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「難病」:歴史

難病

last update:20140217
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■新着


■年表

◇1960 「日本リウマチ友の会」結成
◇1961 「結核空床が深刻化してきた時点をとらえて、厚生省の療養所担当者達は、当時社会問題化してきた重症心身障害児を収容することを決定」(西谷[2006])
◇1963 「日本筋ジストロフィー協会」結成
◇1964 国立療養所(現在の独立行政法人国立病院機構病院)内に筋ジストロフィー病棟開設
◇1964 「進行性筋萎縮症対策要綱」
 「国立療養所が関連大学と連携して患者を収容し、学齢期にある患者には教育の機会を与える」「国が進行性筋萎縮症患者の入院中の療養医療の費用を負担する」
◇1964 「全国重症心身障害児を守る会」結成
◇1965 「全国精神障害者家族会連合」結成
◇1967 「全国ヘモフィリア友の会(全友)」結成
◇1970 「ベーチェット病友の会」結成
◇1970 「ベーチェット病患者を救う医師の会」結成
◇19700806 新潟大椿忠雄教授 スモン=キノホルム説を提唱*
◇19700807 神経病総合センター設置促進講演会(衛藤[1993:120])
「神経病総合センター設置は、感染説を印象づけることによって都民の関心を盛り上げその支持をバックに実現を図ろうとの意図があった。そのため、都知事講演会当日に着のホムルム原因説が発表されたことについて、そのことを開催直前に知った白木や全国スモンの会関係者は、キノホルム説の公表が少なとくとも講演会以前でなかったことに安堵したという。」(衛藤[1993:121])
◇19700907 中央薬事審議会、キノホルムの販売停止について諮問
◇19700908 中央薬事審議会の答申にもとづいてキノホルムの販売停止
◇197010 「医療保険制度の根本的改正について」審議していた社会保険審議会、「原因不明で、かつ社会的にその対策を必要とする特定疾患については、全額公費負担とするべきである」と答申
◇19710220 『朝日新聞』朝刊に「難病対策救済基本法」私案掲載
◇1971 全国難病団体連絡協議会は国会議員への直接的な陳情を開始
◇1971 「全国筋無力症友の会」結成
◇1971 「全国腎臓病協議会(全腎協)」結成
◇197104 厚生省は、省内に科学技術審議官をチーフとして「難病対策プロジェクトチーム」を発足させる
◇19710528 スモン患者4000人以上が製薬企業・国に損害倍相を求め各地の20を超える地裁に提訴* 
◇197105 難病対策議員懇談会、64名の超党派議員により発足
◇1972 「多発性硬化症友の会」結成
◇1972 『難病対策要綱』に規定された「特定疾患調査研究事業」として開始
◇1972 人工透析に更生医療適用(公費負担)
◇19720414 第68回国会の衆議院社会労働委員会で「特定疾患対策に関する件」が取り上げられる。参考人として虎ノ門病院長沖中重雄、スモン調査研究協議会会長甲野禮作、帝京大学教授清水保、東大教授白木博次の諸氏が意見陳述。
 「この中でとくに「難病」の定義が問題になり、次のように整理された3)。
第1概念:原因不明、治療法未確立であり、かつ後遺症を残す恐れが少なくない疾病(例:ベーチェット病、重症筋無力症、再生不良性貧血、悪性関節リウマチ…沖中による医学的定義)。
第2概念:経過が慢性にわたり、単に経済的な問題のみならず、介護等に著しく人手を要するために家庭の負担が重く、また精神的にも負担の大きい疾病(例:小児がん、小児慢性腎炎、ネフローゼ、小児喘息、進行性筋ジストロフィー、人工透析対象者など…白木による社会学的定義)の2つの概念が浮かび上がってきた。」(西谷[2006])
◇197210 厚生省、「難病対策要綱」発表
◇19730109 厚生省 難病のスモン等8疾病の診断基準決定* 
◇1974   スモンの会全国連絡協議会結成* 
◇19771028 東京スモン訴訟 全国初の和解成立* 
◇19780803 東京地裁 東京スモン訴訟でキノホルムが起因と断定。国と製薬3社に総額32億5100万円の損害賠償命令*
◇19790915 スモンの会全国連絡協議会 厚生省・製薬3社と和解確認書に署名*
……
◇1999 「特定疾患対策研究事業」と改称
◇19991022 全国薬害被害者団体連絡協議会発足(サリドマイド、スモン、HIVなど薬害被害者8団体約4000人)* 
◇2003 「難治性疾患克服研究事業」と改称

2009
2010
2011
2012
2013
2014
2014
2015
2016

■関連項目/人

難病/◇「難病」:文献
薬/薬害古賀 照男
高橋 晄正

■引用等

◇1956〜1976

◆国立療養所史研究会 編 19761020 『国立療養所史〈総括編〉』,厚生省医務局国立療養所課,732p. 4000+ ※ h01

第5章 国立療養所の近代化(昭和31年〜現在)
 第5節 国立療養所の体質転換の強化 [476]
  「第1 重心,筋ジス病棟の設置
 心身障害児の療育は,昭和38年7月の事務次官通知によっって開始された。しかるに,その対策はなかなか進まず,昭和40年当時これら障害児を収容する施設は,全国で民間により設置運営されている6施施設536床にすぎなかった。昭和40年の身体障害者実態調査Eによると,在宅の重症心身障害児(者)は,全国に19,328名おり,このううち,1,650名が重症心身障害児(者)施設に要入所と推計された。このため,昭和41年度より,重症心身障害児に対する総合的な対策が実施されることとなり,そのー環として年次計画により重症心身障害児を収容する施設を整備することとなった。
 当時,国立療養所は結核の減少にともない,その体質の転換がせまら▽477 れており,また,従来結核医療という国の大きな政策医療をになってきたその性格等から,国の重要な政策の一つになった重症心身障害児対策の一環を国立療養所でになうことは,国立養療所としてふさわしいものと考えられた。そこで,昭和41年度から年次計画で,病棟の整備を行い,その療育を開始した。このことは,結核中心できた国立療養所の医療に大きな変化をあたえるとともに,その後に続く難病対策等の政策的医療を国立療養所がになう緒ともなった。
 昭和41年度には,まず,八雲,西多賀,秋田,新潟足利,下志津,長良,福井,松江,香川の各療養所にそれぞれ40床(西多賀,足利は80床)計480床が整備され,国立療養所として,はじめて重症心身症害児の療育医療を開始したのである。その後,昭和42年度に560床,昭和43年度に880床,昭和44年度に960床と毎年その整備が行われた。
 この重症心身障害児病床の整備計画は,昭和42年8月児童福祉法のー部改正を機に,同年8月29日の事務次官の決定によって,全国16,500床のうち,国立療養所で10,351床を昭和49年度までに整備することが決定された。その後,昭和45年の障害者実態調査,入所希望者の実態,公立・民間の重症心身障害児の施設の整備状況等から,その計画病床数は数次にわたって手なおしがなされ,昭和49年度現在では,昭和50年度までに国立療養所で8,080床の整備が計画されている。昭和49年度現在では,76の国立療養所に7,520床の重症心身障害児病床ができており,全国の重症心身障害児病床に対し,国立療養所の占める比率は非常に大きくなってきている。これら重症心身障害児病棟は,すべて鉄筋コンクリート建により建物整備が行われ,昭和41年当時多くの木造病棟を有する中にあって,国立療養所の建物の近代化にも貢献するところとなった。
 また,職員の面でも従来の国立養療所の定員よりもはるかに多くの人員配置がなされ, 40床単位で医師,看護婦の他に保母,児童指導員,理▽478 学療法士,心理療法士,栄養士等がセットとして配置される方式がとられた。とくに,看護婦定員については,40床にっき昭和41年度当初10名であったが,その後増員され,昭和45年度には16名,昭和48年度には19名と増員され看護の強化がはかられた。また,その仕事の特殊性にかんがみ,昭和42年3月の人事院規則改正により,重症心身障害児児病棟に勤務する職員に対し,特別に俸給の調整額がつけられることとなった。
 さらに,国立療養所にとって重症心身障害児の医療は疲新しい分野でであり,しかも,重症心身障害児は抵抗力がきわめて弱く,感冒その他の伝染性疾患にかかりやすい等,その医療管理の面で特有の間題が色々とあるので,これら患児に対し最良の療育を行うため,とくに職員の研修は,医療開始当初から強力に行われ,その後も新たに開始する施設の職員に対しては,かならず研修を行っている。
 新しい分野の医療をはじめる上に,医師をはじめとして医療従事者者の研究活動は,きわめて重要問題である。このことは,重症心身障害児児の医療においても例外ではない。このための医療開始と同時に,重症心身障害児の発生予防の面をふくめて治療,看護,栄養よ,生活括指導等に関する研究が行われ,その療育の改善に役立っている。すなわち,昭和42年度に42万9,000円の研究費が国立養療所で初めて予算化された。その後,昭和43年には国立療養所重症心身障害共同研究班班が編成され,「重症心身障害の成因と病態生理」等の研究が行われ,昭和44年度度からは厚生省の特別研究「脳性麻ひの成因に関する研究」のの一手部をこの共同研究班が分担して研究を行ってきた。昭和46年度には,この特別研究費は,児童家庭局で心身障害研究費に発展的解消され,ー大型化し,他方に国立療養所の特別会計に新規に重症心身障害に閏する特別研究費が584万9,000円つけられ,その研究の推進がはかられた。国国立療養所の共同研究班による研究はその後大きく発展し,その行う研致内容も病因に▽479 する研究から,看護栄養とその療育全般にわたって行われており,昭和49年度には1,500万円におよぷ研究費が児童家庭局の科学研究費の内からこの研究班に出されている。
 また,国立療養所に入所している患児の実態を調べ,療育内容の改善をはかっていくため,昭和44年度から毎年,重症心身障害患者調査を行っている。
 重症心身障害児の療育は昭和38年7月の事務次官通知「重症心身障害児の療育について」(昭和38.7.26児発第146号)で初めて正式に行政上とりあげられ,昭和41年5月の事務次官通知(昭和41. 5.14児第91号)によって,国立養療所で重症心身障害児の療育を行うことが認められた。重症心身障害児施設が,児童福祉施設として正式に児童福祉法に規定されたのは,昭和42年8月の児童福祉法のー部改正(昭和42.8. 1法法律111)によってである。しかし,国立療養所に設置された重症心身障害児(者)病棟については,児童福祉施設とはせず,都道府県知事が重症心身障害施設への入所の措置に代えて,国立療養所に当該児童の治療等を委託することができること(委託病床)とされた。
 重症心身障害児施設は,医療法に定めるところの病院であって,設備については,児童の特殊性を考慮したものを整備し,職員も医療法に定める病院としての職員のほか,その療育に必要な職員を置かなければならない。この重症心身障害児施設,または国立療養所の委託病床に入所した児童の医療費は,国が8割,都道府県が2割を公費負担することされているが,児童の扶養義務者はその収入に応じて,一定の金額を納入するることになっている。
 国立療養所の重症心身障害児病床についての今後の課題としては,手あつい療育によって,従来比較的短命であった障害児の生命が延長され,この結果,成人の重症心身障害者となってきているため,児童を対▽480 ▽481写真 ▽482写真 ▽483象として作られている病棟が,早晩手ぜまになることが苓考えられ,養護施設化などなお多くの課題が残されている。また,昭和46年頃から,身体障害は比較的軽度であるが,知能障害の他に各種の精神症状を伴う,いわゆる「動く重症心身障害児」を収容する病棟を国立精神療養所に設けているが,この療育については,従来の重症心身障害児とはかなり異なっていることが考えられ,今後の課題となっている。

 重症心身障害児(者)病床設置状況 [482-485]
 ……
 41 42 43 44 45 46 47 48 59年度 計
 46都道府県 76箇所 480 560 880 960 880 880 640 1,04 1,200 7,520

 進行性筋萎縮症患者については,昭和39年当時において,全国に約5,OOO人いると推計され,その70〜80%は16歳未満の児童であるとみられていた。当時わが国では,これら患者のための専門病棟はなく,2,3の大学病院で若干入院させていたにすぎず,肢体不自由施設には入所を拒否され,患者およびその家族は非常に困却している状況であった。このため,これら患者家族によって,昭和39年3月全国筋萎縮症児親の会が設けられ,専門施設を作る運動が起こされた。
 これに対し,昭和39年10月から国立療養所では進行性筋萎縮症患者,特に児童を対象とした専門病床を設け,これら患者の療育を開始した。当時,名古屋大学村上教授(遺伝学)の調査により,全国に約5,000人の患者がいると推計された。一方,昭和40年に文部省研究班は,進行性筋▽486 萎縮症患者を機能障害別にみると,軽度のものが約60%,中等度および重度のものが40%であると発表していたが,これらの資料をもとにして,昭和41年7月7日の厚生省の局長会議において,これら患者の収容対策としては,機能障害の中等度および重度のものを収容するることとし,所和39年から昭和45年度までの7年計画で国立療養所に2,020床の進行性筋萎縮症専門病床を整備することとした。
 昭和43年7月17日の医務局の課長会議において,国立療養所ににこれらの病床を設置する場合の原則として次のことが決定された。
(1) 重症心身障害については, 1県当り1施設,病塔床数はま人ロ1万対対1床とする。進行性筋萎縮症については, 1地区(ブロック)当り1施設とずる。
(2) 病床規模は,職員の適正配置,立地条件を考慮して,1施設当り200床以内とし,重症心身障害,進行性筋萎縮症のみを対象とする単独施設とはしない。
(3) 看護単位当りの病床数は40床以内とし,病棟は平屋建とする。
(4) 他の病棟の整備計画を著しく変更することはさける。
 これらの基本条件により,進行性筋萎縮症については,昭和46年度までに1,500床を,昭和48年度までに当初計画の2,020床を整備することが決定された。この時,進行性筋萎縮症の成人患者の入院が問題となったが,この時点ではあくまで児童を中心に入院させることとになった
 まず,初年度の昭和39年度には,進行性筋萎縮症の病床を各ブロック毎に1箇所,全国8箇所の国立療養所に100床(西多賀,下志津は20床,他は10床)を設置し,昭和40年度には,200床,昭和41年度には,120床をこの8施設に結核病床の転用で逐次増床を行うとともに,人口,広域性を考慮して昭和42年度には関信地区(新潟),近畿地区(刀功根山),和43度年には東北地区(岩木)に病床を新設した。その後,専門病床▽487 を設置する施設の数および病床数を年次計画で増やしていった。当初の計画では昭和45年度までに2,020床を整備する計画であったが,その後の調査により,整備病床数は手なおしされ,昭和49年度現在では,昭和51年度までに2, 260床を整備する予定である。
 昭和39年から昭和41年度までは,結核病床を転用して,進行性筋萎縮症病床を設けたため,その設備は不十分なものであったが,昭和42年度からは鉄筋コソクリート建により建物整備が行われ,病棟構造も進行性筋萎縮症の療育にかなったものになり,次第に設備等についても充実されていった。
 昭和42年,進行性筋萎縮症児の病棟が鉄筋コンクリート建で整備されたのにあわせて,職員の面でも重症心身障害児病棟と同じように40床単位で医師,看護婦,保母,児童指導員,理学療法士,栄養土等の職員がセットの形で配置されるようになった。また,国立療養所に入所した進行性筋萎縮症児に対しては,当該施設に併設されている養護学校または養護学級において義務教育が行われており,通学困難な児童については,病室内において教育ができるように設備されている。
 進付性筋萎縮症児の療育については,昭和40年11月の事務次官通知「進行性筋萎縮症にかかわる児童に対する療育について」(40.11.30厚児第183号)によって昭和40年10月1日より実施されたが,昭和42年8月の児童福祉法の一部改正により,これら児童についても児童福祉法上り肢体不自由児として処遇されることとなり,重症心身障害児の場合と同様に国立療養所への治療等の委託の制度が設けられた。
 また,昭和44年度からは,進行性筋萎縮症の成人患者に対する措置費が出されるようになり,これにともない,従来からある国立療養所の進行性筋萎縮症病棟内に,成人用の病室を設け,その収容を開始した。以上のような経緯で進行性筋萎縮症の患者については,その大部分が国▽487 立療養所において入院治療を受けており,昭和50年2月現在その数は1,449名におよんでいる。
 これら患者の病態を明らかにし,その治療方法の解明ならびに療育内容の改善をはかるため,昭和44年から毎年国立療養所に入所しているる進行性筋萎縮症児(者)の実態調査を行っている。
 進行性筋萎縮症については,その病因はなお不明であり,その治療法も解明されていない。このため,本疾患の成因と治療についての研究は,昭和39年度から医療研究助成補助金が150万〜200万円程度出されて,その研究が行われてきたが,昭和43年度からは2,000万円の特別研究費が沖中東京大学名誉教授を中心とした研究班に出されてきた。国養所にたいしても,これら研究費の一部が昭和41年度から出されてきた。これは最初は7万円程度にすぎなかったが,昭和46年度以降「心身障害研究費」による進行性筋萎縮症に関する研究は大型化し,昭和46年度には,沖中研究班の内に,国立療養所を中心とした臨床社会学的研究班(班長,徳島大学整形外科山田憲吾教授)が設けられ,急速に国立療養所に支出される研究費が増大し,昭和49年度には3,800万円に達し,沖中研究班が基礎的研究を行うのにたいして,国立療養所の山田研究班は臨床研究を行うところまで発展した。その研究内容も,臨床医学自的研究から,心理学研究,看護,栄養,疫学研究,リハビリテーション機器の開発まで,その療育全般にわたっている。
 国立療養所における進行性筋萎縮症児の療育によって,従来比較住的短命であった患児の生命が延長され,学齢期をすぎた患者が次第に増加しつつあり,また,成人患者の入院もふえているため,これら学齢期を過ぎた患者の取り扱いが新しい間題となってきている。このため,これら学齢期を過ぎた患者に生きがいをあたえるための生活指導,作業療法を行うため,昭和50年度からこれら成人患者を対象とした作業療法棟建築▽489 表▽490 写真▽491 写真▽492 の予算がみとめられ,年次計画で進行性筋萎縮症病棟を有する各施設に整備されることになっている。
 筋ジス病棟における各装置の中,480頁に掲載した写真の,下志津井院で開発したロータリーリフト入浴装置について,同病院の看護婦長福田フサが,研究者の1人として関東信越地方医務局の広報紙「関信」に発表した報告を次に転載する。」

進行性筋萎縮症児(者)病床設置状況 [489]
都道府県名 施設名 年度別整備状況 39〜49 計
……
21都道府県 22力所 100 200 160 240 280 280 280 200 160 80 計2,100

 「第3 難病対策
 スモンの問題に端を発し,原因不明で治療方法もなく,ほとんど一生涯闘病生活をっづけて行かねばならない病気であって,さらに軽快しても,視力障害や手足の運動障害などで社会や職場に復帰することの困難な病気,いわゆる難病に対する対策が45年頃から社会問題となってきた。このため,昭和47年7月に厚生省の公衆衛生局に特定疾患対策室が設けられ,これら難病に対する原因の究明や,治療方法の解明などの研究およぴ患者に対する医療費の補助などの対策がとられることになった。
 昭和47年度にはスモン,べーチェット病,重症筋無力症,全身性エリテマトーデス,再生不良性貧血,多発性硬化症,サルコイドージス,難治性肝炎の疾病が調査研究対象疾病としてえらばれた。また,実質的に医療費自己負担を軽減する目的の治療研究対象として,スモン,ぺーチェット病,重症筋無力症,全身性エリテマトーデスの疾病が決定し,調査研究費として2億2,000万円,治療研究費として3億1,000万円が予算化された。
 昭和47年10月に難病対策要綱がまとめられ公表されたが,その対策の骨子となるところは,(1)調査研究の推進,(2)医療施設の整備と要員の確保,(3)医療費の自己負担の解消を3本の柱とし,このほかさらに福祉サービス面も考えて行くべきだとしている。
 この医療施設の整備については,国立施設を中心に整備し,これらは治療とあわせて研究の促進をはかり,医療従事者の研修も可能なように研究,研修の施設等もあわせて,昭和48年度から5箇年計画で整備してゆくとともに,医療従事者の養成も行うこととした。
 また,この難病対策のー環として行う医療対策の対象としては,前記難病のほか,腎不全,小児の慢性腎炎,ネフローゼ,小児ぜん息等も加▽500 写真 ▽501 えて行うこととなった。
 この方針にしたがって国立療養所においても,これら難病のうち,長期慢性的に病状が進行し,介護あるいは生活条件等について,長期にわたる配慮の必要なもの,および養護学級の併設により教育が必要なもの等についてその医療を引き受けることとして,昭和48年度から昭和52年度までの5箇年計画で,新築6,890床,既存建物転用5,200床,計12,090床の難病病床を整備することとした。
 すなわち,重症筋無力症,多発性硬化症,筋萎縮性側索硬化症等のいわゆる神経筋疾患については,新築960床,既存建物の転用800床,計1,760床を,サルコイドージスについては,新築200床,既存建物の転用50床,計250床を,小児異常行動については,新築680床を,小児の慢性腎炎,ネフローゼ,小児ぜんそく等の小児慢性疾患については,新築3,600床,既存建物の転用1,1OO床,計4,700床を,せき髄損傷については,既存建物の転用50床を,脳卒中等にたいするメディカルリハビリテーションについては,新築1,450床,既存建物の転用1,000床,計2,450末を,慢性気管支炎,気管支端息等の慢性呼吸器疾患については,既存建物の転用2,200床を整備することとした。その後,この計画について.患者の実態,社会状勢等から一部手なおしが行われた。
 また,これら各疾患にっき,それぞれ基幹施設を作って,研究およぴ医療従事者の研修を行うこととしたが,この基幹施設の計画は,国立療養所においては昭和50年度になってはじめて,呼吸不全症の基幹施設として南福岡病院に,また,脳血管障害の基幹施設として宮城病院に研究検査,特殊診療棟の整備が行われることとなった。また同年,難病対策こは入っていないが,その社会的重要性にかんがみ,アルコール中毒症の基幹施設として久里浜病院に研究検査特殊診療棟を整備することとなった。
 ▽502 これら施設の整備と平行して,医療従事者の養成計画が立てられたが,このー環として作業療法士,理学療法士の養成のためのリハビリテーション学院の増設が計画され,既存の東京病院と近畿中央病院のほかに,昭和50年度には犀潟療養所にあたらしく学院が整備されることとなった。
 この難病対策については,昭和44年4月からは特定疾患対策室が難病対策課となり,研究対象疾患も年々増加し,昭和50年度には40疾患が難病の調査研究疾患に指定され,調査研究費も6億8,000万円にまで培増額されている。国立療養所関係からも,サルコイドージス,重症筋無力症,筋萎縮性側索硬化症,ネフローゼ,悪性関節リウマチ,結節出性動脈周囲炎,肺線維症等の研究班に彦加して,これら難病研究のー端をになっている。」([499-502])


UP: 20151024 REV:20160123 
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