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last update:20100904 ■目次 ◆関連項目・関連リンク ◆人 ◆文献 ◆引用 >TOP ■関連項目 ◆環境/環境倫理学 Environmental Ethics/環境思想 ◆水俣・水俣病 ◆障害を巡る言説:障害を肯定する/しない〜「障害は個性」 〜… ◆障害者(運動)史のための年表 ◆「環境」に関係するホームページ ■関連リンク ◆最首塾 http://www.geocities.jp/saishjuku/ >TOP ■人 ◆石牟礼 道子 ◆市井 三郎(http://www.ichiisaburo.com/) ◆川本 隆史 ◆最首 悟 >TOP ■文献(出版年月日順) ◆石牟礼 道子,197707「島へ――不知火海総合学術調査団への便り」『潮』(1977年7月),pp.168-189. (再録)20040810『妣たちの国:石牟礼道子詩歌文集』講談社,p.253,ISBN-10: 4061983776 ISBN-13: 978-4061983779,1200円+税,[amazon]/[kinokuniya] ◆鶴見和子編,市井三郎編,19740829『思想の冒険――社会と変化の新しいパラダイム』筑摩書房,p.428 ◆色川 大吉編,19830310『水俣の啓示(上):不知火海総合調査報告』筑摩書房,p.426,3000円+税,ASIN: B000J7GDKA [amazon]/[kinokuniya] ※ ◆飯田 隆, 井上 達夫, 川本 隆史, 伊藤 邦武, 熊野 純彦 200806 『岩波講座哲学 第1巻=いま〈哲学する〉ことへ』『岩波講座哲学 第1巻=いま〈哲学する〉ことへ』岩波書店,299p. ISBN-10: 4000112619 ISBN-13: 978-4000112611 3200+税 [amazon]/[kinokuniya] ※ >TOP ■引用 ◆石牟礼 道子,197707「島へ――不知火海総合学術調査団への便り」『潮』(1977年7月),pp.-. (再録)20040810『妣たちの国:石牟礼道子詩歌文集』講談社 p.169 「1975年の初秋でした。[中略]情況の拡大と深化と、同時進行している風化現象」 「水俣病認定申請協議会は、このあたりの「水俣病センター相思社」に本拠を構えていて、熊本県当局および、熊本地方検察庁や熊本県警、そしてこれをあやつるものたちにとって、厄介な集団に育ちつつありました。」 p.169 「東京でのチッソ本社坐りこみを解いて帰郷したのち、水俣に住みついていた若い支援者グループと、川本輝夫さんが核になった未認定患者の掘りおこしが進むにつれ、水俣市に接続する海浜の葦北郡津名奈木、湯浦、佐敷、田>170>浦、水俣奥地の鹿児島県大口市一帯、更に海岸に出て鹿児島県出水市一帯、対岸の獅子島、桂島、熊本県天草の御所浦一帯に広がりながら、潜在していた厖大な患者群が浮上しかけていました。 これら未認定患者の頂点部分が、主に川本さんらの申請協議会に参集し、水俣病審査会や県議会に働きかけを始め、そのうごきが、行政当局、検察当局の目ざわりになって来たことも明白でした。万の単位をゆうに越える、潜在患者たちのよりどころである申請協議会の中枢部を、いっきょに包囲し回目いつさせようということは、いかにも考えられうる戦略です。女性を含めた、患者たちの手足である若者のほとんど全員に、任意出頭のハガキが舞い込んで来てもいたのである。」 p.170 「検察と県警がそのようにことを運ぶきっかけになりえたのは、75年8月7日、県議会公害対策特別委員会(杉村邦夫委員長)委員たちの、環境庁への陳情行動でした。翌8月8日東京支社発として『熊本日日新聞』に、「申請者にニセ患者が多い」という見出しの記事が出ました。」 p.170-171 熊本日日新聞の記事内容の抜粋と思われる部分 「――まず杉村委員長が「行政不服審査請求で今回のような差し戻し採決が下されれば、一度は棄却された患者が請求してくるだろうし、これによって一つのグループの圧力が>171>増す」と発言、あとはセキを切ったように露骨な患者批判が続出した。 「だいたい認定即補償という仕組みがいけない。ニセの患者が補償金目当てに次々に申請している。もはや金の亡者だ」「運転免許のさいは視野狭さくじゃないのに、検診のときは視野狭さくで見えないと答える」「認定審査会はどの申請者がシロかクロかの区別に苦労している」さらに「患者に認定されれば千六百万円もらえるので、水俣市ではニセ患者が相次いで申請を出している」「だいたい、申請者は金ばかりに目をむけてオレもオレもと何回も申請を出している」と発言はエスカレートした。こうした予想外の説明に環境庁側も面くらったようすで「とにかく環境庁側としては四十六年の事務次官通達を基本線に行政を行うだけです」(柳瀬企画調整局長)と繰り返し、返答に窮した格好。 最後に「県知事や県の職員は環境庁に遠慮して、こういったこてゃ言って来なかった。しかしこれは事実であり、これまで私達が言ったことは県民の声だ。どうかよろしく」と締めくくった。 同席した県担当者は、陳情の間中、終始"何が飛び出すやら……"とヒヤヒヤした様子。終わって「きょうのことはあまり詳しく書かないで下さい」とこれが及ぼす影響を心配して頼みこむ一幕もあった――」 p.172 「大病院の経営者でもある、自民党議員杉村国夫委員長は、熊本県警の担当医であり、熊本県議会公害対策特別委員会の委員長というのであれば、いうまでもなく、水俣病救済の最高責任者でなければなりません。その肩書で環境庁に陳情に行った第一声が、右のとおりであったので、かねて水俣病に関しては「中立的」な記事を書く地元紙も、驚愕を洩らしてしまったと思われます。ちなみにこの杉村という人物は、一度も水俣現地を訪れて、ここに呻吟する患者たちを診たこともなく、手弁当の自前で厖大な患者群をかかえ、五年も六年もその実情につき添い続けている支援の若者たちとくらべれば、救い難い無知蒙昧な人物といわねばなりません。但しこの人物の発言内容は、患者たちをとりまいている、地域感情の一面を伝えていることにおいて、非常に肉声的でもありました。」 p.174 「不知火海沿岸一帯の歴史と現在の、取り出しうる限りの復元図を、目に見える形でのこしておかねばならぬ[中略]せめてここ百年間をさかのびり、生きていた地域の姿をまるまるそっくり、海の底のひだの奥から、山々の心音のひとつひとつにいたるまで、微生物から無生物といわれるものまで、前近代から近代まで、この沿岸一帯から抽出されうる、生物学、社会学、民俗学、海洋形態学、地誌学、歴史学、政治経済学、文化人類学、あらゆる学問の網の目にかけて>175>おかねばならないのではないか。網の目にかけるということは、逆にまた、現地のひとびとの目の網に、学術調査なるものがかかるということでもあります。」 p.188 「不知火海総合学術調査団、なるべく世界感のある名称と、そのような内容だといいですね、ええほんとうにそうしましょう。最初のお願いのとき色川大吉先生におめにかかり、期せずして口から出たことばでした。それはたぶん羞かみから、自分らの卑小さを表そうとして言い合ったのだとおもいます。調査団なんて、わくを作ろうとしたとたん、それにはまりそうな滑稽さに照れておりました。」 ◆市井三郎「「近代化」と価値の問題」鶴見和子編、市井三郎編,19740829『思想の冒険――社会と変化の新しいパラダイム』筑摩書房,pp.27-55 p.46 「功利主義の価値理念に重要な修正を加え、次のよう>47>に「普遍的」価値なるものを定式化したいと考える。「人間社会の成員はすべて、自らの責任を問われる必要のないことから、多大の苦痛を蒙っている。その種の苦痛(これをわたしは、不条理の苦痛と呼ぶ)は減らさねばならない(註14)」と。[中略]第一に、わたしの価値理念の定式化には、「責任を問われる必要のない」といった表現がある。その場合の"責任"とは何なのか、という問題である。わたしがそこでいう"責任"とは、科学的因果関係において、原因連鎖の決定的一環をなすかなさないか、という事実認定の意味に限っている。たとえば水俣病という公害発生においては、水俣湾沿岸の人々が従来どおりその湾の魚類を喰った、という事実よりも、当の魚類に従来はなかった有機水銀が(一般に知らされることなく)著増した、という事実が原因連鎖の決定的一環をなすわけである。したがって水俣病にかかった人々は、まさに自らの「責任を問われる必要のない」不条理な苦痛を負わされたことになる。 第二には、近代化理論との相関で重要になると思われる問題なのだが、わたしのいう価値理念が近代科学的な探求なるものをどのように位置づけているか、という点である。すでに水俣病を例として右にいったことにも示唆されるように、わたしは経験科学的な探求に、次のような意味でまことに大きい意義を認めている。 たとえばある重病について、なぜそのような病気にかかるのか、という因果を明らかにする科学的探>48>求がなされない場合には、その病気にかかって苦しむ本人をはじめ、看病する身辺の人々もすべて、わたしのいう不条理な苦痛を蒙るわけだ。それを減らそうとすれば、まず第一に、その不条理な苦痛を惹起している現象の因果関係を知らねばならない。人々を多大な苦痛におとし入れる災厄のすべてについて、同じことがいえる。つまりわたしのいう価値理念を現実化するためには、経験科学的探究は不可欠なものとなる。 だがしかし、同時に、次のことをも指摘しなければならない。科学技術的知識の進展は、まさに以上の意味において社会的評価を受けるに価いするのだが、同じ知識は逆の方向へも使いうるのであらう。医学的知見は治療に有用であるとともに、生物学的武器として人々を害することもできる。その両刃性を直視し、科学技術を人類のためにコントロールする方向をこそ、わたしの価値理念は示唆するのである。」 p.52 「「快」と「苦」とにいわば異なった構造があり、実像としての不条理な苦痛を、ケース・バイ・ケースで軽減してゆくことだけを、わたしは理念として主張している。したがって必要なことは、その苦痛が軽減されたか否かという、比較判断が可能でなければならない、という点なのである。わたしは初めから、その種の苦痛の数的量化などを、不可能であるし必要でもないとわり切っている。[中略]水俣病のケースを、またとりあげることにしよう。完全な廃人(あるいは植物人間)と化したその公害病のギセイ者本人は、まさにその故になんの苦痛をも感じなくなるかも知れない。だがそのようなかたちで、不条理な苦痛が減ったといえるだろうか。水俣病にまつわる不条理な苦痛とは、患者本人だけの主観的な苦痛の問題ではない(註18)。その治療法が科学的にまだわかってない以上、近親者を含めた当のギセイ者の人々の苦痛がなくなるということもまたありえない。しかしながら、その種の不条理な苦痛がギセイ者たちにだけ負わされつづける、という状態よりも、そのような苦痛を惹起した側の賠償行為が法的>53>に強制される、という状態の方が、当の社会的苦痛の質的構造からして、少しは苦痛を軽減するものといえるだろう。 "質的構造"といった言葉をつい使ってしまったが、それは単純にいえば、加害者・被害者という関係にほかならない。この場合にもわたしは、因果の連鎖において決定的な一貫をなしたか否か、という前節にのべた責任関係だけを意味しているのである。」 p.53 「苦痛の大小の比較(数量的測定ではなくて)という問題は、以上のように、わたしの価値理念の場合にも当然、残ってくる。そしてわたしは、そこに残った問題に答える方が、功利主義の立場で答えようとする場合よりも、はるかに容易に"経験的合理性(註19)"をもちうる、と信じているのである。」 p.55 (註12)市井『歴史の進歩とはなにか』(岩波新書、1971年刊)参照。 (註14)「普遍的」価値理念のこの新しい定式化を、わたしは次の著書で初めて提起した。『明治維新の哲学』(講談社、現代新書、1967年刊)第一章。より詳しくは、註(12)に示した拙著の第六章を参照して頂きたい。 (註18)この論点を、わたしは非常に大切だと考えている。形式的な観点だけからいえば、"不条理な苦痛"も苦痛の一種として主観的感覚に属する側面を否定できない。だからこの苦痛をも、純粋に本人の主観的感覚の次元で減らす――例えばここでのべた植物人間にさせることによって、あるいは自らの選択による麻薬の服用によって、等々――方途は、容易に考えることができる。しかしこの種の思考法は、まさに価値理念の問題を快苦という主観的感覚次元のみで解こうとした功利主義に基づく思考法であり、わたしはそれに反対しているのである。人間の社会関係という脈絡における、客観的諸条件――たとえばわたしのいうような"責任"の条件――を、どうしも考察に入れねばならないとわたしは考える。 (註19)この概念については、前掲拙著『歴史の進歩とはなにか』138ページ前後を参照して頂きたい。 ◆市井 三郎 「哲学的省察・公害と文明の逆説――水俣の経験に照らして」色川大吉編,19830310『水俣の啓示(上):不知火海総合調査報告』筑摩書房,p.426,3000円+税,ASIN: B000J7GDKA [amazon]/[kinokuniya] pp.389-412 ※ 総論――不知火海総合調査の経過と問題点 色川 大吉 二 参加した人々とその問題点 8 公害の哲学――市井三郎 「哲学者市井三郎が「公害と文明の逆説」を執筆しているが、このもとになった論文は、1980年(昭和55年)6月の合宿研究会の折、グループ間で激しい論議のマトになったものであった。それは市井論文のなかに限定つきで原子力発電所を必要悪として是認するという意見があったからであった。これについては、原発が必要悪というなら水俣病も必要悪になるのではないか、自分の責任でなく苦痛をこうむる指数うの犠牲者の立場に立てば、そんなことはいえないはず、など激しい批判が続出した。市井は「原発を必要悪として是認する」といったのは、10年くらい後に、ほとんど無公害の水素燃料が実用化される見通しがあるので、それまで10年ほどのあいだは必要悪として仕方がないという意味だとして説得につとめたが、納得せず、深夜まで応酬して、ついにものわかれに終わった。」[色川:29] 六 哲学的省察・公害と文明の逆説――水俣の経験に照らして 市井 三郎 一 人間淘汰の歴史的現実 p.391 1 淘汰という概念 自然死にいたるサイクル 「人間も他のすべての生物と同じく、誕生し、成長し、老化し、ついには死んでゆく。」[市井:391] 「(1) 食糧不足による餓死(間引き) (2) 疫病死 (3) 地震・噴火・地盤沈下など自然変異による死>392> (4) 戦争死 (5) 被差別者の殺戮[…]以上の諸例では、人口のかなりの部分が、短期間に減少をとげうる」[市井:391-392] 「いっきょに成員数が減少するか否か、また天災であるかを問わず、人間が自然死(註1)にいたるサイクル以外の理由で、滅んでゆくことを、ここで人間淘汰と呼ぶ」[市井:392] (註1)「ここでは、それぞれの時代・地域において、統計的平均寿命あたりで死亡するのを、「自然死」と呼ぶ」[市井:411] 「ふつうは、生物学的進化論の影響によって、「淘汰」という言葉には、適応能力において劣るものの死滅、といった価値的意味がこめられている。[…]「人間淘汰」という概念には、この種の価値判断をいっさい含まない。」[市井:392] 人類の歴史において 「第一には、人類文明の「進歩」と呼ばれることが、人間淘汰の現象を意外に緩和していない。それどころか、以前になかった人間淘汰の新現象(公害)をひき起こしている[…]第二[…]第一の驚きにもかかわらず、人類の総人口が増えつづけている」[市井:393] 「右の第二点は、「人口爆発」といった表現で、多くの人々がすでに驚きを共有している。だからその推計から生じる困難を減らすために、人間淘汰はなんらかの形で必要なのだ、という思想が力を得るとしても不思議ではない。」[市井:393] 「人類史上、最近に発生した公害という形での人間淘汰をも含めて、総じて淘汰による人間人口の抑制を肯定することは、人間の人間たる尊厳に反する」[市井:393] 2 文明と淘汰 二 水俣に象徴される人間淘汰 1 水俣事件のある核心 「近代の工業生産がめざすゴールの極北は、効率ということである。それが私的企業の利潤追求という動機によるにせよ(資本主義の場合に)、公的企業の合理化という動機にせよ、効率の問題が重要であることに変わりはない。」[市井:398] 「熊本県水俣に生じた公害の起源は、当該の企業が外部への賦課をまるで無視して効率(利潤)を追求する、という資本主義的(性格)が露骨に露呈したものである」[市井:398] 「チッソ会社(1965年以前の旧略名は新日窒)水俣工場の首脳が、自社の排出する廃液が水俣病の原因であることを知らされたのは、1959年(昭和34年)10月の頃であった。しかもそれを知らせたのは、当の会社の付属病院長の細川一博士であった。…そして有機水銀を含む当の廃液を、きわめて有害と知りつつ、1966年(昭和41年)6月まで海へ流しつづけた…チッソ水俣工場の廃液に水俣病の原因がある、と正式見解を発表したのは、なんと1968年(昭和43年)9月であった。」[市井:399] 「こうした企業「犯罪」によって、人間淘汰はどのように進行したであろうか。」[市井:399] 2 淘汰の非道性 「重症水俣病患者が、死をまぬがれて絶望的な生を、なお生きつづけることの意味はどこにあるのだろう。人間の尊厳というときの、「人間」の定義まで撹乱しかねない異状の存在を、なお「人間」と確認してその存在意義を問うならば、それは、他の「正常な」無数の人間が、営々としていとなむ文明行為の原罪性に、痛烈な反省をうながすことにあるのではなかろうか。」[市井:404] 三 人間淘汰思想の批判 1 人間の尊厳への挑戦 「水俣病という公害に侵され淘汰されつつある人々は、社会ダーウィニズムがいう意味で環境適応能力に劣る人々ではない[…]>406>[…]なんらかの意味で、劣弱要素をもつが故に滅んでゆく、という自然淘汰のターウィニズム的意味からすれば、むしろ逆方向に公害淘汰が水俣では進んだのである」[市井:405-406] 「基本的人権とか人間の尊厳といった理念に対して[…]タテマエとしてはその種の理念を否定しないで、>407>ホンネあるいは実質としては、その否定に通じるような思想・言論活動は、新しい科学の名において意外に強化されつつある[…]19世紀後半にいたって、ダーウィンの進化論が急速に人間社会の問題にまで受けいれられるにいたる。その結果、ダーウィンの意図に反して、劣弱なる者の淘汰(滅亡)が自然であり、その自然淘汰を人為的に促進して人間社会の進化(進歩)をはからねばならない、という優生学(eugenics)的主張が、かなりの説得力を獲得する」[市井:406-407] 「[例えば]ナチス・イデオロギーは、第二次大戦での敗退によって、急激に支持を失い、やはりあらゆる人間の尊厳を説くイデオロギーが、現在までタテマエとしては優位をつづけている。だが[…]その優位するイデオロギーへ反論する余地が、科学的に多少は残っている」[市井:408] 「いまかりに、ほぼすべての人間が忌むべき兇悪犯罪だと認めるような行為を、遺伝によって先天的な性向として犯しつづける人間がいると仮定しよう。この場合にも、当の犯罪者に、基本的人権や尊厳を認めるべきであるか、という問題」[市井:408] 「個人として考えれば、尊厳を認めてなんらおかしくない、いや、むしろ当然であるような人々であっても、必然悪として尊厳を否定されても仕方がない場合がある、と考えるかとうかという問題」[市井:408] 2 ネオ優生学的主張への批判 「人口の異常増大が生態学的に「悪」とすれば、人口の平衡・安定化は、生態学的に「善」である。その平衡・安定化が、どのような過程――たとえば戦争つまり殺しあい――によるものであろうと、社会生物学は没価値的に問題としない。同様に、公害による淘汰という過程によって、人口の安定化が達成されるとしても、やはり社会生物学は、没価値的に問題としないのである」[市井:409] 「たとえばチッソ会社が自己の利潤効率を上げるために、周辺の住民たちに公害死をも含む「攻撃行動」をかけることも[…]価値的に仕方がなかった[…]水俣病患者といったギセイが出ても、仕方がなかったというに等しい」[市井:410] 「水俣病による淘汰を含めて、それらの場合、個々の事例が列挙されることについて、なんら理性的に首肯される理由がない。なぜ彼や彼女が、殺されていったのか。そんな、理由なき殺人に対して、ただ事故だったといった言い訳は、けっして許せないのである。またそのような淘汰を、結果としてやむを得なかった、と説明し去るような学説も、けっして許すべきではないだろう。」[市井:411] ◆最首 悟 「市井論文への反論」」色川大吉編,19830310『水俣の啓示(上):不知火海総合調査報告』筑摩書房,p.426,3000円+税,ASIN: B000J7GDKA [amazon]/[kinokuniya] pp.413-426 ※ ◇最首塾内に掲載された上記論文の全文リンク(http://www.geocities.jp/saishjuku/ichii.html) 七 市井論文への反論 はじめに 「私がなぜこのような文章を書かなければならないのか。かなしく、腹立たしく、そして許せないと思う気持は、ちょうど一学生の冤罪がひきがねとなって爆発した東大闘争、あるいは学生自治権剥奪に抗した全国の学生闘争の際に示された多くの高名な教授たちの言行に対する感情と同じである。自分の述べたてる思想と言動のあまりの乖離、無権利な者、苦しむ者への無残なふみにじり方、に対する驚きと怒りは、「何のための学問か」という問いを誘発せざるを得なかった。自分のなかに食いこんでしまったこの問いを、いま他人[ひと]に投げかけるのは苦痛である。私は「何ゆえの学問か」に対して自分の「学問らしきもの」をつくりあげようとする姿勢で応えてゆこうとしている。〈学者〉になろうとする〈非学者〉として自分を常に位置づけることによって、いわば迂遠にその問いに応えようとしている。そういう現在では、既学者に、ことあらためて物申す余裕や元気はあまりないのである。」[最首:415] 「しかし、調査団という組織の一員としては、同じ一員である市井氏の論文にかなしく、腹立たしい思いがするのはいかんともしがたい。[…]公害という企業犯罪の犠牲者、被害者の苦しみをふみにじっている点において許せず、そのことの指摘は、とう>416>てい内部討議にのみ収めておく筋合いのものではない」[最首:415-416] 「市井論文は無意味であるばかりか、加害的である[…]最もひどい部分が削除されたとはいえ、このような論文が出る責任の一端をとるために[…]市井論文に対する反論を述べることにする。」[最首:416] 「市井氏は、『歴史の進歩とは何か』(1971年、岩波新書)で、
三、四、六、七項は、水俣調査をふまえた市井氏の論文に投影されるはずである。」[最首:416-417、この括弧内省略なし] 一 人間淘汰について 「「人間淘汰」という概念はたいへんショッキングである。淘汰とは、セレクションすなわち選別、選択の訳語[である…]選択とか選別には「悪[あ]しき」という形容詞をつけることは可能であるが、[選別対象が]価値のあるかぎり、悪しき淘汰とはいえない。転じてわたしたちがふつうに用いる場合、淘汰とは良きもの、価値のあるものを選ぶという意味をもっている。」[最首:418] 「生物進化論的に適者生存という意味をこめて使われることももちろん多い。ただこの場合、適者とは、人間が生物の歴史をふりかえり、結果として生き残った種や個体をさしているにすぎず、そして何故生き残ったかの特徴を部分的には指摘できるけれども、現在のどの生物、どの個体が未来において適者かは決していえない、ということが閑却されがちなのは残念なことである。」[最首:418] 「人間淘汰となると様相は一変する。もともとダーウィンは人為淘汰から自然淘汰の着想を得たと>419>はいえ、人為淘汰は人間の目的が介在することによって、自然淘汰とは全く異なる。[…]たとえば生き残ってきた生物をみて、卵を多く産むという属性があったからという説明はできても、その逆の、卵を多く産むからこの生物(種)は存続反映するだろうとは決していえないのである。進化の歴史は、少数仔、少数卵への移行の歴史でもあるからである。」[最首:418-419] 「この若干の説明で、「人間淘汰」という概念がなぜショッキングか、わかってもらえると思う。人間という生物に及ぼしている自然の淘汰圧の影響を、その進行形において人間は測ることができないので、その意味するところは、人為淘汰による「人間淘汰」以外はないからである。」[最首:419] 「市井氏は、あえてこの「人間淘汰」を掲げて、しかもその意味、価値をぬきたいという。[…]しかもその定義は「人間が自然死にいたるサイクル以外の理由で、滅んでゆくこと」としたいという。そして自然死とは統計的平均寿命を指すのだという。[…]統計的平均寿命はある社会のある時点の、社会的平均寿命を表しているにすぎず、長く生きたり短く生きたりする人を前提して成り立っている。」[最首:419] 「淘汰という意味の定まった言葉を使うと余計混乱するから、選択という語をつかって市井氏の定義を書き直すと、「人間が社会的平均寿命より長く生>420>きたり、短く生きたりして死ぬことを人間選択という」というふうになる。[…]いったいこれは何らかの意味がある定義なのか。無意味である。」[最首:420] 「答えはすぐにやってくる。[…]彼の「人間淘汰」の定義からみると、第一に、文明の「進歩」にかかわらず、人間が短期間に急速に大量死する現象は緩和されず、しかも人口は爆発的に増え続けており、第二に、ゆえにふつうの意味の人間淘汰は、「なんらかの形で必要なのだ、という思想が力を得るとしても不思議ではな」く、第三に、しかしそれは人間の尊厳に反すると最も生々しく訴える象徴が水俣病であり、第四に、したがって自発的な意志による産児制限を主張する、と市井氏は述べる。」[最首:420] 「三つの文章を引用する。 マルサスによれば、食物の限られた量に際する人口の過剰は、風俗の頽廃や身体条件の劣悪化による出生率の低下、殺児、疾病、飢饉、および戦争による大量の死亡、によって調整される。人間が、貧困やこれらの悪をふせごうと思うなら、人為的に出産を抑制しなければならない。貧困者が生活の困窮に悩むのは、無制限に出産する彼らの責任である。」(八杉龍一『ダーウィンの生涯』岩波新書、1950年。マルサスのいう出産の抑制とは、貧窮者の結婚の抑制である。岩波版『初版人口の原理』90ページ参照) 「だが、第三世界の民衆は彼らが多くの子供を抱えているがゆえに貧しいのではない。事実はむしろ>421>まったく逆である。民衆は、貧困の中にあるがゆえに子供をたくさん持とうとするのである」(マフモード・マンダニ、自主講座人口論グループ訳『反「人口抑制の論理」』風濤社、1976年[…]) 「将来の日本はどんどん人口が減っていくという異常事態になる……戦線中の産めよふやせよというような政策はもうとれっこない。それではどうしたらいいかというと、私は、やはりかなり響いているのは女性の社会進出じゃないかという気がするんです」(中山太郎/梅髓鴛v編『これからの日本――四つの課題』、サイマル出版会、1981年、「総務長官とこれからの日本を語る会」の記録で、発言者は高原須美子)」[最首:420-421] 「市井氏は、ほとんどマルサスのレベルにある。[…]市井氏の立場に、市井氏の新定義は何の役もはたしていない。前置きで述べた一、二項のように「ゆえなき苦痛」による大量死は減じていないといえば済むことである。しかも、大量死、人口抑制とからめて水俣病が登場する必然性はまったくない。かえってそのようにとらえている市井氏の内面の不気味さが露わになっただけである。」[最首:421] 「市井論文を読みすすんでいくと、新定義はほとんど使われず、頻発される「淘汰」は、ふつうの意味のものと解される。典型例は「水俣病という公害に侵され淘汰されつつある人々は、社会ダーウィニズムのいう意味の環境適応能力に劣る人々ではない」という個所である。[…]ここでの使い方は明らかに適者生存、劣者排除の「淘汰」である。そうでなければ逆淘汰の指摘はなされないはずである。」[最首:421] 「遺伝・優生学者の「反戦思想」なるものがある。戦争一般において体力壮健な若者が大量に死ぬが、>422>特に現代の戦争では、頭脳・視力に秀れる飛行士が失われるので、逆淘汰がおきる、ゆえに戦争に反対するというのである。市井氏の論法は、これとまったく同じである。そのような主張をする遺伝・優生学者は、人為淘汰による「人間淘汰」を消極的・積極的に認める。とすれば市井氏の発言はどういう意味をもつことになるか。」[最首:421-422] 「公害とは劣者排除の人間淘汰の一形態であり、なかには水俣病のような逆淘汰の事例もある。」[最首:422] 「価値をぬこうとしてぬけない淘汰概念をつかって、公害を新たなる人間淘汰と規定することは、被害者の苦しみ、人間性をふみにじり、公害発生者、公害発生機構を免責、容認するものとして、絶対に許すことはできない。」[最首:422] 二 優生学的見地について 「市井氏は優生学的偏見を批判し、ネオ優生学である社会生物学に不気味な危惧を抱くという。ほんとうにそうであろうか。「[…]優位するイデオロギーへ反論する余地が、科学的に多少は残っている[…]」優位するイデオロギーとは、あらゆる人間の尊厳を説く、現在タテマエとして優位なイデオロギーであって、反論の余地とは、「[…]ほぼすべての人々が忌むべき兇悪犯罪だと認めるような行為を、遺伝的、先天的性向として犯し続ける人間がいると仮定しよう、この場合にも、当の犯罪者に、基本的人権や尊厳を認めるべきか、という問題である。」と市井氏は述べる。」[最首:423」 「これは実に優生学の根幹であって、この議論をもち出したとたんに、優生学に屈服し、まきこまれる[…]先天的性向の犯罪者という仮定がなぜ出てくるのか、なぜアメリカで出てきたのか、その社会的政治的経済的背景の分析を志して、仮定そのものをうちくださなければ、優生学者と対決することにはならない。」[最首:423] 「「四肢の変形した男性の胎児性患者がうずくまっているのに直面したとき、わたくしは激しく動転し、10秒と直視を続けることができなかった」「重症水俣病患者が、死をまぬがれて絶望的な生を、なお生きつづけることの意味はどこにあるのだろう。人間の尊厳というときの、『人間』の定義まで撹乱しかねない異状の存在。」これは直接的ではないにせよ、そしてわたし達がおちいりがちな「人間観」であるにしても、はっきりと優生学的「人間観」である。」[最首:424] 「フレッチャーの「人間の条件」(1972)の第一項目、「最小限の知性――スタンフォード・ビネー式知能検査で知能指数40以下、またはそれと類似した検査で40以下は人間であるかが疑わしい。20以下は人間として通用しない」を筆頭として、「植物人間」であるとか「生ける屍」であるとか、「先天性向の犯罪者」とかいう言い方は、関係的存在である人間を、その関係性を断ち切って丸裸にした上で、その機能面だけで判断する「人間観」であり、この「人間観」こそが、障害者・精神障害者・犯罪者差別を生み出しているのである。」[最首:424] 「公害―人間淘汰による市井氏の水俣病被害者の見かたは、死者のみならず、生者も淘汰され、淘汰されつつある人々ととらえ、乱暴にも「水俣病患者として、生きていること自体が地獄図なのである。死をまぬがれたにしても、重大な後遺症がつづき、今なお医学的に有効な治療法がない」と一括する。水俣病の多様性が明らかになりつつあるいま、このような単純な断定は、実は「ニセ患者」キャンペインをはじめとして被害者の救済の切捨てをはかろうとする側のものであることが、市井氏にはわからないのだろうか。」[最首:424] 「市井氏の社会生物学批判について。1972年米国の優生学会は社会生物学会と看板をぬりかえたことに端的に表わされるように、もともと優生学批判ができなければ社会生物学批判はできないのであるが。」[最首:425] 「「[…]やっかいな問題が残っている。個人として考えれば、尊厳を認めてなんらおかしくない、いや、むしろ当然であるような人々であっても、必然悪として尊厳を否定されても仕方がない場合がある、と考えるかどうかという問題である」、これには「水俣病のギセイ者たちのことがかかっているのだから。」修辞法についてはよく知らないけれど、前段がなぜ「やっかいな問題」なのかわからない。前段の内容をある程度認める立場でなければ、「やっかいな問題という受け止め方は出てこないのではなかろうか。後段は市井氏が勝手にもちだした問題である。社会生物学のいう攻撃性、戦争による人口の安定化に、市井氏が公害による人口の安定化をはめこんだために、水俣病が登場しているのである。」[最首:425] 「市井氏は優生学的社会生物学的新マルサス的主張を公害について行なうための、ある詐術的な論文を書いたのではないか[…]調査団討議の席上での、色川氏の市井氏に対する「あなたは転向した」という発言は忘れがたいが、それは「歴史の進歩とは何か」の主張からあまりにかけはなれているという指摘であった。」[最首:425] 「前置きで述べ>426>た六、七項の立場を市井氏はいつ捨てたのだろう。」[最首:425-426] 「価値禁欲的な人間淘汰という詭弁を弄して公害を疫病や自然災害と同列に扱い、よって公害被害者の苦しみをアイマイ化させ、公害による人口の安定化という自分の立てた愚にもつかぬ命題を自分で否定する、市井論文の趣旨は撤回されるべきである。」[最首:426] ◆川本 隆史,200806「”不条理な苦痛”と『水俣の痛み』――市井三郎と最首悟の〈衝突〉・覚書」飯田 隆, 井上 達夫, 川本 隆史, 伊藤 邦武, 熊野 純彦 200806 『岩波講座哲学 第1巻=いま〈哲学する〉ことへ』岩波書店,299p. ISBN-10: 4000112619 ISBN-13: 978-4000112611 3200+税 [amazon]/[kinokuniya] はじめに 哲学と現場? 「哲学と現場のつながり(にくさ)を点検する作業から取りかかりたい。その昔、別々の回路を通じて出会ったふたりの学究の〈衝突〉を、ケーススタディの対象とする」[川本:277] 「雑誌『思想の科学』創刊に先立って上梓された鶴見俊輔のマニフェスト『哲学の反省』(鶴見 1946)を評価軸に>278>据え、「思想の科学」運動の出発点の目標がどこまで達成されたかを自分なりに査定するところにあった。 たしかに「哲学は次の三条の道に従って把握される場合、現代の社会においても生きた意味をもつことが出来る。第一に思索の方法の綜合的批判として把握される場合、第二に個人生活及び社会生活の指導原理探求として把握される場合、第三に人々の世界への同情として把握される場合、即ちこれである」(鶴見 1946, 450)[川本:277-278 重引] 冒頭、川本は、「哲学と現場のつながり(にくさ)を点検」(川本 2008:277)するという目的を掲げている。この論考は、1996年4月28日に日本青年館で開催された『思想の科学』創刊50周年記念講演会における、川本の報告「「思想の科学」の哲学は有効性を取戻しえたか――社会倫理の観点から」が元になっている。この報告において、川本は「哲学が現代社会において生きた意味をもつ」ための評価軸として、鶴見俊輔の『哲学の反省』に依拠した。
川本が明かすように、川本は、「カントの「根本悪」を修士論文で取り上げて以降、善や正義ではなく悪や不正義から社会倫理学を説き起こしたいものだと考えてきた。その私にとって、(市井の言うように)「快」の増大ではなく「苦」の減少をめざすという路線(ポパーの「消極的功利主義」)は、それなりにしっくりくるものだった」(川本 2008:287)という。しかし、『水俣の啓示』に掲載された市井の論文については、市井の「苦」の取り扱いかたに問題があったと川本はみなした。
「水俣病にかかった人たちというのは、直接性を持っているわけですね。僕らにはとてもうかがえない、という直接性を、体験を持っている。それと、今私が自分の子どもとして障害児を持った直接性とどこかで風穴が開くかどうか、あるいは自分が持っている直接性などやっぱりやわなのか、というそのへんのところも問題でした。(最首 1991, 18-19)[川本:292 重引] ここでのキーワードは「直接性」だろう。碩学の市井はこの「直接性」につまづいたのではあるまいか。最首は「直接性」を水俣病当事者の専売特許にすることなく、自分と障がい児の娘のあいだにも成立している「直接性」との連携を模索しようとする。そうした姿勢で書き綴られた作品のひとつに「水俣の傷み」(最首 1992)がある。この「傷み」という用字法が、"不条理な苦痛"として集計された「痛み」と一線を画すためのもののように思われてならない。つまり、関係者の効用(快苦や満足度によって定義される「痛み」ではなく、非・効用情報をベースとする「傷み」を最首が意図的に(?)採用したのではないか、と。」[川本:292] 作成:森下 直紀 追加: UP:20100428 REV:20100502, 03, 0819, 0904 ◇水俣・水俣病 ◇環境/環境倫理学/環境思想 |