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原子力発電・報道など(2011年3月21日〜25日)


last update:(20110419)

◆福島第1原発事故 制御不能発言、EUに抗議文−−元駐伊大使
 http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110321ddm012040057000c.html
 欧州連合(EU)のエッティンガー欧州委員(エネルギー担当)が福島第1原発について「制御不能に陥っている。今後、さらなる惨事が起きる可能性もある」と欧州議会で述べたことに英正道(はなぶさまさみち)・元駐イタリア大使(日伊協会会長)は19日、駐日EU代表部に抗議文を送った。
 同代表部のシュバイスグート大使あてに出された抗議文は「EUが日本への全面的な連帯と支援を表明している時、エッティンガー委員の発言は極めて不穏当であり、謝罪すべきである」と述べている。【西川恵】

◆第一原発2号機 部品交換には2、3日か
 http://news24.jp/articles/2011/03/21/07179021.html
 福島第一原子力発電所では、事態の打開に向けた懸命の作業が続けられている。2号機への送電が20日に成功し、発電所の大本となる電源が復旧した。
 第一原発は、地震で被災して全ての電源が失われる事態となっていた。このため、外部からケーブルを引いて電源を復旧する作業が行われていたが、20日午後3時50分ごろ、発電所の大本となる電源に送電できたという。原子炉と使用済み燃料プールの水を冷やすポンプを稼働させることを目指しているが、壊れている部品などが見つかり、すぐに動かせる状態ではなかった。部品の交換には2、3日かかる見通しだという。3号機と4号機についても外部からケーブルを引く電源を復旧する作業が行われていて、一両日中に、送電を開始したいとしている。
 一方、使用済み燃料プールに水を満たすため、自衛隊や東京消防庁による放水も続けられている。4号機への放水は20日午前と20日午後に1回ずつ、3号機への放水は、20日夜から21日午前4時頃まで約6時間半にわたり行われた。
 自衛隊は20日午後、ヘリコプターで上空から1号機から6号機の温度を測定した。北沢防衛相は「使用済み核燃料プールは全て100℃未満だった」として、安堵(あんど)の表情を浮かべた。
 また、自衛隊は車両の前方に鉄板を取り付けた戦車を投入し、作業の妨げになっているがれきの除去をする予定。

◆泊原発対策「見直し」88% 本社世論調査 国内の安全策「不安」9割
 http://www.hokkaido-np.co.jp/news/donai/279840.html
 東日本大震災や福島県で起きた原子力発電所事故を受け、北海道新聞は19、20の両日、被災地救援や原発事故対策などについて全道世論調査を行った。国内の原発の安全対策に回答者の9割が「不安を感じる」と答え、北電泊原発(後志管内泊村)の安全対策についても「見直すべきだ」が9割に上った。福島県内の原発事故に関する政府の対応には「適切」「努力は認める」の肯定派と、「不満」「不適切」の否定派が拮抗(きっこう)した。
 国内の原発100+ 件の安全対策=グラフ上=に「大いに不安」と答えた人は全体の65%。「やや不安」の28%と合わせると93%が不安を感じていた。一方、「あまり不安は感じない」は4%、「不安はまったく感じない」は2%だった。
 北電泊原発の安全対策については「見直すべきだ」が88%と大半を占め、「今のままで良い」が7%、「分からない・答えない」は4%だった。
 今後の電力供給体制については「安全対策を強化し、原発を推進すべきだ」が49%と最も多かった。「将来的に脱原発」は41%、「ただちに脱原発」は6%と脱原発派も計47%を占め、意見は二分された。「これまで通り原発を推進すべきだ」は2%だった。
 脱原発100+ 件派に「脱原発後」の暮らし方について四つの選択肢から一つ選んでもらったところ、「電力供給が減るのはやむを得ず、現在の生活が若干変わっても良い」が66%で最も多かった。
 福島県内の原発事故への政府の対応=グラフ下=については「適切」が4%、「十分でないが努力は認める」が44%と肯定派が48%を占めた。一方、「十分でなく不満」が37%、「まったく不適切」が12%と、否定派も49%を占めた。
 被災地に対する政府の救援策は「適切」が4%、「十分でないが努力は認める」が63%と合わせて7割に上り、道民が一定の評価をしていることがうかがえた。「十分でなく不満」は25%、「まったく不適切」は7%だった。

◆避難者支援へ格安プラン 道内のホテル
 http://www.hokkaido-np.co.jp/news/donai/279838.html
 東日本大震災や福島原発100+ 件事故で避難してくる人の支援としてホテルオークラ札幌は、4連泊以上や身分証明書の提示などを条件に大人1人で1泊3500円(素泊まり)と通常の半額近いプランを始めた。「被災地から避難して宿泊する客がおり、支援のため実施を決めた」という。
 札幌パークホテルも大人2人で1泊5千円(同)、釧路プリンスホテルも同6千円(同)で、各ホテルとも4月末まで続ける。
 このほか、北海道建設業協会は東北建設業協会連合会に義援金3千万円を贈った。
 被災した道内企業のうち、ドラッグストアのツルハホールディングス(札幌)は、安否確認できない従業員数が17日夕時点の76人から、20日夕は14人に減った。家具製造販売のニトリホールディングス(同)は同日までに、閉店していた東京の1店の営業を再開した。

◆福島原発「悲観的事態にならず」 ロ原子力企業が論評
 http://www.47news.jp/CN/201103/CN2011032101000048.html
 【モスクワ共同】ロシア国営原子力企業ロスアトムのキリエンコ総裁は20日、福島第1原発の状況は安定したとして「今後、悲観的な事態が起きないことは間違いない」と指摘した。ロシア国営テレビのインタビューで述べた。
 総裁は、事故はまだ解決されたわけではないとしながらも、放出された放射性物質の大半は風により太平洋側に流れたと指摘。新たな水素爆発の可能性は否定できないが、その場合でもこれまで以上の放射性物質が大気中に放出される可能性はないと断言した。
 一方で、事故発生後に「担当の国際機関が(日本側から)必要な情報を適切なタイミングで受けることができなかった」と述べ、国際原子力機関(IAEA)の監視権限を強化する必要があるとの認識を示した。
 ロスアトムは福島第1原発の事故処理を支援するため、専門家を現地に派遣していた。
2011/03/21 06:50 【共同通信】

◆菅首相、天候不良で被災地視察中止
 http://www.nikkansports.com/general/news/f-gn-tp0-20110321-751016.html
 菅直人首相は21日朝、予定していた、東日本大震災で被災した宮城県石巻市の視察などを中止した。現地の天候不良でヘリコプター離着陸が困難となったためとしている。官邸で東京電力福島第1原発100+ 件事故や被災者支援の指揮に当たる。
 当初のスケジュールによると、首相は午前中、壊滅的な被害を受けた石巻市の避難所を訪れ、厳しい生活を強いられている被災者を慰問するとともに、生活再建と地域復興に向けた要望を聞くため亀山紘市長と会談する予定だった。
 さらに、原発100+ 件事故対応の拠点となっているサッカートレーニングセンター「Jヴィレッジ」(福島県広野町など)で、危険な作業に当たる自衛隊、消防、東電関係者らをねぎらうつもりだった。(共同)
 [2011年3月21日6時54分]

◆福島第1原発事故 9都県の雨など、放射性物質検出
 http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110321ddm012040100000c.html
 文部科学省は20日、山形、栃木、群馬、埼玉、千葉、東京、神奈川、新潟の8都県の1平方メートル当たりの定時降下物(雨やちりなど)から2・5〜540ベクレルの放射性ヨウ素が、岩手、山形、栃木、群馬、千葉の5県の降下物からは0・24〜63ベクレルの放射性セシウムが検出されたと発表した。20日午前9時までの24時間で採取した降下物を分析した数値で、計9都県で検出したが、雨にぬれても健康に影響はないという。
 19日午前9時までの24時間で採取した降下物では栃木県で放射性ヨウ素1300ベクレル、群馬県で放射性セシウム84ベクレルだったが、いずれも数値が下がった。宮城、福島県は震災被害などで計測不能、茨城、奈良県はデータ未回収、ほかの道府県は検出されなかった。
 19日に採取した水道水の調査では、栃木、群馬、埼玉、千葉、東京、神奈川、新潟の7都県で1キログラム当たりの放射性ヨウ素が0・43〜16ベクレル、栃木県、東京都で放射性セシウムが2・6、0・21ベクレルだった。栃木県の放射性ヨウ素は18日採取の77ベクレルから16ベクレルに減少した。
 また、文科省が都道府県に設置するモニタリングポスト(自動観測局)は20日午後5時時点で、茨城(0・174マイクロシーベルト)、栃木(0・153マイクロシーベルト)、群馬(0・072マイクロシーベルト)の3県で大気中の1時間当たりの放射線量が通常値をやや上回った。宮城、福島県は測定していない。
 一方、福島第1原発から30〜60キロ離れた福島県内の39カ所の屋外で、20日朝〜夕に計測車で調査したところ、1時間当たりの大気中の放射線量は0・3〜110マイクロシーベルトだった。北西に約30キロで19日午後に136マイクロシーベルトだった浪江町は110マイクロシーベルトに下がった。【篠原成行】
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 ◆定時降下物(雨など)の環境放射線量水準調査結果◆
都道府県名 放射性ヨウ素     放射性セシウム
      19日  20日   19日 20日
岩手     −    −     −    0.24
山形     −    22    −   20
栃木   1300  540    62  45
群馬    230  190    84  63
埼玉     64   66    −   −
千葉     21   44    −    3.8
東京     51   40    −   −
神奈川    40   38    −   −
新潟     −     2.5  −   −
山梨    175   −     −   −
 ※文部科学省発表。19日、20日はそれぞれ午前9時までの24時間に採取。単位はベクレル毎平方メートル。宮城、福島、茨城、奈良県は計測不能などでデータなし

◆雨にぬれた場合の注意呼びかけ〜保安院
 http://news24.jp/articles/2011/03/21/07179022.html
 原子力安全・保安院は、福島第一原子力発電所から30キロ圏内の屋内退避エリアの住民に対し、雨にぬれた場合の注意を呼びかけた。
 それによると、雨にぬれたら、体を水道水で洗い、タオルで体を拭き、使用したタオルや雨にぬれた服や靴はビニール袋に入れて、密封して屋外に保管する。使用した雨がっぱや傘は繰り返し使用できるので、ビニール袋に入れ、屋外に保管するように、と呼びかけている。
 また、窓を開けて部屋を換気する際の注意点として、「湿らせた布で開けた部分をふさぎ、ちりやほこりが入るのを防ぐ」「できるだけ原発と反対方向の窓を開ける」ことを呼びかけている。

◆プロ野球 セも開幕延期 今日中に方向性−−新井選手会長
 http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110321ddm035050080000c.html
 セ・リーグが公式戦開幕を延期したことについて、労組日本プロ野球選手会の新井貴浩会長(阪神)は20日、札幌での日本ハムとのオープン戦後に取材に応え、選手会側の今後の対応は「まだ協議段階」とした。そのうえで、「時間もないので、明日(21日)中に何とか方向性を出していければいい」との見通しを示した。
 セの決定を受け、選手会は12球団の選手の意見集約を進めている。その結果を考慮しながら、選手会としての対応を決定する。
 選手会は15日の実行委員会で、日本プロ野球組織(NPB)に、「東日本大震災の被害の全貌が見えない」「原発事故による電力不足と、選手の健康についての不安」などを理由に開幕延期を要望。セが25日開幕を発表した翌日の18日にも、改めて延期を求める見解を出していた。【武藤佳正】

◆“新兵器”提供申し出も東電“拒否”
 http://www.daily.co.jp/gossip/article/2011/03/21/0003881756.shtml
 東日本大震災の影響で、冷却機能を失い大量の放射性物質の流出危機にある福島第1原発への放水のため、三重県四日市市の建設会社「中央建設」が国内に3台しかないという“新兵器”の提供を国に申し入れたが、政府および東京電力の了承を得られず、“待機”を余儀なくされていることが20日、わかった。旧ソ連のチェルノブイリ原発事故の際にも活躍したポンプ車で、被ばくを覚悟の上で、名乗りを上げた同社は、反応の遅さにいらだちを隠せないでいる。
  ◇  ◇
 「中央建設」が提供を決意したのは、同社が保有するドイツ・プツマイスター社製のポンプ車「M52 Multi‐Z」。トレーラータイプで、折りたたみ式の車載アームは最長52メートルにもなる。国内にあるポンプ車の中では最長のもので、国内には3台しかなく、そのうち2台を同社が保有している。
 旧ソ連のチェルノブイリ原発事故封鎖の際にも使用された重機と同型で、毎時約150トンの水を投入可能。機械から約100メートル離れた場所から遠隔操作できるほか、通常でも7〜10時間の連続運転を行っており、今回の放水作業には大きな効果を発揮する可能性が高いという。
 同社では、17日に行われた、自衛隊ヘリコプターによる福島原発3号機への水投下の映像を目撃。「あれを見ていたら、効果は薄いと思った。うちのポンプ車を使えばもっと効率よく水を入れられると思った」と、被災地への提供を決意。同日中に、長谷川員典社長が速やかに東京電力に連絡した。
 だが、東京電力にはすげなく“門前払い”された。やむなく同日夜、地元選出の国会議員を通じ、政府に提供を申し入れた。だが、政府からもいまだ返答はなく、せっかくの善意と“即戦力”が宙に浮いた形になっている。
 作業に必要となる熟練のオペレーターも、被ばくの可能性もある中で、2人が「覚悟はできている」と了承。ポンプ車の可動テストも終え、さらには全国の同業者からも協力は惜しまないという電話も寄せられている。提供側の準備は万端だが、申し出から2日たっても肝心の出動許可が下りない状況。同社では「このポンプ車なら放水作業に百パーセント役に立つと思っている。こちらは決死の覚悟を決めているのに、2日も…。モチベーションが保てるかどうか」と、いらだちを隠せない様子だった。

◆関電、原発安全対策に最大1千億 県内の11基、社長見通し
 http://www.fukuishimbun.co.jp/localnews/earthquake/27026.html
 関西電力の八木誠社長は20日、東京電力福島第1原発100+ 件の事故を受け、県内の11原発で実施する安全確保対策の予算額が最大1千億円規模になるとの見通しを明らかにした。福島原発事故で新たな知見が出てくれば、さらに増額するとした。
 西川知事との面談後、県庁で記者団に答えた。
 冷却機能の多重化や海水を使わない空冷式非常用発電機の配備などの予算。八木社長は「詳細な検討はこれからだが500億?1千億円くらいの投資を考えている。新たな知見が出てくれば、さらなる投資も考えている」と述べた。
 年内にも示すとしていた美浜原発100+ 件1号機の廃炉時期や後継機に関する方針については「将来のことを考えられる状況にない」と言及を避けた。東日本大震災後に一時中断している後継機設置の自主調査の再開時期も「今後の状況を見ながら判断する。めどはまだ分からない」と述べるにとどまった。
 来年7月に運転開始後40年を迎える美浜2号機の運転方針では「法律上、今年7月までに高経年化技術評価書を(国に)提出する必要がある。粛々と進めたい」と説明した上で「基本的には40年超(運転)に向けてという思い」と語った。

◆中国産野菜 日本向け急増
 http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/news/CK2011032102000028.html
 【上海=今村太郎】東日本大震災を受け、日本の食品関連業者が国産農作物の収穫減や原発事故の風評被害に備えて中国産の確保に乗りだし、浙江省や江蘇省など中国沿岸部の食品メーカーが対応に追われている。
 「冷凍ナノハナの受注が四〜五割増え、みんな残業で大変だ」。上海から車で一時間半ほどの浙江省嘉善県にある冷凍食品メーカー「嘉興年代速凍食品」の毛傳鋒副社長は肩をすぼめた。同省はナノハナの産地として知られ、同社は例年、日本に数百トンを輸出している。日本では主に外食産業へと流通する。
 受注が急増したのは震災後、三日ほどしてから。ナノハナだけでなく冷凍のインゲンやブロッコリーの受注も急増し、通常の倍に当たる百五十人態勢で午後十時ごろまで残業して対応。農家の収穫能力に限りがあるため「多くの注文を断っている」とも話した。
 同省や江蘇省の他の食品メーカーでも同様に、日本からの受注が例年の一・五〜二倍に増えている。買い付けに来た兵庫県の輸入業者は「収穫減ももちろんだが、福島第一原発の事故による風評被害も予想し、買い集めている」と説明。「日本の業者と取引が多く、厳しい衛生基準に慣れている中国沿岸部のメーカーが一番の受け皿になる」と話した。

◆被曝覚悟の使命感 原子炉直近、危険伴う放水作業
 http://www.asahi.com/national/update/0320/TKY201103200331.html
 東京電力の福島第一原発では、東電社員や消防隊員らが、放射線被曝(ひばく)も覚悟しながら懸命の作業を続けている。
 東電によると、20日午前5時の時点で社員7人の放射線被曝が100ミリシーベルトを超えた。この数値は従来の線量上限で、今回は250ミリシーベルトに緩和されているが、そのうちの1人は19日夜、本社との電話で「法律上問題がない範囲でできるだけ作業を進めたい」と語ったという。地震発生以来、原発内の緊急対策室で寝泊まりし、炉心に水を注入したり、放水のために現場を調査したりする作業を指揮している。
 19日の放水作戦に参加した東京消防庁の隊員たちも、車から降りて、送水ホースを延ばしていく作業を行った。
 検査の結果、最も被曝レベルが高かった隊員は27ミリシーベルト。14?15ミリシーベルトの隊員が3人いたが、ほかは10ミリシーベルト以下だった。
 一方、17日に地上放水の先陣を切った警視庁機動隊員たち。東電から渡された資料では、放射線量が毎時300ミリシーベルトに近い場所もあったという。3号機から20?30メートルの地点に放水車を止め、防護服姿の5人が車外に出てホースの設営などをした。浴びた放射線量は9ミリシーベルトが最大で、全員が基準以下にとどまった。放水後、「もう1回行かせてほしい」と訴える隊員もいたという。

◆震災で目立った「日本国民の民度」と「政府の不手際」=台湾
 http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2011&d=0321&f=national_0321_030.shtml
 台湾メディア「今周刊」は日本における東北関東大震災への対応について21日までに、「国民の民度の高さが光る一方で、政府の不手際が目だった」などと報じた。
 長期にわたって日本に滞在している台湾人記者の劉氏は、東北大震災後の日本の様子について、「日本は普段から災害に対する十分な備えができており、メディアも不安をあおるような報道をしないため、日本政府が無能であっても日本国民は辛抱強く、また秩序正しく大災害に対処し、国際的な敬意を勝ち得ている」と報じた。
 日本の沿岸部では普段から地震対策や津波対策が周知されており、今回のような大災害があっても悲しみに耐え、国民の民度の高さを示した。また、熱心な救援活動や復旧作業は、多くの国の敬意を勝ち得ている。劉氏は「一方で、政府の無能ぶりは各国の反面教師となっている」と報じた。
 劉氏は、菅首相は地震を利用して政権の延命を図っていると主張し、指揮官としての任務を全(まっと)うしていないとし、各省庁の大臣や役人も対応が非常に遅いと指摘。「とりわけ、福島原発事故の対応はひどく、11日の津波発生後、米国から緊急発電系統が機能しなくなるという事態にならないよう注意を受けていた。しかし、対応が後手に回った結果、連続で水素爆発を引き起こし、歴史的な原発事故となってしまった。原発先進国の日本で起きるべきではない事故だった」と述べた。
 また劉氏は関東地方で行われている計画停電について、「もっとも致命的なミス」と指摘し、計画停電によって東京は大混乱に陥り、日本経済を麻痺させたと主張。「電車の運行は通常の3−5割まで減り、国民にできるだけ通勤・出勤しないよう求めたが、これは日本経済復興にブレーキをかけるものだ。民度の高い日本人は、無能な政府に苦労させられている」と述べた。(編集担当:畠山栄)

◆福島県などから受け入れ2708人に 前日より190人増
 http://www.tokyo-np.co.jp/article/gunma/20110321/CK2011032102000069.html
 県は二十日、東日本大震災の被災者に関する同日午前九時現在の県内受け入れ状況を発表した。福島第一原発事故の影響が心配される福島県などから二千七百八人が県内に避難。十九日午前九時現在より百九十人増えた。
 受け入れ人数が最も多いのは、片品村の九百三十三人で、東吾妻町の四百四人、みなかみ町の三百六十八人などが続いている。 (中根政人)

◆「ほっとした」 福島・南相馬の入院患者62人が到着
 http://mytown.asahi.com/areanews/gunma/TKY201103200301.html
 「無事に着けてほっとした」??。福島第一原発から北に25キロ付近にあり、東日本大震災と原発事故で「二重被災」した福島県南相馬市原町区にある大町病院の入院患者62人が、19日午後10時ごろ、福島県災害対策本部の大型バス3台で前橋赤十字病院に到着した。
 約8時間かけての移動で、患者たちは、一様に疲れた表情を見せた。一人ずつ病院職員の力を借り、車いすやストレッチャーで病院内に入った。県によると、移動で具合が悪くなった患者はいないという。
 患者たちは、災害拠点病院の前橋赤十字病院にいったん集まり、検査を受けて、受け入れ先として最適の病院を判断。タクシーに乗って県内25の病院に向かった。
 同市原町区の紺野徳子さん(64)は、おじ(97)に付き添うためバスに同乗した。「車中で低血糖になった方もいて大変だった」と言う。
 「無事に群馬に着いて、手厚く迎えていただいてうれしい。ただ、本当はみんな南相馬に帰りたい」
■受け入れ避難者2700人超す
 県総務課のまとめによると、19日午前9時現在で県内の公営住宅や旅館などで受け入れている避難者は2708人。このほかに、医療機関でも約80人を受け入れている。ほとんどが福島県からの避難者だという。
 受け入れ人数が多い自治体は片品村933人、東吾妻町404人、みなかみ町368人、高崎市187人など。公営住宅や老人福祉施設、体育館、旅館などで受け入れている。
 県は1万2千人の受け入れが可能だとして国に申し出ている。今後も福島県を中心に受け入れを続けるという。
 一方、前橋市は同日午後5時現在の受け入れ状況を発表したが、同市だけで3カ所で273人を受け入れている。

◆「放射線、胎児が心配で」 福島の5家族が県内へ避難
 http://mytown.asahi.com/areanews/nagasaki/SEB201103200022.html
 東日本大震災とそれに続く東京電力福島第一原発の事故で20日、福島県南相馬市などから3家族10人が疎開、島原市の市営住宅に入居した。車2台に分乗し、3泊4日でたどりついた家族らは「放射線被害が恐ろしくて」と口をそろえた。一方、被災者のために用意された諫早市内のアパートには福島県いわき市の2家族9人が入居した。
 島原市出身の山本安幸さん(56)、美智子さん(54)夫婦と長女の栄子さん(31)、次女のみどりさん(29)家族。避難勧告が出た後、新潟県から北陸路を南下、熊本港からフェリーで19日夜、島原に着いたという。
 栄子さんは妊娠8カ月。「胎児のことが心配で、介護助手の仕事をあきらめ疎開を決めた」と夫の佐藤友幸さん(34)。3家族の家屋の被害は軽微だが、「いつ帰れるものか、初めての経験で分からない」という。
 安幸さんは車いす生活で避難所生活は無理と判断し、母のいる島原市へ帰ることを決めたという。「当面は(3人の)孫と穏やかに過ごしたい」と話した。同市は市営住宅の5団地に30部屋を被災者のために用意している。
 諫早市に来たいわき市の家族の自宅は海沿いにあり、地震で損壊したうえ大津波が自宅目の前まで押し寄せたという。9人は父親と娘夫婦、孫らで父親は運送の仕事でよく長崎県を訪れていた。18日に現地を出て、県の紹介で諫早市に落ち着いた。

◆美浜1号機の今後の方針「今は考えられない」 関電社長
 http://mytown.asahi.com/areanews/fukui/OSK201103200063.html
 西川一誠知事は20日、関西電力の八木誠社長と会談し、福島第一原発の事故を受けた安全対策の強化を求めた。一方、八木社長は会談後の取材に、美浜1号機の廃炉の予定や後継機計画について「今は考えられる状態ではない」と述べるにとどめた。
 西川知事は会談で、原発の安全を確保する機能を多重化し、定期検査で特別点検を実施するよう求めた。海水取水ポンプの強化や老朽化した鉄塔の補強、緊急時に利用する道路の整備への協力などを要望し、八木社長は「最優先に取り組みたい」と応じた。
 関西電力は運転が40年を超えた美浜原発1号機で、今秋をめどに延長期間を明らかにする方針だが、八木社長は会談後、「将来のことに言及できる段階ではない」と述べた。12日から中断している後継機の設置に向けた自主調査も「地元のみなさまの理解を賜りながら判断したい」として、再開時期の見通しは示さなかった。(笹川翔平)

◆中国の原発政策、修正迫られる=田代尚機
 http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2011&d=0321&f=business_0321_006.shtml
 東日本巨大地震は現在、東北地方を中心に、日本全体に甚大な被害をもたらしているが、福島第一原子力発電所で起きた事故は今後、世界レベルで大きな影響を与えかねない。各国において、エネルギー産業政策の変更を余儀なくさせるかもしれない。
 BRICKsをはじめとした新興国の経済がこれからも高成長を続けるためには、大量の石油資源が必要であるが、埋蔵量には限りがある。現在のペースで石油消費量を拡大させ続けたとすれば、石油価格は早晩急騰し、石油の不足が世界経済全体の成長を妨げる要因となってしまう。代替エネルギーの確保が不可欠である。
 中国では今年から始まる第12次五か年計画の中核として、戦略的新興産業の育成・発展が掲げられた。7つの産業が戦略的新興産業として指定されているが、その内、エネルギー問題の解消に関連する産業が3つも含まれている。それは、省エネ環境、新エネルギー、新エネルギー自動車の3つである。
 電気自動車の普及を進めれば、石油の消費量は減少するだろう。しかし、その分、電力の供給を増やさなければならない。中国では現在、石炭火力発電が主流であるが、石炭には硫黄分がたくさん含まれており、大気汚染が著しい。脱硫装置などの開発を進めることも一つの方法であるが、根本的な解決にはならず、やはり、もっとクリーンな発電方法を増やす必要がある。
 言うまでもなかろうが、石油はだめ。風力、太陽光、バイオマス、地熱などは、自然に優しい理想的な発電方法であるが、パワーが小さい。単位当たりのコストから考えれば、結局、原子力がもっとも効率の良い発電方法である。
 だからこそ、今年から始まった第12次五か年計画において、中国政府は原子力の有効利用に大きな期待を寄せているのである。
 その原子力政策について、16日、国務院は新たな方針を発表した。安全性確保に向け、現在建設中の施設も含め、すべてをチェックすること、核安全計画を作り、原子力発電に関する中長期計画の見直しを行うこと、核安全計画が出来上がるまでは新規プロジェクトの承認を一時停止することなどが示された。
 この決定を受けて、国家発展改革委員会エネルギー研究所の李俊峰副所長は17日、次のようなコメントを残している。“核安全計画が批准されるまで、新規の原子力関連プロジェクトは批准されない。1年以内に核安全計画が出来上がる可能性は低い。したがって、2020年までに8600万Kwの原子力発電所を装備するといった目標は引き下げざるを得ないだろう。”
 中国は、第12次五か年計画が全人代で可決して2日もしないうちに、その一部の修正を迫られようとしている。
 大量のエネルギーを引き出すことができ、コストパフォーマンスに優れるエネルギー源である原子力であるが、安全重視のために、今後開発を中止してしまうのであろうか。そうであれば、風力、太陽エネルギー、バイオマス、地熱など、その他の発電技術をより一層高めることが、エネルギー戦略の重要な柱となるだろう。
 それとも、今回の事故を大きな教訓として、安全性を高めることで、引き続き原子力開発を続けるつもりであろうか・・・。
 先走っても仕方がない。まずは、福島第一原子力発電所の事故処理を見守ろう。今後、同じことが起きないように、きちんとした予防策が打ち出せるだろうか。不幸中の幸いではあるが、福島第二原子力発電所はしっかりと制御できたようである。最新の技術を駆使すればこういった問題は起きないのかもしれない・・・。
 東方電気 <01072> 、上海電気 <02727> 、ハルピン動力 <01133> といった原子力関連の株価は今週、大きく下げた。一方で、風力発電の龍源電力(00916)、中国高速伝動(00658)、太陽電池のソーラーギガ・エナジー <00757> などは大きく上昇した。
 18日だけの動きを見れば、原子力関連銘柄の株価は、一旦リバウンドしている。しかし、上昇トレンドを取り戻すまでには、もう少し時間がかかるだろう。当面、新エネルギー関連銘柄優位の状態が続きそうだ。
 東北巨大地震により被害を受けた方々へ、心よりお悔やみを申し上げます。(執筆者:田代尚機 TS・チャイナ・リサーチ(株)代表取締役 編集担当:水野陽子)
レッド・センセーション on サーチナ 第138回−田代尚機 コラム

◆世界各国で原発建設一時停止が広がる 独誌「原発時代の終わり告げる」
 http://www.j-cast.com/2011/03/21090909.html?p=2
中国も新規の原発建設計画の承認を一時停止
こうした報道もあってか、今回の事故で、各国政府も対応を迫られている。「日本の対応が世界の原子力の今後の命運を左右する」(英紙ガーディアン)様相だけに、さっそく、スイスが新しい原発建設の認可を、当面見送ると決めた。中国も新規の原発建設計画の承認を一時停止した。もっとも、「日本の原発事故にかかわらず、インド、中国などエネルギーに貪欲な新興国政府は原発利用を続け、新規立地を進める」(米紙ニューヨーク・タイムズ=ニューデリー発)との解説もあり、「中国のエネルギー事情を考えると、承認停止は一時的」(エコノミスト)との見方が強い。
原発100+ 件で世界の注目を集めるドイツでは、シュレーダー前政権が始めた脱原発政策を見直し(脱・脱原発)の機運が高まっていたが、今回の事故を受け、安全性を再調査することになった。物理学者でもあるメルケル首相は「日本のような厳しい安全基準の国でも今回のような事態を避けられなかった」と、ショックを隠せない様子だ。
注目は、31州65カ所の発電所で104基の原子炉が稼働している米国の動向。2012年予算に360億ドル(3兆円)の原発100+ 件建設融資を盛り込んだオバマ政権の原発推進政策に対し、複数の議員から見直しを求める声が上がっており、民主党のマーキー下院議員は、連邦政府が緊急事態への対応策を強化するまで、新規建設計画の一時停止を求める手紙を大統領に送った。「日本の事故は米国の原発立地の見直しにつながるかもしれない」(ウォールストリートジャーナル)との声が出始めている。

◆JCFが諏訪中央病院の医師らと福島県南相馬市を支援
 http://www.shinmai.co.jp/news/20110321/KT110320FTI090022000022.htm
 認定NPO法人日本チェルノブイリ連帯基金(JCF、松本市)の関係者と諏訪中央病院(茅野市)の医師ら7人が20日、東日本大震災の被災地で、東京電力福島第1原発事故の屋内退避の対象となった福島県南相馬市へ向かった。支援物資を運ぶほか、現地で診療に当たる。桜井勝延市長との懇談も予定しており、現地のニーズを把握して継続的支援につなげる。
 JCF関係が神谷さだ子事務局長(58)、神宮寺(松本市)の高橋卓志住職(62)。諏訪中央病院からは総合診療医長の佐藤泰吾さん(38)、原稔さん(44)の医師2人、集中治療室主任看護師の宮沢英典さん(39)。ほかにボランティア2人。寄付品のレトルト食品、トイレットペーパー、医薬品などをトラックで運ぶ。
 JCFはチェルノブイリ原発事故の被災地で医療支援を続けてきた。神谷さんは「南相馬市は地震、津波、原発事故の三つの被害を受け、状況は1日ごとに変わっている。現地の情報が入るルートも確保したい」と話した。
 諏訪中央病院の鎌田実名誉院長はJCF理事長でもある。3人は病院側から支援要請の話を聞き、志願。南相馬市立病院を拠点に主に外来診療に当たり、避難所の巡回診療もする予定だ。佐藤さんは、諏訪中央病院で見送る職員や家族を前に「医療従事者としてこういう経験はするだろうと思っていた。病院の代表としてできることをしてきます」と語った。

◆楽天:星野監督 セに苦言「停電だけ考えて…次元低い」
 http://mainichi.jp/enta/sports/baseball/pro/news/20110321spn00m050015000c.html
 楽天・星野監督(64)が被災地に思いやりを欠く理事会の決定に苦言を呈した。セ・リーグは19日の緊急理事会で開幕の延期を決めたが、わずか4日。本当に議論を尽くした結果なのか。これでは闘将も黙っていられない。怒りの矛先はまず、加藤良三コミッショナーに向けられた。
 星野監督「6、7時間もかかって、あんな茶番。俺なら30分で決められるよ。日程のケツを決めるからダメなんだ。5、6試合ダブルヘッダーをやってもいいし、日本シリーズを12月にやってもいい。コミッショナーは芯があっていい人だけど、しっかり決めないといかん」
 セ・リーグの変更が関東地方の停電だけを考慮したものだったことにも、吠えずにはいられなかった。
 星野監督「停電の問題だけ考えて話し合うのは次元が低い。9回で試合打ち切りなんて小さなこと。原発のこともある。被災地に油が届かなくて、福島の人は涙目で語りかけていただろう。有事なのに、平時で物事を考えているからいけない」
 球団フロントが決定権を持っているとはいえ、各球団の監督も発言が少なすぎる。現場の最高責任者として、選手を後押しする必要性も説いた。
 星野監督「セ・リーグの監督は何にも言わんな。巨人の監督は立場的に難しいのかもしれないけど、俺なら野球界のために言うよ。どんどん言ったらいい」
 理事会の決定はプロ野球界を衰退させかねない。しかし、選手がその危機を救っている。星野監督も選手会の考えを全面的に支持している。
 星野監督「背広組は選手に救われているよ。(宮本)慎也も言っていたけど、今は勇気を与えるとかいう次元ではない。選手の意見はまっとう」
 緊急事態になった時、組織の本当の力が試される。被災地やファンを軽視したセ・リーグの決定。被災球団で発言が難しい星野監督も黙っていられなかった。闘将の声が事態を「より良い」方向へ修正するきっかけになればいい。(スポニチ)
2011年3月21日

◆福島原発、放射能汚染のシナリオ
 http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/disaster/2791369/6974230
【3月20日 AFP】東京電力福島第1原子力発電所の事故によって考えうる放射能汚染の被害や処置はどのようなものだろうか。
■影響のある地域
・短期的影響
 日本政府は16日、福島第1原子力発電所から半径20キロの避難指示範囲圏外では、放射線による差し迫った健康への害はないと発表した。
 同日、在東京の米国大使館は、同原発から半径50マイル(約80キロ)圏内に住む自国民に対し、圏外に避難するか、屋内退避するよう勧告した。
「東京で健康に悪影響はない」と仏専門家
 フランス放射線防護原子力安全研究所(IRSN)のジャック・ルプサール(Jacques Repussard)所長は仏議会委員会への報告で、同原発から「半径数キロ」のある地区で放射性プルームが存在していると指摘した。同所長によると、この放射性プルームは数日以内に原発から数百キロの地域にまで及ぶが、原発から250キロほど離れている東京で健康に悪影響が出ることはないと同氏は言う。
・長期的影響
 放出される放射性物質の種類や量が未知数のため、さまざまなシナリオが考えうる。
 ルプサール所長は最終的に「強い汚染地域」は福島周辺半径60キロ範囲に及ぶ可能性があるが、その圏外では「測定可能な影響はあるだろうが、劇的な影響はないだろう」と語った。
 IRSNの環境的介入部門の責任者ディディエ・シャンピオン(Didier Champion)氏によると、福島原発の影響は「おそらくチェルノブイリ(Chernobyl)事故よりもさらに局所的影響にとどまるだろう」と話す。「そのマイナス面は、半径10〜20キロ圏内の汚染濃度はより高くなるとみられることだ。プラス面は、それより遠い地域の汚染は少なくなるとみられることだ」
■主な汚染源
 放射性廃棄物が長期にわたって健康に影響するのは大きな問題だ。
 福島原発から放出されると思われる汚染物質はヨウ素131とセシウム137だ。 半減期はヨウ素131が8日間、セシウム137は30年だ。半減期とは放射性元素が崩壊し、元の数から半減するのに要する時間のこと。通常、放射性元素の危険性が残る期間は、半減期の10倍とされる。
 放射性ヨウ素とセシウムは発がん物質で、大気中や飲料水から直接体内に取り込まれても、食物連鎖を通じて間接的に摂取されても健康に脅威となる。
 放射性ヨウ素は非常に揮発性が高く、大気に拡散しやすい。水源が汚染されたり、穀物や葉物野菜などに付着してそれが家畜や人間の体内に取り込まれたりすると危険だ。ヨウ素131の半減期は8日なので、数か月のうちに完全に崩壊する。
半減期30年のセシウム137、キノコ類や野鳥に蓄積しやすい
 セシウム137は1950〜60年代の核兵器実験によって大気圏に放出され、以降、汚染物質は崩壊してきているが、健康に害がない程度の量は誰もが浴びている。チェルノブイリ原発事故でもセシウム汚染が発生した。
 米環境保護局(US Environmental Protection Agency、EPA)によると、汚染された土壌がちりとなって大気中に浮遊したものを吸い込こんだり、汚染された水を飲んだりすると内臓が被ばくし、生体組織が侵される。植物ではセシウムは最初に葉の部分で、次に根に吸収される。またキノコ類や野鳥の体内に蓄積しやすい。
■除染
 放射能に侵された場所の除染は巨額の費用と長い時間がかかる危険な作業だ。
 汚染された土壌は取り除いて埋め立てるが、汚染された土壌自体がなくなるわけではない。特別な炉で土壌を焼却処理して有害物質を無害にする方法もあるが、非常に費用がかかる上に技術的にも難しい。汚染された土壌を溶剤と混ぜて洗浄し、汚染物質を含む廃液を処理する方法もある。
 水の汚染の場合は合成繊維のフィルターでろ過して固体粒子を捕捉するが、この方法が有効なのは汚染レベルが低い場合に限られる。水を沸騰させて固形化した汚染物質を分離する電気透析法による脱塩(放射性イオンの除去)も有効だ。
 損壊した原子炉は閉鎖された後も長期間にわたり放射線を出しつづけるが、これを封印する方法には何種類かある。チェルノブイリの場合はコンクリートと鉄筋製の「石棺」を建設して封印したが、この応急的な構造物には亀裂が入り、建て替えが進められている。
この記事の情報源:米環境保護局(EPA)、国連食糧農業機関(FAO)、フランス放射線防護原子力安全研究所(IRSN)

◆宮城・石巻で被災の米男女3人帰国 「復興のため必ず戻る」 /青森
 http://mainichi.jp/area/aomori/news/20110321ddlk02040007000c.html
 ◇青森に一時避難し帰国
 宮城県石巻市で被災した米国人男女3人が青森市内の女性宅に一時、身を寄せた。友人が青森山田高校に留学していた際のホームステイ先。3人は「今はとても怖い。でも復興の手伝いに必ず戻ってくる」と話し20日、青森空港から帰国の途についた。
 小中学校で英語の指導助手をしているスティーブン・コルベットさん(25)とデビン・ワイダーさん(25)。ワイダーさんを訪ねて来日していたリサ・ホーサックさん(20)の3人だ。
 コルベットさんは11日の震災時、ショッピングセンターに車を止めていた。津波からの避難をラジオが呼びかけていた。声の調子からもただごとではないと感じ、丘の上まで必死に車を走らせた。夜になって近くの中学校に避難した。
 ワイダーさんとホーサックさんは別の避難所にいた。2日後、石巻漁港近くのアパートに戻った。5階建ての1階部分は壊れていたが、部屋のある2階は無事。だが停電で水も出ない。お菓子やコーラで飢えをしのいだ。
 3人は15日になって、避難所で再会。その時、ようやくつながるようになった携帯電話にメールが届いた。
 「いま、青森に避難している」。連絡が取れなかった仲間のジェイク・ディレクターさん(24)だった。青森市国際交流ボランティア協会の副会長、斎藤誠子(まさこ)さん(49)宅にいた。3人はバスや電車を乗り継ぎ、16日に青森に逃れてきた。
 コルベットさんは「複雑な気持ち。でも原発は怖いし、今は住むところがないのでやむを得ない。安全になったら必ず戻ってくる」と胸中を明かす。ワイダーさんも「まだ連絡のとれない仲間もいる。また戻ってきて子どもたちに英語を教えたい」と悔しがった。
 斎藤さんによると、協会ではツイッターなどを通して、外国人被災者の受け入れの呼びかけをしているという。【山本佳孝】

◆「残った社員心配」いわき市避難の180人 熊谷のホテル
 http://www.saitama-np.co.jp/news03/21/08.html
 東日本大震災による原発事故から避難してきた福島県いわき市のソフト開発会社「FSK」の社員と家族ら約180人が、15日から熊谷市小江川のホテル・ヘリテイジに避難している。仕事の都合でいわきに残らざるを得なかった社員の身を案じながら、テレビで自衛隊らの活動を固唾(かたず)をのんで見守っている。
 FSKの原尚之総務課長(52)によると、いわき市で震度6強を記録した11日の地震で、3階建ての社屋は水道管が破裂。室内のあらゆる物が倒れた。屋外に出ると、社屋の周辺の地盤が沈下。同社まで津波は押し寄せなかったが、海岸沿いの町は壊滅。父親を亡くした社員もいた。
 その後、福島第1原発事故の深刻な事態がニュースで伝わる。同社は原発から約50キロ。避難指示が出ている地域の圏外だが、親会社の指示で熊谷市内のホテルに避難することになった。仕事の納期などの関係で、7人の社員が会社に残った。それ以外の社員と家族、約45世帯180人がバスに乗り、15日午後8時、いわきをたった。
 ホテルは通常の宿泊料金よりも格安に設定。交通手段がない社員たちのために、市街地に買い物の“足”として送迎バスも出している。男女別のコインランドリー、温泉もある。「(避難者が)普通の生活ができるように、家族的な雰囲気を心掛けている」と、ヘリテイジの長谷川健一営業企画本部長は話す。
 いわきでは物資が不足し、食料を売っている所は限られている。遠くまで車で買いに行かざる得ないが、ガソリン不足が深刻だ。熊谷から物資を運ぼうとしたが、車を貸してくれるレンタカー会社はなかった。「救援物資を積んで行きたいが、どうやって持っていったらいいのか…」。被災地で耐える仲間たちを思い、原さんは悩みを深める。
 今、原発では自衛隊員らの体を張った活動が続けられている。「自分の危険を顧みず、大変うれしく思う」と原さん。「事故が収まって、早くいわきに戻れる状況になってほしい」と祈るように話した。

◆電力確保 供給の安定を急がねば(3月21日)
 http://www.hokkaido-np.co.jp/news/editorial/279854.html
 東日本大震災による被害で首都圏の電力不足が深刻化している。
 電力の供給はぎりぎりの状況が続いている。需要が供給を上回ると、予期せぬ大規模停電が起きかねない。
 官庁や大企業が集まる首都の機能が混乱すれば、痛手を受けた日本経済の立て直しが遅れるだろう。被災地の支援活動にも大きく響く。
 対象区域や時間を決めて行う計画停電も工場の操業や住民の暮らしに深刻な影響を与えている。政府は電力の安定化を急がねばならない。
 東京電力では福島第1、第2原発100+ 件が停止し、太平洋岸の火力発電所も止まった。春季の通常の供給能力は5千万キロワット程度あるが、一気に3350万キロワットまで落ち込んだ。
 供給の増強のため東電は休止していた東京周辺の火力発電所の再稼働を目指している。経済産業省も後押しに努めるべきだ。
 それでも4月まで恒常的な電力不足が続く見込みだ。
 政府には徹底した節電の呼びかけを強め、自家発電を持つ企業には最大限の稼働を促してほしい。
 経済同友会は電力の総量規制の実施を求めている。法律に基づき、工場など大規模事業者らに一定割合の電力使用の削減を求めるものだ。政府もピーク時の消費量を抑え込む具体的な方策を検討すべきだろう。
 問題は電力会社が互いに電気を融通し合う態勢が弱いことだ。
 震災後、北電も本州に電力の緊急供給を始めたが、最大送電能力は60万キロワットにとどまっている。
 さらに東日本と西日本では電力の周波数が違い、相互の供給に制約がある。変換施設はあるものの能力は100万キロワットと限られる。
 夏は冷房で電力需要が高まる。経産省や電力業界は周波数の変換所の能力増強など、各社間の融通態勢を強化することが重要だ。
 東電の計画停電は、準備不足のまま実施したため、当初から混乱を引き起こした。鉄道会社との調整が不十分で多くの列車が運休し、首都圏の通勤の足が奪われた。
 信号機の消えた交差点で死亡事故が起き、停電でエレベーター内に閉じこめられるケースも出ている。
 心配なのは人工呼吸器など医療機器を必要とする人たちだ。在宅療養で停電が長引けば、命にかかわりかねない。時間のかかる人工透析の病院の休院も相次いでいる。
 事前の周知を徹底し、企業や家庭に十分準備をしてもらうことが大事だ。病院など重要な施設には電気を供給する手だてが求められる。
 復旧はこれからが本番だ。日々の経験を生かしつつ、生活に欠かせない電力の確保に知恵を絞りたい。

◆東電、蒸気放出の実施日を訂正
 http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110321/dst11032111150032-n1.htm
 東京電力は21日、福島第1原発2号機で原子炉格納容器内の放射性物質を含む蒸気を外に逃がした操作について、実施したのは15日午前0時からの数分間だったと発表、「16日から17日にかけて実施した」との20日の説明を訂正した。
 格納容器につながる「圧力抑制プール」内の水を通さずに蒸気を直接逃がすため、放射性物質をより多く放出する方法だった。

◆「必ずいわきに戻る」 新潟に避難の3兄弟、力強く /福島
 http://mainichi.jp/area/fukushima/news/20110321ddlk07040037000c.html
 新潟県上越市の市勤労身体障害者体育館に、いわき市から避難した3兄弟が身を寄せている。同市泉ケ丘、飲食業、遠藤大陸(だいち)さん(19)▽高校3年、栞(しおり)さん(18)▽中学2年、海(かい)君(14)。それぞれ将来の夢を抱き、いわきに帰れる日を待っている。
 3人の自宅は東日本大震災で大きな被害はなかったが、屋内退避指示が出た東電福島第1原発から20〜30キロ圏に近いため、伯母が住む上越市に避難した。17日に車で出発し、12時間かけて到着。伯母の家に1泊したが、迷惑はかけられないと18日に避難所に移った。看護師の母(49)は「患者が待っている。戻って来るから頑張りなさい」と言い残し、いわきの病院に引き返した。
 栞さんは大型タンカーの航海士になるため、4月から岩手県宮古市の国立宮古海上技術短大に進学する。学校は無事と分かった。大陸さんは船舶調理師、海君は仙台空港の管制官とそれぞれ夢を持つ。3人は「必ずいわきに戻り、夢をかなえる」と力強く言った。【長谷川隆】

◆ヨウ素剤服用、避難後に指示 12市町村に /福島
 http://mainichi.jp/area/fukushima/news/20110321ddlk07040033000c.html
 東電福島第1原発の放射能漏れで、避難指示が出た半径20キロ圏内の住民が退去した後、経産省原子力安全・保安院が圏内にかかる12市町村に、避難時に住民にヨウ素剤を服用させるよう指示していたことが20日分かった。内部調整に手間取って遅れたという。
 避難指示は12日に出され、保安院によると、14日に服用指示の検討を始めた。警察庁は15日に避難終了を発表したが、服用指示はその翌日になった。ヨウ素剤は甲状腺がんを予防するとされる。【種市房子】

◆福島第1原発事故 長崎大2教授に放射線助言委嘱 山下氏説明 /福島
 http://mainichi.jp/area/fukushima/news/20110321ddlk07040010000c.html
 ◇甲状腺に影響ない 情報いち早く開示を
 会見での山下氏の説明は以下の通り。
 −−福島市で毎時20マイクロシーベルト前後の放射線量が続いたが健康への影響は?
 「この値が続いたとして、人体に取り込まれるのは10分の1。24時間で約50マイクロシーベルト。極めて低い」
 −−県内の水道水や原乳から放射性ヨウ素が出ている。
 「放射性ヨウ素の半減期(放射線量が半分になる時間)は8日だからどんどん減る。(1キロ当たり)100や1000ベクレルという量では、甲状腺に悪影響を及ぼすことは全くない」
 −−一般的に1ミリシーベルトが被ばく限度とされている。
 「放射線に当たると遺伝子が傷つくが、数十分から数時間でほぼ治る。放射線量の値が上がるほど傷が増え、修復時に(がんの原因とされる)エラーが出る可能性があるが、50ミリシーベルト以下ではがんのリスクは上がらない。世界には常に毎時10〜50ミリシーベルトを受ける『ハイバックグラウンドエリア』と呼ばれる場所がある。そこに住む人でもがんになるリスクは全く変わらない」
 −−今回、放射性物質の種類別割合が出ていないのはなぜか?
 「私も不思議に思う。県民にいち早く開示されることを望む。国などからの情報が非常に遅く、分かりにくいと感じていた。開示と同時に正当性や客観的評価ができなかった」
 −−これまでの国の指針ではEPZ(避難や屋内退避など住民の被ばくを減らす対策が必要なエリア)は最大で原発から半径10キロだったが見直すべきか?
 「まさに今回が実例で、これほどの事故を想定していなかったと思う。チェルノブイリの避難区域は30キロが最大。今回はどんなに考えてもチェルノブイリのような事態にはならない。今回の30キロの設定は妥当な判断だ」
 −−福島市で放射線量が特に高い理由は。
 「天候や地形の問題が考えられる。放射性物質は固まりとなって飛び散る。均一に広がるわけではない。とにかく知ってほしいのは、仮に被ばくしても健康に影響が出るには(今以上に)一定の量が必要ということ」

◆関東地方は22日まで雨 「東京近郊では人体に影響するレベルでは全くない」
 http://sankei.jp.msn.com/region/news/110321/tky11032111370001-n1.htm
 気象庁によると、関東地方は21日朝から、広い範囲で雨が降っている。雨は22日午前まで降り続けるとみられ、多いところで神奈川県西部が90ミリ程度、東京都心でも40ミリ程度の降水量が予想される。福島県の東京電力福島第一原発のある福島県浜通り地方も21日朝から昼まで低気圧や前線の影響で雲が多く、予想される降水量は多いところで10〜20ミリとなっている。
 放射性物質が大気中に拡散していると、雨と一緒に地上に落下する。ただ、関東地方の放射線量は、平常値の範囲かやや高い程度で、放射線医学総合研究所(放医研、千葉市)は「東京近郊では人体に影響するレベルでは全くない。(同原発に近い)茨城県北部では、念のために雨にぬれないように注意したほうがいい」と説明する。
 まずは天気予報に注意を払い、外出する際には傘か雨がっぱを手放さず、雨が降っても体がぬれないないように心がけることが望ましい。万が一、汚染された可能性がある雨にぬれてしまった場合でも、水で洗い流すことで「除染」できる。放医研によると、髪や全身をシャンプーや石けんで強くこすりすぎずに洗い流せば、かなりの除染が可能になるという。

◆ハウス栽培のホウレンソウから放射性ヨウ素 高萩で1件高い値 /茨城
 http://mainichi.jp/area/ibaraki/news/20110321ddlk08040036000c.html
 ◇その他野菜は規制値以下
 露地栽培の県産ホウレンソウから暫定規制値(1キロあたり2000ベクレル)を上回る放射性ヨウ素が検出された問題で、橋本昌知事は20日午後4時半から緊急会見を開き、高萩市で19日採取されたハウス栽培のホウレンソウからも規制値を上回る放射性物質が検出されたことを明らかにした。ただ、ハウス栽培で上回ったのはこの1カ所のホウレンソウだけで、キュウリやトマトについては、県北も含め規制値を下回った。会見には、青野菜などの産地である鉾田市の鬼沢保平市長が同席し、震災以前の野菜まで返品される風評被害が広がっている実情を説明。「(鉾田産は)すべての品目が規制値以下だ」と消費者に冷静な判断をするよう訴えた。【大久保陽一】
 県によると、高萩市でハウス栽培されたホウレンソウは1万1000ベクレルと暫定規制値の5・5倍を検出。また、露地栽培のホウレンソウからも日立市で5万4100ベクレル(規制値の約27倍)、常陸大宮市で1万9200ベクレル(同約10倍)が確認された。県西の古河市で4200ベクレル、県南の守谷市で2100ベクレルと規制値を上回る値が観測され、放射性物質が全県的に飛散している状況が明らかになった。
 鬼沢市長は1999年の核燃料加工会社「ジェー・シー・オー(JCO)」東海事務所で起きた臨界事故の際と同様に、今回も風評被害が広がりつつある状況を指摘。「昨年秋に収穫された同市産のサツマイモが市場から戻ってきたケースもある」と警戒心を募らせた。
 県の調査では、同市のホウレンソウ(ハウス栽培)から検出された放射性ヨウ素は1キロあたり1900ベクレルで、規制値をギリギリ下回ったほか、ミズナ▽イチゴ▽トマト−−については、いずれも規制値を大きく下回った。
 高萩市のトマトとイチゴ▽日立市のキュウリ▽行方市のチンゲンサイ−−などホウレンソウ以外のハウス栽培の野菜や果物は規制値の20分の1以下だった。
 県はJAに対し、19日に引き続きホウレンソウの出荷のみ停止を呼びかけている。橋本知事は「期間は分からない。福島原発の事故の状況次第で変わってくると思う」と述べ、出荷停止が長期に及ぶ可能性も示唆した。
 一方、橋本知事は北茨城、高萩両市の水道水を調査した結果、放射性ヨウ素は規制値(1キロあたり300ベクレル)の30分の1以下だったと明らかにし「安心してほしい」と強調した。北茨城市では、放射性ヨウ素が1キロあたり10・0ベクレル、高萩市では8・4ベクレルに収まっている。
==============
 ■放射性ヨウ素の検出量■
 (単位ベクレル、数字は最高値)
 【水道水】=規制値は300
北茨城市 10.0
高萩市   8.4
 【ホウレンソウ】=規制値は2000
 *はハウス栽培、他は露地
日立市   5万4100
北茨城市  2万4000
常陸大宮市 1万9200
那珂市   1万6100
古河市     4200
鉾田市     7710
高萩市*  1万1000

◆死者・行方不明19人 被害全容、ほぼ判明 /千葉
 http://mainichi.jp/area/chiba/news/20110321ddlk12040117000c.html
 ◇津波、工場火災、液状化
 東日本大震災の被害の全容が20日、ほぼ明らかになった。県災害対策本部によると死者16人、行方不明者は3人、負傷者188人で、避難者はピーク時約4万7000人に上った(帰宅困難者を含む)。今なお約580人が避難所におり、一部地域で断水が続いている。主な被害を地図にまとめた(記載のない自治体でも被害が出ている場合がある)。
 地震が起きた11日、成田、印西両市は県内最大の震度6弱の揺れに見舞われた。市原市ではコスモ石油千葉製油所のLPGタンクが爆発・炎上し、作業員1人が大やけどを負った。火災は19日にようやく鎮圧された。
 津波は銚子で最大波2・4メートルを観測。実際にはさらに高かった可能性があり、旭市では津波にのまれるなどして12人が死亡、今も3人の行方が分かっていない。家屋は旭市で339棟が全壊、山武市では243棟が浸水するなど被害が多発した。
 東京湾岸部では、液状化現象で上下水道や道路などのライフラインが寸断された。とりわけ市域が埋め立て地で占められる浦安市は歩道や車道の陥没、建物の傾斜などの被害が出て、断水は最大で3万3000戸、20日現在も約1万9000戸が復旧せず、市民生活に支障が出ている。
 12日以降の福島県の東電福島第1原発の一連の事故で、15日には通常の7〜14倍に当たる1時間当たり0・313マイクロシーベルト(過去最高)の放射線量が測定され、県内の保健所に健康相談が殺到した。
 また、電力の安定供給ができなくなった東京電力は管内で計画停電を実施。JRや私鉄が運休したほか、信号機の消えた交差点での事故や、ろうそく使用が原因で民家が全焼する火災も起きている。【中川聡子】

◆ヨウ素131、限度の6倍=震災後、19日に初分析?福島第1原発
 http://www.jiji.com/jc/zc?k=201103/2011032100152
 東京電力は21日、福島第1原発で19日正午前後に採取した放射性同位元素の種類(核種)を分析した結果を発表した。核燃料棒の損傷により放出されたとみられる核分裂生成物の放射性ヨウ素とセシウムが検出された。このうちヨウ素131は放射線作業従事者の吸引濃度限度の約6倍に上ったが、マスク着用で吸引量を低減できているという。
 核種分析は通常月1回行い、検出限界以下であることを確認している。震災後は初めてで、19日から毎日行うことにした。(2011/03/21-12:00)

◆燃料プールの温度「国民に安心の数字」表情緩む防衛相
 http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110321/dst11032111570037-n1.htm
 「国民の皆さんに安心していただける数字だ。ほっとしている」。20日夜、東京・市谷の防衛省で記者会見した北沢俊美防衛相は、自衛隊ヘリによる測定で、福島第1原発の1〜6号機の使用済み燃料プールの温度が全て100度未満だったことを明らかにし、表情を緩ませた。
 北沢氏は「燃料プールの温度はすべて100度未満だった」とした上で「経済産業省原子力安全・保安院の専門家は(燃料プールに)水が入っているとの見解だ。今後の対策を考える上でも貴重なデータと評価していた」と満足そうに話した。
 北沢氏は会見に先立ち首相官邸で菅直人首相に報告した際の様子にも触れ「(首相は)非常にほっとした表情で説明を聞いていた」と話した。

◆大震災と原発災害の対応について 日本環境学会が声明
 http://www.kyoto-minpo.net/archives/2011/03/21/post_7680.php
 日本環境学会(和田武会長)は18日、「東北地方太平洋沖地震の被災と福島原発災害への対応についての緊急声明」を発表しました。以下、全文を紹介します。
「東北地方太平洋沖地震の被災と福島原発災害への対応についての緊急声明」
 3月11日午後に発生した東北・太平洋沖を震源とするマグニチュード9.0の地震により、東北地方、関東地方などに多くの被害がもたらされた。政府は全国民の力を結集し、被災地で救助を待っている人々を速やかに救助すると共に、様々な施設に避難している多くの人々が安心して当面の生活を送れるよう、食料、医薬品、燃料などの物資を届けると共に、通信、交通、医療サービスを確保しなければならない。震災に、自治体の広域合併が追い打ちをかけ、現地自治体の機能が低下している。被災していない自治体が大規模かつ系統的に現地に支援に入って自治体機能を回復することや、通信を確保することなどが緊急に求められる。
 東京電力福島第一原子力発電所では、原子炉を多重に守るための冷却装置が地震と津波で損壊して冷却機能が失われ、爆発や火災が相次いでいる。3月17日の時点で、1〜3号機では炉心熔融により圧力容器・格納容器内放射性ガスが外部へ放出され、3、4号機ではプール内保管核燃料が水から露出、高温化し、いずれも放射線や放射性物質を外の環境と隔てるバリアが損なわれてきている。5、6号機も冷却を要する状況である。現地では多くの人が高放射線量下で懸命の作業をしているが、依然として非常に危険な状況と見られる。原発のある福島県の住民や自治体は、震災と原発災害が重なり、きわめて困難な状況に置かれている。政府はこれらの原子炉で何が起こっているのかを迅速かつ十分に明らかにし、多くの知見を集めて適確に対応する必要がある。
 周囲への放射線も、福島第一原発正門でmSv/h(ミリシーベルト/時)単位の計測値が続き、原発から20km離れた地域でも最大0.33 mSv/hの観測値が得られている。政府はパニックを恐れてか、情報提供が遅く、少なく、健康への懸念が広がっている。政府は原発情報、放射線情報について、国民が健康を維持し、安心できるよう、また各地域で放射線に関する知識のある者が状況判断できるよう、放射性核種、線量データ、その他について迅速に情報提供をすべきである。対策についても大きなダメージを予測して安全最優先の視点に立ち、住民、特に患者、高齢者、子どもなどの健康弱者の避難、避難場所や手段、避難先でのサービスの確保などを早急に進めるべきである。また、放射能汚染が予測される地域では、子どもたち向けにヨウ素剤を配布しておく必要がある。
 今回の事態は、地震国日本での原子力優先のエネルギー政策の誤りと原発安全対策が十分でないことを示した。すべての原発の安全について総点検を実施して結果を公表すると共に、安全対策が不十分な原発は直ちに運転を停止すべきである。
 電力会社は、需給が逼迫するとして計画停電を行い、住宅地が夜間も含めて停電になり、また交通機関が長時間止まるなど、国民経済が震災復興を図る上でマイナスになっている。電力消費の3分の1にすぎない家庭・中小企業の一律停電ではなく、災害復旧に関係が薄い工場やオフィスなどの大口消費施設、あるいは電力多消費機器保有者に期間を切って操業の縮小の協力を求めるなど、メリハリのきいた対応が必要である。大学や研究機関も病院を除いて協力を惜しむべきではない。
 震災復興と原発災害対応の両面で、国民のいのちと健康と環境をまもり、復興にむけ、安全最優先の視点に立った対応を求める。また、その後は地域住民のくらしを回復させ、原発依存でない、防災・環境・食料などで安心できる持続可能な社会を目指す復興が必要である。日本環境学会もそのために協力していきたい。

◆浜岡原発3号機、検査終了後も当面停止 中部電力
 http://www.asahi.com/special/10005/NGY201103200004.html
 中部電力は20日、定期検査中の浜岡原子力発電所3号機(静岡県御前崎市、110万キロワット)の再開を当面見送る方針を明らかにした。3月下旬に原子炉を再起動し、4月下旬には営業運転を始める予定だった。東日本大震災をふまえ、再開に万全を期す。
 ただ、中部電は電力需要がピークとなる夏場には3号機が必要とみており、地元に配慮しつつ再開を模索する。
 3号機は昨年11月に定期検査に入った。予定された点検169項目のうち、13日現在で137項目がすでに終了。燃料棒の交換も済んでおり、近く原子炉を再起動させ、調整運転を始める予定だった。
 だが、東日本大震災で福島第一原発(福島県大熊町、双葉町)が被災。浜岡原発の地元でも原発の安全性を危惧する声が出ている。このため、浜岡3号機についても機器や危機対応の手順を再確認するという。
 中部電は現在、電力不足に陥った東京電力に電気を送っている。3号機なしで夏場に臨めば、火力発電所の稼働率を上げる必要があり、液化天然ガスや石油などの燃料を十分確保できるかが課題となる。
 浜岡原発の1、2号機は廃炉を決め、手続き中。4、5号機は稼働を続けている。2015年着工、18?23年運転開始を予定していた6号機は、計画を見直す方針だ。
 北陸電力もすでに定期検査中の志賀原発2号機(石川県志賀町)の再開は、地震や津波の安全対策を進め、地元の理解を得た後にする方針を公表している。(伊沢友之)

◆発生から6年 「減災」実例など説明 防災講演会に200人 /福岡
 http://mainichi.jp/area/fukuoka/news/20110321ddlk40040259000c.html
 福岡沖玄界地震の発生から20日で6年を迎えるにあたり、防災講演会が19日、中央区の福岡市役所であった。市民ら約200人が参加し、東日本大震災を踏まえた専門家の話に真剣な表情で聴き入った。
 第1部では、関西学院大の室崎益輝教授(都市防災学)が「防災の新しい考え方と取り組み」をテーマに講演。東日本大震災について「阪神大震災とスマトラ大津波とチェルノブイリ原発事故の三つの災害が同時に起きたような規模」と改めて被害の大きさを語った。
 また「現代は、災害に限らず事故や犯罪などが社会を脅かすマルチハザードの時代。新しい防災の考え方が必要になっている」と指摘し、被害軽減のための耐震対策など「減災」の重要性や、地域での防災活動について実例を挙げながら説明した。
 続いて、民放テレビ局で活躍する気象予報士の佐藤栄作さんが、福岡沖玄界地震の経験などを交えながら防災のポイントを解説し、「普段歩いている場所でも『災害時にはどうなるだろうか』と想像することで訓練になる。気象や災害用語についても正確で豊富な知識を身につけて」と話した。【徳野仁子】

◆万能薬ではないヨウ素剤、服用タイミングも重要
 http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20110321-OYT1T00041.htm?from=os4
 安定ヨウ素剤の服用は、避難時に放射性物質にさらされる恐れがある住民を守る予防策だ。
 ヨウ素は甲状腺ホルモンを合成するのに必須の元素で、甲状腺はふだんから体内に取り込んだヨウ素を蓄積している。このため、原発から出た放射性ヨウ素が空気や食べ物などと一緒に体内に入ると、甲状腺内に蓄積して放射線を出し続け、がんになりやすい。
 これを避けるため、放射線を出さないヨウ素を製剤化した安定ヨウ素剤を服用し、あらかじめ甲状腺を安定ヨウ素で満たしておく。その結果、放射性ヨウ素が体内に入り込んでも、甲状腺には蓄積せずに体外に排出されやすい。
 服用の効果を上げるには、服用のタイミングが重要だ。服用後に効果が続く時間は約24時間とされており、早くから服用しても効果はない。放射性ヨウ素が体内に取り込まれた後でも約8時間までなら、服用により甲状腺への取り込み量を40%近く減らせる。
 原子力安全委員会の指針では、服用対象者は40歳未満。40歳以上は被曝しても、甲状腺がんの発症率は高くならないと報告されているためだ。しかし、国の原子力災害現地対策本部は今回、希望者には40歳以上でも服用を認めた。
 忘れてはいけないのは、安定ヨウ素剤は被曝の万能薬ではないことだ。セシウムなど、ヨウ素以外の放射性物質による体への影響は防げない。ヨウ素過敏症など、服用できない人もいる。吐き気や下痢などの副作用も報告されており、避難時に1回のみ服用することになっている。
 ヨウ素の入ったうがい薬や消毒薬に予防効果があると誤解されているが、効果がないばかりか、飲むと体に有害な成分が含まれている恐れもある。ワカメや昆布にもヨウ素は含まれているが、含有量が一定ではなく、十分な効果は得られない。(吉田昌史、本間雅江)
(2011年3月21日07時31分 読売新聞)

◆保安院:東電社員被ばく最大で毎時150ミリシーベルト−第一原発
 http://www.bloomberg.co.jp/apps/news?pid=90920019&sid=aHgi.8dUN5jU
 3月21日(ブルームバーグ):原子力安全・保安院は21日午後の記者会見で、東京電力福島第一原子力発電所で被ばくした東電社員7人のうち1人が最大で毎時150ミリシーベルトだったと東電から報告があったと発表した。西山英彦審議官が明らかにした。
 西山氏によると、医療措置は不要という。被ばくした具体的な場所は明らかにしなかった。

◆英雄でも何でもない…交代で懸命の復旧作業
 http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110321k0000e040033000c.html
 東日本大震災で被災した東京電力福島第1原発では東電だけでなく原子炉メーカーや下請け企業の作業員らも懸命に復旧作業を続けている。水素爆発や構内火災で一時は約50人にまで減った作業員を、一部の海外メディアには「フクシマ・フィフティーズ」と英雄視した報道もあるが、実際は多くの作業員が交代で危機回避に取り組んでいる。近く現場に入るという下請け会社の30代の男性社員が毎日新聞の取材に応じ「不安はあるが、少しでも(事態の)沈静化に協力したい」と話した。【袴田貴行、日下部聡】
 東電によると、原子炉建屋内は20日午前も照明が消えたまま。安全性を考慮して放水時は放水だけ、電気工事の際にはその作業だけを行い、19日現在の従事者は約500人。一方、3号機周辺の放射線量は19日午後2時の3443マイクロシーベルトが、放水後の20日午前3時40分に2758マイクロシーベルトに下がったものの依然高い。20日午前5時現在、以前の制限値だった100ミリシーベルト以上の放射線を受けた作業員は7人。このため東電は交代要員集めを進めている。
 取材に応じた下請け会社の30代男性社員は「東電から元請けに話がきて、そこから1次、2次と下請けに要請があった。私も準備が整い次第向かう」という。海外メディアなどの注目については「残っている人がずっと放射線を浴びながら作業していると思われるかもしれないが、実際は法にのっとった管理で人を入れ替えながら作業を進めているので、英雄でも何でもないと思います」と冷静だ。
 一方で「不安は当然ありますね。それだけ高い放射線の中でやっているし、現場もどうなるか分からないですから。また爆発が起こるかもしれないし、放射線量が上がるかもしれない。断る選択肢もありますよね。家族からそういうこと言われますけど。すごく難しい判断で、みんな考えていると思います」。
 ◇「今後も原発で働きたいから」
 それでも現場行きを決めたのは「原発の仕事をしてきた職業人としてのプライドより、沈静化した後のこと」だという。「これからもこの仕事で食べていきたいという気持ち。断ったら後々の立場が悪くなるというか。今の会社で、またこういう仕事を続けていきたい気持ちなんで、少しでも協力し、会社の指示にできることは従って(やっていきたい)」と淡々と話した。
 現在、現場で作業に携わっているのは東電と子会社の東電工業、原子炉メーカーの東芝、日立のほか、鹿島、関電工やそれらの関係会社など。電源復旧では送電で4社、変電で5社、配電で3社という。地震発生直後に約800人いた作業員は15日の4号機の爆発による退避で一時約50人まで減ったとされるが、それ以降は300〜500人で推移。18日に米軍に借りた高圧放水車で3号機に放水したのも、東電工業の社員2人だった。
 現在の急務は原子炉冷却に不可欠な電源の復旧作業だが、東電によると、実際に作業できるのは技術を持つ70人程度。しかも高レベルの放射線を長時間浴びるのを避けるため、20人くらいずつ順番に作業せざるを得ない。「真っ暗な中、投光器や懐中電灯を使いながら、防護服と顔を全部覆うマスク、ゴム手袋での作業になる。大変時間がかかり苦労している」(東電の担当者)
 作業員の「命綱」となっているのが、原発の敷地中央付近にある免震重要棟だ。07年の中越沖地震で柏崎刈羽原発の事務本館が被災したことを教訓に昨年7月完成した。2階建てで延べ床面積約3700平方メートル。震度7に耐えられる免震構造で、内部には災害時のための「緊急時対策室」が設置されている。
 1〜4号機の中央制御室は放射線レベルが高すぎて誰もいない状態。普段は緊急時対策室にいる作業員が、定期的に交代で制御室に行き、監視や操作をしている。作業に出る時はやはり防護服を着て現場へ向かい、作業を終えると免震重要棟に入る前に脱ぎ捨てる。大量の防護服が必要とされている。

◆午前11時36分に第一原発5、6号機への電源引き込み開始−保安院
 http://www.bloomberg.co.jp/apps/news?pid=90920018&sid=aCJObUFRnQwU
 3月21日(ブルームバーグ):原子力安全・保安院は21日午後の記者会見で、東京電力福島第一原子力発電所5、6号機への電源引き込みを同日午前11時36分に開始したと東電から報告を受けたと発表した。西山英彦審議官が明らかにした。
 西山氏によると、5号機は外部電源により原子炉、使用済み燃料プールへの冷却機能が作動した。6号機はまだ非常用ディーゼルの電源で動かしている状態。外部電源への接続時期は未定という。

◆「被曝させぬ」孫をポリ袋に包み避難 原発30キロ圏内
 http://www.asahi.com/special/10005/TKY201103200258.html
 東日本大震災で県外に避難する人の多くは、事故が起きた福島第一原子力発電所の周辺住民らだ。身の回りの品もほとんど持たずに住まいを離れた人たちは、先の見えない不安の中にいる。
 原発20?30キロ圏内の屋内退避区域に住む、福島県南相馬市の郵便局非常勤職員、清水正人さん(60)は、家族9人で青森県八戸市の海上自衛隊第2航空群司令部の体育館に避難した。原発の事故が明らかになったあと、周囲の住民たちは次々と避難した。食料も尽きかける中、知人の助言で避難を決めた。
 「ちょっとだけ我慢して」??。家を出るとき、車に乗るまでの間、1歳、4歳、6歳の3人の孫をポリ袋で完全に包んだ。「絶対に孫は被曝(ひばく)させたくなかった」
 15、16日に車2台で出発し、日本海側を回るなどして約13時間かけ、約400キロ北の八戸市に着いた。青森近くに来たときも「いわき」「福島」ナンバーの多くの車が北をめざしていた。
 家には、犬2匹とネコ2匹を残してきた。4月に小学校入学を控える孫の遥輝君(6)のランドセルも自宅に置いたままだ。
 「とにかく見えない放射線はこわい」と正人さん。
 福島県双葉町から「役場」や多くの住民らが避難してきた、さいたま市中央区の「さいたまスーパーアリーナ」。
 双葉町の会社員の男性(50)の4人家族は、福島第一原発から3、4キロのところで暮らしていた。最初に避難した際、原発が問題になるとは思わず、何も持たずに出てきてしまったという。妻(44)は「子どもの学校は無期休校。長女は小学校の卒業式もなく、中学の制服も受け取っていない。果たして帰れるかどうか」と話した。
 同町の歯科医師川崎良輔さん(63)は、家族4人で福井県坂井市の知人宅に移った。自宅は福島第一原発から約2キロ。地震直後に近くの中学校に避難したが、12日朝、「西へ避難してください」という指示で、すぐに車で逃げ出した。
 持ち出せたのは携帯電話と充電器、ペットボトルの水(2リットル)、ソーセージなどのわずかな食料品。市営住宅への入居が決まったが、川崎さんと妻の葉子さん(60)のそれぞれの母親は、原発事故で避難指示が出た地域にいて連絡がとれていないという。
 葉子さんは「地震、津波に放射能の三重苦。双葉町に戻れるかもわからない。ここに移っても仕事を探さないといけないし、どうなるのか不安だ」と話した。
 和歌山市の市営住宅にも、福島第一原発から30キロ圏内にある福島県南相馬市の3家族が着の身着のままで避難し、19日に入居した。自動車修理業の男性(67)は「事故がおさまり次第、帰りたいが、南相馬市はゴーストタウンのようだ」と嘆いた。

◆福島原発5号機、電源復旧し自力冷却可能に
 http://news24.jp/articles/2011/03/21/07179045.html
 福島第一原子力発電所で、電源を復旧する作業が急ピッチで進んでいる。不安定な状況にある2号機では、大本の電源から建物内のそれぞれの装置に電気を送るための作業が続いている。また、5号機では21日、電源が復旧し、これ以上、状況が悪化するおそれはなくなったという。
 第一原発では21日、1号機から6号機の全てで電源の復旧作業が行われている。
 原子炉内の温度が高くなっている2号機では、外部からのケーブルがパワーセンターと呼ばれる大本の電源にまでつながり、パワーセンターから中央制御室や冷却装置に電気を送るための準備が行われている。しかし、経産省の原子力安全・保安院などによると、部品交換などの作業で完全に復旧するまでには2、3日はかかる見通し。
 3号機と4号機については、外部からのケーブルをつなげる作業を21日中に終わらせたいとしている。
 使用済み燃料プールの温度が一時上昇していた5号機については、21日午後に電源が復旧し、自らの力で冷却できる状態になったという。
 一方、放水作業は、21日午前6時半頃から自衛隊が4号機に対して2時間にわたって行った。今後の放水には、新たに長いアームを使い、狙った所に水を注入できるコンクリートポンプ車が投入されるという。

◆菅首相、原子力安全委と保安院に連携を指示
 http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110322/plc11032217140028-n1.htm
2011.3.22 17:13
 菅直人首相は22日午後、原子力安全委員会の斑目春樹委員長と経済産業省原子力安全・保安院の寺坂信昭院長を首相官邸に呼び、放射能漏れを起こした福島第1原発の事故への対応について「もっと連携してほしい。よく連絡を取ってほしい」と指示した。

◆安全対策「甘かった」=避難者に初めて謝罪?福島で東電副社長
 http://www.jiji.com/jc/zc?k=201103/2011032201062
 福島第1原発の事故を受け、東京電力の鼓紀男副社長は22日、福島市で記者会見し、「今回の津波は異常だったが、そこまで想定しなければいけなかった。結果としてみれば甘かった」と述べ、設計上の安全対策が不十分だったという認識を示した。
 鼓副社長はまず、「(相次ぐ事故の)責任は東電にある。地域、県民、社会にご迷惑をおかけし、おわび申し上げる」と謝罪。規制値を上回る放射性物質が原乳などから検出されているが、補償については「これから総合的に考えていきたい」と述べるにとどめた。
 また、同原発の廃炉に関しては「会社で議論になったことはない」とし、「まずは非常事態の収束に全力を挙げる」と明言を避けた。
 会見に先立ち、鼓副社長は福島第1原発が立地している同県大熊町の渡辺利綱町長と町民らが避難している田村市総合体育館を訪問し、謝罪した。住民からは「早く家に帰りたい」などという声が相次いだという。東電幹部が事故後、避難住民に直接謝罪したのは初めて。(2011/03/22-20:25)

◆福島第1原発:原子力保安院、IAEA会合にお粗末対応(2011年3月22日)
 http://mainichi.jp/select/today/news/20110322k0000e040096000c.html
 【ロンドン会川晴之】福島第1原発事故状況説明のため、国際原子力機関(IAEA、本部・ウィーン)で21日開かれた各国外交団向けの技術説明会で、日本から初めて出席した経済産業省原子力安全・保安院の担当者が、日本語の資料を配布していたことがわかった。説明会の出席者によると、日本政府のお粗末な対応ぶりに席を立つ外交団の姿もあったと言い、日本政府の説明不足に対する不信感が高まっている。
 原発事故に関する日本政府の情報開示をめぐっては、米政府関係者が日本政府に、情報発信を強化するよう要請するなど、各国に不満が高まっている。IAEA加盟国にも同様の不満が高まっていることから、天野之弥事務局長が18日に訪日した際、日本政府と情報共有を図るため、日本人の調整官を日本に常駐させることを決めた。さらに、政府も保安院の担当官をウィーンに派遣することを決め、21日の各国向け技術説明会に初めて出席させた。
 説明会では、説明や質疑応答は英語で実施され、現在の概要を説明する英語版の資料が映し出された。だが、(1)福島第1原発周辺の放射線量測定値(2)福島県対策本部作成の福島県内測定値−−の2種類の日本語資料が配布された。
 日本語資料を基に韓国の代表団は、放射線量が上昇した時、原発でどのような事象が起きたのかと因果関係を尋ねたのに対し、保安院の担当者は「因果関係を詳しく把握していない。調査した上で回答する」と述べたという。
 IAEAは、日本政府の情報発信が少ないとの批判を受け、先週から加盟各国向けに技術説明会を土日も含めて連日開催している。日本政府に専門家派遣を強く要請したが、かえって不信を増幅した形になった。

◆国、住民の被曝予測公表せず 研究者らが批判
 http://www.asahi.com/national/update/0321/OSK201103210061.html
 住民の被曝(ひばく)量や放射性物質が降る範囲の予測を国が公表していないため、研究者らから批判が出ている。文部科学省が委託した機関が1時間ごとに計算し原子力安全委員会に報告しているが、国は「データが粗く、十分な予測でないため」と説明している。
 予測システムはSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測)と呼ばれる。原子力安全技術センター(東京)が、原発の位置、放射性物質の種類や量、放出される高さ、地形などを元に、最新の風向きや風速のデータを加えて計算。日本全域を250メートル四方に区切り、それぞれの場所にすむ人が吸入などで被曝する量を予測する。
 同センターによると、11日の地震発生約2時間後から、東京電力・福島第一原発について計算を始めた。放射性のヨウ素や希ガスについて、放出量の見積もりを何段階かに変化させて計算。1時間ごとに2時間後までの被曝予測データを、原子力安全委員会に報告しているという。
 原子力安全委員会事務局は「放射性物質の種類や量、放出時間などの推定が粗いので、避難などの判断材料としては使っていない。その状況なので軽々しく公表できない」と説明している。
 一方、長瀧重信・長崎大名誉教授(被曝医療)は「条件がそろわないと予測できないというのはおかしい。国は持っているデータをすべて公開することが大事だ。根拠をもとに住民と相談して、対応を決めるのが原則ではないか」と話している。
 福島第一原発から出た放射性物質の拡散予測について、米原子力規制委員会(NRC)は「あくまで推定で、実際とは異なるかもしれない」と注釈つきで公表。米国はこれらを参考に原発から半径80キロメートル以内にいる米国人に避難を勧告した。また、フランスやオーストリアの研究所なども拡散する様子の動画をホームページなどで公開している。(木村俊介)

◆【特別寄稿】福島第一原発の最悪のケースを考える−コトリコフ
 http://www.bloomberg.co.jp/apps/news?pid=90920021&sid=a90Rt4kBJGlE
 3月22日(ブルームバーグ):最悪のケース−。これは、東日本大震災で津波の被害を受け、東京電力福島第一原子力発電所の原子炉が機能不全に陥って以来、すべての人の心の片隅にある言葉だ。だが、驚くべきことに、原子炉の状況について積極的に語ろうとする専門家は少ない。
専門家の多くは最悪の結果について述べることを避けてきた。考えるだけでも恐ろしいし、口に出すのはリスクが大きいからだ。一般人をパニックに陥れるというリスクだけではない。警告が間違っていたら、専門家としての地位が脅かされる恐れもある。今回の原発事故では、冷静な表現に終始しようとする傾向が全面に出ている。
特に日本人は冷静な態度をとることについては長けている。当局者は繰り返し述べてきた。原子炉建屋の爆発は大きな問題ではない、放射線物質を含んだ蒸気の放出も大きな問題ではない、原子炉格納容器の損傷も大きな問題ではない、使用済み燃料プールの水温上昇は大きな問題ではなく、食品や水の放射能汚染も大きな問題ではない、と。これが最も端的に表れたのは、原発事故発生後の清水正孝東電社長の「大変な心配と迷惑」を掛けておわび申し上げたい、という言葉だ。清水社長に言いたい−これは単なる迷惑ではない。
原発の作業員の死亡や負傷に加え、牛乳やホウレンソウや豆のほか、恐らく魚の放射線による汚染など、これまで起きたことだけでも十分に恐ろしい。ただ、福島第一原発の最悪のシナリオはこれを大きく凌駕する。1号機から6号機がメルトダウン(全炉心溶解)を起こし、4277トンの使用済み核燃料の過熱が制御不能となるのだ。これが、人口1400万人の東京から約240キロメートルしか離れていない場所で起こる可能性がある。東京ではすでに水に微量の放射性物質が検出されている。
          最悪のケース想像
日本は海の方向に強い風が吹いてくれるように願うこともできるが、ここで、どのような状況が起これば最悪のケースに至るのか考えてみよう。もう一度、地震と津波が起これば必ずそうなるはずだ。そんなことはばかげていると思うかもしれないが、そうでもないのかもしれない。3月11日の地震はより大きな地震の前震に過ぎないのかもしれない。
日本には稼働中の原子炉が55基ある上、11基を開発中だ。つまり、66基分の「迷惑」が起こるのを待っている状態であり、地震や津波でなければ、テロもしくはチェルノブイリ原発事故の原因となった人為的ミスで起きる可能性もある。
          原発を閉鎖しろ
ノーベル賞を受賞した物理学者、エンリコ・フェルミが生きていたら、われわれが作り出している原子力のテールリスク(発生する可能性は小さいが、発生すると影響が大きいリスク)についてがくぜんとしていたかもしれない。初の原子爆弾を開発したマンハッタン計画で主要な役割を果たしたフェルミは、躊躇なく日本に原発を閉鎖するよう言っていただろう。
フェルミは世界初の原子炉を開発したが、その恩恵に対しては重大な懸念を抱き、人類が「自然に対して獲得した力を有効に活用できるぐらい大人になれる」のかどうか疑問を持っていた。フェルミはこの言葉を書いてから2年後、自身が開発した原子炉から放射線を浴びたことにより、53歳で胃がんで亡くなった。(ローレンス・コトリコフ、ユージ ン・スタンレー)
  (ローレンス・コトリコフ氏はボストン大学の経済学教授です。ユージン・スタンレー氏はボストン大学の物理学教授で、全米科学アカデ ミーの会員です。この寄稿の内容は両氏自身の見解です)
更新日時: 2011/03/22 15:20 JST

◆チェルノブイリ事故の魚類への影響
 http://katukawa.com/?p=4136
2011-03-23 (水)
Chernobyl’s Legacy: Health, Environmental and Socio-Economic Impacts
IAEAのチェルノブイリの環境影響評価のレポートの中から、魚類に関係する部分のみを和訳(P26-27)しました。
水圏生態系はどの程度汚染されたか?(How contaminated are the aquatic systems?)
チェルノブイリ由来の放射性物質によって、原発付近、および、ヨーロッパの多くの場所で、表層水の放射能レベルが上昇した。初期の上昇は、川や湖の表層への、放射性核種の直接的な堆積によるもので、短命の核種(ヨウ素131)が主であった。事故後、数週間の間の、キエフ貯水池の高い放射能レベルの飲料水が懸念材料である。
数週間後には、希釈、物理崩壊、貯水池の土壌への吸収によって、水中の放射能レベルは、急激に減少した。底質層は、放射性物質の重要な長期的な貯蔵庫である。
魚類の放射性核種の摂取は、非常に早かった。しかし、物理崩壊によって、放射能活性はすぐに減少した。最も影響を受けた領域、および、スカンジナビアやドイツのような遠くの湖で、水中の食物連鎖によるセシウム137の生物濃縮が、有意な放射性物質の濃縮をもたらした。降下量が少なかったことと、生物濃縮が低いことから、魚類のストロンチウム90のレベルは、セシウム137と比較して人体への影響は軽微であった。ストロンチウム90が食用になる筋肉ではなく、骨に集積することも理由の一つだろう。
長期的には、寿命が長いセシウム137とストロンチウム90の土壌からの流出が、今日まで続いている(以前よりもかなり低い水準)。今日では、表層水、および、魚類の放射性物質の密度は低い(p26の図6を参照)。それにより、表層水による灌漑が、害悪を及ぼすとは考えられていない。
川や開放形の河川や貯水池での、セシウム137とストロンチウム90の密度は現在は低いものの、ベラルーシ、ロシア、ウクライナの外部への流出がない「閉鎖的」な湖のいくつかでは、数十年経過した現在も、セシウム137で汚染されたままである。たとえば、閉鎖的なロシアのKozhanovskoe湖の隣に住む人々の、セシウム137の摂取は、主に魚類の消費によるものである。
黒海およびバルト海は、チェルノブイリから遠く離れていることと、これらの系の希釈によって、海水の放射性物質の濃度は、淡水系よりも大分低い。水中の放射性核種のレベルが低い上に、海洋生物相でのセシウム137の生物濃縮が低いため、海産魚のセシウム137を気にする必要は無い。

◆東電への2兆円緊急融資、3メガ銀行など相対方式で全額実行へ=関係
 http://jp.reuters.com/article/businessNews/idJPJAPAN-20195720110323
 [東京 23日 ロイター] 東京電力(9501.T: 株価, ニュース, レポート)に対する2兆円の緊急融資について、三井住友銀行など3メガ銀行グル―プと住友信託銀行などは3月中に相対方式で融資を実行する方針を固めた。
 当初、シンジケートローンを組むなどの案もあったが、時間的猶予がないことから見送った。各行は現在、融資条件などの詳細を詰めている。 
 大手3メガグループは、三井住友銀が最大の6000億円超、みずほコーポレート銀行が5000億円、三菱東京UFJ銀行が3000億円程度で調整している。メガバンクで1兆50000億円程度を拠出し、そのほか、住友信託銀行や三菱UFJ信託銀行、中央三井信託銀行、みずほ信託銀行、信金中央金庫などで計5000億円程度を貸し出す方向で調整している。 
 東電は先週、大手銀行や信託銀行に対して、緊急融資を実施するよう要請。東電は発電設備の増強が必要になっているほか、4月以降には社債の償還も控えている。福島第1原子力発電所の事故を受けて格付けが引き下げられているため、資金を社債で調達するのは困難になる見通しで、銀行団からの融資により手元資金を厚くする。

◆危機的状況の中の希望
 http://www.timeout.jp/ja/tokyo/feature/2581/
村上龍
先週の金曜、港町・横浜にある我が家を出て、午後3時前、いつも行く新宿のホテルにチェックインした。普段から私はここに週3〜4日滞在し執筆活動やその他の仕事をしている。
部屋に入ってすぐに地震が起きた。瓦礫の下敷きになると判断し、とっさに水とクッキー、ブランデーのボトルをつかんで頑丈な机の下にもぐりこんだ。今にして思えば、高層30階建てのビルの下敷きになったらブランデーを楽しむどころではないのだが。だが、この行動によってパニックに陥らずにすんだ。
すぐに館内放送で地震警報が流れた。「このホテルは最強度の耐震構造で建設されており、建物が損傷することはありません。ホテルを出ないでください」という放送が、何度かにわたって流された。最初は私も多少懐疑的だった。ホテル側がゲストを安心させようとしているだけではないのかと。
だが、このとき私は直感的に、この地震に対する根本的なスタンスを決めた。少なくとも今この時点では、私よりも状況に通じている人々や機関からの情報を信頼すべきだ。だからこの建物も崩壊しないと信じる、と。そして、建物は崩壊しなかった。
日本人は元来“集団”のルールを信頼し、逆境においては、速やかに協力体制を組織することに優れているといわれてきた。それがいま証明されている。勇猛果敢な復興および救助活動は休みなく続けられ、略奪も起きていない。
しかし集団の目の届かないところでは、我々は自己中心になる。まるで体制に反逆するかのように。そしてそれは実際に起こっている。米やパン、水といった必需品がスーパーの棚から消えた。ガソリンスタンドは枯渇状態だ。品薄状態へのパニックが一時的な買いだめを引き起こしている。集団への忠誠心は試練のときを迎えている。
現時点での最大の不安は福島の原発だ。情報は混乱し、相違している。スリーマイル島の事故より悪い状態だがチェルノブイリよりはましだという説もあれば、放射線ヨードを含んだ風が東京に飛んできているので屋内退避してヨウ素を含む海藻を食べれば放射能の吸収度が抑えられるという説もある。そして、アメリカの友人は西へ逃げろと忠告してきた。
東京を離れる人も多いが、残る人も多い。彼らは「仕事があるから」という。「友達もいるし、ペットもいる」、他にも「チェルノブイリのような壊滅的な状態になっても、福島は東京から170マイルも離れているから大丈夫だ」という人もいる。
私の両親は東京より西にある九州にいるが、私はそこに避難するつもりはない。家族や友人、被災した人々とここに残りたい。残って、彼らを勇気づけたい。彼らが私に勇気をくれているように。
今この時点で、私は新宿のホテルの一室で決心したスタンスを守るつもりでいる。私よりも専門知識の高いソースからの発表、特にインターネットで読んだ科学者や医者、技術者の情報を信じる。彼らの意見や分析はニュースではあまり取り上げられないが、情報は冷静かつ客観的で、正確であり、なによりも信じるに値する。
私が10年前に書いた小説には、中学生が国会でスピーチする場面がある。「この国には何でもある。本当にいろいろなものがあります。だが、希望だけがない」と。
今は逆のことが起きている。避難所では食料、水、薬品不足が深刻化している。東京も物や電力が不足している。生活そのものが脅かされており、政府や電力会社は対応が遅れている。
だが、全てを失った日本が得たものは、希望だ。大地震と津波は、私たちの仲間と資源を根こそぎ奪っていった。だが、富に心を奪われていた我々のなかに希望の種を植え付けた。だから私は信じていく。

◆For a change, Proud to be Japanese : original version
 http://d.hatena.ne.jp/hazuma/20110322
東浩紀
 地震の瞬間、ぼくは同僚とともに東京都心部の四谷にある古い雑居ビルの六階にいた。
 日本人は地震に慣れている。ぼくもまた幼少期から無数の地震に遭遇してきた。だから揺れ始めた瞬間も動じることはなかった。いつもより大きいなあ、と思ったぐらいだった。
 けれども揺れはいつまでも止まらず、振れ幅は少しずつ大きくなっていった。やがてフロアの天井と壁が異様な音を立てて軋み始め、だれからともなく、これはまずい、外に出ろと叫びが上がり、ぼくたちは砂埃が舞うなか狭い階段を争うように駆け降りた。なんとか戸外に出て振り返れば、ビルはぐらぐらと激しく横に揺れ、隣のビルといまにもぶつかりそうになっている。群衆から声にならない悲鳴が漏れた。あたりを見渡すと、すべての車が停止し、広い車道は周囲のビルから逃げ出してきた人々で埋まっていた。
 ぼくたちはみな携帯電話を取り出した。電話は通じない。ネットは繋がる。メールは不安定だ。ツイッターの書き込みによって、それがはるか北方を震源地とする巨大地震で、公共交通機関はすでに運行を停止していることを知った。顔も名前も知らないツイッターユーザーの安否は続々と明らかになるが、妻との連絡はいっこうに取れない。娘を預けた保育園も繋がらない。
 結局ぼくはその日、自宅まで一三キロの道のりを歩いて帰ることとなった。幹線道路沿いの歩道は、同じように徒歩での帰宅を決断した通勤者たちで埋まり、ぼくたちはただひたすら軍隊のように、それぞれの自宅にむかい無言で行進を続けた。帰宅したのは、もうすっかり日が暮れたあと、午後七時も回ってからだ。
 ぼくは東京で生まれ、そして三九年間東京に住み続けてきた。しかし、この都市がここまで混乱した??というよりもむしろ呆然と立ち尽くしたと言ったほうが正確だろうか??のを見たのは初めてだ。
 しかもそれは、悪夢の始まりでしかなかった。地震から津波へ、そして福島の原発事故へと続くその後の展開は、みなさんもすでにご存知のとおりである。その悪夢は、この原稿を書いているいまも収束の兆しを見せていない。

 さて、今回の震災が日本社会に対して与える影響を見積もるのは容易ではない。事態はまだ進行中だし、なによりもこれほどの大きさの災害となると、影響はじつに多岐に亘り、予測を超えた深さで国のかたちを変えるはずだからである。
 たとえば政局は震災以前とがらりと変わるだろう。民主党政権はふたたび息を吹き返すだろうし、党内の力関係も大きく変わるだろう。東北地方の経済復興には長い時間がかかるだろうし、原発事故のあとではエネルギー政策も根本から見直さざるをえない。しかしそれらの変化はまだ予測可能なものだ。一六年前、阪神淡路大震災の二ヶ月後にオウム真理教のテロが起きたように、震災が国民に残した精神的心理的動揺は、のち思いもかけないかたちで吹き出す可能性がある。これから半年、一年の日本の動きは、さまざまなレベルで注視し続ける必要があろう。
 というわけで、具体的な予測や評価はまだまったくできないが、それでも話を抽象的な側面に絞ってよいのならば、震災後六日目のいまでも言えることがただひとつある。
 それは、この災害を契機として、日本人がいまかつてなく??少なくともこの二、三〇年では経験したことがないほど強く??「国家」の存在を肯定的に意識し始めたということである。
 日本人は、第二次世界大戦に破れて半世紀以上、国家や政府を誇りに感じることがほとんどできなかった不幸な国民である。とりわけこの二〇年、バブルが崩壊し長い不況に入ってからはそうで、首相の顔は驚くほど頻繁に変わり政策は停滞し、日本人のあいだには政治的シニシズムが蔓延している。実際、一六年前の阪神淡路大震災では、政府の対応はあまりに杜撰かつお粗末で、多くの国民から強い非難を浴びた。
 ところが今回は状況が劇的に異なる。むろん非難の声はある。原発事故および首都圏の大規模な停電は、国民生活に深刻な影響を及ぼし続けており、当然のことながら政府と電力会社はマスコミから厳しい追及を受けている。しかし他方、国民のあいだでは彼らを擁護する声がじつに強い。救援活動のスポークスマン、枝野幸夫官房長官はネットで英雄となっているし、自衛隊の救援活動は絶賛されている。ツイッターの投稿は震災一色だ。ぼくはいままで、日本人がここまで「公」のことばかりを考え、話題にし続けた光景を見たことがない。日本国民も日本政府も、ついこのあいだまでは愚痴と内ゲバばかりでまったく前に進めない優柔不断で身勝手な人々だったのに、いまや別人のように一丸となって大胆に国を守ろうとしている。つまり日本人は、日本の若い世代がよく使う表現を借りれば、震災後突然「キャラ」が変わったように見えるのである。
 日本人はいま、めずらしく、日本人であることを誇りに感じ始めている。自分たちの国家と政府を支えたいと感じている。
 むろん、そのような「キャラ」はナショナリズムに繋がるのでよくない、との意見はありうるだろう。ネットでは早くもその種の懸念が登場しているし、また熱狂はしょせんは一時的なもので長続きしないという見方もある(おそらくそうだろう)。しかし、ぼく自身はそのうえでも、やはりその現象にひとつの希望を見いだしたいと思う。
 震災前の日本は、二〇年近く続く停滞に疲れ果て、未来の衰退に怯えるだけの臆病な国になっていた。国民は国家になにも期待しなくなり、世代間の相互扶助や地域共同体への信頼も崩れ始めていた。
 けれども、もし日本人がこれから、せめてこの災害の経験を活かして、新たな信頼で結ばれた社会をもういちど構築できるとするのならば、震災で失われた人命、土地、そして経済的な損失がもはや埋め合わせようがないのだとしても、日本社会には新たな可能性が見えてくるだろう。もちろん現実には日本人のほとんどは、状況が落ち着けば、またあっけなく元の優柔不断な人々に戻ってしまうにちがいない。しかしたとえそれでも、長いシニシズムのなかで麻痺していた自分たちのなかにもじつはそのような公共的で愛国的で人格が存在していたのだという、その発見の経験だけは決して消えることがないはずだ。
 今回の震災、海外のメディアでは、災害に直面した日本人の冷静さや公徳心が驚きをもって受け止められ、高く評価されていたと伝え聞く。しかしじつはそれは、当事者の日本人にとっても驚きだったのだ。なんだ、おれたちやればできるじゃないか、だめな国民じゃないじゃないか、というのが、おそらくはこの数日間、日本人の多くが多少のくすぐったさとともに味わった感情のはずなのである。
 あとはその感情を、時間的にも社会的にもどこまで引き延ばすことができるのか、その成否に、今回の震災だけではない、その二〇年前から続く長い停滞と絶望からの復興がかかっている。

◆Deserted streets in Japan nuclear exclusion zone
 http://www.bbc.co.uk/news/world-asia-pacific-12824166?utm_source=twitterfeed&utm_medium=twitter
22 March 2011 Last updated at 20:11 GMT Help
In Japan, rescue teams are continuing to search for the bodies of those killed by the earthquake and tsunami.
Twelve days on, just over 9,000 people are now known to have died but more than 13,000 others are still missing and nearly 270,000 people have lost their homes or been forced out by contamination.
The town of Minamisoma lies just 16 miles away from the Fukushima nuclear plant. As Rupert Wingfield-Hayes reports many of its residents have left some may never return.

◆「今回の震災は阪神・淡路大震災とは全く違う」
 http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/report/shinsai/201103/519046.html
内藤恵一(甲府共立病院外科科長) 聞き手:山崎 大作=日経メディカル オンライン
私は3月13日から16日にかけて宮城県塩釜市の坂総合病院(357床)で支援活動を行いました。宮城県民医連から全日本民医連への支援要請に応じたものです。
 私は阪神・淡路大震災の際にも医師として応援に入りましたが、今回は福島第一原発の問題もあり、「帰れないかも」とひそかに思っていました。応援に入っていた医師は皆、同じように感じていたようです。
阪神・淡路大震災に続き、医療支援を行った内藤氏。
 坂総合病院は、数年前の立て替えで免震構造を採用しており、ガラス張りの建物ながらほとんど傷んでいませんでした。地震を感じさせるのは、トイレのタイルがはがれていたことくらいでしょうか。
 また、たまたま井戸水が使える土地で、自家発電もありました。水と電気が保たれていたため、外来も含めてほぼ通常業務をこなせていました。塩釜市のほかの病院は、既に入院していた患者を守るのが精一杯だったと聞いています。
 支援に入った当初は医薬品や食料の残量が不安でしたが、全国から続々と物資の支援が集まったため、すぐにそれは解消しました。また、私が離れた16日には、医師だけでも数十人、看護師や事務を含めると200人以上が病院に支援に入っていました。
被災した坂総合病院。外観上の変化はない。
 災害拠点病院として年3回災害訓練を行い、地震の直前にまさに訓練を行ったばかりだったことも幸いし、救急車を受け入れ実績が年間約2400件、急患の外来受診が1日平均58人の病院で、震災食後から1日平均で200人以上もの緊急患者を受け入れたのです。夜遅くなると暗くて歩くには危なく、かといってガソリンもなく救急車もロクに走っていない状況だったので、午前2時から6時までの深夜・早朝の患者は1?2人程度。つまり、昼だけで通常の何倍もの緊急患者を受け入れました。
 今回、私は同院で救急患者に対応しました。その感覚で言えば、今回の被災地支援は、阪神・淡路大震災時の延長で考えてはいけないと思います。阪神・淡路大震災の際には、発災後1週間以上経ってから現地入りしたにもかかわらず、骨折を我慢していた患者さんなど、外傷の患者も一定数おられました。
 ところが今回は、外傷は少なく、薬が津波で流されたことによる慢性病の悪化や、避難所で流行り始めたインフルエンザなどで体調を崩した方、在宅酸素で酸素が底をついた方などが中心でした。具体的には、インシュリンが切れて低血糖となり、意識障害を起こした患者さんやワルファリンが切れた心不全の既往がある患者さん、元々パニック障害で発作を起こされた患者さんといったケースです。支援に入った外科医の中には、活躍の場をなかなか見付けられないまま、被災地から去った医師もいるほどです。
 それでも坂総合病院にアクセスできた患者さんはまだ幸いです。多くの避難所では、具合が悪くなってもそれを伝える術も、医療機関にアクセスする術もなかったからです。私が持っていったauの携帯電話はまったく通じず、NTTドコモの携帯電話も10回メールすると1回通じる程度。
 そのような状況下では救急車も呼べず、かといってガソリンもありませんから、歩けなければ来院しようがないのです。避難所を訪ねて回った医師が、坂総合病院が機能していることを伝えてはいましたが、「どうやってアクセスすればいいんだ?」と問われることもあったようです。阪神・淡路大震災の際には、病院の建物のダメージが大きく、当初は情報の入手にも苦労しましたが、それでも電話回線をすぐに引いてもらえました。情報アクセスの点でも、今回はさらに大変だと思います。
1年目の医師でも十分に戦力に!
 現場ではあらゆる診療科の医師が必要ですが、今特に必要なのは、外科ではなくプライマリケア医です。精神科の医師も必要です。統合失調症やうつの患者さんも薬がなくなればどんどん悪化します。われわれは、どうしても阪神・淡路大震災の延長で医療支援を考えがちですが、今回は、一つの避難所がそのまま町になっているような被災地もあるのです。

◆現場に踏みとどまる原発作業員に「死の危険」 仏専門家が増援呼び掛け
 http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110324/dst11032407030010-n1.htm
福島第1原発の事故で、フランス・パリ大学のポール・ジョバン准教授(日本社会学)は24日付ルモンド紙のインタビューで、強い放射線にさらされながら事故現場に踏みとどまり、電源復旧などに取り組む作業員らに「死の危険」が迫っているとして、交代要員の派遣など増援が必要だと呼び掛けた。
 同准教授は「少なくとも外部から応援の作業員を呼び寄せて緊急に(1人当たりの放射線)被ばく量を減らす必要がある」と、少人数の技術者や作業員に依存する態勢に異議を唱えた。
 また「日本の放射線防護政策は、何より原子力産業の保護を優先する」として、原発作業員が白血病などを発症しても、めったに労災と認定されないと批判。厚生労働省が今回の事故対策に限り、被ばく線量の上限を250ミリシーベルトまで引き上げたことについて「この緊急措置は、作業員が死亡することになっても(東京電力が)補償請求を免れるための方便である可能性がある」と指弾した。
(共同)

◆The truth about the Fukushima 'nuclear samurai'
 http://www.guardian.co.uk/world/2011/mar/21/nuclear-samurai-fukushima-japan-reactor
To a world that doesn't know him, Shingo Kanno is one of the "nuclear samurai" ? a selfless hero trying to save his country from a holocaust; to his family, Kanno is a new father whose life is in peril just because he wanted to earn some money on the side doing menial labour at the Fukushima nuclear plant.
A tobacco farmer, Kanno had no business being anywhere near a nuclear reactor ? let alone in a situation as serious as the one that has unfolded after the 11 March earthquake and tsunami in Japan.
His great-uncle, Masao Kanno, said: "People are calling them nuclear samurai because people are sacrificing their lives to try to fix a leak. But people like Shingo are amateurs: they can't really help. It shouldn't be people like Shingo."
Masao Kanno is one of more than 500 people camped out on the hardwood floors of a sports centre in Yonezawa. The homes of most of them lie within 19 miles of the Fukushima plant. They worked at the plant, have family members who did, or passed it daily on the way to work or school.
Before, they rarely thought about the down side to that proximity; now it rules their lives. Many of their homes are inside the evacuation zone, with radiation 17 times higher than background levels and tap water too contaminated to drink.
Those with a close personal connection to the crisis, like Masao Kanno, are moved and grateful for the personal courage of the 500 or so workers still at the plant. But where Japan's prime minister and others have conjured up cardboard heroes, he sees a flesh-and-blood relation.
Shingo Kanno, who had been hired to do construction work, was released from his duties at Fukushima soon after the declaration of a nuclear emergency. As the crisis at the plant worsened, and the Japanese government widened the evacuation zone, he moved his wife and his infant daughter to his in-laws, where they would be safer.
He also helped evacuate his extended family from their home town of Minamisoma, which is within the 30km exclusion zone, to the sports centre and other shelters. Then, his relatives say, Kanno got a call from the plant asking him to go back to work.
His whole family took turns getting on the phone to tell him not to go. They reminded him that he was a farmer, not a nuclear engineer, that he did not have the skills for such a sophisticated crisis. They said he should think of his responsibilities to his parents and his baby daughter.
"I told him: 'You have a family now. You shouldn't be thinking about the company ? you should be thinking about your own family,'" said Masao Kanno.
But on Friday Shingo Kanno went back anyway. The family have not heard from him since.
In the meantime, the cult of the nuclear samurai has only grown. Japanese television aired an interview with a plant worker on Monday offering a harrowing insider's account of the struggle for the reactors.
The worker, his face hidden from view, described sirens blaring, billowing smoke, explosions so powerful the earth rumbled, water sloshing in the pool of spent atomic fuel. Then he touched on his own complicated emotions before pulling out of the plant. "The people left behind ? I feel really sorry for them," the worker said. "It was a hard decision to make, but I had a strong feeling that I wanted to get out."
Such scenes stir powerful emotions in this sports centre, where evacuees are re-examining their own relationship with the Fukushima plant.
"I think you could say those nuclear workers have been brainwashed," said Keiichi Yamomoto, who used to visit the plant regularly for business. "Japanese people are used to focusing their whole lives on their company, and their company takes priority over their own lives."
He said the power company had a policy of locating nuclear facilities in sparsely populated areas with little local industry. Local people got jobs; the power company was able to increase its supply of electricity for Tokyo.
The Japanese government assented to the Fukushima plant; the prefecture government assented to it; even local people assented to the plant, when they took jobs as inspectors there, Yamomoto said. "It was a trade-off."
Now they are experiencing the consequences of that assent.
People who built their lives around the nuclear plant without ever fully acknowledging its presence are now signing up for text updates of radiation readings from their home town.
Some evacuees in the sports hall say they cannot rely on the power company to give them accurate information. They are going to wait for the Japanese government to issue an all-clear before they consider returning home.
Others are wondering whether they are also somehow culpable in the disaster. Yoshizo Endo moved to live near the plant in 1970, when he became one of the first workers at the then newly opened Fukushima.
He spent more than 20 years as an inspector, undergoing regular safety exercises: fire drills, earthquake evacuations. But, he said, they never contemplated the prospect of a nuclear disaster. "Looking back, it's easy to say now that we should have thought of that," he said.
His wife, Tori, said the crisis at the plant, and the struggle of the nuclear workers, had made her increasingly uncomfortable: her husband had made a good living for years at the plant, and they were living on his pension even now. "I feel guilty," she said.
Had Endo been called, he would have gone too, albeit as part of a team, he said. But he added: "I can't really do anything in this kind of situation. The only thing I know how to do is hold a thermometer."
Did he think the nuclear samurai would succeed in taming the reactors? "What will be will be," said Endo.

◆SPEEDI、公開できませんっ!?(河野太郎)
2011年3月23日 14:03
 http://www.taro.org/2011/03/post-957.php

◆原発作業員、震災後初の温かい食事−小名浜港停泊の「海王丸」で
 http://www.bloomberg.co.jp/apps/news?pid=90920008&sid=a.wW.S20HPYc
3月23日(ブルームバーグ):東京電力福島第一原子力発電所で復旧作業にあたっている数十人の技術者が、航海練習帆船「海王丸」(全長110メートル)の船上で、震災後初めて温かい食事を口にし、ベッドで睡眠をとった。海王丸は21日、津波の被害を受けた小名浜港に入港した。
海王丸の一等航海士、外谷進氏は40人以上の乗組員とともに、食料がなくなるまで停泊すると語った。小名浜港は福島第一原発から南約50キロメートルに位置する。
  原発で作業にあたっている52歳の男性エンジニアは23日朝、海王丸で一夜を過ごした後、「皆、本当に頑張っている。迷惑をかけて大変申し訳ないが、状況は回復しつつある。早く日本の皆が安心できるように全力を尽くす」と語った。
  5、6号機でオペレーションを統括する東電勤務30年の同エンジニアは、地震発生時は自宅にいたが、地震後すぐに原発に向かったという。
22日は計21人の作業員が海王丸で休んだ。現場の作業員は、震災以降、食事はカップめんなどの即席食品、睡眠は原発の床の上という日々が続いていた。
外谷氏によると、21日には作業員20人が海王丸で休息、23日も約20人が到着する。
22日の海王丸での食事はカレーと新鮮な野菜。外谷氏は、「私達の一番のミッションはこの地域の人々と、眠らずに働いている原発関連の方々に少しでも休んでもらって、温かい食べ物をとってもらうこと。力になりたい」、「仕事の話は聞かないようにしている。ただでさえ過酷な現場。そこから解放されることが大切」と話した。

◆需要に応じて電力が必ず供給される時代が終わった(足達英一郎)
 http://eco.nikkeibp.co.jp/article/column/20110323/106182/

◆「東電国有化」と核燃料サイクル断念に迫られる電力行政
 http://gendai.ismedia.jp/articles/-/2305

◆巨大ポンプ車、福島原発に向け中国を出発
 http://jp.wsj.com/japanrealtime/2011/03/23/巨大ポンプ車、福島原発に向け中国を出発/?mod=rss_WSJBlog&mod2=JRTAdBlock2
 原子炉冷却のためヘリコプターや消防車による海水の放水作業が行われている福島第1原発に、中国製コンクリートポンプ車が投入されるもようだ。
Sany Group(三一重工)
三一重工のコンクリートポンプ車(米アーカンソー州の建設現場)
このポンプ車は本来、建設現場での生コンクリート流し込みに使われるものだ。湖南省・長沙を拠点とする三一(サニー)重工によると、62メートルのアームのついたポンプを搭載したこの車は世界有数の高層ビルの建設に使われてきた。そのポンプ車が、東京電力の要請を受け福島に向かっているという。三一のウェブサイトによると、4号機への放水に使われる予定であるという。
三一重工は建設業界では既によく知られた会社だが、同社自ら配布したものを含む一連のプレスリリースなどにより、今度は災害救援でますます名を上げている。
記者: WSJ Staff

◆原発推進の動きに後退みられず=保安院の西山審議官
 http://jp.wsj.com/Japan/node_208551
 【東京】経済産業省傘下の原子力安全・保安院の西山英彦審議官(54)は23日、インタビューで、過去25年で最悪の原発危機にもかかわらず、原発推進の動きは後退していないと語った。原子力の代わりは「停電」だという。
Associated Press
原子力安全・保安院の西山英彦審議官(14日、東京)
 西山審議官は、「これから先、それに代わるものが簡単に見つかるとは思えないという状況にある」と述べ、「(今の需要を満たすという点からしても、環境対策にしても、)どうしても今、原子力がなければやっていけない」と説明した。原発は日本の発電の約30%を担っており、政府は2020年までにこれを40%にする目標を掲げている。
 同審議官は、原子力への依存拡大について業界への反発は強まりそうだと述べた。大気中の放射性物質濃度が上がった、また、東京の水道水から放射性物質が検出されたとの報道があっただけになおさらだ。
 西山審議官は、大幅な原子力抑制は大規模な停電を意味すると警告。しかし、「そうは言っても電気のない生活も考えられない」とした上で、「現実的に、いかにこういう非常事態にも対応できるものを作っていくか、ということでいくしかないと思う」との考えを示した。日本、および日本の原発業界は、そうした事象に対するバックアップ電源や冷却システムの耐性を強める必要があるという。
 審議官の見解は、官僚制度のトップに立つ役人の立場を反映するものだ。経済産業省は、原子力業界の規制と推進の両方を担っている。
 同省は、海外で原子炉建設の契約獲得を狙う国内電力会社を支援している。背景には、原子力や高速鉄道など日本の「インフラ技術」を海外で積極的に売り込む、より広範な戦略がある。
 西山審議官は、経済産業省が原子力安全・保安院の領域に干渉することはない、と述べた。日本は内閣府に原子力安全委員会という第2の機関を設置することで、原子力安全・保安院の独立性を確かにしているという。
 その上で、「保安院と東京電力が癒着していたから今回の事態が起きてしまったということではまったくない」と発言。今の原子力安全委員会と原子力安全・保安院のダブルチェック体制はベストだと思われる形だ、と述べた。
 東電は今週、福島第1原発の電力回復に関して進捗状況を報告している。ただ、西山審議官は「今のところまだ何合目とか最終段階とは言いにくい状況にある」と語った。
 実際、インタビューを終えた審議官は、同原発3号機で煙が上がったことを告げられた。
記者: Norihiko Shirouzu

◆原発利権について
 http://togetter.com/li/113787

◆女川原発 事故時対策拠点が壊滅 発電所で監視継続
 http://www.kahoku.co.jp/news/2011/03/20110324t13014.htm
 東北電力女川原発(宮城県女川町、石巻市)の事故時などに対策拠点(オフサイトセンター)となる同町の県原子力防災対策センターが、東日本大震災による津波の直撃で使用不能となっていることが23日、分かった。放射線の監視などを行う隣接の県原子力センターも壊滅的な被害で、環境放射線などを監視できない状態。いずれも機能回復のめどは立っていない。
 経済産業省原子力安全・保安院によると、自動停止後の女川原発の監視は、仮のオフサイトセンターを仙台市内の仙台第2合同庁舎に置いた上で、国の保安検査官2人が女川原発内に常駐して継続している。
 原子力センターの石川陽一所長によると、津波は2階建ての対策センター屋上をのみ込んだ。屋上には石川さんら関係者や住民ら約20人が避難していた。このうち対策センター内にある国の保安検査官事務所の男性所長や県職員ら数人が流され、現在も連絡が取れていないという。
 オフサイトセンターは緊急時、国や自治体の関係者らが情報交換や対策を検討する拠点。発電所の状況や放射線測定値を確認できるシステムなどの設備は、津波で使えなくなったとみられる。
 原子力センターも周辺に設置している7カ所の放射線測定ポイントの全てが測定不能になった。女川原発周辺の放射線は、東北電力が敷地内で測定しているデータで監視する状況となっている。
 宮城県は「女川原発が安定的に停止していることを日々、確認している。福島第1原発事故の県内への影響に関する対応に追われており、女川の監視体制の再構築には時間がかかる」と説明している。
2011年03月24日木曜日

◆福島第1原発事故 米軍無人機の映像、日本政府が公開に慎重
 http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110319ddm012040016000c.html
 日本政府が、米空軍無人偵察機「グローバルホーク」が撮影した福島第1原発上空の映像の提供を受けながら、公開に慎重姿勢を見せていることが関係者の証言で分かった。米軍側は「あくまで日本側の判断」とし、提供した映像の公開を承認している。
 無人機が搭載する高性能のカメラは「車のナンバーが読み取れるほど鮮明」(米空軍)で、映像は原発施設の内部状況をほぼリアルタイムでとらえており、専門家の分析にも役立つ可能性が高いという。
 米空軍は日本政府からの要請を受け、グアムのアンダーセン空軍基地に配備されている最新鋭のグローバルホーク(翼幅約40メートル、全長15メートル)を震災の翌12日から、被災地周辺に飛行させている。多量の放射性物質が検知されている福島第1原発上空では自衛隊機の飛行が困難なため、グローバルホークが24時間態勢で撮影。衛星通信を介して映像を米カリフォルニア州の米空軍基地に送信し、日本政府側にも提供している。
 だが日本側は、映像を保有したまま公開していない。同米空軍基地では、米国の原発専門家らが映像を詳細に分析しているという。【大治朋子】

◆原子力安全委との二重チェック体制は機能=保安院の西山審議官
 http://jp.wsj.com/Japan/node_208711
ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)が経済産業省傘下の原子力安全・保安院の西山英彦審議官(54)に、東京電力福島第1原子力発電所の復旧作業の状況や、今後の原子力政策の方向性について聞いた。
WSJ:現在の状況は、峠を越えたのか。
西山審議官:原子炉は停止したが、津波の影響で、本来動くべき非常装置が動かなかった。電源が動かなかったことによって、(原子炉内の)崩壊熱をうまく取れず、若干、燃料に損傷が及ぶところまで行った。それについては、海水をいれるというオペレーションを確立してやっている。
 これはなるべく安定的なところへもって行きたいが、まだそれについて確信がもてる状態ではない。圧力や温度も微妙な動きを示しているので、もう少し精査というか、注意深く、安定まで持ち込む必要があると思う。
 今まではポンプ車をつないで海水を入れていたが、これまでとは別のルートから原子炉に海水を注入するということをやっている。
 1号機については普段使っている給水系から海水を入れ始めた。温度や圧力の管理をより確かなものにし、なるべく早く低温停止の状態にもって行きたい。
 2号機の炉心は一番安定している。特にプランがあるわけではなく、現在行っている海水の注入を継続して様子を見ていく。
 3号機はこれまで炉心に海水を入れている。復水移送ポンプを使用して淡水の注入が可能であれば取りかかりたい。
WSJ:勝利宣言にはどのくらい時間がかかるか。
西山審議官:まだわからない。もうだいぶいい所まで来ているのではないかと思うが、今のところ、まだ何合目とか、最終段階とは言いにくい状況にある。何か常に不安があるというわけではない。
 使用済み燃料プールをしっかり冷却することが必要だ。3号機と4号機には外から放水をしている。これはやむを得ない手段だったと思う。これをやることで確実に目的を達している。
 これ以外に、使用済み燃料プールの本来の冷却系からも水を入れていこうと考えている。電気で動かすのではなく、消防ポンプ車によって冷却系を動かし、水を注入する計画だ。外からの注水が出来ない2号機でまずやって、それから3号機、4号機、1号機の順番で、使用済み燃料プールの冷却系を使って注入する。ただ、電気ではなくポンプで押し込むということをやっていく。十分な手を打っていると思っている。
 それと同時に、電源の系統を取り込んできている。現在、1〜6号機まで全部、入り口まで電気が来ている。それを各機ごとに、できるところから機器の健全性を確認する。制御室の電気をつけたり、それから「計りの類」(温度や圧力のゲージ)の電源を入れたり、そういうところを出来るところから順次やっている。本来の姿に戻せればいいと思う。そのためには電気が必要。入り口のところまで来ているので、あとは中にだんだん浸透させていけばいい。

復旧作業の指揮命令系統
WSJ:復旧作業を指揮しているのは誰か。
西山審議官:所長を中心に、現場のチームが前線ですべてコントロールしている。今回のオペレーションは自衛隊や警察なども関与しており、東京電力の本店に統合本部が設けられた。そこにテレビ電話の回線が引かれていて、現場の状況を所長を中心にリアルタイムで報告する。その上で、その場で決めて行く体制を取っている。
 私も参加する時がある。保安院の別の者がそこに参加している。海江田経済産業相も行っている。そして各省庁のほかの者もいて、一気に決めて行く。
WSJ:日々の最優先事項がそこで決まるのか。
西山審議官:そうだ。ただ、そこは現場の意向が強く働く。現場でどこまでできるかを知らせ、その上で、行けというか、もう少しこうしたらどうかということをこちらがアドバイスする。
WSJ:現場がわかっている分、現場の方が強いのか。
西山審議官:そうかもしれない。できないものはできない、ということになる。
WSJ:テレビ会議が回復したのはいつか?
西山審議官:それは分からない。(統合本部を設立したときには)もうあった。
 官邸からは見えないが、菅さん(首相)のところには別途、ほぼリアルタイムで報告がいく。
WSJ:まだ収束していないが、行政として規制側としての反省点はあるか。
西山審議官:予測が出来なかった津波によって非常用の電源やポンプなど、炉心や使用済み燃料を冷却するために非常時に動かせるべきものが壊れてしまった。このため、なかなか本来の機能が果たせず、このような非常に厳しい状況に追い込まれている。
 これから先に原子力発電所を日本でやっていくには、もちろん停電になっては困るということがあるから、急にすべて止めるわけにはいかないだろうが、津波にも耐え得る、最後の非常用のものだけは少なくても生き残るような形にしなければいけないと思う。
WSJ:多様性のことを言っているのか。
西山審議官:それも可能性はあるのかもしれない。単純に言えば、原発が止まったときに必要な電源と、電源を動かすために必要なポンプは、どんなに大きな津波が来ても大丈夫な場所に置くとか、そういったことを行えば最低限の安全は確保されると思う。
WSJ:想定については。
西山審議官:津波の想定が甘かった。

今後の原子力政策
WSJ:日本のエネルギー政策として、これからも原発開発を推進していくのか。
西山審議官:(太陽光は)非力だ。
 そこはまだ考え中だと思う。いずれにしても、今の需要を満たすという点からしても、環境対策にしても、どうしても今、原子力がなければやっていけないし、この先、それに代わるものが簡単に見つかるとは思えないという状況だ。
 原子力をなんとか活かしていくのではないかと私自身は思う。そのために今、簡単に言えば、非常用のものをしっかりと役立つ場所に置いておくという、最低限のことを行えば、(安全性が)かなり改善されると思う。
WSJ:根本的に原子力への流れが変わってしまうとは予測できないか。日本は特に、原発については過剰反応とも思える事象が時々ある。
西山審議官:間違いなく住民の反発があるだろう。これから先、福島(第1原発)を動かす時期がもう一回、仮に来るとすれば、そのときの為に、住民の方に分かっていただけなければいけないこともあるだろう。きっと、反対もあるだろう。それから、全国の原発のある地域でも、危険視する動きが出てくると思う。
 しかし、そうは言っても、電気のない生活も考えられない時代になっている。やはり現実的にいかにこういう非常事態にも対応できるものを作っていくかということでいくしかないと思う。ただ、感情的な面も含む一般の国民の反発があるため、原子力政策がそれに対し、どううまく答えを出せるか、非常に重要な場面に来ていると思う。
WSJ:そうした反応は予測できない気がするが。
西山審議官:予測はできない。ただ、いずれにしても、いま本当に原発を一度全部止めてくれという話になったら、止めるのはいいが、電気は来ない、ということになる。そこはバランスをとりながらやっていかなければいけない。

組織の役割分担
西山審議官:資源エネルギー庁や大臣官房、貿易局など海外のインフラ技術を盛んにやる(推進する)ところと、保安院とはしっかり役割分担というか、お互いの領域には口はださない、ということが徹底している。
 大臣のところには平行して情報が上がるようになる。それはそれで、やはり安全の機能がない部局が、どんどん売っていこうというだけでは、売られる方もかなわないと思う。経済産業省に保安院があるということは、プラントを売るにしても作るにしても、非常な大きな安全弁になると思う。
 ただ、万一、癒着した場合には国民に被害が及ぶため、そこに原子力安全委員会というものを作って、われわれを監視させるようにしている。こういう構造がいいのではないかというのが日本の判断だ。
WSJ:米国のように原子力に関連する産業政策と規制を担当する部局を分けるということは考えないのか。
西山審議官:日本は今それは考えていないと思う。保安院と東京電力が癒着していたから今回の事態が起きてしまったということではまったくない。今の事態がそいうことを考えさせる動機にはならない。
WSJ:東電と経済産業省の距離が近いのではないか。
西山審議官:安全の部分については、非常に強い緊張関係にあり、こちらも厳しさを持って臨んでいる。むしろ、電力会社からすると、あまり付き合いたくないと思うくらいではないか。
WSJ:2001年の行政改革で、天下りが減少している。だが、電気業界だけ限ってみると、むしろ増えているのではないかとみる向きもある。
西山審議官:電力業界はずっと安定的だ。
WSJ:増えているのは、相対的には、という意味だ。
西山審議官:確かに他の所がだいぶ制約を受けているので、相対的にはそうかもしれない。しかし、各社との関係は前と変わりなく、どの会社にもだいたい一人いくかどうかということだと思う。電源開発とか、そいうところには数人いるが、OBとしてだ。それ以外の普通の電力会社は大体一社ひとりであり、そういう意味で(相対的に増えることは)あってもおかしくはないとは思う。
WSJ:もう少し構造的に行政と民間との関係が変わるべきなのではないのか。
西山審議官:まったく見直さないというつもりはない。組織全体として答えなければならないのだろうが、私見としては、今回の一連の事態を落ち着かせた後で、今のダブルチェック体制、つまり原子力安全委員会があって、それから経済産業省に置かれたこの保安院があるという体制が何か問題をきたしたのかどうか、そういうことは検証してみたらいいと思う。
 本当にそういうこと(問題をきたした)であれば、何か手を打つ可能性もなくはないと思う。だが、(今の体制は)かなり長い時間をかけて練ってきた体制だ。1980年代から何回も、組織の変遷を経て、それで今の体制が出来上がった。これがベストだと思う形になっている。見直しはするが、それを変えるという必要性があると言えるのかどうか、なかなか簡単ではないと思う。
記者: Norihiko Shirouzu

◆福島第1原発:長靴はかず足ぬれ 安全管理に問題か
 http://mainichi.jp/select/today/news/20110325k0000m040101000c.html
 東日本大震災で被災し、深刻な事態が続いている東京電力福島第1原発3号機で24日、復旧作業にあたっていた男性作業員3人が、高い放射線量の被ばくをしていた可能性があることが判明した。ベータ線による熱傷の疑いがあるという。場所は、原子炉建屋の隣に建つ発電用のタービン建屋。通常は原子炉建屋に比べて、放射線量の低い場所だ。3号機では原子炉建屋の水素爆発など、トラブルが相次いでいる。作業の手順に問題はなかったか。なぜタービン建屋で高い放射線による被ばくが起きたのか。復旧はさらに難航しそうだ。【下桐実雅子、八田浩輔、永山悦子、河内敏康】
 原発では、原子炉内で熱した湯から発生する蒸気を使い、隣のタービン建屋に設置された大きな羽根車を回転させて発電する。タービン建屋には、放射性物質を含む蒸気や、蒸気が冷えてできた水が入る復水器があるが、通常は厳重に密閉され、高い放射線量は検出されることはない。一方、福島第1原発では2号機のタービン建屋でも、毎時500ミリシーベルトに該当する強い放射線が確認されるなど、タービン建屋の汚染が問題になっていた。
 東京電力によると、作業員は丈の短い靴で水に入り、足がぬれたという。住田健二・大阪大名誉教授(原子炉工学)は「放射線を含む可能性がある水の近くで作業をするなら、防水の長靴をはくなど、防護対策をとるのが常識だ。作業の管理に問題がなかったのか疑問が残る」と指摘する。
 福島第1原発では、水素爆発などが相次ぎ、作業現場の放射線量が高くなっている。従来、原発で働く作業員の被ばく線量の限度は年間50ミリシーベルトで、緊急作業時は100ミリシーベルトだった。厚生労働省は、この事故に対応する特例として、限度を250ミリシーベルトに引き上げた。被ばくした作業員は、放射線を遮蔽(しゃへい)する防護服を着ていたというが、高い放射線量を浴びた。
 一度に100ミリシーベルト以上被ばくすると、がんになる確率がやや高くなるとされている。
 中川恵一・東京大付属病院准教授(放射線医学)は「発がんの危険性が上がるレベルの被ばくだ。作業員の安全管理を見直すべきだ」と話し、防護服の着用や、被ばく量を計測する線量計の使用法の徹底を求めた。
 3号機は、13日に燃料棒が溶ける炉心溶融が起きて大量の水素が発生、翌14日に原子炉建屋が爆発した。その後、屋根が吹き飛んで野ざらしになった使用済み核燃料プールの水の温度が上昇し、大量の水蒸気が立ち上った。
 このため、17日からプールを冷やす放水作業を開始。自衛隊のヘリコプター、自衛隊や東京消防庁などのポンプ車による放水が続いている。
 タービン建屋で起きた作業員の被ばくについて、沢田哲生・東京工業大助教(原子核工学)は「原子炉圧力容器からタービン建屋につながる主蒸気管がある。そこに何らかの損傷があったとすれば重大なトラブルで信じがたい」と話す。
 一方、小出裕章・京都大原子炉実験所助教は「今回の被ばくは、敷地全体が汚染されていることの表れだ。電源が回復し、一つ一つの機器を動かしていく段階だが、多くの作業員が大量の被ばくを覚悟しなければいけない。被ばく限度を引き上げても、すぐに限界に達する状態だ。次々と人が必要になるが、特殊技能を持った人員は確保できるのか。先行きが心配だ」と話す。

◆電源回復「これから本当の勝負」 どうなる福島第1原発
 http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110324/dst11032420220059-n1.htm
 東日本大震災で深刻な被害を受けた東京電力福島第1原発の1〜4号機で通電が可能な状態になり、復旧に向け光明が差しつつあるが、専門家は「電源回復だけで事態が好転するわけではない」と、楽観を警戒する。第1原発は今後どうなるのか。核燃料が残されたままの1〜3号機の原子炉圧力容器内では一部炉心が溶融した可能性もあり、専門家は「予断を許さない状況に変わりなく、これからが本当の勝負」とみる。
 ■当面の状況は
 原発を運転・監視する“頭脳”である中央制御室の電源が回復すれば、原子炉の状況が正確に把握できるようになると期待される。京都大原子炉実験所の宇根崎博信教授(原子力基礎工学)は「電源回復で計測機器のデータが正確なのか把握でき、故障箇所が分かれば修理すべきところもはっきりする」と強調。
 大阪大の宮崎慶次名誉教授(原子力工学)も「放射性物質(放射能)を除去できる空調を動かして放射能レベルを下げられ、中央制御室での長時間作業が可能になる。照明で夜間も作業できる」と期待を示す。
ただ、専門家は「電源回復=設備復旧」という単純な見方には否定的だ。宇根崎教授は「電源回復でも、本格的復旧にはまだ時間がかかる」とし、九州大学の工藤和彦特任教授(原子力工学)も「電源回復と機能復旧は違う。ただちに原子炉の状況が好転するとは限らない」と指摘する。
 課題は何か。電源が回復しても冷却水を循環する冷却システム自体が損傷などで機能しない可能性があるが、「機器がどれだけ壊れているのかも分からない」(工藤特任教授)。機器の健全性確認が急務となる。
 ■懸念材料は
 懸念材料は機器損傷だけではない。「現場で対応している作業員の体力、精神力は限界に達している。ヒューマンエラーの発生が懸念される」と指摘するのは、宇根崎教授だ。
 実際、14日には職員がパトロールで目を離したすきに、2号機へ海水を注入していたポンプが燃料切れで停止。原子炉内の水位が低下し、“空だき”状態になる事態が発生した。
 宇根崎教授は「電源回復で新しい作業が増えると、今まで以上に慎重さが求められる」と警鐘を鳴らす。
 一方、原子炉や使用済み核燃料貯蔵プールに注入された海水が故障原因となったり、海水の蒸発で結晶化した塩が燃料棒に付着、冷却を妨げる恐れもあり、工藤特任教授は「海水は緊急避難措置。早く真水に変えるべきだ」と強調する。
 ■今後の対策、展望は
 電源が回復しても、1〜3号機は炉心が一時的に露出し、専門家は「予断を許さない状況に変わりはない」と口をそろえる。注水できないという最悪シナリオを想定すれば、核燃料が溶け出し、原子炉圧力容器を溶かして破壊するケースも否定し切れないという。
 ただ、冷却水を供給する本来のシステムが復旧しなかった場合でも、熱交換器と呼ばれる装置を緊急的に取り付けて冷却させることが可能だといい、工藤特任教授は「核燃料が完全に溶けて大きな核分裂反応につながることはない。冷やすことが大事だ」と話す。
 一方、原子炉建屋が壊れ、放射性物質を含んだ水蒸気を大気中に放出したとみられる使用済み核燃料貯蔵プールも厳しい状況だ。工藤特任教授は「放射能の放出を抑えるには、今後、コンクリートか鋼鉄製のふたで密封することが必要」と指摘している。

◆家庭の協力やはり不可欠 節電効果を試算
 http://mainichi.jp/select/wadai/news/20110325k0000m020076000c.html
 東日本大震災で被災した東京電力の計画停電に関連し、エアコンの設定温度を1度変えたり、食器洗い乾燥機を使う時間帯をずらすなどすれば、電力を最も使う朝夕に最大380万〜430万キロワット節電できるとの試算を、日本エネルギー経済研究所が24日まとめた。東電の現行の供給能力の1割以上に当たり、家庭の協力でピーク時の需要抑制につながれば、計画停電の縮小も期待されそうだ。
 試算によると、東電管内の約2000万世帯がエアコンの設定温度を春先に1度下げると49万キロワット、電気カーペットを1度下げると47万キロワット、テレビやビデオなどのプラグをコンセントから抜いて待機電力を減らすと38万キロワットの削減が可能。こうしたきめ細かい節電効果で、最大290万キロワットを減らせるとしている。
 さらに、電力需要のピーク時間帯である午前6〜8時、午後6〜8時に家電の使用を控え、電力供給に余裕のある昼間などに使うことで、ピーク時の電力需要を大幅に抑えられる。食器洗い乾燥機なら43万キロワット、洗濯乾燥機は40万キロワットなどで、午前のピーク時に90万キロ、夕方に140万キロワットを抑制して別の時間帯に振り向けることが可能だという。他の節電効果と組み合わせると、午前のピークに380万キロワット、午後に430万キロワット減らせる計算だ。
 同研究所は「家電の使用をピーク時から外す取り組みなどが定着すれば、需給逼迫(ひっぱく)の緩和に大きく貢献できる」と賢い電気の利用を訴えている。ただ、冷房需要が増える夏場は1000万キロワット規模の電力供給不足が予想され、家計の節電だけでは対応しきれそうにない。【山本明彦】

◆計画停電対象外で武蔵野市議「要請が実現」 ビラ配布
 http://www.asahi.com/national/update/0324/TKY201103240440.html
 東京都武蔵野市の松本清治市議(41)が、東京電力の計画停電で市内の一部が対象から外れたことについて「松本清治の要請が実現しました」などと記したビラを配っていたことがわかった。インターネットの掲示板などで批判が集中し、松本氏は24日、自身のツイッターで「決して地益(地域の利益)誘導ではありません」と釈明し、謝罪した。
 松本氏によると、ビラは「市政報告レポート」として19?21日、市内の800世帯に戸別配布した。大震災をテーマにA3判の両面に印刷した中で、武蔵野市内の病院と「第1グループ」が17日以降、対象地域から除外されたことを「要請が実現した」としていた。
 これに対し、ネット上では「利益誘導を自慢する内容だ」「停電している地区への配慮に欠ける」という趣旨の批判や、松本氏が菅直人首相の秘書だった経歴に絡めて民主党を非難する書き込みなどが相次いだ。
 松本氏は取材に対し「武蔵野に限らず病院や商業集積地は外すべきだという要望・提案をした」と説明、「(ビラは)書きすぎだった」と述べた。ビラでは停電対象からの除外を東電側から連絡されたと書いているが、実際には市幹部から知らされたという。

◆九電、玄海原発2、3号機の再開延期 夏に停電の可能性
 http://www.asahi.com/business/update/0324/SEB201103240012.html
 九州電力は24日、定期検査で運転を停止している玄海原子力発電所(佐賀県玄海町)2、3号機の運転再開を延期すると決めた。東京電力の福島第一原発の事故を踏まえ、運転再開には地元の理解を得にくいと判断した。夏まで続けば、電力需要をまかないきれない可能性があるという。
 真部利応社長が記者会見して発表した。2号機、3号機の順で来週から運転再開する方針だったが、転換した。「福島の事故が想定よりも長引き、支店に不安の声が届けられていた」といい、再開時期は「決まっていない。安全対策など国の新たな方針が出てから検討したい」とした。
 原発の運転が停止し続ける間は、火力発電所をフル稼働して需要をまかなうが、5月上旬には川内原発(鹿児島県薩摩川内市)1号機も定期検査に入る。運転の見合わせが続けば、九電の電力の4割をまかなう原発計6基のうち半数が止まることになる。
 原発3基の発電能力は262万キロワット。夏のピーク時の電力供給の約15%分に当たる。停止中の火力発電の5基計202万キロワット分ではカバーしきれない。真部社長は「供給はおそらく足りなくなる。長引けば計画停電の可能性も否定できない」と説明。「現時点では生活に支障がない程度に節電をお願いしたい」と話した。(大畑滋生)

◆保安院「作業のやり方十分ではなかった」 作業員被曝
 http://www.asahi.com/national/update/0324/TKY201103240374.html
 東京電力福島第一原子力発電所で24日、復旧作業中の作業員3人が被曝(ひばく)し、うち2人が病院に運ばれた。東電は、くるぶしまで水に漬かったために足の皮膚に放射線を浴び、やけどを負った可能性も否定できないとしている。
 2人は救急車で福島県立医大病院(福島市)に搬送された。自衛隊のテントや病院内で体の外側の放射性物質を取り除く「除染」を受け、専門医らの診察を受けた。
 吐き気など、全身に大量被曝した際に起きる急性放射線障害の症状はないが、水に漬かった部分には、局所的に高線量の放射線を浴びる「局所被曝」が起きた可能性がある。これは放射性物質に直接触れた場合などに起こる。
 東電は、水に浮いた汚染物質が足の皮膚に付着し、被曝による「ベータ線熱傷」が起きた可能性もあるとみる。ベータ線は放射線の一種。
 島崎修次・日本スキンバンクネットワーク理事長(救急医学)は「表皮よりも深い部分まで傷つく熱傷で、場合によっては皮膚移植などの治療が必要になる可能性もある」と指摘する。
 東電によると、23日には同じ場所の放射線量は毎時数ミリシーベルトで、床の水も少なかったため、24日は線量を測らずに作業を始めた。被曝線量が毎時20ミリシーベルトを超えると警報音が鳴るアラームを着けていた。警報音が鳴ったかどうかは不明。一緒に作業していたもう1人は長靴をはいていて汚染がなかったが、2人はくるぶしくらいまでの短靴だった。
 経済産業省原子力安全・保安院の西山英彦審議官は24日の会見で、作業員が高線量の被曝をしたことを踏まえ、「作業のやり方は十分ではなかった」と述べ、特に施設内の水に注意が必要だと指摘した。
 東電によると、福島第一原発の事故で被曝線量が100ミリシーベルトを超えた作業員は累計17人になった。

◆原発事故に対する損害賠償、国も負担 東電と調整へ
 http://www.asahi.com/business/update/0324/TKY201103240378.html
 東京電力・福島原子力発電所の事故による放射性物質の拡散を受け、菅政権と東電は農家や被災住民などに対する損害賠償の負担をめぐる調整に入る。原則としては東電が責任を負うが、賠償は数兆円に及ぶとの見方もあり、国が一部を負担する方向だ。
 原発事故などの賠償制度を定めた原子力損害賠償法(原賠法)では、賠償責任は一義的には事業者が負うことになっている。電力会社は損害保険会社や政府と保険・補償契約を結んでおり、原発1事業所あたり1200億円は、この保険や補償でまかなうことができる。これを超える金額は事業者の負担となるが、必要に応じて政府が援助する仕組みもある。
 今回の東電の場合、賠償額が福島第一、第二合わせて2400億円を超えるかどうかだが、財務省幹部は「原発から20キロ圏内と避難対象が広範囲で、すでに農作物にも影響が出ている。賠償は兆円単位になる」と見る。枝野幸男官房長官は21日の会見で「一義的には東電に責任を持っていただく。十分に補償できない場合には、国において対応する」と説明している。
 電力会社と国の負担割合については明確な法的な規定がないため、東電と政府が協議する必要がある。原賠法が初めて適用された1999年9月の茨城県東海村の「ジェー・シー・オー(JCO)」東海事業所で起きた臨界事故では、半径約350メートルの住民が3日間避難。10億円を保険会社が支払い、残りの約140億円をJCO側が負担し、政府の援助はなかった。
 だが、今回は、12日に20キロ圏内の住民に避難指示が出てから長期にわたることが予想され、放射能汚染で農家や被災住民、休業を余儀なくされた企業など、当時とは比べものにならないほどの被害が広がっている。被害額の見通しがつき次第、東電と国が負担割合の協議に入るが、決定までには時間がかかりそうだ。
 原賠法には「異常に巨大な天災地変」や、外国からの攻撃のような「社会的動乱」によって事故が起きた場合、原子力事業者は賠償責任を免除され、すべてを政府が補償するという例外規定がある。だが、枝野官房長官は東電の免責をはっきりと否定。原発事故に対する「国民的な感情もある」(首相周辺)ため、免責はしない見通しだ。
 ただ、東電の負担がふくらめば、最終的には電気料金の引き上げなどの形で国民負担につながる。東電に賠償責任を負わせながらも、経営の立て直しを同時に進める難しいバランスが菅政権には求められる。政府高官は「東電に代わる事業者はない。国が知らん顔するということではなく、東電に社会的責任を果たしてもらうために国がサポートする」と話す。

◆「会社はコスト優先」 原発の元技術者ら ネットで自己批判
 http://www.hokkaido-np.co.jp/news/topic/280370.html
 東京電力福島原発を造った大手重電の元技術者たちが事故発生以来、インターネット放送などで自己批判と原発政策の告発を続けている。
 「もっと声を大にして言い続けるべきだった」。東芝で放射能を閉じこめる原子炉格納容器の耐性研究グループ長だった後藤政志さん(61)は話す。1979年の米国スリーマイル原発事故などで、格納容器内が異常に高圧になるとわかり、放射能物質ごと大気に放出する弁を付ける事になった。
 「フランスは、内圧が上がりにくく、放射能物質が漏れにくい巨大なフィルター付き格納容器を造った。われわれも必要、と議論したが、会社は不採用。コストだなと思った」と後藤さんは言う。
 「高台に建てたり、防水構造にしたりしていれば。想像力が足りなかった」。60年代、国内に技術がなく、津波を想定しない米国の設計図をコピーして第1原発を設計した元東芝社員小倉志郎さん(69)は悔やむ。
 4号機の設計にかかわった元日立グループ社員で科学ライターの田中三彦さんは今回「政府や公共放送が危機を正しく国民に伝えていない」と感じている。「格納容器内が8気圧になった時、普通は4気圧などと流していた。普通は約1気圧で、4気圧とは事故に備えた設計値だ。8気圧なら異常事態なのに、パニックにしないという配慮が多すぎる」
 3人はこれまでも匿名、あるいは著作、集会などで原発の危険性を訴えてきた。だが国や企業から返ってきたのは「冷笑だった」(後藤さん)。
 東京のNPO環境エネルギー政策研究所顧問竹村英明さん(59)は「日本には許認可権を持つ経産省、学者、電力会社などで作る原発ムラがある」という。竹村さんによると、ムラは強力で、疑問や批判を口にする技術者を村八分にする。3人がそうだったという。放送は、動画中継サイト「ユーストリーム」や「ユーチューブ」などで見られる。

◆農業大国に原発の打撃 福島の農家「なぜこんなことに」
 http://www.asahi.com/national/update/0324/TKY201103240406.html
 福島第一原発の事故で農業に大きな打撃を受けた福島県は、就農人口が茨城県、北海道に次いで全国で3番目に多い「農業大国」だ。沿岸部での放射線の影響で山あいの産物も一律に出荷が制限され、生産者は悔しさをこらえきれずにいる。
 「事故の収束を願い続けたが、こんな結果になるとは……」。原発から約100キロ離れた会津若松市でコマツナやホウレンソウなどを作ってきた管利明さん(58)は、政府が県単位で出荷停止の指示を出したことに憤る。「国の判断はおかしい」
 福島県は、沿岸部の「浜通り」、県中央の「中通り」、県西部の「会津」の3地域に分かれる。同市を含む会津地方は、「畑が雪に覆われ、露地野菜が栽培されていない」として、県の農産物に対する放射線の影響調査の対象に含まれておらず、汚染の程度は明らかではない。
 会津の農家からは「作物の安全性を証明したい」との声が出るが、農家や生産者団体は機器を持っていない。
 市は23日、市内の農産物の調査を始めるよう県に求めた。「同じ県内でも地理的な違いから影響に違いがあるはず。数値が出ないのに出荷停止とされては農家が納得しない」(農政課)と言う。
 福島県の農業産出額は全国11位。全国4位の米を始め、キュウリやトマトなどの野菜、桃や梨などの果樹の生産も多い。首都圏の市場に近い地の利もあって、農業は基幹産業の一つだ。放射線による被害がなくても、風評が広がれば打撃は避けられない。
 「中通り」の同県郡山市でも、市内の野菜から基準値を超す数値は出なかったが、市内産の作物は価格が大きく下落した。JA郡山市には組合員から「今春の作付けをしてもよいのか」「もう望みがないから今年はやめる」といった悲痛な声が寄せられている。
原発から50キロ近く離れた同県二本松市東和地区。7棟のハウスで野菜を栽培する大野達弘さん(56)は23日、出荷を数日後に控えたコマツナや茎立菜をトラクターで踏みつぶしていた。青々とした葉が次々と地面に押しつぶされ、土にまみれた。
 「安全安心に自信があった品物なのに……」。地域をあげて無農薬や有機栽培に取り組み、山あいの不利な条件を克服する農業を実践してきた。県外から新規就農する若者も出てきていた。その矢先の原発事故。「我々は何も悪いことをしていないのに、なぜこんなことになるのか。早く作物が安全だといってもらえるようになりたい」(池田拓哉、中川透、古庄暢)

◆「チェルノブイリと比較は極端」天野IAEA事務局長
 http://www.asahi.com/special/10005/TKY201103250108.html
 【ウィーン=玉川透】国際原子力機関(IAEA、本部ウィーン)の天野之弥(ゆきや)事務局長が24日、朝日新聞の単独インタビューに応じた。天野氏は福島第一原子力発電所について「依然として深刻な状況にある」との見方を示す一方、放射能汚染については1986年の旧ソ連・チェルノブイリ原発事故と比較するのは「時期尚早だ」と述べた。
 天野氏は福島原発をめぐり「良い傾向も見えているが、同時に懸念すべき要素もある」とし、放射性物質の放出源特定が急務だと強調した。一方、農産物や水道水などの放射能汚染については「日本の基準に照らして深刻な状況だ」と指摘。そのうえで、チェルノブイリ事故と関連づけた汚染の分析や予測に対し、「非常に限られたデータを元にしており、いかにも極端だ」と疑問を呈した。
 また、IAEAとしてすでに派遣している放射線計測の専門家に続き、人体や食品への放射性物質の影響を調べる専門家派遣を日本側と調整していることを明らかにした。
 今回の事故でIAEAは、日本政府を通じて入手した情報を加盟国に提供してきたが、「情報量が少ない」「後手に回った」と批判もされた。天野氏は「原発の安全性は各国が責任を持つのが大前提であり、IAEAは『原発の安全の番人』ではない」と主張。核施設の査察では「核の番人」と呼ばれるIAEAも、原発事故の対応では当事国に対し強制力を伴う権限がなく、「協力者」に過ぎないと訴えた。
 国際的な原発の安全基準については「津波などに対する今の設定が本当に良かったか議論されるべきではないか」と指摘。加盟国に対し基準強化に向けた議論を促すと共に、早期に日本へ調査団を派遣する考えを示した。
 各国の原子力政策については、「脱原発」に路線変更する国が多数出ると見る一方で、「原発が安定したクリーンなエネルギーだという事実は変わらない」と指摘。各国の冷静な対応を期待した。

◆MOX燃料、4月に日本へ 福島3号機と同タイプ
 http://www.kyodonews.jp/feature/news05/2011/03/post-219.html
【パリ共同】環境保護団体グリーンピース・フランスは24日、フランスの核燃料工場で再処理されたプルトニウム・ウラン混合酸化物(MOX)燃料を積んだ輸送船が、4月上旬にも日本に向けて出発すると発表した。
 運搬されるMOX燃料は福島第1原発3号機で使われているものと同タイプ。同原発の事故による不安が広がる中、危険を伴う遠距離海上輸送を実施し、日本に新たな核燃料を届けることに同団体は「フランス政府も核燃料会社アレバ社も全く無責任だ」と批判を強めている。
 輸送船はフランス北西部ラアーグの再処理工場で加工されたMOX燃料を積み、4月4日の週にシェルブール港から日本に向けて出発する見通し。一方、アレバ社は「その時期に出発する予定はない」と出発の延期を示唆している。
 日本の電力各社は、アレバ社に原発のプルサーマル用にMOX燃料の加工を依頼しており、これまで4回フランスから日本へ海上輸送されている。福島第1原発で現在使われている燃料は、このうち1999年の1回目の輸送で運ばれたMOX燃料だという。
(2011年3月25日)

◆英雄でも何でもない…交代で懸命の復旧作業
 http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110321k0000e040033000c.html?inb=yt
 東日本大震災で被災した東京電力福島第1原発では東電だけでなく原子炉メーカーや下請け企業の作業員らも懸命に復旧作業を続けている。水素爆発や構内火災で一時は約50人にまで減った作業員を、一部の海外メディアには「フクシマ・フィフティーズ」と英雄視した報道もあるが、実際は多くの作業員が交代で危機回避に取り組んでいる。近く現場に入るという下請け会社の30代の男性社員が毎日新聞の取材に応じ「不安はあるが、少しでも(事態の)沈静化に協力したい」と話した。【袴田貴行、日下部聡】
 東電によると、原子炉建屋内は20日午前も照明が消えたまま。安全性を考慮して放水時は放水だけ、電気工事の際にはその作業だけを行い、19日現在の従事者は約500人。一方、3号機周辺の放射線量は19日午後2時の3443マイクロシーベルトが、放水後の20日午前3時40分に2758マイクロシーベルトに下がったものの依然高い。20日午前5時現在、以前の制限値だった100ミリシーベルト以上の放射線を受けた作業員は7人。このため東電は交代要員集めを進めている。
 取材に応じた下請け会社の30代男性社員は「東電から元請けに話がきて、そこから1次、2次と下請けに要請があった。私も準備が整い次第向かう」という。海外メディアなどの注目については「残っている人がずっと放射線を浴びながら作業していると思われるかもしれないが、実際は法にのっとった管理で人を入れ替えながら作業を進めているので、英雄でも何でもないと思います」と冷静だ。
 一方で「不安は当然ありますね。それだけ高い放射線の中でやっているし、現場もどうなるか分からないですから。また爆発が起こるかもしれないし、放射線量が上がるかもしれない。断る選択肢もありますよね。家族からそういうこと言われますけど。すごく難しい判断で、みんな考えていると思います」。

 ◇「今後も原発で働きたいから」 それでも現場行きを決めたのは「原発の仕事をしてきた職業人としてのプライドより、沈静化した後のこと」だという。「これからもこの仕事で食べていきたいという気持ち。断ったら後々の立場が悪くなるというか。今の会社で、またこういう仕事を続けていきたい気持ちなんで、少しでも協力し、会社の指示にできることは従って(やっていきたい)」と淡々と話した。
 現在、現場で作業に携わっているのは東電と子会社の東電工業、原子炉メーカーの東芝、日立のほか、鹿島、関電工やそれらの関係会社など。電源復旧では送電で4社、変電で5社、配電で3社という。地震発生直後に約800人いた作業員は15日の4号機の爆発による退避で一時約50人まで減ったとされるが、それ以降は300〜500人で推移。18日に米軍に借りた高圧放水車で3号機に放水したのも、東電工業の社員2人だった。
 現在の急務は原子炉冷却に不可欠な電源の復旧作業だが、東電によると、実際に作業できるのは技術を持つ70人程度。しかも高レベルの放射線を長時間浴びるのを避けるため、20人くらいずつ順番に作業せざるを得ない。「真っ暗な中、投光器や懐中電灯を使いながら、防護服と顔を全部覆うマスク、ゴム手袋での作業になる。大変時間がかかり苦労している」(東電の担当者)
 作業員の「命綱」となっているのが、原発の敷地中央付近にある免震重要棟だ。07年の中越沖地震で柏崎刈羽原発の事務本館が被災したことを教訓に昨年7月完成した。2階建てで延べ床面積約3700平方メートル。震度7に耐えられる免震構造で、内部には災害時のための「緊急時対策室」が設置されている。
 1〜4号機の中央制御室は放射線レベルが高すぎて誰もいない状態。普段は緊急時対策室にいる作業員が、定期的に交代で制御室に行き、監視や操作をしている。作業に出る時はやはり防護服を着て現場へ向かい、作業を終えると免震重要棟に入る前に脱ぎ捨てる。大量の防護服が必要とされている。

◆「原発中止を」市民団体が声明文
 http://www.toonippo.co.jp/news_too/nto2011/20110324210120.asp
 東日本大震災による東京電力・福島第1原発の事故を受け、市民団体「核燃サイクル阻止1万人訴訟原告団」は24日、全国の原発の運転・建設中止や、核燃サイクル政策の見直しなどを求める緊急声明を発表した。同日、県と東電、日本原燃に声明文を提出した。

◆東京電力、5月分電気料金を70円値上げ
 http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20110324-OYT1T01071.htm
 東京電力が5月分の標準家庭の電気料金について、4月分と比べ約70円値上げすることが24日、わかった。
 標準家庭で月6385円前後になる。原油や液化天然ガス(LNG)の調達価格の上昇を反映したもので、値上げは3か月連続。電力や都市ガスの他社も同様に値上げする見通しだ。
 値上げは、燃料費の変動を毎月の電気料金に反映させる制度によるものだ。東電の値上げ幅は2009年5月の制度導入後、10年8月と並んで最大規模となる見通し。今後は、東日本巨大地震の影響を踏まえた本格的な値上げがいつ行われるかが焦点となる。東電は、福島第一、第二の両原子力発電所が全面停止し、燃料費がかさむ火力発電所の再稼働などを増やしているためだ。一方、東京ガスは、5月分から約50円値上げし、月額5300円程度にする。
(2011年3月25日03時07分 読売新聞)

◆原発、過酷な現場 食事はカロリーメイト・椅子で睡眠
 http://www.asahi.com/national/update/0324/TKY201103240475.html
  震災から25日で2週間。東京電力福島第一原発は予断を許さない状態が続く。一方で、現場の作業環境も劣悪さを増している。その一端を、東電社員の家族が明かした。
 「睡眠はイスに座ったまま1、2時間。トイレは水が出ず、汚れっぱなし」
 今週初め。神奈川県に住む女性のもとに、第一原発で復旧作業にあたっている夫から初めて電話があった。夫は40代、東京本社の原発部門の社員だ。11日の震災発生後からほぼ連日、対応のため会社に泊まり込んだ。16日、ようやく自宅に戻ったが、出勤すると、そのまま第一原発行きを命じられた。
 「ヘリに乗る。福島に行く」
 こんなメールを最後に、メールも電話もつながらなくなった。
 16日は3号機から白煙が上がり、放射線量が上昇。自衛隊は上空からの放水を断念した。東電の会見では、夫の旧知の同僚がつらそうな顔で対応を迫られていた。
 「お父さん大丈夫かな」。2人の小学生の子どもも不安を口にした。
 夫は原発部門を希望したわけではなかった。理系の大学を出て入社し、「たまたま配属された」。以後、原発の現場と本社勤務を繰り返した。2007年の中越沖地震の際、柏崎刈羽原発で火災が起きた時も現地に2週間ほど詰めた。当時はメールや電話で様子を知ることができたが、今回は音信不通。自衛隊が接近をためらうほどの放射能の中で、「いったいどうしているのか」。
 20日、ようやく本社の専用線を経由して自宅に電話があった。「食事は“カロリーメイト”だけ。着替えは支給されたが、風呂には入れない」。あまり感情を表に出さない夫は淡々と語り、2分ほどで電話を切った。
 23日の電話では、「そろそろ被曝(ひばく)量が限界のようだ」。交代はまだか。もし夫が健康を害したら、家族はどうなるのだろう。政府に頼りたいが、新聞やテレビのニュースによると、菅直人首相は東電幹部に「撤退などありえない。覚悟を決めて下さい。撤退した時は、東電は100%つぶれます」と怒鳴ったという。不安と、悲しさがこみ上げた。
 24日、原子力安全・保安院が、3号機のタービン建屋地下1階で作業員3人が被曝したことを明らかにした。
 国民の、電力会社への厳しい視線は理解できる。でも、「いま体を張っているのは、家庭を持つ、普通の市民であることもわかって欲しい」。(佐々木学)

◆批難覚悟で・・・・
 http://ameblo.jp/cocoro2008/entry-10839026826.html

◆東京電力が握りつぶしていた「欠陥警告」
 http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20110322-00000304-jisin-ent
女性自身 3月22日(火)
福島県第一原発で起きた爆破事故により、多量の放射能が漏れだしている。多くの人が被爆する事態へと発展しているが、その“苛酷事故”の危険性をまとめたレポートが、4年前の時点ですでに東京電力へ提出されていたことがわかった。
今回、原発が爆発した原因は、加熱した燃料を冷却するためのシステムがストップしたため。それらが稼働しない緊急時には冷却に海水を利用するはずだったが、津波によって海水を利用するためのシステムの機能も停止してしまっていた。
‘07年7月、福島県議会の神山悦子議員(55)は東京電力の社長あてに要望書を提出している。その内容は《“チリ沖地震”級の津波が発生したら、加熱した燃料を冷却するための海水の取水ができなくなる》という、まさに今回の事故を予告するものだった。
原発の耐震安全性に対して安全点検を行うよう求めていた神山議員は、「東京電力は、私たちが申し入れても『大丈夫です』の一点張りでした」と憤りを隠さない。警告を受けて真摯に安全対策を講じていれば、惨事は起きていただろうか??。

◆作業員被ばく 線量計警報、故障と思い無視
 http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110325k0000e040071000c.html
 東京電力福島第1原発3号機で作業中の作業員3人が被ばくした問題で、東電は25日、線量計は正常に警報が鳴ったものの、3人は線量計の故障と思って作業を続けていたと説明していることを明らかにした。東電の作業員に対する放射線管理の徹底に問題があったとして経済産業省原子力安全・保安院は25日、口頭で再発防止と改善を指示した。西山英彦審議官は(1)作業前の調査が適切に行われていなかった(2)靴の中に水が入るなど、作業員の装備が不適切だった(3)個人の線量計のアラームが鳴っていたが、長時間にわたって作業を継続していた−−などの問題点を指摘した。
 3人の作業員のうち、両足に放射性物質が付着し、ベータ線による熱傷も疑われた2人は、福島市の福島県立医科大病院に搬送された。2人は25日昼に同病院をたち、千葉市の放射線医学総合研究所に向かった。
 東電によると、被ばく事故では当日、現場の放射線調査をしていなかった。前日の23日午後5時ごろに東電社員が現場を巡回し、1時間当たり0.5ミリシーベルト程度の被ばく線量で、水も少ないことを確認していた。このため被ばくした作業員らは線量計が20ミリシーベルトを観測して警報が鳴ったにもかかわらず、誤作動と思って作業を中断しなかったという。同じ時間に作業していた別の作業員も56.72ミリシーベルト被ばくしたが警報を無視していた。
 東電は「放射線管理を徹底したい。放射線管理員の増員も検討している」としている。
 作業員が被ばくした3号機のタービン建屋では25日朝から汚染された水の排出作業の準備を始めた。
 東電は同日の作業を始めるにあたり、放射線の管理を徹底するよう社員や協力企業作業員に周知した。作業前に放射線データを確認し、異常があれば作業を中断して本部に指示を仰ぐことや、線量計の警報が鳴った場合や水にぬれた場合は作業を中断して検査を受けるよう求めた。
 25日は1〜4号機で冷却機能の復旧を目指して機器の健全性の確認を進める予定。順調に作業が進めば2号機の中央制御室の照明が点灯される。【関東晋慈、平川昌範、足立旬子】

◆南相馬、去るも覚悟 残るも覚悟 避難バスの内と外
 http://www.asahi.com/national/update/0325/TKY201103250226.html
 福島第一原発から20?30キロの地域の自治体に対し、政府が住民の自主避難を促すよう要請した。福島県南相馬市では、食料やガソリンが届きにくく、住民の困窮が深刻化するなか、市の避難バス5台が25日午前、計142人を乗せて群馬県草津町に向かった。
 同市には(1)「避難指示」の半径20キロ圏内(2)「屋内退避指示」の半径20?30キロ圏(3)指示のない30キロ以上??の地域がある。これまで人口約7万人のうち約5万人が県内外に避難。指示が出た後、市内のスーパーやコンビニエンスストアが閉まるなど物資不足が続き、桜井勝延市長は(2)(3)の住民にも自主的に避難するよう促してきた。
 バスは市内5カ所から出発。その1カ所、鹿島中学校前では大型観光バスに20人が乗り込んだ。
 同市鹿島区に住む阿部豊さん(50)は、バスに母のアヤ子さん(88)と妻の由美子さん(50)、長男太輔さん(25)の3人を乗せ、見送った。「勤め先の建設会社の事務所は屋内退避地区にあり、今は仕事はないが、復興が始まれば仕事ができる。南相馬の復興のために残ることを決めた。家族が一時的に離ればなれになるのはしかたがない」と目を赤くした。
 避難所で暮らす森由美子さん(42)は子どもたちと一緒に涙を流して知人を見送り、手を振った。「みな避難所で家族のように暮らしてきた。それぞれの決断なので仕方がない。大黒柱の夫が南相馬に残ると決めたので、私たちはついていく」
 市は16?20日の5日間で約4700人をバスで送り出している。24日には市内9カ所で住民説明会を開催し、「(避難バスは)今回が最終なので可能な限り避難を」と呼びかけていた。
 同市鹿島区での説明会には、避難所となっている中学校の体育館に約300人が集まった。「手荷物は着替え、当座のお金など必要最小限にとどめてください」「飼い犬はえさと水を十分与えてつないだままにしてください」などと注意事項を書いた資料が配られ、職員が「自らの判断で決めてほしい」と説明。住民からは「残る人のためにしっかり行政を組織して」との要望が出た。
 説明会の後、避難を決めたのは300人中11人。測量会社員の遠藤政秀さん(55)はいったん横浜市の親類宅に避難し、戻ってきた。「避難先に長期で世話になることは避けたい。食料は自分で調達できる。母親もまだ見つかっていないから捜したい」と残ることを選んだ。
 一方、一人暮らしの加藤邦男さん(76)は避難を決めた。「ずっといた場所から離れるのは寂しいが、1人で残っていると周りのみんなに迷惑をかけることになるから」と語った。(矢崎慶一、岩崎賢一、下地毅)

◆作業員被曝は「基本的な作業の落ち度」 海江田氏が苦言
 http://www.asahi.com/politics/update/0325/TKY201103250271.html?ref=rss
 東京電力の福島第一原発3号機で3人の作業員が被曝(ひばく)した問題で、海江田万里経済産業相は25日の閣議後会見で、作業中に放射線をチェックする職員が同行していなかった点について、「かなり基本的な作業の落ち度。人繰りの問題で入っていなかった。大きな基本的なミス」と語った。さらに「原則、(放射線をチェックする職員が)立ち会っての工事。原則は守っていただかないと」と苦言を呈した。

◆東京電力の株主責任は明確にすべき、巨額賠償を払い続けるチッソの例が参考に
 http://www.toyokeizai.net/business/strategy/detail/AC/576bb052ed9f3ddfd687c6e7840c38fc/

◆計画停電中に交差点で事故 病院で検査できず重体 埼玉
 http://www.asahi.com/national/update/0325/TKY201103250258.html
 さいたま市の女性(65)が、東京電力の計画停電で信号が消灯した交差点でトラックにはねられ、最初に運ばれた病院でも停電のためコンピューター断層撮影(CT)の検査ができず、重体となっていることが、埼玉県警などへの取材で分かった。転送先の病院に着いたのは事故の約1時間半後。女性は集中治療室に入っているという。
 さいたま市消防局や県警によると、女性は17日午後5時20分ごろ、同市北区の国道16号交差点で自転車に乗っていてトラックにはねられた。信号は停電で消灯中。交通整理の警察官はいなかった。女性は頭を打って意識不明となり、同6時ごろ、さいたま赤十字病院(同市中央区)の救命救急センターに運ばれた。
 清田和也センター長によると、センターは重症患者を受け入れる「3次救急」の拠点だが、同6時20分からの計画停電に備えCTなどの電源を切っていた。応急処置はできたが、脳の損傷の有無や程度を検査できず、約10キロ離れた同県川越市の病院に転送。着いたのは同6時50分過ぎだった。
 清田さんによると、人工呼吸器などは自家発電で作動できるが、CTは消費電力が大きいため対応できない。しかし周辺の病院の態勢が整わず、応急処置のため受け入れたという。清田さんは「事故や、3大疾病の脳卒中や心筋梗塞(こうそく)は時間との勝負だが、計画停電中は十分な診療ができない。救急センターのある病院だけでも停電地域から外してほしい」と訴えている。(平林大輔)

◆東電 火力の稼働率向上急ぐ…4月で停電解消へ
 http://www.sponichi.co.jp/society/news/2011/03/20/kiji/K20110320000465540.html
 地域や時間帯を決めて電気を止める計画停電(輪番停電)を早期に解消するため、東京電力が火力発電所の稼働率向上へ準備を急いでいる。東日本大震災の被害が軽微だったり定期検査で休止中の発電所を早期に立ち上げ、4月末までに計画停電を終わらせたい考え。
 ただ、冷房需要で電力消費が急増する夏場を乗り切るには不十分で、再び計画停電を迫られる可能性が大きい。
 東電が持つ発電所の最大出力は約6450万キロワットで、うち60%程度をガス、石油、石炭など火力が担っている。大地震で福島第1原発だけでなく、太平洋沿岸や東京湾にある複数の火力発電所が被災。他社からの受電を除く供給力は約3千万キロワットにまで落ち込んだ。例年、春先はピーク時で4千万キロワット程度の供給力が必要で、約1千万キロワット不足する見通しであることから計画停電を強いられた。
 東電は需給ギャップを埋めるため、被害の少なかった東扇島1号機(川崎市、100万キロワット)や、定期検査中の袖ケ浦1号機(千葉県袖ケ浦市、60万キロワット)、五井2号機(千葉県市原市、26・5万キロワット)を早ければ1週間以内に再稼働させる。
 短期間で設置・稼働可能な30万キロワットクラスのガスタービン発電機の増設なども検討。他社からの受電を含め供給力を4千万キロワット以上に高めて、「4月末には計画停電を解消したい」(藤本孝・東電副社長)としている。
 ただ、夏の電力需要は6千万キロワットを超える日もあり、昨年のような猛暑となれば火力の稼働率を上げても供給力が追いつかず、計画停電に逆戻りしかねない。
[ 2011年3月20日

◆地上の星 - 本当の「フクシマ50」
 http://jp.wsj.com/Japan/node_209339
 福島第1原子力発電所での過熱事故や放射能漏れとの闘いにおいて、脚光を浴びているのは「フクシマ50」と呼ばれる消防士や自衛官、工場職員だ。
福島第1原発の制御室で懐中電灯の明かりを頼りに計器をチェックする東電社員
 だが、日本史上最悪の原発事故の鎮静化に向けた辛い裏方作業の多くは、原発業界の数百人の名もない現場作業員の身に降りかかっている。高まる被ばくの脅威にさらされながら、パイプの運搬やがれきの撤去などさまざまな肉体労働で現場を支えている。
 福島第1原発では通常、日常的な原子炉の保守作業を行う数千人の労働者が働いている。だが今その多くに対して、事故を起こした現場に自ら志願して乗り込むことが要求されている。しかも、通常の賃金でだ。
 怖いが、誰かが行かなければならない、と多田堅司さん(29)は話す。多田さんは、東京電力の下請け会社、東海塗装に勤務する保護塗装のスペシャリストだ。
 多田さんの通常の職務の一つは原子炉設備の腐食箇所の塗装。多田さんは21日から福島第1原発で働く数百人の待機要員の一人に加わる予定だ。待機要員はエンジニアや機器操作員のほか、電力ケーブルの運搬と給水パイプへの接続など原子炉の過熱を収束させるために必要なあらゆる力仕事を担う人たちだ。
 現場要員の任務の内容は主にまた聞きしたものだ。彼らの一部は、福島原発周辺の退避指示圏の端に位置する大型トレーニング施設、「Jヴィレッジ」に待機しており、外部との接触はほとんど断たれている。電話もあまり通じない。
 物腰の柔らかい、人好きのする丸顔に黒縁のメガネをかけた多田さんは、取材に応じ、現場の同僚が給水に必要なポンプの設置を行っていたことや、放射線量はそれほど高くないことを電話で伝えてきたことを教えてくれた。
 東電や事故現場に要員を派遣しているその他の企業によると、それら要員には、特別な報酬や既存の災害・疾病保険以外の特別手当ては支払われていない。緊急事態への対応に追われ、そうしたことを検討する時間はないという。また、それを問題にする派遣要員もいないという。こうした危機に際して報酬を要求するのは、さもしい行為とみなされている日本ならではだ。
 東海塗装の池田義専務取締役は、カネのためにこの任務を引き受けている者は誰一人いないと述べた。また、要員の多くは退避指示が出された地域の住民であり、事態収拾のためには支援を惜しまないとした。
 多田さんによると、多田さんの通常の月給は約20万円で、日本のサラリーマンの平均月給29万1000円をはるかに下回る。それでも多田さんは、仕方ない、誰かが行かなくてはならないと話す。だが、多田さんの母親は行かせたがらなかったという。
 技術専門学校で建築を学んだ多田さんのように、待機要員の多くは高等教育は受けていない。重要なのは彼らが放射線環境に精通している点だ。
 60人あまりの主要員は、原子炉付近の厳重に防御された建物内で寝泊まりしている。当初、原子炉の冷却作業の運命はこれら一握りの要員が握っていると勘違いされたことから「フクシマ50」と呼ばれるようになった。これら福島第1原発所長率いる中核管理職は、復旧作業の指揮や制御室の運営、原子炉計器の監視を行っており、建物を離れることはめったにない。
 消防隊員や電源ケーブルの敷設要員などの残りの作業員は、シフトが終わると現場から撤収し、放射線量の比較的少ない場所で待機している。待機所の一つとなっているJヴィレッジについて、福島県は政府が退避指示を出している原発から20キロ圏内に位置すると主張しているが、防衛省は圏内ではないとしている。
 東電は23日、330人の社員を現場に派遣した。その他の224人の要員は東海塗装のような東京電力の「協力会社」から派遣されている人たちだ。
 多田さんは、日本の原発業界の中間層に位置する半熟連労働者の一人。下層には大勢の日雇い労働者がいて、最上層には東京電力や東芝、日立製作所といった企業の管理職やエンジニアがいる。
 池田専務によると、東海塗装は現在までのところ、自ら志願した6人の要員を派遣している。池田専務は、東電には40年間世話になったので、われわれのできることをしたいと述べた。
 現場要員は防護服とマスクを着用しており、放射線環境での作業訓練を受けた者でなければならない。防護服の下に着用した作業着の胸ポケットには、放射線量を測る2つの線量計が装着されている。
Reuters/Tokyo Electric Power Co. via Kyodo/Handout
福島第1原発で送電線を修復する作業員(3月18日)
 多田さんによると、既に現場に行った同僚の話では、5時間の作業による放射線の被ばく量は100マイクロシーベルト。胸部のX線写真を1回撮影したときと同程度だ。これは、多田さんの言う事故前に通常勤務で4時間作業を行ったときの被ばく量、190マイクロシーベルトよりも少ない。
 福島第1原発から約30キロに位置する田村市の避難所にいる、原発設備メーカーの男性社員も、今週初めに現場勤務を要請されたと述べた。男性は、3号機への給水パイプの運搬と敷設をすることになると思うとした。
 男性は高卒で、月給は多田さんと同程度。男性によると、要請は拒否することもできると言われた。だが、受け入れなければならない義務だと感じたという。他人のために自らの命を犠牲にした第二次大戦中の神風特攻隊を思い出したのだという。
 要請を受けたら「行きます」と言うしかない、心は落ち着いてる、と男性は述べた。

◆WHO SITREP NO 14  日本における地震と津波 状況報告No.14
 http://www.who.or.jp/index_files/WHOSITREP_No14_23March_J.pdf
2011年3月23日

◆よくある質問
 http://www.irsn.fr/EN/news/Documents/irsn-QA-jp.pdf

◆今夏の需給見通しと対策について(東京電力株式会社)
 
 平成23年3月25日
1.需給状況と見通し
  当社は、東北地方太平洋沖地震により原子力発電所、火力発電所の多くが停止したため、現在、供給力確保に努めているところでありますが、現時点で今夏の供給力としては4,650万kW程度となるものと見込んでいます。
  一方、今夏の最大電力については、地震の影響や節電の効果が見込まれることから、記録的猛暑だった昨年に比べ、約500万kW低い5,500万kW程度(発電端1日最大)と想定しています。(夏期における平日平均の最大電力は4,800万kW程度と想定。)
  このため、夏期には供給力が最大電力を大幅に下回るものと予想されることから、今後、供給力の積み増しに全力を注ぐとともに、一層の節電に向けた需要面の対策についても最大限に取り組んでまいります。

2.追加供給力(上記7月末の供給力に織り込み済み)
 (1)震災による停止からの復旧 【760万kW】
    鹿島火力1〜6号機、常陸那珂火力1号機など
 (2)長期計画停止火力の運転再開 【90万kW】
    横須賀火力3,4号機 1・2号GT
 (3)定期点検からの復帰 【370万kW】
    品川火力1号系列第1軸、横浜火力7号系列第2軸など
 (4)ガスタービン等の設置 【40万kW】
 (5)その他 【▲260万kW】
    既設火力の夏期出力減少分(大気温上昇による出力減)など
  今後、さらなる追加供給力対策についても検討・精査してまいります。

3.需要面の対策
  全てのお客さまへ引き続き節電をお願いするとともに、需給調整契約の活用も
 含め、需給状況の改善に努めてまいります。
  皆さまには大変ご心配とご迷惑をおかけ致しますが、引き続き節電へのご協力
 をお願い致します。
                                  以 上
◆降下セシウムは核実験時代の3倍 「早く沈静化を」と専門家
 http://www.47news.jp/CN/201103/CN2011032501000755.html
 福島第1原発事故で東京に降り注いだ放射性物質のセシウム137は、最大となった降雨の21〜22日に、1960年代前半まで行われた大気圏内核実験で1年間に降った量の3倍近くに達したことが25日、分かった。
 放射線医学総合研究所の市川龍資元副所長(環境放射能)の資料と、文部科学省の発表データを比較した。市川さんは「今のレベルなら心配することはないが、これ以上(放射性物質が)外に出ないよう、早く原子炉を冷却し、沈静化させてほしい」と話している。
 市川さんによると、米国、旧ソ連、英国が63年に部分的核実験禁止条約に調印するまで、米ソは盛んに核実験を繰り返した。63年に東京で確認されたフォールアウト(放射性降下物)のセシウム137は年間1平方キロメートル当たり52ミリキユリー。換算すると1平方キロメートル当たり1924メガベクレルになる。
 文科省によると、今月18日以降、東京で降下物として検出したセシウム137は、24時間ごとの値で最大だった21日午前9時〜22日午前9時は5300メガベクレルで、63年の1年間の約2・8倍になった。降雨で降下物が多かったとみられ、翌日以降は400メガベクレル以下に減少した。
 市川さんは「問題はどれだけ体に入ってくるかだ。長引くと農作物の濃度が高まりやすく、厄介だ」としている。
2011/03/25 18:11 【共同通信】

◆枝野氏、福島原発事故 原子力賠償法の免責適用を否定
 http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110325/plc11032516560028-n1.htm
 枝野幸男官房長官は25日の会見で、原子力損害賠償法上の免責条項が、今回の福島第1原発の事故に適用される可能性について「(免責されることは)ありえない」と述べた。

◆「求められれば断れない」 協力企業♂コ請けの悲哀
 http://www.47news.jp/47topics/e/202501.php
 東京電力福島第1原発3号機で作業員3人が高線量の放射線に被ばくした。うち2人は、東電が協力企業≠ニ呼ぶ下請け会社の社員。さらにもう1人は孫請け会社の社員だった。「東電は親会社みたいな存在。求められれば断れない」。彼らは時に、被ばくの恐れがある危険な作業も請け負い、東電の掲げる「電力の安定供給」を支えている。
 東日本大震災前の福島第1原発では、1日平均約6800人が出入りしていた。このうち東電の社員は2割にも満たない約1100人。残りは原子炉メーカーや電気設備工事会社などから派遣された作業員たちだ。
 3号機で24日に被ばくしたのは関電工(東京)の社員2人と、孫請け会社の1人。被ばく事故当時、現場の3号機タービン建屋で作業をしていたのは3人を含め、いずれも「協力企業」の6人。東電は被ばくした3人を「作業員」と説明したが、実際に作業をしていたのは孫請けの1人で、関電工の2人は現場監督の立場だった。
 主に東電系の工事を請け負う関電工。大株主でもある東電は売上高の50%近くを占める最大顧客だ。「親子の関係に近く、発注者と請負業者というだけでは割り切れない。求められれば断れない」。被ばく事故後、関電工のある社員はそう漏らした。
 福島第1原発では25日、東電社員441人と、下請け会社などの社員95人が放射線への恐怖を抱えながら原発の復旧作業を続けた。関電工社員は「今は『安全性を確保している』という東電の説明を信じるしかない」。
 首都圏への電力供給を維持し、原発の危機的状況の打開に力を尽くす下請け会社の社員たち。東電広報部は「専門分野について弊社では賄いきれない部分を担っており、協力企業の社員をゼロにはできない」としている。(2011年3月25日 共同通信)

◆現地ルポ・振り切れた測定器の針 ジャーナリスト豊田直巳氏
 http://www.kyodonews.jp/feature/news05/2011/03/post-132.html
 東日本大震災が福島第1原発を襲ったのは、私が事故発生から25年目のチェルノブイリ原発取材を終えて帰国した直後だった。チェルノブイリでの取材体験から日本がのっぴきならない事態に陥る可能性を直感、「まさか日本で原発事故取材に出掛けるとは」と思いつつ、3月12日に福島県郡山市に入った。
 翌13日、日本ビジュアル・ジャーナリスト協会(JVJA)の仲間や写真誌「DAYS JAPAN」編集長の広河隆一さんと合流した。
 福島第1原発のある双葉町は、13日時点で既に避難指示が出ていた「原発から20キロ圏内」にあったが、入域制限しているチェックポイントまでは行ってみようと国道288号線を東に向かった。すると、予想に反して双葉町まで行き着いてしまった。検問も避難指示の案内板もなかったのだ。
 国道をまたぐJRの鉄橋が崩れ落ち、地震のすさまじさを見せつけていたが、人影はない。
 毎時(以下同)20マイクロシーベルトまで測定可能な放射線測定器を取り出すと、アラーム音を発しながらみるみる数字は上がり限界値の19・99を表示した。放射能測定が初めての仲間が「この数字はどのくらいのレベルなんですか」と防護マスクでくぐもった声で聞いた。「おおよそだけど、普段の東京の数百倍かな」と答える。既にかなりの高濃度汚染地に入り込んでいた。
 車を町の中心部に向けて進めた。人けのない家が並ぶが、地震の被害はそれほど見られなかった。そこで、もう一台の100マイクロシーベルトまで表示する測定器を取り出すと、これも針が振り切れた。
 この事実を行政当局に知らせようと、双葉町役場に直行したが、役場玄関の扉は閉ざされたまま。緊急連絡先などの張り紙もなかった。静まりかえった町に、ときどき小鳥のさえずりが聞こえる。
 入院患者に被ばく者が出たと報じられた双葉厚生病院に向かったが、ここも無人。玄関には患者を運び出したとみられるストレッチャーが何台も放置され、脱出時の慌ただしさがうかがえた。地震で倒れた医療機器や診療器具が散乱。消毒薬の臭いが漂う。
 原発から約3キロの同病院前でも測定器の針は100マイクロシーベルトで振り切り、上限に張り付いたまま。そこで1000マイクロシーベルト(1ミリシーベルト)まで測定できるガイガーカウンターを取り出したが、これもガリガリガリと検知音を発し、瞬時に針が振り切れた。「信じられない。怖い」。私は思わず声に出していた。
 放射性物質の違いなどにより同列に論じられないにしても、これまで取材した劣化ウラン弾で破壊されたイラクの戦車からも、今も人が住めないチェルノブイリ原発周辺でも計測したことのない数値だった。
 放射能汚染地帯の取材経験が一行の中で最も多い広河さんも信じられない様子。「これから子どもをつくろうと思っている人は、車から降りない方がいいかもしれない」と真顔で言った。
 放射能は風向きや地形によっても異なる。もう少し調べようと海岸に向かったが、病院から数百メートル行った所で津波に運ばれたがれきと地震で陥没した道路に行く手を阻まれた。放射能汚染に気を取られ、しばし忘れていたが、紛れもなくここは巨大地震と大津波の被災地でもあった。その被災地を五感では感知できない放射能が襲っている。
 慌ただしく町中の取材を終え、汚染地帯を脱しようと急いで帰る途中、町方向に向かう軽トラックに出合う。車を止めて汚染状況を説明すると「避難所にいるんですが、牛を飼っているので餌やりに行かないと。だめですか」。私に許可を求めるような困った表情で年配の女性が聞いてきた。「長い時間はこの辺にいない方がいいですよ。気を付けてください」。そうお願いするしかなかった。
 町内の道路をまたぐアーチには「原子力 郷土の発展 豊かな未来」との標語が掲げられていた。しかし、現実には未来を奪いかねない放射能の脅威に町はさらされていた。
   ×   ×   
 とよだ・なおみ 56年生まれ。イラク戦争、劣化ウラン弾問題などを取材。著書に「戦争を止めたい―フォトジャーナリストの見る世界」など。
(2011年3月22日)

◆「想定外は言い訳」、東日本大震災で土木学会などが緊急声明
 http://p.tl/8u1_
 東日本大震災の被災地の復旧・復興に向け、土木学会と地盤工学会、日本都市計画学会は2011年3月23日、共同緊急声明を発表した。「技術者・計画者集団としてなすべきことは多い。まずは、震災の調査分析、および今までに積み重ねてきた対策の再評価だ」と決意を語った。ほかの学術団体とも連携し、4月初めにも第一次調査団を派遣する考えだ。
 記者会見の様子。左から、日本都市計画学会の岸井隆幸会長、地盤工学会の日下部治会長、土木学会の阪田憲次会長、山本卓朗次期会長 (写真:日経アーキテクチュア)
 声明では、東日本大震災の特徴として、広域、大規模、壊滅的地域の存在、原発事故による状況悪化の4点を挙げ、「近年のわが国にとって例を見ない」と言及した。その上で、「我々技術者・計画者集団、関連する学協会も、その英知と経験を結集し、難局に立ち向かいたい」との姿勢を示した。
 3学会は今後、緊急復旧、恒久復興に関する提言をまとめる考えだ。国土の危機管理を念頭に置いた社会システムの再編などにつなげることが、将来、想定される東海、東南海、南海地震などの巨大地震への備えにもなるとしている。
 声明では、津波を含めた今後の巨大地震対策のあり方について、「防災施設といったハードだけでなく、ソフトも組み合わせた対応が重要であることを改めて確認すべきだ」と言及。電力や輸送体系のマネジメントシステムの見直しについても、取り組むべき課題として挙げた。
 「安全に対して想定外はない」。会見で、土木学会の阪田憲次会長は、こう強調した。「今回の震災は未曽有であり、想定外であると言われる。我々が想定外という言葉を使うとき、専門家としての言い訳や弁解であってはならない」
(日経アーキテクチュア 佐々木大輔)
[ケンプラッツ 2011年3月24日掲載]

◆東北地方太平洋沖地震による福島第一原子力発電所の事故に関する会長声明
 http://www.nichibenren.or.jp/ja/opinion/statement/110325_2.html


*作成:橋口 昌治
UP:20110419 REV:
原子力発電/原子力発電所 
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