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エジプト・アラブ共和国 〜2007年6月


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アフリカアフリカ Africa 2017

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○外務省 各国・地域情勢 エジプト・アラブ共和国


* 新聞記事は、ウェブサイトへの掲載期間が限られています。ウェブで見あたらなくなったら縮刷版で内容を確認してください。

* 幅広く多種多様な情報を紹介しています。情報源、情報が発せられた状況などに留意しながら活用してください。


◆1976/03/02 日経産業新聞 日立建機、カイロなどに3駐在事務所開設。
◆1991/10/09 日本経済新聞 次期国連総長 競うアフリカ勢 非常任理事国選は16日
◆1991/10/14 日本経済新聞 〔インサイド〕ポスト冷戦 国連に新風吹く
◆1991/10/23 日本経済新聞 国連事務総長選 新たに5人が候補 カナダ首相など大物が出そろう
◆1991/11/22 日本経済新聞 国連新事務総長にガリ氏 米欧、「西側寄り」評価 冷戦終結で選出スムーズ
◆1991/11/22 日本経済新聞 学者出身の国際派
◆1991/11/23 朝日新聞 ニュースの顔 国連事務総長に推薦されたブトロス・ガリ・エジプト副首相
◆1991/11/23 日本経済新聞 登場 国連事務総長になるブロスト・ガリ氏 名門の出、交渉で強い態度
◆1991/12/04 日本経済新聞 国連総会 ガリ次期事務総長選出
◆1992/09/04 日本経済新聞 シカゴ小麦が反落 エジプト買い付け遠のき
◆1993/04/23 毎日新聞 エジプトの失神現象
◆1993/09/05 毎日新聞 シリアとヨルダン、PLO 近く首脳会談 暫定自治案を協議 エジプト紙
◆1993/10/16 日本経済新聞 「ゴラン返還へ協力」 ムバラク大統領 米は長期戦の構え 米・エジプト首脳会談
◆1993/11/25 毎日新聞 ヨルダン国王がエジプト公式訪問 湾岸危機後初めて
◆1993/11/26 毎日新聞 エジプト首相狙い爆弾テロ イスラム過激派犯行声明
◆1994/01/05 毎日新聞 [94変わり目の時に]世界の街からの報告/3:欧州の異邦人に冬の風
◆1994/01/08 毎日新聞 14年ぶり、王家のミイラを再び公開 観光活性化を狙う エジプト
◆1994/01/17 朝日新聞 [トピックス]命の水もほどほどが
◆1994/01/19 朝日新聞 機材・測定法普及図る NGOの大気汚染監視支援、政府も助成
◆1994/01/21 日本経済新聞 シリア・エジプト、首脳会談へ
◆1994/01/24 朝日新聞 全国めぐってフン虫を記録 短大講師の塚本珪一さん出版【大阪】
◆1994/01/24 朝日新聞 古代エジプトの文化財、国外持ち出し禁止 日本での展示物戻せと判決
◆1994/02/09 日本経済新聞 ペレス・アラファト・ムバラク三者会談 イスラエル軍撤退交渉
◆1994/02/15 毎日新聞 外国人乗車バス銃撃 エジプト
◆1994/02/17 毎日新聞 来月1日、ミイラ公開へ
◆1994/02/18 毎日新聞 出生率目標、揚げず 指標に「避妊実行率」導入 国際人口開発会議
◆1994/09/02 日本経済新聞 NY金小高く、原油は反落
◆1994/09/03 毎日新聞 ピリピリ厳戒態勢 エジプト政府
◆1994/09/03 毎日新聞 悩み深い中絶問題
◆1994/11/30 毎日新聞 孤高の人
◆1995/06/06 毎日新聞 カイロで中東和平三者協議へ
◆1995/06/28 毎日新聞 ムバラク大統領暗殺未遂で手配
◆1995/06/30 日本経済新聞 エジプト・スーダン、関係きしみ増す ムバラク発言機に。
◆1995/07/17 日本経済新聞 スーダン外交官襲撃される
◆1995/11/11 毎日新聞 娘売る
◆1996/01/05 毎日新聞 エジプト、閣僚入れ替えは6ポスト
◆1996/05/08 日本経済新聞 中国主席 アフリカ歴訪へ 台湾の外交けん制
◆1996/05/09 毎日新聞 アフリカ6カ国歴訪へ 江主席
◆1996/05/18 日本経済新聞 アフリカ舞台に援助外交 中国、台湾の資金力に対抗 「人権」でも支持固め 江沢民主席
◆1999/12/07 日本経済新聞 アフリカ向けの電話51〜67%通話値下げ
◆2005/04/15 JANJAN イスラエルとのぎこちない友好関係
◆2005/07/31 JANJAN 連続爆弾テロ後の影響に備えるエジプト観光業界
◆2005/09/07 JANJAN テロに揺れるシナイ半島
◆2006/03/31 NIKKEI NET 人口を一定に保つ砂漠の秘境
◆2006/05/09 JANJAN シナイ半島の爆破事件は増えるだろう
◆2006/10/06 NIKKEI NET さあ食事――断食月、まず「ナスララ」食す
◆2006/10/19 中国情報局NEWS エジプト:天然ガス採掘・石油精製で中国と協力
◆2006/12/15 JANJAN エジプト:ファトワで女性性器切除は減るか?
◆2006/12/19 ITmedia News Intel、エジプトの町にWiMAXネットワークを構築
◆2007/01/23 外務省 「エジプトにおける母子保健改善計画」のためのユニセフに対する無償資金協力について
◆2007/03/13 JANJAN エジプト:イラン叩き、功を奏せず
◆2007/03/20 yomiuri.co.jp エジプト憲法改正案が可決、テロ対策の政府権限を規定
◆2007/03/23 VOICE OF INDIA エジプト、インド人観光客を誘致
◆2007/03/27 Sankeiweb エジプトで憲法改正案承認 76%賛成、野党は批判
◆2007/03/28 NIKKEI NET エジプト国民投票、憲法改正案を承認
◆2007/03/30 JANJAN エジプト:ムスリム同胞団への弾圧強まる
◆2007/04/17 VOICE OF INDIA インド、1,500〜2,000万キロの紅茶をエジプトに輸出へ
◆2007/04/20 毎日新聞 エジプト外相:日本メディアと会見 イラク難民処遇に言及
◆2007/04/30 JANJAN サウジ外交はエジプトの役割奪うか
◆2007/04/30 くまにちコム 「エジプトの秘宝」貸して 考古学評議会が要請へ
◆2007/05/01 asahi.com ミイラと古代エジプト展に10万人 神戸市立博物館
◆2007/05/02 NIKKEI NET エジプト大統領、イラン核開発の連鎖懸念・書面で回答
◆2007/05/02 NIKKEI NET 日中外相、エジプトで4日会談・首脳会談で調整へ
◆2007/05/02 外務省 麻生外務大臣のエジプトにおける日韓外相会談
◆2007/05/03 毎日新聞 安倍首相:エジプトに到着 ムバラク大統領と会談
◆2007/05/03 毎日新聞 安倍首相:ムバラク・エジプト大統領と「関係強化」で一致
◆2007/05/07 毎日新聞 エジプト:多国籍軍機が墜落、9人死亡 シナイ半島の砂漠
◆2007/05/18 JANJAN イラク:さらに話し合いは続く
◆2007/05/22 cri エジプト人民議会議長ら、中国アフリカ協力を評価
◆2007/06/01 タウンニュース 保育の楽しさを世界へ 青年海外協力隊としてエジプトで保育に携わった
◆2007/06/04 外務省 エジプト・アラブ共和国に対する無償資金協力「ダマンフール農業機械化センター近代化計画」に関する書簡の交換について
◆2007/06/05 IBTimes 外務省、エジプトへの無償資金協力を発表
◆2007/06/09 AFP BB News エジプト人聖職者拉致事件の初公判始まる
◆2007/06/11 中国情報局NEWS 上海から世界へ。皆さまのニーズにあった旅を:姚激
◆2007/06/12 IDSC 鳥インフルエンザ−エジプトにおける状況−更新16
◆2007/06/12 NIKKEI NET 三井造船、エジプト社からコンテナ用クレーン受注
◆2007/06/13 中日新聞 エジプトの魅力をぎっしり展示 高山の光記念館
◆2007/06/21 AFP BB News 中東首脳会談、次週エジプトで開催
◆2007/06/21 asahi.com ハマス抜きの中東首脳会談呼びかけ エジプト大統領
◆2007/06/22 毎日新聞 4首脳会談:24日にエジプトで開催へ
◆2007/06/22 AFP BB News パレスチナ危機を受け、中東和平4者協議がエルサレムで開催へ
◆2007/06/22 TRAVEL VISION ルフトハンザ、エジプト航空とフランクフルト/カイロ線などでコードシェア
◆2007/06/23 JANJAN エジプト政府に対抗するベドウィン
◆2007/06/25 Sankeiweb スパイでエジプト人技術者らに終身刑 邦人男性も?
◆2007/06/26 中日新聞 アッバス議長支援で一致 エジプト中東首脳会議
◆2007/06/27 時事ドットコム パレスチナの対立で仲介の用意ある=エジプトとサウジ
◆2007/06/27 NIKKEI NET 古代女王のミイラ発見か・エジプト、「ツタンカーメン級」
◆2007/06/28 外務省 エジプト・ザファラーナ風力発電事業のCDM事業登録について
◆2007/06/28 毎日新聞 ミイラ:古代エジプトの女性「ファラオ」と特定
◆2007/06/28 中日新聞 DNAで女性ファラオ特定 エジプトで100年前発掘ミイラ
◆2007/06/28 NIKKEI NET エジプトのミイラ、古代女王と判明・専門家「画期的な成果」


 
 
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1976/3/2

日立建機、カイロなどに3駐在事務所開設。

日経産業新聞

日立建機は1日、輸出増強の一環として51年4月をメドに、カイロ(エジプト)、テヘラン(イラン)、ヨハネスブルグ(南ア連邦)の3カ所に現地駐在員事務所を新設することを明らかにした。ショベル業界は経営環境の悪化に対応、海外市場の新規開拓に努めており、同社でも50年春、ベイルート、シンガポールに海外事務所を初めて開設するなど、積極的な輸出戦略を展開中。



 
 
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1991.10.9

次期国連総長 競うアフリカ勢 非常任理事国選は16日

日本経済新聞

ニューヨーク8日=守田記者

国連安全保障理事会の十五理事国が、今年末で退任するデクレヤル現理事総長の後任候補者のリストアップ作業を開始した。早ければ十一月早々にも新しい「国連の顔」が決まる公算が大きい。また国連事務局筋によると、国連総会は安保理の非常任理事国選挙を十六日に実施すると内定。十月中旬から下旬にかけて、国連の新しい枠組みが一気に固まる見通しになった。

安保非常任国の選出日程については、八日か九日にシハビ総会議長(サウジアラビア国連大使)が正式発表する見込み。改選される五カ国の後任には、日本がアジア代表として立候補しており、総会で加盟国の三分の二の賛成を得れば、三年ぶりに安保理に復帰する。

一方、七日の安保理では事務総長選出までの手続きを協議し、一、現時点までの立候補者をリストアップする、二、リストは新たな立候補者があるたびに付け加える、三、十月末までの選出を目指すーーことを確認した。安保理のガレカーン議長(インド国連大使)は記者団に「七日から事務総長選出手続きが始まった」と述べた。

同日リストアップされたのは、現時点で最有力といわれるエジプトのガリ副首相、それにジンバブエのチゼロ蔵相、国連貿易開発会議(UNCTAD)のダジール事務局長(ガーナ)などアフリカ勢が中心。アフリカ勢は加盟国数こそ最も多いが、まだ事務総長を送り出した例がないため、次期総長選への意欲が高まっている。

ただ、このリストからすんなり事務総長が選ばれるとは限らない。他地域の有力候補者はアフリカ勢同士がつぶし合うのを待って、ギリギリまで立候補を見合わせる構えという。アフリカ勢以外ではブッシュ米大統領と親しいアガ・カーン湾岸人道問題特別代表(イランなどの多重国籍)、立候補すれば「初の女性候補」になるブルンラント・ノルウェー首相らの名が取りざたされている。

新事務総長は安保理の推薦を受けて、国連総会が決定するが、従来は利害関係の薄い小国出身者が選ばれることが多かった。



 
 
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1991.10.14

〔インサイド〕ポスト冷戦 国連に新風吹く

日本経済新聞

ポスト冷戦の時代に入り、国際連合の担う役割が大きく変わろうとしている。南北挑戦やバルト三国の加盟で新しい風が吹き込む一方、永らく国連の「顔」として地域紛争の調停にあたってきたデクレヤル事務総長が近く交代する。国連はどう変ぼうしようとしているのか、本部のあるニューヨークをはじめ、内外の担当記者が話し合った。

時期事務総長は?
エジプト副首相有力 緒方弁務官にも人気

デスク デクレヤル現事務総長が今年末で退任するね。後任の下馬評はどうなの。

K 現時点で本命視されているのは、エジプトのガリ副首相だ。コプト系のクリスチャンで、奥さんはユダヤ人。拒否権を持つ安保理の五常任理事国が、どこも拒絶反応を示していないのが強みだ。フランスでドクターをとっているから、一番うるさいあの国も文句を言わないしね。大国からの選出を避けてきたこれまでの例にもかなっている。

S ニューヨーク・タイムズ紙が最近、ガリ氏を社説で「最善の選択」とベタぼめした。過去五代、事務総長が出ていず、今回は「最優先地域」と言われているアフリカの国でもあるしね。日本とも割合いいんだ。唯一の問題は六十八歳という年齢かな。

O 対抗は元国連難民高等弁務官で、湾岸戦争では、人道問題の国連特別代表を努めたアガ・カーン氏(イランなどの多重国籍)だろう。イスラム教の一派の教祖で、不思議なカリスマ性を持っている。八一年の総長選挙の投票ではデクレヤル氏を上回る支持を得たがソ連に拒否された。本人は今回もやる気満々で、ソ連にも根回ししているようだ。ブッシュ米大統領の個人的支持も強みだ。

K 穴馬はノルウェーの女性首相、ブルントラント氏あたりかな。いままで女性事務総長はいないから狙い目なんだが、北欧出身事務総長はリー、ハマーショルド両氏に続いて三人目になるからねえ。

W 女性でむしろ面白いは現国連難民高等弁務官の緒方貞子氏だろう。国連ミニコミ紙「ディプロマティク・ワールド・ブレティン」が推薦するなど、当地での人気は相当なもの。外務省関係者には「あわよくば」と思っている人がたくさんいる。でも日本は「総長資格外」の大国扱いされているから。正攻法ではちょっとね。デクエヤル選出時みたいに、調整がつかなくなった時に祭り上げられるのを待つ作戦しかないね。

S サッチャー前英首相、シェワルナゼ元ソ連外相という大物の名前も出ているけど、非同盟諸国の反発が想像以上に強いから、実際にはどうかね。米国国連協会が先ごろ米国人四千二百人を対象に実施した「次期総長候補」調査では、人気ナンバーワンだったのはカーター元大統領だ。

N でも本気で米国から事務総長をという声はあまり聞いたことがない。事務総長を出せば、もっとしばられるし、自国出身の事務総長ではかえって動きにくいからね。

デスク 各国や各候補者が事務総長ポストに目の色を変えるのはなぜなんでろう。

O 事務総長の報酬は年間十九万五千ドル。あとリムジンの送り迎えが付くことぐらいが待遇面での魅力かな。でもアガ・カーン氏なんてレマン湖畔にお城を持っているぐらい。何よりも世界の宰相、世界平和の番人という名誉が欲しいんだろうね。

W 無力だ無力だといわれる事務総長だけど、取りあえず地域紛争の調停の相談にくる。今の世界は「国連本位制」だから、事務総長に自国出身者を送り込めれば確かに大きいよ。

デスク どういう手続きで決まるのかな。

S 最終的には国連総会で加盟国の三分の二の支持を得ればいいんだが、安保理での推薦を得るのが難関だ。選出過程は秘密だから、中国は構わず拒否権を使ってくるし、フランスも「フランス語ができない候補には拒否権行使」と厳しいよ。



 
 
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1991.10.23

国連事務総長選 新たに5人が候補 カナダ首相など大物が出そろう

日本経済新聞

年内で任期切れとなるデクレヤル国連事務総長の後任選出手続きを進めている国連安全保障理事会は二十一日、すでに名前が挙がっている九人に加え、新たに五人を候補者リストに加えた。新候補はカナダのマルルーニー首相、ノルウェーのブルントランド首相など、西側での知名度が高い大物ぞろい。

安保理のガレカーン議長(インド国連大使)によると、この日新たにリストに加えられたのは、マルルーニー、ブルントラント両首相のほか、ノルウェーのシュトテンベルグ外相(前国連難民高等弁務官)、オランダのファンデンブルック外相、イランなど多重国籍のアガ・カーン元国連難民高等弁務官。同議長は「理事国から提案があった」とだけ述べ、リスト増枠の理由は明らかにしなかった。リスト入りは「本人の意志が働いているのは常識」(国連筋)で、マルルーニー首相らは選出時には本国のポストを退任することになる見通しだ。

今回の選出手続きは当初、過去五代にわたって事務総長が出ていないアフリカの候補に先議権があるとされ、エジプトのガリ副首相、ジンバブエのチゼロ蔵相などこれまで名前が挙がった九人中八人までがアフリカ出身者だった。

国連関係者の間では「初の女性候補者となるブルントラント首相がアガ・カーン氏らとともに本命の一角に登場した」との見方が出ている。マルルーニー首相についてはブッシュ米大統領が後ろ盾になっているとウワサされているものの、非同盟諸国が「西側先進国の国連支配につながる」と反発するのは確実で、実現は微妙だ。

候補が地域的に広がったことで、選出手続きが一段と複雑になるのは必至。当初予定していた十月中の選出は難しくなり、国連関係者の間では「米国は安保理での選出手続きを十月の議長のインドや十一月のルーマニアにゆだねず、十二月のソ連に持ち越すハラなのではないか」(事務局職員)という見方も浮上してきた。



 
 
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1991.11.22

国連新事務総長にガリ氏 米欧、「西側寄り」評価 冷戦終結で選出スムーズ

日本経済新聞

ニューヨーク21日=岡田記者

国連の新事務総長にエジプトのガリ副首相の就任が事実上決まった。「初の事務総長誕生を」とのアフリカ諸国の悲願が実現することになるが、ガリ氏を選出した理由としては、欧米諸国が、アフリカ勢の中にあっては西側寄りの立場を示してきた同氏の現実的姿勢を評価したことが大きい。冷戦終結によって国連内部でも東西対立が薄れ、各国共拒否権発動を極力抑制しようとしていることも、スムーズに事務総長が選出された背景にある。

エジプトはアラブ諸国の一角だが、ガリ副首相は少数派のキリスト教宗派であるコプト系教徒。夫人がユダヤ人であることやフランスで博士号をとった経歴などから西側先進諸国にも拒否反応は少なく、かねて最有力候補の一人に名前があがっていた。中国は事務総長を最後まで争ったジンパブエのチゼロ蔵相を支持していたが、ガリ副首相に拒否権を発動するまでには至らなかった。

二十一日の安保理での新事務総長推薦決定の直前まではガリ、チゼロ両氏を候補としたまま選出は来週に先送りするとの観測が有力で、米国が両氏に代わる第三の候補を打ち出してくるのではないかとの観測もあった。しかし昨年五月以降は拒否権が発動されていないなど国連内には対立を極力回避するムードが高まってきた。新事務総長獲得にかけるアフリカ諸国の強い希望をくつがえしてはしこりを残すとの判断が米国にも働いたとみられる。



 
 
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1991.11.22

学者出身の国際派

日本経済新聞

ニューヨーク21日=守田記者

「ドクター・ガリ」。次期国連新事務総長となるエジプトのプロスト・ガリ副首相を同国民はこう呼ぶという。権力臭の漂いがちなアラブの政治家の中にあって学者出身のガリ氏は異色の存在ともいえる。

一九二二年カイロに生まれ、カイロ大学法学部を卒業した。その後、フランスのパリ大学で法律、政治などを研究し、博士号(国際法)を取得した。カイロ大学教授のほか、フランスなどでも教べんをとった経験があり、英語とフランス語にたんのうな国際派。今年五月に副首相に就任。



 
 
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1991.11.23

ニュースの顔 国連事務総長に推薦されたブトロス・ガリ・エジプト副首相

朝日新聞

ニューヨーク=川上洋一

早くから最有力候補ではあった。が、何回かの投票の末に、との大方の予想に反して、一回の投票であっさりと国際公務員最高のいすを射止めた。

二十一日の安保理の投票に残ったジンバブエの蔵相のようなブラック・アフリカからの選出が、アフリカ地域諸国の本意だったともみられるが、ともかくアフリカ出身総長が実現する。アフリカ一辺倒ではなく、しかもアフリカ出身というところが決め手になったようだ。外務担当国務相として七八年の中東和平をめぐるキャンプデービッド合意に深くかかわったのをはじめ、今年五月副首相に昇格するまで十四年もエジプトの外交の中枢にあった。故サダト前、ムバラク現大統領の信頼も厚かった。

かつてイスラエルのベギン首相にあからさまに嫌われたほどタフな交渉技術を持つ。中東和平にはずみがついている時期に、一方の当事者アラブ側から総長が出ることに懸念がないでもない。出身国エジプトの米国寄りの姿勢がそれをかき消したといえよう。

湾岸戦争このかた注目を浴びることの多くなっている国連で、期待される。

国連をはじめとする多数の国際機関で十分な場数を踏んでいる。二二年十一月十四日、エジプト南部の裕福な地主の家に生まれた。コプト(キリスト)教徒で、祖父が首相、叔父が外相を務めた政界の名門でもある。リディア婦人はユダヤ系エジプト人。



 
 
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1991.11.23

登場 国連事務総長になるブロスト・ガリ氏 名門の出、交渉で強い態度

日本経済新聞

カイロ=安岡記者

アラブ、アフリカ、イスラム教圏から、初めての国連事務総長になる。七七年以来、エジプト政府での長い外交担当国務相としての経歴でも、中東、アフリカ外交が専門で、いわば“第三世界の色が濃い”人物である。

本人も「アフリカはまだ国連で主要ポストを得ていないが、途上国の問題に敏感な人間が事務総長を務めることは、国連の利益になる。東西対立の中で無視されてきた南北問題に、より良いバランスをもたせられる」と第三世界から事務総長を出す意義を強調してきた。

しかし、本人の風ぼう、物腰などは、アラブ、アフリカの政治家のイメージからは遠い。祖父が首相、おじが外相、そのほかにも閣僚、議員を輩出した名門の出だが、本人はカイロ大学で国際法、政治学を学んだ後、パリ大学に留学し博士号を取った。サダト大統領(当時)に閣僚に引き立てられる前は、大学の教授だった。宗教はエジプト国民の約一割を占めるとされるキリスト教の一派コプト教であり、夫人はユダヤ系エジプト人だ。

こうした履歴・背景は、エジプト政府で外相の地位に就くのを妨げた。ところが皮肉なことに、今回の事務総長選びでは、欧米諸国に安心感を与え、事務総長に選ばれる上で有力な材料になった。

政治家として注目されたのは、七七年十一月、時のエジプト外相がサダト大統領のエルサレム訪問に抗議して辞任した後、外相代理に任じられてからだ。イスラエルとの和平交渉では、一歩もひかぬ強い態度を続け、交渉相手のベギン首相(当時)が、交渉団からの排除をエジプトに求めるほどだった。

会う人に「やはり政治家というよりは学者だ」と言わせる繊細な面と、強行派で鳴らした元地下活動闘士のイスラエル首相に音をあげさせる強さを共に持つようだ。冷戦の終結で重みを増してきたとされる国連事務総長の仕事には、どちらの顔が多く現われるのだろうか。



 
 
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国連総会 ガリ次期事務総長選出

日本経済新聞
1991年12月4日
ニューヨーク3日=守田記者

 国連総会は三日、今年十二月末で退任するデクエヤル事務総長の後任選挙を実施、ガリ・エジプト副首相を第六代事務総長に選出した。任期は五年間。同氏は初のアフリカ出身総長として、冷戦終結で役割を増した国連の運営にあたる。

 今回の選挙は、安全保障理事会が十一月二十一日に次期事務総長としてガリ氏を選ぶよう総会に勧告したのに伴うもの。総会は、挙手なしの全会一致で同氏を事務総長に選出する決議案を採択した。同氏は二期十年間にわたって事務総長を務めたデクエヤル氏に代わって、国連の最高ポストにつく。ガリ氏は機構改革を断行するよう強く求められることにもなりそうだ。



 
 
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1992.9.4

シカゴ小麦が反落 エジプト買い付け遠のき

日本経済新聞

シカゴ支局

三日のシカゴ穀物市場では、前日にブッシュ大統領の小麦を対象にした輸出補助政策発表で急伸した小麦が反落した。

輸出補助政策に基づくエジプトの六十万トンの小麦買い付けを、米農務省が価格の問題から受け付けなかったことから仲買筋を中心に売りが出た。今後、トレーダーは中西部北部の春小麦が、早霜の被害を受けるかに注目するという。「霜による被害が出なければ十二月物は一ブッシェル三ドルを割るだろう」(米穀物アナリスト)との味方もある。

大豆は小幅上昇。中西部で来週、気温が大幅に下がるとの一部予報を受けた買いが入った。

トウモロコシは期近物が高い。近くロシア市場向け輸出信用の追加供与が発表される、との観測が買いを誘った。



 
 
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1993/4/23

エジプトの失神現象 毎日新聞 [サラーム・ジャンボ](カイロ・田嶌徳弘)

「ビートルズがやって来る」という古い映画の中で、欧米の女の子はいとも簡単に失神した。その映画を見ていた日本の女の子も失神した。失神は世界中で起きるし、「伝染」する。だが、今月エジプトで起きた失神事件は、ちょっと規模が大きかった。

最初は七十人だった。カイロとアレクサンドリアの間にある小さな農村の中学校で、今月一日、女生徒だけが次々倒れた。翌日、この現象が周辺の中学、高校に広がった。失神する女生徒の数は倍々ゲームで増え、十日間で二千五百人を超えた。「被害地域」はカイロなど都市部にも広がり、政府保健省はあわてて調査員を派遣した。

エジプトの新聞は「怪現象」を大きく報じた。伝染病説、毒ガス説、食中毒説、光化学スモッグ説、さらには新兵器による攻撃説まで出た。いずれも、若い女性だけが倒れた理由を説明できない。政府の医師団は飲料水を調べ、倒れた女生徒を徹底的に診察した。しかし、何の毒物もウイルスも発見できず、心理的なものが原因、と結論した。

日本のある心理学専門家は国際電話で状況を聞いた後、即座に「エジプトは揺れていますからねえ」と言った。

エジプトはアラブ世界で最も親欧米的な政策をとっている。一方、イスラム回帰への流れも強く、特にイスラム過激派は政府を敵視し、爆弾事件を次々起こしている。「敏感」な女の子は、文化のはざまに揺れるエジプト社会の複雑な変化を体で感じ、表現してしまった、といえる。無論、これは専門家の推測である。しかし、「当たっている」と思った。

政府は、失神現象が広がるのはマスコミのせいだ、として、報道をストップした。ビートルズの衝撃を、当時の大人は理解できなかった。エジプト政府は、変化を理解できないのだろうか。いや、理解しているからこそ、報道をストップしたのだろうか。その答えは、まもなく出るだろう。



 
 
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1993.9.5

シリアとヨルダン、PLO 近く首脳会談 暫定自治案を協議 エジプト紙

毎日新聞

カイロ4日黒岩徹

エジプトの有力紙「アルアハラム」は4日、シリアのアサド大統領、ヨルダンのフセイン国王、パレスチナ解放機構(PLO)のアラファト議長の三者がパレスチナ暫定自治合意について協議するため、近く首脳会談を行うと報じた。

またエジプトのムバラク大統領もイスラエルとシリア訪問を予定しており、イスラエルと周辺アラブ諸国との和平気運が高まっている兆しとみられている。



 
 
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「ゴラン返還へ協力」 ムバラク大統領 米は長期戦の構え 米・エジプト首脳会談

日本経済新聞

1993年10月16日夕刊

【ワシントン25日=春原剛】クリントン米大統領は25日、訪米中のムバラク・エジプト大統領と会談し、イスラエルとシリアのゴラン高原返還交渉など中東和平交渉の先行きについて意見交換した。席上、クリントン大統領は(1)パレスチナ暫定自治の成功(2)ゴラン交渉の後押し(3)アラブ・ボイコットの廃止などアラブ・イスラエル関係の改善−−の三点で協力を要請。ムバラク大統領はゴラン問題の早期解決に意欲を示したが、クリントン大統領はゴラン問題に関する世論形成に一定の時間が必要とするイスラエル政府の主張に理解を示し、早期の交渉再開に慎重な姿勢を見せた。



 
 
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ヨルダン国王がエジプト公式訪問 湾岸危機後初めて

毎日新聞
1993年11月25日

【カイロ24日田嶌徳弘】ヨルダンのフセイン国王は24日、カイロを訪れ、ムバラク大統領と会談した。同国王のエジプト訪問は湾岸危機が発生した1990年以来初めてで、両国間の関係改善が最大の目的とみられる。

湾岸危機でイラク支持の立場をとったヨルダンとアラブ合同軍に加わったエジプトは、湾岸戦争後、関係が悪化したが、中東和平交渉の中で徐々に歩み寄り、昨年10月のカイロ大地震の際は、国王が見舞いのために私的にエジプトを訪問した。

西側外交筋は、フセイン国王は、湾岸危機以来、対ヨルダン援助を停止した湾岸諸国との関係回復のため、ムバラク大統領に仲介を依頼する可能性もあるとみている。



 
 
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エジプト首相狙い爆弾テロ イスラム過激派犯行声明

毎日新聞
1993年11月26日

【カイロ25日田嶌徳弘】エジプトの首都カイロ北東部のヘリオポリス地区のセドキ首相邸付近で25日午後、首相の乗った車の近くで停車中の車に仕掛けられた爆弾が爆発し、少なくとも13人が死傷、首相は無事だった。

内務省によると、爆発は首相邸から約500メートルの中学校前の路上で起きた。首相派閣僚会議のため首相府に向かう途中で、現場を通り過ぎた直後に爆発し、首相の車も小破した。現場では中学校のガラス窓が粉々に吹き飛び、女生徒(15)が死亡した。

事件後、イスラム原理主義過激派の「ジハード団」を名乗る犯行声明が外国通信社に届けられた。現場は今年4月、シャリフ情報相が襲撃され、負傷した場所とほぼ同じところ。エジプトでは、8月にもアルフィ内相が襲撃され負傷している。

「ジハード団」は1981年、サダト前大統領を暗殺した組織として知られる。



 
 
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[94変わり目の時に]世界の街からの報告/3:欧州の異邦人に冬の風

毎日新聞
1994年1月5日

 ◇新たな「壁」出現し

 真冬の駅頭には不似合いな真っ赤なジャンパー。南国エジプト生まれの褐色の肌に、ウィーンの寒風はあまりに冷たい。内側によれよれのセーターやトレーナーを着込んだぶくぶくの姿で新聞を売る。男はムハメド(35)と名乗った。

 「二年前から『外国人は故郷へ帰れ』、『くさい』と意地悪な客が増えた。好きでこんな格好をしてるわけじゃない。生きるためなんだ」

 彼は地中海沿岸アレキサンドリア郊外の出身。大学で農業技術士の資格を取ったが、仕事がなく六年前にウィーンに流れついた。やっと見つけたのがいまの仕事。

 「知人の紹介でイタリアへ行ったが、ビザと労働許可証がもらえず、ここへたどりついた。六年前はみな親切だったのに……」 民主化で東西欧州の壁が消滅して以来、豊かな西欧を目指して東と南から難民がドッと流入した。東西の接点に位置するドイツやオーストリアはビザ規制を強化。難民に寛容な冷戦時代の「西側の伝統」は一変した。いま、難民たちから「『自由』だの『基本的人権』だのというのは、豊かな人間のあわれみにすぎなかったのか」と非難の合唱がわき上がっている。

 カトリック系の難民救援団体「カリタス」ウィーン支部のフライシュマン部長(52)は「今度は西欧が壁を築いたのだ。オーストリアでは一九九二年難民法、九三年七月に外国人滞在法が可決され、壁は完成した」と嘆く。同部長によると、昨年一年間で難民・出稼ぎ労働者ら十二万六千人が国境で入国拒否され、追い返された。九一年に二万七千人あった難民申請件数は、資格審査が厳格になったため昨年は五千人に激減した。外国人排斥を叫ぶネオ・ナチ組織の犯罪が、手紙爆弾事件にエスカレートしたのはつい昨年末のことだ。

 ユダヤ人、東欧諸民族など異邦人による文化が華麗に開花したハプスブルク帝国。その誇りと伝統を受け継ぐ外国人用のドイツ語学校でも、昨夏のビザ規制の発効を機に生徒がクシの歯が欠けるように減った。「インドやパキスタン、アフリカの外国人生徒が姿を消した。私たちも解雇通告を受けて二人、三人と辞めていく」と若い教師(28)が無念そうにつぶやいた。

 ムハメドさんは難民ではないが、生活は苦しい。彼のような新聞売りはウィーン市内に約三千人。契約は大手新聞流通会社との間で結ばれているが、固定給はない。会社支結の真っ赤な社名入りジャンパーだけ。一部売るごとに1・6シリング(約十五円)の手間賃しかもらえない完全ノルマ制だ。

 「一日に五時間半ずつ駅頭に立つ。一カ所では食えないので、夜は別の場所でやはり五時間立つ。恋人を探すには時間もカネもないヨ」と肩をすくめた。安アパート(2DK)に同じエジプト人出稼ぎ労働者と男ばかり四人で間借り。新ビザ法で加えられた「一人一〇平方メートル以上の住居があること」という条件ぎりぎりの生活である。

 二年に一度、借金をして家族に会いに帰る。仕事の中身は話したことがない。「故郷では『オーストリアで自活している』と両親の自慢のタネだ。こんな姿を写さないでくれ。オレの最後のプライドだ」。 カメラを向けると、こう言って断られた。=つづく



 
 
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14年ぶり、王家のミイラを再び公開 観光活性化を狙う エジプト

毎日新聞
1994年1月8日
カイロ7日田嶌徳弘

 一般公開が禁じられていた古代エジプトのファラオ(王)のミイラ十一体が二十日から、カイロのエジプト考古博物館で公開される。これらのミイラは一九八〇年、当時のサダト大統領が公開をストップして以来、倉庫に眠っていた。イスラム過激派の襲撃で観光客が減っていることから、エジプト観光の目玉に、と考古庁が十四年ぶりの公開を決めた。

 ヌール・エルディン考古庁長官が、このほど毎日新聞に明らかにした。

 考古庁が保存する王家のミイラは、二十七体ある。いずれも過去一世紀の間に、南部エジプトで発見された。今月から公開される十一体には、エジプト史上最も有名な第十九王朝のラムセス二世(紀元前一三〇四 同一二三七年)、その父セティ一世をはじめ、第十八王朝のトトメス四世、三千五百年以上前の王のセケンエンレ二世とその后などが含まれる。

 トトメス四世のミイラは当時のリネンに包まれ、髪一本々々がわかるほど保存状態が良い。残る十六体も年内に同博物館で公開される。

 トトメス四世の孫で、黄金のマスクで有名なツタンカーメン王のミイラは、保存状態が悪く、現在も南エジプトの「王家の谷」に安置されている。

 エルディン長官は「ミイラはエジプトが誇る世界の宝であり、公開されなければ意味がない。また、観光客もミイラを見たがっている。ミイラの公開で観光客が増えることは確実で、エジプト政府にとっても大きな意義がある」と話している。

 王家のミイラは八〇年までは公開されていたが、故サダト大統領が博物館訪問後、「古代の王の遺体が人目にさらされるのは受け入れがたい」として公開を禁止。

 エルディン長官は昨年七月に就任後、公開を決意した。ミイラの修復作業を進めるとともに、現在は博物館の二階五十六号室を展示用に改造する突貫工事が行われている。

 エジプトでは先月二十七日、カイロの旧市街で観光バスが銃撃され、オーストリア人観光客八人が重軽傷を負った。

 政府打倒をめざすイスラム過激派は九二年秋、外国人観光客襲撃を宣言、これまでに爆弾や銃撃で外国人三人が死亡、三十六人が負傷している。

 昨年三月には、カイロ博物館前で観光バスが爆破されており、政府統計によると、九三年(十一月まで)の観光客は九二年に比べ三割減り、二百三十万人にとどまっており、政府の観光収入は大きな痛手を受けている。



 
 
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[トピックス]命の水もほどほどが

朝日新聞
1994年1月17日

 逃げ水を追うことはあっても、足元の水を避けながら進むなんてことはめったにない、とラクダもビックリ。エジプト・ギザのピラミッド前に大きな水たまりができた。

 水面に映る鮮やかな三角形は、なかなかの風情。だが、出水であちこちの交通網が寸断されてか、訪れる客はまばら。世界の観光地も閑古鳥が泣いていたという。



 
 
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機材・測定法普及図る NGOの大気汚染監視支援、政府も助成

朝日新聞
1994年1月19日

 大気汚染が簡単に測れる方法や機器を発展途上国、東欧圏に広めたり、中古の測定機を贈ったりする活動を、日本の非政府組織(NGO)が進めている。汚染が深刻でも測定機器が少なく、機器があってもうまく動いていない地域から、期待が寄せられている。簡易な測定法で市民自らが汚染データを手にすれば、対策を進める強力な原動力になる。「草の根の技術移転」として、いっそう発展させたい分野である。(若山茂樹=編集委員)

 世界保健機関(WHO)と国連環境計画(UNEP)の報告書によると、世界の主要二十大都市は別表の通り、WHOガイドライン値を超える汚染がみられる。

 しかし、大気監視の能力は、二酸化硫黄についてはブエノスアイレス、カイロ、カラチ、モスクワで「不十分」か「なし」(不明も含む)、二酸化窒素ではこれらに加えてジャカルタ、マニラ、リオデジャネイロ、上海が「不十分」か「なし」という。

 こうした現状を背景に、「地球環境と大気汚染を考える全国市民会議(CASA)」(大阪)や全国公害患者の会連合会(東京)など四団体が共同して、昨年末、機材をハンガリー、ポーランド、オランダ、南アフリカ、マレーシア、ブラジルなど十四カ国、二十七団体に発送した。

 機材は、二酸化硫黄や窒素酸化物を簡単に測れる親指大のカプセル、酸性雨や降下ばいじんの採取装置など簡単なものばかり。

 ポーランド・シレジア生態学基金は「シレジアは欧州有数の汚染地帯。工業高校の生徒の手で測定したい」と話し、東欧を支援しているオランダの財団は「ルーマニアでは資金も機器もないので、さっそく活用する」と強い関心を寄せている。

 「市民バンク・エコ研究室」(東京)も、ロシア・イルクーツク市の市民団体に、酸性雨調査の簡易型pHメーターを贈っている。

 一方、環境モニタリング専門の企業が中心になり結成された「中国の環境保全支援委員会」(谷学委員長、東京)は、日本の地方自治体が廃棄処分した中古測定機を整備し、中国に贈る運動を始めた。

 精密な測定を重んじる日本は、まだ使える機器も五年から十年で廃棄、更新している。同委員会の呼びかけに八十自治体が協力を約束した。今年度、南京市の東南大学に六台を寄贈。今後も寄贈を続け、モデル的な監視態勢をつくりあげたいという。

 研究者による「大気汚染研究協会」(横山栄二会長、東京)も、簡易測定法の普及のためプロジェクトチームを結成した。近く中国や韓国、台湾の研究者を招いて具体的な支援策を協議する。

 ここにあげた事例は、昨年発足した環境庁の「地球環境基金」が第一回の助成対象に選んだものの一部だ。交付額は一件あたり百五十万円から五百五十万円。資金不足に悩む日本のNGOにとっては実に貴重なお金で、海外活動を活発にする呼び水となった。

 氷見康二・元神奈川県公害センター所長は「大気汚染の対策を進めるには、行政の力、技術開発、住民意思の三つが必要だ。簡易測定法が普及すれば、途上国でも住民や行政の意欲が高まるだろう」とみる。

 環境分野に限らず、日本の途上国への開発援助の中でNGOを通じたものは、九〇年実績ではODA総額の一・九%にすぎない。経済協力開発機構(OECD)諸国の平均一〇・七%と比べると、差は歴然だ。大型プロジェクト中心と批判されてきた日本の援助を質的に変えていく上でも、こうしたNGO助成をさらに充実させるべきだろう。

 ●世界20大都市の大気汚染/浮遊粒子状物質

 深刻(WHOガイドラインを2倍以上超えている)
  バンコク、北京、ボンベイ、カイロ、カルカッタ、デリー、ジャカルタ、カラチ、マニラ、メキシコ、ソウル、上海

 中 高度汚染(ガイドラインを2倍以内で超える)
  ブエノスアイレス、ロサンゼルス、モスクワ、リオデジャネイロ、サンパウロ

 低い汚染(ガイドラインに通常適合している)
  ロンドン、ニューヨーク、東京

 ※91 92年、WHO、UNEP調べ



 
 
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シリア・エジプト、首脳会談へ

日本経済新聞
1994年1月21日
カイロ20日=共同

カイロを訪問中のサルマン・シリア情報相によると、シリアのアサド大統領とエジプトのムバラク大統領が数日以内に首脳会談を行なうことが決まった。



 
 
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全国めぐってフン虫を記録 短大講師の塚本珪一さん出版【大阪】

朝日新聞
1994年1月24日

 フン虫を求めて北海道から南西諸島まで日本列島を歩き回った記録「日本糞虫記(ふんちゅうき)」(二百三十一ページ)を、大阪薫英女子短大の塚本珪一講師(六三)=応用昆虫学=が出版した。ファーブル昆虫記のフンコロガシ、エジプトのピラミッドからペンダントや印章として見つかるスカラベ…。「昆虫の世界を通して生態系の大切さを考えて欲しい」と訴えている。

 フン虫とは、糞(くそ)を食べるコガネムシの仲間のことだ。これまでの研究で、日本では百四十五種類確認できた。動物の死体や排せつ物を地中に持ち込み、食べて分解することで、肥沃(ひよく)で清浄な土地ができ、ハエなどの発生も抑制されていると説く。

 利尻島から西表島までフン虫を探し求めた旅行記にもなっている。

 塚本さんは「フン虫たちだって過放牧や大量の死体は処理できない。自然の限界を考え、その中で生活を考える時ではないか」と話している。

 ○イメージ変わるはず

 コガネムシの採集が趣味という小説家の北杜夫さんの話 フン虫というと汚いと思う人が多いだろうが、生態系の中で重要な役割を果たしている。宝石みたいに美しい虫だ。塚本さんの本は私の知る限り、フン虫について最高に詳しい。この本を読めば、フン虫のイメージががらりと変わるだろう。



 
 
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古代エジプトの文化財、国外持ち出し禁止 日本での展示物戻せと判決

朝日新聞
1994年1月24日
カイロ23日=荒田茂夫

 二十三日付のエジプト各紙によると、同国の行政裁判所は二十二日、同日から東京都江戸東京博物館で開かれている「古代エジプト文明と女王」展に出品された彫像、宝飾品などについて、エジプトから運び出すことは文化財保護の観点から違法、との判決を下した。判決は、政府に対して出品物をただちにエジプトに戻すよう命じている。

 政府は判決を不服として、控訴して争う、との姿勢を表明した。

 今回の裁判はカイロ大学の考古学担当教授などが訴えたもの。最近、エジプトでは、古代エジプトの遺産を国外に出すことに反対する声が高まっており、判決もこうした空気を反映したもの、といえる。

 展示会は、カイロの友好都市になっている東京都と、都がつくる東京ルネッサンス推進委員会などが主催、外務省や文化庁、エジプト大使館などが後援している。三月二十日まで同博物館で開かれた後、展示品は日本各地を回る予定になっているという。

 ○吉浜勝次・東京ルネッサンス推進委員会事務局長の話 エジプト政府と日本の民間団体が契約を結んで実現した企画。情報がなく、判決の内容はよくわからないが、エジプト政府が契約を履行してくれると信じている。



 
 
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ペレス・アラファト・ムバラク三者会談 イスラエル軍撤退交渉

日本経済新聞
1994年2月9日
カイロ9日=山田康昭

 パレスチナ暫定自治の第一歩となる占領地からのイスラエル軍撤退交渉で、仲介国となっているエジプトのムバラク大統領は8日夜(日本時間9日未明)、ペレス・イスラエル外相、アラファト・パレスチナ解放機構(PLO)議長をカイロ市内の大統領官邸に招き、三者会談を行った。会談は「建設的ムード」で終えたが、イスラエル・パレスチナ双方の実務者レベルによる合意文書の作成作業は9日未明も続いており、最終的な合意には至っていない。

 三者会談はムバラク大統領の呼びかけで実現したが、互いに合意に向けて全力を傾けることを確認するにとどまった。



 
 
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外国人乗車バス銃撃 エジプト

毎日新聞
1994年2月15日
カイロ15日田嶌徳弘

 エジプト南部アシュートからの報道によると、ルーマニア人技術者8人とエジプト人2人の乗ったバスが14日、アシュートで銃撃された。死傷者はなかった。同日夕、カイロ南部で警察がイスラム教徒過激派「イスラム集団」の隠れ家を急襲、3人を射殺した。

 ルーマニア人はアシュートのセメント会社に勤務している。イスラム教徒集団が襲撃の犯行声明を出した。同組織は今月2日と7日、外国人は国外退去するよう警告するファクスを外国通信社に送りつけており、今回の襲撃は、この警告を実行したものとみられる。



 
 
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来月1日、ミイラ公開へ

毎日新聞
1994年2月17日

 1980年から公開が禁じられていた古代エジプトのファラオ(王)のミイラ11体が、3月1日からカイロのエジプト考古博物館で一般公開される。

 エジプト考古庁によると、公開されるのは3000年以上前のラムセス二世、トトメス四世のミイラなど。ミイラ展示室を改装、空調設備を整え、発掘時と同じ状態が維持されるという。このためミイラ見学には通常の入場料(外国人10ポンド、エジプト人3ポンド)のほか、ミイラ見学費(外国人30ポンド、エジプト人5ポンド)が必要になる。



 
 
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出生率目標、揚げず 指標に「避妊実行率」導入 国際人口開発会議

毎日新聞
1994年2月18日

 ◇「カイロ宣言」素案明らかに

 九月にカイロで開催される国連の「国際人口開発会議」(ICPD)で採択される「カイロ宣言」素案が十八日、明らかになった。出生・人口増加率の将来目標はあえて掲げず、抽象的表現にとどめているのが大きな特徴。南北問題や中絶に対する宗教観の違いなど人口抑制をめぐる複雑な国際関係への配慮とみられる。しかし爆発的人口増に起因する環境破壊や貧困は深刻さを増しており、四月にニューヨークで開催されるICPD最終準備委員会では、各国の主張がぶつかり合い、活発な論議が交わされそうだ。

 政府が十八日までに入手した国連人口基金作成の素案は全文八十三ページ。前文に次いで「人口と持続可能な開発」「妊娠と出産に関する権利」など八項目の主題を列挙。さらに「人口分布と国内人口移動」「国際人口移動」「女性の地位と役割」「非政府組織(NGO)との協力関係」など十三章にわたり、目標とする行動計画を記している。

 計画の目標は二〇一五年だが、過去二回の国連人口会議で基本的な数値目標を掲げた出生率や人口増加率についての記述は、一切ない。その一方で途上国を対象に「避妊実行率」という新たな指標を導入し、現在五〇%程度(中国を含む)の避妊実行率を二〇一五年に六九%に高めるために必要な情報・避妊具の普及費などを試算し、途上国と先進国の負担費などのモデルケースを示している。

 明確な出生率目標を示すことによって途上国が反発するのを避ける一方、先進国には資金拠出の覚悟を促した内容ともいえる。

 人口抑制では、米国がクリントン政権になって人工中絶を容認する政策に転換。これに対し人工中絶に反対しているカトリック系の国々が反発を強めている。また、農村部を中心に依然多産が続いている途上国からは、先進国に対し人口抑制名目の多額資金を求める動きもあり、人口をめぐる論議が新たな南北問題に発展する可能性もある。

 外務省によると、十年ぶりの国連人口会議となるカイロ会議には、現在のところ百八十カ国前後が参加、初めて正式参加するNGOは世界から六百団体程度に上るとみられている。



 
 
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NY金小高く、原油は反落

日本経済新聞
1994年9月2日
商品 シカゴ支局

 シカゴ穀物市場で大豆は軟化した後、戻した。11月物終値は前日比0.25セント高の1ブッシェル5.74ドル。朝方は前日に買い進んだ商品ファンドや証券系先物業者が売りを出したことから下げた。しかし、引けにかけては、大豆油の上昇を好感した買いが入り反発した。輸出需要の好調観測も相場を支えた。

 トウモロコシは小高い。12月物終値は同0.5セント高の2.2325ドル。収穫期を前に需給緩和を見込んだ売りが先行して始まった後、買い戻しが入り戻した。商いは薄かった。

 小麦は続伸した。12月物終値は同1.5セント高の3.8075ドル。エジプトが米国産小麦の買い付けに動くなど、輸出の活況を見込んだ買いが入った。



 
 
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ピリピリ厳戒態勢 エジプト政府

1994/9/3

毎日新聞 [56億人のあした]カイロ人口会議 カイロ2日尾崎敦

百八十カ国の政府代表、非政府組織(NGO)の約一万五千人が参加して五日からカイロで開かれる国連「国際人口開発会議」を目前に、市内は今、テロ防止の厳戒態勢でピリピリしたムードに包まれている。

◇テロ防止…20メートルおきに警官

エジプト政府は警察官一万四千人を動員、メーン会場となる国際会議場周辺の道路には、二十メートル間隔で警官が張りつき、各国首脳らが宿泊するホテルは、金属探知機で出入り客をチェック。この日は金曜日で、イスラム教徒の休日のため、市内は人影もまばらだが、警官の姿だけが異様に目立つ。

二日午前、記者証・IDカード取得のため訪ねた会場のゲート前は、機関銃を手にした警察の特殊部隊がトラック四台で待機。まず、長方形の金属感知ゲートをくぐらされ、「ピーッ」という音が鳴ったとたん、制止された。バッグからカメラを取り上げ、「シャッターを押せ」と強い口調で指示を受ける。カメラを改造した特殊銃でないことを確かめるためという。厳重な持ち物検査の後、ようやく会場に入ることが出来た。

エジプトでは、過激派の「イスラム集団」が「会議に出席する外国人を標的にする」と表明。一日には警官ら二人がイスラム過激派とみられるグループに殺されたほか、先月二十七日には、南部でスペイン人観光客が武装グループに襲われ、五人が死傷するなど、テロが相次いでいる。

また、日本のNGOが、市内のホテルのロビーで予定していた開幕前の催しも、治安上の理由から会場を移すよう要請されるなど、会議の運営にも早くも影響が出始めている。

こうした中、イスラム諸国のうち、サウジアラビアとスーダン、レバノンが不参加を決めたほか、バングラデシュとトルコがともに首相の出席を取りやめた。エジプト政府は当初、約二万人の参加を見込んでいたが、会議ボイコットに加え、テロへの不安から参加を見合わせるNGOも出ている。



 
 
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1994/9/3

悩み深い中絶問題

毎日新聞 [56億人のあした]カイロ人口会議【カイロ2日石川貴章】

◇「反対」のバチカン、どう対応

国連主催「国際人口開発会議」(ICPD)の開幕を三日後に控えた二日夜(日本時間三日未明)、開催地カイロのエジプト人口・家族省でマハラン同大臣主催のレセプションが開催され、百数十カ国の政府代表ら約千人が参加した。各国代表はオレンジジュース片手に意見交換したが、話の中身は会議の行方のカギを握る「妊娠中絶問題でのバチカンの出方」に集中した。

妊娠中絶の是非は会議の最大の焦点。「生命をぼうとくするもの」として反対するバチカンと「安全な中絶は女性の選択権として保障されるべきだ」とする米国などが鋭く対立。その度合いは会議が近付くにつれて激しくなっている。

レセプションは、その“主役”バチカンがカイロ入りする前日というタイミングで開催された。ICPD事務局のジョティ・シン上席調整役は「会議の行方については楽観的だ」と語ったが、「バチカンへの対応」を尋ねると、周囲にキョロキョロと目を配り、ひと呼吸置いて「あす、会合を持つ」とだけ言い残し、早々と会場を後にした。

会議のホスト役・国連人口基金のサディック事務局長は、世界保健機関(WHO)の中嶋宏事務局長と会場入り口で偶然すれ違い、あいさつ。話題はもっぱらバチカン対応。サディック事務局長が「中絶の是非についての法的扱いは国によって異なるが、家族計画の必要性は大部分の国が認めている。妥協は図れるはず」と語りかけると、中嶋事務局長は「それにしてもバチカンの存在を考えると、悩みは大きい」とポツリ。

バチカンと並んでやはり「子は神からの授かりもの」として中絶に反対するイスラム諸国も、会議直前になってボイコットなどが相次いでいる。

エジプトのマハラン大臣は「反対派は少数で、一部のマスコミが騒いでいるだけだ。会議は何が起こるかはわからないが、成功する」と自ら言い聞かせるように笑顔で語ったが、サウジアラビアがボイコット宣言したことに話が及ぶと、とたんに話を打ち切り立ち去った。



 
 
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1994.11.30

孤高の人

毎日新聞

[海外の社会面]時事AFP

アフリカ人女性が9カ月間、カイロ空港内で生活中。政治亡命を求めたが数カ国で断られてエジプトに。旅券も身分証明書もなく、出入国がままならない。



 
 
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カイロで中東和平三者協議へ

毎日新聞

1995年6月6日朝刊

◆エジプトの中東通信(MENA)は5日、同国のムバラク大統領とラビン・イスラエル首相、クリストファー米国務長官の三者会談が9日、エジプトの首都カイロで行われると報じた。イスラエルとパレスチナ間の中東和平問題が集中的に話し合われるという。(カイロAFP時事)



 
 
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1995.6.30

エジプト・スーダン、関係きしみ増す ムバラク発言機に。

日本経済新聞

カイロ29日=中西俊裕

領土や原理主義の問題をめぐって険悪なエジプトとスーダンの関係が一段ときしみを増してきた。ムバラク・エジプト大統領がエチオピアで暗殺未遂事件に遭った後、「事件の背後にはスーダンがいる」と発言したのをきっかけに、二十七日には両国国境で軍が衝突。二十九日にはムバラク大統領が、スーダン国籍の暗殺計画の首謀者が逮捕されたと言明した。緊張が高まる国境地帯での紛争発生を懸念する声が強まっている。

エジプト・スーダン国境では二十七日、両国治安部隊による銃火の応酬がありスーダン側は二人が死亡、エジプト側にも数人の負傷者が出た。エジプト国防省は「スーダン側から発砲があったので撃ち返した」としているが、両国関係を一段と緊張させる材料になっている。

スーダンのバシル政権は、ムバラク大統領の暗殺未遂事件に関し、「事件への関与は全くない」と反発。二十八日夜にスーダンの首都ハルツーム駐在のエジプト武官らを住居から強制的に立ち退かせる一方、軍を通じて「国境の監視拠点を死守する」との声明を出した。

ムバラク政権は八九年に軍事クーデターにより樹立したバシル政権を、エジプト国内の過激なイスラム原理主義者の活動を武器供給などでたき付けていると非難している。



 
 
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1995.7.17

スーダン外交官襲撃される

日本経済新聞

カイロ支局

エジプトの首都カイロで16日、スーダン人外交官3人がエジプト人とみられる暴漢に襲われる事件が起きた。駐エジプト・スーダン大使は「エジプト政府治安関係者の行為だ」との見方を示した。エジプト、スーダン両国は、ムバラク・エジプト大統領が自身の暗殺未遂事件にスーダンが関与していると発言して以来、関係が険悪になっている。



 
 
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娘売る

毎日新聞
1995.11.11
[海外の社会面]時事AFP

エジプト・カイロで生後1週間の娘を100エジプトポンド(約2900円)で売った33歳の女性を逮捕。2年前にも別の幼い娘を約3200円で不妊の女性に売っていた。



 
 
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エジプト、閣僚入れ替えは6ポスト

毎日新聞
1996.1.5
カイロ・ロイターES時事

 エジプトのガンズーリ新首相は3日、新内閣の閣僚を指名した。閣僚の入れ替えは財政相など6ポストにとどまり、国防相や外相、内相などの主要閣僚は留任となった。新たに閣僚に起用されたのは、タタウィ財政・国際協力相、ガリブ経済相、サラーム保健相、ビシュリ計画相、ザクズーク宗教相、ハマド国務相の6人。



 
 
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アフリカ向けの電話51〜67%通話値下げ

日本経済新聞

1999年12月7日

割安国際電話サービスの日本ファイバーテル(東京、吉田正吉社長、03-3578-4391)はアフリカ向けの通話料金を20日から値下げする。新料金は従来に比べて51〜67%安くなる。欧米向けの値下げが一段落したため、新しい市場を掘り起こす。

対象はエジプト、エチオピア、ガーナなど10カ国。通話料は時間帯に関係なく、1分あたり88〜130円。



 
 
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イスラエルとのぎこちない友好関係(04/13)

好転する外交関係を反映して、イスラエル外相シルヴァン・シャローム(右派リクード党)が火曜日(4月12日)カイロを訪問し、ホスニ・ムバラクエジプト大統領、アーメッド・アボウル・ゲイト外相、及びオマール・スレイマン情報庁長官を会談した。両国の接近は、昨年12月のQualified Industrial Zones(QIZ)合意(ここでは、エジプトの生産者は製品の12%をイスラエルのインプットとすることで免税扱いで米国市場への輸出を図ることができる)から始まる。しかし一方で、イスラエルのパレスチナ占領政策などエジプト一般国民のイスラエルへの反発は依然強く、エジプト政府は、実益と国民感情のバランスに苦慮している。



 
 
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連続爆弾テロ後の影響に備えるエジプト観光業界(07/27)

観光業はエジプトにおける一番の外貨獲得源であるが、7月23日に発生した紅海沿岸の保養地シャルムエルシェイクを襲った連続爆弾テロ(外国人観光客を含め死者80人以上)は同国の経済に深刻な影響を及ぼした。Egyptian Federation of Chambers of Tourismの長官H.Zaazou氏は、「特に紅海沿岸の観光業界に与えた甚大な打撃は軽視できない」とIPSの取材に応じて語った。大手国際ホテルチェーン、アコーのエリアディレクターであるK.Kandil氏は、「新規の宿泊予約に比べてキャンセル数の方が多く、今のところ長期的な見通しを立てることは難しい」と述べた。

シャルムエルシェイク国際空港の社長G.Youssri氏は、テロ直後の2日間で約18,000人もの外国人観光客(観光客全体の約5%)がエジプトを出国したと、地元新聞社の取材に応じて語った。しかし、国際ホテルチェーンのある営業管理者は、シナイ半島以外の地域では大きな影響はないとし、「早々にエジプトを離れた人もいるが、国内の他の観光地を訪れた人もいるので、シナイ半島以外の地域ではキャンセルは最小限に留まった」と述べた。エジプト観光省のスポークスマンH.Khatib氏は、観光部門は悪影響を受けるだろうと認めたが、「金のなる木」である紅海沿岸の人気リゾート地が受けた影響は一時的なものにすぎないと自信を示した。さらに、彼女は「短期的には影響を受けるが、回復までの時間はそれほど長くはかからないだろう」とIPSの取材に応じて語った。一方、シナイ半島で働くエジプト人の間では、一時的であるが雇用不安が広がり始めた。

また、今回のテロ事件は株式市場にも影響を与えた。特に、観光関連株に与えた影響の表れとして、Orascom Hotels&Development(中東で最大のホテル・娯楽施設建設会社:IPSJ)の株価は急落し壊滅的な打撃を受けた。しかし、今回の爆弾テロは、エジプトの「ドル箱」とされる観光業に打撃を与えたものの、1997年に起きたルクソールの外国人観光客襲撃事件(イスラム過激派メンバーが観光客に対して銃撃、死者62人負傷者19人:IPSJ)と比較すると、軽視されがちである。

シャルムエルシェイクの事件は、ルクソールの襲撃事件のような大きな打撃を業界に与えることはないだろう、とKandil氏は述べる。「今回の事件は、死傷者の大半がエジプト人であったが、ルクソールの事件では、多数の外国人(日本人やスイス人)観光客が死亡したため、市場回復まで時間がかかった」。 Khatib氏も、2件のテロ事件の相違点を強調。「今回のテロは、ルクソールの事件とは異なる。ルクソールの事件から8年が経ち、世界も大きく変化した。最近ではテロのために移動の自由を放棄する人はいない」と、ニューヨークやロンドンでの一連のテロ行為に触れて述べた。Zaazou氏も「ルクソールの襲撃事件は当時としては珍しかったが、現在では、米国や英国、スペインといった国でさえテロの標的になり、観光客の考え方も以前より柔軟である。このような国際的背景を考慮すべきだ」と、述べた。

しかし、その一方で業界関係者は、被害対策の取り組みとして、ロシアやイスラエルなど他の市場を開拓し、シャルムエルシェイク国際空港への直行チャーター便の申請といった対策を模索している。政府も安全対策の強化、安全計画の見直しを進めている。エジプトの観光地で発生した連続爆弾テロ直後の影響を評価する専門家の諸議論を報告する。<原文へ>



 
 
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テロに揺れるシナイ半島(08/30)

連続テロ事件に揺れるエジプト・シナイ半島。国営のAl-Ahram Centre for Political and Strategic Studiesのイスラエル問題専門家エマド・ガッド氏が指摘するように、治安の行き届かないシナイ地域の一部が反国家活動の中心になっている。「最新の武器を持つ麻薬密輸業者などの犯罪組織が一部地域を支配し、テロリストがそれらを攻撃の拠点として活用。両者が手を組み始めている」とガッド氏は語る。

8月末には警察の車両が地雷の爆発に遭う事件が相次いで起こった。事件はいずれも、昨年10月のリゾート地タバおよび今年7月のシャルムエルシェイクでの爆弾テロ事件(それぞれ死者34人と65人)の容疑者の徹底捜査を、警官およそ3,500人を動員して行っていたシナイ半島北東部で起きたものである。

攻撃の対象は警察だけでない。8月に入って、多国籍監視軍(MFO:1982年以来エジプトとイスラエルの間の非武装地帯の監視を続けている11カ国総勢1,800人の部隊)も攻撃を受けた。ガッド氏は、「この最近の暴力を見ると、攻撃対象が一般観光客や観光地から攻撃がより困難な対象へと移行したことが明らかだが、テロリストの意図は変わらない。以前観光地を狙っていたのと同じように、MFOを攻撃してエジプトのイメージを損なうようエジプト政府に圧力をかけようというものだ」と言う。

事件の黒幕は当局もまだつかんでいない。ナジフ首相は8月23日ニューヨークタイムズ紙の取材に応え、「タバの爆発事件を受けて治安部隊が過度に攻撃的になり、逮捕者の仲間が観光産業を狙って反撃に出たという説と、国際テログループ、アルカイダとのつながり」の2説を推測したが、後者については十分な証拠はないという。

タバ事件後およそ3,000人ものシナイ半島住民を強引に逮捕、これは政府に対する住民の反感をかうだけの結果となった。警官に対する攻撃を受けてさらに取り締まりが本格化しており、もっとも最近の捜索で500人の住民が拘留されたと報じられている。

最近の不穏な動きと8月15日に正式に開始されたイスラエルのガザ地区からの撤退が同時期に見られたことも不安定要因のひとつかもしれない。撤退は、エジプトとガザ地区の境界線を巡る戦略地政学的問題をもたらす。ガッド氏は「時期は注目すべきだが、警察への攻撃はまったくの内政問題。国境やイスラエルの問題ではない。エジプトの治安部隊がシナイ半島全域を治めきれていないことが問題」と主張する。

紅海のリゾート地(シァーム・エル・シェイク)など、テロ事件で大きな打撃を受け、今後数カ月の見通しも依然暗いエジプトの代表的観光地を抱えるシナイ半島の最近の動向を報告する。<原文へ>



 
 
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人口を一定に保つ砂漠の秘境

砂漠に浮かぶ街、オアシス。エジプトでは四輪駆動車でオアシスを回る砂漠ツアーが人気だ。済んだ空気や自然の不思議な造形を体験できる。他のオアシスから200キロメートル以上離れ、他地域と交流がほとんどない西部の辺境、ガラ・オアシスさえも、「1000年前から一定の人口を保つ秘境」として観光客が訪れ始めた。

「アレキサンダー大王の末裔(まつえい)以来、出産を厳しく管理し人口全体を一定にしたらしい」。首都カイロの市民は口々に真剣に語ったが、先祖代々の住民というハッサン・ハリファ村長(80)は一笑に付す。「人口抑制策なんてとったことがない。伝承話と混同した誤解だ」

伝承では昔、リビアの首長一行が砂漠を横切り、カイロに向かう途中でガラに泊まった。貧しい村は最初歓待したが夜に態度を一変、一行から全財産を奪って首長以下を砂漠に放り出した。恨んだ首長は住民数が当時の150人から増えないよう呪(のろ)いをかけたというものだ。

ただ、「誤解」が生じたのには理由もある。

村の人口は1980年代半ばまで、多くても約200人とほぼ一定していた。収入源といえばナツメヤシやオリーブだけで水の量も限られた小さなオアシスでは、多くの住民は養えない。男子は18歳ほどで「自発的に」村を離れ、出稼ぎに出るとほとんど戻ってこず、男性人口が少ないため結婚も限られ、数年間結婚式のない年もざら。経済的な背景が無意識の人口抑制策を余儀なくした。

80年代後半にリビアとの国境紛争を受けてエジプト政府が西部辺境の開発に乗り出し、状況は一変した。住宅建設や新たな井戸の設置に着手し、農業指導でトマト、モルヘイヤ、じゃがいもなどの栽培も開始、外販も始まった。4年前に舗装道路が出来てから、観光客が来るようになり、民芸品の製作・販売も収入源になり始めた。

人口も400人に増えた。生活に余裕ができると若い男性も村に残り、結婚式も年7―8組。地元小学校生徒数はこの15年間で約20人から70人以上に拡大した。

村長宅にある寄せ書きには英語などに混じり、「素朴さが自分の思っていたオアシスのイメージに最も近く感動した」との日本語の書き込みも。「支援のおかげで将来人口は2000―3000人が期待できる」とハッサン村長はしみじみ話す。しかしその村長、日本の少子化問題が理解できない。「日本が人口減?。まさか。病気でも起きたのか」。経済に余裕ができれば人口は増えるとしか、彼は認識できないのだ。

(カイロ=金沢浩明)



 
 
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さあ食事――断食月、まず「ナスララ」食す

イスラム諸国は日の出から日没まで食事を絶つラマダン(断食月)に入った。市民の最大の楽しみは日没とともに市中で振る舞われる食事だ。エジプトの首都カイロの市場では主食の前に口にするデーツ(ナツメヤシ)が山盛り。ちゃめっ気のあるエジプト人はデーツの品質によって名前を付ける慣例があり、今年の一番人気はイスラム教シーア派民兵組織のカリスマ指導者にちなんだ「ナスララ」という。

ラマダンの期間中は水一滴、ツバすら飲み込むことが許されず、喫煙や性行為も禁止される。早い場所では日没の一時間前から市民が着席し、次々と運ばれる食事をじっと見つめる。「アッラー、アークバル(神は偉大)」。モスクからこの祈りが流れると食事開始の合図だ。

肉厚のナスララ・デーツは1キロ=24エジプト・ポンド(約490円)が相場。これに反米姿勢を鮮明にする「アハマディネジャド」(イラン大統領、同18ポンド)、「チャベス」(ベネズエラ大統領、同14ポンド)が続く。昨年のトップ、「ウサマ・ビンラディン」は実世界での活動ぶりに比例してか順位を落とし、常連だった「サダム・フセイン」(元イラク大統領)は市場から淘汰された。

最もやせ細り、人気のないデーツは「オルメルト」(イスラエル首相)、ビリから二番目は「ブッシュ」(米大統領)と呼ばれる。先にイスラム教を批判する文章を引用しイスラム世界で株が急落したローマ法王ベネディクト十六世の名を冠したデーツはまだない。

中東における反米、反イスラエル感情を敏感に反映しているといえるが、カイロで日没後の食事を楽しんでいたフセインさんは「ラマダンは願う神聖な月。戦いのことは忘れよう」と強調していた。

(カイロ=森安健)



 
 
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エジプト、インド人観光客を誘致 2007/03/23 FRIDAY 00:00:00 JST

ニューデリー、3月23日(VOI編集部):世界最古の文明国のひとつ、エジプトは、インド人観光客を呼び込むため、積極的な広報活動に乗り出している。

ファラオの国は、ヨーロッパと米国の観光客の誘致を成功させた後、今度はインド人観光客の増加を目標に設定している。

在印エジプト観光局(ETA)のサミー・メヘムード観光顧問は、「エジプトはヨーロッパと米国の人々の間でホットな観光地となっているが、インド人観光客の数は今まで多くなかった。よって、我々は今、我が国の観光セクターの起爆剤となる可能性を秘めているインドに注目している」と述べた。

メヘムード観光顧問によると、エジプトを訪れたインド人観光客の数は2005年から増加した。2005年のインド人観光客数は4万7千人だったが、2006年には1万人増加した。メヘムード観光顧問は、「我々は2007年の終わりまでにインド人観光客数が6万5千人に達すると見込んでいる」と述べている。

メヘムード観光顧問は、インドでのエジプト観光プロモーション予算が年々増加していることを明かした。現在、エジプトは世界中で広告・マーケティングのプロモーションに1,600万ドルを投じているが、インドには約50万ドルを配分している。

また、別のETA報道官は、「インドは我々の努力が顕著に数字になって返って来る国だ。2006年のエジプトの観光業界は絶好調で、観光客数は過去最高の900万人に達し、860万ドルの歳入をもたらした。中国やインドのような新市場が勃興している一方、フランスやイタリアのような伝統的市場が後退傾向にある」と述べている。

ETA報道官はさらに、「エジプトにはまだ知られていない多くの観光地がある。その多くはピラミッドやカイロと関連している史跡だが、ファラオとは関係ない観光地もたくさんある。アレキサンドリア港も大きな見所であるし、キリスト誕生の時代まで遡る新観光地もある。そこでは最近、キリストの血筋が見つかっている」と述べている。



 
 
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インド、1,500〜2,000万キロの紅茶をエジプトに輸出へ

2007/04/17 TUESDAY 00:00:00 JST

コルカタ、4月17日(UNI):インドは2、3年以内にエジプトに1,500万〜2,000万キロの紅茶を輸出する計画だ。

インド紅茶局のバスデーブ・バナルジー局長は17日、「エジプト市場はケニヤによってほぼ独占されている。エジプトがケニヤから輸入しているCTC紅茶の総量は年間2000万キロだ」と述べた。

バナルジー局長は、「来年中にインドからのエジプトへの輸出量を1,500万〜2,000万キロとしたい」と述べた。現在の紅茶の輸出量は270万キロである。

バナルジー局長は、「紅茶局は、インドの紅茶輸出を促進するため、紅茶産業と共同で多面的な戦略を採っている。これからは購買者と販売者の定期的会合が頻繁に開催される。我々は昨年からそれらの会合を開始した」と述べた。

紅茶局はまた、11月までにカイロにインド紅茶センターを設立する。バナルジー局長は、「我々は数ヶ所を視察し、関心のある人々と会談を行った。エジプトで『メイド・イン・インディア・ショー』が開催される11月までに開設したいと考えている」と述べた。

エジプトの代表団も間もなくインドを訪れる予定だ。この件に関する話し合いはまだ初期段階にある。しかしケニヤが昨年干ばつに見舞われたことで、エジプトの輸入業者はケニヤの紅茶のみに依存するべきではないと気付き、インドからの輸入を検討し始めている。

エジプトでは、紅茶の関税が2%削減され、それも輸出拡大を後押ししている。



 
 
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外務省、エジプトへの無償資金協力を発表

2007年06月05日 19:07更新

4日、外務省は、日本政府がエジプト政府に対し、「ダマンフール農業機械化センター近代化計画」の実施を目的として、7億9200万円を限度とする一般プロジェクト無償資金協力を行うことに関する書簡交換が、同国の首都カイロにて、石川薫駐エジプト大使とアブルナガ国際協力大臣との間で行われたと発表した。

エジプトは、地中海東岸の北アフリカと中東にまたがって位置し、人口7400万人(2005年)、1人当たりのGNIは約1260米ドル(2005年)。

年間降水量が約5mmと極めて少ないエジプトでは、国土の大半が砂漠か土漠の不毛地帯であり、耕作可能な土地は国土の約4%に過ぎない。一方、エジプトの人口は過去10年間で約820万人増(1995年比13.2%増)と急激な増加を示しており、農業生産性及び食糧自給率(小麦54%、砂糖57%)の向上が急務となっている。

年間を通じた二期作、三期作が農業の主流であるエジプトは、農業生産を上げるために、農業機械を必要としているが、農機は高価であるため、大多数の農民が農機貸出サービスを利用しているという。しかし、エジプト有数の農業生産地であるナイルデルタ地域のベヘイラ州ダマンフールには、修理施設や研修施設(地域の特性に沿った農機研修を行うもの)を有する農業機械化センター(農機貸出サービスを行っている公共機関)が存在せず、貸出サービスの質が低く、農機故障が頻繁に起こることから、農民の需要に適切な対応ができずに生産性が低下している。

このような状況の下、同国政府は、既存のダマンフール農業機械化ステーションに研修及び修理に必要な施設の建設と機材調達の実施のために必要な資金について、日本政府に対し無償資金協力を要請してきた。

外務省では、同計画の実施により、同国ダマンフール地域(農地面積約39万ヘクタール)の約115万人の農民所得が向上し、これを通してエジプトの経済社会開発に貢献することが期待されるとしている。



 
 
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エジプト人聖職者拉致事件の初公判始まる

【6月8日 AFP】ミラノ(Milan)の裁判所で8日、2003年のエジプト人聖職者拉致事件への関与で告発されている米中央情報局(CIA)工作員25人の初公判が始まった。この公判では、米空軍大佐とイタリア人7人も告発されている。

イタリア国内紙で「CIAゲート」と名付けられたこの事件では、ミラノの聖職者Osama Mustafa Hassan師が拉致、エジプトのカイロ(Cairo)郊外にある厳重に警備された刑務所へと移送された。Hassan師は、移送先のエジプトで拷問されたと主張する。

Hassan師の拘束は、2001年9月11日の米同時多発テロ事件以降、米国の「特例拘置引き渡し」に基づき世界中で実施された多数の極秘拉致事件の1つと見られている。

初公判は空軍大佐を含む26人の米国人被告人が不在のまま始まり、またイタリア人の被告人7人は、1人を除いて全員が裁判所に姿を見せなかった。(c)AFP/Etienne Fontaine



 
 
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上海から世界へ。皆さまのニーズにあった旅を:姚激

2007/06/11(月) 14:36:53更新

上海から、世界各国へ。皆さまのニーズにあった旅を細やかにコーディネートいたします。――『Focus Travel』総経理/ General Manager 姚激 さん

独立したばかりの姚激さんのオフィスにおじゃました時、以前の旅行社にいた時よりいきいきして見えたのが印象的だった。自分の仕事の質をもっと理想の形に仕上げたい、と独立した姚さんの話を聞いていると、『めざす仕事を全うするためには、自分が老板になったほうが早い』という、上海らしい合理的な発想を感じるが、その行動力に加え、日本人のトレンドや文化を知りつくした細やかな気配りが、彼女の最大の武器なのだと思う。オフィスに飾られたたくさんの開業祝いの花は、すべてこれまでお付き合いのある日本人顧客からのものばかり、とうれしそうに説明してくれた姚さん。これまで彼女が、いかに日本人顧客に対して誠意を尽くし、いい関係を作っていたのか垣間見せてもらった気がした。

こちらの旅行社の説明をお願いします。

上海に滞在している日本人駐在員の皆さまをターゲットに、国内外の旅行のサポートをするのが主な業務です。日本に帰国してから海外旅行に行くより、上海発でもっと便利に各国への旅行が楽しめるよう、さまざまなツアーを提案しています。上海は駐在の方も増えていますし、しかも家族帯同が多いのが特徴なので、日本人の旅行ニーズは1年を通してとても多いですね。これまで上海市内の旅行社に勤務していましたが、この春に独立し、自分のオフィスを立ち上げました。正式営業は3月31日からです。

フォーカス・トラベルの特色を教えてください。

どちらかと言えば国内より海外、特にヨーロッパ系に強い旅行社です。それが他の旅行社とは少し違うところでしょうね。日本国内の女性誌などで人気の高いドバイやエジプト、また南アフリカやセイシェルなどの手配も行っています。現在、ファミリー向けにアメリカのディズニーランドのパッケージも企画しており、近日中に商品として発表する予定です。これは、本場のディズニーワールドに上海発で行きたいというお客さまの声を反映して作りました。

ずっと日本のお客さまの対応をさせていただいたからわかるのですが、特に上海在住の日本人の方は仕事や生活でストレスを感じている方が多いようです。ちょっと息抜きできるよう、週末利用、2泊3日の日本行き温泉旅行のパッケージも弊社でご用意しています。ぜひ、旅行をうまく日常に取り入れて、日頃のストレスを解消していただきたいですね(笑)。

姚さんが今の仕事を立ち上げた理由は?いずれは自分の会社を持とうと考えておられたのでしょうか?

私はどちらかと言えばサラリーマン向きで、指示された仕事を時間どおりにきちんと仕上げるのが好きなタイプなんです。そういう意味では、独立はあり得ないことなんですが(笑)。それでもわざわざ自分の会社を持とうと思ったのは、お客さま本位のサービスをもっと追求したかったから。自分が作りたい商品を、自分がこれだ!と思うタイミングで市場で提案したいと思うようになったからです。

日本人のお客様は旅行に関心の高い方がたくさんいらっしゃいますが、ひとつは経済力があること、もうひとつの理由は自分の視野を広げたいと思っている方が多いからだと思います。その分、商品に関しての要求も高いし、情報も持っている。その目の肥えた方たちに向けてのツアーは、やはり細やかな気配りが求められるものです。特に、上海在住の日本人の方のニーズは、日本に住む一般の日本人の方とは違うものなので、細かい選択肢もご用意しながら、そのシーズンにあったご要望にお応えしたいですね。

現在スタッフはまだ4名ですが、仕事の量を増やすことだけを目的にはせず、ひとつずつの仕事を丁寧に、細やかなサービスを提供させていただこうといつも話し合っています。

姚さんと日本との関わりを教えてください。

日本に留学したのが90年、それから10年間日本に滞在しました。当時、大学の専門が機械設計だったので夢はエンジニアになることだったんです。だから本当はドイツに留学したいと思っていたんですが、偶然ビザがとれたので、なぜか日本に行くことになってしまって(笑)。23歳で日本に行き、語学学校で日本語検定の一級をとった後は、日本のあるメーカーに就職しました。当時はまだ若かったので、日本語の習得は意外とスムーズでしたね。日本での仕事は一般のサラリーマンだったので、日本人の普通の人たちの働き方も習慣も、すべて肌で感じながら生活している日々でした。23歳から10年間ですから、まさに私の青春時代と日本はイコールで結ばれている感じです。

その後、2000年に中国に戻ってから旅行の仕事を始め、いくつかの会社を経て今に至っています。振り返れば、自分の勉強してきた専攻とまったく違う仕事ばかりやっているのが今でも不思議ですね(笑)

姚さんにとって、旅行業のおもしろいところは?

自分の視野が広がること、そして国内外含めていろんな人と出会えることですね。常に新しい情報をインプットする必要があるし、そのための勉強も必要です。自分の知らない世界もまだ多く、いつも現場で皆さんから刺激をもらっています。商品を企画する上では、逆に日本人のお客さまに教えられることも多いですね。私にとってまだまだ旅行業は奥の深い、魅力のある仕事です。

ところで、この夏いちおしのツアーはありますか?

今回、初めてエジプト行きのパッケージツアーを作りました。スタッフがエジプトの下見に行って帰ってきたばかりなのですが、現地の日本人向けの旅行社によると、春頃がベストシーズンで、しかも1年を通して過ごしやすく、日本からのツアーでも最近人気の高いところです。ピラミッドだけでなく寺院や他の見どころもたくさんあります。上海発ではカタール航空利用になり、こちらの航空会社のサービスもトップクラスなので、上海の皆さまにも安心しておすすめできますね。

そのほかではギリシャ方面で、最近は家族で訪れる方も増えています。やはり地中海に一生に一度は行ってみたいと思う方が多いようですね。その他、東南アジア系は安定した人気、最近はビンタン島の高級ホテルに泊まるツアーが好評です。

上海在住日本人の旅行の傾向は?

日本人の人気の行き先は東南アジア、中でも上海から安近短のタイは圧倒的に人気です。特にファミリーの場合、子連れで長い旅を敬遠する方もいるので、どうしてもタイ、マレーシア、シンガポール、ビンタン、バリに人気が集中します。とはいえ、毎シーズン熱心にヨーロッパ行きを申し込んでくれる方も必ずいらっしゃいますし、数も年々増えています。私の考え方では、アジアンリゾートは行き先に限界があるので、ヨーロッパの文化をお子さんと訪ねる旅もいいものだと思いますね。問い合わせが増えているのは、日本の雑誌でも人気のドバイ、国内だと雲南省の麗江やシャングリラ方面です。春節に向けて、高級リゾートのモルジブやセイシェル方面も人気が出そうです。

この度、独立して自分の会社をもっていかがですか?

もっといい商品やサービスを提供しなくてはという気持ちで、身が引き締まる思いですね。すべて自分の責任で自由が増えた分、お客さまに対しての責任感は以前よりも強く感じます。総経理になった実感は全然まだありませんが、自分の会社ってなぜかとてもうれしくて。開業して以来、気がつけば朝から夜遅くまでずっと会社にいます(笑)。

会社としての今後の目標を教えてください。

いずれは日本人だけでなく、中国人マーケット向けの高級ツアーを売って行く方向も考えています。現在、中国全土で旅行はブームで、ご存知のようにマーケットも大規模です。最近は、旅行の楽しみを中国人も理解するようになってきました。しかも、日本と比べると、上海の周囲は子連れで遊べる場所が少ないので、近郊旅行でも国内でも、子連れで行ける旅行先に関してはまだ開拓の余地があります。これからもっと発展していくマーケットだと思いますね。

日本人向けに関しては、他の会社にはない特色をいかに出していくか。ヨーロッパ向けでも一般的なパリ、ロンドンだけでなく、ヨーロッパ各地に上海発で行ける国が多いことを、もっとアピールしたいですね。

私も同じなのですが、特に海外行きのツアーは誰しも思い入れのあるもので、料金も決して安くないものです。だからこそ、本当にお客さまに満足していただける商品を企画して、ひとつひとつの仕事に丁寧に取り組みたいですね。会社を大きくすることより、ひとつひとつの商品をきちんと作って、コツコツ、ゆっくり信用をつけてやっていきたい。旅行を通じて、皆さまのいい思い出づくりのお手伝いをしたいですね。

このインタビュー記事は、『ウェネバー上海』による提供です。2007年5月号 BizウーマンInterview。



 
 
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鳥インフルエンザ−エジプトにおける状況−更新16

     2007年6月11日 WHO(原文)

エジプト保健・人口省は、鳥インフルエンザA(H5N1)ウイルス感染の新たなヒト症例を確認した。症例はエジプト中央公衆衛生研究所およびアメリカ海軍医学研究ユニット3(NAMRU-3)によって確認された。

症例はQena行政地区の10歳の女児である。女児は6月1日に発症し、6日に入院し9日に死亡した。女児の感染源に関する初期の調査において、死鳥への曝露が示唆されている。

エジプトでこれまでに確認された35例のうち、15例が死亡している。

(2007/6/12 IDSC 掲載)



 
 
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三井造船、エジプト社からコンテナ用クレーン受注

三井造船はエジプトの港湾運営会社、ダミエッタ・インターナショナル・ポートからコンテナ荷役用の移動式クレーン30基を受注した。受注額は約60億円とみられる。中東では経済成長に伴う物流の増加を背景に、外資の物流拠点などを誘致するための港湾整備などが進んでいる。今後も同地域でのクレーン受注を狙う。

受注したのはコンテナヤード内でコンテナの積み下ろしや移動に使う自走式の門型クレーン。エジプト北部のダミエッタ港向けで、2009年2月までに納入する。オプション契約が付いており、今後、最大25基を追加受注できる可能性がある。その場合の受注額は今回分と合わせ100億円程度に上るとみられる。 (07:02)



 
 
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エジプトの魅力をぎっしり展示 高山の光記念館

2007年6月13日

高山市中山町の光記念館で、東京国立博物館が所有する門外不出の「セクメト女神倚(い)像」初展示などエジプトの魅力が詰まった「エジプト展」が、九月十七日まで開かれている。

日本とエジプトの国交樹立五十周年と、同館が今年四月、文化庁から県内で二番目の公開承認施設の指定を受けたことを記念した。公開承認施設は、国が専門的学芸員の配置や施設設備などを厳正に審査する。

学芸員四人がエジプトを視察するなど二年間かけて準備。東京国立博物館と神奈川県藤沢市の市教育委員会から借りた資料や展示品など計約二百点を展示する。「古代エジプトの神々」「古代人の死生観」などのコーナーに分かれ、セクメト女神倚像やジュゼル王のタイルなどの貴重な遺物を公開。模型や写真、イラストを使って分かりやすく展示している。

古代エジプトの服を着て写真撮影するなどの体験コーナーもあるほか、子ども用チラシの持参者にはピラミッド型キャンドルをプレゼントする。

監修したエジプト文明研究家村治笙子さん(60)は「エジプトのことがすべて理解できる」と話している。

(矢嶋宏明)



 
 
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中東首脳会談、次週エジプトで開催

* 2007年06月21日 23:20 発信地:エルサレム/イスラエル

【6月21日 AFP】イスラエル政府は21日、パレスチナ、イスラエルなど中東4者による首脳会談が、紅海に面するエジプトの保養地シャルムエルシェイク(Sharm el-Sheikh)で、次週25日にも開催されると発表した。

イスラエル首相報道官は、「シャルムエルシェイクで25日に4者会談が行われると確認した。パレスチナ穏健派の支援強化やイスラエル−パレスチナ和平の促進が議題となる見通しだ」と述べた。

同会談には、イスラエルのエフド・オルメルト(Ehud Olmert)首相、パレスチナ自治区のマフムード・アッバス(Mahmud Abbas)自治政府議長、エジプトのホスニ・ムバラク(Hosni Mubarak)大統領、ヨルダンのアブドラ国王(King Abdullah)が出席する。



 
 
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ハマス抜きの中東首脳会談呼びかけ エジプト大統領

2007年06月21日21時51分

エジプト政府は21日、ムバラク大統領がパレスチナ自治政府のアッバス議長、イスラエルのオルメルト首相、ヨルダンのアブドラ国王をエジプト東部の保養地シャルムエルシェイクに招き首脳会議を開くと明らかにした。イスラエル政府は25日に開催されるとしている。

ハマスを除外して和平協議を進める狙いで、親米アラブ諸国によるハマス封じ込めの一環とみられる。一方、イランやシリアは改めてハマス支持を表明。パレスチナの分断で中東の分裂も深まっている。

これまでパレスチナ各派の仲介役を務めてきたエジプトは、同国最大のイスラム系野党勢力「ムスリム同胞団」を源流とするハマスに強い警戒感を示している。アッバス議長がハマスを排除した非常事態内閣を発足させると直ちに歓迎を表明。ヨルダンも新内閣を支えるコメントを出した。

エジプトのアブルゲイト外相は19日、カイロ市内での講演でハマスのガザ制圧について「背後にいるのはイラン」との見方を示し、「ガザと国境を接する我が国の安全保障に脅威だ」と述べた。

一方、イランのモスタファビ外務次官は18日、非常事態内閣の発足を「非民主的で、パレスチナに分裂をもたらす」と批判。シリアのムアレム外相も「どちらか一方だけを支持すべきではない」と語り、早々に新内閣支援を打ち出した欧米などを牽制(けんせい)した。

中東各国の民衆の間では、イスラエルと武力闘争を続け昨年のパレスチナ総選挙で圧勝したハマスの人気が高い。ハマス封じ込めでガザ住民の苦境が深まれば、「米国のいいなり」との政権批判も強まりかねない。



 
 
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4首脳会談:24日にエジプトで開催へ

【エルサレム海保真人】パレスチナ自治政府の非常事態内閣発足を受け、アッバス自治政府議長とイスラエルのオルメルト首相、エジプトのムバラク大統領、ヨルダンのアブドラ国王による4首脳会談が24日、エジプト・シナイ半島の保養地シャルムエルシェイクで開かれる見通しとなった。

イスラム原理主義組織ハマスによるパレスチナ自治区・ガザ地区の武力制圧に対し、アッバス議長と新内閣の「ハマス孤立化策」を支援するのが狙い。アッバス、オルメルト両氏の直接会談は4月15日以来で、和平交渉をいかに復活させるかも話し合うとみられる。

毎日新聞 2007年6月21日 20時33分



 
 
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パレスチナ危機を受け、中東和平4者協議がエルサレムで開催へ

* 2007年06月22日 23:03 発信地:モスクワ/ロシア

【6月22日 AFP】パレスチナ自治区の非常事態を受け、中東和平の仲介役を務める米、ロシア、欧州連合(EU)、国連(UN)の4者会合が26日、エルサレム(Jerusalem)で開催される。ロシアのインタファクス(Interfax)通信がロシア政府高官の言葉として伝えた。

これによると、会談ではパレスチナの現状を協議する見通し。

一方、エジプトのカイロ(Cairo)で26日から2日間開催される予定だったコンドリーザ・ライス(Condoleezza Rice)米国務長官、セルゲイ・ラブロフ(Sergei Lavrov)露外相、潘基文(バン・キムン、Ban Ki-moon)国連事務総長、ハビエル・ソラナ(Javier Solana)EU共通外交・安全保障上級代表による4者協議は、イスラム原理主義組織ハマス(Hamas)によるガザ地区(Gaza Strip)制圧を受けて延期となった。

エルサレムでの中東和平4者協議に先立つ25日には、エジプトの紅海沿岸の保養地シャルムエルシェイク(Sharm al-Sheikh)で、パレスチナ自治政府のマフムード・アッバス(Mahmoud Abbas)議長およびイスラエル、ヨルダン、エジプトによる中東4者首脳会議が行われる。(c)AFP



 
 
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ルフトハンザ、エジプト航空とフランクフルト/カイロ線などでコードシェア

[掲載日:2007/06/22]

ルフトハンザドイツ航空(LH)とエジプト航空(MS)は、2007年の冬期スケジュールからフランクフルト/カイロ線、ミュンヘン/カイロ線、フランクフルト/アレキサンドリア線をコードシェア便として共同運航する。また、エジプト及び北アフリカの観光都市への運航も航空当局の承認が下り次第実施し、さらにMSはドイツ、ヨーロッパ、及び北米路線をLHとのコードシェアに移行する。



 
 
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スパイでエジプト人技術者らに終身刑 邦人男性も?

中東通信によると、エジプトの国家治安裁判所は25日、原子力庁のコンピューターから核開発情報を入手するなど、イスラエルのためのスパイ行為をしたとして、同庁のエジプト人技術者ムハンマド・サベル被告(35)と、欠席裁判の日本人男性、アイルランド人男性の計3人に終身刑判決を言い渡した。

日本人とアイルランド人の行方は分かっていない。日本人は香港在住の「アイズ・シロウ」または「イズ・シロウ」という氏名の40代の男性とされるが、在エジプト日本大使館は「該当する日本人の存在は確認できていない」としている。

検察当局によると、日本人とアイルランド人は香港でサベル被告に金品を渡し、核開発情報を入手したとされる。(共同)

(2007/06/25 22:57)



 
 
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アッバス議長支援で一致 エジプト中東首脳会議

2007年6月26日 10時28分

【シャルムエルシェイク(エジプト東部)26日共同】パレスチナ自治政府のアッバス議長、イスラエルのオルメルト首相ら中東4者による首脳会議が25日、エジプト東部シャルムエルシェイクで開かれた。3首脳はパレスチナ自治区ガザを武力で制圧したイスラム原理主義組織ハマスを非難する穏健派、アッバス議長を支援していく方針で一致した。

オルメルト首相はイスラエルが収監中のパレスチナ人のうち、アッバス議長の支持基盤ファタハの250人を釈放する方針を表明。自治政府に代わって徴収した税金の送金再開もあらためて表明した。

自治区のヨルダン川西岸と接するヨルダンのアブドラ国王、ガザ地区と隣接するエジプトのムバラク大統領も議長支持を明確にした。

ただ、極端なハマス孤立化政策は、逆に住民の反発とハマス支持を促す可能性もあり、アッバス議長の立場強化につながるかどうかは不透明だ。



 
 
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2007/06/27-10:31 パレスチナの対立で仲介の用意ある=エジプトとサウジ

【シャルムエルシェイク(エジプト)26日】ムバラク・エジプト大統領のアワド報道官は26日、同国とサウジアラビアにはパレスチナのガザ地区を制圧したイスラム原理主義組織ハマスとアッバス同自治政府議長のファタハの間の仲介を再開する用意があると述べた。(写真は、会談するムバラク・エジプト大統領=右=とアブドラ・サウジ国王)

同報道官は、ムバラク大統領とサウジアラビアのアブドラ国王が同日当地で会談した際、同国王はパレスチナの対立する両者間の仲介を再開する用意があると表明したと語った。ムバラク大統領は25日に当地で開かれた中東首脳の会議で、ハマスとファタハの対話再開の必要性を強調していた。

同報道官は記者団に対して、同問題が26日の会談の主要な議題になったことを認めた。しかし同報道官は、そのためには事態が少し落ちつかなければならないとして、「我々には、ハマスとパレスチナ自治政府の間の仲介の建設的な環境をつくりだすための時間が必要だ」と述べた。〔AFP=時事〕



 
 
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古代女王のミイラ発見か・エジプト、「ツタンカーメン級」

エジプト文化省は26日、古代エジプト第18王朝期のハトシェプスト女王のミイラを特定、27日に記者会見を行うと発表した。ロイター通信によると、ドキュメンタリー専門のテレビ「ディスカバリー・チャンネル」は「ツタンカーメン王以来の発見」としている。

同女王(在位紀元前1503年ごろ―同1482年ごろ)はファラオ(王)として先例のない権力をふるい、プント(現在のソマリア付近)やビブロス(同レバノン)、シナイ半島(同エジプト)との交易にも力を注いだ。

ロイターなどによると、専門家は、1903年にエジプト南部ルクソールの「王家の谷」で発見されたミイラ二体のうち一体が、歯や身体の一部など新たな証拠によって同女王と特定されたとしている。(カイロ=共同)(01:17)



 
 
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ミイラ:古代エジプトの女性「ファラオ」と特定

【カイロ高橋宗男】エジプト考古庁のザヒ・ハワス局長は27日、古代エジプト第18王朝(紀元前16〜同14世紀)で君臨したハトシェプスト女王(在位・紀元前1502〜同1482年)のミイラを特定したと発表した。局長は毎日新聞に「ツタンカーメン王のミイラ発見以来、最も重要な発見の一つ」と強調した。

ハワス局長によると、このミイラは1903年にエジプト南部ルクソールの「王家の谷」で発見されたミイラ2体のうちの1体。1922年にツタンカーメン王のミイラを発見した英国人考古学者、ハワード・カーター氏が発見した。しかし墓自体が小規模で粗末だったため、当時は重要とみなされなかった。

ハワス局長らのチームが、ミイラや所蔵品を調査したところ、1881年に別の墓から発見された、ハトシェプスト女王の名前が刻まれた箱にあった臼歯と、1903年発見のミイラの歯茎の穴が一致した。

ミイラのDNA(デオキシリボ核酸)と、女王の父親にあたるトトメス1世や、祖母にあたる人物のミイラのDNAも極めて似ていたという。

ミイラを調べたところ、女王は太り気味で虫歯があり、糖尿病に苦しんでいた。後継のトトメス3世との不仲から謀殺説もあったが、50歳前後にがんで死亡したという。

同女王は第18王朝第5代で、「ファラオ」の称号を持つ古代エジプトの数少ない女性として知られる。トトメス2世と結婚して王妃に。2世の死後はトトメス3世の摂政として実権を握り、後に自ら女王に即位した。

第18王朝は、現在のソマリアにあたるプントとの交易を行うなど、古代エジプトの栄華を体現した。ハトシェプスト女王は常にひげをはやした男装スタイルの彫像や絵が残されており、長く女性と知られていなかった。

毎日新聞 2007年6月27日 21時17分 (最終更新時間 6月28日 0時42分)



 
 
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DNAで女性ファラオ特定 エジプトで100年前発掘ミイラ

2007年6月28日 朝刊

【カイロ=共同】エジプトのホスニ文化相は二十七日、カイロのエジプト考古学博物館で記者会見し、南部ルクソールの「王家の谷」で一九〇三年に発見された女性のミイラがDNA鑑定の結果、古代エジプト第十八王朝期のハトシェプスト女王(在位紀元前一五〇三年ごろ−同一四八二年ごろ)と判明したと発表した。

同国の考古最高評議会によると、エジプトのミイラをDNA鑑定で身元特定したのは初めて。

エジプト考古学者の吉村作治サイバー大学長は「DNA鑑定の結果が身元特定の根拠の一つとなったのは、ミイラ研究にとって画期的な成果」と評価。同評議会のザヒ・ハワス事務局長は「ツタンカーメン王以来、最大の発見だ」と称賛した。

女王はファラオ(古代エジプトの王)の中で数少ない女性で、先例のない権力をふるった。周辺諸国との交易に力を注いだとされる。

ミイラは、ツタンカーメン王の墓を発見したことでも知られる英考古学者ハワード・カーター氏らが王家の谷で発見した二体のうちの一体。今年四月、二体とも考古学博物館に運び、全身のCTスキャンを実施したほか、歯のDNA鑑定結果を既に身元が確認されていた父親のトトメス一世ら親族のDNAサンプルと比較した結果、女王と判明した。

鑑定結果などによると、女王は太り気味で、糖尿病を患った上、がんのため五十歳で亡くなったという。



 
 
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エジプトのミイラ、古代女王と判明・専門家「画期的な成果」

【カイロ=共同】エジプトのホスニ文化相は27日、カイロのエジプト考古学博物館で記者会見し、南部ルクソールの「王家の谷」で1903年に発見された女性のミイラがDNA鑑定の結果、古代エジプト第18王朝期のハトシェプスト女王(在位紀元前1503年ごろ―同1482年ごろ)と判明したと発表した。

同国の考古最高評議会によると、エジプトのミイラをDNA鑑定で身元特定したのは初めて。

エジプト考古学者の吉村作治サイバー大学学長は「ミイラ研究にとって画期的な成果」と評価。同評議会のザヒ・ハワス事務局長は「ツタンカーメン王以来、最大の発見だ」と称賛した。

女王はファラオ(古代エジプトの王)の中で数少ない女性で、先例のない権力をふるった。周辺諸国との交易に力を注いだとされる。

ミイラは、ツタンカーメン王の墓を発見したことでも知られる英考古学者ハワード・カーター氏らが王家の谷で発見した二体のうちの一体。(00:41)



UP:2007 REV:
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