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人口(population)・少子化・高齢化



Tateiwa, Shinya(立岩 真也) 2016 On Private Property, English Version, Kyoto Books

 "In the situation described in Section 2, opportunities for improvement of each individual appeared embedded within structures of self control. But this is only one part of a larger whole composed of various kinds of intervention regarding the individual. Since the 16th century there have been social conditions and movements, connected both systematically and non-systematically, that have worked to change the mentality of individuals. But traits like idleness, for example, were presumed to be characteristics of a particular kind of person, and this presumption usually conformed to the hierarchical arrangement already present in society. At the end of the 18th century and the beginning of the 19th century, a new approach, supported by new knowledge and technology, was developed. What emerged during this period was the individual as a source of production, the grouping together of these individuals as general "populations"17, and a focus on the production of society as a whole. What was carried out in practice during this period was the investigation of behavior, the study of the history of the person or people in question, the examination of the social environment, and the measurement of both the external form and internal aspects of the body. An empirical science of human behavior and the various factors that regulate it was born. This science sought to explain the differences between individuals and between groups of individuals in terms of factors that at the same time both underlie and exist within each individual; rather than address individual actions separately, this approach focused its attention on the core from which all of an individual's actions derive18."

 Chap.6 n.17
"Malthus' well-known claims regarding population control (Malthus [1798]) lie on the border between the 18th and 19th centuries. He asserted that since growth in population was geometric while growth in food production was arithmetic shortages would be inevitable unless action was taken, and as a result it was necessary to restrict population growth. But with the development of imperialism in the latter half of the 19th century, the growth of colonies overseas caused the domestic population to shrink; there were in fact attempts to increase the population in order to further colonial expansion, and the problem of population growth temporarily receded in imperialist nations. From a eugenic perspective the neo-Malthusian approach of preventing food shortages by limiting population growth was to be criticized along with Sangerism for not doing anything to improve the quality of the population (see the discussion of the mission statement of the Japanese eugenics association (1930) in Takagi [1991:164])."

『私的所有論』第6章「個体への政治」より(p.228-229)(→『私的所有論 第2版』

 「第2節に述べた場面に来て、個体の改変の契機が――自己制御機構の埋め込みという形で――現れた。だがそれは個体への介入を構成する全体の一部分である。一六世紀以来、社会の状態、秩序と無秩序に関わりを持ち、個人の精神の変容をもたらそうとする動きはあった。だが、例えば怠惰は予めある種の人々に想定される性質であり、そしてそうした想定はしばしば既存の社会の階層的な布置に対応するものであった。それが、一八世紀末から一九世紀、新しい知、新しい技術に支えられ、新しい展開をみせる。現われるのは、生産の源泉としての個体、その総体としての「人口」◇17という把握であり、社会全体の生産についての関心である。そして、なされるのは実際に行為を調べることであり、その者の来歴を知ることであり、また社会的な環境を調査することであり、身体の形状を、また身体の内部を測定することである。人間の行い、それを規定する諸要因についての実証的な科学が生まれる。それは、個々人間の違い、集団間の差異を、個々人の背後にあり、同時に個人に内在する要因によって説明しようとする。単にある行為を問題にするのではなく、行為を派生させる中心へと向かうのである。◇18」

 注17(p.254)「◇17 一八世紀と一九世紀の境い目に、人口に関するマルサスの周知の言説(Malthus[1798=1969])がある。人口が等比級的に増加するのに対して食糧供給の増加は等差級的であり、これを放置すれば食糧の不足は免れえず、ゆえに人口の抑制が必要だと主張する。ただ、一九世紀後半からの帝国主義の進展、植民地の拡大によって、むしろ一国内の人口は減少し、植民地の拡大のために人口増加を促すことがめざされ、人口の増加の問題はこれらの国の間では一時遠のく。なお、優生学の立場からは、人口を抑制すれば食糧不足が解決するとする新マルサス主義は、人口の質的向上の視点がないとしてサンガー主義とともに批判されることにもなる(「日本民族衛生学会設立趣意書」一九三〇年、高木雅史[1991:164]に紹介)。


【人口に関する言及・文献・報道etc(年代順)】   【立岩真也によるもの】


【関連HP】
◆国立社会保障・人口問題研究所
 http://www.ipss.go.jp/
◆Aging in Japan(エイジング総合研究センター)
 http://www.jarc.net/aging/
 (日本の高齢化事情について日本語と英語で解説)

◆少子化情報ホームページ
 http://www.1.ipess.co.jp/

◆人口動態統計月報(最新データ、月次推移)
 http://www1.mhlw.go.jp/toukei/toukeihp/geppo/tp_gepp.html

◆都道府県別人口動態統計100年の動向
 http://www1.mhlw.go.jp/toukei/kjd100_8/index.html

◆平成12年人口動態統計の年間推計
 http://www1.mhlw.go.jp/toukei/12nensui_8/index.html
◆平成11年人口動態統計月報年計(概数)の概況
 http://www1.mhlw.go.jp/toukei/11nengai_8/index.html
◆平成11年人口動態統計(確定数)の概況
 http://www1.mhlw.go.jp/toukei/11nenfix_8/index.html
◆平成10年人口動態統計月報年計(概数)の概況
 http://www1.mhlw.go.jp/toukei/10nengai_8/index.html
◆平成10年人口動態統計(確定数)の概況
 http://www1.mhlw.go.jp/toukei/10nenfix_8/mokuji-k.html


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人口に関する言及・文献・報道etc(年代順)

◆1859
Mill, John Stewart 出典:Mill, John Stuart 1859 On Liberty=1967 早坂忠訳,「自由論」 関嘉彦編[1967:211-348]=19711016 塩尻公明・木村健康訳,『自由論』,岩波文庫
「一人の人間を実存させるようにするという事実その(p.215)ものが、人間生活の範囲内において最も責任のある行為の一つである。この責任を引き受け ることは、――呪いであるかも知れず、祝福であるかも知れない一つの生命を付与するということは、――もしもこの生命を付与されようとしている存在が、少 なくとも、望ましい生存を営める見込を普通程度にももっていないとすれば、その存在に対する一つの犯罪であるといわねばならない。また、人口過剰や人口過 剰の恐れのある国においては、限られたごく少数の〔産児の〕限界を超えて子供たちを生み出すことは、彼らの競争によって労働の報酬を低減させる結果を伴 い、労働の報酬によって生活しているすべての人々に対して、重大な犯行となるのである。大陸の多くの国々においては、結婚当事者が家族を扶養しうる資力を もっていることを証明できない限り、結婚を許可しないこととしているが、このような法律は、国家の正当な権力を逸脱するものではない。」(Mill[1859=1971:215-216]、Mill[1859=1967:340]」

◆1934 Myrdal  出典:(市野川容孝「福祉国家の優生学――スウェーデンの強制不妊手術と日本」,『世界』1999年5月号,167‐176頁)
 「ノーベル賞受賞者として知られるグンナルとアルヴァのミュルダール夫妻は、スウェーデンの普通出生率が世界最低にまで落ち込んだ一九三四年に『人口問題の危機』を出版した。
 夫妻は、翌三五年に発足した政府の「人口問題委員会」にも加わり、出生率を上昇させるため、低所得層の有子家庭に対する経済的援助の充実を力説した。ミュルダール夫妻が提言した家族政策は今日でも肯定的に言及されることが多い。しかし、夫妻は、経済的援助と同時に、誰が子どもをもつに値する人間なのかという選別の必要性を強く訴えていた。夫妻は『人口問題の危機』の中で、「変質(退化)が高度に進んだ人間たちを淘汰する」ためには、必要ならば強制手段に訴えてでも、不妊手術を実施すべきだと説いている。
 中立と独立を守るために、スウェーデンもまた第二次大戦中、防衛費にかなりの支出を余儀なくされた。しかし、戦争が終わると、軍事費は小規模の常備軍を維持するだけで済むようになり、その分ういた国家予算を減税という形で国民に返すか、それとも社会福祉のさらなる充実にあてるかで国内の世論は二つに割れたが、社民党の単独内閣となった四五年五月のハンソン政権、およびハンソンの急死後、後継者となった社民党のエルランデル政権(四六年十月〜)は、減税はせず、福祉のさらなる充実にあてることを選択した。すべての有子家庭に対し、十六歳以下の児童一人につき一定額の手当を支給する一般児童手当は、四八年に開始される。これによって、子どもの養育の「社会化」、すなわち養育に必要な経済的負担を個々の家族が背負うのではなく、社会が引き受けるという形が徐々に整っていった。
 しかし他方で、アルヴァ・ミュルダールは「手当の支給は断種法の強化を求めるか?」(一九四六年)と題する論考で、スウェーデン国内の既婚者のうち約三%は、「精神薄弱」その他の理由によって、家計をきちんと維持する能力がなく、一般児童手当の導入によって、そうした人びとに経済的余裕が生まれ、さらに子どもを産むような事態は、何としてでも回避しなければならないと主張した。「すでに生まれた子どもに対しては手当を支給しなければならない。しかし、まだ生まれていない子どもに対してまで支給することはできない。……不妊手術は必要である。しかし、その実施件数はいまだに低い」。アルヴァの主張は、一般児童手当の導入と引き換えに、不妊手術をより広汎に実施せよ、というものだった。その結果が、右の中間報告が指摘するような、半ば強制的な不妊手術の実施(とりわけ第六のケース)だったのである。」
(ミリュダールについて)
 「☆29 この節は、『私的所有論』三四七−三四八頁で数行述べたこと*を敷延し、説明するものである。なお、「福祉国家」の限界を指摘し、これに対して「福祉世界」を提起したのはミュルダール(K. G. Myrdal 1960 Beyond the Welfare State, Gerald Duckworth、北川一雄監訳、『福祉国家を越えて』、ダイヤモンド社、一九七〇年)だという。この論点にふれている最近の文献として、藤村正之『福祉国家の再編成』(東京大学出版会、一九九九年)*、岩田正美・上野谷加代子・藤村正之『ウェルビーイングタウン 社会福祉入門』(有斐閣、一九九九年)*がある。
 ただミュルダールの著書で本稿で述べることが主題的に扱われているのではない。国家間の貧富の格差の存在と拡大が問題とされ、それが脅威として作用するから解決がはかられなければならないという論調である。市野川容孝は、ミュルダール夫妻が、一九三四年には『人口問題の危機』を出版し、出生率を上昇させるために育児の社会化を主張するととともに、「変質(退化)が高度に進んだ人間たちを淘汰する」ためには、必要ならば強制手段に訴えてでも、不妊手術を実施すべきだと説いていること――それは戦後のスウェーデンで実施された――を指摘している(「福祉国家の優生学――スウェーデンの強制不妊手術と日本」、『世界』一九九九年五月号)*。社会的分配に対する基本的な態度を洗い流してしまうことなく、なお福祉国家による、あるいは福祉国家であろうとすることによる、成長と生産への強迫について十分に注意深くなければならないということである。」(立岩[  ])

◆1967 ボヤルスキー,アー・ヤー 編,『人口学読本――批判的人口学の教程 上』,=19760910 市原亮平監訳,三和書房,278p. ¥2000 *
◆1967 ボヤルスキー,アー・ヤー 編,『人口学読本――批判的人口学の教程 下』,=19770906 市原亮平監訳,三和書房,240p.\1900 *

◆19690124 玉井 虎雄 『飢える地球――人口爆発と食糧危機』,日本経済新聞社,日経新書88,198p. 320 ※

1970's
◆1972 Callahan, Daniel "Ethics and Population Limitation", Science,175(Feburauary 4):487-494→1991Schrader-Frechetteed.[1991]
=1993 平石隆敏訳,「倫理と人口制限」,Schrader-Frechette ed.[1991=1993:471-502]

◆19720610 有吉 佐和子  『恍惚の人』,新潮社,312p. ASIN: B000J95OE4 690 [amazon] ※→2003 『恍惚の人』(改版)新潮社,新潮文庫,437p. ISBN:9784101132181(4101132186) 660 [amazon] cf.老い・1970年代
 「さらに信利は別の知人から聞いた話も思い出していた。戦後の日本では急速に人口の老齢化が起っていることを、その男はいらいらするほど正確な数字や百分比をあげて説明したのだ。本当か嘘か知らないが、今から何十年後の日本では六十歳以上の老人が全人口の八十パーセントを占めるという。つまり一人の若者のまわりに四人の老人が取り囲んでしまう社会が現出する。生活力を持たない四人の老人を、一人の若者 >0326> が養わなければならない大変な時代がくる。なぜそんなことになるかといえば、フランスのように日本の人口も、ある時期から出生率が急激に減退し始め、しかも医学の進歩によって老人の死亡率は低くなっているからだ。それを要するに老齢人口の急増という。
 これを現実に考えれば、何十年後には信利も昭子も完全に老人と呼ばれるべき年齢になっていて、敏は一個の社会人として老化した両親の他に赤の他人の古ぼけたのを二人抱えて生きなければならないということになる。また別の男の口からは、違う数字が聞かされた。昭和八十年には六十歳以上の人口が三千万人を超え、日本は超老人国になる運命をもっているという。そうなるまでには、なんとか死んでいたいと思うが、その話を妻にする元気は信利にはなかった。それでなくても彼の耳の奥には、ずっと前に敏が言い捨てた言葉がこびりついている。パパも、ママも、こんなになるまでに長生きしないでね。」(有吉[1972→2003:326-327])

◆19770620 濱 英彦 『人口問題の時代』,NHKブックス0288,230p. \600 ※

◆1977−1978 ミシェル・フーコーコレージュドフランス講義 『安全・領土・人口』

1980's
◆198005 生命保険協会・成熟化社会特別研究チーム 『超高齢化社会――二一世紀への出発』
 「老齢化社会が進み老齢者が人口の多数を占めるようになると、……老齢者のための福祉コストが労働者に重くのしかかり、その旺盛な活力を阻害することになる。しかも、政治的な配慮から福祉コストを個人から企業へ転嫁すると、その過重な負担により、企業経営力が脆弱化し国際競争力を著しく弱め、国の経済地位も低下し続け、その結果一億総貧困化へと沈んでいくことになる」(生命保険協会・成熟化社会特別研究チーム[1980:280],川口・川上[1989:266]に引用))

◆19811001 丸尾 直美  「高齢化の経済的インパクト――経済成長の停滞を緩和するために」 松原 治郎 編『日本型高齢化社会――ソフト・ランディングへの提言』,,有斐閣,pp.197-223
 「人口構成の高齢化は経済にもさまざまな影響をあたえる。
 第一に、人口の中に占める生産年齢人口の比率が低下するため、他の条件が等しいかぎり、国民一人当りの実質生産高ないし、実質国民所得の成長が鈍化する。
 第二に、人口構成が高齢化して高齢の扶養人口の比率が高まると、高齢者のための年金、医療費、社会福祉サービス費などの費用負担が重くなり、……この費用負担が経済成長にとってはマイナスの影響を与える。
 第三に、[…]中高年者の雇用維持あるいは雇用保障が、経済政策上および企業の政策の上で重要な問題となり、中高年者にとっても重大な関心事になる。
 第四に、[…]年功賃金および退職金支給基準についての手直しを、定年延長問題と関連させて、労使間で「再契約」することが必要になる。
 第五に、[…]高齢者向きの市場開発<0198<やマーケティングが活発になる。
 第六に、高齢者は余暇が多く、生活の大部分を居住地で過ごすようになるので、身近な地域コミュニティの住環境や文化、そしてコミュニティ活動への関心が高まり、地域コミュニティ・レベルでの自治体の役割が増加する。」(丸尾[1981:198])
 *「人口構成の……マイナスの影響を与える」までは川口・川上[1989:263]に引用

◆19830920 西川 潤 『人口――21世紀の地球』,岩波書店,岩波ブックレット22,58p. 200 ※

◆198604 清水 浩昭 『人口と家族の社会学』,犀書房,325p. ISBN:4914908182

◆19890901 川口 弘・川上 則道 『高齢化社会は本当に危機か』,あけび書房,278p. \2000 ※

◆1989 古川 俊之『高齢化社会の設計』,中央公論社

1990's
◆19910720 上野 千鶴子 『1.57ショック――出生率・気にしているのはだれ?』,松香堂書店,73p. 600 千葉社4951

◆19931006 古田 隆彦・西武百貨店IDFプロジェクト室 『人口減少ショック――社会が変わる内需が変わる』,PHP研究所,237p. ISBN:4569540988 \1835 [boople][amazon]  ※
 ●人口減少に対応したマーケティング戦略を提唱

◆19940810 斉藤 弥生・山井 和則 『スウェーデン発 高齢社会と地方分権――福祉の主役は市町村』,ミネルヴァ書房,223p. ISBN-10:4623024415 ISBN-13:9784623024414 \2200 [amazon][kinokuniya] ※ 4swe p02 (新規)

◆19950301 小宮 一慶 『21世紀の日本が危ない!!――高齢・少子化による破滅を防ぐ処方せんはあるか』 ,日本医療企画,193p. ISBN-10: 4890412573 ISBN-13: 978-4890412570 \1223 [amazon][boople]  ※

◆19960305 岡田 實 『現代人口論』 中央大学出版部,287p. \3400

◆19960901 丹下 博文 『検証超高齢化の潮流――21世紀型経営への新たなチャレンジ』,同文舘出版,228p. ISBN-10:4495361112 ISBN-13: 978-4495361112 \2650 [amazon]
「特に団塊の世代に属する中高年者を中心に、これからは個人個人が企業依存型の会社人間から脱却するために自主・自立の意識改革を図ることがますます重要 になろう。それゆえ、21世紀に向けて超高齢化の潮流が確実に押し寄せてきつつあることを考えると、声を大にして「ひるむな中高年!」とエールを送らざる を得なくなるのである。」(丹下[1996:190])

◆19970110 高藤 昭 『社会保障法制概論――少子・高齢・国際化時代を視座に』,龍星出版,304p. ISBN-10: 4947698055 ISBN-13: 978-4947698056 \2940 [amazon][boople] ※
「このようにして、出生率の低下はわが国のみならず、世界の先進国に共通にみられる現象であり、これが他方の発展途上国における異常なまでの出生率の上昇と対照的現象となっている。目下のところ、この後の要因により世界の人口は、急激に増えているが、問題は、先進国たるわが国はこの出生率の低下傾向を放置してよいのかである。ここで想起されるのは、戦時中の「産めよ、殖やせよ」の暗いスローガンである。また長期的には国際的人口移動の活発化による人口構成の変化の展望がある。しかし、目下の国民国家的体制のもとでは、放置はできない。先進各国ともこの点に意を注いでいる。
 しかし、出産は国家によって強制できるものではない。社会保障によってできることは間接的な出産助長、安んじて出産できる環境整備であり、このことは必要と考える。これとともにさきにも述べたように、さらに産まれた子供は心身ともに健やかに育成されなければならないことも確かなことである。>0237>どのみち、少子、少死型社会においては多くの出生は望めず、今後生まれる新生児は、今後の社会を支える貴重な人材だからである。換言すれば、今後の新生児についてはかつてとは比較にならないほど、その資質の向上が期待されるのである。中央児童福祉審議会は、一九八一年、意見書を提出し、将来の社会の担い手である児童を、「社会の子」として社会的に配慮してゆく必要がある強調したが、これからの子供を「社会の子」しとてとらえる考え方はきわめて適切であり、また必要なことである。かつて子供は個人が任意に産み、任意に育てて来た。そうして育ったひとたちが結果的に社会を構成してきた。しかし、今後の少子社会においては、子供、少なくとも第三子以降は社会発展に貢献するものとして、社会で育てなければらならない。
 この趣旨から、今後は、人々が安心して出産し、生まれた子供は、心身ともに健全に育つよう、社会保障としての出産・育児保障が充実されなければならない。」(高藤[1997:237-238])

◆19980320 人口問題審議会 編・厚生省大臣官房政策課 監修  『人口減少社会、未来への責任と選択――少子化をめぐる議論と人口問題審議会報告書』,ぎょうせい,261p. ISBN:4324053480 \1995 [boople][amazon]
  ● 少子化の影響を「概ねマイナス面の影響」とする人口問題審議会報告書と、意見聴取された十八人の識者の必ずしも報告書に線に沿っていないものもある意見を掲載

◆1998 平成10年版厚生白書の概要

【序章 少子社会を考える】
○20世紀後半、日本は豊かさを目指して走り続けてきたが、その間、出生率は下がり続けた。日本は、結婚や子育てに「夢」を持てない社会になっているのではないだろうか。
○21世紀の第2四半世紀(人口2割減少、高齢化率3割)を見通し、そこに向けてどのような社会をつくろうとするのかが、今、問われている。大切なのは、人口が減少し続ける21世紀の日本に、「男女が共に暮らし、子どもを産み育てることに夢を持てる社会」をどのようにつくっていくか、ではないだろうか。
○少子化の要因への政策的対応の中核は、固定的な男女の役割分業や雇用慣行の是正と、育児と仕事の両立に向けた子育て支援。これらは着実に推進されることが必要。
○少子化の要因を生んでいる社会状況を更に掘り下げて考えてみれば、出生率の低下は、20世紀後半の経済成長の過程で進行した雇用者化、居住空間の郊外化などがいわば行き着くところまで行き着き、多くの国民の生活や社会の形が画一的・固定的になり過ぎた結果、結婚や子育ての魅力がなくなり、その負担感が増してきたところに、根本原因があるのではないだろうか。
○とすれば、出生率の回復を目指し「男女が共に暮らし、子どもを産み育てることに夢を持てる社会」をつくる取組みとは、いろいろな役割を持つ自立した個人が、相互に結びつき、支え合い、「家庭、地域、職場、学校」といった生活に深く関わる場に多様な形で関わっていけるような社会をつくることではないか。言い換えれば、現在、社会の至るところにみられ始めた多様化・流動化の動きを活かし、個人の自立を基本にした「多様性と連帯の社会」をつくることが求められるのではないだろうか。
○以下、少子化が進行した20世紀後半特に最後の四半世紀を振り返るとともに、「子どもを産み育てることに夢を持てる社会」を形づくる自立した個人の生き方を尊重し、お互いを支え合える家族、自立した個人が連帯し支え合える地域、多様性のある生き方と調和する職場や学校の姿を展望してみることをねらいとした。 本白書では、人口問題審議会の報告を踏まえ、少子社会について更なる問題提起を試みた。今後の国民的論議を期待。」

◆19980801 京極 高宣 『少子高齢社会に挑む』 ,中央法規出版,216p. ISBN-10: 4805817275 ISBN-13: 978-4805817278 \2310 [amazon][boople] ※

 講演集
 「長生きして良かったという社会、要介護状態になっても福祉的なサポートがある長寿社会を創るということは、一見簡単なように思われるかもしれませんが、実は大変なことなのです。現在の医学はき>0007>わめて進んでいるため、人間は植物状態でも生きていることができます。集中治療室での治療になってしまえば、チューブなどがあちこちにつけられ、家族は外から座って見守るしかありません。治療費用も一か月に数百万円から一千万円ぐらいは軽く突破します。確実に治るならともかく、人生の最終期に体中にチューブを入れて延命すること(いわばスパゲッティ状態になること)は本当にいいことなのか、健康で長生きする寿命(いわゆる健康寿命)を求める必要がないか、現代医学の進歩と高齢者の立場について、いろいろ考えさせられる大きな問題だと思います。
 それはさておき、かのアダム・スミスは『道徳情操論』という著書で、幼い子が事故で死んだとき非常にかわいそうに思う。しかし高齢の方が亡くなるとあまりかわいそうには思わない。場合によっては極楽往生という考え方もありますが、と言っています。それはなぜか、スミスはそれについて、自らがその人の立場に立ったときの、「共感」(シンパシィ)から生じるのだと言っています。私はその共感を福祉思想の原点の一つだと思っております。」(京極[1998:7-8])
 「私のアイデアですが、少子化対応の一つとしての年金の孫加算をしたらどうかと思います。」(京極[1998:180])

◆Peterson, Peter G. 19990101 Gray Dawn: How the Coming Age Wave Will Transform America-And the World, Times Books, 288p. ISBN-10:0812931955 ISBN-13: 978-0812931952 [amazon]= 20010928 山口 峻宏 訳,『老いてゆく未来――少子高齢化は世界をこう変える』, ダイヤモンド社,314p.[amazon][boople]  ※ 
   第1章 政治家が高齢化問題に取り組まない理由
「先進国の指導者はみな、すでに何が起こりつつあるのかを知っている。[…]しかしいまのところ、これほど重要な問題でありながら、めだった政治的な動きはなく、懸念はしているが関わりあいにはなりたくないという状態が続いている。[…]>0006>改革の芽がつぶれてしまった原因は、決して珍しいものではなかった。すなわち、政治家がやらなければならないと考えていることと、有権者に受けるために進んで行う政策とのギャップである。」(Peterson[1999=2001:6-7])
   第5章 年金危機を克服する戦略
 第一の戦略――退職の延期を勧奨する
 第二の戦略――働き盛りの労働人口を拡大する
  就労を促す
「この戦略の第一のポイントを考えてみよう。それは、生産年齢の国民に雇用の増加を促すことである。すなわち、現在雇用されていない人は仕事を見つけ、雇用されている人は勤務時間を長くするのである。[…]たとえば先進国は、障害、失業、社会福祉のプログラムを通じて多額の手当を支給しているが、そうしたことは仕事の意欲を失わせることはあっても、新しい仕事を見つけるインセンティブになることはほとんどない。これは特にヨーロッバ大陸において言えることであって、こうしたプログラムの改革を始めている国はまだわずかしかない。一九九〇年代に行なわれたアメリカの社会福祉制度の「綿密な見直し」のような目覚しい成功に、いまだ学ばなければらない国がほとんどである。」(Peterson[1999=2001:165])
 第三の戦略――育てる子供の数を増やし、より生産性の高い人間に育てる
 第四の戦略――親孝行を強調する
 第五の戦略――給付をより緊急性の高いものに絞る
 第六の戦略――老後に備えた貯蓄を国民に求める

第6章 人口転換によって、何がどう変わるか?
 「結局のところ、経済学の重要な目的は、国富の総体を増大させることではなく[…]むしろ一国内の各個人、各労働者、各家族の富を向上させることにある。それでも一つの国の経済は、単にその部分の総和ではなく、だからこそわたしは、全GDPの動向が本当に重要だと考えているのである。」(Peterson[1999=2001:220])
 「国のコストが、より少ない人口のうえにのしかかり、さらにそれを減少した歳入でまかわなくてはならないとすると、固定費がかかるものは何であれ、政府にとっては悩みの種となる。防衛費はその典型的な例である。国の安全保障に対する脅威という場合、問題になるのは全体の規模であり、一人当たりの規模ではない。」(Peterson[1999=2001:223])
 「全メディケア支出の三分の一が末期患者に対して支払われているアメリカでは、成人一〇人のうち九人はリビングウィル(不治の傷病の際には存命処置をとることなく死を希望するむね表明した文書)に賛同しているが、実際にもっているのは一〇人に一人である。近年の世論調査によれば、慢性病をもつ高齢者は、寿命が三カ月短くなるがより自然に過ごせる生活よりも(どんなに費用がかかり苦痛があろうとも)三カ月長く生きられるほうを選ぶという。」(Peterson[1999=2001:237])
 「一つだけ確実なことがある。つまり、高齢化社会になれば、「割当制限」は永遠に避けることができないということである。暗黙のうちであろうがなかろうが、倫理的な<0237<討論がなされようがなされまいが、政府の規制があろうがなかろうが、高齢化社会においては、公的資金によってまかなわれる医療保険給付の利用は制限されつつある。高齢化社会の望む医療行為すべてに対し、無制限に払う方法はまったくないのである。」(Peterson [1999=2001:238-239])
 高齢者の政治力
 「三〇年前、退職した高齢者はほとんど政治力をもっていなかったが、今日では、日本を除くあらゆる先進国で、組織化された巨大な存在となっている。この 同じ三〇年間に、公共支出が子供から高齢者へ向きを変え、国債の負担が増大し、未来のための選択をする政府の力が麻痺状態に陥ったことは単なる偶然の一致 だろうか。」(Peterson[1999=2001:246])

◆19990112 木村 文勝 編 『「少子高齢化」の恐怖を読む――日本の社会はどう変わるのか?!』,中経出版,2時間でわかる図解シリーズ,239p.ISBN: 4806112054 \1575  [boople][amazon]  ※

◆19990401 八代 尚宏  『少子・高齢化の経済学――市場重視の構造改革』,東洋経済新報社,254p. ISBN-10: 4492393021 ISBN-13: 978-4492393024 [amazon] ※ 

◆19990725 長田 浩 『少子高齢化時代の医療と福祉――医療・福祉の経済社会学入門』,明石書店,242p. ISBN-10: 4750311871 ISBN-13: 978-4750311876 2205 [amazon][boople]
 「私自身が構想する根本的な少子化対応策は、つぎのようなものです。
 まず、男、女にかかわりなく、子育てができるためには、労働時間の大幅短縮を図ることが必要です。労働時間短縮の実現は、子育て時間の確保という意味だけではなく、根本的には、高度に生産力の発展を遂げながら、不況・失業問題にあえぐ日本経済の建て直しに有効な策という意味があります。」(p.218)

◆19990730 八代 尚宏 「少子化とマクロ経済」,中村・中村編[1999:211-229]*
*中村 二朗・中村 恵 編 19990730 『日本経済の構造調整と労働市場』,日本評論社,229p. ASIN: 4535551022 4725 [amazon][boople]  ※
 「一九九七年に公表された将来人口推計では、二〇歳代の結婚率の低下は、三〇歳代の回復によって相殺され、出生率は特段の対策をとらなくとも自律的に一・六の水準まで回復するという想定になっている。しかし、上記のような連立モデルを用いた結果では、政策不変(構造改革なし、保育所の抑制政策の持続)ケースでは、二〇二五年には出生率は一・一九と、低位推計値(一・三八)をも下回り、その結果、人口数は一億一二〇〇人にまで減少する[…]
 国民貯蓄率は労働者の人口に占める比率の低下から最近時点の半分強の水準にまで低下する。また、労働力の減少から経済活動も制約され、二〇二五年年の実質GDPの水準は二〇一〇年と比べ一六%の減少となる。もっとも、同一期間中に就業者数もほぼ同率で減少することから、就業者一人当たりの所得ではほぼ横ばいとなり、国民一人当たりGDPは一・二%(年率)の減少となる。このように、出生率の持続的な低下が続く場合には、日本経済の長期停滞のシナリオになるものといえる。」(八代[1999b:224-226])

◆19990924 舛添 要一  『少子高齢化ニッポン――大胆予測これからどうなる』,PHP研究所,165p. ISBN-10: 456960790X ISBN-13: 978-4569607900 1575 [amazon][boople] ※
 「私たちに残された時間はもうわずかしかない。異常な時代に通用したシステムを根本的に変える必要がある。ここ二、三年が勝負であり、この改革に失敗する企業は市場から退出しなければならない。日本が構造改革に失敗すれば、世界の三流国に転落してしまうであろう。今まさに、百年の計が問われているのである。
 長期的に日本の将来を見据えたとき、最大の問題は少子高齢化である。」(舛添[1999:6] 帯裏:「私たちに……問われているのである」)
 「高齢者になってもいつまでも元気に社会参加ができるように、健康づくり、職づくり、趣味づくりに励む必要がある。そうすることによって財政の負担を軽減しなければ、日本社会の活力は失われていくであろう。医療の発達は、「簡単には死ねない」社会を生み出したのであり、各人が定年退職後に二〇年に及ぶ老後の人生設計をしておかねばならなくなったのである。
 長寿化は慶賀すべきことかもしれないが、少子化のほうは困りものである。なぜ先進国において出生率が低下しているのか、その要因にはさまざまなものが考えられるが、女性の社会進出もその大きな理由である。少子化は、実は晩婚化、未婚化が原因で、二〇代>0008>前半までに結婚している女性の場合は、出生率はさほど低くない。若い女性を結婚へと踏みきらせることのできない日本の男性こそ、実は責任があるのではなかろうか。第二次大戦後に強くなったのは、「靴下と女性」といわれるが、戦後の日本男性が弱くなって若い女性を結婚に踏みきらせるだけの魅力に欠けているのであろう。」(舛添[1999:8-9])
 「現行の年金の支給開始の六〇歳以上の高齢者で見ると、一人の年金を約三人で拠出している現行の制度も、二〇二五年には一・四六人で支えることになってしまう」(p.24)

2000's
◆20000321 新潟日報社 編 『豊かな年輪――高齢・少子の時代を生きる』,新潟日報事業所,328p. ISBN-10: 4888627991 ISBN-13: 978-4888627993 \1680 [amazon][boople] ※
 「目前に迫った二十一世紀は高齢化と少子化の世紀である。新潟県では一九九九年、六十五歳以上の高齢者人口が初めて五十万人を超え、少子化の流れも止まらない。
 急激に進む高齢・少子化を乗り切っていくため、社会保障や福祉の在り方が大きく転換を迫られている。二〇〇〇年四月からの介護保険制度導入はその第一歩と位置づけられている。これからの福祉は、お上による”弱者救済”ではなく、自立した個人による「支え合い」が基本になり、私たち一人ひとりの生き方が問われてくる。」(新潟日報社編[2000:3])

◆20000324 島田 晴雄 編  『高齢・少子化社会の家族と経済――自立社会日本のシナリオ』,NTT出版,275p. ISBN-10: 475712032X ISBN-13: 978-4757120327 \2625 [amazon][boople] ※
    「高齢・少子化の進展とその衝撃」pp.3-13 島田 晴雄
 「第一に年金である。[…]>0010> […]経済成長に見合った生活を維持しようと思うならば[…]大多数の平均的な国民は自助努力によって資産を運用しなくてはならないということになる。第二に、医療である。[…]もし保険料の拠出の増加を抑制するならば、給付について思い切った効率化が行なわれなくてはならない。[…]第三に、財政・税制である。[…]>0011>[…]所得税中心の体系から間接税中心の体系へ移行させなくてはならないだろう。第四に土地問題である。[…]以上のような例を通観してわかることは、人口増加と高度経済成長下で築かれたシステムは機能不全に陥る、あるいはこのままでは破綻を避けられないということである。しかし、そのことは将来について悲観的な展望を持たなくてはならないということを必ずしも意味してはいない。新しい時代のメガトレンドの変化をとらえて経済社会のシステムの編成原理を再編成し、新しい時代に適合したシステムに再設計をすれば、予想される困難を克服し、新しい繁栄を構築する可能性はある。そういう変化である。」(島田[2000:10-13])

◆20000723 鈴木 りえこ 『超少子化――危機に立つ日本社会』,集英社新書,238p. ¥680
   ●現状を紹介、要因を分析

◆200010 藤正 巖・古川 俊之 『ウェルカム・人口減少社会』,文春文庫,203p. ISBN: 4166601342 [boople] [amazon]
   ●必然であるとし、制度設定を過たなければ大丈夫だと主張

◆20001109 アラン・ドゥルアール博士講演会 「フランスにおける人口政策の歴史」

◆20001201 野村総合研究所 『少子高齢化と現役世代の活性化――日本の優先課題2001』,野村総合研究所広報部,430p. ISBN-10: 4889900934 ISBN-13:978-4889900934 2100 [amazon][boople] ※
 「日本の財政収支の赤字と公的債務残高はすでに深刻な状況だが、人口の少子高齢化は、着実に公的年金と医療費の増大をもたらし、これが政府の財政収支の赤字を拡大させる要因となる。政府債務比率の拡大を食い止めるには、歳入の確保と公共事業の合理化に加えて、最大の歳出項目である社会保障関係費の抑制が不可欠になる。
 年金・医療・介護などの高齢化のコストを賄い、政府財政収支を改善するためには、経済の成長を確保することが重要であるが、人口が長期的に減少することによる労働力の減少が成長の制約となる。労働力を維持するカギの一つは、女性と高齢者にある。」(p.26)
 「基礎年金および報酬比例部分の給付水準を段階的に削減すると同時に、積立方式の自己勘定を導入し、その運用は個人の選択に委ねるというような年金システムの改革は、公的年金の安定化と公平化に寄与するうえに、資源配分の効率化につながるものとみられる。」(p.27)

◆20010310 笹田 哲夫 『社会が動く家族が変わる――少子・高齢社会をどう生きる』,桐書房,254p. ISBN-10: 487647513X ISBN-13: 978-4876475131 \1680 [amazon][boople] ※
 「日本や北欧のような出生率の低下は、国土が狭く資源の乏しい国で、人口容量が上限に近づいたときに現われる必然的な現象なのかもしれないのである。
 そうだとすれば、それに抗するような政策を採用してみても、一時的にはともかく長期的にはさほどの効果は期待できないのではないか。
 それよりも、迫り来る人口減少が必然的なものであるという認識の下に、現実を素直に受け入れることを考えた方が賢明である。」(笹田[2001:231])

◆20010510  嵯峨座 晴男 編  『少子高齢社会と子どもたち――児童・生徒の高齢化問題に関する意識調査を中心に』

広井 良典 20010620 『定常型社会――新しい「豊かさ」の構想』,岩波書店,190p.ISBN-10: 4004307333 ISBN-13: 978-4004307334 735 [amazon]

◆20011101 山口 三十四  『人口成長と経済発展――少子高齢化と人口爆発の共存』 有斐閣,312p. ISBN-10: 4641161380 ISBN-13: 978-4641161382 3570 [amazon][boople] ※

◆20011221 楠木 ぽとす 『産んではいけない!――少子化なんてくそくらえ』, 太田出版,221p. ISBN-10: 4872336259 ISBN-13: 978-4872336252 1260 [amazon][boople] ※
 「「少子化」なんてなんのその。「合計特殊出産率」なんてくそくらえ。そんなこと言ってたら、子供の数がどんどん減って将来の働き手がいなくなるじゃないかって? そんなこと知ったこっちゃない。[…]「将来の労働力」を育てるために、なにかおもしろうてこんな苦労をしょいこまなければならないのか。私たち1人1人の女にはそんないわれも義理も必然性もまったくありません。
 […]出生率が1を割り込んで、日本がひらすら滅亡の危機へ突き進んでも、世界には60億人もの人間がいるんだか>0220>ら、大丈夫。痛くもかゆくもないでしょう。
 それどころろか、人口が減れば食料問題や環境問題の解決にもつながるし、地球規模でみれば、産まない方が、人類のために多少なりとも貢献できるというもの。」(楠木[2001:220-221])

◆20011226 原田 泰 『人口減少の経済学――少子高齢化がニッポンを救う!』,PHP研究所,238p. [boople][amazon] ※
●肯定的な面があることを指摘した後、生産性を上げ、負担を減らすことを提言

◆20020410 石水 喜夫『市場中心主義への挑戦――人口減少の衝撃と日本経済』,新評論,282p. [boople][amazon] ※
   ●与件とした上で、新自由主義の路線を批判

◆20020510 金子 勇 編 『高齢化と少子社会』 ,ミネルヴァ書房,294p. ISBN-10: 4623036081 ISBN-13: 978-4623036080 3675 [amazon][boople]  ※
   序章 「長寿化と少子化が進む日本社会」(金子 勇)
 「社会システムは男女というよりも世代間男女と世代内男女で構成されている。このそれぞれで公平性を維持するインプット(負担)の仕方とアウトプット(受益)の仕方がどこにあるのか。その意味で、男女だけの共同参画でもなく、アウトプット議論にも偏らない、世代論とインプットとアウトプットの両方を踏まえて、公平と公正の観点から、子育てフリーライダーの問題を軸にした少子化論の完成が課題になっている。」(金子[2002:32])

◆20020615 松谷 明彦・藤正 巌 『人口減少社会の設計――幸福な未来への経済学』, 中公新書,211p. [boople][amazon] 
●与件とし肯定面もあるとした上で、経営のスリム化、既得権の解消等を提唱

◆2002/09/12 「不妊治療の在り方検討を NPO活用、保険料軽減も 少子化懇」
 共同通信ニュース速報
 「厚生労働相の私的諮問機関である「少子化社会を考える懇談会(座長・木村尚三郎静岡文化芸術大学長)の中間取りまとめの全容が十二日、明らかになった。今後の少子化対策として、社会保険料の軽減のほか、不妊治療の在り方の検討や子育て支援NPO(民間非営利団体)の活用などを提言している。
 坂口力厚労相は十三日に少子化懇の報告を受けた上で厚労省の少子化対策をまとめ、十八日以降に小泉純一郎首相に提出する。
 現在、不妊治療の一つである体外受精などは医療保険の対象外で高額な費用がかかるため、坂口厚労相は助成措置を提言。自民党幹部にも支持する意見がある。ただ医療倫理、技術両面で慎重な検討を求める声が根強く、今後曲折が予想される。
 児童年金の創設や育児休業取得の数値目標導入など国、企業の財政負担につながる抜本策は盛り込まれなかった。
 とりまとめのタイトルは「子どもを育てたい、育てて良かったと思える社会をつくる〜いのちを愛(いと)おしむ社会へ」。
 子育て家庭に対する年金などの社会保険料負担を軽減するよう求めたほか、不妊治療については「倫理的問題、医療技術の有効性・安全性、体制整備や経済負担の問題を検討する」と明記した。母親の子育てサークルなど草の根NPOと市町村の連携を進めるよう求めている。
 また、公共施設に授乳設備や乳幼児コーナーを設ける「子育てバリアフリー」の推進を提案。育児支援に取り組む「ファミリー・フレンドリー企業」の普及を進め、派遣労働など多様な就労を可能にするよう主張した。」[2002-09-12-20:14]

◆2002/09/12 「少子化の抜本策見送り 内閣の隠れみのに利用も 少子化懇」
 共同通信ニュース速報
   厚生労働相の私的諮問機関である「少子化社会を考える懇談会」の中間とりまとめには、児童年金制度の導入や育児休業取得の数値目標導入など抜本策は盛り込まれなかった。代わって不妊治療支援の検討を「目玉」としたが、倫理、医療技術両面の検討課題が山積みで、実現までの道のりは遠そうだ。
 坂口力厚労相の肝いりで発足した懇談会も、小泉内閣が「少子化問題に取り組んでいるというポーズを取る」(自民党閣僚経験者)ための「隠れみの」に利用される結果に終わりかねない。
 坂口厚労相は児童年金の創設を提言しているが、「厚労官僚は財政事情が厳しいと消極的」(与党議員)だ。育児休業取得の数値目標も、新たな企業負担を招くというネックがあった。懇談会に、こうした事務方の思惑が微妙に反映した可能性は否定できない。
 社会保険料の負担軽減には財政当局の賛同が必要になり、公共施設での子育てバリアフリー実現にも各省庁の財政的協力が欠かせない。各省庁の対応によっては、提言は「絵に描いたもち」になる。」[2002-09-12-20:28]

◆2003/05/27 平成14年度厚生科学研究 政策科学推進研究事業発表会――少子化を巡る諸問題について プログラム

◆2003/06/09 賛同と署名のお願い
 「少子化社会対策基本法案」に“待った”をかけましょう!

◆田中 尚輝・安立 清史・浅川 澄一 20031010 『介護系NPOの最前線――全国トップ16の実像』,ミネルヴァ書房,206p. ISBN-10: 4623038890 ISBN-13:978-4623038893 1995 [amazon] ※ b a02 p02 l

◆20031105 荻野 美穂 「反転した国策――家族計画運動の展開と帰結」,『思想』955(2003-11):175-195

◆20031215 毎日新聞社人口問題調査会 編 『少子高齢社会の未来学』,論創社,189p. [boople][amazon]
   ●現状の分析と未来予測

◆20040226 松原 聡『人口減少時代の政策科学』,岩波書店,シリーズ・現代経済の課題,207+2p. [boople][amazon][bk1]
「出生率の低下に警鐘を鳴らし続け、財政規律の必要性、民営化・規制緩和の必要性を主張し続けている」(松原[2004:206])

◆20040520 松谷 明彦 『「人口減少経済」の新しい公式――「縮む世界」の発想とシステム』,日本経済新聞社,250p. [boople][amazon]
 「日本は「極大値」に達したのである。[…]極大値後の世界においては、経済も社会も巨大な構造変化を強いられる。」(松谷[2004:23])

◆20041210 野村総合研究所 『ベビーブーマー・リタイアメント――少子高齢化社 会の政策対応』,野村総合研究所出版部,324p.[amazon][boople]
月収が十三万円ほどのフリーター[…]にとっては、一万三三〇〇円の拠出額は月収のおよそ一割に当たるので、自発的に拠出を求めることには無理があるのかもしれない。
 フリーターにしてみれば、生活するだけで精一杯であり公的年金を支払う余裕などない、ということなのだろう。しかし、公的年金は親への仕送りの社会化なのである。二〇代、三〇代の公的年金未納率が高まれば、OBへの給付が困難となり、さらにその給付を守るため誠実に支払いをしている人の負担はより一層重くなる。誠実な人が制度に不信感を抱けば、公的年金システムの根幹を揺さぶることにもなりかねない。増加している非正規社員からの保険料徴収は、公的年金改革における重要課題の一つである。」(p.109)

◆20041215 内閣府 編 『平成16年版少子化社会白書』,ぎょうせい,187p. ISBN: 4324075670 1600  [boople][amazon]

◆200412 赤川 学  『子どもが減って何が悪いか!』,ちくま新書,217p. [boople][amazon]  ※ b p02
   ●「少子化対策」が有効でないことを指摘、育児支援はそれと独立に主張すべきとする。少子高齢化の問題はあるとし、年金制度改革等の必要性に言及

◆Kotlikoff, Laurence J.; Burns, Scott 2004 The Coming Generatuional Storm; What You Need to Know about America's Economic Future,MIT Press=20050722 中川 治子 『破産する未来――少子高齢化と米国経済』,日本経済新聞社,384p. ISBN-10:4532351588 ISBN-13:978-4532351588 \2625 [amazon][kinokuniya] ※ e05 p02

◆20050401 赤川 学「子どもが減るのは、『危ない』のか」,『en』2005-4http://web-en.com/column/0504/main.cfm

◆20050701 日本経済新聞社 編 『少子に挑む――「脱・人口減少」への最後の選択』,日本経済新聞社,248p.[amazon][boople] ※
   まえがき
 「子どもを増やしたくないと思わせる社会には、何かおかしさがあるのではないか。[…]>0002>本書は、日本経済新聞に二〇〇五年一月一日から連載された「少子に挑む」を大幅に加筆修正し、まとめたものである。」(pp.2-3)

◆20050805 日下 公人『「人口減少」で日本は繁栄する――22世紀へつなぐ国家の道』,祥伝社,205p. [boople][amazon] ※
   ●「少子化対策の第一はいい男といい女を増加させることであって、金と暇はその次である。」[26]といったことが書いてある

◆20050228 店田 廣文 編 『アジアの少子高齢化と社会・経済発展』,早稲田大学出版部,301p.[amazon][boople]

◆20051215 原田 泰・鈴木 準『人口減少社会は怖くない』,日本評論社,194p.[boople][amazon]
   ●対策も記しつつ、人口減少を前提に考えるしかなく、そこに肯定的な面もあるとし、高齢社会のコストを削減し、皆で働き、生産性を上げることを提唱

◆20051219 内閣府 編  『平成17年版少子化社会白書――少子化対策の現状と課題』,ぎょうせい,225p. ISBN:4324078203 \1700 [boople][amazon] ※

◆20051221 額賀 信 『需要縮小の危機――人口減少社会の経済学』,NTT出版,230p.[amazon]
「いまや人は他人に迷惑をかけなければ自由と考えられていて、生活のあらゆる場で、個人の自由な意思が尊重されるようになっている。
 例えば、NEETやフリーター的生き方について、それは個人の自由な生き方の問題だと考える風潮も強い。個人の自由を尊重するという点では、最近の少子化もその好例である。<0230<結婚しないのも、子供を産まないのも個人の自由に属していて、それらを強制することは個人の尊厳に反すると考えられている。そうした自由が続いた結果、わが国は今、NEETやフリーターが増え、子供が減った。
 NEETやフリーター、少子化などの社会問題への対応は、これまでもっぱらそれを生み出している社会的要因を探り出し、それを改善するという手法がとられてきた。つまり個人ではなく、社会の問題点解消に重点が置かれてきた。それはそれで必要な対応だが、いまや、より基本的な問題を考える必要が高まっているように思われる。それは「私たちは、本当のところ、どこまで自由なのか」という根本的な問いかけである。
 それは、社会的存在としての企業が、多くの社会的責任(CSR)を負っている状況とも似ているだろう。」(額賀[2005:230-231])

◆20060200 樋口 美雄・財務省財務総合政策研究所 編『少子化と日本の経済社会』日本評論社.

◆2006 岩沢 美帆,「人口学からみた少子化」『家族研究年報』31.

◆20060209 片岡 樹・川崎 純子・樽 永・原 広・福地 誠 『図解人口減少社会は怖くない!――人口減少で日本没落、地方衰退なんてウソだ!』,洋泉社,94p. ISBN: 4896919939 1260 [boople][amazon]
   ●藤正巌・山田昌弘・松谷明彦・木村政雄へのインタビューを中心に構成

◆20060216 白波瀬 佐和子 編 『変化する社会の不平等――少子高齢化にひそむ格差』,東京大学出版会,244p [amazon][boople]

◆20060710 立岩 真也 『希望について』,青土社,320p.[boople][amazon][bk1] ※,

―以下は本を編むにあたり、「少子・高齢化社会はよい社会」の註として新たに付加した部分―
 「[…]それにしても、「少子高齢化」という、今では小学生でも口ずさめるこの言葉をいつ誰が言い出して、どのようにして、かくも広がってしまったのか。誰もが知っているようで、実はよくわかっていない。知っておいた方がよいはずである。以下、幾つか集めただけを並べる。一九八〇年代から九〇年代初頭には川口・川上[1989]、上野[1991]。川口・川上[1989]では、例えば以下のような言明が引かれている。

「老齢化社会が進み老齢者が人口の多数を占めるようになると、[…]老齢者のための福祉コストが労働者に重くのしかかり、その旺盛な活力を阻害することになる。しかも、政治的な配慮から福祉コストを個人から企業へ転嫁すると、その過重な負担により、企業経営力が脆弱化し国際競争力を著しく弱め、国の経済地位も低下し続け、その結果一億総貧困化へと沈んでいくことになる」(生命保険協会・成熟化社会特別研究チーム[1980:280]、川口・川上[1989:266]に引用))

 「人口構成の高齢化は経済にもさまざまな影響をあたえる。第一に、人口の中に占める生産年齢人口の比率が低下するため、他の条件が等しいかぎり、国民一人当りの実質生産高ないし、実質国民所得の成長が鈍化する。第二に、人口構成が高齢化して高齢の扶養人口の比率が高まると、高齢者のための年金、医療費、社会福祉サービス費などの費用負担が重くなり、[…]この費用負担が経済成長にとってはマイナスの影響を与える」(丸尾[1981:198]、『日本型高齢化社会』中の「高齢化の経済的インパクト」の項、川口・川上[1989:263]に引用)

 ただ、その後これまでに現われてある言説は、危機を語り、「対策」を主張するものだけではない。むしろ、人口の減少は避けられない与件としておいた上で、自らの経済政策論を展開する、あるいはそれに引き付けるといった書物が多く現われる。そしてそれらは、政府が何を言おうが、いくらかの政策的対応がなされようが、起こることは起こるだろう、ならばその上でどのように立ち振る舞ったらよいかを考えるしかない、といった気分のもとに受容されることになる。
『人口減少ショック――社会が変わる内需が変わる』(古田・西武百貨店IDFプロジェクト室[1993]、人口減少に対応したマーケティング戦略を提唱)、
『人口減少社会、未来への責任と選択』(人口問題審議会編・厚生省大臣官房政策課監修[1998]、少子化の影響を「概ねマイナス面の影響」とする人口問題審議会報告書と、意見聴取された十八人の識者の必ずしも報告書に線に沿っていないものもある意見を掲載)、
『「少子高齢化」の恐怖を読む――日本の社会はどう変わるのか?!』(木村編[1999]、「二時間でわかる図解シリーズ」の一冊)、
『超少子化――危機に立つ日本社会』(鈴木[2000]、現状を紹介、要因を分析)、
『ウェルカム・人口減少社会』(藤正・古川[2000]、必然であるとし、制度設定を過たなければ大丈夫だと主張)、
『人口減少の経済学 ――少子高齢化がニッポンを救う!』(原田[2001]、肯定的な面があることを指摘した後、生産性を上げ、負担を減らすことを提言)、
『市場中心主義への挑戦――人口減少の衝撃と日本経済』(石水[2002]、与件とした上で、新自由主義の路線を批判)、
『人口減少社会の設計――幸福な未来への経済学』(松谷・藤正[2002]、与件とし肯定面もあるとした上で、経営のスリム化、既得権の解消等を提唱)、
『少子高齢社会の未来学』(毎日新聞社人口問題調査会編[2003]、現状の分析と未来予測)、
『人口減少時代の政策科学』(松原[2004]、「出生率の低下に警鐘を鳴らし続け、財政規律の必要性、民営化・規制緩和の必要性を主張し続けている」(松原[2004:206]))、
『「人口減少経済」の新しい公式――「縮む世界」の発想とシステム』(松谷[2004]、「日本は「極大値」に達したのである。[…]極大値後の世界においては、経済も社会も巨大な構造変化を強いられる。」(松谷[2004:23])、
『平成十六年版少子化社会白書』(内閣府編[2004])、
『子どもが減って何が悪いか!』(赤川[2004]、他に[2005]、「少子化対策」が有効でないことを指摘、育児支援はそれと独立に主張すべきとする。少子高齢化の問題はあるとし、年金制度改革等の必要性に言及)、
『「人口減少」で日本は繁栄する――二二世紀へつなぐ国家の道』(日下[2005]、「少子化対策の第一はいい男といい女を増加させることであって、金と暇はその次である。」[26]といったことが書いてある)、
『平成十七年版少子化社会白書――少子化対策の現状と課題』(内閣府編[2005])、
『人口減少社会は怖くない』(原田・鈴木[2005]、対策も記しつつ、人口減少を前提に考えるしかなく、そこに肯定的な面もあるとし、高齢社会のコストを削減し、皆で働き、生産性を上げることを提唱)、
『図解人口減少社会は怖くない!――人口減少で日本没落、地方衰退なんてウソだ!』(片岡・川崎・樽・原・福地[2006]、藤正巌・山田昌弘・松谷明彦・木村 政雄へのインタビューを中心に構成)。

◆20070625 盛山 和夫,『年金問題の正しい考え方――福祉国家は持続可能か』中公新書.
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◆島田 晴雄・渥美 由喜,2007,『少子化克服への最終処方箋』ダイヤモンド社.

◆竹下 修子,2004,『国際結婚の諸相』学文社.

山田 昌弘,20070420,『少子社会日本―もうひとつの格差のゆくえ』岩波新書.[amazon][boople]

◆20071206 沢山 美果子・岩上 真珠・立山 徳子・赤川 学・岩本 通弥  『「家族」はどこへいく』,青弓社,229p. [amazon] ※ s00



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■by 立岩 真也

◆1997/11/01「少子・高齢化社会はよい社会」 信州大学医療技術短期大学部公開講座
 受講者用資料集中の文章

◆2000/**/**「過剰と空白――世話することを巡る言説について」副田 義也・樽川 典子 編『現代社会と家族政策』,ミネルヴァ書房

◆2000/02/05「選好・生産・国境――分配の制約について(上)」『思想』2000-02 参考資料

◆2001/01/11「つよくなくてもやっていける」(論壇・正月シリーズ・「21世紀の入り口で」)『朝日新聞』2001-01-11朝刊

◆2000/02/05「選好・生産・国境――分配の制約について(上)」『思想』2000-02 参考資料

◆2001/01/05三村卓也「(家族について)」
 『信濃毎日新聞』2001-01-05

◆2001/01/25「ふつうのことをしていくために」
 『助産婦雑誌』vol.55no.1(2000-1):39-44 特集:21世紀のいのち

 「1 「少子化」という紋切型
 少子高齢化社会だから子どもを産んでもらわないとならない。だからみなさんの仕事は大切な仕事なのだから、がんばらなくてはなりません。」といったスピーチが、学校の卒業式の後の謝恩会などで関係病院の産婦人科の責任者からあったりする、かもしれない。加えて、「新しい世紀を迎えて」、というようなことで、なんだか新しいことをしなくてはならない、もっとがんばらなくてはならないといったことが言われる。
 出産と育児の環境を整えることには賛成だし、助産はいうまでもなく大切な仕事だ。だがそれは、高齢社会で少子社会だから、こどもを生まないとならないからではない、と思う。
 「優生学」と呼ばれるものが一つ前の世紀末、つまり一九世紀末から二〇世紀にかけて、世界中でひどく流行した。そこで望まれていたのは、人口の量と質の確保、向上だった。よい質の人間を増やしわるい質の人間を減らそうというのである。これはけっしてナチス・ドイツだけのアイデアではなかったが、ユダヤ人の虐殺、「民族浄化」に結びつくものではあった。それで戦後この言葉は評判の悪い言葉になる。★02
 そんなこともあって、少子化対策が「優生」政策だとはけっして言われない。だがどうだろう。今言われているのは、高齢社会を「支えるために」人が必要だということである。つまり、ここで生まれてほしい人として暗黙に想定されているのは「生産性=質の高い子ども」である。ならば、今言われなされていることとかつて言われ行われたことは、基本的には、まったく同じなのである。
 人は人が生産したものを消費して生きているのだから、たしかに生産する人はいてくれないと困る。しかし現在、そしてこれから訪れるのは、そんなに危機感を持たないとならない状態なのだろうか。私は、ここでは説明を略するが、言われているほどの危機は存在しないと考えているし、人の数を増やすのは、人々の生活水準を維持するのに有効な手段でもないと考えている。そして、出産・育児を支えるとは、まず様々な思いの様々な人たち、ともかくそういうことにした、あるいはそういうことになった人たち、個人を支えることであり、この単純な立場を通すことだと思う。
 声高に「危機」や「未来」が語られる時、大切なことは、大仰で扇情的な話に乗らないこと、自分の仕事から考えていくことだと思う。[…]」


REV:.20000107,20010124...20030214,0614,0802,1008,27 1222 20040316 20060410 20070503,07,09 20070605,09 20080712, 20081006,20090811,0816,20100717, 20110510, 20120331, 20160530
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