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選別主義・普遍主義


last update: 20140623

◆Titmuss, Richard Morris 1968 Commitment to Welfare, George Allen & Unwin=1971 三浦 文夫 監訳,『社会福祉と社会保障――新しい福祉をめざして』,東京大学出版会,346p. 1600

 「われわれが直面している課題は、普遍主義的サービスと選別的サービスの選択の問題ではない。真の課題は次の問題のなかに存在する。すなわち、個人的ミーンズ・テストによることなく、特定のカテゴリーや集団や地理的範域のニードの基準のうえに立って、社会権として与えられる選別的サービスが、その内部に、またその周辺に発展され、受け入れられるような価値および機会の基礎的枠組みを提供するためには、一体、どんな特定の下部構造をもつ普遍主義的なサービスが必要であるかという問題である。」(Titmuss[1968=1971:150-151]、里見[2002:81]に引用)
 「イギリスにおいては、貧困の問題、民族的統合の問題、さらに社会的なびに教育的不平等の問題にたいする答は、普遍主義的サービスの下部構造をおいて他には存在氏得ないのである。これが不可欠の土台である。その土台のうえに、また、その周辺に、われわれの理論をうちたてなければならない」(Titmuss[1968=1971:151]、里見[2002:81]に引用)
 普遍主義の原則について「この原則が採用されるにいたった一つの基本的な歴史的理由は、サービスをその利用者の地位や尊厳や自尊心を屈辱的に失わせることがないようなやり方で、全国民が利用できるしかも近づきやすいものにしようとすることにあった」(Titmuss[1968=1971:159]、里見[2002:78]に引用)
 「公的に提供されるサービスの利用には、劣等感とか、被救恤性とか、恥辱とか烙印などはあってはならないものである。どんな人でも「公衆の負担」であったとか「公衆の負担」になったとかされることがあってはならていのである」(Titmuss[1968=1971:159]、里見[2002:78]に引用)
 「恥辱の烙印の回避ということのみが、社会権と普遍主義という対概念を発展させた唯一の理由なのではなかった。その他に、一世紀以上のあいだ騒動や戦争や変動を通じて、多くの社会的、政治的、心理的な諸力がこうした概念を明確化し、それを人々に受け入れさせる理由の一つになっていたのである。たとえば、予防という新しい観念――少なくとも一九世紀には、多くのものにとって新しい面来であった――が、もう一つの強力な原動力であった。」(Titmuss[1968=1971:159-160]、里見[2002:80-81]に引用)
 「お金があるとか、ないといったことが個人とその家族の自尊心と結びついていると言うことは嘆かわしいことではあるが、人間的な事実である。これが「ミーンズ・テストの烙印」と呼ばれてきたものの一つの要素である」(Titmuss[1968=1971:167]、里見[2002:98]に引用)
 「過去における貧困者にたいする質の悪い選別的諸サービスは、社会が「福祉」を残余(residual)として、つまり、公共のお荷物としてみたことの結果であったのである。したがって、選別の精度と方法のそもそもの目的は、思いとどまらせることであった(それはまた、効果的な配分方法でもあった)。そして、この目的にかなうもっとも効果的なやり方は、たとえ、給付が社会によってもたらされたマイナスのサービスにたいする全面的な補償であろうと、あるいは部分的な補償であろうと、被保護者(成人も子どもも含む)のうちに、個人的過失感、個人的挫折感を醸成することであったのである。」(Titmuss[1968=1971:167-168]、里見[2002:79]に引用)
 「直接的・普遍主義的な現物の社会サービスの創設の結果もたらされた主要で積極的な成果は、公的な差別的障害を取り除いたということであった。所得や階層や人種のいかんに係わりなく公的に認められた一つのサービスの基準が、二流の市民のための二流のサービスを意味する二重基準にとって代わったのである。」(Titmuss[1968=1971:244]、里見[2002:79]に引用)

平岡 公一 19890125 「普遍主義−選別主義論の展開と検討課題」,社会保障研究所編[19890125:085-107]*
*社会保障研究所 編 1989 『社会政策の社会学』,東京大学出版会

◆Esping-Andersen, Gosta 1990 The There Worlds of Welfare Capitalism, Cambridge: Polity Press=2001 岡沢 憲芙・宮本 太郎 監訳,『福祉資本主義の三つの世界――比較福祉国家の理論と動態』,ミネルヴァ書房
 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/db1990/9000eg.htm

 「・エスピン−アンデルセンは、「普遍主義」について、それが市民の地位の平等をおしすすめ、階級を超えた連帯もしくは「国民全体の連帯」をつくる指導原理(「民衆的普遍主義」)になると論じている。つまり、普遍主義の原理は、民主的権利の拡張と歩調をあわせて形成されるものであり、「市民の地位、便益および責任を平等化し、かつ政治的連合の構築を促進する」。そして、支配的な社会構造に影響を及ぼし、連帯を戦略的につくりだすことに貢献すると考えられている(Esping-Andersen ,1990=2001,p.27;pp.75-6)。」(金子・堅田・平野[2009])

◆立岩 真也 1990 「」

 「社会福祉とそうでないものの境界が時にはっきりしないものに思われるのは、行為の内容について社会福祉が規定されるのか、行為あるいはそれに要する財の供給源から規定されるのかが曖昧にされることがあるからである。
 かつて政治領域においてなされる社会福祉と呼ばれるものは、経済的な困窮者を主要な対象とし(選別主義)、ここには他に援助する主体がないという現実、生存権といった基本的人権に照らしての要求、所得の再分配といった要因があった。それが今日、対象の経済的状態を問わないものとされるべきものとなってきた(普遍主義)とも言われる。しばしばこの移行が論じられる際に、「貨幣的ニーズ」から「非貨幣的ニーズ」への移行という言葉が用いられる(三浦[1985]、等を参照)が、もちろんそれを字義通りにとって誤解すべきではない。必要な財・サービス自体はいずれの場合も商品として購入することが可能だからである。…」(立岩[1990])

平岡 公一 1991 「普遍主義と選別主義」,大山博・武川正吾編『社会政策と社会行政』,法律文化社 ISBN-10: 4589015730 ISBN-13: 978-4589015730 [amazon][kinokuniya]

 平岡があげる第三の定義「給付・サービスの受給に際して個別的な資力調査を行わなければならない場合のみを「個別主義」、その必要がない場合を「普遍主義」とする定義」(平岡[1991:69]、里見[2002:75]で引用)

◆古川 孝順・定藤 丈弘・庄司 洋子 編 19930330 『社会福祉論』(有斐閣Sシリーズ 51),有斐閣,477p. ISBN-10: 4641059497 ISBN-13: 978-4641059498 2520 [amazon][kinokuniya] ※

社会福祉の供給体制 (1) ――供給主体・配分原理・供給形態  (1) 選別主義――普遍主義論争
選別主義の伝統
普遍主義の倫理と隘路

◆古川 孝順 1994 『社会福祉学序説』,有斐閣

◆立岩 真也 1998 「分配する最小国家の可能性について」*,『社会学評論』49-3(195):426-445(特集:福祉国家と福祉社会)
「☆20 「選別主義」から「普遍主義」へという指摘がよくなされる。かつての特定の(貧しい)人たちに対してだけ給付する選別主義(ゆえにスティグマがともないがちだった)から、誰にでも給付されるようになる体制に移ったのだと言う。そして、それにともなってスティグマが付与されることがなくなるのだと言う。しかし、サービスの多くは一律に与えられるものでありえない。普遍主義だけが解決法だとしたらスティグマはずっとついてまわることになる。基本的な問題はスティグマが付与されること自体にある。」

◆正村 公宏 20000315 『福祉国家から福祉社会へ――福祉の思想と保障の原理』,筑摩書房,247p. ISBN-10: 4480863265 ISBN-13: 978-4480863263 2730 [amazon][kinokuniya]

第2章 社会保障の制度
1 社会保障の原理
所得の保障と費用の保障
選別主義と普遍主義
3 福祉国家
「福祉国家」と「普遍主義」

◆星野 信也 2000 『「選別的普遍主義」の可能性』,海声社

◆里見 賢治 2002 「社会福祉再編期における社会福祉パラダイム――普遍主義・選別主義の概念を中心として」,阿部志郎・右田紀久恵・宮田和明・松井二郎編『講座・戦後社会福祉の総括と二十一世紀への展望U:思想と理論』,ドメス出版,276p. ISBN-10: 4810705684 ISBN-13: 978-4810705683 [amazon][kinokuniya] ※

 平岡があげる第三の定義「給付・サービスの受給に際して個別的な資力調査を行わなければならない場合のみを「個別主義」、その必要がない場合を「普遍主義」とする定義」(平岡[1991:69]、里見[2002:75]で引用)

 「普遍主義・選別主義の区別基準は、とくにサービス等の現物給付の場合、ニードのみを要件として給付するのか、それともニード以外の要件をも条件として給付するのか、という点にあるといっても過言ではないと私は考えている。こうした意味では、ニード・テストをもって一般的に選別主義とするのは妥当ではないと思われる。」(里見[2002:77])

◆小沢 修司 20021030 『福祉社会と社会保障改革――ベーシック・インカム構想の新地平』,高菅出版,195p. 2200 [amazon][kinokuniya] 
 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/db2000/0210os.htm

 「かねてより、「福祉国家」下での選別主義的な福祉施策による福祉受給者の自尊心の損傷が、いわゆる「スティグマ」問題として常に大きな関心が寄せられてきたことは周知のことである。すなわち、福祉施策が貧困・低所得者に限定される場合、福祉施策の利用に際してのミーンズテスト(資力調査)が、「公衆のお世話」になるという「世間から切り離された存在」であり「社会の落伍者」であることを福祉受給者に強く意識させたり、申請をためらわせたりする傾向があること、あるいは、福祉サービス自身が質の劣った(=「劣等処遇」)ものになるということが問題にされたのであって、このような選別主義を脱する普遍主義的な福祉施策(サービス)の展開が模索されてきたのであった」(小沢[2002:113])

◆20030915 『イギリスの社会福祉と政策研究――イギリスモデルの持続と変化』,ミネルヴァ書房,358p. ISBN-10: 4623036928 ISBN-13: 978-4623036929 3600+ [amazon][kinokuniya] ※ su.

 「普遍主義−選別主義論の再検討」

杉野 昭博 2004 「福祉政策論の日本的展開 ――「普遍主義」の日英比較を手がかりに」,『福祉社会学研究』1

◆星野 信也 2004 「社会的公正へ向けた選別的普遍主義――見失われた社会保障理念の再構築」,『福祉社会学研究』1
 http://www008.upp.so-net.ne.jp/shshinya/Shakaitekikousei20031.pdf

 「かつて社会福祉サービスは選別的であるという批判がわが国では一世を風靡したが、そのアンチテーゼであった介護保険が、社会資源の有限性を前提する限り、結局は選別主義を脱却できないことは明らかであり、選別主義のマネジメントと裁量を賢明に運用することこそが求められている。」(星野[2004])

◆野崎 泰伸 200706 「生活保護とベーシック・インカム」『フリーターズフリー』vol.01、282-292、人文書院) cf.ベーシック・インカム

◆新党日本 2009 「日本『改国』宣言」 →財源・財政
 http://www.love-nippon.com/PDF/mani3.pdf

 「ベーシック・インカムという考え方
 社会保障制度が前提としていた「労働」と「家族」の形態は、変容しています。雇用の不安定化と非正規化が進行すると同時に、「男性稼ぎ手モデル」の専業主婦型家族が「標準家族」とは最早、規定し得ない社会状況が到来しているのです。
 ベーシック・インカム構想とは実は、大きな政府論とは対極に位置します。個人所得税制に於ける所得控除は不要となり、税制と社会保障制度の統合が実現し、社会保険料の徴収や記録に関わっていた役所と経費、福祉給付で不可欠だった選別主義的な資力調査に投じる経費も不要となります。」

◆金子 充・堅田 香緒里・平野 寛弥 20091011 「社会政策における「普遍主義」の再検討――シティズンシップ論の視角から」、日本社会福祉学会 第57回全国大会 理論第3分科会 報告
 http://homepage3.nifty.com/kanekoju/kanekoju3.pdf

 「・たとえば、日本の議論では、1950年代から70年代初頭にかけて、生活保護法が「福祉六法」へと拡大されたこと、および「国民皆保険・皆年金」が導入されたこと等を筆頭に、資力調査のない福祉施策の拡大、および国民一般を社会保障の対象にしていく過程こそが、「普遍化」の潮流であるととらえられている(杉野,2004)。
・さらに1980年代から90年代には、基礎年金制度の導入、あるいは社会福祉関連八法改正や社会福祉基礎構造改革による「措置から利用へ」および「扶助から保険へ」という形で、社会保障の「普遍化」が推進されてきた。また介護保険制度や支援費制度も、介護サービスの「普遍化」をスローガンに導入された。
・古川孝順は、社会福祉が「貧困者に対する施策」から「貧困者のためだけでない施策」へと変化したことを「普遍化」と呼び、こうした「普遍化」が著しく促進されたのは1980年代の「福祉改革」の推進過程であったとする。だが、1962年の社会保障制度審議会勧告がこのような傾向に「先鞭をつけた」と説明している(古川,1994,p.298)。
・日本の社会保障行政や社会保障制度審議会等の議論では、戦後から一貫して国民一般を対象とする「普遍主義」が支持され、資力調査がなく国民一般を資格要件にするという意味での「普遍主義的」な社会保障を整理するための「保険」という方法が導かれてきた」

『ベーシックインカム――分配する最小国家の可能性』表紙  ◆立岩 真也・齊藤・拓 2010/04/10 『ベーシックインカム――分配する最小国家の可能性』,青土社,ISBN-10: 4791765257 ISBN-13: 978-4791765256 2310 [amazon][kinokuniya] ※ bi.

 「(3)どんな人にも一律にという「無条件性」について。私は一律の給付、「全員に同額を」という仕組みが是非とも必要であるとは考えない。誰に対しても金持ちに対しても一律の給付が必須であると主張するのであれば、ここで分かれる。BIの利点として言われるのはスティグマの回避と手続きの簡素さである。だが、スティグマの回避――これも日本では一九八〇年代に社会保障・社会福祉の「普遍主義」が提唱された時にずいぶんと言われた――を無条件性の正当化の根拠とするべきでないと考える。また個別には対応の仕方はある。手続きの簡素さについては、BIが他と比べて格段に効率的であるとは言えないと考える。必要な手続きはなくすことはできないしまたなくすべきでもない。そして必要性に応じた簡素なものを作ることはできる。第4章で述べる。」

第4章 簡素そしてスティグマの回避という主張について

 「1 本章の要約
 ベーシックインカム=基本所得(以下BI)は無条件に給付されるものであり、働いているかいないかを見ないものであるとされる。その理由として、一つに、制度として簡素であり、手続きが簡便であり、行政コストが安くすむことが指摘される。そしてスティグマの除去が言われる。ただこれらはこれまでも「普遍主義」という言葉のもとで言われてきた。まずそれをいくらか紹介する。
 次に簡便であるという主張について、渡すのはただ一人ひとりに同じ額を渡せばよいのだから、たしかに簡単ではある。しかしその場合も含め、資力調査は避けられないし、避けるべきでない。とすると、BI採用の場合の簡便さをあまり主張できない。また別の方法によってもすくなくとも同等の簡便さを実現できる。
 次に、スティグマ自体が不当であるとするべきである。それに対して現にスティグマの付与は存在するではないかという指摘はあるだろう。ただそれには工夫の手だてはある。個別に知られないようにすることは、してよいことであり、できることでもある。スティグマ回避のために全員に一律という仕組みが是非とも必要であるとは考えない。
 そしてこの間の「普遍主義」を巡る動向について。それは、社会保障・社会福祉全体について分配の契機を弱めることを正当化しまた実現する方向に働いた。そのことについて再考するべきである。」

◆野崎 泰伸 20110630 『生を肯定する倫理へ――障害学の視点から』,白澤社,216p. ISBN-10: 4768479391 ISBN-13: 978-4768479391 \2200+税 [amazon][kinokuniya] ※ ds.

◆立岩 真也 2012/02/01 「どれだけをについてのまとめ・2――連載 75」,『現代思想』40-2(2012-2):-

 「その前に、追加的な費用を与えるということ自体の性格を確認しておく必要がある。両者を内容としてなにか違うものと考える必要はない。本来は分ける必要のないものであること、同じであることを確認しておいた方がよい。理由は明らかである。同じ人が暮らすためのものを必要としまた実際に使用しているということだけが起こっているのであり、その意味では変わりはないということである(立岩[2009b:101-102][2010a:103-105])。幾度も言われてきたように、おおむねこの世は多数派用に作られている。その場合に同じものを得ようとすれば追加的な費用が発生するのは当然のことであって、その追加分が発生しないようにこの世が作ってあれば、それは(その都度)顕在化することはない。そのことを理解せず、この世における追加的な給付をその個人がいるために仕方なく必要とされるものであると認識させてしまうことになる。それはよくない。このように思われるし、言われる。そんなことで――それだけが理由ではないが――「ユニバーサル・デザイン」といったことも言われる。最初から万人が使えるようにしておけばよいというのである。その主張にまったく反対ではない。そうしておけば、ある人々用のことが今なされていると特別に意識されることもなくなる。そしてそれは多くの場合、個別にいちいち対応するよりもかえって面倒でなく手間がかからないといったこともあるだろう。
 これらはよいことである。ただ、仮にしかじかの範疇の人たちがいなかったら、しかじかの条件を満たしたその設備(とそれにかかる費用)は不要であるといったことはやはりこの場合にも言えることはあるだろう。また個々に対応した方が安くあがることもある。より大切なことは、同じ程度――それを正確に規定することなどできないしそれはそれでかまわないことは既に述べた――に暮らすために個々の差異に対する対応はやはり必要であると言うよりないことだ。基本的には、「スティグマ」を回避するために個別に差異化された給付は(できるだけ)控えるべきたといった話に乗る必要はないし、乗るべきでないということである(立岩[2010a:109-111])☆01。たしかに実際そんなことを気にする人たち、あるいは気になるとことさらに言いたがる人たちはいるし、そんな人たちが消え去るとも思えないから、目立たせることはない。そしてそれはおおむね技術的な問題であり、多くの場合そんなに難しいことではない。例えば生活保護の中にも各種の加算があり、その加算を含めていっしょに当人の口座に送金するといったことは可能である。可能であることはした方がよい。
 そのことの確認の上で、私たちは――分けることによって両者が連続しているものであることを忘れないようにしながら――(T)(U)を分けて考えていくことになる。たしかに差異はある。となれば、どれだけを供給するのか。ここに「判定」「認定」の問題が現れる。必要なものを拾ってきて集めて合算して、それに基づいて支給するものとされる。それをどうやって測るか。しかし、測る必要がはたしてあるのか、どんな場面で、なぜそれが必要とされるのかを考えることである。そしてその前に、どんな差異があり、それにいったい対応なるものができるのか、できないのか。」

「☆01 選別主義に普遍主義を対比する流れがあり、後者が肯定され、その時にスティグマの問題が持ちだされるのだが、その理路を検証し批判するべきだと述べた。同様のことは野崎[2007]、野崎[2011:107-113]でも主張されている。HPにこのことに関わる引用集がある(→当方のHP内を「選別主義」か「普遍主義」で検索→http://www.arsvi.com/d/su.htm)。」


http://note.masm.jp/%C1%AA%CA%CC%BC%E7%B5%C1/


井手 栄策 20130122 『日本財政――転換の指針』,岩波書店,ISBN-10: 4004314038 ISBN-13: 978-4004314035 \800 [amazon][kinokuniya] 228p.


「必要悪ではありながらも、「恥ずべき暴露」が求められるのは、所得審査を行い、その人の所得が少ないことを証明しなければ救済のしようがないからである。所得の少ない人や生存が困難な人びとを発見し、そこにしぼって救済を行おうとする原理を、「ターゲッティズム(Targettizm)」ないし「セレクティビズム(Selectivism)」という。日本語であれば「選別主義」がこれに該当する。」[井手2013:25]

cf.「恥ずべき暴露 shameful revelation」( J.ウォルフ )

「一方、私たちは生活上の必要を互いに充足しあって生きてきた。だが近代社会ではそうした人びとの相互扶助関係が弱まっていく。そこで人間に共通するニーズ――それは所得の多寡、<0025<性別、年齢とはかかわりのない必要である――を政府が引き取って満たすようになる。ターゲッティズムの対極にあるこの原理を「ユニバーサリズム(Universalism)」、「普遍主義」という。」[井手2013:25-26]

「具体例を挙げてみよう。例えば生活保護による生存の保障がある。これは分配の公平の究極の的なかたちであり、所得が少ないことを証明し、被救済者を限定することから、ターゲッティズムの典型ということになる。
 一方、初等教育は、所得の多寡や性別とは無関係にあらゆる人びとに無償で提供される。これは、教育という必要を普遍的に満たそうとするユニバーサリズムの原理に基づいて<0026<なされるサービス給付の姿である。
 これらの原理は課税面にも適用することができる。累進性に基づいて課税を行う所得税の場合、課税最低限を高めることで低所得層を非課税にできる。これはターゲッティズムに基づく税制のあり方である。他方、消費税の場合、所得の多寡とは関係なく、ある財を購入すれば誰もが納税者となる。これはユニバーサリズムの概念に近い税制ということになる。
 尊厳を平等化する財政では、「恥ずべき暴露」をともなうターゲッティズムの領域を狭め、人間の必要に関わる領域をユニバーサリズムで満たして行く。後者の領域を広げれば、低所得層の生存を満たしながら、前者の領域を縮小できる。例えば、医療を無償化すれば生活保護の半分近くは不要となる。弱者への配慮を可能な限り人間の尊厳と両立させるために、ユニバーサリズムに基づく財政という改革の基本理念、道筋が浮かび上がってくるのである。」[井手2013:26-27]

cf.
ベーシックインカム


*増補:中村 亮太
UP:20091125 REV:20091102, 1229, 20100122, 20120114, 20140623
分配  ◇生活・生存生活保護 
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