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障害学会第6回大会・報告要旨

障害学会第6回大会 於:立命館大学


  *個々の報告についてのページを作りましたので、それをご覧ください。
   →障害学会第6回大会

 ◆報告募集(2009.5.13開始〜2009.7.31)(別ページ)

*A:演壇での報告/B:ポスター報告
*1)Bを希望した人については、Bでの報告が承認されています。
*2)第1希望をBとし第2希望をAとした人、また、第1希望をAとし第2希望をBとしたがBでもよいという連絡があった人については、Bでの報告が承認されています。
*3)A(演壇での報告)のみを希望された方の報告の可否は検討中です。必要であれば報告予定者とも協議した上で、決定し、ここにお知らせします。報告形態を変更してもよい人はお知らせください。
*4)第1希望をAとし第2希望をBとした人については報告は承認、報告形態については検討中です。必要であれば報告予定者とも協議した上で、決定し、ここにお知らせします。
*8月10日現在、3)が3、4)が18、計21です。演壇での報告数は15ぐらいが限界です。
*この報告はポスター報告でなく演壇での報告として聞きたい(見たい)といった意見があったらお寄せください。→TAE01303@nifty.ne.jp(立岩)。

■S59
 杉崎 敬(立教大学大学院コミュニティ福祉学研究科)
 「知的障害当事者の<生き様>から見える多様なセクシュアリティの形――知的障害と共に生きる<彼ら/彼女らなり>の<リアリティ>とは何か」
 第1希望:A 第2希望:B

  知的障害当事者は、長い間<無性の存在>として扱われてきた経緯があり、社会全体としても、未だに<性的な主体>として認められているとは到底言い難く、言わば、「性的なマイノリティ」、あるいは「逸脱者」としてのレッテルを付与され続けてきたと考えられる。また、知的障害当事者とかかわる臨床現場における支援者の思考・感覚の中にも、一部の事業所を除き、当事者のセクシュアリティに配慮した支援は殆どなされていない現状は否定できない事実である。それは、元・支援者の立場にあった筆者の経験からも強く感じる問題意識の一つである。
  では、「なぜ、知的障害当事者のセクシュアリティに配慮していないのか、どうすれば知的障害当事者のセクシュアリティを理解することができるのか」あるいは「知的障害当事者が、自ら思考するセクシュアリティへの思いや姿とは如何なるものか」という疑問を提示しつつ、当事者に、現実社会を生きている自らの経験を、その<生き様>として、即ち<彼ら/彼女らなり>の思いがこもった<リアリティ>として発せられた語りより、また、その支援者には、当事者のセクシュアリティに対する思いや、<支援する側>のパラドックス、あるいは当事者とのコンフリクト、臨床現場における経験値から生じる語りによって、筆者なりにその疑問の解を導き出していきたいと思うのである。
  近年、障害領域における障害当事者のセクシュアリティ研究は、関連著書の出版や、メディアでの露出度が増えたこと、障害当事者や研究者の間で議論が活発化したこと等により、にわかに注目されている感がある。しかしながら、その多くは身体障害当事者をメインとしたものであるように感じるのは筆者だけであろうか。特に、身体障害当事者の体験談や自伝などの著書や、研究者による研究論文が多く出され、メディアもこぞってそれを取り上げた。一方で、知的障害当事者のセクシュアリティを取り上げたものもないわけではないが、知的障害当事者ではなく、支援者等の口を通して語られた研究である場合が多く、知的障害当事者自身による<生の語り>による研究は殆どない状況であると考えられる。なぜ、知的障害当事者の<生の語り>が見えてこないのであろうか。
  本報告は、知的障害当事者のその<生の語り>にスポットをあて、その<生の語り>から紡ぎだされる当事者それぞれが思考する多様なセクシュアリティの形を明らかにしていくものである。それと同時に、知的障害当事者独自の生き方を通じて、"一般的(常識的)な枠組み"では捉えなれない<彼ら/彼女らなり>の<リアリティ>をも浮き彫りにできるものと考えられ、また、知的障害と共に生きる当事者のセクシュアリティの理解を促進する礎になっていくものと思われる。(本報告では、知的障害当事者のセクシュアリティを恋愛・結婚・出産・子育て・家族生活等の行為と規定する)

 
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■P58
 韓 星民(立命館大学大学院先端総合学術研究科/KGS株式会社)・天畠 大輔 (ルーテル学院大学)・川口 有美子(立命館大学大学院先端総合学術研究科)
 「情報コミュニケーションと障害の分類」
 第1希望:B

  支援技術(Assistive Technology)は、ローテクからハイテクまで、様々な発展を遂げている。ALSの患者にとって重要なコミュニケーション手段であるスイッチはオン/オフの1ビットの情報を持って、意思を伝える。先日新聞やテレビで紹介された、トヨタと理化学研究所(RIKEN)が開発したBMI(Brain Machine Interface)研究は、脳情報を直接取り出し車椅子を運転するという、神経デバイスの現実味を帯びた驚きの報道であった。
  従来から視覚や聴覚障害者に対する支援機器は広く開発されて来ているが、最近神経デバイスを初めとする、ロボットの研究応用など身体の運動・活動を助ける技術の発展、学習障害や認知障害者にも役立つテクノロジーまで、多岐に渡る技術が発展して来ている。
  支援技術は障害の種別によってその支援目的が異なるため、本研究では、支援技術から見た、障害の分類について考察した、特に、情報コミュニケーション支援のための障害をインプット・情報処理・アウトプットに分類し、それぞれの障害と支援技術について分類した。
  さらに、これらの分類では分けられない障害者や支援技術のあり方について更なる考察を行った。究極の情報受信障害である盲聾者にとっての情報入手や、究極の情報発信障害である、TLS(totally locked in state)状態のALS患者にとっての支援技術について考察を行った。
  その結果、世界一例しかない脳の障害による情報発信障害を持つ筆者の一人である、天畠大輔は、初めて意思を伝えるまで半年以上の歳月を要しており、目に見えない情報発信の手がかりを得るまでの母の努力が伺える。世界で始めて開発された指点字の考案者の一人は福島智(現東京大学教授)の母である。
  支援技術は、コミュニケーションを渇望する人間に取って必要不可欠なテクノロジーであり、コミュニケーション支援のための障害の分類は障害の状態を理解する上でも必要だと考えられる。本研究は、情報コミュニケーションをテーマに障害をもっと社会科学的・身体論的に知る上で重要な研究であると考えられ、障害学会での発表を希望する。

 
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■P57
 渡邉あい子(立命館大学大学院先端総合学術研究科)
 「障害者とパフォーミングアーツの生成と展開――1970年代から現在まで」
 第1希望:B

  近年、障害者の/とのパフォーミングアーツが盛んである。本報告では1970年代から2009年までの障害者の/とのパフォーミングアーツ関連年表を作成し、このムーブメントが具体的にどのように生成され展開を見せたのか、障害者自立運動との関係性、文化的背景などを念頭に分析を試みる。
  まず、従来の健常者のみを前提とする文化への異議および援助を受ける「弱者」としての存在からの解放があった。75年からスタートしたわたぼうしコンサートを嚆矢として、「ろう者劇団」、「デフ・パペットシアターひとみ」の80年代における発足、83年に大阪青い芝の会で重度障害者自立運動に参加した金満里が旗揚げした劇団「態変」がここには含まれる。90年代に入るとボディワークを取り入れたカウンセリングの学習会グループ「仙台からだとこころの会」で障害者とのダンス・ワークショップ(以下WS)が開かれ、のちに「みやぎダンス心体表現の会」(98)「みやぎダンス」(2005)と団体名称変更をし、理念も「inclusive dance for all」を掲げている。また90年代後半にはコンテンポラリー・ダンスの出現・浸透とともに、各地で様々なダンスWSが展開されている。これらは健常者による障害者のための療法的・効果的変容を狙ったものではなく、参加者のあるがままの状態、いわば異なる身体性を活かしてパフォーマンスを創造することに力点が置かれた動きの台頭といえる。ここではWSという、すべての参加者が主体となり、ひとつの価値や方向性におさまらない多文化的存在のあり方とやりとりによって成立する場が重要になってくる。
  2000年代に入ると展開も多様になり、特に2004年からは5年間のプログラムで「エイブルアート・オンステージ」が始まり現在のムーブメントを牽引・波及を見せている。
  このような流れから、障害者文化を主張するパフォーミングアーツや療法として効果変容を目的とするものから、すべての人に異なる文化と表現性があること、その相互作用から生まれるパフォーマンス自体を目的とするものへ、という変化を見てとることできる。またそのことからも障害者の社会参加として語られるにはとどまらない可能性を示していることがわかる。

 
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■P56
 安田 真之(立命館大学大学院先端総合学術研究科)
 「学生ボランティアを中心とした障害学生支援の課題――日本福祉大学における障害学生支援を手がかりとしての考察」
 第1希望:B

  本報告では、100名以上の障害学生が在籍し、全国的にもその取り組みが注目されてきた日本福祉大学(以下、日福と記す)における障害学生支援の状況を取り上げ、学生による無償のボランティア活動を中心とした障害学生支援の課題を明らかにする。
 報告者は2009年3月まで日福に在籍し、障害学生として様々な支援を受けてきた一方、支援活動の担い手としても活動してきた。日福においては、支援を必要とする障害学生が自ら支援者を探し、必要な支援を依頼することが原則となっている。点訳・音訳・パソコンテイク、ビデオ教材の字幕付けといった障害学生支援の諸活動の大半は学生による無償のボランティア活動によって担われており、学内に設置された「障害学生支援センター」を中心に、大学もそういった学生による諸活動を支援している。しかしそのなかで、障害学生は、支援の量的・質的不十分さ、不安定で流動的な支援、履修する授業の選択の制限といった深刻な課題に直面しており、そのような状況が慢性化している。また支援活動を担う学生は、慢性的な支援者不足のなかでの過剰負担、「ボランティア」が原則であるにも関わらず支援を断ることができないといった課題に直面している。それら諸課題が生み出される背景には、支援を必要とする多数の障害学生を学内の学生のみで支援することの限界性、学業と支援活動の両立の限界性、支援の大半が友人関係や助け合い精神に基づいて行われていること等を挙げることができる。また、今日の日福の障害学生支援の取り組みの多くは、支援活動を通した学びあい・育ちあい、すなわち、「福祉の心」や「心のバリアフリー」、障害学生の自立の力の涵養といったことが重視されるあまり、障害学生の支援ニーズを充足するものとは必ずしもなっていない。
  以上を踏まえ、本報告では、無償のボランティアを中心とする障害学生支援が障害学生の支援ニーズを十分に充足し得ないことを示したうえで、障害学生支援を担う主体とその役割のあり方について検討する。

 
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■S55
 山田 裕一(熊本学園大学大学院・障害学生パートナーシップネットワーク・熊本市障がい者ケアマネジメント従事者)
 「発達障害」という存在から考える大学教育のインクルーシブデザイン――障害学生パートナーシップネットワークという活動から「見えざるバリア」を顕在化する」
 第1希望:A 第2希望:B

  大学に「障害者」が入学することもさほど珍しくなくなった今日、大学に障害学生支援センター等の名称を冠した「障害学生支援部署」を設置する大学も少しずつ増えてきている。
  「障害学生支援部署」があることによって、「障害者」も高等教育を受ける当たり前の権利があるという言説が大学内でも共通認識となりつつあり、様々な「障害」を想定した、支援メニューが整備されつつある。しかし、「発達障害」があるとされる学生と向き合うと、「障害学生支援」という概念は、様々な問題を内包している。
例えば、支援の要請に関わる負担を当然のように課せられるという問題である。大学で支援を要請するためには、自らの「障害」を自覚し、大学で想定される困難を予測し、具体的な支援方法を模索するというセルフマネジメントが求められるという問題である。「発達障害」があるとされる学生は、この一連の工程のどこかでひっかかる事が少なくない。
  また、例えこの工程をクリアしたとしても、支援の方法が、大学が行うことが妥当な方法であるのかという立証責任が課せられる。このようなことが、問題を整理し、適切な方法で伝える事に困難がある「発達障害」があるとされる学生にとって極めて厚い「見えざるバリア」となっている。そこで発表者、「障害学生パートナーシップ」という団体を設立し、学生のセルフアドボカシーを促進する活動を行っている。当日は「発達障害」があるとされる学生との活動事例を通して、「見えざるバリア」を生み出している源流がなんであるかを顕在化し、また生み出されるメカニズムについての考察することを試みる。「発達障害学生支援方法論」ではなく、大学が「発達障害」という存在と、向き合うことによって見えてくる、誰にとっても学びやすい「大学教育のインクルーシブデザイン」の可能性を模索していきたい。

 
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■P54
 佐藤 浩子(立命館大学大学院先端総合学術研究科)・野崎 泰伸(立命館大学衣笠総合研究機構ポストドクトラルフェロー)・川口 有美子(立命館大学大学院先端総合学術研究科)
 「重度障害者等包括支援について――個別と包括の制度間比較」
 第1希望:B

  【背景】 障害者自立支援法で、最重度障害者のための介護給付「重度障害者等包括支援」(以下「重度包括」という)が新しくメニューとして加えられた。厚生労働省によると、重度の障害者が地域生活を送る上で、個別のサービスを組み合わせるよりも、心身の状態等に応じて複数のサービスを臨機応変に利用することができ、重度障害者等包括支援事業者に指定された事業所は、包括払い方式の一定の報酬額内で、個々のサービスの報酬単価が自由に設定でき、利用者の多様なニーズに応じたサービスが柔軟に提供できるという、利用者、事業者双方にとって意義のある新しいサービスとして設計されたという。   しかし、ほとんどの自治体で重度包括が利用されていない。
  【目的】なぜ、重度包括が利用されないのかを調査する。
  【方法】@そもそも重度包括は必要とされているのかを検討するために、いくつかの自治体を訪問し、インタビュー調査を実施した。
  A財源や事業所の経費に関する問題点を明らかにするために、現在の障害者自立支援法で個別サービスを組み合わせたいくつかのケースを、重度包括にした場合と全身性障害者介護人派遣にした場合を想定し、それぞれのケースに関わる国庫負担金や自治体の一般財源の比較、事業者の入る経費等の比較をした。
  【結果】重度包括は対象となる重度障害者、事業者双方にとってメリットがないことが浮き彫りになったが、本報告では次の3点について述べる。
  @単独のサービスの組み合わせであり、融通のきく使い方ができない。
  A支払いも重度包括の事業者が、個別のサービス提供事業者と委託契約をして行うことになり、手続きが煩雑である。
  B包括払いの報酬単価が低いために、重度包括の事業者の利益がでない。
  【課題】本報告を今後の重度包括の見直しのための政策提言につなげたい。

 
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■P53
 小川 喜道(神奈川工科大学)
 「我が国におけるダイレクト・ペイメント論議の課題整理――英国でのFrances Haslerらの諸活動を通して」
 第1希望:B

  英国障害者団体協議会の代表であったJane Campbellと障害学の第一人者であるMichael Oliverは、その著書Disability Politics(1996)の中で、ダイレクト・ペイメント法Community Care (Direct Payments) Act 1996の成立を「1948年のNational Assistance Act以来、非合法であったものに認めさせた。この立法化はひとえに障害者運動に起因するものである」と言わしめている。そして、Colin Barnsは最近の報告(2007)の中で、ダイレクト・ペイメントが「革新的で、フレキシブルで、個別化されたサポート・システムとサービスの発展を促進している」と述べる一方で「過疎地や高齢者の多い地域、あるいは大手スーパーなど多数の就労場所が確保される地域でパーソナル・アシスタントを見つけることの難しさ」を率直に述べている。
  このダイレクト・ペイメントは、しばしば現金(直接)給付と訳される。しかし、実際に現金を受け渡したり、口座から引き出したりするのではなく、主に小切手支払いであり、最近ではデビッドカードでの扱いも試みられている。重要なのは、利用者が自らのライフスタイルを保つために、その障害に応じて適切なケアを選択、コントロールする「手段」として機能しているところである。多民族社会にあって、介護は"資格"よりもその文化、慣習を同一にしている人が行うよさがあり、また、多様な障害や程度に応じて常にフレキシブルなものでなければ、ライフスタイルは依存的なものになってしまう。こうした暮らしや介護関係のフレキシビリティを満たす一つの方策に過ぎない。
  発表者は、英国のコミュニティケア(ダイレクト・ペイメント)法が成立した年である1996年に、同法の実現化に貢献したロンドン障害者協会( GLAD)当時代表Frances Haslerへの聞き取りを行ったが、その段階では高齢者を包括することの難しさが語られていた。その後Haslerが全国自立生活センター(NCIL)の代表になり、ダイレクト・ペイメントを発展させるための諸活動についても、継続的に調査してきた。つまり、高齢者、知的障害者、精神障害者等の利用促進、サポート機関の設立支援、行政担当者への働きかけなどである。今回、その経緯を通して、また、我が国の障害者に対する関連制度とも比較し、ダイレクト・ペイメントに関する課題整理を試みた。

 
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■P52
 植村 要*・山口 真紀*・櫻井 悟史*・鹿島 萌子* *立命館大学大学院先端総合学術研究科
 「書籍のテキストデータ化にかかるコストについて」
 第1希望:B

<目的>
  視覚障害者が活字書を読むには、音訳・点訳・テキストデータ化によって媒体を変更する必要がある。これは、多くの労力と時間がかかる作業である。今日、この作業の多くが、ボランティアによって担われている。
  近年、書籍の製作に際して、組版がDTPによって行われるようになったことで、印刷用データからテキストデータを作成することが、比較的容易になった。これによって、一部の書籍には、奥付に「テキストデータ引換券」が添付され、これを読者が出版社に送ることによって、出版社から読者にテキストデータが提供されるようになった。また、「テキストデータ引換券」が添付されていない書籍であっても、直接連絡をすることでテキストデータを提供する出版社も複数存在する。
  しかし、今日、新規に出版される書籍の全てがDTPで組版されているわけではない。また、DTPが開発される以前に出版された書籍には、いうまでもなく印刷用データはない。これらの書籍を視覚障害者が読もうとするなら、従来通り労力と時間を費やして、音訳・点訳・テキストデータ化をする必要がある。
  本報告では、今日、そのほとんどが無償ボランティアによって担われている音訳・点訳・テキストデータ化のうち、テキストデータ化を取り上げて、この作業に費やされているコストを試算する。
<方法>
  書籍のテキストデータ化は、まず、書籍をスキャナーで読み取り、それをOCRソフトでtxt形式に変換し、続いて、このデータ形式の変換の際に生じた文字の誤認識を修正するという手順で行う。
  OCRソフトの文字の誤認識の程度を規定する要因には、字体、他言語やルビの混在の度合い、段組や図表の有無、紙質などがある。これらの要因の違いによるコストの変化を確認し、比較を行う。

 
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■P51
 平 直子(西南学院大学社会福祉学科)
 「精神医療保健福祉サービスへの精神科医療ユーザーの参加」
 第1希望:B

  イギリスのユーザーの体験イギリスでは、近年、利用者の参加(user involvement)が、医療、及び社会的ケアサービスにおける重要な概念となっている。公的サービスへの消費者主義の導入、利用者主体のサービスを求める障害者運動の発展に伴い、利用者のサービスへの参加が進められてきた(Glasby et al., 2003)。2001年の健康、及び社会ケア法(Health and Social Care Act)で、国民保健サービスにおける精神科医療ユーザー(以下、ユーザーと略す)の参加が義務付けられたことなどから、精神医療保健福祉サービス(以下、サービスと略す)でのユーザーの雇用が進められている。しかし、参加は、必ずしも良い結果をもたらしてはおらず、利用者が無視されたり、表面的な参加に終わったりもしている(Beresford, 2003)。日本でも、ユーザーを雇用する地域活動支援センターなどが出てきており、今後、ユーザー主体のサービスにしていくためには、ユーザーの参加の促進と共に、ユーザーの力を活かす仕組みを早急に作ることが必要である。
  ユーザーのサービスへの参加の意義、参加におけるバリアなどを把握し、ユーザーの力をサービスに活かす方法を探ることを目的として、2008年6〜7月にサービスに関わっているユーザーに対して個別インタビューと自記式調査を行った。
  ユーザーの参加が、組織のシステムを変えるには限界があるものの、専門家の価値観、態度、考え方などに変化を引き起こし、ユーザーの視点がサービスに活かされたと感じていた。そして、ユーザーの力を活かすためには、ユーザーの力の認知を基盤として、組織構造の変化、財源の確保などが必要だと考えていた。イギリスで行った小規模の調査であるが、その結果から、今後、日本でユーザーの力をサービスに活かすには、どのような仕組み、支援が必要なのかを考える。

Beresford, P. (2003) 'Fully engaged', Community Care, 13-19 November, pp.38-41
Glasby, J. et.al. (2003) Cases for change: user involvement. London: Department of Health/ National Institute for Mental Health.

 
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■S50
 田中 みわ子(東京家政大学)
 「イギリスにおけるディスアビリティ・アートと障害文化の政治的共同性――パフォーマンスの身体に着目して」
 第1希望:A

  本報告は、1970年代に生まれたイギリスのディスアビリティ・アートについて発行されている二つの雑誌Disability Arts Magazine (DAM, 1991-1995)及びDisability Arts in London Magazine (DAIL, 1986-2008)を主に分析することによって、イギリスにおけるディスアビリティ・アートの特徴を明らかにすることを目的とする。そして、ディスアビリティ・アートを実践する人々が、障害の文化的表象をどのように捉え、また変えようとしているのかを、パフォーマンスの身体に追究する。そこから、障害文化の政治的共同性と呼びうるものを描き出してみたい。
  ディスアビリティ・アートは、絵画、音楽、ダンス、演劇、詩などあらゆるジャンルにわたる総合的な芸術であり、1970年代以降の障害者運動の文脈において、障害のある人々の「誇りと怒りと強さ」から生まれた芸術運動である。それは、障害の社会的、文化的意味に挑戦し、文化的表象の形態を批判する実践であり、障害文化の可能性として位置づけられてきた。本報告では、その実践を、「障害のアファーマティヴ・モデル」、「アートセラピーからの断絶」、「障害文化」という三つの観点からみていく。
  ディスアビリティ・アートの実践は、障害者運動の中においても独自の特徴をもち、多分に政治的運動であり、政治的闘争の側面をもつものである。本報告では、パフォーマンスの身体に着目することによって、そこにみられる共同性を「政治的共同性」として捉え、それがどのような問題を孕み、どのような可能性に開かれているのかを、イギリスの現代アーティストであるマーク・クィン(Mark Quinn)の作品を事例として考察する。

 
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■P49
 河村 真千子(東京大学大学院経済学研究科特任研究員)
 「障害と非障害の狭間で生きる障害者の兄弟姉妹――文化・社会的な適応」
 第1希望:B 第2希望:A→決定:B

  障害者の兄弟姉妹(以下、きょうだいと表記)の社会適応や心理的な問題に関する研究は、これまで主に家族システム理論の観点からおこなわれてきている。そうした背景から家族支援が提唱され、きょうだいへの支援も着目されつつある。本研究においては、そうした先行研究の知見を概観したうえで、文化的視点に立脚し、検討する。
  文化心理学の理論的枠組みにおいては、文化的で社会的な適応をするときにもたらされる心理学的な過程は、関連した文化的複合体の個人の内部の位相として概念化されると考える。心の要素と社会の要素の両方からなる複合体を分析のユニットとする視点に立脚し、認知とは根本的に社会的であり、その性質は社会の性質に由来し、同時に社会の性質の構成要素になっているということに焦点を置いている。つまり、社会の性質と個人の心の性質を、片方から他方を演繹できるような別々の属性として考えるのではなく、一つの複合体の別々の側面としてとらえる。すなわち、文化的視点からきょうだいの社会・心理的適応について分析するということは、きょうだいのもつ個々の心理プロセスを、社会・文化システムの一部、一つの位相として概念化するということである。そうした時、きょうだいの適応の形態の相違は、純粋に個々の心理学的な産出物ではなく、様々な社会的で文化的な過程によって、結果として産出され、引き起こされる。
  実際に、きょうだいの社会・心理的適応の形態は、さまざまである。よって、ある種の関係性が、他の形態の関係性よりも何らかの意味で「望ましい」とか「良い」と判断する根拠が極めて乏しいように思われる。関係性の性質の相違、バリエーションを、「進化」の枠組みで解釈しようとすることが、問題性を孕み、問題の本質的理解を歪めてしまう。よって、きょうだいの社会適応・心理的な問題は、文化慣習とそれに連動した心理傾向を系統的に探索する視点から理解する必要がある。

 
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■P48
 磯野 博(静岡福祉医療専門学校)
 「障害者雇用における保護雇用のあり方に関する一考察――障害者の所得保障のあり方を視野に入れて」
  第1希望:A 第2希望:B →決定:B

  昨今、日本においても、障害者権利条約の批准に向けた動きが加速してきており、引き続き、労働・雇用分野における「合理的配慮」のあり方が課題になっている。それらの課題は、昨年度全国福祉保育労組とJDが行った障害者雇用に関するILOへの提訴へのILOからの報告書をとおして、より具体化されている。この報告書は、ILOの各種条約や関連する勧告と提訴との関連を指摘し、日本の障害者雇用の問題点を逐次的に指摘している。
  一方、世界同時不況の影響から、障害者に留まらず、母子家庭や外国人といった社会的弱者を含めた新たな保護雇用のあり方が模索され、その一部は補正予算などにより具現化されている。
  本研究では、昨年度の大会において、JDの研究を活用し、諸外国の障害者に対する保護雇用と所得保障の状況を概観すると同時に、障害者の労働・雇用分野において「合理的配慮」を具現化する保護雇用のあり方を探求してきた。そして、障害者の保護雇用が、他の社会的弱者に対する保護雇用として波及効果を及ぼす可能性についても言及してきた。
  その後、本研究は、国内における障害者雇用の特徴的な取り組みである滋賀県の社会的事業所に関するヒアリングを行い、また、この滋賀県の社会的事業所に触発され、独自の保護雇用の取り組みを行っている各地のヒアリングを予定している。
  今回の報告をとおして、各地の障害者への保護雇用に関する取り組みと国内外の状況を概観し、今後のわが国の労働弱者全体に対する保護雇用のあり方に関する問題提起を改めて行っていきたい。
  それらをとおして、現在制度的に硬直しているという評価もある障害年金の今後のあり方を、障害者の稼得能力との関連から再検討していく道筋も見出していきたい。

 
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■P47
 安原 荘一(一橋大学大学院博士課程単位取得退学)
 「アフリカ(ケニア)における「伝統的精神医療」報告――近代精神医療に対する「オルターナティヴ療法」の可能性を探る」
 第1希望:A 第2希望:B → Bでも可との連絡 →決定:B

  現在、西欧近代精神医療システムに対して、特に欧米系の当事者運動から強い批判の声が上がっている。その論調は多様であり、いわゆる「全面否定派」「批判的利用者」「代替療法追求派」等におおまかに分類することが出来るように思われるが、いずれにせよ「代替療法」に関する関心は高く、様々な「代替療法」を公式に認めるよう(健康保険等の適応対象にすること)、ENUSP、WNUSP等の当事者団体はEU政府に対して現在公式に要求している。
  しかしながら一口に「代替療法」と言っても、当然のことながら、様々な「療法」が存在する。発表者は、ケニアで、現地の当事者団体の方のご支援で「ムスリム伝統的治療」「マサイ族の伝統的治療」を受ける機会を得ることができた。
  なお「代替治療」「伝統的治療」に関しては、WHO等も現在注目しており、詳しい調査も現在なされている。
  本報告では、アフリカにおける「代替治療」の本邦における研究、発表者自身の治療体験、現地調査団体による報告書等をふまえ、その現状をレポートすると共に、その宗教的側面において、いわゆる「主体―客体」図式(医師が患者を「対象化」して「病」を「診断」、「治療」する)ではなく、治療者も患者も原理的に「神の前では平等」である点、「伝統的治療」は広い意味での「宗教的実践」でもあることの意味を、「ケア」という観点からより積極的に考えてみたい。
  それは(近代)精神科医と患者の間にどうしても存在してしまう「非対称的権力性」(「当事者主権」「インフォームドコンセント」を強調すればするほど、逆に浮かび上がってきてしまう)を今後考えぬいていく上でも大きなヒントになるものと思われる。

 
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■P46
 渋谷 光美(立命館大学大学院先端総合学術研究科)
 「家庭奉仕員制度の国家政策化の背景に関する考察」
 第1希望:B

  家庭奉仕員制度は、1950年代後半に上田市をはじめとする長野県の家庭養護婦派遣事業や大阪市の家庭奉仕員制度等で先行的に始められた自治体での事業成果が著しいことから、1962年には国庫補助事業となり、1963年の老人福祉法制定時に国家政策となった。
  その背景として、老人問題が社会問題化していたことが考えられる。老人層の貧困による生活問題や、私的扶養の困難性の顕在化などによる。当時の低所得者層の老人世帯、特に独居老人世帯で生活に支障が生じた際、近隣の相互扶助を含めた私的扶養が困難であれば、社会的扶養が必要となったが、対象老人の施設保護を保障できるだけの施設数はなく、できる限り居宅での生活を継続させる施策として創設された。すでに海外には、ホームヘルパー制度が存在していたことも鑑み、老人家庭奉仕員制度として国策化されたのである。
  家庭奉仕員制定当初は、大都市を中心とした事業展開で、家庭奉仕員の人数も限られていたが、在宅におけるいわゆる寝たきり老人対策として位置づけられてから、家庭奉仕員の大幅な増員と事業の全国展開がなされていった。
  国策化の過程で、そのような家庭内における奉仕員は障害者こそ必要としているから、障害者施策としても立案要求をしたいとする意見が出されたという。老人と障害者との両方の施策化では、共倒れになる可能性があるから、まずは老人に対して成立させてからという折衝がなされたとされる。障害者家庭奉仕員派遣事業は1967年に創設され、 1970年には心身障害児家庭奉仕員事業が実施されている。それらの事業実態は、よくわかっていないが、そもそも、長野県における家庭養護婦事業では、障害者世帯に対しても養護婦が派遣されていたのである。長野県の事業には、派遣対象世帯を限定していない事業展開を行っていた点での先進性もあったといえる。
  さらに、家庭奉仕員制度の供給側として、誰に家庭奉仕員の仕事を担わせるのかの問題があった。当時、戦争未亡人など寡婦問題がその背景にあり、家庭奉仕員制度の供給側の対象者として位置付けられ、政策化された側面もあったことがわかる。
  本報告においては、以上のような家庭奉仕員制度国策化の背景を中心として、今後さらに検討を重ねていくための考察を行いたいと考える。

 
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■P45
 北村 健太郎(立命館大学衣笠総合研究機構ポストドクトラルフェロー)
 「「ヘモフィリア友の会全国ネットワーク」の結成」
 第1希望:B

  本報告では、日本の血友病患者会/コミュニティの最新の状況を報告する。
  血友病患者会は医療施設または地域ごとに結成され、活動を続けてきた。しかし、いわゆる「薬害エイズ」から深刻な影響を受け、患者会の活動を縮小あるいは停止せざるを得ない状況に追い込まれたところも少なくなく、全国ヘモフィリア友の会は休止状態となっている。
  けれども、新しい血友病者も確実に生まれ、血友病をめぐる諸問題が絶えない中、血友病者本人の声を束ねる必要を実感しつつあった。他方、医療者側は2004年から毎春、日本血栓止血学会学術標準化委員会血友病部会の主催による「患者と医療者との血友病診療連携についての懇談会」を開催してきた。各地域の代表者は、懇談会で意見交換を重ね、徐々に全国組織再建の必要性を共通認識として確認した。同時に、新たな全国組織は、各地域の独自性を踏まえた緩やかな連絡体、ネットワーク形式とする趣旨も確認された。2007年3月、メーリングリストを活用したネットワーク準備会が発足し、数名の世話人による運営が始まった。
  翌2008年初頭、「特定フィブリノゲン製剤及び特定血液凝固第IX因子製剤によるC型肝炎感染被害者を救済するための給付金の支給に関する特別措置法」の国会審議にあたって同準備会を中心に同法の不備を指摘する「意見書」を提出した。代表世話人である佐野竜介(京都ヘモフィリア友の会会長)が衆参厚生労働委員会で意見陳述を行ない、国会決議につながるなど早々にネットワークの実効性が証明された。同年3月、全国20の患者会で「ヘモフィリア友の会全国ネットワーク」が正式に発足し、現在は25である。ネットワークは、国会決議に基づいて厚生労働省とC型肝炎問題の協議を続けている。2009年2月1日から第VII 因子血液製剤「ノボセブン」の薬価大幅引き上げの問題でも、情報集約等を行なっている。ネットワークの今後の活動にも注目していきたい。

 
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■P44
 櫻井 悟史*・鹿島 萌子*・池田 雅広* *立命館大学大学院先端総合学術研究科
 「音声認識ソフトを用いた学習権保障のための仕組み」
 第1希望:B

  本報告の目的は、大学や大学院の講義、研究会やシンポジウムの口頭報告における聴覚障害者への情報保障をいかに行なうかについての一つの仕組みを紹介することにある。これまで大学における講義等の情報保障については、手話通訳、ノートテイク、パソコン要約筆記などが用いられてきた。それらが重要であるのは間違いないが、要約筆記者にかかる負担、かかる人手の量の多さといった問題もある。そういった問題を解消する一つの手段として、音声を文字に自動変換するソフト(以下「音声認識ソフト」)を用いる仕組みが考えられる。
  音声認識ソフトを用いた先行研究としては、会議情報保障支援を目的とする、NTTサイバースペース研究所による、NTTが開発した音声認識エンジンであるVoiceRexを用いた一連の優れた研究がある。本報告は、その知見を参照しつつ、アドバンスト・メディア社が開発した音声認識エンジンAmiVoiceを用い、聴覚障害をもつ大学生ならびに大学院生等にたいする学習権保障の可能性を模索するものである。AmiVoiceはVoiceRexと違い、テキストデータを用いてエンジンを自在にカスタマイズできるため、ともすれば専門的な用語が飛び交う講義や研究発表の場にも対応できることが期待される。その効果のほど、あるいは実用に足るかどうかは、第6回障害学会大会において試験的な運用を行なうので、そこで得られた結果から別途報告することとする。本報告では、音声認識エンジンAmiVoiceの紹介、各種ソフトの解説、2009年4月から2009年7月までの三ヶ月間にわたる立命館大学大学院先端総合学術研究科の講義「公共論史」における試験運用で得られた知見等を報告し、そこから浮き彫りとなった課題・論点を示すことで、今後の研究の端緒としたい。

 
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■P43
  臼井 久実子(東京大学大学院経済学研究科)
 「「ともに働く」の追求――大阪エリアの障害者運動(1980−90年代)を中心に」
 第1希望:B

  障害者が社会のあらゆる分野に参画することは、いまも残された大きな課題である。とくに「働く」ことをめぐる問題は、記録も運動史上の整理も十分になく、ミッシングリンクと言える。「障害者がこの社会で働くこと/働くうえで必要な援助をうけ、まともな所得をえるありかた」をめざして、過去にどんな問題意識と取り組みがあったかを見ることは、今後につながる問題でもある。
  障害者に関わる国の政策は、「身辺自立」と「職業的自立」をめざし可能な限り働くことを大前提とし、「訓練して就職」することや「福祉的就労」を進める一方、事業所に「一般雇用」を促してきた。生存と就労が強く結び付いている社会構造は前提とされ、「身辺自立」や「職業的自立」をめざせない人やめざさない人は、存在しないことにされてきた。そうしたなかで、障害当事者の運動は、それとは異なるありかたを構想してきた。つまり、<働く・働けない・働かない>のいずれにも優劣順位をつけずに、誰でも最低限の所得保障と介助・援助を得て生活していけるありかたである。そして「働く」課題に取り組んだ運動のなかには、障害ゆえの労働市場からの排除を問題にし、「ともに働く」ことを追及していく流れがあった。
  その流れのなかには、受験拒否や採用拒否、職場での虐待などの直接的な差別に対する個々の取り組みがあり、大企業や官公庁に率先した雇用を求め、雇用率を満たさない事業所名を公表させようとする運動があった。また、「失業者にもなれない障害者」を掲げて職業安定所への求職登録を進めるキャンペーンや、援助者をつけて働くありかたを地域に根付かせるためのさまざまな取り組みも進められた。
  このポスター展示では、無認可作業所などを拠点に、活動が積極的に行われてきた1980年代から90年代の大阪エリアで、「ともに働く」を目指した障害当事者の運動がどのように展開されてきたのかを年表に沿って見ていきたい。また、当時の冊子やチラシなどの発行物も手にとれる形で展示する。

 
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■S42
 片山 知哉(立命館大学大学院先端総合学術研究科・横浜市総合リハビリテーションセンター)・山田 裕一(熊本学園大学大学院・障害学生パートナーシップネットワーク)
 「ふたつの構造的抑圧――専門家支配と能力主義に抗して自閉文化の存在意義を擁護する」
 第1希望:A

  我々はこの報告で、自閉文化の存在意義の擁護に必要な、規範理論的議論図式の提出を試みる。
  無論、自閉者という自己規定を持たない我々報告者が、自閉文化の内実を規定しようと考えているのでは毛頭ない。その文化のあるべき姿を示すのは、現にそこに集う自閉者であるべきなのは明白である。そうではなく我々が企図するのは、自閉文化を巡って生じているふたつの構造的抑圧を指摘し、そこにある不正義を批判するというものである。
  第一の構造的抑圧は、「専門家支配」である。医療や教育の専門家は、「真理」を操作することで自閉文化の自律性を阻害している。現存する専門家による「診断偏重主義」以外に、学術的領域に於ける二種類の抑圧様式を見てみよう。
  1)自閉症は「文化継承の能力障害」を持つとする議論。つまり、自閉者が独自の文化を創出し、維持し、共有することを生物学的議論を用いて否認する立場である。Tomaselloに見い出せるこの主張を、我々は文化継承及び文化内容についての「定型発達者中心主義」によるバイアスであることを論証する。
  2)自閉文化を「認知特性へと還元」する議論。TEACCHに見い出せるこの立場は、自閉文化の実在を承認する点で評価できるようにも思えるが、彼らの議論では自閉文化は継承されるものではなく、自閉者が生得的に有する身体状況へと自閉文化概念を矮小化している。換言すれば、「自閉者同士の関係性を軽視」した立場であり、その点を批判すべきと考える。
  第二の構造的抑圧は、「能力主義」である。多様性を称揚し、複数の文化の共存を唱える多文化主義は、現代を生きる我々にとって既に馴染んだものであろう。しかしこれは時に、しかも容易に、周囲に対して独自の文化集団であるとする存在証明や承認の要請に掛かる負担を、本人の側に求めることに堕する。例えばそこには、定型発達者の側が理解しやすく、感情を害さず、つまりは消費しやすい自閉文化像とその提示のされ方が、ごく当然のこととして求められることも含まれよう。
  我々はこの傾向に対して、「匡正的正義論」によって反論する。近代国家は一貫して、国家内の多様性を抑圧し均一な文化集団を作り上げようとするネイション形成に従事してきた。その一機構が既述した専門家支配であった。現時点に於いてもこの過程は続いており、表面上は多様性包摂を重んじていても、実際には明らかな地位のヒエラルキーがあり、定型発達者中心主義を人々は内面化してしまっている。こうした歪んだ力場に於いて、「文化に於ける自助努力の要請」を公正なものと認めることはできず、その歪みを匡せという主張こそ公正と呼びうる。
  我々の報告は、ふたつの動機によって成立している。
  ひとつは、医療や教育の専門家による診断に必ずしも拠らない、定型発達者中心主義への違和と、各々の感受性や行動様式への相互承認を軸とした現にある集いの様式への単純な驚きである。本報告で用いた自閉文化という語彙には、そのような生の様式を排除しない意味を込めている。
  そしてもうひとつは、現在尚も続く障害文化を巡る議論の混乱への不満である。その意味で本報告は部分的に、報告者の一人が行った昨年の障害学会大会における口頭報告(「文化をめぐる分配的正義――特にデフ・ナショナリズムの正当化とその制約条件について」)との連続線上でも捉えられる。
  我々のこの試みが、この国家と社会における不正義の打開に少しでも寄与できることを願っている。

 
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■P40 報告辞退

 
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■P40
 青木 千帆子*・渥美 公秀* *大阪大学大学院人間科学研究科
 「障害者労働の場にある交換に関する人類学的試論」
  第1希望:B

  昨今文化人類学においては、市場交換と贈与という2つのシステムがひとつの社会のなかでどのような相互関係を保ちながら並存しているのかを分析する研究が盛んになされている。モノは独占され交換されることによって商品となり市場交換の文脈に埋め込まれる。同様に、モノが分配され共有されればそれは贈与の文脈に埋め込まれるものとなる。このような研究は、贈与と市場交換の関係を二項対立的に扱ってきた人類学的研究に対するアンチテーゼであると同時に、市場交換に対し無力化され続けてきた贈与に意味を取り戻すための取り組みである。
  一方、障害者労働に関しては、例えば作業で求められる機能や能力に関しどのような場合にそこから派生する選別が認められ、その傍ら「働けない身体」がどのように正当化されるのかという議論が多くなされてきた。それらは概ね労力の市場交換に基準を置き議論するものである。
  本発表においては障害者の労働の場を事例とし、そこにある交換システムに関して先述したような人類学的観点を参照しながら分析する。労働の場には市場交換だけではなく贈与も存在し、しかしながら2つの交換システムによる説明がいびつに混同されることで「仕事」に関する不安定な語りが存在することを指摘する予定である。
  当日は、発表者が障害者従業員を雇用している事業所Xにボランティアスタッフとして属しフィールドワークを実施した際のフィールドノートを分析の対象とする。フィールドワークは2008年9月から現在も継続している。また、発表者は2002年4月〜2005年3月まで関西圏に所在する身体障害者通所授産施設Yにて作業指導員として働いていた。当時の経験や、今日における同僚との会話も参照する。

 
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■S39
 高木 章成(法政大学大学院政治学研究科政治学専攻博士後期課程)
 「障害者による被選挙権行使の政策・制度上の課題――法的規制と「情報保障」」
 第1希望:A 第2希望:B

  【問題の所在】
  2006年に採択され、日本も翌年署名した「障害者の権利に関する条約」は、第29条で障害者の政治的及び公的活動への参加の保障を規定している。ところが、実際に障害当事者が、これらの参政権を行使しようとするとき、障壁が存在する。本報告は、被選挙権を中心に、政策・制度上の課題を、行政学の見地から明らかにするものである。
  【報告の概要】
  日本において選挙運動とは、判例・通説によれば「特定の選挙について、特定の候補者の当選を目的として、投票を得又は得させるために直接又は間接に必要かつ有利な行為」であると解されている(大審院1928年1月24日判決など)。政治学的に換言すれば、「候補者の当選を得る(得票を最大化する)ために選挙民に働きかける行為」である。
  日本において選挙運動は1925年の普通選挙法以前から選挙は取締りの対象とされ、戦後もほぼ一貫して選挙運動の容態は厳しい規制の対象とされてきた。すなわち、選挙の「公明且つ適正」(公職選挙法第1条)という目的のもとに、憲法で保障された政治活動の自由が制約されているのである。
  報告者は、これらの規制は障害者が選挙運動に参加し、有権者への情報提供をしようとするときに、特に障害者に対して著しく制約を課すものであると考えている。選挙運動に携わる者が健常者であることを前提としているためである。(この点を争ったものとして「玉野事件」(大阪高判1991年7月12日)がある。)
  さらに、障害者が公職の候補者として選挙運動を行う場合には、それらに必要な支援は援助者が無償で行わなければならない。選挙運動に対して対価を付与することを、公職選挙法は原則として禁じているためである。
  報告者自身、肢体不自由・発音障害を持ちつつ、本年7月12日執行の東京都議会議員選挙に立候補し、選挙運動を行った。この体験を踏まえつつ、障害者が選挙運動に携わるにあたっての課題を明らかにし、政策提言をつなげたい。

 
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■P38
 伊藤 佳世子(立命館大学大学院先端総合学術研究科)・川口 有美子(立命館大学大学院先端総合学術研究科・NPO法人ALS/MNDサポートセンターさくら会)/川島 孝一郎(仙台往診クリニック)・野崎 泰伸(立命館大学衣笠総合研究機構ポストドクトラルフェロー)
 「ALS――人々の承認に先行する生存の肯定」
 第1希望:A→第1希望:B→決定

【目的】筋萎縮性側策硬化症(ALS)の発症から在宅人工呼吸療法開始までの間に、3名の女性患者が置かれた状況から、生存に必要不可欠な治療を支える支援の在り方について考察し提案する。
【方法】1,仙台・千葉・東京在住の女性患者3名の事例を紹介する。
2,3名の在宅療養環境整備に深く参与し、長期にわたって患者、家族、支援者に複数回のインタビューを実施した。
3,疾患が進行していく中で、家族・医療従事者・自治体福祉職員・患者会による支援を時系列に図表化し、在宅生活支援プロトコルを作成した。
4,3の表より、現行制度に加え新たなサービスも提案して、ALSの生存に不可欠な医療福祉サービスの在り方を展望した。
【結論】現在の制度では、ALS患者は自らの意思だけでは呼吸器装着を決定できない。介護保障が欠如している中で生きる/介助していく決意を固めるのは極めて困難である。ALS患者の生存のための方策を二つ提案する。
 ひとつは、人工呼吸療法の単身者を支える制度と在宅医療福祉サービスの基盤整備を地域間格差なく広く達成することであり、ふたつめには、そのようなサービスの充実も地域や家族の承認も待たずに、先に治療をしてまず生きる/生きさせることである。いったん治療を開始しさえすれば、ALSの治療停止が認められない現法制度の下でなら、必要な支援を生み出すことができる。

 
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■P37
 地主 明広(NPO法人そら・同志社大学大学院博士後期課程)
 「意味の障害/障害の意味 ――「心」のありかと障害学」
 第1希望:B

  障害学において個人と社会の関係性への注目が進むとともに、関係において意味的に相対化できないインペアメントへの注目もまた進んでいる。そこでは、インペアメントの物質性と、それに社会が与えた意味を区別する必要が言われもする。
  インペアメントの物質性は、それがはじめから「痛み」になることが定められているのではなく、多くが当事者自身による広義の「意味」付与に開かれているという意味で、相対的なものである。ところが、自らの体験を別様でもありうるものと反省的に意味づけることを苦手としている人々にとって、意味はただそのようにしかありえないものとして現れやすい。たとえば重度知的障害者と呼ばれる人々である。
  この場合、当事者によって意味を与えられているのは、物質性としてのインペアメントよりも先に、世界そのものである。そこで、定型発達者による意味付与との差異が生じ、インペアメントとして指摘される。比較的に新しい支援方法はここで差異を一方的に解消させるべく、意味を通じた反省を経由せずに、固定的な意味が生成されるように(また、異なる意味が排除されるように)環境を操作する。これはTEACCHに象徴的である。
  ところが、これが心身二元論的な理解と結びつけば、周囲は内面としての「心」にインペアメントを原因帰属させやすい。その解消にいかなる方法を採用しようとも、意味づける当事者の心・精神に問題があると理解されるならば、定型発達者にとって「わかりやすい」世界のあり方は疑われず、「障害者のための」環境を別に用意することで終わる。
  したがって、世界を意味づけることの障害に苦しむ人々を社会的に支えるために必要なのは、優勢的な意味の社会的構築性の暴露のみならず、「心」を身体から環境へと外部化して捉える理論である。そうした理論を実践の基盤として標榜しながら、環境を操作する支援方法は用いられるべきであり、ここに障害学が「心の科学/哲学」と連携する道が拓かれる。

 
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■S36
 高森 明・近藤 武夫
 「発達障害と貧困――アスペルガー当事者を中心として」
 第1希望:A 第2希望:B

  近年、非正規雇用で働く貧困層が社会的に注目されている。こうした中には、職場で人間関 係が不器用,仕事の段取りが悪いなどといった理由から孤立、排除されやすい「不器用な若 者たち」が存在することが言及されている。また彼らの中には軽度知的障害、精神障害の当事者であるものの、労働にも福祉にも十分つながれていない「グレーゾーン」の障害者が少なからず存在すると言われている(川添誠・湯浅誠編『「生きづらさ」の臨界 "溜め"のある社会へ』2008年 旬報社)。発表者らは、高機能自閉症・アスペルガー症候群の当事者たちと自助グループなどに関わることが多く、その体験から「不器用な若者たち」の中に未診断,中途診断で支援を受けてはいないものの、診断を受けた発達障害当事者と同種、同程度の困難のある人々が少なからず存在しているという印象を強く持っている。しかし、そうした人々は何らかの支援団体,支援機関にアクセスしている当事者に比べて、その来歴や暮らしについての情報が少なく、調査もほとんどなされていないのが実情である。
  発表者らは、かつて「不器用な若者たち」として働き、その後貧困も経験したアスペルガー症候群の当事者2事例のヒアリング調査を行った。調査に当たって特に注目したのは、 彼らの子どもの頃から現在に至るまでの生活条件(学校環境、家庭環境、経済力、受けてきた教育、職場環境、人間関係など)である。2事例に限られるために一般化は難しいものの、学齢期における家族や友人からの孤立無援状態があること、成人期において就労や生活上の困難に直面した際に、社会資源へのアクセスから排除されていたことが共通して存在していた。またこのことは、社会資源についての情報不足、周囲との交渉の困難、本人や障害に対する否定的態度などが原因であった。
  特に,同じ貧困状態を経験した場合でも、その人が発達障害等の障害を持っているという医療的診断,または,本人がホームレスを実際に経験するなど,困難の存在について何らかの社会的な承認を受けた時点と,そうでなかった時点で,得られた社会資源にどのような違いがあるのか,またそれが当事者の生活の在り方をどのように変えたのかに注目し議論する。

 
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■P35
 杉村 直美(愛知県立日進西高等学校)
 「発達障害理解のための自記入式質問紙の有用性の検討――学校文化と特別支援教育」
 第1希望:A 第2希望:B→決定:B

 近年、発達障害も視野にふくめた特別支援教育の必要性がさけばれるようになってきている。しかし、学校、とくに高等学校においてその実現は困難である。その背景には、発達障害概念が浸透しておらず、かつ学校が「生徒に対して平等にひらかれている」ことを建前としており、成績の付け方、評価の仕方など細部にわたって制度化されていることがある。特別支援教育とは、これらに変化をせまるものである。しかし現場の教員は、そうした変化を「平等」をつきくずす「特別扱い」とみなすケースが多い。したがって、特別支援教育を推進するためには、教職員が発達障害概念を理解するとともに、現行の制度にどのような変更を加えうるのかを考えるための基礎が必要になる。そのための方策として、報告者は「発達障害傾向をもつ生徒のための自記入式質問紙」を試作した。特別支援教育に関心はなくても、生徒自身が記入したものを無視できる教員はすくないからである。この質問紙のねらいは二つである。教員が学校生活上困難をもつ生徒の特徴を理解し、その支援方法を考案するきっかけとなること、もう一つは、生徒が自己の特徴をつかみ、学校生活で困難な点への支援をうけやすくする土壌をつくることである。
 質問紙作成のための基礎研究として、既存のチェックリスト(学校現場で、多用されている平成14年度文科省が学習障害(LD)、注意欠陥/多動性障害(ADHD)、高機能自閉症など、通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する全国実態調査を行う際に作成された「児童生徒理解に関するチェックリスト」をはじめ、診断基準や、評価シートなども含む)を網羅的に蒐集・比較検討した。その結果、既存のシートが、観察者用にできている、当事者の視点に欠けるなど、「医療モデル」にそって作成されていることが明らかになった。

 
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■P34 辞退

 
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■S33
 新関 良夫(独立行政法人国際協力機構国際協力専門員)
 「障害分野におけるナレッジ・マネジメント導入の試み――APCDUプロジェクトにおけるSbKM」
 希望:A

  ナレッジ・マネジメントというと経営理論であり、障害分野とどのようなかかわりがあるのだろうと疑問に思われるであろう。確かにナレッジ・マネジメントは、日本の製造業の経営分析から導かれた理論であり、近年多くの民間企業において激動の時代に対応する経営理論として導入が試みられている。しかし、ナレッジ・マネジメントの根幹は、個人の暗黙知を源とする知識創造のプロセスであり、知識創造を伴う活動にはすべて適用可能な非常に普遍性のある理論なのである。
  今回の発表では、まずナレッジ・マネジメントの本質を述べ、障害分野におけるナレッジ・マネジメント導入の試みとして、JICA(国際協力機構)が実施しているアジア太平洋障害者センター(APCD=Asia-Pacific Development Center on Disability;以下、APCDプロジェクト、と略す)の事例を取り上げる。
  APCDプロジェクトは、障害者のエンパワーメントと社会のバリアフリー化を目指し、2002年に第1フェーズが開始された、拠点をバンコクに置く広域プロジェクトであり、現在は第2フェーズを実施中である。
  ナレッジ・マネジメントでは、知識を暗黙知と形式知に分類し、両者の変換によって、新たな知識を創造するが、新たな知識の根源は、個人の暗黙知である。そこで、障害者の持つさまざまな思いや経験を暗黙知として捉え、それらをいかに共有して活用するかについて、ナレッジ・マネジメント理論を適用することを試みた。
  具体的には、障害者や障害者組織の活動を、障害者の暗黙知が共有・活用されていく過程として捉え、それをビデオ・ストーリーとして取りまとめ、作成したビデオを通じて、新たな行動を促す、という試みである。ストーリー創造に基づくナレッジ・マネジメントであるのでSbKM(Story-based Knowledge Management)と命名した。
  既に、数カ国を対象にビデオ・ストーリーが作成され、ラオスでは、はじめての障害者に関わるビデオとして国営放送で放映された。フィリピンのNHE(Non Handicapped Environment)をテーマとして作成されたビデオ・ストーリーは、バリアフリー啓発ビデオとして映画館での上映が見込まれ、年間700万人が見ると想定されるほか、パキスタンで作成中のビデオは12月3日の国際障害者デーに政府要人を迎えて、完成セレモニーを開催することが予定されている。
  知識創造の成果物として作成されるビデオ・ストーリー自体が重要であることはもちろんであるが、知識創造のプロセスであるビデオを作成する過程も重要である。APCDプロジェクトの支援の下で、障害者たちが自らの活動を自らビデオ・ストーリーとして纏め上げていくプロセスもまた、障害者の持つ思いを広く関係者と共有していくプロセスでもあるからである。

 
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■32
 本多 創史(東日本国際大学福祉環境学部)
 「明治期における不良少年の矯正・知的障害児の教育と「国民」矯風事業」
 第1希望:A 第2希望:B

  本報告では、明治期日本の不良少年感化事業と地方改良事業とを取り上げ、不良少年に対する感化訓育が「国民」一般にまで向けられていく過程を考察する。一般に、感化事業は、社会福祉史において取り上げられ、地方改良事業は政治史や政治思想史、民衆思想史において取り上げられる。本報告では、人々の生の規律という観点から両者を関連づけて取り上げようとするものであり、その意味で従来の如何なる研究とも異なっている。
  ミッシェル・フーコーが述べているように、近代以降の権力は、主権に一元的に帰属させ得るようなものではなく、むしろ、いたるところに出現し、人々の生のありようを方向づけている。このような権力観に立つならば、障害者の教育と訓練といい、貧困者の自立支援プログラムといい、不良少年の感化といい、いずれも、人々の生のありようを変え、ある一定の方向へ向かわせようとするものであるから、近代的な権力の問題として理解できよう。本報告では、こうした視点から明治期における不良少年の感化事業を整理していくこととするが、その際、不良少年の感化方法と同一の方法が知的障害児教育の分野に適用され、また、不良少年は知的障害児であるとされたりしているなどといった興味深い事実についても言及したいと思う。
  その後、感化事業は、不良少年になる以前の段階に介入しようとする。具体的には「善良なる」家庭と社会環境の創出へと突き進む。この「善良なる」家庭と社会環境の整備は、感化救済事業の発展であると同時に地方改良事業の一部でもあった。不良少年が出現しないよう、各町村では有力者が善き家庭作りを推奨し、自治体は、禁酒を勧め、勤労を勧め、「健全なる」社会環境を整えていくのである。それは、不良少年の出現防止策が、そのまま善き町村の内容を構成する事態の出現であり、善き「国民」とは不良ではないということを意味していた。
  以上のように、本報告は、不良少年の感化事業を原型としながら「国民」育成と地域振興が語られていくという点を中心に考察するものである。

 
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■S31
 堀 智久(筑波大学人文社会科学研究科)
 「自らの専門性のもつ抑圧性の気づきと臨床心理業務の総点検――日本臨床心理学会の1960/70」
 第1希望:A 第2希望:B

  われわれは、専門家批判というと、1970年代以降の障害者解放運動や自立生活運動による専門家批判を想起しがちだが、専門家自身による専門家批判がなかったのではない。1969年5月の日本精神神経学会金沢大会を契機として、いくつかの精神医学関連学会では学会改革運動が展開される。本報告では、とりわけ、自らの専門性に対してきわめて自己批判的な実践を行ってきた日本臨床心理学会の学会改革運動に光を当てる。
  本稿の目的は、日本臨床心理学会の学会改革運動から、これに関わってきたクリニカルサイコロジストが、いかにして自らの専門性のもつ抑圧性に気づき、臨床心理業務の総点検を行ってきたのかを明らかにすることである。具体的には、1970年代を中心に、文献調査や聞き取り調査から、日本臨床心理学会の学会改革運動のなかでなされた議論の展開を追う。本報告では、日本臨床心理学会の学会改革運動の展開から、彼らが、いかにして自らの営為を批判的に捉え直してきたのか、クライエントである患者や障害児者の立場に立つ実践を行ってきたのかを明らかにしていく。
  日本臨床心理学会の学会改革運動は、臨床心理士資格制度の根本的な見直しを契機として開始される。彼らが、自らの専門性のもつ抑圧性に気づく契機や過程は、けっして一様ではない。たとえば、日本で最初の就学運動団体である「がっこの会」を結成した渡部淳の場合には、勤務する病院が小児科であり、知能テストを多く行わざるを得なかったことが、きわめて早い時期に、自らの加害性を認識させられる契機になっている。
  また、彼らは、臨床心理業務の総点検を開始する。臨床心理業務のなかでも、まず総点検の対象になったのが心理テスト、とりわけ知能テストである。これに対して、臨床心理業務のもうひとつの柱である心理治療は、1970年代後半以降、本格的に総点検の対象になっている。彼らは、臨床心理業務の総点検を行うなかで、障害をもつ子どもを選別すること、あるいは障害をなくすことそれ自体を、批判・懐疑の対象にしていく。

 
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■P30
 真下 弥生(大学非常勤講師)
 「南太平洋島嶼国における、障害を持つ子どものための教育プログラムの試み」
 第1希望:B

  本発表は、南太平洋地域のある島嶼国における、障害を持つ子どもの生活状況および、2006年に試験的に実施した教育プログラムについての報告を行う。
  当地の障害を持つ子どもは、南太平洋のおおらかな風土と相俟って、家庭集団から排除されることなく育てられている。一方、権利に基づく社会参加の基盤が確立されていないため、義務教育制度があっても、自力で移動が出来ない子どもは学校に通うことが出来ず、結果として社会の中で周縁的な存在となってしまう等の不利益も存在する。
  発表者は、現地赤十字社の協力を得て、障害を持つ未就学の子どもに対して、家庭訪問による識字・造型教育プログラムを4週間にわたって行った。プログラムは潜在的なニーズを発掘する一助となったが、発表者が帰国して以降の継続には至らなかった。その反省を含め、今後につなげるひとつの手立てとして、この国における障害児・者の教育への提言をまとめる。なお、当該国では今年、障害者団体が初めて設立され、障害者の権利条約の啓発もその活動の一環に含めるなど、南太平洋地域の障害者運動と連動した新しい動きも始まっており、その最新の動向も併せて紹介する。
  また、この発表は、文字と画像によるポスターの展示のみならず、触地図やスライドショー、CD-ROMによる報告書の配布等、また、ポスターのデザインにも工夫を加えるなど、多方向的な表現方法を用いた、アクセシブルな発表を目指す。発表者は、美術史・美術教育に携わる者であり、教授法・学習のユニバーサルデザインの研究実践をテーマのひとつとしている。本発表は、米国の学会で行ったものを原型としているが、今回はそのフィードバックを踏まえた改訂版を発表することによって、日本においてもプレゼンテーションのアクセシビリティの評価・批評を得る機会とすることも目的である。

 
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■P29
 阿部 あかね(立命館大学大学院先端総合学術研究科)
 「1970年代日本の精神医療改革運動に与えた「反精神医学」の影響」
 第1希望:B

  日本における精神医療は1969年5月の日本精神神経学会総会(金沢学会)の紛糾をきっかけに、従来の精神医療や体制の反省と見直しが行われ、精神医療全般への改革運動へと発展してゆく。まず、この学会で議論された大学精神科医局制度の解体問題は、大学医局が教授を頂点としたヒエラルキー構造があり、それが無給医をはじめとした構造下部の犠牲のうえに成り立っていることを指摘したものである。しかし、それはたんに大学医局内だけの問題にとどまるのではなく、日本の精神医療構造において、その下に医療従事者が、そして一番下に精神病患者が位置づけられる階級構造、すなわち差別抑圧構造であることを糾弾したものであった。その後保安処分新設阻止、悪徳精神病院の告発などがなされてゆくのだが、この時期、患者の自由と人権保護に主眼を置いた医療体制への改革が議論されたといえる。
  そのような中、従来の伝統的精神医学への異議申し立てとしての「反精神医学」の思想がイギリスを中心に発生し、日本にも紹介されることとなった。その旗手といえるR・D・レインとD・クーパーは、分裂病の心因論を家族研究に求めたほかに、分裂病の社会共謀因モデル(狂気を病気に仕立て上げるために、社会の成員が暴力をふるい「精神病」のレッテルを張った)を主張した。
  日本で展開されていた精神医療改革は、精神病者の自由と人権保護に根差した医療の追求が大目的であったことから、この反精神医学がいう「社会体制の側からの抑圧された存在」という精神病者のとらえ方に共鳴したと考える。しかし、レインやクーパーらが述べる家族研究と分裂病論、実践面での<社会や医療者、患者らが一体となったコミューンのごとき共同生活>がそのまま踏襲されたわけでもない。
  そこで、本研究では、日本における精神医療改革運動の中で「反精神医学」思想がどのように採用され、また採用されなかったのかを整理し、現在に続く日本の精神医療改革運動へ与えた影響を考察したい。

 
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■P28
 秋風 千惠(大阪市立大学大学院文学研究科)
 「障害とジェンダー――称揚される物語とリアリティの狭間」
 第1希望:B

  先行する障害者研究は、その障害が可視的で機能的に「できない」障害者、いわゆる重度障害者を障害者一般として、そこに生じる問題を語ってきた嫌いがある。
  70年代の障害者運動に起源をもち、イギリスやアメリカではじまった障害学は、障害を負うことは個人的悲劇であるとする従来の障害者観「障害の個人モデル」を否定し、障害が社会の問題であることを明快にうちだした。「障害の社会モデル」である。社会モデルは、障害の身体的な側面と社会的な側面、すなわち「インペアメント」と「ディスアビリティ」を明確に区別したうえで、後者が引き起こす社会的障壁に注目し、障害の社会的責任を問うた。しかし、当初の社会モデルは社会的障壁を強調するあまり、インペアメント自体によって揺るがされる障害当事者のアイデンティティの問題や、障害とジェンダー、障害とエスニシティといった問題を看過してきた。90年代になって、フェミニスト女性障害者の論者であるジェニー・モリス、リズ・クローらから社会モデルはインペアメントを軽視しすぎているという批判があがった。モリスらの批判にもあるように、それまでの社会モデルは、運動のなかで隠れてきた問題、インペアメント自体によって揺るがされるアイデンティティの問題や、エスニシティやジェンダーによってより周辺化された人々の問題に対して敏感ではなかった。インペアメント、ディスアビリティのどちらを看過しても障害者のリアリティはとらえられないのである。
  ここに軽度障害者が浮上する基盤があった。筆者はインペアメントを再度研究の俎上にのせようという障害学の動向から軽度障害者の問題を浮上させ、軽度障害者の意味世界を考察した。同じ流れのなかにジェンダーの問題も位置している。次なる段階として、障害とジェンダーを考察したい。
  この社会に生きる限り、障害者もまたドミナントなジェンダー観を内面化していると考えられる。そして、ジェンダーロールを果たそうとして、自身がどれほどドミナントなロールモデルから逸脱しているかを思い知らされ葛藤したり、自己呈示の戦略を練ったりするだろう。ここにうまれるアイデンティティコントロールや生活戦略から見えてくる障害とジェンダーの問題を、計16人の聞き取り調査から考察・分析する。

 
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■P27
 田島 明子(立命館大学大学院先端総合学術研究科/吉備国際大学)
 「作業療法学における認知症高齢者支援をめぐる変容・編制過程――1980・1990年代のリハビリテーション雑誌の検討」
 第1希望:B

  本研究では、認知症高齢者に着目し、リハビリテーション、特に作業療法における言説・研究の変容を辿ってみることにしたい。 
  なぜ、認知症高齢者に着目したかであるが、認知症高齢者がリハビリテーションの対象となる過程において、既存のリハビリテーション論とは異なる形での対象化、介入の視点の特定化などが行われてきたことがあげられる。つまり、認知症の疾患の特性として、「疾患自体の改善が期待しづらい」、「意思表示に困難がある」ことから、「能力の回復・改善を目指す」や「対象者の自己決定を尊重する」といった既存のリハビリテーションの理念・理論にはなかった、対象者理解の枠組み、QOLモデルや生活モデル等を組み入れてきたことは確実であり、それは端的に言えば、現代のリハビリテーション医療の(相互に矛盾・錯綜・対立を抱えているかも知れない)編制過程を意味しているからである。
  特に、1980年代、1990年代は、認知症高齢者をリハビリテーションの対象とし、介入の視点の特定化がなされた時期として重要である(井口[2007])。しかし先行研究(井口[2007])では、政策構想に関する資料を扱っているため、学の偏性の様相を細やかに捉えることには限界がある。そこで、本研究では、1980年代、1990年代におけるリハビリテーションに関する学術雑誌、なかでも、作業療法に関する学術雑誌を対象とした。なぜ、作業療法に限定したかと言えば、作業療法は、リハビリテーション関連職種のなかでも、医学モデルを基礎に置きつつも社会適応モデルに親和性を強く持っており、上述した変容過程への感度が良いと考えたからである。
  こうしたリハビリテーション学の変容・編制過程を知ることの研究の意義として、次の2つの可能性があげられる。1つは、学の内部の矛盾・錯綜・対立や関連学問・時代との(非)接点について広く論点を抽出できること、2つめは、変容・編制過程において生成された枠組み・モデルについて再検討する視座を提示できること、である。

文献:井口高志 2007 「認知症家族介護を生きる――新しい認知症ケア時代の臨床社会学」東信堂

 
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■S26
 金 在根(キム・ジェグン)(立教大学コミュニティ福祉学研究科)
 「障害者の「あきらめ」に関する一考察」
 第1希望:A 第2希望:B

  アメリカのADAをはじめとする障害者差別禁止関連法の制定や、国連の「障害者権利条約」、バリアフリーなどを通して障害者差別の問題は社会の表舞台に登場しつつある。しかし、障害者差別の問題は、前述した社会制度的な面、これを「外面的なもの」とするなら、これより人と人の関係で生じる「内面的なもの」の解決がより重要であると言われている。そして、「内面的なもの」へのアプローチとしては、「ステレオタイプ」、「レッテル」、「スティグマ」等といった心理・社会・文化人類学的な視点に焦点を当てたものがある。しかし、このようなアプローチから障害者の内面的差別を見るには限界があるのではないか。なぜなら、これらのアプローチは障害当事者の視点よりは、社会が差別をどうとらえるかに重みを置いたものであるため、そこから見える障害者差別の実態は現実性に欠け、観念的な取り組みになりやすいからである。そこで社会ではなく、障害当事者が差別をどうとらえるかを考えるため「あきらめ」に焦点を当てることにした。それは、筆者が約10年間障害者とかかわる中で、障害者の「あきらめ」が自分の状況を明らかにする前に、強いられる「あきらめ」、または「あきらめるのが望ましい」という「暗黙の抑圧」が強いことに気付いたからである。なお、「あきらめ」は本来「明らめる」という意味から変化した言葉である。つまり「あきらめ」の行為には「物事を明らかにする」ことが前提として必要である。
  本研究は文献調査で進めている。研究の目的は障害当事者自身の「あきらめ」に焦点を当て、障害者差別の実態、さらに、障害者の生活の特殊性を明らかにすることである。すなわち、第一に、障害者の「あきらめ」を通して、見え隠れする障害者差別を明らかにすることである。第二に、障害者は様々な差別から「生きにくさ」を経験しながらも、それぞれ固有の生活を営んでおり、その生活に「あきらめ」がどのように関係しているかを明らかにすることである。

 
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■P25
 澁谷 智子(埼玉県立大学非常勤講師)
 「聞こえない親の子育て」
 第1希望:A 第2希望:B→Bでも可との申し出→決定:B

  障害のある親の子育ては、障害の種別や程度によって障害者の経験が異なっていることを浮彫りにする。重度の身体障害を持つ人にとっては、結婚と出産自体が敷居の高いものになっており、重度身体障害者の自立生活やセクシュアリティが論じられる中では、障害者の親子関係は、障害をもたない親と障害をもつ子の関係に偏って取り上げられることが多かった。そこでは、ケアを与える側と受ける側は、親子という軸においても、非障害者と障害者という軸においても、固定して考えられる傾向にあった。この発表では、障害のある人の「定位家族」ではなく「生殖家族」に注目し、障害のある人が親として子育てを行なうときの意識を取り上げたい。
  特に本発表が論じるのは、聞こえない親の子育てについてである。聴覚障害は、視覚障害と並んで、就労して経済的な基盤を持つことが期待されてきた障害であり、こうした障害を持つ人々にとっては、結婚や子どもを持つことは比較的予想可能な選択肢として考 えられている。しかし、実際に子どもを持つに至った障害者が経験するのは、障害者の子育て能力を疑う世間の視線であり、障害のない親との比較である。発表では、聞こえない親の語りや手記の分析から、聞こえない親が感じている社会的バリアの実態を明らかにする。
  データとして用いるのは、1995〜2002年に活動したデフ・マザーズ・クラブの会報、埼玉県聴覚障害者協会婦人部子育て班の発行した『聴こえない人の子育て』(2000年)、大阪聴力障害者協会女性部子育て班の「聞こえない親と聞こえる子ども」(2005年)と、 発表者が2004〜2009年に行なった聞こえない母親へのインタビュー調査13件である。それらの分析の中から見出だされた、「障害の遺伝についての意識」「障害者の子育て能力を疑う周囲のまなざしへの反応」「自分にできない教育を補うための保育園の利用」「他のお母さんと親しくなる上での困難と努力」という論点に沿って考察する。

 
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■P24
 青木 慎太朗安田 真之 (立命館大学大学院先端総合学術研究科)
 「視覚障害大学院生の研究支援における課題――立命館大学大学院における「視覚系パソコン講座」から見えてきたもの」
 第1希望:B

  2009年4月、立命館大学大学院先端総合学術研究科(以下、先端研と記す)は3名の視覚障害のある新入生を迎えることとなった。先端研では主に新入生を対象として、(1)パソコンを用いた情報の収集、(2)プレゼンテーションをはじめとした研究発表、(3)ホームページを通した情報発信について、それぞれ基礎知識と技術の習得をめざした「ディジタルデザインT」という科目が開講されている。3名の新入生はともにこの「ディジタルデザインT」の受講を希望したが、スクリーンリーダーを用いて全てキーボードで操作するといった視覚障害者特有のパソコン操作方法に担当者が対応できなかったことから、報告者の青木が急遽対応し、「視覚系パソコン講座」(以下、講座と記す)が開講されることとなった。
  講座では当初、「ディジタルデザインT」の科目のねらいに準拠し、情報の収集(ネット検索や文献検索など)、ゼミや学会での発表の準備、情報公開としての自己紹介ファイル(HTML形式)の作成に取り組む予定であった。しかし、HTMLファイルを独力で作成できる人もいれば、メールの送受信が不安な人もいるというように、受講者の間でパソコンのスキルに相当な開きがあり、事実上個別対応せざるを得ない状況となった。さらに講座では、パソコンの操作方法にとどまらず、録音図書を再生するための機器や点字電子手帳の操作方法、大学院施設の利用方法といった、視覚障害大学院生が大学院における研究活動を行ううえで不可欠である事項を幅広く取り上げることとなった。
  本報告では、講座の実施を通して明らかになった、視覚障害大学院生支援における個別対応の重要性、研究環境確立のための諸支援の必要性等の諸課題を整理する。そのうえで、他大学における視覚障害学生の個別ニーズへの対応の取り組みの状況を踏まえて、それら諸課題への対応のあり方について考察する。

 
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■P23
 太田 啓子(大阪市立大学大学院生活科学研究科)
 「インクルーシブデザインにおける障害のある人の仕事の可能性」
 第1希望:A 第2希望:B → Bでも可との連絡 →決定:B

  筆者は、奈良・たんぽぽの家でインクルーシブデザイン事業に関わってきた。インクルーシブデザインは最終的にはソーシャルインクルージョンを目指していると考えられている。筆者らは、2008年度に、東京・神戸でインクルーシブデザイン・ワークショップに参加した18名の障害のあるユーザーに、インタビュー調査を実施し、障害のある人がワークショップに参加して立場の異なる人との関係性の中から学びを得ていること、そしてその学びは障害のある人だけでなく、ワークショップに参加したデザイナーなども相互的に得ていることが示された(太田 2009)。さらに、ユーザー参加型のワークショップを主催するファシリテーターなどにもインタビュー調査を行い、障害のある人にユーザーとして「伝える力」「評価する力」「提案する力」の3つが必要なのではないかという仮説をたて、ワークショップやレクチャーなどのユーザー教育プログラムを実施した。つまりこれまでインクルーシブデザイン・ワークショップでのユーザーの役割を関係性に強く依拠してきたが、ユーザーリテラシーを高めることで「仕事」につなげようと考えてきた。
  本年度は、インクルーシブデザインにおける障害のある人の仕事の可能性をさらに探ることを目的とした調査研究を行っている。筆者らは企業との商品開発型ワークショップにも取り組んできたが、実際に商品開発に結びついたというよりも、社員教育の向きが強かったと思われる。つまり、ユーザー参加型のワークショップは、企業にとってCSRの目的が強いといえるのが現状である。そのためユーザーの参加もワンショットにとどまっている。本報告では、インクルーシブデザインにおける障害のある人の仕事の可能性を考える上で、何が問題となっているのかという現状を整理し、どのような条件整備が必要なのか検討することを目的とする。

 
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■P22
 井狩 恵(京都府立大学大学院公共政策学研究科)
 「障害者雇用促進法の成果と限界――障害者、企業の多様性に注目して」
 第1希望:B

  障害者の労働市場における就業率は非障害者と比べて極端に低い。そのため、政府は「障害者の雇用の促進等に関する法律」(以下、法)を制定することにより、企業等での一般就労機会の拡大を図ってきた。この法は、義務雇用、雇用納付金、職業リハビリテーションの3つの制度を柱として、雇用主、障害者双方に向けた施策を規定する。本研究では、法が障害者の就労機会拡大に対して、限定的な有効性しか持ちえず、むしろ結果的に障害者雇用の阻害要因となっていることを明らかにする。
  法は雇用主側である企業に対し、社会連帯の理念の下、企業規模や産業形態等といった個別の要素を考慮しない一律の雇用率を義務付け、それを達成しない場合には納付金の支払い義務を課している。しかし義務雇用や納付金制度は「負の強化策」として機能しており、企業に対して障害者雇用の責務を感じさせてはいるが、一方で積極的に障害者を雇用しようとするインセンティブをもちにくくさせている。
  法は障害者に対しても、職業リハビリテーション(以下、職リハ)制度を中心に能力の向上・開発を図ってきた。企業等における一般就労には、最低賃金以上の労働が求められるため、それを満たすために職リハは有効であると考えられている。しかし本研究では職リハの有効性は限定的であると指摘する。その限定性を明らかにするために、本研究では現行の一般就労において、4つの障害者層を想定する。そこでは、障害ゆえに職リハによってもその能力が非障害者に追いつかない障害者の層が存在することを明らかにする。この障害者層は、既存の障害程度区分では重度と判定されず、職リハによる能力の向上が期待される層である。この障害者層は一般就労が困難であり、結果的に福祉的就労に留まらざるを得ない。福祉的就労から一般就労への移行率が年1%という現状は、職リハと義務雇用の間に留まる障害者層の存在が考えられる。
  現制度は、障害者雇用の促進に対して有効でないばかりか、企業の積極的な障害者雇用に対するインセンティブを削ぎ、また障害者の就労希望を減退させる要因となっていることを指摘する。

 
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■P21
 大山良子(特定非営利法人リターンホーム代表理事)・伊藤 佳世子(立命館大学大学院博士後期課程)・河原 仁志(独立行政法人国立病院機構八雲病院小児科医長)・高阪静子(りべるたす株式会社)・林典子(りべるたす株式会社)・田中環(りべるたす株式会社)
 「長期療養の重度障害者の地域移行における支援方法の検討――筋ジストロフィー患者の地域移行事例から」
 第1希望:B 第2希望:A→決定:B

研究の経緯 幼い頃からの長期療養者が病院を出るには、社会的な自立を図るための精神的支援と、介護など生活全般の支援、医療が必要になる。それらを現行制度の中でどのように屈指すべきかはっきりと書かれているものがない。
  そのために、一人の神経疾患患者が長期療養の後に病院を出た事例と、その事例から更なる新たな長期療養の筋疾患患者が地域移行に成功したとりくみから、神経・筋疾患患者が長期療養ののちに病院を出るために必要な支援体制作りのプログラムを構築する。
研究方法 実践研究(長期療養者が地域で限りなくノーマルな生活をつくるようにする)、筋ジス病棟で長期療養の後に病院を出た方3名からのインタビュー調査。医師、訪問看護ステーション、ヘルパー事業所からの聞き取り調査。
研究対象 @当事者 幼い頃から長期療養をしてきたのちに病院を出た人たち
  A支援チーム 介護者、医療者
研究期間 平成19年7月〜平成21年7月
研究結果 支援側や地域と対象患者の相互作用により、生活がつくられている。医療と福祉の支援側の連携も困難ながらも時間の経過の中で、よい関係が作られるようになっている。24時間の他人介護の場合、家族的な支援が必要であり、距離のとりにくさを感じている傾向がある。多くの人が関わるため、合意形成の話し合いの量と支援側の体制は重要になっている。
  病院の専門医と在宅医、訪問看護、ヘルパーで話し合い、定期的に連絡体制を作っておく。注意点を聞き、在宅移行後も専門医と在宅医が話せる体制づくりが支援者の安心に繋がっていた。

 
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■S20
 森 壮也(日本貿易振興機構アジア経済研究所)
 「障害当事者の調査員参加によるフィリピン・マニラ首都圏の障害者の生計調査」
 第1希望:A 第2希望:B

  見過ごされがちなことであるが、国連の障害者の権利条約は開発途上国にとっては、まさに貧困問題の解決に向けての開発の問題として提案されたものである。貧困者の中の貧困者とも言われる障害者の問題を解決することなくしては、途上国の貧困問題の解決はないからである。このことは、同条約の提案を行ったメキシコ大統領の総会演説や国連におけるその後のミレニアム開発目標を障害者にも包摂的なものとする総会決議といった展開を見ても理解できる。
  一方で、開発途上国の障害者の貧困状況については、政府によるセンサスを含めて政策立案に有用なデータがほとんどない。また従来の調査の多くはソーシャル・ワークの立場からのケース・スタディが主であり、データの代表性など政策的な意義という意味では弱いものがあった。こうした状況に鑑み、筆者らはフィリピンのマニラ首都圏において、生計調査を現地の開発研究所の開発・統計専門家と障害当事者団体の協力を得て2008年に行った。同調査では、権利条約の趣旨のひとつである障害者の主体的な参加も実現している。
  本報告は、この調査がどのような準備を経て実施され、どのような意義があったのかを具体的に紹介すると共に得られたデータについても記述統計的なものを中心に紹介する。特に障害当事者が統計調査員として多数参加した調査は世界的にも例を見ないものであり、フィリピンにとっても歴史的な達成事と言われた。それを可能にした様々なアクセス面での配慮や調査の方法などは、今後の同様の調査の実施の際に大きな参考となるはずである。得られた結果についても、特に教育やジェンダーといった要素が障害者の生計に与える影響が具体的な数字で得られたことから、政府の政策担当者へのインパクトも大きいものとなった。一方で、途上国の状況の中での調査上の多くの問題・限界も指摘された。以上を障害学的な観点から整理しつつ報告する。

 
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■P19
 上久保 真理子(医療法人社団互啓会 ぴあクリニック)
 「知的障害のある子どもの父親のケア役割引受をめぐって」
 第1希望:A 第2希望:B→決定:B

  本報告は、知的障害のある子どもの父親に対するインタビューデータをもとに@父親のケア役割引受過程、Aケア役割引受条件を考察するものである。障害のある子どもの家族における性別役割分業の固定化とその要因は多くの研究で議論されてきた。しかし、固定化打開のための具体的な方策にまで踏み込んだ研究は多いとはいえない。そこで、本報告では地方都市在住の知的障害のある子どもの父親10名への聞き取り調査を通し、上記@Aの問題を検討する。分析には修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(M-GTA)を用いた。記載の【 】〈 〉内の語はそれぞれM-GTAにおける「カテゴリー」「概念」である。
  分析の結果、以下の点が明らかになった。
  @ケア役割引受過程:障害のある子どもの父親の親役割には【稼ぎ手専業】【ケア役割引受】【社会化への活動】の3類型がある。父親を【稼ぎ手専業】にとどめる要因として、〈性別役割分業の根強い支配〉〈稼ぎ手役割に耽溺する大義名分〉や【シフトを阻むもの】が存在する。しかしながら、父親の多くは〈男だってケア〉するべきだと考えており、日常的な送迎や小学校入学等のライフイベントへの準備など【シフトを促す要因】によりケア役割を引き受けていく。さらに、より望ましい環境獲得のために〈子どものための闘争〉を行うなかで、〈障害をオープンに〉し〈先輩ならではの情報発信〉といった【社会化への活動】を展開していく。
  Aケア役割引受条件:稼ぎ手専業からケア役割への【シフトを阻むもの】の除去のために、父親がケア能力を獲得する機会と時間の保障、父親の労働条件の改善が必要となる。また、【シフトを促す要因】の強化が必要となる。特に、ケア役割引受の契機となるライフイベントにおける療育機関や地域の工夫、更に「受苦体験をわかちあうピア」集団であり既にケア役割を引き受けた「ロールモデル」を一定数擁する親の会への積極的な支援が望まれる。

 
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■P18
 鄭 喜慶(立命館大学大学院先端総合学術研究科)
 「変革運動と部分運動☆01としての障碍人☆02運動――1989年韓国障碍人雇用促進法制定と障碍人福祉法闘争運動をめぐって」
 第1希望:B

  1989年、韓国で青年障碍人による激しい闘争運動が行われていたのが、障碍人雇用促進法制定と障碍人福祉法改正闘争運動である。当時その運動に関わった障碍人たちは自らの運動は「社会変革運動としての部分運動」であったと言う。それは、80年代の韓国で行われていた社会運動の影響があったと言える。  この闘争運動は、韓国初の障碍人中心で組織的、継続的に取り込まれて成功した運動として、障碍人運動史の中で高く評価されているものである。
  本報告では、下記の4点について整理する。1.当時の青年障碍人たちが自らの運動をなぜ「社会変革運動としての部分運動」であったと評価しているのかについて整理する。2.青年障碍人たちが最初に「ウリント 」という組織をつくり、「全国肢体不自由大学生連合会(以下、全肢大連)」という全国組織に加盟した狙いと、親陸団体であった「全肢大連」をどのように変革運動団体に換えていったかについて当時の資料と聞き取り調査を通じて記述する。3.2つの闘争運動が成功に至った経緯と成果、そして限界について書く。特に、障碍人団体との連帯、役割分担、戦略などをまとめる。4.最後にこの変革運動が90年代の障碍人運動への連続性と非連続性について整理する。
  韓国の当事者による障碍人運動の歴史は20年と短い。日本やアメリカにくらべて、はるかに短い歴史である。それにも関わらず、現在韓国障碍人運動は世界どこでも見られないほど大きく成長している。本報告では、この2つの法律闘争運動が大きな成長の源流であったことを考察する。
☆01 社会変革運動を基本においた部分運動とは、労働、学生、貧困、女性など、各部分で運動を行い、当時の政権を傷つけることで、結局は政権を倒して交替することを目的とする。
☆02 ここでは韓国の表記である障碍人(ジャン・エ・イン)をそのまま漢字で使う。 ☆03 「ウリント」の「ウリン」は純粋な韓国語として、物と物が衝突する時に鳴る音を意味する。また「ト」は物事の根拠となる場所を意味する。本報告での「ウリント」は衝突が始まる場所として描いている。

 
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■P17
 桐原 尚之(全国[精神病]者集団・(協)プランニングネットワーク東北客員研究員)
 「法的能力と支援された意思決定の議論における障害者運動の課題」
 第1希望:B

  障害者権利条約の第12条では、「すべての障害のある人の法的能力を平等に認め、その法的能力の行使に必要な支援を受けることができる」としている。精神保健福祉士指定科目である精神保健福祉論にも、「障害者が法的能力を行使する場合に必要な支援にアクセスできるための措置を国に義務付け、すなわち「支援を受けて自己決定を行う」という概念が盛り込まれた。」と法的能力の平等と支援された意思決定についてふれている。この支援された意思決定は、インクルージョン・ヨーロッパやインクルージョン・インターナショナルで決議されたことにより、我が国でも幅広く知られるようになった。ところが、支援された意思決定の実践例について、日本語のものは今のところ見つけることができない。更には、支援された意思決定に関する文献そのものも、異常なまでに少ないように思う。
  また、障害者権利条約が批准されれば、意思能力や行為能力を制限する成年後見制度や、刑事責任能力による心神喪失抗弁にも影響することが予測される。それらへの対策や議論が障害者団体間でも不十分且つ希薄である。そこで、法的能力と支援された意思決定に関する諸文献をまとめ、障害者団体が取り組むべき課題を示す。
  国内での法的能力議論は主に権利能力と行為能力について民法を基盤に行っているが、国際的には刑事責任能力も含まれ、今後の課題としていかに包括するかが1つめの課題として挙げられる。
  民事に関しては、成年後見制度などの意思能力及び行為能力の制限が行われているが、依然として、「成年後見制度=権利擁護」との見方が強く、全日本手をつなぐ育成会刊行の「わかりやすい障害者の権利条約―知的障害のある人の権利のために―」でも、12条2項の解説では、「後見人や補佐人、補助人が、私たちの権利や利益、思っていること、選んだことを大切にするようにします。後見人や保佐人、補助人が、私たちの必要に合わせて支援するようにします。裁判所が定期的(決められた時)に、後見人や保佐人、補助人をチェックするようにします。」としている。これらに対してどのように取り組むかが2つめの課題として挙げられる。
 また、成年後見制度の代替策として、法的能力の制限を伴わない支援された意思決定により、自己決定の支援を行う。自己決定の社会モデルに基づき、自己決定の制限は社会によるものとして、個人の能力に還元させない。また、この法的能力の具体的な例を上げる。課題としては、国内での議論不足と調査・研究不足である。
  障害者権利条約が批准される可能性を踏まえて、12条の議論を始めなければならない。

 
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■S16
 朝霧 裕
 「バリアブレイク!!――利用者/介助者の新たな形と再評価についての模索」
 第1希望:A 第2希望:B

  利用者主体を尊重する介助の現場に一部「介助者手足論」と呼ばれる、利用者・介助者の関係性がある。
  「介助者手足論」を介助者の教育の主体とする現場では、介助者たちは、「いかなるときも、利用者の意思決定の元に動くこと」を特に信条とし、「町で共通の知り合いに話しかけられても、『おはよう』などの挨拶なども含め、介助者は、口を聞かなくて良い」「ヘルパー資格を持っていても、仕事以外の場所で友人関係のある場合は、慣れ合いにならぬよう、介助に入ってはいけない」など、事業所ごとのいくつかのルールに基づいて、利用者と関係性を作ってゆくことが多い。
  「介助者手足論」と称される関係性の多くが、夜勤の泊まりを含む、利用者と介助者が1対1制の、利用者と介助者が接する時間の多い滞在型の介助の現場で求められる。   また、1対1制の介助とは逆の介助の仕組みとして、一人の介助者が短時間に幾人もの利用者の家を回る巡回型の介助もある。こちらの場合にも、利用者と接する時間が短時間のため、「介助者が利用者の指示に沿って立ち動く」という以外の、対個人としての会話は生まれにくい。介助者手足論を否定をしない上で、「利用者と介助者が、外出や社会参加を含む日常生活の場と時間を共有する中で、それぞれの立場から、ともに考え、ともに感じ、『人としての声』を、社会に発することができるような、利用者/介助者であり、障害者/健常者、という呼称に捉われない、利用者と介助者の新たな関係性が<あっても良い>のではないか。」という疑問から、介助者/利用者の新たな関係性、社会的な役割を模索します。
  介助という職業は、物理的な抱き抱えなどの動作以上に、多くの時間を「人と向き合い、接する職業」という意味で、「11年連続で国内自殺者3万人」「国内にうつ病の患者数は250万人から600万人(人口の3〜5%)」など、人と人との向き合いの場が深刻に不足している現代において、<人と人との心のつながりの大切さ>を見つめ直すヒントを確かに内包していると考えます。『この国になくてはならない職業』として、『介助』という職業の特色である<人と接する仕事>という本質の価値が社会の中で再評価されることを願い、24時間介助を受けて生活をする当事者の立場から、生活の様子他、スライド写真なども用いて、「これからの時代の利用者/介助者の関係性」、また、「人として、心豊かに生きること」への考察を、介助者の立場からの意見を取り入れながら発表します。
 
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■P15
 杉野 昭博(関西学院大学人間福祉学部)
 「DM不正の行政責任と障害者団体向け郵便割引制度の沿革」
 第1希望:B

  2009年の上半期における障害者団体向け郵便割引制度を悪用したダイレクトメールの不正発送事件の報道を紹介し、事件の過程で行政が不適正に発行した「障害者団体証明書」が重要な役割を果たしていることを指摘する。また、実態のない団体を、郵便割引制度の対象としての障害者団体として認定する証明書を発行したのは厚生省だけではなく、ほかに、港区と大阪府で不適正な認定がおこなわれた疑いが報道されている。本報告では、こうした障害者福祉行政の責任について強調する。
  つづいて、事件の結果、郵便事業会社は「心身障害者用低料第3種郵便物」利用審査を厳格化したために、「8割以上が有料購読者」という条件を満たせずに従来の機関紙発行を断念する障害者団体が出ていることに着目し、この制度の沿革について二日市(1986;2001)に基づいて紹介する。1971年の制度発足前に、障害者団体側は自分たちの機関紙に近い郵便物である「通信教育教材」などの「第4種郵便物」としての扱いを求めたが、郵政省と厚生省社会局更生課の話し合いの中で「第3種郵便物」として扱うことが決まり、障害者団体側にその旨提案されている。この経緯から考えると、郵便当局は最初から、障害者団体機関紙が「第3種郵便物」としての規定に合わないことは承知の上でこの制度を導入したことがうかがわれ、今さら一般雑誌や新聞紙なみの「第3種郵便物」としての基準を求めることは矛盾していると言える点を指摘したい。

 
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■S14
 野崎 泰伸(立命館大学衣笠総合研究機構ポストドクトラルフェロー)
 「ディアスポラとしての障害――障害はないにこしたことはないか、への1つの視座」
 第1希望:A 第2希望:B

  何らかの特定の社会的属性を――それが明示的でも暗示的でも――称揚することによって、人間の存在を肯定しようとする立場がある。この立場を属性主義と呼ぶことにしよう。私は本発表において、この属性主義は不要であり、個人の存在、その人が在ることを肯定すればよいことを主張する。私の議論においては、その人の社会的属性は否定されないが、属性主義は否定されるのである。
  「その人が在ることを肯定する」ということは、人間が存在することの基盤を、社会的属性にではなく、単に「その人が存在する」ことに求めよう、と言っていることになる。このことは、属性そのものが不要であることを意味するわけではない。属性を、属性主義とは無縁なものに転轍する必要があるということである。それは、「属性によって人間が存在することの承認を、もう求めなくてもよい」という可能性へと開いてゆく。だとしても、そのことは社会的な属性による紐帯も否定するものでもない。否定されるべきは、「同じ属性であるからこそ共同性が立ちあげられるべきである」という属性主義である。属性主義への抵抗は、同じ属性であることによってその存在が承認されるという論理、つまり人間存在の基盤としての共同性を立ち上げるべきだという回路を批判するものなのである。その意味において、属性主義に対抗するのはディアスポラ性であるといえよう。
 こうした議論は、「障害はないにこしたことはないか」という疑問に側面から答えるものとしても読める。障害という社会的属性は、障害者という人間存在にまとわりつくものではあるが、そのことと、障害によって障害者の存在の価値づけを行うことは論理的には別のことである。このことは、論理的には別のことであるにもかかわらず、両者をつなげてしまう現実の力学が、存在はするがそれは不当であることをも示す。

 
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■P13
 星加 節夫(障害者職業業総合センター)  「移動に困難のある重度身体障害者の職業生活に関する研究」
 第1希望:A 第2希望:B →決定:B

  T背景:我が国は、共生社会の実現に向け、障害者、高齢者等はじめ誰もが自立して暮らせる生活環境の整備推進をしており、それは障害者施策の中心を構成している。リハビリテーションにおいても職業生活を通したQOL の向上を目指したものに軸足を移してきている状況である。2006 年には通称「バリアフリー新法」を制定し、“移動の面的な広がり”を配慮した総合的なバリアフリー化の推進が図られることとなった。しかし一方では、移動に困難のある重度身体障害者は通勤に公共交通機関を利用できないという理由で雇用に至らないケースや雇用継続が困難になるケースは決して少なくない現状があり、バリアフリー化の進展が重度身体障害者の就業の可能性を高めることには必ずしもなっていない。
  U調査方法:移動に困難のある四肢に麻痺のある障害者に対して通勤と就業に関する聴き取り調査を実施した。通勤と就業を可能にしている事例を通して、職業生活のあり方をA)〜D)の類型別に検討する。A)公共交通機関の利用によるケース B)自家用車通勤によるケース C)職住近接の居宅を構えて通勤するケース D)在宅就業のケース
  V結果:移動に困難のある重度の身体障害者にとって、通勤と就業は毎日のことであり、身体的負担を伴うが、通勤と就業は個人の努力により、半ばリスクを伴いながら時差通勤等により辛うじて可能にしている状況である。バリアフリー新法施行後、生活環境の整備・改善は進展しながらも依然として、通勤環境や就業環境は重度身体障害者には非常に困難を伴う状況である。しかしながら施設設備が未整備でありながらも障害特性を活かした継続的な就業を可能にしている事例もあり、いずれの事例からも職業生活を通して生活にハリが出ている様子が窺われ、生活状況が好転していることが明らかになった。

 
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■P12
 西田 美紀(立命館大学大学院先端総合学術研究科)
 医療的ケアを必要とする進行性重度障害者の単身在宅生活に向けての課題
 第1希望:B

・問題意識・研究背景
  近年の医学・医療技術の進歩,医療体制の改革などにより、医療的ケアを必要としながら地域で生活する人達が増加してきている。しかし、個人的事情や在宅体制の整備が立ち遅れるなかで、生活維持が困難な実情もあり、医療と福祉双方へのケアニーズをもつ障害者の生活支援体制の再構築,制度改革に向けた実情把握が急がれる。本研究では、医療的ケア(非侵襲的陽圧換気療法:NPPV・気管吸引)が必要となった単身者の一事例を通じ、在宅生活・支援体制の課題要因を明らかにすることを目的とした。
・方法
  アクションリサーチにより療養者の具体的生活場面を把握し、研究対象者・サービス提供に関与する福祉・医療機関からのヒアリング・記録を参照して、在宅生活維持のための課題要因を分析した。調査対象者:61歳男性,病名は筋萎縮性側索硬化症(ALS)を対象とした。調査期間:2008年7月〜2009年6月に実施した。
・結果・考察
  進行性疾患の場合、身体の変化に対応すべく生活・ケアニーズの変化が速い。生活の場に長時間滞在するヘルパーは当事者の日々の生活ニーズを尊重しながら職務にあたり、医療者は病の進行やリスク回避を重視しながら職務にあたる傾向がある。双方とも当事者の安全・安楽と語られ、その中において当事者主体が尊重されたり自己決定が迫られたりするが、当事者自身は変化する身体と葛藤しながら、援助者らの様々な価値の間で戸惑い揺れている。援助者との関係性や介護やケアを巡って生じる精神的負担はときに身体症状として表現され、病の進行との見極めが困難になる場合もある。進行性疾患の変化と速度に対応するには、柔軟で先取りした制度が必要である。そのためにも医療と福祉の連携が必要なのはいうまでもないが、上述したようなニーズの捉えにくさがある。個々(医療/福祉)のニーズや課題ではなく、医療的ケアが日常生活の延長線上にあることを、双方が認識し、進行性疾患の生活・支援体制の情報を蓄積し示していくことが必要である。

 
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■P11  吉田 幸恵(立命館大学大学院先端総合学術研究科)
 「<病い>を抱える人が社会で生きていく戦略――障害者の生活史から」
 第1希望:B

  本報告は筆者が出会った、地域で暮らす精神障害者の生活史聞き取りの中で明らかになる、精神障害者が生活する上での問題点を指摘し、その問題点とどのように対峙し、生きるためにとった戦略を明らかにして今後考えうる援助の在り方を考察することを目的としている。
  地域生活を送る、ある精神障害者の生活史を聞き取った。統合失調症をはじめとする精神病は、長期化そして慢性化する傾向がある。その中で、当事者の病状の変化や、家族、周りを取り巻く他人の変化、出来事を経験する事になる。時間の経過の中で、変化や出来事を経験しつつ、当事者(や家族)が自分の障害をどう捉え、おかれた状況をどう意味付けし、そしてそれがまたどのように変化していくのかといった過程が明らかになる。当事者本人がライフヒストリーを語る事によって、経験してきた多様な営みを抽出することが可能になり、変化や問題が起きた時、それにどう対峙し、回避または受容したのかを明らかにする。対象者が自分の経験を語ることで現在の問題点などが明らかとなっていった。
  対象者自身にとっては、例えば「統合失調症」という言葉は単にその病気の名前を意味するだけでなく、偏見や差別に用いられるメタファーとなっているのは残念ながら事実である。そのため、精神障害のある人はスティグマのために、自分の疾患情報をどのように周囲に伝えるかということも課題のひとつである。それを秘密裏にして生活していくのは、もっとも容易なスティグマの回避法かもしれないがそれには限界がある。だからといって、周囲に自分の病気をひとつひとつ説明し、受け入れてもらうのも困難である。そしてそれは自然ではない。しかし当事者は病者という名を武器にしていることも事実である。これは社会で生活するための戦略といえる。拒絶されない信頼できる人間を選択し、人間関係を構築していくことが、地域で生活するうえで一番重要な事柄であると考えられる。
  精神保健福祉士法制定以降、精神障害者への援助法はそれまであった身体・知的障害者のケースワーク論がそのままあてがわれ、歪な形をなしていた。そして現在の精神障害領域の福祉サービスも、既存の知的・身体障害福祉に当てはめるだけで、精神障害の持つ背景に目を向けていないことが当事者の語りからも明らかになった。その障害に対する押し付けのサービスだけではなく、個人個人の生活問題として包括的に今後も考えなければならない。精神障害は特異性があることから定型に当てはめることが困難であり、その援助法をリアルに実感できる場は少ない。実感する為には個別具体的に、その人にフィットした援助が必要となるが、実際には困難である。そのような援助が不可能だからこそ、当事者はあらゆる<戦略>をとった。それを紹介し、何故そのような戦略が必要になるのか考察したい。

 
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■P10  三野 宏治(立命館大学大学院先端総合学術研究科)
 「精神障害当事者と支援者による障害者施設における対等性についての研究――クラブハウスモデル研究を通して支援関係の変換の試み」
 第1希望:B

  精神障害者福祉においても障害者本人と支援者である専門家の関係の対等性が強調されるようになっている。また、従来の専門家による直接的な支援の他に、セルフヘルプなど本人の力に注目し、その活動へのはたらきかけを重要な支援の方法として捉えようとする考えもある。
  しかし、実際の支援の場面で、例えば作業所や授産施設で行われる活動で、本当に「対等」は可能であり、実現されているだろうか。またそれは常に望ましいものだろうか。例えば自他に対して加害的な行為がなされる場合がある。本人たちに委ねる場合より、作業や組織の運営にとって明らかに有益な別の選択肢があることがある。どうしたらよいか。また、実際には対等でないのに、対等な関係の下でなされているゆえにある対応が正しいとされるなら、その対応は本人に対する加害ともなりうる。
  こうした場面で、組織、とくに「対等」を標榜する「クラブハウスモデル」は、どんな対応をしているのか。また、その対応をどのように解釈しているのか。それを調査し、議論し、現実的で正直な支援のあり方を考える。
  まず、本人・支援者が幾度か集まり、対等性について自由な意見交換を行い、調査に向けて論点の整理を行う。
  その上で、当事者と専門家の対等性を前提として社会復帰にむけてのリハビリテーションを行うクラブハウスの一つである東京都小平市の「クラブハウスはばたき」で聞き取り調査と参与観察を行う。対等性について、その困難について、対処について、支援者と本人に聞く。また活動の実際に寄り添い、そこに起こるできごとを記述する。
この本人・支援者の協働による研究は対等性をその活動の中心に据えた実践であり、自分自身を含む集団の力動を観察し検証することは、支援関係において本人・支援者の役割がいかなるものであったのかを見直す作業である。

 
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■S09
 吉野 靫(立命館大学大学院先端総合学術科)
 「性同一性障害の疾病化の『恩恵』とその限界性」
 第1希望:A 第2希望:B

  90年代初頭まで「変態」、「趣味嗜好」としか見なされていなかった性別移行の問題が、「性同一性障害」という医療化・疾病化によってもたらした影響は確かに大きかった。「病気ならば仕方ない」という消極的「理解」に寄与し、メディアには当事者の露出が増え、一見、日本は「性同一性障害」に対して寛容な国であるかのような表層的雰囲気が漂っている。
  しかしそれは一方で、「生まれついての男より男らしいFtM」あるいはその逆というジェンダー強化の考えにも繋がり、性的指向においても、ヘテロセクシズムが幅をきかせている(MtFに恋人の有無を尋ねるとき必ず「彼氏は」と訊くことに、何の疑義も差し挟まれない)。「性同一性障害」という医療化によって大きく殺がれてしまった当事者の実態に目を向ける必要がある。
  2000年代半ばから、セクシュアリティをテーマとして活動する若手のコミュニティによって、 男女二元化の圧力を超え出ていく性同一性障害当事者の存在が徐々に顕在化している。そこでは、敢えて決定的な性別移行を行わず、「乳房なし、ペニスなし」など、一般には中途半端とされるような身体の状態を肯定的に捉える試みがなされている。前述のように、性同一性障害を巡っては、法制度をはじめ当事者の性別を男/女へと二元的に振り分けようとする強力な磁場が働いており、医療関係者や一部の当事者の間で前提として語られることが少なくない。申請者は、これらの背景に「GID規範」が存在していることを指摘し、法・社会制度が当事者の多様性を縮減していることを明らかにした。
  また医療の観点からは、当事者の多様な身体ニーズに応答し得る研究は殆ど行われていない。当事者が身体を変えるためには、何らかの形で医療が介在せざるを得ない。しかし、医療側と当事者側がそれぞれ想定する「GID医療」の内実には齟齬がある。望む身体のあり方には個人によって振れ幅があるが、外科医療は二値的であり、最終的に「女/男」の身体に近似した状態に当事者を誘導していくのである。
  本報告では、このような「性同一性障害」医療10年の歴史と周囲の状況を整理し、混乱の現状を踏まえたうえで、疾病としての性同一性障害から、生き方としてのトランス・ジェンダーへの提言をはかるものである。

 
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■P08
 白杉 眞(立命館大学大学院先端総合学術研究科)
 「重度身体障害者の自立支援における自立生活センターの支援の在り方――自立生活センターにおける権利擁護活動を中心にして」
 第1希望:B

  自立生活センターは、社会に障害者の世界観があることを訴える運動体と、「障害者の専門家は障害者である」という観点から、従来の福祉の受け手から担い手となり、さらに必要な制度を開拓していく事業体である。しかし、現在では事業体が中心となり、運動体が弱体化しつつある。これでは一般事業者と変わりがなく、自立生活センターではなくなってしまうというと私は考える。
  そこで本報告では、モデルとなっている関西地区にある2団体を取り上げ、自立生活センターの特徴である権利擁護活動を中心に、実態にあわせた重度身体障害者の自立支援における自立生活センターの支援の在り方について検討する。
  わが国における自立生活運動は、1960年代の「青い芝の会」による活動から注目されるようになった。当時の活動は衝撃的なものであり、障害者の存在と権利を強烈に印象づけた。それから約40年が経つ現在まで、自立生活運動は広く市民に知られるようになり、介助保障制度が措置から契約に転換する等、徐々に障害者は権利を獲得してきた。このような自立生活運動史において、1980年代にアメリカより伝わった自立生活センターの役割は大きなものがある。最初にわが国の自立生活センターを中心とした自立生活運動の歴史に触れることで、自立生活運動が社会にどのような影響を与えたのか考察する。
  次に自立生活センターが行う自立支援を視野に入れた地域生活支援の研究を行っている北野誠一の理論を取り上げ、一方では私自身が考える今後、望まれる自立生活センター運営体系像、及び運動団体として権利擁護活動を中心とした障害者の自立支援に関する活動像を検討し仮説として提示する。
  以上の仮説をもとに、介助者派遣サービス事業が中心となっている現状がある中で、事業と運動の両面を比較的バランスを保ちながら、自立生活センターとしての活動を行っている2団体に質的調査を行い、それらの特徴と共通点を検討する。
 それらの実践例をもとに今後、自立生活センターに求められる運営体系と、自立生活センターの権利擁護活動を活発化させるための方法を提示する。そして、運動団体である自立生活センターが、障害者の自立生活に必要な介助を得るためにどのような支援が必要かを検討する。

 
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■P07
 山本 晋輔(立命館大学大学院先端総合学術研究科)
 「重度障害者の単身在宅生活における住まいの実態と課題」
 第1希望:B

  【問題意識・研究背景】2008年度からすでに実施している難病(ALS)患者の在宅独居生活支援活動を報告する。家族を持たない重度障害者が地域で一人暮らしをすることは極めて困難である。医療的ケアの管理や医療と介護の連携など、従来家族の仕事とされてきたことを担う制度的体制も整備されていない。本研究では、医療的ケアを要する単身者の一事例を通じ、在宅生活における住まいの実態と課題を明らかにすることを目的とする。
  【研究方法】昨年度から実施している難病(ALS)患者の在宅独居生活支援活動を継続し、その過程の記録のほか、対象者へのヒアリング調査とともに住まいの実測および観察調査を行なう。写真撮影やスケッチを通じてハード面における実態とニーズを把握し、課題を抽出する。調査対象者:筋萎縮性側索硬化症(ALS)を罹病した61歳男性。調査期間:2008年7月〜2009年5月に実施した。
  【結果・考察】進行性疾患の障害者が安定的な在宅生活を維持していくには、病状の進行に伴うケアニーズを当事者と周囲が共有し、それに対応できるだけの柔軟な制度を模索していくことが必要である。住空間の整備は当事者や家族が中心となって行われることが想定されているが、対象者のような単身の障害者は進行の最中で自身がどのように住まうかを具体的にイメージし、決定することは困難である。また、家族がいないため訪問ヘルパーがハード面での細やかなニーズにも対応しなければならないが、対象者のこれまで営んできた生活のルールに即さず関係が悪化することもあった。必要となった医療的ケアにより、医療従事者以外触れられないスペースが現われたりもした。発病以後の生活の変化に対応しようとする対象者の葛藤は住空間に反映される。経済的な負担を考慮しつつ、患者本人と医療、福祉、建築等の専門家の連携による効果的な支援が求められる。

 
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■P06
 長谷川 唯(立命館大学大学院先端総合学術研究科)
 「重度障害者の在宅支援体制の事例検討」
 第1希望:B

  【問題意識・研究背景】2008年度からすでに実施している難病(ALS)患者の在宅独居生活支援活動を報告する。家族を持たない重度障害者が地域で一人暮らしをすることは極めて困難である。医療的ケアの管理や医療と介護の連携など、従来家族の仕事とされてきたことを担う制度的体制も整備されていない。本研究は、とくに医療的ケアを要する障害者が地域で一人暮らしをするために、必要な支援内容を具体的に明らかにし、制度化に結びつく情報として整理して提示することを、最終的な目的とした。
  【研究方法】昨年度から実施している難病(ALS)患者の在宅独居生活支援活動を継続し、その過程を記録・分析をし、支援の仕方とかかわり方について検討を行った。また本人と福祉・医療機関からのヒアリングを通し、安定した在宅生活をサポートするために望ましい連携のあり方についても考察を行なった。調査対象者:60歳男性、病名は筋萎縮性側索硬化症(以下ALS)を対象とした。調査期間:2008年4月〜2009年8月。
  【結果・考察】安定した在宅生活を維持するには、@医療機関との密接な連携、A症状の進行に合わせた柔軟な制度設計、B本人の病状の進行に合わせた適切なニーズ判定と支援が必要である。特に進行性難病患者の場合、その時点での「真の」ニーズを必ずしも本人が常に自覚・認識をしているわけではない。また周囲が常に正しくニーズを把握することも難しい。本人の要求が優先され、医療的アセスメントを妨げる場合がある。在宅生活を維持するためには、医療と福祉の密接な連携が必要であることが明らかになった。
  進行性疾患による身体状況の変化に即応した支援体制を構築するためには、医療と福祉の連携に基づいた重層的なサポートが必要である。また、進行性疾患をもつ中途障害者が自立生活障害者になるためには、アドボカシーが必要な場合があると考えられる。

 
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■P05
 山口 真紀(立命館大学大学員先端総合学術研究科)
 「病名診断をめぐる問題とは何か――診断名を求め、語る声から考える」
 第1希望:B

 心の状態や在り方に診断名を与えること/得ることについて、これまでに多く、医療社会学の分野から医療化との批判がなされてきた。しかし一方で、診断を求め、肯定的に語る声がある。本報告では、成人してのちアスペルガー症候群と診断されたニキリンコの主張に注目したい。近年、ドナ・ウィリアムズの『自閉症だったわたしへ』(1993=2000,新潮社)をかわきりに、自閉症やADHD(注意欠陥・多動性障害)、アスペルガー症候群と診断された人々が、自らの世界観や体験を書き記した書籍が発表されはじめている。ニキリンコは日本におけるこうした動きを牽引してきた人物でもある。ニキは、それまでに感じてきた周囲とのズレの原因に説明を求める気持ちを抱いてきたこと、二つの診断名のあいだで揺れ動いたこと、それが得られたときの安堵や了解の気持ちを記している。そして当人が病名を求めることの正当性を主張する。
 ニキの主張からもたらされるのは、診断名を得るという行いは生きづらさの承認、治療や対処への機会としてもあり、病名によって得られる場所や位置があるという認識である。このことは重要な問題提起を含んでいる。すなわち、これまでの医療化批判の議論においては、ときに行為の権力構造やラベリングによってもたらされる負の側面の指摘に傾注し、「誰にとって、何が問題なのか」という視角からの議論を取りこぼしてきたのではないかということ。さらにはニキが「制裁だけを先取りしてきた歴史」と批判しているように、これらの議論の現在形が、ニキにおいては病名を求めるという気持ち自体を否定するものとして感受されている側面が考えられる。ニキの指摘を受けるとき、診断をめぐる問題について今一度整理・検討される必要があるのではないか。報告では、ニキ自身も引用している精神科医・香山リカの議論を取り上げ、その「対立」の様相を考察する。

 
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■P04
 松枝 亜希子(立命館大学大学院先端総合学術研究科)
 「向精神薬が規制されるにいたった経緯とその論拠――トランキライザーの事例から」
 第1希望:B

  現在、保険薬として処方されている向精神薬、トランキライザーは、1950-60年代、市販され広範に流通していた。いったん広範に普及したトランキライザーが市販薬から保険薬へとどのように移行したのか。製薬企業の宣伝戦略および行政による販売規制の変遷などの子細にわたる検討をつうじて、その過程を明らかにするのが研究目的である。研究方法は、1950-60年代に発行された新聞・雑誌の記事・広告、行政資料の言説分析をとる。
  1950-60年代、トランキライザー(抗不安薬の一種)は「ノイローゼ・不眠に」「赤ちゃんの夜泣きに」という広告を新聞などに多数掲載し、薬局で市販されていた。一般の人が容易に購入でき、消費量も多かった。製薬企業は広告掲載などの販売促進に力を注いでおり、多くの利益を生む商品であった。しかし、60年代後半になるとトランキライザーの一般販売は行政によって規制され、医療保険制度のもとで処方される保険薬へと移行した。その背景には、容易に入手できるがゆえの乱用などの問題が存在したという。その結果、幾度かの段階をへてトランキライザーの市販には規制がかかっていく。行政による規制は、トランキライザーの乱用が問題になったことが大きな要因ではあったことに加え、睡眠剤や風邪薬、ビタミン剤などの副作用や乱用、乱売といった大衆薬をとりまく状況が問題化していたことが背景にある。行政のそれらの対応への一つとしてトランキライザーも市販薬から保険薬へと切り替わっていったといえることがあきらかとなった。報告当日には、行政の対応の変遷をより仔細に分析する。

 
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■P03
 坂本 徳仁*・佐藤 浩子**・渡邉 あい子**
 *国立リハビリテーションセンター **立命館大学大学院先端総合学術科
 「聴覚障害者の情報保障と手話通訳制度に関する考察――3つの自治体の実態調査から」
 第1希望:A 第2希望:B→Bに決定

  聴覚障害者の中には先天的ないし言語学得前に聴覚を失い、日本手話を主要なコミュニケーション手段として用いている人々(いわゆる「ろう者」)がいる。手話通訳制度は、そのような手話を使用する人々が滞りなく日常生活を送れるように、1970年代以降、当事者運動の要求に沿う形で公的に整備されてきた。しかしながら、公的な手話通訳制度にはまだまだ多くの構造的問題が存在するものと指摘され、関連団体(全日本ろうあ連盟、全国手話通訳問題研究会、日本手話通訳士協会)から多くの要望が提出されている。
本研究は、三つの自治体における手話通訳の養成事業・利用状況に関する聞き取り調査から、(1)手話通訳養成事業の効果と限界、(2)手話通訳の利用における諸問題、といった二つの点を明らかにし、日本の手話通訳制度が抱える構造的問題を改善するために何が必要とされているのか考察することを目的としている。
  結果として、手話通訳養成事業に関しては、@手話通訳養成事業における手話通訳者育成の困難さ、A手話通訳養成事業における手話サークルの重要性、という二つの点が明らかになった。また、手話通訳の利用・活用状況については、@手話通訳奉仕員の硬直性、A聴覚障害者一人当たりの手話通訳利用件数における自治体間の差、B聴者・ろう者間のコミュニケーションの不在、C特定項目・特定人物における手話通訳利用の集中、D手話通訳の使い分け、Eソーシャル・ワーカーとの連携の必要性、F手話通訳者の低賃金問題、という7つの点が明らかになった。
  これらの点を踏まえた上で、ろう者の情報保障手段として手話通訳制度が機能するためには、@手話通訳の専門職化と職の細分化、A労働現場における手話通訳の公的な保障、B手話通訳養成事業の見直し(養成事業の有料化や手話サークルとの連携強化)、C手話通訳とソーシャル・ワーカーの連携強化ないし手話通訳相談員の資格化、といった4点の改善が必要であると結論付けた。

 
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■P02
 沖山 稚子(障害者職業総合センター)
 「職業的困難度からみた視覚障害者の雇用問題――障害種類間の格差」
 第1希望:A 第2希望:B →Bでも可との連絡あり →

  障害者雇用施策において障害者福祉施策の障害程度の基準を借用して現在に至り、既に50年間が経過しているが、支援ニーズに焦点を当てた障害認定にはなっていず不備があることが叫ばれて久しい。
  従来の国際障害分類(ICIDH)が個人因子と環境因子の視点を加えて、国際生活機能分類(ICF)として改訂されるまでに多くの期間を要したが、障害者に対して就業支援を行う実務の現場では、実態としての職業的困難度に注目して業務を進めてきた。ICFのモデル図にもあるように、障害者だけでなく雇用が想定される事業所の状況や、その際に使える支援や制度などをふまえた相互関係の中で職業上の困難を評価し、その結果をもとに就職支援するのは就職支援の現場では日常的なことであった。
  これまでの障害学会大会において、30年間の就職支援の実務経験から報告者自身の問題意識をもとに、2007年には先行研究等の紹介を通して、2008年には障害者の就業支援現場担当者の意識調査の結果から、職業的困難度からみた雇用問題について報告した。今回は、少し視点を変えて最近行った2つの調査結果(注)から、障害者雇用にあたり障害種類間に格差があることに注目し、視覚障害者の職業的困難について紹介する。
  1996年に総務庁は労働省に対して職業機関独自の職業的困難度の認定を行うように勧告したが、具体的な対応はまったくなされていない。「就職したい」と希望し、就職活動を繰り返しながらも就職できずにいる障害者こそ就職困難者であるという視点から職業機関独自の職業的困難度の評価がなされ、それが就職支援に反映されるよう職業的困難度を巡る関心が関係者の間で広まることを期待する。
(注)「中高年齢障害者の雇用に関する事業所実態調査」(2008年9月)
「ハローワークにおける求職視覚障害者の就職に対する意識調査」(2008年5月)

 
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■P01
 大野 真由子(立命館大学先端総合学術研究科)
 「「障害」とは何か――難病者をめぐる障害者福祉制度における現状と課題」
 第1希望:B 第2希望:A →決定:B

  障害者基本法第2条によれば、「障害者」とは「身体障害、知的障害又は精神障害があるため、長期にわたり日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける者」をいう。難病者がここでいう「障害者」に該当するかについては、本文中に明示的な記載はなされていない。もっとも、2004年改正において「国及び地方公共団体は…難病等に起因する障害があるため継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける者に対する施策をきめ細かく推進するよう努めなければならない」と附帯決議の第16条「障害の予防に関する基本的施策」で触れられている。このことは「障害の予防」という枠組みの中で難病を捉えることにより、難病者を一応の適用対象としつつも、その判断に当たっては病気そのものを見ているのではなく、難病から起因して生じてくる「身体障害」をもって「障害者」としていると解釈することが妥当である。
  我が国の障害者福祉制度は、もっぱら機能障害にその焦点が当てられている。難病患者が福祉サービスを利用するためには、身体障害者福祉制度の対象となる必要があり、そのためには身体障害者手帳を取得しなければならない。しかし、判定には症状が固定しているなどの条件があり、症状が不安定で進行する可能性もある難病者にとっては非常に利用しづらいものとなっている。また、身体的な機能障害としては明確に現れない神経症状(例えば、痛みや痺れ)や、機能障害として発現するまでに時間を要するケースなどについては現在のところ不十分であるといわざるを得ない。
  本報告では、難病であるCRPS(複合性局所疼痛症候群)患者へのインタビュー調査から得られたデータをもとに、障害者手帳の要求する「機能障害」には該当しない身体的不自由とそれに伴う社会生活上の困難について現状を明らかにする。また、患者の語った「困難さ」を社会福祉学的視点から考察することによって、現行制度ではどこまでの救済が可能なのか、救済できない場合に生じる不都合性とは何か、不都合を補うにはどのような制度の見直しが必要であるのか、といった難病者をめぐる障害者福祉制度における課題を提示する。従来の「障害=機能障害」という枠組みを超え、生活上の支障・困難といった当事者のニーズを中心とする多義的観点から、「障害」とは何かについて再定義していくことを目的とする。


UP:200905 REV:20090615, 16, 18, 23, 24, 0709, 11, 15, 22, 26, 28, 29, 30, 31, 0801, 02, 10, 30, 0920
障害学会第6回大会  ◇障害学会  ◇障害学・2009  ◇障害学
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