HOME > Index >

水俣病

Minamata/Minamata Disease (English Page)
水俣関連イベント◆2000  ◆2001  ◆2002  ◆2005  ◆2006  ◆2007  ◆2008  ◆2009  ◆2010

last update:20140926

Tweet

■目次

関連項目・関連リンク

文献
映像
記事
  新聞記事(別頁)
言及・引用
関連企画


>TOP

■関連項目

環境/環境倫理学 Environmental Ethics/環境思想
障害を巡る言説:障害を肯定する/しない〜「障害は個性」 〜…
障害者(運動)史のための年表
「環境」に関係するホームページ
飲水思源 川本輝夫さん逝去10年の集い
最首-市井論争

■関連リンク

◆熊本学園大学 水俣学研究センター
 http://www3.kumagaku.ac.jp/minamata/
◆最首塾
 http://www.geocities.jp/saishjuku/
◆桑原史成写真美術館
 http://www.town.tsuwano.lg.jp/kuwabara_photo/index.html
◆水俣病センター相思社
 http://www.soshisha.org/
◇ごんずいブログ ― 相思社公式ブログ
 http://soshisha.blog59.fc2.com/
 水俣病センター相思社より、日々の職員のつぶやきや、旬の水俣の出来事をお届けします♪
◆水俣フォーラム (http://www6.ocn.ne.jp/~mf1997/index.html)
◆KARAIMO BOOKS(http://www.karaimobooks.com/
 KARAIMO BOOKSは京都、西陣の古書店です。おすすめは、詩歌 、人文、民俗、水俣、石牟礼道子、森崎和江、食。カライ モは、南九州でのサツマイモの呼び名です。不知火海周辺の土 地や人びとに惹かれ、故郷の京都の地に不知火海を出現させる べく、2009年3月にオープンいたしました。
◆熊本日日新聞 水俣病百科(http://kumanichi.com/feature/minamata/)※登録が必要です。
◆企業組合エコネットみなまた(http://www1.ocn.ne.jp/~amanatsu/soapfactory/top-index.htm
 「[……]水俣病の公式確認から30年の1986年、被害者や支援者らが「取り戻そう海と命」を合言葉に計画、87年に設立したのが、エコネットの前身の「水俣せっけん工場」。2005年に法人化して名称を改めた。現在、台所用の「なんさまヨカ(とにかく使い心地の良い)せっけん」など9種類のせっけんを製造、販売している。[……]」
◆京都・水俣病を告発する会
◆チッソ水俣病関西訴訟を支える会(http://www1.odn.ne.jp/~aah07310/


>TOP

■人

◆飯島 伸子
井形 昭弘
石牟礼 道子
宇井 純
川上 武
鬼頭 秀一
◆桑原 史成:桑原史成写真美術館
 http://www.town.tsuwano.lg.jp/kuwabara_photo/index.html
栗原 彬
後藤 孝典
最首 悟
椿 忠雄
土本 典昭
つるた まさひで
原田 正純
丸山 徳次
◆宮澤 信雄
Smith, William Eugene


>TOP

■文献(出版年月日順)

◆白木 博次・佐野 圭司・椿 忠雄  19680420 『脳を守ろう』,岩波書店,224p. ASIN:B000JA53IU \451 [amazon]/[kinokuniya]※
宇井 純 19701115 『欧州の公害を追って―宇井純レポート』,亜紀書房,288p. ASIN:B000J9O03A 561 [amazon]b d/l03 d/p
宇井 純 19711125 『私の公害闘争』,潮出版社,239p. ASIN:B000J9NRNY 280 [amazon]
宇井 純 1971- 『公害原論』
石牟礼 道子 19720428 『水俣病闘争 わが死民』,現代評論社,326p. \600 ※ m34→20051115 『水俣病闘争 わが死民』,創土社,337p. ISBN-10:4789300447 ISBN-13: 9784789300445 \2310 [amazon][kinokuniya] m34
※初版は現代評論社、1972年4月
宇井 純 19720615 『公害列島70年代』,亜紀書房,254p. ASIN: B000J9P1GA 900 [amazon] ※ b ee
原田 正純 19721122 『水俣病』,ミネルヴァ書房,244p. ISBN-10: 4004111137 ISBN-13: 978-4004111139 [amazon] ※ ee. m34.
◆朝日新聞社 編 19731115 『立ちあがった群像』,朝日新聞社,朝日市民教室・日本の医療6,250p. ASIN: B000J9NNZ6 [amazon] ※ b
Smith, William Eugene & Smith, Aileen M. 1975 Minamata, Holt, Rinehart and Winston Inc.=1980 中尾 ハジメ 訳,『写真集 水俣』,三一書房 ASIN: B000J8B96W [amazon]→19820228 『写真集 水俣 普及版』,三一書房→19911215 『写真集 水俣 新装版』,三一書房,192p. ISBN-10: 4380912450 ISBN-13: 978-4380912450 5150 [amazon] ※
宇井 純 19770225 『住民を結ぶ旅――反公害世界行脚』,筑摩書房,226p. ASIN: B000J8WNDK \1260 [amazon] ※ ee m34
◆色川 大吉編,19830310『水俣の啓示(上):不知火海総合調査報告』筑摩書房,p.426,3000円+税,ASIN: B000J7GDKA [amazon]/[kinokuniya] ※
石牟礼 道子 19840620 『おえん遊行』,筑摩書房,289p. ISBN-10: 4480802363 ISBN-13: 978-4480802361 \1600+税 [amazon][kinokuniya]
最首 悟 19841105 『生あるものは皆この海に染まり』
,新曜社,378p. ASIN: B000J71NW8 2200 [amazon] ※/杉並378 m34. e19.
原田 正純 19850120 『水俣病にまなぶ旅――水俣病の前に水俣病はなかった』,日本評論社,310p. ISBN-10: 4535575266 ISBN-13: 978-4535575264 2600 [amazon] ※ b
原田 正純 198605 『水俣の赤い海』,フレーベル館,279p. ISBN-10: 4577008734 ISBN-13: 978-4577008737  [amazon] ※
◆吉田 司 19871210 『下下戦記[げげせんき]』,白水社,412p ISBN-10: 4560042586 ISBN-13: 978-4560042588 \2600 [amazon][kinokuniya]
最首 悟 19880420 『明日もまた今日のごとく』,どうぶつ社,246p. ISBN-10: 4886222412 ISBN-13: 978-4886222411 1800 [amazon]/[kinokuniya] ※/本郷S10-1313 m34. e19.
土本 典昭 19880515 『水俣映画遍歴――記録なければ事実なし 水俣語りつぎ2』 新曜社,365p. 2520 ISBNなし
◆宮本 憲一 19890310 『昭和の歴史10:経済大国』,小学館,509p. ISBN-10: 4094610308 ISBN-13: 978-4094610307 \980 [amazon][kinokuniya]
原田 正純 19890601 『水俣が映す世界』,日本評論社,321p. ISBN-10: 4535577978 ISBN-13: 978-4535577978 3570 [amazon] ※ b
原田 正純 19940920 『慢性水俣病・何が病像論なのか』,実教出版,223p. ISBN-10: 4407029579 ISBN-13: 978-4407029574  [amazon] ※
後藤 孝典 19950530 『沈黙と爆発――ドキュメント「水俣病事件」1873〜1995』,集英社,SHUEISHA NONFICTION,270p. ISBN-10: 4087751953 ISBN-13: 978-4087751956 1600 [amazon] ※ b
◆緒方 正人 語り・辻 信一 構成 19960425 『常世の舟を漕ぎて――水俣病私史』, 世織書房,248p. ISBN-10:490638840X ISBN-13: 978-4906388400 [amazon][kinokuniya] ※
栗原 彬 編 19961215 『講座 差別の社会学 第2巻 日本社会の差別構造』, 弘文堂,304p. ISBN-10: 4335501528 ISBN-13:978-4335501524 \3,465 [amazon][kinokuniya] ※d04
◆宮澤 信雄 19971115 『水俣病事件四十年』,葦書房,506p. ISBN-10: 4751206915 ISBN-13: 978-4751206911 \3675 [amazon][kinokuniya] ※ m34
◆飯島 伸子 編 19990228 『新版 新潟水俣病問題――加害と被害の社会学』,東信堂,333p. ISBN: 4887136633 [amazon] ※ ee s
栗原 彬 編 20000218 『証言 水俣病』,岩波新書・新赤658,ISBN:4004306582 [amazon][kinokuniya] ※
川本 隆史・高橋 久一郎 20000325 『応用倫理学の転換――二正面作戦のためのガイドライン』,ナカニシヤ出版, 274p., ISBN:44888485534 ISBN-13:978-4888485531 2415 [amazon][kinokuniya] ※
◆緒方 正人 20011015 『チッソは私であった』,葦書房,223p ISBN-10: 4751208187 ISBN-13: 978-4751208182 \2200+税 [amazon][kinokuniya]
川上 武 編 20020325 『戦後日本病人史』,農村漁村文化協会,804+13p. ASIN: 4540001698 12000 [amazon] ※ h01.
原田 正純 20020830 『環境と人体』,世界書院,279p. ISBN-10: 4792710405 ISBN-13: 978-4792710408 [amazon] ※
学芸総合誌・季刊『環』(KAN)【歴史・環境・文明】Vol.12
 特集:近代化の中の「ジェンダー」 20030130  http://www.fujiwara-shoten.co.jp/kan/kan12.htm
2003年1月刊
菊大判 512頁 本体価格2800円 ISBN4-89434-317-7
◆岩岡 中正・伊藤 洋典 編 20040330 『「地域公共圏」の政治学』,ナカニシヤ出版,212p. ISBN:4-88848-882-7 2730 [amazon][bk1] ※
石牟礼 道子 20040430 『石牟礼道子全集・不知火 第2巻 苦界浄土 第一部・第二部』,藤原書店,622p ISBN-10: 4894343835 ISBN-13: 978-4894343832 \6500+税 [amazon][kinokuniya]
石牟礼 道子 20040430 『石牟礼道子全集 不知火 第3巻 苦界浄土ほか 第三部・関連エッセイほか』,藤原書店,604p ISBN-10: 4894343843 ISBN-13: 978-4894343849 \6500 [amazon][kinokuniya]
◆津田 敏秀 20040629 『医学者は公害事件で何をしてきたのか』,岩波書店,256p. ISBN:4-00-022141-8 2730 [amazon][boople][bk1] ※ b
石牟礼 道子 20040715 『石牟礼道子全集 不知火 第1巻』,藤原書店,660p. ISBN-10: 4894343940 ISBN-13: 978-4894343948 \6500+税 [amazon][kinokuniya]
石牟礼 道子 20041130 『石牟礼道子全集 不知火 第4巻 椿の海の記ほか』,藤原書店,586p ISBN-10: 4894344246 ISBN-13: 978-4894344242 \6500+税 [amazon][kinokuniya]
石牟礼 道子 20041130 『石牟礼道子全集 不知火 第5巻 西南役伝説[せいなんえきでんせつ]ほか』,藤原書店,537p. ISBN-10: 489434405X ISBN-13: 978-4894344051 \6500+税 [amazon][kinokuniya]
石牟礼 道子 20050330 『〈石牟礼道子全集・不知火〉第7巻 あやとりの[]ほか』,藤原書店,574p. ISBN-10: 4894344408 ISBN-13: 978-4894344402 \8500+税 [amazon][kinokuniya]
栗原 彬 20050430 『「存在の現れ」の政治――水俣病という思想』,以文社, 227p.2400+税 ISBN-10: 4753102408 ISBN-13: 978-4753102402 [amazon] ※ bp
石牟礼 道子 20050530 『〈石牟礼道子全集・不知火〉第12巻 天湖[てんこ]ほか』,藤原書店,517p. ISBN-10: 4894344505 ISBN-13: 978-4894344501 \8500+税 [amazon][kinokuniya]
石牟礼 道子 20050830 『石牟礼道子全集 不知火 第11巻 [みず]はみどろの[みや]ほか』,藤原書店,665p. ISBN-10: 4894344696 ISBN-13: 978-4894344693 \8500+税 [amazon][kinokuniya]
◆藤垣 裕子編 20051117 『科学技術社会論の技法』,東京大学出版会,292p. ISBN-10: 4130032046 ISBN-13: 978-4130032049 2800+税 [amazon] ※
石牟礼 道子 20060130 『石牟礼道子全集 不知火 第10巻 []べごしらえ おままごと ほか』,藤原書店,635p. ISBN-10: 4894344963 ISBN-13: 978-4894344969 \8500+税 [amazon][kinokuniya]
石牟礼 道子 20060530 『〈石牟礼道子全集・不知火〉第9巻 十六夜橋[いざよいばし],藤原書店,568p. ISBN-10: 4894345153 ISBN-13: 978-4894345157 \8500+税 [amazon][kinokuniya]
◆2006 「対談 水俣に第三者はいない――「公共性」に拠る人々」『季刊軍縮地球市民』(6):10-20(2006/秋)明治大学軍縮平和研究所.
学芸総合誌・季刊『環――歴史・環境・文明』(KAN)Vol.26
[特集]「人口問題」再考
  歴史人口学から日本の少子化問題に迫る!
2006年8月刊 菊大判 320頁 3360円 ISBN4-89434-531-5 [boople][amazon] ※
◆田口 ランディ 20060930 『寄る辺なき時代の希望――人は死ぬのになぜ生きるか』,春秋社,299p. ISBN-10:4393444159 ISBN-13: 978-4393444153 1785 [amazon][kinokuniya] ※
◆藤原書店編集部 編 20061230 『いのちの叫び』,藤原書店,217p. ISBN-10: 489434551X ISBN-13: 978-4894345515 2100 [amazon] ※ b ts2007a
石牟礼 道子 20061230 『石牟礼道子全集 不知火 第6巻 常世[とこよ][]・あやはべるの[しま]へほか』藤原書店,603p. ISBN-10: 4894345501 ISBN-13: 978-4894345508 \8500+税 [amazon][kinokuniya]
原田 正純 20070406 『豊かさと棄民たち――水俣学事始め』,岩波書店,126p. ISBN-10: 4000280880 ISBN-13: 978-4000280884 [amazon] ※b
◆桑原 史成・塩田 武史・宮本 成美・Smith, William Eugene・Smith, Aileen Mioko・小柴 一良・田中 史子・芥川 仁 20070430 『写真集 水俣を見た7人の写真家たち』,写真集「水俣を見た7人の写真家たち」編集委員会,発売:弦書房,127p. ISBN-10: 4902116847 ISBN-13: 978-4902116847 2500 [amazon][kinokuniya] ※r. m34
石牟礼 道子 20071030 『〈石牟礼道子全集・不知火〉第13巻 [はる][しろ]ほか』,藤原書店,780p ISBN-10: 4894345846 ISBN-13: 978-4894345843 \8500+税 [amazon][kinokuniya]
◆金子 義保 20071205 『写真集 水俣を見た7人の写真家たち』,新書館,414p. ISBN-10: 4403120202 ISBN-13: 978-4403120206 3800 [amazon]] ※ms
最首 悟・丹波 博紀 編 20071215 『水俣五〇年――ひろがる「水俣」の思い』,作品社,368p. ISBN-10: 4861821657 ISBN-13: 978-4861821653 2940 [amazon][kinokuniya] ※ b
◆立命館大学グローバルCOEプログラム「生存学」創成拠点 20080307 『時空から/へ――水俣/アフリカ…を語る栗原彬・稲場雅紀』,立命館大学生存学研究センター,生存学研究センター報告2,157p. ISSN 1882-6539
石牟礼 道子多田 富雄 20080630 『言魂』,藤原書店,216p. ISBN-10: 489434632X ISBN-13: 978-4894346321 2310 [amazon][kinokuniya] ※
石牟礼 道子 20081130 『〈石牟礼道子全集・不知火〉第14巻 短編小説[たんぺんしょうせつ]批評[ひひょう],藤原書店,603p ISBN-10: 4894346591 ISBN-13: 978-4894346598 \8500+税 [amazon][kinokuniya]
◆島田 久美子 20090606 『いのちの環境情報学』, 遊友出版,205p. 1260 [kinokuniya] ※
◆原田 正純 20091030 『宝子たち――胎児性水俣病に学んだ50年』,弦書房,198p. ISBN-10: 4863290284 ISBN-13: 978-4863290280 2000+ [amazon][kinokuniya] ※ m34.
◆最首 悟 20100303 『「痞」という病いからの―水俣誌々パート2』,どうぶつ社,341p. ISBN-10: 4886223435 ISBN-13: 978-4886223432 2200+ [amazon][kinokuniya] ※ m34.
◆石川 武志 20121024 『MINAMATA NOTE 1971-2012――私とユージン・スミスと水俣』,千倉書房,184p. ISBN-10: 480511004X ISBN-13: 978-4805110041 4500+ [amazon][kinokuniya] ※ m34.
◆山口 由美 20130427 『ユージン・スミス――水俣に捧げた写真家の1100日』,小学館,237p. ISBN-10: 4093798443 ISBN-13: 978-4093798440 1600+ [amazon][kinokuniya] ※ m34.


>TOP

■映像

◆土本 典昭 監督 1985 『スライド ひろしまを見たひと−原爆の図丸木美術館−』,製作 原爆の図丸木美術館+青林舎共同作品,株式会社シグロ,25分. ASIN:   
◆香取 直孝 監督 20060331 『無辜なる海 -1982年 水俣 (IF DVDシリーズ2 公害の原点・水俣から学ぶ)』,株式会社シグロ,81分.5040 ASIN: B001BYAQH6  [amazon]
◆小池 征人 監督 20060331 『水俣の甘夏 (IF DVDシリーズ2 公害の原点・水俣から学ぶ)』,株式会社シグロ,55分.5040 ASIN: B001BYAQGM  [amazon]
◆土本 典昭 監督 20060331 『水俣病ビデオQ&A/水俣の子は生きている/鬼塚巌作品 他 (6作品同時収録) (IF DVDシリーズ2 公害の原点・水俣から学ぶ)』,株式会社シグロ,137分.5040 ASIN: B001BYAQIA  [amazon]
◆土本 典昭 監督 20060331 『医学としての水俣病―三部作―〈第1部=資料・証言篇〉 (IF DVDシリーズ2 公害の原点・水俣から学ぶ)』,株式会社シグロ,82分.5040 ASIN: B001BYAQEO  [amazon]
◆土本 典昭 監督 20060331 『医学としての水俣病―三部作―〈第2部=病理・病像篇〉 (IF DVDシリーズ2 公害の原点・水俣から学ぶ)』,株式会社シグロ,103分.5040 ASIN: B001BYAQEY  [amazon]
◆土本 典昭 監督 20060331 『医学としての水俣病―三部作―〈第3部=臨床・疫学篇〉 (IF DVDシリーズ2 公害の原点・水俣から学ぶ)』,株式会社シグロ,91分.5040 ASIN: B001BYAQF8  [amazon]
◆土本 典昭 監督 20060331 『回想・川本輝夫 ミナマタ-井戸を掘ったひと (IF DVDシリーズ2 公害の原点・水俣から学ぶ)』,株式会社シグロ,42分.5040 ASIN: B001BYAQHG  [amazon]
◆土本 典昭 監督 20060331 『不知火海 (IF DVDシリーズ2 公害の原点・水俣から学ぶ)』,株式会社シグロ,153分.5040 ASIN: B001BYAQFI  [amazon]
◆土本 典昭 監督 20060331 『水俣一揆-一生を問う人々 (IF DVDシリーズ2 公害の原点・水俣から学ぶ)』,株式会社シグロ,108分.5040 ASIN: B001BYAQEE  [amazon]
◆土本 典昭 監督 20060331 『水俣-患者さんとその世界-〈完全版〉 (IF DVDシリーズ2 公害の原点・水俣から学ぶ)』,株式会社シグロ,167分.5040 ASIN: B001BYAQDK  [amazon]
◆土本 典昭 監督 20060331 『みなまた日記-甦える魂を訪ねて(IF DVDシリーズ2 公害の原点・水俣から学ぶ)』,株式会社シグロ,100分.5040 ASIN: B001BYAQI0  [amazon]
◆土本 典昭 監督 20060331 『水俣の図・物語(IF DVDシリーズ2 公害の原点・水俣から学ぶ)』,株式会社シグロ,111分.5040 ASIN: B001BYAQGC  [amazon]
◆土本 典昭 監督 20060331 『水俣病-その20年-/水俣病-その30年- (2作品同時収録) (IF DVDシリーズ2 公害の原点・水俣から学ぶ)』,株式会社シグロ,89分.5040 ASIN: B001BYAQFS  [amazon]
◆土本 典昭 監督 20060331 『わが街わが青春-石川さゆり水俣熱唱 (IF DVDシリーズ2 公害の原点・水俣から学ぶ)』,株式会社シグロ,43分.5040 ASIN: B001BYAQG2  [amazon]
◆土本 典昭,小池 征人,小池 裕子,一之瀬 正史,堀 傑 監督 20060331 『実録公調委/勧進/死民の道 (3作品同時収録) (IF DVDシリーズ2 公害の原点・水俣から学ぶ)』,株式会社シグロ,112分.5040 ASIN: B001BYAQE4  [amazon]
◆佐藤 真 監督 20100227 『阿賀に生きる』,紀伊國屋書店,115分.3990 ASIN: B002ZUSAYQ  [amazon]


■記事(おもに本HP内)


土本 典昭 [外部サイト]「『海とお月さまたち』について」(土本典昭の文章から)
「新たな模索(たびだち)へ! <全健協編集局>」『月刊全健協』〈9〉78年4月特別号自立障害者集団 友人組織 全国連絡協議会 連絡機関誌 再録:定藤 邦子
宇井 純 19990725 「医学は水俣病で何をしたか」,『ごんずい』53(水俣病センター相思社)
 http://soshisha.org/gonzui/53gou/gonzui_53.htm#anchor605632
◆つるた まさひで 2000 「水俣病は終わっていない」『すくらむ』(月刊,大田福祉工場労働組合発行)
立岩 真也 2003/07/25 「最首悟の本」医療と社会ブックガイド・29)『看護教育』44-07(2003-07)
◆大畑 裕嗣・道場 親信・成 元哲・樋口 直人 編著 20040430 『社会運動の社会学』,有斐閣選書,311p. ISBN-10:4641280924 ISBN-13: 978-4641280922 1900+税 [amazon]
山口平明 『そぞろ通信』2005
小泉 義之 2007/02/10 <難病と倫理>研究会配布資料・補足資料 難病と倫理研究会第1回京都セミナー
立岩真也 2008/09/05 『良い死』,筑摩書房,374p. ISBN-10: 4480867198 ISBN-13: 978-4480867193 2940 [amazon][kinokuniya] ※ d01. et.,
立岩真也 2008/10/01 「争いと償い――身体の現代・4」,『みすず』50-10(2008-10 no.565):- 資料,
立岩真也 2008/10- 「水俣病にいくらか関連した文章等
立岩真也 2008/11/01 「争いと償い・2――身体の現代・5」,『みすず』50-11(2008-11 no.566):- 資料,


■言及・引用

古川 清治 19780320 「子どもとおとなと″科学的概念″と」,『ゆきわたり』66

 「「義務化」阻止の運動に参加して以来、考えぬかなければならないじつにさまざまな問題にぶつかっているのですが、その大問題のひとつとして健康破壊の問題があります。端的にいうなら、水俣病に、四日市ぜんそくに、排気ガスに、注射の打ちすぎに、やられた子どもたちにとって、「(この子は)知恵は遅れているけれど、目は見えないけれど、ふつうの子どもです」というコトバはいかなる意味をもつか、ということです。また、別の問題として、「この子は、知恵は遅れているけれど、耳は聞こえないけれど、健康です」ということがあります。さらに、「どの子とともに生きる」場としての公教育の施設――学校は、ほんとは、このようなものとして絶対に必要なものなのかどうか、という問題もあります。
 これらはすべて、この文章の文脈でいうなら、「さまざまな個性の持ち主である<わたし>が集まってつくる、<わたしたち>の形成」(ひととひととの関係のありようの問題)にとって、きわめて重要な″考えねばならぬ主題″だと思います。
 これら、複雑に重なりあった問題を解いていく論理が、おそらく、「人間を生かす科学」の論理をつくりあげるのだと、ひらすら思いこんでいるわけです。」

最首 悟 1981 「基層的共同性をもとめて」、『日本読書新聞』1981-6-1→「<水俣>への序――基層的共同性をもとめて」,最首[1984:257-260]*
*最首 悟 19841105 『生あるものは皆この海に染まり』,新曜社,378p. ASIN: B000J71NW8 2200 [amazon] ※/杉並378

 「いい換えれば、わたしたちは肉体的水俣病を発症させた企業や行政の責任とその背景を不充分ながら論じ糾弾するなかで、患者をそのような人災を二度とおこさないための尊い犠牲者と呼ぶことはなかったか、ということである。重度の胎児性患者をそう呼ばなかったか、わたしたちは自問自答すべきである。
 患者にとって企業・行政責任を追及することは第一義的な重要性を帯びていた。しかしそれは病気と格闘しねじふせ生きてゆく場の確保のためであった。経済的補償はそのような場を獲得する必要条件の一つにすぎない。それにたいしてわたしたちは水俣病を不治ととらえ、患者を犠牲者とみて社会的存在からはねだし、その代価としての経済的補償を考えた。犠牲にたいして補償は必要十分条件に近いもののようにみなされた。」(最首[1981→1984:258])

高橋 修 19860707
 聞き取り調査のテープ起こしより(テープ起こし:立岩)

 「だから自分の中でさ、優生思想のさ、そのー、はっきりしてないわけ。だから、その中で、できない。
大沢 いやー、そんな、すぐはっきりするもんじゃないと思うなあ。
高橋 最低限さ、青い芝というかね、障害っていうのが問題じゃないんだ、それを差別する社会なり、環境が悪いんだと。だから、健全者が変わりね、まちが変わり、変わるんだというのとさ、水俣みたないかたちの中で、医療的な中で、このからだを返せというさ、そういう思想、考えかたの、その、なんていうかな、つきあげというかさ、その絡みがいまいちはっきりしないのね。それの中で今ちょっと今、いろいろ調べようと思っているんだけどね。それを頭の中で整理しない限りは、自分でもね、どこまで医療がいいのかっていうのはあるわけよ。ねえ、ある面ではさあ、羊水チェックとさあ、なんだ、フェニルケトンだか。ね、かったぽは直るからいいのか、あるわけよ。フェニルケトンだったら直るから、いいっていう感じのさ、羊水チェックはさ、あれは発見した時に、障害児とわかった時に、中絶する、障害者を抹殺する論だから反対なんだというさ。だけど、基本的には90何パーセントって言ったって、障害者が産まれないための社会を作るための一つのチェック・ポイントなわけでしょ。その、関係っていうのが自分の中の頭で整理できないから、なかなか対外的に話できないっていうね。」

最首 悟 1995 「私たちは何をめざすのか」『平成六年度障害福祉関係者研修報告書』障害福祉報告書通算第5集、三重県飯南多気福祉事務所、1995年→「星子と場」,最首[1998:301-343]
*最首 悟 19980530 『星子が居る――言葉なく語りかける重複障害者の娘との20年』,世織書房,444p. ISBN-10: 4906388655 ISBN-13: 978-490638865 3780 [amazon][kinokuniya] ※

 「社長に対して「水銀飲め」、「お前もこのからだになってみろ」、「私を嫁にもらってみろ」とせまって(p.322)いくけれども、そういうことが全部実現されたからといって、どうなるもんじゃあない。どうなるもんじゃあないというところの、その這いずりまわり方の中で水俣病の人たちがそれぞれの人生をおくり、その中から水俣病になってよかったという言葉も出てきた。深い言葉です。
 障害というのは、私はすべて一大事だといいましたけども、それはそういうもんなんです。どのようなことが、いろんなことが実現したとしても、障害自体どうなるもんじゃあない。そのことによって人生どうなるもんじゃあない。そのところのすれ違いが大きいのです。つまり、障害をもっていない人や行政的な立場の人の方が、あるいは一般的に物事を考える人の方は、どういうことをすれば障害をもつ人の環境が楽になって、そして、障害をもつ人の気持も少しゆるやかになるか、家族も少し気持がほぐれるのか、と考えたりパパッと言ってしまう。生活が楽になるのはいいです。ひとまずいいことです。けれど、その先は、言っちゃあいけない。というか、言うこと自体が間違っている。障害をもって明るく生きようというようなことはないです。宗教的な透明な明るさというようなものはある。筋ジストロフィーの青年たちに見られるような、私の出合った石川正一君もそうでしたが、その明るさというのは、もう、世を越えての明るさです。でも、普通私たちが言える明るさというのはそういうのじゃあない。にもかかわらずそういうことを無神経に言われたら、障害をもつ人とか、障害をもつ家族はがっくりするわけです。」(最首[1995→1998:322-323])

◆つるたまさひで 2000 「水俣病は終わっていない」『すくらむ』(月刊,大田福祉工場労働組合発行)

「「障害者にされてしまった」障害者という問題
  水俣病運動には「こんな障害者にされてしまった」という感覚や思いが、いつもつきまとっているように感じる。露骨にこういう表現が出てくるわけではないが、「こんな身体にされてしまった」とか「この子は水俣病のせいで何にもわからんようになって」という表現はある。このことは、水俣病を原因としない障害者の友人・知り合いを多く持つぼくに複雑な感情を抱かせる。
  水俣病運動の世界では、障害のある身体の写真が告発のために多用される。ベトナムにおける枯葉材の運動もそうだ。そこからは、その障害を引き受けて、ポジティブに生きていくというイメージは絶対に生まれない。それは明確なマイナスイメージのシンボルとして多用される。確かに「されてしまった」というのは書いたきた通りだ。マイナスイメージを刻印された人たちが、障害のある存在として、その生を積極的に生きていくための言説が存在しなければならない。しかし、ぼくが知る限りでは存在しない。その言説の端緒を障害学に探すことができるのではないかと考えている。そして、この『証言 水俣病』の視点はそれにつながることが出来る広さと深さを持っていると思う。」

◆立岩 真也 2008/09/05 『良い死』,筑摩書房,374p. ISBN-10: 4480867198 ISBN-13: 978-4480867193 [amazon][kinokuniya] ※ d01.et.,

 *「尊厳死」を主題にしたこの本の第2章の一部で、「自然破壊」を批判し「環境保護」を主張する正当な主張が「自然な死」を肯定することがあるとすれば、また、病や障害をもって生きる人を否定することがあるとすれば、それはどこかで間違っているのではないか、それはどこで間違ってしまったのかを考えてみた。
 そして以下で念頭に置かれているのは、水俣を訪れ、またそこに住んで、水俣病の人たちの支援をしてきた人たちである(その中には写真家や映画監督や研究者もいた)。その人たちは、この病の悲惨を訴えながらも、水俣病の人たちを悲惨な存在として捉えることをしなかった。またできなかった。このことについてすこし考えてみたいと思った(立岩)。

 「2 普及と変容
 いくつかの文章にも書いたことだが、水俣や様々のところで起こった事件とともに現われてきた社会の理解、変革の主張が、簒奪され弱くされているように思ってきた◆19。
 自然が奪われているとか、技術が人間を害しているとか、そのようなことを、それらの事態に直面した人はたしかに言った。あるいは人々の自律が失われているとも言った。すると、今起こっていることはその延長上にあると思える。つまり、死を肯定する人は、技術偏重に抗して、より人間的な、自然な死を、専門家に決められるのでない自分自身の死を求めているのだと言う。ならば同じではないか。そしてそれはかつては少数の人たちの主張だったのだが、広く普及し、ようやく多くの人々のものとなっているようでもある。それは、かつて当然でなかった当然のことが当然のことになったということなのだろうか。
 ただ、すこし違うように思える。薄く広がったとともに、そしてそれはたしかによいことであったと同時に、いくらか別のものになってしまったように思える。この言い方が正確でないとすれば、ある一部が残り、拡大し、他の部分を駆逐してきたように思える。何が違っているのか◆20。
 […](第三点として)きれいごとである感じについて。「人命の特別を言わず/言う」([2008c])を書き直し書き加えた文章――次の本『唯の生』に収録される――で書くことにするが、それは、「脱人間中心主義」などと言うその主張が、とても人間中心的であることによる。そしてその中心にいる人間は立派なのであり、立派な人間なのである。そしてそれは、愛護したり尊重したりすることはあるとしても、そこに我彼の間の差異はやはり設定されている。むしろ差異によってその営みが成り立っている。自然を愛好したり、動物を保護したりすることにおいて、そのような暮らしを送れない人、そのようなことに思いが至らないらしい人たちから自らを差異化する。それは動物的な生から自らを切り離すことにおいて、そのように主張することにおいて、そのような生から自らを切り離せない人、切り離さない人から差異化するのと、基本的に、違わない◆22。
 この遠ざかる行ないは予防という営みにも現われる◆23。かつて被害があって、被害の告発から始まる運動があって、その成果として、極端にひどいことは、いくらかは、ある部分では、減った。すると、その行ないは、よくないことが起きないようにという予防的な行ないになる。それはよいことである。よくないことをわざわざ実体験しなければならないなどということは、もちろんないからだ。実際に苦しむことはなく、あらかじめ苦しむことがないようにした方がよい。それはまったくその通りだ。
 それで、ものの言い方としては、あんなぐあいにならないようにしようということになる。もちろんそれは「予防」である以上は当然のことである。それはよい考えであり、よい行ないでもある。だがその人に面してはいない。「あんなぐあい」や「あんな人」は想像され、表象される。そしてその表象がより悲惨なものであれば、予防の方に向かう力は強くなり、その効果もあがるかもしれない。また何かが予防されるべきものであるとされる時、その想像・表象は暗いものとなるだろう。
 
 3 それでも会ってしまうこと
 それに対して、事実、その人に接してきた人たちがいる。その人たちは、被害を被っているそのことが肯定されるなどとは思わないけれども、その状態をまとっている人を否定できないと思った。それはまず、病・障害と、それをかかえる人とを分けて考えようという、ただそれだけのことだともひとまずは言える。そしてそのことは多くの人が言う。私もそれに同意しよう。ただそれだけのことでもない。そのあり様を否定的に見てしまうことの全部をそのまま認めてよいのだろうかとも思う。また、苦しんでいるのを見たくないと思いながらも、その人の生きるのを見ていたり、ときには手伝ったりする。
 むろん、会ってしまうことが肯定をもたらすなど、まったく楽天的な話ではあって、それはことの一面でしかない。それに直面してすぐに、あるいは人によっては――とくに介助する人として――長く接していて疲れてしまって、否定することがある。いくらか意地のわるい言い方になるが、「たまたま支援に入った」といった人たちの多くは、適度な距離と距離感のもとにいて、重すぎるものを引き受けずにすんだから、呑気なことも言えたのではある。ただ、なんでも徹底的でなければならないと思い、悲劇的な成り行きを好むのでないなら、そうした中途半端なところがよかったのだとは言える。無責任であることは、ときに仕方のないことであり、そしてときにわるいことではない。むしろ、とても大切なことだと思う◆24。そして、たまにはそんな人たちの手助けを得ながらも、ずっとその人のもとに居続け世話を引き受けることになって、そして、なんとか、どちらかが死ぬまでその人たちの生活を支えた人たちがいる。
 他方、悲惨と困難が一般論として語られる時、生じるかもしれないことへの恐れとして想像される時には、否定はその人の存在の否定に及ぶことがある。また逆に、あるいはあまりに重く自分のことになった時、あるいは重すぎる関係者になった時にも、この二つの対し方は連続的である。二種類の人間がいるわけではない。そしてもちろん、実際に会うこと接することが嫌悪を強めることもある。その人の姿・形に実際にたじろいだりもする。しかしそれでも、知ってしまった人たちの中に、その人の生を支えようとする人がいたのは事実だ。
 その人たちは、人が生きることができないことがあったり苦痛のもとに置かれていることを指弾してきた。その状態がよいと思ったのではまったくない。行動は悲惨から始まった。だが、その後起こったこと、起こらざるをえなかったことは、その人たちと暮らしていったりすることだった。暮らしはしないとしても、支援やらなにやらの関係で、その人に面することになった。その人が亡くなっていく過程につきあったり、あるいは生きていく過程につきあってきた。すると、いくらかは異なってもくる。その人たちを苦しめたことについて、その人たちの暮らしを困難にしたことについて、そのことを責めてはいると同時に、その人を肯定はしている。その批判・指弾は、その人が生きることを否定しない。すると、その悲惨をそのままに使うのは間違っていると思うことになる◆25。
 これは矛盾ではない。死や苦痛や不便をもたらした者たちは、それだけで十分に糾弾されるに値する。その者たちを追及するのはよい。ただ、第一に、そのことを言うために、その不幸をつりあげる必要が出てくることがあるとしたら、それはなにかその人たちに対して失礼なことであるように思えるということだ。だから、それはしない方がよいと思うようになったということだ。その状態をよいものとして肯定しているわけではない。しかしそれは死を肯定することではない。その存在を肯定するから、それに死をもたらすものを責めることになる。」(立岩[2008:172-177])

 「◆25 例えばユージン・スミスの写真がある(写真集に Smith & Smith[1975=1980→1982→1991]、桑原他[2007 : 59-76]にもユージン・スミスとアイリーン・スミスの写真が収められている)。石牟礼道子(いしむれ・みちこ)、桑原史成(くわばら・しせい)、宇井純(うい・じゅん)といった名を挙げて原田は次のように記している。
  「水俣病事件の歴史で、支援に立ちあがり、重要な役割を果たした人たちの中に、これらの名著、名写真の強い影響を受けた人たちがいた。
  まさに、これらは高度成長後のわが国の未来に対する一つの啓示であった。患者が立ちあがり、市民・学生が立ちあがり、学者・弁護士をまき込んで、第一次水俣病裁判ははじまった。その間、ユージン・スミスの写真集は、水俣の現実を世界中に拡げる大きな役割を果たしたのである。」(原田[1985 : 307-308])
  その写真が後に「封印」されることになった。
  「公害、環境問題の原点であり、現在に至るまで日本の戦後ジャーナリズムの歴史に大きな位置を占める水俣病の問題は、写真家ユージン・スミスが撮影した一枚の胎児性水俣病の少女の写真によって、世界に知られることになった。目を見開く少女を抱きかかえて入浴する母の写真は、大きな力を持った。少女は亡くなった。だが写真は近年、母の申し出により、京都在住の写真家の元妻の手で封印され、もう人の目に触れることはない。水俣病の発見、治療に尽力した原田正純医師は、苦い思いを込めて、こう語っている。
  「我々は、胎児性患者の姿を先頭に、公害の悲惨さを告発してきた。だがいつかそのことが、こんな悲惨な人間を生んでしまったと、重度障害者は悲惨だ、と見なすことになってはいなかったか。後に発生した新潟水俣病で胎児性患者が少ないことは、中絶が多かったからではないか。写真を封印したお母さんは、この子は宝子だった、もう十分働いたといっていた」。」(岡本[2007])
  引用されている原田の発言は、二〇〇五年六月の「安楽死・尊厳死法制化を阻止する会」の発足集会での原田の講演の取材メモによる。そのメモをとった岡本晃明(おかもと・てるあき)は――日本新聞協会賞を受賞した『折れない葦――医療と福祉のはざまで生きる』(京都新聞社編[2007])の取材班の一員でもあり、『生死本』で紹介するALS―D[2008]の書き手でもある――京都新聞の記者で、「関西水俣病訴訟・原告側勝訴確定 「問題根深い、悲しみ消えない」 元妻アイリーンさん 惨状を伝えた亡夫が撮影の写真、非公開に」という題・見出しの記事を書いている。
  「水俣病の悲惨さを象徴するユージンさんの写真「入浴する智子と母」をアイリーンさんが非公開にして六年がたつ。
  一九七一年、水俣市に住んだスミス夫妻は当時十五歳の上村智子(かみむら・ともこ)さんと母良子(よしこ?)さん(七〇)の姿を撮影。写真は「被害を伝えたい」という両者の思いから生まれた。国内外の雑誌や写真集に掲載、学校の教科書にも使われるなど、公害を象徴する写真となった。
  湯ぶねの中で母親に抱かれる裸の少女。あばら骨が浮き、手足は硬直している。口を開けて目を見開く娘に、母は優しいまなざしを落とす。
  智子さんは生まれつきの重度の水俣病で、成人式では晴れ着姿で父に抱かれた。その翌年の七七年にこの世を去った。
  アイリーンさんが非公開にしたのは、九八年に智子さんの父好男さんから「もう休ませてやりたい」と聞かされたのがきっかけだった。
  好男さんは「写真がいたるところで使われ、ビラや広告の一部のような気がした。裸姿が痛々しかった。やっとうちに帰ってきたね、という思いですかね。智子は家族全員の毒を持って行ってくれた『宝子』です」と静かに語る。
  撮影から三十三年。京都で暮らすアイリーンさんは「これからも『見られない写真がある』という事実で、水俣を伝えることはできる。一つの区切りを迎えるまで要した歳月の長さは、水俣病が抱える問題の根深さそのもの。最高裁裁判決が終わっても悲しみは消えない」と語った。」(『京都新聞』二〇〇四年一〇月一六日朝刊)
  そしてさらに別の本で、原田は次のように記している。
  「水俣高校で社会科の先生がユージンの智子の写真を見せて「環境を汚染するとこのような子どもが生まれる」と解説した。在校していた妹は手を挙げて「それは姉です。姉をそんな風に言わないでください」と涙ながらに抗議した。この教諭はその後、教育について深く考えさせられ、反省し真剣に障害と差別や人権と取り組むようになったと告白している。
  また、過剰なマスコミの取材の中、母親は東京交渉から帰ってきて智子を抱きしめながら「この子を見た多くの日本の人たちが、ああ、やっぱり、環境は汚してならない。怖いことが起こると、思ってくれたと思う。それで日本の環境が少しでもよくなって、会社や工場や政府の偉か人が、今から気をつけてくれるようになるなら、このような子ですけど、少しは世の中のお役にたったことになります。東京に行ってよかったと思います。やはり、この子は宝子ですたい」といかにもさらっと言った。いのちに生きるべきいのち≠ニ生きる価値のないいのち≠ネどあろうはずがない。
  この母親の言葉はとくに医療、福祉、教育の原点、いのちの価値を考えさせられるものでこれこそ、水俣からのメッセージである。」(原田[2007 : 350])
  普通に読んでいくと、原田のこの記述には辻褄のあっていないところがあるように思える。ではどう考えたらよいのか。あるいは言葉を足したらよいのか。そんなことを考えていくことが一つあるのかもしれない。」(立岩[2008:227-230])

◆立岩 真也 2008/07/01 「身体の現代・1」,『みすず』2008-7(562):32-41, 資料

 「この国に起こってきたことについて何かを言おうと思う時、あるいはそれを引き継いで考えようとするとき、難しいところもあると思う。簡単で明瞭で取り付く島がないように思われ、同時に、言葉が無力であるように思われる。
 学問はいくらかの複雑さを好むところがある。何十字かで言ってしまえそうなことがあるとして、そしてそこで言われることはたしかに正しいとして、しかしそうであれば、その一度だけ言えばよいということになる。そして、この数十年の間にこの国で言われたことで大切なことは、煎じ詰めればそういう単純なことであるようにも思えるのだ。
 つまり、一つ、ただ生きているのでよいことが言われたと思う。一つ、この社会で損な立場に置かれる人が損をし続けるのだ(それはよくない)と言われたと思う。私はどちらも正しいと思う。ただ、ならばこれ以上なにか言うことがあるのかということになる。
 もちろん、本当に何もなければそれはそれでよい。考える必要のないことを考える必要はないのだから。そして何がよく、何がよくないかがわかった上でするべきことはいくらもある。つまり実態を細かに調査し、具体的な問題を指摘し、そして改善を主張すればよい。
 例えば宇井純原田正純がした仕事を、いま述べたように要約することはできる。というか本人たちの書き物に書いてあるのは、そんなこと、例えば「差別のあるところに公害が起こる」(原田[2007:123])といったことだ。十四字である。本人たちは、そのように認識し、そして人によっては半世紀を超えて、するべきことをしてきた。それでよい。ただ、なにかもうすこしそれに足して言えることがあるようにも思う。「学問」として成立している「環境倫理学」といったものであれば、それに言われることは複数の部品から成り立っていて、そしてどの部品を採用するかについて、受け取る人によったら瑣末でくだらないと思える延々とした議論を行なっていくことができる。そこに通用する文法があり、文法通りの言葉を発すれば、それは蓄積されていく。引き継がれている。そしてそうした営みを対象として記述することもそう難しいことではない。同様に私たちは、(バイオエシックスとしての)生命倫理学の歴史を語ることができる。他方はそうではない。例えば「水俣学」が提唱されもするのだが、それがどんなものなのか、私にはよくわからない。
 それでかまわないのだと考えることもできる。しかしやはり、言えることがあるようにも思える。結果として、また意図してのこととして、アカデミズムの外側に身を置いてきたもの、言葉の体系を構築していくことを意図せず、ときには言葉を発しないような営みでもあったものについて、どのように語るか。これはなかなかに難しく、はっきりした目算が立っているのではないが、いつか、考えてみたいと思う☆04。」
 「☆04 生存学創成拠点が二〇〇八年に刊行した冊子に『時空から/へ――水俣/アフリカ…を語る栗原彬・稲場雅紀』(発行:立命館大学生存学研究センター、生存学研究センター報告2)がある。その前半には、特別公開企画「歴史のなかにおける問い――栗原彬先生に聞く」が収録されている。栗原の講演の後に私とコメントがあって、その中で私は同様のことを述べている。」
原田 正純 20070406 『豊かさと棄民たち――水俣学事始め』,岩波書店,双書時代のカルテ,126p. ISBN-10: 4000280880 ISBN-13: 978-4000280884 1155 [amazon] ※ b


■関連企画

チッソと国の水俣病責任を問うシンポジウム 第5回 震災・原発事故と水俣病
 日時:11月3日(木/祭日)12:30 開場 13:00 〜 17:00
 場所:YMCAアジア青少年センター 9階 国際ホール


作成:篠木 涼 追加:森下直紀
UP:20080710 REV: 20081113, 16, 20090703, 1107, 1112, 13, 18, 1219, 21, 20100102, 0210, 0309, 0403, 19, 0511, 0705, 0904, 1214, 20111103, 20140926, 20150704, 20150806
Minamata Desease