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植村 要
スティーブンスジョンソン症候群に関連する新聞記事本文を学術利用を目的に掲載しています。
『読売新聞』2000.6.26.大阪夕刊
[再生医学]新たな医療を求めて(3)実用化進む培養細胞移植(連載)
『読売新聞』2000.10.31.西部朝刊
入院中に死亡賠償請求棄却 大分地裁判決=大分
『熊本日日新聞』2000.10.31.
スティーブンスジョンソン症候群 身近な薬で全身炎症 抗生剤、解熱剤などきっかけに
『朝日新聞』2000.11.17.夕刊,大阪
薬の副作用の実態紹介 毎日放送がドキュメンタリー放送
『朝日新聞』2000.12.1.朝刊
かぜ薬などで「重い皮膚障害」 厚生省が注意
『日本経済新聞』2000.12.1.朝刊
薬で皮膚障害、死亡81件――かぜ薬などの成分259種、副作用3年で882例。
『日本経済新聞』2000.12.1.朝刊
薬で皮膚障害、死亡81件――皮膚障害の発症まれ、初期症状で早期治療を。
『読売新聞』2000.12.1.東京朝刊
風邪薬の薬害? 「スティーブンス・ジョンソン症候群」患者、3年間で882人
『日本経済新聞』2001.2.5.夕刊
たかが風邪薬、されど風邪薬、副作用ご用心――皮膚障害・脳卒中も(タウン・ビート)
『読売新聞』2001.7.18.東京朝刊
[医療ルネサンス]薬をどう使う(2)風邪に効く?抗生物質(連載)
『朝日新聞』2001.8.13.週刊
天才バイオリニストの父 川畠正雄(現代の肖像)
『東京新聞』2001.8.16.
失明も引き起こす薬の副作用「皮膚粘膜眼症候群」 遺伝子レベル発症解明へ 厚労省 予防策作りに着手
『産経新聞』2002.3.6.
薬の副作用で重症型薬疹 服用後に発疹・目や口の粘膜に炎症――
『朝日新聞』2002.5.10.朝刊,西部
県側に賠償命令 大分県立病院の医療過誤訴訟で福岡高裁
『読売新聞』2002.5.10.西部朝刊
県立病院女性死亡 医師に過失 逆転判決 福岡高裁 大分県に賠償命令
『朝日新聞』2002.5.31.朝刊
ファイザー製薬の抗生物質で1人死亡
『日経産業新聞』2002.5.31.
厚労省、抗生物質に注意情報(情報プラス)
『読売新聞』2002.5.31.東京朝刊
医薬品の副作用で厚労省が安全性情報
『朝日新聞』2002.7.28.朝刊,名古屋
薬害対策への後進性ただす(声)
『日経産業新聞』2002.9.10.
セルシード、角膜を再生・量産、傷つきにくく移植容易――2006年めど供給。
『朝日新聞』2002.11.9.朝刊
医師勝訴の判決を破棄 SJS訴訟で最高裁
『朝日新聞』2002.11.9.朝刊,広島
医師の勝訴を破棄 SJS訴訟で最高裁判断
『読売新聞』2002.11.28.大阪朝刊
阪大病院講師らが角膜再生に成功 自分の細胞から培養 12月から臨床試験へ
『読売新聞』2002.12.4.東京朝刊
[医療ルネサンス]再生医療の最前線(2)培養細胞、移植手助け(連載)
『毎日新聞』2002.12.5. 夕刊
市販薬で副作用「SJS」患者 救済適用、2割未満 東洋大教授が初の実態調査
『毎日新聞』2002.12.5. 夕刊
かぜ薬や解熱剤で副作用 SJS患者 3割が発症で失職・退学 救済適用は2割未満 東洋大教授ら調査
『産経新聞』2002.12.5.
薬の副作用でやけど状態 救済制度利用は2割 SJS調査 56%初期治療受けず
『読売新聞』2003.1.15.東京朝刊
"風邪薬"の安易な服用、大人も用心 抗生物質や解熱剤の重い副作用
『朝日新聞』2003.2.13.夕刊
「風邪薬副作用」で興和など提訴 死亡女性の遺族 横浜地裁
『日本経済新聞』2003.2.13.夕刊
「市販の風邪薬、副作用で死亡」、遺族が興和を提訴。
『読売新聞』2003.2.13.東京夕刊
31歳女性"カゼ薬で副作用死" 遺族「興和、危険説明怠った」と賠償提訴
『日刊ゲンダイ』2003.2.15.
解熱鎮静剤「アセトアミノフェン」 危険なのか 「コルゲンコーワで死亡」と提訴 やけどのように全身がただれることも
『東京新聞』2003.2.23.
かぜ薬のんで高熱、発疹、ただれ……
『日本経済新聞』2003.2.25.朝刊
薬副作用で皮膚炎発症の「SJS」、原因発覚遅れ重い後遺症も、「確定に7日以上」。
『東京新聞』2003.2.25. 夕刊
前線日記 市販風邪薬で副作用 闘病の果て力尽きる 横浜の永野明美さん
『読売新聞』2003.3.25.東京夕刊
角膜の病気に羊膜移植 拒絶反応なく視力回復
『読売新聞』2003.4.23.東京朝刊
[医療ルネサンス]薬疹・見過ごされる副作用(1)風邪薬服用失明招く(連載)
『読売新聞』2003.4.24.東京朝刊
[医療ルネサンス]薬疹・見過ごされる副作用(2)皮膚黒ずみはがれる(連載)
『読売新聞』2003.4.25.東京朝刊
[医療ルネサンス]薬疹・見過ごされる副作用(3)救済制度知らず(連載)
『読売新聞』2003.5.3.大阪朝刊
[健康&医療]風邪 良医ほど抗菌薬使わず 9割がウイルス、効果なし
『読売新聞』2003.5.24.東京朝刊
[医療ルネサンス]薬疹、見過ごされる副作用・読者の反響 安易な処方(連載)
『読売新聞』2003.6.10.東京朝刊
大衆薬販売巡り、規制改革会議と厚労省が議論 特例措置が問題を複雑に
『朝日新聞』2003.6.10.夕刊
薬副作用、16年後の救済 目に障害の女性、「制度」知らされず
『読売新聞』2003.6.17.大阪朝刊
患者の歯+レンズ 人工角膜移植に成功 国内初、拒絶反応なし/近大医学部
『読売新聞』2003.6.23.大阪朝刊
[気流]薬はお菓子と違うのです! 薬剤師・矢野千恵53(高知市)
『読売新聞』2003.7.2.大阪朝刊
歯とレンズの人工角膜移植患者退院 近畿大病院/大阪
『日本経済新聞』2003.7.7.朝刊
大衆薬コンビニなどの販売に道――便利と安全両立模索、かかりつけ薬剤師重要に。
『読売新聞』2003.8.12.東京夕刊
患者の歯使い人工角膜を移植/近畿大学病院
『日本経済新聞』2003.9.30.夕刊
皮膚の病気(9)薬疹――薬で発疹、複合的な原因も、感染や免疫機能関係(病を知る)
『読売新聞』2003.12.7.東京朝刊
コンビニなどの医薬品販売、解禁議論ヤマ場に 「便利さ」「安全性」なお対立
『読売新聞』2003.12.16.東京夕刊
医薬品のコンビニ販売解禁報告 薬剤師の"効能"批判(解説)
『日本経済新聞』2003.12.17.朝刊
これだけなのか薬販売の規制緩和(社説)
『読売新聞』2003.12.26.東京朝刊
抗うつ剤トレドミンで副作用か 服用の3女性がやけど症状
『読売新聞』2004.1.9.東京朝刊
[論点]薬販売の規制緩和 安全軽視、副作用死の危険 三輪亮寿(寄稿)
『日本経済新聞』2004.1.23.朝刊
アムニオテック、培養角膜で臨床試験――急性期の炎症に対応。
『読売新聞』2004.3.6.大阪朝刊
県立中央病院医療過誤訴訟 県に4000万円支払い命令 地裁出雲支部=島根
『日本経済新聞』2004.5.2.朝刊
深夜の薬販売、そろり始動――制約に二の足、薬剤師も不足、店頭敬遠で人手不足深刻。
『朝日新聞』2004.7.30.朝刊
皮膚粘膜眼症候群、2年半で1064例報告 かぜ薬などでも副作用
『日本経済新聞』2004.7.30.朝刊
医薬品の副作用が原因か、皮膚障害で死亡106人、2001年―03年厚労省まとめ。
『読売新聞』2004.7.30.東京朝刊
風邪薬や抗生物質、副作用死?106件 2年7か月/厚労省調べ
『日本経済新聞』2004.8.10.夕刊
スチーブンス・ジョンソン症候群――身を守る意識大切に(薬のABC)
『日本経済新聞』2004.8.14.朝刊
医薬品、重い副作用でマニュアル――厚労省、事後対応から予防へ。
『朝日新聞』2004.8.16.夕刊
薬の副作用、症状別に整理 手引を作成 イレッサ契機 厚労省方針
『朝日新聞』2004.9.7.夕刊
薬副作用、80年以前の被害も救済 厚労省方針、患者に手当
『日本経済新聞』2004.9.8.朝刊
薬副作用被害、制度化前も救済――厚労省、2006年度から給付金。
『読売新聞』2004.9.16.大阪夕刊
口の粘膜で角膜再生 患者、視力を回復 大阪大グループが成功
『読売新聞』2004.10.27.西部朝刊
大分県立病院の医療過誤訴訟 県側の上告不受理/最高裁
『日本経済新聞』2004.11.18.夕刊
神戸経済特集――医療産業都市、角膜再生など先端技術集う。
『読売新聞』2004.12.10.東京朝刊
[医療ルネサンス]かぜの新常識(3)複数の薬、成分重複注意(連載)
『朝日新聞』2004.12.22.朝刊
視力再生 口粘膜培養し角膜に(治療革命 医療はいま第1部:1)
スティーブンスジョンソン症候群に関連する新聞記事本文
*以下、学術利用を目的として記事本文を掲載する。
2000年6月26日 読売新聞大阪夕刊
[再生医学]新たな医療を求めて(3)実用化進む培養細胞移植(連載)
◆角膜の上皮や皮膚、難病治療に効果 京都府立医大と愛媛大
モニター画面に映し出された濁ったひとみ。赤く充血した部分がメスで取り除かれ、直径1・5センチの薄い透明の膜が移植された。京都府立医科大眼科学教室(木下茂教授)の小泉範子医師らが細胞培養技術を用いて作った、角膜表面の薄い皮(上皮)だ。
患者は、抗生物質などの薬剤に過敏に反応して角膜に障害が起きる「スティーブンス・ジョンソン症候群」という難病。角膜を移植してもすぐ炎症反応が起きて再発、多くは失明する。
小泉医師らは、胎児を包む羊膜の上で、角膜上皮のもとになる細胞を含む組織を培養し、羊膜ごと移植する手法を開発した。
角膜ははがれず、13人が失明を免れ、大半が日常生活に支障がないほど視力を回復できた。羊膜には角膜と同種のコラーゲン(結合組織)が含まれ、接着剤の役割を果たすらしい。
倫理委員会の承認を得て、角膜移植に使われた残りを材料にしたが、他人の組織には拒絶反応の心配がある。近い将来は、患者自身の組織を使った培養上皮を作る計画だ。
細胞を培養して作った組織を移植する治療法は、再生医学の領域で、最も実用化が進んでいる。
愛媛大医学部皮膚科学教室の橋本公二教授は、大阪大在籍中の1990年ごろから患者の細胞で作った培養皮膚(表皮)の移植を手がけ、これまで約160人に治療を行った。
ある女性患者(36)は、幼いころから表皮水疱(すいほう)症という皮膚の難病に悩まされていた。
この病気は全身の表皮がはがれやすくなり、外力が加わる手足や関節、背中などに水疱が生じ、つぶれて潰瘍(かいよう)になる。同じ症状を何度も繰り返し、ひどい場合は手足の指が癒着する。有効な治療法はないため、ワセリンを塗ったガーゼをひたすら交換するしかなかった。
95年11月、培養表皮を患部につける治療を始めてから、水疱のできる頻度は減り、できても小さくなった。子どものころから治らないままだった背中一面の潰瘍も、半分以下になった。
治療に使った約1000枚もの表皮は、女性の左腕から採取した切手大の皮膚片のたった1枚から生み出された。
培養期間は約4週間。表皮細胞約50万個をシャーレに置き、2、3日おきに培養液を加え、細胞を重層化させて表皮を形成させる。培養後の細胞は氷点下196度の液体窒素タンクに凍結保存。必要に応じて取り出し、表皮のもとにする。
進学や就職もままならなかった女性は社会福祉士を目指し、通信教育制大学の受験を望んでいる。「病気で苦しんだ経験を生かす仕事がしたい。漠然とした夢でしたが、実現できると思えるようになりました」と笑顔を見せる。
橋本教授は「根本的な治療法ではないが、移植を繰り返すことで、しっかりした皮膚になる」と語る。
細胞培養は、治療法のなかった難病の患者に希望を与えている。
(行成 靖司、木下 聡)
<培養細胞移植> 体の組織を作る細胞を取り出し、試験管内で増殖を促進する培養液と混ぜ、一定の大きさの組織に成長させたものを患部に移植する治療法。細かく切った組織ごと細胞を培養する方法もある。再生力が強い皮膚、骨などで臨床応用が進んでいるが、肝臓のように構造・機能が複雑な臓器の細胞や組織は、培養が困難とされる。
写真=シャーレで作られた培養表皮。厚さ約0.1ミリの透明な膜だ(愛媛大医学部で)
写真=小泉範子・京都府立医科大医師
写真=橋本公二・愛媛大医学部教授
図=培養角膜上皮の移植
2000年10月31日 読売新聞西部朝刊
入院中に死亡賠償請求棄却 大分地裁判決=大分
一九九二年十二月、県立病院(大分市)に入院、急性尿細管壊死(えし)で死亡した津久見市の女性(当時六十六歳)の遺族が、「担当医が病状の悪化に対応した適切な処置をしなかった」として、県を相手取り、約三千四百万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が三十日、大分地裁で言い渡された。一志泰滋裁判長は「担当医の処置は適切で、女性の死亡との間に、因果関係は認められない」として、請求を棄却した。
判決によると、女性は皮膚や鼻の粘膜などがやけどのようにただれるスティーブンス・ジョンソン症候群と診断され、九二年十二月七日、県立病院に入院。十三日未明から、尿量が低下して血圧も急激に下がり、同日午後三時三十四分に死亡した。
女性の遺族側は「同症候群は、じん炎や肺炎を併発することが多く、担当医は細菌感染に対する注意義務を怠り、容体急変後も適切な処置を取らなかった」と主張。県側は「処置は適切で、女性が細菌感染に対する入浴療法などの措置を拒否したため、悪化して、死亡した」と反論していた。
2000年10月31日 熊本日日新聞
スティーブンスジョンソン症候群 身近な薬で全身炎症 抗生剤、解熱剤などきっかけに
死亡や重い後遺症も 服薬中の変化に注意
抗生剤や解熱剤の投与をきっかけに、全身に炎症を起こす「スティーブンスジョンソン症候群」。死に至ることもある重症の薬疹(やくしん)だ。気軽に使われている抗生剤などは、危険も潜んでいる。服薬中は、発疹や水疱(すいほう)などの変化に注意することが大切だ。
「スティーブンスジョンソン症候群」は、薬剤授与やウイルス感染などが原因となって、全身の皮膚や粘膜がただれてやけどのような状態になる。死亡するケースや、助かっても失明など重い後遺症を残すこともある。
原因となる薬剤は、抗生剤や解熱剤のほか、市販の総合感冒薬、消炎沈痛剤、中枢神経系薬剤などさまざまな種類が報告されている。薬剤と感染の双方が重なって発症するという研究報告もあるが、詳しいメカニズムは分かっていない。
やけど状態に
熊本市の元看護婦、松本律子さん(五〇)は六年前、かぜのため抗生剤の点滴を受けた数日後から、ひどいだるさを感じた。手が真っ赤になって皮膚科を受診すると、手足口病と診断された。その後、急速に全身が焼けこげたようになり、皮膚がただれ両手のつめがすぺて脱落。救急車で病院に搬送され、スティーブンスジョンソン症候群と診断された。
「焼きごてを押しつけられたようなすさまじい痛みだった」と松本さん。上下のまぶたがくっついてしまい、角膜移植を五回受けたが、視力は両目とも0.01。今も目に痛みが残り、数分おきに点眼する。
医療訴訟にも
身近な薬で引き起こされるにもかかわらず、皮膚科以外医療関係者にはあまり知られていない。
平成三年、交通事故に遭った福岡市の男性会社員が、搬送された済住会熊本病院(熊本市)で投与された解熱剤をきっかけに発症。皮膚のはく離症状が進んだ。
会社員は同病院を経営する恩賜財団済生会を相手に損害賠償を求めて提訴。福岡地裁は今年二月、「早期に専門医に相談していれば軽度の後遺症で済んだ」と病院側の過失を認定し、約五千万円の支払いを命じた。病院側は控訴している。
発症を防ぐ方法はあるのだろうか。「現実的には難しい」と、熊本市民病院皮膚科の木藤正人医師。
事前にパッチテストなどで薬に対するアレルギー反応を調べても、陰性の人が発症したり、服薬から二週間後に発症することもある。一年ほど同じ薬を飲み続けた人が突然、発症したケースもある。今まで安全だったからといって、今後も安全とは限らない。
「薬を使う以上、ときに重症の障害を引き起こす可能性があることを知ってほしい」と木藤医師は話す。
治療法は、早期のステロイド療法が効果的とされるため、早めの対処が肝心だ。木藤医師は「服薬中に発疹や水疱などが出たら直ちに藥を中止し、皮膚科を受診してほしい」と呼び掛けている。
松本さんら患者約五十人は二年前、「スティーブンスジョンソン症候群友の会」を結成。松本さんは「辛い思いをした患者を支援し、十分な救済策をとるよう国や県に働きかけたい」と話している。
スティーブンスジョンソン症候群
皮膚粘膜眼症候群とも呼ばれ、米国の小児科医の名前から付けられた。進行して中毒性表皮壊死融解症(TEN)になる場合もある。原因の多くは抗生剤や解熱剤などの薬剤とされる。水疱(すいほう)や粘膜疹、目の充血遊はじめ、表皮が壊死(えし)し、はがれていく。意識障害、じん障害を併発し、死に至ることもある。
2000年11月17日 朝日新聞夕刊
薬の副作用の実態紹介 毎日放送がドキュメンタリー放送 【大阪】
薬の副作用で発症するといわれる劇症型の疾患を取り上げたドキュメンタリー「光かすかに〜スティーブンス・ジョンソン症候群」を毎日放送が制作し、十九日深夜(二十日午前零時二十分から)に放送する。メカニズムが十分に解明されていない病気で、昨年十二月に発足した被害者の会には全国から約五十人が加わっている。番組では三人の患者を追い、実態を紹介しながら、副作用による被害者救済のあり方を問いかける。
スティーブンス・ジョンソン症候群(SJS)は、一九二二年にアメリカの小児科医が報告した劇症型の疾患。発症から数日で全身の皮膚や粘膜がただれてむけてしまい、症状が進めば命を落とすこともある。命を取りとめても、失明するケースが多い。日本では一九九三年、抗生物質「コスモシン」の投与による被害が明らかになり、コスモシンが製造中止になったほか、市販の目薬やかぜ薬も含めた千種類を超える薬の副作用で発症例がある。
日本には、薬害スモンの反省から、被害者への迅速な救済を目指して設立された「医薬品副作用被害救済・研究振興調査機構」があるが、会のメンバーで救済を受けているのは二割にも満たないという。実態調査や難病指定などを厚生省に求める患者の切実な声に焦点をあてている。
井本里士ディレクターは「原因不明の病気は保険が適用されない治療を必要とする場合も多く、救済基準から外れるケースがある。SJSの場合、日本では患者の死亡率や発症例などをまとめたデータが不十分。社会保障のあり方、薬との安易な付き合い方を考えていきたい」と話している。
【写真説明】
ドキュメンタリーの一場面。この少女は4歳のとき、かぜでコスモシンを投与され、視力に障害が残ったという
2000年12月1日 朝日新聞朝刊
かぜ薬などで「重い皮膚障害」 厚生省が注意
厚生省は三十日、抗生物質や解熱剤、かぜ薬などを投与された後、重い皮膚障害が現れて死に至る副作用がごくまれに起こることを「医薬品等安全性情報」に掲載し、医療関係者に注意を促した。同省は「薬を飲んだり、点滴を受けたりした後に発熱があり、全身に赤い斑点(はんてん)ができた時は、早く服用をやめ、皮膚科専門医を受診してほしい」と市民にも呼びかけている。
こうした症状は、スティーブンス・ジョンソン症候群、ライエル症候群と呼ばれ、人口百万人当たり年間一−六人の割合で発症するとされている。
2000年12月1日 日本経済新聞朝刊
薬で皮膚障害、死亡81件――かぜ薬などの成分259種、副作用3年で882例。
様々な医薬品の副作用により、患者に皮膚粘膜眼症候群(スティーブンス・ジョンソン症候群、SJS)などの重い皮膚障害が出た症例の報告が過去三年間で九百件近くに上り、このうち八十一件は死亡例だったことが三十日、厚生省の調査で分かった。医薬品によるSJSの発症は以前から指摘されてきたが、副作用の実態が判明したのは初めて。副作用が出ることはまれだが、予防は困難で死亡率も高いため、同省は同日、「医薬品・医療用具等安全性情報」を出し、発しんなどの初期症状があった場合は適切に対応するよう全国の医療関係者に呼び掛けた。
同省によると、今年三月末までの三年間で、薬事法に基づいて企業や医療機関から寄せられた医薬品の副作用報告は計六万九千八百七十二件あり、このうち一・三%にあたる八百八十二件がSJSか、さらに重症の中毒性表皮壊死(えし)症(TEN)だった。
八百八十二件の中で、六百六十八件では患者が回復したり、症状が改善したことが確認されたが、六十一件は目や呼吸器官などに後遺症が残り、八十一件で患者が死亡していた。残る七十二件は医薬品以外の原因で死亡したり、その後の状況が分からなかった。
副作用の報告があった医薬品の成分は、二百五十九種類に上り、国内で医薬品として使われる全成分の約十分の一が該当していた。薬効も抗生物質、解熱鎮痛消炎剤、かぜ薬、高血圧治療剤など多岐にわたっていた。多くは医療用医薬品だったが薬局で市販される一般用医薬品も六%あった。
医薬品の副作用によるSJSなどの発症をめぐっては、製薬会社はこれまでにも、原因になることが疑われる医薬品の添付文書に記載したり、広告などを通じて注意を促してきた。
◇
SJS、TENの情報について厚生省はホームページhttp://www.mhw.go.jp/に詳しく掲載している。
【表】SJSとTENの副作用報告が多かった医薬品の成分
〈成分名〉 〈主な薬効〉
○ カルバマゼピン 抗てんかん剤
○ ジクロフェナクナトリウム 解熱鎮痛消炎剤
○ ゾニサミド 抗てんかん剤
○ アロプリノール 痛風治療剤
○ セフジニル 抗生物質
○ サリチルアミド・アセトアミノフェン・無水カフェイン等 かぜ薬
○ フェニトイン 抗てんかん剤
○ 塩酸セフカペンピボキシル 抗生物質
○ フェノバルビタール 催眠鎮静剤
○ セフテラムピボキシル 抗生物質
2000年12月1日 日本経済新聞朝刊
薬で皮膚障害、死亡81件――皮膚障害の発症まれ、初期症状で早期治療を。
SJSや、より重症のTENは人口百万人あたりの発生率がそれぞれ年間一―六人、〇・四―一・二人と極めて低い。しかし個人や医薬品を問わず起こり得る可能性があり、厚生省は「初期症状が出たら治療は皮膚科の入院施設のある病院で早期に行うことが望ましい」としている。
同省によると、SJSの初期症状は発熱、発しんなど。それが急速に全身に広がってやけどのような水膨れなどになり、重症化すると呼吸器障害や臓器障害の合併症を起こす。死亡率はSJSが六・三%、TENが二〇―三〇%との報告がある。
SJSの六割、TENの九割は医薬品が原因で発症しているとされる。発症のメカニズムは解明されていないが、薬が体内のたんぱく質などと結合し、アレルギー反応を引き起こすと推定されている。
同省は「原因とみられる医薬品の投与を中止することが最良」としている。
2000年12月1日 読売新聞東京朝刊
風邪薬の薬害? 「スティーブンス・ジョンソン症候群」患者、3年間で882人
風邪薬や抗生物質などを使用後に全身がケロイド状態になるなどの症状が出て、重症になれば失明したり死亡したりすることもある「スティーブンス・ジョンソン症候群」の患者数が、三年間(一九九七年四月から今年三月まで)で八百八十二人に上ることが三十日、厚生省のまとめで初めてわかった。このうち八十一人が死亡し、六十一人に後遺症が残ったという。
この病気は、百万人に数人と発病率は極めて低いが、発症メカニズムはわかっていない。症状を引き起こす可能性のある薬が、風邪薬、抗生物質以外にも、解熱鎮痛消炎剤、合成抗菌剤、痛風治療剤など、千種類以上もあるといわれている。
2001年2月5日 日本経済新聞夕刊
たかが風邪薬、されど風邪薬、副作用ご用心――皮膚障害・脳卒中も(タウン・ビート)
寒さが一段と厳しくなり、通勤、通学途中の電車やバスの中では鼻をすすったり、くしゃみをする人の姿が多くなってきた。受験や仕事に追われ、市販の風邪薬で何とか症状を抑えようという人は多い。ただ、風邪薬にはアレルギーや肝臓障害を起こすケースがまれにあり、皮膚障害や脳卒中のように重い副作用も報告されており、注意が必要だ。薬局で薬を買うときには、薬剤師に症状を詳しく伝えるなど用心するにこしたことはなさそうだ。
かゆみ伴う発しん
東京都内に住む三十代の女性Aさんは鼻風邪をこじらせ、近所の薬局で風邪薬を買った。薬を飲んでからしばらくして、腕の皮膚にかゆみを伴う赤い発しんがでてきた。もともと食物アレルギーだったので食事によるものと考え、深刻に受け止めなかったが、薬剤師に相談したところ、「風邪薬による副作用」といわれて驚いた。
Aさんのように、薬局で買った風邪薬によってアレルギーなどの副作用を起こすケースがある。風邪を完全に治す薬はなく、のどの痛みや鼻水をはじめとする症状を抑えるものが一般的だ。患者によって体質や症状が異なるため、薬との相性が合わないと、思わぬ副作用が出ることがある。
東京・新宿にある新宿タツミ薬局の土屋隆俊薬剤師は「風邪薬は症状などを詳しく聞いたうえで、販売している」と話す。風邪をひき始めた時期や最もつらい症状、これまでに服用した薬の名前、過去のアレルギー症状の有無などを聞いてから、販売する薬を決めるという。
風邪薬には、じんましんや全身の発しんなどのアレルギー症状を起こすものがある。また、心臓病や腎臓(じんぞう)病などの既往症を持つ人も、それぞれの臓器に負担をかける薬があるため「風邪薬の選択には気を使う」(土屋さん)という。
米、販売中止求める
米国では風邪薬で脳出血を起こす危険性も指摘された。昨年十一月、米食品医薬品局(FDA)は、風邪薬に含まれる塩酸フェニルプロパノールアミン(PPA)という成分が脳出血を起こす恐れがあるとして、メーカーにPPAを含む薬の自主的な販売中止を求めた。
日本でもPPAを含む鼻炎用内服剤が五十七品目、風邪薬が六品目、鎮咳(がい)去たん薬が五品目販売されている。厚生労働省(旧厚生省)は「日本は薬の最大服用量が米国より低く設定されているうえ、米国で副作用が多く報告されている食欲抑制剤としてPPAが使われていない」という理由で、米国のようにメーカーに販売中止を求めなかった。
「使用上の注意」改訂
ただ、薬の使用方法や服用量などをきちんと守ってもらうため、製薬会社などに薬に添付する「使用上の注意」を改訂するよう指導した。これまで高血圧や心臓病、甲状腺(せん)機能障害の診断を受けた人や脳出血を起こした経験がある人には「相談すること」と注意を喚起するだけだったが、「服用してはいけない」と改訂した。また決められた使用量を超えて服用することも禁じた。
さらに極めてまれな例ではあるが、風邪薬による重い皮膚障害も報告されている。厚生労働省は昨年十一月に様々な医薬品によって、皮膚粘膜眼症候群(スティーブンス・ジョンソン症候群、SJS)という皮膚障害が起きると発表した。このような症例が報告された医薬品の成分は二百五十九種類にのぼり、この中には風邪薬の成分も含まれていた。同省は「副作用が出るのはまれだが、予防は難しく死亡率も高い」として、医療機関に発しんなどの初期症状があったら、適切に対応するよう求めた。
これらの副作用はまれにしか起きないので、過度に心配する必要はない。ただ、薬局では簡単に薬を手に入れることができるため、アレルギーなどの既往歴がある人は薬を買うときに、そうした情報を提供して薬剤師に相談することが大切だ。
【図・写真】副作用を防ぐため、客から症状を詳しく聞く薬剤師(東京・西新宿の「新宿タツミ薬局」)
2001年7月18日 読売新聞東京朝刊
[医療ルネサンス]薬をどう使う(2)風邪に効く?抗生物質(連載)
◇通算2653回
風邪をひいて医師にかかると、抗生物質を出されることが多い。しかし、ほとんどの場合は効果がない。風邪の九割以上はウイルス感染で起きるとされるが、抗生物質はウイルスに効かないからだ。
医師の多くも、このことを知っている。それでも抗生物質を使うのは、「風邪の二次感染による肺炎など合併症を予防する効果がある」と言われるからだ。
九三年に日本小児科学会が出した医学誌にも、「かつて抗生物質の使用無意味論が強かったが、近年は二次感染の予防などの効果から使用が見直されている」と書かれている。
◆合併症にも無効
だが、大阪・高槻赤十字病院リハビリテーション部長で小児科医の林敬次さんは「世界的には、二次感染の予防効果は否定されている」と指摘する。
九三年にまとまった世界保健機関の研究では、子供の風邪に抗生物質を使っても、肺炎など合併症の発生率は、薬を使わない場合と差がなく、無効とされた。
林さんらは、小児科学会に感染予防効果の根拠をただしたが、納得のいく説明はなかった。林さんは「このような学会の姿勢が、抗生物質の乱用をもたらしている」と指弾する。
九四年に厚生省(当時)と日本医師会が編集した「抗菌薬療法 診療のてびき」にも、上気道炎(風邪)の薬物療法は「二次感染の予防が主体」とある。これでは厚生省と医師会が、不要な薬の使用を推奨してきたようなものだ。
一線の医師にも「合併症が起きた時、親から『薬を出さなかったせい』と言われたくない、という気持ちが働く」と林さんはみる。
風邪でも、抗生物質を使った方がよい場合もある。その一つが溶連菌感染で、まれにリウマチ熱などで心臓への後遺症が起きる。
林さんは「のどが赤い、発疹(はっしん)があるなど、溶連菌感染が疑われる時は、たんの検査を行い、原因菌を特定して抗生物質を使用する」と説明する。だが、実際はこうした検査を行わず、一律に薬を出す医療機関が多い。
◆副作用の心配も
抗生物質には下痢、おう吐のほか、ショック、スティーブンス・ジョンソン症候群といった命にかかわる副作用もあり、使用は慎重にしなくてはならない。
日本感染症学会などは今年、抗生物質の乱用を防ぐため、使用ガイドラインをまとめた。しかし、小児の風邪の場合は「ペニシリン系の薬(抗生物質)が推奨される」と書かれている。
林さんは「科学的根拠がない。いつまでこんなことが続くのか」と嘆く。
〈スティーブンス・ジョンソン症候群〉
全身に水ほうができたり、目に炎症が起きたりし、失明や死亡に至ることもある。厚生労働省によると、抗生物質や解熱剤などの副作用で、過去3年間に900人近くがこの症候群になり、81人が死亡、61人に後遺症が残った。
写真=診察する林敬次さん(左)。「抗生物質の使い方を考え直すべきです」と話す(高槻赤十字病院で)
2001年8月13日 朝日新聞週刊
天才バイオリニストの父 川畠正雄(現代の肖像)
突然、光を失った息子・川畠成道と一緒に
「戒厳令がしかれているような毎日」を送ってきた。
父の言葉に、息子はただ黙って従った。
やがて息子は父を超え、天才ソリストの道を歩き始める。
バイオリニストとしては不器用で苦労してきた。
「だから、成道を育てることができたんだと思います」
(文=村尾国士 写真=菊地健志)
5月下旬、東京オペラシティコンサートホールの楽屋。「あと30分よ」と母親が急かし、ジーンズ姿の息子を着替えさせる。目が不自由な息子は動作がゆったりしており、母親がワイシャツのボタンをとめ蝶ネクタイをつける。父親は息子の靴をはかせ靴ヒモを結ぶ。子供の発表会を前にしたステージパパママふうだが、息子がバイオリンを手に練習を始めたとたん、一変した。天才バイオリニストの世評高い美しい音色が流れ、父親は食い入るように息子をみつめる。開演5分前、母親が息子の目に点眼薬をさし、両親が手をとってステージ裏に向かった。
「川畠成道バイオリンリサイタル」、客席は3階まで完全に満員だった。伴奏者のピアニストに手を引かれながらステージに登場した成道は、静かに弾き始めた。心に響くような透明感のある音色。演奏中はひきこまれるように聴き入り、一曲終わるごとに聴衆は、「天才」の前に「盲目の」という形容詞がつくこのバイオリニストに割れんばかりの拍手を送った。その中に父親の川畠正雄(かわばた・まさお)もいた。
3年前にソリストデビューして以来、成道のコンサートは常に満席売り切れである。CDを2枚出しているが、5千枚売れればヒットといわれるクラシック音楽界で、2枚とも10万枚を軽く突破。その成道を育てたのが自らもバイオリニストの川畠正雄である。天才教育の秘訣を探るべく東京都三鷹市の自宅を訪れた。
「私はバイオリニストとしてすごく不器用で苦労してきました。だから、成道を育てることができたんだと思います」
開口一番、そう言う。不器用が天才を育てる。意表をつかれた。川畠家の2階、15畳ほどの洋間のレッスン室である。壁には成道が最初に手にした子供用の小さなバイオリンがかけられている。それを見ながら、川畠は呟くように言った。
「戒厳令がしかれているような毎日でしたね、あの頃は......」
訥々と語るそれは、切なくも壮絶な父と子の物語だった。21年前、突然の悲劇から始まった。川畠には3人の男の子がいるが、長男の成道は小学3年生の夏休みのとき、祖父母に連れられディズニーランド見学にアメリカに出かけた。ロサンゼルスに着いてすぐ風邪をひき、風邪薬を飲むと高熱を発し病院へかつぎこまれた。日本から駆けつけた母、麗子が見たのは、全身の皮膚がただれ血まみれで、40度近い高熱にうなされる息子の姿だった。薬害によるスティーブンス・ジョンソン症候群という難病である。東京歯科大学眼科教授の坪田一男によると、「全身の粘膜と皮膚が侵され、粘膜である目もやられます。ひどい場合は気道の粘膜がやられ死にいたります。年間100万人に1人くらいの発症率で当時は治療法も無かったんです」。
診断は「生存率5%」だった。麗子は言葉も通じない病院に泊まり込んだ。仕事や下の子供の世話があり身動きできない川畠は、国際電話で病状を知るだけだった。食事が喉を通らず、車の運転中に信号で追突したりした。闘病は3カ月近くに及び、命はとりとめた。しかし川畠親子にとってそれは、別の暗く長いトンネルの入り口に立ったにすぎなかった。皮膚は時間とともに再生されるが、目には再生のための細胞が少なく、しだいに濁ってきて最悪の場合は失明する。
帰国してから病院通いが始まった。あちこちの病院を訪ねる毎日だったが、帰国直後は畳の縁が見えていた成道の視力がしだいに落ちていった。最悪の事態への不安に川畠も麗子もおののいた。もともと辛抱強い成道は、泣いたり周囲に当たったりすることもなくじっと耐えていたが、それがよけい不憫だった。
川畠は子供の将来のため、目が不自由でもできる職業として、成道が好きだった将棋の道を考えた。将棋会館に相談したが「指導できない」と言われた。迷いに迷ったすえ選んだのがバイオリニストで、そのとき成道は10歳になっていた。プロのバイオリニストをめざす場合、5、6歳までに始めるのが普通である。スタートが遅いうえに、目が不自由では楽譜が見えないためオーケストラの一員は務まらない。となるとソリスト、つまりトッププロをめざすしかない。
「もうむちゃくちゃですよね。宝くじを当てるより難しいですよ」
いまは苦笑しながら語るが、才能がすべてのこの世界の厳しさを身にしみて分かっているのが川畠である。それを味わわせたくなく、子供たちを音楽家にしようなどとはまったく考えていなかった。川畠にはある記憶があった。幼稚園児の頃、成道にビバルディのシートレコードを買い与えた。それを成道は朝から晩まで毎日飽きもせず聴いていた。「音楽が好きなんだな」と思ったが、とくに気にとめていなかったそれを、唯一の心頼みに決断した。川畠は8歳の次男・能成、4歳の三男・守道にこう告げた。
「お父さんはこれから、成道に徹底的にバイオリンを教えなければならない。お前たちは悲しい思いをするかもしれないが、お父さんの気持ちを分かってくれ」
その後、川畠も麗子も弟たちにかまう余裕などなく長男につききりになったが、幼い子供たちはちゃんと理解していた。2人とも自分で勉強し、のちに能成は東京大学に進学、守道はロンドン大学に留学した。勉強だけでなく、目の不自由な兄に優しい弟たちだった。
猛レッスンが始まった。生まれて初めてバイオリンを持たせられた成道は、器用にスッと持ち、ごく自然に音を出した。非凡さの証である。かすかに希望の灯が見えたが、父と子の長い旅は始まったばかりだった。
「わが子でなくひとつの作品を作り上げるような気持ちで、心を鬼にしました」
学校から帰るとすぐに2階へ上げた。壁に特大の模造紙が貼ってあり、楽譜が見えない成道のため、そこには巨大な音符が書かれていた。その前に父子が立ち、練習開始。
「ほら、そこはアップ!」「ビブラートを入れて!」「もっと大きく弾いて、大きく!」、父は矢継ぎ早に指示を出し、弦や弓使いを間違えると叱責の声を飛ばす。3、4時間ぶっ続けに練習し、夕食をすませると、また再開。父の目は血走り、声もかすれる。子供の指には血がにじんでいるが、それにかまわず「もう一回、初めから!」。父の指示のたび、子供はこくりとうなずく。
こんな練習を一日8時間、休日は10時間、一日たりとも休ませなかった。元日、親戚の子供たちが集まり楽しく遊んでいるときも、容赦なく成道を2階へ上げた。普通は一週間に1曲の課題曲を、12曲与えた。外での仕事が終わると一目散に帰宅、食事もせず2階に上がり、深夜まで教える毎日だった。そんな夫が麗子には「命がけ」に見えたが、当の成道はどう受けとめていたのか。
「どうしてこんなにやらなきゃいけないんだろうと、子供心に思ってましたが、僕が弾いてると歯ぎしりが聞こえるんですよ。父の懸命さが伝わりましたね」
懸命さに加え、川畠独自の教え方によって眠っていた才能が掘り起こされた。
「川畠先生は技術の一つひとつを、個条書きで教えて下さるのですごく分かりやすい」と、十数年来、バイオリン教室で川畠の教えを受ける笹岡敏子は語る。学生時代から川畠は自分の不器用さに悩んできた。一流バイオリニストは独自のひらめきによって自分だけの音を出すが、川畠にはそれがなかった。頭できちんと理解してからでないと手が動かない。そこで川畠が考えたのは、技術を細かく分析することだった。ボーイング(弓使い)やフィンガーリング(指使い)、ビブラートなど奏法のすべてにわたって、手首の形はこう、指の動きはこうと順序立てて考え、練習を繰り返した。
「才能のある人はそんなバカなことしませんが、私にはそれしかなかったんです」
愚直のバイオリニストなのである。そして、信念の人でもある。小学生時代の同級生青木健も、芸大時代の同級生稲村優子も「忍耐力と集中力があって、こつこつ努力する人」と、同じような言葉で川畠を語る。そんな努力によって東京芸大オーケストラのコンサートマスターまで務めたのである。
技術を言葉で説明する方法は、成道には最適だった。普通、バイオリン教師は自分が手本を弾き、それを生徒に見せて覚えさせる。成道にも初めの頃は、川畠がすぐ目の前に立って大きな動作で弓や指の動かし方を見せた。そこが天賦の才なのだろう、成道は一度見るとすぐに覚えた。しかし視力の低下が進み、それも見えなくなると、あとは弓使いも指使いも川畠が言葉で指示した。何より進歩の段階を知悉している川畠は、三段跳びのように成道を先へ先へと導いた。
スタートして2年ほどたち、成道は小学校の卒業式で、サラサーテの「チゴイネルワイゼン」を演奏した。大勢の前で弾いた最初の経験である。聴衆の一人になった父親は、「あっ」と思った。
「マンツーマンで練習しているときは意識しなかったんですが、技術のあらゆる面で子供に抜かれたと思いましたね」
驚異的な成長だが、川畠にとってはこれからが正念場である。自分を超えた相手を、自分が経験したことのないソリストのレベルにまで高めねばならない。中学1年、成道は全日本学生音楽コンクールに出場し、3位入賞。一方で視力はさらに低下、中学3年の頃には模造紙の巨大な音符も見えなくなった。暗譜するしかない。新しい曲のたびに、川畠がバイオリンで音とリズムを一音ずつ覚えさせた。父にとっても子にとっても気の遠くなるような作業である。外の仕事と家での指導の毎日、川畠は職場の仲間が心配するほど憔悴していた。
「いまだから言えますが、子供が投げ出すか、才能もないならあきらめがついて楽になると思ったこともありましたよ。でも、成道はひたむきについてくるのでそれに応えてやるしかない。しかし、それでもソリストになれるという保証はどこにもないんですね。子供に毎日つらい無駄な努力をさせているようでやりきれなかったですね。先に光の見えないトンネルを親子で歩いている思いでした」
思いは子供も同じ、いや、当の成道のほうがもっと切実だった。父に言われるままに歩いてきた彼が立ち止まった。高校進学を前にし、音楽専門の学校を勧める父に初めて反発したのだ。
「そこに行くともう音楽だけになるよ。それで本当にソリストになれるの」
答えようがなく、川畠は黙り込んだ。
「僕は本当にバイオリニストになりたいのかどうか、自分でも分からないんだ。どうして毎日バイオリンを弾いているのかも分からない。どうしてなの」
追いつめられた父はよけい黙り込んだが、息子もそれ以上口にしなかった。
「父にも答えようがありませんよね。結局、病気に行き着きますから、それは自分で克服するしかありません。自分にはやはり音楽しかないと思い、専門の学校へ進むことに決めたんです」
成道は淡々とそう回想する。親子のインタビューは別個に行ったが、時折目をうるませながら語る父親にくらべ、息子は終始実に冷静な口調だった。病気の苦しみも、のちに手にする演奏家としての成功も、まるで他人事のように話す。それは逆に、8歳で過酷な運命を背負わされた彼が、これまでくぐり抜けてきた闇の底深さをうかがわせる。成道の奏でる音色が聴く人の胸をうつ秘密がそこにあるのかもしれない。
成道は音楽の名門桐朋学園に進学した。天才の卵たちが集まったクラスのなかで障害を持つのは成道だけで、彼だけが暗譜しなければならず、その曲数も格段に増えた。それでも弱音を吐かず、黙々と練習に取り組む成道が年に何度か落ち込むことがあった。病院へ行った日である。難病ではあっても、医学技術の進歩によっていつかは治るかもしれない、それを唯一の救いにしていた。しかし、成道の目は角膜が溶け、涙腺が侵され涙も出なくなった。医師は悲観的なことしか口にしなくなった。
そんな日、病院から帰った成道は2階に閉じこもる。日差しを眩しがる彼のためレッスン室は常に分厚いカーテンを引いていたが、電気もつけず真っ暗な部屋の中でじっとうずくまっている。「どうした」と川畠がわざと明るく声をかけても返事しない。「頑張ってやろうよ」と言うと、「これ以上、頑張ってやってどうなるの」。涙の出ない目の奥で泣いているようなか細い声。父は胸をつかれる思いで黙って階下へ下りる。2時間、3時間、食卓で妻と向き合い、息を殺す。やがて2階からバイオリンの音色。「あ、音が出た!」。音色が普段の調子に戻ったころ、何げないふうに2階へ上がっていく。
こんな川畠親子を支えたのは、桐朋学園で師事した江藤俊哉であった。日本の代表的なバイオリニスト江藤は、成道の演奏を聴き、他の生徒にはないものを感じ取ったのだろう、「君を必ず一流の演奏家にしてみせる」と言った。親子にとって初めてトンネルの先の光を見た思いだった。川畠の役目は江藤の言葉を噛みくだく、あるいは息子と一緒に考えることだった。
演奏は技術と音楽性の両輪で成り立ち、音楽性は演奏家の人間性から生まれる。川畠は字の読めない成道のため、できるだけ情報を与えるようにした。麗子はシャーロック・ホームズから司馬遼太郎にいたるまで、つぎつぎに本を朗読してやり、弟たちは新聞を読み聞かせた。川畠は新聞の三面記事、雑誌の性に関する記事まで読んでやり、男女の愛を語った。
そんな家族ぐるみのサポートを受け、桐朋学園大学1年のとき、日本音楽コンクールで3位入賞と少しずつ階段を上っていったが、ソリストはまだ雲のかなただった。やがて卒業を迎える成道に、江藤は「あとは本場で勉強することだ」と、ロンドンの英国王立音楽院への留学を勧めた。だが、親戚をはじめ周囲は猛反対だった。成道は一人で海外暮らしなどできず、麗子がついていくしかない。一家離散状態になるが、そこまでしてもソリストになれる保証はやはりない。川畠は悩んだすえ、妻子を送り出した。
「目のせいで留学できなかったという悔いを残したくなかったんです。成田で見送ったとき、何度もうしろを振り返る成道を家内が引っ張るように歩いているのを見て、胸がつぶれる思いでしたね」
「英語もできないし、すべて不安でした」
という麗子も同じ思いで引っ張っていたのだろう。こうして家族離散の生活が始まり、川畠は生まれて初めて自分で料理を作った。妻子への仕送りのため、テレビドラマの音楽演奏のバイトもやった。
「ロンドンで成道の音楽がどう伸びるか、それだけが気がかりでした」
杞憂だった。主任教授は「君を一流に育てることが私の仕事」と、江藤と同じ言葉を口にした。加えて世界中から学生が集まる国際性が成道の音楽を豊かにした。そして何より彼の中には父がいた。
「たとえ不器用でもやるべきことをひとつずつ積み上げていく。父の教えが僕のメソッドとして身についていました」
3年後、川畠はロンドンの麗子から電話を受けた。四半世紀に一度開催される英国王立音楽院の175周年記念コンサートに、成道がソリストとして演奏することが決まった。しかも、音楽院史上2人目の「スペシャル・アーティスト・ステイタス」の称号を受け、首席卒業も決定したという知らせだった。
「いままでやってきたことが間違いじゃなかったと思い、うれしかったですね」
そして、記念コンサート。アカデミーの歴代学長の肖像画が壁に飾られた荘厳なホールは超満員だった。オーケストラをバックに、成道がソロで演奏し始めた。難曲で知られるブルッフの「スコットランド幻想曲」、隣席の麗子は涙を流しながらステージをみつめ、川畠は自分の心臓の音を聴くように一音一音をたどった。演奏が終わるやいなや、すさまじい拍手が沸き起こった。オーケストラのメンバーも客席も総立ちだった。見えない拍手の嵐のなか、とまどうようにステージに立つ息子の姿が涙でにじんだ。
川畠にとって夢のような時間だったが、夢はさらに広がった。成道の快挙を日本の新聞が報じ、日本フィルがデビューの場を与えてくれたのだ。共演した指揮者の小林研一郎は「神は彼の視力を奪ったが、それを補う特別な何かを与えてくれた」と讃えた。以来、ロンドンに拠点を置きながら世界各地でソリストとして演奏するようになった。運命の地ロサンゼルスでの演奏は、「これ以上ありえないほどの神聖さ」と新聞で絶讃された。
一聴衆として聴いたあと、川畠は息子のバイオリンの汗を丁寧に拭ってケースにしまう。ファンに取り囲まれた成道を鞄持ちふうに遠くから眺める川畠は、天才を育てた父の至福の表情にも見えたが、最後にぽつりとこう言った。
「ずっと考え続けていたことですが、もし神様に、子供の目かバイオリンかどちらかを選べといわれたら、迷うことなく目を選びます。いまも同じです」
(文中敬称略)
*
1942年、香川県生まれ。明治大学文学部卒業後、雑誌記者などを経てフリ−ライター。著書に本欄で執筆した12本の記事を収録した『十二の志』(ごま書房)など。近く『フィリピン決戦』(学研M文庫)を出版。
■かわばた・まさお
1945年 鹿児島市に4人兄弟の末っ子として生まれる。
51年 病弱だった正雄を案じた母親の勧めでバイオリンを始める。小学5、6年時には県下のバイオリンコンクールで優勝。
63年 東京芸術大学音楽学部に入学。
67年 同校を卒業し、同音楽学部管弦楽研究部(東京芸大オーケストラ)入部。同校非常勤講師となる。
70年 高校時代の同期生だった麗子と結婚。
71年 長男・成道誕生。
80年 成道、スティーブンス・ジョンソン症候群発病。
94年 成道、桐朋学園大学を卒業。英国王立音楽院へ留学。
97年 成道、同音楽院を首席卒業。
98年 成道、日本フィルと共演し、ソリストデビュー。
【写真説明】
成道は年に20回ほど日本でも演奏会を行う。サイン会は長蛇の列で、ファンクラブも発足。父は「鞄持ちをしながら演奏の意見もいいます」
妻子がロンドンへ旅立ち、初めて台所に立つ。玉ネギを切りながら涙。レシピ本を手に料理もこつこつマスター。「もう涙は出ません」
2001年8月16日 東京新聞
失明も引き起こす薬の副作用「皮膚粘膜眼症候群」 遺伝子レベル発症解明へ 厚労省 予防策作りに着手
発症しくみが未解明で、いったん発症すると失明や生命の危険がある皮膚粘膜眼症候群(スティーブンス・ジョンソン症候群、SJS)」について、厚生労働省は、遺伝子レベルの個人差が発症メカニズムに関係していないか解明する研究に取り組むことを決めた。国がSJSの予防を目指した研究に着手するのは初めて。
SJSは、国内でごく普通に使われている総合感冒薬や頭痛薬、抗生物質など幅広い薬が原因になり得る副作用。20万人に一人程度の割合で起きると指摘されるまれな症状だが、どういう人に発症しやすいか解明されておらず、現状では予防できない。今回の研究で発症メカニズムが解明されれば、予防策り確立へ向けた一歩となる。
研究は2001年度から3年計画で実施。医薬品を投与されてSJSを発症した患者百人の血液と、同じ医薬品を投与されても発症しなかった百人の血液をそれぞれ本人の同意を得て収集。遺伝子を抽出し、ゲノム(全遺伝子情報)にどんな違いがあるか分析する。解析作業は京都大の研究者が担当する。
医薬品は効き方に個人差があるが、その差が遺伝子の違いによって起きているケースがあることが近年、分かってきた。一部の人にしか起きない作用についても、遺伝子レベルの個人差が原因になっている可能性があり、今回の研究はこの仮説に立ってSJSの原因遺伝子を探索する。仮説通り、原因遺伝子の存在が分かれば、事前の遺伝子診断で、患者にとってSJSの危険がある医薬品の投与を回避できる。
皮膚粘膜眼症候群 (スティーブンス・ジョンソン症候群、SJS)
発熱とともに関節部分に急に発疹(ほっしん)が広がり、皮膚に水ぶくれができたり、目の部分に広がると失明の危険もある。国内で使われている医薬品のうち約260成分が原因になる可能性があるとされる。大半の人は大丈夫だが、発症は予測でき拙い。死亡率は6・3%。塵労省は薬を服用した途端に発熱と発疹が出たような場合は、すぐに薬をのむのをやめて皮膚科で受診するよう呼び掛けている。
2002年3月6日 産経新聞
薬の副作用で重症型薬疹 服用後に発疹・目や口の粘膜に炎症――
現状では予測、予防不可能 初期症状で適切な治療必要
さまざまな医薬品の副作用でおこる「スティーブンス・ジョンソン症候群(SJS)」などの重症型薬疹。日本でも年間300人近い症例が報告されているが、なぜこの病気が起こるのかなど、はっきりしたことはまだよく分かっていない。まれな病気だが、薬の服用でだれでも起こる可能性があるという。予防できない以上、初期症状で適切な治療を行うことが大切だ。被害にあった患者らは「これ以上被害者を増やさないためにも、一人でも多くの人に病気のことを知ってほしい」と、広く呼びかけている。(平沢裕子)
SJSは、薬を服用した後、数時間から数日で赤い発疹が現れ、目や口など粘膜に炎症が起こり、症状が治まった後も目の角膜などに障害が残ることがある薬の副作用による病気だ。SJSの症状から、全身の皮膚がやけどのような水ぶくれになり、呼吸器障害や肝臓などの臓器障害の合併症を起こす、死亡率の高い「中毒性表皮壊死症(TEN)」に進展する場合もある。
SJSやTENは身近な風邪薬や頭痛薬、抗生物質などあらゆる薬で起こる。製薬会社では、原因になることが疑われる医薬品の添付文書で注意を促しているが、どんな人がなぜなるのか分からないため、予防できないのが現状だ。もちろん、薬を服用しなければ発症することはないが、SJSの発症率は人口百万人あたり三人、TENは0.8から1.2人と極めて低く、一般的には薬を使うことのメリットの方が大きい。
まれな病気ということもあり、これまで医療機関でも初期症状の見極めができず、誤診や診断の遅れで重篤化したケースが少なくない。
「SJS患者の会」の渡辺章会長(60)は43歳のとき、風邪の治療で大学病院で処方された点滴でSJSを発症した。すぐに入院したものの、日に日に症状は悪化し、全身の皮膚がやけどしたように水ぶくれになったという。症状が治まった後も、視力は左右とも0・02まで落ち、現在も涙が一滴も出ない重症ドライアイに悩まされている。
渡辺会長は「それまで大きな病気をしたこともなく、点滴を打ったのもそのときが初めて。その点滴でこんな症状になるとは思ってもいなかった」と話し、「なぜもっと早く診断できなかったのか。適切な治療さえしていれば、目の障害もこれほどひどくなかっただろう」と憤る。
長年、薬疹の治療に取り組んできた昭和大学医学部皮膚科の飯島正文教授は「以前はSJSとTENは別の病気と考えられていたことから、病気が重症化していく過程を認識していない医師も多かった」と打ち明ける。
悪化させないことが最善の治療だけに、厚生省(現・厚生労働省)では平成12年に「医薬品・医療用具安全情報」を出し、発熱や発疹などの初期症状があったら適切に対応するよう医療関係者に呼びかけた。また今年度から研究班を設置、病気の診断基準や治療指針の研究を行っている。
とはいえ、初期症状での診断は難しい。発熱と発疹という症状からはしかや水ぼうそうに間違えたり、風邪など元の病気の症状と見分けがつかないことも少なくない。
正確な診断には皮膚細胞検査が必要だ。飯島教授は「なるべく早く病気を見極めるためにも、薬を服用後に発熱や発疹がでたら、すぐに皮膚科専門医を受診してほしい」と呼びかけている。
2002年5月10日 朝日新聞朝刊
県側に賠償命令 大分県立病院の医療過誤訴訟で福岡高裁 【西部】
薬の副作用による皮膚障害で大分県立病院に入院した同県津久見市の女性(当時67)が92年、適切な治療措置が取られず死亡したとして、遺族が同県に約3500万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が9日、福岡高裁であった。宮良允通裁判長は、原告の請求を棄却した一審の大分地裁判決を変更し、同県の過失責任を認め約3千万円の支払いを命じた。
判決によると、女性は92年秋、市販の風邪薬を服用したところ、体に赤斑点が生じるスティーブンス・ジョンソン症候群(SJS)にかかった。女性は同12月、同県立病院に入院した後、症状が悪化。細菌感染で死亡した。
一審判決は「細菌性ショックの状態になった女性を救命するのは困難」などとして請求を棄却。控訴審判決は、「担当医師は女性に入浴療法を施すなど症状の軽減を図るべきだったが、適切な処置をとらなかった」と指摘し、病院側の注意義務違反を認定した。同県医務薬事課は「判決内容を検討して、今後の対応を決めたい」としている。
2002年5月10日 読売新聞西部朝刊
県立病院女性死亡 医師に過失 逆転判決 福岡高裁 大分県に賠償命令
一九九二年十二月、大分県立病院(大分市)で入院中に死亡した女性(当時六十七歳)の遺族が「担当医が症状の悪化に応じた適切な処置をしなかった」として、県に約三千四百万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が九日、福岡高裁であった。宮良允通裁判長は担当医の過失を認め、請求を棄却した一審・大分地裁判決を変更し、県に約三千万円の賠償を命じた。
判決によると、女性は全身に水ほうができたり、目に炎症が起きたりするスティーブンス・ジョンソン症候群と診断され、九二年十二月七日に入院。同症候群が悪化して細菌に感染し、同十三日に死亡した。
宮良裁判長は「担当医が入院翌日に細菌感染を疑った時点で、すぐに血液培養検査をし、有効な抗生物質を投与すべきだった」と指摘した。
2002年5月31日 朝日新聞朝刊
ファイザー製薬の抗生物質で1人死亡
気管支炎や中耳炎などに使われるファイザー製薬の抗生物質「アジスロマイシン水和物」(商品名・ジスロマック)を投与された患者で、00年6月の販売開始から今年3月末までに、25人がショック症状を起こし、うち1人が死亡したことが30日、厚生労働省への報告でわかった。
厚労省によると、ほかに皮膚障害のスティーブンス・ジョンソン症候群(SJS)や中毒性表皮壊死(えし)症(TEN)を起こしたのが同時期に22人おり、同省は同日、安全性情報を出して医師らに注意を呼びかけた。死亡した患者を除く46人は全員快復している。
2002/05/31 日経産業新聞
厚労省、抗生物質に注意情報(情報プラス)
厚生労働省は三十日、ファイザー製薬の抗生物質、アジスロマイシン水和物の投与を受けた患者四十七人が、副作用とみられる重い皮膚症やショック症状を起こしたとする注意情報を出した。ショックを起こした男性一人は死亡した。販売名はジスロマック。ファイザーは抗生物質の添付文書を改め、見えやすい位置に「重要な基本的注意」として異常があった場合の処置などを記載した。
厚労省が出した情報によると今年三月までの間に、この薬を使った患者に重い皮膚症であるスティーブンス・ジョンソン症候群(SJS)二十一例、ショック症状二十五例などの報告があった。ショックで死亡した男性一人以外は、投与中止後に症状は快方に向かった。ジスロマックは二〇〇〇年の発売以降、約九百万人が使用している。
2002年5月31日 読売新聞東京朝刊
医薬品の副作用で厚労省が安全性情報
抗生物質や総合感冒剤などの副作用で、皮膚や粘膜がただれ、死亡したり、目に後遺症が残ることもあるスティーブンス・ジョンソン症候群と中毒性表皮壊死(えし)症が2000年度中に302症例報告されていたことが30日、厚生労働省のまとめでわかった。同省では医薬品・医療用具等安全性情報で、投与前の問診の徹底などを呼びかけている。
2000年6月に販売が開始された抗生物質「アジスロマイシン水和液」(販売名・ジスロマック、ファイザー製薬)についても、同省は使用上の注意の改訂などを指示した。
2002年7月28日 朝日新聞朝刊
薬害対策への後進性ただす(声) 【名古屋】
大学講師 武岡洋治(名古屋市 65歳)
先日、厚労省でスティーブンス・ジョンソン症候群(SJS)の受害者と医薬副作用対策担当者との話し合いがあったが、満足のいくものではなかった。苦しみを理解して救済に尽力する熱意が見られなかった。
SJSは、全身の粘膜や皮膚、角膜が浮腫と潰瘍(かいよう)でやけどのようになって失明に至る。国内の医療薬約1万点のうち1097点の薬で発症の危険性があるという。解熱剤や風邪薬などによる発症例も加えれば、いかに多くの薬がリスクを併せ持っていることか。
こうした医薬の有害情報はほとんど知らされずに市販されている。かつて私は、日本の公的医療機関の処方で服用した抗マラリア剤の副作用で出張先のアフリカで発症した。その時の医師からこの薬が世界では使用中止なのに、日本では市販されているのを責められた。医薬情報の把握と周知徹底の面で我が国はいかに国際的に後れをとっていることか。厚労省の猛省を促したい。
2002/09/10, , 日経産業新聞
セルシード、角膜を再生・量産、傷つきにくく移植容易――2006年めど供給。
バイオベンチャー企業のセルシード(東京・新宿、長谷川幸雄社長)は、角膜を再生して移植用に供給する事業に乗り出す。細胞を傷つけず、移植しやすい角膜を作る新手法を使用。大阪大学などと組んで十月にも臨床研究を実施し、二〇〇四年ごろにまず動物の角膜治療で実用化。再生角膜の量産システムも開発し、二〇〇六年をめどに人間の目の治療用に供給開始をめざす。
セルシードは東京女子医科大学の岡野光夫教授らの研究成果を事業化する目的で、昨年設立した。再生するのは角膜の一番外側にある上皮細胞。本人や親兄弟の角膜の端にある輪部と呼ばれる部分を一、二ミリメートルの長さだけ切り取り、特殊な高分子物質のシート上で培養する。
輪部には幹細胞と呼ばれる、角膜のもとになる細胞がある。培養すると約三週間で通常の角膜の大きさまで成長するので、患者の目に入れて定着させる。
培養に使う高分子物質は温度によって性質が変わる。四十度前後の高温にすると、その上で細胞が接着剤のような物質を出しながら分裂・増殖し、すき間のない角膜上皮を形成する。温度を二十度台に下げると、接着剤の付いたシールのように高分子物質から離れる。
これを劣化した角膜上皮を取り除いた患者の眼に移植すれば、約五分でぴたりとくっつくという。再生技術は完成し、ウサギによる実験で治療に使えることも確認した。
従来の角膜の再生研究では幹細胞から角膜を作っても培養皿から取り出す段階で細胞が壊れたり、眼に移植しても定着しにくいなどの問題があった。セルシードの方法で作った角膜なら細胞が傷つきにくく移植に必要な時間も短いため、患者の負担が軽く治療効果も高まるとしている。
研究協力先の大阪大学で、同手法で再生した角膜上皮を、角膜が濁り視力が大きく低下するスティーブンス・ジョンソン症候群などの患者に移植する臨床研究を計画中。生体由来の医薬品として厚労省の承認を得るまでには時間がかかる見通し。まず犬などペットの角膜治療への応用を検討、二〇〇五年ごろまでに供給を始める考えだ。
セルシードは角膜を培養容器内で一枚ずつ手作業で作る代わりに、工程を自動化できる装置を機器メーカーなどと共同開発する計画も進める。
日本では五万人近くが角膜移植待ちだが提供者は少なく、年間の移植件数は約千五百件。角膜の量産が実現すれば、市場規模は八十億円近くになるとの予測もある。
再生医療のなかでも、眼は比較的早期の実用化が期待されている。角膜などを再生する研究は、コンタクトレンズ大手のメニコン(名古屋市)やジャパン・ティッシュ・エンジニアリング(愛知県蒲郡市)、アムニオテック(東京都町田市)などベンチャー企業が相次ぎ着手、競争が激化しつつある。
2002年11月9日 朝日新聞朝刊
医師勝訴の判決を破棄 SJS訴訟で最高裁
薬の副作用で発疹が出たら、突発的に皮膚がただれ、失明や死亡に至ることもある「スティーブンス・ジョンソン症候群(SJS)」への移行を疑え――。最高裁第二小法廷(福田博裁判長)は8日、SJSを発症して失明した患者が医師らに賠償を求めた訴訟で、医師らの過失を認めなかった二審判決を破棄。審理を広島高裁に差し戻す判決を言い渡した。
SJSは市販のかぜ薬を含む約1千の薬の副作用で起きる危険性があるとされ、少なくとも毎年250〜300人が発症している。全身に発疹ができ、皮膚が全身やけど状になる。
訴えていたのは、山口県の元自衛官(35)。入隊後に広島市の精神病院に入院。向精神薬14種類が投与された。発疹が出たのに、催眠・鎮静剤の「フェノバール」の投与が続き、SJSを発症。同剤の添付文書には副作用として「SJS」を明記し、発症した場合は投与を中止するよう呼びかけていた。
2002年11月9日 朝日新聞朝刊
医師の勝訴を破棄 SJS訴訟で最高裁判断 /広島
薬の副作用で発疹が出たら、突発的に皮膚がただれ、失明や死亡に至ることもある「スティーブンス・ジョンソン症候群(SJS)」への移行を疑え――。最高裁第二小法廷(福田博裁判長)は8日、SJSを発症して失明した患者が医師らに賠償を求めた訴訟で、医師らの過失を認めなかった二審判決を破棄。審理を広島高裁に差し戻す判決を言い渡した。
SJSは市販のかぜ薬を含む約1千の薬の副作用で起きる危険性があるとされ、少なくとも毎年250〜300人が発症している。全身に発疹ができ、皮膚が全身やけど状になる。
訴えていたのは、山口県の元自衛官(35)。入隊後に広島市の精神病院に入院。向精神薬14種類が投与された。発疹が出たのに、催眠・鎮静剤の「フェノバール」の投与が続き、SJSを発症。同剤の添付文書には副作用として「SJS」を明記し、発症した場合は投与を中止するよう呼びかけていた。
第二小法廷は「発疹を認めた以上、フェノバールによる副作用を疑い、投薬中止を検討すべき義務があった」と判断。「発疹からSJSへの移行を予想し得たとすれば、医師らはSJSを予見、回避すべき義務があった」と述べ、過失の有無についてさらに審理が必要と結論づけた。
2002年11月28日 読売新聞大阪朝刊
阪大病院講師らが角膜再生に成功 自分の細胞から培養 12月から臨床試験へ
自分の目の角膜の細胞を培養して角膜をシート状に再生させることに、大阪大病院眼科の西田幸二講師らのグループが成功し、角膜表面が損傷した患者に移植する臨床試験を十二月から始める。口の粘膜から取った細胞からも同様に再生することを動物実験で確認しており、慢性的に提供が不足している角膜移植に代わる可能性を持つ治療法として期待される。
グループは、岡野光夫・東京女子医科大教授らとの共同研究で、培養に用いる薬品や温度を工夫。角膜の上皮に含まれる幹細胞(角膜組織のもとになる細胞)をシャーレで増やし、薄いシート状に再生させることに成功した。
ウサギの片目に再生させた角膜上皮を移植し、表面の乾燥を防ぎながら三か月ほど観察したところ、手術後の炎症がおさまるにつれて透明性が増し、はがれることもなかった。口の粘膜の細胞を培養しても、ほぼ同じ成績が得られた。
すでに学内の医学倫理委員会が臨床応用を承認。化学薬品が目に入って角膜表面が傷つき、視力を失った患者や、抗生物質などの薬に過敏に反応して皮膚や角膜がやけど状になる「スティーブンス・ジョンソン症候群」の患者ら、約十人を対象に移植を行う。
片目だけ損傷した患者の場合は、健康な目の角膜から二ミリ四方の細胞を取って培養する。両目とも移植が必要な患者の場合は、本人の口の粘膜細胞や近親者が提供した角膜上皮の細胞を用いる。いずれも約二週間でシート状に再生する。
国内では京都府立医科大が胎児を包む羊膜の特性を利用。シャーレに置いた羊膜の上で、患者の角膜上皮細胞をシート状に培養し、羊膜の細胞ごと移植する方法で一九九九年から臨床試験を進めている。また名古屋大で昨年、患者の角膜の細胞を培養し、死後提供された他者の角膜組織の一部とともに移植した例があるが、自分の目の細胞だけからの再生治療は初めて。
西田講師は「手術も簡単で、患者自身の細胞なら拒絶反応の心配もない。ただし角膜上皮だけでは対象疾患が限られるので、角膜全体の再生を目指す研究も進めている」と話している。
図=培養角膜上皮の移植
2002年12月4日 読売新聞東京朝刊
[医療ルネサンス]再生医療の最前線(2)培養細胞、移植手助け(連載)
◇通算3004回
群馬県の高山泰毅(やすき)さん(25)は昨年七月、勤務先の食品加工工場で、豆乳を煮込んだ後の釜を掃除していた。頑固な汚れを落とすため、劇薬のカセイソーダを投入した。
その瞬間、釜に残っていた湯と急激に反応、高山さんの上半身に、爆発するように飛び散った。
「熱い! 痛い!」。すぐに救急車で運ばれたが、体表面の四割にも重いやけどを負った。
◆右目失明の危機
幸い一命は取り留めたが、右目は、黒目の部分にあたる角膜が白濁し、ほとんど見えなくなった。
「このまま見えなくなったら、どうしよう」
落ち込む高山さんは、主治医から「亡くなった人から提供された角膜を移植する手術を受ければ、再び見えるようになるかもしれない」と励まされた。移植に夢を託し、退院した。
しかし、高山さんの目には大きな問題があった。
角膜の表面は上皮細胞で覆われ、黒目と白目の境界の付近に、上皮細胞になる「幹細胞」がある。これが成長しては、はがれ落ちる「新陳代謝」が日々繰り返されている。
だが、高山さんは、この幹細胞が破壊されており、通常の角膜移植を受けたとしても、新陳代謝が行われず、再び失明してしまう危険性があった。
治療の見通しが立たず、いらだつ高山さん。見かねた妹の恵さん(21)が今年二月、角膜移植経験が豊富な東京歯科大市川総合病院眼科教授の坪田一男さん(47)に連絡を取り、兄を受診させた。
「残っている自分の幹細胞を採取、培養して移植する方法があります」
坪田さんの説明を受け、治療を受ける決心をした。まず六月、右目から、わずかに残っていた健康な角膜表面のうち、一―三ミリ角の切片を四つ取り出した。
◆角膜移植は成功
これらを体温と同じ37度の環境で、細胞増殖を促す培養液を加えてシャーレ上で培養。その一つが二週間後に直径三センチに成長、この細胞が移植された。
そのうえで九月、亡くなった人から提供された角膜の移植を受けた。高山さんの目には、既に培養で増えた幹細胞があるため、上皮細胞の新陳代謝が行われ、移植された角膜の働きが保たれる。
右目の視力は〇・四に回復、眼鏡で矯正すれば一・〇になった。
高校総体県大会千五百メートル走で準優勝し、社会人になっても走り続けてきた高山さん。先月、治療後初めて駅伝大会で力走した。
「家族、陸上の仲間に支えられて、あきらめないで"完走"できました」
〈角膜上皮幹細胞移植〉
薬品などによる化学外傷のほか、全身の皮膚や粘膜が炎症を起こし、角膜に障害が起きるスチーブンス・ジョンソン症候群など、従来の角膜移植では治らないとされてきた幹細胞の障害による病気が治療対象。
写真=角膜上皮幹細胞移植を受けて、右目の視力を取り戻した高山泰毅さん(右)と、母親のゑ里さん(群馬県の自宅で)
2002年12月5日 毎日新聞夕刊
市販薬で副作用「SJS」患者 救済適用、2割未満 東洋大教授が初の実態調査
薬の副作用で皮膚などにやけど状の炎症が生じ、重症化して死亡することもある「スティーブンス・ジョンソン症候群(SJS)」の患者のうち、国の医薬品副作用被害救済制度の適用を受けているのは2割に満たないことが、東洋大の片平洌彦教授らの調査で分かった。制度の存在すら知らなかった患者も2割を超えた。SJS患者の被害実態調査は初めてで来年3月の日本薬学会で詳しく報告される。【須山勉】
SJSは市販のかぜ薬や解熱・鎮痛剤など、一般的に使われている医薬品が原因で発熱や発しん、目の炎症などが起きる副作用。重症化すると、全身の皮膚がむけ、「中毒性表皮壊死症(TEN)」と呼ばれる症状から死に至ることもある。97年4月から01年3月までの4年間の症例報告は1184件(うち死亡105件)。
片平教授らはSJS患者69人(6〜72歳)を対象に調査したところ、国の救済制度の適用を受け医療費などを給付されていたのは13人、受けていなかったのは45人、申請中や不明が11人。適用を受けていない45人のうち、18人は制度の存在を知らなかった。これらの人は医師からSJSと診断された際にも、救済制度について説明されていなかったことになる。
皮膚や粘膜の炎症については、患者の約8割が発症時より良くなったと回答したが、目の炎症は半数近くが「悪化した」と答えた。3分に1回は目薬をささなければならなかったり、両まぶたに200本くらいの逆さまつげがあるとの訴えもある。
SJSは早期治療が重要とされているが、発症から治療まで1週間以上を要した患者は約3割の21人。発症により、失職・退学した患者は25人だった。
片平教授は「国はSJS患者への対策を早急に講じるとともに、現行の副作用救済制度の大幅な改善を図る必要がある」としている。
2002年12月5日 毎日新聞夕刊
かぜ薬や解熱剤で副作用 SJS患者 3割が発症で失職・退学 救済適用は2割未満 東洋大教授ら調査
かぜ薬や解熱・鎮痛剤など市販され一般に使われているものも含む医薬品副作用で皮膚などにやけど状の炎症を起こし、死亡することもある「スティーブンス・ジョンソン症候群(SJS)」の患者が副作用救済制度の適用を受けているのは2割に満たないことが、片平洌彦・東洋大教授と同大4年生の卒業論文作成研究グループの調査でわかりました。
SJS患者の全国被害実態調査は初めてで、三月に開かれる日本薬学会で発表されます。
SJS患者の会会員69人にアンケート調査した結果、国の医薬品機構の救済制度から医療費などの給付を受けている人は13人(18.8%)に過ぎませんでした。
この救済制度を知らなかった人が18人、申請をしていなかった人12人で「対策の著しい遅れは早急に改善をはかる必要がある」と同研究グループはまとめています。
発症によって受けた被害は失職・退学25人(グラフ)など深刻な影響をうけています。
発症時と比較して現在の状態は皮膚や粘膜の炎症など「良くなった」が皮膚58人(84.1%)、粘膜53人(76.8%)ですが、眼は「悪化した」人が33人(47.8%)でした。
発症から治療まで1週間〜1ヶ月未満13人、1ヶ月〜半年未満6人、半年〜1年未満2人と早期治療が大切なのに治療まで1週間以上かかった人が3割いました。
SJSは、重症化すると、全身の皮膚がむけて死亡するおそれがあり、予防法が確立されていません。厚生労働省の発表では毎年250件〜300件の症例報告があり、2001年度は302件でした。
後遺症は深刻 片平洌彦・東洋大教授の話
調査の結果、発症後に診断や治療を受けるまでの日数が長い人がいること、後遺症、とくに眼の状態が深刻であること、医薬品の使用で発症したのに救済制度があまり役立っていないことが判明した。
これらの問題点について卒論生らと協力して深く解明し、被害者さらには国民全体に役立つ研究を進めていきたい。
2002年12月5日 産経新聞
薬の副作用でやけど状態 救済制度利用は2割 SJS調査 56%初期治療受けず
抗生物質やかぜ薬の副作用で全身の皮膚、粘膜、目がやけど状態になるスティーブンス・ジョンソン症候群(SJS)の被害実態調査を、東洋大の片平洌彦教授らのグループが行い4日、発表した。医師側が病気に対する知識や経験も浅く、目に関しては最初の治療でかえって悪化したケースが6割を超えた。また、患者の2割しか副作用救済制度の適用を受けていない実態も明らかになった。
調査は患者120人にアンケートで行った。SJSは初期治療が重要。しかし、調査によると、発症から診断を受けるまでの日数は2日以上が56%に上り、半数以上が初期治療を受けていなかった。また、国の医薬品の副作用救済制度による医療費や障害年金を受給している人はわずか18.8%。多くは救済制度の存在を知らず、申請時に必要な投薬証明などの書類を無くしてしまっていた。SJSは年間300人近い患者が出るが、被害調査は初めて。
2003年1月15日 読売新聞東京朝刊
"風邪薬"の安易な服用、大人も用心 抗生物質や解熱剤の重い副作用
厳しい寒さで、風邪がはやっている。薬を使うことも多いが、早く治るとは限らない。
「大人でも気安く風邪薬を飲まない方がいいと思いました」。「子供の風邪薬、安易な服用は逆効果」(昨年十一月十、十七日)という記事を読んだ神奈川県の主婦(41)から、次のような体験が寄せられた。
昨年九月、のどが痛み、37度の熱が出た。三日後のボランティアの朗読発表会に備え、近くの医院へ。「のどが赤いが、へんとう炎ではない」と言われ、抗生物質と別の抗菌薬、解熱剤を処方され、飲んだ。解熱剤は非ステロイド消炎剤と呼ばれる効き目の強い種類だった。
その晩から下痢し、翌日にはおう吐、熱は39度に上がった。別の病院で、肝機能が悪化していると分かり、「薬の副作用かもしれない」と言われた。結局、朗読発表会には出られなかった。
医薬品を監視するNPO医薬ビジランスセンター理事長の浜六郎さんは「処方された薬は、どれも必要なかったのではないか」とみる。風邪(感冒)は一般にウイルス感染で起き、抗生物質は効かないからだ。
抗生物質や解熱剤の副作用の中でも、重いのは「スチーブンスジョンソン症候群」だ。全身にやけどのような発疹(ほっしん)や水ぶくれができ、失明や死亡の恐れもある。厚生労働省によると、一九九七年から四年間に約千二百人が発症、百五人が死亡した。
東洋大教授の片平洌彦(きよひこ)さん(医療福祉論)は昨年、六歳から七十二歳までの同症候群の患者六十九人を学生らと共に調査。原因の薬は、ジクロフェナクナトリウムなど非ステロイド系解熱剤や、各種抗生物質など医師の処方薬が七割以上だが、薬局で買った解熱剤など市販薬も10%だった。
料理店経営の四十代の男性は、風邪気味のため、病院で抗生物質の点滴を受けた後、全身が赤く腫れ、目が痛んだ。両眼の視力がほとんどなくなり、店をたたんだ。この男性ら42%の人が視覚障害などで障害者認定を受けていた。
薬の使用後、のどが痛んだり、口の中や体に発疹が現れたり、高熱が出たりすることが特徴。片平さんは「風邪薬でも起きうる。発症時は原因の薬の即時中止が先決」と呼びかける。
◆休養と保温、保湿が一番
風邪には休養と保温、保湿が一番。加湿器を使うのも効果的だ。高熱や頭痛で眠れない場合、アセトアミノフェンを成分とする解熱剤を使うのは比較的安全とされる。
「風邪」の見立てで安易に抗生物質や強力な解熱剤を処方する医師も少なくない。言われるままに飲むと、大病の元になりかねない。薬は必要性を見極めて使いたい。(田中秀一)
◇
◆肺炎、敗血症 風邪に似ているけど こちらは要治療
風邪に似た症状で治療が必要な場合もある。代表は肺炎で、熱が出て息苦しい、黄色いたんが出る、脈拍や呼吸が速いといった症状がある。このような場合、高齢者や心臓病患者らは、熱がなくても早めの受診が必要だ。
あまり知られていないのが敗血症。感染症が重くなり、病原体やその毒素が全身に影響、命にかかわることもある。38度以上の熱、脈が速い(毎分九十以上)、呼吸が速い(毎分二十以上)ことが兆候だ。
インフルエンザも要注意。英国などでは、高齢者、ぜんそくなど呼吸器疾患や心臓病の患者に、発症から二日以内に抗インフルエンザウイルス剤を使うことを推奨している。対策の基本は予防接種だ。
米国感染症専門医の青木真さんは「透明な鼻水が出る場合、ほとんどはウイルス感染で、抗生物質は原則として使わない」と言う。
どんな場合に医師の診断を仰ぐべきだろう。青木さんは「症状が数日間続き、悪化していく時」とアドバイスしている。
図=風邪とインフルエンザの違いの目安
2003年2月13日 朝日新聞夕刊
「風邪薬副作用」で興和など提訴 死亡女性の遺族 横浜地裁
横浜市の女性(当時31)が市販の風邪薬による副作用で死亡したのは、製薬会社が説明を怠ったためだとして、遺族が13日、製造元の「興和」(名古屋市)と販売元の計2社を相手に約1億5千万円の損害賠償を求める訴えを横浜地裁に起こした。
訴状によると、女性は98年2月、「コルゲンコーワET錠」を1週間、服用したところ、皮膚がやけど状になる「スティーブンス・ジョンソン症候群(SJS)」にかかり、99年9月に敗血症で死亡した。医師から「原因は同薬の副作用」と説明されたという。
2003年2月13日 日本経済新聞夕刊
「市販の風邪薬、副作用で死亡」、遺族が興和を提訴。
一九九九年に死亡した横浜市中区の女性(当時31)の遺族が十三日、市販の風邪薬「コルゲンコーワET錠」の副作用が原因で、事前説明が不十分だったとして、製造元の「興和」(名古屋市)と販売元の「興和新薬」(同)に計約一億五千万円の損害賠償を求め横浜地裁に提訴した。
訴えによると、女性は九八年二月、風邪をひき約一週間で四十二錠服用。顔やのどが腫れた後、全身がただれ、呼吸困難や失明、歩行不能に陥り、九九年九月死亡した。
女性側は医師の診断に基づき、重症の薬疹(やくしん)とされるスティーブンス・ジョンソン症候群(皮膚粘膜眼症候群)や中毒性表皮壊死(えし)症になったと主張。
薬の添付文書には、のどが腫れたり、水膨れが全身に現れたりした場合は服用を中止し、医師らに相談するよう記載されていたが「一般人が重篤な結果に至る可能性があることを認識するのは不可能」としている。
興和広報課の話 訴状を見ていないのでコメントできない。
2003年2月13日 読売新聞東京夕刊
31歳女性"カゼ薬で副作用死" 遺族「興和、危険説明怠った」と賠償提訴
市販の風邪薬を飲んだ後、薬の副作用「スチーブンス・ジョンソン症候群(SJS)」などで死亡したのは、副作用の危険性について説明を怠った製薬会社らの責任だとして、横浜市の女性デザイナー(当時三十一歳)の遺族五人が十三日、製造元の「興和」(本社・名古屋市)と販売元の「興和新薬」(同)を相手取り、総額一億五千万円の損害賠償を求める訴訟を横浜地裁に起こした。
訴えによると、女性は一九九八年二月初旬、風邪薬「コルゲンコーワET錠」を一週間に計四十二錠服用。服用中の同月七日、発熱などの症状が出たため、別の風邪薬を飲んだが改善せず、同月十日に入院した。皮膚のただれ、意識障害なども起こし、皮膚科の医師に「コルゲンコーワの副作用によるSJS」と説明された。その後、症状の重い中毒性表皮壊死(えし)症に移行、同年九月七日、死亡した。
遺族側は「発症時に服用していたのはコルゲンコーワだけ。当時の添付文書にはSJSの危険性が書かれておらず、重篤な副作用に関する注意を怠った」と主張。両社は「訴状を見ていないのでコメントできない」としている。
SJSは抗生物質や解熱剤などの副作用とされ、全身に水ほうができるなどの症状が特徴。厚労省によると、九七年度から三年間で八百八十二人の患者が確認され、うち八十一人が死亡。市販薬が原因とみられるのは全体の約6%という。
2003年2月15日 日刊ゲンダイ
解熱鎮静剤「アセトアミノフェン」 危険なのか 「コルゲンコーワで死亡」と提訴 やけどのように全身がただれることも
「娘が死亡したのは市販の風邪薬が原因」―-99年9月に亡くなった女性服飾デザイナー(当時31)の両親らが13日、「コルゲンコーワET錠」製造元の興和と販売元の興和新薬を相手に、1億5000万円余りの損害賠償を求める訴えを起こした。
訴状によると98年2月上旬、このデザイナーは「ET錠」を-週間に42錠服用。その結果、ET錠に含まれる「アセトアミノフェン」の副作用でやけどのように全身の皮膚がただれてむけていく「スティーブンスジョンソン症候群」(.SJS)にかかり、1年7カ月後に入院先の病院で死亡したという。これは、怖い話である。「新宿タツミ薬局」の薬剤師・土屋隆俊氏が言う。
「アセトアミノフェンは薬の中でも安全とされ、これがなければ医療ができない必須薬として認められています。ゼロ歳児にも使える解熱鎮痛剤はアセトアミノフェンだけ。コルゲンコーワET錠に限らず、市販の風邪薬のほとんどに含まれています。しかし、まれにSJSを引き起こすことがあるのです」
SJSは致死率が20〜30%と高く、予防も予測もできない“難病”という。しかも原因となる薬剤成分はアセトアミノフェンを含め259種類もあるというから厄介だ。
「大学病院でも、SJSの患者は何年かに1回運ばれてくるかどうかで、一般的ではありません。しかし、どんな人がなるか、どんな体調のときに危ないのかなど、一定のパターンがない。だれでもなる可能性があるのです。対策としては、薬を服用して発疹やじんましんが出たら信頼できる薬剤師に相談し、必ず病院に行くこと。 市販薬だからと油断すると、取り返しのつかないことになることもあります」(土屋隆俊氏=前出)
一番の対策は風邪にかからないことか――。
2003年2月23日 東京新聞
かぜ薬のんで高熱、発疹、ただれ……
スティーブンスジョンソン症候群 医薬品の副作用を疑って!
どんな薬でも起こる可能性 重症なら失明もあり、早期治療が必要
かぜ薬などによって起こるスティーブンス・ジョンソン症候群(皮膚粘膜眼症候群)という病気をご存じだろうか。医薬品による副作用で、高熱が出て皮膚や粘膜が侵され、重症化すると失明したり、命を奪われることもある。発症率は百万人に1〜6人(年間)とされ、いたずらに不安がることはないが、こういう病気があることは知っておいた方がいい。(橋本節央)
東京都内で歯科医院を開業していた湯浅和恵さん(50)が発症したのは、1991年の夏だった。お盆休みに風邪をひいて、近所の開業医で抗生物質と解熱鎮痛剤の処方を受けた。翌日から仕事にもどったが、熱が下がらない。数日後、同じ開業医で再び薬の処方を受けた。
それから四、五日後の夜だった。高熱が出て、体の節々やおなかの激しい痛みに襲われた。近くの病院の救急外来で、原因がわからないまま痛み止めの点滴を受けた。全身の皮膚が赤くはれて水ぶくれができ、目もほとんど見えなくなっていた。別の病院への転院をすすめられ、四カ所目でやっとスティーブンス・ジョンソン症候群が重症化した中毒性表皮壊死(えし)症と診断された。
後でわかったことだが、おなかの激痛も腸の粘膜が薬による副作用で潰瘍(かいよう)を起こしたためだった。湯浅さんは、後遺症で左目を失明、歯科医院を廃業せざるを得なかった。「診断がつくまで日数がかかり、その間に重症化してしまった。最初の医師がこの病気を知っていたら、後遺症でこんなにつらい思いをしなかったのでは…」と、悔しそうに語る。
「スティーブンス・ジョンソン症候群患者会」(会員百四十人)の小宮豊一代表(26)は「一般の医師にとってこの病気は、一生に一度出合うかどうか。感染症と誤って、抗生物質をさらに投与し悪化させてしまった例もある。医療関係者も一般の人もこの病気をもっと知ってほしい」と訴える。
厚生労働省によると、1997年4月から2001年3月までの4年間に、医療機関などから、スティーブンス・ジョンソン症候群や、より重い中毒性表皮壊死症として同省へ報告があった症例は、計1184件、うち死亡は105件。人口百万人あたりの発症率はそれぞれ年間1〜6人、0.4〜1.2人とされる。
この病気に詳しい飯島正文昭和大医学部教授(皮膚科)によると、原因は医薬品によるアレルギーとみられているが、なぜ発症するかはわかっていない。抗生物質、解熱鎮痛剤、向精神薬などで比較的発症例が多いが、市販のかぜ薬で発症することもあり、疑われている医薬品は700〜800種類。どんな薬でも起こる可能性があり、予測は難しいという。症状は、高熱と発疹(ほっしん)が出、目が赤くただれたり、唇などに水ぶくれができたりする。重症化すると、全身の皮膚がただれ、敗血症などで死亡することがある。視力低下や失明などの後遺症が残る場合も多い。飯島教授は「高熱、発疹などの症状が出たら、重症型薬疹の可能性を疑うことが大事、早期に治療すれば病気の進行をくい止められる可能性もある」と話す。
被害者に公的救済制度
医薬品による副作用で健康被害を受けた場合、医療費などが支給される公的救済制度があるが、存在を知らない人も多い。片平洌彦(きよひこ)東洋大教授(医療福祉論)らが昨年、「スティーブンス・ジョンソン症候群患者会」に協力して会員(この時点で120人)を対象に行った調査によると、回答した69人のうち、救済制度の適用を受け医療費などを受給していたのは13人だけだった。受けていない人は「制度を知らなかった」18人、「未申請」12人、「対象にならなかった」9人など。
救済制度は、厚労省の認可法人「医薬品副作用被害救済・研究振興調査機構」(電03・3506・9411)が、製薬企業からの拠出金と国の補助金をもとに運営している。医療費のほか、医療手当、生活保障のための障害年金などが支給される。
医薬会社相手に賠償請求訴訟も
今月13日には、市販のかぜ薬で発症し99年に31歳で亡くなった女性の家族が「副作用について十分な説明がなかった」と、製薬会社に損害賠償を求める訴えを横浜地裁に起こしている。
患者会は「重症型薬疹相談ダイヤル」(電090・7209・8981)を設け、被害者からの相談に応じている。
2003年2月25日 日本経済新聞朝刊
薬副作用で皮膚炎発症の「SJS」、原因発覚遅れ重い後遺症も、「確定に7日以上」。
「確定に7日以上」3割、東洋大調査
風邪薬などの副作用で目や全身の皮膚が突然やけど状態になるスティーブンス・ジョンソン症候群(SJS)は、患者のうち約三割は発症して一週間以上過ぎてからSJSと確認されるなど発覚が遅れていたことが、患者会に対する初の実態調査で分かった。このためすぐに専門医の治療を受けられず、重い後遺症になる事例もあった。国の救済制度を受けた患者は調査の二割弱にすぎなかった。
調査は昨年八―九月に東洋大の片平洌彦教授(社会福祉学)と学生が「スティーブンス・ジョンソン症候群患者の会」に対し実施。会員約百二十人に調査票を配り、六十九人から回答を得た。
回答者のうち、症状が出た当日に医師からSJSと診断されたのは六人。翌日から六日目までが三十一人いた。診療は早く受けながらも、全体の約三割に当たる二十一人は症状が出て一週間以上たってからSJSと分かった。このうち八人は一カ月以上過ぎて分かり、「半年以上一年未満」という患者も二人いた。
ある患者は薬を飲んだ翌日に四十度近い発熱。医師から解熱剤を処方されたが下がらず、二回病院を変えたが、発しんができたため「風しん」と誤診。四つ目の病院に転院して初めてSJSと診断されたという。
一般の医師の対応のまずさも浮かび上がった。最初の治療で症状が「良くなった」人より、「悪化した」人の方が多かった。特に目は六割が悪化と答えた。「目に激痛が残った」「まぶたと癒着して正面から上を見るのがつらい」など重い後遺症に苦しむ人も多い。
原因になったと考えられる薬は外来患者として病院などに処方されたケースが四十二人と全体の三分の二を占めたが、市販薬で発症したとみられる患者も七人いた。しかし医師が原因薬を特定したのは三十一人(四四・九%)で、半数以上はSJSと確認しながら原因薬は分からなかった。
国には市販薬も含めた医薬品の副作用被害に医療費などを給付する救済制度があるが、回答者のうち、救済の対象となったのは十三人(一八・八%)。「制度を知らなかった」患者も十八人に上り、SJSと診断した医師が救済制度を説明していない例も目立った。
厚生労働省は昨年五月の安全性情報で「原因薬の中止が最も重要で最良の治療法」とし、SJSを疑った医師は皮膚科の専門医を紹介することを求めている。片平教授は「初期治療が適切でないケースや後遺症で長年苦しむ患者が多いのに、国の対応は十分でない」として改善を求めている。調査結果は三月下旬の日本薬学会に報告する。
【表】SJS(TENを含む)の報告が多かった推定原因医薬成分
(2000年度、厚労省まとめ)
成分名 主な薬効 報告件数
アロプリノール 痛風治療剤 16
カルバマゼピン 抗てんかん剤 14
アジスロマイシン水和物 抗生物質 13
ジクロフェナクナトリウム 解熱鎮痛消炎剤 11
ゾニサミド 抗てんかん剤 9
サリチルアミド 解熱鎮痛消炎剤 8
アセトアミノフェン
無水カフェイン
メチレンジサリチル酸プロメタジン
サラゾスルファピリジン 消化性潰瘍(かいよう)用剤 8
塩酸セフカペンピボキシル 抗生物質 7
フェニトイン 抗てんかん剤 6
レボフロキサシン 抗生物質 6
スティーブンス・ジョンソン症候群
「皮膚粘膜眼症候群」とも呼ばれる。初めは発熱とともに、目や口の粘膜や全身の皮膚にただれたような赤い発しんができ、急速に数が増える。視力が大幅に低下したり、呼吸器に重い障害が残るケースもある。
アレルギー性の皮膚反応とみられるが、詳細は不明。原因薬に推定されるとして厚労省に報告された医薬品の成分は一九九九年度までの三年間で二百五十九成分に上る。発生頻度は百万人当たり年間一―六人と低いが、重症化して中毒性表皮壊死(えし)症(TEN)になると、死亡率は二、三割という。
2003年2月25日 東京新聞夕刊
前線日記 市販風邪薬で副作用 闘病の果て力尽きる 横浜の永野明美さん
声も目も味覚も失った 口動かし何度も『怖い』
風邪をひいても、仕事に追われて病院に行けず、市販の風邪薬を服用する人は多い。横浜市中区の服飾デザイナー永野明美さんもそんな一人だったが、風邪薬の副作用で原因不詳の皮膚障害にかかり、1999年九月、31歳でこの世を去った。十三日、家族は製薬会社が副作用について十分な説明をしていなかったとして、約一億五千万円の損害賠償を求め横浜地裁に提訴した。「風邪薬でも死に至ることを社会に知ってほしい」との願いからだ。
明美さん二十九歳の冬だった。デザインした洋服が世に出るようになり、仕事が波に乗り始めていた。「季節ごとに新作発表があり、いつも忙しそうだった」。母詔子(のりこ)さん(60)は振り返る。
そんな時、市販の風邪薬を一週間で42錠服用し98年二月八日、体の不調を訴えた。三日後には、体中に発疹(ほっしん)が広がり、呼吸困難などで緊急入院。医師は風邪薬の副作用で「スチーブンス・ジョンソン症候群(SJS)」が発症したと説明した。
家族にとって、初めて聞く名前。SJSは発症の仕組みが解明されていない難病で、市販薬などに含まれる約260の成分が原因になるとされる。百万人に数人の割合で発症するが、どんな人が発症しやすいかも分かっていない。
明美さんはその後、気管切開のため声を失い、病状の進行で失明、味覚、きゅう覚も失った。
病室には、常に両親と三人の妹が交代で付き添った。「『もう助からないのかも』と思っても、励まし続けるしかなかった」。父眞郷(まさと)さん(59)は仕事を終えると毎晩病院に通い、詔子さんは付き添いのため休職した。
家族は.病状、様子、メッセージを記録し続け、ファイルやノートは十冊を超える。明美さんは口の動きで何度も「怖い」と家族に伝えた。それ以上に、「ありがとう」「愛している」という言葉を残した。
1年7ヶ月の闘病生活で明美さんは力尽きた。SJSは誰の身にも起こり得る。「『こんな恐ろしいことがある』と社会に知せないと、いけないことのように思えてきた」(詔子さん)「明美の死を“社会の経験”にしなければ」(眞郷さん)。家族は今、そう理解しようと努力している。
(横浜支局・清水俊介)
2003年3月25日 読売新聞東京夕刊
角膜の病気に羊膜移植 拒絶反応なく視力回復
千葉県の女性(64)は10年ほど前、右目の異常に気づいた。目頭に近い白目の部分(結膜)から、膜のような組織が翼状に伸び、黒目の部分(角膜)を覆う「翼状片(よくじょうへん)」。症状は年々進み、視野がぼやけてきた。昨年5月、東京歯科大市川総合病院(千葉県市川市)に入院。翼状片の組織を切除し、その上に、産婦から提供された「羊膜」を縫いつける手術を受けた。羊膜は、胎児を包む子宮内の組織で、通常は出産後に捨てられるものを活用する。視力は回復し、6日後に退院。園芸を楽しみ、「大好きなアジサイがくっきり見えて感動しました」。
翼状片は、紫外線を多量に浴びると起きやすいとされ、高齢者や屋外労働者などに多い。増殖した組織が角膜に癒着し、乱視や視力低下を起こすことがある。増殖組織をはぎ取るだけの治療もあるが、一〜四割が再発。切除手術を何度受けても再発を繰り返すと、完治が難しくなる。
そこで注目されているのが羊膜を使った治療。移植に適した性質を持つからだ。
半透明の羊膜(厚さ約〇・一ミリ)は、母体の中で赤ちゃんを守るため、炎症反応を抑えたり、傷の修復を促したりする。羊膜には血管がないため、血管がある結膜組織の増殖を抑える作用もある。
移植で問題になるのは拒絶反応。この点、羊膜は母体内で「他人」である赤ちゃんを共存させるため、自分の細胞か他人の細胞か、区別する目印を持たない。つまり、移植しても拒絶反応が起きない。
市川総合病院眼科は、産科と連携し、妊婦から、出産後に羊膜を提供してもらう同意を得る。その上で、肝炎や梅毒などのウイルス感染をチェック。特殊な保存液で冷凍保存し、治療に使用する。
切除した翼状片の範囲に合わせて羊膜を移植すると、角膜表面と一体化していく。
眼科助教授の島崎潤さんによると、再発した翼状片の患者二十七人に羊膜移植を実施したところ、二十三人は視力が回復した。この治療後も再発したのは四人だった。
手術時間は約四十分。一日だけ眼帯をつけ目を守るが、二、三日後には見えるようになるという。治療費は、従来の切除手術とほぼ同じ。羊膜は無料提供している病院が多い。
翼状片が重症な場合には、さらに進んだ治療法もある。羊膜移植に、「再生医療」の一種の「培養角膜上皮移植」を組み合わせる方法だ。
後者の移植は、白目と黒目の境界にあって、角膜表面の細胞(上皮細胞)に成長する幹細胞を採取、培養して移植する。幹細胞は、障害を受けていない方の目か、健康な近親者の目から採取する。
幹細胞は羊膜上で培養し、羊膜ごと移植する。いわば、「種」である幹細胞と、「肥えた土」の羊膜を同時に植え、"花を咲かせる"手法だ。
薬の副作用で角膜に障害が起き、失明することもあるスティーブンス・ジョンソン症候群や、薬品を目に浴び角膜が損傷する化学外傷なども、この治療の対象になる。
ただ、羊膜移植には限界もある。角膜の病気すべてが治療できるわけではない。スティーブンス・ジョンソン症候群の場合も、「涙が少なかったり、まぶたと角膜の癒着が激しかったりする重症患者は治療が難しい」(島崎さん)。さらに研究が必要だ。(坂上博)
◇
◇羊膜移植を行っている主な病院(すべて眼科で実施)
旭川医大病院(北海道) 0166・65・2111
東京歯科大市川総合病院(千葉県)047・322・0151
慶応大病院(東京都) 03・3353・1211
金沢大病院(石川県) 076・265・2000
京都府立医大病院(京都府) 075・251・5111
大阪大病院(大阪府) 06・6879・5111
神戸大病院(兵庫県) 078・382・5111
山口大病院(山口県) 0836・22・2111
愛媛大病院(愛媛県) 089・964・5111
琉球大病院(沖縄県) 098・895・3331
◇
このページは医療情報部、科学部が担当しています。ご意見、情報提供は〒100・8055読売新聞東京本社医療情報部 (電)03・3217・1958。ファクス03・3217・1960。電子メールはiryou@yomiuri.com
図=羊膜移植(作図:デザイン課 佐久間友紀)
2003年4月23日 読売新聞東京朝刊
[医療ルネサンス]薬疹・見過ごされる副作用(1)風邪薬服用失明招く(連載)
◇通算3097回
右目は失明し、左目の視力は〇・〇四。本やテレビを見るのはつらいので、ラジオが欠かせない"友達"だ。せきが止まらないことがあり、体力も落ち、自宅で過ごす時間が多い。
「朝起きるたびに『ああ、まだ目が見える』と確認する。全盲への不安と闘っています」と大阪府の辻直江さん(43)。
◆出産後に発熱
重い障害が残ったのは、市販の風邪薬の服用がきっかけだった。
一人娘(8)を産んだ一か月後の一九九四年十二月、37度ほどの熱が出た。買い置きしてあった解熱鎮痛成分入りの風邪薬を、説明書通りに夕方と夜の二回飲んだ。
翌朝、目覚めると陰部がヒリヒリする。目も痛い。妊娠中、つわりがひどかったので、婦人科の病気を疑い、出産した大学病院へタクシーで向かった。
「問題ありません。風邪だと思います」と産婦人科医。眼科医からは「新たに異常が出たら、病院に来て下さい」と言われ、待合室で風邪薬が出されるのを待っていた。
急に気分が悪くなり、吐いた。吐しゃ物には血液が混じっていた。そのまま入院。改めて診察した内科医から「スティーブンス・ジョンソン症候群です」と告げられた。耳慣れない病名だった。
◆全身に発疹
薬の副作用で皮膚に発疹(ほっしん)ができることを薬疹(やくしん)というが、そのうち重症な型の一つが、この症候群だ。辻さんも、肩から胸にかけて赤いまだらな発疹が広がっていた。
薬に対するアレルギー反応が原因とされるが、詳しくは分かっていない。皮膚症状のほか、目や口、陰部の粘膜のただれが表れることから、「皮膚粘膜眼症候群」とも呼ばれる。
高熱が出て、失明や肝臓障害などの後遺症が残ることがある。重症化すると死亡率が二、三割に達する。
大学薬学部卒業後、八年間、病院などで薬剤師をしていた辻さんでも、この病気のことを知らなかった。そして「少し辛抱すれば、完治して退院できるはず」と軽く考えていた。
しかし、症状はさらに急激に進んだ。翌日、熱は39度近くに上がり、口の中に水ほうがたくさんできた。吐いた血液は、水ほうが破れたからだった。
発疹は、顔から足まで全身に広がり、黒褐色になった皮膚がはがれた。体が焼けるように痛い。大やけどを負ったような状態だった。しかし、痛くて目が開けられず、自分の姿を見ることもできない。
「自分の体で何が起きているのだろうか」。ベッド上でもうろうとしながら、不安が渦巻いた。
◇
《スティーブンス・ジョンソン症候群=皮膚粘膜眼症候群》厚生労働省に報告される患者は年間約300人。初期症状は、高熱(88%)、発疹(80%)、唇のただれ(75%)、目の充血(70%)、全身けん怠感(57%)、のどの痛み(53%)など(片平洌彦(きよひこ)東洋大教授による患者調査)。
写真=小説の内容が吹き込まれたテープを聞く辻直江さん(大阪府の自宅で)
2003年4月24日 読売新聞東京朝刊
[医療ルネサンス]薬疹・見過ごされる副作用(2)皮膚黒ずみはがれる(連載)
◇通算3098回
薬の副作用で起きる重い薬疹(やくしん)「スティーブンス・ジョンソン症候群」になった大阪府の辻直江さん(43)。一九九四年十二月、大学病院に入院した。
症状は急激に悪化、皮膚は黒ずみ、はがれた。「ここ数日がヤマ」との主治医の言葉に、夫(45)は、妻の死も覚悟した。
◆ステロイド投与
この病気は、薬に対する過剰なアレルギー反応が関係しているとされる。治療は、この反応を抑えるステロイド(副腎皮質ホルモン)を早期に大量点滴することが重要になる。
すぐに内科、皮膚科、眼科による治療チームが編成され、ステロイド治療が始まった。肺炎にかかり、せきが止まらない。「なぜ私がこんな被害に遭わなくてはならないのか」
悲嘆に暮れていたが、治療開始から一週間後、効果が徐々に表れ、皮膚の症状は回復。三か月後の翌年三月、退院した。
しかし、「元の体に戻るはず」という希望は打ち砕かれた。右目を失明し、気管支にも障害が残った。
体調を崩して病院に行くことが多かった小学校時代、優しく接してくれた薬剤師にあこがれ、自分も同じ道を歩んだ辻さん。「信じていた薬に裏切られたようで......」と唇をかむ。
昭和大皮膚科教授の飯島正文さん(56)によると、抗てんかん薬、抗生物質、解熱鎮痛薬などでの発症が多いが、原因と疑われる薬は七百種類以上に及ぶ。
飯島さんは「高熱、唇のただれ、目の充血、広範囲な発疹などの症状が出たら、重症の薬疹を疑い、服用中の薬をすぐにやめることが大切」と話す。
◆誰でも発症の危険
辻さんの場合、原因は、発症直前に服用した市販の風邪薬とみられた。すぐ薬の服用をやめ、早期の診断でステロイド治療を受けたことが幸いし、九死に一生を得た。それでも、後遺症で外出もままならない。
「お母ちゃんのリハビリなの」。今年二月、娘(8)に誘われて家族で遊園地に一泊旅行に出掛けた。家事もこなす。
医師の処方薬に比べ、風邪薬など市販薬は効果が穏やかでも、副作用が小さいとは限らない。患者の一割は市販薬で発症したとの調査もある。
「まさか風邪薬で被害を受けるとは思わなかった。誰でも発症する危険性がある。人ごとと思わず、この病気を知ってほしい」と辻さん。経験者の願いだ。
◇
◇「スティーブンス・ジョンソン症候群の原因(推定)」との報告が多い薬剤
アロプリノール(痛風治療薬)、カルバマゼピン、ゾニサミド、フェニトイン(以上抗てんかん薬)、アジスロマイシン水和物、塩酸セフカペンピボキシル、レボフロキサシン(以上抗生物質)、ジクロフェナクナトリウム、サリチルアミド・アセトアミノフェン・無水カフェイン・メチレンジサリチル酸プロメタジンの配合剤(以上解熱鎮痛薬)、サラゾスルファピリジン(かいよう性大腸炎治療薬)(2000年度、厚生労働省調べ)
写真=母親(左)と一緒に愛犬と戯れる辻直江さん(大阪府の自宅で)
2003年4月25日 読売新聞東京朝刊
[医療ルネサンス]薬疹・見過ごされる副作用(3)救済制度知らず(連載)
◆救済制度知らず12年
薬の副作用で、ほとんど目が見えなくなった茨城県五霞町の塩川満男さん(55)は今、針灸(しんきゅう)師として働く。
だが、発病後しばらくは職を失い、生きる自信も喪失した。
◆職失い苦悩
浄水器などを作る会社の課長だった一九八九年十月。体がだるく、解熱鎮痛成分を含む市販の風邪薬を買って飲んだ。すると翌日、目の痛み、大やけどをしたような皮膚症状が現れた。
近くの病院では原因が分からず、別の病院の皮膚科へ。風邪薬の副作用で起きた重い薬疹(やくしん)「スティーブンス・ジョンソン症候群」と診断され、ステロイド治療を受けた。
一か月後に退院したが、左目の視力はほぼ失われ、右目も〇・〇一。会社を退職、家でもんもんとした。外出した妻(45)に「おれをほったらかして、どこに行っていたんだ!」とあたった。
九七年、針灸師の資格を取り開業。収入の道を見つけ、自信も取り戻した。
二〇〇一年、知人の紹介で「スティーブンス・ジョンソン症候群患者会」に連絡を取り、副作用被害に対する公的な救済制度があることを教えられた。
◆年金もらえた
厚生労働省の認可法人「医薬品副作用被害救済・研究振興調査機構」((電)03・3506・9411)が医療費や障害年金を支給する。塩川さんは、風邪薬が副作用の原因と認める医師の診断書を持っていたことが決め手となり、障害年金を受けることができた。
発病から十二年。「これほど長い間、救済制度があることを知らされずにいたとは」
患者会会員への実態調査(回答六十九人)をまとめた東洋大教授(医療福祉論)の片平洌彦(きよひこ)さんによると、救済制度の適用を受けていない人は四十五人(65%)にのぼった。「制度を知らなかった」(十八人)、「対象にならなかった」(九人)などが理由だ。
片平さんは「発病がきっかけで失職した人は多い。患者・家族の生活を支えるため、国、医師、薬剤師などは制度の存在を患者に伝えるべきだ」と訴える。
ただ、▽一九八〇年五月一日より前に発病した人は対象外▽医療費の請求期限は、支払いの時点から二年以内(障害年金の請求は期限なし)▽発症当時の投薬証明書などが原則として必要――など制度自体にも制約が大きい。
患者会代表の小宮豊一(とよかず)さん(26)は「後遺症を抱えながら情報がなく、孤立している仲間も多いはず。ぜひ会に連絡してほしい」と話している。
◇スティーブンス・ジョンソン症候群患者会
〒239・0802 神奈川県横須賀市馬堀町2の12の1
ホームページ http://www.ne.jp/asahi/sjs/tens/
写真=マッサージをする塩川満男さん。「副作用救済制度を教えてもらって良かった」(茨城県五霞町で)
2003年5月3日 読売新聞大阪朝刊
[健康&医療]風邪 良医ほど抗菌薬使わず 9割がウイルス、効果なし
風邪をひいて近くの医院に行くと、たいてい抗生物質などの抗菌薬を処方される。何の疑いもなく服用する人が多い。しかし「風邪に抗菌薬は効かない」「薬の使い過ぎで耐性菌が増えている」として、安易な処方をやめようという動きが感染症に詳しい医師らを中心に広がりつつある。「風邪にはめったに抗菌薬を出さないのが良医」と考えた方がいい。
(古川 恭一)
◇
◆効かないのに処方
鼻やノドなどの急性の炎症を「風邪症候群」と呼ぶ。インフルエンザを含めて原因の90%前後はウイルスの感染で、残りが細菌などの微生物とアレルギーなどだ。
抗菌薬は、細胞壁を壊したり、たんぱく質の合成を妨げたりして細菌をやっつける。だがウイルスは細胞壁がなく、たんぱく質もほとんど作らないので、抗菌薬は全く効果がない。クラミジア、マイコプラズマも細胞壁を持たない微生物で、それを壊すセフェム系やペニシリン系の薬は効かない。
ところが中浜医院(大阪市旭区)の中浜力(ちから)院長(大阪大微生物病研究所非常勤講師)らが二〇〇一年に全国の開業医ら約五百人に行ったアンケートでは、風邪の全例に抗菌薬を出す医師が30%、半数に出す医師が33%にのぼり、ほとんど使わない医師は4%だった。
先月、日本小児科学会で報告された小児科医百五十七人への調査でも、風邪で発熱があればたいてい抗菌薬を出す医師が四割近くを占め、風邪の患者の47%に抗菌薬が処方されていた。
◆「念のため」は無意味
なぜ効かない薬を使うのか。
〈1〉細菌が原因の可能性がないとは言えない〈2〉細菌の二次感染による肺炎や中耳炎などを未然に防ぐ〈3〉薬を出さないと患者が納得しない〈4〉メーカーの売り込みの影響――などが挙げられる。
薬価差益は今はほとんどなく、薬を多く出しても医療機関の利益にはならない。「念のため」「万一に備えて」といった医師の気持ちが最大の原因のようだ。
しかし薬の科学的評価に詳しい「医療問題研究会」代表の林敬次医師(小児科)によると、普通の風邪に抗菌薬を使っても、症状の悪化や二次感染を防ぐ効果はないことが海外の複数の厳密な研究で判明している。薬を使って鼻の症状が早く治る人は一割いるが、一方で下痢する人が一割増える。薬が正常な腸内細菌まで殺してしまい、バランスを崩すせいだという。
国内でも、少なくとも六十五歳以下のふだん健康な人の場合、抗菌薬を使うメリットはないという研究結果を、川崎医大グループが報告している。
◆増える耐性菌
効かない薬で医療費が無駄に使われても、害がなければまだましだが、抗菌薬の副作用は下痢だけでない。たとえば失明や死亡に至ることもある「スティーブンス・ジョンソン症候群」も国内で年間三百人ほど報告されている。
加えて深刻なのは、薬の効きにくい耐性菌の増加だ。
「英国やベルギー、オランダなどでは風邪に抗菌薬を使わないが、米国と日本は広く使われ、ともに耐性菌の増加に苦しんでいる」とニューヨークの病院で診療にあたる岩田健太郎医師(感染症)。
抗菌薬は種類によって効く範囲が違う。ペニシリン系などで限られた範囲の菌だけに効く薬を短期に使えば問題は少ない。しかし広い範囲に効くセフェム系やキノロン系の薬をすぐ使う医師が多い。
「やみくもに使っても効果は乏しく、耐性菌を増やすばかり。本当に肺炎になった時に治療が難しくなる」と林さんは指摘する。
肺炎や副鼻腔(びくう)炎、中耳炎を起こす肺炎球菌やインフルエンザ菌では、ペニシリン系やセフェム系の効きにくい菌がもはや多数派で、キノロン系に耐性を持つ肺炎球菌も現れた。米国は耐性率6%、日本は1―4%だが、キノロン系が安易に使われると近い将来、効く薬がほとんどなくなると心配されている。
◆診断を的確に
「薬の乱用を防ぐためにも、まずしっかりした診断が大切だ」と中浜さんは強調する。
抗菌薬を使うべき代表例は、子どもに多いA群溶連菌の感染。ノドの扁桃(へんとう)が真っ赤にはれ、膿(うみ)を持つなどの特徴があり、十分間で検査できる迅速診断キットもある。
「予防的な投与は呼吸器や心臓に重い持病のある人や、高齢者のうち肺炎を起こしやすい人だけでよく、大半は必要ない。細菌性を疑う材料が乏しければ三日間は使わずに様子を見ればよい」と中浜さんは言う。自身、この二年間ほとんど抗菌薬を処方していないが、合併症は増えていないという。
しかし患者が自己診断で風邪症状を軽く見るのは禁物だ。似た症状の病気はアレルギー性鼻炎からぜんそく、肺がんまで多様で、重大なものもある。中浜さんは「いいかかりつけ医を持つと、ふだんの様子から的確な診断をしてくれる。いつも抗菌薬を処方されるなら『今はウイルスと細菌のどちらの可能性が高いですか』と聞いてみるのも手です」と助言する。
写真=A群溶連菌の迅速検査キット。10分以内で結果が出る(大阪市旭区の中浜医院で)
図=呼吸器の構造
《風邪症候群や似た症状を起こす主な感染症》(*は子どもに多い)
<病気> <主な病原体> <症状や特徴>
普通感冒 ライノウイルス、コロ 鼻炎 が中心、熱は37度台ま
ナウイルスなど で、症状はゆっくり進む
インフルエンザ インフルエンザウイル 38度以上の急な発熱、だる
ス さ、関節や筋肉の痛み
急性扁桃炎* A群溶連菌など 高熱、ノドがはれる。 腎炎
やリウマチ熱になることも
咽頭結膜熱* アデノウイルス 夏に多い。目にも症状。重
症化することも
咽頭炎ヘルパンギ コクサッキーウイル 夏に多い。発熱、口の エーナ* ス、エコーウイルス 中に細かい水ぶくれ
クループ* ウイルス、まれにジフ 高熱、犬の遠ぼえのような
テリア菌 せき、呼吸困難
急性喉頭蓋炎* インフルエンザ菌 ノドがゼヒゼヒ、呼吸困難
麻疹(はしか)* 麻疹ウイルス 高熱、結膜炎のあと発疹
乳児の細気管支炎* RSウイルス 冬場に高熱とせき、重症に
気管支炎 ウイルス、細菌など 様々な種類がある
肺炎 肺炎球菌、インフルエ 様々な種類がある。細菌だ
ンザ菌、ウイルスなど と膿のようなたん
マイコプラズマ肺炎 マイコプラズマの一部 乾いたせきが長く続く
クラミジア肺炎 クラミジアの一部 激しいせきが長く続く
レジオネラ肺炎 レジオネラ属菌 急速に重症化する
結核 結核菌 微熱、長期のせき、寝汗
新型肺炎(SARS)新種コロナウイルス 高熱や筋肉痛で始まる病気 ...............................................................
■風邪症候群と抗菌薬の使い方
(中浜力医師による)
◆抗菌薬は使わない
◇ウイルス性とみられる場合
->65歳以下のふだん健康な人、子どもには不要
->高齢者への予防投与は患者ごとに判断
◇ウイルスか細菌かわかりにくい場合
->3日ほど経過を見る
◆抗菌薬を使う
◇ノドのひどいはれ(A群溶連菌の疑い)
->迅速検査したうえで原則ペニシリンを使う
◇重い呼吸器疾患、心臓病、超高齢、がんの人
->2次的な細菌感染を予防する
◇症状が長引き、発熱、せき、膿のようなたん
->2次的細菌感染による肺炎、気管支炎の疑い
◇乾いたせきが長く続いている
->マイコプラズマまたはクラミジアの疑い
■抗菌薬とは
細菌を殺すか、増殖を抑える物質。カビや微生物が作る「抗生物質」と、人工的に作られた「合成抗菌薬」があり、医学界では両者を併せて抗菌薬と呼んでいる。外用薬を除いて医師の処方が必要。よく使われるタイプには次のものがある。
◇細胞壁の合成を妨害する
=ペニシリン系、セフェム系、ペネム系、カルバペネム系
◇たんぱく質の合成を妨害する
=マクロライド系、リンコマイシン系、テトラ サイクリン系、アミノグリコシド系
◇DNAの複製を妨害する=キノロン系
◇
◆抗菌薬「ガチフロ」の副作用多発
昨年6月に発売された経口抗菌薬ガチフロキサシン(商品名ガチフロ)で重い低血糖や高血糖になった患者が4月末の厚生労働省集計で132人に増えた。3月7日時点で89人の副作用報告があり、製造元の杏林製薬が「糖尿病患者には使わず、他の患者でも血糖値の変化に注意すべき」と緊急安全性情報を出したが、その後も相次いだ。
2003年5月24日 読売新聞東京朝刊
[医療ルネサンス]薬疹、見過ごされる副作用・読者の反響 安易な処方(連載)
◇通算3119回
◆安易な処方で重症化
薬の副作用で皮膚に発疹(ほっしん)ができる「薬疹(やくしん) 見過ごされる副作用」(先月二十三日〜二十九日)には、約四十通が寄せられた。
◆服用直後に異常
「私も重い薬疹になりましたが、一命を取り留めました」とつづったのは茨城県の平野妙子さん(51)。
一昨年一月、左顔面がえぐられるような痛みを感じた。近くの病院で、「三叉(さんさ)神経痛」と診断された。顔の感覚を脳に伝える三叉神経が、周囲の血管に圧迫されるなどして起こる病気だ。
痛みを抑える薬の「カルバマゼピン」が処方された。服用直後、目の前が真っ白になり、吐き気、ふらつきがひどくなった。服用を中止すると、症状は治まった。
薬物治療は受けられなくなったので五月中旬、別の病院で、神経を圧迫する血管をはがす手術を受けた。しかし、痛みは完全には消えず、再び、カルバマゼピンが出された。
平野さんは「この薬は体に合いません」と訴えた。しかし、医師から「ほかに薬はない。少しふらつきが出ても、入院中は寝ているから大丈夫」と言われ、言い返せなかったという。
この時は何も起きないまま退院。だが、その後も服用を続けて、六月下旬、突然、全身に赤い発疹が現れ、けいれんが起きた。重症の薬疹「スティーブンス・ジョンソン症候群」で、失明や肝臓機能障害など後遺症が残ることがある。重症化すると死亡率が二、三割に達する。
運ばれた病院で、ステロイドの静脈投与を受けた結果、ほとんど後遺症なく一か月後に退院。その後、関節リウマチと診断され、関節痛に悩まされる日もあるが、現在は生命保険外交員として忙しく働く。「医師、薬剤師はもっと薬疹に関心を持って、患者に情報提供してほしい」と訴える。
このほかにも、薬疹が軽視されたり、見過ごされたりした体験者は多かった。
静岡県の女性(27)は一歳の娘のあごにかぶれができたので、消炎鎮痛成分を含むクリームを塗ると、顔を中心に発疹が出た。皮膚科の診療所に行くと、アトピーとの診断。出された漢方薬を飲むと症状はさらに悪化した。別の病院に行って、アトピーではなく、薬の副作用だと分かった。
宮崎県の女性(39)は、中耳炎で抗生物質を服用して薬疹になった八年前から、病院には必ず、この薬疹経験を伝えている。それでも、肺炎などで治療を受けた時、説明なく、抗生物質が処方されたことが数度あった。「大丈夫か」と問うと、薬剤師は「気をつけて飲んで下さい」などと言うだけだった。
◆患者側にも責任
患者側に責任がある場合もある。
大阪府の女性(33)は今年一月末、ものもらいができた。以前、歯痛止めにもらっていた抗生物質を勝手な判断で服用した。すると、体中がむくみ、吐いた。幸い、症状は一時的で、「手近な薬に頼ってしまった」と反省する。
薬の安易な服用は戒めなくてはならない。(坂上博)
(次は「安全な歯科治療のために」です)
過去の記事はhttp://www.yomiuri.co.jp/iryou/renai/index.htmでご覧になれます
写真=重症の薬疹を克服し、生命保険の外交員として働く平野さん(茨城県の自宅で)
2003年6月10日 読売新聞東京朝刊
大衆薬販売巡り、規制改革会議と厚労省が議論 特例措置が問題を複雑に
◆規制改革会議「コンビニも認めて」 厚労省「薬剤師の関与必要」
「コンビニエンスストアに薬があれば夜中でも買えて便利だ」「専門家が売らないと安全が確保できない」――。大衆薬(一般用医薬品)の販売を巡り、激しい議論が続いている。規制緩和を求める内閣府の総合規制改革会議と、規制存続を主張する厚生労働省の意見の隔たりは大きい。販売に薬剤師が必ずしも関与していない現状も、問題を複雑にしている。(小山孝)
●例外措置●
医師の処方せんなしに、薬局などで購入できるのが大衆薬。その販売について厚生労働省は、副作用の心配があることから、「薬剤師など専門家の関与が必要」としている。だが、例外もある。
埼玉県羽生市。市街地から車で十分ほどの農村地帯にある商店の店頭に、食料品や雑貨と並んで、頭痛薬や胃腸薬、湿布、かん腸薬など七種類の大衆薬が置かれている。戦前から続く店だが、店主らに薬に関する専門知識はない。
「近くのお年寄りが買いに来る程度。昔から使い続けている薬なのでトラブルもない」と、店主は語る。
このようなケースは「特例販売業」と呼ばれ、都道府県などの許可を得て、比較的作用の穏やかな大衆薬に限り、薬剤師がいなくても販売できる。へき地や島しょ部など、薬局がない地域への対策として一九六一年施行の薬事法で定められ、全国に四千七百五十一店(二〇〇二年度末)ある。交通網の整備などで必要性は薄れつつあり、年々減ってはいるが、「既得権なので、やめろとは言えない」(自治体関係者)という。
●意見対立●
「特例販売業が扱っているような薬を(コンビニエンスストアなどで売ることを)認めてくれれば、どれほど国民は助かることか」
先月十三日に開かれた総合規制改革会議と厚生労働省との公開の意見交換で、鈴木良男議長代理(旭リサーチセンター社長)は、改めて大衆薬の販売規制の緩和を訴えた。しかし厚労省側は、「特例販売業は極めて例外的な措置だ」(大塚義治厚生労働審議官)と反対の姿勢は崩さなかった。
鈴木議長代理は、「規制があれば薬局は競争をしないですむ。薬剤師の権益を守っているだけだ」と同省の姿勢を批判する。八代尚宏委員(日本経済研究センター理事長)は、「副作用の恐れが少なく、薬剤師の説明が事実上不要な薬なら、コンビニで扱ってもかまわない」と主張する。
医薬品販売の規制緩和では、旧厚生省が九九年に医薬品の一部を「医薬部外品」に移行させ、ドリンク剤などがコンビニなどで売れるようになったが、風邪薬や胃腸薬は見送られた。総合規制改革会議は、消費者の利便性重視の観点から、「少なくとも『特例販売業』が扱う医薬品は、コンビニなどでも売れるようにすべきだ」と主張している。
●指導不徹底●
大衆薬を販売する薬局や一般販売業(ドラッグストアの一部など)について、薬事法では薬剤師の配置を義務づけているものの、「常駐」は明記していない。だが厚労省は、営業時間中は薬剤師を常時配置するよう指導してきた。日本薬剤師会の石井甲一専務理事は、「副作用が出ても、早い段階で相談があれば、重症化を防ぐアドバイスもできる。コンビニでは対応できないのではないか」と指摘する。
しかし、厚労省の指導は、必ずしも徹底されていないのが現状だ。日本薬剤師会の調査では、「大衆薬の購入者の七割以上に使用説明を行っている」と回答した薬局、一般販売業は全体の51%。東京都の調査では、薬剤師が常にいるのは、薬局66%、一般販売業29%というデータもある。
同会議専門委員の福井秀夫・政策研究大学院大学教授(行政法)は、「薬剤師の配置が重要と言いながら、実効性のある指導をしていない。薬剤師不在が原因で副作用が生じたケースについての調査もしていない」と厚労省を批判する。
これに対し厚労省は、「指導が守られていないのは確かだが、薬剤師がいなくていいということにはならないはずだ」(医薬局総務課)と反論している。
◆業界には期待感 薬の怖さ指摘も
大衆薬販売の規制緩和について、消費者側はどう考えているのだろうか。
コンビニエンスストアなどが加盟する日本フランチャイズチェーン協会が昨年、消費者を対象に行った調査では、深夜のコンビニで扱って欲しい商品・サービスとして、「薬」を挙げた人が七割を占め、最もニーズが高かった。
同協会の三木敏夫常任理事は「作用が穏やかな風邪薬などが扱えれば、コンビニが軽度な病気の応急処置の拠点になれる。店員で対応できない場合は、電話で薬剤師に問い合わせができる態勢を作ればいい」と規制緩和を訴える。
コンビニ大手のセブン―イレブン・ジャパンも、「お客に利便性を提供するのがコンビニの役割。規制緩和されたら、ぜひ薬を置きたい」(広報室)と意欲的だ。このほか、大手スーパーなどで作る日本チェーンストア協会や日本経団連も、規制緩和を求める要望を出している。
だが、大衆薬とはいえ、体質や持病、ほかの薬との飲み合わせなどによって、副作用の危険も無視できない。厚労省によると、薬の副作用で皮膚粘膜に異常が生じ、最悪の場合は失明や死亡に至る「スティーブンスジョンソン症候群」などは、国内では年間三百件ほどが報告されているが、大衆薬が原因ではないかと疑われるケースも、わずかながらあるという。
「スティーブンスジョンソン症候群患者会」の松本律子副会長は、「規制緩和で買いやすくしたら、副作用被害が増える恐れがある。薬の怖さに対する社会の認識が低いのではないか」と危惧(きぐ)する。
海外でも、大衆薬の販売に関しては対応が分かれている。厚労省によると、アメリカでは薬剤師がいない一般商店での販売が認められているが、フランスやイタリアなどでは薬剤師の関与が義務付けられているという。
◆利便性と安全の均衡を
健康の自己管理意識を高めるためにも、大衆薬の活用拡大への期待は大きい。一方で、"両刃の剣"である薬への慎重な対応も必要だ。閣僚間の折衝が始まるなど、規制緩和論議は大詰めを迎えているが、利用者が正しい情報を入手しやすくすることも含めて、利便性と安全性のバランスを考えた対応を望みたい。
〈総合規制改革会議〉二〇〇一年、内閣府に設置。議長は宮内義彦オリックス会長。社会保障関係では、医薬品販売規制緩和のほか、株式会社による病院や特別養護老人ホームの経営、「混合診療」などがテーマ。今月末までに実施時期を盛り込んだ答申を出す予定。
〈要語事典〉大衆薬
医師が処方する「医療用医薬品」ではなく、薬局などで直接購入できる「一般用医薬品」のこと。
販売には、都道府県知事などの許可が必要。医師の処方せんをもとに医療用医薬品の調剤も行う「薬局」と、調剤はしないが大衆薬全般を扱う「一般販売業」では、薬剤師の配置が義務付けられている。一方、薬が手に入りにくい地域などの「特例販売業」のほか、「富山の薬売り」に代表される「配置販売業」などは薬剤師がいなくてもよいが、販売できる薬は限定される。
作用が強い医療用医薬品を転用した大衆薬(スイッチOTC)もあるが、これは薬剤師がいない店では販売できないことになっている。服用する場合は、きちんと説明を受けて、「使用上の注意」をよく読むなどの慎重な対応が必要だ。
図=守られていない薬剤師の常時配置
2003年6月10日 朝日新聞夕刊
薬副作用、16年後の救済 目に障害の女性、「制度」知らされず
9歳の時に飲んだ解熱剤が原因で皮膚が炎症を起こし、両目に重い障害を負った女性が「医薬品副作用被害救済制度」の救済に該当すると厚生労働省の審議会で認められ、服用から16年たって障害年金を支給されることになった。病院の看護記録が決め手だった。この制度が知られていれば、もっと早く援助を受けられた可能性が高い。
女性は東京都内に住む川口さつきさん(25)。
鹿児島県の小学3年生だった87年、両親らと県内を旅行中に発熱し、同行者にもらった市販の小児用解熱薬を飲んだ。翌日から顔などに発疹が出はじめ、上半身に水疱(すいほう)もできて入院。スティーブンス・ジョンソン症候群(SJS)と診断された。SJSはかぜ薬や解熱剤など千種類以上の薬で起きる原因不明の病気。皮膚や粘膜がただれ、失明や死に至ることもある。
川口さんは高校で看護科へ進み、准看護師の資格を取った。しかし、目の痛みに苦しみ、看護師の道は断念。現在、両眼の視力が0・03しかない。
製薬会社の拠出金で運営する医薬品副作用被害救済制度を知ったのは、98年に千葉県内の病院で左目の角膜移植を受けた時。制度の運営団体に連絡したが、薬の容器か販売証明書がないと無理と言われ、あきらめた。
2年前にSJSの患者会に入会、助言されて服用記録を探した。鹿児島の薬局はすでになく、病院のカルテは開示を拒まれた。それでも、解熱剤の服用を記載した看護記録の写しを入手でき、薬をくれた人に当時の経緯を書面に記してもらって昨年6月に申請。今年5月31日、1級の障害年金の通知が届き、昨年の申請時点までさかのぼって毎月22万8100円が支給されることになった。
川口さんは「だめだと思っていたので、支給決定には驚いた」と話す。一方、「本来は発症した時点で、病院がこの制度を患者に教えるべきだ」と訴える。
1年間に製薬会社や医療機関から報告される副作用は約2万6千件に上る。一方、救済制度の申請は500件に届かない。制度を知らずにいる人が大勢いる、とみられる。制度には入院治療費の支給もあるが、2年を過ぎると申請できない。川口さんも5回の入院費は救済されなかった。
運営団体は現在、全国約9千の病院すべてに救済制度を紹介したパンフレットを毎年1回送り、被害に遭った患者への説明を要請している。厚労省は「いかに一線の医師に協力してもらうかが課題」としている。
◇キーワード
<医薬品副作用被害救済制度> 裁判よりも早く救済する目的で80年5月にスタート。製薬会社約900社からの拠出金をもとに、入院治療費や障害年金、遺族年金などを支給する。副作用かどうかは厚生労働省の審議会が判定。01年度は延べ670人に10億2千万円が支給された。申請には診断書のほか、医師の投薬証明書か薬局の販売証明書が原則必要。最近は薬の空き箱でも認めている。
2003年6月17日 読売新聞大阪朝刊
患者の歯+レンズ 人工角膜移植に成功 国内初、拒絶反応なし/近大医学部
患者自身の歯とレンズを組み合わせた人工角膜を移植する国内初の手術に、近畿大医学部の福田昌彦講師らが十六日、大阪府大阪狭山市の近畿大病院で成功した。拒絶反応の心配がなく、人工物だけ移植するより目になじんで外れにくいという。角膜移植のできない重症患者を対象に欧州で行われており、順調に回復すれば約一週間で見えるようになる。
患者は、大阪府内在住の女性(49)。薬の副作用で角膜などがやけど状になる「スティーブンス・ジョンソン症候群」で、ほとんど目が見えず介助なしでは生活できない。
福田講師らは、コンタクトレンズに使う有機ガラスを直径三・五―四・五ミリ、長さ八ミリのねじのような形に成形。同病院歯科の濱田傑・助教授が患者の犬歯と根元の骨の一部を切り取り、レンズの"土台"(縦一センチ、横一・五センチ、厚さ三ミリ)とした。
移植は患者の左目で、虹彩(こうさい)や水晶体などを摘出し、本来の角膜の中央に人工角膜を埋め込んで縫合。固定のために、ほおの内側の口の粘膜を上に張り付けた。
また、これまで二十例以上の実績がある英国のクリストファー・リュウ医師が、テレビ会議システムで英国から指導した。
この手術は、二百例以上行われたイタリアで生着率は95%に上り、化学薬品や自己免疫疾患などで角膜が傷ついた人にも、移植できるという。
人工角膜移植後の目の断面図=略
2003年6月23日 読売新聞大阪朝刊
[気流]薬はお菓子と違うのです! 薬剤師・矢野千恵53(高知市)
先日の石原行革相の「ちょっと頭が痛くて鎮痛剤を飲むのに、薬局まで行かなくてはいけないなんて不便だ」というコメントを聞いて唖(あ)然としました。「ちょっと小腹がすいたから、おにぎりをコンビニで買う」のと同じ感覚です。
鎮痛剤ではよく胃腸障害が起きます。ごくまれですが、命にかかわるスティブンジョンソン症候群、ライ症候群、ピリン疹(しん)なども副作用として起きることもあります。
鎮痛剤は気軽に使っていると、効かなくなってきます。副作用も、昨日まで大丈夫でも、ある日突然発症します。
風邪薬、咳(せき)止めに入っている気管支拡張剤のエフェドリンは覚せい剤の一種で一時期、高校生の大量服用が社会問題になったことがありました。
薬をコンビニでお菓子のように売るのには賛成できません。薬局では一般従業員にも薬についての勉強会を絶えず行っています。コンビニでは無理な話でしょう。
「薬局、薬剤師が既得権を守りたいだけ」とは、余りにも職能を無視した発言です。
2003年7月2日 読売新聞大阪朝刊
歯とレンズの人工角膜移植患者退院 近畿大病院/大阪
近畿大病院(大阪府大阪狭山市)で、患者自身の歯とレンズを組み合わせた人工角膜の移植を受けた大阪府内の女性(49)が1日、退院した。6月16日に移植手術、20日には人工角膜を固定する粘膜の補強手術をしたが、経過は順調で、視力は眼鏡をかけて0・9まで回復。女性は5年前、薬の副作用で角膜などがやけど状になる「スティーブンス・ジョンソン症候群」を発症、ほとんど目が見えなかった。
2003年7月7日 日本経済新聞朝刊
大衆薬コンビニなどの販売に道――便利と安全両立模索、かかりつけ薬剤師重要に。
医療分野の規制改革などを検討してきた政府は先月、大衆薬(一般用医薬品)のコンビニエンスストアなどでの販売に道を開いた。議論の過程では「二十四時間、緊急時に薬が買えたら便利」と主張する規制緩和論者に対し、「薬剤師のアドバイスがないと危険」と厚生労働省が反論。対立の構図を残したままの限定的な「緩和」だが、薬剤師が販売に十分関与できていない現実もあり、便利さと安全を両立させる“特効薬”は容易に見いだせそうにない。
[イベント。
「子供が下痢をして……」という主婦に、「ではこちらがよろしいのでは」と男性店員が薬の箱を差し出した。医薬品販売店「ヤックス」(千葉市)には、深夜零時を過ぎても車で乗り付ける客の姿が絶えない。
ただ、二十四時間営業で薬を売るこうした店はきわめて少ない。薬事法が薬の販売に薬剤師の関与を義務づけ、厚労省は営業時間中の常時配置を指導しているが、薬剤師は深刻な人材不足に陥っているからだ。大手販売店は月十万円もの特別手当を出して薬剤師を雇っているものの、多くの薬局・薬店は採算がとれないと二の足を踏んでいるのが現状だ。
厚労省となお溝
政府の経済財政諮問会議は六月十八日、「安全上特に問題がない医薬品すべてについて、薬局・薬店に限らず販売できるようにする」との方向性を示した。これを受けて厚労省は湿布薬やうがい薬など十五品目を候補に挙げたが、解熱剤や胃腸薬といった薬については副作用などの懸念があるとして対象に含めず、双方の間の溝はなお埋まっていない。
規制緩和論の根拠になっているのが消費者のニーズ。コンビニなどでつくる日本フランチャイズチェーン協会の消費者調査では「深夜に扱ってほしい商品」に薬を挙げた人が七割で、他を大きく引き離して一位だった。
さらに、薬剤師が関与しないで薬が売られている実態が常態化しているという事実もある。
東京都の昨年春の調査では薬剤師が常駐しているのは薬局の六六%、ドラッグストアなど一般販売業で二九%にすぎない。日本大衆薬工業協会の消費者意識調査(二〇〇一年)でも五八%が「最近購入した大衆薬は自分で選んだ」、四五%は「普段使っている薬なので説明は求めなかった」と答えている。
「酔い止めをください」
「千五十円です」
JR東京駅の上越・長野新幹線ホーム。ここの売店では、パート女性が飲料や雑誌に交じって酔い止めの大衆薬を売っている。
自治体が認めた一部の薬に限って売るこうした店が、全国に約四千八百カ所もある(三月末現在)。特例販売業といわれ、離島や過疎地など近隣に薬局・薬店のない場合、薬剤師がいなくても営業許可を出す制度で、中には頭痛薬や胃腸薬などを扱う店もある。
医師も報告義務
厚労省の言い分にも根拠がないわけではない。医療用に比べて副作用は少ないといわれる大衆薬だが、風邪薬や胃腸薬でも、まれに重い副作用が起きる場合もある。
薬の服用後に発しんが現れ、皮膚がただれてやけど状態になる「スティーブンス・ジョンソン症候群」は死亡率が三〇%ともいわれるが、市販薬でも発生している。
同省によると、大衆薬について、製薬メーカーや医療機関、薬局などから寄せられる副作用情報は年間約二百件。報告されるのは「重い症例や中程度でも添付文書に記載がないもの」(同省医薬局安全対策課)だ。
こうした情報に基づいて厚労省は注意を喚起。今年五月には、市販の風邪薬四十二品目について、間質性肺炎の副作用の恐れがあるとして「使用上の注意」を改訂するよう指導した。
ただ、山之内製薬が「ガスター10」の商品名で知られる胃腸薬ファモチジン製剤について死亡例二件を含む副作用十五件の報告を怠っていたことが先月発覚するなど、「メーカー任せ」の情報収集体制には、ほころびが目立つ。同省は薬事法を改正し、今月末から医師や看護師にも法的な報告義務を課すなど体制強化を急いでいる。
常駐撤廃求める
業界側も、便利さと安全を両立した販売のあり方を模索し始めた。
二十四時間営業の拡大をにらむ日本チェーンドラッグストア協会は今年三月、薬剤師の常駐を迫る指導の緩和を求める要望書を厚労省に提出した。「深夜や未明の時間帯に薬剤師がいなくても、安全性の高い大衆薬を売り、使用説明などが必要な場合は、携帯電話やインターネットで薬剤師に連絡をとればいい」(松本南海雄会長)との姿勢だ。
ドラッグストア協会は約三千種類の大衆薬の効能や副作用などの情報をまとめたデータベースを作成、この秋からネットを使って消費者に提供する。頭痛や腹痛といった症状を入力すると、市販されている薬について詳しく知ることができる仕組みだ。
大衆薬がスーパーやコンビニでも購入できる米国では「メーカーと薬局が副作用のリスクを徹底して伝えた」(米国の医薬品販売事情に詳しいコンサルタントの松村清氏)。その結果、薬剤師の役割が高まり、安全性の高い薬を夜間でも売るコンビニと、じっくり服薬指導する薬局・薬店の役割分担ができたという。
一方、元東京都立北療育センター院長の別府宏圀医師は「薬剤師が専門的な知識を生かしたサービスを提供してこなかったために、薬剤師がいないコンビニで薬を売れという議論になった」と指摘。「患者は大衆薬の副作用情報が不十分という前提に立って副作用を疑う習慣を身につけ、息苦しさや発しんなどの症状が出たらすぐに相談できる、かかりつけの医師や薬剤師を持つことが重要だ」と話している。
【図・写真】酔い止め薬を販売しているJR東京駅の新幹線ホーム(東京都千代田区)
2003年8月12日 読売新聞東京夕刊
患者の歯使い人工角膜を移植/近畿大学病院
角膜移植ができない重症患者に、患者自身の歯とレンズを組み合わせて作った人工角膜を移植する国内初の手術が、近畿大学病院(大阪府大阪狭山市)で成功した。拒絶反応の心配もなく経過は順調で、手術前はほとんど見えなかった女性患者は、眼鏡をかけて視力〇・九まで回復した。
患者は五年前、薬の副作用で角膜などがやけどした状態になる「スティーブンス・ジョンソン症候群」を発症した。
治療チームは、コンタクトレンズに使う有機ガラスを直径三・五―四・五ミリ、長さ八ミリのねじの形に仕立てた。さらに、患者の犬歯と根元の骨の一部を切り取り、レンズの土台(縦一センチ、横一・五センチ、厚さ三ミリ)にした。
移植は患者の左目で、本来の角膜の中央に人工角膜を埋め込む方法で実施。これまで二十例以上の実績がある英国の医師から、遠隔映像システムで指導を受けながら行われた。
患者は「国内で前例のない手術に戸惑いがあったが、海外での成功例などに後押しされた。家族の顔や病室からの山並みが確かに見えた時は感無量でした」と喜んでいるという。
執刀した福田昌彦講師は「予想以上に視力が回復してうれしい。実績を重ね、高度先進医療の適用を申請したい」と話している。
2003年9月30日 日本経済新聞夕刊
皮膚の病気(9)薬疹――薬で発疹、複合的な原因も、感染や免疫機能関係(病を知る)
感染や免疫機能も関係
薬によって体に発疹(ほっしん)がでる薬疹。ただ、「薬だけではなく、体調や体質が関係するケースも多い。免疫機能全体を考えた対応が必要」と、長く薬疹の診療・研究を続けてきた池沢善郎横浜市立大学医学部教授(皮膚科学)は言う。
――薬疹の頻度はどれくらいですか。
「きちんとした統計はありませんが外来患者の比率から見ると、薬を使った人の一―二%はいると推測されます。同じ薬を服用して一、二週間前後に発疹がでたときなどは薬疹が疑われます。逆に、薬を十日以上服用しても平気だったのに、その後ある程度の期間を経て突然発疹がでたときは別の原因があります」
「タイプもいろいろありますが、よく知られているのは固定疹型薬疹です。薬を服用するたびに体の同じところに直径が二―三センチメートルほどの赤い発疹が見られるタイプです。ピリン疹といわれるものですね。光線過敏型といって、薬を使った後に日光に当たると水ほうなどができるタイプもしばしば見られます」
――どのような薬が原因になりますか。
「例えば固定疹型では非ステロイド抗炎症薬などの多くの薬がおこす傾向があります。薬診はいろいろ薬によって生じますが、抗生物質、消炎鎮痛薬、抗けいれん薬が原因薬として頻度が高い。最近では長期間にわたって使うことが多い循環器用薬による薬疹が増加傾向にあります」
「薬疹は薬だけでおきないことがあります。ウイルスの感染や体の免疫機構の不調などの条件が重なっておきることが多い。広い意味で体調の変化に関係して免疫の変調をきたし、薬診が生じやすくなることが考えられます。こうした観点からの解明をもっと進めなければなりません」
――薬疹の中にはスチーブンス・ジョンソン症候群(SJS)のように重症のものもあります。
「重症の薬疹としては皮膚粘膜眼症候群、いわゆるSJSのほかに中毒性表皮壊死(えし)症、通称TENや、最近よく見られれるようになった薬剤性過敏症症候群(DIHS)などがあります。SJSでは目や口といった皮膚から粘膜への移行部分が侵されます。ひどくなると表皮がはく離する皮疹が増えてTENに進展する例も多い。水疱(すいほう)やびらんなどの表皮の壊死性はく離病変が体表の一〇%以上の広さで見られたらTENに分類します」
「また、DIHSでは6型ヒトヘルペスウイルスの再活性化がみられ、薬剤アレルギーとウイルス感染が関係していると考えられます。薬疹の原因となる薬は多様ですが、例えばDIHSでは抗けいれん薬や尿酸産生阻害薬のアロプリノールなどの特定の薬によって引き起こされるという特徴があります」
――治療はどのように行われますか。
「基本的には原因と推定される薬の使用をやめれば多くの薬疹は治まります。複数の薬剤を使用している場合など、どの薬が原因になっているかを知ることは大切です」
「これに対してSJSやTEN、DIHSなどの重症薬疹では、多くの場合原因と推定される薬の使用をやめても軽快することはなく、さらに症状が進展するという問題があります。これを止めるためにステロイド薬を大量に静脈注射するステロイドパルス療法やガンマグロブリンの大量静脈注射などを行います。最近ではプラズマアフェレーシスといって血液から血漿(しょう)を分離除去する方法もとられます」
(聞き手は編集委員
中村雅美)
薬剤が原因の場合、救済制度の対象に
スチーブンス・ジョンソン症候群は薬だけが原因ではないが、約六割は薬によって起きるとされる。食欲不振や発熱など風邪によく似た症状とともに皮膚に発疹がでて全身に広がる。目の角膜など粘膜がただれ、やけどのような症状になる。
原因となる薬剤は多様だが、明らかに薬剤が引き金になっているものは医薬品副作用被害救済制度の対象になる。また、患者の会(神奈川県横須賀市)もできている。
【表】おもな薬疹
薬疹の型 おもな症状 原因とされる薬
播種性紅斑丘疹型 全身にはしかのような赤い発疹がでる 抗生物質、睡眠薬など
紅皮症型 全身が赤くなり、表皮がはがれてくる 抗生物質、一部のリウマチ治療薬など
光線過敏型 日焼けのような症状がある サルファ剤など
固定型 体の同じ部位に赤い発疹が現れる 非ステロイド系抗炎症薬、抗けいれん薬など
じんましん型 薬の使用後間もなく現れる 抗生物質など
2003年12月7日 読売新聞東京朝刊
コンビニなどの医薬品販売、解禁議論ヤマ場に 「便利さ」「安全性」なお対立
コンビニエンスストアなど一般小売店での医薬品販売解禁をめぐる議論が、厚生労働省の販売品目決定を前に山場を迎えている。小泉首相が力を入れる計画だが、厚労省側は規制の大幅緩和には消極的。薬害被害者などからも反発が相次ぎ、同省の判断に注目が集まっている。
「頭痛薬くらい置いてると思ったのに」。今年五月末の未明、福岡県大野城市でコンビニ店を経営する梅田洋さん(61)は、手で頭をおさえて店に駆け込んできた女性客からそう言われ、返答に窮した。
「深夜や早朝に薬を買いたいという人は確実にいる。コンビニで扱ってもいいのではないか」と梅田さん。日本フランチャイズチェーン協会が今年十月に実施したアンケートでも、回答者の82%が「コンビニで市販薬を買いたい」の項目を選択している。
政府による一連の規制改革の目玉のひとつとして、「安全上特に問題がない医薬品すべてについて、薬局・薬店に限らず販売できるようにする」との閣議決定があったのは今年六月。厚労省は専門家による検討会を設置、今月半ばにも対象品目が発表される見込みだが、安全性の観点から、閣議決定を疑問視する声が続出している。
川崎市の公務員、小倉一行さん(32)は昨年二月、ドラッグストアで買った市販の風邪薬の副作用で、「スティーブンス・ジョンソン症候群」になった。全身の皮膚粘膜がやけど状態になり、死亡や失明に至る恐れもある病気だ。原因とされる薬は市販の風邪薬や抗生物質など千種類を超え、予防法は確立されていない。「市販薬にも副作用がある以上、コンビニで手軽に買えることが良いこととは思えない」と小倉さんは言う。
薬害防止に取り組む民間団体「薬害オンブズパースン会議」は先月末、「やるべきは規制緩和より薬剤師による監視強化」と訴える意見書を厚労省に突きつけた。同省の幹部の一人も、解禁派から要望の強い風邪薬や解熱鎮痛剤について「副作用を考えたら解禁などできるはずがない」と本音を漏らす。
2003年12月16日 読売新聞東京夕刊
医薬品のコンビニ販売解禁報告 薬剤師の"効能"批判(解説)
◆「副作用どれだけ助言しているのか」 厚労省、安全指導は不十分
市販薬販売を一般小売店に解禁する問題で、厚生労働省側は販売できる製品を限定し、安全性重視の姿勢をみせた。健康を守る観点に立てば自然な結論ではあるが、論争の背景には医薬品の販売に責任を持つ薬剤師が十分に機能していない現状があり、厚労省の場当たり的な対応にも問題があった。〈本文記事1面〉
同省が設置した作業部会が十六日、販売可能とした市販薬は全製品の2・7%。政府の総合規制改革会議は「深夜、コンビニで風邪薬を買えるようにすべきだ」と主張したが、同省側は応じなかった。
市販薬でも全身やけどを起こすスティーブンス・ジョンソン症候群やショック症状のアナフィラキシーなど深刻な副作用が避けられない。多様な市販薬から症状に合わせた薬を勧める必要もある。厚労省が選定された製品を医薬部外品に移し、「医薬品販売は知識のある薬剤師との対面でなければ安全が保てない」という原則を貫いたことは評価すべきだろう。
だが実態はどうか。規制改革会議メンバーから「薬の効き目や副作用のことをきちんと客に助言する薬剤師がどれほどいるのか」と批判を浴びると、厚労省幹部は「そう言われても仕方ない」と内心では頭を抱えていた。
昨年度の各自治体の調査では、薬店のうち二割前後が薬事法に違反して薬剤師不在で営業していた。また大手ディスカウントストアが客と薬剤師をテレビ電話でつなぐ販売方式を導入すると、その是非をめぐって厚労省の方針は揺れ、結局例外的に認めることになった。同省が薬剤師の関与について積極的に指導してきたとは言えない。
街に林立するドラッグストアの多くで、薬は雑貨同然に売られているのが実情だろう。「コンビニで売ってもサービスに差はない」という改革会議の訴えにもうなずける点はある。
「安全性」と「便利さ」の二者択一とも言われた議論だが、薬剤師の責務を明確化するとともに、安全が確認された医薬品は迅速に医薬部外品へ切り替えるようにすれば、二者の両立も可能だろう。今後、厚労省の実行力が問われる。(岡部匡志)
◇販売が解禁される医薬品
製品の種類 含有が認められた主な成分
消化薬 ジアスターゼ、リパーゼ
健胃薬 炭酸水素ナトリウム センブリ
整腸薬 ビフィズス菌 ラクトミン
健胃消化薬 ジアスターゼ、酵母
瀉下薬(下剤) プランタゴ、オバタ種皮
ビタミン含有保健薬 ビタミン類 アミノ酸類
生薬主薬製剤 ニンジン ローヤルゼリー
カルシウム主薬製剤 グルコン酸カルシウム ボレイ
のどあれ薬 塩化セチルピリジニウム 塩化デカリニウム
うがい薬 塩化セチルピリジニウム メントール
風邪薬(外用) カンフル メントール
殺菌消毒薬 塩化ベンゼトニウム アクリノール
しもやけ・あかぎれ用薬 カンフル グリセリン
コンタクトレンズ装着液 アスパラギン酸カリウム 塩化ナトリウム
いびき防止薬 グリセリン 塩化ナトリウム
2003年12月17日 日本経済新聞朝刊
これだけなのか薬販売の規制緩和(社説)
コンビニエンスストアでは体に有害なことがはっきりしているたばこを売っている。だが、普通にのむ風邪薬や解熱鎮痛薬はまれに大きな副作用が起きるから、今後もコンビニなどでは売らせないのだという。
厚生労働省の依頼を受け、薬剤師のいない一般小売店で売れる薬の範囲を検討してきた作業グループは十六日、下剤や消化薬、体に塗り風邪の症状を和らげる薬など十五製品群、三百五十品目が「安全上、特に問題ない」とする報告をまとめた。厚労省はそれらの医薬品を「医薬部外品」に変更し一般小売店で売るのを認める方針だ。しかし、この程度なのかと思う向きも多いだろう。
消費者がコンビニで深夜に売ってほしい商品の筆頭は薬で、それも風邪薬や鎮痛剤だといわれる。政府は今年六月「安全上特に問題がない」医薬品について一般小売店に販売を認める規制改革方針を閣議決定した。医薬の専門家が約一万三千品目の薬の中から選んだ結果がこれだ。
どうもすっきりしない。離島や辺地には薬剤師を置かずに幅広く薬を売れる「特例販売業」が約四千七百店ある。また厚労省の昨年度の調査では一般薬店の二割強が調査時に薬剤師が不在で、この割合は高まる傾向にある。そうした店が大きな問題を起こした話はあまり聞かない。
作業グループの報告はのむ風邪薬や解熱鎮痛薬は粘膜や皮膚がただれるスティーブンス・ジョンソン症候群やショック症状など副作用が起きうるので夜間に一般小売店で売るのは適当でないという考え方だ。だが薬店の夜間の対応も十分ではない。一部の薬剤師は輪番制で夜間に副作用が出たような消費者に対応しているが、あまり普及していない。多くは買い手自身の対応に任せている。
またそれら副作用の発症の頻度はごくわずかである。まれにしか現れない副作用を理由に、歯や頭が痛くてたまらない客に薬を売らせないという現状のほうが問題は大きいともいえる。副作用の危険を薬の外箱に書いて注意を促し、買い手の自己責任に委ねてもよいのではないか。夜間に開いている医療機関も増えた。
医薬部外品として認めるやり方にも問題がある。医薬品なら副作用が起きたとき公的救済の対象になるが部外品ではならない。また今後、一般小売店で売れる薬を増やすのにも限界があろう。薬事法を改め薬剤師がいなくとも可能な医薬品販売の新制度をつくるのが筋ではないか。
専門家の検討結果を軽々に扱ってはならないが、これでは消費者の深夜の苦痛が解消しないのも事実だ。
2003年12月26日 読売新聞東京朝刊
抗うつ剤トレドミンで副作用か 服用の3女性がやけど症状
抗うつ剤「塩酸ミルナシプラン」(販売名トレドミン錠)を服用した五十―八十歳代の女性三人が、全身や目にやけどの症状が出る「スティーブンス・ジョンソン症候群」を発症していたことが分かり、厚生労働省は二十五日、販売元の旭化成ファーマに対し、重大な副作用の可能性があることを使用上の注意に明記するよう指示した。
三人はいずれもうつ症状で同剤を服用し、数日後に皮膚がただれるなどの症状が現れた。また、同剤を服用していた別の九十歳女性は低ナトリウム血症となり、同剤の服用中止六日後に多臓器不全で死亡した。同剤との因果関係は不明だが、厚労省では念のため注意を呼びかけている。
同剤は二〇〇〇年秋から販売され、年間の推定使用者は八十七万人。医師によって処方される医療用医薬品で市販されていない。
また、一九九三年以降、抗がん剤「シスプラチン」を投与された患者十一人が肝障害や腎不全で亡くなっていることも分かり、同様に注意を呼びかけている。
2004年1月9日 読売新聞東京朝刊
[論点]薬販売の規制緩和 安全軽視、副作用死の危険 三輪亮寿(寄稿)
医薬品販売の規制緩和を求める動きが活発だ。一般用医薬品をコンビニなど一般小売店でも売れるようにすべきだとか、薬剤師が不在になる夜間や早朝の薬局・薬店でも売れるようにすべきだなど、消費者の「利便性」を強調するものである。
そうした中、厚生労働省の作業部会は昨年末、一般小売店で販売できる医薬品として消化薬や整腸薬、うがい薬など三百五十二品目を選定した。規制緩和論を先導してきた政府の総合規制改革会議が要求する、風邪薬や解熱剤などは除外した。安全性を重視する姿勢を示したと言えよう。
医薬品販売の規制緩和論は、「医薬品の安全性」の意味内容を薬事法に基づいて正確に理解した上での主張なのか、必ずしも明らかではない。もしそうでないならば、それは「はじめに規制緩和ありき」という、人命軽視もはなはだしい暴論である。
薬事法には、医薬品の「安全性」を定義する条項は存在しないが、医薬品の製造承認を拒絶する理由の一つとして、「安全性の欠如」を挙げている。それは、「申請に係る医薬品が、その効能、効果に比して著しく有害な作用を有することにより、医薬品として使用価値がないと認められるとき」(14条2項2号。省略か所あり)という規定だ。
意外に思うかもしれないが、「著しく有害な作用」があっても、それ自体は製造承認の拒絶理由にはならない。あくまで「効能、効果」に比べて著しく有害な作用があり、使用価値がない――と判断された場合に初めて製造承認が拒絶されるのだ。
逆に言えば、「著しく有害な作用」があるのに承認されている医薬品はたくさんある。いやむしろ、医薬品とは、本来的にそのような危険性を内包する特殊な製品と理解すべきなのである。
例えば、死に至るような有害作用のある抗がん剤であっても、それまでほとんど打つ手のなかったある種の末期がんに対し効能、効果があることが判明すれば、その有効率がたとえ30%に過ぎなくても承認されうる。
このように、医薬品について「入手しやすさ」を論じる前に、有害作用や使用価値を十分吟味しなければならない。それを大前提にした「入手しやすさ」こそが、真の「利便性」と言うべきなのである。
ところで、一般用医薬品の中には、医療用から転じた切れ味の良い医薬品として、いわゆる「スイッチOTC」なるものが存在する。これは販売上特に安全性に注意すべき医薬品とされている。
ここで問題になるのは、例えば日常慣れ親しんでいる風邪薬はスイッチOTCに含まれていないにもかかわらず、スチーブンス・ジョンソン症候群や中毒性表皮壊死(えし)症など、失明や死亡に至る重篤な副作用が、日本でも少なからず報告されていることだ。しかも、薬剤師の常駐する正規の薬局や薬店で発生しているのである。こうなると、風邪薬でさえも安易に「規制緩和になじむ」などとは到底いえないことになる。
二〇〇二年七月、戦後最大級の薬事法改正が行われたが、その中核をなすのは「安全性の確保」である。「安全性の確保」こそが我が国の医薬品をめぐる最新の法的要請なのである。
昨今の規制緩和論議の前に、現在の薬局・薬店での販売体制が十分であるか点検し、「規制強化」をも視野に入れた販売体制のあり方を検討する方が焦眉(しょうび)の急と考える。
◇みわ・りょうじゅ(弁護士) 北里大客員教授。薬学博士。元製薬会社勤務。71歳。
写真=三輪亮寿氏
2004年1月23日 日本経済新聞朝刊
アムニオテック、培養角膜で臨床試験――急性期の炎症に対応。
再生医療技術の実用化に取り組むベンチャー企業のアムニオテック(東京)は、眼科領域の薬品を手がける千寿製薬(大阪市)と共同で、シート状に培養した角膜上皮細胞などの臨床試験を開始する。現在治療法がない急性期の角膜の炎症に対応できるという。二〇〇七―〇八年の製品化を目指す。
臨床試験で試すのは、二タイプの上皮細胞のシートで、胎児を包むヒトの羊膜の上に角膜上皮細胞を培養した角膜上皮シートと、ほおの裏側の細胞を培養した口腔(こう)粘膜上皮細胞シート。羊膜の精製法やこの上に様々な細胞を培養・再生する技術は、京都府立医科大学の木下茂教授が確立した。アムニオテックはその実用化に取り組んでいる。
これまで京都府立医大での試行では、培養角膜上皮細胞シートを四年間で四十人に移植したほか、培養口腔粘膜上皮細胞シートでも一年半で十三人に移植。いずれもすべての患者で治療に成功している。
特に口腔粘膜上皮細胞シートは患者自身から採取した細胞を培養・再生するため、拒絶反応も少ない。アムニオテックではこの実績をもとに千寿製薬と組んで臨床試験を実施することにした。
角膜の治療法としては角膜移植がよく知られているが、失明またはその危険がある患者が主な対象であり、移植する角膜も提供者が少なく不足している。これに対して培養細胞シートは角膜に重度の炎症を起こすスチーブン・ジョンソン症候群など、有効な治療法がなかった急性期の角膜炎症に使えるという。
2004年3月6日 読売新聞大阪朝刊
県立中央病院医療過誤訴訟 県に4000万円支払い命令 地裁出雲支部=島根
◆「適切な処置せず」
県立中央病院(出雲市)での医療過誤により植物状態になったとして、大社町の男性(70)とその妻が、県に計約四千六百万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が五日、地裁出雲支部であり、山口信恭裁判官は「適切な診断や処置をしなかった医師に過失が認められる」として、県に計約四千万円の支払いを命じた。
判決によると、男性は一九九七年十一月、発疹(ほっしん)やけん怠感を訴えて、同病院に入院。医師は症状から「スティーブンス・ジョンソン症候群」(薬の副作用などに多くみられる皮膚疾患)と診断すべきところを別の疾患と誤診し、適切なステロイド剤投与を怠って呼吸困難など症状の悪化を招いた。
その後、腹部エコー検査の際、呼吸困難に対する措置をとらず、心肺停止を避けられずに植物状態になった。
県立中央病院の清水史郎・副院長の話「判決文の内容を詳しく読んでから対応を検討したい」
2004年5月2日 日本経済新聞朝刊
深夜の薬販売、そろり始動――制約に二の足、薬剤師も不足、店頭敬遠で人手不足深刻。
深夜・早朝の医薬品販売がそろりと始まった。厚生労働省は四月にテレビ電話を使った販売を解禁したが、制約が大きいうえ深刻な薬剤師不足から、新たに二十四時間販売に踏み切る動きは見当たらない。こうした中、一部の薬局チェーンが深夜の相談窓口を設けたり、地域薬剤師会が輪番で深夜に対応するなどの試みも。薬剤師が関与して安全性を確保しながら消費者ニーズにこたえる“処方せん”を探った。
店舗巡回が必要
「三八度の高熱が続いて……」。ディスカウント店、ドン・キホーテ葛西店(東京・江戸川)の医薬品売り場で深夜、若い男性客がテレビ電話で薬剤師に訴えた。アレルギーの有無などを聞いた薬剤師が解熱剤の商品を指定すると、店員が薬を取り出して男性に渡した。
ドン・キホーテは昨秋から一部店舗でテレビ電話を使った薬の無料提供を開始。テレビ電話での医薬品販売の解禁を受けて、五月中旬にも無料提供から販売に切り替える。無料提供を実施した都内の店舗の中には、目の充血や腹痛などの症状で一日に十人前後の客が訪れるところもあるという。
薬剤師不足に対応して規制緩和された「テレビ電話方式」は、終日販売に道を開くと思われた。だが、ドン・キホーテ以外でテレビ電話販売に乗り出す薬局・薬店は現れていない。規制緩和を訴えてきたドラッグストアの業界団体、日本チェーンドラッグストア協会も「加盟二百社の中に導入するチェーンはない」と肩透かしを食らった格好だ。
深夜・早朝にテレビ電話で服薬指導をする薬剤師は、最低週一回、日中に担当店舗を巡回する必要があるほか、薬剤師を置くセンターを全国一律で運営できないなど、厳しい制約があるのが各社が二の足を踏む理由だ。
救急病院を紹介も
一部には、薬剤師を常に置いて二十四時間営業に乗り出したところもある。昨年十月に開業したイオン津田沼店(千葉県習志野市)は一階の医薬品売り場で終日営業。午後十時から午前六時までに平均約百人の客が詰めかける。
厚労省への報告によると、この時間帯の売り上げは風邪薬が三割と最も多く、皮膚薬、目薬、胃腸薬がそれぞれ一割。「救急病院を紹介するなど、急を要する患者の来店もある」(同店)
同店が二十四時間化にあたって確保した薬剤師は、パート・アルバイトも含め約二十人。地方などでは、これだけの人数が集められず、「多くの店舗で実施するのは難しい」。同様の事情で、全国的にも終日営業の薬局・薬店はほとんどない。
こうした中、東京都港区の薬剤師会は十前後の薬局が携帯電話を持ち合う輪番制で夜八時から翌朝八時までの間、患者に対応。場合によっては店を開けて薬を売る。「歯の痛み止めが切れた」など薬を求める声だけでなく、「眠れないので睡眠薬を増やしていいか」といった相談もある。
日本薬剤師会によると、このように携帯電話で輪番の相談体制を敷く地域薬剤師会は全国に約三十カ所あるという。ただ、そうした取り組みは全体(約八百支部)の約四%に過ぎず、港区の場合も区の広報紙に電話番号を載せている程度で周知は不十分だ。
また、中部地区で調剤併設ドラッグストアを二百店構えるスギ薬局は、愛知県岡崎市にコールセンターを開設。いざというときに常備薬の服用に不安があれば、飲み合わせや副作用の情報などを自宅から電話で問い合わせることができる。
相談体制の構築を
一般の風邪薬や胃腸薬でも重い副作用が起きる場合もある。服用後に発しんができ、皮膚がただれてやけど状になる「スティーブンス・ジョンソン症候群」は市販薬でも発生する。厚労省にはこうした重い症例と、添付文書に記載のない中程度の副作用を合わせ、年間二百件ほどの副作用報告がある。
販売体制にとどまらず、副作用や飲み合わせなど、薬についての様々な相談を二十四時間受け付ける仕組み作りが求められる。
店頭敬遠で人手不足深刻
深夜営業の足かせとなるのは、深刻な薬剤師不足だ。業界団体、日本チェーンドラッグストア協会によると、全国約一万四千店に約三万人の薬剤師がいるとされるが、なお約一万人足りないという。二〇〇二年度の都道府県の調査では、日中でも薬剤師を置いていない一般販売店が二割にも達した。
背景には、業界の激しい出店競争に、薬剤師の供給が追いつかない事情がある。二〇〇四年度の出店数は全国で約一千店に達する見通しだ。
店頭販売を敬遠しがちな薬剤師の意識も問題を難しくしている。毎年八千―九千人の薬剤師が誕生し、大学の薬学部新設も相次いでいるが、新卒者は病院や製薬会社への就職や大学院進学を希望する人が多く、薬局・薬店に勤める人は三割強に過ぎない。
大学薬学部は〇六年度から医学部と同じ六年制に移行する。専門知識を生かして消費者の投薬指導という本来の役割を果たす時機にきている。医薬品販売に詳しいコンサルタントの宗像守氏は「薬局・薬店の薬剤師不足を解消するには、薬学教育の中で店頭薬剤師の魅力を伝える努力も必要だ」と指摘している。
【表】休日・夜間に携帯電話で輪番の相談体制を敷く薬剤師会支部
北海道 室蘭
青森県 八戸
岩手県 宮古
群馬県 前橋
東京都 港区、世田谷、狛江市(京王支部内)
神奈川県 幸(川崎市)
石川県 小松能美、金沢、河北、羽昨、七尾鹿島
岐阜県 岐阜
愛知県 緑、日進豊明、春日井、稲沢、豊田西加茂
三重県 桑名、松阪
大阪府 中央区東、中央区南、生野、城東、阿倍野、住吉、東住吉、平野、河内長野
兵庫県 但馬
(注)日本薬剤師会調べ
【図・写真】テレビ電話で薬剤師が対応(東京都杉並区のドン・キホーテ環七方南町店)
2004年7月30日 朝日新聞
皮膚粘膜眼症候群、2年半で1064例報告 かぜ薬などでも副作用
市販のかぜ薬を含む様々な薬の副作用で、皮膚がただれて失明したり死亡したりすることもあるスティーブンス・ジョンソン症候群(SJS、皮膚粘膜眼症候群)が、01年4月から03年10月末までの2年7カ月の間に1064例報告されたことが29日、厚生労働省のまとめでわかった。
SJSは1922年に米国で発見された疾患で、抗生物質や痛風、てんかん治療薬など様々な薬の副作用で、100万人当たり年間1〜6人発症するとされている。
報告のうち、かぜ薬などの市販薬が58例含まれていた。702例は症状が軽くなったが、106例が薬とのかかわりによって死亡、ほかに後遺症や未回復の例もある。同省は、「赤い発疹が広がる症状が出たら、服用をやめ、皮膚科に受診してほしい」と強調している。
2004年7月30日 日本経済新聞朝刊
医薬品の副作用が原因か、皮膚障害で死亡106人、2001年―03年厚労省まとめ。
市販薬も発症の恐れ
医薬品の副作用が疑われているスティーブンス・ジョンソン症候群(SJS、皮膚粘膜眼症候群)などの重い皮膚障害が昨年秋までの約二年半に千件余り報告され、死亡例も百六件あったことが二十九日、厚生労働省のまとめで分かった。発症は極めてまれだが、市販の風邪薬などでも起きる恐れがあり、厚労省は医療関係者や患者に注意を呼びかけている。
同省は過去二回、この種の注意喚起をしているが、依然、報告が多いことから改めて報告状況を集計。同日公表した医療関係者向けの「医薬品・医療用具等安全性情報」に載せた。
二〇〇一年四月から〇三年十月までの間に、製薬会社や医療機関から報告されたスティーブンス・ジョンソン症候群と、より重症の中毒性表皮壊死(えし)症(TEN)の総数は千六十四件。薬局などで買える一般用医薬品が原因と疑われる例も、このうち約五%に当たる五十八件あった。
全体の三分の二は回復したり症状が軽くなったが、ほぼ一割の百六件は臓器障害の合併症などで死亡した。六十二件は呼吸器官などに後遺症が残った。原因と疑われる医薬品は計二百八十三種類に上り、抗生物質製剤や解熱鎮痛消炎剤、総合感冒剤などが多かった。
過去の集計でも、一九九七―二〇〇〇年度に百五件の死亡事例が報告されている。
スティーブンス・ジョンソン症候群はまず発熱や赤い斑点が現れ、重症化すると全身に水ぶくれやただれができる。中毒性表皮壊死症も似た経過をたどり、合併症などによる死亡率はそれぞれ六%、二〇―三〇%とされる。発症のはっきりしたメカニズムは分かっていないが、中毒性表皮壊死症の九割以上は医薬品が原因と推定した研究報告もあるという。
ただいずれも発生頻度は極めて低く、外国の研究報告によると、スティーブンス・ジョンソン症候群が人口百万人あたり年間一―六人、中毒性表皮壊死症も同〇・四―一・二人。厚労省は「医薬品投与後に高熱を伴う発しんなどがあれば直ちに投与をやめ、皮膚科の専門医が治療すべきだ」としている。
2004年7月30日 読売新聞東京朝刊
風邪薬や抗生物質、副作用死?106件 2年7か月/厚労省調べ
風邪薬や抗生物質の服用後、全身の皮膚や目がやけどのようにただれる「スティーブンス・ジョンソン症候群」を発症した例が、昨年秋までの二年七か月間で千六十四件に上ったことが二十九日、厚生労働省のまとめで分かった。このうち、市販の風邪薬や解熱剤が原因と見られるケースは五十八件あった。死亡につながった例も百六件に上り、厚労省は医療関係者や患者に注意を呼びかけている。
同症候群は、薬の副作用が原因と見られているが、発症の仕組みはよく分かっていない。厚労省によると、二〇〇一年四月から二〇〇三年十月までの間に「副作用報告」として製薬会社や医療機関などから寄せられた千六十四件のうち、七百二件で症状が軽くなったり回復したりしたが、六十二件で後遺症が残った。
厚労省では一九九七―二〇〇〇年の三年間にも同様の調査を実施。このときは同症候群の報告例は約九百件、死亡例は八十一例で、今回はともに増えている。
風邪薬や解熱剤のほか抗てんかん薬や痛風治療薬でも発症が報告されており、厚労省安全対策課では「高熱を伴う発疹(はっしん)などが起きたらすぐに投与を中止し、皮膚科の専門医に診てもらう必要がある」と話している。
日本呼吸器学会は昨年、「ほとんどの風邪には抗生物質は無効」との指針を出している。薬害問題に詳しい医薬品・治療研究会代表の別府宏圀医師は「スティーブンス・ジョンソン症候群を防ぐには、不必要な薬を使わないことが重要。風邪の場合、薬ではなく休養で治すことを心がけるべきだ」と話している。
2004年8月14日 日本経済新聞朝刊
医薬品、重い副作用でマニュアル――厚労省、事後対応から予防へ。
医薬品の重い副作用を減らすため、厚生労働省は十三日、間質性肺炎など副作用で起きやすい疾患の早期診断・治療のマニュアルを作る方針を固めた。症例を蓄積して発生リスクが高い患者を調べ、投薬の管理や新薬の開発にも役立ててもらう。現行の副作用対策は医薬品ごとに発生情報を集めて注意喚起する「事後対応型」だが、疾患から対策を練る「予防型」にも乗り出す形だ。
厚労省によると医薬品による副作用の疑いは製薬会社や医師らから年間約三万三千件(二〇〇三年度)報告されている。新型の抗がん剤「イレッサ」の副作用が疑われる間質性肺炎や急性肺障害、市販の風邪薬を含む様々な医薬品で起こるとされる皮膚粘膜眼症候群(スティーブンス・ジョンソン症候群)など、死者がこれまでに数百人に上っているケースもある。
ただ、副作用は治療対象とは違う臓器などに表れる場合が多く、重症事例に対応した経験を持つ医師も少ないことから発見が遅れ、重症化しがちだった。製薬会社ごと、医薬品ごとに情報を集めるため、一つの医薬品による副作用発症の分析がほかの医薬品に生かされることも少なかった。
こうした現状を受け、厚労省は今年十月に医師や薬剤師、有識者による「重篤副作用総合対策検討会」を設置。対象とする副作用疾患を選び、医療現場向けの対応マニュアルを作成する順序も決める。
〇五年度からは検討会の下に皮膚や肝臓、血液など専門分野別の作業班を置き、毎年三十ずつ、四年計画で百二十疾患のマニュアルを作成する。初期症状や治療法のほか、自覚症状を記した患者向けの説明文書も載せ、重症化防止に役立ててもらう。まず間質性肺炎について作成し、皮膚粘膜眼症候群や劇症肝炎なども取り上げる。
マニュアルができた疾患については、医療現場や学会、製薬会社から症例を集めて分析。性別や年齢、喫煙歴など発生リスクが高い患者群を割り出し、そうした患者には慎重な投薬をするようマニュアルを改定していく。
さらに〇九年度以降は、副作用疾患の発生メカニズムを詳しく研究し、安全性の高い新薬開発に生かす計画だ。
2004年8月16日 朝日新聞夕刊
薬の副作用、症状別に整理 手引を作成 イレッサ契機 厚労省方針
厚生労働省は、医薬品の重い副作用による疾患の診断法や治療法の「対応マニュアル」を作ることを決めた。肺がん用抗がん剤「イレッサ」の副作用で400人を超える死者を出した間質性肺炎などが対象で、05年度から4年間で120疾患をマニュアル化する方針。
副作用情報はこれまで医薬品別に収集され、別の医薬品で同じ副作用が起きても、情報や経験が生かされなかった。
イレッサの副作用による間質性肺炎の場合、抗てんかん剤や解熱鎮痛消炎剤、血圧降下剤、漢方製剤に含まれる約220成分でも起こる可能性がある。また副作用の初期症状や診断、治療をまとめたものがなかったため医師が気づいた時には手遅れの例も相次いだ。
疾患別にすれば副作用の早期発見につながり、重篤化を防げると判断。マニュアルは医薬品医療機器総合機構のホームページに掲載、患者向けの「自覚症状リスト」も作り、医療側と患者側から早期発見をめざす。また情報を蓄積し、副作用のリスクが高い患者群を割り出すことで予防に生かすほか、安全性の高い新薬の開発につなげていく。
10月に医師や薬剤師、学識経験者による「重篤副作用総合対策検討会」を設置、血液や肝臓など10の作業班をつくり、重篤度や患者の多さから対応を急ぐべき疾患を選び、関係学会と連携し、毎年30疾患ずつマニュアルを作成する。
間質性肺炎については呼吸器学会と連携して今年度中にマニュアル化をめざす。また、市販の風邪薬などにより皮膚がただれて失明したり死亡したりすることもあるスティーブンス・ジョンソン症候群(皮膚粘膜眼症候群)や、高脂血症用剤や抗生物質製剤に含まれる成分のために筋肉の成分が血中に溶け出す横紋筋融解症も対象にする。
◇キーワード
<イレッサ> 02年7月、世界で最初に日本で承認された肺がん用の新型抗がん剤。開発段階での臨床試験では日本人51人の27・5%、外国人52人の9・6%に効果があったとされる。副作用も少ない「夢の新薬」といわれたが、販売開始後に副作用が続発。輸入販売元によると、今年3月末までに推定で5万人以上に投与され、死者は438人に上るという。
イレッサの副作用で死亡した患者の遺族が7月、国と輸入販売元を相手取り、損害賠償請求訴訟を大阪地裁に起こしている。
2004年9月7日 朝日新聞夕刊
薬副作用、80年以前の被害も救済 厚労省方針、患者に手当
医薬品の副作用をめぐり厚生労働省は、救済制度が創設された80年より前に被害を受けた患者に対して、06年度から「謝金」という形で手当を支給する方針を固めた。重い症状を訴える副作用の患者が対象で、当面二つの病気に苦しむ患者を想定し、対象者の拡大も検討する。9月下旬にも検討会を立ち上げ、具体策を詰めていく。これまで厚労省は、制度創設前にはさかのぼって適用しないという方針を貫いていたが、事実上、救済されることになった。
医薬品の副作用に対する救済制度は、独立行政法人・医薬品医療機器総合機構が医療手当や障害年金を給付している。しかし、制度創設後の患者と同じ症状でも、創設前の患者は対象外とされてきたため、国会などで度々、問題視され、坂口厚労相は「知恵をしぼりたい」と答弁するなど前向きな姿勢を見せていた。
厚労省は、制度からもれている患者に対する救済を実現するために、現行制度を直接利用するのではなく、保健福祉事業として位置づけることを検討する。
患者の実態調査を05年度中に実施したうえで、06年度には、発症の時期にこだわらず、患者全体の生活向上に対する調査研究を立ち上げる。その際、制度創設前の患者に対しては、研究協力への謝礼という趣旨での支給を想定している。
当面対象としている副作用事例は、スティーブンス・ジョンソン症候群(SJS、皮膚粘膜眼症候群)とライ症候群。対象者は、数十人にのぼると推定されているが、実態調査で増える可能性がある。
SJSは、市販のかぜ薬など約1200種類の薬が原因で、100万人に年間1〜6人が発症するといわれている。皮膚がただれ視力を失う疾患で、死に至る場合もある。03年10月末までの2年7カ月間で、約千件が報告されている。
また、さらにまれなライ症候群は、アスピリンなどのサリチル酸系の解熱鎮痛剤を原因とする急性脳症で、主に子どもが発症する。
ともに、制度創設後の患者の場合、1級の障害が認められると、年間約272万円が支給されている。
薬害エイズでは、血液製剤によるHIV感染者の調査研究事業として、発症していない患者約600人に対し、月額3万6千円もしくは5万2千円の謝金を支払っている。今回の救済措置による支給額は、これらのケースを参考に、検討会で詰めていく見通しだ。
厚労省は今後、SJSやライ症候群のように、まれで深刻な症状の患者であれば、制度創設前の患者にも適用することも検討するという。
◇キーワード
<医薬品副作用の救済制度> 薬害スモンを教訓として、裁判よりも早く救済する目的で80年にスタート。製薬会社からの拠出金をもとに、入院治療費や障害年金、遺族年金などを支給する。副作用かどうかは厚生労働省の審議会が判定。対象は死亡者のほか、入院が必要な程度の被害や日常生活に支障が出る障害を受けた人も含まれる。薬の用法・用量を守ることが前提で、高率で副作用が出る抗がん剤は除かれる。03年度の請求件数は793件、支給件数は465件、支給額は約12億420万円。
2004年9月8日 日本経済新聞朝刊
薬副作用被害、制度化前も救済――厚労省、2006年度から給付金。
医薬品による副作用被害の救済制度がスタートした一九八〇年より前の被害者について、厚生労働省は七日までに、調査・研究への協力に対する「謝金」名目で二〇〇六年度から手当を支給する方針を決めた。事実上、制度創設前の被害者を救済する措置で、当面の対象は三十人前後。被害者団体も加わる検討会を月内にも立ち上げ、給付額など具体策を詰める。
救済制度は、副作用による健康被害が認められた人に、製薬会社の拠出金から医療費や障害年金などを支払う仕組み。二〇〇三年度の支給は四百六十五件、約十二億円。同省は八〇年以前の被害者を対象外としてきたが、国会などで救済すべきとの指摘が出ていた。
当面の対象は、幅広い医薬品で皮膚障害や失明を発症し、死に至ることもあるスティーブンス・ジョンソン症候群(皮膚粘膜眼症候群)と鎮痛解熱剤でごくまれに起きる脳障害、ライ症候群の患者。必要な介護などのサービスを研究するために生活実態などを継続調査し、三十人前後とみられる救済制度創設前の発症者には謝金を支払う。
調査研究事業での手当支給では、血液製剤によるエイズウイルス(HIV)感染者のうち発症前の患者に月額約五万二千円または約三万六千円を支払っており、この額を参考にする。
2004年9月16日 読売新聞大阪夕刊
口の粘膜で角膜再生 患者、視力を回復 大阪大グループが成功
口の粘膜の細胞を培養して作ったシート状の角膜を移植して、角膜が損傷した患者の視力を回復させることに、大阪大病院眼科の西田幸二講師らのグループが成功した。患者自身の細胞を使うので拒絶反応はなく、角膜移植に代わる治療法として実用化に一歩近づいた。十六日発行の米医学誌「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン」に発表した。
口の粘膜細胞には、角膜の上皮組織のもとになる幹細胞が多く含まれる。西田講師らの臨床研究には角膜表面が結膜に覆われる眼類天疱瘡(がんるいてんほうそう)の患者三人と、抗生物質などの薬に過敏に反応し角膜がやけど状になるスティーブンス・ジョンソン症候群の患者一人が参加。患者の口から二―三センチ角の粘膜を取り出し、シャーレで二週間培養しシート状の角膜上皮を再生させた。
これを片方の目に移植して一年後、ほとんど視力のなかった患者二人は視力が0・2と0・07に回復。0・01だった二人も、0・8と0・4に回復した。
片方の目が損傷している患者は、健康な目の角膜から幹細胞を取れるが、今回の方法なら両目が損傷していても治療できる。西田講師は「三年以上経過を見て、維持のために何が必要かを調べたい」と話している。
図=角膜再生治療の仕組み
[訂正] 記事中、採取した粘膜の大きさ「二―三センチ角」は、「二―三ミリ角」の誤り。
2004年10月27日 読売新聞西部朝刊
大分県立病院の医療過誤訴訟 県側の上告不受理/最高裁
大分県立病院(大分市豊饒(ぶにょう))で入院中に死亡した同県津久見市の女性(当時六十七歳)の遺族が「担当医が症状の悪化に応じた適切な処置をしなかった」として、県に約3400万円の損害賠償を求めていた訴訟で、最高裁第一小法廷(甲斐中辰夫裁判長)は県側の上告を不受理と決定(二十一日付)し、遺族に約3000万円の賠償を命じた福岡高裁の二審判決が確定した。二十六日、県側に決定の通知が届いた。
女性は市販の風邪薬の副作用で、皮膚や鼻の粘膜などがただれるスティーブンス・ジョンソン症候群と診断され、一九九二年十二月七日に入院。症状が悪化して細菌に感染し、同十三日に死亡した。
一審の大分地裁判決は「担当医の処置は適切で、女性の死亡との間に因果関係は認められない」と請求を棄却した。しかし、福岡高裁判決では一転、「担当医が入院翌日に細菌感染を疑った時点ですぐに血液培養検査をし、有効な抗生物質を投与すべきだった」と医師の過失を認めた。
県立病院は「上告が受理されなかったことは残念。判決に従い、誠意をもって対応したい」とコメントした。
2004年11月18日 日本経済新聞夕刊
神戸経済特集――医療産業都市、角膜再生など先端技術集う。
神戸市が阪神大震災後の経済復興のために力を注いでいるのが「神戸医療産業都市構想」だ。再生医療研究を軸に研究所や企業を誘致。将来は先端治療はもちろん、医療器具など広く医療産業を興すのが狙いだ。
構想が進むのは神戸市三宮沖に浮かぶ人工島、ポートアイランド二期地区。理化学研究所の発生・再生科学総合研究センターを核とし、周辺には様々な施設が集積している。六十床の臨床棟を備え、既に白血病やがんについて治療を始めている先端医療センターや、複数の医療機関から臨床情報を集めコンピューターで解析を進める神戸臨床研究情報センター(TRI)などだ。
民間企業の活動拠点となるのが神戸国際ビジネスセンター(KIBC)だ。ここを中心に現在、約七十社が集積し、同構想本来の狙いである民間企業による活発な研究開発が動き始めている。
その一例が、KIBC三階に研究所を構えるアムニオテック。皮膚などがやけど状態になるスティーブンス・ジョンソン症候群、視力障害を伴う再発性翼状片の治療などで傷ついた角膜上皮を再生する研究を進める。
患者自身の口内部の粘膜から細胞を採取し、角膜上皮細胞として培養していく。患者自身の組織から培養するので、移植後も拒絶反応がない。同社では培養した細胞をシート状にして医療機関に提供。医療機関はそのシートを患者の目に移植する。現在は研究段階だが、北川全社長は「二〇〇六年には臨床試験に入れそうだ」と語る。
海外の大手医薬品メーカーとして初めて進出したのが独シエーリングの日本法人、日本シエーリング(大阪市)。十月に研究施設「日本シエーリングリサーチセンター」を開設した。シエーリングではドイツ、米国、日本にそれぞれ研究拠点を配置しており、特に神戸は再生医療研究の拠点となっている。
桜田一洋・リサーチセンター長は「神戸にトップクラスの研究者が多く、先端医療に不可欠な情報を得やすい」と魅力を語る。同社はここで多発性硬化症、パーキンソン病などについて再生医療の研究を進めている。
化粧品メーカー、ディーエイチシーも研究拠点を構えた。市橋正光・神戸大名誉教授を顧問に迎え、毛髪や皮脂腺(せん)などが付いた皮膚を再生・培養する。紫外線による皮膚の老化を防ぐ研究も進める方針だ。
【図・写真】バイオ関連企業などが相次ぎ進出する「神戸医療産業都市」(神戸市中央区)
2004年12月10日 読売新聞東京朝刊
[医療ルネサンス]かぜの新常識(3)複数の薬、成分重複注意(連載)
◇通算3501回
軽いかぜで、医師に処方された薬を飲んだところ、良くなるどころか強い腹痛が起きた。東京都渋谷区の歯科医だった湯浅和恵さん(52)は、救急車で病院に運ばれた。原因が分からないまま、手や顔の皮膚がただれ、目も見えにくくなった。一九九一年のことだ。
かぜ薬や抗生物質などの副作用で起きる「スティーブンス・ジョンソン症候群」だった。左目は失明し、右目の弱視にも苦しみ、歯科医の仕事は続けられなくなった。「たくさんの薬をくれる医師は熱心だと思っていたが、今はそう思わない。かぜ薬で重大な副作用が起こることを、私も理解が足りず、医師ですら知らないことがある」と唇をかむ。
身近なかぜ薬でも副作用の危険はあり、服用は必要最小限にとどめたい。実際、薬の大量処方による死亡事故も起きている。
一九九三年、福岡県の男子大学生(当時二十一歳)が、かぜの症状で医療機関を受診した。熱は微熱程度だったが、三種類の解熱剤を含む計十二種類の薬を処方された。服用後、血圧が急低下する急性循環不全(ショック)で急死した。解熱剤の併用で、互いに作用を増強したことなどが原因とみられている。
東京都八王子市の薬剤師、堀美智子さんは「原則として、同じ効能の薬を複数飲むことは避けるべきです」と指摘する。だが、同じ効用の薬を重複して飲むことは、市販薬でも起きる。
たとえば、解熱剤。かぜをひいて総合感冒薬を飲んだうえ、早く熱を下げようと、さらに熱さましの薬を同時に飲む人もいる。だが、総合感冒薬には熱、鼻水・くしゃみ、せきの三症状を抑える成分が必ず入っており、熱さましも使うと、解熱剤の成分を過剰に飲むことになり、問題だ。
複数の薬を一緒に飲む時は、成分が重なっていないか成分表で確認するか、薬剤師に聞いた方がよい。
また、鼻水の症状しかない時に総合感冒薬を飲むと、不必要な解熱剤まで飲んでしまうことになり、副作用の恐れを高める。一般に副作用が少ないとされる市販薬でも、成分には注意が必要だ。
堀さんは「かぜ薬はウイルスをたたくものではなく、症状を抑えることが目的。必要な時に、症状に即した成分だけを服用してほしい」と呼びかけている。
〈市販薬の主な解熱鎮痛成分の特徴〉
アセトアミノフェン(非ピリン系)作用が穏やかで、副作用は比較的少ないとされ、小児にも用いられる。飲酒習慣のある人などは肝障害を起こす可能性がある。
アスピリン(同)炎症を鎮める効果にも優れるが、副作用に胃腸障害、ぜんそくなど。小児のウイルス性疾患に使うと、脳障害などのライ症候群を引き起こす恐れがある。
イブプロフェン(同)医療用から市販薬に転用された成分で、消炎効果も強い。胃への負担は比較的少ないとされる。
イソプロピルアンチピリン(ピリン系)医療用から転用された。ピリン系は効果が強いが、アレルギーによる薬疹(やくしん)が出ることがある。
写真=「薬は症状に合わせたものを使ってほしい」と話す堀美智子さん(東京都内の薬局で)
2004年12月22日 朝日新聞朝刊
視力再生 口粘膜培養し角膜に(治療革命 医療はいま第1部:1)
長野・聖山(ひじりやま)高原の夜空に、ぼんやりと光が見えた。今年7月の夏季学校で、夜の野外観察に出かけたときのこと。「電気にしては遠くない?」
筑波大付属盲学校(東京)高等部1年の野内(やない)良美さんは、先生に双眼鏡を借りてのぞいてみた。白く光る「点」が視野に入った。「これが星?」
この夜、目にした「点」の瞬きが、初めての星の記憶になった。
4歳のとき、両目の視力を失った。風邪から肺炎になり、入院した先で処方された抗生物質が原因だった。スティーブンス・ジョンソン症候群という副作用で炎症が起きて角膜がただれ、まぶたが一時開かなくなった。
視力は眼前で動かす手がようやくわかる程度。角膜移植は、感染症や合併症の恐れがあった。
●拒絶反応なし
口の粘膜から「角膜」を作って移植し視力の回復を図る――02年、かかっていた都内の病院で、この治療を世界に先駆けて行った京都府立医大の木下茂教授(眼科学)を紹介された。もともと自分の体の一部なので拒絶反応は起きない。
「目が虫歯にならないの?」。にわかには信じられなかったが、軽い気持ちで受診した。
その年の12月17日、とりあえず左目に手術を受けた。この治療の4人目の患者だった。
ほおの裏側から2ミリ四方の粘膜を採り、中の細胞を特殊な培養液で3週間育て半透明のシート(直径約2センチ)を作った。それを、角膜表面のただれた組織をはがして縫いつけた。手術は約2時間で終わった。
眼帯がとれる前、主治医に「何が見たい」と聞かれ、「星」と答えた。
小学生のころ「星を見たい」とねだると、母がおもちゃのプラネタリウムを買って押し入れの天井に映してくれた。88の星座を暗唱した。しかし、かすかに見えたそれらの星は、色や形が誇張された作り物だった。
年が明けて眼帯が取れた。目を開けると、白衣が蛍光灯のようにまぶしく、くらくらした。視力は0・03まで回復した。
夏季学校から帰って主治医に報告した。「見えたよ、星。ネオンの方がきれいだよ」
見えるようになってできたこともあるが、「見たくないものまで見えてしまう。内面や性格だけで人を見られていたころの方が人間としてはよかったのかな」。
手術を受けていない右目は元のままだ。いまはこれで満足している。
●関節の軟骨も
98年7月、夏の甲子園出場をかけた島根大会決勝で、三刀屋(みとや)高の3番中島誠司選手は1回、右ひざに特注プロテクターを付けて打席に立った。マウンドは浜田高の和田毅投手(現ダイエー)だった。直球を振り抜いた打球は左前に落ち、中島選手は一塁を駆け抜けた。先取点につながった。
中盤に逆転されて夢は果たせなかったものの、「全力で走れただけで十分でした」と中島さん。
中学1年のとき、右ひざを複雑骨折した。骨折は治ったが、ひざをかばって生活したこともあり、関節のクッション役の軟骨が欠けた。医師に運動をとめられた。
その軟骨を再生できる可能性がある。島根医大(現島根大医学部)の越智光夫教授(現広島大教授)に聞いて高校1年の7月に手術を受けた。
右ひざの別の場所から軟骨を300ミリグラム削り、軟骨に育つ細胞を取り出した。ゼリー状のたんぱく質の中で3週間培養して増やし、欠けた部分に埋め込んだ。
いま、地元の料亭で働き、1日10時間近く立って過ごす。休日は草野球チームでプレーする。
角膜の再生は、組織が似た口の粘膜をシート状に育てる技術の開発や、培養液に含まれる栄養分の工夫で可能になった。再生が難しいとされていた軟骨も、軟骨に育つ細胞がわずかにあることがわかり、培養法が開発された。
病気やけがで失われた機能を補う再生医療の研究が進み、骨や皮膚、血管、肝臓、心筋でも臨床研究が始まった。
角膜と軟骨では治療が数十例を数える。ベンチャー企業が商機ととらえ、「製品化」を準備している。
(このシリーズは浅井文和、佐々木英輔、澤路毅彦、島津洋一郎、高山裕喜、行方史郎、林敦彦が担当します)
【写真説明】
(上)野内良美さんの「角膜」に青空と母親がおぼろげに映った(下)携帯電話のメールも読めるようになった(中央)=ともに関口聡撮影
*作成:植村 要/掲載:青木慎太朗