HOME >

厚生経済学

welfare economics





「……
 つまり、この類いの主張は、所有、すなわち財の配分の初期値のあり方について何も言わない。右の有利であるという言明は、各々が手持ちのものを処分する時に、その処分は当の者にとって有利な処分であるというだけのことだった。これは、所有の初期値を問わずに前提する限りでだけ妥当な言明である。どのように配分されていても、それを前提としてそれ以降になされる自己決定・同意に基づいた処分は、当事者に利益をもたらすとは言いうる△p.42△(図2・6)。だがそれは、その「自己決定」の対象となる財の個々の主体への配分のあり方自体を正当化するものでは決してない。各自の身体の各自への配分にしてもそうである。これは全く自明のことだ。だが、これが呑気な自由主義者によってしばしば見逃されている。
 初期値と言った。しかしこれはただ一度だけ問題になるようなものではない。人は毎日行為し、生産している。ここで初期値とは、その、その都度その都度の各自の持ち分のことなのである。それはその都度その都度の各自の取り分の差をもたらす。◆18

「…われわれがケーキを分けるときのことを考えてみよう。どの人間にとってもケーキは多ければ多いほど望ましい、と仮定すれば、その仮定だけで、すべての分配の仕方はパレート最適である。ある人間をより満足させるようにケーキの分け方を変えれば、他の誰かの満足が必ず減じられるからである。このケーキの分割の問題における唯一の主要な問題点はその分配なのであるから、ここではパレート最適の考え方はなんの効力ももち得ない。こうして、ただひたすらにパレート最適のみに関心を寄せてきた結果として、せっかくの魅力的な一学問領域であるところの厚生経済学が、不平等の問題の研究にはすっかり不向きなものとなってしまったのである。」」
(立岩真也『私的所有論』pp.42-43)

「◆18 引用はSen[1973=1977:16]。「…経済理論は、誰に所有権を与えるべきかを論じていない。これは分配的正義の基準を必要とし、経済学が努めて回避する問題である」(塩野谷祐一[1992:96])。彼自身の論は塩野谷[1984]で展開されている。他に見田宗介[1972→1979:217-218]に同様の指摘。個人的選好の線形順序性をも問題にするこの論文は、本書第4章・第8章とも関わり重要。」
(立岩真也『私的所有論』p.63)

Sen, Amartya 1970 Collective Choice and Social Welfare San Francisco, Holden-Day, xi+225p.=20000825 志田 基与師 監訳,『集合的選択と社会的厚生』,勁草書房,308p. 3000 ※

 「厚生経済学は政策の提言にかかわる。それは、「社会状態xとyの間で選択を行うならば、xが選択されるべきだ」というような結論にたどり着くための方法を探究している。厚生経済学が「価値自由」でありえないことは明らかである。なぜならば、厚生経済学が目的とする提言自体が、価値判断だからである。この観点からすれば、非常に多くの著名な経済学者たちが価値自由な厚生経済学を発見できるかどうか熱心に議論し続けてきたことは、やはりある種不思議なできごとであったと判断せざるをえない。
 いわゆる「新厚生経済学」(1939−1950)は、純粋に事実にかんする前提群から政策判断を引き出すことに大いに関心を抱いていた。当時の最も特筆すべき論者の一人を引用しよう。  (Hicksからの引用…略)」(p.71)  「理由もあいまいなまま、「価値自由」だったり「倫理自由」だったりすることは、個人間コンフリクトを免れることと同一視されてきた。そこには、もしも全員がある価値判断において一致するのであれば、それはもはや価値判断などではなく完全に「客観的」である、という暗黙の仮説があるように思われる。」(p.72)


見田 宗介  1972 「価値空間と行動決定」,『思想』→1979 見田[1979:209-241] <64>
―――――  1979 『現代社会の社会意識』,弘文堂
Sen, Amartya 1970 "The Impossibility of a Paretian Liberal", Journal of Political Economy 78→1982 Sen[1982:285-290]=1989 「パレート派リベラルの不可能性」,Sen[1982=1989:1-14] <63>
*―――――  1973 On Economic Inquality, Oxford Univ. Press=1977 杉山武彦訳,『不平等の経済理論』,日本経済新聞社 <64>
―――――  1976 "Liberty, Unanimity and Rights", Economica 43→1982 Sen[1982:291-326]=1989 「自由・全員一致・権利」,Sen[1982=1989:36-119] <63>
*―――――  1982 Choice, Welfare and Measurement, Basil Blackwell=1989 大庭健・川本隆史訳,『合理的な愚か者――経済学=倫理学的探究』(6本の論文を訳出),勁草書房,295+10p.
*塩野谷 祐一 1984 『価値理論の構造』,東洋経済新報社,480p. <64>
―――――  1992 「コメント」,『法哲学年報』1991:95-97 <57,64>



経済(学) economics  ◇公共/公共哲学(public philosophy)/公共政策(public policy)
TOP HOME (http://www.arsvi.com)