「1915年、アメリカ・ボルチモアで開かれた全国慈善・矯正事業大会(National Conference of Charities and Correction)において、「ソーシャルワークは専門職か?」(Flexner[1915:576-590])が発表された。この報告は、エブラハム・フレックスナー(Flexner,A.)によってなされたが、彼はこの短い「論文一つによって、その名は社会事業界に遍く知れわたっている人」(田代[1974:68])である。
「その後の社会福祉専門職の研究に原点の位置を占めるかのように、多大な影響を与え続けてきた」(秋山[1988:85])といわれるこのフレックスナー講演は、社会福祉学の基礎知識として、社会福祉の専門家たるものは頭に入れておかなくてはならない事項である。なかでも、フレックスナーの功績として専門職が成立するための「6つの属性」を明確に提示したことが注目される(田代、[1974:68]秋山[1988:85]、NASW[1995:2584-2585]奥田[1992:67]などで引用される)。その専門職の規準とは次のようなものである。
@ 基礎となる科学的研究(基礎科学)のあること1)
A 知は体系的で学習されうるものであること
B 実用的であること
C 教育的手段をこうじることよって伝達可能な技術があること
D 専門職団体・組織を作ること
E 利他主義的であること2)
これらは医学を完成された専門職のモデルとして提示されたといわれるが、フレックスナーの主張にインパクトがあったのは、なによりもこのモデルに準拠してソーシャルワークは専門職ではないという結果を導いたことである。フレックスナーはこれら属性を掲げた後で、「現段階でソーシャルワークは専門職に該当しない」(Flexner[1915:588])と結論づけた。当時、アメリカでは社会福祉を専門に教える学校は既に設立され、「専門的」な教育がそこで施されつつあるという認識があったばかりに、このことは社会福祉従事者を専門職化させようと試みる人々にとっては衝撃的なものであった(田代[1974:68]、小松[1993:28-29])。
いや、そればかりではない。爾来、専門職化のためには、考案された「専門職として承認されるための条件」(フレックスナーの場合は例の「6つの属性」)を充たしていく過程を歩んでいくべき、という暗黙のルールが社会福祉学という場を支配していくことになる。▲09▲フレックスナーに準拠した論理展開によって「専門職化」を推し進めた人物としてグリーンウッド(Greenwood, E.)やミラーソン(Millerson, G.)などがあげられる。彼らの社会福祉の専門職化に関する研究も、フレックスナー「神話」(Austin[1983])の世界のなかでくりひろげられた議論であったといえよう。
グリーンウッドは1957年に「専門職の属性」を発表し、独自に5つの属性(Greenwood[1957:44-55])3)を掲げた後で、「ソーシャルワークはすでに専門職である」と結論づけた。このフレックスナーと正反対の結論にも、フレックスナーの影響をうかがうことができる。なぜなら、フレックスナーの講演は、「発展する社会福祉学」(発展しゆくイメージについては、第3節参照)を運命付けたのであるが、グリーンウッドはその運命に従って、いよいよ社会福祉も専門職に昇格する時期にきたという判断を下したにすぎないからである。
しかしながら、グリーンウッドが独自の専門職の基準を設け、既に当時のソーシャルワーカーはそれらの基準を充たしているため、専門職であると述べたことは人々の認識に基づいていた。1952年にソーシャルワーク教育協議会(Council on Social Work Education:CSWE)が結成され、ソーシャルワーク教育についての全米的な責任を持つものとなったほか、1955年に7つの社会福祉団体が統括され4)、全国ソーシャルワーカー協会(National Association of Social Workers:NASW)が組織された。このグリーンウッドの論文が合併して間もないNASWの機関紙“Journal of Social Work”に発表されたことも、一つの完成された学問体系に立脚しているように思われる。
1967年に東京都社会福祉審議会が東京都知事に対して提出した答申「東京都における社会福祉制度のあり方に関する中間報告」のなかで、ミラーソン(Millerson, G.)の概念が用いられ、日本では彼の6つの属性が普及している(秋山[1988:86-87])。1964年に発表された「資格化団体 ―専門職化の研究」は、専門職を属性で把握し、専門職になるためにそれぞれの条件を充たすよう促す5)。ここでは条件として、「テスト合格」という用件が加えられていることが注目されている6)。しかしながら、この論文においても、属性モデルを規準とする基本的な姿勢はフレックスナーやグリーンウッドと大差ない。それは、ブラウン(Brown, E.L.)の掲げた属性7)にしてもまたしかりである。その他にも、多くの研究者が専門職性について言及したが、奥田のおこなった比較一覧表を参照したい。」
2) 場合によっては、この6つの規準に加えて「専門職の集団に属する人々は、常規的・機械的なものではなく、知的な過程にたずさわるものであり、またかかる知的な仕事をなす際に個人的責任を負うもの」(岡本[1988:60])があげられることがある。ちなみに“Encyclopedia of Social Work”(NASW[1995:2585])では6つとなって▲25▲いるが、論文ではしばしば強調される点であることを考慮すると、この7つめの属性も重要であろう。
3) ここで、グリーンウッドは@体系的な理論、A専門職的権威、B社会的承認、C倫理綱領、D専門職的副次文化(サブカルチャー)という5つの属性を示している。
4) 全米ソーシャルワーカー協会職業安定所(1917年、後に全米ソーシャルワーカー協会)、アメリカ病院ソーシャルワーカー協会(1918年、後にアメリカ・メディカル・ソーシャルワーカー協会)、全米訪問教師協会(1919年、後に全米スクール・ソーシャルワーカー協会)、アメリカ精神医学ソーシャルワーカー協会(1926年)アメリカ・グループワーク研究協会ソーシャルワーカー(1936年、後にアメリカ・グループワーカー協会)、アメリカ・コミュニティーオーガニゼーション研究協会、ソーシャルワーク調査グループ(1949年)の計7団体が合併された。
5) ミラーソンが掲げる専門職の属性とは、@公衆の福祉という目的、A理論と技術、B教育と訓練、Cテストによる能力証明、D専門職団体の組織化、E倫理綱領の6項目である(秋山[1988:87])。
6) しかしながら、「6つの属性」のなかにあげていなかったからという理由だけで、フレックスナーが「テストによる能力証明」を支持しないと結論づけるのは短絡的である。彼の医学における「専門職」観は、何らかの資格制度を前提とするものである。
7) ブラウンは専門職の特性として、@高度の個人的責任を伴う知的操作の使用、A学習可能性、B専門化された規準を通じて、伝達されうる技術の保有、Cその諸規準の向上と利益の増進とのための団結化の傾向をもつ、Dそれは理論的たるにとどまらず、その目的、及び目標において、実際的なもの(岡本[1988:62])をあげている。
8) 岡田藤太郎はすでに1972年に「ソーシャルワークの専門性の特性を、一口で言って拡散性とあらわしてみたらどうかと思う」(岡田[1977:164-169])として、5つの拡散性(@ソーシャルワークの適用される対象領域の拡散性、Aその適用の多様性、Bその技術の非純粋性、Cその基礎とする学問の多様性、D専門職業性)を提示し、それを積極的な方向で認識するよう主張している。