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「沖縄問題」言説 1972年〜


last update: 20120918

■目次

1 年表
2 雑誌
3 新聞
4 世論調査
5 本
6 Webpage

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■1 年表



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■2 雑誌


197205
 福木詮「沖縄――新たな支配への抗議」
197206 特集 国民の権利と憲法二十五年 
 大田昌秀「沖縄――憲法の虚像と実像の谷間で」
 平山良明「試される沖縄の教育風土」
 金城睦「沖縄の人権問題――その盲点」
197306 特集 沖縄――復帰一年の憲法状況
 大田昌秀「日米安保の建前と沖縄の現実」
 潮見隆雄「沖縄の自衛隊」
 阪中友久「“ベトナム後”の米極東戦略」
 久場政彦・宮本憲一「沖縄経済開発――いま何をなしうるか」
 「海洋博が沖縄を混乱させる」
 「本土資本の沖縄進出」
 「経済開発のかげ」
 「あまりに貧困な医療行政」
 「赤信号の交通事情と都市政策」
 「沖縄大学処分再考」
 「文化財破壊の現状」
 「青少年犯罪の背景にあるもの」
 外間守善「沖縄の文化と文化財」
 丸岡秀子「重い旅とお粥」
 森逸郎「沖縄の米兵と基地」
 大城義昭「沖縄の高校生の発言」
 大城貴代子・金城芳正・照屋正雄・仲原忠義・吉元政矩「復帰一年の苦痛を語る――労働運動の現場から」
 久保田博二「グラビア 沖縄海兵隊」
197601 
 大田昌秀・岡本恵徳・新里恵二「沖縄の戦後思想――復帰問題を中心に」
197706 特集 三十年目の憲法論議
 福木詮「沖縄――復帰五年と憲法三十年」
197901 特集 反動化に抗する
 喜納昌吉・白竜「俺たちの時代」
197904 特集 冷戦と沖縄・北方領土
 進藤栄一「分割された領土――沖縄、千島、そして安保」
 大田昌秀「「戦後改革」と沖縄の分離」
 比嘉幹郎「アメリカ側からみた沖縄」
 中里友豪「占領下の沖縄の教育」
 小田実「六十年が経った――「朝鮮」、「ベトナム」、そして日本」
197911 特集 八〇年代の沖縄
 西川潤「日本の内なる南北問題」
 宮里政玄「世界と沖縄」
 鴨武彦・村瀬信也「海と平和」
 城戸一夫「沖縄における平和教育」
 袖井林二郎「地域平和と人権」
 新川明「本土と沖縄」
 嶋袋浩「沖縄の米軍大演習」

198106 特集 改憲論の本質を襞く
 共同報告 沖縄の証言――軍事化を憂いて
  仲宗根政善「沖縄戦の戦場体験」
  保坂広志・宮城悦二郎「沖縄の憲法状況」
  大田昌秀「沖縄からみる国の論理と民の論理」
 「政府の平和政策に対する公開質問状」
198206 小特集 沖縄復帰10年
 福木詮「「ヤマト世」十年」
 高嶺朝一「「核戦争の捨て石」オキナワ――米軍基地の現在」
 在京沖縄青年座談会「東京のエイサー」
 平良孝七「めくらましの中の十年――沖縄・72〜82」
198302 特集 日米安保体制の再検討
 高嶺朝一「自衛隊沖縄進駐の十年」
 大石芳野「沖縄の証言――語り始めた人々」
198411 特集 新聞批判
 大田昌秀「もう「沖縄」は終わったのか」
198412 特集 USA AFTER’84
 高江洲朝男「白保――緊迫の秋」
198506 特集 沖縄戦40年――戦後史の出発点として
 大田昌秀「沖縄戦史を読みかえす」
 石原昌家「沖縄戦――民衆の眼差しから」
 大城将保「なぜ沖縄はこだわり続けるのか」
 牧港篤三「「命ど宝」」
 新川明・新崎盛暉「沖縄にとって〈復帰〉とは」
 国吉永啓「よみがえる「キーストーン」」
 高嶺朝一「復帰後自衛隊の戦略」
 大城恭子・金城美智子ほか「復帰後世代のみた沖縄戦」
 阿波根昌鴻「戦争と戦後を生きて」
198603 特集 地域は変わるか――農業・テクノポリス・文化
 高江洲朝男「白保――正念場に立つ住民運動」
 新崎盛暉「20年間の米軍用地強制使用――日米安保体制の最底辺で、いま」
198610 特集 議会政は再生できるか
 新崎盛暉「沖縄――再び五〇年代へ?」
198706 特集 日米安保とは何か
 都留重人「日米安保の見直しを」
 斉藤孝「冷戦の特質――安保成立の背景として」
 「ハンドブック 日米安保体制の35年」
 中馬清福「日米安保の成立――占領から安保へ」
 上西朗夫「安保の構造化」
 林茂夫ほか「現状と問題点」
 R・オルドリッジ「日本は対ソ大一撃基地になっている」
 G・マコーマック「ANZUSとアンポ」
 N・チョムスキー「レーガン外交を総括する」
 R・デービス「米・反核運動の新しい波」
 宇都宮徳馬「なぜ、日米安保は危険か」
 新藤健一「新石垣島空港――その軍事的側面」
198709 特集 迷走する大学
 佐久川政一「安保と憲法――沖縄から見えるもの」
198710 特集 韓国民衆革命――現状と将来
 新崎盛暉「沖縄と天皇――「海邦国体」訪沖を前に」
198907 特集 脱自民政治の選択
 下嶋哲朗「像のシートがとり払われた日――チビチリガマ・一九八九年四月二日」
198909 特集 逆転参議院で何が変わるか
 三木健「リゾート・ブームの裏表――沖縄から」

199007 特集 安保30年目のジレンマ
 伊東光晴・佐々木毅「戦後体制のルールが問われている」
 五十嵐武士「世紀末日本の安全保障政策」
 浅井基文「日米安保体制に代わる構想を」
 中馬清福「緊張緩和はアジアに及ぶ――日本の防衛力のあり方を問う」
 ジェームズ・アワー「アメリカからみた日米安保――ともにイエスというべきである」
 河野洋平・國弘正雄「日米関係は日本の内政問題だ」
199008 特集 戦後責任を問う
 大田昌秀「第三の転機の沖縄」
199206 特集 沖縄――黄金時代が始まる
 嘉数啓「位置の悲劇から位置の優位へ――復帰20年、そしてこれから」
 真栄城守定・宮城弘岩「沖縄経済の黄金期が始まる」
 吉嶺全二「沖縄の自然はなぜ破滅したか」
 玉城満・新城和博「今、沖縄は臨月だ!」
 尚弘子・高里鈴代・桃原高・M・ランダール「提言・沖縄の明日」
 新崎盛暉「こうして公開審理は打ち切られた――米軍用地強制使用・その後」
199208・571 特集 PKO選挙へ
 在日米軍司令部報道部「冷戦以降も、沖縄基地の役割は変わらない」
199412・602 特集 日米安保をどうすべきか
 古関彰一他「共同提言 アジア・太平洋地域安保を構想する」
 梅林宏道「在日米軍は質的変貌を遂げつつある」
 W・ベロ「冷戦後のアジア太平洋安保」
 O・A・サンチェス「「平和の配当」を勝ちとるために」
199512・616 特集 沖縄が告発する「安保再定義」
 大田昌秀「二一世紀まで基地を残すことはできない」
 都留重人「古い友への手紙――日米安保の見直しを!」
 野里洋「沖縄“島ぐるみ闘争”の中で」
 新崎盛暉「米軍用地強制使用と代理署名」
 梅林宏道「日米安保再定義とは」 
199603・620 小特集 沖縄は主張する
 知花昌一・下嶋哲郎「沖縄反戦地主の志と論理」
 編集部「代理署名拒否こそ公益である――軍用地強制使用代理署名裁判・県側準備書面から」
 國弘正雄「われの平和の言葉撃たるべし」
199604・621 
 マイク・モチヅキ・堤清二「沖縄の非軍事化を提唱する」
199605・622
 船橋洋一「日米安保再定義の全解剖」
 大田沖縄県知事の証言から「本土から沖縄は「見れども見えず」ですか」
199607・624 特集 新日米安保体制とは
 鴨武彦「パワーポリティクスからの脱却を」
 水島朝穂「「有事法制」とは何か」
 竹田いさみ・前田哲男「多国間安保は可能か」
 C・ジョンソン「米国からみた「安保再定義」--米国は本当に基地を返還する気があるのか」
 田岡俊次「在日米軍基地の機能とは」
 前田寿夫「ガイドラインから新ガイドラインまで」
 大田昌秀「普天間移設をどう見るか--沖縄の未来は、本土の民主主義の力にかかっています」
 山内徳信「読谷村長から日米政府への手紙」
 駱忍石「冷戦後を中国はどうみているか--世界認識と地域戦略」
 若林正丈「民主台湾が揺るがす「72年体制」」
 小牧輝夫・山本 剛士・和田春樹「北朝鮮の現状と日本」
 三木睦子「「女性基金」呼びかけ人をなぜ辞任したか--国家補償を出すことがどうしても必要なのです」
 アリ・ラタシン・冨山一郎・鄭暎恵・本橋哲也「越境する文化・崩される知の体系--ポスト植民地主義のアイデンティティ」
199608・625 特集 分権自治革命
 新川明・池澤夏樹「沖縄独立の夢を語ろう」
 比屋根照夫「歴史からみた沖縄自立論」
199609・626 特集 「あいまいな50年」からの訣別
 夏休み 読むもの観るもの聴くものガイド
  冨山一郎「沖縄――身勝手なイメージからの脱却」
199611・628 
 高嶺朝一「平和国家・日本が試される」
 小川和久「嘉手納基地をハブ空港へ」

▼インパクション
19820430・17 特集 独立をめざす国内植民地・沖縄
 原田誠司「沖縄復帰10年と共同体社会主義の構想」
 比嘉良彦「沖縄自立論序説――復帰後、反復帰論の変遷と自立論」
 山崎カヲル「国内植民地概念について」



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▼充実期の1980年代、おきなわキーワードコラムブックと沖縄大百科事典〜沖縄県産本のあゆみ(4)(2015年11月12日)
http://www.okinawatimes.co.jp/cross/?id=339
喜納えりか(ボーダーインク編集者)

今回は1980年代の沖縄の出版事情を概観していきたい(なお本稿の出典については第1回の冒頭に詳述しているのでご参照ください)。復帰後、急速に「本土化」していく沖縄において県産本はどのような変化をしてゆくのか、その変化は、現在にまで何をもたらしているのか。

 1970年代後半から80年代の沖縄は、日本復帰やナナサンマル、海邦国体に象徴されるような政治上のイベントがほぼ終了し、同時に基地問題の硬直化、保守県政の全盛もあいまって、政治的な関心が急激に薄らいでいった。相反するように本土との格差是正の掛け声のもと、経済振興開発計画を柱に生活の豊かさを求めて邁進していくようになる。出版業界においても、専業出版社の充実に伴って、それまでのアカデミックな書籍、沖縄戦・歴史・政治をものした書籍に限らず、園芸や自然関係、写真集、料理、芸能、風俗など、より多岐にわたり生活に密着した分野が支持を獲得していくようになる。価値観の変化を背景にユタや祭祀などの伝統的慣習に現代的な光を当てながら論ずるような出版物が社会的反響を巻き起こしたのもこの時代である。

 豊かになりゆく生活を反映して、この時代では自分史・私家版の書籍発行・自費出版が活況を呈するようになった。こうした動きに敏感に反応した文進印刷ではいち早く「自分史センター」を立ち上げ、自分史の発行を一般の県民に広く呼びかけるとともに、本作りマニュアルやそれを手助けするライターを提供していった。これは今日まで続く沖縄の自分史ブームの源流と言えるだろう。また沖縄タイムス社は1980年に「沖縄タイムス出版文化賞」を設立している。戦後初期の沖縄出版界を名実ともにリードした同社が専業出版社の充実度ならびに文化的貢献を顕彰することの意義とともに、同賞は現在まで継続されている。

 しかし、1980年代においての特筆すべき事柄といえば、『沖縄大百科事典』と『おきなわキーワードコラムブック』に行き着いてゆく。前者は沖縄に関する17000を超える事象・用語について各分野の専門家が解説した事典で、上・中・下・別冊1巻の全4巻、沖縄タイムス社が1983年に満を持して刊行した。偶然か必然か、同じ事典形式をとった『おきなわキーワードコラムブック』が沖縄出版から刊行されたのは1989年。若者たちが同時代的な沖縄を活写したこのショートコラム集は、キーワードの立て方や文章のクオリティーも相まって社会現象ともいえる大ヒットを巻き起こした。同書が生み出した、沖縄をポップに描写するというスタイルは太い水脈となって以後も続いていき、現在でもさまざまな分野にそのフォロワーを見ることができる。

●『沖縄大百科事典』歴史的な一大プロジェクト
 沖縄の日本復帰から11年目にあたる1983年、沖縄タイムス社創刊35周年記念事業として刊行された。制作期間は約3年、収録項目1万7011、総索引項目30万6018、写真・図版関係4547点、執筆者は1046人にも上るというまさに一大プロジェクトだった。定価5万5千円で3万セットを売り上げたが、その9割は予約販売だったというからいかに待望されていたか分かるだろう(ちなみに予約では特価4万円)。琉球弧全域の歴史・文化・政治・経済・生活習俗のほとんど全分野を収録しており、沖縄研究の道しるべが本書によってできたと言っても過言ではなく、さらにそれまで地道に続けられてきた沖縄学の成果を大衆が活用できるようになったことにおいても重要な転轍点と言える。

 当時は全国各地で新聞社を中心とした百科事典づくりが流行していたが、その分量と内容の充実度において同書は他地域を圧倒しており、沖縄事典では現在に至るまでこれを超えるものは登場していない。また、30人以上もいたという編集スタッフはその後、地域史協議会や出版社に活躍の場を移しており、沖縄研究そして出版の質向上へも多大な貢献を果たしたと言えよう。『沖縄大百科事典』へのこうした評価の高さはおのずと改訂版刊行への期待へつながるのだが、1990年代以降、商業出版でこうしたプロジェクト的な事業はほとんど姿を消してしまい、改訂版は残念なことに実現されていない。

●若者向け雑誌の先駆け『おきなわJOHO』『コミックおきなわ』
 沖縄での若者向け雑誌の先駆けとなったのが『おきなわJOHO』である。全国のタウン情報誌発刊ブームに乗るかっこうで、1984年に創刊準備号が、同年12月25日には創刊号が出された。当初はA5判サイズだったが、1990年12月号でB5判に、最終的にはAB判となった。当時は沖縄から刊行される若者向けの雑誌が存在せず刊行直後からたちまちブームになるとともに、名物編集長をはじめとして、カメラマンやライターなどといった人材を多数輩出したことも特筆すべきだろう。しかしながら2000年代後半から顕著になった雑誌の売れ行き不振には抗えず、2011年3月号をもって休刊となった。

 一方の『コミックおきなわ』は1987年4月創刊、当時も今においてもローカル月刊漫画雑誌は全国的にも珍しく、沖縄にも多彩な漫画家が存在することを高らかに証明した存在である。しかしながら売上が常に好調だったとはいえず、1989年の第24号以降の隔月刊化を経て、1990年には休刊した。だが約3年間でローカル漫画誌としては異例ともいえる30冊を発行し、誌面では新人募集を意欲的に行って漫画家の登竜門的存在にもなったこと、さらに現在でも『コミックおきなわ』を引き継ぐ媒体や人脈が活動の場をインターネット上に移しながら継続していることを鑑みると、同誌が沖縄の漫画界に果たしてきた役割は非常に大きいと言えるだろう。1999年には別冊として『コミックおきなわ同窓会スペシャル』が発行されている。

●ひるぎ社「おきなわ文庫」シリーズ 
 印刷会社が、印刷を請け負った書籍・雑誌の発行所(出版元)を兼ねている例は少なくないが、沖縄県内で最大の業績を残した企業が南西印刷であり、その出版部がひるぎ社である。印刷部門の創業は1954年、1980年8月に創刊された隔月刊誌『地域と文化』を皮切りに編集・出版部門が本格的に立ち上がる。その代表者である西平守栄が「企業利益の社会還元」というモットーのもとに1982年5月にスタートしたのが〈おきなわ文庫〉シリーズだ。ハンディな新書判で価格は1,000円未満―。この基本路線を崩さずに出し続けること14年、同シリーズは1996年8月発行の大城學『沖縄新民謡の系譜』で通算78冊に達した。
 その年末に南西印刷は残念ながら閉業したが、翌年には富川益郎が代表者となって「(新)ひるぎ社」を立ち上げ、シリーズの79冊目以降を引き継いでゆく。以後、2001年10月発行の秋坂真史『沖縄長寿学序説』をもって刊行点数は93冊を数えるなど、沖縄の出版界においてはまさしく超別格の叢書であり、20刷を数える高良倉吉『おきなわ歴史物語』をはじめとするロングセラーも多い。同社の出版物はこのシリーズ以外にも多岐にわたるが、ひるぎ社といえばおきなわ文庫、という条件反射にも似た印象を万人が抱いているのは間違いのないところだろう。このおきなわ文庫はのちに、県外からやってきた編集者・秋山夏樹の精力的な活動によって電子書籍化を果たしている。

【この時代のおもな書籍】
■『トートーメー考―女が継いでなぜ悪い―』(琉球新報社編、琉球新報社、1980)
 男系の長男相続を厳守することで根付いている沖縄の位牌(トートーメー)継承の慣習が、核家族の増加などで維持しにくくなったという現実に着目した一冊。きっかけは1980年1月1日から始まった『琉球新報』の連載記事である。多くの人が不合理と感じながらも公の場で議論ができなかったこの「トートーメー」問題について取り上げたキャンペーン記事は連載開始と同時に大反響を巻き起こし、特に女性側からの訴えは人権にかかわる深刻な指摘が多かったこともあり、直後から婦団協、弁護士会などが運動を展開、沖縄における女性問題、人権問題を考える上での嚆矢となった。本書はこの連載記事と反響をまとめたものである。

■『なぜユタを信じるか―その実証的研究―』(友寄隆静著、月刊沖縄社、1981)
 かつてユタ亡国論が叫ばれ、封建時代から戦前にかけて、たびたび弾圧されたユタ(霊的職能者)。当たることもあるから熱烈なファンもいれば、一方では金儲け主義の偽ユタに引っかかって身を滅ぼす者も少なくない。この「ユタ国」の実情を、クリスチャンである著者が体当たりでレポートして考察した本。クリスチャンとはいえトートーメーやマブイグミといった習俗にどっぷり浸かって育った著者だからこそ、冷ややかな研究者の目で見るのではなく、理解しようとする暖かい眼差しに満ちている。沖縄のタブーにあえて踏み込んだ初の試みがセンセーショナルな反響を呼び、初版1万部を1カ月であっという間に売り切った。

■『青い目が見た大琉球』(ラブ=オーシュリ・上原正稔編著 照屋義彦監修、ニライ社、1987)
 19世紀半ばに琉球を訪れた西洋人の紀行文では、バジル・ホール『大琉球島航海記』、『ペリー提督遠征記』が有名であるが、それらの本に収められた当時の琉球風俗のスケッチが愉(たの)しいことを知る人は多いだろう。その興味を思い切って広げ、62点の文献と著者のコレクションから384点の絵画資料をそろえて編集した本である。アメリカ人が風景をスケッチしている傍らで琉球人が野次馬になっているユーモラスなシーンがあったり、さまざまなな海賊版も同時にとりあげたり、ウィットに富んだ著者の解説が随所にちりばめられていたりと、読者を飽きさせない編集の手腕も見どころである。高価本ながら1年で6000部が売れた。

■『歩く・みる・考える沖縄』(高教組南部支部平和教育委員会編、沖縄時事出版、1986)
 1980年代、修学旅行に沖縄を指名する高校が増え始めていたが、その狙いは「青い海・青い空」の観光コースとしての沖縄ではなく、戦争と平和を考えるための戦跡地としての沖縄であった。しかし、当時の観光ガイドたちが沖縄戦の実相を伝えるには不十分との懸念をもった高教組南部支部平和教育委員会は、平和ガイドの養成と平和学習の実践的課題に答えるべく本書の出版に踏み切った。出し入れが容易なバインダー形式の体裁を採用し、イラストマップや路線バスの運行図を取り入れ、一人でも戦跡を訪れることができるよう工夫を凝らす一方、あくまでも住民の沖縄戦を追体験するということを主眼に編集されたユニークな出版物である。

【本稿の出典:「沖縄県産本のあゆみ」(C)沖縄県産本ネットワーク】


*作成:大野光明
UP: 20160623 REV: 
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