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ルワンダ共和国 2010年〜2011年


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アフリカアフリカ Africa 2016


○2009年までのニュース・情報 ルワンダ共和国 〜2009年
○最新のニュース・情報 ルワンダ共和国

○外務省 各国・地域情勢 ルワンダ共和国

◆2010/01/01 毎日新聞 サントリー学芸賞:「部族政治利用で紛争」 武内氏に聞く
◆2010/01/07 AFP BB News ルワンダ虐殺きっかけの大統領機撃墜、国軍幹部が首謀 報告書
◆2010/01/11 日経ビジネス 第31回サントリー学芸賞政治・経済部門 武内 進一 氏 成長著しいアフリカの暗部
◆2010/01/13 NIKKEI NET ルワンダ、大虐殺の引き金、「軍が首謀」報告。
◆2010/01/19 毎日新聞 フランス:対ルワンダ、関係修復加速 大統領訪問へ、米英接近受け軟化
◆2010/01/23 毎日新聞 <愛知県警>難民申請中のルワンダ人男性逮捕…確認後も拘置
◆2010/02/03 TRAVEL VISION ルフトハンザ・ドイツ航空、SNとアフリカ路線コードシェア拡大
◆2010/02/08 AllAfrica.com Rwanda: Kagame Donates to School of the Deaf
◆2010/02/10 外務省 ルワンダ共和国に対する一般文化無償資金協力「ルワンダ国営テレビ番組ソフト整備計画」に関する交換公文署名式
◆2010/02/23 EICネット 国連環境計画 笹川環境賞受賞者を発表
◆2010/02/24 NIKKEI NET 仏大統領、内戦後のルワンダを初訪問 アフリカ市場を重視
◆2010/02/25 AFP BB News サルコジ仏大統領、ルワンダ訪問 1994年の虐殺後初
◆2010/02/26 asahi.com ルワンダ大虐殺、仏にも責任 首脳会談でサルコジ大統領
◆2010/02/26 毎日新聞 ルワンダ大虐殺:「国際社会防止できず」「責任者の処罰必要」ーー仏大統領
◆2010/03/01 毎日新聞 発信箱:「過ち」のツケ=福島良典(ブリュッセル支局)
◆2010/03/03 cnn.co.jp ルワンダ元大統領夫人をパリで逮捕、94年のツチ族大虐殺で
◆2010/03/03 asahi.com ルワンダ大虐殺、首謀容疑の元大統領夫人を拘束し尋問
◆2010/03/03 AFP BB News 仏警察、ルワンダ元大統領夫人を拘束 「大虐殺」首謀容疑で
◆2010/03/07 毎日新聞 女性議員:ルワンダ56%、世界1位 「3割以上」憲法規定
◆2010/03/16 cnn.co.jp ルワンダ大統領が人権団体の批判に反論 コンゴ紛争関与を否定
◆2010/04/03 MSN Philippines News ルワンダのTwa族への支援、障害者や女性に比べて十分行き渡らず
◆2010/04/09 Plus News ルワンダのコンドーム普及キャンペーン、障害者に向けてメッセージを発することに失敗
◆2010/04/12 VSO International Rwandan HIV and AIDS campaign 'ignored the disabled'
◆2010/04/23 AFP BB News ルワンダで「絶滅」寸前のトワ民族、ピグミー系への偏見根深く
◆2010/05/09 NGOムリンディジャパン/ワンラブプロジェクト日本事務所代表:吉田真美さん ワンラブ・プロジェクト活動報告会
◆2010/05/11 yomiuri.co.jp 学食から海外食料援助…徳島
◆2010/05/16 NGOムリンディジャパン/ワンラブプロジェクト日本事務所代表:吉田真美さん ワンラブ・プロジェクト活動報告会
◆2010/05/23 NGOムリンディジャパン/ワンラブプロジェクト日本事務所代表:吉田真美さん ワンラブ・プロジェクト活動報告会
◆2010/05/26 毎日新聞 ナイル川:新協定、水と油 9カ国、合意難航
◆2010/05/29 NGOムリンディジャパン/ワンラブプロジェクト日本事務所代表:吉田真美さん ルワンダ応援祭り  大量虐殺(ジェノサイド)を越えて
◆2010/05/30 NGOムリンディジャパン/ワンラブプロジェクト日本事務所代表:吉田真美さん カトリック茅ヶ崎教会バザー(ルワンダの民芸品を販売)
◆2010/06/18 TIME Can One Laptop per Child Transform Rwanda's Economy?
◆2010/07/28 ニューズウィーク ゴリラ保護先進国ルワンダの「成績」
◆2010/07/29 PR TIMES ポップコーンで世界を救う!【109シネマズ×ぬちまーす×TABLE FOR TWO】
◆2010/08/05 PR TIMES 発表!地球にやさしい12のプロジェクト「ワールドチャレンジ2010」ファイナリストをBBCワールドニュースで10月2日(土)より放送
◆2010/08/09 NIKKEI NET ルワンダで大統領選投票
◆2010/08/10 NIKKEI NET ルワンダ大統領、現職カガメ氏が再選へ
◆2010/08/10 cnn.co.jp ルワンダ大統領選 現職カガメ氏の再選が濃厚
◆2010/08/10 毎日新聞 NEWS25時:ルワンダ 大統領の再選確実に
◆2010/08/11 NIKKEI NET ルワンダ大統領選、現職カガメ氏が圧勝
◆2010/08/11 AFP BB news 現職カガメ氏の再選確実、ルワンダ大統領選
◆2010/08/12 asahi.com ルワンダ大統領選、カガメ氏が再選 得票率は約93%
◆2010/08/12 cnn.co.jp ルワンダ大統領 カガメ氏が圧勝 民主化への課題も
◆2010/08/12 毎日新聞 ルワンダ大統領選:カガメ氏が再選 大虐殺後、再建に尽力−−選管発表、得票率93%
◆2010/08/25 AFP BB News 大虐殺乗り越え「アフリカのシンガポール」へ、ルワンダの首都キガリ
◆2010/08/25 Rwanda News Agency State TV to start sign-language newscasts for deaf
◆2010/08/26 GIZMODO 数百万人の死か、国家百年の電力か? キブ湖の試み
◆2010/08/30 NIKKEI NET ルワンダ現政府、大量虐殺の疑い 国連が報告書案
◆2010/09/01 ニューズウィーク 共同市場創設が促す「大陸統合」の可能性
◆2010/09/08 ニューズウィーク 「英雄」カガメ大統領が逆虐殺に関与?
◆2010/09/12 アフリカのニュースと解説 目的をもった援助には、終わりがある
◆2010/09/15 テニスナビ 高橋優、単は予選1回戦、複は本戦1回戦で敗退/ルワンダF1
◆2010/10/02 asahi.com コンゴ内戦「集団殺害の要素も」、国連報告書が指摘
◆2010/10/02 毎日新聞 ルワンダ:政府軍の隣国侵攻で「虐殺の要素」--国連
◆2010/10/05 毎日新聞 ルワンダ:スーダンPKO部隊撤退を否定−−駐日大使
◆2010/10/08 ロイター ルワンダでブタにヒップホップ、生産増で貧困対策にも
◆2010/10/18 マイライフ手帳@ニュース ファミリーマート、寄付金付きの袋キャンディ「おいしゼロのど飴」を発売
◆2010/11/12 The New Times ルワンダ: HIV母子感染率、8%減少
◆2010/11/29 NIKKEI NET 母子像にみるルワンダ虐殺の悲劇 NY写真家、日本で展覧会
◆2010/12/01 webDICE アフリカの困難な歴史や政治的混乱の中で、逞しく作品を生み出し続ける同時代の若手アーティストたちを紹介する『access AFRICAN ART』開催
◆2010/12/02 マイライフ手帳@ニュース ドトールコーヒー、プレミアムビーンズセレクションNo.16「ルワンダ ムヨンゲ」を発売
◆2010/12/15 毎日新聞 赤十字の男:中立を闘った25年/9 92年 ルワンダ内戦
◆2010/12/16 AllAfrica.com Rwanda: NUR's Visually Impaired Students Get ICT Skills
◆2010/12/16 毎日新聞 赤十字の男:中立を闘った25年/10 92年 ルワンダ内戦
◆2010/12/17 毎日新聞 赤十字の男:中立を闘った25年/11 92年・ルワンダ内戦〜93年・ボスニア紛争
◆2010/12/22 greenz.jp ゴリラちゃんもウホウホ!? 絶滅危機のマウンテンゴリラがここ7年間で25%増加中
◆2011/01/10 時事ドットコム 集団殺害「裁判所が判断」=ルワンダの犯罪責任明記せず−国連報告
◆2011/01/16 毎日新聞 割り切れぬ“独立”:スーダン南部住民投票/上 イスラム教徒に警戒の目
◆2011/02/10 毎日新聞 マウンテンゴリラ:絶滅危機のルワンダで、双子誕生
◆2011/03/02 Official Website of the Paralympic Movement NPC Rwanda Celebrates International Disability Day
◆2011/03/09 AFP BB News ルワンダ、人口抑制策に「メス使わない」パイプカット導入へ
◆2011/03/11 cnn.co.jp ルワンダが自然再生を国家優先課題に 途上国で初
◆2011/04/03 AllAfrica.com Rwanda: A Disabled Pastor Who Enables Others Spiritually
◆2011/05/27 cnn.co.jp ルワンダ集団殺害の戦犯、コンゴ民主共和国で逮捕
◆2011/05/31 曽田夏紀 ルワンダに生かされて
◆2011/06/01 JICA 障害を持つ元戦闘員と障害者の社会復帰のための技能訓練及び就労支援プロジェクト:3訓練センターで技能訓練を開始(2011年4月)
◆2011/06/01 JICA 障害を持つ元戦闘員と障害者の社会復帰のための技能訓練及び就労支援プロジェクト:プロジェクトラウンチングセレモニー及び第1回合同調整委員会(JCC)開催(2011年4月)
◆2011/07/13 Lnews 三井物産/シンガポールの港湾開発・運営会社を公開買付け
◆2011/07/15 yomiuri.co.jp ルワンダに届いた気仙沼からの贈り物
◆2011/07/20 TechCrunch ビル・ゲイツの財団が世界のトイレの改善に4200万ドルを拠出
◆2011/07/24 アフリカビジネスニュース ルワンダ公共交通公社、経営再建に着手
◆2011/08/10 cnn.co.jp 絶滅危惧種の幼いゴリラ、密輸業者から救出 ルワンダ
◆2011/08/17 日経ビジネス オンライン ルワンダ生まれ、福島と生きる
◆2011/08/18 greenz.jp “リサイクル×eラーニング”! ルワンダのソーシャルベンチャー「CamaraRwanda」は教育格差と電子廃棄処理を同時に解決!
◆2011/08/22 National Geographic News 養護施設、密猟の子ゴリラ保護
◆2011/08/22 National Geographic News ルワンダ国境、密猟の子ゴリラ保護
◆2011/08/23 AFP BB News 救出されたマウンテンゴリラの赤ちゃん、元気に成長中 ルワンダ
◆2011/08/23 The New Times/All Africa RDRC, JICA Launch Access Campaign for the Disabled
◆2011/08/26 The New Times Rwanda: Over 400 Visually Impaired Acquire Life Skills
◆2011/08/26 ファスニングジャーナル コントゥアグローバルがルワンダの発電所建設、4社と融資契約
◆2011/09/03 アフリカビジネスニュース ルワンダエア ボーイング737-800導入 スカイインテリア採用の美しく快適な客室
◆2011/09/07 外務省 ルワンダ共和国に対する無償資金協力「ルスモ国際橋及び国境手続円滑化施設整備計画」に関する書簡の交換
◆2011/09/09 IT NEWS AFRICA Bharti Airtel gets Rwanda’s 2G, 3G mobile license
◆2011/09/13 Africa the good news Making the Most of Mobiles in Africa
◆2011/09/13 アフリカビジネスニュース インド通信大手バーティ・エアテル、ルワンダで携帯電話事業ライセンスを取得
◆2011/09/15 JICA JICA's World2011年9月号特集・都市計画
◆2011/09/21 辻村みよ子 『ポジティブ・アクション −− 「法による平等」の技法』
◆2011/09/25 it news AFRICA Rwanda: 7 million users lack mobile phones
◆2011/10/02 AllAfrica.com Rwanda: Tutors Equipped With ICT Skills
◆2011/10/04 外務省 新任駐日ルワンダ共和国大使の信任状捧呈
◆2011/10/08 アフリカビジネスニュース ルワンダ政府、MTNルワンダの保有株を放出 親会社MTNグループが筆頭株主に
◆2011/10/22 日本障害者リハビリテーション協会 JICA「障害者リーダーシップ育成とネットワーキング」コース 発表会のご案内
◆2011/10/31 Rwanda Focus Rwanda: People With Disability Rebuffed When Looking for Jobs
◆2011/11/06 AllAfrica.com Rwanda: Mobile Phone Subscribers Reach 4.3 Million
◆2011/11/20 How WE MADE IT IN AFRICA Socio-economic development in Africa - a new era dawning
◆2011/11/26 All Africa.com Rwanda: Nation Is Entering an Exciting Phase in Mobile Technology
◆2011/12/05 JICA JICAのホームページの特集にもに障害者支援が掲載
◆2011/12/25 GIGAZINE ルワンダの新しい国づくり、「ジェノサイドの悲劇」から「アフリカの奇跡」へ
◆2011/12/27 All AFRICA.com Rwanda: Yearender ICT - ICT Industry Making Great Strides in the Country
◆2011/12/31 GIGAZINE タンザニアでサバンナを歩くゾウやキリン、思い描いていたアフリカに到達

【参考文献】
◇曽田 夏紀 2008/03/01 「紛争後のルワンダにおける障害者の周辺化」 東京大学教養学部国際関係論分科卒業論文

【参考図書】
現代アフリカ農村と公共圏
児玉由佳編 アジア経済研究所 3990円(税込み) A5判 307p 2009.12 [amazon]

序章 アフリカ農村社会と公共圏の概念/児玉由佳
第1章 エチオピア農村社会における公共圏の形成 ―市民社会/共同体の二元論をこえて―/松村圭一郎
第2章 アフリカ農村の生産者組織と市民社会−ガーナの事例から−/高根務

第3章 東アフリカ農村における森林資源管理と生計安全保障―タンザニアとケニアの参加型制度の事例分析―/上田元
第4章 ザンビアの農村における土地の共同保有にみる公共圏と土地法の改正/大山修一
第5章 ルワンダの農村社会と民衆司法―アブンジを中心に−/武内進一
補章1 新しい公共圏の創生と消費の共同体―タンザニア・マテンゴ社会におけるセングの再創造をめぐって―/杉村和彦

現代アフリカの紛争と国家 ポストコロニアル家産制国家とルワンダ・ジェノサイド
武内進一著 明石書店 6,825円(税込み) A5判 462p 2009年2月 [amazon]

戦争と平和の間―紛争勃発後のアフリカと国際社会
武内進一編 日本貿易振興機構アジア経済研究所 5,100円+税255円 A5判 400p 2008年11月 [amazon]

序 章 アフリカの紛争と国際社会   武内進一
第I部 紛争勃発後の和平プロセス
第1章 スーダンという国家の再構築 ―重層的紛争展開地域における平和構築活動―  篠田英朗
第2章 歴史の写し画としての和平プロセス ―内戦期コートディヴォワール政治における連続性―   佐藤 章
第3章 コンゴ民主共和国の和平プロセス―国際社会の主導性と課題―  武内進一
第4章 DDRとリベリア内戦    山根達郎
第II部 紛争後の制度構築を考える
第5章 ウガンダ1986、南アフリカ1994 ―紛争後の包括的政治体制の比較分析―  峯陽一
第6章 シエラレオネにおける地方自治制度改革とチーフ  落合雄彦
第III部 正義と和解の現実
第7章 紛争後の社会への司法介入―ルワンダとシエラレオネ―  望月康恵
第8章 ルワンダのガチャチャ―その制度と農村社会にとっての意味― 武内進一
第9章 モザンビークにおける平和構築の課題 ─国家レベルの共存と地域社会内部での対立の深化―  舩田クラーセン・さやか


アフリカと政治 紛争と貧困とジェンダー
戸田真紀子著 お著の水書房 2,400円+税120円 2008年8月 [amazon]

「わたしたちがアフリカを学ぶ理由」とのサブ・タイトルも付された本は、内容がもりだくさんで、論じられている事象や地域についてなじみがない人にはちょっととっつきにくいかなと感じました。 ケニアの女性が立ち上げて運営するママ・ハニ孤児院を紹介する終章「立ち上がる草の根の人々とその声」、次いであやうく「姦通罪」への処罰としての石打ち刑で殺されるところであったアミナ・ラワルさんが直面したナイジェリアの政治情勢を分析する第7章「女性だけが背負う重荷」と読み進め、そこで論じられている問題を読み解くために他の章を読むという読み方がありそうだなと思いました。

序章 アフリカを勉強する10の理由
第1部 アフリカの「民族紛争」の神話と現実
 第1章 アフリカの「民族」とは何か
 第2章 アフリカの民族紛争の「神話」
 第3章 突出する紛争犠牲者
 第4章 選挙民主主義が紛争を生み出す矛盾
 第5章 ナイジェリアの宗教紛争
第2部 ジェンダーから見るアフリカ
 第6章 アフリカの女性と「人間の安全保障」
 第7章 女性だけが背負う重荷
終章 立ち上がる草の根の人々とその声


ジェノサイドの丘〈上〉―ルワンダ虐殺の隠された真実
フィリップ ゴーレイヴィッチ (著), Philip Gourevitch (原著), 柳下 毅一郎 (翻訳)  WAVE出版会 1,680円 四六判 218p 2003年6月 [amazon]

ジェノサイドの丘〈下〉―ルワンダ虐殺の隠された真実
フィリップ ゴーレイヴィッチ (著), Philip Gourevitch (原著), 柳下 毅一郎 (翻訳)  WAVE出版会 1,680円 四六判 251p 2003年6月 [amazon]

生かされて。
イマキュレー・イリバギザ (著), スティーヴ・アーウィン (著), 堤江実 (翻訳)  PHP研究所 1,680円 四六判 372p 2006年10月 [amazon]

ルワンダ大虐殺 〜世界で一番悲しい光景を見た青年の手記〜
レヴェリアン・ルラングァ (著), 山田 美明 (翻訳)  晋遊舎 1,362円 四六判 272p 2006年12月 [amazon]

山刀で切り裂かれて ルワンダ大虐殺で地獄を見た少女の告白
アニック カイテジ (著), 浅田 仁子 (翻訳)  アスコム 1,680円 四六判 301p 2007年9月 [amazon]

漂泊のルワンダ
吉岡 逸夫 (著)  牧野出版 1,575円 四六判 234p 2006年3月 [amazon]


 
 
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サントリー学芸賞:「部族政治利用で紛争」 武内氏に聞く

ルワンダの虐殺など「民族紛争」「部族対立」とされるアフリカの紛争の解釈の見直しが始まっている。部族対立は紛争の本質ではなく、部族の違いが政治利用されて紛争が起こる構造を著書「現代アフリカの紛争と国家」で指摘し、昨年サントリー学芸賞を受賞したJICA(国際協力機構)研究所の武内進一上席研究員に聞いた。

   ◇

冷戦期のアフリカでは、集権的な「パトロンークライアント関係」が国家の柱だった。政治ボスがパトロン(保護者)となり、親族、友人関係を軸に、彼らクライアント(顧客)に利益配分し、集権的国家を作る仕組みだ。

この仕組みは、アフリカの国を自陣営に囲い込みたい東西陣営の対立にも支えられた。

冷戦が終わり、多党制導入などが求められ、各政党が支持者を奪い合った。「パトロンークライアント関係」が乱立した。選挙で政党間の競合が活発化し、対立を深めた。ルワンダ虐殺を主導した民兵組織は元々は政党の青年部だ。

ルワンダ虐殺を起こしたフツ人とツチ人を違う民族ととらえることには議論の余地がある。植民地化の中で当局が支配しやすくするために、両者の違いを強調した。急進派が「部族対立」をあおり虐殺に向け大衆が動員されたのではないか。【聞き手・服部正法】

毎日新聞 2010年1月1日 東京朝刊



 
 
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ルワンダ虐殺きっかけの大統領機撃墜、国軍幹部が首謀 報告書

* 2010年01月07日 19:43 発信地:ナイロビ/ケニア

【1月7日 AFP】1994年に起きた「ルワンダ大虐殺」のきっかけとなった同国大統領の乗った航空機が撃墜された事件について、ルワンダの調査委員会がこのほど、事件の首謀者はルワンダのフツ人(Hutu)政権内の過激派だったとする報告書をまとめたことがわかった。

AFPが6日に入手した報告書の写しによると、事件は当時の政府と、ツチ人(Tutsi)反政府勢力「ルワンダ愛国戦線(Rwandan Patriotic Front、RPF)」との連立政権の成立を阻止するため、ルワンダ国軍(Rwandan Armed Forces、FAR)上層部がクーデターの一環として首謀したものだったという。

■和平協定直後に暗殺

フツ人とツチ人の対立が続いていたルワンダでは、1993年にジュベナール・ハビャリマナ(Juvenal Habyarimana)大統領(当時、フツ人)がタンザニアの首都ダルエスサラーム(Dar es Salaam)で、ルワンダ愛国戦線との和平協定に調印した。

しかし翌94年4月6日、ハビャリマナ大統領とブルンジのシプレン・ヌタリャミラ(Cyprien Ntaryamira)大統領を乗せた専用機が、ルワンダの首都キガリ(Kigali)の空港近くで地対空ミサイルにより撃墜され、両大統領は死亡。この事件がきっかけで、多数派のフツ人が少数派のツチ人とフツ穏健派を襲撃した、いわゆるルワンダ大虐殺が発生した。

虐殺の被害者は80万人といわれる。ルワンダ政府は2007年4月、事件の真相を解明するため、調査委員会を発足させていた。

■フランスの関与はグレーゾーン

大統領機撃墜事件については、大虐殺に関与したとルワンダ政府が批判するフランス側も、独自の調査を行っている。

前年11月9日には、事件に関して「テロリズムに関連した殺人に共謀」した容疑で、元ゲリラ兵で当時ルワンダのポール・カガメ(Paul Kagame)大統領の側近として儀典長を務めていたローズ・カブイエ(Rose Kabuye)容疑者をドイツで逮捕、裁判が行われるパリ(Paris)に身柄が移送された。

今回のルワンダの報告書は、ハビャリマナ大統領暗殺へのフランスの関与は見られないとしているが、当時の軍事合意の一環でルワンダに駐在していた仏軍当局者らが墜落現場に入り、フライトレコーダーとミサイルの残がいを持ち去ったと指摘している。

フランス政府は、大虐殺への加担を否定し続けている。

なお、撃墜事件をめぐりフランスと断交していたルワンダ・ブルンジ両国は前年11月、国交正常化を表明。ベルナール・クシュネル(Bernard Kouchner)仏外相は6日、国交再開後初めて、キガリを訪問した。(c)AFP



 
 
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第31回サントリー学芸賞政治・経済部門 武内 進一 氏 成長著しいアフリカの暗部

日経ビジネス2010年01月11日号

−−1994年にアフリカのルワンダで起きた大量虐殺は民族対立によるものと言われてきました。しかし、この本では、単なる民族対立ではなく、冷戦の崩壊やそれに伴う政治体制の脆弱化が原因だと主張されています。

私は90年代の前半、コンゴ共和国で主食のイモの生産と流通を研究していました。現地で何度か政情不安に直面し、国外へ避難しました。

私が現地で見たのは国家権力を巡る現地の有力者同士の争いでした。それぞれが私的な兵隊を使って民間人を扇動し、紛争を起こしていたのです。

それは「パトロン・クライアント(親分・子分)関係」が統治の基盤になっていたからです。有力者が側近らに経済的な利権を与え、権力を維持していた。植民地時代には、宗主国はその関係を利用しました。冷戦時代の外国からの援助も、為政者に富を与え、この関係の強化につながりました。

ところが冷戦崩壊後、西側諸国の圧力で民主化が始まった。複数政党制が認められるようになると、複数の有力者が現れ、パトロン・クライアント関係が分散することになりました。また選挙の実施で、有力者が富を与えるべき相手が、側近だけでなく大衆まで広がりました。だから、民間人を巻き込んだ大虐殺が起きたのです。

−−近年は、アフリカの経済発展も始まり、成長市場として注目が集まっています。政治的に安定しつつあるのでしょうか。

そうとは言えません。多くの国の経済成長は天然資源の輸出によるものです。これらは一部の特権階級が握っていますから、貧富の差はむしろ拡大している。貧困が存在する限り、生活のためにパトロンを獲得するインセンティブはなくならないでしょう。

社会を安定させるためには、貧困問題を解決することが不可欠です。

今、アフリカの経済活性化に大きな影響を与えているのは中国企業です。中国製の商品が生活に浸透していますし、中国とアフリカを結ぶ飛行機はいつも込み合っています。

一方、日本とアフリカの関係はむしろ細ってきています。企業が自由に活動できる環境が整っていないためですが、日本政府と企業、NGO(非政府組織)などが協力すれば乗り越える方法はある。最近注目を集める、BOP(ボトム・オブ・プラミッド)ビジネスという考え方を利用するのも一案でしょう。

(聞き手は 佐藤 嘉彦=日経トレンディ)

『現代アフリカの紛争と国家』
武内 進一(たけうち・しんいち)
明石書店
6825円
ISBN978-4-7503-2926-0

略歴:1962年兵庫県生まれ。東京外国語大学外国語学部卒業後、アジア経済研究所に入所。92年から94年までコンゴ共和国などで研究を行う。2009年4月から国際協力機構のJICA研究所上席研究員を務める。



 
 
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ルワンダ、大虐殺の引き金、「軍が首謀」報告。

2010/1/13付

【ヨハネスブルク=共同】1994年のルワンダ大虐殺の引き金となったとされる、ハビャリマナ大統領(当時)らが搭乗した航空機の撃墜事件について、政府の事件調査委員会は11日、少数派ツチ人との和解を模索していた大統領に反対する多数派フツ人主体の政府軍が首謀したとの報告書を発表した。AP通信が報じた。

撃墜事件の首謀者をめぐっては、フランス司法当局が2006年、当時の反政府勢力指導者だったツチ人のカガメ現大統領が撃墜を命じたと認定。カガメ氏は関与を否定しており、報告書は「フツ人の犯行」とするカガメ氏の主張を認めた形。



 
 
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フランス:対ルワンダ、関係修復加速 大統領訪問へ、米英接近受け軟化

【ヨハネスブルク高尾具成】94年のルワンダ大虐殺の契機になった大統領機撃墜事件を巡り、カガメ・ルワンダ現大統領の陰謀と断定したフランスと断交していたルワンダが、仏と関係改善を本格化させている。今月の両国外相会談に続いて、来月にはサルコジ仏大統領のルワンダ入りも予定されている。背景には、仏語圏ルワンダの急速な経済発展や米英への接近があり、フランスが対立から和解へと転換したとも受け止められている。

今月初めにルワンダの首都キガリで行われた外相会談では2国間の関係再構築を確認。双方の大使館も再開準備を整えつつある。

94年4月、ハビャリマナ・ルワンダ大統領らを乗せた専用機がキガリで離陸直後に撃墜された。多数派フツ系の大統領は当時、少数派ツチ系住民との和解を模索していた。事件を機に政府軍やフツ系過激派民兵らによるツチ系住民の虐殺が始まり80万〜100万人が犠牲となった。

この事件について仏司法当局は06年11月、当時の反政府勢力指導者で、後に全土を掌握したカガメ現大統領が撃墜を命じたと認定。側近9人を国際手配した。00年から大統領をつとめるカガメ氏は関与を否定、反発したルワンダはフランスとの断交を宣言した。

ルワンダ政府の調査委員会は11日、当時の大統領に不満を持つ政府内部のフツ系主体の軍上層部により撃墜事件が首謀されたとの報告をまとめた。カガメ大統領の主張に沿い、仏当局の見解と対立する。しかしフランスは昨年11月に約束していた国交回復を進め、内外での大量虐殺の罪や人道に反する罪を調査する新たな特別委員会の設置を発表した。

背景には、「フランス不在」の中で、ルワンダが英米独などの支援を受けて経済成長を果たし、アフリカの「模範国」とされるまでに復興したという事情がある。さらにルワンダは昨年11月末、英国の旧植民地などで構成される英連邦加盟が決定した。また、08年に英語を公用語に加えるなど英国寄りの姿勢を強めていた。今回の報告書作成にも英国の強い協力があったとされる。

毎日新聞 2010年1月19日 東京夕刊



 
 
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<愛知県警>難民申請中のルワンダ人男性逮捕…確認後も拘置

1月23日2時35分配信 毎日新聞

愛知県警に出入国管理法違反(旅券等不携帯)容疑で7日に逮捕されたルワンダ人男性(30)が、難民認定申請中と確認された後も拘置され続けていることが22日分かった。男性から08年に申請を受けた名古屋入国管理局は、強制収容せず在宅で審査を続けていた。県警によると、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)や難民支援団体からは早期釈放を求める意見が寄せられているという。

県警西枇杷島署や男性の代理人弁護士によると、男性は7日、愛知県北名古屋市の路上で警察官の職務質問を受け、旅券や外国人登録証を携帯していなかったことから署に任意同行された。

男性は難民認定申請の受理を示す書類の写しを提示したが、書類に顔写真がなく本人確認ができないとして現行犯逮捕された。13日に法務省から男性が在宅で難民認定の審査中だとの情報提供を受けたが、地検はさらに10日間の拘置延長を求め、名古屋簡裁も認めた。拘置期限は28日で、男性は22日現在も同署に拘置されている。

難民認定の申請書によると、男性はルワンダ南部出身のツチ族。ルワンダ内戦時にフツ族の迫害を受け、14歳だった94年に隣国のウガンダに逃れた。家族とは音信不通となり、03年の帰国後は支援者にかくまわれ、05年4月に支援者が用意した偽造旅券で来日した。

愛知県や三重県で働き、08年11月に知人の勧めで難民認定を申請した。これまで3回入管の事情聴取を受けたが、結論は出ていない。09年10月には愛知県蟹江町に外国人登録を申請したが「本人確認ができない」との理由で判断は保留されている。

アジア福祉教育財団難民事業本部によると、難民申請者は、旅券等不携帯や不法残留の容疑で逮捕されても申請中と確認されれば釈放される例が多いという。代理人の川口直也弁護士は「入管が在宅で審査中なのに、警察や検察が身柄拘束を続けるのは不当だ」と訴えている。

名古屋地検は「捜査中なのでコメントは差し控えたい」、西枇杷島署は「拘置請求は地検の判断」としている。【秋山信一】

最終更新:1月23日2時35分



 
 
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仏大統領、内戦後のルワンダを初訪問 アフリカ市場を重視

【ロンドン=岐部秀光】フランスのサルコジ大統領は24日からのアフリカ歴訪で1994年の内戦以来、対立が続いたルワンダを訪問する。25日のカガメ大統領との会談で関係改善を確認、豊富な資源を抱え今後の有望市場とみられるアフリカ市場を重視する立場を打ち出す見通しだ。

ルワンダ内戦では94年に多数派のフツ族による少数派ツチ族に対する虐殺事件が起こり、約80万人が死亡した。ツチ族のカガメ大統領は当時のフランスがフツ族民兵の訓練や武器提供を通じ虐殺を後押ししていたと批判。フランス側もカガメ大統領が内戦のきっかけとなったハビャリマナ大統領(フツ族)の乗った航空機墜落事件に関与したと告発していた。

仏大統領のルワンダ訪問は内戦終結後初めて。サルコジ大統領は虐殺記念施設を訪問し犠牲者への黙とうをささげる予定だ。 (20:01)



 
 
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サルコジ仏大統領、ルワンダ訪問 1994年の虐殺後初

* 2010年02月25日 23:44 発信地:キガリ/ルワンダ

【2月25日 AFP】フランスのニコラ・サルコジ(Nicolas Sarkozy)大統領は25日、1994年に起きたルワンダのジェノサイド(大量虐殺)後、仏大統領としては初めて同国を訪問し、この虐殺におけるフランスの「過ち」を認めた。しかし、謝罪の言葉までは至らなかった。

サルコジ大統領は、フランス政府が虐殺を後押ししたと非難を続けてきたポール・カガメ(Paul Kagame)大統領と行った共同会見の席で「ここで起こった忌まわしい犯罪を防ぎ、止めることができなかったという過ちについて、フランスを含む国際社会は反省をまぬがれない」と語った。

ジェノサイド当時はフランスの要職にはなかったサルコジ氏だが、カガメ大統領の出自であるツチ人を中心とする80万人が殺害された惨劇に至る状況で、虐殺前のルワンダに大きな影響力を持っていたフランスが「甚だしい判断の誤りを犯した」ことを認め、世界は「(当時のルワンダ)政府の虐殺的側面に盲目だった」と述べた。

またサルコジ氏はルワンダの首都キガリ(Kigali)の虐殺記念館にある約25万人の犠牲者が眠る共同墓地のひとつを訪れ、ツチの犠牲者を追悼し献花した。(c)AFP/Philippe Alfroy



 
 
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ルワンダ大虐殺、仏にも責任 首脳会談でサルコジ大統領

2010年2月26日14時41分

【キガリ=国末憲人】フランスのサルコジ大統領は25日、ルワンダの首都キガリでカガメ大統領と会談し、1994年の大虐殺を防げなかった責任の一端が仏にあったと認めた。そのうえで両国の関係修復への意欲を表明した。

サルコジ大統領は会談後の記者会見で、大虐殺のきっかけとなった94年4月のハビャリマナ大統領機撃墜事件後の仏の対応について「大きな間違いがあった。虐殺の規模を見抜けなかった」と述べ、仏が大規模な軍事介入をしていれば大虐殺を防げた可能性があるとの見方を示した。「虐殺にかかわったすべての人は捜索され、罰せられる」とも述べ、亡命して仏国内に暮らしている大虐殺の容疑者への対応を約束した。

一方、カガメ大統領は「過去にとらわれず、新たな関係に踏み出す時代になった」と語り、両国の連携緊密化を進める意向を表明した。

大虐殺では、多数派フツ族強硬派の民兵らが、ツチ族とフツ穏健派の住民を襲撃。約80万人が犠牲となり、その9割以上がツチとされる。

仏は大虐殺以前、多数派フツ主体のハビャリマナ政権を経済と軍事の面で支援。大虐殺後に発足した少数派ツチ主体のカガメ現政権側の批判を招き、06年以降両国は断交状態となっていた。

仏語圏だったルワンダでは近年、仏語離れが著しく、英語圏に取り込まれかねない状況にある。今回を機に、仏は休止状態のキガリの仏文化センターや仏語学校を再開させる方針だ。ルワンダ側には、関係改善による経済協力、仏との情報交換に基づく虐殺の原因究明や責任者の訴追、被害者のケアなどが進むことへの期待感がある。

会談に先立ち、サルコジ大統領はキガリ市内の虐殺記念館を訪問。犠牲者への追悼の意を表して納骨堂に献花した。



 
 
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ルワンダ大虐殺:「国際社会防止できず」「責任者の処罰必要」ーー仏大統領

【パリ福原直樹】フランスのサルコジ大統領は25日、ルワンダを訪問し、80万人が犠牲となった94年のルワンダ大量虐殺について、「仏を含め国際社会が防止できなかった」と認めた。両国は大量虐殺の責任の所在などを巡り外交関係が一時、断絶。だが今回の訪問で2国は新たな外交関係を築くことになる。

AFP通信によると、同国のカガメ大統領との共同会見でサルコジ氏は、虐殺の責任者について今後、徹底的な捜査・処罰が必要ともした。

虐殺の責任者とみられる10人以上は仏に逃亡している。

ルワンダでは94年、仏が支援した当時のハビャリマナ大統領が乗る飛行機が撃墜され、同大統領が死亡。これを機に同大統領派のフツ人主導の政府軍などが、対立するツチ人などを虐殺した。だがカガメ氏らが指導するツチ人主導のルワンダ愛国戦線が全土を掌握、虐殺が終わった。

この後、ルワンダは仏を「虐殺に関与した」と批判。一方で仏当局は06年、同氏の飛行機撃墜を「カガメ氏の側近が行った」と断定し、ルワンダは仏と外交関係を断絶した。

毎日新聞 2010年2月26日 東京朝刊



 
 
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発信箱:「過ち」のツケ=福島良典(ブリュッセル支局)

「言葉は武器になる」。約80万人が殺害されたルワンダ大虐殺(94年)の渦中、自分が支配人のホテルに住民1268人をかくまい、命を救ったポール・ルセサバギナ氏が最近、欧州紙に語った。映画「ホテル・ルワンダ」で主人公のモデルとなった人物だ。

当時、フツ系強硬派のラジオ局が「敵はツチ系住民」と虐殺を扇動した。約4万5000人がラジオ放送の命令で殺害されたとの推計もある。一方、ルセサバギナ氏はホテル業で鍛えた巧みな交渉術で家族と住民を民兵から守った。

虐殺は復興の道を歩むルワンダの言語政策にも影を落としている。同国では長年、フランス語がエリート層の言語だった。だが、虐殺前、フツ系のハビャリマナ元大統領に肩入れしていた仏政府への反発から、ツチ系のカガメ現大統領が08年、教育言語を仏語から英語に切り替えたのだ。

「ジス・イズ・ア・ガール」(この人は少女です)。首都キガリの小学校で子供たちの声が響く。公園では若者らが英国発祥の球技クリケットに興じ、事業家は「グローバル化時代には、やはり英語だ」と商売に精を出す。昨年末には英連邦にも加盟した。

2月25日にルワンダを訪れたサルコジ仏大統領は大虐殺で「フランスを含む国際社会の過ち」を認め、文化協力を含む関係の再構築を訴えた。閉鎖された仏文化協会などの早期再開を目指すが、いったん英語に傾いた社会の流れを引き戻すのは難しい。

虐殺後、ルワンダに援助資金をつぎ込んできた英国に対して、過去のしがらみから身動きが取れなくなったフランス。アフリカでライバルの英国に勢力圏の拡大を許す結果となった。仏文化外交にとって「過ち」のツケは重い。

毎日新聞 2010年3月1日 0時10分



 
 
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2010.03.03 Web posted at: 19:46 JST Updated - CNN

ルワンダ元大統領夫人をパリで逮捕、94年のツチ族大虐殺で

パリ(CNN) フランス政府当局者などによると、アフリカ中部ルワンダの元大統領夫人のアガト・ハビャリマナ氏を1994年に同国で発生した大虐殺にかかわった容疑で2日午前、パリにある自宅で逮捕したと述べた。ルワンダ側の手配を受けた措置としている。

ルワンダ政府によると、夫人には虐殺、虐殺謀議、人道に対する罪などの容疑が掛かっている。仏当局は同国内の裁判所で審理するかルワンダへ身柄送還するかを判断する。ルワンダ政府は送還を要請している。

アガト氏は、虐殺前に政権を握っていたハビャリマナ大統領の夫人。ルワンダでは同年、大統領搭乗機が撃墜された事件後、多数派フツ族による少数派ツチ族などの虐殺が発生。アガト氏はこの虐殺を進めた中心人物の1人ともされる。

虐殺は約100日間続いたとされ、犠牲者は約80万人とされる。

アガト氏はその後、仏大使館の保護を得て98年から仏に在住していた。



 
 
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ルワンダ大虐殺、首謀容疑の元大統領夫人を拘束し尋問

2010年3月3日13時52分

【パリ=国末憲人】ルワンダの元大統領夫人で、1994年の大虐殺の首謀者の1人とされるアガト・ハビャリマナ氏(67)を、フランス捜査当局が2日に一時拘束し、尋問した。虐殺にかかわったと疑われる人物をこれまで保護してきたフランスが、訴追に向けて方針転換したとみられている。

サルコジ仏大統領は2月25日、仏首脳として大虐殺後初めてルワンダを訪問し、カガメ大統領と会談。大虐殺の責任者訴追に消極的だった従来の態度を翻し、容疑者の拘束を約束した。今回の措置はこの方針転換の結果だと、仏メディアはとらえている。

アガト氏は2日朝、パリ郊外で当局の尋問を受けた。その後、帰宅を許されたものの移動制限を受け、出国を禁止された。

アガト氏は、虐殺前に政権を握っていたハビャリマナ大統領の夫人。ルワンダの多数派フツの急進派が結集した大統領側近グループ「アカズ」の中心人物とされる。94年4月に大統領搭乗機が撃墜された事件の後、少数派ツチなどの虐殺を扇動した疑いが持たれた。その後、仏大使館の保護を得て98年から仏在住。ルワンダ国内法廷から国際手配を受けていた。

ルワンダ政府は今回の措置への歓迎を表明し、国内法廷への引き渡しを求めた。これに対し、アガト氏の弁護人は「ルワンダの法廷の中立性が信用できない」と引き渡しを拒否し、仏国内での裁判を主張している。

仏は大虐殺前、多数派フツ主体のハビャリマナ政権を支援。虐殺への関与を疑われ、ルワンダ国際犯罪法廷や同国内法廷から訴追された人物を保護してきた。虐殺後に誕生したカガメ現政権とは2006年に断交したが、サルコジ大統領が今回の訪問で国交を回復させた。



 
 
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仏警察、ルワンダ元大統領夫人を拘束 「大虐殺」首謀容疑で

* 2010年03月03日 17:14 発信地:パリ/フランス

【3月3日 AFP】フランス警察は2日、ルワンダの元大統領夫人で、1994年の「ルワンダ大虐殺」の首謀者の1人としてルワンダから国際手配されていたアガテ・ハビャリマナ(Agathe Habyarimana)氏を拘束した。

アガテ元大統領夫人は、「ルワンダ大虐殺」のきっかけとなった1994年4月のジュベナール・ハビャリマナ(Juvenal Habyarimana)同国大統領を乗せた航空機の撃墜事件後に国外脱出し、パリ(Paris)郊外に12年間暮らしていた。

ハビャリマナ大統領の支持者らは、大統領の死亡をきっかけに大虐殺を開始し、民間人80万人が虐殺された。

フランス警察は2日午前、ルワンダ国内の法廷による国際手配にもとづき、パリ南部クールクーロンヌ(Courcouronnes)の自宅でアガテ元大統領夫人を拘束した。

仏検察当局によると、アガテ氏はすでに保釈されている。今後、仏裁判所は、ルワンダ当局の身柄引き渡し要請に応じるかどうかを判断する。(c)AFP/Mathieu Rabechault



 
 
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女性議員:ルワンダ56%、世界1位 「3割以上」憲法規定

◇日本11%、97位 平均下回る

【ジュネーブ伊藤智永】世界151カ国の国会議員らでつくる列国議会同盟(本部・ジュネーブ)は8日の「国際女性の日」に合わせ、今年1月末現在での世界187カ国議会(下院)における女性議員の割合ランキングをまとめた。

上位は、(1)ルワンダ(56・3%)(2)スウェーデン(46・4%)(3)南アフリカ(44・5%)。日本(衆院)は11・3%で97位。「小沢ガールズ」の登場で昨年同時期より増えたが、各国平均の18・8%をかなり下回った。

各国平均は1995年の11・3%から、15年間で年0・5ポイントの割合で増加。これは男女に差が出ないようあらかじめ議席比を決めておくクオータ制の効果が大きく、列国議会同盟は「女性進出増加のための唯一の対策だ」としている。

制度発祥の国はノルウェーで、北欧から欧州全域に広がった。女性議員の割合が高い今年の上位15カ国のうち、クオータ制を採用していないのは3カ国だけ。

ルワンダは大虐殺による動乱の後、国連の指導で憲法に「女性議員を全体の30%以上とする」クオータ制を規定。南アフリカも民主化と同時にクオータ制を導入している。

ただし、比例代表制の国では80%が採用しているのに対し、小選挙区制の国の導入率は25%で、選挙制度による差が大きい。

毎日新聞 2010年3月7日 東京朝刊



 
 
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2010.03.16 Web posted at: 15:10 JST Updated - CNN

ルワンダ大統領が人権団体の批判に反論 コンゴ紛争関与を否定

(CNN) アフリカ中部ルワンダのカガメ大統領は15日、CNNの単独取材に対し、独裁者のように振る舞い、隣国コンゴ民主共和国(旧ザイール)の紛争を煽っているとする人権団体の批判に反論した。

16年前に80万人が死亡した大虐殺を終結させた英雄として称賛されたカガメ大統領は、国外の人権活動家らが「数人の発言で人口1100万人の国を判断しようとする傾向があり、ルワンダ人の発言を考慮しない」と述べた。大統領はまた、ルワンダ人に質問した者は1人もおらず、「活動家らにとってまるで問題ではないようだ」とコメント。ルワンダ人全員が規則に従って責任を負わなければならず、情勢を正しい方向に動かす指導力が必要だと述べた。

米ニューヨークを拠点とする人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチは1カ月前、今年8月のルワンダ大統領選を前に、野党の活動家らに対する脅迫や攻撃、嫌がらせが行われていると指摘した。同団体は、野党党員らが与党・ルワンダ愛国戦線(RPF)政権に近い個人や団体から重大な脅しを受けているとしている。

RPFは1994年に首都キガリに進攻し、大虐殺に関与したフツ人主導の政権を打倒した。カガメ大統領は100日間の大虐殺を経たルワンダを、アフリカで最も成長めざましい国に改革。経済や社会開発面のモデルとみなす向きもあった。大統領は、悲劇の傷の緩和が著しく進展したことが、ルワンダ情勢が安定し開発が進んだ理由であると強調した。

カガメ大統領はまた、ルワンダ軍が10年前に反政府団体の帰国を阻止する目的でコンゴ民主共和国に介入したものの、同国の紛争には関与していないと主張した。アフリカ史上最悪の規模に拡大したコンゴ紛争では、様々な集団や各国の軍隊が鉱物資源の利権を争っており、500万人以上が死亡している。大統領は、コンゴや各国の問題について責任を負っていないと明言した。



 
 
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ルワンダで「絶滅」寸前のトワ民族、ピグミー系への偏見根深く

* 2010年04月23日 18:24 発信地:ブウィザ/ルワンダ

【4 月23日 AFP】ルワンダの先住民とされるピグミー系トワ人(Twa)は現在、その人口を急速に減らし、貧困・差別・排斥に直面しながら社会の周縁で暮らしている。

同国中部の山岳地帯の中腹、急な斜面にへばりつくように人々が質素な暮らしを営む小さな集落ブウィザ(Bwiza)には、1994年の大虐殺後のルワンダ社会でトワ人が直面している問題ーーアルコール依存症のまん延や子の死亡率の高さ、医療の欠如などーーが凝縮されている。

■土地を追われ、病気に悩まされ・・・

女性の大半が生涯に5〜6人の子どもを産むこの国にあって、ブウィザのトワ人世帯数は46、子どもは50人しかいない。赤ちゃんが1人生まれる間に最大 2人の子どもが死亡するためだ。38歳のある女性は、「6人の子を産んだけれど、マラリアや髄膜炎で死んで今は3人になってしまった。子どもたちは治療も受けられなかった」と話した。

最寄の医療センターまでは、歩いて2時間もかかる。トワ人はヤシの葉などで編んだ小屋に暮らすが、水漏れしやすく、湿気が多いため、呼吸器系の疾患にかかりやすくなる。

トワ人を支援する団体によると、ルワンダの人口1000万人のうち、トワ人はわずかに3万3000〜3万5000人。ルワンダ全体の人口は増えている一方で、トワ人口は減り続けている。

トワ人の減少を招いている原因と思われるのが、先祖伝来の土地を追われ、ライフスタイルを変えざるを得なかったことだ。トワ人はもともと森林地帯に暮らし、狩猟採取生活を送っていた。しかし、自然保護区の設置にともなって森を追われ、農耕生活へと転向していったのだ。現在は、ルワンダのトワ人世帯の 40%以上が「土地なし」だ。

ブウィザの女性たちは、トワ人以外と結婚し夫に先立たれたトワ女性が相続した近隣の畑に働きに出る。その間、男たちは日陰で不平をつぶやいている。

■「ピグミー」への偏見の歴史

ピグミー系トワ人はルワンダのほか、隣国のブルンジ、コンゴ民主共和国、ウガンダにも分布する。

歴史上、「ピグミー」についての最古の記録は、紀元前2276年にエジプト第6王朝のファラオ、ペピ2世(Pepi II)が書いた手紙だ。また近代では、仏系米国人探検家ポール・デュ・シェーユ(Paul du Chaillu)が1867年、ガボンの熱帯雨林でピグミーに遭遇したことを長々と書き記している。

しかし、ピグミーはその身長の低さから、長く他の人種とは区別され、時に偏見のレッテルを貼られてきた。動物園やサーカスで珍しい生き物として「展示」されることもあった。故郷アフリカでさえ、ピグミー系は今も「亜」人種として、また特別なパワーを持った生き物と見なされることが多い。

■仕事、学校、銀行ーー今も続く差別

トワ人にとって「仕事にありつく」とは、たいてい、土地持ちの隣人に雇われることを意味する。報酬はスズメの涙だ。

彼らは、仕事でも学校でも差別を受けていると口々に不満を訴える。「誰かが家を建てるのを手伝おうとするだろう。トワ人は、それ以外の労働者が見つからない場合にだけ雇われるんだ」「いくらか稼いだので銀行で口座を作ろうとしたら、行員に『ハ!あんたトワじゃん』と言われて断られたよ」

こうした差別の結果、絶望のあまり、一部のトワ人たちが酒に溺れるようになる。

学校では、トワ人生徒の中途退学が目立つ。理由について14歳のある生徒は、「ほかの生徒たちに『ほら、トワがいるぞ』といちいち指さされるのにほとほと嫌気が差すからだ」と説明した。(c)AFP/Helen Vesperini



 
 
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ゴリラ保護先進国ルワンダの「成績」

Rwanda: Where There are Baby Gorillas to Name

2010年07月26日(月)13時38分

ジョン・ローゼン

[2010年7月28日号掲載]

死者数十万人と言われる94年のルワンダ虐殺から16年。この国の現在の最大の外貨獲得源は観光だ。ルワンダ開発委員会によれば今年の観光客数は75万人で、1万6000人がゴリラ見学に参加する。

ルワンダには世界に生息する700頭のマウンテンゴリラの3分の1がいる。生息地の火山国立公園で6月、マウンテンゴリラの赤ちゃんに名前を付ける毎年恒例のイベントに数千人が集まった。1人500ドルを払い、雨のしずくに濡れた熱帯雨林の中でシルバーバック(雄の成人マウンテンゴリラ)の生態を見るツアーもある。こうしたツアーやイベントの収入はゴリラの生存に欠かせない。

国連環境計画の調査では、密猟や生息地減少によって過去20年間でゴリラの個体数は激減。今後10年から15年で現在生息するアフリカ中部から姿を消す可能性がある。

ただ密猟パトロールや観光と保護を結び付けたルワンダ政府主導の活動のおかげで、全世界のゴリラの数の1%以下ながら、マウンテンゴリラは唯一数を減らしていない。カガメ大統領も野生生物の保護を最優先事項としている。

ゴリラ保護のため土地利用を制限されて怒っていた地元民も、政府がイベントやツアーの収益を使って学校や福祉施設をつくると、態度を一変させたという。

(GlobalPost.com特約)



 
 
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ルワンダで大統領選投票

2010/8/9 19:15

【ロンドン=岐部秀光】ロイター通信によると、1994年に起きた虐殺事件で約80万人が死亡したアフリカ中部ルワンダで9日、大統領選挙の投票が行われた。安定的な経済成長を実現した現職のカガメ氏の再選が確実視されている。即日開票され11日までに暫定結果が発表される見込み。

国際人権団体などは選挙前、野党支持者への言論弾圧を巡り懸念を表明したが、政権側はこれを否定した。カガメ氏は2000年に大統領就任。 03年に行われた虐殺事件後初の大統領選挙で95%の票を得て再任された。



 
 
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ルワンダ大統領、現職カガメ氏が再選へ

2010/8/10 22:31

【ロンドン=岐部秀光】アフリカ中部ルワンダからの報道によると同国で9日投票が行われた大統領選挙は10日までの開票で現職のポール・カガメ氏(52)の圧勝が確実になった。選挙管理委員会が同日、発表した暫定開票結果によるとカガメ氏の得票率は約93%と他の候補者を大幅に上回った。カガメ氏は選挙結果について「国民の良識を示すものだ」と述べた。

ルワンダでは、1994年に起きたフツ人とツチ人の民族抗争に伴う虐殺で80万人が死亡した。ツチ系のカガメ氏は2000年に大統領に就任、03年の虐殺事件後初の大統領選挙で再選を果たした。



 
 
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2010.08.10 Web posted at: 13:46 JST Updated - CNN

ルワンダ大統領選 現職カガメ氏の再選が濃厚

キガリ(CNN) ルワンダで9日、1994年の大虐殺以来2回目となる大統領選挙が行われた。結果は11日に発表される予定だが、カガメ現大統領の再選が濃厚だ。

ルワンダでは94年、フツ族の民兵組織がツチ族や穏健派フツ族を襲撃し、少なくとも80万人が死亡する大虐殺が起きた。その後、カガメ氏を支援するツチ族主導の民兵組織が、虐殺を支援したフツ族から政権を奪取した。

2000年にカガメ大統領が誕生して以来、ルワンダのGDP(国内総生産)は2倍に拡大した。首都キガリは近代都市へと変貌し、国内は建設ブームに沸いている。

ルワンダは地域で最も汚職が少ない国と言われ、女性の国会議員数は世界一を誇る。就学率は上昇し、子どもの死亡率は減少している。

その一方で、カガメ政権に影を落とす問題も指摘されている。今年、カガメ大統領と対立する軍幹部が襲撃される事件があった。幹部は命を取り留めたが、家族はルワンダ政府による暗殺だったと指摘。その数日後、事件の真相をつかんだというジャーナリストも殺害された。さらに数週間後には、野党幹部の遺体が頭部をほぼ切断された状態で発見された。ルワンダ政府はこれらの事件への関与を強く否定している。

また、今回の大統領選では、言論の自由が制限されていると人権団体などが指摘している。外国から帰国した野党指導者が政党登録を禁止されたり、選挙前に約30の報道機関が要件を満たさないとして登録を取り消されたりした。また、カガメ氏の対立候補3人は、いずれも与党と協力関係にあり、見せかけの民主主義との批判もある。



 
 
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NEWS25時:ルワンダ 大統領の再選確実に

アフリカ中部ルワンダで9日、約80万人が犠牲となった94年の大虐殺後、2度目となる大統領選の投票が行われた。野党などへの弾圧が選挙前に高まったとの懸念が国際的に強まる中、治安維持や経済発展の成果・継続を訴える現職ポール・カガメ氏(52)の再選が確実な情勢となっている。

カガメ氏の任期満了に伴う大統領選には、4政党から女性上院議員を含む4人が立候補した。投票は約1万5000の投票所で9日午後3時(日本時間午後10時)に締め切られ、即日開票される。【共同】

毎日新聞 2010年8月10日 東京朝刊



 
 
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ルワンダ大統領選、現職カガメ氏が圧勝

2010/8/11 23:14

【ヨハネスブルク=共同】ロイター通信によると、約80万人が犠牲となった1994年のルワンダ大虐殺から2度目となる同国大統領選で、選挙管理委員会は11日、現職のポール・カガメ氏(52)が得票率93%で勝利したことを明らかにした。

カガメ氏の任期満了に伴う選挙。他に女性上院議員ら3人が立候補していたが、好調な経済を背景にカガメ氏が大差を付けた。

大統領の任期は7年。



 
 
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現職カガメ氏の再選確実、ルワンダ大統領選

* 2010年08月11日 10:33 発信地:キガリ/ルワンダ

【8月11日 AFP】ルワンダで9日投票が行われた大統領選で、10日までの開票で現職のポール・カガメ(Paul Kagame)氏の圧勝が確実になっており、首都キガリ(Kigali)では早くも祝勝ムードが広がっている。

ルワンダ選挙管理委員会が発表した暫定投票結果によると、カガメ氏が得票率92.9%を獲得している。

首都キガリでは、カガメ氏率いるルワンダ愛国戦線(RPF)の支持者数万人がサッカースタジアムに集まり、花火が打ち上げられる中、レゲエ音楽が夜通し鳴り響いた。支持者らは明け方になって帰路についた。

一方、英連邦(Commonwealth)の選挙監視団は、多くの逮捕者や死者が出た選挙期間中に「野党からの批判の声が欠けていた」ことを批判した。また、野党は投票に不正があったと主張している。(c)AFP/Helen Vesperini



 
 
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ルワンダ大統領選、カガメ氏が再選 得票率は約93%

2010年8月12日19時20分

【アンタナナリボ(マダガスカル)=古谷祐伸】ルワンダで9日に大統領選があり、中央選挙管理委員会は11日、現職ポール・カガメ大統領(52)が、約93%の圧倒的な得票で2期目の当選を果たしたと発表した。任期は7年。順調な経済成長の維持と、強権的と批判される政治手法の改善が2期目の課題となる。

今回、カガメ氏のほかに3政党から3人が立候補したが、いずれもカガメ氏の与党・ルワンダ愛国戦線と連携する政党の所属。カガメ氏と対立する野党候補らは手続きの不備を理由に出馬を認められず、大統領選は出来レースと見られてきた。

ロイター通信などによると、11日の選管発表後、首都キガリのバスターミナルで手投げ弾が爆発し、7人が負傷。反対勢力による犯行の可能性がある。

カガメ氏は、1994年に少数派民族ツチなど80万人が犠牲になった大虐殺の後、反政府勢力を率いて多数派民族フツ系の政府を倒し、実権を掌握。00年に暫定大統領に就き、03年の大統領選で選ばれた。資源は少ない国だが、IT化を推進するなど基盤整備を進めて投資を呼び込み、08年に国内総生産(GDP)の成長率11.2%を記録するなど、高い経済成長を維持してきた。



 
 
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2010.08.12 Web posted at: 09:29 JST Updated - CNN

ルワンダ大統領 カガメ氏が圧勝 民主化への課題も

(CNN) ルワンダ選挙管理委員会は11日、9日に実施された大統領選挙の開票作業が全地域で終了し、現職のカガメ氏が得票率93%で再選されたと発表した。投票率は95%超に達したという。

同国の大統領選は、80万人以上の死者を出した1994年の大虐殺以来、2回目。カガメ大統領の指導のもと、ルワンダは今やアフリカで最も急速に成長している国の1つとなっている。

今回の選挙結果は当初の予想通りだった。10日には開票速報を受けて首都キガリで盛大な祝賀会が催され、カガメ大統領が勝利宣言を行っていた。

選挙の実施に当たっては、人権団体などから暴動や弾圧を懸念する声も聞かれたが、選挙監視員は、投票は平穏に行われ、開票作業も透明かつ公正に実施されたと評価している。

ただ一方で、実質的な対立候補の不在や報道の自由の制限など、ルワンダの民主主義の抱える問題も指摘されている。

今回、出馬を目指した3人の候補者のうち、2人は拘束され、1人は欧州に逃れた。また実際に立候補した別の3候補は、いずれもカガメ大統領と同様の政治要綱を掲げ、選挙期間を通じて大統領を称賛し続けたという。



 
 
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ルワンダ大統領選:カガメ氏が再選 大虐殺後、再建に尽力−−選管発表、得票率93%

【ヨハネスブルク高尾具成】アフリカ中部ルワンダの選挙管理委員会は11日、80万〜100万人が犠牲となった94年の「ルワンダ大虐殺」後、2度目となる大統領選で、現職のポール・カガメ氏(52)が得票率93%で勝利したと明らかにした。任期は7年。カガメ氏は、大虐殺後の国内の和解推進や好調な経済発展を実現してきており、アフリカの「模範国」構築への国際社会の期待も大きい。

大統領選はカガメ氏の任期満了に伴い、9日に実施。4政党から4候補が立候補していたが、事実上、対立候補不在の選挙だった。カガメ氏は00年4月からの暫定大統領を経て、03年に大虐殺後の初の大統領選で9割を超す得票で大統領に正式就任。今回の当選で2期目となる。

カガメ氏は少数派ツチ系。内戦時、当時の反政府勢力「ルワンダ愛国戦線」を組織し、多数派フツ系の過激派民兵を中心にツチ系住民やフツ系穏健派が襲撃された94年の大虐殺後、フツ系主導の政府軍に勝利し、全土掌握した。

大虐殺を巡って、06年11月から国交断絶が続いたフランスと昨年11月、国交回復に合意。また「フランス不在」の間に英米独との関係構築を強化するなど巧みな外交手腕を見せ、国際支援を背景に経済成長を実現させた。資源に乏しい内陸国の生きる道として「IT(情報技術)立国」を掲げ、国家再建を進めている。

一方、選挙前にはカガメ政権に批判的な野党幹部や記者の襲撃・殺害事件が発覚。政権は関与を否定したが、欧米の人権団体などは「言論の自由が制限されており、民主主義を弱体化させるもの」と批判していた。また、ロイター通信によると11日、首都キガリのバス停に手投げ弾が投げ込まれ、少なくとも7人が負傷、容疑者3人が逮捕される事件があった。選挙との因果関係は不明だが、国内にはカガメ氏の長期政権への不満も存在しており、民主化の進ちょく度が今後、注目される。

毎日新聞 2010年8月12日 東京夕刊



 
 
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大虐殺乗り越え「アフリカのシンガポール」へ、ルワンダの首都キガリ

* 2010年08月25日 17:58 発信地:キガリ/ルワンダ

【8月25日 AFP】ルワンダの首都キガリ(Kigali)は、以前は居酒屋でさえ夜9時には閉まる「田舎町」だったが、高層ビルが立ち並ぶオフィス街や24時間営業のショッピングセンターを備えた「アフリカのシンガポール」へ生まれ変わろうとしている。

10年前は、喫茶店でコーヒーを頼めば、品質が悪い輸入物のインスタントコーヒーが缶ごと、粉末ミルクを添えられて出てきたものだが、今や国産の豆をひいて入れた本格的なエスプレッソ、マキアーノ、モカなどの中から選ぶことができる。ミルクももちろん、ミルクスチーマーで温めたものだ。

■50年間の都市計画

同国では現在、ルワンダ開発局(Rwanda Development Board)の音頭のもと、国を中所得国に押し上げるための「Vision 2020」プロジェクトが大々的に行われている。

ビルンガ国立公園(Virunga National Park)に生息する絶滅危惧(きぐ)種、マウンテンゴリラをめぐるエコツーリズムの普及活動については、既に効果が表れ始めている。また、ルワンダ産コーヒー豆も認知度が上がり、ブランドとして確立されつつある。

キガリのアイサ・キラボ(Aisa Kirabo Kacyira)市長は、「キガリはアフリカで最も成長著しい都市の1つ。成長を確かなものにするには周到に練られた計画が不可欠だ」と話す。

キガリの今後50年間の都市基本計画を練ったのは、米コロラド(Colorado)州に本社を置くOZ Architecture社だ。計画では、新たな国際空港のほか、ショピング街、オフィス街、テクノロジー会社や医療機器会社の企業団地を建設する。 

■国を一から作り直す

「彼らはルワンダを、アフリカで最も持続可能で、ハイテクで、ネットワークの整備された国にしようとしています。東南アジアのシンガポールのようにね。国全体を一から作り直そうとしています」と、同社の建築責任者は地元紙に語る。

コンベンションセンターの建設現場では、巨大な黄色いクレーンが何台もせわしなく動いている。センターは2000人以上を収容できる会議施設のほか、 300室の高級ホテルも併設される。会議を誘致して参加者を観光に誘導する「カンファレンス観光」は、ルワンダ開発局の推進事項の1つだ。

ルワンダは国土が狭いため、建物が無秩序に拡散するのを防ごうと、10階建て以上のビルの建設が奨励されている。

地元で建設関連会社を営むパトリック・セバチギタ(Patrick Sebatigita)さんもほくほく顔だ。彼は2年前に自宅の1室で、パソコン1台と小型トラック1台で事業を始めた。それが、ルワンダ経済の急成長とともに、事業がとんとん拍子に拡大していった。 

「このまま行けば、ルワンダ全体とは言いませんが、一部の地域はシンガポールに追いつきますよ」とセバチギタさん。

2004年以降、ルワンダの国内総生産(GDP)成長率は平均7.1%。世界銀行(World Bank)の調査「Doing Business Survey」で、ルワンダは「事業規制の改革が世界で最も速い国」に選ばれた。背景には、2009年の行政改革と商法などの改正により、起業、雇用、不動産登記、借り入れが容易になったという事実がある。

■環境にも配慮

キガリは、ビニールのレジ袋を禁止した都市としても有名だ。だからこそ、開発においては環境も配慮している。現在のギコンド(Gikondo)産業地区は、いずれ湿地帯に戻される予定だ。

キラボ市長は、住民がアフターファイブにスポーツなどのレクリエーションを楽しめるような、「魂と生の喜びにあふれた都市にしたい」とも語った。

16年前の1994年、3か月で推定80万人が殺害された大虐殺がルワンダで起きたことはまだ人々の記憶に新しい。当時のキガリは大虐殺のトラウマ(心的外傷)のただ中にあった。その痕跡は、虐殺記念館や銃弾を浴びて穴だらけになった国会議事堂の壁に見ることができる。この壁は、あえてそのままの姿で残されている。(c)AFP/Helen Vesperini



 
 
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ルワンダ現政府、大量虐殺の疑い 国連が報告書案

2010/8/30 11:22

【ナイロビ=共同】国連人権高等弁務官事務所(本部・ジュネーブ)は、1994年のルワンダ大虐殺の2年後、少数派ツチ人主体の同国軍が隣国ザイール(現コンゴ)で多数派フツ人難民ら数万人を殺害したのは「大量虐殺罪に当たり得る」とする報告書案をまとめた。AP通信などが29日までに伝えた。

約80万人が犠牲になった94年の大虐殺は、現在のカガメ大統領率いる当時のツチ人反政府勢力がフツ人政府軍を破り、収束した経緯がある。報告書案が公表されれば、ルワンダ政府の威信が大きく傷つく恐れがある。同政府は、公表された場合、国連平和維持活動(PKO)からの撤退などに踏み切ると警告する書簡を3日付で国連の潘基文事務総長に送った。

報告書案は、ザイールでのフツ人大量殺害には当時のザイール反政府勢力も関与したと指摘、司令官として現在のカビラ・コンゴ大統領の名前を明記した。

ルワンダ政府軍は96年、大虐殺に関与したフツ人過激派の掃討名目でザイール東部に侵攻。報告書案は、フツ人の女性や子供らが多数、なたなどでルワンダ政府軍らに殺害されたと指摘した。

ルワンダ、コンゴ両政府とも、報告書案は不十分な証拠に基づいており不当と反発している。

ルワンダは、スーダン西部ダルフール地方に展開する国連・アフリカ連合(AU)ダルフール合同活動(UNAMID)やハイチなどにPKO要員を派遣している。



 
 
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「英雄」カガメ大統領が逆虐殺に関与?

Leaked U.N. Report Implicates Rwandan Troops in Possible Genocide

国連のリーク文書で浮上したツチ人によるフツ人の虐殺疑惑

2010年09月02日(木)15時08分

ラビ・ソマイヤ

[2010年9月 8日号掲載]

8月9日のルワンダ大統領選では、現職のカガメが93%という得票率で再選された。カガメは、多数派のフツ人が少数派のツチ人を100万人近く殺害した94年のルワンダ大虐殺で傷ついた国に平和と発展をもたらした人物として高く評価されている。ツチ人出身のカガメの下、ルワンダは安全な国になり、アフリカ有数の汚職の少ない国と見なされている。その結果、国の再建に必要な何億謖もの国際援助も獲得している。

一方で、今回の大統領選ではジャーナリストや野党政治家の投獄、殺害などの事件も報じられた。さらに先週リークされた国連人権高等弁務官事務所(UNHCHR)の未発表報告書で、ルワンダ軍が90年代後半にジェノサイド(大量殺戮)を行った疑いが浮上した。

仏ルモンド紙が入手した報告書によれば、94年とは逆にツチ人部隊がフツ人部隊を追ってザイール(現コンゴ民主共和国)に侵攻した96年、ルワンダ兵らは何百人もの男女や子供を集めてくわやおので虐殺したり、フツ人難民を焼き殺したりしたという。

ルワンダ政府はこの疑惑を否定し、報告書が公表されればスーダンのダルフールでの平和維持活動から撤退すると脅しをかけているという。ルワンダの平和には、まだ不安定な要素がありそうだ。



 
 
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ルワンダ:政府軍の隣国侵攻で「虐殺の要素」--国連

【ヨハネスブルク高尾具成】国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は1日、コンゴ民主共和国(旧ザイール)の人権状況に関する報告書を公表し、隣国ルワンダのツチ人主体の現政府軍が96〜97年、ザイールに避難していたフツ人住民らを多数殺害したことについて「大量虐殺の罪に当たり得る要素がある」と結論付けた。

報告書は「大量虐殺」と断定するかについては「裁判所が決める」としているが、ルワンダ政府は「受け入れられない」との声明を出して猛反発している。スーダン・ダルフール紛争の国連平和維持活動(PKO)に派遣している部隊を撤退させる可能性も指摘されている。

ルワンダでは94年、当時のフツ人主体政権がルワンダ大虐殺を実行し、ツチ人ら80万〜100万人を殺害。大虐殺直後にツチ人主体の武装勢力が政権を奪取したため、報復を恐れたフツ人らが隣国ザイールに避難した。

報告書で問題とされたのは、ツチ人主体の新政府軍が96年にザイールに侵攻した際、フツ人避難民らを報復的な意味合いで多数殺害したとされる疑惑。今年8月に外部に流出した報告書案では、軍が「大量虐殺」を働いたと断定されていたため、ルワンダ側は報告書公表前から猛反発していた。

毎日新聞 2010年10月2日 東京夕刊



 
 
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ルワンダ:スーダンPKO部隊撤退を否定−−駐日大使

ルワンダのムニャカジジュル駐日大使は4日、東京都内の日本記者クラブで会見し、国連への反発からルワンダ政府が表明していたスーダン・ダルフール紛争の国連平和維持活動(PKO)からの撤退について「我が部隊はスーダンにとどまる」と述べ、方針転換したことを明らかにした。

問題の発端は今年8月に外部に流出した国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)の報告書案。ツチ人主体のルワンダ軍が96〜97年、隣国ザイール(現コンゴ民主共和国)に避難していたフツ人住民を大量虐殺したとの内容が盛り込まれていたため、反発したルワンダ政府はPKOからの撤退を表明した。

報告書は今月1日に正式公表され、ルワンダ軍の行為について「大量虐殺の罪に当たり得る要素がある」と結論づけた。大使は会見で「不正確なもので受け入れられない」と反発したが、ダルフールの安定や日本を含む各国の要請を考慮し、方針を転換したと説明した。【服部正法】

毎日新聞 2010年10月5日 東京朝刊



 
 
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ルワンダでブタにヒップホップ、生産増で貧困対策にも

(ロイター - 10月08日 11:46)

[NYIRANGARAMA(ルワンダ) 7日 ロイター] ルワンダ北部の農場で、ブタにヒップホップやレゲエ、R&Bなどを聞かせるという新たな試みが、生産増加などの効果を挙げている。

農場の責任者ジェラード・シナ氏は、「人間は音楽が好きだから、動物にも聞かせてみようと思った」と説明。「動物が気に入る音楽を選ばなければならない」と語った。 

同氏によると、このアイデアはベルギーで6年前に思い付いたもので、劇的な成果がみられている。音楽を聞かせて育てたブタは、音楽を聞かせなかったブタに比べ、2倍も子ブタを産んでおり、体重の増え方や肉質も良いという。

シナ氏は、富を分配するという伝統的な方法に従って、毎月約150匹もの子豚を地元の人たちに提供しており、地域の貧困撲滅にも尽力している。



 
 
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母子像にみるルワンダ虐殺の悲劇 NY写真家、日本で展覧会

2010/11/29 11:53

中央アフリカのルワンダで1994年に起きたジェノサイド(大虐殺)のさなか、性的暴力によって2万人の子供が生まれたとされる。その被害者の母子30組の写真と母親の証言を紹介した展覧会「ルワンダ ジェノサイドから生まれて」が、京都市の京都造形芸術大学内のギャラリーで開かれている。

撮影したのは、ニューヨークを拠点にする写真家のジョナサン・トーゴブニク氏。2006年から約3年間、米国とルワンダを行き来し、被害女性にインタビューした。

「きっかけはエイズ取材のためにルワンダで被害女性オデット(仮名)にインタビューしたこと」とトーゴブニク氏。当時16歳のオデットは、ほかの少女と2カ月にわたって部屋にとじ込められた。外で行われた虐殺の一部始終を語った彼女から「残虐行為が二度と起きないように、ルワンダで起きた事実を広く知ってもらいたい」との思いが伝わってきたという。

性的暴力を受けた女性への取材で、子供が生まれたことを知られて地域や親族から拒絶され、経済的に厳しく、病気にも苦しんでいる実態が判明。「ひどいと思うかもしれないが、私はこの子を愛していない」と話す、ある被害女性のように、子供との関係に悩む女性も多いという。

子供たちは現在16歳。「母親は葛藤を抱えつつも自立できるよう子供の教育を望んでいる」とトーゴブニク氏。写真展を企画した京都造形芸術大の竹内万里子准教授は「母子のポートレートとして美しいだけでなく、彼女たちの複雑な背景がにじむ独特な写真。世界の現実と向き合ってほしい」と話している。

同展は12月19日まで。来年1月19日〜2月1日に東京の銀座ニコンサロン、3月24日〜4月6日に大阪ニコンサロンに巡回する。



 
 
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赤十字の男:中立を闘った25年/9 92年 ルワンダ内戦

◇難民30万人、キャンプに密集

紛争に干ばつ・洪水が重なると、暴力よりも飢えが人をなぎ倒していく。その破壊力は、都市の紛争での無差別爆撃より甚大だ。

砂漠に点在するオアシス。そこに張り付いた村々は、元々が不安定な調和の上に共存している。生活物資が欠乏し、交換が途絶えると、生き残りを懸けた争奪が始まる。孤立した村では、何百人もが飢えて死ぬ。

ミシェル・ミニグ氏らは内戦の捕虜収容所や刑務所も訪問するが、スーダンでは登録や家族との音信といった段階にさえ進めない。餓死寸前の捕虜や囚人に、飛行機で食料と水を運ぶ切羽詰まった任務に追われる。

人と人の争いなら中立の闘いも挑めるが、飢えを救うのは自然が相手だ。日中は気温50度の暑さで動けない。水は屋根のタンクで熱湯に変わるため、早朝しか使えない。人災と天災の際限ない悪循環に、さしもの人道活動家たちも、徒労感にとらわれがちになる。

砂漠のキャンプでは夜、皆が食堂に会するのが唯一の息抜きだった。国籍の雑多な医師、看護師、パイロット、人道活動家らの小さな国際社交場だ。赤十字職員として戦地で働いたこともあるヘミングウェーの小説を思わせる場面だが、ミニグ氏は一笑に付した。

「そんなロマンチックじゃないね。映画やコンサートに行けるわけじゃなし、夜明け前には働き出すから、皆早く寝るしかない」

人道支援者の私生活は単調で禁欲的だ。

翌92年、ミニグ氏はケニア・ロキチョキオの南西800キロ、赤道直下のルワンダ・キガリへ移った。

多数派のフツ族系政府と少数派のツチ族系反政府組織の内戦(90〜94年)が、隣国ウガンダのツチ族系ナショナリストの挑発で拡大し、国境付近の貧民層が国内難民と化していた。人口密度がアフリカで一番高く、キャンプにひしめく難民の数は30万人。バナナの葉で作った小屋が何キロも続く光景に、ミニグ氏は目を疑った。

飲み水もトイレもない。衛生状態がひどく、乳幼児が虫けらのように死んでいく。赤十字国際委員会(ICRC)本部から土木技師を呼び、井戸を掘り、水飲み場と離れた所にトイレとシャワーを備え付け、医者を集め、最低限の生活基盤を作ることから始めなければならなかった。

しかし、そこは自然災害の被災地ではなく、戦闘ラインを間近に抱える戦地の延長にあることを忘れてはならない。難民の中には、加害者の顔を持つ被害者も少なくない。日常の隅々に暴力が芽を吹いていた。

【ジュネーブ伊藤智永】=つづく

毎日新聞 2010年12月15日 東京朝刊



 
 
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赤十字の男:中立を闘った25年/10 92年 ルワンダ内戦

◇暴力のマグマ、随所に潜伏

晴れ渡った丘陵の一本道で、ルワンダ軍のトラックと行き交った。すれ違いざま振り返ったら、ほろの中で何かが鈍く光っている。

動物の目だ。そう直感し、ミシェル・ミニグ氏が停車を命じて中を確かめると、暗闇の奥に黒人の男たち20人ほどがぶるぶる震えている。全員灰色の顔で目を異様に見開いていた。自分たちはこれから人知れず殺されに行くと察知し、絶望と恐怖で金縛りにあった目だ。

ミニグ氏の胸にはいつも赤十字標章が留まっている。何人かの表情が動いた。偶然赤十字と出合ったことで、殺されずに済むかもしれない、という希望が兆したようだ。

ミニグ氏は全員の名前を尋ね、一人ずつ番号を振って、漏れなく用紙に記入していった。トラックの運転手と兵士に「この書類を直ちに軍当局に提出する。その後すぐ、この囚人たちを刑務所に訪ねたい」と伝えた。

名前を聞いても現地語の問題で、正しく記録できたわけではない。半分はミニグ氏のとっさのはったりだが、「気をつけろよ。もう人数を勘定できるからな。一人でも殺したら、後で分かるぞ」という警告だった。赤十字の登録の威力だ。

後日、刑務所を訪ねた。ルワンダの刑務所はどこも囚人が多すぎて、家畜同然に詰め込まれていた。明かりが一筋も差さない。懐中電灯で漆黒の闇を探る。耐え難い臭気の一隅に、ミニグ氏はあの時と同じ目の光の群れを見つけた。全員生きていたが、おびえは去っていなかった。

「今もって不思議なのだが、暴力の性質はなぜか国ごとに違う。イラクは圧制、ニカラグアは混とん、レバノンは陰惨、スーダンはおびただしさ。ルワンダにあったのは、とてつもない野蛮さだ」

人道支援が届いていない難民キャンプは、そこかしこに凶暴なマグマが潜伏し、散発的に火を噴いた。銃などの武器は使わない。おのやナタ、弓矢、鉄棒といったおよそ原始的な道具を肩に担いだ男たちが、大した理由もなく人を襲う。

弱者が標的にするのは、老人や女、子供、病人といった自分より弱い者たちだ。「弱者保護なんて原則は、紛れもない文明の所産であって、人間が生来備えている倫理にはないと思い知る。ショックだった」

暴力はミニグ氏たちのすぐそばで、突然に平然と行われた。赤十字は尊敬されていたので襲われはしなかったが、目の前の暴虐を止めることができない。そこには中立もない。悪夢だった。【ジュネーブ伊藤智永】=つづく

毎日新聞 2010年12月16日 東京朝刊



 
 
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赤十字の男:中立を闘った25年/11 92年・ルワンダ内戦〜93年・ボスニア紛争

◇共存奪った民族差別「導入」

村に着いた時は、もう炎に包まれていた。小屋の中で一家族全員が、生きたまま焼き殺されている。鳥か獣にも似た絶叫が空へ突き刺さり、ミシェル・ミニグ氏は辺りを駆け回るが、どうすることもできない。数時間後、黒焦げの遺体を黙って見下ろすばかりだ。

「変な言い方だが、私が見たのは虐殺としては小さい方で、そういう事件があちこちにあった。後から考えると、それら全部が後の伏線だったんだ」

ミニグ氏は翌1993年、ルワンダを離れた。赤十字国際委員会(ICRC)から「ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争(92〜95年)へ回ってくれ」と打診されたのだ。「数万人の命にかかわる人道支援計画が始まったばかりだ」と断っても「ボスニアは独身者しか行けない状況なんだ」と引き抜かれた。約1年後、ルワンダ虐殺は起きた。

多数派フツ族の10万人近い民兵・市民が、少数派ツチ族や穏健派フツ族の排斥を叫んで襲撃。100日余りで、推計80万人の老若男女が惨殺された。犠牲者は人口の2割、ツチ族の7割に及ぶとされる。後の検証で、虐殺は自然発生的なものではなく、フツ族政府が組織的に計画し、新聞・ラジオで扇動したことが分かっている。

これは、民族紛争の行き着いた果てなのか。フツとツチは言語も宗教も文化も同じで、農耕民と牧畜民の違いでしかなかったのに、19世紀末にドイツ、第一次大戦後にベルギーが、植民地政策として「民族」差別を導入したとされる。「民族」の争いは、植民地主義の人工的産物だったというのである。

同じ不条理は、ミニグ氏が移ったボスニア紛争にもあった。セルビア人(正教徒)やクロアチア人(カトリック教徒)と争った「ムスリム人」とは、イスラム教徒の意味で、本来は民族ではない。宗教と民族の違いに寛容だった15〜19世紀のトルコ帝国時代、イスラム教徒となった南スラブ人たちが、第二次大戦中に建国され、ソ連崩壊と共に解体したユーゴスラビア連邦共和国で、制度上登録された「疑似民族」だ。町には、イスラム教寺院(モスク)とカトリック教会と正教会聖堂が共存していた。

「ルワンダやボスニアの現地を体験すると、歴史的な成り立ちからしてあいまいな民族間の争いが原因と割り切るのは釈然としない。大量虐殺は、もっと現代的な要素が複合的に絡んで起きる。集団の暴力は、火が付いたら一人走りして、あっという間に押し寄せ、どうすることもできない津波と似ている」(ミニグ氏)【ジュネーブ伊藤智永】=つづく

毎日新聞 2010年12月17日 東京朝刊



 
 
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集団殺害「裁判所が判断」=ルワンダの犯罪責任明記せず−国連報告

【ジュネーブ時事】国連人権高等弁務官事務所は1日、コンゴ民主共和国(旧ザイール)の人権状況に関する報告書を公表した。隣国ルワンダが関与したとされる1996〜97年の住民殺害について「集団殺害を示唆する事例があったかもしれない」としながらも、集団殺害罪かどうかは「裁判所が決める」と結論付け、犯罪責任の明確な判断を避けた。

8月に一部で報じられた報告書案は、事件を「集団殺害」と断定した内容だったとされる。しかし、ルワンダ政府はこれに強く反発し、スーダン西部ダルフール地方に派遣している国連平和維持活動(PKO)部隊の撤退を表明。潘基文事務総長が9月、ルワンダを直接訪問して説得に当たった経緯がある。(2010/10/02-06:46)



 
 
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マウンテンゴリラ:絶滅危機のルワンダで、双子誕生

絶滅が懸念されている野生のマウンテンゴリラの双子が誕生したと、英国に本部を置く環境NGO(非政府組織)「ゴリラ・オーガナイゼイション」が9日、明らかにした。ゴリラは、ほぼ4年おきに1頭産むとされ、双子は極めて珍しい。

アフリカ・ルワンダの火山国立公園で今月3日、生まれた。2頭ともオスで、前回、双子誕生が確認されたのは04年にさかのぼる。

マウンテンゴリラは中央アフリカの山岳地の熱帯雨林に生息する。しかし、森林は内戦や伐採のために失われ、現在の生息数は約800頭と推計される。環境NGOが保護に取り組んでいるが、絶滅の危機は脱していない。

担当者は「今年は国連が定めた国際森林年。明るいニュースをきっかけに、森林を守る大切さを再認識してほしい」と訴えている。【田中泰義】

毎日新聞 2011年2月10日 東京夕刊



 
 
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ルワンダ、人口抑制策に「メス使わない」パイプカット導入へ

2011年03月09日 13:37 発信地:キガリ/ルワンダ

【3月8日 AFP】ルワンダのジョン・ルタレマラ(John Rutaremara)さん(31)は、「メスを使わない」精管切除(パイプカット)手術がルワンダで始まり次第、申し込むつもりだ――ルタレマラさんには子どもが2人いて、これ以上は育てることができないのだという。

ルタレマラさんの行動は、サハラ以南アフリカでは珍しい部類に入る。というのも、サハラ以南アフリカでは、パイプカットは去勢と同等であり、精力を弱めるものだと誤解されているからだ。

しかし、ルタレマラさんは決断した。日当6ドル(約500円)の支払いはルワンダの水準では良い方だが、家計は苦しい。

「出費が多い。学費、食費、光熱費は(首都)キガリ(Kigali)ではとても高い」とルタレマラさんは語る。「子どもが増えれば、生活がとても困難になる」

ルタレマラさんの週労働時間はすでに80時間。毎朝、太陽が昇るずっと前に家を出て、日没のずっと後に帰宅する。

「子ども8人で毎日空腹な思いをさせるくらいなら、子ども2人の面倒をしっかりと見て十分に教育を受けさせる方を選ぶよ」

■安定と発展で人口急増

ルワンダの人口は過去50年で4倍に急増し、1000万人を超えた。爆発的な人口増加を食い止めるため、ルワンダ当局はメスを使わないパイプカット手術「NSV(Non Scalpel Vasectomy)」を導入するという大胆な方針を打ち出した。

ルワンダの国土は小さく、すでにアフリカ大陸で最も人口密度が高い。1994年の大虐殺以後の再建が進むなか、人口はますます増加すると政府はみている。

ポール・カガメ(Paul Kagame)大統領の政権下で、ルワンダは自らの切り開いた開発政策により、アフリカ大陸で最も活力ある経済国となった。

このままでは資源不足に陥るとの危機感のもと、ルワンダはNSVによる家族計画プログラムの拡充を始めた。パイプカットが選ばれたのは、女性の避妊手術よりも安価で、合併症も引き起こしにくいからだという。

同プログラムを率いるレオナルド・カガボ(Leonard Kagabo)氏は「手術は15分ほどで終わり痛みもない。局部麻酔をかけ、非常に小さな針を使うだけだ」と語る。

この手術法は1970年代に中国で開発され、およそ10年後に米国に紹介された後に世界に広がった。

■パイプカットに異論も

この計画が初めて紹介された際には、ルワンダ政府が男性70万人のパイプカットを3年以内に行うつもりだと報じられ、議論を巻き起こした。政府が「貧困層を去勢するつもりだ」と、野党も厳しく非難した。

しかし、保健省はそのような計画はないと説明する。「70万人にパイプカットをするという目標は存在しないし、これからもそういう目標を立てるつもりはない。そういった行為は倫理に反するとともに人権侵害にもあたる」と、保健省ナンバー2のアグネス・ビナグワホ(Agnes Binagwaho)氏は語る。

また、パイプカットが普及することでコンドームの使用率が下がり、その結果としてヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染者数が増加するとの懸念を示す専門家もいる。しかし、保健省高官は適切な教育により防ぐことができると反論する。

■劇的な構造変化が背景に

ルワンダでは大半の人が農業を営み、何世代にもわたって貧困の中で暮らしてきた。「国民の80%が自給自足の生活を送っている」と、保健省高官は指摘する。しかし、食料や土地の不足により、大家族を維持することが徐々に難しくなっている。「過去には、農家にとって子どもが多いということは富も多いということだった。しかし、それは劇的に変化したのだ」

「現在は、子どもが多いということは学費や医療費が多くかかるということだ。さらには子どもたちが多ければそれぞれが相続できる土地も少なくなる」と、同高官は語った。(c)AFP/Steve Terrill



 
 
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ルワンダが自然再生を国家優先課題に 途上国で初

2011.03.11 Fri posted at: 11:44 JST

(CNN) アフリカ中部のルワンダは、国家の優先課題として環境保護に取り組むと表明した。環境保護団体によると、途上国がこうした野心的な計画を打ち出すのは世界で初めてだという。

ルワンダは「千の丘の国」と呼ばれ、火山や熱帯雨林などの豊かな自然で知られる。しかし1990年代の内戦で熱帯雨林は破壊され、土地と食料を必要とする人口も急増している。

こうした中、政府が積極的な環境保護目標を打ち出し、カマンジ土地環境相は先の国連森林フォーラムで、「土壌、土地、水、森林資源が劣化している現状を、国内全土で2035年までに転換させる」と表明した。同フォーラムは2011年を国際森林年と定めている。

ルワンダはここ数年で高度な経済成長を遂げてきたが、人口の増大と天然資源利用の間で不均衡が生じていると専門家は指摘する。その一例として、チンパンジーなどの多様な生物が生息するギシュワティの熱帯雨林は1960年と比べて最大90%も縮小したという。

各国の政府機関や非営利組織(NGO)でつくる国際自然保護連合(IUCN)はルワンダの自然環境再生計画立案にかかわり、植林のほか水系の再生、土壌保全の改善、持続可能な農業生産などを計画に盛り込んだ。

こうした計画が他国にも広がれば「世界史上最大規模の再生プロジェクト始動につながる」とIUCNは期待を寄せる。世界で破壊されたり失われたりした地形のうち、IUCNの推計ではロシアの国土に匹敵する15億ヘクタールは再生の機会があるという。



 
 
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ルワンダ集団殺害の戦犯、コンゴ民主共和国で逮捕

2011.05.27 Fri posted at: 14:17 JST

(CNN) 国連ルワンダ国際刑事法廷(ICTR)は26日、1990年代のルワンダで集団殺害に関与したフツ族民兵組織の指導者の1人がコンゴ民主共和国で逮捕されたと発表した。

ベルナール・ムニャギシャリ被告は集団殺害および性的暴行を含む人道に対する罪でICTRに起訴・指名手配されていた。

94年の春、国際社会の目はボスニア・ヘルツェゴビナで起きたセルビア人による民族浄化に釘付けになっていた。だが時を同じくして、遠く離れたルワンダでは、国際社会の介入もなくフツ族民兵による残虐行為が始まろうとしていた。ムニャギシャリ被告はフツ族民兵組織のリーダーの1人だったと見られている。

インテラハムウェと呼ばれた民兵組織はツチ族とフツ族穏健派を標的に集団殺害を行い、数多くの命を奪った。虐殺と裁判なしの処刑により3カ月間に推定80万人もの人々が殺された。

ICTRによれば、ムニャギシャリ被告はコンゴ軍による捕獲作戦により身柄を拘束された。現在は同国のゴマで身柄を拘束されており、今後ICTRのあるタンザニアのアルーシャに移送される予定だ。

旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷やICTRは長年、費用ばかりかかって目的を果たすことは難しいと考えられてきた。

だが時間とともにそれぞれの地域の政治状況は変わり、戦犯が身を隠すことのできる場所は少なくなった。

ICTRでは起訴された41人のうち32人が逮捕され、現在も逃亡中なのは9人だ。旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷では160人以上が起訴されて60人以上が有罪判決を受け、現在も40人以上の裁判が続いている。



 
 
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ルワンダに届いた気仙沼からの贈り物

調査研究本部主任研究員 森 千春

東京大学公共政策大学院2年、大澤信利さん(23)は、東日本大震災が発生した3月11日、アフリカ中央部ルワンダの首都、キガリにいた。アフリカ支援の学生組織「MPJユース」の訪問団19人の一員として同国を訪問していたのだった。

1990年代前半に内戦の泥沼に沈み、94年には大虐殺まで起きたルワンダだが、国際社会の支援のもと、安定を取り戻し、経済成長の過程にある。

大澤さんは、自由行動時間にデパートへ行き、カフェに置かれたテレビが流していた米CNN放送で、母国を襲った惨事を知った。刻々と伝わるニュース。被災地の中に宮城県気仙沼の名前を見つけ、大澤さんの憂色は深まった。

大澤さんは、気仙沼中学校の生徒たちが、アフリカの子供たちに贈るために集めたノートと鉛筆を、キガリの南方40キロにある村の小学校に寄贈していた。

ノート40冊、鉛筆100本。ノートも鉛筆も、種類はまちまちだった。「だからこそ、生徒一人一人の思いが感じられた」−−今月、都内で行われたMPJユースによるルワンダ研修報告会で会った大澤さんは、そう語ってくれた。

MPJユースと気仙沼中学の縁には、若干の説明が必要だろう。

アフリカ支援に関する啓発活動を目的としたNPO法人「ミレニアム・プロミス・ジャパン(MPJ)」が設立されたのは2008年。続いて学生組織、MPJユースができた。09年に、鈴木りえこMPJ理事長とユース代表が気仙沼中学に赴き、アフリカの現状について講演した。それがきっかけで、中学生たちが、学園祭でノートと鉛筆を集めたという。

社団法人アフリカ協会の機関誌最新号に掲載された鈴木理事長の寄稿には、印象的な一節がある。震災後、「気仙沼の関係者」が、09年の中学での講演を振り返って、次のように語ったという。「当時中学生だった彼らは、アフリカの厳しい現状について話を聞き、大震災という試練を乗り越えるための心理的土壌ができたのではないか」。

アフリカは長年、日本にとって支援する対象だった。東日本大震災が起きると、ルワンダを含むアフリカ諸国から、続々と見舞いや支援の申し出が寄せられた。むろん、日本がいかに経済的停滞に悩んでいるといえども、アフリカ諸国よりはるかに豊かであることには変わりがない。

だが、アフリカ諸国から送られた励ましに感謝するだけにとどまらず、これを契機に、日本人がアフリカに、今一度関心を寄せることには格別の意義があるのではないか。震災後の復興に取り組む、今日の日本人が必要とする教訓を、アフリカ諸国とその国民たちが経てきた苦難の体験から汲み取ることができるのではないかと思うのである。

その教訓の根底にあるのは、おそらく、人間は生命を脅かす様々なリスクとともに生きているという、時に苛酷だが動かしがたい事実だろう。

(2011年7月15日 読売新聞)



 
 
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ルワンダ公共交通公社、経営再建に着手

2011年7月24日 12:00 

負債額は2億6500万円

ルワンダのバス公社ONATRACOMが、赤字経営の改善に着手した。同公社は1978年に同国で唯一の公共交通機関として設立。しかし民間企業の事業拡大に押され、20億ルワンダフラン(約2億6500万円)の負債を抱える状況となっている。

新たなサービスも検討

現在ONATRACOMでは、3カ月という期間を設け、具体的な再建プランの策定が行われているという。赤字解消策に加え、民間企業が提供していない農村部での運行サービス開始などが検討されている。

また、ルワンダ政府当局も、大手国際会計事務所アーンスト・アンド・ヤング(E&Y)に同社の監査を依頼したという。

ONATRACOMは2006年、日本の無償資金協力によりバスを調達しており、いすゞ製の車体には、日本とルワンダの国旗を並べたステッカーが貼られている。

http://www.africa-news.jp/news_iOiSBK6rT.html?ranking



 
 
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絶滅危惧種の幼いゴリラ、密輸業者から救出 ルワンダ

2011.08.10 Wed posted at: 11:07 JST

(CNN) 環境保護団体の世界自然保護基金(WWF)は9日、アフリカ中部のコンゴ(旧ザイール)から隣国ルワンダに密輸されそうになった幼いマウンテンゴリラが、ルワンダの当局に救出されたと発表した。

救出されたのは生後1年のメスのゴリラで、密猟集団が6日にルワンダに持ち込もうとしたという。アフリカのキニヤルワンダ語で幸運を意味する「Ihirwe」と命名され、現在はルワンダ国内の保護施設で手当てを受けている。警戒はしているが、食欲もあり、回復が見込めるという。30日間の検疫期間を経てコンゴのビルンガ国立公園に戻され、現地の保護センターで仲間のゴリラの孤児とともに育てられる予定。

密輸しようとしたルワンダ人とコンゴ人の男はルワンダで拘束された。WWFなどでつくる国際保護団体は、ゴリラの密輸ネットワークが存在する可能性もあるとみて、ルワンダおよびコンゴの当局と連携して調べている。

マウンテンゴリラは絶滅危惧種に指定され、コンゴとルワンダ、ウガンダの山間部に生息する野生の個体は800頭を切っている。



 
 
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ルワンダ生まれ、福島と生きる

内戦と原発事故、“難民”だから分かり合える

藍原 寛子  【プロフィール】 バックナンバー2011年8月17日(水)

ディアスポラ(diaspora)−−。戻れる地域がなくなり、安全な土地を求めて転々とする「離散定住集団」のことである。

原発事故が収束するメドが立たず、放射能の影響も分からない中で、住民が安全や安心を求めて転々と移る「ディアスポラ的状態」になる可能性を懸念する声が、被災地域の人々や行政担当者から聞こえてくる。その上、原発周辺の市町村役場自体も、本来の地域から離れて臨時支所を開設、このまま住民が分散し続ければ、自治体が解散したり合併する可能性もある。

県によると、4万6000人を超す人々が福島県を離れて暮らしているという。ただし、行政に届け出ていない人の自主避難者や一時疎開・避難者もカウントされれば、実態として行き場を模索している“潜在的難民”や“ディアスポラ”の数は相当膨れ上がるはずだ。

国は、各地での除染活動で放射線量が低減されれば、原発から20km圏外の緊急時避難準備区域を解除して、住民が戻れるようにするとの方針を示している。しかし、目に見えない、しかも何十年後かに出る可能性がある放射性物質の影響は読み切れず、既に避難先で新しい生活を始めた住民もいる。国や自治体でゴーサインが出されてもすぐに住民が戻るのかは不透明だ。

福島市に住んで約17年

長期化する避難生活の中で、いまだ7万人以上の県内避難者は、何を将来のよりどころにしていったらいいのか。先が見えない絶望感や虚無感をどうしたらいいのか。そう考えた時、1人の女性のことが頭に浮かんだ。民族紛争による内戦が繰り返されたルワンダで、虐殺(ジェノサイド)を逃れて難民となったカンベンガ・マリールイズさん。その後福島市民らの支援で来日し、福島市に住んで約17年になる。

「ルワンダは内戦、フクシマは震災と原発事故と、原因は違っても、突然に起きた出来事で家や家族などすべてをなくし、自分が住み慣れたところを離れて生活するのは同じ。それまでの生活が一気に終わった。だからよく分かる」。

震災直後、ルワンダ大使館からマリールイズさんに「福島を出るように」との連絡があった。高校生の末娘は九州に避難させたが、自身は福島にとどまり、近所の人と助け合って過ごした。

その間、スカイプやメール、電話などで、英国の公共放送局BBCやルワンダのラジオ局などメディアの取材を受け、ルワンダ語から英語、フランス語、スワヒリ語で、福島の様子を次々と海外にレポートし続けた。「『福島で水が出るようになった』とか、『店も開き始めた』とか、『放射能の関係で、マスクをして外に出るようにして、無駄な外出はしないようにと日本の政府から指示が出ている』ことなどを伝えた」という。

がれきじゃなくて、私と共に過ごした家の壁

マリールイズさんは青年海外協力隊の現地協力員として日本を訪れ、福島文化学園で洋裁の研修を受けた後、1994年2月にルワンダに帰国。ところがその後、内戦が激化し、家族ともども難民となった。隣国コンゴの難民キャンプで過ごす中、海外の医療活動など人道支援をしているAMDA(アムダ、本部・岡山県)の日本人医師と遭遇した。

通訳をしながら、危機的状況を福島の友人に訴えたところ、友人たちが支援活動を展開してくれた。そして、市内の桜の聖母短大への聴講生としての受け入れがかない、無事来日を果たした。

当時私は、地元の新聞社に勤めており、マリールイズさんを救い出そうという活動の様子を同僚の記者と取材した。福島の人たちが結束して熱心に支援したのを今でも覚えている。

福島で生活するようになったマリールイズさんと、支援する友人はその後、「ルワンダの教育を考える会」を立ち上げ、ルワンダに「ウムチョムイーザ学園」を設立。現地の子どもたちの教育支援を行っている。

震災後は、南相馬市など避難所でのボランティア活動も行っている。避難者にルワンダコーヒーを提供したり、避難者の話を聞く傾聴や対話活動をしたりといった具合だ。

「全部流されたけれど、この服だけは私を見捨てなかった」。そう言って泥から引き上げてきた服を抱きしめた女性。

「がれきと言ってほしくない。がれきじゃなくて、私と共に過ごした家の壁だから」と、しんみりと語る人々。

マリールイズさんも、自分の結婚式の写真が奇跡的に1枚だけ見つかって、今でも大切に飾っていることなどを話していく。

マリールイズさんの友人がフルート演奏をする中、ルワンダコーヒーで心も解けていくのか、南相馬市の避難所の人々は、肌の色も文化も違うマリールイズさんに自らの体験を吐露する。

がれきの下に、まだ見つかっていない親戚がいるかもしれないという思い。「がれきじゃないよ」。そしてまたコーヒーを一口、「すべてなくなったけれど、生きているから再スタートが切れるね」。

また夜に来てください、夜に話がしたい

マリールイズさんの難民生活は突然やってきた。家を離れ、当時2歳、4歳、6歳の子ども3人を連れて安全な土地を求めて逃げて、気が付いたら隣国コンゴに入っていた。難民キャンプで見知らぬ人と隣り合わせの慣れない生活、赤痢などの病気との戦い…。避難しても安心できる生活が送れなかったという。兄は行方不明。心の中ではもう亡くなったのだろうと思うが、兄への想いは残したままだ。

「逃げるために家を出た時、2日もすれば家に戻れると思った。それが、逃げているうちに国境を越えて隣国まで行っていた。日本では避難所にすぐ水や食べ物が届けられたが、アフリカの難民キャンプは全く違った。海外の非営利団体(NPO)など海外支援が入って、落ち着いて生活ができるようになるまでは、自力で生きていかないといけなかった」。そんな話をしながら、フクシマの避難者と、体験や想いを分かち合っている。

南相馬市で避難生活を送る女性がマリールイズさんに言った。

「できたら、また夜に来てください。夜に話がしたい」

「私は分かるんです、なぜ夜なのか。夜は津波の夢を見るから。眠れないから。でも『夜にこんな会話ができたら眠れる』と。その気持ちが痛いほど分かる。難民キャンプで『夜がこないように』と祈った自分がいたから。いつでも襲われる不安があって、本当に夜が怖くて。朝がきたら夜まで生きられるか不安だった」

この子は将来、人を助ける人間になる

同じ思いを持つマリールイズさんへの安心感か、最近はお母さんたちから、子どもへの放射能の影響や自主避難などについて相談を受けることが増えているという。「放射能の影響はすぐに出るのではなく、何年か経って出てくるが、このまま福島に居ていいのかという不安がある」という。

福島の人の「忍耐強さ」は美徳でもあるが、支援してほしい時にはSOSを出すべきだともアドバイスする。

「大変さを味わっているのは1人じゃない、苦んでいるのは1人じゃないから、私はあえて『大変だ』と口にした。そして助けてくれる人には『助けてください。ともかく、子どもたちを安全なところに連れて行って』と声を高く上げた。助けてということは恥ではない。仲間は助け合うためにいるから、喜んで助けられる人になれたら、こんなに幸せなことはない」

「未来のある子どもは、何の条件も付けずに、どうしても守らなければならない。それは子どもの権利であり、大人の義務だと思う。私は幸いにも日本で子育てができた。子どもたちの安全があれば何にもいらない。子供たちの明るい将来、希望のある未来を作るには、私の子どもたちだけではできないから、子どもたちみんなが幸せに暮らす環境を作っていきたい」。

そして、こう続けた。

「この子は将来、人を助ける人間になる。子どもの今を見るのではなく、将来を見てほしい。あなたを安全なところに連れて行くためにここに来たと説明したら、理解できない子どもは絶対にいない。いろんなお母さんの声を聞くたびに、私は『何も考えないで』と言っている。福島のお母さんも気が休まっていない。『あちこちに甘えていいから。受け入れが2年しかないといっても2年あれば変わってくる』と」。

生きる希望を取り戻してくれたのが福島

マリールイズさんは、日本政府の対応についてはどう見ているのだろう。

「突然起きたことで、誰も対応の仕方を知らなかったと思う。政府が一生懸命やっているのは評価したい。ルワンダの内戦も突然起きて、国際社会の力を借りて修復していった。日本も同じ。日本では、原発を作ってビジネスのため、モノ作りのために、確実なものとしてエネルギーを使うと思っていた。思っていたけれども、原発は全く違うものになっていて、今や、住民生活を脅かすものとなっている」

「安全なものに修復する技術が開発されているかもしれないが、子どもの成長はその間も止まってはいない。どんな政策にしても、子どもたちの安全を第一に考えてほしい。まずは子どもを避難させて、安全を確保した上で、原発の修復に全力を傾けるということができないだろうか」。

このように、まず子どもを避難させるなど、安全確保を最優先にした原発事故の早期収束を訴える。

答えにくそうなことも、聞いてみた。

「せっかく難民キャンプから逃れて日本に来たのに、福島でまたこんなことがあって、住む場所が福島でなければよかったという思いはないか。別のところだったら良かったと思わないか」と。

即座に言葉が返ってきた。「それはない。福島が私に夢をくださった。生きる希望を取り戻してくれたのが福島だから」。

「震災直後、私たちは近所の人たちと、水や持っているものを分かち合って過ごした。福島で良かったと一生思っていくでしょう」。福島の人と共に震災を生き延びた体験が、マリールイズさんのこれからの活力にもなるのだという。

そして「私の考え」と前置きし、「これからの未来は間違いなく修復すると信じている。新しいものができる時、革命でも改革でも、そこには必ず犠牲者がいた。私たちが体験したことをステップにして、抱えるべきではないものの存在に気付いたのではないか。原発を良いものだとしか考えていなかった人たちが、危険なものとして見てくれるようになったら幸い。住民が放射能におびえて暮らしているということも分かってほしい。将来、人々を脅かすものを作ってはならない、たとえ良いものであっても、手を付けるべきではないということも」。

もうすっかり「フクシマの人」

時折考える。「ルワンダの内戦も体験して危機的な状況から逃げられたのに、また福島でこういうことになるとは、私の人生はいったいどうなっているのか」と。しかし「命をいただいたことが、新たな希望になる。震災後、福島、岩手、宮城で生き残った私たちが世界に何を伝えるべきなのか。ルワンダの人たちにも、教育や平和の大切さを訴えている。私が変えられるのは、大河の中のたったの1滴分かもしれない。でも1滴は1滴でゼロではない。その1滴が別の1滴を生むと信じている。私自身は1人ではなくて、助け合うために仲間がいることも」。

17年前にジェノサイドの真っ只中から、家族を連れて命からがら福島に避難し、生き延びてきたマリールイズさん。全国での講演活動、ボランティア活動を通じながら、苦難の後の未来や希望について、多くの人々と体験を分かち合っている。マリールイズさんの流暢な日本語は、福島弁も少し混じって何の違和感もない。

「この子は将来、人を助ける人になる。子どもはその国の未来につながる」。マリールイズさんは将来を憂いながらも、日本や福島の子どもや未来に期待している。インタビューの最初から最後までマリールイズさんは、もうすっかり「フクシマの人」だった。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20110809/222018/



 
 
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養護施設、密猟の子ゴリラ保護

National Geographic News

August 22, 2011

ルワンダで密猟者の手から救出された赤ちゃんゴリラ。「獣医によるマウンテンゴリラ・プロジェクト」がルワンダのキニギで運営するゴリラ保護施設での検査期間が終わると、ヴィルンガ国立公園の一部でコンゴ国立公園管理局が管理するセンクウェクウェ養護センターに移される。

「センターでは現在、ほかにも親を失ったゴリラ4頭を保護し、施設での生活を経て再び野生生活へ戻す準備をしている。しかし、無事に復帰できるかどうかは全く予測がつかない」と、世界自然保護基金(WWF)のマシュー・ルイス氏は説明する。

このゴリラを捕獲した密猟者たちの身柄は今でも拘束されており、今回の密猟がより大きな計画の一部であったかどうか、捜査が続けられている。ヴィルンガ国立公園の管理責任者エマヌエル・ド・メロド氏は、ヴィルンガ国立公園の公式ブログに以下のように記している。

「このマウンテンゴリラの子どもが保護され、密猟の容疑者が逮捕されたことは、ルワンダ当局による大きな成果だ」と、ド・メロド氏は声明の中で評価している。

「しかしながら、このような容認しがたい事態が起きたことは、われわれにとって大きな懸念であり、当国立公園のレンジャーが直面する大きな困難を反映するものでもある。今年だけで既に、11名のレンジャーが保護活動中に命を落としている」。

「罠の撤去、密猟取り締まりの強化、地域社会との緊密な協力により、ゴリラの保護措置を強化する取り組みを継続中だ」とド・メロド氏は述べている。

Photograph courtesy MGVP, Inc.

http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=2011082205



 
 
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ルワンダ国境、密猟の子ゴリラ保護

National Geographic News

August 22, 2011

ヴィルンガ国立公園当局によると、ルワンダで2011年8月7日、幼いマウンテンゴリラが密猟者の手から救出された。

このゴリラは8カ月のメスで、コンゴ民主共和国(旧ザイール)のブキマ周辺で密猟者に捕獲されたとみられている。密猟者はゴリラをルワンダに密輸しようとしたところを同国の警察に身柄を拘束された。

国際的なペットの闇取引に供される目的で捕えられたとみられる。保護された後、ルワンダで使われているキニアルワンダ語で幸運を意味する「イヒルウェ」(Ihirwe)と名付けられた。国立公園の職員によると、密猟の経緯や、捕獲に際して家族が殺されたかどうかはわかっていない。

コンゴ人とルワンダ人からなる密猟団は、捕獲後6日間このゴリラを飼育し、バナナやサトウキビなどを与えていたが、ルワンダの街ギセニの警察当局に違法にゴリラを所有していた容疑で身柄を拘束された。

同警察から連絡を受け、「獣医によるマウンテンゴリラ・プロジェクト」は拘留場所へ獣医を派遣した。

ゴリラを診察した獣医のジャン・レイマー氏は声明の中で、「われわれが足を踏み入れると、密猟者の1人が子ゴリラのすぐ脇でくしゃみをした。ゴリラはベッドで身体を固く丸めて眠っていた」と述べている。また、ゴリラは30日間、検査のために隔離されるという。

ゴリラが無事に保護され、幸運な結末を迎えたように見える今回の一件だが、これはマウンテンゴリラの未来をさらに脅かす「非常に不吉な兆し」かもしれないと指摘するのは、世界自然保護基金(WWF)でアフリカの種の保護に関するシニア・プログラムオフィサーを務めるマシュー・ルイス氏だ。非営利団体のWWFは、国際ゴリラ保護プログラム(IGCP)の一翼を担っている。

マウンテンゴリラは国際自然保護連合(IUCN)により絶滅危惧IA類(絶滅寸前)に指定されており、WWFによれば、コンゴ民主共和国、ルワンダ、ウガンダの山岳地帯で生息が確認されているのはわずか786個体にすぎないという。

それでも、密猟取り締まりの強化や生息環境の保護により、ゴリラの個体数は着実に増加に転じている。「今は自己満足に浸ったり、大きな成功だったと喜んでいる時ではない。今後も警戒を続ける必要がある」とルイス氏は語った。

Photograph courtesy MGVP, Inc.

http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=2011082204



 
 
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救出されたマウンテンゴリラの赤ちゃん、元気に成長中 ルワンダ

2011年08月23日 17:45 発信地:ムサンゼ/ルワンダ

【8月23日 AFP】ルワンダで今月初め、絶滅が危惧されるマウンテンゴリラの赤ちゃんが密猟者に捕獲され衰弱していたところを救出された。今では保護団体のもとで順調に育っている。

このメスの赤ちゃんはルワンダの公用語の1つ、キニヤルワンダ語で「幸運」を意味する「イヒルウェ(Ihirwe)」と名づけられた。生後10か月程度とみられる。

イヒルウェは7日、コンゴ民主共和国(旧ザイール)との国境近くの村ルバブ(Rubavu)で警察が密猟者から救出した。ゴリラの子どもを取引する国際密輸市場で売られるところだったとみられる。

イヒルウェを保護しているマウンテンゴリラ保護団体「Mountain Gorilla Veterinary Project、MGVP」の獣医ジャン・レイマー(Jan Ramer)氏によると、救出された時のイヒルウェはおびえていて、人間から感染したとみられる呼吸器感染症にかかっていた。

呼吸器感染症はマウンテンゴリラの死因の第1位となっているが、ムサンゼ(Musanze)郊外にあるMGVPの検疫センターに収容されたイヒルウェは順調に回復しているという。イヒルウェは世話をしてくれる職員を両親と思いこんでいるようだ。

現在、全世界で生存が確認されているマウンテンゴリラの数は約790頭に過ぎず、その多くはルワンダ、コンゴ民主共和国、ウガンダの国境付近に広がるビルンガ(Virunga)山地に集中している。このほか、ウガンダのブウィンディ原生国立公園(Bwindi Impenetrable Forest National Park)もビルンガに次ぐマウンテンゴリラの生息地となっている。(c)AFP



 
 
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コントゥアグローバルがルワンダの発電所建設、4社と融資契約

【ニューヨーク、ロンドン、ハーグ、チュニス(チュニジア)26日PRN=共同JBN】米コントゥアグローバル社(ContourGlobal)は26日、ルワンダのキブエにあるキブ湖にメタンガス採取と生産のための総合施設を建設し、25メガワットの発電所を併設する「キブワット(KivuWatt)プロジェクト」の第1段階のため、新興アフリカ諸国インフラストラクチャー基金(Emerging Africa Infrastructure Fund、EAIF)、オランダ開発金融会社(FMO)、アフリカ開発銀行(afDB)、ベルギーの発展途上国向け投資企業NV/SA(BIO)の4社と9125万ドルの融資契約に署名したと発表した。この総合プロジェクトによって、キブ湖の湖水に閉じ込められそのままでは健康を害するメタンガスを取り除き、そのガスを使ってルワンダの国営電力会社、エネルギー・水・衛生機構(EWSA)が必要とする電気を発電するための燃料とする予定。同国では国民の大多数はまだ電気の恩恵に浴していない。

この署名は26日キブワット・プロジェクトの現地で行われ、同時にプラント用に採取したガスの収容施設を載せる750トン・バージの完成を祝った。この催しには、コントゥアグローバル、融資金融機関とフィンランドのバルチラ(Wartsila)社を含むプロジェクト関連請負企業の代表が参加した。バルチラ社は発電機の製造と発電所を建設する予定。また催しにはルワンダ側からカロンギ市長のカユンバ・バーナード氏、西部州のセレスティン・カバヒジ知事、エネルギー・水担当相のコレサ・ルハミャ氏が参加した。さらに参加した外交団にはキガリの米臨時代理大使アン・キャスパー氏、オランダ大使のフランス・マッケン氏が含まれている。

キブワット・プロジェクトは、キブ湖の深層水から溶けだした表層メタンから成る原産燃料を開発することで、電力コストを大きく引き下げ、ルワンダの高度成長経済を促すことになる。またキブワット・プロジェクトは初めてのメタンガスの大規模利用であり、メタンガスの採取により環境に優しく持続可能な電力源を供給することに加え、ガスが湖周辺に自然流出するのに伴う環境被害が大きく緩和される。

25メガワットはキブワット・プロジェクトの第1段階で、26日の融資契約書名に見られるように国際的な開発支援コミュニティーから強力な援助を受けており、また2011年5月には世界銀行グループの多数国間投資保証機関(MIGA)が投資保証を行っている。第1段階は完成までに総額約1億4200万ドルが必要で、世界銀行基準に従った広範囲の環境調査、許認可を必要とし、最終的な100メガワットに達するまでにさらに3段階が続くことになる。

コントゥアグローバルのジョセフ・C・ブラント社長兼最高経営責任者(CEO)は「キブワット・プロジェクトへのコントゥアグローバルの取り組みに対して本日に重要な節目を迎えたことによって、完成までの道のりがはっきりした。融資パートナーであるEAIF、FMO、AfDBのリーダーシップと創造性に大いに感謝しており、ルワンダ政府がルワンダのエネルギー安全保障に重要な貢献を強化してくれたのを誇りに思う」と語った。

AfDBのルワンダ代表であるネガツ・マッコネン氏は、アフリカ開発銀行がこの融資に参加できたのを誇りにしていると語るとともに、「キブワット・プロジェクトによって、ルワンダの地方、企業を問わず電力事情が改善され十分な電力が供給されることになるだろう」と指摘した。

EAIFのトニー・リー会長は「キブワット・プロジェクトは発電の歴史でも最も革新的なもののひとつである。EAIFは、ルワンダとルワンダ国民の利益になるキブ湖での再生可能ガス資源の採取を可能にする共同融資の一員に参加できたのを喜んでいる」と述べた。

FMOのエネルギー&ハウジング責任者であるフーブ・コーネリッセン氏は「FMOとして、このプロジェクトによって、現地の再生可能ガス資源を使用することでルワンダの発電能力がさらに増え、ルワンダ経済・社会開発が促進されると固く信じている。FMOは共同融資グループの一員としてこの革新的プロジェクトに参加できたのを喜んでおり、開発途上市場の民間セクターをサポートするというFMOの使命にもぴったり合っている」と語った。

▽コントゥアグローバル社(ContourGlobal)について
 コントゥアグローバル社はニューヨークに本社があり、世界20カ国で3250メガワットを発電もしくは建設中の国際的電力企業である。この非上場企業は2005年後半にジョセフ・ブラント最高経営責任者(CEO)とニューヨークに本社のある50億ドルの投資ファンド、リザボア・キャピタル・グループが設立した。コントゥアグローバルは4大陸で1500人以上を雇用しており、天然ガス、水力、風力、太陽光、バイオマス、石炭、石油による発電施設を開発、運営している。同社は高成長ながら公共施設が整備されていない市場や先進国での革新的ニッチ分野に注力している。2011年のグループ全体の売上高は約9億ドル。
詳しい情報はhttp://www.contourglobal.comを参照。

▽アフリカ開発銀行(AfDB)について
 AfDBは多国間開発銀行で、株主は53のアフリカ諸国(地域メンバー国:RMC)と24のアフリカ以外の国(非地域メンバー:non-RMC)で構成されている。AfDBグループの主目的は個別もしくは統合した地域メンバー国の持続可能な経済発展と社会の進歩に寄与することにある。この目的達成のため、広範な開発計画とプログラムに以下の分野で融資を行う。(1)(政策に基づく融資を含む)公共部門への融資、民間セクターへの融資、融資保証とエクイティー投資(2)施設支援計画、プロジェクトへの技術的援助(3)緊急援助補助金。アフリカ開発銀行グループが2010年に認可した金額は65億ドルに達している。AfDBは民間セクターへの窓口を通じて、通常の対政府借款を補完するため、可能性のある計画への金融、技術的支援を含む民間セクターへの多様な金融商品を提供している。2011年4月末現在、民間セクターへの融資総額は77億ドル。特にエネルギーを主とするインフラは、民間セクター部門での融資で高い優先順位を持つ。

▽新興アフリカ諸国インフラストラクチャー基金(EAIF)について
 新興アフリカ諸国インフラストラクチャー基金(EAIF)は2002年に創設され、現在の貸出総額6億ドルの基金である。EAIFは、サブサハラのアフリカ諸国47カ国での民間インフラ建設と開発への融資として官民協力してドル、ユーロ建て長期融資や商業的条件でのメザニン型融資を提供している。融資する部門には、電気通信、運輸、水、電力が含まれる。EAIFは商業的条件で融資を行っているが、目的とするところは経済成長促進、貧困の低減、大衆層の福利、株式発行・参画、社会的、経済的、文化的権利の促進を行うプロジェクトをサポートすることにある。
 EAIFはスタンダード銀行の一部門であるフロンティア・マーケッツ・マネジャーズが管理している。
 EAIFの詳細はhttp://www.emergingafricafund.comを参照。

▽FMOについて
 FMO(オランダ開発金融会社)はオランダの開発銀行である。FMOは意欲的な起業家に投資することによって、開発途上と新興市場での持続可能な民間セクターの成長を支援している。FMOは強力な民間セクターが経済と社会発展を牽引すると考えており、人々が自らの技能を発揮し、生活の質を改善すると考えている。FMOは発展上の影響が大きい金融機関、エネルギー、ハウジング、農業関連産業の4つのセクターに注力している。FMOの投資ポートフォリオは50億ドルで、最大の相互的民間セクター開発銀行のひとつである。
 詳細はhttp://www.fmo.nlを参照。

[ 2011/08/26 金曜日 23:32 エネルギー・発電・蓄電 ]



 
 
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ルワンダエア ボーイング737-800導入 スカイインテリア採用の美しく快適な客室

2011年9月3日 10:00 

アフリカ初、スカイインテリア採用機

ボーイングがルワンダエアに「ボーイングB737-800型」を納入したことを、Fly Team(※)が8月26日、報じた。ボーイングB737-800型は「スカイインテリア」を採用した機体で、アフリカの航空会社でスカイインテリア採用機を保有・運行するのは、ルワンダエアが初となる。

また、Fly Teamによると、同機納入に合わせ、約1500冊の科学・教育系の書籍が、ルワンダの大学や公共図書館に寄贈されるという。

開放感ある客室、美しい照明

スカイインテリアはボーイングの最新の内装で、
・空をイメージさせる、LEDライトによるソフトなスカイブルーの照明(LEDのため寿命も長い)
・独自の大型収納棚を設置、手荷物の収納力が大幅アップ。しかも、通路側席の上方に広いスペースを確保、開放感のある客室を実現
・新型スピーカーを座席各列に配置、音響のクオリティがアップ

など、文字通り“快適な空の旅”が楽しめそうな素晴らしい内装になっている(下部にスカイインテリア紹介ビデオあり。美しい客室をご覧あれ)。

このスカイインテリアをぜひ味わってみたいという向きに朗報。日本では、スカイマークが今年5月に、同じ737-800型を導入している。また、日本のメーカーがその製造の約35%を担当した最新鋭機「ボーイング787」の記念すべき第一号機をANAが導入、11月から国内線で就航するが、ボーイング787にもスカイインテリアが採用されているようだ。

※Fly Team:航空ファン・飛行機利用者のためのコミュニティサイト。クロゴ株式会社運営。

http://www.africa-news.jp/news_kDS6v0663.html



 
 
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Bharti Airtel gets Rwanda’s 2G, 3G mobile license

http://www.itnewsafrica.com/2011/09/bharti-airtel-gets-rwanda%E2%80%99s-2g-3g-mobile-license/?utm_source=feedburner&utm_medium=email&utm_campaign=Feed%3A+itnewsafrica+%28ITNewsAfrica.com%29

Bharti Airtel, India’s global telecommunications company with operations in 19 countries across Asia and Africa said on 8 September 2011 that it has been awarded a license by the Rwanda Utilities Regulatory Agency (RURA) to operate 2G and 3G GSM mobile services in Rwanda.

With this license, the Company’s footprint across the African continent will expand to 17 countries. Rwanda is amongst the fastest growing telecom markets in Africa. According to the National Statistics Institute of Rwanda, the mobile penetration in the country was 38.4%, as of July 2011.

Bharti Airtel plans to invest over US $100 million in its operations in Rwanda over the next three years. The Company’s operations will also generate direct and indirect employment opportunities in the country.

“We are entering an exciting era in telecommunications in Rwanda, which entails bringing advanced broadband wireless services at more competitive prices and allowing more people in rural areas to access mobile technology,” said Ignace Gatare, Minister in the President’s Office in Charge of ICT.

“We welcome Bharti Airtel to Rwanda and are confident that their experience in operating in emerging markets will add immense value to our telecommunications sector. This also marks the largest investment out of India into Rwanda and will be invaluable in enhancing the economic cooperation between the two Nations,” said Gatare.

“We are pleased to be part of the vision of the Government of Rwanda to take telecommunications forward as a priority. We will work with the Government to bring affordable and best in class mobile services that add value to the lives of people of Rwanda and contribute towards bridging the digital divide in the country,” said Sunil Bharti Mittal, Bharti Airtel Chairman and MD.

“Rwanda is a key telecom market with immense growth potential and will strengthen Bharti Airtel’s footprint in East Africa,” added Mittal.



 
 
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インド通信大手バーティ・エアテル、ルワンダで携帯電話事業ライセンスを取得

http://www.africa-news.jp/news_lp927SpZK.html

アフリカでは17か国目の展開

インドの通信大手バーティ・エアテルは8日、ルワンダの通信規制当局RURAから、第2世代(2G)および第3世代(3G)携帯電話のライセンスを取得したと発表した。

これにより、バーティのアフリカでのサービス展開は17か国に拡大することになる。

高い成長力に期待

バーティはルワンダでの事業に向こう3年間で1億米ドル(約77億円)を投資する計画を示している。同国はアフリカ内で最も速いペースで成長している通信市場を抱える国の1つ。ルワンダ国家統計局によれば、2011年7月時点での携帯電話普及率は38.4%だという。

バーティのスニル・バーティ・ミタル会長は
「政府と協力しながら、手頃な料金で質の高い携帯電話サービスを提供することで、ルワンダの人々の生活と情報格差の解消に貢献したい。ルワンダは非常に大きな成長の可能性を秘めており、バーティの東アフリカでの基盤を強化できるという点で、キーポイントになる重要な通信市場だ」
とコメントしている。



 
 
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ポジティブ・アクション −− 「法による平等」の技法

辻村みよ子著

岩波新書

2011年9月21日初版

62p-67p

(4)アフリカ諸国
 1960年代から70年代にかけて欧州の植民地支配を脱して多くが独立を果たしたアフリカ諸国は、今日ではジェンダー平等政策の点でも飛躍的な発展を遂げています。世界の女性議員比率ランキングで、2003年に北欧諸国を追い越しトップに立ったルワンダ(56.3%)、4位に位置する南アフリカ共和国(44.4%)をはじめ、30%を超える上位26位内(2011年6月末現在、カッコ内は女性議員比率)には、クオータ制を採用した国として、モザンビーク(39.2%)、アンゴラ(36.6%)、タンザニア(36.0%)、ウガンダ(34.9%)、エクアドル(32.3%)、ブルンジ(32.1%)、マケドニア(30.9%)、ギアナ(30.0%)の10か国が入っています。
 ちなみにサハラ砂漠以南のアフリカ全体では、クオータ制採用率は、45か国中18か国と、40%にものぼっていますが、これは南部アフリカ開発共同体が1997年に宣言を発し、2005年までに意思決定過程の女性比率を30%にする目標を掲げたことに起因しています。
 以下では、このうちの代表的な例として、ルワンダと南アフリカ共和国の場合をみておきましょう。

ルワンダ共和国
 ドイツとベルギーの植民地であったルワンダは、1961年に国民投票で共和制を樹立し、翌年独立しました。ツチ族とフツ族の抗争から1990年に内戦がおこり、国連が介入して停戦となりましたが、100万人近いツチ族等の虐殺が行われました。2003年に施行されたルワンダ共和国憲法では、大統領を元首とする共和制を採用し、基本原則に関する9条4項には、「法治国家の建設、多元的で民主的な政体、すべてのルワンダ人とりわけ男女間の平等は、意思決定機関の少なくとも30%のポストを女性に与えることを確保することによってもたらされる」と定めています。
 ルワンダ議会は下院と上院の二院から成りますが、下院では、08年9月総選挙の結果、女性議員が56.3%を占めました。下院は、選挙で選ばれる80人の議員(任期は5年)で構成され、その内訳は、憲法76条で次のように定められています。
 (1)53人は、憲法77条の規定(比例代表制)にしたがって直接選挙で選出される。(2)24人は各地方(Province)と首都キガリから2人ずつ選出される女性議員。その選出は、各州(District)・各市・キガリ市の議会、および地方・州・キガリ市・地区の女性団体の執行評議会のメンバーからなる拡大委員会により間接選挙で行う。(3)2人は、全国青年評議会から選ばれる。(4)1人は、障がい者協会の連合会から選出。投票は2回に分かれ、まず直接選挙で(1)の53人の議席が比例代表制によって政党擁立の候補から決定された後、(2)(3)(4)の間接選挙が、政党とはかかわりなく実施されます。
 この規定では、女性、青年(未成年者)、障がい者にそれぞれ議席の30%、2.5%、1.25%が割り当てられています。あわせて、(1)の比例代表選挙でもジェンダー平等が明示されており(77条3項)、青年・障がい者からも女性が選ばれた結果、03年9月の総選挙では、最終的に女性の国会議員が39人(48.8%)、08年9月総選挙では、45人が当選して、最終的に世界で唯一、かつ初めて、女性議員が総議席の過半数を占める56.3%となりました。
 上院については、議席数が26で、少なくとも30%が女性であることが明示されています(82条)。そのうえで、26人の議員のうち、(1)12人は各地方と首都キガリから1人ずつ選出され、(2)8人が、大統領によって歴史的に廃除されてきた地域から任命。(3)4人が政党の連合体から選出。(4)1人が、助教授以上または研究員の資格をもつ者から国立大学・研究所内で選出。(5)1人が助教授以上または研究員の資格をもつ者から私立大学・研究所内で選出されます。このような選挙方法によってルワンダの女性上院議員は、03年総選挙で9人選出され、比率は34.6%となりました。
 ルワンダの憲法では、これらのクオータ制は、一部の人種や部族に権力が集中することを防ぐものであることが明確にされており、54条では、政治機構が、人種・民族・部族・氏族・地域・性別・宗教その他の差別をもたらす区分に由来して組織されることを禁じています。これによって、政府にも、あらゆる地域、民族、宗教が代表される仕組みが確保されています。
 このように、ルワンダの「議席リザーブ制」は、民族対立と虐殺からの復興をめざす、人口1030万人(2010年)の多宗教・多言語の発展途上国において、代表の多様性を確保するために確立されたものであり、きわめて特有のものです。このようなクオータのが、ルワンダ憲法にも明記されている国民主権規定(その普遍性、主権者人民の不可分性)と抵触する危険はありますが、一方で、憲法が掲げる基本原則のなかに、少数民族・ら、み部族に対する差別の根絶と国民統合の確保、権力の均衡、「多元的な民主制」などが明示されたことにより、整合的に解釈することができると思われます。現代の多元主義・多文化主義的な国家の運営において、一つのモデルとなる憲法であるといえるでしょう。

南アフリカ共和国
 南アフリカ共和国の場合は、ルワンダとは違って、憲法や法律によって強制されたクオータ制を採用しているわけではありません。
 南アフリカでは、1990年代のアパルトヘイトの崩壊後、96年に新憲法が制定され、女性の参政権確立が明記されました。この過程で、支配政党ANC(アフリカ民族会議)が自発的クオータ制を採用し、女性議員候補者枠を候補枠の30%に増加させたことが大きな意味をもちました。このANCを中心とする国民統一政府は、ジェンダー平等委員会や、女性の地位局を設置して、公共部門の女性管理職登用のみならず、各部門の女性の雇用比率を30%以上にする目標などを明示し、人種差別撤廃のための運動とあわせてジェンダー平等のためのポジティブ・アクションを多用しました。
 2009年には女性候補者の割当比率を50%に拡大し、これによって下院定数の44.5%の女性議員を当選させて、世界3位になりました。わずか17年前の1994年に世界141位であった国で、03年には14位、09年4月選挙で3位(2011年6月末現在は4位)になった経緯は、注目すべきものといえるでしょう。



 
 
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Rwanda: 7 million users lack mobile phones

http://www.itnewsafrica.com/2011/09/rwanda-7-million-users-lack-mobile-phones/

MTN Rwanda has about 7 million people who have no access to mobile phones. At least half of them are potential customers.

This is according to Yves Kimenyi, MTN Rwanda Senior Manager for Information Systems.

“Rwanda’s total population is about 11 million people. MTN Rwanda has about 4 million mobile subscribers, about 75% of the market share,” said Kimenyi.

“Three major mobile operators, Rwandatel, MTN and Tigo are currently dominating the mobile market with Airtel coming soon. In order to face new possible competition, we need to transform how the company works by moving from a telecoms only company to an ICT business, which includes IT and networking,” said Kimenyi.

“With the introduction of mobile money and MTN linking up with Rwanda’s e-government projects, we see an opportunity to grow in terms of subscribers,” said Kimenyi.

Kimenyi said MTN Rwanda’s average revenue per subscriber is starting to diminish; as a result the company is focused on offering enterprise and data services.

Cloud Computing

“There are new technology companies coming into Rwanda. At University level, students are learning computer programming skills,” said Kimenyi. “There’s a lot of confidence in terms of ICT development,” said Kimenyi.

Kimenyi said the Rwanda government has drafted a national communication infrastructure plan and the country is experiencing an adoption period.

“Cloud computing has helped Rwanda with some issues of procurement of IT systems and has become the country’s business enabler.”

“When it comes to cloud computing, the government of Rwanda is more ahead than the private sector. They want cloud computing services for the government.”

“There’s very strong leadership coming from the Rwandan government in terms of pushing ICT products and cloud computing to achieve e-government and giving back to the citizens in services,” said Kimenyi.

“We have less than 8 years to develop a quick and smart ICT industry in Rwanda. There’s certainly strong time pressure to move projects in a fast manner,” said Kimenyi.



 
 
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Rwanda: Tutors Equipped With ICT Skills

http://allafrica.com/stories/201110020118.html

A three day training programme aimed at equipping tutors with computer knowledge to be used in their day-to-day activities kicked off yesterday at Kigali Institute of Education (KIE).

The training is part of a global initiative to ensure that Teacher Training Colleges (TTC's) integrate ICT basing on practices in research and teaching techniques among others.

"The tutors will be teaching primary school educators who will then pass the skills to their students. This will therefore help us bring the ICT skills to the lower level," said Dr. James Vuningoma, KIE Vice Rector Academics.

He pointed out that the training that is being implemented in collaboration with MKFC Stockholm College, is a pilot project that will see all tutors in all 11 TTCs in the country acquire the skills.

Dubbed "e-Teacher Training in Service", it attracted 30 tutors from three TTCs; Rubengera, Save and Matimba.

The national project coordinator, James Rutebuka, said that the training is designed to enable teachers meet the needs of the learners in the ICT field.

The chief executive of MKFC, Marja-Riitta Ritanoro, appreciated the impressive turn-up of participants, saying it is a sign of interest in the programme.

"This is a problem-based learning approach that prepares teachers to identify challenges and learn by solving these problems through applying ICT," Ritanoro said.

Some of the participants said the training would help them discover current developments in computer science.

"This is an opportunity to build on our experience based on the innovations we have been introduced to in this programme," said Mark Kamugisha, a tutor from Save TTC.



 
 
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ルワンダ政府、MTNルワンダの保有株を放出 親会社MTNグループが筆頭株主に

http://www.africa-news.jp/news_mYHWlA1K8.html?right

政府保有株を売却

ルワンダ政府と同国の投資会社クリスタル・ベンチャーズは、両者が保有する通信会社MTNルワンダセル(MTNルワンダ)の株式25%を、親会社である南アフリカのMTNグループに売却した。

これによりMTNグループが保有するMTNルワンダの株式の比率は55%から80%に引き上がった。残りの20%は、引き続きクリスタル・ベンチャーズが保有する。

周辺国への展開も強化

ルワンゴムブワ財務大臣は、MTNルワンダが1998年の創設以来、同国の通信業界に多大な貢献をもたらしてきたとコメント。政府保有株を放出したことについては
「政府はこれ以上の投資を打ち止める方針を決定した。MTNと合意に達することができてうれしく思う」
と述べている。

MTNグループのSifiso Dabengwa最高経営責任者(CEO)は
「MTNルワンダへの投資拡大は、同国内のみならず周囲の東アフリカ諸国における事業強化も意味する。クリスタル・ベンチャーズと協力して、今後も末永くルワンダでの経営を続けていきたい」
としている。



 
 
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Rwanda: Mobile Phone Subscribers Reach 4.3 Million

http://allafrica.com/stories/201111070477.html

Rwandans owning mobile phones have reached 4.3 million, says Dr. Ignace Gatare , Minister in the President's Office in Charge of Information Communication Technology (ICT).

Gatare disclosed this during a televised talk-show at Telecom house yesterday, which brought together, Mobile telecom operators, Banking sector officials, ICT stakeholders among others to chart ways on how to promote the use of mobile banking and electronic money transfer services.

"We are very pleased by the increasing number of people accessing mobile phones, but this is not enough since the people using their mobile phones for banking and electronic money transfer are very few," he said.

Gatare underscored the need to increase the number of people using mobile banking like performing balance checks, account transactions, payments, credit applications and other banking transactions.

He mentioned that in late 2009, the country had 2.4 million subscribers, adding that Tigo's entry into the market boosted the mobile space in the country.

The ICT Minister called upon stakeholders in the telecom, banking and the ICT sectors to ensure that Rwandans access the services of mobile banking and electronic money transfer saying that about 100,000 people using those services are still very few compared the 4.3 million people owning mobile devices.

According to Pacifique Kabanda, Post-paid and Corporate Sales Manager at TIGO, his company is carrying out a massive campaign countrywide to enable the people understand how to use mobile banking and electronic money transfer services.

"We have about 600 Tigo agents around the country assisting Rwandans how to operate those services and we are currently increasing the number of agents," he stated.

Innocent B Muhizi, Head of IT at Commercial Bank of Rwanda (BCR) said that strong partnership is needed between Telecom operators, banks and the government to make sure that mobile banking services reach all Rwandans.

"BCR has introduced modern payment system using mobile phones and we want all Rwandans to access the service," he noted.

According to John Bosco Sebabi, Director Payment Systems Department in the National Bank of Rwanda (BNR), the services provide an efficient operating payment system for economic growth in the country.

"We support mobile payment systems and we encourage all Rwandans to access these services because they are essential," he added.

He emphasised that, an awareness campaign was needed to enable people use mobile banking and electronic money transfer services.



 
 
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Socio-economic development in Africa - a new era dawning

http://www.howwemadeitinafrica.com/socio-economic-development-in-africa-%E2%80%93-a-new-era-dawning/13473/

It is time that Africa rids the continent of western socio-economic development models - the people of Africa are entrenched with their own intuitive knowledge on African solutions to affect social change. It is time to implement and share these models with confidence, writes Reana Rossouw, director and owner of Next Generation Consultants.

One of the key causes for Africa’s poverty is a long history of crippling misgovernance. This problem is often exacerbated rather than relieved by rich countries’ donations. In recent times, there has been a shift towards a trade rather than aid philosophy to develop the economic capacity of Africans. This trend is typically aimed at developing market-based incentives that assist people to help themselves through stimulating social businesses. An aid philosophy is often inefficient because it is based on geopolitical considerations and not economic criteria, whilst a trade philosophy aims to find financially viable solutions for social improvement projects through a concept that is already interwoven in Africa’s collective unconsciousness: trading. This trend portrays a more sustainable, African approach to socio-economic development and, in many ways, is shifting development on the African continent.

Another prevalent trend, related to the trade vs. aid approach is that of the fortune-at-the-bottom-of-the-pyramid philosophy. It is based on developing business models that aim to provide goods and services to the poorest people in the world. The philosophy makes a business case for one of the fastest growing new markets and the entrepreneurial opportunities to be found among the billions of poor people at the bottom of the financial pyramid. Africa abounds with excellent examples, and this approach illustrates the vital impact that poor communities have on formal business.

Increasingly global corporations seek ways to integrate marginalised African communities into their business strategies. Today, the business world looks at Africa as a boiling pot of opportunity - but as Africans start to empower themselves - the undertone of exploitation that characterised the past, is fading.

The western imprint

Since the early days of colonisation the African continent has battled to develop a uniquely African solution to its challenges. Colonial rule was synonymous with authorities in bureaucratic offices in Europe, fighting over land and drawing lines on a world map to constitute countries where they had never set foot. Colonial governments thought they knew what was best for Africa and how it should be ruled, without ever fully understanding the African way of governance.

The colonial effect has shaped African thinking in many ways. Today, the duplication of American and European socio-economic development models still prevail on the continent. Too many western models are duplicated and implemented without understanding local complexity.

Too often, as recipients of international development aid, local practitioners did not necessarily understand, or were not even engaged or part of the development process, including programme design and management. This resulted in very few truly sustainable socio-economic development projects in Africa. Even to this day, international skills mostly conduct these projects and they seldom transfer the capacity and skills employed for such projects, dooming sustainability from the outset.

Similarly, corporate organisations also tend to misunderstand local contexts. Companies often engage with the communities in which they do business without fully understanding the socio-cultural context, or how their presence and actions affect the complex dynamics between stakeholder groups. These poorly integrated programmes lead to a series of unintended consequences, often exacerbating tensions or creating conflicts among communities, and interfering with local subsistence practices without transfering the necessary knowledge and skills to implement and sustain these ‘foreign’ methodologies.

Celebrity funders and glamour philanthropy is also very in vogue and there is no shortage of names that come to mind easily: Madonna, Angelina Jolie, Oprah, Bono, Bill Gates. Although they elevate Africa’s social problems on the world agenda like very few other social outreach initiatives, the critical question remains whether celebrity do-gooders really equip African communities for a sustainable future and empower them to find African solutions to their problems. Africa has an extended history of socio-economic development aid and the continent has observed many global interferences and vastly different socio-economic development models. However, the influence and impact of socio-economic development programmes have not always been negative. Socio-economic development work by the UNDP, World Bank and other large foundations and agencies such as Oxfam, DFID and Danida has been positive for Africa in many ways. It exposed the continent to international socio-economic development models and in many cases effected sustainable social change. But, many of these programmes were still based on western economic principles and a western notion for solving Africa’s social problems.

It’s time for Africa

I am a firm propagandist that the African continent must develop its own models and skills, build capacity and find entrepreneurial solutions for its socio-economic problems. In several case studies, it has been proved that - at grassroots level - the deep-seated knowledge and skills to ensure sustainable socio-economic development projects, already exist in African communities. However, this grassroots knowledge and skills must be channelled through programmes that apply African socio-economic development models for their formalisation.

One of the best case studies is probably the science, technology and innovation (STI) capacity building programme in the Rift Valley of Rwanda. The government-led initiative - which followed the country’s first democratic elections in 2003 - was personally steered by President Paul Kagame emphasising the importance of science and technology in Rwanda’s economic and social development. This national vision was formulated in long-term STI policies and the country partnered with several development organisations, like the World Bank, to convert the policies into implementation.

Rwanda realised that it cannot prosper in a competitive global economy and open trading system if it did not build the scientific, entrepreneurial, engineering, technological and technical capacity to produce more value-added goods and services. The country also acknowledged that science, engineering and technical knowledge already existed elsewhere in Africa and in Rwanda itself, but that it had to be transferred to communities in a sustainable manner.

Already Rwanda’s long-term STI vision, and accompanied agricultural projects, have increased annual income from $1 a day to $3,500 per household per year (at certain projects). Over the past five years, Rwanda has developed high-value-add export industries in such diverse fields as coffee and flowers. Entrepreneurs worked in partnership with subsistence farmers to devote a portion of their time and land to grow cash crops, and dedicate the rest of the land to subsistence farming to feed communities. Many of these entrepreneurs were Rwandan expatriates who returned to the country to start businesses. Private investors now have plans to move into additional value-add sectors, including tea, silk, herbs, essential oils and specialty vegetables.

Rwanda’s example of excellence is not an isolated case. In South Africa the Phelophepa Health Train, a Transnet initiative, successfully brings primary healthcare to thousands of rural South Africans each year. In countries like Ghana and Kenya, franchised healthcare models created a wave of entrepreneurial innovation. The Child and Family Wellness Shops, chains of rural pharmacies and health clinics across Kenya, improved rural health conditions while at the same time stimulating the country’s local economy.

Africa’s ICT industry also leads with good models. A case in point is the M-Pesa project in Kenya. It allegedly accounts for more than half of all money transfers in east Africa. This project set the ball rolling for the migration of thousands of citizens from the informal economy into the formal banking sector.

These case studies are brilliant examples that Africa is already equipped with the knowledge to find local solutions to the continent’s problems. The projects illustrate the successes that can be achieved if governments direct development aid to projects that are intuitively part of the country’s collective knowledge pool and skills base, instead of aid organisations suggesting programmes which they think would benefit African communities and enhance their quality of life.

It is evident that rapid shifts are taking place across the continent, and several emerging trends portray a more African way of socio-economic development. It is time to document these pockets of excellence and share them at conferences and in the media. Global conference organisers need to take cognisance of these approaches, while Africans need to step up their game and confidently share the African socio-economic developmental story. In this way only, can the continent build on the existing knowledge base and ensure that African socio-economic development models be duplicated with ease towards a prosperous future.

Rossouw is a strategic sustainability consultant and director and owner of Next Generation Consultants.



 
 
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Rwanda: Nation Is Entering an Exciting Phase in Mobile Technology

http://allafrica.com/stories/201111260013.html

We are now just a few days to the end of the year. Without doubt, next year promises to be the most exciting in the history of Rwanda's telecoms industry.

I am very sure that users of mobile phones in Rwanda, cannot wait for the onset of Bharti Airtel operations. By mid next year, I can confirm that we will be experiencing the weight of Bharti Airtel in Rwanda in so many ways.

For starters in Africa, it is widely accepted that the mobile phone industry is now taken as the major value driver of the larger ICT sector of any country. Rwanda, with its robust ICT framework is without a doubt , not going to be left out in the explosion of ICT industry in Africa.

That said, the escalation of mobile telephony in the new year in Africa as predicted by sector experts, will also play out dramatically in Rwanda. Experts are saying that Africa's telecoms industry growth is reflected in the rising levels of international investments that is said to be on a surge.

In Rwanda that was clearly reflected this year, when Bharti Aitel announced that it is committing US$100 million to deepen the industry in Rwanda. That kind of announcement has very important implications for the mobile telephone sector in Rwanda.

Not only is it huge by any standards. But such an investment is also meant to foster and drive competition that will ultimately fast track the maturity of the sector. Before Bharti's entry, we had Tigo Rwanda that was seen as the new kid of the block.

Tigo Rwanda made history of sorts this year. It managed to bag one million subscribers in less than 3 years of its operations. One can add that as the then new kid on the block, Tigo Rwanda also shattered the "easy" duopoly that existed for so long, between MTN and Rwandatel.

By the time Rwandatel was stripped of its GSM license, the sector through Tigo's entry was already witnessing increasing levels of competition. With the passing of the year, we are now poised for new changes.

The new entrant is now Bharti Airtel. Tigo Rwanda, along with MTN will now be eyeing Bharti Airtel with a lot of suspicion as it enters the ring.

While both camps are very tight lipped, it has not escaped the minds of those watching the sector that both CEOs of MTN and Tigo Rwanda are now busy burning the mid night candle plotting how to handle Bharti's entry. For sure, it is common knowledge that Bharti's entry mechanism is almost certainly premised on price wars.

The prospects of the next phase of competition in Rwanda that brings with it mobile phone price wars promises to usher in the most exciting phase in the growth of the sector.

The question is-If Tigo Rwanda made history with its seemingly mild entry mechanism that saw it bag one million subscribers in less than 3 years of operations, what is Bharti Airtel plotting with its famed abrasive entry mechanism of slashing calling rates?

Are we likely to see Bharti Airtel bagging more than one million subscribers in just one year of its operations?

That question will be answered by mid next year. However, one can even add that in the next 24 months as Bharti Airtel enters and gains a foothold in Rwanda, subscribers are poised to be spoiled for choice in ways never witnessed before.

One can add that Bharti Airtel bears and carries all the characteristics of a game changer in Rwanda's mobile phone industry, that has long been dominated by MTN and lately TIGO.

The author is an editor with The New Times



 
 
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Rwanda: Yearender ICT - ICT Industry Making Great Strides in the Country

http://allafrica.com/stories/201112270743.html

The transformation of Rwanda to be the Information Communication technology (ICT) hub of Africa is taking great strides as witnessed in this closing year.

This year major events to streamline the ICT sector in the country and the region at large were at the centre stage in the country as government moves forward to promote the use of ICT in national development programs.

2011 has seen the sector move a step to the next level due to much support and government backing to make this goal a reality.

Kagame, Slim push for affordable Broadband

President Paul Kagame and fellow co-chair of the Broadband Commission, Mexican billionaire Carlos Slim, called on global leaders to address the broadband connectivity challenges during the Broadband Leadership Summit.

The Summit that was convened in Kigali in September aimed at charting ways of ensuring accessibility and affordability of broadband to the public as the connectivity challenges were highlighted during the meeting.

Both President Kagame and Slim emphasised the need to ensure accessibility and affordability of broadband, as the two proved to be the main challenges expressed by the youth and stakeholders during the high level meeting.

The Head of State pointed out that the meeting that drew youth representatives from the continent, global broadband providers and ICT experts from around the world, aimed at identifying the challenges of accessing broadband or the lack of it.

5 year ICT plan unveiled

The National ICT Plan (NICI 3) 2011-2105 that focuses on service development was launched in the middle of 2011.

The plan basically describes how Rwanda is going to move from an agricultural-based economy to a knowledge-based economy.

According to Ignace Gatare, the Minister in the office of the President in charge of ICT, the plan focuses on service delivery where all institutions will work together using the already existing infrastructure.

"We have several infrastructure developments in place such as Fibre optic cable, ICT buses, Tele-centres, wireless broadband services, among others, now let's make use of them," he said.

In 2000, the government launched the National ICT Plan (NIC). The plan was formulated as taking place over four five year phases. The first, from 2000 to 2005, focused on the creation of a fertile, enabling environment in Rwanda for ICTs initiatives to take hold. The second, from 2006 to 2010, placed emphasis on the development of key ICT infrastructure such as the laying of fibre optics cables and other ICT infrastructures.

Gov't, Visa Inc. partner to streamline e-banking

The government of Rwanda represented by the Central Bank in partnership with Visa Inc. recently announced a wide-reaching charter of collaboration to modernize electronic banking system using visa global payments technology.

The Central Bank Governor, Ambassador Claver Gatete said that the collaboration between the Government of Rwanda and Visa is an opportunity to increase efficiency and inclusion through the use of electronic financial services.

Visa is a global payments technology company that connects consumers, businesses, financial institutions and governments in more than 200 countries and territories to fast, secure and reliable digital currency.

"In all economies, well developed financial systems are essential for sustained economic growth," Gatete said.

Elizabeth Buse, Group President, Asia Pacific, Central Europe, Middle East and Africa, Visa Inc., said creating public-private partnerships is also a key component of Visa's global growth strategy.

"We are deploying our unique expertise and assets to bring the benefits of electronic payments and banking to emerging markets like Rwanda," she said.

The Charter of Collaboration covers 12 initiatives structured around three key areas such as laying the foundations for electronic payments, promotion of electronic payments innovation, and capacity building - Develop training programs and facilitate knowledge-transfer in order to ensure the long-term sustainability of financial systems throughout the country.

Carnegie Mellon university announces its entry

The American University Carnegie Mellon University (CMI) announced its entry in Rwanda, the institution focuses on boosting the development of ICT in the country.

Carnegie Mellon, a top US varsity, will establish and operate an academic programme in Kigali, initially offering a Master of Science in ICT programme, starting from next year.

With a history of excellence in higher education and as a global leader in technological innovation, Carnegie Mellon is the first U.S research institution offering degrees in Africa with an in-country presence.

The institution will bring in a very high level of expertise in some of the priority areas within the ICT sector which will contribute towards making Rwanda an investment destination for big international companies.

e-Soko wins continental award

The e-Soko project in the middle of this year won the Africa Award for promoting Information Communication Technology (ICT) in Rwanda, during the 3rd Technology in Government in Africa (TIGA) Awards held in Addis Ababa-Ethiopia.

During the colourful event held in Addis Ababa- Ethiopia organized by the Economic Commission for Africa (ECA) and the Finland government, the ICT project was recognized as a model innovative project in Africa that has helped Rwandan farmers access market prices.

e-Soko is an electronic platform which provides farmers, consumers and traders up-to-date market price information for commodities using mobile phones.

"The project, implemented in collaboration with the Ministry of Agriculture and Animal Resources, is a vital economic tool that increases access to market information for both farmers and consumers thereby increasing efficiency preventing price gouging," said Patrick Nyirishema, the Head of ICT at RDB in a statement.

TIGA Awards recognise African Governments' effective use of ICTs for public service delivery, as part of fulfilling ECA's African Information Society Initiative (AISI) and the Government of Finland's Development Cooperation Strategy on ICTs for development in Africa.

The award is given to African Governments and Institutions that are involved in developing and implementing ICTs for public service contributing to the development of the Information Society in Africa.

Currently e-Soko covers 50 markets in the country, but there are plans to add 20 more in the second phase of the project implementation.

Construction of Karisimbi mast complete

The infrastructural works on Karisimbi mast are complete, said a top official at Rwanda Development Board (RDB).

Patrick Nyirishema, the head of ICT at RDB, said the works included the rehabilitation of the tower on Mount Karisimbi, extension of electric power to the summit, coupled with fibre optic cable connection.

Karisimbi is a 40-metre mast located at one of the highest mountain summits in the country. Its overall aim is to enhance electronic communications and broadcasting services in the country and the region. The mast is located in Musanze District in the Northern Province.

"The project is an ongoing process, what was completed was the construction of the infrastructure but, on the service side, there can never be an end. It's like you are constructing the road and you say we have come to an end of using the road which is impossible, similarly, there can never be an end to the services offered by Karisimbi," he said.

The Karisimbi project involves the supply, installation and commissioning of broadcasting, ICT, Telecommunication, WiMAX, air navigation surveillance and radio frequency management systems.



*このファイルは文部科学省科学研究費補助金を受けてなされている研究(基盤(B)・課題番号16330111 2004.4〜2008.3)の成果/のための資料の一部でもあります。
 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/p1/2004t.htm

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