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「寝たきり老人」



このHP経由で購入していただけたら感謝

  *このファイルの更新をしばらく休止→老いファイルを増補していきます。(2007.12)→再開(2008.8)


田島 明子 2009/01/31 「「寝たきり老人」と/のリハビリテーション―特に1990年以降について」
第76会SPSN(Social Polcy Studies Network)研究会 於:法政大学市ヶ谷キャンパス
→cf. 井口高志氏(信州大学)によるコメント
有吉 玲子北村 健太郎堀田 義太郎 2008/06/0* 「1990年代〜2000年代における「寝たきり老人」言説と医療費抑制政策の接合」,福祉社会学会第6回大会 於:上智大学
仲口 路子北村 健太郎堀田 義太郎 2008/06/0* 「1990年代〜2000年代における「寝たきり老人」言説と制度――死ぬことをめぐる問題」,福祉社会学会第6回大会 於:上智大学
仲口 路子有吉 玲子堀田 義太郎 2007/09/16-17 「1990年代の「寝たきり老人」をめぐる諸制度と言説」,障害学会第4回大会 於:立命館大学
坂下 正幸伊藤 実知子野崎 泰伸田島 明子 2007/09/16-17 「1970年代のリハビリテーション雑誌のなかの「寝たきり老人」言説」,障害学会第4回大会 於:立命館大学
田島 明子・坂下 正幸・伊藤 実知子野崎 泰伸 2008/06/0* 「1980年代のリハビリテーション雑誌のなかの「寝たきり老人」言説」,福祉社会学会第6回大会 於:上智大学

田島 明子 200705- 「寝たきり老人」
 http://www5.ocn.ne.jp/~tjmkk/netakirirouzinhan.htm

■1960〜1970年代

◆◇◇ 20080701 「寝たきり老人」,保健医療福祉キーワード研究会[2008:20-26]*
*保健医療福祉キーワード研究会 20080701 『保健医療福祉くせものキーワード事典』,医学書院,260p. ISBN-10: 4260006169 ISBN-13: 978-4260006163 2100 [amazon][kinokuniya] ※ n01.

 「1968年には全国社会福祉協議会の「居宅寝たきり老人実態調査」が実施され、その結果は新聞やテレビなどで報道された。「高齢者問題を初めて本格的に検討した『昭和45年版白書』も、この全社協調査を詳しく紹介」[二木1996]している」(◇◇[2008:22])
 二木 立 1996 「公的介護保険の問題点」,里見賢治ほか『公的介護保険に異議あり――もう1つの提案』,ミネルヴァ書房:103-104

◆有吉 佐和子 19720610 『恍惚の人』,新潮社,312p. 690 ※→2003 『恍惚の人』(改版)新潮社,新潮文庫 ISBN:9784101132181(4101132186) 660 [amazon][kinokuniya]

 「『この特別養護老人ホームというのは、なんでしょうか』/『ネタキリ老人とか、人格欠損のある方を収容する施設です』/寝たきり老人というのは一つの熟語として専門用語になっているらしいと分かったが、人格欠損は分からない。質問してみると」(有吉[1972→2003:308])
 *引用:立岩真也[2008:◇](『唯の生』,筑摩書房)

田中 多聞 19760120『寝たきり老人は起ち上がれる――自立と看護の実際』,社会保険出版社 204p 1200 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/db1970/7601tt.htm

◆立岩 真也 2009 『唯の生』,筑摩書房

 「「寝たきり」という言葉自体は以前からある。例えば有吉佐和子の『恍惚の人』(有吉[1972])にも見える☆08。また寝たきりにならないための策を説く書物も出ている(田中[1976]等)。ただ、一九八〇年代になって、多くの人が知る場で、外国、ヨーロッパ、北欧の事情を知り、かの地に寝たきりの人がいないことを知った人によって、寝たきりが克服されるべき、また克服可能能な事態であることが説かれるようになる。本としては、岡本祐三の『デンマークに学ぶ豊かな老後』(岡本[1990])、大熊由紀子の『「寝たきり老人」のいる国いない国――真の豊かさへの挑戦』(大熊[1990])等が出され、読まれる。」
 「☆08 「『この特別養護老人ホームというのは、なんでしょうか』/『ネタキリ老人とか、人格欠損のある方を収容する施設です』/寝たきり老人というのは一つの熟語として専門用語になっているらしいと分かったが、人格欠損は分からない。質問してみると」(有吉[1972→2003:308])

■1980年代


◆西村 周三 19970620 『医療と福祉の経済システム』,筑摩書房,ちくま新書,218p. ASIN: 4480057110 735 [amazon][boople] ※ m/e01

第2章 高齢社会の見通し―経済社会の変貌と医療・福祉の将来
 「[…]「寝たきり老人」をゼロにするという高い理念がある[…]すなわちただ単に要介護者のお世話が大変だから、介護福祉を充実するという<0063<ことにとどまらず、要介護者の自立を支援するということが目標とされている。
 筆者の知る限り、この理念が日本で重要な意味を持つようになったのは、八〇年代のはじめ頃からデンマークをはじめとする北欧諸国の実態を調査し、「寝たきりはゼロにできるのだ」というキャンペーンを展開した大熊一夫氏、大熊由紀子氏、岡本裕三氏らの努力によるところが大きい。彼らの啓蒙活動が次第に普及するなかで、スウェーデン大使館勤務の経験を持つ厚生省若手官僚たちがこれに呼応して、九四年に「高齢者介護・自立支援システム研究会」が設置された。同報告書はこのような彼・彼女らの長い努力の結実である。
 ただ介護保障の現状は、このような理念が掲げるところとはかなりかけ離れている。」 (西村[1997:63-64])

◆二木 立 19941125 『「世界一」の医療費抑制政策を見直す時期』,勁草書房,237p. ASIN: 4326798939 2625 [amazon][amazon] ※, b m/e01 ts2007a

 「注目すべきことは、朝日新聞論説委員の大熊由紀子氏が、早くから(なんと一九八五年から)「寝たきり老人」(彼女の表現を用いると「寝かせきりにしてしまっていたお年寄り」)が多数見られるのは、先進諸国の中では日本だけなことを発見し、これがわが国の老人医療・福祉の立ち遅れの産物であることを、鋭く指摘してきたことである。この事実は、その後厚生省の委託研究でも確認され、その結果は『厚生白書一九九一』(六三頁)にも掲載された。」(二木[1994:12])
 *引用:立岩真也[2008:◇](『唯の生』,筑摩書房)

◆大熊 一夫 19860531 『あなたの「老い」をだれがみる』,朝日新聞社,朝日ノンフィクション,261p. ISBN-10: 4022555408 ISBN-13: 978-4022555403 1100 [amazon][kinokuniya]→199003 朝日新聞社,朝日文庫,307p. ISBN-10: 4022605898 ISBN-13: 978-4022605894 480.[amazon][kinokuniya] ※,

 「三郷中央病院など悪徳病院の摘発をきっかけにして、昭和五十八年二月に生まれた「老人保健法」という法律のおかげで、お年寄りの患者によかったと思われる診療が十分にできにくい雰囲気になってしまった[…]天本さんは「お年寄りだから」という理由で、治療の手を差しのべないのは罪悪だと考えている。[…]老人保険法が施行されて四ヶ月後の五十八年六月、医療費請求額三千万円のうち約一割の三百万円分が保険の審査会でバッサリ減額された。「減点通知書」にはこう書かれていた。/「特定患者収容管理料算定の症例に対する運動療法は妥当と認められません」/この患者さんは、ひらたくいえば、寝たきりで全面介護を必要とする鼻腔栄養の人であった。寝たきりになった人にはリハビリは不必要だから、そんな請求はダメだというのである。「脳軟化症の(人の)腰痛に運動療法は認められません」という通知書もあった。これに対して、天本さんは猛然と異議を唱えた。」(大熊[1986:217])  *引用:立岩真也[2008:◇](『唯の生』,筑摩書房)

◆滝上 宗次郎 19981201 『「終のすみか」は有料老人ホーム』,講談社,278p. ISBN-10: 4062093308 ISBN-13: 978-4062093309 [amazon] ※ a06

 「銀行員から有料老人ホームの経営者になったばかりの私が、業界のことを、いろいろと勉強しようとたくさんの参考書を読んでみても、やはりいいものをみつけることはできませんでした。/ただ、一つ収穫がありました。大熊由紀子さんというジャーナリストが、新聞でも講演でも「寝たきりは、寝かせきり」だと繰り返し言っているのを知ったことです。[…]私が、北欧諸国の介護と、そこに住む高齢者を、この自分の目でみたくて現地を訪れたのは、平成二年のことです。訪問を強力に支援してくれたのは、大熊由紀子さんと現在は神戸市看護大学教授をしている医師の岡本祐三さんでした。」(滝上[1998:76-77])
 *引用:立岩真也[2008:◇](『唯の生』,筑摩書房)

山井 和則 1991a 『体験ルポ 世界の高齢者福祉』、岩波新書

 一九八八年「当時、私は財団法人・松下政経塾の研究員として、日本各地の老人ホームを実習して回っていた。実習すればするほど、「人間が死ぬ前に、”寝たきり”になって悲惨になるのは、仕方のないことだ」とあきらめが深まっていった。そんな時、朝日新聞社『AERA』主催の福祉のシンポジウムを傍聴した。「北欧には、寝たきり老人がいない」という。半信半疑であった。」(山井[1991a:ii])
 「私を「寝たきり」問題に開眼させて下さったのは、『朝日新聞』論説委員大熊由紀子さんと、阪南中央病院の岡本祐三先生であった。」(山井[1991a:223])
 *引用:立岩真也[2008:◇](『唯の生』,筑摩書房)

山井 和則 1991b(19910710) 「北欧の現状から対策を考える」,青木・橋本編[1991:121-143]*
*青木 信雄・橋本 美知子 編 19910710 『「寝たきり」老人はつくられる――寝たきり大国からの"脱"処方箋』,中央法規出版,284p. ISBN-10: 4805808616 ISBN-13:978-4805808610 2000 [amazon] ※ a06

 「一九八九年、イギリス、スウェーデン、デンマーク、アメリカ、シンガポールで八か月間、老人ホームに住み込んだり、ホームヘルパーの方にお供しながら、勉強をさせていただきました。それは、残念ながら「いかに日本の高齢者福祉が遅れているか」を、この目で確認する旅でした。」(山井[1991b:121]☆09)
 *引用:立岩真也[2008:◇](『唯の生』,筑摩書房)

大塚 宣夫 19900928 『老後・昨日、今日、明日――家族とお年寄りのための老人病院案内』,主婦の友社,225p. ASIN: 4079340109 1400 [amazon][boople] ※ a06,

 「昭和六十三年六月、老人病院の管理運営に当たっている仲間とともにヨーロッパへ出かけました。目的はヨーロッパの平均的な老人病院や介護施設を見ることでしたが、特に関心があったのは、当時わが国の新聞、雑誌、テレビなどで散見されていた次の二点の真偽でした。/第一は、ヨーロッパの老人施設にはわが国でいういわゆる「寝たきり老人」がきわめて少ないこと、第二は、ヨーロッパの国々では高齢者に延命のための医療行為はほとんどなされないということについてでした。」(大塚[1990:114])
 *引用:立岩真也[2008:◇](『唯の生』,筑摩書房)

■1990年代

◆厚生省大臣官房老人保健福祉部老人保健課 19900331 『寝たきりゼロをめざして――寝たきり老人の現状分析並びに諸外国との比較に関する研究 第2版』,中央法規出版,160p. ASIN: 4805806818 1100 [amazon][boople] ※, b fm/a01 d/n01

 表−16 日本と欧米の文化的背景の違い
    日本/欧米
社会の人権観 まだ人権観は確立されていない/戦後のノーマライゼーション運動の結果人権観が確立された
自己意識 依存「お世話になります」/自立「自分のことは自分でする」
家庭での老人観 古希をあがめる/自立を援助する
長期ケアの理想的あり方 そっとしておく/できるだけ自立を助ける
住宅環境 畳生活「横にならせて下さい」 車椅子は入りにくい/椅子、ベッド生活「腰をかけさせて下さい」 ベッドは寝るところであり日常的に寝食分離している

 V わが国で老人の寝たきり化を予防する方策
 「寝たきり老人を作らないためには、自立に向けての「生活意欲」を各老人が持つこと、さらに、社会全体がそれを支援していくことがまず出発点である。具体的な予防の方策は、まず「寝たきり」に導く原因疾患の発生を予防すること、原因疾患が発生したらそれによる障害を予防すること、不幸にして障害が発生したら障害の悪化を予防するため、逆に積極的にあらゆる方策を用いて「動かす」ことが重要である。これらの諸方策は数多くあり、種々のレベルで複雑にからみ合っている。今回提言を明確なものにするため、あえて重複を恐れず、二つの別の立場から、つまり一つは老人個人に着目し、個人に必要とされる諸方策を、健常な老人から障害を起こすまでの時間的経過に対応して整理し、また、もう一つは実施・支援する側に着目し、例えば実施・支援する人や場に対応して整理し、さらに、この二つの方策を推し進めるための地域ケア体制の確立のため、国、自治体等が行うべき方策について以下にまとめた。」(p.23)
 *引用:立岩真也[2008:◇](『唯の生』,筑摩書房)

◆大熊 由紀子 19900920 『「寝たきり老人」のいる国いない国――真の豊かさへの挑戦』,ぶどう社,171p. ASIN: 4892400955 1500 [amazon][boople] ※, b a01 d/n01

◆大塚 宣夫 19900928 『老後・昨日、今日、明日――家族とお年寄りのための老人病院案内』,主婦の友社,225p. ASIN: 4079340109 1400 [amazon][boople] ※, b a01

6章 寝たきり老人を起こす
 「起き老人」のヨーロッパ事情
   ほんとに寝たきりはいないのか?の疑問
 「昭和六十三年六月、老人病院の管理運営に当たっている仲間とともにヨーロッパへ出かけました。目的はヨーロッパの平均的な老人病院や介護施設を見ることでしたが、特に感心があったのは、当時わが国の新聞、雑誌、テレビなどで散見されていた次の二点の真偽でした。
 第一は、ヨーロッパの老人施設にはわが国でいういわゆる「寝たきり老人」がきわめて少ないこと、第二は、ヨーロッパの国々では高齢者に延命のための医療行為はほとんどなされないということについてでした。」(大塚[1990:114])
 当病院の「寝たきり起こし」
  最初に手がけたのは、病院職員の意識改革
  老人に生気が戻った
 「しかしながら、この試みを通じて現体制の老人病院で、ヨーロッパで見てきたような対応をすることがいかに困難であるかもあらためて思い知らされました。
  人手と設備が豊富に必要
 第一の困難は、マンパワーの確保です。
 […]<0133<
 もう一つの大きな困難は、建物の構造、設備にあります。
 […]<0134<
 ヨーロッパの施設で見てきたもう一つの大きな違い、老人のいわゆるいちばん最後の部分の対応については、今日までのところヨーロッパ流のやり方を本格的に導入するところまでは踏み切れません。
 「自分で食事ができなくなった老人に対して、口の中に食事や水分を運んでやるが、それを飲み込めなくなったら、それ以上の手段は講じない」、この考えの中には、最後の最後まで、個人個人に選択の余地を与える、あるいは自分で決定するチャンスを与えるというヨーロッパ流の個人主義が息づいているように思えます。
 これに対して、わが国では、老人の終末の形は、老人本人の意思には関係のない形で進<0135<められます。
 たとえば、食事を飲み込む能力すらなくなった老人に対してどんな手段をとるかの選択は、ほとんどの場合家族と担当の主治医の話し合いで決められます。
 ここでは、老人患者を個人というよりは、あくまで家族の一員として、家族の思いの中で生きる存在としてとらえるきわめて日本的な価値観を見ることができるように思います。
 当病院でも、多数の老人患者の終わりをみとってきました。これ以上どんな処置をしても、けっして助からないだろうと思いながらも、家族があきらめきれず希望すれば、各種の延命のための処置が延々とつづけられる。これがわが国の実情でもあります。
 これは、どちらがすぐれているというよりも、文化の違いというべきなのでしょう。
 一日を横になって過ごすことへの評価にも、畳の文化といすの文化の違いを感じます。これは、どちらがすぐれているというよりも、文化の違いというべきなのでしょう。一日を横になって過ごすことへの評価にも、畳の文化といすの文化の違いを感じます。いすの文化の国々では,生きるということは、頭を地面を少しでも高い所におくことであり、頭の位置が高ければ高いほど、質の高い生き方をしていると思っているフシがあります。
 これに対してわが国では、横になることは最も安楽な、つくろぎの姿勢ととらえて、<0136<けっして恥ずべき姿とはとらえられていないのです。」(大塚[1990:133-137])
 *引用:立岩真也[2008:◇](『唯の生』,筑摩書房)

◆厚生省 編 19910401 『厚生白書〈平成2年版〉――真の豊かさに向かっての社会システムの再構築 豊かさのコスト――廃棄物問題を考える』,厚生問題研究会,402p. ASIN: 4324026173 1500 [amazon][boople] ※ b / ts2007a

 第1編・第1部・第2章「新たな社会サービス供給システムの構築」第1節「地域に密着した老人保健福祉サービスの展開」1「高齢者保健福祉推進十か年戦略」(ゴールドプラン)の推進」(2)「「ねたきり老人ゼロ作戦」の展開」

 「寝たきり老人を作らないためには、自立に向けての「生活意欲」を各老人が持つこと、さらに、社会全体がそれを支援していくことがまず出発点である。具体的な予防の方策は、まず「寝たきり」に導く原因疾患の発生を予防すること、原因疾患が発生したらそれによる障害を予防すること、不幸にして障害が発生したら障害の悪化を予防するため、逆に積極的にあらゆる方策を用いて「動かす」ことが重要である。これらの諸方策は数多くあり、種々のレベルで複雑にからみ合っている。」(厚生省編[1991:23])
 *引用:立岩真也[2008:◇](『唯の生』,筑摩書房)

 「高齢者対策の進んでいる北欧等においては、自立を支えるという観点から、ねたきりにしないことに重点が置かれているため、我が国と比較して、ねたきり老人の割合が極めて少ないものとなっている。
 また、我が国では、従来ねたきりは高齢者には避けられないものと受け取られているが、介護を必要とする高齢者の自立を助け、生活の質を高めることができるようにするためには、介護を必要とする後者異ができることとできないことを見極めた上で、可能な限りねたきりにしないための対策を推進していく必要があると考えられる。
 こうした観点から、「寝たきりは予防できる」ことについての意識啓<0062<発を行うととこに、脳卒中等のねたきりの原因となる病気の予防、適切なリハビリテーションの提供、在宅の保健、医療、福祉サービスを円滑に提供する情報網(脳卒中情報システム)の整備等を内容とする「ねたきり老人ゼロ作戦」を展開している。」(厚生省編[1991:62-63]) *引用:立岩真也[2008:◇](『唯の生』,筑摩書房)

 在宅及び施設でねたきり状態にある老人比率の国際比較(厚生省編[1991:63])

◆相野谷 安孝 19910704 『国が医療を捨てるとき』,あけび書房 pp.75-87
 「お年寄りに国が医療費をかけない一番の方法――それが「長く入院させない」「とくに高齢者の入院を長びかせない」ことだった。・・具体的に「長く入院させない」しくみをみていくことにしよう。現在、診療報酬の体系は二本立てになっている。70歳の誕生日をさかいに「老人特別掲載診療報酬」という70歳未満とは別建ての診療報酬が適用される。この「老人特別掲載診療報酬」は1983年の老人保健法制定のさい「老人の心身の特性をふまえ、老人に適切な医療が提供されることを確保する」と称して定められた診療報酬である。<0077<・・一年以上の入院患者に対しては一日に何回どのような処置を行っても、一日210円しか認められない。年齢プラス入院期間で制限、差別が拡大するのである。」 「・・1990年4月の診療報酬改定では、食事を摂取している場合の点滴や静脈注射の薬剤料は、一日どれだけ実施しても、500ccでカットされることになった。また入院が一年を超えると、脳波、超音波などの検査は3ヶ月に1回しか認められない。<0081<」  「入院料や入院に関わる検査や費用が低く抑えられている反面、外来や在宅療養では70歳以上のみ点数化されている項目がある。退院時の指導料がそれだ。6ヶ月以上の長期入院患者にたいし、退院するよう「指導」して退院させれば一人あたり2000円が支払われる。退院時におけるリハビリの指導料や退院前の訪問指導料も69歳以下にはない点数である。<0085<」

◆二木 立 19910720 『複眼でみる90年代の医療』
,勁草書房,231p. ASIN: 4326798734 2520 [amazon][boople] ※, b m/e01

3章 90年代の医療供給制度
 五 高齢者保健福祉推進十ヵ年戦略(ゴールドプラン)は「みせかけ」か?
 […]
 寝たきり老人ゼロ作戦は「寝たきり」と「寝かせきり」とを混同
 最後に、ゴールドプランの問題点で、一般にはほとんど見落とされている点を指摘したい。それは、<0136<ゴールドプランの「目玉」とされている「寝たきり老人ゼロ作戦」における、「寝たきり」と「寝かせきり」との混同である。これは、私が医師として専門としていたリハビリテーション医学の視点からの検討である。
 私は障害を持った老人の能力は複眼的に評価する必要があると思っている。
 一つは、「自立度」という概念である。これは、他人の介助、監視、あるいは促し、励ましを得ずに、自力でどこまでいろいろな動作ができるかということである。この視点から見ると、たとえ早期からリハビリテーションを徹底して行っても、歩行が自立する老人、つまり狭義の「寝たきり」状態を脱する老人は三分の一しか減らせないというのが、冷厳な事実である<(20)五九頁,(42)二三四頁>
 しかし、これだけにとどまっていると重度の障害老人の切り捨てになる。それを避けるためのもう一つの評価の視点は、他人の介助を受ければ、最大限どこまでの動作ができるかということである。そして、自力では起きられない、あるいは歩けない老人、狭義の「寝たきり老人」のうち、介助をすれば起きられる、歩ける老人が大半なのである。
 私自身の脳卒中早期リハビリテーションの経験でも、発症後早期の「寝たきり老人」のうち約九割は介助をすれば起こしたり、座らせたり、歩かせることができる。それに対して、重篤な心臓疾患や肺疾患などがあり、全身状態が不安定なために医学的な理由から絶対安静を必要とする老人は、一割にすぎない。<0137<
 『寝たきりゼロをめざして』という、厚生省の特別研究の報告書の中でも、老人医療で有名な東京の青梅慶友病院の実践例として、自力では起きたり、歩けない慢性疾患・障害老人のうち、介助をすれば起きたり、歩ける老人が九割だと報告されている<(43)四九頁>。
 大熊由紀子(朝日新聞)が先駆的に明らかにしてきたように、北欧諸国には、「介護の必要なお年寄り」はいるが、「寝たきり老人」がほとんどいないというのは、この意味においてなのである<(38)>。そのため、私は「寝たきり老人ゼロ作戦」というのは不正確な表現で、「寝かせきり老人ゼロ作戦」と言い替えるべきだと思っている。
 早期リハビリテーションを徹底して行うと同時に、慢性期に入った障害老人に維持的・継続的なリハビリテーションを行い、早期リハビリテーションによって達成した「自立度」を維持することは非常に重要である。しかし、先述したように、その効果は限られている。
 そのために、自力では起きたり、歩けない、という意味での「寝たきり老人」を「寝たきり老人」にしないためには、これらの老人を介助によって起こしたり、歩かせるという援助が不可欠である。そして、これを徹底的に行うためには、大量のマンパワーの投入が不可欠で、ゴールドプランとは桁違いの費用がかかる。」(pp.136-138)

(20)二木 立 19880905 『リハビリテ−ション医療の社会経済学』,勁草書房,勁草−医療・福祉シリーズ29,259p. 2400
(42)二木 立・上田 敏 198010 『世界のリハビリテ−ション――リハビリテ−ションと障害者福祉の国際比較』,医歯薬出版,238p. 4500
(43)厚生省大臣官房老人保健福祉部老人保健課 1989 『寝たきりゼロをめざして――寝たきり老人の現状分析並びに諸外国との比較に関する研究』,中央法規出版
(38)大熊 由紀子 19900920 『「寝たきり老人」のいる国いない国――真の豊かさへの挑戦』,ぶどう社,171p. ASIN: 4892400955 1500 [amazon][boople] ※, b a01

◆山口 昇 19920501 『寝たきり老人ゼロ作戦』,家の光協会,222p. ISBN-10: 4259543954 ISBN-13: 978-4259543952 1325 [amazon][kinokuniya] ※ a06.n01.

◆二木 立 19921015 『90年代の医療と診療報酬』,勁草書房,251p. ASIN: 4326798815 [amazon][boople] ※, b m/e01 ts2007a

 「第二は、在宅障害老人地対する単なる「延命」のための医療の再検討である。
 わが国は世界に冠たる「延命医療」の国であるから、在宅の寝たきり老人の状態が悪化した場合には、病院のICU(集中治療室)に入れられることも少なくない。このことの「再検討」とか「制<0142<限」などというと、「医療費の抑制」とか「患者の人権無視」といった非難をたちどころに浴びせられる可能性がある。
 しかし、ここで考えなければらならないことは、多くの医療・福祉関係者が理想化している北欧諸国や西欧諸国の在宅ケアや施設ケアでは、原則として延命医療は行われていないなことである。
 この点に関しては、有名な老人病院である青梅慶友病院院長の大塚宣夫先生の著書『老後・昨日、今日・明日』(主婦の友社、一九九〇)がもっとも参考になる。同書によると、大塚先生はヨーロッパ諸国を訪ねて「次の二点の真偽」を確かめたかったそうである。「第一は、ヨーロッパの老人施設にはわが国でいういわゆる『寝たきり老人』が極めて少ないこと、第二は、ヨーロッパの国々では高齢者に延命のための医療行為がほとんどなされていないということ」(一一四頁)。そして結論は、二つともその通りであったとのことである。
 あるいは、ドイツの老人ホームを実地調査した『ドイツ人の老後』(坂井洲二著、法政大学出版会、一九九一)によると、ドイツでは人々がホームに入る時期を遅らせ、死期が近づいた状態になってはじめて入る人が増えてきたため、「三〇〇人収容の老人ホームで一年間に三〇〇人も亡くなった」例さえあるという(一〇八頁)。わが国でこんなホームがあったら、たちどころに「悪徳ホーム」と批判されるであろう。
 わが国では、ヨーロッパ諸国の在国ケアや施設ケアという、なぜか「寝かせきり」老人がいない<0144<ことに象徴されるケアの水準の高さのみが強調される。しかし、単なる延命のための医療を行っていないという選択もきちんと理解すべきである。
 誤解のないようにうと、私は障害老人に対する単なる延命のための医療を一律禁止すべきだ、といっているのではない。しかし、事実として、延命治療よりもそれ以前のケアを優先・選択する「価値観」「文化」を持っている国があることを見落とすべきではない。
 そして、わが国でも、今後は同じような「選択」が必要になるであろう。デンマークの福祉に詳しい有名な有料老人ホーム経営者は、「わが国で、一方ではデンマークやスウェーデン並みのケア、他方で効果の非常に疑問な末期の延命医療を無制限に行うとなると、どんな立場の政府でも、その財政負担に耐えられない」といわれている。」(二木[1992:142-144])
 *引用:立岩真也[2008:◇](『唯の生』,筑摩書房)

 cf.大塚 宣夫 19900928 『老後・昨日、今日、明日――家族とお年寄りのための老人病院案内』,主婦の友社,225p. ASIN: 4079340109 1400 [amazon][boople] ※, b a01
 cf.坂井 洲二 19911010 『ドイツ人の老後』,法政大学出版局,291p. ASIN: 4588050745 2415 [amazon][boople] ※, b fm/a01

◆児島 美都子 19930130 『「寝たきり」をつくらない福祉――福祉とは何かを問いつづけて』,ミネルヴァ書房,251p. ASIN: 4623022579 1937 [amazon][boople] ※ 07a

◆岡本 祐三 19931210 『医療と福祉の新時代――「寝たきり老人」はゼロにできる』,日本評論社,272p. ASIN: 453558141X 2100 [amazon][boople] ※, b a01 07a

◆三好 春樹 19940306 『なぜ"寝たきりゼロ"なのか――新しいケアが始まっている』,ライフケア浜松,77p. SBN-10: 4887201249 800 ISBN-13: 978-4887201248 [amazon] ※ b a06 ts2008

 「ここでちょっと考えて見ましょう。なんで寝たきりはゼロにしなければいけないのか。寝たきり老人がいるのは、日本だけだなんて言いますね。朝日新聞あたりが主催するセミナーなんか行きますと、みんな暗い顔をして帰ってくるそうです。西洋は素晴らしくて、日本はだめだ、一体どうなるんだろう。で、みんな北欧を見に行ったりするんです。町長以下、みんな北欧に行って見てきたなんて町が一番やってないですね(笑)。日本じゃ何にもできないって諦めてるところがある。おかしな話です。
 私は寝たきり老人が日本に多いっていうのは、決して悪いことではない、いや、それ自体は悪いことなんだけど、マイナスだけで捉える必要はないと思います。というのは、まず寝たきりになっても栄養が行き届くっていう豊かさがないと、寝たきり老人なんていな<0009<いんですよ。脳卒中になって生き長られえる国っていうのは、世界で数えるくらいしかないんですからね。旧共産圏だとか、発展途上国ではできないですからね。さらにその上、他人に依存しても生きてゆけるという文化を持っているところでなければならない。これ西洋じゃ無理なんです。西洋は自立してなかったら人間じゃない、っていう世界です。自立のためには必死でやりますが、一度他人に依存しちゃうと、もう生きていけないという世界ですね。依存して生きていけるというのは、東洋なんです。
 この二つの条件を満たしている国が日本だけなんです。それで寝たきりが多い。日本の悪徳みたいに言われていますが、そういう意味では老人の寝たきりをいかに克服していくのかっていう方法論も、この二つを武器にする他ない。一つは豊かさ、もう一つは相互依存手です。自立というのは、人間にとっては幻想みたいなものですね。自立、自立なんていわれていますが、自立して生活している人なんか、どこにもいないんです。
 人間は一生に3回、他人に頼らなければいけ<0010<ない。子供の時、病気の時、年取った時です。最後の年取った時というのは、長生きした者の特権ですから、援助してもらってありがとうと言えばいいんです。そういう文化をいまだに持っているんですからね。これを使って寝たきりの問題を何とか解決していこうということです。ですから、外国に対して恥ずかしいから寝たきりを減らそうなんていう発想では困るんです。」(三好[1994:9-11])
 *引用:立岩真也[2008:◇](『唯の生』,筑摩書房)

◆二木 立 19941125 『「世界一」の医療費抑制政策を見直す時期』,勁草書房,237p. ASIN: 4326798939 2625 [amazon][amazon] ※, b m/e01 07a

 「[…]慢性疾患・成人病中心の現代にあっては、平均寿命だけで、先進諸国の医療の質(この場合は治療効果、outcome)を判断・比較することはできず、ADL(日常生活動作)やQOL(生活の質)を加味した指標を用いることが不可欠である。しかし、ADLやQOLの世界共通の評価尺度は未確立であり、この面での医療の質の厳密な国際比較を行うことはできない。
 このような制約下にあって注目すべきことは、朝日新聞論説委員の大熊由紀子氏が、早くから(なんと一九八五年から)「寝たきり老人」(彼女の表現を用いると「寝かせきりにしてしまっていたお年寄り」)が多数見られるのは、先進諸国の中では日本だけなことを発見し、これがわが国の老人医療・福祉の立ち遅れの産物であることを、鋭く指摘してきたことである(21)。この事実は、その後厚生省の委託研究でも確認され、その結果は『厚生白書一九九一』(六三頁)にも掲載された(22、23)。」(p.12)
(21)大熊 由紀子 19900920 『「寝たきり老人」のいる国いない国――真の豊かさへの挑戦』,ぶどう社,171p. ASIN: 4892400955 1500 [amazon][boople] ※, b a01
(22)厚生省大臣官房老人保健福祉部老人保健課 1989 『寝たきりゼロをめざして――寝たきり老人の現状分析並びに諸外国との比較に関する研究』,中央法規出版
(23)厚生省 編 199104 『厚生白書〈平成2年版〉――真の豊かさに向かっての社会システムの再構築 豊かさのコスト 廃棄物問題を考える』,厚生問題研究会,402p. ASIN: 4324026173 [amazon][boople] ※(本では『厚生白書一九九一…』とあり)
 *引用:立岩真也[2008:◇](『唯の生』,筑摩書房)

◆樫原朗 19951022「社会保障の変化の概観――イギリスと日本」『今日の生活と社会保障改革』啓文社 pp.49-85
「1970年代、低経済成長下で社会福祉のあり方が見直されたが、1980年代に入り、臨時行革に沿った形で、機関委任事務から団体委任事務への変更等の諸改革をへて、80年代半ば頃から福祉社会へむけての社会福祉システムづくりへ移行してきたといえる。1989年には社会福祉の基本的方向を示した社会福祉関係三審議会合同企画分科会の意見具申『今後の社会福祉のあり方』が出された。それを受けて老人福祉法等八法(福祉六法の生活保護法を除いた五法と社会福祉事業法、老人保健法、社会福祉・医療事業団体を含む)が改正された。その後、それを受けた形で、1993年4月から、老人福祉法および身体障害者福祉法の関係業務の都道府県から市町村への移譲、老人保健福祉計画の策定の義務づけ、あるいは在宅サービスの法規定の明確化等が打ち出された。  その間の1989年には「高齢者の保健福祉分野における公的サービスの基盤整理を進めるために」が出され、12月に「高齢者保健福祉10ヵ年戦略」(ゴールドプラン)が策定され、1990年から実施された。<0070< その内容は多岐にわたるが、中心となるのはホームヘルパーの増員、在宅介護支援センターや特別養護老人ホーム、ケアハウスの緊急整備等の在宅福祉サービスおよび施設サービスである。ゴールドプラン関連の予算は1994年で5,029億円で総事業費でみると1兆2,500億円となっている。厚生省は全国3,250余りの市町村がつくった老人福祉計画の目標値をつみあげ、より現実に即したものにするために修正し新ゴールドプランとした。変わったのは数字だけでなく、特別養護老人ホーム(29万人分)やホームステイの数え方が「床」から「人」に、「寝たきり老人」が「寝かせきり老人」になった。(大熊由紀子、「介護保険、新ゴールドプラン、そして消費税」『社会福祉研究』第61号、p.111-112)」<0071<

◆川上 昌子 19951022 「都市における介護問題の現状」,『今日の生活と社会保障改革』啓文社 pp.249-276
「ちんまりした生き方の先に「寝たり起きたり」がある。さらにその先に「寝たきり」がある。・・「寝たり起きたり」とはADLつまり日常生活能力のことであ<0265<る。その基となるのは身体能力であるが、全く一致するわけではない。室内歩行可のものが15ケース中9ケースである。ベッド上座位保持可が5ケースである。室内歩行可のものが起きて歩くことに不思議はない。むしろ寝るのはなぜかである。ベッド上座位保持可のものは車イスか、介助してもらうか、抱きかかえてもらうかでなければ食堂や風呂場に移動できない。<0266<・・・このように、介護はできる範囲の中でなされているのである。積極的介護はなされていない。とはいえもちろん、それでも大変であり、それしか出来ないのであるから外から非難出来ることではない。だが、その結果として屋内歩行可の身体能力がありながら、座って、あるいは寝ながらテレビを終日みているというか、テレビがつけてあるという暮らしになっている。「寝たきり」とはどういうことか、表8によると、身体能力はさらに低下しているが全介助が必要なものばかりではない。不可能動作は増えているが、それに対応した介護がなされていない。寝たきりにして、オムツをしておく方がむしろ楽だという介護者の話もよくきいた。何よりも指摘したい点は「寝たり起きたり」の生活状況の延長線上に「寝たきり」があることである。寝たきり、オムツ使用が老人病院や特別養護老人ホームの問題点として指摘されるが、在宅でも同じなのである。ただ、在宅の場合は他人の目にはつかないのでわかりにくい。在宅とはブラックボックスだと感じたことであった。<0267<」
 「第二にいえることは介護内容の貧困である。要介護になる以前の高齢期の生活そのものがちんまりと貧弱であるとするならば、介護だけが立派になるわけが無い。介護方法についての知識の不十分さもあろうが、人手も少なく、積極的介護の必要性も感じられていない。「寝たきり」になればそのまま世話するまでである。食べること、排泄の世話、できる限りでの身体の清潔さの保持である。積極的介護は、一般に家族介護ではなしえていなといえる。もし「介護保険」がつくられたとして、このような結果としての「寝たきり」を切り取り、その部分への対応しか考えられないとしたら、「寝たきり」は、家族の中でか、施設の中でか増加し続けることになるのではないだろうか。「寝たきり」は身体状態の老化の当然の帰結ではないことは明らかである。<0275<」

◆西村 周三 19970620 『医療と福祉の経済システム』,筑摩書房,ちくま新書,218p. ASIN: 4480057110 735 [amazon][boople] ※ m/e01

第2章 高齢社会の見通し―経済社会の変貌と医療・福祉の将来
 「[…]「寝たきり老人」をゼロにするという高い理念がある[…]すなわちただ単に要介護者のお世話が大変だから、介護福祉を充実するという<0063<ことにとどまらず、要介護者の自立を支援するということが目標とされている。
 筆者の知る限り、この理念が日本で重要な意味を持つようになったのは、八〇年代のはじめ頃からデンマークをはじめとする北欧諸国の実態を調査し、「寝たきりはゼロにできるのだ」というキャンペーンを展開した大熊一夫氏、大熊由紀子氏、岡本裕三氏らの努力によるところが大きい。彼らの啓蒙活動が次第に普及するなかで、スウェーデン大使館勤務の経験を持つ厚生省若手官僚たちがこれに呼応して、九四年に「高齢者介護・自立支援システム研究会」が設置された。同報告書はこのような彼・彼女らの長い努力の結実である。
 ただ介護保障の現状は、このような理念が掲げるところとはかなりかけ離れている。」 (西村[1997:63-64])
 「たとえばデンマークの国民医療費はイギリスや日本とともに、対GNP費でかなり低い。そしてそれにもかかわらず、介護福祉が充実しているために、国民の満足感は比較期高い。デンマークの現状は、介護福祉サービスの充実が、必要な医療費をかなり軽減する可能性を示唆している。
 そして各国はデンマークの実態を見習って、どのような介護福祉を充実させれば、医療費の抑制が可能かという視点を強く打ち出している。このような見解の歴史的変遷には、もちろん福祉についての考え方の変遷も作用している。心身に障害を有する人々に対するケアは、以前は施設中心の発想であったが、「ノーマライゼーション」の思想が普及すると共に、個々人の「生活」そのものを優先するなかで、必要なケアの提供を行うという発想に転換してきたために、病院中心のケアよりも、在宅ケアを重視するという発想が生ま<0066<れてきた。
 ところが、日本では[…]医療費と福祉費の比率は一〇対一近くになっている。高齢化のスピードと比べれば、その伸びは依然低いと言わざるをえない。」(西村[1997:65-66])
 「終末期の医療費が、一カ月一〇〇万円以上と群を抜いて他の時期の医療費より高いことはよく知られており、もし現在の趨勢でいわゆる「病院死」が増えれば、それだけで二〇<0066<一〇年には、さらに数千億円の余分の医療費を要することになる。またこれはフローの意味で余分に必要とされる額であるが、これだけの死亡者の増加に対処するためには、現状の病床数では、他の患者を追い出さない限り不十分であり、さらに多額の設備投資を必要とする。
 もちろん病院死が、国民の大多数の望むところであるというのなら、国民がそれだけの負担増をあえて甘んじて受けてでも、このような投資が必要と思われるが、はたしてそうであろうか。この種の問題は、一般の市場メカニズムによる解決と違って、大部分が公的資金によってまかなわれるために、真の国民の希望をとらえるのが難しい。たとえば決して「ホスピス」という施設が望ましくないというのではないが、ホスピスに入所している人々には、月間で約九〇万円の費用がかかっている。これに対していわゆる在宅ホスピスに用いられている公的資金は、ヘルパー、訪問看護婦の派遣、往診などを含めた外来医療費など、高く見積もっても月間一〇万円程度にしかならない。これでは、人々が家族介護の負担への考慮を含めて、施設を選ぶのは当然の帰結である。
 このような現状を踏まえるならば、どちらが真の国民の選ぶところかを知るためには、在宅終末期医療に月一〇〇万円程度かけたうえで、そのどちらを選択するかを問うてみる必要がある。したがって長期的視点からは、このような試みを政策的に実行してみることが必<<要なのではないかと思われる。
 ところが残念なことに、さまざまな制度的行き違いが、この種の試みの実現を困難にしている。」(西村[1997:67-68])

◆天本 宏 19991115 「高齢者にとってよい医療とは」,嶺・天本・木下編[1999:89-102]*
*嶺 学・天本 宏・木下 安子 編 19991115 『高齢者のコミュニティケア――医療を要する在宅療養者の生活の質の向上を目指して』,御茶の水書房,法政大学多摩地域研究センター叢書3,249p. ISBN-10: 4275017900 ISBN-13: 978-4275017901 3990 [amazon] ※ a02 a06

 「例えば、摂食嚥下障害、高齢者に対する栄養摂取のあり方は大きな問題である。西洋では食べられなくなったら死ぬのが当たり前という考え方であるが、日本人は、高齢者が、「どうして食べないんですか。鼻腔栄養しても死ぬんですか」と質問される場合が非常に多い。」(天本[1999:89])
 「"we"(年齢、障害に区別なく人間として一緒に生きる)現在のノーマライゼーションという考え方で、障害者も年寄りも同じく、「自立」をキーワードに、できないことだけを助けることにした。ある意味では、冷たい位に徹底的に、合理的な生活支援スタイルをとることである。[…]/いまの日本のお年寄りにとって、自我はむしろ否定されてきたわけで、自我の抑制こそ、三世代が仲良く同居生活する基本原則であった。急に「自立」が目標と言われても困ってしまうことは理解できる。/我々も「寝たきりゼロ作戦」で、お年寄りをどんどん起こすようにしたが、評判は良くなかった。「起きて、私は何をするんでしょう」ということで、お年寄り自身の方向性がはっきりせず、何をしたいという意思がないことに、一番困っているのが実態である。」(天本[1999:92-93])
 *引用:立岩真也[2008:◇](『唯の生』,筑摩書房)

■2000年代

◆新潟日報社 編 20000321 『豊かな年輪――高齢・少子の時代を生きる』,新潟日報事業所,328p. ISBN-10: 4888627991 ISBN-13: 978-4888627993 1680 [amazon][boople] ※ b p02

第2部 介護 行く道けわしく
 寝たきり防止――欠かせぬ家族の協力 pp.91-94
 「中魚沼郡川西町「寝たきり防止」を目的に九八年九月から十二月まで水中運動教室を開催、予想を上回る百人が参加した。その後も「治療した足のリハビリをしたい」「足腰を鍛え直したい」といった強い要望が寄せられたため、現在も週一回、約一時間のペースで教室は継続されている。
 この教室への参加を希望する”待機者”は約百人。町が九九年五月から週三回に回数を増やすほどの人気の背景には、中高年層の「寝たきりにはなりたくない」との切実な思いがある。」(新潟日報社編[2000:91])
 「現在、新潟県の高齢化率(全人口に占める六十五歳以上の割合)は二〇%を超え、「全国をかなり上回る勢いで進行している」(県福祉保健課)。新潟県内の寝たきり老人の数は、全六十五歳以上人口の四・六%に当たる約二万三千人(九八年四月現在)。前年に比べ二千四百人増えている。
 寝たきりや痴ほうを防ぐには、運動や栄養管理など本人の自助努力がまず必要だ。が、自治体による健康づくりの取り組みや家族の高齢者に対する理解、協力も欠かせない。今後の高齢社会では、これら三者が一体となって初めて、健康で快適な老後が実現できる。」((新潟日報社編[2000:94])

大塚 宣夫 2004 「大往生・終いの住処としての施設」,新福監修[2004]*
*新福 尚武 監修 20040521 『老いと死を生きる――老人病院医師へのインタビュー』,老人病院情報センター ,223p. ISBN-10: 4990198301 ISBN-13: 978-4990198305 2100 [amazon][kinokuniya] b a06

 「実際にはいってくる人は寝たきりに加えて脱水状態であったり、低栄養状態であったりする。あるいは大声を出すとか、徘徊する、暴力をふるうといった、活発な問題行動を伴う痴呆老人が大部分でした。ところが、対応する方法といえば、我われが知っているのは医療技術だけですから、それを駆使して、なんとかこの人の状態をコントロールしようと思う。そうすると、落ち着く先は点滴だったり、強い鎮静剤という話になるわけですよ。  ある時、気がついたら、私は一生懸命やっているのに、よその悪徳病院といわれるところと結果はそんなに違わなかった。これが結構ショックだったんです。ほどなく医療保険の支払い機関から、お前の病院は医療費がかかりすぎて怪しからんと呼びだしを受けたんです。私としては治療でお金を稼ぐためにやっているわけじゃなかったのに。そこで、もうそんなにいわれるなら、点滴もなにもしないで様子をみてやるよとばかりに、ぜんぶやめてしまったんですよ。医師や看護師はやることがないから、患者さんの傍に行って遊んだり、寝ている患者さんを起こしてレクリエーションなんかするでしょ。それまでは入院してだいたい一ヶ月もすると寝たきりになっていたのが、寝たきりにならなくなってきた。痴呆の人なんかも薬を使わなくても結構落ち着いてきた。
 この体験でケアの大切さを知り、今までの医療を中心とした対応が、いかに無力かというよりも、有害かを思い知らされた。」(大塚[2004:142-144])

◆吉本 智信 20041201 『寝たきり者の生存余命の推定――損害賠償額算定における統計の役割』,自動車保険ジャーナル,237p.ISBN-10: 4303850020 ISBN-13: 978-4303850029 4830 [amazon] ※

◆保健医療福祉キーワード研究会 20080701 『保健医療福祉くせものキーワード事典』,医学書院,260p. ISBN-10: 4260006169 ISBN-13: 978-4260006163 2100 [amazon][kinokuniya] ※ n01.

 ◇◇ 20080701 「寝たきり老人」,保健医療福祉キーワード研究会[2008:20-26]
 寝かせきり老人/寝たきり起こし/寝たきり度/「処遇」概念/寝ていたい老人

「1968年には全国社会福祉協議会の「居宅寝たきり老人実態調査」が実施され、その結果は新聞やテレビなどで報道された。「高齢者問題を初めて本格的に検討した『昭和45年版白書』も、この全社協調査を詳しく紹介」[二木1996]している」(◇◇[2008:22])

二木 立 1996 「公的介護保険の問題点」,里見賢治ほか『公的介護保険に異議あり――もう1つの提案』,ミネルヴァ書房:103-104

「寝たきり老人たちは、はじめ地域の片隅にひっそりと暮らしていた。その実態は明らかでなく、寝たきり老人を「発見」していく運動が必要であったのだ。これらの運動は、隠れた寝たきり老人の存在とともに、在宅医療や生活支援の必要性を示し、参加した保健・医療・福祉関係者や市民・高齢者の行動や発言を通じて、寝たきり老人のことを広く社会問題化した。
「だまってみてはいられない」を合いことばに、1976年から東京の東部下町の6区(足立、葛飾、墨田、荒川、江戸川、江東)で行われた「東部地域ねたきり老人実態調査懇談会(代表・増子忠道)の活動は、その代表的な例である」23

「1990年代から、厚生省(当時。以下略)の示した分類方法(「障害老人の日常生活自立度(寝たきり度)判定基準」=JABCの四段階に分けるもの)が広く使われている。「寝たきり度」は厚生省がこの分類に公式につけた通称である。
実は、一見すると厚生省分類とやや似ており、おそらくその原型となったと思われるADLの分類に、二木立(日本福祉大学教授、元代々木病院リハビリテーション科医長)が脳卒中の早期リハビリテーションにおける予後予測の研究で用いたものがある[二木・上田1992]。
これは脳卒中患者のADLを全介助、床上自立、屋内自立、屋外自立に分類したもので、分類の基準は、先の厚生省基準よりはるかに緻密である。年齢などの因子と組み合わせ、入院して早期に予後を予測するために用いられてきた。
この分類のカテゴリーに「寝たきり」ということばは用いられていない。ADLという客観的な能力障害の尺度を表現するうえで、それは実は当然のことであった。
前述したように、「寝たきり」ということばで表現されているものには、"寝たきりでいる"という客観的な状態と"寝かせきりで置かれてきた"という「処遇」的な状態の両側面がある。その人が寝たきりでいないために必要な介護や器具が何なのかを正確にとらえるために、このふたつの意味は峻別する必要がある。
厚生省のJABC分類は、「寝たきり度」という通称をみずから名乗ることによって、行政のあいまいな姿勢を露呈させたといえる。」24

二木立・上田敏1992「脳卒中の早期リハビリテーション(第2版)」医学書院


■cf.

◆立岩真也 2007/01/26 「おわりに――よい死・18」,『Webちくま』[了:20070126]

 「第二に、どの範囲にどの程度知られどの程度の影響力があったのかわからないが、「欧米の事情」が伝わり、「福祉先進国」でも「延命」は行なわれていないことか言われる。一般に、とくに短期の海外――に限らないが――研修・見学の場合、見たいものがあって、それを確認して帰ってくるということはある。またたいがい見させられるものは、熱心に取り組まれうまくいっているところであり、先進的な事例であるから、その他の事情はわからないままということがある。ただそれでも、時にはだからこそ、それは積極的な役割を果たすことがあった。例えば北欧はしかじかであるという報告は、遅れた日本の状況を改善すべきであるという話に結びついてきた。デンマーク他には「寝たきり老人」がいないという報告にもそのような効果があった。ただ、そのことを知り、肯定しつつも、それがどうして成り立っているかと思った人のなかに、そこでは、たんにケアが充実しているというだけでなく、あるいはそのケアを充実させるためにも、ある時点で医療を停止していることを知り、そのことを報告する人たちがいる。別の人たちはそのように受け止めなかったかもしれないし、たんに知らなかったのかもしれない。あるいは、このことは言わない方がよいと思ったのかもしれない。ただ、ある部分ではそのことは言われるし、そのまたある部分においては、それはしだいに共通の了解になっていったのかもしれない。」

◆立岩 真也 2008 『唯の生』,筑摩書房

第3章 有限でもあるから控えることについて――その時代に起こったこと
1 その時代に起こったこと、のために
 1 はっきりした早くよくわからない変化
 2 短絡
2 一九八〇年代
 1 老人病院批判
 2 寝たきり老人のいない国
 3 もう一つの発見
 4 要約
3 確認
 1 なおす/とどまる:本人において
 2 なおす/とどめる:援助者他において
 3 寝たきり/自立
 4 控える本人と控えさせない家族という図
4「福祉のターミナルケア」
 […]

 第3章「有限でもあるから控えることについて――その時代に起こったこと」註02

 「一九八〇年代から一九九〇年代は今も生きている人たちの多くが生きてきた時代である。ただそうであっても、もう記憶が曖昧になってしまっている部分がある。また、後になって何が起こったのかがわかるということもある。当時の言説について、天田城介氏から多くを教示していただいた。また今後の研究をグローバルCOE生存学創成拠点の研究の一環として、天田氏が指導する「老い研究会」が展開することになる。これまでの成果として、坂下・伊藤 ・野崎・田島[2007]「一九七〇年代のリハビリテーション雑誌のなかの「寝たきり老人」言説」)、田島・坂下 ・伊藤・野崎[2008]「一九八〇年代のリハビリテーション雑誌のなかの「寝たきり老人」言説」、仲口・有吉・堀田[2007]「一九九〇年代の「寝たきり老人」をめぐる諸制度と言説」、仲口・北村・堀田[2008]「一九九〇年代〜二〇〇〇年代における「寝たきり老人」言説と制度――死ぬことをめぐる問題」、有吉・北村・堀田[2008]「一九九〇年代〜二〇〇〇年代における「寝たきり老人」言説と医療費抑制政策の接合」。またホームページに「老い」(老い研究会[2007-])等の資料――http://www.arsvi.com「内」を「老い」で検索すると見つかる――を掲載している。」(立岩[2008:◇])

UP:20070403 REV:20070509, 20071220, 20080726, 20080819, 20090224
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