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臓器移植 organ tranpslantation 2001

臓器移植



◆2001/04/12 家族腎臓提供で患者移植順位繰り上げ…米で賛否
 『読売新聞ニュース』
◆2001/06/11 「男性に自分の子供(成人)2人から生体肝移植 京大病院」
 朝日新聞ニュース速報 他
◆2001/06/18 <脳死移植>心臓の治療などへの再利用を承認 循環器病センター
 『毎日新聞』2001-06-19
◆2001/07/07 野村祐之「『生 (ビオス) の奴隷からの解放 - 輝く命の明日に向けて - 臓器移植体験から -』」
 バイオエシックスを考える学生の会7月度学校めぐり
◆2001/09/02 「<訃報>クリスチャン・バーナード博士が死去 78歳」
 毎日新聞ニュース速報
◆2001/12/29 あっせん責任者が執刀 1月の臓器移植 ネット理事の寺岡教授
 共同通信ニュース速報

 

◆2001/04/12 家族腎臓提供で患者移植順位繰り上げ…米で賛否
 『読売新聞ニュース』

 【ワシントン11日=館林牧子】患者の家族が腎臓(じんぞう)を提供すれば、患者が腎臓をもらえるチャンスが増えます――。こんなプログラムを米ボストンの病院「ニューイングランド・メディカルセンター」が始めた。移植の臓器分配を仕切る全米臓器配分ネットワーク(UNOS)の承認を得ており、「深刻な臓器不足に対する画期的なプログラム」と称賛する声がある一方、米連邦法が禁じる売買に準じ「倫理的に問題だ」と疑問視する関係者もある。
 腎臓は免疫型などが適合していないと移植できないため、家族でも提供が難しい。家族などから生体腎移植ができない場合、死者からの提供を待つしかないが、米国では現在約四万八千人の待機患者がおり、提供まで平均五年間待たなければならない。
 「分かち合う希望」と命名されたこのプログラムでは、家族が第三者に、二つある腎臓の一つを提供した場合、患者が病院の待機リストの最上位にランクされ、数週間で腎臓をもらうことも可能だという。
[2001-04-12-12:14]

 

◆2001/06/11 「男性に自分の子供(成人)2人から生体肝移植 京大病院」
 朝日新聞ニュース速報

 「京都大で4月下旬、男性患者が自分の子供2人(ともに成人)から肝臓の一部の提供を受けた生体肝移植手術が行われたと11日、同大の「医の倫理委員会」が発表した。2人の臓器提供者による生体肝移植手術は「国内では初めて」(京大)という。
 京大によると、患者は急性肝不全で京大病院に入院していた。生体肝移植では移植された肝臓の重さが患者の体重の1%以下だと、肝臓への負担が増し手術の成功率が低くなるという。男性患者は80〜90キロ程度で、提供者1人の肝臓では1%に達しなかったため、2人からの移植を決めた。それぞれ肝臓の右半分の一部と左半分の一部を提供した。提供者はすでに退院しているという。」[2001-06-11-22:36]

◆2001/06/11 「国内初、京大で2人の子供から父に生体肝移植」
 読売新聞ニュース速報

 「京都大病院(京都市左京区)は十一日、「医の倫理委員会」(赤林朗委員長)で、B型肝炎の急性肝不全の父親に四月末、成人した子供二人の肝臓を移植したと報告した。二人から提供を受けた生体肝移植は、国内で初めて。
 移植した肝臓は、移植患者の体重の一%に満たないと定着せず拒絶反応などが起きる可能性が高い。この父親は約八十キロで、一人分の肝臓では重さが不足すると判断、二人から同時に提供を受けることにした。術後の経過は順調という。
 京都大によると、二人からの移植は技術的には一人からと変わらないといい、韓国ではすでに十数例が報告されている。」[2001-06-11-21:54]

◆2001/06/11 「<生体肝移植>子供2人の肝臓を父親に 京大病院で国内初の」
 毎日新聞ニュース速報

 「京都大(京都市左京区)の医の倫理委員会は11日、同大病院で今年4月、B型肝炎による急性肝不全の父親に対し、成人した子ども2人からの生体肝移植が行われていたことを明らかにした。2人のドナーからの生体肝移植は国内で初めて。
 同委によると、当初は1人からの移植を予定していたが、移植できる肝臓が父親の体重の1%に満たないことが事前の検査で判明。1%未満の場合、肝臓の定着率が悪く成功が危ぶまれたため、急きょもう1人の同意を得て、2人から提供を受けたという。父親の経過は良好で、子ども2人は既に退院している。
 同委は「今回のケースは緊急に委員会を開き承認したが、2人からの移植はリスクも2倍になることなので、今後も慎重に検討したい」と話している。」【高田房二郎】
[2001-06-11-20:30]


 

◆2001/06/18 <脳死移植>心臓の治療などへの再利用を承認 循環器病センター
 『毎日新聞』2001-06-19
 国立循環器病センター(大阪府吹田市)の倫理委員会(委員長、武部啓・京都大名誉教授)は18日、脳死心臓移植を受けた患者から摘出した病気の心臓の一部を、別の患者への移植などに再利用する研究の実施を承認した。脳死移植後の臓器を再利用する試みは国内初。
 同センターの中谷武嗣・臓器移植部長らが倫理委に申請していた。摘出した心臓のうち心臓弁などの組織を凍結保存してさらに別の患者に移植する「ドミノ移植」や、心筋細胞の培養法などの基礎研究の材料に使う。倫理委は、心臓の提供者に十分なインフォームド・コンセントをしたうえで、提供者が特定できないようにし、安全性も確保することを条件に承認した。 【奥野敦史】
[2001-06-19-02:55]

 

◆2001/09/02 「<訃報>クリスチャン・バーナード博士が死去 78歳」
 毎日新聞ニュース速報

 「【ヨハネスブルク支局】ロイター通信によると、世界で初めて心臓移植手術に成功した南アフリカの心臓外科医、クリスチャン・バーナード博士が滞在先のキプロスのホテルで2日朝(日本時間同日夕)、死去した。78歳だった。死因は不明だが、心臓発作の可能性が高いという。
 バーナード博士は英国系移民の牧師の子として生まれ、南アのケープタウン大の外科に研究員として勤務。米ミネソタ大留学後の67年、ケープタウンの病院で、53歳の患者への世界初の心臓移植手術に成功、倫理面からさまざまな議論を呼んだ。この患者は19日目に肺炎で死亡したが、博士は「苦しんでいる患者を救うのは医者の役目だ」とひるまず、74年には患者の心臓を摘出せず、新たな心臓を移植するなど意欲的な手術を試みた。
 米留学当時は日本初の心臓移植を実施した和田寿郎札幌医大教授(当時)と机を並べ、その後も世界中の多くの外科医が同博士の下で技術を積んだ。83年に引退後は、基金を設立し、心臓疾患を抱えた子供を世界中から南アに集め、心臓手術などの機会を与えた。
 著書「健康な心臓のための50の方法」は23カ国語に訳され、70万部のベストセラーになった。」[2001-09-02-23:35]

 

◆<臓器移植>「子供に脳死移植を」 法改正の要望書提出
 毎日 10月16日(火)14時1分

 臓器移植法施行から4周年の16日、日本移植者協議会(大久保通方理事長)など八つの患者団体が、乳幼児への心臓移植などを実施しやすいように同法を改正することを求める要望書を、厚生労働省に提出した。午後には衆参両院議長に同様の要望書と、約50万人分の署名を提出する。
 臓器移植法は脳死での臓器提供について、提供する本人の書面による事前の意思表示が必要、と定めている。意思表示が有効なのは遺言と同様、本人が15歳以上の場合だけ。また同法のガイドラインでは、6歳未満の脳死判定はできない。臓器のサイズは大人と子供で異なるため、乳幼児ら小さな子供への心臓移植などは難しい状況となっている。 
【高木昭午】(毎日新聞)
[10月16日14時1分更新]

 

◆2001/12/29 あっせん責任者が執刀 1月の臓器移植 ネット理事の寺岡教授
 共同通信ニュース速報

 国内唯一の臓器あっせん組織「日本臓器移植ネットワーク」(東
京)常任理事の寺岡慧・東京女子医大教授が一月、移植ネットの「
あっせん対策本部」で責任者として脳死判定のチェックなどに携わ
ったドナー(臓器提供者)から自ら臓器を摘出、自分の大学病院の
患者に移植していたことが二十八日、関係者の話で分かった。
 移植医療で最も中立と公正が求められるあっせんの責任者で、ド
ナーとレシピエント(移植患者)双方の情報を知る立場の寺岡氏が
摘出と移植を手掛けたことについて、移植ネットの検証機関「中央
評価委員会」の委員は「ネットの中立性が崩壊してしまう」「和田
移植の二の舞い」と批判。
 厚生労働省はネット側から事情を聴くなど調査に乗り出した。
 寺岡氏は共同通信社の取材に「わたしの患者が(レシピエントに
)選ばれそうになったので、あっせん対策本部長の野本先生(野本
亀久雄元九大教授)と厚生労働省に相談し大阪大教授と交代した」
と説明。
 その上で「レシピエント選定に不正は一切ないが、誤解を招く立
場にあった」と述べた。
 厚労省は「寺岡氏からそのような連絡は受けていない」としてい
る。
 また寺岡氏は昨年からネットでコーディネーターを指導する非常
勤の「医療専門職」を務め、東京女子医大に年間三百万円の委託料
が支払われているが、取材の過程で「移植ネットの仕事はあくまで
ボランティア」と責任者の立場にはないことを何度も強調した。
 関係者によると、一月十九日午後、川崎市の病院で五十代の女性
が臨床的脳死と診断され、移植ネットはコーディネーターを派遣。
寺岡氏はコーディネーターらと一緒にネット本部(港区)七階の対
策本部に詰め、法的な脳死判定のチェックや移植の適否判断をした

 こうした作業の中で寺岡氏はその日のうちに、女性の血液型やド
ナーカードの記載内容から、東京女子医大病院の患者がレシピエン
トの候補になることを知った。脳死が確定した二十日午後一時ごろ
駆けつけた大阪大教授と対策本部の責任者を交代して女子医大に戻
り、摘出チームを編成した。
 その後、川崎市の病院に出向き二十一日未明から、すい臓とじん
臓を摘出し、女子医大で三十代の女性に同時移植をした。
 寺岡氏は一九九九年、臓器移植法施行後初の脳死移植に際し、心
臓移植の患者選定で誤って本来は優先順位二位の患者に「最優先候
補」と連絡。選定責任者として、この患者や入院先の国立循環器病
センター(大阪府)に謝罪した。
(了)
[2001-12-29-10:14]


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臓器移植  ◇現代史プロジェクト?
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