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サハラ・アラブ民主共和国


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アフリカアフリカ Africa 2015

◆1991/11/01 朝日新聞 西サハラ 住民投票に国際監視を 宇都宮徳馬参院議員ら 支援団体結成へ
◆1991/11/29 日本経済新聞 西サハラ独立訴え
◆2008/12/02 AFP BB News モロッコの地図に西サハラがない!マクドナルドが陳謝
◆2009/12/09 毎日新聞 アミナトゥ・ハイダー氏:ハンスト3週間 スペイン政府「支援」
◆2009/12/11 cnn.co.jp 西サハラの独立活動家、スペインの空港でハンスト25日目
◆2009/12/19 毎日新聞 NEWS25時:西サハラ ハンストの活動家帰還
◆2010/11/26 Human Rights Watch Western Sahara: Beatings, Abuse by Moroccan Security Forces
◆2011/07/26 yomiuri.co.jp モロッコで軍輸送機が墜落、78人死亡
◆2013/05/26 asahi.com (アフリカはいま)国家と認められない西サハラ 開発会議に招待されず
◆2014/02/27 日刊ベリタ 【西サハラ最新情報】 お祭りすんで日が暮れて 


 
 
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1991.11.1

西サハラ 住民投票に国際監視を 宇都宮徳馬参院議員ら 支援団体結成へ

朝日新聞

モロッコの西サハラ占領に対し、「独立か併合か」で現地住民の意思を間う投票が、来年早々にも国連監視で行われる。これを機に、独立を求め十六年間に及ぶ「砂漠の闘い」を続けできたポリサリオ戦線のアジア・オセアニア局長で元国連代表代理のハビブ・ケンタウイ氏(三七)が三十一日までに、日本アルジェリア協会(会長、宇都宮徳馬・参院議貝)の国会議員らを訪ね、少数民族の立場を尊重して住民投票が公正に行われるよう日本の協力を要請した。

宇都宮氏は「民族自決と人権の問題」と「日本サハラウイ(サハラの人々)協会」を設立して支援することを約束、自民党の柿沢弘冶代議士が会長を引き受けることになった。ケンタウイ氏は「サハラは遠い国と言ってた日本人もようやく関心を示してくれ、来たかいがあった」と喜ぶ。

ポリサリオ戦線は、旧スペイン領サハラで一九七○年に起きた初の政治デモが弾圧されたあと、地方に散ったグループが結成。七六年二月にはサハラ・アラブ民主共和国の樹立を宣言し、侵攻してきたモロッコやモーリタニアに対しゲリラ戦を展開。スペインやモーリタニアが撒退した後も、領有を主張するモロッコと戦闘を統けてきた。九月六日、国連の提案による停戦が成立。アルジェリアのチンドゥーフ・キヤンプなどに逃げていた数万人の難民の帰還と公正で自由な投票ができるかどうかが焦点になっている。日本政府もこの難民帰還プログラムに四百万ドルを出資しているが、ナミビアに派遣したような選挙監視要員を送る計画はない。

「今の西サハラは、南ア支配下のナミビアに酷似している。モロッコは、多くのサハラウイを政治犯として連行し、十二万人の住民名簿を捏造(ねつぞう)して国連に提出するなど、占領地の『モロッコ化』を図っている」と心配するケンタウイ氏は、「日本も経済的支援だけではなく、国際的な正義を実現する貢献をしてほしい」と訴える。フランスなどを中心に投票の民間監視団を派遣する動きもあるが、今のところモロッコ政府に現地入りを拒否されている。

「投票の公正さが保障されないと、結果について非難の応酬となり、再ぴ戦端が開かれる。国際監視団の派遺こそ、其の平和への道だ」とも強調する。

西サハラ 欧州列強がテーブルの上でアフリカを分割した一八八四年のベルリン会議でスペイン領とされた。一九七五年、国力の弱まったスペインと、モロッコ、モーリタニアの三国合意で、モロッコ、モーリタニアが分割、両国軍が侵攻。サハラウイは、独立抵抗運動を続けてきたポリサリオ戦線に導かれてアルジェリアなどに避難した。

西サハラはほとんどが砂漠だが、地下には世界有数のリン鉱石の鉱脈があり、周辺海域は屈指の漁場でもある。



 
 
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1991.11.29

西サハラ独立訴え

日本経済新聞

旧スペイン領西サハラの独立を求める民族運動組織、ポリサリオ戦線のハビーブ・ケンタウィ・アジア・オセアニア局長は「公正な住民投票が実施されるには国際社会の協力が不可欠」と強調する。西サハラでは領有を主張するモロッコとポリサリオ戦線が十五年以上にわたって戦闘を続けてきたが、今年九月に国連の和平計画に沿って停戦が発効、来年初頭に独立かモロッコ帰属かを問う住民投票が実施される。

「住民投票を恐れるモロッコは二十万人以上のモロッコ人を西サハラに入植させる一方、アルジェリアに非難している西サハラ住民の帰還を妨げている」と現状への危惧を訴える。「西サハラは南アフリカ支配下のナミビアと同じケース。公正な投票実現だけが平和解決への道だ。できないなら我々は再び戦わざるをえない」と、残された植民地問題への関心を持つよう呼び掛けた。



 
 
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モロッコの地図に西サハラがない!マクドナルドが陳謝

* 2008年12月02日 12:22 発信地:ラバト/モロッコ

【12月2日 AFP】米ファストフード大手マクドナルド(McDonald's)のモロッコ現地法人は、子ども向けメニュー「ハッピーセット」に付いているおもちゃのモロッコの地図から、西サハラが脱落していたとして謝罪した。マグレブ・アラブ通信(MAP)が1日報じた。

報道によると、モロッコと西サハラの友好団体から「モロッコの地図に西サハラが掲載されていない」との苦情が寄せられたことを受け、現地法人マクドナルド・モロッコは「地図の国境に誤りがあったことを深くお詫びいたします」との声明を発表した。同社は、このおもちゃをすべて回収する予定だ。

西サハラはもともとスペイン領だったが、1975年にスペイン軍が撤退したのにともない、モロッコが全域領有を主張した。しかし西サハラの独立派がポリサリオ戦線(Polisario Front)を結成して戦闘が勃発。1991年に国連(UN)の仲介で停戦に合意した。

モロッコ政府は自国の主権下での西サハラの自治を認めるとしているが、ポリサリオ戦線は、独立かモロッコへの併合かを決める住民投票を行うことを求めている。(c)AFP



 
 
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アミナトゥ・ハイダー氏:ハンスト3週間 スペイン政府「支援」

【パリ福原直樹】モロッコ領西サハラの独立を求める国際的な女性人権活動家アミナトゥ・ハイダー氏(43)が、故郷・西サハラへの帰還を求めスペインで実行中のハンストが7日で約3週間となり、医師が「数日で死亡する」と診断する事態となっている。スペイン政府は、ハイダー氏の政治活動を支援する方向で動き出した。

AFP通信などによると、ハイダー氏は米国旅行後の11月、西サハラへ戻ろうとしたが、モロッコ政府から拒まれた。このため送還先のスペイン領カナリア諸島の空港で同16日にハンストを開始。医師は5日、「ハンストをやめても死亡する可能性がある」と衰弱ぶりに懸念を示した。

このためスペイン政府は7日、「ハンスト以外の方法で、政治活動を続けるよう」ハイダー氏に求める動議を議会に提出した。

毎日新聞 2009年12月9日 東京朝刊



 
 
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2009.12.11 Web posted at: 18:14 JST Updated - CNN

西サハラの独立活動家、スペインの空港でハンスト25日目

マドリード(CNN) アフリカ北西部・西サハラの領有を主張するモロッコと独立を求める住民との対立をめぐり、独立派の女性活動家、アミナトゥ・ハイダーさん(43)がスペイン領カナリア諸島の空港で11月16日からハンストを続けている。ハイダーさんは10日の記者会見で、「故郷に帰りたいが、西サハラに対するモロッコの主権は認められない」と述べた。

ハイダーさんは車椅子で会見会場に入り、まず支持者を通して「私の願いは西サハラに戻り、子どもたちを抱き締めてかれらや母親と一緒に暮らすこと。ただし同時に、尊厳を保つことを望む」との声明を発表した。続く質疑応答でも、「パスポートや命のあるなしにかかわらず」帰還を希望すると強調。またスペイン当局に対し、モロッコとの交渉努力が不十分だと抗議した。

ハイダーさんは昨年、米国のロバート・ケネディ人権賞を受賞。最近も別の賞の授賞式に出席するためニューヨークを訪れたが、その後西サハラの空港でモロッコ当局にパスポートを押収され、入国を拒否された。カナリア諸島には先月14日に到着した。

スペイン当局はハイダーさんに同国での亡命申請や市民権獲得を勧めたが、ハイダーさんはこれを拒否し、「スペインや米国の市民権を求めるつもりはない。西サハラ住民の1人として、民族自決の権利を主張したい」との声明を発表していた。

ハンストが長引くにつれ、スペイン当局者らの間ではハイダーさんの健康状態を懸念する声が強まってきた。だがハイダーさんは、チューブなどを使った「強制栄養補給」には断固として抵抗する構えを示している。

西サハラはスペインの旧植民地。1976年にスペイン軍が撤退した後、モロッコが領有を主張したが、これに抵抗する住民がポリサリオ戦線を結成、独立を求めてゲリラ闘争を展開した。モロッコ政府とポリサリオ戦線は1991年、国連の仲介で停戦に合意したものの、その後も自国主権下で自治を認めるとするモロッコ側と、あくまで独立を求める住民側の主張は平行線をたどっている。



 
 
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NEWS25時:西サハラ ハンストの活動家帰還

モロッコ領西サハラの独立を求める人権活動家で、スペイン・カナリア諸島の空港でハンストを約1カ月続けていたアミナトゥ・ハイダー氏(43)が18日、西サハラに戻った。AFP通信が伝えた。同氏は米国旅行後の11月に西サハラへ帰ろうとしたが、モロッコに入国を拒否され、逆送還された空港でハンストを始めた。同氏の帰還については、スペインがモロッコと交渉していた。【パリ】

毎日新聞 2009年12月19日 東京朝刊



 
 
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asahi.com 2013年5月26日

(アフリカはいま)国家と認められない西サハラ 開発会議に招待されず

第5回アフリカ開発会議(TICAD5)に「西サハラ」は招待されなかった。1976年に「サハラ・アラブ民主共和国」(SADR)として独立を宣言したが、日本など多くが、国家として認めていないためだ。

旧スペイン領西サハラはモロッコ(右ページ「2」)が領有権を主張、実効支配を続けている。1988年には国連の仲介で、独立かモロッコへの併合かを問う住民投票の実施で合意した。その後、モロッコは西サハラに大量の入植を実施、投票資格をめぐって対立し、実施には至っていない。SADRを国家承認した国は一時、80カ国を超えたとされるが、日本など多くの国は未承認。住民投票の実施を踏まえ、態度を明らかにするものとみられる。

SADRのアジア担当ムロウド・サイド氏(57)は4月、TICADへの参加を訴えるため来日した。しかし、日本政府担当者への面会すらかなわなかった。(高橋友佳理)



UP:2008 REV:
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