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「難病」:歴史

難病/◇「難病」:文献

last update:20140217
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 (■人(本頁下↓)

◆1960 「日本リウマチ友の会」結成

◆1961 「結核空床が深刻化してきた時点をとらえて、厚生省の療養所担当者達は、当時社会問題化してきた重症心身障害児を収容することを決定」(西谷[2006])

◆1963 「日本筋ジストロフィー協会」結成

◆1964 国立療養所(現在の独立行政法人国立病院機構病院)内に筋ジストロフィー病棟開設

◆1964 「進行性筋萎縮症対策要綱」
 「国立療養所が関連大学と連携して患者を収容し、学齢期にある患者には教育の機会を与える」「国が進行性筋萎縮症患者の入院中の療養医療の費用を負担する」

◆1964 「全国重症心身障害児を守る会」結成

◆1965 「全国精神障害者家族会連合」結成

◆1967 「全国ヘモフィリア友の会(全友)」結成

◆1970 「ベーチェット病友の会」結成

◆1970 「ベーチェット病患者を救う医師の会」結成

◆19700806 新潟大椿忠雄教授 スモン=キノホルム説を提唱*

◆19700807 神経病総合センター設置促進講演会(衛藤[1993:120])
 「神経病総合センター設置は、感染説を印象づけることによって都民の関心を盛り上げその支持をバックに実現を図ろうとの意図があった。そのため、都知事講演会当日に着のホムルム原因説が発表されたことについて、そのことを開催直前に知った白木や全国スモンの会関係者は、キノホルム説の公表が少なとくとも講演会以前でなかったことに安堵したという。」(衛藤[1993:121])

◆19700907 中央薬事審議会、キノホルムの販売停止について諮問

◆19700908 中央薬事審議会の答申にもとづいてキノホルムの販売停止

◆197010 「医療保険制度の根本的改正について」審議していた社会保険審議会、「原因不明で、かつ社会的にその対策を必要とする特定疾患については、全額公費負担とするべきである」と答申(社会保険審議会[1970])
 「従来の公費負担医療は、医療扶助、結核・精神衛生対策などを中心として行なわれてきたが、現代社会のひきおこす諸要因の変化により、新たにその範囲拡大への社会的要請が高まってきた。抜本改正について諮問を受けた社会保険審議会は、45年10月に「医療保険の前提問題についての意見書」を提出した。この意見書では、全額公費負担とすべきものとして、(1)国家補償的性格を有するもの(戦傷病者医療、予防接種事故等)、(2)地域社会に不安を与えるもの(結核、精神病、伝染病等)、(3)疾病予防措置、(4)健康診査等で社会的に必要と認められるもの(妊産婦、乳幼児、成人病等)、(5)公害病であって原因者が特定するに至らない段階のもの、(6)原因不明でかつ社会的にその対策を必要とする特定疾病(スモン、ベ一チェット病等)をあげ、さらに医療保険を優先し公費負担で補完するものとして、(1)低所得者の医療、(2)育成医療および更生医療、(3)心身障害を残すおそれのある疾病(妊娠中毒症等)、をあげている。」(都村敦子[1973:41])

◆19710220 『朝日新聞』朝刊に「難病対策救済基本法」私案掲載
 「難病というネーミングを概念化し、社会が問題を共有する上で馴染み易い言葉として世に送り出したのが、ベーチェット病患者を救う医師の会(以下、医師の会)である。難病という言葉が、広く知られることになったのは、四六年二月、同会が難病救済基本法試案なるものを作成し、その全文が新聞紙上に掲載されたことによる。これを機に、メディアが『難病』を慣用語として使い始めた。」(衛藤[1993:117])

◆1971 「全国筋無力症友の会」結成

◆1971 「全国腎臓病協議会(全腎協)」結成

◆197104 厚生省は、省内に科学技術審議官をチーフとして「難病対策プロジェクトチーム」を発足させる

◆19710528 スモン患者4000人以上が製薬企業・国に損害倍相を求め各地の20を超える地裁に提訴* 

◆197105 難病対策議員懇談会、64名の超党派議員により発足

◆197109 「46年9月の社会保障制度審議会の答申では、全額公費負担のものとして、 (1)国家補償的なもの、(2)発生原因不明の公害病(ただし事業主集団の拠出を求めることあり)、公費負担優先のものとして、(1)社会防衛的なもの、保険給付優先のものとして、(1)国民の健康保持、経済的負担の軽減を図るもの、(2)原因不明あるいは冶療手段が確立していないで長期の療養を要するもの(難病)をあげている。このように医療保障における社会保険医療と公費負担医療との守備範囲をめぐっての関係審議会の見解には若干の相違がみられるが、両者の関係をいかに考えていくぺきかが今後の重要な検討課題になろう。」(都村敦子[1973:41])

◆1972 「多発性硬化症友の会」結成

◆197204 全国難病団体連絡協議会(全難連)結成

◆19720414 第68回国会の衆議院社会労働委員会で「特定疾患対策に関する件」が取り上げられる。参考人として虎ノ門病院長沖中重雄、スモン調査研究協議会会長甲野禮作、帝京大学教授清水保、東大教授白木博次の諸氏が意見陳述。
 「この中でとくに「難病」の定義が問題になり、次のように整理された3)。
第1概念:原因不明、治療法未確立であり、かつ後遺症を残す恐れが少なくない疾病(例:ベーチェット病、重症筋無力症、再生不良性貧血、悪性関節リウマチ…沖中による医学的定義)。
第2概念:経過が慢性にわたり、単に経済的な問題のみならず、介護等に著しく人手を要するために家庭の負担が重く、また精神的にも負担の大きい疾病(例:小児がん、小児慢性腎炎、ネフローゼ、小児喘息、進行性筋ジストロフィー、人工透析対象者など…白木による社会学的定義)の2つの概念が浮かび上がってきた。」(西谷[2006])

◆197207 公衆衛生局に「特定疾患対策室」発足(宇尾野[1973:186])

◆197209 スモン病、べーチェット病、重症筋無力症、全身性エリテマトーデス、多発性硬化症、サルコイドージス、再性不良性貧血、難治性肝炎の8疾患を47年度特定疾患に指定し初年度調査研究費として1億9千万円を計上L,疫学,病態生理,治療の三大分野を一応3カ年計画で事業を聞始した。さらに最初の4疾患に対しては治療研究費として3億1千万円を計上し,患者1人当たり月20日以上の入院患者に対し遅ればせながら治療費の補助を決めた。福祉国家として一歩前進したといえる。」(宇尾野[1973:186])

◆197210 厚生省、「難病対策要綱」発表
 @原因不明、治療方法未確立であり、かつ後遺症を残すおそれの少なくない疾病。  A経過が慢性にわたり、単に経済的な問題のみならず、介護等に著しく人手を要するため、家族の負担が重く、又精神的にも負担の大きい疾病。

◆1972 『難病対策要綱』に規定された「特定疾患調査研究事業」として開始

◆1972 人工透析に更生医療適用(公費負担)
 それ以前に生活保護適用:「尾藤 私が厚生省にいた当時、東京都のある係長が案件を持ってきたんです。それは、当時で月収が三〇万〜四〇万円ぐらいの自営業の世帯で、保護を受けたいっていう人がいるというのです。当時の私の給料が二万から三万ぐらいだったと思います。だから、それは当然ダメでしょうと言ったのですが、いや実はこの世帯には、人工透析を受けている人が<0057<いるんだと。当時人工透析は非常に高い自己負担だったんですね。月に三〇万〜四〇万円の自己負担で、人工透析を受けている患者さんがたくさんおられたわけです。
 ――もう、一家が潰れてしまうような……  尾藤 そうです。それで、透析を受けなければ死んでしまうと。だけど当時、人工透析の公費負担制度がなかった。それで、どうするかっていうことで、やっぱりこれは、保護費で負担しなけきゃいけないだろうということで、保護費で負担することになったわけです。  それで、その東京都の係長は、私に対して、これは一例ですけれども、東京都ではたまたま協議したから認められるってことであってはならないと思いますと。制度というのは、全国津々浦々までも平等に運用しなければ、公平な運用とは言えんのではないかというふうに言ってきましてね、それは私もごもっともですと言った。すると、ついては、今日認めていただいのは結構ですけれども、これを通達で流していただきたいと。全国、人工透析を受けている患者さんについて、必要な場合は保護で、特別基準として給付を認めるんだっていう通達を流してほしいって言われたわけですよ。なかなか気骨のある人ですよね。そんなアンフェアな行政はできませんと言って、通達で流した。」(尾藤[2009:57-58])

◆19730109 厚生省 難病のスモン等8疾病の診断基準決定*

◆1973 「厚生省はさらに昭和48年度からは特万定疾患の枠を20疾患に広げ,筋萎縮性側索硬化症,脳底動脈輪閉塞症,悪性腎硬化症などをも含めるとともに医療機関を整備し,難病専門病院を各ブロツクごとに作り,5力年計画で14,000床を作るほか,医師・看護婦・検査技師など6,000人の増員を予定している。これを実現させることは誰の目から見てもきわめて至難であり,今後幾多の困難に当面するものと思われるが,是が非でも目標達成に近づくぺくあらゆる分野の努力が結菜されねばならない。」(宇尾野[1973:186])

◆197308  自主研究グループ「在宅看護研究会」結成。在宅患者訪問調査を始める(川村[197410])

◆1974   スモンの会全国連絡協議会結成* 

川村 佐和子 197410 「難病と福祉」,『ジュリスト臨時増刊』572:321-326 *

 「社会福祉事業の体系においては、従来、疾病の問題は一時的欠損労働力の問題として、又身体障害の問題は永続的な欠損労働力の間題として位置付けられてきた。この分類を行なう前提には、疾病は治癒し、再び労働力をとりもどし、社会に復帰出来ると言う考えがあるものと考えられる。
 昨今、社会的に盛んに用いられる言葉に「難病」がある。厚生省に難病対策課が設置され、昭和四七年一〇月には難病対策要綱が発表された。その中で難病のカテゴリーとして、次の二条件があげられている☆01
 @原因不明、治療方法未確立であり、かつ後遺症を残すおそれの少なくない疾病。  A経過が慢性にわたり、単に経済的な問題のみならず、介護等に著しく人手を要するため、家族の負担が重く、又精神的にも負担の大きい疾病。
 右の規定に表現されているごとく゜難病は全治困難であり、後遺症が多い、再び労働力をとりもどす可能性がうすいばかりでなく、その家族への負の影響もつよい。家庭崩壊、社会疎外、自殺に至る場合も少なくない。先にのべた「疾病問題を一時的欠損労働力」として理解する場合には例外的存在となるであろう。  厚生省は難病のカテゴリーに含まれる疾病の中から数疾息を特定し、当面の行政対象としている。この行政措置は「特定疾患対策」と呼ばれ、昭和四七年度には八疾患が特定された。特定された疾患は全国疫学調査が行なわれ、そのうち四疾患は医療費自己負担分公費負担の対象とされている。
 昭和四七年度特定疾患患者疫学調査による推定では全国難病患者数は一三〜一五万人である☆02。この調査は医療機関の申告によるものであるから、医療をうけていない潜在患者を含めると実数は更に多いものと思われる。しかし全人口に患者の実態は福祉と医療の谷間に放置され、患者の実態は福祉と医療の谷間に放置され、患者も家族も苦悩している実状であるから、たとえ、少数者の問題であってもこれを看過することは出来ない。
 難病のカテゴリーに含まれる疾患の中に筋・神縫疾患群もある。筆者はこれら疾患群の医療を専門とする神経内科において、医療相談を担当している。この業務のかたわら、この患者達に対応するにふさわしい福祉業務の在り方や課題を追究するために、昭和四八年八月、東京都神経科学綜合研究所社会学部門木下安子氏と国立公衆衛生院衛生行政学部阪上裕子氏と共に自主研究グループ「在宅看護研究会」を組織し、「在宅患者訪問調査」をはじめている。この研究については後述する☆03
 ここでは日常接する箪神経疾患患者の問題を中心に述べることとする。」(川村[197410:321])
 スモンAさん
 重症筋無力症Bさん
 筋萎縮性側索硬化症Cさん
 「Cさんの自宅療養は家族の身体的精神的破壊によって途絶え、現在入院療養中である。Cさんは自宅療養を強く希望しているが、自宅の条件は改善されておらず、帰宅出来ない。自宅に近い医療機関又は施設への入所も考慮されているが、べッド差額代・つきそい料不要で彼をむかえてくれる所は未だみつかっていない。」(川村[197410:324])
 「急速に進行する筋萎縮によって、生命の危険を感じ、その精神生活は複雑である。子供達が騒ぐと言って、子供を杖で叩くこともあった。妻の発病に対しては「乳癌は手術をすれば治る。筋萎縮は治らない。妻は自分を犠牲にしても夫の世一話をするべきだ。」と言いきる。妻が家計維持の為に始めた店舗経営に関しても「子供はひとりでも生活していける、自分(Cさん)の世話をおろそかにして収人を得たいとは何事だ」と判断する。寝返りも食事も、排池も独力で出来ない。コミュニケーショソの術も失っている状態では妻の手厚い看護だけがたよりなのであろう。妻を独占したい要求は執勘であり、妻へのいたわりも浮かんでこない様子である。」(川村[197410:324])
 筋ジストロフィー甲山政弘
 「患者を対象とした福祉は未だその制度的確立をみておらず、わずかに医療費公費負担制度が実現しているのみである。身体障害者福祉制度及び老人福祉制度等を活用し、その援助に当たっているが、疾患がもたらす生活上、医療上の困難は多種多様であり、身体障害者や老人等に対応する福祉制度では解決不可能な問題も多い。福祉体系においても患春を対象とする領域を確立し、制度的充実をはかることは、患者達の状況を思い浮かべる時、急務の課題である。」(川村[197410:324])

◆川村 佐和子・木下 安子・山手 茂 編 19750425 『難病患者とともに』,亜紀書房,259p. ASIN: B000J9OGWK [amazon] ※ n02.

◆国立療養所史研究会 編 19761020 『国立療養所史〈総括編〉』,厚生省医務局国立療養所課,732p. 4000+ ※ h01

第5章 国立療養所の近代化(昭和31年〜現在)
 第5節 国立療養所の体質転換の強化 [476]
  「第1 重心、筋ジス病棟の設置
 心身障害児の療育は、昭和38年7月の事務次官通知によって開始された。しかるに、その対策はなかなか進まず、昭和40年当時これら障害児を収容する施設は、全国で民間により設置運営されている6施施設536床にすぎなかった。昭和40年の身体障害者実態調査Eによると、在宅の重症心身障害児(者)は、全国に19,328名おり、このううち、1,650名が重症心身障害児(者)施設に要入所と推計された。このため、昭和41年度より、重症心身障害児に対する総合的な対策が実施されることとなり、そのー環として年次計画により重症心身障害児を収容する施設を整備することとなった。
 当時、国立療養所は結核の減少にともない、その体質の転換がせまら▽477 れており、また、従来結核医療という国の大きな政策医療をになってきたその性格等から、国の重要な政策の一つになった重症心身障害児対策の一環を国立療養所でになうことは、国立養療所としてふさわしいものと考えられた。そこで、昭和41年度から年次計画で、病棟の整備を行い、その療育を開始した。このことは、結核中心できた国立療養所の医療に大きな変化をあたえるとともに、その後に続く難病対策等の政策的医療を国立療養所がになう緒ともなった。
 昭和41年度には、まず、八雲、西多賀、秋田、新潟足利、下志津、長良、福井、松江、香川の各療養所にそれぞれ40床(西多賀、足利は80床)計480床が整備され、国立療養所として、はじめて重症心身症害児の療育医療を開始したのである。その後、昭和42年度に560床、昭和43年度に880床、昭和44年度に960床と毎年その整備が行われた。
 この重症心身障害児病床の整備計画は、昭和42年8月児童福祉法のー部改正を機に、同年8月29日の事務次官の決定によって、全国16,500床のうち、国立療養所で10,351床を昭和49年度までに整備することが決定された。その後、昭和45年の障害者実態調査、入所希望者の実態、公立・民間の重症心身障害児の施設の整備状況等から、その計画病床数は数次にわたって手なおしがなされ、昭和49年度現在では、昭和50年度までに国立療養所で8,080床の整備が計画されている。昭和49年度現在では、76の国立療養所に7,520床の重症心身障害児病床ができており、全国の重症心身障害児病床に対し、国立療養所の占める比率は非常に大きくなってきている。これら重症心身障害児病棟は、すべて鉄筋コンクリート建により建物整備が行われ、昭和41年当時多くの木造病棟を有する中にあって、国立療養所の建物の近代化にも貢献するところとなった。
 また、職員の面でも従来の国立養療所の定員よりもはるかに多くの人員配置がなされ、 40床単位で医師、看護婦の他に保母、児童指導員、理▽478 学療法士、心理療法士、栄養士等がセットとして配置される方式がとられた。とくに、看護婦定員については、40床にっき昭和41年度当初10名であったが、その後増員され、昭和45年度には16名、昭和48年度には19名と増員され看護の強化がはかられた。また、その仕事の特殊性にかんがみ、昭和42年3月の人事院規則改正により、重症心身障害児児病棟に勤務する職員に対し、特別に俸給の調整額がつけられることとなった。
 さらに、国立療養所にとって重症心身障害児の医療は疲新しい分野でであり、しかも、重症心身障害児は抵抗力がきわめて弱く、感冒その他の伝染性疾患にかかりやすい等、その医療管理の面で特有の間題が色々とあるので、これら患児に対し最良の療育を行うため、とくに職員の研修は、医療開始当初から強力に行われ、その後も新たに開始する施設の職員に対しては、かならず研修を行っている。
 新しい分野の医療をはじめる上に、医師をはじめとして医療従事者者の研究活動は、きわめて重要問題である。このことは、重症心身障害児児の医療においても例外ではない。このための医療開始と同時に、重症心身障害児の発生予防の面をふくめて治療、看護、栄養よ、生活括指導等に関する研究が行われ、その療育の改善に役立っている。すなわち、昭和42年度に42万9,000円の研究費が国立養療所で初めて予算化された。その後、昭和43年には国立療養所重症心身障害共同研究班班が編成され、「重症心身障害の成因と病態生理」等の研究が行われ、昭和44年度度からは厚生省の特別研究「脳性麻ひの成因に関する研究」のの一手部をこの共同研究班が分担して研究を行ってきた。昭和46年度には、この特別研究費は、児童家庭局で心身障害研究費に発展的解消され、ー大型化し、他方に国立療養所の特別会計に新規に重症心身障害に閏する特別研究費が584万9,000円つけられ、その研究の推進がはかられた。国国立療養所の共同研究班による研究はその後大きく発展し、その行う研致内容も病因に▽479 する研究から、看護栄養とその療育全般にわたって行われており、昭和49年度には1,500万円におよぷ研究費が児童家庭局の科学研究費の内からこの研究班に出されている。
 また、国立療養所に入所している患児の実態を調べ、療育内容の改善をはかっていくため、昭和44年度から毎年、重症心身障害患者調査を行っている。
 重症心身障害児の療育は昭和38年7月の事務次官通知「重症心身障害児の療育について」(昭和38.7.26児発第146号)で初めて正式に行政上とりあげられ、昭和41年5月の事務次官通知(昭和41. 5.14児第91号)によって、国立養療所で重症心身障害児の療育を行うことが認められた。重症心身障害児施設が、児童福祉施設として正式に児童福祉法に規定されたのは、昭和42年8月の児童福祉法のー部改正(昭和42.8. 1法法律111)によってである。しかし、国立療養所に設置された重症心身障害児(者)病棟については、児童福祉施設とはせず、都道府県知事が重症心身障害施設への入所の措置に代えて、国立療養所に当該児童の治療等を委託することができること(委託病床)とされた。
 重症心身障害児施設は、医療法に定めるところの病院であって、設備については、児童の特殊性を考慮したものを整備し、職員も医療法に定める病院としての職員のほか、その療育に必要な職員を置かなければならない。この重症心身障害児施設、または国立療養所の委託病床に入所した児童の医療費は、国が8割、都道府県が2割を公費負担することされているが、児童の扶養義務者はその収入に応じて、一定の金額を納入するることになっている。
 国立療養所の重症心身障害児病床についての今後の課題としては、手あつい療育によって、従来比較的短命であった障害児の生命が延長され、この結果、成人の重症心身障害者となってきているため、児童を対▽480 ▽481写真 ▽482写真 ▽483象として作られている病棟が、早晩手ぜまになることが苓考えられ、養護施設化などなお多くの課題が残されている。また、昭和46年頃から、身体障害は比較的軽度であるが、知能障害の他に各種の精神症状を伴う、いわゆる「動く重症心身障害児」を収容する病棟を国立精神療養所に設けているが、この療育については、従来の重症心身障害児とはかなり異なっていることが考えられ、今後の課題となっている。

 重症心身障害児(者)病床設置状況 [482-485]
 ……
 41 42 43 44 45 46 47 48 59年度 計
 46都道府県 76箇所 480 560 880 960 880 880 640 1,04 1,200 7,520

 進行性筋萎縮症患者については、昭和39年当時において、全国に約5,OOO人いると推計され、その70〜80%は16歳未満の児童であるとみられていた。当時わが国では、これら患者のための専門病棟はなく、2,3の大学病院で若干入院させていたにすぎず、肢体不自由施設には入所を拒否され、患者およびその家族は非常に困却している状況であった。このため、これら患者家族によって、昭和39年3月全国筋萎縮症児親の会が設けられ、専門施設を作る運動が起こされた。
 これに対し、昭和39年10月から国立療養所では進行性筋萎縮症患者、特に児童を対象とした専門病床を設け、これら患者の療育を開始した。当時、名古屋大学村上教授(遺伝学)の調査により、全国に約5,000人の患者がいると推計された。一方、昭和40年に文部省研究班は、進行性筋▽486 萎縮症患者を機能障害別にみると、軽度のものが約60%、中等度および重度のものが40%であると発表していたが、これらの資料をもとにして、昭和41年7月7日の厚生省の局長会議において、これら患者の収容対策としては、機能障害の中等度および重度のものを収容するることとし、所和39年から昭和45年度までの7年計画で国立療養所に2,020床の進行性筋萎縮症専門病床を整備することとした。
 昭和43年7月17日の医務局の課長会議において、国立療養所ににこれらの病床を設置する場合の原則として次のことが決定された。
(1) 重症心身障害については、 1県当り1施設、病塔床数はま人ロ1万対対1床とする。進行性筋萎縮症については、 1地区(ブロック)当り1施設とずる。
(2) 病床規模は、職員の適正配置、立地条件を考慮して、1施設当り200床以内とし、重症心身障害、進行性筋萎縮症のみを対象とする単独施設とはしない。
(3) 看護単位当りの病床数は40床以内とし、病棟は平屋建とする。
(4) 他の病棟の整備計画を著しく変更することはさける。
 これらの基本条件により、進行性筋萎縮症については、昭和46年度までに1,500床を、昭和48年度までに当初計画の2,020床を整備することが決定された。この時、進行性筋萎縮症の成人患者の入院が問題となったが、この時点ではあくまで児童を中心に入院させることとになった
 まず、初年度の昭和39年度には、進行性筋萎縮症の病床を各ブロック毎に1箇所、全国8箇所の国立療養所に100床(西多賀、下志津は20床、他は10床)を設置し、昭和40年度には、200床、昭和41年度には、120床をこの8施設に結核病床の転用で逐次増床を行うとともに、人口、広域性を考慮して昭和42年度には関信地区(新潟)、近畿地区(刀功根山),和43度年には東北地区(岩木)に病床を新設した。その後、専門病床▽487 を設置する施設の数および病床数を年次計画で増やしていった。当初の計画では昭和45年度までに2,020床を整備する計画であったが、その後の調査により、整備病床数は手なおしされ、昭和49年度現在では、昭和51年度までに2, 260床を整備する予定である。
 昭和39年から昭和41年度までは、結核病床を転用して、進行性筋萎縮症病床を設けたため、その設備は不十分なものであったが、昭和42年度からは鉄筋コソクリート建により建物整備が行われ、病棟構造も進行性筋萎縮症の療育にかなったものになり、次第に設備等についても充実されていった。
 昭和42年、進行性筋萎縮症児の病棟が鉄筋コンクリート建で整備されたのにあわせて、職員の面でも重症心身障害児病棟と同じように40床単位で医師、看護婦、保母、児童指導員、理学療法士、栄養土等の職員がセットの形で配置されるようになった。また、国立療養所に入所した進行性筋萎縮症児に対しては、当該施設に併設されている養護学校または養護学級において義務教育が行われており、通学困難な児童については、病室内において教育ができるように設備されている。
 進付性筋萎縮症児の療育については、昭和40年11月の事務次官通知「進行性筋萎縮症にかかわる児童に対する療育について」(40.11.30厚児第183号)によって昭和40年10月1日より実施されたが、昭和42年8月の児童福祉法の一部改正により、これら児童についても児童福祉法上り肢体不自由児として処遇されることとなり、重症心身障害児の場合と同様に国立療養所への治療等の委託の制度が設けられた。
 また、昭和44年度からは、進行性筋萎縮症の成人患者に対する措置費が出されるようになり、これにともない、従来からある国立療養所の進行性筋萎縮症病棟内に、成人用の病室を設け、その収容を開始した。以上のような経緯で進行性筋萎縮症の患者については、その大部分が国▽487 立療養所において入院治療を受けており、昭和50年2月現在その数は1,449名におよんでいる。
 これら患者の病態を明らかにし、その治療方法の解明ならびに療育内容の改善をはかるため、昭和44年から毎年国立療養所に入所しているる進行性筋萎縮症児(者)の実態調査を行っている。
 進行性筋萎縮症については、その病因はなお不明であり、その治療法も解明されていない。このため、本疾患の成因と治療についての研究は、昭和39年度から医療研究助成補助金が150万〜200万円程度出されて、その研究が行われてきたが、昭和43年度からは2,000万円の特別研究費が沖中東京大学名誉教授を中心とした研究班に出されてきた。国養所にたいしても、これら研究費の一部が昭和41年度から出されてきた。これは最初は7万円程度にすぎなかったが、昭和46年度以降「心身障害研究費」による進行性筋萎縮症に関する研究は大型化し、昭和46年度には、沖中研究班の内に、国立療養所を中心とした臨床社会学的研究班(班長、徳島大学整形外科山田憲吾教授)が設けられ、急速に国立療養所に支出される研究費が増大し、昭和49年度には3,800万円に達し、沖中研究班が基礎的研究を行うのにたいして、国立療養所の山田研究班は臨床研究を行うところまで発展した。その研究内容も、臨床医学自的研究から、心理学研究、看護、栄養、疫学研究、リハビリテーション機器の開発まで、その療育全般にわたっている。
 国立療養所における進行性筋萎縮症児の療育によって、従来比較住的短命であった患児の生命が延長され、学齢期をすぎた患者が次第に増加しつつあり、また、成人患者の入院もふえているため、これら学齢期を過ぎた患者の取り扱いが新しい間題となってきている。このため、これら学齢期を過ぎた患者に生きがいをあたえるための生活指導、作業療法を行うため、昭和50年度からこれら成人患者を対象とした作業療法棟建築▽489 表▽490 写真▽491 写真▽492 の予算がみとめられ、年次計画で進行性筋萎縮症病棟を有する各施設に整備されることになっている。
 筋ジス病棟における各装置の中、480頁に掲載した写真の、下志津井院で開発したロータリーリフト入浴装置について、同病院の看護婦長福田フサが、研究者の1人として関東信越地方医務局の広報紙「関信」に発表した報告を次に転載する。」

進行性筋萎縮症児(者)病床設置状況 [489]
都道府県名 施設名 年度別整備状況 39〜49 計
……
21都道府県 22力所 100 200 160 240 280 280 280 200 160 80 計2,100

 「第3 難病対策
 スモンの問題に端を発し、原因不明で治療方法もなく、ほとんど一生涯闘病生活をっづけて行かねばならない病気であって、さらに軽快しても、視力障害や手足の運動障害などで社会や職場に復帰することの困難な病気、いわゆる難病に対する対策が45年頃から社会問題となってきた。このため、昭和47年7月に厚生省の公衆衛生局に特定疾患対策室が設けられ、これら難病に対する原因の究明や、治療方法の解明などの研究およぴ患者に対する医療費の補助などの対策がとられることになった。
 昭和47年度にはスモン、べーチェット病、重症筋無力症、全身性エリテマトーデス、再生不良性貧血、多発性硬化症、サルコイドージス、難治性肝炎の疾病が調査研究対象疾病としてえらばれた。また、実質的に医療費自己負担を軽減する目的の治療研究対象として、スモン、ぺーチェット病、重症筋無力症、全身性エリテマトーデスの疾病が決定し、調査研究費として2億2,000万円、治療研究費として3億1,000万円が予算化された。
 昭和47年10月に難病対策要綱がまとめられ公表されたが、その対策の骨子となるところは、(1)調査研究の推進、(2)医療施設の整備と要員の確保、(3)医療費の自己負担の解消を3本の柱とし、このほかさらに福祉サービス面も考えて行くべきだとしている。
 この医療施設の整備については、国立施設を中心に整備し、これらは治療とあわせて研究の促進をはかり、医療従事者の研修も可能なように研究、研修の施設等もあわせて、昭和48年度から5箇年計画で整備してゆくとともに、医療従事者の養成も行うこととした。
 また、この難病対策のー環として行う医療対策の対象としては、前記難病のほか、腎不全、小児の慢性腎炎、ネフローゼ、小児ぜん息等も加▽500 写真 ▽501 えて行うこととなった。
 この方針にしたがって国立療養所においても、これら難病のうち、長期慢性的に病状が進行し、介護あるいは生活条件等について、長期にわたる配慮の必要なもの、および養護学級の併設により教育が必要なもの等についてその医療を引き受けることとして、昭和48年度から昭和52年度までの5箇年計画で、新築6,890床、既存建物転用5,200床、計12,090床の難病病床を整備することとした。
 すなわち、重症筋無力症、多発性硬化症、筋萎縮性側索硬化症等のいわゆる神経筋疾患については、新築960床、既存建物の転用800床、計1,760床を、サルコイドージスについては、新築200床、既存建物の転用50床、計250床を、小児異常行動については、新築680床を、小児の慢性腎炎、ネフローゼ、小児ぜんそく等の小児慢性疾患については、新築3,600床、既存建物の転用1,1OO床、計4,700床を、せき髄損傷については、既存建物の転用50床を、脳卒中等にたいするメディカルリハビリテーションについては、新築1,450床、既存建物の転用1,000床、計2,450末を、慢性気管支炎、気管支端息等の慢性呼吸器疾患については、既存建物の転用2,200床を整備することとした。その後、この計画について.患者の実態、社会状勢等から一部手なおしが行われた。
 また、これら各疾患にっき、それぞれ基幹施設を作って、研究およぴ医療従事者の研修を行うこととしたが、この基幹施設の計画は、国立療養所においては昭和50年度になってはじめて、呼吸不全症の基幹施設として南福岡病院に、また、脳血管障害の基幹施設として宮城病院に研究検査、特殊診療棟の整備が行われることとなった。また同年、難病対策こは入っていないが、その社会的重要性にかんがみ、アルコール中毒症の基幹施設として久里浜病院に研究検査特殊診療棟を整備することとなった。
 ▽502 これら施設の整備と平行して、医療従事者の養成計画が立てられたが、このー環として作業療法士、理学療法士の養成のためのリハビリテーション学院の増設が計画され、既存の東京病院と近畿中央病院のほかに、昭和50年度には犀潟療養所にあたらしく学院が整備されることとなった。
 この難病対策については、昭和44年4月からは特定疾患対策室が難病対策課となり、研究対象疾患も年々増加し、昭和50年度には40疾患が難病の調査研究疾患に指定され、調査研究費も6億8,000万円にまで培増額されている。国立療養所関係からも、サルコイドージス、重症筋無力症、筋萎縮性側索硬化症、ネフローゼ、悪性関節リウマチ、結節出性動脈周囲炎、肺線維症等の研究班に彦加して、これら難病研究のー端をになっている。」([499-502])

◆19771028 東京スモン訴訟 全国初の和解成立* 

◆19780803 東京地裁 東京スモン訴訟でキノホルムが起因と断定。国と製薬3社に総額32億5100万円の損害賠償命令*

◆川村 佐和子・木下 安子・別府 宏圀・宇尾野 公義 19780501 『難病患者の在宅ケア』,医学書院,176p. ASIN: B000J8OLMQ [amazon][kinokuniya] ※ n02. als.

◆19790915 スモンの会全国連絡協議会 厚生省・製薬3社と和解確認書に署名*

◆川村 佐和子 19791125 『難病に取り組む女性たち――在宅ケアの創造』,勁草書房,252p.,1500 ※ n02.

◆佐藤 エミ子 198511 『木馬の足音』,桐原書店,222p. ASIN: B000J6O25O [amazon] ※ n02.

◆19860615 日本患者・家族団体協議会(JPC)日本患者・家族団体協議会(日患協・JPC)結成総会。全腎協など31団体が加盟(全国腎臓病患者連絡協議会[2003:140])。
 日本患者・家族団体協議会(JPC)「結成宣言」

◆川村佐和子・星旦二 1986 「難病への取組み」『ジュリスト総合特集』444 *

◆川村 佐和子 19900925 『訪問介護の手引』,中央法規,222p. ISBN-10:4805807296 ISBN-13:978-4805807293 1400+ [amazon][kinokuniya]

◆木下 安子・在宅ケア研究会 編 19910525 『続 ホームヘルパーは“在宅福祉”の要――十か年戦略とホームヘルパー』,萌文社,219p. ISBN-10:4938631075 ISBN-13:978-4938631079 1456+ [amazon][kinokuniya] ※ a02. n02. c04

日本ALS協会 編 19911225 『ALS(筋萎縮性側索硬化症)ケアブック』,日本ALS協会,255p. 2000 als. n02/

◆川村 佐和子 編 19930210 『難病患者のケア』,出版研,139p. ISBN-10:4879690538 ISBN-13:978-4879690531 欠品 [amazon][kinokuniya] ※ n02. n04

◆衛藤 幹子 19931120 『医療の政策過程と受益者――難病対策にみる患者組織の政策参加』,信山社,245p. ISBN-10: 4882619938 ISBN-13: 978-4882619932 3573+ [amazon][kinokuniya] ※ n02. n02h.

◆川村 佐和子 編 19940221 『筋・神経系難病の在宅看護――医療依存度が高い人々に対する看護』,日本プランニングセンター,262p. ISBN:4-931197-38-8 4410 ※


◆あゆみ編集委員会 編 199406** 『国立療養所における重心・筋ジス病棟のあゆみ』,第一法規  ISBN-10: 4474002873 ISBN-13: 978-4474002876 [amazon][kinokuniya] als. md.

川村 佐和子 19940725 『現場発想の看護研究――その視点と方法』,日本看護協会出版会,136p. ISBN-10:4818004499 ISBN-13:978-4818004498 1600+ [amazon][kinokuniya]

◆安積純子・尾中文哉・岡原正幸・立岩真也 19950515 『生の技法――家と施設を出て暮らす障害者の社会学 増補・改訂版』,藤原書店,366p.,3045 [bk1] ※

◆日野原 重明・山田 富也・西脇 智子 編 19970720 『希望とともに生きて――難病ホスピス開設にいたる「ありのまま舎」のあゆみ』,中央法規出版,191p. ISBN-10:4805816198 ISBN-13:9784805816196 2100 [amazon] ※ n02. md.

川村 佐和子 編 19980410 『在宅介護福祉論 第2版』,誠信書房,213p. ISBN-10:4414609119 ISBN-13:978-4414609110 欠品 [amazon][kinokuniya] ※ n02. a02

◆福永 秀敏 19990810 『難病と生きる』,春苑堂出版,227p. ISBN-10:4915093638 ISBN-13:978-4915093630 [amazon][kinokuniya] ※ n02. md.

◆1999 「特定疾患対策研究事業」と改称

◆19991022 全国薬害被害者団体連絡協議会発足(サリドマイド、スモン、HIVなど薬害被害者8団体約4000人)* 

◆大野 良之・石原得博編 200008** 『難病の最新情報――疫学から臨床・ケアまで』,南山堂,551p. ISBN-10: 4525201312 ISBN-13: 978-4525201319 \8400 [amazon][kinokuniya] ※ n02

◆西谷 裕 2000 「わが国の難病医療・福祉の歩み」  md. n02h.

的場 智子 2001 「現代日本における患者団体の社会学的研究」,奈良女子大学博士論文

◆2003 「難治性疾患克服研究事業」と改称

◆渡辺 一史 20030331 『こんな夜更けにバナナかよ――筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち』,北海道新聞社,463p. ISBN:4-89453-247-6 1890 [amazon][kinokuniya] ※ md. n02.

◆古川 孝順・白澤 正和・川村 佐和子 20041115 『社会福祉士介護福祉士のための用語辞典』,誠信書房,第二版,601p. ISBN-10:4414605253 ISBN-13:978-4414605259 3400+ [amazon][kinokuniya]

◆立岩 真也 20041115 『ALS――不動の身体と息する機械』,医学書院,449p. ISBN:4-260-33377-1 2940 [amazon][kinokuniya] ※ als. n02.

◆2005/05/29 日本難病・疾病団体協議会(JPA)結成
 「日本難病・疾病団体協議会の結成にあたって」

ベンチレーター使用者ネットワーク 編 20050915 『ベンチレーターは自立の翼――ベンチレーター国際シンポジウム報告集』,現代書館,358p. ISBN-10:4768434495 ISBN-13:978-4768434499 欠品 [amazon][kinokuniya] ※ v03. n02. md. a02m.

◆西谷 裕 20061024 『難病治療と巡礼の旅』,誠信書房,208p. ISBN-10: 4414706025 ISBN-13: 978-4414706024 2800+ [amazon][kinokuniya] n02. md.

日本ALS協会 200611** 『設立20周年記念誌 JALSA特別号』,日本ALS協会,190p. ※r als. n02.

◆京都新聞社 編 20070321 『折れない葦――医療と福祉のはざまで生きる』,京都新聞出版センター,245p. 1890 ISBN:4-7638-0584-3 [amazon] ※ als. n02. a02

◆サルコイドーシス友の会 編  200708 『明日にむかって――サルコイドーシス友の会20周年記念誌』,中日出版社,207p. ISBN-10:4885192951 ISBN-13:978-4885192951 \1600 [amazon][kinokuniya] ※ srd. n.

◆稲場 雅紀・山田 真・立岩 真也 20081130 『流儀――アフリカと世界に向い我が邦の来し方を振り返り今後を考える二つの対話』,生活書院,272p. ISBN:10 490369030X ISBN:13 9784903690308 2310 [amazon][kinokuniya] ※,

2009

川口 有美子 20091215 『逝かない身体――ALS的日常を生きる』,医学書院,270p. ※ als. n02.

2010

2011

2012

◆厚生労働省健康局厚生科学審議会疾病対策部会難病対策委員会(金澤一郎・委員長)

◆難病患者への福祉サービス暫定的に130疾患対象 厚労省(2012.12.13シルバー新報)

2013

◆有吉 玲子 20131114 『腎臓病と人工透析の現代史――「選択」を強いられる患者たち』,生活書院,336p. 3200+160 ISBN-10: 4865000178 ISBN-13: 978-4865000177 [amazon][kinokuniya] ※ a03. h.

2014

◆蒔田 備憲 20140306 『難病カルテ――患者たちのいま』,生活書院,459p. ISBN-10:4865000194 ISBN-13:978-4865000191 2200+ [amazon][kinokuniya] ※ n02. pd. als. uc. mss. md.

川口 有美子 20141222 『末期を超えて――ALSとすべての難病にかかわる人たちへ』,青土社,250p. ※ als. n02.

2015

2016

◆介護保障を考える弁護士と障害者の会全国ネット 編 201610** 『支援を得てわたしらしく生きる!――24時間ヘルパー介護を実現させる障害者・難病者・弁護士たち』,山吹書店,発売:JRC,105p. ISBN-10: 486538054X ISBN-13: 978-4865380545 [amazon][kinokuniya] ※

2017

2018

◆立岩 真也 2018 『(題名未定 2018b3)』,青土社 文献表


■年表

◇1960 「日本リウマチ友の会」結成
◇1961 「結核空床が深刻化してきた時点をとらえて、厚生省の療養所担当者達は、当時社会問題化してきた重症心身障害児を収容することを決定」(西谷[2006])
◇1963 「日本筋ジストロフィー協会」結成
◇1964 国立療養所(現在の独立行政法人国立病院機構病院)内に筋ジストロフィー病棟開設
◇1964 「進行性筋萎縮症対策要綱」
 「国立療養所が関連大学と連携して患者を収容し、学齢期にある患者には教育の機会を与える」「国が進行性筋萎縮症患者の入院中の療養医療の費用を負担する」
◇1964 「全国重症心身障害児を守る会」結成
◇1965 「全国精神障害者家族会連合」結成
◇1967 「全国ヘモフィリア友の会(全友)」結成
◇1970 「ベーチェット病友の会」結成
◇1970 「ベーチェット病患者を救う医師の会」結成
◇19700806 新潟大椿忠雄教授 スモン=キノホルム説を提唱*
◇19700807 神経病総合センター設置促進講演会(衛藤[1993:120])
「神経病総合センター設置は、感染説を印象づけることによって都民の関心を盛り上げその支持をバックに実現を図ろうとの意図があった。そのため、都知事講演会当日に着のホムルム原因説が発表されたことについて、そのことを開催直前に知った白木や全国スモンの会関係者は、キノホルム説の公表が少なとくとも講演会以前でなかったことに安堵したという。」(衛藤[1993:121])
◇19700907 中央薬事審議会、キノホルムの販売停止について諮問
◇19700908 中央薬事審議会の答申にもとづいてキノホルムの販売停止
◇197010 「医療保険制度の根本的改正について」審議していた社会保険審議会、「原因不明で、かつ社会的にその対策を必要とする特定疾患については、全額公費負担とするべきである」と答申
◇19710220 『朝日新聞』朝刊に「難病対策救済基本法」私案掲載
◇1971 全国難病団体連絡協議会は国会議員への直接的な陳情を開始
◇1971 「全国筋無力症友の会」結成
◇1971 「全国腎臓病協議会(全腎協)」結成
◇197104 厚生省は、省内に科学技術審議官をチーフとして「難病対策プロジェクトチーム」を発足させる
◇19710528 スモン患者4000人以上が製薬企業・国に損害倍相を求め各地の20を超える地裁に提訴* 
◇197105 難病対策議員懇談会、64名の超党派議員により発足
◇1972 「多発性硬化症友の会」結成
◇1972 『難病対策要綱』に規定された「特定疾患調査研究事業」として開始
◇1972 人工透析に更生医療適用(公費負担)
◇19720414 第68回国会の衆議院社会労働委員会で「特定疾患対策に関する件」が取り上げられる。参考人として虎ノ門病院長沖中重雄、スモン調査研究協議会会長甲野禮作、帝京大学教授清水保、東大教授白木博次の諸氏が意見陳述。
 「この中でとくに「難病」の定義が問題になり、次のように整理された3)。
第1概念:原因不明、治療法未確立であり、かつ後遺症を残す恐れが少なくない疾病(例:ベーチェット病、重症筋無力症、再生不良性貧血、悪性関節リウマチ…沖中による医学的定義)。
第2概念:経過が慢性にわたり、単に経済的な問題のみならず、介護等に著しく人手を要するために家庭の負担が重く、また精神的にも負担の大きい疾病(例:小児がん、小児慢性腎炎、ネフローゼ、小児喘息、進行性筋ジストロフィー、人工透析対象者など…白木による社会学的定義)の2つの概念が浮かび上がってきた。」(西谷[2006])
◇197210 厚生省、「難病対策要綱」発表
◇19730109 厚生省 難病のスモン等8疾病の診断基準決定* 
◇1974   スモンの会全国連絡協議会結成* 
◇19771028 東京スモン訴訟 全国初の和解成立* 
◇19780803 東京地裁 東京スモン訴訟でキノホルムが起因と断定。国と製薬3社に総額32億5100万円の損害賠償命令*
◇19790915 スモンの会全国連絡協議会 厚生省・製薬3社と和解確認書に署名*
……
◇1999 「特定疾患対策研究事業」と改称
◇19991022 全国薬害被害者団体連絡協議会発足(サリドマイド、スモン、HIVなど薬害被害者8団体約4000人)* 
◇2003 「難治性疾患克服研究事業」と改称

2009
2010
2011
2012
2013
2014
2014
2015
2016
2017
2018

■人

白木 博次(1917/10/22〜2004/02/19 医師)
椿 忠雄(1921/03/16〜1987/10/20 医師)
宇尾野 公義(1923?〜2015 医師)
石川 左門(1927〜2016)
木下 安子(1927/04/28〜)
井形 昭弘(1928/09/16〜2016/08/12 医師、日本尊厳死協会)
近藤 喜代太郎(1933〜2008)
川村 佐和子(1938/09/04〜 看護師)
川口 武久(1941/03/15〜1994/09/27 日本ALS協会)

古賀 照男
高橋 晄正
橋本 操(みさお)

■関連項目

薬/薬害「難病」  ◆病者障害者運動史研究  ◆薬/薬害  ◆医療と社会 
あなたの体験談を聞かせてください。
あなた自身や家族の体験談を、研究に役立てましょう。
厚生労働科学研究 難治性疾患等克服研究事業 患者情報登録サイト
https://nambyo.net/


UP: 20151024 REV:20160123, 20180526, 30, 0614
「難病」  ◇病者障害者運動史研究  ◇薬/薬害  ◇医療と社会 
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