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精神外科:ロボトミー…

精神障害/精神医療 

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*作り始めたばかりの頁です。しかし桐原再録の貴重な記録にリンクされています。

ロボトミーについての言説(植村作別頁)*
*この頁とどう分けて、組み合わせいくかはこれから考えます。

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『造反有理――精神医療現代史へ』表紙 ◆立岩 真也 2013/12/10 『造反有理――精神医療現代史へ』,青土社,433p. ISBN-10: 4791767446 ISBN-13: 978-4791767441 2800+ [amazon][kinokuniya] ※ m.

第3章 各種療法、とくにロボトミーに対する遅くになされた批判
  […]
 6 ロボトミー事件・裁判――概略
 7 (1)北全病院ロボトミー訴訟(札幌ロボトミー事件)
 8 (2)名古屋Mロボトミー事件
 9 (3)横手興生病院ロボトミー事件
 10 (4)弘前ロボトミー裁判
 11 ロボトミー殺人事件
 12 ようやくこの時になされたこと

『現代思想』39-18(2011-12)表紙 ◆立岩 真也 2011/12/01 「社会派の行き先・14――連載 73」,『現代思想』39-18(2011-12):22-33 資料
 臨時増刊号とここ数回について▽3)補足・横手興生病院事件ロ全協▽4)弘前ロボトミー裁判ロボトミー殺人事件
『現代思想』39-13(2011-9)表紙 ◆立岩 真也 2011/09/01 「社会派の行き先・11――連載 70」,『現代思想』39-13(2011-9):34-45 資料
 各種療法/インシュリン療法その他と経済/ロボトミー/不確かな数とその頃の様子
『生存学』3 表紙 ◆立岩 真也・天田 城介 2011/03/25 「生存の技法/生存学の技法――障害と社会、その彼我の現代史・1」『生存学』3:6-90

*お送りできます。天田論文(↓)収録の『「異なり」の力学――マイノリティをめぐる研究と方法の実践的課題』一緒でも(この場合1800+送料実費)。→『生存学』3

「◇ロボトミー・安楽死
立岩 では、そういう人たちを同時代に生きてきたはずの人が本当に知っているかというとそうでもない。例えば、台弘というのは、ある人たちにとっては「ロボトミーやった悪い奴、終わり」ということだったわけ。僕はそっちの方にいたから悪い奴って、とにかくそうだったんです。読んだことない。非常に不勉強だったわけです。だからといって、今は持ちあげようとかそうは思っていませんが、ただあらためて彼が七〇年代に書いたものとか読んでみると、とくに面白くはないんだけど、でもこの人はこういうところにいて、こういうことを言っていたんだなとかそういうことはいろいろわかるんですよね。そういう意味で人に焦点を当てるというのは、これからの研究としてはけっこうありかなと思っています。
天田 誰かが調べてくれればいいなと思うんですが、台弘のロボトミーって話はそれこそ昔の小澤勲本でもたくさん出てくるわけですよね(小澤[1974]他)。だけど、ロボトミー自体がそもそも日本でどのように「問題」になってきたのか、誰がどういう脈絡の中で批判していったのかというのはよくわからないんです。そもそもロボトミーがどのぐらい行われていたのかもわからない。海外のことはもっとわかっていない。ちょっと調べてみましたが、一九三〇年代のソ連において心理テストやロボトミーがどのように禁止されていったのかなどについても資料はほとんどない(天田[2010c])。
 あるいは彼我における「反精神医学」と「ロボトミー問題」の関係はどうなのか。例えば、クーパーはロボトミーの問題に対する強い関心というか、それへの批判的感覚がもともとあったと言う。そうすると、「反精神医学」「精神医療批判」と「ロボトミー問題」ってやはりどっかで繋がっている。イコールではないですけれども、繋がっている。もちろん、その後の言説では「病気は社会によってつくられる」みたいな「原因論」がその主張のように思われていきますから、一見すると、繋がってないように見えますが、やはりどこかで繋がっているのだろうと思う。そんなことが調べられてよいと思う。
立岩 わからないですよね。誰がどこで、どのくらいやってたか、やられていたか、わからない。こちらの院生であり、慶應義塾大学の教員でもある末安民生さん(近刊に日本精神科看護技術協会・末安民生[2010])は松沢病院にも長くいた方です。今各地の精神病院をまわって古い人に話を聞いてまわっているんですよ。それすごい面白いらしくて、この間、名古屋かどこかの病院で三〇〇例ぐらいロボトミーをやっていた、そういうところがあるんだってみたいな。そこでやっていた人は知っているわけだし、関係者は知っているんでしょうけども、そういうことが知られてないです。
 全体として、どこでどれだけやっていたのかはわかりようがない。わかりようがないんだけども、個別にどこそこでいついつどれどれ、どんな感じでやっていたかはある程度わかるじゃないですか、断片的であっても。そのレベルでもう少し事実が解明されてもいい。言説においてロボトミーというのはどう扱われてきたのかということも。僕の同学年の島次郎さん(著書に島[2001]等)はしばらく前から関心持っているけども、他はどうなんでしょうね。あと電気ショックのことも。京都文教大学の教員でこちらの修了者でもある吉村さんの、このごろのより「ソフト」な形でのこの技術の行使についての論文(吉村[2007])が貴重なものとしてありますが。
 よくわからないと言えば、ナチスの安楽死っていうか大量殺人があるでしょ。
 […]
立岩 それは、さっきみたいな中くらいあるいは大変有名人の言説を追っかけるのに比べるとずっと難しい。素材がね。だけどやりようがあるのであればね。
天田 素材をきちんと調理しないといけませんので。だけど、ロボトミー全体というよりはロボトミーに関わったとされる台弘でもそれ以外の人でもよいのですが、一人に照準して追っかけていくということはできそうですが。それがどれほどの仕事かは別ですが。
立岩 台人体実験事件っていうのは、一方の側が、二〇年前の手術を探し出してきてというか、東大の中で批判して学会で批判してということがあって、それに彼も反論している。その出来事だって、それだけのボリュームはある。あれは結局どうなのっていう評価を巡る話は残るから、最終的には難しい話だけど。でも、時代的にも七〇年代以降の話だから、実験が行なわれたのはずっと前だけど、それがどう人々にどう受け止められたか、あるいはどう利用されたのかということは書ける。だからどうなのよっていう気もしないではないけれど。
 それからずっと遡って、実際、日本でどうやっていたかとか、どう受け止められてきたのかっていうところはもっと難しい。でも、そっちの方が価値は当然あるわけです。そしてさっきの末安さんの話ですが、八〇歳とかの元看護師とかそういう人に聞いて回ると、けっこういろいろ出てくる。
 ナチスの話にもう一度戻ると[…]」(立岩・天田[2011])

■関連項目

台(臺)人体実験批判(1971-)
北全病院ロボトミー訴訟(1973-)
名古屋Mさんロボトミー裁判(1973-)
横手興生病院ロボトミー糾弾(1974-)
ロボトミー殺人事件(1979)
弘前ロボトミー裁判(1980-)
精神医学医療批判・改革
ロボトミー糾弾全国共闘会議(ロ全共)(1979-)
中田 瑞穂
広瀬 貞雄
改造
エンハンスメント

精神外科:ロボトミー…:米国

■概説・初期

◆「精神外科」
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E5%A4%96%E7%A7%91

◆1938(昭和13年)わが国で初めてのロボトミー手術。新潟大学、中田 瑞穂
 (『東大病院精神科の30年』 p.28?)
 「日本では1942年、新潟医科大学(後の新潟大学医学部)の中田瑞穂によって初めて行われ[3]」
 「[3]『東大病院精神科の30年』 28頁によると、「1938年(昭和13年)新潟大学ロボトミー開始(中田瑞穂)」とある。」
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E5%A4%96%E7%A7%91

◆1947(昭和22年)松沢病院でロボトミー。
※国府台病院、桜ヶ丘保養院、武蔵野病院などでもあいついで実施される。1950(昭和25年)にはロボトミー最盛期を迎える。

◆1949 モニスとヘス、ノーベル生理学・医学賞受賞

 「エガス・モニス(Antonio Caetano de Abreu Freire Egas Moniz, 1874年11月29日 - 1955年12月13日)は、ポルトガルの政治家、医者(神経科医)である。ポルトガル北部大西洋岸のアベンカに生まれた。ロボトミーという名前で良く知られる精神外科手術、前頭葉切断手術を精神疾患を根本的に治療する目的で考案した。これが功績として認められ、1949年にスイスの神経生理学者ヴァルター・ルドルフ・ヘスとともにノーベル生理学・医学賞を受賞した。受賞の理由は「ある種の精神病に対する前頭葉白質切截術の治療的価値に関する発見」である。」
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%82%AC%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%A2%E3%83%8B%E3%82%B9

◆岡田 靖雄 20020901 『日本精神科医療史』,医学書院,274p. ISBN-10:4260118750 ISBN-13:978-4260118750 \7140 [amazon][kinokuniya] ※ m.

 「ロボトミーが(前頭葉白質切載を中心とする精神外科)が精神科でさかんになったのは、1947年からで、その頃か<0205<ら外科医でなく精神科医によっておこなわれることもふえた(戦地で外科手術をこなしてきたことが、精神科医を大胆にした、という要因も指摘されている)。一時期はロボトミーが乱用されたいってもよく、他治療をほとんどうけていない患者にそれが適用されたり、また、ロボトミーされたといっても、骨にだけ痕があって脳が無傷な例もあちこちで経験された。」(岡田[2002:206])

◆西川 薫 20101230 『日本精神障礙者政策史』,考古堂書店,342p. ISBN-10: 4874997570 ISBN-13: 978-4874997574 342p. [amazon][kinokuniya] ※ m. ps. ist.

「4)精神外科
(1)前頭葉切除術(ロボトミー)
 脳に外科的侵襲を加えることによって、頑固な精神病者の反社会的或いは非社会的な面を取り除き、少しでも社会的適応性を多く得させようとすることが所謂、ロボトミーを中心とする精神外科の目標である。精神外科の試みは1890年にスイスのBurckhardtによってなされ6例の精神病患者の前頭葉、側頭葉、頭頂葉等の皮質の部分的切除がおこなわれ、この種の手術の可能性が印象づけられた。1935年の夏にロンドンで開催された第2回国際神経学会では、前頭葉機能の問題がとりあげられ、Bricknerの前頭葉切除例、Fulton and Jacobsenの猿の前頭葉切除実験報告等がおこなわれた。ポルトガルのリスボン大学教授Monizは、数年前から抱いていた精神外科の着想をこの学会により更に確信した。1935年11月12日にMonizは、Almeide Limaと共に苦悶の強い頑固な初老期鬱病患者に手術をおこない、この分野の開拓に先鞭をつけた。Monizの方法はFrontale Leukotomie(前頭葉白質切載術)といわれ前頭部の小骨孔から両側前頭葉白質内に少量の無水アルコールを注入し、或いは針先に仕掛けた鋼線の蹄係の回転によって白質を数箇所に於いて破壊し神経路を遮断するものであった。128)
 その後、Walter Freeman & James W.Wattsは、1936年にこの方法をアメリカに移入し、若干実用的な術式に改め、Prefrontal Lobotomy(前頭部前頭葉切載術)とした。この方法により初老期鬱病をはじめ精神分裂病(統合失調症)、神経症、その他種々の精神病に適用し600例以上の症例をこなした。そ<0137の術式は、眼窩外線より3cm後方、顴骨弓上縁より6cm上方に小骨孔を作り硬脳膜を切開し鼻中隔膜剥離子(⇒剥はりっとうなし)を脳実質内に挿入し、冠状縫合の面で白質下に於いて白質のみを上下に充分切載する。このようにロボトミーは、世界各国に普及し始めた。ちなみに、1948年8月3日から7日までリスボン大学において、Monizが会長を務め、第1回国際精神外科学会を開催している。同学会は、日本、ドイツ及び旧ソ連を除く27カ国から200名以上の神経外科医及び精神神経科医が集まり、5,000例の手術例が報告された。さらに1949年にMonizは、ノーベル賞を受賞している。129)日本において最初に精神外科手術を施行したのは、新潟医科大学であった。

(2)施行された手術の実態
 新潟医科大学外科では、次々に前頭葉切除手術に関する研究発表をおこなっている。ここでは、1940年以降の発表研究論文を詳細に引用し当時の状況をみる。1941年に中田瑞穂らは、「前頭葉切除術による観察」130)を発表している。この時点で「かくの如くして前頭脳を切除したのは、主として真性癲癇、精神異常者等で少数の腫瘍例を加へ総数約50例を得て居る」131)とすでに50例もの手術をおこなったことを公表した。さらに「分裂病の陳い症例では偏側切除でも両側切除でも著しい好影響を獲る興へ得ないが(中略)精神病の特殊な症候をある點好轉せしむる可能性については吾々はまだあきらめて居ない」132)と意欲を述べている。
 ついで 1942年に板井左次郎(新潟医大外科)は、精神分裂病(統合失調症)5例を含む「前頭葉切除手術(52例)による観察」133)を発表している。総括のなかで、一側前頭葉切除の範囲は、大多数が皮質運動中枢から3〜5cmで全症例の平均切除量は70g(最大115g、最小17g)であった。
 1942年に中田らは、「精神異常に対する脳手術的療法」134)という論文を発表している。この論文の中で全く治療の道のない慢性期の分裂病に対し両側前頭葉の切除をおこなったが「ほとんど無効であった」135)と報告している。中田は、「軽症分裂病及び分裂病以外の精神病には、尚試むべき手術でないと考へるので1例も行って居ない」136)としている。同年「前頭葉切除術と前頭葉白質切載術に就いて」137)において中田は、「西洋で実施されている白質中心部の小切載−これをLobotomyとかLeucotomyと呼んで居るわけであるが此の<0138<手術は全く無危険である事を吾々は数例に於て確認し得るに至った」138)と報告している。
 さら癲癇気質が著明で病的に興奮し、時として狂暴または沈鬱の症状を呈する癲癇患者に両側白質切載をおこなった例を「一側或は両側前頭葉切除と云ふ手術では未だ嘗て見られなかつた位に、時としては手術直後から、おそくとも僅々数日のうちに明かに人柄が一変し、快活となり、はきはきして来て、連日気難しかつたものが急に愛そうよくなつたり、近来親子の間で談話もしなかつたといふ青年がにはかに親しく父親に対坐し打ちとけて世間話をするようになり、今迄出来なかつた暗算が極めて容易に又正確に出来やうになつたと云ふやうな激変振りを見ることが出来た」139)と紹介している。そして将来、精神外科が各精神病にも有効であるという示唆を「西洋における最近の成績によるとメランコリーとか躁鬱病とか神経質と云ふような、比較的寛解する機会のある病症では勿論のこと、最も難症たる分裂病に於てさへも或る程度立派な成績を挙げ得るに至つたらしい點は、或は理由のある事かも知れない」140)と述べている。
 1942年に城谷敏男(新潟医大精神科)・板井左次郎(新潟医大外科)は、「前頭葉切除患者(癲癇)に施行せるRorschach精神診断学に就いて」141)を発表した。この論文では癲癇患者への前頭葉切除術を心理学実験であるロールシャッハ(Rorschach)精神診断学 註9)との関連で報告した。論文の内容は、「切除前後に於てRorschachの個々の検査像に就いては変化したものがあるが少数であり又切除後に表れ全実験例に認められると言ふ様な特有の検査像は得られない」142)とするものであった。この論文は癲癇患者にとって前頭葉切除術は、有効ではないことを間接的に指摘しているともいえるが、城谷は積極的に精神外科を批判し、今後手術の中止を促すような論述はしていない。
 さらに、中田らは1943年に白質切載術と切除術の違いなどを論述している。精神外科に関しては、その後、新潟医大以外でも疋田(九州帝国大学医学部外科)らが精神分裂病(統合失調症)13例を含む19例、柳川(北海道帝国大学医学部精神科)が精神分裂病(統合失調症)3例を含む7例の前頭葉切除術を報告している。143)<0139<

(3)前頭葉切除術の後遺症
 板井佐次郎は、1942年に「前頭葉切除手術(52例)による観察」144)において前頭葉による精神機能の変化について先行研究の総括にもとづき、つぎのように述べている。前頭葉の外傷、腫瘍、その他の病変例の示す症状としては、性格や気質の変化、憂鬱状態、刺激性、悖徳症(精神運動障害)、自発性欠乏、運動亢進状態、躁状態、注意集中困難等が挙げられている。これら種々の症状は「すべてある事象を本質的に把握する能力の障礙を基礎として、これより二次的に生ずる」。145)一方、前頭葉切除による脱落状態に関しては、かなり著明な精神機能の欠陥を残すという論者に対して脱落症状としてみなすべきものは極めて僅少にすぎないと主張するものがある。しかし、その成績は全く一致したというまでには至っていない。146)
 さらに、板井佐次郎は、一側前頭葉切除後の脱落症状については、切除脳の左右の如何を問わず「特に専門的に或る特殊の検査法でも創案して施行せぬ限り、従来の精神機能検査法と称せられるものに依っては、「中々捉へ難い」147)とした。さらに、「平易な日常生活とか、患者が術前に携って来た職業というものは、術後といえども大体変わりなく遂行し得る。もし、変化があるとすればそれは複雑な高等機能、例えば対極を洞察し、重点を把握し善処し得る能力の障礙である。すなわち患者が社会に出て従来と異なった環境におかれた場合、或いは新事態に直面して新たな判断などの必要に迫られた場合、或いは高等な知的職業に携わる場合において当惑したり、失敗を重ねたりする事があるような漠然としたものであって(中略)両側切除例においても同様に当てはまる」148)としている。
 前頭葉切除手術を施行した52例の総括は、「何れにしても前頭葉前半の脱落によりては、術後、猥褻になるとか、諧謔を弄し、不道徳になるが如き著明な生還を来たせるものは一例もなかった。従って、従来一般に信ぜられたやうな前頭葉病変による多彩な著明な諸症候は、すくなくとも之を前頭葉前半の全脱落を以て説明する事は出来ない」149)と結論づけている。その後、1945年までの間にロボトミーに関する後遺症を含めた研究報告は見当たらない。後遺症の問題が取り上げられるようになったのは、戦後、ロボトミーの数が増え、大きな後遺症として人格変化が問題視されるようになってからである。しかし、それまでの間、ロボトミーに対する主だった反論はなされることはなかった。

(4)前頭葉切除術の評価
 1940年から1945年までの期間におけるロボトミーの評価に関しては、戦中という特殊な状況を考慮する必要がある。精神科医は、治療に際して多くの制限を課せられていたことはいうまでもない。その当時の状況について精神科医 註10)が集い語った「戦中・戦後の精神病院の歩み」150)を検討することでロボトミー評価の一助としたい。戦争中の精神病者の医療に関して当時の状況を立津政順は、つぎのように述べている。「治療として、激しい症状の患者、興奮の患者、あるいは拒食の患者があって、電気ショック療法とかインシュリン・ショック療法をやらなければならなかった。それから進行麻痺の患者も多かったので、熱療法をやらなきゃならなかった。そういう手のかかる患者さんが何人かいるために、それに手をとられてあとは犠牲になったということもありましょうね。だからそういったものが片づいてきて、ようやくいまのようないろんな余裕のある考えが出てきたというふうに私は思います」。151)これに対し本吉功は、「1944〜1945年あるいは1946年頃はインシュリン・ショックなんかちょっとしかやれなかったんでしょう。薬がありませんし、それから砂糖がない」。152)さらに西尾雄三郎は、「私は自分たちでつくったりしました。インシュリンの粉末を手に入れてきて。そうじゃないと、買うインシュリンというのは、きわめて弱くて表示してある単位はあてにならない、うんと高単位でないとだめでした」153)と苦労を語っている。
 戦中時における精神科医の無力感と戦後に積極的に施行されたロボトミーとの関連について、つぎのように述べている。「結局戦争の時は、そういうふうに医療が無力だったというんですが、そういう経験を経て、ロボ卜ミーが始まってきて、だんだんいろんな手を加えていくことになりましたね」。154)すなわち、当時主流であったインシュリン・ショック療法は、戦時下の物資不足のためインシュリン自体が手に入らず、高価な治療のためにおこなうことはできなかった。こうした中でロボトミーは、前頭葉の手術という方法を用い、医師ら医療従事者の労力で治療物資を必要としないものとして脚光を浴び登場した。このことを裏づけるかのように野瀬清水は、「当時は、まだ向精神薬もなく、治療としての頼みの電撃療法を50回も100回も、ただ繰り返すだけで、インシュリン・ショック療法も、当時の措置入院料は治療代等は全く支払わず(中略)治療という治療には、何でもいいからすがりつきたい我々の気持ちが、時あた<0141<かも丁度導入され始めたロボトミーにタイミングが合い、しかもこれが経済的にもインシュリンに比べ我々医師の労力と汗のみで全く費用が要らないという点も、大いにロボトミーの全盛期を迎えた理由であった」155)と述べている。
 ロボトミーが本格的に脚光を浴びたのは、1945年以降のことである。その理由の一つには、戦時体制の下で積極的に精神病者に対する治療をおこなう必要がなかったことが考えられる。戦時中の精神病者は、病院焼失により自宅に戻り家族の保護を受けざるを得ない状況にあった。さらに運よく焼失を逃れた精神病院の患者たちも、食糧不足のため栄養失調により死に至る者が少なくなかった。さらに医師は、戦地に出向き精神病院にはほとんどいなかった。これらの理由により、ロボトミーは、治療の第一線に登場することはなかった。
 しかし、ロボトミーの研究と治療は、人格変化という重大な後遺症の兆候がうかがえたにも関わらず継続された。後遺症を批判するに足る症例が整わない中で中田らは、一気に症例数をこなしていったといっても過言ではない。このような背景について大津正典は、つぎのように述べている。「第一に慢性患者の蓄積を前にして、何か一挙に解決する手段はないものかといった考え方と焦りを共通してもっていた。第二に反証となるデータがないから何もいえないとする『客観主義』、および患者を医師としてよりも、研究のマテリアルとして感ずる態度があった。第三に神経病理、精神病理、生化学云々と分かれていた各研究グループの間で、他にくちばしを容れるのがタブーのようなものであった」156)と当時の医学における研究至上主義を振り返っている。
 ロボトミー推進論者であった廣瀬貞雄は、1949年に「ロボトミーの効果の核心が人格の変化にあるとすると、その施術にあたって人道的立場からの是非が一応問題になると思う。此の點に就て我々の実際的の感想を云うならば、術後相当の期間を経た後の印象では、少なくとも人格変化の実際的な、社会的の価値はそれ程低くない様に思われる。実際、強迫神経症の極端に拘泥の激しい状態や、explosiveな精神病質の社会的に実害の大きい状態と比較して、術後相当の期間を経たロボトミーを受けた人の人格が、実際的の社会的価値として果たして低いと云えるであろうか。唯持って生まれた性格から、多少共被動的に離れると云うことは、主観的の問題として簡単には片付けられぬことと思うが、客観的に充分症例を選べば、術後の自覚症状として、自己の性格の変化をそれ程問題にせぬところからしても、人道的にも許されて良いと思う」157)として<0142<いる。
 その後、廣瀬は1954年に「ロボトミー後の人格の変化というものは、非常に重大なもので、広い意味での知能の障碍であり、見方によっては人間性の喪失ということにもなる」158) その後、廣瀬は1954年に「ロボトミー後の人格の変化というものは、非常に重大なもので、広い意味での知能の障碍であり、見方によっては人間性の喪失ということにもなる」158)と今までの主張と全く反対の発言に変わり、人格の変化という後遺症の重大性を認めた。廣瀬の言動の変化は、当時のロボトミーを取り巻く状況を示していると考えられる。1975年になり吉田哲雄は、「手術の結果として非可逆的な人格破壊、後におこるけいれん発作、とくにその発作の重積、手術時の出血や手術による死亡は、いずれも重大です。そしてこのような重大な手術が、きわめて粗雑な理論にもとづいて行われてきた」159)と批判している。
 このように中田が1939年に日本ではじめての前頭葉切除を施行してから、一部の批判を受けながらも1949年まで、実際には積極的な支持を受けて精神医学の中で推移したといえる。1971年にようやく石川清臺弘をロボトミーによる人体実験の当事者として暴露したことをきっかけに本格的な批判がはじまり、1973年「特集 精神医療と人体実験」160)において、さまざまな論文が発表されロボトミー廃止の方向へ向かった。そしてロボトミー中止に大きな影響を及ぼしたのは、1975年の日本精神神経学会である。その学会で吉田哲雄は、ロボトミーに対する批判として「人体実験的性絡をもちつつ、粗雑な理論にのっとって、手術される人々を抑圧しつつ強行し、脳の破壊を通じて他人の人格を変えて行こうとする精神外科は、あくまでも批判されるべきもの」161)と明確に述べている。しかし、日本においては、1939年に精神外科が開始されて以来、1971年ころまで、かなりの数のロボトミーが実施されていた。実施数について正確な数字は公表されていないため、事情の把握は今後の課題である。」(西川[2010:137-143])

128)廣瀬貞雄『ロボトミー』医学書院. 1951.1ページ
129)廣瀬、前掲書、1・2ページ
130)中田瑞穂・田中憲二・板井佐次郎「前頭葉切除術による観察」『精神神経学雑誌』第45巻 第5号. 1941.225-279ページ
131)中田・田中・板井、前掲書、257ページ
132)中田・田中・板井、前掲書、257ページ
133)板井左次郎「前頭葉切除手術(52例)による観察『精神神経学雑誌』第46巻 第5号.
1942.225-279ページ
134)中田瑞穂・板井左次郎・油木信一郎「精神異常に対する脳手術的療法」『精神神経学雑誌』第46巻 第6号. 1942.383ページ
135)中田・板井・油木、前掲書、383ページ
136)中田・板井・油木、前掲書、384ページ
137)中田瑞穂・田中憲二「前頭葉切除術と前頭葉白質切載術に就いて」『精神神経学雑誌』第46巻 第6号. 1942.384-385ページ
138)中田・田中、前掲書、384ページ
139)中国・田中、前掲書、384-345ページ
140)中田・田中、前掲書、384-345ページ
141)城谷敏男・板井左次郎「前頭葉切除患者(癲癇)に施行せるRorschach精神診断学に就いて」『精神神経学雑誌』第46巻 第6号. 1942.384ページ
142)域谷・板井、前掲書、385ページ
143)八木剛平・田辺英『日本精神病治療史』金原出版. 2002.132ページ
144)板井、前掲書、225-279ページ
145)板井、前掲書、234ページ
146)板井、前掲書、234ページ
147)板井、前掲書、235ページ
148)板井、前掲書、235ページ
149)板井、前掲書、278ページ
150)「(座談会)戦中・戦後の精神病院の歩み」『精神医学』第14巻 第8号. 1972.688-703ページ
151)(座談会)前掲書、694ページ
152)(座談会)前掲書、694ページ
153)(座談会)前掲書、694ページ
154)(座談会)前掲書、695ページ
155)野瀬清水「松山精神病院におけるロボトミーの実態」『精神経誌』第77巻. 1975.559-562ページ(八木剛平・田辺英『日本精神病治療史』金原出版. 2002.152ページ)
156)大津正典「精神外科−当時の医療状況など−」 『精神経誌』第77巻. 1975.553ページ
157)林ワ・廣瀬貞雄「ロボトミーに対する批判」『脳と神経』第5号. 1949.310ページ
158)廣瀬貞雄「ロボトミー後の人格像について」『精神経誌』第56巻. 1954.379ページ
159)吉田哲雄「精神外科−歴史的展望−」『精神経誌』第77巻. 1975.550ページ
160)『精神医療』東大精神科医師連合.第3巻 第1号. 1973
161)吉田、前掲書、550-551ページ

◆吉岡 真司 19640715 「病院内での治療」,岡田編[1964:201-283]*
*岡田 靖雄 編 19640715 『精神医療――精神病はなおせる』,勁草書房,452p. ASIN: B000JAFW54  980 [amazon] m.

 「精神外科治療[…]  日本では、1942年(昭和17)年に最初の報告がなされた。しかし、本格的におこなわれるようになったのは、戦後の1947年からである。そして、これが導入されると、術式の容易さ・ショック療法の効果の不充分さなどの理由から、たちまち、爆発的に流行したのである。もっとも、この傾向はわが国だけでなく、世界的な現象でもあった。
 だが、病的な部分をとりのぞく脳外科とはちがって、精神外科では、器質的な変化が見られない大脳に、外科的な損傷を加えるのである。一方、大脳自体の生理や機能は複雑で、あきらかにされていないことがおおい。だから、この手術に対する反対は、当初より人道的・医学的立場からつよかったのである。たとえば、ソヴェトでは方針としてロボトミーは禁じられている。
 効果は一過性のことがあり、副作用もおおい。手術を受けた患者は、一般に人間に深見がなくなり、平板になる。社会的には適応できるようになっても、創造性その他の知的能力が低下することもおおい。後遺症としてけいれん発作がおこるものもすくなくない。
 以上のような理由から、分裂病に対する精神外科的な治療は、かえって有害であるといわれてき、現在手術はほとんどおこなわれなくなった。だが、今日精神病院に入院している患者のなかには、脳手術をやむなくおこなうものもまれにある。もちろん、それは分裂病の患者ではない。それは爆発的・衝動的な暴行をくりかえす一部の精神病質者である。」(吉岡[1964:216])

◆林 ワ・廣瀬 貞雄 1949 「ロボトミーに対する批判」,『脳と神経』5

 「ロボトミーの効果の核心が人格の変化にあるとすると、その施術にあたって人道的立場からの是非が一応問題になると思う。此の點に就て我々の実際的の感想を云うならば、術後相当の期間を経た後の印象では、少なくとも人格変化の実際的な、社会的の価値はそれ程低くない様に思われる。実際、強迫神経症の極端に拘泥の激しい状態や、explosiveな精神病質の社会的に実害の大きい状態と比較して、術後相当の期間を経たロボトミーを受けた人の人格が、実際的の社会的価値として果たして低いと云えるであろうか。唯持って生まれた性格から、多少共被動的に離れると云うことは、主観的の問題として簡単には片付けられぬことと思うが、客観的に充分症例を選べば、術後の自覚症状として、自己の性格の変化をそれ程問題にせぬところからしても、人道的にも許されて良いと思う」(林 ・廣瀬[1949:●]、)

広瀬 貞雄 1951 『ロボトミー――主としてその適応に就て』,医学書院,112p. ASIN: B000JBFUQE [amazon]
→cf. 大熊 一夫[1973→1981:215]

 「ロボトミーは、かかる症状を起し易い人の最も特徴的な性格――見方によっては相当価値のある性格傾向――を減殺することになるから、慎重にその発病の動機や環境を検討し、出来る限り精神療法的指導を怠ってはならない」(広瀬[1951]、◎に引用)

 「要するに、病苦が長年に亘り、素質的の要素が相当大きいと思われる場合に限り、最後の手段として行うべきものであると思う」(広瀬[1951]、◎に引用)

 「将来に対する顧慮が少なく、その日その日に興せられた仕事を忠実にするが、自ら進んで先々の計画を綿密に立てたりすることも少なく、行き当たりばったりである。自己を反省することが少なく、困った事態に直面しても、心底から深刻に考えたり、悩んだりしない」(広瀬[1951]、◎に引用、大畑・宮崎[2010:168]に引用)

 「患者はしばしば雄念が湧いて来ない。よく眠り、夢を見ない、取越苦労もしなくなったと云い、他愛なくよく笑うが、当人は以前のような喜怒哀楽の情が湧いて来ないとしばしば訴える。一般に外からの刺戟を素直に許容し、周囲の環境から孤立するようなことはない、平日すぎる日常生活。他人と受動的に円滑に接触する。しかし何となく深みがなく、情熱に欠けている」(広瀬[1951]、◎に引用、大畑・宮崎[2010:168]に引用)

http://gekkankiroku.cocolog-nifty.com/edit/2008/07/post_f4df.html

*以下にも言及
 鈴木 あきひと 2006/05/25 「日本のロボトミー」http://blogs.yahoo.co.jp/akihito_suzuki2000/35410266.html,『身体・病気・医療の社会史の研究者による研究日誌』http://blogs.yahoo.co.jp/akihito_suzuki2000/MYBLOG/profile.html

◆1951年9月、「「精神外科手術療法として各種精神科治療の効果のない荒廃した患者をロボトミー、デアレクトミーなどの手術によって意志疎通性を恢復した後、その後の人間らしい生活の躾を作ることを重要目的として外科病棟」が設置」(国立武蔵野療養所の1955年の年報、藤澤[1972→1998:296]に引用)

◆廣瀬 貞雄 1954 「ロボトミー後の人格像について」,『精神経誌』56

 「ロボトミー後の人格の変化というものは、非常に重大なもので、広い意味での知能の障碍であり、見方によっては人間性の喪失ということにもなる」(廣瀬[1954:379])

◆1957/03/20 厚生省「精神病の治療指針」を通達。精神外科を「治療法」として公認。

◆「昭和二四年頃から、不潔行為や暴力行為のため、保護室の中に閉じこめられていた患者に対して、脳手術を行うようになった。そして、脳手術の終わった患者を再教育する動きが始まった。脳手術そのものに対しては、後日、多方面からの批判非難があり、三一年になって<0296<からは、ほとんど行われなくなったが、その時の動きが武蔵野診療所における「生活療法」の基礎である「生活指導」のきっかけとなったのは否定できない事である。」(国立武蔵野療養所の1960年の年報、藤澤[1972→1998:296-297]に引用)

◆1956年(昭和31年)小林八郎によって「生活療法(くらし療法)」が提唱される。
※生活療法は、@生活指導(しつけ療法)、Aレクレーション療法(あそび療法)、B作業療法(はたらき療法)の3要素から成り、精神療法、身体療法(薬物治療)と並ぶ治療法のひとつとして位置づけられた。またロボトミーの後療法でもある。

 「開放化運動の基盤にあった思想とは、生活療法に対する批判精神であり、作業療法と薬物療法への実践的批判でした。
 生活療法とは、生活指導と称するしつけを、入院患者の生活の隅々まで徹底し、院内適応を図ろうとするものでした。生活療法はロボトミーの後療法としてスタートし、おりしも普及しはじめた薬物療法に後押しされて全国的に広まりました。あたりまえの生活とはかけ離れた環境、生活を奪われた環境のもとで、こと細かに日常の所作を規制され矯正されるのが生活療法だったのです。療法の対象とされた患者は、過剰な院内適応が図ら<0076<れ、結果として退院と院外の生活は遠のくばかりでした。
 昭和30年代から40年代にかけて、増殖し続ける精神科病院を特徴づけたのは生活療法の思想でした。」(浅野[2005:76-77]*)
*浅野 弘毅 20050625 『統合失調症の快復――「癒しの場」から』,批評社,メンタルヘルス・ライブラリー13,192p. ISBN: 4826504233 2100 [amazon][kinokuniya] ※ m.

◆浜田 晋 19940506 『心をたがやす』,岩波書店,シリーズ生きる,257p. ISBN-10: 4000038117 ISBN-13: 978-4000038119 2446 [amazon][kinokuniya] ※ m.

 「すでに最新のロボトミーも行なわれていた。脳外科医がやるのではない。普通の精神科医がチョイチョイと手を洗って、頭蓋に穴をあけ、脳にメスをつっこみ、全く手さぐりで「この位でいいか」などと言いながら、実施するのである。モーニッツが一九三五年に始めた頃は、慎重であったようだ。適応症もきちんと決めて実施し、その後も十分にフォローしている。それがわが国に導入され、大学から大精神病院そして末端の精神病院へと流行してゆく過程で、適応症の規準もやり方もきわめてズサンに、ただ患者を「おとなしく<0083<させる手段」として手当たり次第に行われ出す。「もうかるから」と流行してゆく。
 私は、目の前の「精神医療」の現実に、大きな衝撃をうけ、精神科医への道をいったんあきらめた。逃げようとした。しかし今でもあの世界が私の頭の一極に鮮烈に残っている。 「鍵の内の世界」は、私がかつて見た「軍隊生活の世界」、不条理の世界であった。私はそこにある種「権力者」として身をおくことにおそれと戸惑いを感じたのである。」(浜田[1994:83-84])



◆19710327 東大医学部台弘教授が20年前に行った精神病患者への手術について告発がなされる→台(臺)人体実験批判

高杉 晋吾 19710615 『頭脳支配――おそるべき精神医療の実態』,三一書房,241p. ISBN-10: 4380710076 ISBN-13: 978-4380710070 \350 [amazon] m

 犯罪者と脳手術
 「このように二重、三重の防壁によって守られた脳の防壁を、もし他人が自由自在に扱うことができるなら、私たちの生命のあり方にまで他人が物理的に介入できることになり、そして思想に対してまで物理的に影響を及ぼすことが可能になるだろう。
 だから、個人の肉体、特にその中でも肉体の生命活動を司る脳への介入は、人権問題の最も根本にかかわる問題なのである。したがって、それに介入できる自由は誰にもない。
 だが、逆にいえば、だからこそ人間を、自分の意思通りに自由自在に操りたいとねがう者、国家権力と権力支配者は、脳支配のあの手この手の研究に全力をあげるのだ。」(高杉[1971:163])

 「これはもう、言葉をかえていうならば、廃人ということではないだろうか? 自我意識の破壊、そして行方のしれぬレール(それはどこへつながっているのか?)」の上をノロノロ走り続ける精神生活の廃疾者。人間の自我を破壊させる手術!」(p181)

 「病気は治り廃人化、それが治療か
 患者が廃人化しながら進められる「治療」とは一体何であろうか。そのような手術が一体人間の全生涯、命そのものの存否を問うような形で許されるのであろうか。ましてや歴史が葬り去った亡霊の如き手術を、さまざまな名目の下に復活させて患者の生涯そのものを手玉にとるようなことが、現在許されているのだろうか?
 脳の前頭葉切除術(ロボトミー)は、まさにこのような定説の確立した手術であった。これは少なくとも脳外科の歴史の一端を知る人なら疑うことのできない事実である。」(高杉[1971:185])

◆大熊 一夫 19730220 『ルポ・精神病棟』,朝日新聞社,292p. ASIN: B000J9NFOU [amazon] ※ m→198108 朝日文庫,241p. ISBN-10: 4022602449 ISBN-13: 978-4022602442 [amazon][kinokuniya] ※ m.

 「「アル中を電気ショック療法でなおす」などという精神医学の教科書にもないようなことが、精神科医の手でジャンジャン行われる――「ここが問題だ」と多くの人たちは思うに違いない。ところが、精神医療の世界では、脳みそに電流を通して、人間を変造することは、大した問題にはならない。電パチよりはるかに物騒なことが、十五年ほど前には日常の治療法としてまかり通っていたのだ。そして今日でも、少数ではあるがまだ続いている。それは脳にメスを入れる手術である。代表的なものに、ロボトミーがある。電気ショックもロボトミーも、程度の差こそあれ、人間をボケさせ、おとなしくする、という点で似かよっている。どちらも療法としてすたれてきたものの、とくに自殺企図者に効果あり、とされて、いまだに使われている点も共通している。」(大熊[1973:214-215])
 「ロボトミー手術そのものも安全ではない。絶命もあるし、癇癪の後遺症に悩まされることもある。手術で廃人にされたために、決定的に退院できなくなって、鉄格子の中で余生を送っている人を捜すのにそれほど骨は折れない。
 精神医学は、脳の働きについて、まだほんの一部しか知らない。なのに、その脳を対象とした手術方法のみ実施される。」(大熊[1973:216)
 「「死んじまえば病苦なし」という諺がある。なぜ、こんな残酷な手術が、今日まで続いているのか。考えてみれば不思議なことだ。[…]
 しかし、ロボトミーという「治療」と切りはなせぬ“心の殺害”は、はじめから、少なくとも日本で行われ始めたころからは、知ろうと思えば知ることができたのだ。ロボトミーの結果は術後にすぐ出る。きのうまで手がつけられなかった者が、すぐに手に負えるようになる、という具合に。しろうと考えにも、ぞっとする話である。それが“西瓜を割る”ごとく行われたのである。」(大熊[1973:217])

◆1973 北全病院でのロボトミー手術で提訴→1978 札幌地裁で原告側勝訴→1996 札幌高裁で和解成立

『精神医療』第2次3-4  特集:精神外科の実態,精神医療編集委員会 編 19740517 岩崎学術出版社,96p.

◆吉田 哲雄(東京都立松沢病院) 19740517 「序」,『精神医療』第2次3-4:1-3

 「精神外科とは何であったか。また、何であるのか。
 およそ人間の脳にメスを加え、あるいは針を刺入し破壊し、精神を変えようとする手術は、形や名称はどうあれ、精神外科に属する。これは脳腫瘍のような病める組織を除去する手術と異り、脳の特定部分の破壊を通じて脳の機能を変えるという意味で、機能的脳外科の一種ともよばれている。
 精神外科の正当性を信じて疑わない者たちは、手術術式の工夫や手術適応の確立に熱中する。 しかし、精神外科の是非を原則的に考え、精神外科の歴史をたどるとき、私たちは単なる医学論争に没入してはいられなくなるのである。 精神外科の問題とは、手術される者が人間としてうける仕打ちの問題である。
 精神外科の歴史は古いが、事実上の創始者はMonizである。そして彼が前頭葉白質切載術を行ったときの考え方は、決して周到な仮説とはいえない。しかもその10年後にこれをひきついでロボトミーとしてアメリカにひろめたFreeman とWatts の考え方は、Monizのそれと質的に異っている。
すなわち Monizは、症状としての病的な思考を消すことを目指した。彼はたとえば心気念慮や強迫症状のような病的な思考は脳内にでき上った特定のシナプス結合によって生じていると考えた。そしてこの結合をになう白質を物理的に破壊することによって症状を消すことをこころみた。
 この考えは広瀬によってすら無意味と断じられた(1957年)し、井村や西丸によってもそれぞれ「論理的に割り出された定説とはいいにくい(1949年)」「あまりに簡単な考え方である(1962年)」と評されている。
 ところで当時から、「脳を破壊しながら人格変化をおこすことなしに症状だけを消すことが可能であろうか」という当然の疑問が出されていた。具体的には、たとえば手術で強迫症状が消えた場合でもそれは術後の人格変化の結果ではないかというのである。
 ところがFreeman や広瀬は、むしろ症状を消すとはいわず、手術による人格変化こそが有効であるという、いわば居直った立場を表明している。すなわちFreemanらは、患者を一つの偏った状態からもう一つの別の偏った状態に変え、そのため人格を多少なりとも変えて失 うところはあっても、社会的適応性が増せばよいというのである。広瀬もこれに近く、ロボトミーの効果の核心は人格変化にあると明言した。目的はやはり社会的適応性をよくすることにあった。
 このように、適応性を尺度として人格変化を効果の核心とみなす立場は、本質的に、術者が被術者の人格を物理力によって非可逆的に支配しようとする立場である。
 ここで見逃してはならないのは、「おとなしくさせるためには脳を余計に切る方がよい」という、脳の破壊による人格の廃絶にむかう思想があり、そのごとくに実行されていたことである。その対象とされたのは、主としていわゆる「爆発者」や「興奮型の精神薄弱者、てんかん<0001<患者」である。これはGoltzの除脳イヌの行動にヒントを得たといわれる前世紀のBurckhardtの「興奮患者」を「おとなしい患者」にするための皮質切除術の延長がロボトミーの領域にひそかに混入してきたものとみることができる。
 さて、精神外科を代表する術式であるロボトミーによる人格変化は、さすがに批判者のみでなく実施者からも注目された。なかでもRylanderは1947年に、ロボトミーによって患者の心から大切なものが奪い去られることを詳細な事実にもとづいて指摘した。
 それ以来、実施者の間でも、「なるべく小さく、部位を限定して切る」という方向が生じたといわれている。すなわち、前頭葉白質を大きく切る標準型のロボトミーは、今なお一部で行なわれてはいるが、大勢としてはすたれ、帯回切除術、眼こう脳(こうは漢字)の皮質下白質切載術、さらには定位脳手術としての視床下部あるいは扁桃核切載術などが前面に出るにいたった。
 ところが、これらのより限局的な手術は、情動行動を調整すると称して、鎮静のために行なわれる場合が多い。このように、術式が近代化されるのと同時に、対象がいわゆる「興奮患者」にしぼられてきていることは注目に値する。視床下部に対する定位脳手術の実施者の一人は、「現代社会の中で精神外科の占める位置は重要なものであり、中でも、狂暴性を示す者に対する治療の意義は大きい(関野、1972年)」とい ている。そして現代の術式は、脳に深部電極を定位的に植込み、小型電算機で操作して行動を制御するところまできているのである。
 現代の精神外科の重点は、むしろ定位脳手術にうつりつつあるように思われる。それではその依拠する理論はどのようなものであろうか。
 「定位脳手術はそもそも精神外科として発達した」という見解をもつ佐野は、「前頭葉連合野はコンピューターのソフトウェアにあたり、それ以外の脳および神経系はハードウェアに相当すると考えられる。ハードウェアに侵襲を加え薬物で治療しがたい精神症状、行動異常などを改善しようというこころみは許さるべきものと考えられる(1972年)」といい、彼らのいうところの「兇暴症」に対して鎮静的脳手術を行なっている。
 これは外観は新しくみえるが、脳を非常に単純化した人間機械論的な考え方である。これでは到底、Monizの思想を笑えない。
 もとより私たちは、理論の単純さを笑うことですませてはならない。精神外科がこのような 粗雑な理論に依拠してまで行なわれることこそを見すえなければならない。このような理論しかもたないままに脳を破壊することが現実に許されてきたのは、機械論的・局在論的な疾病観のなせるわざというのみでなく、「どうせ相手は“精神障害者”なのだから」という意識に支えられてのことであろう。
 精神外科の手術の結果としての非可逆的な人格破壊、痙攣発作、とくにその重積、手術時の出血や手術死はいずれも重大である。しかも精神外科の問題は単にその結果にあるのみでなく、 その意図思想性にもある。
 人格廃絶のための処置としての精神外科の役割はむしろ明確である。
 一方、一応治療として考えてみた場合、治療にしても実験的色彩がきわめて濃厚である。ロボトミーの適応を確立するためということで、いかに多くの、さまざまな診断をつけられた人々が手術されていることか。「(ロボトミーは)万一の僥倖をめざした手術(中田、1942年)」とか「分裂病に対して卓効ありとはいえず、試験期を脱していない(内村、1948年)」ともいわれているのだ。
 また、精神外科の目的は、治療の試みというにしても治療のみにあるとはいえない。むしろ、手術が前頭葉その他脳の機能を解明するのに役立つという意味で期待され評価された形跡が明らかにある。1948年のリスボンでの国際精神外科学会についても、「あたかも脳の生理実験にも比すべき色彩を濃化している(上村)」といわれている。このような学者の風潮が手術実施<0003<に拍車をかけたことはうたがいない。最近の定位脳手術においても、たとえば視床内髄板破壊術の成果としての論文が、その治療効果よりもむしろ「内髄板の機能解剖について」(吉益、1972年)という形で結実している。
 さらに、ロボトミーが台実験のような大脳皮質採取の機会を提供したことは周知の事実である。最近でも、熊本の宮川実験のように、ロボトミーと脳生検との結びつきもみられる。脳生検そのものも、精神外科と近縁の行為として十分批判的に検討すべきだが、精神外科のもつ実験的性格は、過去から現在にまでおよぶ重要な問題点の一つである。
 このような精神外科についての批判的検討は今日までどのようになされてきたであろうか。
 ある先人はいう。「当時は誰もがロボトミーをやっていた。一般外科医すらやっていた」と。あるいは「他の治療法でどうにもよくならなかった場合に最後の手段として行ったのだ」と。
 しかし、当時ロボトミーなどを積極的に導入した国はイタリー、ブラジル、アメリカなどであり、ドイツ、ソ連はとりいれていない。精神外科は決して地球上の精神医療をおおいつくしたわけではない。
 また日本でも、「精神病は脳病ではない」という観点から精神外科を否定していた者、「脳に人工的に非可逆的な器質損傷を加えてはならない」とする原則的な立場の者が精神医療の現場にいた。しかしこれらの声が公のものとしてほとんどのこされていないのは残念である。
 いずれにせよ、当時はどうあれ、今私たちは精神外科の問題に徹底的にとりくむべき時をむかえているのである。
 最後に脳生検についていえば、脳生検は精神外科よりものちになってさかんになった。それは、神経化学や電子顕微鏡による検索の発達と 不可分(神経化学〜不可分:傍点)である。また、脳に外科的侵襲を加えることに慣れた者にとっては、脳生検は大した問題ではなくなってしまったようである。そして現在、明確な批判、反省のないままに、諸国で着々と実施されている。その対象の多くは、おそらくいわゆる痴呆患者精神薄弱者であり、とりわけ「学用患者」であろう。
 たしかに、1965年にチューリッヒでひらかれた国際神経病理学会の一般演題の中で、Biemondが脳生検の倫理的法的な問題についてのべた。彼は、他のあらゆる手段で診断がつかないときに脳生検によって診断することは許されるという。そして条件として、汎発性、進行性の疾患であること、同意を得るべきことなどを挙げている。これはどちらかといえば、脳生検をやりたい者の立場である。しかし、彼とても、自分の基準を普遍妥当的なものといってはいない。むしろ「いかなる場合にも脳生検をしてはならない」という立場の存在を認め、一定の敬意を表明している。そしてそのときの会場では、治療に直接むすびつく脳生検のみが許されるという発言があった。それ以後おそらくこれといった討論が乏しいままに現在に至ったと思われる。
 脳生検についても、一つ一つの具体的な実例(具体的な実例:傍点)を通じてとりくむことがもっとも実りある方法であろうし、現代の精神医療にかかわる私たちの責務でもあると考える。」(吉田[1974:3]、全文引用、下線部は原文では傍点、挙げられている文献に対応した文献表は原文になし)

◆1974   第1回全国精神障害者交流集会 於:東京
 その場で全国「精神病」者集団結成
 決議:「保安処分新設反対、精神外科を禁止せよ、電気ショック療法に対する患者の拒否権を与えよ、自由入院を拡大せよ、今日の精神衛生法体制に反対する、優生保護法に見られる精神障害者差別に反対する、通信・面会の自由権を承認せよ」等
 (http://popup.tok2.com/home2/nagano2/history.htm

◆友の会 編 19740801 『鉄格子の中から――精神医療はこれでいいのか』,海潮社,254p. ASIN: B000J9OWUQ \1500 [amazon] ※ m.

 「ロボトミー手術の後遺症に悩む
 退院する一ヶ月前に、医長先生の先輩の某市の開業医院に連れて行かれて、ロボトミー手術を、理由なくやるといわれたので、私は絶対に手術を受けないと言い張ったのですが、医長先生の先輩と、先生の奥様(元看護婦)を助手として、医長立合いで強制的に手術され、二週間後に病院を退院しました。
 今になって考えてみると、人体実験をされたように思われます。」(友の会編[1974:130])

◆1975 日本精神神経学会「精神外科を否定する決議」

◆1975 秋田・横手興生病院に対し、A支会(ロボトミーを糾弾しAさんを支援する会)自主交渉闘争を開始

◆Illich, Ivan 1975 Medical Nemesis:The Expropriation of Health,Marion Boyars→1976 Limits to Medicine:Medical Nemesis:The Expropriation Of Health,with Calder & Boyars Ltd. London =19790130 金子 嗣郎 訳,『脱病院化社会――医療の限界』,晶文社,325p. ASIN: B000J8JFJU [amazon] ※

 「ロボトミーを受けた患者は、痛みを強制的にとりあげられた極端な例である。彼らは「家庭内の病人、あるいは家族のペットのレベルで適応している」。ロボトミーを受けた患者も痛みは感じるが、それを悩む能力がない。」(Illich[1975→1976=1979:112])

◆1975 『カッコーの巣の上で』(One Flew Over The Cuckoo's Nest)公開

◆仙波 恒雄・矢野 徹 19770310 『精神病院――その医療の現状と限界』星和書店,345p. ASIN: B000J7TT42 3300 [amazon]※ m. i05.

 第六章 くすり・作業・レクリェーション
 「やがて三〇〜五〇年服用することになれば、その結果は精神外科におけるロボトミー批判の如く、薬物療法批判をうける時期が来るであろうと考える。
 故に、薬物は必要な時期(比較的短期間)には十分に吟味しつつ使用し、常に症状に合わせて、できるだけ最小限量を使うことに医師は強い関心をもっていな ければならない。長期にわたり、薬物治療指針の許可範囲であるからといって、安心して大量の薬物を使用することは慎むべきである。」(仙波・矢野[1977:156])

◆1979 ロボトミー殺人事件

◆1979/05/13 『赤堀中闘委ニュース』第4号(赤堀中央闘争委員会)

 「新潟大精神科糾弾の闘い
  新潟赤堀さんと共に闘う会
 […]
 私にかけられた攻撃は私だけではありません。今もなお全国各地の精神病者といわれる同胞に大なり小なりの形で起きているのです。この怒りを私たちはどこへ訴えたらよいのでしょうか。新潟大学は今もなお「暴力行為=必要悪」とし学会でも決議されている面会、通信の自由にも認めずにいるのです。またあの悪名高いロボトミーを日本で初めて行ない、ロボトミーのメッカともいわれた大学です。そして今、誇らしげに「脳外科では世界的レベル」と言っていますが、その影には数知れない精神病者が犠牲になっていることを、忘れてはならないと思います。」

◆1979/06 全国「精神病」者集団ニュース(連絡会議報告)

 「第四回集会
 六月九〜十日に名古屋で行われた第四回全国「精神障害者」交流集会について、次のような意見や感想がだされました。これらをふまえて、総括をしていきたいと思います。
 […]
・六月十日交流集会
 医師や医療への怒りと患者の痛みで、この集会は本来あるべき姿といえる。「来てよかった。」という人が多かった。第三回集会のように一方的でなく、ロボトミー被害者の生々しい声も聞けて討論がもりあがりよかった。しかし、政治力が弱い。提起即決議をやるべきで、ロボトミー問題がでて、ロボトミー決議をとるべきだった。」

◆ロボトミー糾弾全国共闘会議(ロ全共) 1979/10/25 『ロボトミー徹底糾弾』第1号

◆1979/09/30 ロボトミー糾弾全国共闘会議(ロ全共)結成

◆『全国「精神病」者集団ニュース』197911

 「(4)「ロボトミー糾弾全国共斗会議」の加入について
ロボトミー糾弾斗争の全国的な結合をかちとり、精神外科廃絶をめざしてたたかいつづける「ロボトミー糾弾全国共闘会議」(ロ全共)の結成が9月30日、東京の南部労政会館で開かれました。それで、「病」者集団も加入することになりました。
精神外科は、脳を破壊して、精神をかえることは医療ではないこと、又、人体実験の要素が強いこと、そして、本人の同意があっても許されないことは、この間論議のなかで確認されてきましたが、未だに厚生省は、治療指針から精神外科をはずしていないことを徹底的に追求してゆかなければなりません。
ロボトミー廃絶にむけて、斗い抜こう!
(5) 本年9月27日、東京都小平市で、脳外科医の妻と母が刺し殺された事件があった。警察は、この事件を単なる強盗殺人事件として片づけようとしている。
 しかし、真実は、桜ヶ丘保養院のロボトミー医師=藤井謄に、被術者が正義の復讐をしたことにある。私たちは殺人を否定するが、Aさんが藤井に殺意をいだき、実行しようとしたことは、実に、ロボトミー被術者の正当な行為に他ならない。私たちはこの事件を契起として、桜ヶ丘保養院の没医療をはじめとする実態を暴露しなければならない。
 今後、「病」者集団も保安処分の動向とにらみあわせて、Aさんの支援の方向を追求してゆきたいと思います。」

◆『全国「精神病」者集団ニュース』197912

「ロボトミー糾弾全国共闘会議への加入について
 精神外科廃絶にむけて学習会を持ち、要請、質問等を持ちながら正式に加入することが決定されました。」

◆『全国「精神病」者集団ニュース』198001

 「第五回全国集会について
 昨年六月十日の第四回全国集会に続き、情勢をみきわめ、そして患者間のより共通した課題を設定し、第五回集会を今秋をメドに行うことを目標にしています。
 テーマは、第四回集会で会場にあふれんばかりに行われた精神医療に対する告発(ロボトミー、電気ショック等)の流れを今一度はっきり確認し、精神病院に対する告発と現行精神医療告発をテーマにすえたいと思います。それは、全「病」者にとって未成熟で犯罪的な精神医療の実体を暴露し、患者サイドにたった医療をとりもどそうとしていく為のものであり、全「病」者の普遍的な課題として設定していきたいと思います。加えて精神医療の良否は、私達が生活を求め労働を求めていく為の前提的条件であり、又しかし、生きる為のネックとして認識するからです。
 以上、これらの一九八〇年方針のもとに運動をすすめていく事が語られました。」

◆『全国「精神病」者集団ニュース』198004

「5月6日 青森県弘前市でSさんのロボトミー糾弾裁判闘争がありました。」

◆『全国「精神病」者集団ニュース』198005

「日本精神神経学会 報告

第76回日本精神神経学会総会が、5月23日から25日まで浜松市民会館で行われました。私たち全国「精神病」者集団は赤掘中央闘争委員会、島田事件対策協議会、静岡赤掘さんと共に闘う会、仙台赤掘さんと闘う会、新潟赤掘さんと共に闘う会の支援共闘のもとに、10余名が参加しました。

[…] 24日午後の総会は、定足数に達せずまたも集会となりました。総会では「病」者集団から訴えるビラ(同封)を配布しました。
この集会では保安処分に反対する決議などが行われました。
そして赤掘問題委員会から、赤掘さんとの文通面会を継続していることや、パネルヒーター設置要求、署名活動を行っていることなどが報告されました。この署名は会場で多数集められました。アムネスティ・インターナショナルからは、死刑は残酷な刑罰であり、死刑廃止に関する署名に協力するよう訴えがありました。
またロボトミー被害者からは、裁判支援を求めるアピールが行われました。」

『全国「精神病」者集団ニュース』1980.6

 「「病」者集団は反医療としてのロボトミー廃絶にむけロボトミー糾弾全国共闘会議(ロ全共)に共闘参加していますが、ロ全共からパンフ「悪魔のメス、ロボトミーを葬り去れ」創刊号が出版されました。必要な方は下記のところへ申し込んでください。
(削除)
伊藤彰信方 ロボトミー糾弾全国共闘会議」

◆『全国「精神病」者集団ニュース』198007

「B 七月一一日ロボトミー裁判M氏訴訟(名古屋地裁)が、結審し十月ニ四日に判決がでる事になりました。十月二四日の判決日にはできるだけ多くの仲間が名古屋地裁に結集して斗いぬこう。
C ロボトミー糾弾全国共斗会議ニ回大会に「病」者集団としてアピールを送りました。
D 青森県で弘前ロボトミー訴訟を斗いぬいているSさんと支援者が、ロ全共二回大会の帰途、事務局を訪れました。そして、裁判の現状・問題点・また青森の運動などを話しあい交流を深めました。」

◆ロボトミー糾弾全国共闘会議(ロ全共) 1980/08/01 『ロボトミー徹底糾弾』第6号
 *全文を掲載しています。

◆『全国「精神病」者集団ニュース』198007

「B 七月一一日ロボトミー裁判M氏訴訟(名古屋地裁)が、結審し十月ニ四日に判決がでる事になりました。十月二四日の判決日にはできるだけ多くの仲間が名古屋地裁に結集して斗いぬこう。
C ロボトミー糾弾全国共斗会議ニ回大会に「病」者集団としてアピールを送りました。
D 青森県で弘前ロボトミー訴訟を斗いぬいているSさんと支援者が、ロ全共二回大会の帰途、事務局を訪れました。そして、裁判の現状・問題点・また青森の運動などを話しあい交流を深めました。」

◆『全国「精神病」者集団ニュース』1980.9

0の会(愛知)
[…]
10月24日 名古屋地裁でのロボトミーM氏訴訟の判決公判闘争に参加します。」

◆『全国「精神病」者集団ニュース』198102

ロボトミーは頭がい骨に穴をあけて人間の喜怒哀楽や意志をつかさどる大脳の白質を切る手術で、精神外科の一つとして精神病の「治療」として行われてきたものです。
しかし、ロボトミーをうける対象者である我々は、その手術そのものや、あるいは後遺症など直接的に知らされず、強制的にやられてきました。
本来の医療原則からみれば、医学「本人の利益」のためにあるべきものを否定し、秘術者を社会的に「おとなしく」させる社会防衛論の立場から行われてきたことが事実です。
我々にとってロボトミーは否定すべき「治療法」と考えます。
M氏はそうした本人の利益に結びつかない危険な手術をされ、今もその後遺症に悩み、ロボトミーされたことを不当医療行為として1973年、名古屋地裁に訴えを起しました。
本年、3月6日、この裁判の判決がでます。私達は「病者」の利益につながらない、ロボトミーを糾弾する闘いに注目し、廃絶をめざす立場において判決公判闘争に参加しましょう。
日時 3月6日午前10時
場所 名古屋地裁民事1階大法廷
※判決前にデモが行われますので、デモの参加者は同日、9時30分ライオンパーク
(大津橋)に結集して下さい。」

◆『全国「精神病」者集団ニュース』198205

 「☆ロボトミー裁判
 一・二七 Aさんのロボトミー裁判が、東京地裁で行われました。(第二十四回)Aさんのロボトミー不当裁判がすでに時効で門前払いをしようと意図する訴訟指揮であったと報告がありました。」

◆佐藤 友之 1984 『ロボトミー殺人事件――いま明かされる精神病院の恐怖』,ローレル書房,259p. ISBN-10: 4795231125 ISBN-13: 978-4795231122 [amazon][kinokuniya] ※ m. ps.

◆秋元 波留夫 19850523  『迷彩の道標――評伝/日本の精神医療』 ,NOVA出版,290p. ISBN-10: 4930914191 ISBN-13: 978-4930914194 \2940 [amazon][kinokuniya] ※ m. ut1968.

 「南雲の私あての書簡は、彼もまた林の精神的な弟子のひとりであり、その伝統を発展させる気概を抱いていることを示していると思う。
 ≪[…]戦後ロボトミーが流行した時、脳の傷害を重ねると一貫して反対され、事実岡山では一例も手術例がありません。戦後間もない頃、岡大病院の精神科個室の暖房が止まったことに怒りを発せられ、自分の年末のボーナスをあて、暖房を確保したとのことです(金光婦長の話)。岡山大学学長をやめられた時、退職金で大学前の大通りの両側に銀杏の並木をうえられたことも有名な話です。≫(昭和六十年一月二十七日付著者あて書簡の一部)」(秋元[1985:283])

◆大熊 一夫 19870401 『精神病院の話――この国に生まれたるの不幸・一』,晩聲社,278p. ISBN-10: 4891881615 ISBN-13: 978-4891881610  1545 [amazon] ※ m.

 「その他薬剤の使用量もすさまじい。たとえばロボトミーされる前のSさんは、一日にクロールプロマジン四五〇ミリ、セレネース二〇ミリ、アタラックス二ミリ、ホリゾン十五ミリという多量の向精神薬(強い精神安定剤)を飲まされていた。これは、もし私たちが飲んだら腰が抜けてヘロへロになる分量である。また「入院患者がこっそり捨てたクスリで水洗便所がつまったこともある」と証言する看護婦もいる。」(大熊[1987:136‐137])

◆19880207 精神衛生法撤廃全国連絡会議 「精神外科手術に象徴される精神医学の差別性」について

◆笠原 嘉・武正 建一・風祭 元 編 19910425 『必修 精神医学 改訂第2版』,南江堂,362p. ISBN-10: 4524248064 ISBN-13: 978-4524248063 7500 [amazon][kinokuniya] ※ m.

第4編 治療法
 身体的治療 稲見 允昭・三浦 貞則 263-283
  B.その他の身体的療法
   「5.精神外科療法
 1935年にモニス Moniz, A. E. によって始められた。前頭葉と間脳との神経連絡を外科的に遮断することによって前頭葉脱落症状を起こさせる。前頭葉白質切截術 frontal lobotomy や白質切除術 lobectomy などがあるが、外科的侵襲による人格水準の低下が著しく、結果が一様でないために、わが国では行われなくなった。」(稲見・三浦[283])

◆Valenstein, Elliot S. 1998 Blming the Brain: The Truth About Drugs and Mental Health , Free Press,a division of Simon&Schuster,Inc.=20080212 功刀浩監訳,中塚公子訳,『精神疾患は脳の病気か?――向精神薬の科学と虚構』,みすず書房,325+xiv p. ISBN-10: 4622073617 ISBN-13: 978-4622073611 4410 [amazon][kinokuniya] ※ m.

 「前頭葉ロボトミーの先駆者だったウォルター・フリーマンらはクロルプロマジンの効果を「化学的ロボトミー」と呼ぶこともあった。前頭葉ロボトミーとクロルプロマジンによる治療法が、困難な患者を制御するのに交互に利用された。」(Valenstein[1998=2008:34])

◆八木 剛平・田辺 英 19990724 『精神病治療の開発思想史――ネオヒポクラティズムの系譜』,星和書店,271p. ISBN-10:4791104005 ISBN-13:978-4791104000 \2940 [amazon][kinokuniya] ※ m

 第1部 近代医学の光と影
  第1章 近代医学の基本思想
  第2章 近代医学と精神病者
   1,17世紀の隔離・監禁 
   2,18世紀の拷問的治療
   3,19世紀の治療ニヒリズム
   4,20世紀前半の原因療法
    (1)ロボトミー

◆風祭 元 20010530 『わが国の精神科医療を考える』,日本評論社,292p. ISBN-10: 4535981906 ISBN-13: 978-4535981904 2920 [amazon][kinokuniya] ※ m.

 「(6)精神外科療法(ロボトミー)
 ロボトミー(前頭葉切載術)は、ポルトガルのモニス(Moniz,E.)が一九三二年に、苦悶の強い初老期うつ病の患者の両側前頭葉の白質を切断、あるいは無水アルコールを注入して精神症状の著しい臨床的改善を認め、また、一九三六年に米国のフリーマン(Freeman,W.)が方法をやや簡易化した前頭葉切裁術(Prefrontal lobotomy)を開始し、全世界で各種の精神障害の治療に用いられるようになった。一九四八年八月にリスボンで第一回国際精神外科学会が開催されたが、当時全世界から約五〇〇〇例の手術例が報告されたという。一九四九年にはモニスにノーベル賞が授与された。
 わが国では一九三九年頃から脳外科医の中田により前頭葉切除術、前頭葉切載術の追試が行われた。終戦後に、この治療法は精神科領域で注目を浴び、一九五〇年の第四五回精神神経学会の宿題報告までに約二〇〇〇例の手術が行われた。しかし、わが国の当時の指導的な精神科医は精神外科には批判的で、松沢病院で二〇〇例以上の患者にorbital leucotomyを行ってモノグラフ『ロボトミー』を著した広瀬(2)も「脳髄のような複雑精緻な器官に対して種々な外科的侵襲を行い、先天的あるいは後天的に欠けた機能を再生するということも、また病的に亢進した機能を正常に戻す事もまず考えられない。要は、精神機能全体の平衡調和の歪曲に基づく精神症状を目標として手術を行い、一部機能を破壊減退せしめ、新しい平衡状態を招来して症状の軽減あるいは消失を図る」とこの治療法の目的を述べている。<0088<
 松沢病院の経験では、頑固な妄想型分裂病に有効であったが、広瀬はその後術式を工夫し、むしろ難治性のうつ病や強迫神経症に有効であるとしたが、向精神薬療法の導入とともに行われなくなってしまった。」(風祭[2001:88-89])

◆坂口 志朗  20020325 「精神障害者と「こころを病む」人びと」,川上編[2002:403-465]*
川上 武 編 20020325 『戦後日本病人史』,農村漁村文化協会,804+13p. 804+13p. ISBN-10: 4540001698 ISBN-13: 978-4540001697 \12600 [amazon][kinokuniya] ※ h01 ms

 「一九四七年に松沢病院で開始されたロボトミーは、またたくまに全国の精神病院にひろがり、五〇年には精神外科が日本精神神経学会の宿題報告として取り上げられ、戦後の一時期はその全盛期であった(12)。[…]しかし五五年ごろより向精神薬が使われるようになると、その効果が顕著であったこともあって、ロボトミーはそのマイナスの面―人格変化をともなう脳障害の存在が明らかにされて批判にさらされ、急速に治療法としての生命を失った。それだけ向精神薬は精神の病の治療に画期をもたらしたといえる。向精神薬による薬物療法は、それまでの治療法に比べ手軽で、しかも効果が現れやすかっただけに、安易な投与や大量療法へ結びつくことにもつながり、薬物一般に共通する弊害を生み出すことにもなった。しかし、それまで「治せない」として医学的対象の外に置かれていた精神の病を、「治せる」可能性があるものとして、治療への積極的取り組みを引き出した点で、<0408<向精神薬の導入は画期的なできごとであった。」(坂口[2002:408-409])

◆長野 英子 2002/05/06 「ハンスト宣言」

 「[…]私はこうした当事者(=「触法精神障害者」とラベリングされた同胞)抜きの議論を一切認めない。
 桜庭章司さんを「肝臓検査」とだましてロボトミーしたのは誰か?」[…]」

◆ばびっち佐野 2002/10/26 「旅人さん、ロボトミーのやりかたいろいろです。」  『地上の旅人』 http://mental.hustle.ne.jp/log/log1zw.html

 「ロボトミー手術(Lobotomy):1935年、ポルトガルの神経科医モーニスによって創始された。アメリカでもてはやされた。前頭葉の機能に関して生理学的・臨床医学的観察を重ね、はじめは前頭葉白質内に無水アルコールを注入し神経線維を凝固させることを試みたが、ついで白質切截器(ロイコトーム)を用いて手術を行った。その根拠には「神経細胞シナプス」理論があり、神経線維の密集している前頭葉の白質を手術によって破壊することにより、神経インパルスのチャンネルを変えることにより症状の軽快を狙った。その後大脳半球剔除術(右か左の半球外套を全部取り除く)、ロベクトミー(Lobectomy:大脳の前頭葉、側頭葉など大部分を切除)、ロイコトミー(Leucotomy:大脳白質を吸引する)、トペクトミー(Topectomy:大脳皮質の一部を切除)、定位脳手術(大脳核に針電極を挿入し電気的に焼灼破壊する)等に発展した。わが国では1942年、新潟大学外科学教授中田瑞穂によって最初のロボトミーが行われ、学会に報告されたが精神科医の関心を惹かなかった。精神病院においては昭和22年、松沢病院において広瀬貞雄によって行われた。しかし、わが国でロボトミーが流行したのは戦後である。これはモニツがその業績に対してノーベル賞を受賞した(1949)ことに触発され、また戦後混乱の中、物資不足によりインシュリンショック療法を行うのも困難で電気ショック療法も節電のため電気を消していた時代だったため精神外科が流行した。広瀬はロボトミーを改良し orbito-ventromedial undercutting を開発し昭和22年より15年にわたり 468例を報告している。生存者309例で114例が退院、内76例が就職・家事に従事している。精神外科療法が問題視されるようになったのは東大教授臺弘の過去の業績に対して人体実験だと東大講師石川清が朝日新聞に告発したことに発する。これは赤レンガ側の石川が臺教授のあらさがしをするという低次元のものであったが精神神経学会に影響をもたらした。この時、ナチス・ドイツの人体実験を裁いたニュールンベルグ裁判の判決(1947.8)中の10原則が引用された。1964年にはヘルシンキ宣言により精神外科は衰退し、現在はほとんど行われていない。」

◆風野 春樹 2003/05/20 「ロボトミー」http://psychodoc.eek.jp/abare/lobotomy.html,『サイコドクターあばれ旅』http://psychodoc.eek.jp/abare/index.html

 「当サイトのアクセスログを見ていると、必ず1日に2、3人くらいの割りで「ロボトミー」で検索してくる人がいる。みんな、そんなにロボトミーのことを知りたいんでしょうか。
 ロボトミーについてはこれまでにも、だいたいのところは私家版・精神医学用語辞典のロボトミーの項にまとめてあるのだけど、今回は、そのときあまり触れなかった日本のロボトミー情報について書いてみよう。
 日本で初めてロボトミーが行われたのは1942年(昭和17年)。新潟医大外科の中田瑞穂教授だそうだ。当時はあんまり精神科からの反応はなかったらしいが、戦後になるとアメリカ医学の影響で盛んに行われるようになる。日本のロボトミーの第一人者である広瀬貞雄が1954年(昭和29年)に書いた論文「ロボトミー後の人格像について」によれば「著者は昭和22年以来360余例の各種症例にロボトミーを行い、手術前後の精神状態の変化を仔細に観察し」てきたそうだ。7年で360例。広瀬医師だけでも1年で50例以上ということになりますね。なんでも、日本中でロボトミーを受けた患者数は、だいたい3万人〜12万人くらいになるとか。統計とってなかったんですかね。幅ありすぎ。
 なお、この論文には、実際にロボトミー手術を受けた症例がたくさん載っているが、だいたい以前紹介した例と似たり寄ったりなのでここでは紹介しません。かわりに、ロボトミー肯定派である広瀬貞雄先生の言葉を引用しておこう。

 「我々の今日までの現実的な経験としては、ロボトミーは臨床的に有用な棄て難い利器であり、従来の療法ではどうしても病状の好転を来たすことができず、社会的にも危険のあったものがロボトミーによって社会的適応性を回復し、或は看護上にも色々困難のあったものが看護し易くなるというような場合をしばしば経験している」

 「精神病院内に、甚しく悩み、また狂暴な患者が入れられているということは、戦争や犯罪やアルコール中毒の惨害以上に一般社会の良心にとって大きな汚点であるとし、このような患者がロボトミーで救われることを肯定する議論もある。1952年にローマ法王PiusXIIは、その個人の幸福のために他に手段のない限り肯定さるべきだという意味の声明をした」

 なお、この広瀬先生も、ロボトミーによって患者の性格が変化し、環境への積極的な関心や感受性が減り、内省したり将来を予測して行動する能力が低下することは認めてます。でも、それ以上にプラスの変化の方が大きい、と広瀬先生は言うのですね。
 さて、当初から批判の声が多かったロボトミーは、薬物療法の発達と人権意識の高まりに伴い、1960年代後半から徐々に下火になっていく。しかし、一部の病院ではその後も手術は続き、日本精神神経学会で「精神外科を否定する決議」が可決されてロボトミーがようやく完全に過去のものとなったのは、1975年のことである。

 そして、誰もがロボトミーを忘れ去った1979年、ある衝撃的な事件が起こっている。都内某病院に勤務する精神科医の妻と母親が刺殺されたのである、やがて逮捕された犯人は、1964年この医師にロボトミー手術を受けた患者だった。彼は、手術でも奪うことのできないほどの憎しみを15年間抱きつづけ、そしてついにその恨みを晴らしたのである。
 ロボトミーが大きな話題になったのはおそらくこのときが最後。そしてロボトミーは歴史の闇に消えていった。しかし今も、かつてロボトミー手術を受けた患者たちは精神病院の奥で静かに時をすごしている。そうした患者たちについても、すでに書いた。 」

◆Slater, Lauren 2004 Opening Skinner's Box: Great Psychological Experiments of the Twentieth Century, W W Norton & Co Inc, 256p. ISBN-10: 0393050955 ISBN-13: 978-0393050950(ハードカバー)[amazon][kinokuniya](ペーパーバック: 2005 W W Norton & Co Inc; Reprint版, 288p. ISBN-10: 0393326551 ISBN-13: 978-0393326550 [amazon][kinokuniya])=20050831 岩坂 彰 訳,『心は実験できるか――20世紀心理学実験物語』,紀伊國屋書店,405p. ISBN-10: 4314009896 ISBN-13: 978-4314009898 2400+ [amazon][kinokuniya] ※ m. ps.

◆El-Hai, Jack 2005 The Lobotomist: A Maverick Medical Genius and His Tragic Quest to Rid the World of Mental Illness,New York: Wiley,368p. ISBN-10: 0470098309 ISBN-13: 978-0470098301 [amazon][kinokuniya]=20090723 岩坂 彰 訳  『ロボトミスト――3400回ロボトミー手術を行った医師の栄光と失墜』 ,ランダムハウス講談社,496p ISBN-10: 4270005165 ISBN-13: 978-4270005163 2940 [amazon][kinokuniya] ※ ps. m. e04.
cf.
児玉 真美 2008/01/25 「ロボトミー被害者が手記を出版」
 『Ashley事件から生命倫理を考える』
 http://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara/31092352.html

◆Dully, Howard ; Fleming, Charles 2007 My Lobotomy: A Memoir, Three Rivers Press→2008 ペーパーバック版,Broadway, 304p. ISBN-10: 0307381277 ISBN-13: 978-0307381279 [amazon][kinokuniya]=20091130 平林 祥 訳, 『ぼくの脳を返して――ロボトミー手術に翻弄されたある少年の物語』 ,WAVE出版,400p. ISBN-10: 4872904443 ISBN-13: 978-4872904444 1900+ [amazon][kinokuniya] ※ m. ps.

児玉 真美 2008/01/25 「ロボトミー被害者が手記を出版」
 『Ashley事件から生命倫理を考える』
 http://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara/31092352.html
 http://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara/archive/2008/01/25

児玉 真美 2008/02/04 「向精神薬はロボトミーとそれほど違わない?」
 『Ashley事件から生命倫理を考える』
 http://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara/31793112.html
 http://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara/archive/2008/02/04

ぬで島 次郎 2008/02/07 「脳科学:精神外科の歴史に学び、研究倫理を」
 『毎日新聞』2008年2月7日・東京夕刊
 http://blogs.yahoo.co.jp/kebichan55/40161729.htmlに全文引用

 「脳研究への関心が高まっている。子どもの教育から高齢者の認知能力アップまで、様々な応用に期待が寄せられていることが背景にある。ビデオやゲームによる刺激が脳にどのような変化をもたらすか計測する様子を、目にする機会が増えた。
 そうしたなか、昨年八月、脳損傷患者の脳に電極を埋め込み電気刺激を与えたら、意識状態が改善したとの報告が出て話題になった。ゲームをさせるくらいならまだしも、電気刺激は侵襲の度合いが深く、そこまでしていいのかと不安になる。
 この脳深部刺激(DBS)という医療技術は、疼痛(とうつう)やパーキンソン病の治療にすでに使われており、精神疾患にも応用されているものだ。実用化が始まった一九六〇年代末から七〇年代には、行動や精神の制御につながると問題にされたが、その後は臨床現場での普及が進み、論議の対象にならなくなった。ヒトゲノム研究がもたらす倫理問題に関心が集中し、その陰に隠れてしまった感がある。
 私は、ゲノムやクローン研究には倫理がうるさく言われるのに、脳研究にはさほど言われないのを不思議に思ってきた。人の尊厳にかかわるといったら、DNA配列の解析より脳への介入のほうがよほど脅威ではないか。たとえば、教育の効率を高めるために子どもの脳にどういう働きかけをすればいいかを研究する計画がある。こうした実験がどこまで、どのような条件で許されるか、脳科学の研究倫理の確立が急務になっている。
 そこで私が重要だと思うのは、精神外科の歴史と現在の問題である。悪名高いロボトミーを代名詞とする精神外科は、脳科学倫理ではほとんど取り上げられることがない。今の脳科学には関係ない昔の話、という感じだ。だが調べていくと、精神外科の勃興(ぼっこう)と衰退が、そのときどきの脳研究と結びついて、現在の先端治療にもつながっていることが分かる。脳深部刺激の基盤技術(定位脳手術による電極埋め込み)は、ロボトミー手術の改良の試みから生まれてきたものなのである。
 十九世紀末以来今日まで、脳科学が力を注いできた焦点の一つに、大脳の前頭前野(額の奥のあたり)の研究がある。精神外科は、一九三〇年代から五〇年代にかけて、その研究結果に基づいて手術個所が決められて行われ、手術の結果が脳研究にデータを提供し知見が蓄積されるという歴史があった。前頭前野とそのさらに奥の大脳基底部とのつながりを切断すれば、精神病などを治療できると考えられたのである。そうして臨床例が積み重ねられた結果、手探りで大きく脳を切るロボトミーは廃れ、代わりに、切る位置と量を局限する定位脳手術が開発された。その手法が機能的神経外科という分野で別個に展開し、今に至っている。
 脳の基礎研究と脳手術の臨床とは、表裏一体で進んできた。そして今でもなお、前頭前野と大脳基底部のつながり方は分からないことが多く、仮説に留(とど)まっている。その仮説に基づいて、精神外科手術は欧米の少数の拠点を中心に行われ続けており、精神疾患の治療法として見直す動きが出てきている。脳研究が進めば、どこを切ればいいか確実に分かるようになるとの期待もある。
 このように精神外科の歴史は脳科学の現在につながっていて、将来にも影響を与えるだろう。だからきちんと知っておく必要がある。長年一流の研究者が相手にしながら、脳は今も未知の部分が多く、人間の本質を知ろうとするうえで不可思議な対象だ。それに見合った畏(おそ)れと謙虚さを、研究者と、研究の成果を享受する一般人がいかに深く抱き続けられるかが、今後の脳研究の質を左右するだろう。精神外科の過去と現在は、そのための格好の教材になると思う。(ぬでしま・じろう=生命倫理政策研究会共同代表)」(全文)

◆2008/02/17 「精神外科手術の復活と子どもの未来」
 http://blogs.yahoo.co.jp/kebichan55/40161729.html
 『精神科医の犯罪を問う』
 http://blogs.yahoo.co.jp/kebichan55

 「例の事件がこんなことになっているとは知りませんでした。

服役中の自死権認めず 仙台地裁、受刑者の請求棄却
 宮城刑務所(仙台市若林区)で服役中の男(79)が自殺を妨げられない権利「自死権」の確認と、刑務所が自殺を認めないことに対する160万円の損害賠償を国に求めた訴訟の判決で、仙台地裁は15日、男の請求を棄却した。
 男は長期の服役による身体の不調を訴え、「生きていても仕方がない」などと主張していたが、近藤幸康裁判官は「自死権が認められる憲法・法律上の根拠はない。身体状態や刑務所の処遇状況にかかわらず自死権の根拠はなく、請求は前提を欠く」と指摘した。
 男は1979年9月、脳の前頭部を薄くはぎ取る脳外科手術(チングレクトミー)で後遺症となったことを恨み、主治医だった東京都小平市の精神科医宅で、医師の妻と義母を殺害。強盗殺人罪などに問われ、一審東京地裁八王子支部、二審東京高裁とも無期懲役を言い渡した。最高裁は96年11月、男の上告を棄却し、判決が確定した。
河北新報社 2008年02月15日金曜日

 察しの良い方はすぐに気付いたことでしょう。例の事件とは、かの有名な「ロボトミー殺人事件」です。この受刑者の男性は、加害者であると同時に精神医療の被害者でもあります。詳細は「ロボトミー殺人事件」で検索して下さい。恐ろしい背景がわかるでしょう。
 結局「画期的」と散々もてはやされた、ロボトミーに代表される精神外科手術は何をもたらしたのでしょうか?その画期的な治療は、殺人者を生み出し、「生きていても仕方がない」と考える人を作り出したのです。何だか現在にも同じ構図が見られませんか?精神医療において「画期的」と言われたものを調べてみるとよいでしょう。
 さて、この精神外科手術は過去のものでしょうか?
 最近こんな記事もありました。

 [島[2008]の全文引用→略]

 実は、上記記事にもある通り、この精神外科手術は形を変えて復活してきています。電気けいれん療法が、麻酔下で行う「修正型電気けいれん療法」として復活しているのと同じです。これらは、医学的な装いによって以前の残虐性が隠され、より受け入れられやすいような形になっていますが、実は、どのように作用するのかなどのメカニズムはほとんど解明すらされていないのです。

日本でも本格的に動き始めたようです。2008年1月25・26日、第47回日本定位・機能神経外科学会が浜松で開かれました。
http://www.congre.co.jp/stereo2008/
この中で、外科的手術を精神疾患に応用しようとする取り組みが発表されています。
特別企画 精神科領域疾患に対する脳深部刺激療法
15:05 〜 18:45
座長(名古屋大学脳神経外科)吉田  純
  (和歌山大学脳神経外科)板倉  徹
特別講演1
L1 難治の精神障害に対するDBS 治療の、浜松医大におけるマニュアル作成の試み
金沢大学大学院脳情報病態学 神経精神医学 三邉義雄
特別講演2
L2 Experiences of cingulotomy and deep brain stimulation for intractable obsessive compulsive disorders
Yonsei University College of Medicine Jin Woo Chang
特別講演3
L3 Deep Brain Stimulation: The New Neurosurgery for Depression
Toronto Western Hospital, University of Toronto Andres M. Lozano
指定発言1:精神科から
浜松医科大学精神医学講座 森 則夫
指定発言2:脳神経外科から
日本大学医学部 脳神経外科 片山容一

 やはり浜松医科大がからんでいました。どうやら、浜松医科大学の精神医学教授の思い通りに事が運んでいるようです。というのも、この浜松医科大の森則夫教授は、浜松医科大学公開講座「よりよく生きる」でこのような発言をしていたからです。
…今、われわれ精神科医が脳外科の先生方と勉強会を開き、「脳の深部を刺激する慢性電極を脳に留置してはどうか」を研究しています。これは、2,3年前からアメリカで開始された治療法で、わが国にも導入する必要があるのではないかと検討しています。
 しかし、日本では、心臓や脳にさわることに対して抵抗感があるので、相当の時間がかかるかと思います。ただ、私の予測では、50年後には、脳にマイクロチップを入れて刺激して健康を保つ治療法は、たくさんの人が普通に行っていると思います。この勉強会は、その出発点と考えています。(2005年11月20日静岡新聞朝刊より)
 一部の精神科医にとって究極の目的とは、患者に対する完全なコントロールです。人間をラジコンのように動かしたいのでしょうか。脳に電極を埋め込み、電気刺激で望ましい行動をとらせるというのは、半世紀以上実験が繰り返されてきた究極の「治療」なのでしょう。
 私がこの動きを警戒する理由があります。この教授が、国が多額の補助金を出して支援している「子どものこころの発達研究センター」の中心人物だからです。このセンターの設立趣旨について、この教授が説明しているページがあります。
http://www2.hama-med.ac.jp/w1b/psy/Kodomo/
 近年,子どものこころの危機が叫ばれ,その対応が社会的急務になっております。このような社会状況を受け,大阪大学医学部と浜松医科大学の連携融合事業として「子どものこころの発達研究センター」が2006年4月に新設されました。本センターでは,第1に,子どものこころの危機を分子生物学レベルで解明し,新たな治療薬への発見へと繋げる研究を展開してまいります。第2に,本センターは脳画像と遺伝子研究の連携という新たな学問領域を創生し,未踏の領域に挑戦いたします(金沢大学との協力を予定しています)。第3に,子どものこころの危機が顕現化する前に,その兆候を察知して,早期に心理的介入を行うための手法を開拓してまいります。
 ちなみに、このセンターは、国内初のADHD治療薬「コンサータ」を発売したヤンセンファーマと連携しています。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/koutou/027/siryo/07030513/034.htm
 上記センターの目的第1を見ればその理由は納得できるでしょう。
 このセンターは、国の発達障害政策の鍵となる施設です。ここの研究が子どもの将来を左右すると言っても過言ではありません。しかし、このセンターはどこに向かっていくのでしょうか?子どものこころを薬でコントロールし、最終的にはマイクロチップと電気ショックで思い通りに操っていくのでしょうか?
 皆さんは、このような精神科医に子どもの脳を、ひいては子どもの未来を預けられますか?」(全文)

◆2008/05/26 "Brain Pacemakers Tested For Depression"
 The USA TODAY, May 26, 2008
 http://www.usatoday.com/news/health/2008-05-27-brain-pacemakers_N.htm

児玉 真美 2008/05/28 「DBSうつ病応用へ」
 『Ashley事件から生命倫理を考える』
 http://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara/38995682.html
 http://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara/archive/2008/05/28

◆2008/05/28 "Monkey’s brain controls robot arm"
 BBC, May 28, 2008
 http://news.bbc.co.uk/2/hi/science/nature/7423184.stm

児玉 真美 2008/05/30 「ヘンだよ、脳研究のプライオリティ」
 『Ashley事件から生命倫理を考える』
 http://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara/39073163.html
 http://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara/archive/2008/05/30

◆東中須 恵子(呉大学看護学部) 2008 「歴史に見る精神障がい者の処遇―――鹿児島県公立病院の場合」,『看護学統合研究 』10-2: 59-63
 http://harp.lib.hiroshima-u.ac.jp/handle/harp/7295
 http://harp.lib.hiroshima-u.ac.jp/bitstream/harp/7295/1/v10-02-06.pdf

「入院患者の処遇
1.鹿児島県立鹿児島病院精神科分院12)
 *「創立五十周年記念誌座談会・五十年を回顧して」を筆者がまとめて整理した
 鹿児島県立鹿児島病院精神科分院は,病院の裏がすぐ海岸で松林があり,まさに白砂青松<0061<という場所にあった。佐藤は職員の構成について「事務職員が2人で,警察部の管轄下でしたから,巡査あがりの人が1人と県病院から来た人が1人…。それと小使いさんというのが1人,その他には炊事に男の人が1人と女の人が3人くらい…」と語っている。
 また,精神科分院当初から勤務していた看護婦長の徳永サダ氏は看護職員について「看護人が3人と看護婦が3人ぐらい…」と語っている。
 入院患者の殆どが精神分裂症(現統合失調症)と診断された者で占め,その他,躁うつ病,進行麻痺の診断を受けた者であり,病院から患者を迎えに行くことも多かった。[…]
 当時の治療は,睡眠療法とマラリア療法が主流であった。また,手術室があり,ロボトミーが日常的に行われており,実施件数は精神科分院の移転までに約300例以上であった。[…]
2.鹿児島県立鹿児島保養院12)
 *「鹿児島県立鹿児島保養院創立五十周年記念誌」を筆者がまとめて整理した。
 1943(昭和18)年2月,旧重富村(現姶良町)に用地約21,637m2,病床数150床で完成した。全ての資材は海軍からの提供であった。[…]
 治療は,向精神薬が入る直前で薬物は睡眠剤ぐらいのものであり,電気ショック療法が主体であった。ニックネームで,「エレキ嬢」などと呼ばれる電気ショックのスイッチを押す専門の看護師がいた。
 ロボトミー治療は1955年代にかけて積極的に行われ,年間150例実施した年もある。1951年に赴任した医師佐保威彦氏はロボトミーについて「今あれをやると,それこそ問題でしょうが,あの当時は他にはもう手がなかった…他の病院でも殆どやっていたようです。いちばん最後が昭和33年頃でしょうか」と語った。[…]<0062<」
12)佐藤幹正:座談会.五十年を回顧して.鹿児島県立鹿児島保養院.創立五十周年記念誌:p.77,1982.

◆2009/03/25 "For Babies & Toddlers Suffering From Seizures, Surgery Found To Be Safe"  The Medical News Today, March 25, 2009
 http://www.medicalnewstoday.com/releases/143480.php

児玉 真美 2009/03/26 「「3歳以下の、てんかんの手術は安全かつ有効」とカナダの研究者 」
 『Ashley事件から生命倫理を考える』
 http://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara/50776832.html
 http://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara/archive/2009/03/26

◆2009/05 Jane Qiu, "Epilepsy surgery: challenges for developing countries"  the Lancet Neurology, Volume 8, Issue 5, Pages 420-421, May 2009
 http://www.thelancet.com/journals/laneur/article/PIIS1474-4422%2809%2970096-1/fulltext

児玉 真美 2009/04/21 「てんかん手術はコスト効率よいから途上国で広めましょう」とLancetに」
 『Ashley事件から生命倫理を考える』
 http://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara/51548345.html
 http://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara/archive/2009/04/21

◆2009/11/26 "Surgery for Mental Ills Offers Both Hope and Risk"
 The NYT, November 26, 2009
 http://www.nytimes.com/2009/11/27/health/research/27brain.html?_r=2&th&emc=th

児玉 真美 2009/11/29 「「強迫性障害、うつ病、肥満にも」DBSなど“実験的脳手術”」
 『Ashley事件から生命倫理を考える』
 http://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara/archive/2009/11/29
 http://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara/57161836.html

◆2010/03/05 「脳組織摘出事件」
 http://blog.m3.com/yonoseiginotame/20100305/4

天田 城介 20101120 「思想と政治体制について――ソ連における精神医学と収容所についての覚書」,山本・高橋編[2010:13-65]*
*山本 崇記・高橋 慎一 編 20101120 『「異なり」の力学――マイノリティをめぐる研究と方法の実践的課題』,生存学研究センター報告14,408p.

 「ソ連における精神医学システムと刑罰システムの関係は1977年10月に「シャンジュ」誌に掲載された、フーコー、D・クーパー、J.P・ファイユ、M.O・ファイユ、M・ゼッカとの対話「囲い込まれる狂気」に示されている(Foucault 1994f=2000: 459-499)。
 最初にフーコーは「精神医学の医学的機能と警察機構の本来的な抑圧機能」という「二つの全く異なる機能」が重なり合う時があるという理解は正しくなく、この「二つの機能は初めから一体のものでしかなかった」のであり、「最初から、精神医学は社会秩序を構成する機能たらんとする目的を持っていた」(Foucault 1994f=2000: 460-461)と言う。  そして、こうした「社会秩序を構成する機能たらんとする目的」をもつ精神医学は、ソ連においては「脱精神医学化」と「再精神医学化」の迫り出しとせめぎ合いを通じて形成されていったことが――「反精神医学」の旗手として知られるクーパーからの投げかけに呼応する形でのフーコーの回答によって――指し示される。
 1930年代のソヴィエト連邦では「脱精神医学化」に向かう運動があり、心理テストやロボトミー手術が法律で禁止されていたのだが、それがスターリンの支配のもとで次第にひっくり返されてしまい、戦後は再び心理テストやロボトミーが実行されるようになった――とは言え、他の西欧諸国ほどは普及せず、戦後の西欧諸国とりわけアメリカ合衆国において政治的目的のために実践されたロボトミーの実践(かつてのデルガドの装置よりは遥かに進展・洗練された実践)はほとんど行われなかった☆11――、と言及する。
 このように1940年代以前のソ連においては精神医学に様々な制約――脱精神医学化の運動を含む――がかけられていたが、1945年以降は急速に精神医学が人口に膾炙していく。こうした「再精神医学化」の運動はパブロフの研究などに代表される「反射理論」の受容と大きく関係している。反射理論は1945年以降〜1965年においてソ連の精神医学が受容した唯一の思想的な「バックグランド」であったのだが――それ以外の知見は全てイデオロギー的、観念論主義的、非理性主義的とみなされていた――、その反射理論が受容される前の「脱精神医学化」には、1930年代〜1940年代のソ連において支配的であった2つのテーマが深く関係している、とフーコーは語る☆12。
 第一のテーマは、「自然はそれ自体善であり、それを悪化させるものは歴史的・経済的・社会的疎外からやって来る」というものであり、第二のテーマは「自然を加工するのは人間の仕事であり、また人間はそうすることができる」というものであった。いわば「自然の尽くしえぬ善性、そして自然を漸進的に加工できる可能性」という二重の言説こそがソ連の「イデオロギー・セット」(Foucault 1994f=2000: 466-467)であったのだ。  この「二重のテーマ」から、「【1】人間(の身体)を含む自然はそれ自体善であるが、それを『狂気』という形で悪化させるのは歴史的・経済的・社会的疎外によるものである。『狂気』が歴史的・経済的・社会的疎外をもたらす資本主義体制によって作り出されるとすれば、ソヴィエト社会主義共和国連邦に『狂人』はいない。いるとすれば、それはその者が資本主義体制に毒されていることによる。【2】そして、人間(の身体)を含めた『自然』を加工するのは人間の仕事であり、人間はそうすることができるからして、正しい『啓蒙』によってその『狂気』をなくすことが目指されるべきである」というテーゼが導かれることになる。その意味からすれば、ロボトミーとはまさに「(人間の身体という)自然を切除すること」であり、「(人間の身体という)自然そのものを人間の力で変革することをあきらめる」(Foucault 1994f=2000: 467)ことだ。したがって、善たる自然を切除することは「自然それ自体を人間の力で変革することの断念」であり、「人間の敗北」となる。ここにおいてロボトミーは禁止され、「脱精神医学化」の運動が形成されていく☆13。言うなれば、外科手術や薬学技術で狂気を治すことは「人間の敗北」である。その「人間の敗北」に塗れては、来るべき世界の秩序を形成する「啓蒙の場所」たるソヴィエト社会主義共和国連邦の存在意義をまさに宙吊りにすることであり、許容されないものであったのだ。
 ところが、スターリンはこれを文字通りひっくり返した。「監獄の政治化」を徹底させたのだ。スターリニズムのもとで強制収容所の引き金が引かれると同時に、その恐怖政治的な「恐怖の循環性」ゆえに、スターリニズムにおいて「狂気」は「転覆」を惹き起こす「危険な存在」となる。スターリンにとっては「政治犯」であれ「普通犯」であれ「狂人」であれ、常に自らを脅かす危険な存在になるのだ。そして、誰もが「危険な存在」になり得るという意味で「危険の潜在性/可能性」を孕む者になっていくのである☆14。
 こうして1930年代のソ連の脱精神医学化の運動を形成してきたテーゼは、スターリニズムのテーゼ「【1】人間(の身体)を含む自然はそれ自体善であるが、それを『狂気』という形で悪化させるのは歴史的・経済的・社会的疎外によるものである。労働の価値を損なう『狂気』が歴史的・経済的・社会的疎外をもたらす資本主義体制によって作り出されるとすれば、ソヴィエト社会主義共和国連邦に『狂人』はいないのだ。いてはならないのだ。加えて、政治犯も普通犯も狂人もソ連の政治経済体制を転覆する可能性があるという意味では『危険な存在』であり、彼/女らは隔離・収容されなければならない。誰であれ、『危険な存在』は収容所に収監されなければならない。【2】そうした『危険な存在』を消去することこそが新たな世界と未来の秩序を作り出すのだ」といったものに変容していくことになる。
 しかしながら、スターリン死後、特に1958年のフルシチョフ講演の前後になると、スターリン時代のように「危険な存在」とみなされる誰彼を「強制収容所」に隔離していくのではなく、強制収容所を開放すると同時に、反体制派の人たちを「精神医学(精神病院)」によって包囲していくようになるのだ。いわば「再精神医学化」であり、スターリン時代の「監獄の政治化」との対比で表現すれば「精神病院の政治化」が遂行されていく。西欧諸国ほど普及しなかったとは言え、ロボトミーも再開されていく。パブロフの研究などに代表される反射理論が広範に受容されていき、ルイセンコやミチューリン主義などにも引き継がれていく。しかしながら、このように反射理論を背景にした「再精神医学化」の展開は、かつてスターリニズム体制では「収容所」に隔離・収容してきた「危険な存在」を、「精神病院」に包囲・収容するだけであった。加えて、戦後のソ連においても「犯罪者は監獄に、精神病者は精神病院に」といった制度設計にはなっておらず、「政治犯」と「普通犯」の区別も消失したままであり、政治犯・普通犯であれ、精神病者であれ、それらは「社会全体、人民の財産、社会主義者の生産物、政治体に対する侵害」(Foucault 1994f=2000: 74)として位置づけ続けたのである。そしてその内部ではソルジェニーツィンの「普通犯」への屈折した敵意・憎悪に見られるような卑しくも滑稽な群像劇が織りなされていったのだ。」

◆立岩 真也 2010/11/01 「社会派の行き先・1――連載 60」,『現代思想』38-13(2010-11):28-39 資料

 「その秋元の後を継いだのが臺〔うてな〕弘(台弘)であり、彼は東大闘争を展開した人たちからの攻撃にされされることになる。一九六八年十一月に主任教授不信任、一九七一年三月に二〇年前に行なった精神病患者へのロボトミー手術が人体実験だったと告発されることになる。その告発に対する全面的な反論は、自伝である臺[1993]にある。」(この記述は正確ではない)

◆立岩 真也 2011/03/01 「社会派の行き先・5――連載 64」,『現代思想』39-3(2011-3):16-27 資料

 「☆04 […]「別の用事で」とはなんであったか正確には覚えていないのだが、その頃から、私の勤め先の大学院で精神障害・精神医療のことを研究しようという大学院生が増えていた(その成果の一部が『生存学』第3号に掲載される)。例えばロボトミーや電気ショック療法や薬物療法がどのようになされ受け止められたのか、過去を記した医療者たちが書いたものから拾ってきて並べてみるのも一つやっておいてよいことであると思い、私自身もそうした書籍をいくつか当たってみたことを指していると思う(そうした引用集は、まだ多くは貧弱なものではあるが、私たちのHPにある)。」

◆立岩 真也 2013/12/10  『造反有理――精神医療現代史へ』 ,青土社,433p. ISBN-10: 4791767446 ISBN-13: 978-4791767441 2800+ [amazon][kinokuniya] ※ m.

 第3章 各種療法、とくにロボトミーに対する遅くになされた批判
  3 ロボトミー
  6 ロボトミー事件・裁判――概略
  7 (1)北全病院ロボトミー訴訟(札幌ロボトミー事件)
  8 (2)名古屋Mロボトミー事件
  9 (3)横手興生病院ロボトミー事件
  10 (4)弘前ロボトミー裁判
  11 ロボトミー殺人事件
  12 ようやくこの時になされたこと

  12 ようやくこの時になされたこと
 「(1)手術は過去のものではない。新しく現れてきた、(おおむね、介入する部位をより特定した、という意味で)より洗練された、とされる手術を指して言っているのではない。精神外科に対する公然の批判がなされるのは、一九六〇年代末に始まる日本精神神経学会の「学会改革」等、医療に対する反省・批判が――それ以前から様々な「改革」の試みはなされながらも――始まって以後のことである。その手術を行なった人たちの中にもその問題性を早くから指摘していた人たちはいた。だが、そんなことを言いながら、自ら(率先して)続けてきたりしたのでもある。その件数は減っていったのだろうが――ただどのぐらいがなされ、どれだけ減っていったのか、結局はわかっていない――、最初の訴訟がなされた手術は七三年に、次のは六九年になされたものだった。そして、制度的にも精神外科は依然として公認されたものとしてあり、現在でもそのこと自体は変わっていない。まずそれを確認しておく。
 一九五七年四月一日、厚生省は、省内組織である中央社会保険医療協議会の決定を受けて、「精神病の治療指針」を示した。[…]」

◆****/**/** http://horror.4.tool.ms/239/

http://goodbrains.net/brain/shikumi3.html

 「ロボトミー手術という言葉を耳にしたことがありますか? 1950年代からの十数年間に世界中で盛んに行われた、前頭葉の削除手術のことです。
 向精神薬がなかった時代、精神病の治療法として十数年間になんと5万人もの患者がこのロボトミー手術を受けました。そもそもこの手術は、「チンパンジーの前頭葉を取り去ったらおとなしくなった」という動物実験から考えられたもので、当初は「精神病患者の症状が改善された」とされました。
 ところが、ロボトミー手術は重大な問題を引き起こしました。手術を受けた人たちが、感情や行動の面でさまざまなトラブルを引き起こしたのです。それは次のような、人間らしく生きていく上での致命的なダメージでした。
・外界に対して無関心、無頓着になった
・注意力がなくなり、反応性が乏しくなった。
・状況を理解したり、推理したりすることが困難になった
・時と場所をわきまえない浅はかな言動が多くなった
・我慢ができなくなり、己の感情のままに行動するようになった
 ロボトミー手術を受けた患者のこうしたダメージから、前頭葉の果たす役割がわかってきたのです。
 これと似たことですが、戦争で脳に損傷を受けた人の研究も、さまざまな部位での脳の機能をつきとめることに貢献しました。脳科学の進歩の陰には、過去に多くの犠牲者が存在することを、私たちは忘れてはならないでしょう。」

http://maedafamily.com/seisaku/jfkjr.htm

 「ケネディ家の悲劇8人目の犠牲者
 世に言う”ケネディ家の悲劇の犠牲者はこれで8人目となる、最初の犠牲者はローズマリー・ケネディ(大統領のすぐ下の妹・写真右端)彼女は精神的に若干の異常があり、父パトリック・ケネディによってロボトミー手術を受けさせられ廃人同様となった」

http://mblg.tv/jdsalinger/entry/39/
 http://mblg.tv/jdsalinger/

ロボトミー 11月19日 10:49
 lobotomy
 lobo- (前頭葉や側頭葉などの「葉」) -tomy (切除)
 こめかみのあたりに小さな穴をあけ、その中に細い刃を突き刺し、手探りで円を描くようにぐりぐりと動かして前頭葉の白質を切断する手術のこと。1930年代当時、うつ病や不安神経症に効果があるとされ、盛んに行われた。日本でのロボトミー手術数は正確な統計は取っておらず、3〜12万件と幅の広い返答となっている。(前頭葉とは思考、創造など、最も人間らしい知的活動を支配する部分と言われているが、現在でも正確にどのような機能を持った場所かということについてはいまだによくわかっていない。)
 1935年、チンパンジーのロボトミー手術を行ったところ性格がおとなしくなったと発表。同年ポルトガルのエガス・モニスがロボトミー手術を始めて人に行い、精神分裂病患者(現在の統合失調症)の素行が治った事で普及。安全性よりも治療効果が重視され、ノーベル賞の受賞までされる。
 しかし実際のところ、ロボトミーを受けた人は、確かに性格・感情の上での顕著な変化を示してはいたが、それはうつ病患者が楽天的で空虚な爽快感をいだくようになったり、多弁で下らないことをいうようになったりしたことで病状が改善されたように見えただけであったと、今では解釈されている。
 それどころか生活態度に節度がなくなり犯罪行為に手を染める者もあれば、さらに意欲が乏しくなり、外界のできごとに対して無関心、無頓着になるなどの症状も報告され、さらに抗精神病薬が開発されるようになったこともあり、1970年代以降、ロボトミーはほとんど行われていない。
 手術に関しても100%安全であるとの保証はなく(手探りで、「大体この辺だろう」と思われる部分をなんとなく切除していたのだから当然である)、資料によってまちまちだが約4〜6%の死亡例があったようだ。
 こうなるとロボトミー手術を行われた人は被害者と呼ばれ、廃人化した家族をみて反対運動が起こり、ノーベル賞の取り消しを訴える人々も出て来る。資料によっては本人の許可なく手術を行った事例もあり、日本のロボトミー殺人事件は衝撃を残した。
 (あるスポーツライターが些細ないざこざを起こし警察に捕まった際、精神鑑定で異常があると診断され精神病院に強制入院。肝臓検査を理由に全身麻酔をかけ、勝手にロボトミー手術が行われたとされる。その後、術後の同意書にサインする事を条件に退院したが、それから15年間、スポーツライターとしての力は失われ、職を転々としながら精神科医に恨みを募らせる。そしてついに精神科医の妻と母親を刺殺するという事件に発展した)
 故ケネディー大統領の妹のローズマリーや女優のフランシス・ファーマーも本人の許可なくロボトミー手術をされ、施設を点々とする生涯を送ったとされている。
 ロボトミー手術の悲惨さを描いた映画「カッコーの巣の上で One Flew Over The Cuckoo's Nest」が1975 年に公開され、アカデミー賞の主要 5 部門(作品賞・監督賞・主演男優賞・主演女優賞・脚色賞)を独占した。」

http://x51.org/x/05/08/1413.php

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■数について

○世界

◆「一九四八年八月にリスボンで第一回国際精神外科学会が開催されたが、当時全世界から約五〇〇〇例の手術例が報告されたという。」(風祭[2001:88])

◆「ちなみに、1948年8月3日から7日までリスボン大学において、Monizが会長を務め、第1回国際精神外科学会を開催している。同学会は、日本、ドイツ及び旧ソ連を除く27カ国から200名以上の神経外科医及び精神神経科医が集まり、5,000例の手術例が報告された。」(西川[2010:137]、文献としてあげているのは廣瀬[1951:1-2])

○米国

◆「一九四九年、モニスがロボトミーの手法確立に対してノーベル賞を受賞した時点で、米国内で行なわれたロボトミー手術は二万例だった。[…]ある試算によると、一九三六年から一九七八年までのあいだに行なわれたロボトミー手術は合計三万五〇〇〇例だったという。モニスのノーベル賞受賞のころがロボトミーの最盛期で、一九五〇年以降は急速に減少していく。一九五〇年代には薬理学が生まれて、そこからさまざまな恩恵が得られるようになったことと、ロボトミー治療に対して高まりつつあった一般の疑念とが相まって、ロボトミーは一変、凋落への道をたどる。」(Slater[2004=2005:364])

 「ロボトミーは全米中に広く、速く普及していった。フリーマンの指導を受けた何十人という医師たちが、自ら手術をおこなうようになった。施術数の公式記録は残されていないがが、フリーマンはそのキャリアにおいて合計三五〇〇人に施術したと言われる。また、彼が指導した医師たちの施術数は四万件以上とされる。
 やがてフリーマンのロボトミー手術は支持者が減少し始めた。一九五〇年代初頭には、以前として一般的な手術とみなされていたものの、長期的なメリットが疑問視されるようになっていた。そして一九五四年、米食品医薬品局(FDA)が抗精神薬クロルプロマジンを認可。」(Dully & Fleming[2007,2008=2009])

○日本

◆「1941年に中田瑞穂らは、「前頭葉切除術による観察」130)を発表している。この時点で「かくの如くして前頭脳を切除したのは、主として真性癲癇、精神異常者等で少数の腫瘍例を加へ総数約50例を得て居る」131)とすでに50例もの手術をおこなったことを公表した。」

◆「わが国では一九三九年頃から脳外科医の中田により前頭葉切除術、前頭葉切載術の追試が行われた。終戦後に、この治療法は精神科領域で注目を浴び、一九五〇年の第四五回精神神経学会の宿題報告までに約二〇〇〇例の手術が行われた。しかし、わが国の当時の指導的な精神科医は精神外科には批判的で、松沢病院で二〇〇例以上の患者にorbital leucotomyを行ってモノグラフ『ロボトミー』を著した広瀬(2)も[…]」(風祭[2001:88])

◆1980/08/01 『ロボトミー徹底糾弾』第6号

 「一万人〜四万人といわれる精神外科被術者」



 「なんでも、日本中でロボトミーを受けた患者数は、だいたい3万人〜12万人くらいになるとか。統計とってなかったんですかね。幅ありすぎ。」(佐野[2003])

■文献(まだごく一部)

◆秋元 波留夫 19850523 『迷彩の道標――評伝/日本の精神医療』,NOVA出版,290p. ISBN-10: 4930914191 ISBN-13: 978-4930914194 \2940 [amazon][kinokuniya] ※ m. ut1968. [70]
天田 城介 20101120 「思想と政治体制について――ソ連における精神医学と収容所についての覚書」,山本・高橋編[2010:13-65] [70]
◆浅野 弘毅 20050625 『統合失調症の快復――「癒しの場」から』,批評社,メンタルヘルス・ライブラリー13,192p. ISBN: 4826504233 2100 [amazon][kinokuniya] ※ m.
◆Dully, Howard ; Fleming, Charles 2007 My Lobotomy: A Memoir, Three Rivers Press→2008 ペーパーバック版,Broadway, 304p. ISBN-10: 0307381277 ISBN-13: 978-0307381279 [amazon][kinokuniya]=20091130 平林 祥 訳,『ぼくの脳を返して――ロボトミー手術に翻弄されたある少年の物語』,WAVE出版,400p. ISBN-10: 4872904443 ISBN-13: 978-4872904444 1900+ [amazon][kinokuniya] ※ m. ps. [70]
◆El-Hai, Jack 2005 The Lobotomist: A Maverick Medical Genius and His Tragic Quest to Rid the World of Mental Illness,New York: Wiley,368p. ISBN-10: 0470098309 ISBN-13: 978-0470098301 [amazon][kinokuniya]=20090723 岩坂 彰 訳  『ロボトミスト――3400回ロボトミー手術を行った医師の栄光と失墜』,ランダムハウス講談社,496p ISBN-10: 4270005165 ISBN-13: 978-4270005163 2940 [amazon][kinokuniya] ※ ps. m. e04. [70]
◆藤野 邦夫・藤井 ヤヨイ 20061005 『裁判事例に学ぶ精神科看護の倫理と責任』,精神看護出版,197p. ISBN-10: 4902099896 ISBN-13: 978-4902099898 3000+ [amazon][kinokuniya] ※ m. m10h1973h.
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