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ケニア共和国 Republic of Kenya 〜2006年


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アフリカアフリカ Africa 2017


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KENWA

○外務省 各国・地域情勢 ケニア共和国

* 新聞記事は、ウェブサイトへの掲載期間が限られています。ウェブで見あたらなくなったら縮刷版で内容を確認してください。

* 幅広く多種多様な情報を紹介しています。情報源、情報が発せられた状況などに留意しながら活用してください。



◆1984/04/18 日本経済新聞 野間アフリカ賞にケニア、南アの作家。
◆1991/04/11 日本経済新聞 アトリエはジャングル 体力勝負、カンバス抱えアフリカ絵かき放浪
◆1991/07/18 日本経済新聞 ケニアの子供がお礼の詩 援助で小学校に給水施設
◆1991/08/21 日本経済新聞 婦人家庭欄 アフリカに見る「開発と女性」
◆1991/10/19 日本経済新聞 紙面に躍るスポーツ熱 陸上王国ケニア サッカーが一番 日本の野球並み 週末のゴルフ試合 アマの日程も網羅
◆1991/11/16 朝日新聞 複数政党制要求派の元副大統領を逮捕
◆1991/11/27 朝日新聞 前外相殺人事件で前工業相らを逮捕 ケニア
◆1991/11/28 朝日新聞 ケニアに対し新規援助停止 パリ援助国会議
◆1991/12/03 朝日新聞 ケニア、複数政党制へ
◆1991/12/12 朝日新聞 特派員メモ:雨のにおいがする
◆1994/01/20 毎日新聞 [特集]東京シティマラソン/2止:有力選手紹介
◆1994/01/24 朝日新聞 野生生物保護の重鎮、辞意 「マサイ族よりも動物」の批判に ケニア
◆1994/01/24 朝日新聞 片岡、日本最高ハーフ1時間8分41秒で初優勝 東京シティマラソン
◆1994/02/08 日経産業新聞 ブリヂストン、駐在員を派遣、南ア・ケニアの工場に アフリカで事業拡大へ
◆1994/02/21 朝日新聞 仙台育英の留学生がジュニア男女制す
◆1994/07/05 日本経済新聞 マグロ取引規制提案を取り下げ ケニア
◆1995/08/17 毎日新聞 ケニアで400万年前の猿人化石 あごや歯など発見 二足歩行の最古の証拠
◆1996/01/01 日経産業新聞 花苗販売、南米・アフリカに拠点 キリン、売上高8割増狙う
◆1996/05/08 日本経済新聞 中国主席 アフリカ歴訪へ 台湾の外交けん制
◆1996/05/09 毎日新聞 アフリカ6カ国歴訪へ 江主席
◆1996/05/18 日本経済新聞 アフリカ舞台に援助外交 中国、台湾の資金力に対抗 「人権」でも支持固め 江沢民主席
◆2001/05/07 jsds 「ソンドゥ・ミリウ水力発電所に関する NGO連合の要請文」受け入れを求める緊急署名
◆2001/07/11 国境なき医師団 ソマリア難民の栄養状態深刻化
◆2001/07/31 IRIN ケニア:医療保健関係者、エイズ検査を要求
◆2001/08/07 IRIN ケニア:保健当局者、結婚前のHIV/AIDS検査実施を指示
◆2001/08/13 IRIN ケニア:AIDS教育プログラムの開始
◆2001/09/11 林達雄 「KENWA 9月11日 HIVポジティブの女性による、HIVポジティブの女性のための運動」
◆2001/09/13 林達雄 「ケニアからの一報・神戸俊平9月13日」
◆2002/03/01 朝日新聞 広がるエイズ アフリカ苦闘 効果的対策なく 若年・女性に深刻 「存亡かける」国も
◆2002/11/07 [viva_hiv_aids] 【シンポジウムに向けて】KENWAのプロフィール
◆2002/11/07 [viva_hiv_aids] 【シンポジウムに向けて】アスンタ・ワグラさん資料
◆2002/11/13 [viva_hiv_aids] 【翻訳情報】ケニア:HIV感染者・AIDS患者はヘルスケアのために闘う
◆2002/11/22 毎日新聞ニュース速報 <ひと>アスンタ・ワグラさん HIV感染女性支援組織を運営
◆2004/01/22 allafrica.com、IRIN、UNAIDS配信のToday's Top News ケニアでARVが処方箋なしで販売されている
◆2004/03/23 中国情報局NEWS 中国:ケニア旅行解禁、アフリカ旅行が半額に
◆2004/08/ 日経エコロジー リポート ワールドウオッチ研究所 自然を守り、地元の生活も向上 ケニアで進む国連プロジェクト
◆2005/04/15 JANJAN 女性たちは妊娠が原因で人知れず死んでいく
◆2005/09/24 JANJAN 専門職の国外流出(09/16)
◆2005/10/19 中国情報局NEWS 中国海洋石油:ケニアでの石油探査の交渉妥結へ
◆2005/12/22 中国情報局NEWS 第一汽車:ケニア外務省にVIP専用車3台寄贈
◆2006/01/17 JANJAN ケニア:レイプ犯が罰金刑で済むのか(1/11)
◆2006/01/28 JANJAN ケニア:レイプ犯が罰金刑で済むのか
◆2006/03/26 JANJAN 恥ずかしさと痛みに苦しむ産科フィスチュラ罹患者
◆2006/05/24 JANJAN 『ミレニアム・ビレッジ』プロジェクト:MDG実現への一助となるか
◆2006/07/21 JANJAN ケニア:農産物に価値を付加して収入確保
◆2006/08/15 JANJAN ケニア:死刑執行猶予で、約4000人が生死の狭間に
◆2006/12/28 IBTimes 外務省、WFPを通じたケニアへの人道支援を発表

【参考図書】
開発フロンティアの民族誌―東アフリカ・灌漑計画のなかに生きる人びと
石井洋子著 御茶の水書房 ¥5,040 A5版 310ページ  2007年2月 [amazon]

サブサハラ・アフリカで最も成功したと言われてきた国家的潅漑計画の歴史と、1990年代末から始まった新しい動きを伝える。


アフリカ昆虫学への招待
日高敏隆監修 日本ICIPE協会編 京都大学学術出版会 ¥3,150 A5版 285ページ 2007年4月 [amazon]

ケニアにある国際昆虫生理生態学センター(ICIPE)、ナイジェリアにある国際熱帯農業研究所(IITA)等でアフリカの昆虫研究に従事した日本人研究者が、人びとの健康や農業に関わる昆虫研究の課題を紹介する。


アフリカン・ポップスの誘惑
多摩アフリカセンター編 春風社 ¥1,680 A5版 191ページ 2007年5月 [amazon]

アフリカの人びとがラジオ、カセットテープを通して親しんでいるポップスを多数紹介。最後に収録されたエイズで亡くなった大スター自身のエイズの恐ろしさをえがく歌が印象的。


マウマウの娘―あるケニア人女性の回想
ワンボイ・ワイヤキ・オティエノ (著), コーラ・アン・プレスリー (編さん), 富永 智津子 (翻訳)  未来社 ¥2,730 四六判 266ページ 2007年5月 [amazon]

十代でケニア土地解放軍の闘いに参加し、ケニア独立後は政治家としても活躍した女性の自叙伝の前半。後半の翻訳も待たれる。70歳を超えて、ケニア独立の理念を高く掲げた政党を立ち上げた著者から目が離せない。



 
 
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アトリエはジャングル 体力勝負、カンバス抱えアフリカ絵かき放浪

日本経済新聞

1991.4.11 朝刊

鈴木紀友

許可証なく国外退去

ケニア、ウガンダ、ザイール。昨年の5月まで2年3カ月ほど、アフリカを歩いて絵を描いた。

アフリカまで来て絵を描く人は、少ない。市街地でスケッチするくらいなら話は別だが、ジャングルの奥に分け人って油絵を描き続けるとなると、並の体力では耐えられない。

私は総計45キロの荷物を抱えて歩いていた。大型のザックを背負い、右手に絵の具袋、左手にロールカンバス、肩にもバッグ。おおよそ、そんないでたちである。

アフリカに初めて行ったのは、9年ほど前のこと。大陸東岸のケニアとタンザニアに6カ月滞在したが、内陸のザイールまで入り込むに至らず、今回は2度目のアフリカ行きである。

英語、フランス語を勉強し、現地に着いてからは、スリヒリ語とリンガラ語も習うなど、周到な準備を重ねたつもりだったが、旅はそうはすんなりとはいかなかった。ウガンダとザイールでば、絵を描いていたら、警察につかまってしまった。これらの国では絵を描くのに「許可証」が要るのを知らなかったのだ。

ケニアからウガンダに人って国境近くのトロロという町に、トロロ岩という小高い山がある。見渡すかぎりの平地で、釣り鐘をかぶせたようにそこだけが盛り上がっている。私はさっそくイーゼルを立て、カンバスを張って絵を描いた。ところがホテルヘ戻ると、どこからか警官が来て、「許可証」を見せろという。驚いて「ない」といつと、警察に連行されて、絵は没収、即国外退去になってしまった。

私はケニアの首都、ナイロビの日本大使館に行って推薦状を書いてもらい、再びウガンダに入った。外務省、情報省、観光省を回ってようやく許可証をとった。トロロへとってかえして交渉し、絵を取り戻せたのは幸いだった。

罰金で思わぬ出費も

ザイールでは入国してから確かめた時、許可証は要らないという話だった。ところが、ベニという町に腰を据え、描き始めて1カ月ほどたったころ、移民局の職員が現れ、「許可証なしに絵は描けない。国外退去」とやられてしまった。出直して、再びザイールを訪れ、日本大使館の領事さんとともに観光省に行き、許可証を取った。

許可証を持っていても、空港、港、国境、軍の施設などは描けない。ザイールの北東部に住んでいるピグミー族も、描くことを禁じられた。国の独立記念日に、外でカンバスを広げていて注意されたこともある。

ケニアでは、茶畑の横に刑務所があるのを知らず、風景を描いていたら連行され、説教を食らった。絵はもちろん没収である。逮捕にまでは至らなくても、なにやかやと罰金を取られることは、しばしばだった。

こうした思わぬ出費が、資金難にますます輪をかけた。町では、一泊1ドル、2ドルの安宿を探し、それでなければ倉庫の軒下を貸してもらったり、野宿でしのいだ。村へ入れば、宿はないので民家に泊めてもらい、食事も食べさせてもらった。

朝・昼食にパナナ

村の生活は、日の出とともに起きて、朝食にバナナを食べる。それから、村人のけがの治療をした。子どものひざなどに、赤チンを塗ってやる。村の中では私の薬が唯一の治療薬だった。

そのあと、画材をかついで森にでかける。森の中にイーゼルを立てれば、そこは、ひんやりとした空気に包まれた、静かで最高のアトリエ。時おり木の上で猿がキーキー鳴き、原色の蝶が周囲を飛び回っている。

昼食もだいたいバナナだ。蛇やアリの攻撃を避けるため、腰を降ろしたままで昼寝をし、再びカンバスに向かって日が暮れるまで絵を描く、近くの小川で体を洗い、夜は泊まった家の家族や集落の人々と、地酒を飲み、食事をとる。ごはんと、キャッサバの葉を煮こんだソンベ。時々、川魚も食べた。

それからたさ火を囲んで楽しいパーティーが始まる。歌を歌って、騒いで、踊って、そして土の家に帰るのだった。

アフリカのママさん

現地語がわかるので、村の人々はとても親切にしてくれた。「これからは私をママと呼びなさい」などとやさしいことを言ってくれる。アフリカのママさんは、たくましくてやさしいのである。子どもはかわいい。よく笑うし、よく泣く。子どもが子どもの笑顔をしている。

ザイール川は、化け物である。流域のジャングルの光景は絵かきを驚愕させた。一面、緑の世界。船には人があふれ、豚、ヤギ、ワニ、猿も乗っている。途中からば川で取れたナマズが乗る。

森の中では、日本でやったことのある建築や土木の仕事が、意外に役立った。たとえば、トラックが大雨のあとでぬかるんだ道にはまり、立ち往生したことがあった。よくあることらしいのに、運転手も乗り合わせた人もどうにもならない。私が、トラックに積んであったパンガ(山刀)で木を2本切り倒し、タイヤの下に敷くと、車は動いた。こんなことがあると、地元の人は私をとても大事にしてくれる。

滞在した村を去るときは、トラックの荷台に乗って皆の目を見た。エンジンが鳴り、村人の見守る中、「クワヘーリ(さようなら)、クワヘーリ」と叫んで、いつよでも手を振っていた。

アフリカでは、絵を描く人ほあまりいない。絵かきの私は、とても珍しがられた。町で描いていると、すぐに人がおおぜい集まってきた。人々の目、目、目。

数度のマラリアで体力が尽き、画材と資金にも限りがあって、アフリカを去ることにした。結局、滞在中に油絵48点、ペン画150点を仕上ばたことになるが、描きたくて描けなかったものもたくさんある。再び、アフリカを訪れたいと思う。



 
 
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1991.7.18

ケニアの子供がお礼の詩 援助で小学校に給水施設

日本経済新聞

日本からの援助で念願の給水施設が整備されたケニアの小学校から児童代表のお礼の詩が十八日までに外務省に届いた。「水」と題されたこの詩には「あなたは母のように温かく、サハラ(砂漠)の水のように真実」「挫折と絶望の中からあなたたちは私たちを助け出してくれた」など日本のきめ細かな援助に対する感謝が述べられている。アフリカ最高峰のキリマンジャロのふもとから届いた子供たちの喜びの声に援助関係者も感動している。

給水施設ができたのはケニアの首都ナイロビの南東約百五十キロにあるマイチャコス地方キブウェジ地区の十三の小学校(児童数三千六百人)。

同地区は海抜二百メートル、年間降水量が東京の半分以下の五百ー七百ミリの半乾燥地帯で、水不足は永年の悩みの種だった。

このため、現地で活躍する非政府組織(NGO)が日本大使館に要請、同大使館が平成元年からスタートした小規模無償資金協力を活用、約四百五十万円をかけ、雨水を蓄えるタンクや給水装置を設置した。

贈られた詩は、五月に行われた完成式で作者のラチェル・M・クトンガさんが朗読。日本への謝辞だけではなく「生命の根源」と水の大切さを訴え、これまで味わってきた苦しみや水不足が解消されたことへの喜びなども素直に表現されている。

小規模無償資金協力は政府開発援助(ODA)など、これまでの大型援助でカバーできなかった比較的小さなプロジェクト(一件最高五百万円)を対象にした援助。現地の大使館の独自判断で適用が決められ、これまでにアフリカなど延べ七十六か国で百八十七件(五億九千万円)の援助が行われてる。



 
 
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1991.10.19

紙面に躍るスポーツ熱 陸上王国ケニア サッカーが一番 日本の野球並み 週末のゴルフ試合 アマの日程も網羅

日本経済新聞

先に行われた陸上の第三回世界選手権東京大会で、ケニアは金4、銀3、銅1の計八つのメダルを獲得し、ケニア一千三百万人は興奮に包まれた。今回は、ケニアのスポーツ報道について書いてみたいと思う。経済力では、まだまだ、世界の水準に及ばないが、「スポーツでなら負けないぞ」の意気込みがスポーツ報道にある。ケニア国民の目下、誇りとする分野なのである。(アフリカ・スポーツ代表 小林俊一)

ケニアではテレビは一般にそれほど普及してはいない。英文の日刊紙が三紙、スワヒリ語の日刊紙が一紙あるだけ。英文の日刊紙は「ネイション」「スタンダード」「ケニア・タイムス」で、発行部数は、三紙合計で、日に約百万部。日刊紙は、朝刊のみで夕刊はない。

スワヒリ語の日刊紙は、日に五万部といったところ、母国語は、スワヒリ、一般公用語は英語のお国柄、地方の年配者には、このスワヒリ語新聞は、重宝がられるのである。植民時代の英国の影響が強いせいか、ロンドンの駅のスタンドでみかけるのと同じタブロイド判である。雑誌は、スポーツ誌として月刊のものが幾度となく出版されてきたが、続かない。月刊スポーツ誌を購入する読者の数は、ほんのひと握り、発行されては廃刊の繰り返しだ。

4ー6ページさく

しかし、経済環境には恵まれないものの、ケニア人のスポーツ熱は新聞紙上に十分に浸透している。スポーツ面は普通、4ページ。週末のスポーツの多い時に6ページがさかれる。週末には「今日のスポーツ」の予告が載り、これは決まったように、ケニアプロ・サッカー・リーグの組み合わせとスタート時間、場所が載り、熱心なファンはこのタイムテーブルをみて、スタジアムに徒歩で押しかける。

人事抗争も扱う

サッカーの記事で、このところ紙面を独占するのは、試合結果もさることながらトップチームの役員の人事抗争に多くのスペースがさかれる。日本のプロ野球のオフシーズンの監督、コーチの人事を伝える記事と変わらないところがおもしろい。

サッカーは国民的支持を一番受けている人気スポーツなので、リーグのトップチームの試合となると、六万人収容のナショナル・スタジアムが超満員となる。この観客席に、モイ大統領も足を運ぶ。フロント・ページにはサッカーを観戦し、エキサイトする大統領の姿が写真入りでおどる。

こうした面がサッカー熱を、いやが上にもあおりたてるのである。もちろん中・長距離のメダルをかき集めてくる陸上競技の報道も、サッカーに負けない紙面の扱いを受ける。特にオリンピック、世界選手権、英連邦大会といった先進経済列強国と対戦する大会での報道は、日ごろ、経済力ではひけめを感じているだけに、この時とばかりに書きたてる。ビッグ大会だけに限らず、欧州、米国、日本などで活躍する陸上選手は写真入りで大きく報道される。

日本の実業団に属している長距離のトーマス・オサノ(沖電気宮崎)、デリラ・アシアゴ(同)はこの六月、日本選手権で一位になった時も、タイトルに、JAPANの文字を大きく入れて二人の活躍を載せていた。

市民と交流

変わったところでは、週末のナイロビ近郊のゴルフ場でのオフィシャルなコンペティションのスタートリストが、金、土曜日の新聞に、各クラブごと、スタート時間ごとに詳細に載る。プロのトーナメントではなく、アマチュアのトーナメントがである。ナイロビ在住の日本人ゴルファーも、週末のゴルフは、新聞に載るスタートリストをみて、ゴルフ場にいくといった具合で、新聞のスポーツ面が、こんなところで、市民と交流している、また、インド洋に面した、モンバサのマリンスポーツ、トローリングではつりあげたカジキマグロが写真入りで載る。対象は白人だが、観光事業が国の歳入のナンバーワンのケニアでは、こうしたところも大切なスポーツ報道となる。



 
 
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1991.11.16

複数政党制要求派の元副大統領を逮捕

朝日新聞

ナイロビ16日=五十嵐浩司

ケニアの反政府勢力によると、ケニア警察当局は十四日夜、複数政党制要求派の長老であるオディンガ元副大統領を逮捕。ほかに十五日までに民主主義復活会議(FORD)のメンバー数人が逮捕された。

逮捕者数は、警察当局によると七人で、いずれも「違法な集会を計画した容疑」。FORD側は「少なくとも十二人」としている。



 
 
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1991.11.27

前外相殺人事件で前工業相らを逮捕 ケニア

朝日新聞

アディスアベバ26日=五十嵐浩司

ケニアの警察当局は二十六日、オウコ前外相が去年二月、変死体で見つかった事件が殺人事件だったとして、ビオット前工業相、オユギ前大統領府次官を容疑者として逮捕した。二人は今月、同事件の司法調査委員会で捜査に当たったロンドン警視庁の捜査官から「主な容疑者」と名指しされていた。捜査官は、殺害の動機を前工業相ら複数の閣僚が絡んだ汚職を、前外相が告発しようとしたため、としている。

前工業相は十月まで十二年間、エネルギー相を続け、ケニア政府ではモイ大統領に次ぐ実力者。オユギ次官とともに大統領側近だが、次官は十月、前工業相は今月十九日、それぞれ更迭されていた。

対ケニア援助国の間では、人権抑圧に批判が高まっており、今回の逮捕は、これらの批判への対応を図ったものと見られる。



 
 
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ケニアに対し新規援助停止 パリ援助国会議

1991.11.28
朝日新聞
アディスアベバ27日=五十嵐浩司

パリで開かれていた対ケニア援助国会議は二十六日閉会し、日本を含む援助国は、ケニアでの汚職の横行、民主化への取り組みの遅れ、人権抑圧、経済構造調整の遅れなどを理由に、新規援助の停止を決めた。



 
 
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ケニア、複数政党制へ

朝日新聞
1991年12月3日
ロンドン2日=時事

 ナイロビからの報道によると、ケニアの単一政党「ケニア・アフリカ民族同盟」(KANU)は二日、複数政党制導入の方針を決めた。三日に正式決定する。

 同国では一九八二年からKANUの一党独裁が続いているが、民主化要求が強まっている。



 
 
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特派員メモ:雨のにおいがする

朝日新聞
1991年12月12日
ナイロビ・五十嵐浩司

 雨のにおいがするーー仕事場近くのビルで、初老のマサイ族の警備員は、ふっとそう言う。するとやがて雨が来る。どんな育空でも、きまって雨になる。

 不思議な能力だ。

 旅先で、タンザニアの動物監視員学校を出た日本人の若者に会った。彼に聞いた話。あるマサイ族の監視員が、『草原の向こうから二人運れがやって来る。右が男、左が女」といった。双眼鏡で見ても、黒い点がやっと人間と判別出来るだけ。「なぜ、女と分かる?」と尋ねると「首飾りをしている」と答えたという。日本人の専門家が検眼したところ、この監視員の視力は「7.0」と出た、という。

 マサイ族は章原の氏だ。今も「近代化」を拒否する者が多く、依統的衣装でナイロビに出てきては他の部族の冷笑を浴ひる。だが、その頑固で気高く、神秘的な物腰、容ぼうが、私は好きだ。彼らならそんな能力を持っているだろうーーと納得する。私の子どもが最近、「雨のにおいがする」といい出した。今は小雨期。予言通り雨になる確率は高いので真偽は定かでないが、何かがにおうらしい。

 アフリカは、人間が本来備えていた野性の力を目覚めさせるのだろうか。私は、といえば、たとえ土砂降りでも、外に向いた窓がない私の仕事場にいる限り全く気づかない。アフリカに来るのが、遅すぎたようだ。



 
 
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[特集]東京シティマラソン/2止:有力選手紹介

毎日新聞
1994年1月20日

 ◇23日“歓走”東京シティ

 世界のトップランナーと市民ランナーが1月の東京を走る東京シティマラソン。3年目を迎えた今回は過去2回をしのぐ好メンバーがそろった。

 男子は昨年、1万メートルで史上初めて27分の壁を破ったヨベス・オンディエキ(ケニア)、12月の福岡国際マラソンを制したディオニシオ・セロン(メキシコ)ら強豪が目白押し。女子はエレナ・マイヤー(南アフリカ)、オルガ・アペル(メキシコ)の前回1、2位コンビに昨秋の世界ハーフマラソン選手権、東京マラソン各2位の谷川真理(資生堂)、ベテラン浅井えり子(NEC・HE)らが挑む。

 一昨年の第1回は男女とも、昨年は男子でハーフマラソン世界最高記録が飛び出した。今回も快記録樹立の期待が大きい。有力選手たちを紹介する。

 <男子招待選手>

 ◇スピードレースに挑む日本勢

 昨年大会の総合男子の優勝タイムは1時間0分06秒。その3カ月後の四月三日、ミラノ(イタリア)のレースでついに1時間を切るタイムが誕生した。マークしたのは東京世界陸上一万メートル金メダリストのモーゼス・タヌイ(ケニア)で59分48秒。東京で1時間を破る夢は消えたが、ハーフマラソンの記録は日進月歩で更新されており、今回はタヌイをさらに上回る世界記録に期待がかかる。

 最も注目を集めるのがオンディエキ。昨年七月のビスレーゲームズ(ノルウェー)一万メートルで26分58秒38の世界新記録。史上初めて27分の壁を破った。初めて28分台で走ったのは一九五四年のザトペック(チェコスロバキア)で、28分54秒2。その11年後にクラーク(豪州)が27分39秒4で最初の27分台ランナーとなった。それから28年、オンディエキが新時代を開いた。ハーフマラソン記録保持者のタヌイの一万メートルベスト27分35秒89を大きく上回る。

 175センチ、68キロ。筋肉質の上半身の力でぐいぐい引っ張る走法は力強さを感じさせる。快記録樹立のレース経過は前半の5000メートルを13分28秒05、後半5000メートルは13分30秒33とよどみのないペース配分。「メトロノームのような正確な足取り」と外電は報じた。

 アイオワ州立大時代はほとんど無名だったが、二十八歳だった八九年、当時、五千メートルでは無敵だったサイド・アウィータ(モロッコ)を破って脚光を浴び、九一年東京世界陸上に優勝するなど着実に力を蓄えてきた。

 フルマラソンが目標で「今年中にもデビューすることを考えている」と言う。妻の旧姓リサ・マーチン(豪州)はソウル五輪のマラソン銀メダリスト。来年の世界陸上で夫婦そろってのマラソン出場が夢。

 このほか、外国勢では昨年の福岡国際マラソンを2時間8分51秒の昨季世界最高記録で優勝したディオニシオ・セロン(メキシコ)、昨年の世界ハーフマラソン選手権を制したビンセント・ルソー(ベルギー)、前回二位ながら、世界記録を更新したトッド・ウィリアムス(米国)らスピードランナーがそろった。

 外国人選手の実績に目を奪われがちだが、日本陸連の小掛照二・強化本部長は「前回までのように外国人選手がビューンと抜け出すレースにならないのでは。日本人選手も粒ぞろいだから」と期待を口にした。バルセロナ五輪マラソン銀メダルの森下広一(旭化成)と、同僚で、昨年、一万メートルで2回、27分台で走った佐保希の二人が急きょ出場を取りやめたのは残念だ。しかし、昨年の世界陸上のマラソンで四位に健闘した打腰忠夫(雪印)、元日の全日本実業団対抗駅伝でアンカーを務め、チームを二位に押し上げたベテラン、浦田春生(本田技研)が好調だ。スピードレースに日本勢がどう挑むか。3日後の号砲が待ち遠しい。

 <女子招待選手>

 ◇連覇狙うマイヤー、安定感増した谷川

 34歳浅井も意気盛ん

 マイヤーはバルセロナ五輪一万メートル二位。九一年世界ハーフマラソン選手権で当時世界歴代二位の記録で優勝。昨年のこの大会では、自己記録をさらに37秒縮めて優勝した。158センチ、45キロ。ストライドの大きい走りで連覇を狙っている。

 アペルは一昨年八月の北海道マラソンで優勝した。スタミナが持ち味の三十歳のベテランだ。

 谷川は市民ランナー出身で、九一年東京国際マラソンに勝って名を上げた。昨年、スピード強化を目指して、ピッチ走法に切り替えた。世界ハーフマラソン選手権、東京国際マラソン各二位と安定感が増したのはその成果の表れだ。

 三十四歳の浅井は実に息の長いランナーだ。一昨年、五千メートル、一万メートル、マラソンで自己ベストを更新し、昨年は名古屋国際マラソンで初めて2時間30分台を切った。31回のフルマラソンを走り、「四十歳になっても優勝争いができるランナーが目標」と意気盛んだ。

 ◇夢実現へ

 お菓子もがまん 長距離界のホープ、片岡純子(23)=富士銀行

 次代を担う長距離界のホープ。昨年五月の東アジア大会では、三千メートルで8分59秒10の日本記録を出し、三位。八月の南部記念陸上では五千メートルを制し、けがのため世界選手権代表を辞退した麓みどり(ダイイチ)の代役に選ばれた。

 初めての世界のひのき舞台。将来を見すえて一挙に距離を延ばして一万メートルに出場し、予選は快調に先頭集団を進んだ。残り700メートルでスパートした時、縁石に乗り上げて転倒。決勝進出の夢は消えた。

 しかし、世界を経験した強みは秋の駅伝シーズンに生かされ、東日本実業団、千葉国際、全日本実業団の各駅伝の10キロ区間ですべて区間賞と好調だ。

 転機は一昨年の十二月。所属していた大京陸上部が解散。一時はショックで陸上への情熱を失いかけたが、富士銀行の誘いを受けて、「新天地でもう一度やってみよう」と意欲がわいてきた。漠然と練習メニューをこなすだけだったのが、目標を掲げて積極的に練習に取り組むように。ウエートを気にして「好きなお菓子も、見ると食べてしまうので見ないようにしている」という。

 ハーフマラソンは過去2回走り、自己ベストは昨年七月の豪州ゴールドコーストで記録した1時間12分18秒。「1時間10分を切って優勝したい」と夢は大きい。小掛照二・日本陸連強化本部長も「これから本格的にマラソンを目指していく期待の選手」と注目している。アトランタ五輪のマラソン代表になる大目標に向けたステップがこのレースだ。

 ◇歴代記録◇

 総合男子

第1回(92年1月26日) 時. 分. 秒(1)モネゲッティ(豪州) 1.00.27(2)バリオス(メキシコ) 1.00.42(3)デティ(コニカ) 1.01.04

第2回(93年1月24日)(1)モネゲッティ(豪州) 1.00.06(2)ウィリアムス(米国) 1.00.11(3)セロン(メキシコ) 1.00.17

 総合女子

第1回(92年1月26日) 時. 分. 秒(1)マッコルガン(英国) 1.07.11(2)オンディエキ(豪州) 1.08.33(3)クレイトン(豪州) 1.12.25

第2回(93年1月24日)(1)マイヤー(南ア) 1.07.22(2)アペル(メキシコ) 1.08.34(3)ドーレ(ドイツ) 1.10.04

(この記事には図「東京シティマラソンコース」があります)



 
 
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野生生物保護の重鎮、辞意 「マサイ族よりも動物」の批判に ケニア

朝日新聞
1994年1月24日
ナイロビ23日=村上伸一

 ケニアの野生生物保護運動の代表格として国際的に有名なリーキー・ケニア野生生物公社(KWS)長官はこのほど、モイ大統領に辞意を伝える書簡を送った。理由は、KWSの運営をめぐり政府の支持が得られなくなったため、としている。

 長官が辞意を伝えたのは今月十四日。モイ大統領は今のところ受け入れるかどうか決めていない。ケニア生まれの英系白人である同長官は最近、政府の有力閣僚らから「(動物保護地域周辺に住む)マサイ族より動物のほうが大切だと思っている人種差別主義者」などという非難を受けていた。実際には、KWSは動物保護の一環として、外国からの援助金や動物観光の収入をマサイ族などの生活改善にあてている。

 同長官に対する非難の背景には、保護地域の運営を任されている地方行政府につながる有力閣僚らが観光収入を私物化しているとの批判をかわすとともに、健全な財政運営を求めるKWSの方針変更を図るなどの狙いがある、と見られる。

 「野生生物の宝庫」といわれるケニアには、三十六の国立公園と三十二の国立保護地域があり、一昨年は延べ約百六十万人が動物観光に訪れている。政府は野生生物保護の最高当局として一九九〇年、KWSを設立。初代長官に任命されたリーキー氏は、密猟などの取り締まりを徹底するとともに、幅広い人脈を利用して外国から多額の援助を取りつけてきた。



 
 
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片岡、日本最高ハーフ1時間8分41秒で初優勝 東京シティマラソン

朝日新聞
1994年1月24日

 ハーフマラソンの94東京シティマラソンは二十三日、都庁前をスタートして大井競馬場をゴールとする21・0975キロで、男女五千三百六十七人のランナーと車いすの男女八十一人が参加して行われ、女子は片岡純子(富士銀行)が1時間8分41秒の日本最高記録で初優勝した。従来の記録は藤原恵(ワコール)の1時間9分21秒。三回目の今大会で日本選手が優勝したのは男女を通して初めて。

 男子は昨年の世界ハーフマラソン選手権を制したバンサン・ルソー(ベルギー)が、1時間0分23秒で初優勝した。日本選手では西政幸(旭化成)の五位が最高だった。

 (スタート時の天候は晴れ、気温2度、湿度69%、北西の風0・1メートル)

 ▽男子 (1)バンサン・ルソー(ベルギー)1時間0分23秒(2)セロン(メキシコ)1時間0分28秒(3)リマ(ブラジル)1時間1分26秒(4)オンディエキ(ケニア)1時間1分41秒(5)西(旭化成)1時間1分45秒(6)宮島(本田技研)1時間2分11秒

 ▽女子 (1)片岡純子(富士銀行)1時間8分41秒=日本最高(2)マイヤー(南アフリカ)1時間9分4秒(3)アペル(米)1時間9分14秒(4)ロドチェンコーワ(ノーリツ)1時間12分44秒(5)マホニー(豪)1時間12分52秒(6)浅井(NEC・HE)1時間13分11秒

 ○廃部転機に頂点へ

 片岡は日本最高記録を狙っていた。「でも優勝は無理だな」と思った。バルセロナ五輪一万メートル二位のマイヤーは、10キロを31分38秒のハイペース。片岡は一時は200メートル以上離れ、時間と勝負していた。だが、残り3キロ付近で沿道から声が飛んだ。「抜けるぞ!」

 「どうして? 抜けるわけないよ」。前を見ると、見えないと思っていたマイヤーがいた。どんどん近づき、20キロ手前で簡単に抜けた。びっくりした。

 一昨年末、所属していた大京の陸上部が解散した。新しい所属先探しに苦労する先輩が多かった。富士銀行に移れた片岡は思った。「わたしは幸せなんだ」

 大京時代は三千メートルが主だったが、昨年は春に一万メートルに初挑戦し、夏の世界選手権代表に。駅伝も東日本実業団などで区間賞を奪った。まだ二十三歳。「広島アジア大会は一万メートルで代表を狙います。アトランタ五輪は一万かマラソンか……」。都立狛江高時代は無名だった選手が、部の解散を心の転機に、一年で長距離のホープに生まれ変わった。



 
 
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マグロ取引規制提案を取り下げ ケニア

1994.7.5
日本経済新聞

 水産庁は4日、11月のワシントン条約(CITES)締約国会議に向けてマグロ取引を規制するように提案していたケニアが同提案を取り下げたことを明らかにした。ケニアはクロマグロとミナミマグロを「輸出の際に輸出国の許可が必要」とする付属書に掲載するようCITES事務局に求めていた。



 
 
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ケニアで400万年前の猿人化石 あごや歯など発見 二足歩行の最古の証拠

1995/8/17
毎日新聞
ナイロビ17日共同

人類の直接の祖先としては二番目に古い約400万年前の猿人の化石がケニアで見つかり、16日、公開された。

アナメンシス猿人(アウストラロピテクス・アナメンシス)と名付けられた化石は、下肢の骨の形態から二足歩行をしていたことがはっきり分かるという。諏訪元・東大理学部助教授らのチームがエチオピアで発掘したと昨年発表した440万年前の最古の人類化石ラミダス猿人は、足の骨が見つかっていないため歩行形態は分かっておらず、二足歩行が明白な猿人の化石としては今回のものが最も古いものになる。

これまでは、タンザニアで見つかった375万年前の足跡の化石が、最古の二足歩行猿人のものと考えられていた。

発掘したのは、人類学者ミーブ・リーキー博士をリーダーとするケニア国立博物館や米ペンシルバニア州立大などの調査チーム。1988年から今年初めにかけてケニア北西部のトゥルカナ湖周辺の地層から上あご、下あご、耳の部分の頭骨、下肢の化石21個を発掘。年代測定の結果、410万年 390万年前のものと推定された。記者会見したリーキー博士によると、アナメンシス猿人は長く強固な歯根付きの大きな犬歯、幅の広い臼歯を持っている。



 
 
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花苗販売、南米・アフリカに拠点 キリン、売上高8割増狙う。

1996/01/01
日経産業新聞

 キリンビールは九六年夏をメドに南米コロンビアにスプレーマム(枝咲き菊)とカーネーション苗の販売拠点を設置する。同国は北米向けの一大花苗産地で、二種類合計の年間市場規模は二十億本以上という。当面三〇%のシェア確保を目指す。また、欧州向け産地のケニアにも拠点を開設する計画で、一連の国際事業の展開を通じて早期にグループ売上高を九五年見込み比八〇%増の三百億円に引き上げる。

 コロンビア営業所は同社の欧州持ち株会社、キリンアグリバイオEC(オランダマースランド市、梅田良雄社長)の現地営業所として開設する。スプレーマムとカーネーションの花苗は、キリンアグリバイオEC傘下のオランダのフィデス、スペインのバルブレ&ブラン、キリングループの英国SGPグループから調達し、現地の農場に供給する。

 農家は買い取った苗を株分けして増殖、その出荷本数に応じてキリン側にロイヤルティーを支払う。コロンビア市場については現在、フィデスがコスタリカ営業所から出張販売しているほか、SGPグループ、バルブレ&ブランも現地に代理店を置いて営業しており、グループとしての体制に統一がとれていない。

 新営業所の開設を通じて、キリングループの世界市場でのシェア(スプレーマム三〇%、カーネーション二五 三〇%)の三分の一以下にとどまっているコロンビア市場のシェア引き上げを目指す。

 一方、ケニアのカーネーション市場規模はキリンの推定で約十億本。営業所の開設時期は未定だが、一月から準備を始める。キリンアグリバイオECの事務所として開設する案や、現地企業と合弁会社を設立する案もある。キリングループのケニアのカーネーション市場でのシェアは現在二五%だが、同国でも世界平均並みのシェアを確保したい考えだ。



 
 
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◆2001/05/07
 [jsds:5479] 「ソンドゥ・ミリウ水力発電所に関する NGO連合の要請文」受け入れを求める緊急署名
◆2001/11 なにひとつ問題は解決していない!
 ケニア、ソンドゥミリウダムへのODA支出に反対する呼びかけ人賛同依頼



 
 
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広がるエイズ アフリカ苦闘 効果的対策なく 若年・女性に深刻 「存亡かける」国も

朝日新聞

2002年3月1日朝刊

アフリカは世界のエイズウイルス(HIV)感染者の7割以上を抱える。だが効果的な対応策を打ち出せないまま、エイズは働き盛りの人たちを襲い、子どもにも深刻な影響を与えている。「国の存亡をかけたエイズとの戦い」を宣言する国もある。(ナイロビ=江木慎吾)

親相次ぎ失い学校も通えず

ケニアの西端にあるランガラ村のルース君(10)は、一昨年エイズで父親を亡くした。母親も倒れ彼が一家を支えた。

午前5時ごろ起きて水くみに行く。30分かけて1日分をくむ。母親の身体をふく。3歳の弟を含めた3人分の食事を作る。洗濯をすませ、弟を援助団体に預けて小学校へ。「学校に行くのが楽しい」とルース君は小さな声で言った。唯一の息抜きの場だったのだ。

母親もHIVに侵されていた。結局昨年7月になくなった。悲しいけれどルース君の生活は少し楽になった。親せきに預けられていた8歳の妹が家に帰り、にぎわいも少し戻った。だが10歳で家族を背負う責任は重い。

ルース君一家は援助団体「クリスチャン・チルドレン・ファンド」に支えられている。エイズ対策担当のワリンガさんによると、ランガラ一帯では、エイズウイルス感染率が推定38%に及ぶ。半径約10キロの地域に565人の孤児がいる。

人権団体「ヒューマン・ライツ・ウオッチ」は昨年6月、「HIV・エイズとケニアの子どもの人権」という報告をまとめた。特に、学校に通えない子どもとストリートチルドレンの急増の背景に、エイズまん延があると指摘した。

女性の地位の低さも一因

アフリカでエイズが広がった要因として、女性の地位の低さが指摘されている。ウイルス感染で最も多いのは男女間の性交渉とされる。男性が多くの女性と性交渉を持つことが力の象徴と見なされる地域が多い。避妊を嫌う男性の手前、女性がコンドームの使用を言い出しにくい状況もあった。

ケニア西部などでは、10代の女性の感染率が同年代の男性の感染率より著しく高い。性の知識のない若い女性が教師など年上の男性との性交渉で感染し、後に同年代の男性を感染させるという傾向を援助団体などが報告していた。感染した母親から子への感染も、大きな問題になっている。

進行抑制薬を感染者全員に

アフリカで最も豊かな国の一つとされる南部アフリカのボツワナがエイズ対策に乗りだしている。15〜49歳のエイズウイルス感染率は36%と推定され、世界で最も感染率の高い国といわれる。同国政府は、すべての感染者を対象に、症状の進行を抑制する「逆転写酵素阻害剤」という薬を使った治療を、2月に4つの都市、村で導入した。5年以内に全国に広める計画だ。16年までに新たなエイズウイルス感染者をゼロにするという目標も打ち出している。

昨年10月、国会への所信表明の中でモハエ大統領は「我々が国民として存続できるかどうかの瀬戸際にある」と語った。

逆転写酵素阻害剤はエイズを完全に治療するわけではない。しかし現在、ウイルスに感染した状態からエイズの発症を抑制する、最も効果的な治療とされる。ジョイ・フマフィ保健相は「全感染者への投与には、膨大な予算が必要だ。だがエイズはこの国の労働人口を奪い、経済を破壊している。選択の余地はない」と言う。

ワクチン開発臨床実験段階

ナイロビ大学の一画に「ケニア・エイズワクチン計画」本部がある。英オックスフォード大学などと連携し、究極のエイズ治療、ワクチン開発を目指す。同計画によるワクチンの候補が、昨年アフリかで臨床実験段階に入った。

順調に行ってもケニアのワクチンができるのは5、6年後という。ナイロビ大学のオム・アンザラ医師(40)は「一番の問題は資金。アフリカの国々は、こうした研究開発をけいししていr宇。一番エイズについての資料のあるアフリカで、資料を十分にいかした研究ができないのがもどかしい」と話した。



 
 
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◆2002/11/07 [viva_hiv_aids]
 【シンポジウムに向けて】KENWAのプロフィール

KENYA NETWORK OF WOMEN WITH AIDS (KENWA)
ケニア・エイズと共に生きる女性達のネットワーク(通称:KENWA)

KENWAのプロフィール
背景

 ケニア・エイズと共に生きる女性達のネットワーク(通称:KENWA)は、人種、宗教、文化、社会的地位を問わず、HIVウイルスに感染した女性による感染した女性のための、草の根のコミュニティを基盤にした組織である。この組織は、お互いを物質的、心理的、精神的に助け合うために集まった5人のHIVに感染した女性の友人の小さなサポートグループとして1993年に始まった。サポートグループは、HIV/AIDSによってしばしば生み出される挑戦、差別、孤独、恐怖といったものに立ち向かう有効な戦略であった。
 この5人の女性グループは、すぐに他のHIV感染をした女性たちが集う場所となった。会員は32人に増加し、更なる増加が見込まれた。これら癒しのための集まりが成功したことによって、1998年にはNGO登録を行うことが可能となった。残念ながら、設立者の一人は登録の以前に亡くなった。KENWAの会員数は現在1873人である。
 KENWAのプロジェクト地域は、コロゴチョ(Korogocho)、マサレ(Mathare)、ソウェト(Soweto)、その他ナイロビのイーストランドの全ての都市スラムである。KENWAはニエリ(Nyeri)、モンバサ(Mombasa)、ムランガ(Murang’a)、ニアンダルア(Nyandarua)、キトゥイ(Kitui)、スィカ地区(Thika District)にもサポートグループを有している。

ターゲットグループ

KENWAのメンバーは女性中心である。多くは読み書きが出来ないか不十分である。これらの女性は、貧困線(平均日給0.5ドル)以下の極度の貧困状態に暮らしている。結果として、90%以上の女性が生計を立てるために商業的な性労働に頼っている。女性はHIV/AIDSに関して最も影響を受けやすい立場にある集団である。ケニアの女性、特にスラムに住む女性は、性的権利やリプロダクティブ・ライツに関して交渉ができない立場にある。このような関係から生まれた子供は、両親が死んでしまってしばしば孤児となる。ケニアにはおよそ100万人のエイズ孤児がいるとされる。そのうち4万人以上がコロゴチョ(Korogocho)に住んでいる。
KENWAには男性を含む、感染していないメンバーやボランティアも加わっている。
ケニアの人々の多くはHIV/AIDSに対して拒否反応や恐怖を示す一方で、十分な情報を知らされないままでいる。この状況に対して、KENWAはアドボカシーとロビー活動を通して、この状況に警鐘を鳴らそうとしている。

目的

KENWAの目的は、HIV/AIDSと共に生きる女性の生活の質を改善すること、生活、ケア、彼らの子供を含む将来に責任を持つことを目的としている。

目標

  →HIV/AIDSと共に生きる女性たちや子供たちの人権を守り、啓発を行う。就労差別・社会的・文化的・精神的な差別に対して闘い、教育に関するサポート・サービスを提供する。
  →HIVに感染したり、影響を受けている孤児へのサポート
  →所得向上のための活動を通して、経済的に自立できるよう女性の経済的な啓発。
  →効率的で実効的なボランティア業務を提供するためのメンバーの能力向上

KENWAは、AIDSに感染し、もしくは影響を受けた、これらの女性のニーズに第一に対応しようと模索している。これらのニーズには、彼女たちの人生に全面的に貢献すること、福祉、経済的なエンパワーメント、ヘルスケア、アドボカシー、自らの尊厳を守り権利について知るといったことも含んでいる。

KENWAのプログラム

 KENWAは、以下のプログラムを通じて、ニーズに対して取り組もうとしている。
 ⇔ケアとサポート。ホーム・ベースド・ケアや家庭訪問、病院訪問、カウンセリングなどである(一対一のものとグループセラピーがある)。
 ⇔コミュニティの動機付けとアドボカシー。スラムとナイロビ周辺でHIV/AIDSの啓発キャンペーンを実行している。KENWAは、「ケニア・必須医薬品へのアクセスを求める連合」 (the Kenya Coalition of Access to Essential Medicines)のメンバーでもある。
⇔未亡人や孤児のサポート(緊急救援)。慈善活動を行っているシルス=マイナ氏(Mr.Cyrus Maina)地区長官の事務所を通した政府からの救援物資を媒介とする。
⇔ユースプログラム。人形劇、劇、歌や詩を通した活動に若者が参加する。
⇔奉仕活動を通じて、HIV/AIDSと共に生きる人々の体験を訓練をつんだメンバーが共有する。情報交換、教育、コミュニケーションなどが行われる。予防プログラムにとても大きなインパクトを持つ活動である。
⇔孤児のサポート。孤児のためのプログラムやニーズ調査のアセスメントが行われる。そしてサポートが提供される。孤児のための信託基金が教育や職業トレーニング、物質的な救援、ヘルスケア、シェルターや法的なアドバイスが実施している。私たちは2001年11月24日に孤児のための基金立ち上げに向けた活動を開始した。
 
資金源

 ⇔パスファインダー・インターナショナル(Pathfinder International)
 ⇔救援と発展のためのカトリック機構
(CORDAID:Catholic Organization for Relief and Development)
⇔ファミリー・ヘルス・インターナショナル(Family Health International)
⇔フォスター・プラン(International Planned Parenthood Federation)
他にも
 ⇔ケニア・バークレー銀行(Barclays Bank of Kenya Ltd)
⇔メアリー・ジェームズ(Mrs. Mary James, 英国高等弁務官婦人)
 ⇔慈善活動家
 ⇔「サイディア女性グループ」は偉大な精神的支援を与えてくれている。また、そのほかの事前活動家たちも私たちと連携している。
 ⇔会費、教育活動への報酬
 
業績

 ⇔ホーム・ベースド・ケア・ワーカー41人を訓練。(去年)
 ⇔カウンセラー27人を訓練。(去年)
 ⇔大戦士勲章(the Order of the Grand Warrior)受賞。
HIV/AIDSに対して戦う感染した女性に関するKENWAの努力を認められ、大統領から勲章受賞。
 ⇔パンガーニ・ドロップ・イン・センターに、十分な設備が整ったクリニック設置。
 ⇔ナイロビ地区長官シルス=マイナ氏を通じた政府からの強力なサポート
 ⇔「グローバル・ストラテジー」 (Grobal Strategies)からのサポート
 ⇔地区AIDS管理委員会と選挙区AIDS管理委員会に代表派遣。KENWA代表、アスンタ・ワグラAsunta Waguraが出席。
 ⇔救援と発展のためのカトリック機構を通して、トータル57479人のクライアントと接する。男性、女性、子供の割合は、7:4:3である。50,000人の目標を7479人超える。
 
成功に貢献した要因

 HIV/AIDSを扱う組織としてKENWAが成功したのには以下の要因がある。
 ?HIVウイルスに感染した女性によりKENWAのメンバーが構成されていること
 ?メンバーが新たなHIV感染の予防に深く関与していること
 ?メンバーが啓発され、そして自信に満ちていること。HIV/AIDSに対する深く関与していること。HIV感染に関わらず、ウイルスを拡大するのではなく、打ち勝つために努力していること。
 ?決定と計画において、地域社会の構造を取り込んだこと。このことがその後の活動の前提を作った。
 ?周りの社会の人々にとって本当の人生のモデルとなることで希望を与えた。
 ?HIV感染をしていることを自主的に公表したこと。そのことによって、メンバーに対して好意的な理解と寛容な応対が行われることとなった。
 ?メンバーが物怖じしない態度でいたことで、AIDSに対する誤解が解かれ、他の感染者に死ぬというよりも生きるという点に焦点を当てることとなった。
 ?ドナー、友人、慈善活動家や政府からの寛容なサポート
 
阻害要因

 KENWAは成功したにも関わらず、主として資金不足によりプログラム遂行に関していくつかの困難に直面し続けている。政府によって国家的な災害と宣言された惨害について取り組む組織として、KENWAはメンバーや地域社会一般へのサービスの適切な供給を妨げている要因を以下のように特定している。

 ?日々メンバーが増加する事で、かつてないほど高まった業務への需要増加に対応するため、カウンセラー、ホームベーストケアを行う人間、地域社会の保健に関心を持つ人々をさらに訓練する必要が高まっている。この業務対象はメンバーだけに限られない。地域社会の他のメンバーは、41人の地域社会における保健従事者の尽力により利益を得ている。
 ?メンバーの多くはスラムで悲惨な貧困の下に置かれている。ここにホームベースドケアの大きな阻害要因がある。ケアを行う人々は、家庭訪問の際に、貧困と直面する。カウンセリングやホームベーストケアは、十分に実行されていない。寝たきりの病人は石けん、水、タオルなど基本的な衛生必需品を得ることができていない。最大の課題は食糧不足である。2日間以上何も食べていない患者はエイズに関するケアへの興味を失う。むしろ食糧を必要とするのである。
 ?KENWAはパスファインダー・インターナショナルと共に、パンガーニ・ドロップ・イン・センターにクリニックを2001年4月に建設した。KENWAはこのクリニックが、療養にかかわるいくつかの問題を軽減したことに謝意を表明する。一方、組織は現在基本的な薬の供給不足に直面している。クリニックはHIV/AIDSによって起こされる日和見感染への治療を提供する。
 ?クリニックがあるにも関わらず、衰弱してクリニックを訪問することさえできない人々もいる。KENWAのクリニックのケアの改善ややより多くの地域社会におけるメンバーに(医療を)もたらすために、移動式のクリニックがとても重要である。これによって、KENWAは家や家の近くでのサービスを受けるためのサービスを提供することが可能となる。
 ?予防戦略の過程の中で、KENWAにとって一番の敵は貧困である。KENWAは、所得向上活動(IGAs:Income Generating Activities)によってこの問題を解決しようとしている。しかし、成果は芳しくない。なぜなら最近の地域活動は、メンバーが拠出する額が少なく堂々巡りに終わっているからである。KENWAには、かご編みやビーズ、刺繍など、実効性のある結果重視の所得向上のための活動を行うための資金がない。

未来への道のり

 KENWAの直面する阻害要因にも関らず、メンバーはとても強固で積極的な態度で臨んでいる。KENWAの理念と一致する積極的な生き方を信じているからである。KENWAは、教育と予防プログラムを通して、この国のすべての人を動機付け、この国の全ての人々が、HIV/AIDSが個人的な問題ではなく、集団的な問題であることを受け入れるようになることを目指している。つまり個人、慈善活動家、組織の人々からの(物質的、技術的両面の)サポートを必要としている。この観点から、KENWAは、自信をもって以下のことを言うことができる。「HIV/AIDSへの戦いはうまくいっている。」
 しかし、KENWAはこのことを以下の要素が達せられることによってのみ為し得ると考える。

 1、政府、教会、学校、家庭、そして都市、地方地域を含めたすべてのレベルにおいて地域社会が敏感になること。 
 2、全ての人々が、その感染にかかわらず、この問題が全ての人々に影響を与えるということを受け入れること。全ての人々がAIDSを阻止するために何らかの役割を果たすこと。感染していなくともすべての人々が影響を受けているのであるから。
 3、すでに感染した人々に後ろ指を指すのではなく、救いの手を差し伸べること。エイズと共に生きる人々(PLWHAs:People living with AIDS))のスティグマを取り除き、HIV/AIDSに人間の顔を与え、HIV/AIDSに関わる恐怖と無理解を取り除くこと。

KENWA、ケニア・エイズと共に生きる女性達のネットワークは、HIV/AIDSに対して戦う。毎日AIDSを感じ、その中で暮らしているからである。そして全ての当事者の協力と共に、KENWAは強力に、この問題は時間と共に解決されるであろうこと、その変化を私たち自身が感じ取ることができるであろうことを信じている。

--
AJF事務局 斉藤龍一郎
ajf@mtb.biglobe.ne.jp
http://www.ajf.gr.jp/

 



◆2002/11/07
 [viva_hiv_aids] 【シンポジウムに向けて】アスンタ・ワグラさん資料

アスンタ・ワグラさん資料

わたしのお話:HIV/AIDSと向き合うこと

アスンタ・ワグラ(ケニア・AIDSとともに生きる女性たちのネットワーク)

 HIV感染とともに生きてきた私の経験を、このように皆さんと共有する機会を与えられたことに大変感謝しています。私は、私の痛みを理解し、それを共有しようとしてくれる人たちを探しにきました。私には、勇気にあふれた、模範となるような人たちが必要です。変化というものはなかなか到来しませんが、それを待っている間に、私が意欲を失ってしまわないように。自分ではそれ以上持ちこたえられないときに支えてくれる人、もう力が残っていないときに、直面する問題と戦う気力を奮い起こさせてくれる人たちが必要です。理解し、配慮し、忘れないという人たちです。
 私のHIV感染の経験を話すように頼まれるたびに、私はいつも疑問に思います。それは、他の人たちが信じようとしないからなのか、それとも、私が語るべき話というものを持っているからなのか。私は、自分がみんなと共有する話を持っているからなのだと信じています。
 私の人生で最も辛かった日は、「アスンタ、気の毒だけれど、あなたはエイズにかかっています」と自分の耳で聞いたときでした。12年も前のことですが、この声はまだ昨日のことのように耳の中に残っています。
 その瞬間のことを思い出してみると、私はその病気で死ぬこと自体には恐怖感は持ちませんでした。しかし、(感染しているという)真実とともに生き続けることが怖かったのです。そのため、その瞬間、私は気を失いそうになりました。苦い真実と現実を受け入れるのにはそれから数ヶ月かかりました。「こんなことありえない!これはうそに決まってる!こんなこと私に起こるはずがない!」と自分に言い聞かせました。何度もこれが夢だったらと願いました。
 私たちはしばしば、短い人生を嘆くことがありますが、HIVとともに生きていると、人生において悲しんでいる時間が増えることになります。HIVに感染している人々のほとんどは、感染していても健康なまま暮らしていて、次に何が起こるのか不安を感じたり、子どもたちにどんな約束をしてあげられるのか確証がなかったり、いつ死を告げる鐘が突然近くで鳴るのか心配しながら生きています。私たちはこうした悲嘆から立ち直ったわけではありませんが、なんとか、その悲しみと共に生きながらえています。それが(HIVに感染している)200万人のケニア人がその影響の下で生きている、むきだしの真実なのです。
 惨めで暗い3年間、私は様々な苦悩に直面しました。最初に、私は衝撃の中にあり、それから怒りにとりつかれました。怒りは高まって悲嘆になり、悲嘆は深い悲しみになり、深い悲しみは悟りと受容につながりました。そして、私は行動すること、つまり身体だけでなく家族や友人までも蝕んでいくHIV/AIDSに対する活動をすることを決心したのです。
 私はいったん自分が真実を受け入れると、みんなも同じように真実を受け入れることを期待しました。私は間違っていました、完全に間違っていたのです。かわりに、私は拒絶や孤立、怒り、屈辱を受けました。私が経験するのと同じ段階を、私を愛してくれた人々もすべて経験するのだという真実に立ち向かう準備が私には全くできていませんでした。しかし、私はこのことによって立ち止まることはありませんでした。私にはやるべき義務、この恐ろしいエイズウイルスにまだ感染していないケニア人たち、そして世界中の人たちに話すべき義務があるのです。
 このウイルスとの戦いへの努力の中で、私はいってみれば “宣教”といったものを開始しました。共感、尊厳、勇気、リスクへの気づき、HIV/AIDSに感染した人々の中での連帯の必要性、そして希望に向けた約束。こうしながら私は、この病気はどんな人間でも感染する可能性があるということ、そして感染した人たちが人間以下であるなんてことはありえないということを、他の人々に分かってほしかったのです。私が秘密を公表して、他の人たちにとっての「生きた実例」になろうとしているのは、こうしたことに気付いたことによるものです。
 だから私は、ごく普通の人間としてここにいます……いまや最も一般的に存在するウイルスの一つとなりつつある病原体とともに。私は自分を惨めだと思うのはやめました。私は今、積極的に生き、考え、さらには活動することも身につけつつあります。私は隠れ家を飛び出し、私は被害者ではなくむしろメッセンジャーであるのだと世界に対して言うことができる舞台を見つけました。希望のメッセンジャーです。あなたの求めるのは、あわれみでも思いやりでもなく、私を人として、母として認めること、私にはまだ価値があるということだけです。私はまだ、一つの問題として存在しています。私を数字や統計ではなく、この闘争における対等なパートナーとして認識してください。
 そうです、私が致死のウイルスをもっているというのは真実ですし、自分が最悪の状況におかれているということも知っています。しかし私は一つの事例でも、数字でもありません。私はウイルスによって死んでいくことに焦点を当てるのではなく、ウイルスと共に生きていくことに集中します。時々私を“エイズの犠牲者”(AIDS victim)という説明する人たちがいますが、私はその言葉を嫌悪します。他の人がどんな風に私のことを言っていても、私は自分を犠牲者だと思う必要はないのです。
 犠牲者は弱くて力がありません。犠牲者は受け身です。犠牲者には、もはや責任を負う必要はありません。私は犠牲者ではありません。私は力に満ちています。それは変化をもたらすための力です。私は私と同じようにHIVに感染した人たちと結びついて、私たちの生活を変えていきます。私は私自身の権利や好みを求めて活動していくことが、まだできます。私は、自分の生活に責任を持ち、自分の子どもの世話もしているので、私は私自身のままであり、責任があります。ウイルスは私の免疫力を弱めただけで、私の人間性は弱めていません。私は、そんな状況が起こることは絶対に許しません。
 私がここに来たのはあなたがたを意気消沈させるためでも、寛恕を与えるためでもありません。HIV陽性だけれどもそれを言うことができない人、愛する人を失ったけれどそれがエイズの結果だとみとめることができない人。あなたはエイズという言葉をつぶやくこともできない状態にあります。あなたは静かに涙を流し、ひとり悲嘆に暮れるのです。私を信じてください。あなたは責められるべきではないのです。恥じる必要はないのです。責任があるのは私たち、つまり無知や偏見を我慢している私たち、あなたに恐れることを教えた私たちなのです。私たちは沈黙の幕を開けなければなりません。今、私たちは、安心して共感にたどりつくことができるように、沈黙を破らなければいけません。沈黙の拒絶ではなく、効果的な行動によって、子どもたちを守っていくための方法を見いだすのが、私たちの課題なのです。私たちは今、私たちの子どもたち、私たちの国、そして世界全体を救うために、この沈黙を破らなければいけません。
 私たちは今勇気を出さなければいけません。その原因が、あまり知られておらず、誤解されやすい状況にあるときに、一歩前に進むには勇気を出さなければいけないことを、私は知っています。私を信じてください。私は知っています。私自身が勇気を見つけだすために闘ったり、他の人がそうしているのを見てきたりしたので、知っています。しかし、勇気がなければそこには共感もありません。勇気によって、私たちは他の人々を自分たちの上に置くことができ、共感は動機付けを生み出します。共感を持って信じてください、私たちは友人たちに病気を感染させることはないだろうということ、私たちは、苦痛の中にある人々をいやすことができる、私たちの力をもって、苦しみを押さえるということができるということ。
 私たちは不公正、差別、孤立に反対することができます。私たちは苦しみの中にあり、原因を防ごうとする人々を抱擁することができます。私がここで述べた思いやりとは、パスファインダー・インターナショナル(米国の国際協力NGO)から私たちが受けたのと同じようなものです。共感は言葉を超えます。共感は具体的な活動なのです。

 私は、ケアや治療に専心してきたあなたたちに、あなたの献身の重要性を知ってもらいたいのです。HIV/AIDSの全ての分野にあなたは責任を持てないでしょう。また、全てが私たちを支援してくれるわけではないでしょう。しかし、重要なのは、私たちが機敏に活動し、自ら引き受けたことについて最善を尽くすことなのです。

 そして、あなたが誰であっても、男性でも女性でも、エイズの蔓延を止めるために最善を尽くしてください。

 もし時間があるなら、惜しみなく提供してください。

 もし科学や管理の才能があるのなら、それを作業に反映させてください。

 もし教えることができるなら、理解することを教えてください。

 もし書くことができるなら、公正について書いてください。

 もし歌うことができるなら、希望の歌を歌ってください。

 もし詩を作ったり手紙を書いたりできるなら、書いてください。

 もし祈ることができるなら、世界のために祈ってください。

 できるなら行進してください。

 できるなら癒してください。

 何をするにしても、決してあきらめないでください。もしこの病気の苦悩を知っているなら、あなたができるのは悲しみに明け暮れることばかりでしょう。人前にたって、誰かが理由を問うまで涙を流し、彼もしくは彼女に、私を悲しませているのはエイズなのだと伝えてください。
 私があなたを必要とするときはそばにいて、抱きしめて自信を与えてください。私たちが政治的な合意に欠けているのは真実であり、十分な資金源がないのも真実ですが、とりわけ私たちに足りないのは、純粋な共感です。私たちは、歴史がしばしば私たちに教えてくれるように、共感は目に見えず、希望は色あせるということ、希望は色あせ怒りは高まっていくということを学ばなければいけません。
 私たちは共感のある生活を作り出す必要があります。私たちがもし共感を維持し続けていたならば、希望を失って怒りや疲れを増大させて異議を申し立てる人々のかん高い声が聞こえたら、私たちは彼らの希望を奪い去った無関心の10年間を思い起こすでしょう。私たちは怒りや拒絶ではなく、知恵によって応答します。私たちは、理解する、というでしょう。
 たくさんの友達を埋葬し、多くの愛する人を失い、多くの弁解を聞いた人の激しい怒りを見たとき、私たちは彼らが十分に苦しんできたことを知るでしょう。あまりにも容易に、あまりにも寡黙に、あまりにも長く受け入れてきたことがらに対して抗議する人々を、私たちは歓迎します。
 最も手強く致死的なウイルスであっても、これ以上ウイルスを広めないために活動する、エイズとともに生きる人々の勇気と共感、善意によって身を固めた私たちを打ちのめすことはできません。私たちは希望を保ち続けます。もし回復できないとしても、私たちの癒しの力で苦しみを抑えることはできます。私たちは不公正に反対し、共感を促すことができます、私たちは、苦しんでいる人々、苦しみの原因から自分達を防衛しようとしている人々を抱擁することができます。

 エイズはパニックでなく緊急性を必要とする。

 エイズは非難ではなく共感を必要とする。

 エイズは無知ではなく、理解を必要とする。

 私たちに思いやりを。

 私たちに生きる希望を。

 私たちに回復する希望を。

 私たちに公正と公平への希望を。

 そして、私はあなたたちにとって価値があることを祈ってあなた方の中に参加します。ひとりのHIV陽性の人の声が違いを生み出せるときがくるならば、私は幸せです。それをすることができるのが私であればなおさら。私は自分の人生を延長することも救うこともできませんが、自分の人生を実り多いものにすることはできるのです。

Ms. Asunta Wagura, OGW
Kenya Network of Women with AIDS (KENWA)
(出典:ホームページ Complex Emergency Response and Transition Initiative(CERTI)
 http://www.certi.org/publications/AIDS_symp/Asunta_Wagura.htm

 

◆2002/11/13 [viva_hiv_aids]
 【翻訳情報】ケニア:HIV感染者・AIDS患者はヘルスケアのために闘う

皆様 こんにちは。(クロスポスト申しわけありません)

 この16日に来日するケニアのアスンタ・ワグラさんの所属する団体「ケニア・
エイズとともに生きる女性たちのネットワーク」(KENWA: Kenya Network of
Women with AIDS)の活動とケニアのエイズの状況に関して、昨年11月に報道さ
れたPlus Newsの記事を翻訳しました。
 KENWAは、エイズ対策が後手に回ったケニアにおいて1993年、先駆的に女性の
HIV感染者・AIDS患者のサポートグループとして創設されたグループで、現在は
千数百人のメンバーを持ち、学校や企業の予防啓発・教育なども行っています。
2002年の「世界エイズ・結核・マラリア対策基金」の第1次プロジェクト審査で
も、プロジェクトに基金を獲得しています。
 この記事をお読みいただいて、興味を感じた方はぜひともシンポジウムや交流
会にご参加下さい。アスンタさんと直にお話しできることと思います。

保健分野NGO研究会事務局
アフリカ日本協議会
担当 稲場 雅紀

****************

Plus News 2001年11月23日
国連人道事務所発行 UN Office for the Coordination of Humanitalian Affairs

ケニア:HIV感染者・AIDS患者はヘルスケアのために闘う

【ナイロビ:11月23日(IRIN)】1999年のある日、グラディ・ワイナイナさん
Glady Wainaina (仮名)が二人目の子どもを身ごもり、病院から帰ってきた時、
彼女は夫が家を去ったのに気付いた。彼女の医者と夫が友人だったことを知って
いたグラディさんは病院にとって返し、夫がどこにいるのかと尋ねた。「彼はも
う戻ってきませんよ。あなたは何が起こったのか知らないのですか?」

 クリニックに彼女が最初に診察に行ってすぐ、医者は夫に電話し、グラディさ
んがHIV陽性との結果が出たと告げ、彼女に教えて欲しいと伝えていた。一方、
医者はグラディさんにHIVの検査結果を伝えていなかった。

 グラディーさんのケースは、「ケニア・AIDSと共に生きる女性たちのネットワー
ク」(KENWA)の執行責任者アスンタ・ワグラさん Asunta Wagura が、この組織が
1993年に創立して以来扱ってきた多くのケースのうちの一つに過ぎない。ワグラ
さんは Plus News に対して、彼女がHIV陽性の女性を助け、HIV/AIDSにかかわる
問題とかかわらない問題のいずれについても保健の問題として扱わせるために、
ヘルスワーカーたちの抵抗を何度となく克服しなければならなかったと語る。

 ヘルスケアを受ける際には、HIV陽性の女性は「頑固にならなければならない」
とワグラさんは言う。「治療を拒否されたり、医者が彼女たちをクリニックから
すぐに追い出すために、効果のない薬を与えられることもあります」。

 彼女たちは医者に何度か通うこともあるが、その後も治療を受けられないこと
が多い。「彼女たちは最終的に、あきらめて死を選ぶこともあるのです」

 自分がHIV陽性であることを知ってから数ヵ月後、グラディは流産がもとで地
域の病院にいた。しかし、病院のスタッフは、彼女を治療することに積極的でな
かった。彼女の義理の家族、直系の家族までも彼女を助けることを拒絶した。彼
女は、KENWAに助けを求めた。

 KENWAは、ケニアの首都ナイロビにおいてHIV陽性の女性たちのNGOである。医
療に関する援助とカウンセリングを供給している。彼女は今、最初の子供と自宅
に住んでおり、HIV陽性であることを公表しようとも考えている。

 ケニア政府は、9月に「自発的検査・カウンセリングセンター」
(VCT:Voluntary Counselling and Testing)センターのために、HIV/AIDSテスト
を受ける人々の守秘義務を遵守するためのガイドラインを発行した。カウンセラー
は、このような守秘義務の遵守は必要不可欠であると主張した。なぜなら守秘義
務遵守が不徹底なことによって、多くの個人がHIV/AIDSテストを受けることを拒
否するかもしれず、ドメスティックバイオレンスの増加にもつながるかもしれな
いからである。

 KENWAは現在、2140人のHIV陽性の女性に、ホーム・ベイスド・ヘルスケア、カ
ウンセリング、サポート業務を提供している。プログラムの対照となっている人
々の大部分は、ナイロビの貧困スラム地域に住む、1日1ドル以下で住む女性であ
る。400人近くの人々の症状は重く、多くが結核や肺炎に悩まされ、ベッドから
離れるのが無理なほど弱っている、とワグラさんは言う。

 結核の治療はケニア政府によって無償でなされているが、スラム地域の人々は、
デイ・ケアを運営するために、2週間で1000ケニアシリング(約15米ドル)を看護
師に払わなければならない。
これにより、患者・感染者の女性とその家族たちは、本来必要なヘルスケアと子
どもの初等教育、ときには食べ物や水などをはかりにかけ、選択する事を強制さ
れているとワグラさんは言う。

 HIV/AIDSの治療のために使われる抗エイズ薬 Antiretroviral drug は、KENWA
のほとんどのメンバーの収入ラインを上回る。「多くの人は、パラセタモル
(paracetamol=頭痛薬の一種)やアスピリンといった簡単な薬でさえも買うこと
ができません。抗エイズ薬による治療を誰も受けていません。」とワグラさんは
語る。

 保健関係の部局の情報では、2200万人いるHIV陽性のケニア人のうち、2000人
しか抗エイズ薬の治療を受けていない。ケニア国会は6月、抗エイズ薬の低価格
での輸入を許可する「知的財産法」案 Property Bill を可決した。しかし、政
府は薬を買う金銭的余裕がないと、9月に、国家エイズ管理協議会(National
AIDS Control Council)の副責任者 Deputy Director であるパトリック・オレギ
博士 Dr.Patrick Oregi は語った。

 保健省のサム・オンゲリ氏 Sam Ongeri は9月、公立病院が抗エイズ薬を患者
に対して供給することになると、国家保健予算の5分の1、150億ケニアシリング
(1億9500万米ドル)を費やすこととなり、他の業務の多くが凍結されることにな
るであろうと述べた。

 ケニアの新聞「東アフリカ・スタンダード」 East African Standard は11月
20日、ナイロビ最大の病院である国立ケニヤッタ病院 Kenyatta National
Hospital のベッド数の60%がHIV/AIDS患者によって占められていると報道した。
「HIV/AIDSを患っている患者の病室やベッドはなかなか空きません。このことに
よって、施設や他の多くの様々な費用が増大しています。」と、病院の広報室長
マフタリ・ムンガイさん Maftali Mungai は述べた、と新聞が引用した。

 国連エイズ合同計画(UNAIDS)は、1999年度はケニアに約73万人のエイズ孤児が
存在していると見積もっている。そしてその数は増加している。ケニアはPHA
(HIV感染者・AIDS患者)が世界で5番目に多い国となっている。KENWAは、
HIV/AIDSによって親を失った309人の子供への援助を行っている。また重度の症
状の親を持つ400人の子供には、学校に通わせたり、彼らの権利を守ったり、衣
食住に必要なものを与える基金を設立したりといった事で援助の準備を行ってい
る。

 ケニア政府の統計によると、AIDSにより死ぬ人々は、この直近5年間で毎日500
人から700人に上っており、25万人がHIV感染者・AIDS患者であると考えられてい
る。

 一般には、HIV/AIDSという感染症に対してのケニア政府の啓発キャンペーンは
成功していると認識されている。しかし、ワグラさんは、この病気に対する国家
の対応はあまり変わっていないと言う。「国家エイズ管理協議会はHIV/AIDSに対
して良い戦略を立てることはできましたしかし、うまく実行されていないのです。」
と語る。

 政府は、この感染症を予防するために3億個のコンドームを輸入するという決
定を行った。しかし、ナイロビに本部を置くNGO「メディア研究所」Media
Institute が9月に行った世論調査では、ケニア人の54%が、コンドームは
HIV/AIDSの予防のために有効な手段ではないと考えているとの結果が出た。しか
し、同じ調査で9割以上の人々がHIV/AIDSについて知っていると答えている。

 コンドーム使用の促進については、コンドーム使用が乱交を招き、HIV予防の
役に立たないと信じ込んでいるとカトリック教会やイスラーム教徒の団体が強く
反対している。彼らは、HIV感染を避けるためには、人々は禁欲を実践し、性行
動を変えなければならないと主張する。

 ワグラさんは、HIV/AIDSと共に生きる人たちがエイズに関する教育・啓発キャ
ンペーンの中に組み込まれたことで、KENWAはとても大きなインパクトを作り出
すことができたと述べる。
「人々がHIV/AIDS陽性の人々や、AIDSにを発症した人と直面したとき、彼・彼女
らは本当にHIV/AIDSのことを気にかけるようになるのです。」と彼女は述べた。

 ワグラさんは、彼女がHIV陽性と診断された1988年以来、ケニアにおいて
HIV/AIDSへの態度が大きく向上してきたのを見てきたが、残された課題はまだま
だある。「スティグマと拒否は、未だに残っている。」と、彼女は述べた。

 

◆2002/11/16
 [viva_hiv_aids] アスンタさん来日 拒絶された人々
 林さんより

アスンタさん来日 拒絶された人々
19日の晩、丸幸ビルで彼女たちを囲みたい。

昨日来日した南アのポド君の記事は今日の毎日新聞の夕刊に掲載されました。
ポド君に続いて、今日の早朝6時にケニアからアスンタさんが来日しました。
彼女は3年前、KENWA(エイズとともに生きる女性たちのネットワーク)を創設し、その代表をつとめている一児の母です。

彼女の私への第一声はKENWAの創立メンパーの一人、ローズブコさんを始めとする仲間たちがなくなったことでした。
ローズブコさんは、昨年の9月私が始めて訪問した際に、スラムでの活動を案内してくれた人です。かつて働いていた会社のエイズ定期検査で感染していることがわかり、職を失った人でもあります。彼女たちは、歌と踊りで小生を歓迎してくれました。また、病気で弱った仲間たちの家への家庭訪問に同行させてくれました。それは、講演会の度にスライドでお見せしているとおりです。
そして、そのスライド写真に写っている20数名の女性たちすべてがすでに亡くなっていることを、一年後の今日知らされたわけです。

アフリカと日本を行き来している私ですら、ケニアのスラムとこの東京が、同じ地球の同じ時代にあることが信じられなくなります。そしてその現実は、アフガンやイラク、パレスチナの現実とも違って、たとえそこに住んでいても、見ようとしないひとには見えない現実なのです。アスンタさんのような勇気ある一握りの人が口を開いてくれないかぎり、知ることのできない現実です。

アスンタさんはディナイアルdinailという言葉を使います。周囲から世界から拒絶された者たちの現実です。職場からも、医療保険からも拒絶された母親たちは、売春をしながら子供たちを守り、最後は十分な食べ物もえられない中で死んでゆきます。そして、そうした女性たちが仲間たちをいたわり、子供たちのために尽くしています。それが、アスンタさんたちの団体です。

アスンタさんは14年間、エイズとともに生き抜いてきた人です。一年前にあったときは、とても逞しくみえました。しかし、今回はひとまわり小さくなったような印象を受けました。今年の7月に開催されたバルセロナのエイズ会議に参加して以来、体調を崩し、治療薬を飲みはじめているそうです。

その彼女の心の支えは、12才になる息子です・・・・・・・
彼女の願いは、ケニアのスラムと日本に暮らす私たちが、同じ地球の同じ地平に立つことです。

19日の夜7時から、丸幸ビル2階で、彼女たちを歓迎するパーティを開きます。
ひとりでも多くの者たちが集い、同じときを過ごしたいと思います。

11月16日 夜半 林 達雄

 

◆2001/05/07
 [jsds:5479] 「ソンドゥ・ミリウ水力発電所に関する NGO連合の要請文」受け入れを求める緊急署名

斉藤@足立区です。

緊急署名のお願いです。
 ケニア、ソンドゥ・ミリウ水力発電事業に関連して地元のNGOから人権侵
害・環境破壊の告発があり、事業の進め方への要請文が出されています。
 この件に関しては、保坂展人衆院議員が、4月18日に質問主意書を提出し、
5月25日に回答されることになっているそうです。保坂議員の質問主意書へ、
このNGO連合の要請文を踏まえた回答がなされるよう、緊急署名を集め、
5月14日に外務省へ申し入れを行う考えでおります。
 ついては、5月13日までに賛同署名をしていただくようお願いします。
 賛同署名の集約先(斉藤龍一郎)の連絡・署名提出は
mailto:ryosaito@jca.apc.org
もしくは
fax 03-5603-1862
へお願いします。
また、各方面への転送よろしくお願いします。

「ソンドゥ・ミリウ水力発電所に関するNGO連合の要請文」受け入れを
求める緊急署名

 私たちは、日本政府・日本国際協力銀行(JBIC)からの円借款によって
ケニアで進められているソンドゥ・ミリウ水力発電事業に関して、以下の
ような要請が地元のNGOから出されていることを驚きと懸念を持って受け
止めている。
 NGO連合の要請文の宛先として、日本大使館・日本国際協力銀行(JBIC)
が列記されているように、この事業は、日本政府の援助が大きな推進力と
なっていると聞いている。
 私たちは、日本の援助が、事業対象地区の人々への人権侵害や環境破壊
につながるものであって欲しくない、という意志を込めて、以下の要請文
を日本政府が受け入れ、事業実施に当たっている再検討を含む働きかけを
行っていくことを求める。

呼びかけ人
 吉田昌夫
 斉藤龍一郎

 賛同者

ソンドゥ・ミリウ水力発電所に関するNGO連合の要請文

Tel/Fax 254 2 555513. PO Box 10538, Nairobi Kenya
e-mail: awn@lion.meteo.go.ke

2001年4月26日

 ケニア電力公社
社長 殿

 日本大使館 御中
 国際協力銀行(JBIC)御中
 エネルギー省 御中
 国会エネルギー委員会 御中

PO Box 47936 Nairobi Kenya

拝啓

ソンドゥ・ミリウ水力発電所計画に関するNGO連合の立場について

 ソンドゥ・ミリウ水力発電所計画(SMHPP)に関わってこの間起きた事態
を踏まえ、当NGO連合は以下の立場を表明します。

 当NGO連合の強い働きかけにより、1月26日、コルウェニー(Kolweny)に
おいて、SMHPPの再検討を行う技術委員会(Technical Committee, TC)が設
置され諸問題解決に向け一歩が踏み出された。当連合は、2月2日、16日、
26日そして3月2日、14日、15日、16日のTC会合に出席した。3月16日には土
地補償と移転、雇用と経済的機会均等、そして環境の各小委員会が、中間的
な報告と提案を行なった。提案は、急を要する事項、短期・中期・長期にわ
たる事項に及んでいる。

 この中間報告の際、雇用と経済的機会均等小委員会から提出された報告か
ら、小委員会の委員長によって、とある個人(ケニア電力公社地域担当職員
であるTCコーディネーター)の名前が消されていることが判り、私たちはた
いへん驚いた。この職員は汚職の容疑がかけられておりさらなる調査の対象
として資格を停止されることとなっていた。委員会は、ほかにも数人(鴻池
組作業員監督と現場監督)の名前が、汚職容疑に関する調査を促すために記
録にとどめられることを提案していた。ところがこれらの職員は現職にとど
まっている。環境小委員会は、汚水タンク車KAL565Zがほこりの立つ道路に
汚水を撒くことを、他の何にもましてやめるよう求めていた。この要求は緊
急のものである。にもかかわらず、ほこりを汚染させているとの疑いをかけ
られているこの汚水タンク車は、道路に汚水を撒布し続けている。土地補償
と移転小委員会は、いわゆる「改良」のために投じられた資金の割合が利害
関係者に明らかにされていないことを明記し、この明細を利害関係者が点検
できるようにすべきであると提起している。

 これらの課題があることから、当NGO連合が今後もTCに参加していくかど
うかは、以下の事項が実施されるか否かにかかっていると考えている。

1. 技術委員会の構成
 現在、TCの構成は、すべての利害関係者を代表するものとはなっていない。
TCメンバーの多くは、ケニア電力公社の職員と州知事(Provincial
Commissioner)である。専門家として参加しているメンバーも多くは、この
計画が引き起こす諸問題の複雑で科学的な性質を理解し解決する能力を持っ
ていない。また、現在の委員会構成は暫定的なものであり広く認められたも
のではない。であるから、私たちは現在の委員会が解散し、ケニア電力公社
の代表、NGO連合メンバーの諸団体それぞれから一人ずつの代表および選挙
で選出されたメンバーで構成される新たな委員会を設けることを提案する。

 上記の委員会によって明らかにされた諸問題の技術的な性質に鑑み、新た
に構成されるTCには以下の専門家を参加させることを提案する。
1. 土地測量士
2. 労働問題専門家
3. 地質学者
4. 水利技術者
5. 社会学者
6. 経済専門家
7. 法律専門家
8. 毒物学者
また、以下の諸グループからの代表を、委員会に参加させることを求める。
1. 青年代表
2. 女性代表
3. 被雇用者代表

2. 合意書
 私たちは、TCがケニア電力公社と地域住民との間の拘束力のある合意書に
基づき、法的な正統性を持った機関とすることを強く求める。

3. 委員長
 これまでケニア電力公社が委員長を出して、地域住民間の論議の解決を図
るのではなく、ダム建設者の利益のみを優先してきた。であるから、私たち
は、全ての団体からの支持され、ケニア電力公社に所属しない広く受け入れ
られ尊重される人が、これまでの委員長に取って代わることを提案する。

4. オブザーバー
 これまでTCの審議は、マスコミの記者かケニア電力公社に受け入れられた
人々にだけ公開されてきた。大きな利害に関わることであり、また各団体か
ら一人ずつしか委員が出ないことから、全ての関わりあるオブザーバーに審
議を公開することを提案する。

5. 決定
 技術委員会の決定は、全委員の全会一致でなされるべきである。

6. NGO連合メンバーへの弾圧と裁判について
 TCで19項目の討議を求めた結果としてアーグウィング・オデラ(
Argwings Odera)氏になされた告訴また告訴されなかった二人(ピレー・オ
ティエノ、ダンカン・オディマ、Pireh Otieno and Duncan Odima)への嫌
疑を詳細に検討し考慮した結果、私たちは彼らの無実を立証する諸事実を認
識した。したがって、この問題に関わる全ての団体・機関の友好関係の証と
して、上記の訴訟は無条件に取り下げられるべきだと考える。

7. 事業の監査
 この事業計画執行の第一期において何件もの重大な汚職が告発されている
ことを踏まえ、私たちは、国際的に評価の高い監査人が国際協力銀行(
JBIC)から受け取った事業資金とこの事業計画のために供出された機器を監
査することを求める。この種の監査は汚職を防ぐために定期的に行われるべ
きである。

8. 日本政府への求める19項目の優先課題
 私たちは、TCの基礎となる日本政府への19項目の優先課題を支持している。
この19項目が十分に検討されたとは、とても言えない。私たちは、もっと総
合的で専門的な技術委員会が、地域と国家の利益のためにこの19項目を適切
な形で表明していくことを望んでいる。

敬具

グレイス・アクム
気候ネットワーク・アフリカ
事務局長

以下、NGO参加団体の代表が連署しています。

 

◆2001/07/31 「ケニア:医療保健関係者、エイズ検査を要求」
 IRIN配信

 Africa Analysisによると、HIVウイルス母子感染防止のネヴィラピン投与のための適切な施設がケニアにないと、HIV/AIDS活動家たちが警告していると伝えた。ケニア政府はネヴィラピンの無料提供を申請している。
 多くの女性たちにとり、ネヴィラピン治療に伴う検査とモニタリングを受けるだけの経済的余裕はない。活動家たちによると、ケニアのHIV感染者のほとんどは自分が感染していること自体を知らず、また国民のほとんどが1日1ドル以下で生活してい国で、広範なHIV検査を実施するのに数百万ドル以上もかかるというのだ。
 HIV/AIDS活動家たちは、HIV検査がもっと手に届くようにするため民間部門の支援を求めている。 HIV陽性の母親から生まれた子供の 50%がネビラピン投与によりウイルスの感染を免れるが、ネビラピンは1年間は無料提供される。錠剤60個入りのビンは、ナイロビでは47USドルで販売されている。また、毎年約255,000人のHIV感染女性が出産している。
 ケニアに対する資金をさらに求めることは意義あることである。アフリカ全体のHIV/AIDSの議論は、薬の入手だけでなく、医学的に安全な出産にはどの程度のインフラが必要かということにも議論の焦点が当てられてきたからだ。AIDS患者またはHIV感染者全てに対し治療を行うことは当然である、またその一方で、健康管理スタッフリーダーや政治家たちは、適切な治療に必要な検査と監視をどの程度まで行うかということも議論してきた。

◆2001/08/07 「ケニア:保健当局者、結婚前のHIV/AIDS検査実施を指示」
 IRIN配信

 夫婦は結婚する前にエイズ検査を受けなけらばならないと政府の保健当局者が発言したと、ケニアのラジオ局が伝えた。東部州(Eastern Province)のエイズコーディネーター・ハンナ・マリンダ(Hannah Malinda)さんは、東部州には約百万人のPWA(people living with HIV/AIDS)がいて、エイズは社会に「深刻な社会経済的悪影響を与えている」と述べた。 さらに、エンブ(Embu)地区だけで、4万人がAIDSに苦しんでいるとも述べた。また、マースデン・マドカ(Marsden Madoka)閣内相は、ケニヤでは15歳から19歳までの若者の20%がHIV陽性であると、East African Standard紙に語った。

◆2001/08/13 「ケニア:AIDS教育プログラムの開始」
 IRIN配信

 小学生を対象にしたAIDS教育プログラムを支援するイニシアティブが開始されたと、Daily Nation紙は伝えた。健康のための小学校プロジェクト(PSBH)第2弾には、教職に就く前の教師に対する指導も含まれている。ニャンザ(Nyanza)地方にある1,250の小学校の教師とコミュニティー住人に対する指導もある。このプログラムはまず、年配の教育担当官に対するHIV/AIDS ワークショップから開始された。
 同プロジェクトは英国国際開発省(DfID; UK's Department for International Development)が融資し、the Centre for British Teachersが運営する。AIDS予防及び支援の指導は、「行動を変えるプログラム」(behaviour change programme)を小学校に導入することを目指している。マネージャーのマリー・ギチュル(Mary Gichuru)さんは、「小学校は性感染症、HIV/AIDSなど幅広い健康問題に関する教育を行い、また子供たちが性行動が活発になる前に何が最も感染率が高いかを教えるなど、理想的な教育の機会を私たちに与えてくれている」と言う。さらにこのプロジェクトでは、学校とコミュニティーの代表に対する指導ワークショップと、健康、教育、若者たちの行動を変えるための支援学習のアクションプランを開発する。
`エイズのメッセージは、劇や提供される課題を通じてシステムとして集約されていくだろう。プログラムでは、教師、学校、その他の団体に対する教材がつくられ、それが配布される。このプログラムでは、改善された教材と革新的教授法によって、教師がHIV/AIDSの知識とカリキュラムを知ることができると、ギチュルさんは言う。政府のエイズコントロール局、教育ディレクターのナオミー・ワンガイ(Naomy Wangai)さんはその就任にあたり、全ての子供たちがこの恐怖に対する情報を確実に得ることができ、また教育を受けることができるよう望んでいると述べた。しかしその席で他の人々は、学校では健康問題を中心に取り扱う必要性がないと思っている怠慢な学校関係者にとっては、このプロジェクトの実施は難しいだろうとスピーチした。さらにもうひとつの障害は、文化の誤解は、行動を変えるためのメッセージに否定的は影響を与えるだろうということだ。

 

◆2001/11 なにひとつ問題は解決していない!
 ケニア、ソンドゥミリウダムへのODA支出に反対する呼びかけ人賛同依頼

 突然のおたよりで失礼します。
 私たちは累積債務のために人々の生きる権利が著しく制限されている途上
国の問題を考えている「債務帳消し(ジュビリー)国際キャンペーン」に取
り組んでいます。主に九州のメンバーから構成されていますので「ジュビリ
ー九州」と称しています。。
 さて、別添の資料にあるように、現在ケニアに、ソンドゥ・ミリウという
名のダムが、有償援助として造られようとしています。一期工事の終えたと
ころで問題になり、現在二期工事のための有償資金が貸し付けられようとし
ているところです。
 現地でも反対の声が挙がりましたが、圧政の元にある国でのことです。
「〜してくれれば賛成できる」としか主張できない中、今やついに現地での
反対の声はなくなるに等しい状況に至りました。
 この状況を利用して、日本の国会議員による現地調査団が組織され、「ケ
ニアではみんなが期待している。反対しているのは日本の一部の誤ったNGO
だけだ」と報告され、ついに停止していた援助(円借款=利子を取る貸付)
が再開される状況へと至りました。
 しかしこれは問題を糊塗するものです。長野県の田中知事が「脱ダム宣言
」を打ち出したのは、環境問題や費用対効果、そして市民の意見が反映され
ない仕組みであるためでした。ソンドゥ・ミリウダムも同様です。いや、日
本以上に問題だと言えるでしょう。(1)土砂を多く含む水はダムを短期間
に埋めてしまいます、(2)半年の乾季は水が定格出力で発電できる量の半
分もありません、(3)電気は工業地帯に送られ、地元の人には届かないの
に、環境悪化による生活破壊など、かなりの被害が及ぶ可能性があります。
しかし、現地には、そのことは全く知らされていません。しかもダムの上流
では森林伐採が進んでおり、完成までにさらに状況の悪化することが予測さ
れます。
 しかしそれ以上に問題なのは、ケニアの累積債務問題との関係です。ケニ
アの債務はいわゆる『重債務貧困国』のレベルであり、通常20%を超えると
破綻状況と言われるデッドサービスレシオ(債務返済比率)が、1997年には
22%となっています。具体的な数字をあげると、1997年のケニアの国際収支
はマイナス5億1500万ドルでした。この赤字に加えてさらに6億1800万ドルを
債務返済で支払っているという、とんでもない事になっているわけです。
 そのためケニアは国民の2割近いと言われるエイズ禍にも予算を割けませ
んし、教育も福祉も後退を続けています。毎年平均余命が減っている国とな
っています。
 日本は緊縮財政で、無駄な支出を省く『構造改革』を進めているはずです
が、こんな返済されるあてのない国に、今またさらに100億円もの資金を貸
し付けようとしているのです。このこのカネが返されるとき、それはケニア
の人々の命が削られるときです。このケニアの状態は、債務免除を受けられ
るレベルの深刻さです。にもかかわらず日本は、ある政治家の駆け引きによ
り、ソンドゥミリウダムの資金を貸し付ける代わりに債務免除を求めない密
約すらしました。
 私たちは今国会内で言われているような「一件落着」など、とんでもない
話だと考えています。
 私たちは現地の人たちが声を上げられないことをいいことに、ダム建設を
推進しようとする側に対して、資金提供する援助国側の責任の問題として、
このような最貧国に融資すること、しかも受注が日本企業であり、費用対効
果が悪く経済状況を悪化させるプロジェクトであることに対して、鮮明に反
対したいと思います。
 この運動はこれまで『地球の友ジャパン』が関わって努力されてきたもの
ですが、私たちはここに至って広く人々に呼びかけ、多くの人の関わりを期
待したいと考え、お便りさせていただくことにしました。
 ぜひこのような日本政府に援助のあり方の見直しを迫っていくために、ケ
ニア、ソンドゥミリウダムへのODA支出に反対する呼びかけ人になってい
ただきたいと思います。賛同者の有名無名は関係ありません。私たちがウオ
ッチしていることだけでも政府機関に知らせたいと思うからです。
 このような無視された状況、現地の人の期待を裏切ることになる援助こそ、
テロなどの温床になるものです。一人でも多くの人が「呼びかけ人」に名を
連ねてくださることを期待します。

2001年11月

呼びかけ人の呼びかけ世話人
田中 優(自然エネルギー推進市民フォーラム理事)
大倉 純子(債務と貧困を考えるジュビリー九州)

呼びかけ人になってくださる方は
債務と貧困を考えるジュビリー九州
807-0052 遠賀郡水巻町下二西3-7-16
ウィンドファーム内
電子メール アドレス : jubilee@windfarm.co.jp
まで、
住所      (                    )
氏名      (                    )
電話またはメールアドレスがあれば(              )
をお伝えください。

 
 

Date: Fri, 30 Jan 2004 14:00:36 +0900
From: ajf
Subject: [viva_hiv_aids] ケニアでARVが処方箋なしで販売されている、という記事

斉藤@AJF事務局です。

ケニア・ウガンダ・ガーナ・ナイジェリア・南アフリカ共和国を中心に、アフリカ諸国のエイズ治療体制と実状についての報道記事を集めています。ニュース・ソースは、allafrica.com、IRIN、UNAIDS配信のToday's Top Newsです。UNAIDSはToday's Newsというもっと大きなニュース・クリップも配信してくれます。
チェックしたニュースは、できるだけ皆さんにも紹介していきたいと考えています。また、広く紹介することが必要と思われる記事については、翻訳分担もお願いしたいと思っています。

今回は、「ケニアでARVが処方箋なしで販売されている」という記事です。
最後に記事全文を転載しました。

この記事のポイントは、次の通りと考えます(誤読や誤解があった指摘よろしく)。
・ナイロビには、処方箋なしでARV(抗レトロウイルス薬)などを販売している薬局が集まっている地域がいくつかある。
・これらの薬局では、病院で処方箋を受けて指定された薬局で購入するよりもかなり安価で医薬品を入手することができる。
・一部の開業医もこうした薬局で医薬品を調達している。
・これらの薬局で販売されている医薬品の供給元は不明だが、病院・製造メーカー従業員による持ち込み、国外からの個人輸入などによるものも含まれていると考えられる。
・また、投薬を受けている患者が、処方された医薬品の一部を販売しているケースもあるようだ。
・ARV治療では、アドヒアランスがきわめて重要だが、ARVが高価でまた安定的に供給されていないため、これらの薬局で処方もないまま「エイズの薬」を少しずつ買っているHIV感染者・エイズ患者がいるものと思われる。
・これらの薬局では、HIV抗体検査薬も販売されている。

昨年3月、ケープタウンで開かれたInternationa Treatment Preparedness Summit(ITPS:国際治療体制準備サミット。日本からは唯一、稲場さんが参加)では、インチキ療法が話題になっていました。昨年8月に来日してくれたナイジェリアのモロラケさんは、HIV感染者・エイズ患者がエイズ治療についてきちんとした知識を持つことが重要と訴えていました。また、ブラジルのようにエイズ医療が無償になっている国では、こうした事態は起きないでしょうねぇ(関連する資料はhttp://www.ajf.gr.jp/hiv_aids/treatment_access/をご覧下さい)。

The Nation (Kenya)
Aids Drugs Selling in City Streets
22 January 2004

Nairobi
Aids drugs, otherwise restricted to select hospitals and pharmacies, are now readily available in Nairobi streets. This phenomenon threatens to compromise the effectiveness of the drugs that require close medical supervision.
Street-vended drugs are prone to under-dosing, irregularity and outright fakes. These may lead to drug resistance and toxins build-up in patients.

In the street, branded drugs from major manufacturers sell at a fraction of the official prices. Drugs worth several hundred thousands of shillings are traded on the streets in a day. This is a potential catastrophe for the government's national antiretroviral programme, in which people with HIV/Aids get the drugs at subsidised prices courtesy of the government.
The main outlet is on Tsavo Road in downtown Nairobi, near one of the oldest drinking joints in the city, Reke Marie. Here, one can purchase from a few tablets to substantial quantities with or without a doctor's prescription.

"You can stock a large size pharmacy at half the price of what it would cost at the front door," says a vendor.
You walk into to the backyard of the building into a frenzy of activity, deals being clinched on all sides. The backyard is well served with all sorts of telecommunication services, local and international telephone, fax, email and Internet. This is a place where millions of shillings have been made - and lost.

However, it is not a market for antiretrovirals alone. Anything from aspirin to the latest cancer drugs. Although its cacophony compares with the biblical tower of Babel, a deeper look reveals a well-organised trading floor with well established suppliers, those with direct contact to the source, and brokers who deal directly with buyers. Buyers include doctors and pharmacists.

Following intense pressure from lobbyists in the past few years, major drug manufacturers agreed to offer antiretroviral drugs at a subsidised price. However, to check the incidence of unscrupulous clinicians and pharmacists selling the drugs below the subsidised price, the companies offer the drugs through select private and public hospitals.
The main official outlet in Nairobi is the Coptic Centre on Ngong Road in Nairobi. Here a monthly cocktail for antiretrovirals goes for about Sh5,000.

According to a city clinician, several factors help sustain this brisk business for antiretrovirals. First, patients may not know where to find the drugs so their doctors double as suppliers. Secondly, some private doctors who run on shoestring budgets cannot bear to see a patient take money elsewhere hence go even to the black market for supplies.

Another reason why the black market for antiretrovirals thrives is because some patients are uncomfortable getting drugs at the much more public Coptic Centre because of real or imagined stigma. Others can't just stand the hassle of getting the drugs. Some patients also want to get the drugs from the person they trust, usually their doctor.

But the greatest factor is that the drugs are readily sold for a song. On average, the drugs are about 40 per cent cheaper than front-door prices. However, this lower cost does not necessarily trickle down to the patient but mainly benefit the clinician.

A city paediatrician says patients who queue at these clinics end up paying a premium for the drugs and service. But such patients have the option of getting drugs by instalments - pay for what you carry today - despite the danger of discontinued treatment in cases where a patient cannot raise money for the next dose in time.

Although the drugs are readily available and within a short notice - between 30 minutes to a few hours - some specific brands might not be available at the required time. In such a case, a patient may be forced to take an alternative irrespective of whether it is the right combination or not.

Antiretrovirals are supposed to be prescribed in very specific combinations and any deviation could lead to complications and early drug resistance. To be expected, the vendors at Tsavo Road, Nairobi, were not willing to divulge how they get supplies.
This is a market of cutting deals. No receipts, no questions asked. However old and established customers are given preferential prices and even credit facilities.

The source of these drugs remains a secret that only the suppliers know. Indications, however, point to unscrupulous employees who possibly steal from the manufacturing companies or the hospitals that officially supply them.
Drug companies clearly stand to gain nothing by supplying the drugs to the black market since they trade at a lower price than what the companies offer.

It is also suspected that the bulk of the drugs in the black market are from illegal imports, especially generics, and outright fakes.

Apart from the drugs, also available are HIV testing kits, which this writer was offered. Determine and UniGold were being sold at half the market price. Both HIV testing kits are manufactured in the US and are registered for use in the national Voluntary Counselling and Testing (VCT) programme. Kits for the VCT programme are sourced by the German Development Cooperation, GTZ. These are readily available at the black market and it is understood are supplied by unscrupulous employees.

Considering that the Government has not maintained strict controls on drugs, some of the black market traders are already salivating for the proposed HIV drugs to reach public hospitals.

A packet of 100 kits of Determine goes for about Sh7,000 (the official price is about Sh16,000). If a clinician charges Sh400 for a single test, theoretically, he can make Sh40,000 from the kit. This gives an unethical clinician a motivation to convince a client to do an HIV test.

Nobody in this black market can vouch for the authenticity, efficacy or genuineness of these kits because it requires specialised skills to separate the genuine from the fakes. Only the Kenya Medical Research Institute, which has the technology and mandate to verify the effectiveness of HIV testing kits.

This development puts in doubt the HIV test results acquired from clinicians who get kits from such markets. Standard procedure requires that results from a particular kit be confirmed by a second test with a different but registered kit. If the results are discordant, a third test is introduced as a tiebreaker. It is highly unlikely that such clinicians will take the trouble to do this.

Another big market for antiretroviral drugs and HIV testing kits are generics mainly imported from India. While this may not be illegal in an open market like Kenya, it is suspected that these drugs are not registered for use locally. It also provides an opening for fakes.

Generics from India, which were readily available at the Tsavo Road market, included Triomune40 - a cocktail of three antiretrovirals - and Okamune. Other antiretrovirals available in the market include Videx, Combivir, Zerit, and Lamudivine.


松田 素二 19991125 『抵抗する都市──ナイロビ移民の世界から』,岩波書店,282p. ISBN:4-00-026375-7 2800 ※ *


 
 
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日経エコロジー 2004/08号

リポート ワールドウオッチ研究所

自然を守り、地元の生活も向上 ケニアで進む国連プロジェクト

アフリカのケニア山周辺では、自然保護や植生回復で、養蜂など新たな職を創出。地元民の生活を向上する試みが進んでいる。 アフリカ東部にそびえる標高5119mのケニア山。岩だらけの山腹から山頂にかけての尾根沿いに、小さくなりつつある12の氷河がある。300年以上この土地で暮らしてきたキクユ民族にとって、ケニア山は神のすむ聖なる山だ。(86〜87ページ掲載記事から抜粋) *テキスト版記事の文字数:2854文字

 
 


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女性たちは妊娠が原因で人知れず死んでいく(04/12)

先週の世界保健デー(4月7日)に際して、国連人口基金(UNFPA)は、家族計画に伴う避妊具の普及により妊産婦死亡率を25%削減できるとして、各国の政府に対してリプロダクティブヘルス(性と生殖に関する健康」への支出を増やすよう要請した。しかし、ケニヤ政府は同分野への十分な予算を割いておらず、この呼びかけに応えられそうにない。(ケニアの妊産婦死亡率は10万人中414人。1日800人の女性が人工中絶を受け、それが原因で年間2600人が死亡している。)



 
 
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専門職の国外流出(09/16)

ケニアでは、汚職・腐敗、景気後退、治安の悪化への不安から、教師、医師、看護師など専門職の人々の国外移住が、南アフリカ、英国、オーストラリア、米国を中心に進んでいる。計画・国家開発相の経済顧問MichaelChege氏は、「経済政策の失敗、熟練労働者の購買力の低下が続く中、海外でその技能が求められ、かつ高給が保証される彼らに、給与が安い国内にとどまることを期待することはできない」とIPSの取材に応えて述べた。

ロンドンに本拠を置くシンクタンク、公共政策研究所(IPPR)が9月7日に発表した調査結果によれば、2001年において英国でケニア人は8番目に大きな移民社会を形成している。専門職の人材紹介業者によると、その数は数千にのぼるという。

ケニアの看護師の月給はおよそ200〜530ドルだが、米国では6,000ドル以上を得られるだろうと、ケニア人看護師の米国への就職斡旋を行っている Hamsdel Professional Servicesのオフィス・コーディネーターNancy Akinyiは言う。

ナイロビで働く看護師Mary Muliによれば、低賃金に加え、病院の設備・資源不足も国外移住の要因となっている。同様に、月給およそ200〜400ドルの講師は、南アフリカであればその10倍もの所得を得られるとChege氏は説明する。「ケニアの講師の購買力は、1980年から2000年の間に40%も低下した」

だが、移住したからと言って順調に働けるというわけではない。IPPRの報告によれば、英国のケニア人移民の4分の1近くは失業しているという。さらに、必死の彼らは安い給与でも受けざるを得ず、搾取の心配もあると、ナイロビに本部を置くAfrica’s Brain Gainの代表AtienoNdede-Amadiは言う。この団体は移民問題について研究する一方で、移民支援の方策を打ち出すよう政府への働きかけも行っている。

海外で働くこうしたケニア人は、本国に送金をしている。その額については中央銀行が評価を進めているところでまだ明らかではないが、しかしそうした送金も、看護師がほとんど残っていない国内の病院で治療を受けざるを得ない患者にとって、あるいは教員不足に悩む学校に子どもを通わせざるを得ない親たちにとっては、意味をなさない。

この問題は、1963年の独立以来最悪の部族紛争が7月ケニア北部で起きた際に浮き彫りにされた。100人余が大量虐殺され、多数の重傷者が病院に運ばれたものの、治療に当たることのできた医師は1人しか残っていなかったのである。頭脳流出が続くケニアについて報告する。



 
 
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ケニア:レイプ犯が罰金刑で済むのか(1/11)

今年1月1日にケニアで「マランダ」という前科者が5歳の女児を暴行したという容疑は、またもや適正に罰せられるか疑わしくなってきた。反レイプ運動家はこの事件を取り上げ、国が法文化による適切な規制を行わない限り、こうした暴行事件は減少しないと主張している。ケニアでは強姦罪には終身刑が最高刑だが最低刑が定められておらず、罰金刑となる場合もある。

強姦罪で刑に服していたマランダは、大統領の恩赦により4年の刑期の1年目で出所したばかりだった。ケニアの首都ナイロビに本拠を置く、虐待を受けた女性の更正教育センターのジュディ・ソンゴリ所長は「刑がもっと長いものであれば幼い少女の人生を台無しにすることはなかった」と語る。

罰金刑でなくとも、強姦犯は裁判長の判断により、非常に短い刑期か、社会奉仕か、執行猶予となりうる。「これではとても潜在的な犯罪を防げない。最低刑が厳しく定められていれば犯罪の抑止になるのだが」と児童権利の相談・資料・法律センターのジェイン・カマング上級法律担当官はいう。

隣国のタンザニアでは強姦罪に対して最低でも禁固30年とし最高刑は終身刑とする立法案を最近可決した。ケニアでも強姦罪に対する重い最低刑と性犯罪者に化学的去勢を行うことを定めた性犯罪法案が提議されているが、2004年から始まった審理は依然継続中である。

ナイロビ女性病院に入院している被害者の女児は、排便も困難な状態で再手術が必要だという。女児の母親は警察がまだ犯人を検挙していないことを憤る。警察のJ.オンバティ広報官は「まだ事実を確認中で、情報を収集している段階だ」とIPSの取材に応じて語った。公式な統計によると2004年の婦女暴行事件は2、800件で前年よりも増えており、被害者がナイロビ女性病院で治療を受けるケースも増えている。届け出ない被害者も多いため、実際の件数はそれ以上だと推測される。ケニアの女児暴行事件と性犯罪法の整備の問題について報告する。



 
 
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外務省、WFPを通じたケニアへの人道支援を発表

2006年12月28日 22:06更新

28日、外務省は、日本政府が国連世界食糧計画(WFP)の支援要請に応え、WFPのケニア北東部における洪水被災者支援のための航空輸送事業に対し、WFPに対する拠出金から30万米ドル(約3330万円)の拠出を決定したと発表した。

ダダーブ難民キャンプ周辺を含め、ケニア北東部全域及びタナ川沿いの沿岸部では洪水被害のため、アクセス道路が寸断され、支援物資の陸送が非常に困難な状況となっているという。WFPは今月2日から現在北東部のガリッサ市及び沿岸部のガルセンをベースにヘリコプター各1機、ガリッサとダダーブ難民キャンプの間で航空機1機を用いて、被災者に対する食糧、医薬品などの救援物資の空輸を実施している。



UP:2007
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