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こくりょう(旧国立療養所)を&から動かす
 ※情報の増補・更新の大部分は上記の頁で行なっています。ご覧ください。


■目次

文献(別頁)

〜2015
生存学HP内関連項目:事項/人
関連団体
関連ホームページ
出来事/記事
年表



岩崎 航 i2019 インタビュー 2019/12/08 聞き手:立岩 真也 於:仙台市・岩崎氏宅 ※

◆2019/07/15 「4月死去 支援者や患者 新しい選択肢」
 『中日新聞』2019-07-15 https://www.chunichi.co.jp/hokuriku/article/news/CK2019071502000212.html
 →◇古込 和宏

◆2019/07/15 「4月死去 支援者や患者 新しい選択肢」
 『中日新聞』2019-07-15 https://www.chunichi.co.jp/hokuriku/article/news/CK2019071502000212.html
 →◇古込 和宏

■新着

岩崎 航 i2019 インタビュー 2019/12/08 聞き手:立岩 真也 於:仙台市・岩崎氏宅 ※

◆2019/07/15 「4月死去 支援者や患者 新しい選択肢」
 『中日新聞』2019-07-15 https://www.chunichi.co.jp/hokuriku/article/news/CK2019071502000212.html
 →◇古込 和宏

◆2019/06/24 「筋ジス病院の地域移行」
 第28回全国自立生活センター協議会協議員総会・全国セミナー 2019年6月24日(月)仙台市中小企業活性化センター(5F) 15:00-17:00
 立岩「動かなかったものを動かす」

◆2019/06/01 筋ジスの自立生活とは?――筋ジス病棟から自立生活へ,西宮市

◆2018/12/24 第33回国際障害者年連続シンポジウム・筋ジス病棟と地域生活の今とこれから,於:京都テルサ

◆古込 和宏 2018/12/24 「地域移行2017年秋於金沢」,第33回国際障害者年連続シンポジウム・筋ジス病棟と地域生活の今とこれから

◆立岩 真也 2018/12/15 『病者障害者の戦後――生政治史点描』,青土社 文献表

◆坂野 久美 2018 「筋ジストロフィー患者が大学に行くということ――立命館大学の事例をめぐって」,『Core Ethics』14:223-235 

立岩真也『不如意の身体――病障害とある社会』表紙 立岩真也『病者障害者の戦後――生政治史点描』表紙 立岩真也『不如意の身体――病障害とある社会』表紙 立岩真也『病者障害者の戦後――生政治史点描』表紙

[表紙写真クリックで紹介頁へ]

◆立岩 真也 2018/06/01 「連載・146」,『現代思想』46-(2018-06):-

◆立岩 真也 2018/05/01 「連載・145」,『現代思想』46-(2018-05):-

◆古込 和宏 2018/03/17 「あたり前の生活を取り戻すために」,障害と人権全国弁護士ネットシンポジウム in 金沢

◆古込 和宏 2017/04/01 「伴走者とともに」

◆宮本 研太→金沢市長 2017/03/29 「介護支給量申請にあたって」 [PDF]

◆古込 和宏 2017/03/24 「皆様へ」

◆古込 和宏 2017/02 「「この問題」」

◆古込 和宏 2016/10 「地域移行に際し医王病院と新潟病院の副院長宛て挨拶としての紹介文」

◆古込 和宏 2016/09 「病院からの発信」

◆立岩 真也 2016/07/01 「国立療養所・4――生の現代のために・14 連載・125」,『現代思想』44-(2016-7):

◆(匿名) 2016/03 「長期入院患者の生き辛さと苦悩、自己の存在と生存を懸けて」
 http://www.arsvi.com/2010/20160307a.htm

◆(匿名) 2016/03 「互いに殺し合う存在」
 http://www.arsvi.com/2010/20160306a.htm

◆立岩 真也 2016/04/01 「国立療養所――生の現代のために・11 連載・122」,『現代思想』44-(2016-4):

 「★01 存じあげない、たぶん四〇台のデュシェンヌ型の筋ジストロフィーの方からメールで原稿を送っていただき、掲載している。匿名を希望されているので、(匿名)[2016]と表示する。一般に、(今どき)病院は「地域移行」に反対ではないが――そして経営が絡んで、強く求め、それを受け入れざるをえないことも一方ではあるのだが、筋ジストロフィーに関しては――身体の状態がよくない危険だということ、家族の同意が得られない(だから難しい)といったことが言われることがある。前者について。危機的な状態になることはありうる。(デュシェンヌ型の)筋ジストロフィーについて、自発呼吸の困難への対応はなされているが、心臓の機能については難しい。ただ、救急車と、病室での対応と、どちらがどの程度違うかといったことはわかった上での決断であれば、それを受け入れない理由はない。後者については、むろん「筋」としては不当である。ただ、その不当なことが言われることは多いようだ。
 とにかく普通人はわざわざものを書いたりしない。そんな余裕はない。四巻本を出せる人(たち)とそうでない人(たち)と違うのだ。そんななかでは、横田弘はわりあいものを書いた方の人だった。前号でも紹介したが、その人との対談(横田・立岩[2002][2008])を含む本(横田・立岩・臼井[2016])が四月初めに発売になる。」

◆立岩 真也 2016/03/01 「生の現代のために・10(予告)――連載・121」,『現代思想』44-(2016-3):

◆立岩 真也 2016/02/01 「国立療養所/筋ジストロフィー――生の現代のために・9 連載 120」『現代思想』44-(2016-2):-


■生存学研究センター関係者による文章[PDF/テキストデータあり]

伊藤 佳世子 20100331 「長期療養病棟の課題――筋ジストロフィー病棟について」,『Core Ethics』6:25-36 
伊藤 佳世子 20090606 「長期療養の重度障害者の退院支援――筋ジストロフィー患者の事例から」 第7回福祉社会学会予稿 於:日本福祉大学
伊藤 佳世子 2008/03/01 「筋ジストロフィー患者の医療的世界」,『現代思想』36(3)(特集:患者学――生存の技法)青土社,156-170
伊藤 佳世子・田中 正洋 20070916-17 「筋ジストロフィーの「脱ターミナル化」に向けて:筋ジストロフィー患者の国立病院機構筋ジス病棟の生活と自立生活の比較から」障害学会第4回大会 於:立命館大学
◆大山良子・伊藤 佳世子・河原 仁志・高阪静子・林典子・田中環 20090927 「長期療養の重度障害者の地域移行における支援方法の検討――筋ジストロフィー患者の地域移行事例から」障害学会第6回大会・報告要旨 於:立命館大学

◆杉本健郎/立岩真也(聞き手) 2010/03/01 「「医療的ケア」が繋ぐもの」『現代思想』38-3(2010-3):52-81



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■〜2015

◆2015/07/10 「24時間介護」ほぼ認定 「生活に不可欠」 筋ジストロフィーの林さん」
 朝日新聞デジタル 2015年7月10日・静岡
 http://apital.asahi.com/article/news/2015071000020.html

 「筋ジストロフィーを患い、人工呼吸器を装着している男性が「生活には24時間介護が欠かせない」として、住んでいる自治体と交渉した結果、介護サービスを1日23時間半まで受けられることになった。患者を支援する「介護保障を考える弁護士と障害者の会全国ネット静岡弁護団」が8日、明らかにした。
 長時間介護を必要とする人のための「重度訪問介護サービス」は、障害者総合支援法による制度で利用者の自己負担(所得に応じて減免)以外の費用は国や自治体が負担する。支給時間は自治体で決める。弁護団によると、全国で、裁判で争われているが、交渉で24時間に近いサービスが認められたのは珍しいという。
 サービスの支給量が増えたのは、県内で一人暮らしをしている林宏隆さん(40)。弁護団によると、林さんは子どものころに筋ジストロフィーと診断され、徐々に全身の筋力が低下。今は眼球や唇、指先などのほかは自力で動かすことが難しい。1999年からは人工呼吸器を使っている。」
 …「続きはログイン・ご購入後に読めます」

◆2015/03/19 「iPSで難病「筋ジス」治療に道 京大など新技術」
 2015/3/19 1:33 日本経済新聞 電子版
 http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG18HA8_Y5A310C1CR8000/

 「京都大と国立精神・神経医療研究センターは、ヒトのiPS細胞を使って筋肉の難病である筋ジストロフィーを治療する技術を相次ぎ開発した。iPS細胞から作製した筋肉の細胞を病気のマウスに移植し、筋肉の働きを回復する効果を確かめた。根本的な治療法がない筋ジストロフィーの治療につながる。早期の臨床研究を目指す。19日から横浜市で開く日本再生医療学会で発表する。
 筋ジストロフィーは筋肉が萎縮する病気で、症状が… [有料会員限定] この記事は会員限定です。電子版に登録すると続きをお読みいただけます。」

◆2015/03/19「指定難病、196疾患追加=助成対象確定、患者150万人に?厚労省」
 時事通信社
 http://jp.wsj.com/articles/JJ11113400650217114015316530500043685952412

 「難病法に基づき医療費が助成される「指定難病」について、厚生労働省の検討委員会は19日、2次実施分として196疾患を選定した。一般からの意見募集を経て正式決定し、7月から助成が開始される。当面の助成対象となる計306疾患が確定、患者数は約150万人に拡大する。
 新たに選ばれたのは、全身の筋肉が萎縮する「筋ジストロフィー」(患者数約2万5400人)、骨が弱く変形する 「骨形成不全症」(同約6000人)、発育が進まず早期に老化する「コケイン症候群」(同100人未満)など。
 検討委は、厚労省研究班の研究事業や子どもの難病助成の対象で、十分な情報が得られた計615疾患から、2次実施分を選定。要件を満たすと判断した225疾患について、類似する疾患を統合したり、一つの疾患を複数に分割したりして196疾患に整理した。
 がんや精神疾患など難病法以外の法律で対策が進められている疾患も除外した。3次実施分は秋以降に情報収集を始め、来年度中に具体的検討に入るという。
 助成されるのは、原因不明で長期療養が必要▽患者数が人口の0.15%(18万人)未満▽客観的な診断基準が確立?などの要件を満たす疾患で、軽症者は原則として対象外となる。
 難病患者への医療費助成は、昨年5月の難病法成立で法制化され、検討委は先行して110疾患を指定難病に選定。今年1月から約120万人を対象に助成が始まっている。」(全文)

◆2014/11/27 「iPS細胞を使った遺伝子修復に成功――デュシェンヌ型筋ジストロフィーの変異遺伝子を修復」
 京都大学iPS細胞研究所 https://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/pressrelease/news/141127-221916.html

◆筋ジストロフィー患者のための遺伝子データベース - ホーム
 http://integbio.jp/dbcatalog/record/nbdc01363
 「福山型筋ジストロフィーの遺伝子データを登録・管理するデータベースです。データは原則公開されず、日本筋ジストロフィー協会が運営する「神経・筋疾患医学情報登録・管理機構」で厳重に管理されます。登録されたデータは個人情報と医学的データに分けられ、前者は患者さんに治験情報を提供するために利用され、後者は今後の医療に役立てられます。」

◆奥迫 了平 2010/08/10 「法律通りじゃ生きられない」  『ニュースの卵』http://www.newstamago.com/news/2010/08/2010081001.html
 「「自宅で暮らしたい」という当たり前の願いだが、重度の障害を抱える人がそれを実現するのは非常に難しい。介護する家族には、大きな負担がのしかかる。特に問題なのが、医師や看護師にしか許されない「医療行為」の存在だ。しかし、彼らが常に付き添っているのは不可能であり、家族やヘルパーが代わりに行う「法律上のグレーゾーン」があるのが実態だ。自宅で生活を続ける筋ジストロフィー患者の日常に密着した。」(7分9秒)


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■生存学HP内関連項目

▼事項
出生前診断
難病/神経難病/特定疾患

▼人
芦刈 昌信
石坂 直行
植田 健夫
石川 左門
石川 正一
石井 誠
岩崎 航
植田 健夫
斉藤実
坂本 昌文
鹿野 靖明
高野 岳志
高橋 雅之
土屋 貴志
土屋 竜一
轟木 敏秀
野口 俊彦
春山 満
藤田 紘康
藤原 勝也
福嶋 あき江
古込 和宏
山田 富也
山田 秀人
山田 寛之
渡辺 正直

伊藤 佳世子


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■関連団体

日本筋ジストロフィー協会
ありのまま舎
cf. ◆ベンチレーター使用者ネットワーク ※ベンチレーター=人工呼吸器


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■関連ホームページ

◆佐々木隆光さん 「☆自由気ままに・・・・☆」
 http://www.venus.dti.ne.jp/~takateru/index.html
土屋 竜一 『RYUICHI'S STUDIO』(1998-)
 http://t-groups.com/ryuichi
◆「轟木敏秀のホームページ」
 http://www.synapse.or.jp/~tosichan/index.html
 轟木敏秀『光彩』(インターネット復刻版)
 http://homepage2.nifty.com/htakuro/todoroki/kousai/kousai_top.html
◆NaoNao Home Page
 http://www2.saganet.ne.jp/naoyuki5/main.html
 (佐賀県在住の筋ジストロフィー患者である松尾直行さんのページ)
◆MLD homepage
 http://www2q.biglobe.ne.jp/~jura/mld
 「異染性白質ジストロフィー(MLD)は遺伝子の異常で、有害な物質が脳内に蓄積していく遺伝子病で、治療法はありません。患者の親の立場から、書籍などを通じてもほとんど情報が手に入らない先天性代謝異常症の情報提供と家族の交流をめざすホームページを作りました。」
◆わがままねっとほーむぺーじ
 http://www.bekkoame.or.jp/~k-mamoru/
◆恵美子の扉へようこそ
 http://www.marinet.or.jp/po/ishiguro/
◆時遊神の世界
 http://www.bnn-net.or.jp/~t-nakata/
◆a collection of poems
 http://www.joho-yamaguchi.or.jp/seguchi/sishuu/poem.htm
◆坂間弘康アートギャラリー
 http://www.city.fujisawa.kanagawa.jp/~7k4aba/hiro_artg.html
◆todoroki's home page
 http://www.synapse.or.jp/~tosichan/index.html
◆だあこのINDEX
 http://www.synapse.or.jp/~dahco/index.html
◆高橋一也のホームページ
 http://www.pluto.dti.ne.jp/~rk-kazz/index.html
◆Yasuhiro Chuma home page
 http://www.dolphinnet.or.jp/~chuman/www/index.html
◆長岡功治のホームページ
 http://www.butaman.ne.jp:8000/~umigame/
◆GAOH BAND
 http://www.st.rim.or.jp/~tany/gao/index.html
◆パコさんわ〜るど
 http://www2b.meshnet.or.jp/~pakosan/index.htm
◆遊矢’sハウス
 http://www.avisnet.or.jp/~yuyachan/
◆稲ちゃん☆HEARTFUL HOUSE
 http://www.tt.rim.or.jp/~inachan/

◆Muscukar Dystrophy Association (MDA)(米国筋ジストロフィ協会)
 http://www.mdausa.org
 (筋ジストロフィだけでなく、ALSやシャルコー・マリー・トウース病、多発性筋炎、重症筋無力症など筋肉の萎縮、筋力低下をきたす疾患を全部を対象としており、それらの情報を流している)


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■出来事/記事

◆2014/09/19 「ALS治療にも光か 筋無力症マウスの遺伝子治療に成功」
 『朝日新聞』2014年9月19日03時05分
 http://digital.asahi.com/articles/ASG9L5H5HG9LULBJ00R.html?iref=comkiji_txt_end_s_kjid_ASG9L5H5HG9LULBJ00R

 「全身の筋力が衰える筋無力症のマウスを遺伝子治療で回復させることに成功したと、東京大医科学研究所の有村純暢(すみまさ)助教と山梨裕司教授らのチームが発表する。19日付の米科学誌サイエンスに論文が掲載される。筋肉や神経に異常がある筋ジストロフィー筋萎縮性側索硬化症(ALS)など、他の病気でもこの遺伝子治療が有効な可能性があるという。
 筋無力症は、神経から筋肉に信号を伝えているつなぎ目の部分をきちんと形作れない病気。このうち、つなぎ目を作るのに必要なたんぱく質が十分にできないために起こるタイプは世界で数百人以上の患者がいると推定されている。
 チームは、このタイプの病気のマウスの腹に、つなぎ目を形作るのに必要なたんぱく質を作る遺伝子を組み込んだウイルスを注射した。すると、つなぎ目が大きくなり、健康なマウスと同じくらいの握力やぶら下がる力がついたという。この病気になると寿命は2〜3週間だが、治療すると1年以上延びた。
 また、筋ジストロフィーの一種を発症したマウスにも同じ治療をしたところ、歩けるまで回復。治療しないと40日前後で死亡するが、70日前後まで生きた。
 ALSなどでも神経と筋肉のつなぎ目がうまく形作られないことがある。研究チームは、この方法を他の治療法と組み合わせることで、効果的な治療ができるかもしれないとしている。(合田禄)」

……

◆斎藤有紀子 19970127 「受精卵着床前遺伝子診断の倫理問題に関する要望書」

◆玉井真理子 19971201 「厚生省・筋ジス研究班での報告」

◆19990213
 日本筋ジストロフィー協会公開シンポジウム「遺伝子医療における社会的・倫理的問題を考える」

◇遺伝子医療でシンポ  13日東京で筋ジストロフィー協会主催
 (1999-02-05-08:22『共同通信ニュース速報』)
「日本筋ジストロフィー協会は「遺伝子医療における社会的・倫理的問題を考える」と題した公開シンポジウムを二月十三日(土)午後、東京で開く。
 鹿児島大医学部の倫理委員会が一月末、デュシャンヌ型筋ジストロフィーを対象に受精卵遺伝子診断の臨床応用を承認したことや、米国で筋ジスの遺伝子治療が数年のうちに実施されるといわれていることなどを受け、遺伝子医療に絡む倫理的、社会的問題を考えるのが目的という。
 当日は、医療、生命倫理や法律などの立場から四人の専門家が講演した後、筋ジスの患者と家族を交え討論する。
 シンポは遺伝子性筋疾患の根本治療への基盤研究に関する厚生省研究班と共催で、十三日午後一時半から千代田区二番町二の東京グリーンパレスが会場。参加申し込みは不要で、入場無料。
 問い合わせは同協会、電話03(5273)2930。」

「人工呼吸器利用者への派遣」
 「自薦ヘルパー(パーソナルアシスタント制度)推進協会の事業者向けマニュアル(その3)」より 『全国障害者介護制度情報』2001年1月号掲載

◆筋ジス原因遺伝子特定
◇老人研阪大 発症の仕組み一部解明
 (『日本経済新聞』2001年11月9日(金)朝刊)
「 全身の筋力が低下する筋ジストロフィーの一種「サンタヴォリ病」の原因遺伝子を東京都老人総合研究所と大阪大の研究者らが見つけた。発症の仕組みの一部も解明され、効果的な治療法のない難病の治療法開発の足掛かりとなると期待されている。
 サンタヴォリ病は筋肉だけでなく脳や目の発達異常を伴うのが特徴。日本で毎年数十人の患者が見つかる「福山型」の筋ジスと症状が似ている。正確な患者数は把握できていない。
 老人研の遠藤玉夫室長と阪大の戸田達史教授らはヒトゲノム(人間の全遺伝子情報)のデータや、患者やその家族の遺伝子の統計的な調査をもとに原因遺伝子を突き止めた。
 この遺伝子は「糖転移酵素」と呼ばれる酵素を作り出す。この遺伝子に異常があると、「糖鎖」という物質を筋肉細胞表面のたんぱく質の上に作ることができなくなり、その結果、筋肉細胞が死んだり性質が変わったりして病気が発症すると考えられる。」


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■年表

■筋ジストロフィー病棟の歴史   作成:伊藤 佳世子・立岩真也

◆1960(昭和35)年 国立西多賀療養所において全国で初めて筋ジストロフィー症児の長期入院を認める。

◆1964(昭和39)年 全国進行性筋萎縮症児親の会結成(東京 日本都市センター)
         全国重症心身障害児を守る会 スタート
・厚生省は「進行性筋萎縮症児対策要綱」を発表し、発病原因及び治療法研究に着手するため、第一次筋ジス医療機関を指定し、国立西多賀療養所と国立療養所下志津病院に各20ベッドの専門病床を設けるとした。(当時、厚生省では筋ジス児が14,5歳で亡くなっていたことから実数の把握が出来ずにいた。筋ジス児の親は入所希望を出し、殺到、厚生省は9施設9道府県に設置)

◆19640317、18 徳田、川崎ら、関係議員を通じ衆、参両議院に請願

◆19640506 厚生省進行性筋萎縮症対策要綱発表
 要綱では、進行性筋萎縮症の発病の原因および治療法研究に着手するため、干葉県四街道町の国立療養所下志津病院、宮城県仙台市鈎取の国立西多賀療養所内に、各20ベットの専門病床を設けることを規定

◆19640615 広島県の原療養所に10床の専門病床の設置発表

◆19640810 石垣原病院、刀恨山病院、八雲療養所、徳島療養所にそれぞれ10床設置

◆19640903 鈴鹿病院に10床指定
 →全国8ブロック8療養所合計100床の筋ジストロフィー用ベッド指定

◇1964(昭和39)年 国立療養所で筋ジストロフィー児の受け入れを始める。100床

◆厚生省「進行性筋萎縮症対策要綱」発表
 @収容患者の選定、治療方針の確立、教育の機会の確保
 A積極的リハビリテーションサービスの推進
 B研究の推進・大学との協力
 C医療費は保険診療の80%とし、療育医療については検討

◆1965(昭和40)年 第二回全国大会。「全国進行性筋萎縮症児親の会」を改め「日本筋ジストロフィー協会」と改称。
・厚生事務次官通知「進行性筋萎縮症にかかっている児童に対する療育について」

◆1965(昭和40)年 国立療養所に限り、児童福祉法の育成医療制度が適用される。

◆1965〜66(昭和40〜41)年 院内教育普及

◆1966(昭和41)年 就学調査を行なう(67.1%が就学猶予、養護学校が15.1%)(※2)
・中央児童福祉審議会、意見具申
 @進行性筋萎縮症の児童福祉法上の取り扱いを明確にすること
 A進行性筋萎縮症児の病床を増設すること
 B進行性筋萎縮症の発生予防及び治療方法を究明すること

◆1967(昭和42)年 国立療養所のベッド580床になる。
・厚生事務次官通知「児童福祉法の一部を改正する法律の施行について」
 @国立療養所への治療等の委託について
 A進行性筋萎縮症児について障害の態様から見て肢体不自由として処遇
 B国立療養所へ委託できる肢体不自由は、進行性筋萎縮症に限る
 C在所期間の延長等について

◆1968(昭和43)年 初めての筋ジストロフィー専門病棟ができる(国立西多賀療養所)。

◆1969(昭和44)年 進行性筋萎縮症による肢体不自由者の国立療養所への入所措置の実施。

◆1970

 「その頃、西多賀療養所では、中学生まではべッドスクールという分校形態がとられていました。べッドスクールに在学していない患者も皆協力して年に一度文化祭を行い、私達は自費出版の詩集を△084はじめ、自分で作製した七宝焼やぬいぐるみを売ったりしたものです。また、ちょうど同じころできた患者自治会(昭和四五年発足)では、全国の筋ジス病棟の所在地や研究機関の予算などを模造紙に書き、病気の実態を訴えたりしました。これは、私遠患者自らが社会に対して訴えた最初のもので、これを契機に、病院の内部にとどまらず、外部に対してち働きかけることを知りました。このように、患者自身が何かしようとすると、職員達にも協力したいという姿勢が生まれ、自然にコミュニケーションがとれ、動けない者だけが集まった病棟であってち、明るさが出てきました。」(山田[198311:84-85])

◆1971(昭和46)年 進行性筋萎縮症による肢体不自由者の社会福祉法人等医療機関への入所措置の実施。
・「進行性筋萎縮症患者を救う会」発足。筋ジス国立研究所設立署名運動行う。

◆1970年代初め(昭和40年代後半) 電動車椅子が導入され始める。しばらくは自己負担額が高かった。

 研究所設立運動

◆1973

 八田代議士の紹介で日程を打ち合わせて、総理大臣陳情の日が昭和四十八年八月二十三日と決まった。
 いよいよ大詰め、いちかばちか決まる日である。
 八田先生に付き添われ、代表五名が応接室に招き入れられて首相のおいでを待つた。やがて田中角栄首相が軌務室の扉をあけて応接室に現われ、八田先生からわれわれが紹介された。
 首相は私を右側の、榊枝氏を左側の椅子に招じてすわらせた。
 陳情の主旨を一通り聞かれて首相は、
 「私はかねがね大変気の毒に思っていた。この研究所は必ず作ります」△134
ときっばりといわれた。
 いささかの疑問も残さぬ明快な答えで、前々からはっきり決断しておられたことは明白であった。しかも注目すべきは、「この予算は枠外」と何回も秘書官に念を押されたことである。それは首相の並々ならぬ決意を示すものであった。
 もし研究所の予算を、厚生省の予算の中から出すとすれば、ほかの子算を圧迫し、ひいては研究所の予算も十分に取れなくなる恐れがあるからである。
 われわれは「百億円つけてほしい」とお願いしたが、金額に関してその場では可否の言葉はなかった。しかし、肯定的に受け取られたことは次の事実によって明らである。
 後日、総理府の機関誌『政府の窓』に、田中首相と斎藤厚生大臣が話し合われて「筋ジス研究所には百億でも二百億でも出そうではないか」といわれたことが出ていた。
 私は首相のこの言葉を聞いたとき、全身に衝撃を受け、すべてが突然夢幻の世界に変わったように思えた。
 涙がとめどもなく溢れて、お礼をのべる声もつまってしまった。△135
 「天にも昇る心地」とはこのことだろう。陳情が終わって、足も地につかぬ思いで控え室にかえり報道陣に囲まれた。
 「ああこれで研究所ができる、これが世界の筋ジス研究のメッカになる」と思うと、また新たな涙が溢れて止まらなかった。
 翌日の自民党の機関誌『自由新報』の第一面トップに大見出しで、写真をのせ、「涙、涙、首相、筋ジス研究所に百億約束」
と報じていた。朝日、毎日、読売、その他市販の各紙も大きく取り上げてくれ、テレピ、ラジオも報道してくれた。
 私はこれで万事解決と考えた。「枠外で百億円くれるのだから厚生省も文句はないだろう」と。」(近藤[])
 →田中辞任で頓挫〜規模縮小

◆1975(昭和50)年 作業療法棟が整備開始。

◆1976(昭和51)年 デイケア棟の整備開始。(在宅患者支援)

◆1978(昭和53)年 国立神経センター完成 武蔵国立療養所に。

◆1980(昭和55)年 高齢化対策として「成人化対策病棟」整備が開始。

◆1982(昭和57)年 秋田国立道川療養所に筋ジス成人病棟開設。

◆1986(昭和61)年 国立病院、療養所の再編発表。

◆1990(平成2)年 在宅人工呼吸療法に社会保険適用、在宅人工呼吸器貸し出し事業が始まる。

◆1991(平成3)年(尼崎)筋ジストロフィーをもつ玉置真人くんの公立高校の不合格決定取り消しを求め訴訟(92.3.13)神戸地裁「不合格処分は違法」の判決。
(裁判の中で、学校側は不合格にした理由を「学力だけでなく総合的能力」から判断したとのことであり、玉置君側は学力を基準にすべきだと訴えた。試験結果は、「受験者上位10%以内」でありながら不合格になったことから訴訟になる。この裁判の判決が出る平成4年までは普通学校に行くには親がずっとついていなくてはならないなどの条件がつけられているところが多く、それにより養護学校に行かざるを得ない方も多かった。)

◆1991〜92(平成3〜4)年 筋ジスベッド2,500床の予算計上をされる。

◆1991(平成3)年 パソコン通信事業に取り組む。

◆1992(平成4)年 筋ジストロフィー協会で全国福祉ネット「夢の扉」を始める。

◆1993(平成5)年 『福祉用具の研究開発及び普及の促進に関する法律』施行。

◆2003(平成15)年 『支援費制度法』施行。
・『身体障害者福祉法に基づく指定居宅支援事業者等の人員、設備及び運営に関する基準』施行。
・『指定身体障害者更正施設等の設備及び運営に関する基準』施行。

◆2004(平成16)年 全国の国立病院・療養所が独立行政法人国立病院機構へ移行。

◆2005(平成17)年 在宅におけるALS以外の療養患者・障害者に対するたんの吸引の取り扱い認められる。(医政発第0324006号)

◆2006(平成18)年 障害者自立支援法 筋ジス病棟は医療法上の施設から、障害者自立支援法の療養介護指定を受ける施設へと転換。「措置」から「契約」へ



◆1960(昭和35)年 国立西多賀療養所において全国で初めて筋ジストロフィー症児の長期入院を認める。

◇「仙台にある肢体不自由児施設、整肢拓桃園の園長高橋孝文先生の紹介で、止むなく引き受けたと言うのが実情であった。…昭和35年と言えば、我が国が漸く戦争の荒廃から立ち上がり、どうにか戦前の生産水準を超えようとした頃であった。民心にも多少のゆとりが見え始めた年代だった。国立病院、療養所は軍や医療団の病院を引きついだもので、団体は大きいが、朽ちかけたバラックが建ち並ぶ殺風景な病院であった。
 …高橋園長から電話があった。筋ジスで困っている一家があるから西多賀で引き受けてくれないか、と言うのである。私は筋ジスのことは何も知らなかったが、治療法もなく、全身の筋肉が痩せ衰えて死を待つだけの病気だということは知っていた。そこで、治療法もない患者を入院させても意味はない。それこそ、肢体不自由児施設に収容すべきではないか、と答えた。高橋園長は、もっともだが、肢体不自由児施設は収容力が不足していて、厚生省からは筋ジスよりも治療効果の期待できる他の疾患を優先収容するよう指示されている、と知らされた。私は困った。とにかく、酷い事情だから一度両親に会ってくれ、と言うので会うだけ会ってみましょうと言うことになった。ところが会ってみて驚いた。この夫婦には3人の男の子があり、その3人とも筋ジスだった。転勤で九州から仙台へきたものの、どこの病院も学校も受け入れてくれない。その上、当時の保険制度では3年以上同じ病気で保健医療は受けられないようになっていた。もし、私が断ったら一家心中でもしかねないような状況であった。私は考えた。治療法のない病気の子を入院させるのは、医療の面だけを考えるなら無意味である。しかし、国立の病院は国民の幸せを守る仕事の一翼を担っているのである。治療はできなくても入院させるだけで、この一家には大きな光明が与えられるのだ。その上、西多賀にはベッドスクールという、寝たきりのカリエスの子のために、病室へ先生が来て教えてくれる学校がある。入院すれば学校にも行けることになり、友達もできるから、今までの孤独の生活に比べればどれだけよいか分からない。偏狭な理屈にこだわって断るより、入院させるほうがはるかに国民のためになる。私は肚を決めた。」(近藤[1993])
◇近藤 文雄 「筋ジスと障害児の夜明け」,あゆみ編集委員会編『国立療養所における重心・筋ジス病棟のあゆみ』(第一法規出版,1993年)8-12頁

◇「一九六〇年五月、秀人と寛之は仙台郊外の当時の国立療養所西多賀病院に入院した。  秀人のお母さんたちが、患者を抱えた家族の現状を訴え、受け入れを実現させた。従って筋ジス病棟最初の患者と言われている。
 親たちも、また子供たちも再び元気に退院できるという期待をもっていた。ベッドスクールと称する学びの場もあった。
 しかし、その期待はこの〔一九七一年の〕詩集が出されるころには、過酷な運命となってのしかかっていた。」(ありまのまま舎編[2005:17])

◇畠山辰夫・半沢健 1976「国立療養所の中の学校――病弱教育のあしあと」,国立療養所史研究会編[1976a:517-549]

 「玉浦療養所と西多賀療養所が統合され、昭和35年西多賀病院の再出発が始まっていた。その時、3人の男子すべてが、筋ジストロフィー症におかされている一家が、近藤文雄所長を訪れた。当時、不治の病は国立療養所に収容できない制約があったという。しかし,あまリにも悲惨であり、「せめて医学的に不治であっても、教育だけは受けさせたい」という親子の意をくんで、入院を許可した。昭和35年5月26日のことである。教育機関が医療機関に併設されていたから実現したのである。以来、次々と筋ジストロフィー症児が入り、正式許可された時には20名を越していたという。△531」(畠山辰夫・半沢健[1976:531])

◇山田 富也 19750920 『隣り合せの悲しみ――死を見つめながら生きる筋ジストロフィー症者の青春記』,エ−ル出版社, 208p, ASIN:B000J9WDQG,840  [amazon] ※ md. n02h

 「退院のない入院
 国立療養所西多賀病院は、進行性筋ジストロフィー症の息者を、全国に先がけて、初めて入院させた病院です。
 それまでま、どこの病完も、筋ジスの患者を受け入れてはくれませんでした。
 誰だって、病人を受け入れてくれない病院の話を聞けば、なぜだろうと疑問に思い、そんな馬鹿なことがあっていいものかと言うでしょう。しかし、ほんの少し前までは、わたしたちの仲間はそういう扱いを受けていたのセす。受け入れない理由を聞けばもっと驚くでしょう。
 「入院したからといって、病気が全快し、退院していける可能性のない息者は、病院としては受け入れられない」
 これがその理由です。これでは、進行性筋ジストロフィー症は、現代の医学では治る可能性のない病気だし、治療方法も確立していないから、病院に入っても無駄たと言われているのと同じです。
 ▽030 むかしは、不治の病と考えられていた結核やライ病は、病院がちゃんと受け入れてくれましたが、あれは、病院に入院するのではなく、療養所で隔離して療養にあたらせるのが目的でした。療養所として受け入れていたのです。では、筋ジスの患者にも療養所なといっても、進行性筋ジストロフィー症は、結核やライ病と比較して、患者の数も少ないと考えられていましたし、はっきりした一つの病気とは認められていませんでした。
 進行性筋ジストロフィー症という病名が一般に使われ始めたのは、日本では、昭和三十七年頃からです。それまでは、この病気は、原因もわからず、治療法もなく、病名さえついていなかったのです。だから、独立したこの病気のための療養所をと望むのは、とうてい無理な話でした。いまでも、結核やライ病を知っていても、進行性筋ジストロフイー症を知らない人は多いのではないでしょうか。また、名前を知っていても、病気の実体を知らない人がほとんどでしょう
 結核やライ病は、伝染性の病気と考えられていましたから、健康な人たちは、自分たちに移るのを恐れて、療養所に隔離したのでしょう。その処置は正しいに違いありませんが、進行性筋ジストロフィー症が、他人には移らない病気であり,患者も少ない、そして不治の病で、社会復帰ができないからといって、療養所に受け入れられなかったのは、いま考えて、まことにおかしなやり方だったと批判されても仕方がないでしょう。
 結核は、医療の飛躍的な進歩、画期的な特効薬の発見によって、比較的簡単に治療でき、全快▽031 して、社会復帰もできる病気になりました。日本人の平均寿命が長くなったのも、結核患者と乳幼児の死亡率が減少したのが原因だとさえ言われているほどで、患者の数は減り、発病しても長期の療養者は少なくなって、全国の結核の療養所の病床はあまっています。
 そうした事情もあり、いま全国に、進行性筋ジストロフィー症の患者を受け入れる指定病院は、二十数個所ありますが、その一部が、元の結核療養所であり、結核息者のいなくなった病棟を持っている病院です。
 筋ジスにおかされた病人を受け入れてくれる病院もでき、国からの援助も受けられるようになりましたが、それでもやはりこの病気が、依然として、不治の病であり、治療方法も発見されていず、原因もつかめないという暗い事情に変わりはありません。全快して、退院できる病気ではないのです。
 入院した患者の多くは、丈夫な筋肉を取り戻し、自分の足で歩いて、正面玄関から退院するのではなく、霊枢車に乗って退院していきます。
 発病の原因も解明されず、治療方法もないまま、病院のべッドに横たわり、病気への嫌悪と恐怖と闘いながら、退院のあてもなく、毎日を送っているのが筋ジスの患者なのです。」(山田富也[1975:29-31])

◇福永 秀敏 19990810 『難病と生きる』,春苑堂出版,227p. ISBN-10:4915093638 ISBN-13:978-4915093630 [amazon][kinokuniya] ※ n02. md.

 「筋ジストロフイー
 概要
 身体を構成する主要な組織の一つである筋肉が、何らかの原因により筋萎縮や筋力低下をきたすときミオバチー(筋肉病)と呼ぶ。その中で、遺伝性で進行性に筋力低下を認める病気が、進行性筋ジストロフイーである。
 筋ジストロフイーと呼ばれる病気にも、臨床像や遺伝形式などによりさまざまなタイプ一病型)がある。このなかで患者数が多く、また最も重症であるのがデュシャェンヌ型筋ジストロフイーである。デュシェンヌ型は幼少時に発病後、全身の筋力は進行性に低下し、約十歳で車椅子の生活と筋力は進行性に低下し、約十歳で車椅子の生活となり、十五歳で電動車椅子に移行、二十歳をまたずして呼吸不全で死亡することが多かった。
 呼吸が苦しくなり、食べ物がうまく喉を通りにくくなった二十三歳のある青年は、「このまま進行が止まってくれたら」と、どこまでも進行していく病気への思いを、悲痛な表情で表現している。ところが昭相六十年以降、人工呼吸器が装着でき▽101 るようになり、その生命予後には格段の進歩が見られ、今では三十歳をこえる例もめずらしくない。当初呼吸器を装着するかどうかについては賛否両論があった。「呼吸器を着けての延命は幸福といえるか」ということであったが、「二十歳で死ぬのはどう考えても早すぎる、健常者の論理だけで患者さんの幸不幸を付度していいものか」との思いで当病院(国立療養所南九州病院)では呼吸器使用を決意した。そして十数年が経過するが、彼ら見事にその解答をだしている。二十歳を過ぎ、終日呼吸器を着けての生活の中で、多くの患者が感動的な歌を詠み、詩を書き、自分史を綴っていなのである。」(福永[1999:100-101])



Ito, Kayoko (伊藤 佳世子) 2010 "Muscular Dystrophy Wards: Issues Related to Long-term Care Facilities in Japan"(「長期療養病棟の課題――筋ジストロフィー病棟について」), 『Core Ethics』 6:25-36 JFT / EA <852>
◆Shirai, Yasuko(白井 泰子) ; Maruyama, Eiji(丸山 英二) ; Tsuchiya, Takashi(土屋 貴志 ; Osaea, Makiko(大澤 真木子) 1996 "Examination of Various Issues concerning Genetic Counseling of Muscular Dystrophy"(「筋ジストロフィーの遺伝相談に関わる諸問題の検討」, 厚生省精神・神経疾患研究依託費 筋ジストロフィーの臨床・疫学及び遺伝相談に関する研究班『筋ジストロスフィーの臨床・疫学及び遺伝相談に関する研究 平成6・7年度研究報告書』:202-203 <711,722>

※< >内の数字は『私的所有論 第2版』On Private Property)での頁数を示す。


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*作成:立岩 真也村上 潔
REV:.....20030222,0407,21,0430,0507,15 0609 20040825 20080413, 20090604, 20091121, 20100122,0427,0717, 0721, 0722, 20131120, 20140919, 20151107, 1229, 20160105, 06, 18, 23, 0203, 0601, 0615, 20180405, 1216, 20190420, 0503, 31, 20200111, 0225, 1216, 17, 20210102, 03
こくりょう(旧国立療養所)を&から動かす  ◇病・障害  ◇「難病」  ◇生を辿り道を探る――身体×社会アーカイブの構築  ◇生存・生活  ◇日本筋ジストロフィー協会  ◇「難病」  ◇「難病」2016
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