いているの
か、クローさんがどこにお住まいで―といったことを初めにスライドで見ていただ
きたいと思います。

今までの在宅ケア

 はじめに、残念な日本の風景をちょっとだけ見ていただこうと思います。(写真
@)これが、ここにいる私共が、将来受ける状況でございます。病院で、寝かせら
れたままの介護を受けるというのが私たちの一般的な老後の過ごし方です。これを
なんとかしなければと海外を調べ、結局デンマークが一番いいという結論になりま
した。(写真A)
 日本流にいいますと特別養護老人ホームなんですが、デンマークでは「プライエ
ム」といいます。個室で、自分の品は何でも持ち込める、でもこのプライエムで驚
いていてはいけません。老人ホームでお世話するというのは時代遅れになっており
ます。(写真B)
 自宅に住んで、市町村のヘルパーがお世話してくださる―この方は下半身が全く
動かないんですが―自分のうちに住んで、家族もいらっしゃるんですがここには住
んでおりませんで、市町村のヘルパーがやって来て、一人で生活しています。これ
で驚いていてはいけないのであって、さらにすごい制度があります。

さらに進んだ在宅制度

 市町村のヘルパーさんだと、気が合わない人がいる、海外旅行に連れていけない、
ということで、クローさんたちが自分でヘルパーさんたちを選んで採用するという
やり方をお始めになりました。(写真C)ここに写っているのが、北欧セミナーで
1年半ほど前にやって来られましたマリーさん。筋ジストロフィーでちょっと指が
動くだけで、排泄も食べることも一人ではできないのですが、両親から独立して
(35歳ですが)お一人で暮らしております。左側に座っているのはかつての彼女
のヘルパーで、今は隣の市の(彼女が住んでいるのはオーデンセですが)オーフス
の市役所のソーシャルワーカーです。ヘルパーを経験するという経験は医者・看護
婦・ソーシャルワーカーになったりするときに非常にいい経験だとされるそうです。
彼女は今、友達として遊びに来たところです。(写真D)はレストランにやって来
たところ。右側が彼女の今日の当番のヘルパーさんで、左は前に彼女のヘルパーだ
ったけれど今は親友の方でございます。(写真E)デンマークの場合は、マリーさ
んとかクローさんとかは、自分のハンディキャブをもっていますので、お願いをす
るまでもなく(ヘルパーさんは運転の資格をもっていることになっていますので)
こうやって移動する訳です。
 またさらに驚いたのは、クラウスさん(写真F)が人工呼吸器をつけている。車
椅子の後ろに人工呼吸器がついていてチューブが喉のところに伸びているのですが、
とってもおしゃれなネッカチーフをつけているので、はじめ気が付きませんでした。
病院に出たり入ったりしているクラウスさんも、自分の家に住んで介助を受けてお
ります。デンマークには、市町村のヘルパーと、今日来ているオーフス方式のヘル
パーと、ほかに家族ヘルパーというのがございます。(中略)
 (写真G)こう言ったすべての仕掛けを作ったのがはるばる今日来ていただきま
したエーバルト・クローさんです。オーフスの郊外の一戸建に住んでおられます。
オーフス方式というのは、クローさんがオーフスに住んでいて、オーフスでこれが
始まったからついた名前です。
(中略)
 お隣のスウェーデンに行きますと、同じようなやり方をしている人達がいまして、
これはSTILという団体なのですが、写真の彼女は自分でヘルパーを選んで雇用
しています。ほっぺたの筋肉が少しと指が少し動く以外、声も発せられない人です
が、自分の家に住み、自分の好きなヘルパーを雇い、自立生活をしておられます。
これもスウェーデンのSTILのメンバーですが、まったく全介助の脳性麻痺の2
人なんですが、ダブルベッドの新婚生活を楽しんでおられます。
(写真H)これはフィンランドですが、クローさんの親友のキョンキョラさんと
奥さんです。フィンランドでもオーフス方式を後から追っかけて、国の制度にして
おります。
 (中略)
 これは、クローさんたちの筋ジス協会が夏にやっているロックコンサートです。
(10万人くらい観客のいる野外コンサートの写真が2枚写る)。もう10年くら
いになりまして、デンマークの一つの風物詩となっております。(有名バンドのコ
ンサートを筋ジス協会が主催し、7つの都市を回り、50万人が集まる。売上は1
億円で、その4分の1が筋ジス協会の利益となる。)
 (中略)
では皆さんをオーフスにお連れした所で、本物のクローさんに登場していただき
たいと思います。(拍手)

エーバルト・クロー氏の講演(抜粋)

はじめに

 まず最初に、私の話を聞くためにたくさんの人にきていただいて光栄に思います。
(中略)昨年11月に「自伝」をデンマークで出版しました。それが日本語で翻訳
されました。今度は英語に翻訳されてあちこちで出版されます。(中略)
 どこの国ででも、私たちの問題に関する進歩は―どのくらいの速度で「進歩」す
るかということは―私たちがいかに活動するかにかかっています。現在皆さんが直
面している「いろいろな状況」と同じような状況は、かって私たちも、デンマーク
でも体験して来ました。
 私は生まれつき筋ジスの、今年で50歳です。私の所属するデンマーク筋ジス協
会は、1971年に設立されました。当時、いろいろな障害者団体がすでに存在し
ていました。当時の団体はどちらかというと暗い、慈善や障害者の弱さ、情けなさ
に訴えることが多かった。私の考えるには、市民の考え方を変えるにはこれまでと
違う新しい発想で行動するべきだ。変えて行くには、私たち当事者が、進む道を示
し、より楽観的なポジティブな考え方のもとに行動しなけらばならない―そう思っ
ています。(中略)

デンマーク筋ジス協会

 筋ジス協会の実績に以下のものがある。デンマーク国会に圧力を加えて、生活支
援法に改良を加えた。医療関係者に筋ジスの見方をかえさせた。―デンマークの筋
ジストロフィーは以前から比べると、寿命が長くなっている。皆さんにとっても呼
吸をするのは大切なことだ。デンマークの筋ジスの多くの人が、人工呼吸器をつけ
て生活するようになりました。
 もう1つの実績は、先程大熊さんから紹介があった、今日いろんな国で取り入れ
られてきている、自立生活の支援の制度(オーフス制度)です。(中略) 
 デンマークでは、障害者は施設で生活する必要はありません。生活支援法でさま
ざまなことが保障されています。補助器具は全て無料で貸し出されます。たとえば、
このデンマーク式電動車椅子も、障害者用リフトつき車も、無料で、多くの人が所
有しています。住宅改良も援助金が出ます。
 いろんな制度の中でもいちばんよいものは、必要な介助者を得られる生活支援制
度です。世界のどこの人も同じような生活支援制度が受けられることが私の希望す
るところです。

オーフス方式の概要

 オーフス方式というこの制度によって、今までの「ハンディキャップは何もでき
ないんだ」という意識をかえることができます。身内や兄弟に頼らなくてもよいよ
うになりました。もちろん介助は今まで通り必要です。しかし、誰に介助してもら
うか自分で決められるようになります。ボランティアではなく給料を払って雇う介
助者を得られるようになります。どこに住むかも、どこに行くかも自分で選べるよ
うになります。もちろん、普通の市民と同じ責任があります。
 このオーフス方式が始まってから15年がたちます。この方式が生活支援法に組
み入れられるようになったのは、ここ数年のことです。生活支援法の第48条に
「重度の障害を持っている人は、その障害ゆえにかかる費用について保障される」
ことが示されています。どのハンディキャップがその対象かはデンマーク社会省が
規定します。デンマークではこの規定に基づき、現在500人の障害者が自立生活
をしています(日本の人口に換算すると約1万人)。オーフス(人口27万人)に
は145人が生活しており、うち25人が私のように24時間介助(夜間の体位交
換の必要な人)を受けています。これらのケースでは、ハンディキャップ当事者が
ヘルパーを採用するわけです。私は、雇用主として一人一人のヘルパーの休暇、勤
務時間を決めて行く訳です。自分の友人や恋人を雇うこともできます。ヘルパーの
給料は、市町村が2分の1、国が2分の1ずつ負担します。
 障害者が、この支援を受ける条件として、自分のことを自分で決定できる・何ら
かの社会的活動を行っていることが必要です。ただ家の中にじっとしているだけで
は十分ではない。デンマークには275のコミューン(市町村)がありますが、各
地で差があります。必ずしも同じような制度が受けられるわけありません。市町村
によるレベルの差はかなりあります。
 こうしてハンディキャップの費用を市が出すのは高いと思うかもしれないが、総
合的に分析して考えると自治体の負担はあまり多くはないことが分かっている。
 もしかすると、ここにいる人は、「そういうことはまだ先の話」と思うかもしれ
ないが、私も、15年前はそう考えていた。
 ヘルパーは、今では魅力のある高い給料の仕事で、所得税を治めています。自治
体としては、施設が必要なくなります。当事者は、普通の人と同じように、活動的
な、積極的な生活を社会で快適に過ごせるようになっています。

オーフス方式の始まり

 施設にいた2人の活動的な若いハンディキャップが、市の当局に「もう施設を出
たい」と話した。職員は驚いて、「なんたることか」とおこりだした。そんなこと
ができるとどの資料にも書いてなく、「書いてないものはできない」と言った。と
ころが別の職員が、もしかしたらこれは新しい課題ではないかと考えました。おも
しろいことに、元軍人の職員が「もし出たいなら出せばいい。その代わりに文句を
受け付けないぞ」と言い出した。「介助者に給料を出してやれば解決することでは
ないか、どうせそんな乱暴なことをやるのは1人2人しかいないだろう・・・」。
 それを、そこで一緒に交渉していた私たちは、その考えに裏付くように「もちろ
んそんな乱暴なことをする人は他にいませんよ」と言った。
 まず最初に、週80時間分の介助料が出された。当時の人は筋ジスを患う時間は、
平日の8時から夕方6時までだと考えていたらしい。しかし障害に休日や祭日があ
るわけではない。そのうち交渉を何年も続けて、24時間の介助は当然と理解して
もらう日がきた。その時は勝利の記念する日となった。その勝利を得ると新しい世
界が広がって来た。大勢が夜の町にでられるようになった。いろいろな文化活動に
参加できるようになった。

自立するまで

 私が若い頃、当時の生活というのは、日本や南ヨーロッパの人々と同じ生活でし
た。その当時私の両親は、私が成人になっても二人の元で暮らすのを当然のものと
思っていた。さらに、私が小さいときとき両親は、「なんで私の可愛いエーバルト
が施設で生活せねばならないの」と考えていた。障害者をかかえた親の負担は、障
害者が成人するとさらに多くなる。私の両親は私が大きくなると立派な人間になる
のではないかと期待をかけていた。私は、親の育児方法のために自信をもった。同
時に親のおかげで野心を持つようになった。結婚して生活することは当たり前だと
思うようになってきた。
 私が赤ん坊の頃、医者は私のことを「せいぜい4才までしか生きられない」とよ
く話していました。ところがその医者の方が私より先に死んだので、そういう話を
聞かずにすむようになりました。安眠してください。(会場大笑い)
 私はみんなと同じように高校に行きました。高校を卒業して大学に入るとき、寄
宿舎生活する必要が出てきた。ひとりで暮らすところがなかったので、青年用施設
で暮らすことになった。そのあと、長年の努力で恋人ができ、施設を出て一緒に暮
らすことになった。娘が生まれました。私は世界で1番かわいい娘をもっています。
今日で16才になります。

パーソナルヘルパー

 今回、日本に来ることができたのは、ヘルパーのおかげです。私は4人のヘルパ
ーを雇っています。勤務体系は、1人のヘルパーが24時間連続で勤務します。夜
中は体位交換以外の時間は仮眠しています。4人のヘルパーを雇うということは、
雇用主としての責任が出てきます。いろいろなことに、決定しなければなりません。
それからコミュニケーションをうまくできるようにならねばなりません。長い時間
同じ人と一緒にいる訳です。問題が起こることもあります。相性が会わないことも
あるが、相性が合った場合には、それは天からの贈り物だと考えます。
 ヘルパーに対して何か不満を言うべきことがある場合、それを頭の毛を洗ってい
るときに言うべきではありません。(笑)何かをいうときは、服を着終わって、少
なくとも1時間ほど何も用事がないときに話すべきです。ヘルパーは、気の合う人
を選ぶことが大切です。ヘルパーと口げんかをすることはあまりありません。
 私のヘルパーは、男女2人ずつです。私はしわだらけのシャツが嫌いです。ヤン
は、アイロンかけはうまくないが、アネットはアイロンかけも料理もうまい。介助
の人をていねいに扱えば、それだけ良い介助をしてもらえます。お互いが敬意を示
すことが大切です。24時間介助が必要ということはそんなに簡単なことではない
のです。人からの介助を受けるには、一つの勇気が必要です。また、介助を受ける
人に対してある程度の成熟度が必要です。母親から介助を受けるのとは違います。
母親は何でもやりたがります。
 それから長い旅行をする場合は―今回は3週間の旅行をするが―特別な配慮が必
要になります。
 例えば、ハンディキャップの人が、恋人がいるといった場合、介助者がいること
が邪魔になることもあります。自分の恋人といるときには、恋人があれこれと必要
のない介助をしないことが大切です。その恋人は、私の筋ジスと恋人ではないので
す。必要時に介助者を呼べるようになっていればいいのです。例えば、介助が必要
なときは、すぐにでも呼べるように隣の部屋にでも待機してもらう事も必要になり
ます。また必要ないときは2人だけになる必要があります。逆にもし、恋人が「2
人だけでいたい、介助も自分がやりたい」と言えば、そういう選択ができることも
必要です。

ヘルパーを連れての仕事とプライベート

 ヘルパーと生活することは、時には難しいこともあります。しかし、それなしで
は全く生活できません。私(の仕事)は、デンマークの筋ジス協会の会長であり、
ヨーロッパの筋ジス協会の会長でもあります。それと平行して、プライベートの生
活ももっています。ジャズのミュージシャンでもあります。歌を歌います。
 ジャズについて―去年ジャズバンドを結成しました。バンドの名前は直訳すると、
「四輪駆動」といいます。メンバーは5人です。5人目は予備タイヤ。(笑い)こ
の秋にはCDも出します。
 長い間ご清聴ありがとうございました。


質疑応答

司会・大熊:それでは手をお挙げください。
田無市の自立生活企画の益留です。:24時間介助は保障されているようですが、
2人での介助が必要な重度障害者の介助はどうなっていますか。

クロー: 私も、病気をして咳をするときには介助者が2人必要になります。その
場合は、オーフス市から1人余計に派遣され、その人も自分が新たに雇うことにな
ります。旅行にいく場合は、1日24時間と換算されず1日12時間と換算されま
す。どう言うわけだかヘルパーの中には海外旅行をしたがる人が多い。(笑)
 ヘルパーが病気になったときには、臨時の人が必要になります。臨時用のヘルパ
ーリスト(10〜15人)があり、そこに電話します。自分で代わりが見付けられ
ない場合は、民間の斡旋所(筋ジス協会が運営)に電話する。そこに電話すれば、
10分ほどで新しいヘルパーが派遣される。今まで何か支障があったとは聞いてい
ません。
 ヘルパーの給料は、月16000クローネ(28万円)、年間の有給休暇は5週
間です。(会場からどよめき)
「多すぎますか?」

益留: オーフス制度が15年前に始まった時の近隣市からの反応は?

クロー: 成功した1つの例がマスコミに紹介されることで広がっていくものです。
しかし、自治体によっては腰の重いところもあります。自治体との掛け合いのミソ
を伝授しましょう。掛け合う市町村が保守的な所もある。そういうところでも他よ
り抜きんでているところが何かある。そこをほめちぎります「なんて漸進的な市長
だろう!」(ほめすぎてもいけない)。大事なことは、ビジネスの話に持っていく
まで相手の気嫌を損ねないように気を付ける。気がよくなったところで、このオー
フス制度とこの制度を利用して成功しているケースを紹介し「あなたの町は、オー
フスから離れている田舎だが、オーフス市より遅れることは好まないでしょう」と
やる。そのような24時間介助の人の話をすると、市長の顔が引き締まってくる。
ところが市長としては今までの話では漸進的なことになっているので、いまさら馬
をかえるわけには行かない。人間のなかを考えてやることが必要だ。ただ貪欲に要
求するだけではいけない。私はハンディの人たちにアドバイスするとき、「教育学
的に要求」しなさいと言います。クリスマスの前に、市役所に電話して、「よいク
リスマスを」と言いなさいと。その時には要求しないようにしなさい、と。市の人
も苦労して悩みをもっています。1年間ご苦労様と言ってやりなさい。そうすれば、
ワーカーの書類のトップにあなたがきます。(笑)

司会・大熊 :ちょっと補足しますが、東京の田無市など、進んだ制度を実施して
いる所では、自立したい障害者が全国から集まってきて市が腹をたてています。オ
ーフス市ではなにか対策のようなものがあるのでしょうか。

クロー:オーフス市の場合も磁石のように全国からハンディキャップが集まります。
オーフスには高等教育機関も充実していますから・・・。しかし、全ての費用をオ
ーフス市だけが負担するとオーフスの財政は破綻してしまいます。だから、その人
の出身地の自治体が金を出すということになっています。(他の自治体が制度を作
らないことで財政的な責任逃れをしないように、オーフス市の提案でこの方法が始
まった)

日本の筋ジス協会の女性: ヘルパー4人を雇用しているということですが、その
雇用するお金はどういう形で出しているか?クロー氏の仕事の収入から出すのか?
年金はどうなっているのか? 100万円もする(と聞いている)車椅子の代金は
どのくらい補助されるのか?

クロー:ヘルパーの給料は、市町村が50%、国が50%出します(自己負担な
し)。補助器具も、必要な器具が全て無料で公的機関から支給(貸出し)される
(人口呼吸器、マスク型呼吸器―これのおかげで生きてこられた―も支給対象品で
す)。他に、障害者年金として、月10000クローネ(日本円で18万円/月)。
この額は税金を払ったあとの額です。―そのほかにサイドビジネスがちょっとある
が。

大熊:住宅はどうでしょう?
クロー: 私の場合は持ち家だが、レンタルの場合、払わなければならない家賃は
「年間の所得の15%」までで、のこりの85%は市が出す。普通の暮らしまでは
全額補助されます。

筋ジス協会の女性:オーフスの人口は?
筋ジスの人は何人?(中略)
クロー: オーフス市の人口は27万人。市の近ジスの人数は出ないが、全デンマ
ーク(人口500万人)では5000人。その内介助が必要な人は2000人。
 
CIL立川・野口: 1日に必要な介護が24時間であるか、それより短い時間で
あるか、どこで決めるのか? 1日の介護時間が2〜3時間でいい人のヘルパーの
給料の保障は? 吸引とかの医療行為はヘルパーができるか?

クロー:まず、自分で「私には〇時間の介助が必要です」と申請します。その場合、
正確な判断でないかもしれない。筋ジスの場合、治療診断センターの治療師が一緒
になって当人の介助の必要性を判断します。そのあと、その判断、自分の評価、あ
と自分の加盟している障害者団体のコンサルタントの評価をつけて市に提出する。
そうすると、自分のケースワーカーが(市民一人一人に担当のケースワーカーがい
る)まずOKと言うかもしれない。あるいは「時間がちょっと多い」と判断するか
もしれない。ワーカーの評価に不服ならば、訴えるところがある。まず地域の判定
所。それでも不服なら国の判定所へ。この評価は毎年1回再評価される。私の場合
3年に1度だけワーカーがたずねてきて、コーヒーを飲みにくる。他の人は、クリ
スマスにお祝いの電話をかけてくるだけだ。

大熊:注釈: 2番目の質問を訳している間に、ちょっと補足を。日本では、◎法
◎法◎法のワーカーと別れているが、制度の谷間に落ちる人をなくすよう、デンマ
ークでは1987年に1つの「生活支援法」にまとめた。これにより全ての市民に
ワーカーがついて、窓口が一本化された。

クロー:(2番目の質問に)1日ごくわずかな介護しか必要ない人のための公的ヘ
ルパーと、重度の人用のパーソナルヘルパーという位置付けだ。それから、重度の
中でも1日数時間でいい人もいる。その場合学生をヘルパーとして雇う場合もある。
 また、デンマークでは、誰でも、「1日2時間の仕事しかない、希望しているん
だけど残りが見つからない」という場合は、残りの6時間分の給料が保障されます。
(3番目の質問に)私の場合は過去3年間、日常に看護婦は必要なかった。
 病気になったら、どうするかと言うと入院します。日本ではどうだか知りません
が、デンマークでは入院するには「健康」が必要です。そこでヘルパーをつれて入
院します。病院に入るのは私が病気になったときです。(注釈:デンマークでは、
入院しても急性期を過ぎたら誰でも退院し、リハビリなどは自宅で受ける。平均入
院日数は約1週間。日本は55日)
 1988年に交通事故で10箇所骨折しました。頭から足までギブスで固定され
ました。医者が来て布団をめくって言った。「次の3〜4週間はSEXはあきらめる
んだね」。その時に私のヘルパーをつれていかなかったら私はとっくに死んでいた。
私のいちばんいい体位を知っているのは自分のヘルパーだけだからです。(中略)

大熊:訪問看護婦とか(が必要な)、日常的に痰をとることが必要な人は?

クロー: デンマークの場合、市の在宅ケアは、訪問看護婦とホームヘルパーで構
成され、彼らがパトロールして回っている。 オーフス市では、30地域に別れて、
各地域にホームヘルパーと訪問看護婦が配置されている。自分の地区を訪問看護婦
が(24時間)パトロールして看護の必要な人を回っている。(編注:『デンマー
クに学ぶ豊かな老後』岡本祐三著・朝日新聞社 等を参照してください。)

高木(田無市在住): 親の介護と自分で雇うヘルパーの介護はどう違いますか。
クロー: よい質問です。まず、身内の人間でも家族ヘルパーとして雇うことはで
きます。しかし、週168時間分は支払われません。労働基準法によって週37時
間までと決められています(ヘルパーの場合若干例外をもうけて週42時間まで給
料が支払われる)。親が雇われる場合、自分の子供が雇用主であることを親が承認
しなければなりません。多くの場合、これでうまく行くが、問題の出てくるものも
少しはある。こういうことに規則を作ることは難しいのです。
 介助を受ける側と提供する側との間には尊敬の念があるべきなのです。私自身は
他人を雇ったほうがうまくいくと考えています。そのほうが身内とのよい関係を長
く保つことができるし、何かの困った時に身内に相談を持ちかけることができるで
しょう。

JIL事務局・斉藤:日本の自立生活センターには、先輩の障害者がこれから自立
しようという後輩に対してアドバイスする、「自立生活プログラム」がありますが、
クローさんの所でもそんなクラスをやっていますか?。

クロー: 色々な講習会をやっている。先ほど、民間の斡旋所と言ったが、オーフ
ス市にはオーフス制度のヘルパーを斡旋するところがあって、それは筋ジス協会の
中にあり、そこでも講習をしている。その講習会は当事者がヘルパーに対して教え
るものです。経験の長い利用者が経験を教える。

自立生活企画(田無)・益留:クローさんのヘルパーさんが2人いらっしゃってま
すが、日本ではヘルパーの研修を受けないとヘルパー登録できないがそちらでは?
 当事者のやる、ヘルパーに対する講習会の内容を教えてください。私自身は障害
者は一人一人違うのだから講習は必要ないと思うのですが。

クロー: ヘルパーの資格ですが、在宅ケアのヘルパーとは分けて考えてください。
今言っているのはパーソナルアシスタント(パーソナルヘルパー)のことで、これ
は市の職員ではありません。雇用主は障害当事者です。このヘルパーに資格は必要
ありません。私のヘルパーは講習会に出たことがありません。―「私の所で講習会
受けてんだ」(笑)ただ中には、ヘルパーも当事者も講習会を受けたほうがいいと
思う人がいます。中には介助される経験が初めてのため、知識を習得する必要のあ
る人もいます。

大熊:ヘルパーさんが2人いらしているので、なぜこの仕事に入ったか、どうやっ
て採用されたか聞いてみようと思います。
 
ヤン(ヘルパー):昨年の11月に新聞広告でアシスタント募集を知り、広告をみ
て面白そうだと思い手紙を出しました。面接に呼ばれ、その時80人の希望者がい
ました。(その前は140人)書類審査で12人が選ばれ、その12人に1人1時
間の面接が行われ、私は今年の4月からこの仕事をはじめました

大熊:なぜこの仕事を?
ヤン:まず資格として、自動車修理工の資格をもっています。3年前まで自動車修
理工をやって、そのあと3年情緒障害児の施設で働いていました。新聞公告にのっ
ていた募集の条件が、運転のうまいこと、2週間近くの旅行もあるのでその期間家
を開けられること、日常の家事ができることだったのです。面接の時にクローさん
のユーモアに惚れました。

大熊:私の聞いたところでは、1ヵ月に24時間労働を7回で、30万円の給料だ
そうです。

アネット(ヘルパー): 私は広告ではなく、なにかの機会に偶然クローさんに会
って、臨時ヘルパーに入ったのが始まりでした。その時は商業学校の学生でアルバ
イトでした。最初はお金が目的でしたが今はクローさんのために働いています。

大熊: 勤務時間以外の生活は?
アネット: 4才になる娘がいます。それから6頭の牛と、11ヘクタールの農地
がある。
クロー: 六頭の牛と俺がいる。
アネット: それから、商業学校で通訳になるための勉強もしています。その前は、
農業経営の資格をもっていた。(デンマークでは、農業大学を出ないと経営資格が出
ない)(中略)

埼玉の人:介助者を雇ってやっぱりこの人は合わないという場合、どう首をきるか。
クロー: まず、最初の3ヵ月間はテスト期間です。しかし、実際にそれほど大き
な問題になることはありません。合わない場合には、当事者もアシスタントも続け
たがらないからです。解雇する場合には、1ヵ月くらいの期間をおいて次の介助者
を探す期間とします。ふつうは同じヘルパーが3〜5年、最低でも2年間は続けて
働きます。

大熊: 帰らなきゃいけない毎日新聞の人から、ヘルパー付の筋ジスの人はデンマ
ークに何人か? 筋ジス以外でヘルパーがついているのは何人か? という質問が
来てます。
クロー:92年度のオーフス市での調査では、オーフス制度利用者138人。(市
のホームヘルパーは除く)
 138人の内訳
  時間の内訳
リュウマチ−45人 全体の30.8%の時間
筋肉ジス −31人 全体の32% の時間
脳性マヒ −20人
四肢マヒ −15人
硬化症・ポリオ・など

田無市・大野: 15年前にオーフス制度が始まった時には80時間/週だった介
助時間が、現在は168時間/週となっていますが、この時間数アップの経過とそ
の時々の交渉のポイントを教えてください。

クロー: 1969年に施設から出た。5000円くらいの介助料が出て自立生活が始
まった。自分で足して、12000〜13000でヘルパーを住み込みで雇った(住む・食べ
る無料)。その時は恋人と生活するために出たので、夜は恋人が介護した。
→73年に1100クローネになった。
 (1クローネ=16円)
→74年に週40時間になった。
→76年 週56時間
→79年 週91時間
→81年 週168時間
 交渉の戦略として、「妥当だな」という線より常に20時間余計に言った。例え
ば79年には111時間を請求した。
 一つの転換期が、週80時間の時だ。当時それが最高時間だった。この時に利用
者が不服申立てした。(市が訴えられた)これで市が負けた。「80時間は不当だ」
との判決が出た。―これにオーフス市は満足した。オーフスも80時間は少ないと
思っていたが、規則で出せないと思っていた。国が判決を出したので、80時間を
越えて出せるようになった。

大熊(まとめ):ぶどう社の「クローさんの愉快な苦労話」の本、今日出ました。
会計・社長・専務、の3人しかいない会社ですので、本屋には並んでないと思いま
す。ここで買っていってください。
(後略)

終わり

94年5月17日東京での講演より。(中見出しは編集がつけました。)

REV: 20161025
デンマーク  ◇筋ジストロフィー  ◇介助(介護)
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