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SST(Social Skill Trainig)



■本

◆Bellack, Alan S. ; Mueser, Kim T. ; Gingerich, Susan ; Agresta, Julie 1997 Social Skills Training for Schizophrenia: A Step‐by‐Step Guide, Guilford Press, 236p.=20000719 熊谷 直樹 天笠 崇 監訳 『わかりやすいSSTステップガイド――分裂病をもつ人の援助に生かす〈上巻〉基礎・技法編』,星和書店,236p. ISBN-10:4791104218 ISBN-13: 978-4791104215 \2940 [amazon][kinokuniya] ※ m sst.

◆伊藤 絵美・向谷地 生良 編 20070915 『DVD+BOOK 認知行動療法、べてる式。』,医学書院,236p. ISBN-10: 4260005278 ISBN-13: 978-4260005272 \5250 [amazon][kinokuniya] ※ sst.

◆小谷 裕実 20090930 『発達障害児のための実践ソーシャルスキル・トレーニング――年齢別の実践例で学べる!』,人文書院,161p. ISBN-10: 4409240838 ISBN-13: 978-4409240830 \2100 [amazon][kinokuniya] ※ sst.

■言及

◆臺 弘 19920715 「自由を奪う病とその治療」 ,『精神医学』34-7:777-784(全文収録)

 「話を再び生活療法に戻すと,生活療法は八杉が行動進化の「発展の条件」と呼んだ「経験の蓄積と活用」に基づいている。それはおよそ3つの過程から成る学習の基礎の上に立っている。1)は順序を追って複雑にした反復訓練, 2)は場面を変えて行う役割稽古,ロールプレイといわれるやり方,3)は見よう見まねの社会学習であって,これらを通じて生活の仕方を学んでいくものである。自分の行動パターンを認識するという点では,認知行動療法と呼んでもよい。近頃,各地で行われるようになったSST,生活技能訓練というのは,生活療法のー種で,技術面をアメリカ版のマニュアルに頼っている。教えられたマニュアル通りにやることは結構うまくなっても,覚えたやり方を違った場面に応用して融通を利かせることは別の問題で,それには一段と高い活用機能が要求されるのである。患者・回復者はここでつまずきやすい。SSTで,現場の課題に即した宿題をやらることを重視しているのも,行動の般化をねらうためである。」

浅野 弘毅 20001010 『精神医療論争史――わが国における「社会復帰」論争批判』,批評社,メンタルヘルス・ライブラリー3,211p. ISBN:4-8265-0316-4 \2100 [amazon][kinokuniya] ※ m. m01h1956. m01h1958.

◆白沢 政和・渡辺 裕美・福富 昌城 編 20021120 『ケアマネジメント』,中央法規出版,福祉キーワードシリーズ,229p. ISBN-10: 4805822058 ISBN-13: 978-4805822050 \2100 [amazon][kinokuniya] ※ sst.

◆すずき ゆうこ 20060921 『べてるの家はいつもぱぴぷぺぽ』,McMedian,143p. ISBN-10: 499032370X ISBN-13: 978-4990323707 \1575 [amazon][kinokuniya] ※ m beteru. sst.

◆神田橋 條治・岩永 竜一郎・愛甲 修子・藤家 寛子 20100527 『発達障害は治りますか?』,花風社,318p. ISBN-10: 4907725787 ISBN-13: 978-4907725785 [amazon][kinokuniya] ※ m. a07.

 「神田橋 もちろんSSTも必要です。SSTによってたとえば不適切な発言が滅れば、ネガティブなフイードバックが減るし、そうすると二次的な問題はずいぶん軽くなるでしょう。
 でもSSTっていっても、身近な人のなかでうまく振舞う方法と、社会全般でうまく振舞う方法の両方が必要でしよ。身近な人の中でうまく振舞うSSTは結構やっている人が多いけど、それだと社会全般には通じない。それと発達障害の人はリラクゼーションが苦手でしよ。つねにテンシヨンが上がっているというか。リラックスしなさい、というとリラックス頑張ります、みたいに。」(p.191)

◆立岩 真也 2013/12/10 『造反有理――精神医療現代史へ』,青土社,433p. ISBN-10: 4791767446 ISBN-13: 978-4791767441 2800+ [amazon][kinokuniya] ※ m.

  第5章
 「やがてが、批判を受けて、生活療法SST(Social Skill Trainig)と違わないといったことを言う(臺[1990])。浅野などはそれは牽強付会であり、別のものだと言うが(浅野[1990])、言いよう言葉の用い方によっては、そのように生活療法は残っているとは言える。あるいはこうしたものの歴史はいくらも辿ることができるだろう。「べてるの家」についての最初の本について最初に肯定的な紹介を書いたのは私かもしれない(立岩[2002])のだが、そこでも(そのことは私が紹介した本には出てこないのだが)SSTは行なわれているということで、そのことが取り沙汰されることがある。生活療法とか生活臨床という言葉が使われなくなったとしても、なくなってはいない☆03。ときに医療という領域のものとはされないとしても、それは続けられてきている。
 そうした「訓練」の全般を否定することはないと述べた。どこまでが必須であるか定かではないが、則っておいた方がうまくことが運ぶ作法はある。それに乗る必要・正当性はないが、それでも、さしあたり暮らしていくのに楽なやり方をとった方が楽なことはある。他方、あってよいものが知らされつつ、それが現実にないことを知ることの方が辛いことはある。ただそれと逆の場合もある。あるものを否定しながら、その無意味を知りながら行なうことのほうが、そうでないように行なうよりよい。」(立岩[2013:295])

 第5章註3
 「☆03 実際にはつまらない、あるいはしないほうがよいことが多く行なわれている。児童精神医学会を「粉砕」したことがあることを記している箇所(計見[2004:17])のある計見一雄(→167頁)の本の「SSTのあほらしさ」という項より。
 「SSTという考え方は、「病院の開放化」をして地域に一緒に出て行き、その中で色々困ったわね、という体験力から出てきている。[…]/ところが日本では、肝心なデインスティテューショナリゼーション[…]という実践をやったことのない人が、SSTを持ち回るんです。あるところで精神保健指定医の講習会がありました。大きな病院の院長さんが「SSTはこういう風にやるんです」と言ってビデオを見せてくれました。
 一〇坪ぐらいの部屋があります。向こうにドアがあって、部屋の真ん中に診察机があります。そこにその院長先生が座っておられた。先生の椅子は立派な椅子です。そして、診察机の向こうには婦(師)長さんらしき人が控えています。向こうにあるドアが開いて、比較的若いナースに引率された、私のよく知っている人々、昔から私のお友だちだったような、明らかにずいぶん長いこと収容されましたね、ということが一目で分かるような患者様たちが五、六人入ってきました。引率されて、ぞろぞろとドアのところに並ぶ、そこにいる婦(師)長さんが順番に院長さんの前に誘導する。これは比較的小さな椅子です。「あなたはまっすぐに目を見てお話をしましょうね」とか「この前より目が合うようになりましたね」なんてことを言われている。で、これがSSTの訓練だというんです。その院長はよくやっている精神科医で、地域内にもいろいろな施設を持っていて、私は病院としてはまあAクラスの民間病院だと思っています。それでも、患者たちがぞろぞろと列を作って従順そのもののお行儀でうなだれて入ってくる。先生の前に一人ずつ呼ばれて、残りは待っている。そういう境遇に置いていることを問わないで、「目を見て話せ」はないだろう、と」(計見[2004:14-15])」(立岩[2013:395-396])


UP: 20131226 REV: 
精神障害/精神医療 
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