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労働関連ニュース 2008年5月6日から10日



◆育て日比の架け橋 NGOが大学設置・支援
 http://www.asahi.com/international/weekly-asia/TKY200804280383.html
2008年05月06日
 ◆日系の枠超え、地域へ
ミンダナオ国際大学の卒業式で、日本語教師の黒田矢須子さん(右)にキャップをかぶせてもらうフィリピン人卒業生=フィリピン・ミンダナオ島ダバオ市、木村写す
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約400人の学生が学ぶミンダナオ国際大学。新学期は6月から始まる=フィリピン・ミンダナオ島ダバオ市、木村写す
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ミンダナオ国際大学の卒業式で、日本語教師の黒田矢須子さん(左)と握手を交わす卒業生=フィリピン・ミンダナオ島ダバオ市、木村写す

 季節はずれの大雨が降った3月末、フィリピン南部ダバオ市のミンダナオ国際大学で小さな卒業式が開かれた。角帽をかぶったフィリピン人卒業生は40人。「おめでとう」「ありがとう」。会場に滑らかな日本語が飛び交った。

 大学は02年、日比の懸け橋となる人材の育成を目指し、日本のNGO「日本フィリピンボランティア協会」(本部・東京都調布市)の支援で設立された。「日比の新しい関係を研究する拠点にしたい」と、網代正孝会長(69)は言う。国際、社会福祉、教育の3学科で学生は400人。日本語を必修とし、その教育水準の高さが評判を呼び、入学者が年々増えている。

 開設時は日本からの寄付で基金を創設。その後は学費収入などで運営されている。日本人の「教育里親」による奨学金制度もあり、昨年度は21人が奨学金で就学した。

 出発点は、ダバオの日系人支援だった。同市には太平洋戦争前、大きな日本人町があった。マニラ麻の栽培などで100年余り前に日本から移民が始まり、1930年代後半には2万人近くを抱える豊かな日系社会となっていた。

 しかし戦争で家族は引き裂かれ、日本の敗戦で日系人の財産は没収された。日系人は貧困と差別に苦しみ、日系人であることさえ隠した。ダバオに日系人会ができたのは戦後35年も経た80年のことだ。

 協会は、そんな日系人を助けようと90年に発足し、子供の教育支援をした。

 「戦争が終わったらダバオでまた一緒に働くつもりだった」。長年の支援者である福島県二本松市の武藤盛満さん(78)は、開戦直前の41年11月までダバオにいた。「マニラ麻もヤシ油も日本人移民が比人と協力して世界に誇る産業に育てた。途絶えさせたくなかった」。いつか現地の人々がその誇りを取り戻してくれれば、と願う。

 「教育里親」制度のほか、幼稚園から高校までの日系人会学校の開設支援や日本語教室。地道な活動は比人の日本への理解を深めた。活動は他の比人にも広がり、大学では日系人学生は1割以下。地域に根付いたあかしでもある。

 今、運営管理責任者として大学を仕切るのは日系3世のマリャリ・イネスさん(37)だ。小学6年で祖母から3世だと聞くまで「私も日系人の子をいじめていた」。日系人であると知った時は「自分が日本人だなんて恥ずかしく、ショックだった」と語る。

 だが、祖母や母は、ダバオでまんじゅう屋をした鹿児島出身の祖父がどんなに優しかったか、何度も話した。協会の支援を受けて勉強するようになり、日本人を身近に感じるようになった。

 きょうだい10人のうち8人は今、日本で働く。経済的にはその方が楽だと思うが、「日本で稼ぐより、フィリピン社会の役に立ちたい。それが私なりの、日本と日系社会に対する恩返し」と話す。

 ◆弁護士の進出に逆風

 だが、大学は厳しい現実に直面している。

 3月に卒業した社会福祉学科のラリー・ヒマンパンさん(21)は日本で介護福祉士になることを夢見てきたが、その道は閉ざされたままだ。比人介護士受け入れの突破口となるはずの日比経済連携協定が、署名から2年近くたちながら、比側の批准の遅れで発効していないためだ。

 同科の高齢福祉専攻の卒業生20人のうち、介護関係の仕事に就いた人は皆無。ヒマンパンさんは「カナダで介護の仕事を探す。でも隣の国のお年寄りを助けたいという気持ちは今も強い」と言う。

 日比ボランティア協会は比人学生らに日本での経験を積んでもらおうと、ボランティアとして東京都内の介護施設に送り出していた。昨年、この施設が学生らを夜勤職員とみなして介護報酬の不正請求をしていたことが発覚。施設は「賛助金」を協会に支払い、協会はこれを学生らの渡航費や生活費に充てた。これが労働の対価とみなされ、協会は都の改善命令を受け、研修は中止になった。

 「せっかく高度な技術を学んでも試す場がなく、学生たちの向上心維持が課題」と、ミンダナオ国際大で「介護の日本語」の教師指導をする大本和子さん(62)。医療ソーシャルワーカーとして日本の大学病院の第一線で活躍してきた。退職後、ボランティアで大学に協力している。

 大学側も、なんとか逆風を乗り切ろうと必死だ。今年中にも日本の介護施設へのインターン派遣が実現しそうだという。介護以外にも、日本企業の援助で情報技術(IT)講座を開始する予定だ。

 ただ、壁は「制度」だけではない。「日本人の中には、比人を安い労働力としか見ない風潮がある」と、協会事務局の中井聡さん(42)。大学を巣立つ卒業生が一人でも多く日本人と一緒に働くことで、比人に対する見方を変えて欲しいと考える。

 「援助から始まった我々の活動だが、カネのある日本が上で、貧しいフィリピンが下、という図式はもう古い」と、網代さんは言う。高齢化した日本は、その弱い部分をフィリピン人に助けてもらう時代になった。「そういう意識が、日本人にはあまりにも薄いと思いますよ」(ダバオ=木村文)

 ◆キーワード◆

 フィリピン人と日本語 フィリピンの日本語学習熱はそれほど高くはない。国際交流基金の06年の調査によると、日本語学習者数は約1万8千人。東南アジアで最も多いのはインドネシアで約27万人。フィリピンより人口の少ないタイ(約7万人)やマレーシア(約2万3千人)をも下回る。ただ近年、日本語学習は徐々に広がり、同基金の調査では、03年から06年の間に学習者の増加が目立った国としてインド(2倍)、フィリピン(1・6倍)、モンゴル(1・4倍)が挙げられた。


UP:20080610 REV:随時
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