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南ス―ダン共和国 Republic of South Sudan 2011年
アフリカアフリカ Africa 1970年〜80年代アフリカ Africa 1990年代アフリカ Africa 2000アフリカ Africa 2001アフリカ Africa 2002アフリカ Africa 2003アフリカ Africa 2004アフリカ Africa 2005アフリカ Africa 2006アフリカ Africa 2007 1アフリカ Africa 2007 2アフリカ Africa 2007 3アフリカ Africa 2007 4アフリカ Africa 2008 1月アフリカ Africa 2008 2月アフリカ Africa 2008 3月アフリカ Africa 2008 4月アフリカ Africa 2008 5月アフリカ Africa 2008 6月アフリカ Africa 2008 7月アフリカ Africa 2008 8月アフリカ Africa 2008 9月アフリカ Africa 2008 10月アフリカ Africa 2008 11月アフリカ Africa 2008 12月アフリカ Africa 2009 1月アフリカ Africa 2009 2月アフリカ Africa 2009 3月アフリカ Africa 2009 4月アフリカ Africa 2009 5月アフリカ Africa 2009 6月アフリカ Africa 2009 7月アフリカ Africa 2009 8月アフリカ Africa 2009 9月アフリカ Africa 2009 10月アフリカ Africa 2009 11月アフリカ Africa 2009 12月アフリカ Africa 2010 1月アフリカ Africa 2010 2月アフリカ Africa 2010 3月アフリカ Africa 2010 4月アフリカ Africa 2010 5月アフリカ Africa 2010 6月アフリカ Africa 2010 7月アフリカ Africa 2010 8月アフリカ Africa 2010 9月アフリカ Africa 2010 10月アフリカ Africa 2010 11月アフリカ Africa 2010 12月アフリカ Africa 2011年1月アフリカ Africa 2011年2月アフリカ Africa 2011年3月アフリカ Africa 2011年4月アフリカ Africa 2011年5月アフリカ Africa 2011年6月アフリカ Africa 2011年7月アフリカ Africa 2011年8月アフリカ Africa 2011年9月アフリカ Africa 2011年10月アフリカ Africa 2011年11月アフリカ Africa 2011年12月アフリカ Africa 2012年1月アフリカ Africa 2012年2月アフリカ Africa 2012年3月アフリカ Africa 2012年4月アフリカ Africa 2012


○外務省 各国・地域情勢 南ス―ダン共和国

○最新のニュ―ス、企画案内 → 南ス―ダン共和国

◆2011/01/05 NIKKEI NET スーダン大統領が南部訪問 独立選択なら尊重
◆2011/01/05 毎日新聞 NEWS25時:スーダン 「分離選択も受け入れ」
◆2011/01/06 毎日新聞 スーダン:9日に住民投票 南部独立、期待と不安 高揚感「自己決定の時」
◆2011/01/07 時事ドットコム 9日に住民投票=高まる独立ムード−スーダン南部
◆2011/01/08 NIKKEI NET スーダン南部、独立投票へ 油田巡り緊張も
◆2011/01/08 asahi.com スーダン南部独立へ 20年の内戦経て9日、住民投票
◆2011/01/08 毎日新聞 スーダン:あす住民投票 「北部よサヨナラ」 南部「独立支持7割」予測も
◆2011/01/08 時事ドットコム スーダン南部住民投票
◆2011/01/09 NIKKEI NET スーダン南部、独立投票始まる
◆2011/01/09 cnn.co.jp スーダン南部、独立に向け9日に住民投票
◆2011/01/09 asahi.com 犠牲乗り越え夢への一票 スーダン南部独立へ住民投票
◆2011/01/09 yomiuri.co.jp アフリカ54番目の国家独立か…住民投票始まる
◆2011/01/09 毎日新聞 スーダン:住民投票始まる 米国主導、南部独立確実
◆2011/01/09 毎日新聞 スーダン:油田地帯の帰属棚上げ 南北境界線画定が難航
◆2011/01/09 時事ドットコム 独立問う住民投票開始=新国家誕生へ−スーダン南部
◆2011/01/09 AFP BB News スーダン南部の住民投票始まる、北部からの分離独立を問う
◆2011/01/10 cnn.co.jp スーダン南部の住民投票始まる 早朝から長い行列
◆2011/01/10 jp.reuters.com スーダン南部の独立問う住民投票始まる、石油分配など課題も
◆2011/01/10 yomiuri.co.jp 油田地帯の帰属巡り対立、スーダンで33人死亡
◆2011/01/10 毎日新聞 米大統領:スーダン南部分離独立 投票後も積極関与を約束
◆2011/01/10 毎日新聞 スーダン:南部独立、米国主導 住民投票、過半数確実 中国に対抗、石油権益回復狙う
◆2011/01/11 毎日新聞 スーダン:大統領、南部独立後も「北部が全債務継承」 米の援助狙う
◆2011/01/11 毎日新聞 見る世界:独立の夢も完熟?
◆2011/01/11 毎日新聞 スーダン:住民投票に日本から15人の監視団
◆2011/01/11 毎日新聞 スーダン:南部独立、住民投票 日本の監視団「投票スムーズ」
◆2011/01/11 毎日新聞 スーダン:南部独立、住民投票 米大統領「スーダンに全面関与」 投票後も主導表明
◆2011/01/11 時事ドットコム 日本政府が食料支援=単独で最大の160億円−WFP
◆2011/01/12 時事ドットコム 武装解除に日本も一役=内戦の兵士ら職業訓練−スーダン
◆2011/01/12 時事ドットコム 「水も電気も教育もない」=独立に希望託す寒村−スーダン南部
◆2011/01/12 時事ドットコム 独立歓喜、対立の火種も=最大民族の支配に不満−スーダン南部
◆2011/01/13 毎日新聞 スーダン:油田地帯で南北衝突、30人死亡 住民投票、一時中断
◆2011/01/13 yomiuri.co.jp 長距離バス襲われ10人死亡…スーダン南北境界
◆2011/01/13 時事ドットコム 武装解除進まず=兵士ら不安定要因に−スーダン南部
◆2011/01/13 東京新聞 「家なくても希望はある」 スーダン 難民 南部に続々帰郷
◆2011/01/14 毎日新聞 スーダン:住民投票成立 南部独立の可能性強まる
◆2011/01/16 cnn.co.jp スーダン南部住民投票が終了、独立賛成多数ほぼ確実
◆2011/01/16 毎日新聞 割り切れぬ“独立”:スーダン南部住民投票/上 イスラム教徒に警戒の目
◆2011/01/16 NIKKEI NET スーダン南部、独立住民投票が終了 「投票率6割超」
◆2010/01/17 毎日新聞 スーダン:住民投票、中国が歓迎の談話
◆2010/01/17 毎日新聞 割り切れぬ“独立”:スーダン南部住民投票/中 南北の「壁」超える動き
◆2010/01/17 AFP BB NEWS スーダン住民投票終了、独立賛成が圧倒的多数の見通し
◆2010/01/17 AFP BB NEWS スーダン南部独立問う住民投票、支持多数「ほぼ確実」 監視団体
◆2010/01/18 毎日新聞 割り切れぬ“独立”:スーダン南部住民投票/下 初代首相の子孫、複雑
◆2011/01/18 AFP BB NEWS スーダン南部、唯一残った「白人」族の男性の今
◆2011/01/20 AFP BB NEWS スーダン南部独立、賛成が6割超に 条件満たす
◆2011/01/21 AFP BB NEWS ジョージ・クルーニー、スーダンでマラリアに感染
◆2011/01/21 映画.com ジョージ・クルーニーがマラリアに感染
◆2011/01/21 NIKKEI NET スーダン南部「独立を」多数に 住民投票
◆2011/01/21 NIKKEI NET 「独立賛成が圧倒的多数」スーダン南部投票で報道
◆2011/01/21 cnn.co.jp ジョージ・クルーニーさん、スーダンでマラリア感染
◆2011/01/23 cnn.co.jp 独立賛成が98%の圧倒的多数 スーダン南部住民投票
◆2011/01/23 毎日新聞 NEWS25時:スーダン 南部独立「賛成」98%に
◆2011/01/26 yomiuri.co.jp オバマ大統領、すべての民主化への願い支持
◆2011/01/27 時事通信社 関係正常化の約束確認=スーダンに米国務長官
◆2011/01/30 cnn.co.jp スーダン住民投票、開票が完了 約99%が独立支持
◆2011/01/30 NIKKEI NET スーダン南部独立へ 住民投票、暫定で99%賛成
◆2011/01/30 asahi.com スーダン住民投票、98%が南部独立望む 7月実現確実
◆2011/01/31 jp.wsj.com スーダンで大統領追放求めるデモ
◆2011/02/05 asahi.com 「異動イヤ」スーダン軍内部で銃撃戦 南部出身兵が抵抗
◆2011/02/08 NIKKEI NET スーダン、南部独立認める大統領令
◆2011/02/08 NIKKEI NET スーダン南部の独立決定 7月にも新国家に
◆2011/02/08 NIKKEI NET 米、スーダン南部の独立新国家を承認
◆2011/02/08 cnn.co.jp スーダン南部の独立が確定 賛成98.83%
◆2011/02/08 asahi.com スーダン南部の独立決定 アフリカ54番目の国に
◆2011/02/08 asahi.com 米、スーダンのテロ国家指定解除へ 南部の独立決定受け
◆2011/02/08 外務省 南部スーダン住民投票の最終結果の発表(外務大臣談話)
◆2011/02/08 yomiuri.co.jp スーダン南部独立へ、アフリカ54番目の国家に
◆2011/02/09 yomiuri.co.jp スーダン南部の自治政府大臣、省庁内で射殺
◆2011/02/10 AFP BB News スーダン、南部独立で対米関係改善へ、ダルフール問題は置き去りか?
◆2011/02/14 cnn.co.jp スーダン南部で衝突、105人死亡 独立前に政情不安
◆2011/04/13 NIKKEI NET 日本、震災で世界一の援助受け取り国に 2011年
◆2011/04/14 AFP BB News スーダン南部、独立決定後も暴力激化 死者800人超える
◆2011/04/14 Sudan Tribune Unity State Education Ministry celebrates the top basic certificate exam results
◆2011/04/30 asahi.com 独立間近のスーダン南部、やまぬ戦闘 産油地の帰属火種
◆2011/05/23 NIKKEI NET スーダン北部政府軍に撤退要求 安保理、南部係争地で
◆2011/05/23 毎日新聞 スーダン:緊張再び 南北境界、政府軍が進攻
◆2011/06/03 nikkei.com スーダン係争地、軍進攻で市民100人近く犠牲か
◆2011/06/11 yomiuri.co.jp スーダン北部側が南部空爆、独立控え緊張高まる
◆2011/06/16 nikkei.com スーダン、南北の衝突激化 国連総長が即時戦闘停止求める
◆2011/06/16 nikkei.com マレーシア、スーダン大統領入国で苦悩 人権団体が批判
◆2011/06/16 nikkei.com 逮捕状のスーダン大統領、中国を公式訪問へ
◆2011/06/16 nikkei.com スーダン大統領、マレーシア訪問を断念
◆2011/06/16 nikkei.com 国連安保理、スーダン問題協議へ
◆2011/06/20 cnn.co.jp スーダン政府軍、南北境界で大規模作戦を計画か 監視団体
◆2011/06/21 asahi.com 南北スーダン、境界上地域の非武装化に合意 AUが仲介
◆2011/06/21 nikkei.com 係争地非武装化で正式合意 南北スーダンが署名
◆2011/06/21 毎日新聞 スーダン:境界油田を非武装化 南北正式合意、PKO受け入れ
◆2011/06/23 nikkei.com スーダンPKO、日本の参画に期待感 国連事務総長
◆2011/06/28 cnn.co.jp スーダンに国連平和維持部隊を派遣、7月の南部独立控え
◆2011/06/28 yomiuri.co.jp スーダン大統領、北京到着…途中で経路変更か
◆2011/06/28 nikkei.com スーダン係争地にPKO緊急派遣へ 安保理が決議案採択
◆2011/06/29 AFP BB News 南北が包括協定に署名、係争地の和平に向け スーダン
◆2011/06/29 毎日新聞 スーダン:係争地にPKO派遣決定−−安保理
◆2011/06/29 yomiuri.co.jp 中国・スーダン首脳会談、実益重視で関係強化
◆2011/06/29 nikkei.com 中国主席、スーダン大統領と会談 投資拡大を約束
◆2011/06/30 asahi.com 中国主席、スーダン大統領の支援表明 欧米から批判も
◆2011/07/05 外務省 菊田政務官の南スーダン及びスーダン(北部スーダン)訪問について
◆2011/07/06 AFP BB News 「南スーダン」首都の素顔、荒廃しながらもコスモポリタンな街
◆2011/07/06 cnn.co.jp 南部独立間近のスーダン、国土面積はアフリカ第2位に
◆2011/07/06 毎日新聞 南スーダン共和国:石油不足、独立に影 パイプライン、北部が掌握
◆2011/07/07 毎日新聞 南スーダン独立:アフリカ54番目の国から/上 キリスト教浸透、地ビールが解放象徴
◆2011/07/08 yomiuri.co.jp 南スーダンにPKO部隊…7千人規模派遣へ
◆2011/07/08 毎日新聞 南スーダン独立:アフリカ54番目の国から/下 水利権「最大限に活用」
◆2011/07/08 時事ドットコム 南スーダンPKO展開へ=約8千人で国家建設支援−安保理
◆2011/07/09 外務省 南スーダン共和国の独立について
◆2011/07/09 cnn.co.jp 南スーダン、アフリカ54番目の国として独立
◆2011/07/09 asahi.com 南スーダン独立 2度の内戦経てアフリカ54番目の国に
◆2011/07/09 asahi.com 南スーダンへのPKO部隊派遣を承認 国連安保理
◆2011/07/09 yomiuri.co.jp スーダン南部が独立…街頭で住民の喜び爆発
◆2011/07/09 yomiuri.co.jp 潘総長、南スーダンPKOで自衛隊ヘリ派遣要望
◆2011/07/09 nikkei.com 国連安保理、新国家の南スーダンに大規模PKO派遣へ
◆2011/07/09 nikkei.com 南スーダンが独立 アフリカに新国家誕生
◆2011/07/09 nikkei.com 南スーダンが独立 アフリカに新国家誕生
◆2011/07/09 AFP BB News 新国家「南スーダン共和国」誕生
◆2011/07/09 nikkei.com 南スーダンが独立 首都で新国家誕生に祈り
◆2011/07/09 nikkei.com 南スーダン、193番目の国連加盟国へ
◆2011/07/09 nikkei.com 南スーダンが独立式典 北との原油配分など課題残す
◆2011/07/09 毎日新聞 キーパーソン:サルバ・キール氏=南スーダン共和国の初代大統領に就任する
◆2011/07/09 毎日新聞 南スーダン共和国:きょう独立 米「南部支持」で北に圧力
◆2011/07/09 毎日新聞 南スーダン共和国:きょう独立 石油利権配分、北と合意ないまま
◆2011/07/09 毎日新聞 南スーダン:独立 市民保護など、PKO派遣へ
◆2011/07/09 毎日新聞 南スーダン:独立 若者ら新国旗掲げ、歓声 国連「和平と安定支援」
◆2011/07/09 毎日新聞 南スーダン:独立、アフリカ54番目 北部と石油分配課題
◆2011/07/09 時事ドットコム 南スーダン、独立を宣言=新首都で式典、国旗掲揚−海外から要人、北部の大統領も
◆2011/07/09 時事ドットコム 「南スーダン」が誕生=アフリカに新国家、国連加盟へ
◆2011/07/10 AFP BB News 南スーダン共和国が独立、新首都で式典
◆2011/07/10 yomiuri.co.jp 南スーダン独立、サルバ・キール大統領が就任
◆2011/07/10 yomiuri.co.jp 悲願の独立達成…歌い、踊り「南スーダン」連呼
◆2011/07/10 毎日新聞 南スーダン共和国:独立 「平和の持続願う」 国民、式典に誇り
◆2011/07/10 毎日新聞 南スーダン共和国:キール新大統領が就任 首都で独立式典
◆2011/07/10 時事ドットコム 南スーダンを承認=イスラエル
◆2011/07/11 外務省 菊田外務大臣政務官の南スーダン及びスーダン(北スーダン)訪問(概要)
◆2011/07/11 asahi.com 独立の南スーダン代表、サッカー初戦で初ゴール
◆2011/07/11 nikkei.com 政府、南スーダンと外交関係
◆2011/07/11 cri 中国、南スーダン共和国とスーダンにバランスある対処
◆2011/07/12 cri 国連安保理、スーダンからUNMISの撤収を決定
◆2011/07/12 cnn.co.jp 国連安保理、スーダンPKOの撤収を決定
◆2011/07/14 AFP BB News 南スーダンが国連加盟へ、安保理が勧告
◆2011/07/14 asahi.com 南スーダンでのPKO 国連が日本に自衛隊派遣を要請
◆2011/07/14 asahi.com 南スーダン、193番目の国連加盟国へ 安保理が採択
◆2011/07/14 yomiuri.co.jp 南スーダン、193番目の国連加盟国に
◆2011/07/14 nikkei.com 国連安保理、南スーダンの国連加盟を勧告
◆2011/07/14 毎日新聞 南スーダン共和国:国連安保理、加盟勧告決議を採択
◆2011/07/14 時事ドットコム 南スーダンの加盟承認=国連、193カ国に
◆2011/07/15 AFP BB News 南スーダン、国連に加盟
◆2011/07/15 cnn.co.jp 南スーダン、193番目の国連加盟国に
◆2011/07/15 AFP BB News スーダン係争地に巨大な穴、南部支持者を殺害・集団埋葬か
◆2011/07/15 asahi.com 南スーダンが国連加盟 193カ国目
◆2011/07/15 nikkei.com 南スーダンの国連加盟を承認 193カ国目の加盟国に
◆2011/07/15 毎日新聞 南スーダン共和国:国連加盟、全会一致で承認−−193カ国目
◆2011/07/18 毎日新聞 世界を読む:独立の南スーダン 新パイプライン構想 原油事業狙う日本
◆2011/07/25 AFP BB News 新スーダンポンド発行、南との「通貨戦争」に懸念
◆2011/07/25 nikkei.com スーダン、新紙幣発行 南側の新通貨に対抗
◆2011/07/28 jp.reuters.com 再送:UPDATE2: JT<2914.T>がスーダンのたばこ大手を約350億円で買収、成長市場での展開を強化
◆2011/07/28 財経新聞 JT、スーダンの大手たばこ会社を約350億円で買収
◆2011/07/28 株式会社ストライク 日本たばこ産業<2914>、スーダン共和国及び南スーダン共和国で事業展開しているたばこ会社を買収。
◆2011/08/03 asahi.com スーダンPKOで4人死亡 エチオピア人隊員、地雷で
◆2011/08/03 nikkei.com 地雷でPKO兵士4人死亡 南北スーダン係争地
◆2011/08/06 FNNニュース 政府、南スーダン支援のためのPKOに陸自施設部隊の派遣検討 8月下旬に現地調査団派遣へ
◆2011/08/09 asahi.com 国連、日本にPKO派遣熱望 南スーダンの道路整備など
◆2011/08/09 毎日新聞 スーダン:南北、原油利益配分の交渉難航 施設料巡り対立
◆2011/08/10 毎日新聞 中国:外相、スーダン訪問 南北仲介、石油権益も確保
◆2011/08/12 アフリカビジネスニュース 陸自 南スーダンPKOへ司令部要員派遣 「陸自のインフラ整備技術は最高!」
◆2011/08/16 nikkei.com [FT]南スーダンで市場開拓に挑むビール世界2位
◆2011/08/20 nikkei.com 南スーダン、民族間で衝突 40人死亡
◆2011/08/22 yomiuri.co.jp 国軍と反政府勢力衝突、60人死亡…南スーダン
◆2011/08/23 cnn.co.jp 民族衝突で600人死亡、家畜泥棒で治安悪化 南スーダン
◆2011/08/27 時事ドットコム 警官に襲われ国連職員重傷=南スーダン
◆2011/08/29 モーニングスター 円高を逆手に取れる企業は存在するのか
◆2011/08/29 asahi.com 独立の南スーダン、内閣発足 北部与党元メンバーも入閣
◆2011/09/04 nikkei.com 南スーダン、首都移転へ 5〜6年かけ中部に
◆2011/09/21 AllAfrica.com South Sudan: Ministry of Gender Signs Off Rajaf Project
◆2011/09/22 asahi.com 首相、国連総長に南スーダンPKO派遣表明へ
◆2011/09/22 nikkei.com 陸自の南スーダンPKO派遣表明 首相、国連事務総長に
◆2011/09/24 FNNニュース 政府、南スーダンPKOに陸自施設部隊の派遣が可能かどうか検討のため調査団を出発させる
◆2011/09/24 J-CASTニュース 野田首相、国連総会で演説
◆2011/10/12 asahi.com 南スーダン大統領、治安改善強調 山根外務副大臣と会談
◆2011/10/15 asahi.com 南スーダンに陸自の施設部隊派遣へ PKO
◆2011/10/30 asahi.com 南スーダンで反政府勢力と治安部隊が交戦 45人死亡
◆2011/11/11 AFP BB News 南スーダン難民キャンプをスーダン軍が空爆、12人死亡
◆2011/11/11 jp.reuters.com 陸上自衛隊派遣の南スーダン、難民キャンプに空爆
◆2011/11/12 GIGAZINE 南スーダンでも誤解を受けていた日本の「トイレバイク」
◆2011/11/15 外務省 国連南スーダン共和国ミッション(UNMISS)への国際平和協力隊(司令部要員)の派遣
◆2011/11/18 AFP BB News 【国連UNHCR協会】【エチオピア(スーダン難民):11月16日】スーダン難民キャンプへの爆撃
◆2011/11/23 岡崎彰研究室 スーダンに「春」はやってくるのか?
◆2011/12/05 AllAfrica.com South Sudan: Ministry, United Nation Mark International Day of Disabled
◆2011/12/06 FNNニュース 野田首相、一川防衛相続投に理解求める「沖縄の皆さまに理解いただけるよう努力」
◆2011/12/09 国境なき医師団 東アフリカ: HIV/エイズ治療にカラアザール対策を
◆2011/12/20 外務省 国連南スーダン共和国ミッション(UNMISS)への国際平和協力隊(施設部隊等)の派遣
◆2011/12/31 東奥日報 社説(南スーダンへの自衛隊派遣に関して)

【News Sites】
○allafrica.com http://allafrica.com/sudan/
○BBC Country profile: Sudan
○Jeune Afrique Soudan

【参考図書】
民族紛争を生きる人びと―現代アフリカの国家とマイノリティ
栗本英世著 世界思想社 ¥2,345 四六版 1996年4月 [amazon]

近代ス―ダンにおける体制変動と民族形成
栗田禎子著 大月書店 ¥19,950 809p A5版 2001年3月 [amazon]


 
 
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南スーダン共和国:石油不足、独立に影 パイプライン、北部が掌握

 アフリカ大陸で最大の国土を持つスーダン(首都・ハルツーム)。その南部が9日、ジュバを首都に独立する。アフリカ54番目の新国家の名前は「南スーダン共和国」。ジュバの街で、独立に向けて交錯する人々の期待と不安を追った。【ジュバ(スーダン南部)高尾具成】

 ◇商店は自家発電、携帯「充電屋」も

 「日ごとに風景が変わるから、迷いそうだよ」。スーダン南部の中心都市ジュバ。タクシー運転手のヒラムさん(36)は、道路沿いに並ぶ新しい店や看板を指しながら、少し誇らしげに笑った。

 建設中の新空港ビル。舗装中の幹線道路。インフラ整備でわく街並みに、携帯電話ショップや中華料理屋の真新しい看板が並ぶ。そのにぎわいは、記者が訪れた昨年春とは比べものにならないほどだ。国家の誕生を新たなビジネスチャンスにしようと、内外の投資家が熱い視線を注いでいるという。

 長引く内戦を生き抜いてきた南部市民にとって、独立は「希望への道」だ。飲食店で働くデビット・バラクさん(21)は、満面の笑みを浮かべて言う。「安心して平和を実感できる時が、本当に近づいていると感じる」。バラクさんが生まれたのは、南北内戦のまっただ中だった。

 スーダンは1954年、英エジプト共同統治に対して自治政府を樹立。翌55年、第1次南北内戦が始まった。72年に停戦したが、政府は83年、イスラム法による統治を提唱。キリスト教徒の多い南部は猛反発し、第2次南北内戦へと突入した。戦闘による死者は200万人にも達し、20年余りを経た05年、ようやく包括和平合意にこぎつけた。

 だがその記念すべき独立を目前に控えた街の盛り上がりは、住民投票で分離独立が決まった今年1月に比べ、いま一つだ。ジュバ中心部には新国家の国旗やポスターがあふれているが、「歓喜一色」という雰囲気ではない。

   ◇  ◇

 人々の心に暗い影を落とす問題がある。ジュバでは今年3月以降、石油不足から発電所の稼働が制限され、電力がほとんど供給されない状態が続いている。

 多くの市民は電気なしの生活を強いられ、商店は自家発電機を回して営業。携帯電話の「充電屋」も登場した。フル充電にかかる費用は、約1ドル。ガソリン価格は1リットルあたり5スーダンポンド(約2ドル)にまで高騰している。米国際開発庁(USAID)によると、南部市民の半数以上は1日1ドル以下で暮らす貧困層。電気、ガソリンの不足は、市民生活を直撃している。

 スーダンといえば、1日に原油約50万バレルを生産するアフリカ第6位の産油国だ。南部はなぜ、独立を目前に控えたこの重要な時期に、石油不足に悩まされているのか。南部・暫定自治政府の鉱山・エネルギー省幹部は取材に対し、その理由をこう打ち明けた。「北部からの石油供給が激減し、発電施設を稼働させるための十分な燃料を確保できない」

 南北分離後、最大の課題であり「火種」になるとされるのが、この石油問題だ。南部には油田の4分の3が集中するが、精製施設や輸出港へと続くパイプラインは北部にしかないからだ。

 05年の和平合意に基づき、南北は石油収入を暫定的に折半してきたが、南部独立に際し、北部のバシル大統領は引き続き「折半」もしくはそれに相当する「パイプライン使用料」を要求。「支払わなければパイプラインを封鎖する」と強気の構えだ。一方、油田の大半を抱える南部は、北部の「取り分」を少しでも減らそうと抵抗し、折り合いはついていない。

 北部による今回の石油供給の制限は、パイプラインと精製施設を握る「北部との連携」なしに南部の繁栄はありえない、という北側のメッセージでもある。

 ◇周辺国支援がカギ

 南北が石油収入をめぐり対立を激化させるのは、それが「命綱」に他ならないからだ。80年代、米企業が南北の境界付近に位置するアビエイ地区で初めて油田を発掘。その後、北部の輸出港ポートスーダンへのパイプラインが完成し、経済の重心は農業生産から石油収入へと移った。現在、原油輸出は政府収入の5割、輸出収入の9割以上を占めている。

 北部はその軍事力を駆使し、南部との交渉を有利に運ぼうとしている。今年5月下旬、北部政府軍はアビエイ油田地帯に侵攻し、制圧。南北双方は先月、同地区の非武装化に合意したが、北部は圧倒的な軍事力の優位を見せつけた形だ。

 だが一方で、南部の窮状を救おうとケニアなど南部周辺国は最近、多数の給油車をジュバに送り込んでいる。キリスト教徒を主流とするケニアには、同教信者の多い南部スーダンとの絆を深め、イスラム教徒の多い北部をけん制したい思惑がある。ケニアからの給油車は連日、ジュバを中心にガソリンスタンドや大型発電施設を回る。国境を越え、遠路届けられた燃料がいま、独立を待つジュバの街を支えている。

 商店を営むチェンゴ・デンさん(35)は電気の供給減により営業時間を短縮、売り上げも落ちたという。だが、思い描く「南部の未来」は明るい。「将来、北部に石油の供給を頼る機会は減るはず。南部の新政府がケニアなど周辺国と良い関係を築けば、問題はきっと解決できる。問題ないよ」

毎日新聞 2011年7月6日 東京朝刊



 
 
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南スーダン独立:アフリカ54番目の国から/上 キリスト教浸透、地ビールが解放象徴

 ◇北部に自由の「外圧」 内部崩壊、促進も

 「北部がうらやむような国になるさ」。9日にアフリカのスーダンから独立する新国家「南スーダン共和国」。その首都となるジュバの酒場で、人々は酒を酌み交わしながら「独立後」を語っていた。

 イスラム教徒が多数派を占める北部はその戒律が厳しく、飲酒は厳格に禁じられている。だが、独立する南部には、飲酒を禁じないキリスト教の浸透により、地ビールをつくる工場さえある。「北部の酒好きが、こっそり酒場に飲みに来ることもある」という。

 南アフリカ系企業が南部スーダンで09年に販売を開始した地ビール「ホワイト・ブル」は、特に人気の銘柄だ。大きな角を持つ白い雄牛の描かれたラベル。辛口で、なかなかうまい。

 「アルコールはイスラム法(シャリア)からの解放。自由の象徴だよ」。南部を主導する「スーダン人民解放軍」(SPLA)の元兵士で、警備員のラドゥさん(45)はそう言って、ホワイト・ブルを飲み干した。

 スーダン南部の独立は、周辺国を含めた一帯の宗教勢力図を書き換える可能性がある。もともとスーダンはエジプトなどアフリカ北側のイスラム系文化と、南側のケニアなどのキリスト教系文化にはさまれ、双方が出合う「宗教の十字路」とも呼ばれた。

 スーダン国内は北部を中心にイスラム教徒が7割を占めるイスラム教主流の国家だが、キリスト教徒(5%)も南部をベースに影響力を保持してきた。だが今回の独立で、南部は独自のキリスト教文化を強める可能性が高い。そうなれば、南スーダンと東アフリカ社会は連帯を強め、キリスト教勢力は一層拡大することになる。

  ■  ■

 国内で異なる宗教文化が根付いた歴史は、英エジプト共同統治(1899〜1955年)にさかのぼる。両国は南北の交流を禁じ、英国は特に、南部でのキリスト教会の進出と英語教育を支援した。イスラム教色の強い北部と分断統治することで、支配への不満を拡散させる狙いがあったといわれる。

 だが、南北双方の住民が本当にその対立を深めたのは、80年代に入ってからだ。83年、北部に拠点を置くヌメイリ政権はイスラム法の全土導入を決定。反発する南部との間で第2次南北内戦(83〜05年)へと突入した。

 「身勝手な北部政府の振る舞いに、南部住民は『悟った』のだと思う」。ジュバ中心部の自宅で、フランシス牧師(60)が振り返る。南部でキリスト教が急速に広まったのは、皮肉にも第2次南北内戦時代だったという。「キリスト教会が、内戦で困窮した市民の生活を食料や教育面で支えたからだ」。牧師は、戦闘が激化すればするほど、教会は人々の生活を助け、それが人心をつかんだと感じている。

 内戦では、自らも南部の兵士として戦った。心臓付近や両肩に銃弾を4発浴びながらも、生還した。

 取材の途中、牧師はハイビスカスの花でつくったお茶「カルカデ」をすすった。深紅の色合いは、ワインを思わせる。レモンのような酸味と、砂糖の甘さが程よく合う。

 南部では北部イスラム文化の影響下に置かれた時代、アルコールは禁じられ、ワインの入手も困難だった。だから教会では、ワインのかわりにこのカルカデを「キリストの血」として使ったという。

地元産のビール、ホワイト・ブルを飲みながら、南部独立後について語る若者たち

  ■  ■

 スーダン南部独立は、北部政権の内部崩壊を促す可能性も指摘される。北隣エジプトでは、今年に入って民主化の流れが一気に加速、長期独裁政権を倒した。「アラブの春」と呼ばれるこの潮流はスーダン北部にも流れ込み、若者を中心に厳格なイスラム法支配への反発が広まっているという。今回の独立がもたらす南部の自由拡大は、同じような「外圧」を北部に与える可能性がある。

 北部に住む商店主オマルさん(29)も、疑問を抱く一人だ。「僕たち若者は、もっと自由が欲しいと思っている。これまで通りの強権支配を続けるなら、いずれ内部崩壊が起きるだろう」。オマルさんは、自由を求める若者の流れは「止められない」と断言した。

 ×  ×  ×

 アフリカ54番目の新国家として誕生する「南スーダン共和国」。その現場から、現状と課題を報告する。【ジュバ(スーダン南部)高尾具成】

毎日新聞 2011年7月7日 東京朝刊



 
 
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南スーダンにPKO部隊…7千人規模派遣へ

 【ニューヨーク=吉形祐司】スーダン南部が9日、「南スーダン共和国」として独立するのに合わせ、国連安全保障理事会は8日午前(日本時間同日夜)、南スーダンに最大7000人の平和維持活動(PKO)部隊を派遣する決議案を全会一致で採択した。

 南北間の包括和平合意順守を監視してきた現行のPKO部隊に代わり、平和と安全の確立にあたる。

 新PKOは「国連南スーダン派遣団(UNMISS)」。任務には長期的な国家建設や経済開発の促進、南スーダン政府による一般市民保護の支援も含まれる。任務遂行のために「あらゆる必要な手段」の行使を認め、武器使用を事実上容認している。

 課題は財源確保で、決議から3か月後と6か月後に規模縮小を検討する。

(2011年7月8日23時57分 読売新聞)



 
 
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南スーダン独立:アフリカ54番目の国から/下 水利権「最大限に活用」

 ◇ナイル川周辺国から「誘い」続々

 「水売り」の若者が、大きなポリ容器を山のように自転車に乗せて、よろよろと押し進める。でこぼこ道で、時々崩れ落ちそうになるのを必死で支える。だがお客が水を買いに来ると、はじけるような笑顔を見せる。9日、新国家として独立する「南スーダン共和国」。首都となるジュバの街で、彼らは「ドンキー(ロバ)」と呼ばれていた。なるほど、自転車は荷物を積んだロバのようにも見える。

 ナイル川の支流で水をくみ、街で行商する。水20リットルの値段は、2スーダンポンド(約1米ドル弱)。積んでいたポリ容器10個は、2時間ほどで売り切れた。「重労働だけど、市民に役立つ仕事だからね。ナイルさまさまだよ」。カエラさん(18)はそう言って、額の汗をぬぐった。

 南スーダンでは最近、水の需要が急激に高まり、供給不足の状態が続いている。独立を前に、北部への出稼ぎ労働者が続々と帰還。ジュバ周辺では水も電気も不足し、水道などインフラ整備が遅れている。市民は取りあえずこの「水売り」から生活用水を調達し、急場をしのいでいるのが現状だ。

南スーダン企画・下用 大治デスク宛  「ドンキー」と呼ばれる水宅配業者(左)から水を購入する市民。ポリ容器は約20リットル入り=ジュバで

   ■  ■

 水の供給不足に悩まされているのは、南スーダンだけではない。ジュバを流れる白ナイルは、北部ハルツームで青ナイルと合流。エジプトを経て地中海へと注ぐ。その流域国は、「下流」がエジプトとスーダン、「上流」がエチオピアやウガンダなど東アフリカ諸国だ。どの国も近年の著しい人口増加や経済成長で、取水権の安定的な確保が重要課題となっている。

 ナイル川の取水権をめぐる協定は、植民地時代の1929年、エジプトと英国(支配下のアフリカ4カ国を代表)が2国間で交わしたのが始まりだ。これを下地にエジプトと、植民地支配から独立したスーダンが59年、改めてナイル川の取水権を両国で分割する協定を結んだ。

 年間流量の4分の3(555億トン)をエジプト、4分の1(185億トン)をスーダンに割り当てる内容。他の流域国が取水を求めた場合は、「要求に応じて対処する」(59年協定)とした。

 「ナイル川の水資源を2国間で山分けしようという、まったく身勝手な話」。水需要の高まりを背景に、ケニアやウガンダなど上流国は反発。新協定を作り、今春までに6カ国が署名した。「他の国に悪影響を与えない範囲なら自由に取水できる」と規定し、エジプトとスーダンの「既得権」を否定した形で、両国は新協定への参加を拒んでいる。

 独立する南スーダンが今後、どのような立場を取るのかは分かっていない。それだけに、上・下流域国はそれぞれのグループに取り込もうと躍起だ。下流域のエジプトは南スーダンを巻き込み、従来の取水権を維持したい考えだ。南スーダン内の湿地帯の水をナイル川につなぐ運河の共同建設工事を提案。「年40億トンもの水を節約できる。それを両国で配分しよう」と持ちかけ、南部スーダンに新たな取水権確保のメリットをアピールしている。

 一方、キリスト教主流のケニアやウガンダなど上流域のグループも南スーダンを仲間に加え、エジプト、スーダン2国による独占態勢を切り崩そうと模索している。南スーダンへの積極的な経済支援を進めるケニア政府は「エジプトとの運河建設に異論はないが、南スーダンは(キリスト教が主流の)東アフリカとの関係が深い。すでに(新協定にも)同調の意思を示している」(ニャオロ水利担当責任者)と良好な関係を強調している。

 南スーダンの「本音」はどうか。暫定政府の幹部は取材に対し「周辺国との関係を考慮しバランスを取りながらも、水利権を最大限に生かしたい」と語った。エジプトやケニアなど「大国」を相手に駆け引きを巡らせ、自国の利益につなげようと策をこらす。新興国のしたたかさとたくましさを見た思いがした。

   ■  ■

 ナイル川から遠く離れたジュバ郊外で豆畑を営むアンジェロさん(70)。乾期のたびに水不足に悩まされ、かんがい設備の拡大を待ち望んでいる。「これまでも水をめぐり、さまざまな部族が争ってきた。でも、ナイルはみんなのもの。新政府は水を国家の平和と発展のために使えるはず」。アンジェロさんの新国家への期待は大きい。【ジュバ(スーダン南部)高尾具成】

毎日新聞 2011年7月8日 東京朝刊



 
 
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南スーダンPKO展開へ=約8千人で国家建設支援−安保理

 【ニューヨーク時事】国連安保理は8日、南スーダン共和国に展開させる平和維持活動(PKO)部隊の任務を定めた決議案を全会一致で採択した。部隊は最大で軍事要員7000人、警察官など文民900人で構成し、9日に独立する南スーダンの国家建設を支援する。(2011/07/08-23:28)



 
 
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南スーダン、アフリカ54番目の国として独立

2011.07.09 Sat posted at: 11:58 JST

ジュバ(CNN) アフリカのスーダンで9日、南部地域が分離・独立し「南スーダン共和国」が誕生した。

今年1月、数十年にわたる南北間の争いに終止符を打つために2005年に結ばれた和平協定の一環として南スーダンで分離・独立に関する住民投票が行われ、圧倒的多数で独立が決定。これに基づき、今回南スーダンがアフリカで54番目の国として独立を果たした。

新国家の首都ジュバでは、車に乗った市民が国旗を振ったり、クラクションを鳴らしたりして新国家の誕生を祝った。

スーダンの大統領府担当大臣バクリ・ハッサン・サレ氏は「スーダン共和国は1956年に定めた境界線内で南スーダン共和国が主権国家として誕生したことを認める」と宣言した。

しかし、この1956年の境界線は南北の境界付近にある油田地帯のアビエイ地方が北部に含まれてしまうため論議を呼んでいる。アビエイ地方は過去数十年にわたり南北間の内戦の舞台となってきた。同地方の帰属に関する住民投票は、投票権について南北が合意に至らず先延ばしにされている。また数週間前から同地方で再び戦闘が勃発しており、新たな内戦が懸念されている。

そのため、国連安全保障理事会は南スーダンに7000人の平和維持部隊と900人の制服警官を派遣することを満場一致で決定した。安保理は13日に再び会合を開き、南スーダンの国連加盟について協議する予定。



 
 
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2011年7月9日8時52分

南スーダン独立 2度の内戦経てアフリカ54番目の国に

 スーダン南部が9日午前0時(日本時間午前6時)、「南スーダン共和国」として分離・独立した。北部のアラブ系中央政府との約半世紀におよぶ2度の内戦をへて、黒人住民らは自立の道を手にした。アフリカでは54カ国目で、1993年のエリトリア以来の国家誕生。近く国連に193番目の国として加盟する。

 日付が変わった瞬間、新首都ジュバの街頭には大勢の市民が繰り出し、歴史的瞬間を喜び合った。この日ジュバである式典で、独立宣言が行われる。式典には、国連の潘基文(パン・ギムン)事務総長や、スーダン西部ダルフール紛争をめぐって国際刑事裁判所から逮捕状が出ている、スーダンのバシル大統領が出席



 
 
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2011年7月9日12時43分

南スーダンへのPKO部隊派遣を承認 国連安保理

 国連安全保障理事会は8日、南スーダンに展開させる平和維持活動(PKO)部隊、国連南スーダン派遣団(UNMISS)の派遣を承認した。部隊は治安維持からインフラ整備まで幅広い任務を担う。国連はUNMISSを柱に、南スーダンの「国づくり」を中長期的に支援する方針だ。

 UNMISSは軍事要員約7千人に警官など文民約900人が加わる。「平和と安全を確立し、南スーダンが発展するための環境整備」を目的とし、法の支配の確立に向けた警察の強化や独立メディアの創設も任務に含む。市民を保護するための武力行使が認められた。(ジュバ=春日芳晃)



 
 
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スーダン南部が独立…街頭で住民の喜び爆発

 【ジュバ=中西賢司】スーダン南部が9日午前0時(日本時間9日午前6時)、「南スーダン共和国」として独立した。

 ほぼ半世紀にわたる内戦を終結させた2005年1月の南北包括和平合意で定められていた移行期間が、この時刻をもって終了したもので、アフリカ系キリスト教徒を中心とするスーダン南部の住民たちは、アフリカ54番目の国家として悲願の独立を手にした。

 9日には、新首都ジュバで独立式典が開かれ、南部自治政府が独立を公式に宣言する。自治政府を率いてきたサルバ・キール大統領は、初代大統領に就任する。近く国連加盟も認められ、193番目の加盟国となる見通しだ。

 ジュバの街頭では、日付が9日に変わると同時に住民がこぞって繰り出し、喜びを爆発させた。人びとはクラクションを鳴らしたり、車の上によじ登って国旗を振ったりして、アフリカでは1993年のエリトリア以来となる新国家の誕生を祝った。

(2011年7月9日11時35分 読売新聞)



 
 
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潘総長、南スーダンPKOで自衛隊ヘリ派遣要望

 【ジュバ=柳沢亨之】国連の潘基文(パンギムン)事務総長は8日、南スーダン独立式典出席のため当地に向かう機中で本紙の単独インタビューに応じた。

 事務総長は9日に独立した南スーダンの平和維持活動(PKO)について、「日本によるヘリコプターの提供を望む」と述べ、自衛隊ヘリ部隊の派遣を求める方針を明らかにした。

 潘事務総長は、8月上旬に訪日する際、既に非公式の打診を行っている陸自施設部隊の要請と合わせてヘリ派遣についても菅首相に直接要請すると語った。

 事務総長は、日本がハイチなどに展開するPKOで「指導力と組織的な能力を示してきた」と称賛。その上で、南スーダンのPKOでは「国土が広大な上、選挙監視などで機動性が必要だ」と語って、要員の輸送などで自衛隊ヘリを活用したい考えを示した。

(2011年7月9日14時35分 読売新聞)



 
 
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国連安保理、新国家の南スーダンに大規模PKO派遣へ

2011/7/9 6:31

 【ニューヨーク=弟子丸幸子】国連安全保障理事会は8日、スーダンから9日に分離・独立する同国南部に国連平和維持活動(PKO)部隊を派遣する決議案を全会一致で採択した。市民保護を目的とした武力行使も認める内容。軍、警察など約8000人で構成する大規模な部隊となる。国際社会を挙げて、新国家の建設と安定に注力する姿勢を示したものだ。

 当面の任期は新国家樹立から1年間とする。8000人の内訳は、軍部隊7000人や、警察官を中心とした文民900人など。武力行使を容認する「国連憲章7章」に基づくと規定している。現地ではインフラ整備のニーズが高く、国連側は陸上自衛隊の施設部隊の参加を非公式に打診してきた。ただ、東日本大震災も受け、日本からの派遣は困難な情勢だ。

 スーダンでは南北の新たな国境地帯となる付近に大規模な油田が広がっており、帰属を巡って係争が起きている。安保理は6月末、今回とは別枠で4200人規模のPKO部隊を係争地に緊急派遣することを決定した。

 スーダン情勢は米国や中国など常任理事国の関心が非常に高い。石油開発に加え、新国家の樹立は多大なビジネスチャンスをもたらすためだ。複数のPKO派遣という国連の異例の関与ぶりは常任理事国の思惑を強く反映したものとなっている。



 
 
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南スーダンが独立 アフリカに新国家誕生

包括和平合意の暫定期間終了

2011/7/9 7:16

 【ジュバ共同】スーダン南北内戦を終結させた2005年の包括和平合意の暫定期間が9日午前0時(日本時間午前6時)で終了、同国南部は「南スーダン」として独立国となった。



 
 
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南スーダンが独立 アフリカに新国家誕生

包括和平合意の移行期間が終了 近く国連に加盟

2011/7/9 8:23

 【ジュバ共同】20年以上のスーダン南北内戦を終結させた2005年の包括和平合意(CPA)の移行期間が9日午前0時(日本時間午前6時)で終了、同国南部は「南スーダン」として独立国となった。新国家の首都となった中心都市ジュバでは8日夜から9日未明にかけキリスト教の教会でミサが行われ、集まった大勢の人々が新国家の門出に祈りをささげた。

 9日にはジュバ中心部で独立式典が開かれ、独立が正式に宣言される。アフリカでは1993年のエリトリア以来、54カ国目の国家誕生。近く国連総会で、193番目の加盟国となることが承認される見通し。

 1983年に始まったアフリカ最長、最大規模となったスーダン内戦では約200万人が死亡した。



 
 
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新国家「南スーダン共和国」誕生

2011年07月09日 10:22 発信地:ジュバ/南スーダン

【7月9日 AFP】(一部更新、写真追加)アフリカのスーダン南部が9日午前0時、「南スーダン共和国」として分離独立した。

 首都ジュバ(Juba)では、花火が上がり、市中の道路は、祝福のクラクションを鳴らす車であふれかえった。人びとは新しい国旗を手に街を練り歩き、新しい国の誕生を祝った。

 ジュバの街頭には、独立の瞬間を待ちかまえて、大勢の群衆が主要な交差点などに集まり、AFP特派員によると耳をつんざくような騒ぎだった。カウントダウン用の時計には「ついに自由に」と書かれていた。

 時計の横に立っていた大学生のアンドリュー・ヌアーさん(27)は、独立を祝うためにエジプトのカイロ(Cairo)から帰国した。大騒ぎの車や踊る人びとを眺めながら、今の気持ちは言葉で表現しきれないと語った。「僕たちは長年戦ってきて、ようやくこの日が来た。これが、どれほど素晴らしい気持ちか、想像できないでしょう」(c)AFP/Peter Martell



 
 
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南スーダンが独立 首都で新国家誕生に祈り

包括和平合意の移行期間終了

2011/7/9 10:18

 【ジュバ共同】20年以上のスーダン南北内戦を終結させた2005年の包括和平合意(CPA)で規定された移行期間が9日午前0時(日本時間午前6時)で終了、同国南部は「南スーダン」として独立国となった。首都となったジュバでは8日夜から9日未明にかけてキリスト教の教会でミサが開かれ、人々が新国家の誕生に祈りをささげた。

 9日にはジュバ中心部で独立式典が開かれ、独立が正式に宣言される。初代大統領には南部自治政府大統領だったキール氏が就任する。アフリカでは1993年にエチオピアから分離独立したエリトリア以来、54カ国目の国家誕生で、今月14日の国連総会で193番目の加盟国として承認される見通し。

 内戦の影響で開発から取り残された南スーダンは、貧困削減やインフラ整備、人材育成などが喫緊の課題。南北間では油田地帯アビエイ地区をめぐる係争や石油収益の配分などの問題も未解決で、南スーダンは誕生とともに多くの難題に直面することになる。

 8日にジュバ入りした国連の潘基文事務総長は記者会見し「平和的な関係構築のため、南北が国境管理の方法で合意することが必要だ」と強調した。

 北側のスーダンはアラブ系イスラム教徒が多いが、南スーダンではキリスト教などを信じる黒人がほとんど。ジュバの教会のミサでは日付が変わると涙を流す人の姿もあった。独立を喜ぶ市民は路上に繰り出し、暗闇の中で歓声を上げた。

 1983年に始まった南北内戦はアフリカ最長、最大規模となり、約200万人が死亡した。CPAに基づき、今年1月に南部独立の是非を問う住民投票が行われ、98%以上が賛成、独立が決まった。



 
 
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南スーダン、193番目の国連加盟国へ

安保理がPKO派遣承認

2011/7/9 10:46

 【ニューヨーク=弟子丸幸子】スーダンから分離・独立した新国家、南スーダンは今月中旬に193番目の国連加盟国となる見通しだ。国連安全保障理事会は8日、南スーダンに国連平和維持活動(PKO)部隊を派遣する決議案を全会一致で採択。軍部隊を中心に約8000人を派遣する本格的なPKOとなり、国際社会を挙げて新国家の建設と安定に注力する姿勢を示した。

 国連は14日にも総会を開き、南スーダンの加盟を承認する予定。新規加盟は2006年のモンテネグロ共和国以来となる。国連への加盟には安保理による勧告が必要となるが、拒否権を持つ常任理事国は南スーダン独立を強く支持しており、承認は確実とみられる。

 新国家に派遣するPKOは軍部隊7000人、警察官や民間人ら900人で構成。武力行使を容認する「国連憲章7条」に基づく規定で、当面の任期は1年間。国連側は陸上自衛隊の施設部隊の参加を非公式に打診してきたが、東日本大震災の対応もあり、日本からの派遣は困難な情勢だ。



 
 
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南スーダンが独立式典 北との原油配分など課題残す

2011/7/9 20:47

 【カイロ=花房良祐】「南スーダン共和国」がスーダンから分離・独立し、9日に新国家の首都ジュバで独立式典を開いた。南部自治政府の大統領を務めてきたキール氏が新国家の大統領として就任宣誓。今後は南北の国境線の画定や、原油収入の配分などの課題に取り組む。南スーダンはインフラがほぼ未整備で、地域の安定に国際社会の関与が求められる。

 南北スーダンでは日量49万バレルの原油を生産。油田の8割は南スーダンにある。ただ南には石油精製施設がなく、油田をつなぐパイプラインも北の唯一の積み出し港ポートスーダンに向かう。南にはケニア経由のパイプライン構想も浮上しているが、具体化はしていない。南スーダンが北に支払うパイプラインの使用料や原油収入の配分の交渉は決着しておらず、火種は残る。

 油田地帯にあるアビエイ地区の帰属も未確定。今年5月には北部政府軍と南スーダンの武装勢力との間で戦闘が発生。駐留した北部政府軍が撤退し、国連平和維持活動(PKO)部隊が展開することで合意したものの、帰属では双方の溝は埋まっておらず、同地区は領土問題として住民投票の実施などを巡り継続協議となる。

 今後の焦点となりそうなのは油田の開発が加速するかどうか。英BPによると、南北スーダンには67億バレルの確認埋蔵量があり、情勢が安定すれば欧米勢の進出で生産拡大も期待できる。

 これまで米国とスーダンはイスラム過激派のテロ支援を巡り関係が悪化。内戦で従業員の危険も高まり米国の石油会社はスーダンでの開発を手控える一方、同国に進出する石油会社は中国企業など一部に限られてきた。

 その中国は南北スーダン双方に経済援助を通じて深く入り込み、石油権益の確保を狙う。胡錦濤国家主席が「戦争犯罪」で国際刑事裁判所から逮捕状が出ているバシル・スーダン大統領を迎えて友好を演出し、南スーダンの独立式典には胡主席特使として姜偉新・住宅都市農村建設相を派遣。インフラ建設援助を加速する。

 中国政府関係者は「独立式典の会場設営も中国企業が請け負った」と胸を張る。中国は08年にジュバに総領事館を開設し、道路建設などの援助で食い込んできた。すでに1000人近い中国人が南スーダンで建設業などに従事しているという。

 中国が必死なのは、スーダンが中国の原油輸入先の国別順位5位で輸入量全体の6%を依存するためだ。中国石油天然気集団(CNPC)などがスーダンの石油開発を手掛け、南部から北部へのパイプラインを敷き、北部の製油設備や港湾を整備してきた。

 スーダン南北間で石油権益を巡る対立が続くが、中国はインフラ援助による囲い込みで影響力を確保。北部への原油輸出ルートの安定を図り、南スーダン政府が計画する油田開発への参画も目指す。



 
 
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キーパーソン:サルバ・キール氏=南スーダン共和国の初代大統領に就任する

 ◇穏やかさと決断力備え

 黒のカウボーイハットがトレードマーク。敬虔(けいけん)なキリスト教徒で、ジュバの教会によく足を運ぶ。「政治経験は少ないが、悠々として穏やかな性格。それが彼の魅力だ」。地元のキリスト教関係者はそう語る。

 スーダン人民解放軍(SPLA)幹部として、「アフリカ最長」とされる南北内戦で軍を率いた。05年の南北包括和平合意で南部自治政府大統領に就任したSPLA最高司令官、ジョン・ガラン氏がヘリコプターの墜落事故で死亡。急きょ後を継ぎ、「南部の顔」となった。

 カリスマ性で知られたガラン氏に比べると、派手さはない。だが、その「決断力」にリーダーの顔をのぞかせる。南北の「統一」か、それとも南部の「独立」か。南部自治政府大統領としてその選択を迫られ、09年、独立への道を選んだ。

 政治、経済活動が北部に集中するなか、南部は「2級市民」と呼ばれることも多かった。「2級市民のままでいいのか、それとも自由を勝ち取るのか」。南部住民に訴えかけた言葉は、今も街角のポスターに残る。

 今後は北部政府との石油利権配分を巡る交渉が待つ。国内では約140もの民族をどう取りまとめるのか。新国家の課題は山積している。【高尾具成】

毎日新聞 2011年7月9日 東京朝刊



 
 
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南スーダン共和国:きょう独立 米「南部支持」で北に圧力

 【ワシントン白戸圭一】米政府は9日、南スーダン共和国の独立式典に、政府高官や連邦議員らから成る外交団(団長、ライス国連大使)を派遣する。スーダン南北和平を仲介したパウエル元国務長官も参加し、キール新大統領と会談する見通し。スーダン北部のバシル政権は軍事・経済の両面で南部をかく乱する戦略を続けており、米政府は「南部支持」を内外に示すことで、バシル政権への圧力を強める狙いだ。

 ライス大使は7日、米国務省で記者会見し、北部政府軍が今年5月、南北の境界に位置する油田地帯の係争地アビエイ地区に侵攻したことなどに言及し「(南北間の)包括和平合意の義務履行まで、テロ支援国家指定の解除はあり得ない」と明言。バシル政権が1月に南部独立を承認した後、米政府内で検討した指定解除を見送る考えを示した。

 スーダンの油田開発の4分の3は南部で実施されており、バシル政権は本心では南部の分離独立を望んでいないとされる。独立を前に南部に対する軍事的挑発や経済的締め付けを強め、5月には、南部の電力会社が発電燃料に使用する軽油とガソリンの公定価格を意図的に安く設定する措置を導入。採算割れを恐れる北部の石油販売業者が南部への出荷を控えた。このため南部の首都となるジュバでは、発電が滞り停電が常態化している。

 米政府は、テロ支援国家の指定解除をてこにバシル政権に「和平」を促す一方、分離独立する南スーダンはテロ支援国家に指定せず、海外企業の投資・進出を後押しする狙いだ。

毎日新聞 2011年7月9日 東京朝刊



 
 
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南スーダン共和国:きょう独立 石油利権配分、北と合意ないまま

 【ジュバ(スーダン南部)高尾具成】アフリカのスーダンから9日、「南スーダン共和国」が分離独立する。アフリカ大陸での新国家誕生は93年のエリトリア独立以来で、54番目。首都となる中心都市ジュバの国際空港には8日、独立式典に参加する海外の要人が続々と到着。厳しい警備態勢が敷かれた。街の中心部では、悲願の独立達成に人々が歌い、踊り、歓喜していた。

 ジュバ市内では8日、国旗掲揚のためのポールがあちこちに設置された。真新しい国旗を誇らしげに車に掲げる人も少なくない。「新国家誕生の日」を待ちわびるように、通りを丁寧に清掃する住民の姿も目立った。

 独立式典ではキール新大統領が就任を宣誓し、暫定新憲法を発表する。大統領の任期は4年。海外からはアフリカ約30カ国の首脳や国連の潘基文(バンキムン)事務総長らが出席する。近く、193番目の国連加盟国となる見通し。日本からは、菊田真紀子外務政務官が参加する。

 スーダンは1899年、英国とエジプトの共同統治下に置かれ、1956年に独立した。83年、北部のアラブ系イスラム教徒主導の政府が、全土にイスラム法を導入。黒人キリスト教信者の多い南部が反発し、内戦に突入した。北部の正規軍に対し、南部はスーダン人民解放軍(SPLA)を結成してゲリラ戦を展開。20年以上におよぶ戦闘で、約200万人が死亡した。

 南北は05年1月、包括和平合意(CPA)に調印。今年1月、南部独立を問う住民投票で99%が賛成した。

 だが、南北に残された課題は多い。その一つが、石油利権の配分だ。南部には国内油田の7割があるが、精製施設や輸出港へのパイプラインは北部にしかない。今回の南北分離で北部はこれまで通りの利益折半を求めているが、南部は北部の「取り分」を最小限に抑えようと抵抗。折り合いがついていない。

 このため北部は経済の急激な悪化を警戒している。今年5月には、圧倒的な軍事力を駆使して南北境界に位置するアビエイ油田地帯を制圧。北部側の南コルドファンでも南部勢力を攻撃し、計15万人以上が避難民と化した。利益配分で今後も双方が合意に至らなければ、南北の紛争は再燃する可能性がある。

 南北は石油利益に依存する経済体質を改善する必要にも迫られている。原油の売却益は政府収入の5割、輸出収入の9割を占めてきた。北部は中国政府などの支援を受け、今後、農業や鉱物資源開発を進める方針だが、展望は見えていない。

 南部は今後、首都ジュバを中心にインフラ整備の拡充が急務となる。また、多民族を抱えながら、国家としてどう団結を図るかも難しい。南部には内戦時代、北部を支援した民族もいる。約100万人にものぼるディンカ人のほか、シルック人、ヌエル人など多数の民族の和解や団結をどう進めるかが問われている。

毎日新聞 2011年7月9日 東京朝刊



 
 
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南スーダン:独立 市民保護など、PKO派遣へ

 【ニューヨーク山科武司】国連安全保障理事会は8日、南スーダン共和国の分離独立(9日)に伴い、平和維持(PKO)部隊・国連南スーダン派遣団(UNMISS)の派遣を承認する決議案を全会一致で採択した。市民保護やインフラ整備要員として約7000人、警官約900人の規模。「国連憲章7章(平和に対する脅威への対応)の下に行動」と規定し、市民保護での武力行使を認める。

 任期は9日から1年間だが、延長を想定する一方で、財政難から3カ月後と6カ月後に規模縮小を検討する。

毎日新聞 2011年7月9日 東京夕刊



 
 
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南スーダン:独立 若者ら新国旗掲げ、歓声 国連「和平と安定支援」

 【ジュバ高尾具成】鳴り響くクラクションと歓喜の表情−−待ちに待った独立に南スーダンの首都となったジュバでは8日深夜から、若者らが路上に繰り出し、新国旗を掲げ歓声をあげた。9日午前0時の新国家誕生の瞬間を迎えると、車のクラクションが一斉に町中に響き渡り、市民らが「おめでとう」と声を交わし合った。

 自営業者のデムさん(19)は「国が誕生する瞬間に立ち会えて興奮している。今夜のような夜がずっと続くことを願うよ」と喜びを抑えきれない様子で、若者たちの人垣に加わった。また、地元のキリスト教会では夜を通してミサが行われ、信徒らが新国家の平和を願い、祈った。

 一方、独立式典参加のためジュバ入りした国連の潘基文(バンキムン)事務総長は8日夜に会見。「南北スーダンは強固な連携を確立していくことで合意している。(南スーダン)独立は歴史的な出来事であり、和平と安定の構築に向けて支援していく」と述べ、新国家建設への国連の支援を確約した。

 南スーダンは14日にも、国連総会で193番目の国連加盟国として承認される見通し。AP通信によると、今月の国連安保理議長国ドイツのウィッティッヒ国連大使は8日、安保理が13日に南スーダンの国連加盟を推薦するだろうと述べた。

毎日新聞 2011年7月9日 東京夕刊



 
 
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南スーダン:独立、アフリカ54番目 北部と石油分配課題

 【ジュバ高尾具成】アフリカ・スーダン南部が9日午前0時(日本時間同日午前6時)、スーダンから分離し、新国家「南スーダン共和国」として独立した。アフリカ大陸での新国家誕生は93年のエリトリア独立以来で、アフリカで54番目の独立国となった。今後、石油収入の分配などが大きな課題となる。

 独立直後には新首都ジュバ市街に人々が繰り出し、新国家の国旗を振りながら独立を歓迎した。同日にはジュバで、独立式典を行い、南部自治政府大統領だったサルバ・キール新大統領が就任を宣誓し暫定新憲法を発表する。

 英国とエジプトが1899年に共同統治下に置いた南北スーダンは、北部にアラブ系のイスラム教徒が、南部に黒人の伝統宗教(アニミズム)・キリスト教信者が多く住んできた。1956年に南北が統一した形でスーダンとして独立した。

 その後、北部が政治・経済を主導する中、スーダン独立直前に勃発した南北内戦は72年に停戦した。しかし、北部の中央政府が83年、全土にイスラム法を導入したことに南部が反発し第2次内戦に突入し05年1月の南北包括和平合意までに約200万人が犠牲となった。

 この合意にしたがって今年1月に南部独立の是非を問う住民投票を実施し、約99%の圧倒的多数の賛成で独立が決まった。

 南スーダンの人口は約830万人。面積は日本の1・7倍の約65万平方キロ。

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 ◇おことわり

 南スーダン共和国が9日、独立しましたので、これまで「スーダン南部」としてきた表記を今後は「南スーダン」とし、ハルツームを首都とする北部のスーダンを従来通り「スーダン」とします。

毎日新聞 2011年7月9日 東京夕刊



 
 
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南スーダン、独立を宣言=新首都で式典、国旗掲揚−海外から要人、北部の大統領も

 【ロンドン時事】スーダンからの独立を果たした南スーダン共和国の首都ジュバで9日、独立を祝う式典が行われ、集まった大群衆を前に独立が宣言された。式にはアフリカ諸国から約30人の首脳が参加したほか、日本や欧米などからも代表が出席。「アフリカで最長」と言われた内戦開始以来の悲願だった独立を祝福した。

 ジュバからの報道によると、南スーダン議会の議長は式典で、「南スーダンの人々の意思に基づき、民主的に選出された人々の代表であるわれわれは、南スーダンが独立し、主権を持つ国家であることを宣言する」と述べた。

 続いて新国旗が掲揚され、これまで南部自治政府の大統領だったキール氏が南スーダン大統領として就任宣誓。国家元首となった。任期は4年。

 式典には内戦の相手側である北部政権のバシル・スーダン大統領も出席した。キール大統領はこの日、自ら空港まで出向いてバシル大統領を出迎えた。南側当局者はバシル氏を「主賓」と言明し、両国の友好ムードを演出している。これに対しスーダン側も、独立後直ちに南スーダンを国家承認した。

 また、式典には国連の潘基文事務総長や南アフリカ共和国のズマ大統領、米国のライス国連大使、日本の菊田真紀子外務政務官らも参加。潘事務総長はジュバ入りの際、「南スーダンの人々は夢を達成した。国連と国際社会は引き続き南スーダンを支持する」と語り、平和維持を含めて国連が全面協力する姿勢を明確にした。(2011/07/09-20:41)



 
 
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「南スーダン」が誕生=アフリカに新国家、国連加盟へ

 【ロンドン時事】スーダン南部が9日午前0時(日本時間同6時)、スーダンから独立し、新国家「南スーダン共和国」が誕生した。新大統領の下、豊富な石油資源を生かし、新国家の構築を目指す。アフリカの独立国誕生は1993年のエリトリア以来。

 南スーダンは面積約60万平方キロ、人口は850万人。主流派はキリスト教徒で、イスラム教徒の多い北部スーダンからの独立を求めていた。2005年からは北部側との包括和平合意(CPA)に基づき、6年間にわたる暫定統治が行われていた。

 大統領には、現在スーダン南部自治政府で大統領を務めるキール氏が就任。同氏は北部側との内戦に早い段階からゲリラとして参加したとされ、CPA締結まで戦闘を指揮するなどしていた。

 南スーダンは今後、速やかに国連に加盟する方針だ。国連安保理は加盟を推薦する決議案を13日にも採択する見通しという。この決議が国連総会で3分の2以上で承認されれば、193番目の加盟国になる。(2011/07/09-07:10)



 
 
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南スーダン共和国が独立、新首都で式典

2011年07月10日 11:21 発信地:ジュバ/南スーダン

【7月10日】50年にわたる北部との分離・独立をめぐる内戦の末に独立した南スーダン共和国で9日、独立式典が行われた。

 式典は南スーダンの首都ジュバ(Juba)で行われ、初代大統領となったサルバ・キール(Salva Kiir)大統領は、歓喜にわく数万人の新国民を前に「殉教者たちの死は無駄ではなかった。わたしたちはこの日を56年以上、待ち続けていた。われわれの心と精神に永遠に刻み込まれる1日になるだろう」と演説した。

 式典にはスーダンのオマル・ハッサン・アハメド・バシル(Omar Hassan Ahmed al-BASHIR)大統領も出席。かつて敵として16年間にわたって戦い、ついに打ち破ることのできなかったスーダン人民解放軍(SPLA)が行進する様子を眺めた。

 バシル大統領は、演説で「南スーダンが第一歩を開始するにあたって、われわれは全面的な支援をしたい。なぜならば、南スーダンに成功してほしいからだ。なぜならば、南スーダンの成功はわれわれの成功でもあるからだ」と、新国家の成功を望む考えを繰り返し語った。

 式典には国際社会からも、潘基文(パン・キムン、Ban Ki-moon)国連事務総長や米国のスーザン・ライス(Susan Rice)国連大使、欧州連合(EU)のキャサリン・アシュトン(Catherine Ashton)外交安全保障担当上級代表、ウィリアム・ヘイグ(William Hague)英外相ら各国・機関の要人が出席した。(c)AFP/Peter Martell



 
 
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南スーダン独立、サルバ・キール大統領が就任

 【ジュバ(南スーダン)=中西賢司】スーダンからの分離・独立を果たした南スーダンは9日、新首都ジュバで独立記念式典を行った。

 南部自治政府のサルバ・キール大統領が「国民の結束、尊厳、民主主義を守る」と就任宣誓し、初代大統領となった。また大統領は「内戦に殉じた人々の死は無駄ではなかった。この日を(南部の蜂起から)56年以上も待ち望んでいた」と述べ、喝采を受けた。

 式典には、国連の潘基文(パンギムン)事務総長ら約3500人が出席した。国際社会と長年対立してきたスーダンのバシル大統領も同席し、「南の兄弟の新国家建設を祝う」と演説。さらにオバマ米大統領を名指しし、独立を容認したことと引き換えに、スーダンに対する経済制裁を解除するよう求めた。

(2011年7月10日01時34分 読売新聞)



 
 
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悲願の独立達成…歌い、踊り「南スーダン」連呼

 【ジュバ=中西賢司、柳沢亨之】長年の南北対立を経て、悲願の独立を果たした南スーダン。

 建国記念日となった7月9日、国民は歓喜し、国造りに向けた決意を新たにした。

 6色の真新しい国旗を掲げた群衆が独立式典会場に向かって新首都ジュバの目抜き通りを練り歩く。会場周辺では数万人があちこちで輪になり、歌い、踊り、「南スーダン」と連呼した。

 政府職員ガトディエト・バデアングさん(39)は「闘争がようやく結実した」と話す。南北内戦が始まった1983年、家族と米国に逃れた。残った兄5人は参戦し、全員死亡した。それだけに「この喜びをどう表現していいのか分からない」と感極まった様子だった。

 「これで国際社会の一員になれる」。アウグスティーノ・ルワヤさん(63)は旧反政府武装勢力・スーダン人民解放軍(SPLA)の旅団長として兵士3000人を率いた経歴を持つ。右腕には銃創が残る。退役軍人協会幹部として負傷兵らの社会復帰を後押しするルワヤさんは「北部のアラブ人を許そう。だが、忘れることはあるまい」と力を込めた。

(2011年7月10日09時38分 読売新聞)



 
 
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南スーダン共和国:独立 「平和の持続願う」 国民、式典に誇り

 【ジュバ高尾具成】9日、新国家として独立した「南スーダン共和国」。首都ジュバで開かれた独立式典の会場やその周辺では、人々が新たな国歌を誇らしげに歌っていた。「平和と調和への結束を掲げる」。歌詞の一つ一つを、まるでかみしめるように口ずさむ。約140もの多様な民族を抱える南スーダン。ジュバ中心部では、鮮やかな民族衣装で着飾った市民がパレードした。

 独立式典の会場となったのは、20年余り続いた南北内戦で南部のスーダン人民解放軍(SPLA)を率いた指導者、故ガラン氏が眠る公園。式典ではまず、南スーダンのキール新大統領が北部・スーダンのバシル大統領と並んで登壇。大きな拍手が響いた。

 続いて国軍となるSPLAが軍服姿で行進。会場中心部に据えられたポールに新国旗が掲揚され、再び歓声と喝采に包まれた。

 新国旗は6色。黒は「民」(黒人)、赤は内戦で命を落とした人々の「血」、緑は国土、白は「平和」を意味する。水色は「ナイル川」で、その中心部にある黄色の星は「団結」。市民は新国家独立への誇りと決意を込めているという。

 ジュバでは大型テレビのある飲食店などに市民が集まり、中継された独立記念式典の様子を見守った。「私たちの(独立を選んだ)決断は間違っていなかった。女性たちにも自由な時代が来るはず。平和がずっと続くことを願っている」。大学生のアクチ・マヤンさん(19)は力強くそう語った。父親は、約200万人が死亡した第2次南北内戦(83〜05年)で亡くなったという。

 ジェームス・マベングさん(62)は、SPLAの兵士として長年戦った。たくさんの仲間の兵士が死んだ。青空にくっきり浮かぶ新国旗を見つめながら、「旗の一枚一枚を、亡くなった多くの兵士たちの血が押し上げているように思える」。マベングさんは、感極まった表情で話した。

 ハフサ・ベヒアさん(47)は南北内戦中の92年、夫のベナラト・モディさん(45)を失った。夫は北部中央政府の警察官だったが、南部SPLAを支援した疑いをかけられた。ある日突然拘束され、帰らぬ人となった。「3カ月後に生まれた四男は父の顔を知らない。新政府は戦争孤児や夫を亡くした女性に対して、支援を拡充してほしい」と訴えた。

 ◇元少年兵「周辺国から学びたい」

 ジュバで自営業を営むダニエル・ボウルさん(34)は、この日を特別な思いで迎えた。

 「国際社会に国家として認められたことはもちろんうれしいが、自分たちの決断で、挑戦への第一歩を踏み出せたことが何よりうれしい」。そう語る横顔は、誇らしげだ。

 南北の内戦は83年に始まった。ボウルさんは、当時6歳。家族と共にエチオピアに避難した。戦闘を逃れた1万6000人と共に避難所で暮らす日々。13歳で、少年兵として南部の軍事組織「スーダン人民解放軍」(SPLA)に加わった。

 「戦闘は長く激しく、水も食料も不足するばかり。毎日が、本当に悲惨そのものだった」。キール新大統領とは、行軍を共にしたこともある。

 2年後の92年に除隊し、故郷の東部ジョングレイ州に戻った。間もなく北部政府軍による住民虐殺が始まり、5000人以上が射殺されたという。両親と命からがら逃げ出したが、叔父は命を奪われた。15年もの間、家族と共にケニアの難民キャンプで暮らしたが、南北が「包括和平合意」(05年)を締結した2年後の07年、再び故郷の地を踏んだ。

 30歳になっていた。友達と一緒に、ケニアから食材を輸入する貿易会社をおこした。「経済は成長し、教育制度も拡充したが、民主主義のシステムはまだ生まれたばかり。赤ちゃんが素直に何でも吸収して成長するように、少しずつ周辺国から学んでいきたい」。ボウルさんは、そんな国家の発展を望んでいる。

 現在は3歳と8カ月の2児の父。「自由を得るということは、責任が伴うことでもある。内戦では銃を持って和平を追求したが、子どもたちには『対話』で物事を解決してほしい」

 取材の途中、仕事仲間から電話が入った。鳴り響いた着信音は、新国家「南スーダン」の新しい国歌だった。

毎日新聞 2011年7月10日 東京朝刊



 
 
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南スーダン共和国:キール新大統領が就任 首都で独立式典

 【ジュバ高尾具成】アフリカ・スーダンからの独立を果たした「南スーダン共和国」の首都ジュバで9日、独立式典が開催された。各国の首脳が見守るなか、サルバ・キール新大統領が就任を宣言。新たな国旗が掲げられた。国連総会で今月14日にも、193番目の加盟国として承認される見通し。

 南スーダンは豊かな油田地帯を抱えるが、北部・スーダンとの石油収入の分配は折り合いがついていない。20年以上に及ぶ南北内戦の傷痕は深く、インフラ整備の遅れが目立つなど前途多難な船出となった。

 式典にはアフリカ約30カ国の首脳や国連の潘基文(バンキムン)事務総長、米国のライス国連大使やパウエル元国務長官らが出席。日本からは、菊田真紀子外務政務官らが参加した。

 南部スーダン暫定議会のワニ議長は、「南スーダンの人々の意志に基づき、我々はここに主権国家として独立する」と宣言。会場は大きな歓声に包まれた。続いてキール新大統領が、「大統領として、真に忠誠を尽くすことを神に誓う。法に従い、市民を守り結束を進める」と宣誓。新たな国家づくりへの意欲を示した。

 北部・スーダンのバシル大統領も出席した。大統領は西部ダルフール地方における住民虐殺などの戦争犯罪容疑で国際刑事裁判所(ICC)から逮捕状が出ている。国外に出れば逮捕される可能性もあり出欠が注目されていたが、南スーダン側は、あえて招待することで南北の友好ムードを演出した形だ。

毎日新聞 2011年7月10日 東京朝刊



 
 
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南スーダンを承認=イスラエル

 【エルサレム時事】イスラエルのネタニヤフ首相は10日、スーダンから9日に独立した南スーダンの承認を表明した。イスラエルは、イランからパレスチナ自治区ガザへの武器密輸ルートの一つとされるスーダンとは外交関係がない。一方で、南部の反政府勢力スーダン人民解放軍(SPLA)には武器を供給していたとされ、南部勢力とは友好関係にあったとみられている。(2011/07/10-21:51)



 
 
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2011年7月11日19時52分

独立の南スーダン代表、サッカー初戦で初ゴール

 半世紀に及ぶ南北内戦をへて独立した南スーダンの首都ジュバで10日、サッカーの代表チームが隣国ケニアのプロチームを相手に、初戦となる親善試合に臨んだ。1−3で敗れたが、初ゴールを決め、約2千人のファンを熱狂させた。

 3週間前に選抜された代表の選手たちは、胸に国旗のエンブレムをつけた白いユニホームを着て登場。改修工事が終わったばかりのジュバ競技場に国歌が流れ、選手や、立ち見でいっぱいとなった観客席の人々は感極まった様子だった。

 前半12分、海外で活躍してきたジェームズ・ジョゼフ選手のクロスに合わせ、ハミス・レヤノ主将が先制点を決めた。試合後、ジョゼフさんは「ホームにいると感じた。僕らは経験が足りないが、相手に攻められても頭を上げ、次を目指してプレーしていきたい」と話した。(ジュバ=古谷祐伸)



 
 
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政府、南スーダンと外交関係

2011/7/11 22:25

 外務省は11日、スーダンから9日に分離独立した南スーダンと同日付で外交関係を開設したと発表した。日本が外交関係を結ぶ国は194カ国となった。



 
 
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南スーダンが国連加盟へ、安保理が勧告

2011年07月14日 09:42 発信地:ニューヨーク/米国

【7月14日 AFP】国連安全保障理事会(UN Security Council)は13日、9日に独立した南スーダンについて、国連への加盟を勧告する決議を採択した。14日の国連総会(UN General Assembly)で正式に承認され、193番目の国連加盟国が誕生する。

 潘基文(パン・キムン、Ban Ki-moon)国連事務総長は、21年間続いた南北間の内戦に翻弄されてきた南部の人々にとって「自分たちの国と呼べるものができた」と述べた上で、「社会福祉、保健、教育など、あらゆる面で非常に多くの困難が待ち受けている。だが行政機関は脆弱だ。生まれたばかりの南スーダンは助けを必要としている」と各国に呼び掛けた。(c)AFP/Pierre-Antoine Donnet



 
 
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2011年7月14日5時1分

南スーダンでのPKO 国連が日本に自衛隊派遣を要請

 南スーダンへの国連平和維持活動(PKO)部隊派遣について、国連PKO局が12日にニューヨークで開いた関係諸国との会議で、日本政府に対して自衛隊の派遣を要請していたことがわかった。外務省には前向きに検討すべきだとの意見がある一方、防衛省には慎重論が根強く、菅政権の方針は未定だ。

 国連安保理は9日に独立した南スーダンを支援するため、軍事要員7千人を含むPKO部隊、国連南スーダン派遣団(UNMISS)の派遣を8日に承認した。国連は南スーダン独立前から日本政府に非公式に自衛隊派遣を打診していたが、独立を受けて正式に要請した。国連は韓国とドイツにも部隊派遣を打診している。具体的な活動内容は現地のニーズを踏まえて国連が検討するが、道路などのインフラ整備が主要任務の一つになりそうだ。

 外務省には「南スーダンの今後は国際社会の大きな関心事であり、国づくりを積極的に支援すべきだ」との意見がある一方、防衛省にはすでにハイチに自衛隊の施設部隊を派遣していることに加え、東日本大震災の被災地支援にもあたっていることから、早期の大規模な部隊派遣には慎重な意見が強い。北沢俊美防衛相は12日の記者会見で「確固たる方針を固めている状況ではない」と述べるにとどめた。



 
 
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2011年7月14日11時40分

南スーダン、193番目の国連加盟国へ 安保理が採択

 国連安全保障理事会は13日、9日にスーダンから分離・独立した南スーダンについて、国連加盟の承認を総会に勧告する決議案を採択した。14日に開かれる総会で承認を受けて、193番目の国連加盟国になる見込みだ。新規加盟が認められるのは2006年のモンテネグロ以来。

 安保理はこの日、サルバ・キール南スーダン大統領から提出されていた国連への加盟申請について協議。15理事国から異論は出なかった。南スーダンを代表して参加したリヤク・マシャール副大統領は「国際社会の責任あるメンバーとなり、国際法に定められた責務を尊重する」と述べた。

 また、潘基文(パン・ギムン)・事務総長は「南スーダンは(人々の生活の質を数値化した)人間開発指数の底辺に位置する」として、社会保障、医療、教育など山積する課題の解決に向けて、国際社会は継続的に支援すべきだと訴えた。(ニューヨーク=春日芳晃)



 
 
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南スーダン、193番目の国連加盟国に

 【ニューヨーク=柳沢亨之】国連総会は14日、スーダンから9日に分離独立した南スーダンの国連加盟を承認する決議案を全会一致で採択した。

 同国は193番目の国連加盟国となった。国連安全保障理事会が13日、加盟勧告を決議していた。

 南スーダンはスーダン政府軍との内戦を経て、1月の住民投票で分離独立を決め、9日に正式に独立した。

(2011年7月14日23時59分 読売新聞)



 
 
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国連安保理、南スーダンの国連加盟を勧告

2011/7/14 10:54

 【ニューヨーク=弟子丸幸子】国連安全保障理事会は13日、9日に独立国家となった南スーダンの国連加盟を総会に勧告する決議案を採択した。国連加盟には安保理による勧告が必要。常任理事国は南スーダン独立を後押ししてきた経緯があり、波乱なく勧告が決まった。14日の国連総会で加盟を正式に承認する。国連への新規加盟は2006年のモンテネグロ以来、193カ国目となる。



 
 
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南スーダン共和国:国連安保理、加盟勧告決議を採択

 【ニューヨーク山科武司】国連安全保障理事会は13日、今月9日にスーダンから分離・独立した南スーダンについて、国連加盟を承認するよう総会に勧告する決議を採択した。

 加盟は14日の総会で承認される予定で、193カ国目の国連加盟国となる。潘基文(バンキムン)事務総長は安保理の席上、「南スーダンが真の国家となるために国連が果たすべき役割は複雑かつ重要だ。我々は支援し続けなくてはいけない」と述べた。

毎日新聞 2011年7月14日 東京夕刊



 
 
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南スーダンの加盟承認=国連、193カ国に

 【ニューヨーク時事】国連総会は14日、スーダンから9日に分離独立した南スーダンの国連加盟を承認する決議案を全会一致で採択した。国連への新規加盟は2006年のモンテネグロ以来で、加盟国数は193となった。

 南スーダンは舗装道路など基礎的なインフラが不十分で、政府の態勢強化もこれから。国際社会が長期間にわたって支援を続けることが不可欠な状況だ。(2011/07/14-23:52)



 
 
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南スーダン、国連に加盟

2011年07月15日 07:48 発信地:ニューヨーク/米国

【7月15日 AFP】国連総会(UN General Assembly)は14日、南スーダンの国連加盟を承認し、ジョセフ・ダイス(Joseph Deiss)議長が正式に加盟を宣言した。193番目の国連加盟国が誕生した。

 潘基文(パン・キムン、Ban Ki-moon)国連事務総長は「ようこそ、南スーダン。ようこそ国連へ」と、歓迎のスピーチを行った。(c)AFP/Pierre-Antoine Donnet



 
 
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南スーダン、193番目の国連加盟国に

2011.07.15 Fri posted at: 09:29 JST

(CNN) アフリカのスーダンから分離独立した南スーダンが14日、国連に正式加盟し、193番目の加盟国となった。

国連安全保障理事会は13日に南スーダンの加盟を勧告し、この勧告に基づき14日の国連総会で採決が行われた。

安保理議長国ドイツのウェスターウェレ外相は13日、「南スーダン共和国が国連加盟国となり、同国の代表と連携することを心待ちにしている」との談話を発表した。

南スーダンは1月の住民投票で圧倒的支持を得て、7月9日に独立した。当日の式典には国連の潘基文 (パン・ギムン) 事務総長など世界各国の指導者が出席した。

しかしスーダンと南スーダンの間ではまだ、国境、石油問題、国民の地位などをめぐる合意が成立していない。潘事務総長は両国に協調を促し、両国の成功に向けて国連は重要な役割を果たすと指摘した。

一方、スーダンの国営スーダン通信(SUNA)によると、同国議会は南スーダン国民の市民権を無効とする措置について予備承認した。



 
 
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2011年7月15日1時14分

南スーダンが国連加盟 193カ国目

 国連総会は14日、スーダンから分離・独立した南スーダンの国連加盟を承認し、ダイス議長が正式に加盟を宣言した。新規加盟は2006年6月のモンテネグロ以来で、南スーダンは193番目の国連加盟国となった。総会後、南スーダン国旗が国連本部に並ぶ加盟国旗に「仲間入り」する記念式典も開かれた。

 承認後、潘基文(パン・ギムン)・国連事務総長は「国際社会へようこそ。国連は南北スーダンの平和的共存と、南スーダンの国づくりを支援し続ける」と演説した。南スーダンについては、今年1月の住民投票でスーダンからの分離・独立が98.83%の圧倒的多数で支持され、国際社会が後押しした経緯があり、この日の総会でも加盟国から異論は出ず、全会一致での承認となった。



 
 
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南スーダンの国連加盟を承認 193カ国目の加盟国に

2011/7/15 0:36

 【ニューヨーク=弟子丸幸子】国連は14日の総会で9日に独立したアフリカの南スーダンの加盟を承認、同国は193カ国目の加盟国になった。14日中に同国の国旗をニューヨークの国連本部に掲揚する。新規加盟は2006年のモンテネグロ以来。



 
 
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南スーダン共和国:国連加盟、全会一致で承認−−193カ国目

 【ニューヨーク山科武司】国連総会は14日午前(日本時間同日深夜)、9日にスーダンから分離・独立した南スーダンの国連加盟を承認する決議を全会一致で採択した。新加盟は06年のモンテネグロ以来で、193カ国目の加盟国となった。

 採択後、国連の潘基文(バンキムン)事務総長は「不断の関与が欠かせない」と述べ、自立に向け各国の協力継続を訴えた。インフラ整備、政府の体制強化など課題が山積する南スーダンには、平和維持活動(PKO)部隊派遣を含む国際社会の長期的な支援が不可欠な状況だ。

 総会に出席した東祥三副内閣相は、国連が期待するPKO部隊派遣について記者団に、「具体的な協力要請はないが、どのような形で協力できるか検討したい」と述べた。

毎日新聞 2011年7月15日 東京朝刊



 
 
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世界を読む:独立の南スーダン

新パイプライン構想 原油事業狙う日本

 今月9日、スーダンでの南北内戦の末に南スーダン共和国が悲願の分離・独立を果たした。その原油資源やインフラ事業を巡り、関係各国が駆け引きを繰り広げている。新たなビジネスチャンスをうかがう国々。日本もその例外ではない。【服部正法、平地修、ジュバ高尾具成、北京・工藤哲】

 「あのまま現地に入れていれば、今ごろ日本企業の動きはもっと活発化していたかもしれない」。日本政府関係者の一人が悔しがる。

 3月下旬、日本政府は外務省アフリカ審議官をトップとする民間企業との合同代表団を南部スーダンに派遣する予定だった。

 独立で政情が安定しインフラ整備が進むことになれば、アフリカでインフラ輸出を積極化させる日本企業にとっては、大きな商機となる。派遣団は、その足掛かりを作るはずだった。

 だが現地入りを目指したところに、東日本大震災が起きた。派遣は中止され、再開のめどは立っていない。

 これとは別に、南スーダンと南側の隣国ケニアを結ぶ新パイプライン構想も現地で持ち上がり、日本企業の名前が挙がっている。

 「日本の商社とハイレベル協議を進めている」。今月1日、ケニアの首都ナイロビにある首相府で、インフラ整備担当のカスク顧問はそう言って、分厚い内部文書を広げた。

 ケニアの大規模開発計画(総額100億ドル=約8000億円以上)の調査報告書だ。南スーダンの原油を首都ジュバからケニアのラム港へと運ぶ新パイプライン(約1400キロ)構想が描かれ、06年にウガンダで発見されたばかりの油田(埋蔵量約25億バレル)とも結ぶ。「日本や中国、ウガンダにある米国系の企業が事業参加に意欲的」という。

 南北スーダンで採掘されるのは「ナイルブレンド」と呼ばれ、硫黄分が少なく火力発電に適した原油。東日本大震災の影響で原子力発電が大幅に落ち込み、各電力会社が火力発電への切り替えを余儀なくされる日本にとっては、原油輸入を拡大させたい思惑もある。

 この日本の商社のナイロビ支店は取材に対し「答えられない」とした。だが独立前の南部スーダン自治政府のグベク鉱山エネルギー省次官は5日、「日本とは独立後、本格的な協議をすることになるだろう」と語った。

 南北分離前の旧スーダンはアフリカ第6位の産油国(埋蔵量約60億バレル)。99年に北部の港へと運ぶパイプライン(最長1610キロ)が完成し、1日に原油約50万バレルを産出する。

 輸出先の上位3国は中国(65%)、インドネシア(15%)、日本(12%)。原油収入は輸出全体の93%(50億ドル=約4000億円)を占める。

資源争奪 中国独走、米再参入へ

 「今のままでは北部がパイプラインを止めたら、南部はお手上げだ」。ケニア政府の開発担当責任者のムゴ・キバチ氏が強調する。

 南北スーダンは原油権益の分配をめぐり、対立してきた。内戦終結の包括和平合意(05年)でいったん折半すると決めたが、今回の分離で交渉を再開。互いに取り分を増やそうとしている。

 油田の4分の3は南部に集中するが、輸出港へのパイプラインは北部にしかない。北部は交渉を有利に運ぼうと、南部への供給制限を繰り返す。南スーダンはこれに対し、ケニアへの新パイプライン構想を掲げる。北部のパイプラインの存在価値を揺さぶる戦略だ。

 南北内戦を激化させたのは、宗教的対立だ。現在もイスラム教徒が多数派の北部は北側のエジプト(イスラム教主流)、キリスト教徒の多い南部は南側のケニア(キリスト教主流)との関係が深い。

 ケニア側は、独立後間もないため政府機能の脆弱(ぜいじゃく)な南スーダンを経済協力で引き寄せ、自らが主導する東アフリカ・キリスト教主流国のグループに組み込むことで、北側のイスラム教圏拡大を阻止したい思惑がある。

 だが、そこには中国が立ちはだかる。もともと原油を採掘したのは米国企業だが、80年代半ば、内戦の影響で従業員が殺害され撤退。さらに米政府が93年、旧スーダンを「テロ支援国家」に指定し、欧米の企業は相次いで撤退した。

 くしくも同じ93年、中国は急伸する国内消費を背景に、世界5位の産油国でありながら石油輸入国へと転じる。中国は欧米撤退後の空洞化を埋めるように、原油事業を拡大させた。

 9日、独立に沸く南スーダンの首都ジュバには、中国系企業の看板があふれていた。ホテルやレストランの職場で中国人とスーダン人の姿が入り交じる。独立式典で掲揚された新国旗も中国広東省で作られ運ばれてきた。

 人とカネを送り込み、インフラ整備を進める。「走出去」(外に打って出る)とも呼ばれる海外戦略で、中国はアフリカ大陸における進出と投資を加速させてきた。欧米主体の支援は条件や規制を厳しく求めるものが多いが、中国は「アフリカに必要な投資を持ってきてくれる」(カガメ・ルワンダ大統領)と歓迎する声も少なくない。

 米国政府は、そんな中国の動きを注視する。告発サイト・ウィキリークスは昨年12月、在ナイロビ米大使館が発信した公電を暴露した。「(ケニアにとって)中国は、南スーダンやウガンダとのパイプライン建設を含む地域開発のパートナーとなりうる」。親米国ケニアと交渉を進める中国への警戒感がにじむ。

 「米国の企業から、約5カ月で完成できるという石油精製技術の提案を受けている」。南部スーダン自治政府鉱山エネルギー省次官だったグベク氏が明かす。米国自身も最近、南スーダン側に原油事業参入の意向を示しているという。

 ◇国家繁栄、石油依存限界も

 南スーダンが仮に、原油の権益分配や新パイプラインの完成で大きな利益を得たとしても、未来への課題は少なくない。

 アフリカでは資源の発見が内戦や政治腐敗を招き、経済活動の多様性を失わせるケースが目立つ。「資源の呪い」とも呼ばれ、資源の豊かさが、皮肉にも国家の基盤をむしばんでいくのだ。

 例えばアフリカ第3位の原油埋蔵量を誇るアンゴラ。内戦を27年も長引かせた要因の一つは資源だった。政権側が石油、反政府側がダイヤモンドをそれぞれ資金源に武器を入手、紛争を拡大させた。

 ダイヤやコバルトが豊富なコンゴ民主共和国では、鉱山利権を押さえようと武装組織が割拠。周辺国も介入し、紛争は500万人以上もの犠牲者を出して今なお終結していない。

 アフリカ最大の石油生産国ナイジェリアは、かつてはヤシ油などの農産物輸出国として知られた。だが石油が見つかり輸出が進むと、農業は衰退。経済は石油依存を深めた。

 分離前のスーダンも農業国で、綿花やゴマなどを輸出してきた。国内総生産(GDP)に占める農業の割合は45%程度。パイプラインが完成した99年以降は石油産業に押され、最近では35%程度にまで落ち込んでいる。

 ライマン米スーダン担当特使は南北スーダンについて「大きな技術革新や新たな油田の発見がなければ、今後5年間で石油収入は着実に減少する。南北とも、石油依存の経済は続かないと理解すべきだ」と述べる。

 一方で、資源国が遂げた成功例もある。世界トップ級のダイヤ生産国ボツワナは、その輸出で得た利益を教育に投資。金融や情報産業の地域ハブ作りも目指し、産業の多角化に力を入れている。カーマ大統領は昨秋、取材に対し「(資源は)いつかは尽きるので、備えないといけない。『ダイヤモンドは永遠』ではない」と話した。

 南スーダンが「資源の呪い」を見ないために、求められることは何か。国連大学の今年1月の報告書は南北スーダンについて「石油依存が産業の多様化を阻む」と指摘。全労働人口の8割は農業従事者で、原油収益を農業の拡充にあてることが持続可能な繁栄につながるとしている。

 世界銀行のエゼクウェシリ副総裁も昨秋、南スーダンの将来について「農業分野の開発こそ、『資源の呪い』を解く。重要なのは貧困削減のための開発計画で、それこそ我々(国際社会)が支援すべき分野だ」と訴えた。

 ◇日本、PKO派遣難航 震災で余力なく、政治混乱も拍車

 日本政府は国連から、南スーダンでの国連平和維持活動(PKO)に参加を打診されたが、当面は困難な状況だ。派遣を想定する陸上自衛隊は東日本大震災の復興活動などで人員の余裕がなく、菅直人首相の退陣表明後の混乱で政府・与党の検討も進んでいない。政府内では「派遣するにしても年明け以降」(防衛省幹部)との声が出ている。

 国連安全保障理事会は8日、南スーダンの独立に伴い、インフラ整備要員や警察官など約8000人規模のPKO部隊「国連南スーダン派遣団(UNMISS)」を派遣することを決めた。日本には道路整備やがれき撤去などを行う施設部隊の派遣を求めている。

 しかし、自衛隊は現在も2万人を超える規模で震災対応を続けている。また、施設部隊はハイチ大地震の復興を支援するPKOに、昨年2月から約330人を半年交代で投入中で、余力は乏しい。南スーダンの治安情勢に不安もある。

 首相退陣表明後の混乱した政治状況も拍車をかける。もともと、民主党政権はPKO参加による国際貢献には積極的で、昨年10月には「PKOの在り方に関する懇談会」を設置し、自衛隊の派遣条件を緩和するPKO5原則見直しを視野に入れていた。

 ところが、懇談会は今月4日に中間報告で5原則見直しを先送り。座長の東祥三副内閣相は「方向性を決めたいとの思いもあったが、政治的リーダーシップが必要」と語り、PKOに対する政権の関心が低下していることを認めた。【坂口裕彦】

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 ◆南北スーダンをめぐる動き◆

1899年 英国とエジプトが南北スーダンを共同統治下に

1955年 第1次南北内戦が勃発

1956年 南北一体のスーダン共和国独立

1972年 第1次内戦が停戦

1983年 政府が南部を含む全土にイスラム法を導入。南部が反発し、第2次内戦に突入

1993年 米国がテロ支援国家に指定

2005年 南北が包括和平合意を締結し、内戦終了

2011年 1月に南部独立を問う住民投票、賛成多数で独立決定。7月9日、南部が南スーダン共和国として独立

毎日新聞 2011年7月18日 東京朝刊



 
 
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新スーダンポンド発行、南との「通貨戦争」に懸念

2011年07月25日 13:26 発信地:ハルツーム/スーダン

【7月25日 AFP】今月独立した南スーダンが18日に「南スーダン・ポンド」を発行した一方で、スーダンは24日、新しいスーダンポンドを発行した。

 新スーダンポンドの発行で「通貨戦争」が起きるとの懸念も広がる中、スーダン中央銀行は、旧スーダンポンドについては南スーダン側と交渉する用意があると述べている。

 スーダン中央銀行総裁は、旧スーダンポンドがいつまで流通するかとの質問に対し、明確な回答は避け、「可能な限り迅速に」新ポンドへの移行を完了させるとだけ語った。新スーダン・ポンド紙幣は、9日の南スーダンの独立を受けて、国の地図を描き直したほか、いくつかの図像を取り去った。

 旧スーダン・ポンドは、食糧価格の高騰や国家財政のぜい弱性などのために近年価値が急落していた。1米ドルの公式為替レートは2.67スーダン・ポンドだが、闇市場では3.5スーダン・ポンドにまで下がっている。

 18日に南スーダン・ポンドが発行されたことを受けて、スーダン・ポンドのいっそうの下落が危惧されていた。また、旧スーダン・ポンドがどちらかの国であふれるのではないかとの懸念が広がっている。(c)AFP



 
 
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2011年8月3日10時5分

スーダンPKOで4人死亡 エチオピア人隊員、地雷で

 国連は2日、スーダンと7月に分離独立した南スーダンの国境にある産油地帯アビエイに展開する平和維持活動(PKO)部隊UNISFAのエチオピア人隊員4人が、パトロール中に地雷の爆発で死亡したと発表した。他にも7人が負傷したという。

 UNISFAは、アビエイの領有を争ってきたスーダンとスーダン南部(現・南スーダン)が非武装化で合意したことを受け、6月末に国連安全保障理事会が派遣を決議。エチオピア軍を主体に本格的な監視活動を始めたばかりだった。(ニューヨーク=春日芳晃)



 
 
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地雷でPKO兵士4人死亡 南北スーダン係争地

2011/8/3 10:32

 【ナイロビ=共同】AP通信などによると、スーダンと、7月に分離独立した南スーダンの係争地である油田地帯アビエイ地区で2日、国連平和維持活動(PKO)部隊のエチオピア軍兵士4人が地雷の爆発で死亡し兵士7人が負傷した。国連報道官が明らかにした。

 アビエイ地区は南スーダンの独立を控えた5月、スーダン政府軍が武力で制圧。国連安全保障理事会が6月、4200人規模のエチオピア軍によるPKO部隊派遣を決議した。スーダンと南スーダン双方は同地区の非武装化で合意しているが、係争解決の見通しは立っていない。



 
 
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政府、南スーダン支援のためのPKOに陸自施設部隊の派遣検討 8月下旬に現地調査団派遣へ

長期の内戦の末、7月に独立した南スーダンを支援するためのPKO(国連平和維持活動)に、政府が陸上自衛隊の施設部隊を派遣する検討に入り、8月下旬に現地調査団を派遣する予定であることがわかった。

調査団は、外務省や防衛省の職員からなり、8月下旬に南スーダンに入り、現地の治安状況などを調べることにしている。

政府は、陸上自衛隊の施設部隊を2012年に派遣する方向で検討を始めており、それに先立って、今後数カ月以内に、数人の司令部要員も派遣する方針。

(08/06 07:38)



 
 
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2011年8月9日22時52分

国連、日本にPKO派遣熱望 南スーダンの道路整備など

 先月独立した南スーダンで道路建設などを担う国連平和維持活動(PKO)に日本が参加するよう、国連が熱望している。ハイチの道路整備などで実績を残す日本の技術力を高く評価してのことだ。ただ、日本側は、自衛隊の派遣には慎重な姿勢だ。

 国連の潘基文(パン・ギムン)・事務総長は8日夜、菅直人首相に「日本からぜひ(陸上自衛隊の)施設部隊を派遣してほしい」と申し入れた。9日朝には北沢俊美防衛相にも直談判をした。

 国連PKO局は自衛隊を「インフラ整備で世界最高水準の技術を持つ」と評価する。これを決定づけたのは、巨大地震に見舞われたハイチでの活動だった。

 日本が派遣した陸上自衛隊は、昨年3月末から2カ月間で、壊滅的被害を受けた首都ポルトープランスから隣国ドミニカ共和国まで続く幹線道路を整備。盛り土を施し、雨期でも冠水しない。必要物資を届けるライフラインとして今も使われている。国連幹部は「南スーダンでも同じような活躍をしてほしい」と話す。



 
 
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陸自 南スーダンPKOへ司令部要員派遣 「陸自のインフラ整備技術は最高!」

 2011年8月12日 10:00 

潘基文国連事務総長の要請受け

9日、政府は、南スーダンでの国連平和維持活動(PKO)に陸上自衛隊員2名程度を派遣することを決定した(msn産経ニュース10日報)。これは、同日行われた国連の潘基文事務総長と北沢俊美防衛相の会談において、潘氏からPKOへの派遣要請を受けての措置。派遣時期は11月。司令部要員としての派遣になる。8月下旬から現地調査などを行い、9月下旬の国連総会開催時期には正式発表したい考えだ。

陸自、インフラ整備で世界最高水準

南スーダンは、先月29日に「南スーダン共和国」として独立したばかり。国連は、同国に対し、8000人規模のPKO部隊を派遣して、独立後の同国の安定を支援する予定だ。

asahi.comが伝えるところによれば、南スーダンPKOへの自衛隊派遣要請の背景には、ハイチの巨大地震からの復興作業で見せた自衛隊のめざましい活躍がある。国連のPKO局は、自衛隊を、 インフラ整備で世界最高水準の技術を持つ

と評価しているという。

http://www.africa-news.jp/news_jDpSFni9d.html



 
 
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[FT]南スーダンで市場開拓に挑むビール世界2位

2011/8/16 14:18

(2011年8月16日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)

 ビール世界2位の英SABミラーが、アフリカで最も開発が遅れた貧困国の南スーダンにビール醸造所を建設するという大きな賭けに出た際、過去に例のないビジネス手法を用いなければならないのは誰の目にも明らかだった。

■手つかずのまま残された市場

 まず、土地所有制度が未整備な地域でいかに土地を確保するかという課題は、建設予定地で牛を1頭いけにえにささげ、地元民向けにトラクターを1台購入し、さらに土地使用料を支払うことで解決した。

 醸造所は1年8カ月以上前に開業したが、操業に困難が伴い、費用が高くつくのは今も同じだ。独立を果たしたばかりのこの内陸国にビールの原材料を運ぶには、ケニアのモンバサ港から陸路を経由しなければならない。通関に数週間かかり、その後、トラックで1週間かけケニア、ウガンダを通過し首都のジュバに到着する。これだけで1万5000〜2万ドルの費用がかかる。

 これは極端な例かもしれないが、経済が急成長するアフリカ大陸への進出をもくろむ企業が直面する問題をよく表している。

 同社のアフリカ担当役員のマーク・バウマン氏は「南スーダンは魅力的な市場だ。人口は800万人もいるのに、ビールの醸造所がないのだから」と語り、「アフリカ大陸でも、これほど手つかずのまま残された国は少ない。リスクはかなり大きいが、チャンスも途方もなく大きい」という。

 大陸全体のインフラ整備の遅れは、企業がアフリカ向けの投資を増やそうとする際、大きな障害になる。しかし、可能性もまた大きい。サハラ砂漠以南のアフリカの今年の経済成長率は5.5%が予想されるが、ビール消費量は年間1人当たり7〜8リットルしかない。大陸最大の経済大国で開発が最も進んだ南アフリカの同60リットルとは比べものにならない。

■年率8〜10%の生産増見込む

 南アフリカは大陸全体の電力の95%を生み鉄道網の3分の2を擁するが、いまだ電力不足でインフラは未整備なのだから、他国が抱えるインフラ不足は推して知るべしだ。

 アフリカ大陸の17カ国に直接投資するSABミラーは同地域の経済見通しを強気に見ており、同社のビール生産が年率8〜10%で増加すると予測する。昨年は南スーダン醸造所の製造能力を35万ヘクトリットル(1ヘクトリットル=100リットル)に倍増し、原材料となるイネ科のソルガムを地元で調達するなどしてコスト削減を図っている。

 醸造所をジュバ以外に建設する予定もあったが、道路の舗装が追いつかないため、計画延期を余儀なくされた。

 アフリカ大陸では公共サービスを政府に頼れないため、電力、水道、下水処理施設などは自前で調達しなければならない。その結果、新しい施設の建設費は先進国で建てる場合の3割増しになるとバウマン氏は指摘する。

■未整備のインフラや統治の違いがハードル

 劣悪な道路と鉄道網の未整備という二重苦により、巨大な醸造所を1つ作り全国に流通させるというビジネスモデルも多くの地域で通用しない。

 例えば、SABミラーは、タンザニアに、南アの基準からすれば小規模な300万ヘクトリットルの製造能力をもつ4つの醸造所を擁する。最新の醸造所は同国南西端のムベヤに建設した。商都ダルエスサラームからビールを輸送する際の年150万ドルの経費を削減するためだ。

 南スーダンの醸造所建設費は約7000万ドルだったが、国内の遠隔地の販売を押し上げたとバウマン氏は語る。「アフリカの課題は、10億人の人口を擁しながら分散し、それぞれの国が独自の官僚組織を有し、多くの国の規模が利益を生む基準に達しないことだ」という。

 同氏は「大陸全土で25の醸造所を作り全大陸に向け出荷できれば一番効率的だが、アフリカではそれができない」としながら、アフリカも徐々にではあるがインフラ上の制約を克服しつつあると述べる。

 また「アフリカ全体を見渡せば、事態は急速に良くなっている。統治、道路など、あらゆる面で改善が進んでいる」とみる一方、「電力、水道などの公益事業分野ではいまだ進展が見られない」と指摘する。

By Andrew England



 
 
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南スーダン、民族間で衝突 40人死亡

2011/8/20 19:33

 報道によると、南スーダン東部ジョングレイ州で18日、異なる民族同士の衝突が起き、英BBC放送(電子版)によると少なくとも40人が死亡した。死者数は増える恐れが高い。ムルレ民族のグループが敵対民族の村を襲撃、女性や子供70人が連れ去られたとの情報もある。(ナイロビ=共同)



 
 
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国軍と反政府勢力衝突、60人死亡…南スーダン

 【ヨハネスブルク=中西賢司】AP通信によると、南スーダン軍の報道官は21日、同国北東部の上ナイル州で、国軍と反政府勢力との間で戦闘が起こり、合わせて60人が死亡したと発表した。

 戦闘があったのは19日で、軍報道官は、反政府勢力が北隣のスーダンから国境を越えて攻め込んだが軍が撃退したとしている。

 また、家畜を巡る部族間衝突が多発する南スーダン東部ジョングレイ州では18日、牛を巡ってムルレ族の武装集団が対立するロウ・ヌエル族の村を襲い、125人が死亡したという。

 7月に独立した南スーダンでは、対立する勢力間の緊張緩和と治安維持が重要課題となっている。

(2011年8月22日20時27分 読売新聞)



 
 
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民族衝突で600人死亡、家畜泥棒で治安悪化 南スーダン

2011.08.23 Tue posted at: 12:09 JST

(CNN) 7月に独立したアフリカの南スーダンで、民族間の衝突により少なくとも600人が死亡、畜牛2万6000頭が盗まれたと伝えられ、国連事務総長の南スーダン担当特別代表ヒルデ・ジョンソン氏が22日、双方に自制を促した。

南スーダン当局などによると、東部ジョングレイ州で18日にムルレ族とロウ・ヌエル族の衝突が起き、600人が死亡、750人以上が負傷した。国連は19日、衝突が起きた2カ所に調査団を派遣し、このうち1カ所で28人、もう1カ所で30人の負傷者を確認。多数の小屋が焼失していると報告した。

国連南スーダン共和国ミッションによれば、衝突はムルレ族の一部がロウ・ヌエル族の村を襲撃して起きた。現在までに衝突はほぼ収まったが、秩序維持のためには和解に向けた働き掛けが必要だとしている。

国連は7月の報告書で、今年1月から6月にかけて南スーダン各地で起きた衝突により約2400人が死亡したと伝えていた。そのほとんどが、ジョングレイ州で家畜泥棒を発端とする衝突の犠牲者だという。

同国では畜牛が富と社会的地位の象徴とされ、家畜泥棒が治安悪化の主因となっている。



 
 
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警官に襲われ国連職員重傷=南スーダン

 【ジュネーブAFP=時事】国連人権高等弁務官事務所は26日、国連の人権問題担当職員が南スーダンで警官に襲われ重傷を負ったと発表、「到底認められる話ではない」と批判した。

 職員は、首都ジュバのホテルのロビーで20日、12人前後の警官から殴る蹴るの暴行を受け、数時間拘束された。警官らの目的は職員の部屋の捜索だった。職員は解放された後、5日間入院したという。(2011/08/27-09:37)



 
 
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2011年8月29日1時9分

独立の南スーダン、内閣発足 北部与党元メンバーも入閣

 先月9日に独立した南スーダンのサルバ・キール大統領は27日、正式内閣を発足させた。内戦を戦ってきた北部与党の元メンバーも入閣させるなど、内外の情勢に配慮を見せた。

 ロイター通信などによると、今回の組閣では民族同士の融和も考慮し、幅広い地域や民族から選ばれた。

 スーダンは、半世紀にも及ぶ南北内戦の末、2005年に包括和平合意を締結。今年1月に実施された住民投票の結果、圧倒的多数の南部住民が独立を支持した。(カイロ=杉山正)



 
 
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南スーダン、首都移転へ 5〜6年かけ中部に

2011/9/4 20:07

 7月に独立国となった南スーダンからの報道によると、南スーダン政府は4日までの閣議で、首都を現在のジュバから同国中部レイク州ラムシェルに移転することを決めた。マリアル情報相は記者団に対し、移転には5、6年かかると述べた。

 ジュバの土地は地元のバリ民族のもので、同民族の同意がなければ投資などを行えないとして、政府は以前から移転を検討していた。ラムシェルには使われていない広大な土地があるという。

 ラムシェルの住民の多くは最大民族ディンカで、政府中枢にはディンカが多い。スーダンの南北内戦を戦ったスーダン人民解放軍(SPLA)のカリスマ的指導者、故ジョン・ガラン氏は、ラムシェルが首都となることを希望していたという。閣議は2日に開かれた。

 ジュバは内戦終了後、急ピッチで開発が行われてきたが、道路や電力などのインフラの本格整備は進んでいない。(ナイロビ=共同)



 
 
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2011年9月22日3時4分

首相、国連総長に南スーダンPKO派遣表明へ

 国連総会出席のため米ニューヨークを訪問中の野田佳彦首相は21日午後(日本時間22日未明)、国連の潘基文(パン・ギムン)事務総長と会談する。首相は今年7月に独立した南スーダンの国連平和維持活動(PKO)に少人数の司令部要員を派遣すると伝えるほか、陸上自衛隊の施設部隊の派遣が可能かどうかを見極めるため、現地の治安情勢などを調べる調査団を出すことも表明する。

 首相が自衛隊のPKO派遣に踏み込むのは、初の外交舞台で国際貢献に積極的な姿勢を打ち出す狙いがある。首相は23日の国連総会一般討論演説でも、南スーダンPKOへの自衛隊派遣について前向きな姿勢を表明する見通しだ。

 司令部要員と調査団を派遣することになれば、野田首相は施設部隊の派遣について政治決断を迫られる。スーダンとの国境付近では紛争や略奪が続いているため、政権内には治安情勢を不安視する声もある。施設部隊を派遣する場合は、自衛隊の武器使用基準の緩和などが焦点になる。



 
 
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陸自の南スーダンPKO派遣表明 首相、国連事務総長に

2011/9/22 8:41 (2011/9/22 10:48更新)

 【ニューヨーク=中山真】野田佳彦首相は21日午後(日本時間22日朝)、潘基文(バン・キムン)国連事務総長と会談し、7月に独立したアフリカの南スーダンの国連平和維持活動(PKO)に、陸上自衛隊司令部要員2人を送る方針を伝えた。そのうえで、現地への施設部隊の派遣について「現地調査をしたうえで結論を出したい」と語り、検討を進める考えを示した。

 これを受けて一川保夫防衛相は22日午前、防衛省内で幹部会合を開き、司令部要員と合わせ、現地の治安情勢などを調べる調査団の派遣についても、準備を指示した。

 首相は潘事務総長に「日本の得意分野で新しい貢献をしたい」と表明した。南スーダンは7月、20年以上に及ぶ内戦を経てスーダンから独立した。ただ、スーダンとの国境付近では依然として紛争や略奪が相次ぎ、現地の治安情勢を不安視する向きもある。

 施設部隊の派遣の是非を巡っては、自衛隊の武器使用基準緩和など「PKO参加5原則」の見直しが焦点となりそうだ。

 南スーダンPKOについては、潘事務総長が8月上旬に来日した際、当時の菅直人首相との会談で、インフラ整備を念頭に施設部隊の派遣を要請していた。民主党政権は2010年2月のハイチでの大地震復興支援で自衛隊を派遣している。



 
 
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政府、南スーダンPKOに陸自施設部隊の派遣が可能かどうか検討のため調査団を出発させる

政府は、南スーダンでのPKO(国連平和維持活動)に、陸上自衛隊の施設部隊の派遣が可能かどうか検討するため、24日午後、調査団を現地に向け出発させた。

南スーダンPKOへの施設部隊派遣について、野田首相は国連総会の演説で、「必要な現地調査を早急に行う」と表明した。

現地調査団の防衛省・斎藤雅一国際協力課長は「調査団としても、現地の情勢をしっかり調査して、政府の判断に役立てたいと考えています」と話した。

現地調査団は、外務省、防衛省、陸上自衛隊、内閣府などおよそ30人で構成され、24日午後、成田空港を出発した。

25日に南スーダン入りし、およそ1週間の日程で、首都ジュバなどで情報収集にあたる。

(09/24 18:16)



 
 
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野田首相、国連総会で演説

2011/9/24 14:02

野田佳彦首相は2011年9月23日午後(日本時間24日未明)、米ニューヨークで開かれた国連総会で一般討論演説を行った。東日本大震災に対する各国からの支援に対して謝意を示した野田首相は、「日本人は、そして日本国はいかなる困難も克服します」と復興を約束。また財政健全化について「目標に向けて着実に取り組みを進めます」と国際社会に向けた公約を示した。

また7月に独立した南スーダンへ国連平和維持活動(PKO)のための要員派遣を明らかにするとともに、中東・北アフリカでの民主化を支援するため総額10億ドル(約760億円)の円借款を実施すると述べた。



 
 
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2011年10月12日10時26分

南スーダン大統領、治安改善強調 山根外務副大臣と会談

 南スーダンを訪問中の山根隆治外務副大臣が11日、首都ジュバでサルバ・キール大統領と会談した。大統領は国内の治安が改善していることをアピールした。

 野田政権は、南スーダンの国連平和維持活動(PKO)に陸上自衛隊を派遣することを検討している。

 出席者によると、山根副大臣が「日本が引き続き南スーダンを支援し、かつ民間の貿易と投資を拡大するためには平和と安全が不可欠です」と話を向けた。



 
 
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2011年10月15日3時0分

南スーダンに陸自の施設部隊派遣へ PKO

 野田政権は、南スーダンの国連平和維持活動(PKO)に陸上自衛隊の施設部隊を派遣する方針を固めた。第1次の現地調査団が、首都ジュバは治安上の問題はないと結論づけており、ジュバでの活動を念頭に派遣が可能と判断した。今後、国連と協議したうえで早ければ11月下旬に部隊派遣を閣議決定し、年明けにも活動を始める予定だ。

 第1次調査団は内閣府と外務、防衛両省で構成し、ジュバや北部のマラカルで南スーダン政府高官や国連幹部から聴取。関係者の話を総合すると、ジュバは「早期の部隊派遣や活動開始が可能」として、「ジュバを拠点として施設活動を行うことで検討を深めることが適当と判断した」と結論づけた。

 政権は現在、南スーダンまでの補給路などを確認するため、ケニアなど周辺国に第2次調査団を派遣。今月下旬の帰国後に部隊派遣を正式決定し、具体的な派遣規模や日程を固める。



 
 
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南スーダンで反政府勢力と治安部隊が交戦 45人死亡

 南スーダンで29日、北部国境近くのユニティ州マヨムを反政府武装勢力が襲撃し、政府治安部隊との間で交戦になった。政府軍報道官によると少なくとも45人が死亡。うち25人が市民や治安部隊で、20人が武装勢力側だという。

 武装勢力は、隣接するワラップ州への攻撃を示唆し、3日以内に国連や一般市民に退去を求める声明を出しているという。

 南スーダンでは7月の独立以降、国連南スーダン派遣団(UNMISS)の仲裁などで反政府武装勢力と政府の和解が進んでいるが、北部の油田地域を中心に、複数の武装勢力が残存し、度々交戦が起きている。南スーダンは、これらの組織が北に隣接するスーダンに支援されていると主張している。政府軍報道官は「地雷や武器だけでなく戦闘員もスーダン政府が出している」と話した。

 日本は南スーダンに陸上自衛隊の施設部隊を派遣し、道路整備などにあたる方針。比較的治安が安定している首都ジュバ周辺が念頭に置かれている。(ナイロビ=杉山正)



 
 
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南スーダン難民キャンプをスーダン軍が空爆、12人死亡

2011年11月11日 15:01 発信地:ジュバ/南スーダン

【11月11日 AFP】スーダン軍が10日、南スーダン北部の難民キャンプを空爆し、地元ユニティ(Unity)州パリアン(Pariang)郡当局によると12人が死亡、20人以上が負傷した。

 空爆の数時間前、南スーダンのサルバ・キール(Salva Kiir)大統領は、南部の油田を狙って戦争の口実を探しているとスーダンのオマル・ハッサン・アハメド・バシル(Omar Hassan Ahmed al-Bashir)大統領を非難していた。

 パリアン郡当局のミアベク・ラング(Miabek Lang)氏によると、空爆があったのは10日午後2時45分(日本時間午後8時45分)ごろ。スーダンに編入され南北の係争地となっている南コルドファン(South Kordofan)州から逃れてきた先住民族ヌバ(Nuba)人の難民や、南北国境地帯のJauからの国内避難民らが村人とともに暮らすYida村が狙われ、死傷者が出たという。

 南スーダン軍の報道官によると、Yida村のほか、上ナイル(Upper Nile)州マレンジ(Marenji)も同日、スーダン軍の空爆を受けた。上ナイル州にも南コルドファンから逃げてきた民間人が数千人あまりいるという。

 南北スーダンの油田は南コルドファン、ユニティ、上ナイルの3州にまたがって存在するが、75%が南側に集中していることから、7月の南部の独立で北部スーダン政府は経済的に厳しい状況に陥っている。10日には南コルドファンでも南への帰属を求めるスーダン人民解放運動(SPLM)系の民兵をスーダン軍が攻撃。産油3州全てでスーダン軍の攻撃があった。(c)AFP/Hannah McNeish



 
 
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陸上自衛隊派遣の南スーダン、難民キャンプに空爆

2011年 11月 11日 14:06 JST 記事を印刷する | ブックマーク | 1ページに表示 [-] 文字サイズ [+]

 [YIDA CAMP(南スーダン) 10日 ロイター] 国連平和維持活動(PKO)として日本の陸上自衛隊の派遣が決まっている南スーダンで10日、難民キャンプが空爆を受けた。犠牲者の数などは明らかになっていない。南スーダン当局者は、空爆はスーダン軍によるものと非難している。 

 現地のロイター記者は、スーダンとの国境から約25キロ離れた難民キャンプで大きな爆発音が聞こえ、地面には約2メートルの穴が開いたとしている。また、白い機体が北の方角に飛び去ったのが見えたという。同キャンプには、国境付近から逃れた約2万人が身を寄せている。複数の目撃者によると、現地ではさらに3回の爆発があった。 

 南スーダンは今年7月にスーダンから独立したが、国境付近では断続的に戦闘が続いており、双方ともにお互いの反政府勢力を支援していると主張している。

 南スーダン当局者は、スーダン軍が今回の空爆を行ったと断定した上で、「彼らは国際的な法律や規則を守るべきだ」と非難。一方、スーダンの治安部隊は空爆への関与を否定している。

 米政府は今回の空爆を強い調子で非難し、本格的な武力衝突への発展を回避するための交渉再開を呼び掛けた。ホワイトハウスは「こうした挑発的な空爆は、スーダンと南スーダンの全面衝突の危険を多いに高めるものであり、米国はスーダン政府に対し、空爆の即時停止を求める」との声明を出した。

 また、日本の各メディアによると、藤村修官房長官は11日、空爆が「スーダン軍によるものなのかどうか情報収集に努めている」と述べた。



 
 
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野田首相、一川防衛相続投に理解求める「沖縄の皆さまに理解いただけるよう努力」

9日に参議院で問責決議を受ける見通しの一川防衛相は、6日の記者会見で、「責任を問われるという致命的なものはない」と述べ、あらためて辞任を否定し、その後の国会審議でも続投する意欲を示した。

一川防衛相は「防衛大臣としての本来の責任を問われるというような、致命的なものは、私はないというふうに思っておりますけれども」と述べた。

一川防衛相は「防衛大臣としての責任をしっかりと務めていきたい」と述べ、問責決議案が可決された場合も辞任する考えがないことを強調した。

また、沖縄での少女暴行事件を「詳細には知らない」と答弁した際に、最初に追及した自民党の佐藤正久議員からも、一川防衛相は参議院の外交防衛委員会で辞任を要求された。

自民・佐藤参院議員は「誰が見ても、一川大臣、大臣としての自覚、ガバナンス、文民統制ができていない。見ていて、非常に哀れな感じがします。自らお辞めになる覚悟はありませんか」とただした。

それに対し、一川防衛相は「私の気持ちは、素直に県民の皆さん方に謝罪をし、おわびを申し上げて、そして沖縄県民の抱えている懸案事項に、今回のいろんなことを教訓にしながら、しっかりと乗り越えていきたい」と答えた。

委員会で一川防衛相は、南スーダンのPKO(国連平和維持活動)での紛争当事国を問われて明確に答えられないなど、答弁に窮する場面も相次いだ。

自民・宇都隆史参院議員は「紛争当事者というのは、スーダン政府になるんですか? それとも反政府勢力になるんですか?」と質問した。

これに対し、一川防衛相は「それは南スーダン国内での問題でございますので、われわれは、どちらがどういう側と折衝するかというようなことは、特にわたし自身は聞いておりません」などと述べた。

自民・宇都参院議員から同じ質問を受けた藤村官房長官は、「今回は紛争当事者はないわけです」と答えた。

自民・宇都参院議員は「そういうことなんです。今回は、紛争当事者がいないというのが答えなんです。防衛大臣、全然わかっていないじゃないですか、ご自分で隊員を派遣するのに」と追及した。

一方、このあとに開かれた参議院予算委員会で野田首相は、田中前沖縄防衛局長の不適切発言については、「厳しい処分を行うべきだ」としたうえで、続投に理解を求めた。

野田首相は「一川大臣、もちろん私も含めて政府一丸となって、沖縄の皆さまのご理解をいただけるよう努力してきたいと思います」と述べた。

藤村官房長官は記者会見で、「年末に向けて大きな課題もある」と述べ、問責決議が可決されても環境影響評価書の提出などに向けて一川防衛相を続投させる考えを示した。

一方、一川防衛相が続投に意欲を示していることに、野党側は猛反発している。

自民・石原幹事長は「(一川防衛相は)『責任を問われる致命的なものではない』とご発言されているようですけれども、一川大臣、沖縄の問題を解決する能力ございませんし」と述べた。

公明・山口代表は「辞任を否定されるという以上は、われわれとしては問責という形でその責任を問うと」と述べた。

さらに、自民党の脇参院国対委員長は、一川防衛相や、山岡消費者問題担当相が問責決議案が可決されても続投した場合、2012年の通常国会での審議には応じられないとの考えを示した。

(12/06 20:25)



 
 
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2011年12月31日(土)

 エンディングロールが流れる画面を見ながら思った。野田首相は、一川防衛相は、この問題作を目にしたのだろうかと。ドイツ映画「ダルフール」(2009年)。描かれるのは戦後最大といわれる虐殺、そして民族浄化の現実だ。犠牲者は200万人以上といわれる。

 ナチスのホロコーストに匹敵するとされるスーダンのダルフール紛争。内戦の形を借りたアラブ系住民によるアフリカ系住民の一方的な殺りくはあまり知られていない。アフリカ奥地で静かに、しかも長きにわたって続いたからである。

 映画はドキュメンタリー風に展開する。ある日、アラブ系の民兵組織がアフリカ系の村を襲う。居合わせた欧米の記者たちは止めようとするが、圧倒的な暴力の前になすすべがない。結局、女性と子供を含む住民全てが殺され、燃やされ、村は跡形もなく消える。

 背景にあるのは奴隷制度の歴史だ。同じ国民だというのに、肌の色が違うというだけでアフリカ系住民は差別される。民族の壁、マスコミの限界をまざまざと見せつけられ、無力感だけが押し寄せた。

 年明けの1月。陸自PKO部隊が派遣されるのは、同じような民族対立から生まれた新国家の南スーダンである。隣接する「現代の地獄」ダルフールから難民が流入し、スーダンとの国境線ではいまだに戦火が絶えない不安定極まりない地だ。憎しみだけが渦巻く混とん世界。そこに放り込まれる隊員の身にもし何かあったら。「想定外」の無責任な一言では済まされない。



*このファイルは文部科学省科学研究費補助金を受けてなされている研究(基盤(B)・課題番号16330111 2004.4〜2008.3)の成果/のための資料の一部でもあります。
 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/p1/2004t.htm

UP:2011
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