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精神看護/精神科看護

精神障害/精神医療

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■新着

阿部 あかね 2013 「精神科看護者にとって作業療法と生活指導への実践が有する意義――1950・1960 年代のわが国における実践報告の分析」,『立命館人間科学研究』27:15-29
 http://www.ritsumeihuman.com/uploads/publications/85/p015-029.pdf
 cf.生活療法

『現代思想』2013年8月号 特集:特集:看護のチカラ――“未来"にかかわるケアのかたち

■団体・雑誌

◆日本精神科看護技術協会
 http://www.jpna.jp/
◆日本精神科看護学会
 http://www.jpna.or.jp/info/j_gakkai.html

◆『精神看護』(医学書院)
 http://www.igaku-shoin.co.jp/journalPortal.do?journalPortalId=689
◆『精神科看護』(精神看護出版)
 http://www.seishinkango.co.jp/s2_kb_top.html


『生存学』3 表紙 ◆立岩 真也・天田 城介 2011/03/25 「生存の技法/生存学の技法――障害と社会、その彼我の現代史・1」『生存学』3:6-90 *お送りできます。

 「立岩 ちょっと脱線するけど[…]病院というもの、精神病院というものはどういうものであったのかということだって、知らない。末安さんから聞いた話で、例えば田舎の精神病院の職員とかもけっこう病院に住みこんだりしていたっていうことがあったりする。その空間って、がっと増えていく時の精神病院とかそうやって田舎の方にあってわりとのんびりやってきた病院とか、違うかもしれない。
 それから、松沢病院みたいな有名な病院でも看護師の資格とか全然ない人を街から集めてきて、それで明日から、みたいな感じで働いてもらっていた。無資格看護師みたいな。そういうエピソードみたいなのも含めて病院ってどうだったのか、働いていた人も含めて。それをやってないっていう話を末安さんとしていて、特に彼は看護師だから医者が書いたものはいっぱいあるけど、看護師ってどうだったのってかといえば、ないんだそうです。今はいろんなところで聞き書きをやっていて、こちらの若い院生がついていって、一緒に聞くといいねみたいな話をしています。
天田 面白いところです。僕も知り合いの看護師に聞きましたが、この一〇年・一五年で大きく変わったといいますけども、例えば、田舎から出てきた娘が郊外の精神病院に雇われる際、なぜか母親や妹も一緒についてきて、家族で精神病院で働くみたいなことがあったようです。家族で精神病棟の女子病棟で働く。だけど、辞める際に困る。家族がみんなで働いているので、なかなか辞めるのに苦労するみたいな状況があったと言っていました。これも経済成長にともなって増設されていった病院がどのように働き手を雇ってきたのか、そこでの現実はどうであったのか、戦後において看護労働がどうなっていたのかというのは、詳しくは知りませんけど、記録としてほとんど残ってないんじゃないかなって気がしますよね。
立岩 多分文書にはなってない。大きな病院だと、なんとか病院何十年史みたいのがあったりもして、それはそれでほとんど誰も読んだことないものだから、新たな資料・史料として使えたりもするでしょう。そういうものは基本的には自らを賛美しているわけで、だから書いてないことも当然ある。ただ、それでも書いてあったりね。すると、この時には問題視されてなかっことがそれでわかったりする。そういう使い方もある。
 あとは、文字資料として存在しないから、聞くしかないですよね。これはある人々には「耳タコ」の話で何度も言ってきたことだけど、今そういう人たちが八〇、九〇になって、話をうかがうのが非常に困難な状況になってきている。聞くとしたら今しかない。僕は人の本はあまり褒めたことないのですが、でも、たまに褒めることがあって、必ず褒めることにしているのは大林道子さんの『助産婦の戦後』(大林[1989])です。一九八〇年代に、GHQの時代から働いてきた方々、助産師の協会で活動していた人たちにインタビューして本にしたんですけど、その時八〇歳とかですからね。もう大概の方はご存命ではない。もちろん、あれはあの時しかできなかった研究というだけでなく、理論的な含意も非常にある本で、よい本だと思っていますけど、そんな立派な研究じゃなくても、やれることが時間的に限られているというのがあります。」

◇・・・日本精神科看護協会(1974)『協会史』牧野出版社.(非売品)
△・・・その他、論文等
◇・・・日本精神科看護技術協会・記念事業特別委員会(1985)『日精看ニュース 縮刷版 第1号〜294号 昭和33年7月〜昭和60年3月』日本精神科看護技術協会.

 
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■1940'

◆1940'

 「一九四三年二月、旧重富村(現姶良町)に[…]病床数一五〇床で完成した。全ての資材は海軍からの提供であった。[…]/治療は、向精神薬が入る直前で薬物は睡眠剤ぐらいのものであり、電気ショック療法が主体であった。ニックネームで、「エレキ嬢」などと呼ばれる電気ショックのスイッチを押す専門の看護師がいた。/ロボトミー治療は一九五五?年代にかけて積極的に行われ、年間一五〇例実施した年もある。一九五一年に赴任した医師佐保威彦氏はロボトミーについて「今あれをやると、それこそ問題でしょうが、あの当時は他にはもう手がなかった…他の病院でも殆どやっていたようです。いちばん最後が昭和三三年頃でしょうか」と語った。」(東中須[2008:62])

◆【1947年・昭和22年】
全日本看護人協会設立
◇敗戦直後の昭和21年、G・H・Q(占領軍)の監督下に、厚生省において新しく看護制度を作る作業がすすめられていたが、その保助看法の草案中には、男子で看護に従事する「看護人」には全くふれられていなかった。このことを知った成次和生氏(国立武蔵療養所看護長)らは厚生省に何度となく接渉(ママ)し、やっと保助看法の最後の条項に「男子足る看護人はこれを準用する」という一項目をいれさせることができたのである。この成次和生氏などの働らきによって「看護人」(名称改正により看護士)がはじめて行政面に登場したのである。
 この接渉過程で成次和生氏は職業人としての団結の必要性を痛感、武蔵療養所関根先生、東京都立松沢病院長江副先生(故人、当時副院長)、神奈川県立芹香院長菅先生等のすすめもあって、全看協ののろしをあげたのであった。
 この呼びかけに大塚志津馬氏(都立松沢病院)らが賛同し、数回の準備会をもち、結成大会となった。結成大会は昭和22年7月15日国立武蔵療養所講堂において、国立武蔵療養所長関根真一先生、神奈川県立芹香院菅修院長、都立松沢病院医員(当時)江副先生等の来賓、会員、50数名の参加の下に開かれ、別紙規約、協会役員の決定をみ、全日本看護人協会が発足したのであった。(p.4-5)

△丹野:終戦後まもなく、GHQの監督下に厚生省医務局が現在の保健婦助産婦看護婦法の草案作りを開始しました。当時国立武蔵療養所の小林八郎医療局長が、男子の看護人についてその草案には何ももられていないという連絡を、国立武蔵療養所の成次和生看護長にしたのです。そこで成次さんが都立松沢病院勤務時代の同僚であった芹香院の篠崎光之介看護長に連絡をし、その後、松沢、武蔵、芹香院、厩橋病院などの看護人たちが中心となって全日本看護人協会が精神科看護人団体として、昭和22年7月15日に国立武蔵療養所の会議室で誕生しました。その時の「全日本看護人協会創立の趣旨」の目的には、看護技術の習得、看護人の社会的地位の向上、相互の親睦を図る、の3点が書いてあります。
山崎:全看協結成にあたって松沢病院の関係者が中心になっていますが、それはどうしてですか。
丹野:松沢病院は、明治時代から日本の精神科医療・看護の中心でした。医師や看護者の多くも松沢出身者が多く、いわば精神病の「本家」といった存在です。だから親元からの連絡とあって周辺の病院の看護長は集まりやすかったのです。ただし出費は私費でしたが。
(「丹野代吉氏が語る『神奈川県立芹香院の看護人と全日本看護人協会の歴史』山崎裕二」)

△芹香院の菅院長や松沢病院の江副先生、国立武蔵療養所の関根先生、群馬の厩橋病院の前田先生、千葉大学付属病院の松本先生などは、革命派というか改革派の先生だったですね。(…)医師にもよりますが、全看協の結成に協力的だった医師の先生たちはそうでしたね。むしろそうした先生たちが看護人をそそのかして労働組合をつくらせたといっていいかもしれません。(…)
山崎:では全看協と組合とはほとんど同一の組織だったのですか。
丹野:組織は別だけど、組合運動の幹部連中が全看協を作ったのです。公立病院の人が組合のリーダーだった。(…)(p.105)(「丹野代吉氏が語る『神奈川県立芹香院の看護人と全日本看護人協会の歴史』山崎裕二」)


【1948年・S23】
初・全国看護人再講習会開催
「全看協ニュース」発刊

 
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【1950・S25】
雑誌「全看協」発行
精神衛生審議会への委員任命を上申
国立武蔵療養所で精神衛生展

【1951・S26】
「精神衛生士」設置の討論起こる
関東信越支部を解消

【1952・S27】
地方で最初の定期総会
看護人の教育につき要請

◇看護人の教育につき要請
 10月8日、協会では厚生省看護課長宛てに「看護人教育機関に関する件」として、次の要請を行った。
一、 高等看護学院
全国的に共学として、男子をも募集し、入学させること。
二、 准看護人(婦)要請書
(イ) 各養成所において、男子をも募集し、養成すること。
(ロ) 収容患者200名以上の精神科単科病院に設置することを許可すること。
(ハ) 看護助手として勤務中の者も、特に入学を許可すること。
三、 看護人国家試験(新設)を制定すること。
(イ) 受検資格(準(ママ)看護人として有資格後5カ年を経過し、精神科看護再教育講習を受講したもの)
四、 准看護人検定試験制度をつくること。
(イ)二項の看護助手として勤務中の者を、入学許可出来ない場合は、検定制度を設けること。
(ロ)受験資格、看護助手として3か年勤務し、内2か年看護学科及実地を経たもの。
(p.22‐23)


【1953・S28】
大阪大会開催
「関東地区精神科看護懇話会」始まる
精神科看護業務従事者の実態調査

◇「関東地区精神科看護懇話会」始る
 5月17日、初めての関東地区精神科看護懇話会がスタートした。これがのちに精神科看護学会に発展するわけである。
 これは国立武蔵療養所発起世話係「看護研究会」の発案。名も主催者もなしでの催しで開いたところ、意外の参加者があり、そこで、関根真一(同療養所長)菅修(芹香院々長)両氏の計らいもあり、申合せを作ったのが始りである。(p.24)

【1954・S29】
第8回総会(東京)
社団法人化難航

◆1954頃
加賀 乙彦 19830910 『頭医者』,中公文庫[71]

 「十二人の新入局員が交替でつとめ、二週間に一回のわりでまわってくる電撃療掛りというのがある。現今の精神医療ではほとんど姿を消したこの療法はおれが入局した一九五四年の春にはまだ盛んにおこなわれていた。フランスで開発された前述のクロールプロマジンをはじめ、今ではひろく用いられている向精神薬はまだごく少量が輸入してされて使用され始めたにすぎず、病原菌がわかっていて、それに対する治療法も開発されていた梅毒系の病気をのぞくと精神病の治療といえば電撃療法、インシュリン療法、持続睡眠療法の三つと限られていた。
 電撃療法室というのは外来の端にあり、窓側に土間を残して一面に畳が敷きつめられていた。医師は土間に立ち、畳の上に寝かされた患者の頭に受話器型の電極を当て百ヴォルトの電流を数秒通電するのだ。患者は瞬時にして意識を失い、典型的なテンカンの大発作をおこす。この大発作が精神分裂病に効くとされていた。ここで治療法の効果を云々する余裕はないが、問題なのは午前中の限られた時間に一人で四、五十人に電気をかけねばならないことである。一人一人呼びいれていたのでは到底まにあわぬ。  そこで四人の患者を一度に呼びこむ。頭を土間に向けて寝かし、手拭いで目を蓋い、やおら端の患者から電気をかけていき、四人に一せいに大発作をおこさせる。発作中に舌を噛んだりすると大事だから看護婦一人が二人の顎をおさえ、医師自身もほかの二人を受持つ。」(加賀[1993:35-36])

【1955・S30】
法人化問題継続
看護研究発表誌完成
◇無資格者の資格取得問題が依然として中心議論となり、定期総会での論議となった。(p.28)

【1956・S31】
無資格者の資格取得運動起こる

本部としては無資格者のための資格取得の運動を全国的に展開した。無資格者は全看協会員の半数以上に及んでいた。そして資格取得のための検定試験制度を復活して貰いたいというのは当時の会員の悲痛な叫びであり、署名運動を行った結果、約90施設、174名の署名が集まった。
 また、厚生省医務局長通牒「准看護人を養成する准看護婦学校養成所における教育について」という通牒によると、「准看学校、養成所については当分の間、止むを得ない限り、学説について夜間授業を行っても差つかえない」という内容であって、これは昭和32年に入って、四国支部からの問い合わせにより表面化した。
 検定試験制度復活については、厚生省の金子参事官、国貞事務官に交渉したが、その結果は
(1) 検定制度の復活は看護婦制度の改正を必要とするが、厚生省としては法改正は考えていない。
(2) 厚生省としては行政指導の面より、量より質の向上に目標を置いている。
(3) しかし、無資格者看護人に対し、無関心ではない。短期養成あるいは通信教育等を提案したが省議で否決された。
(4) 本年は夜間看護人学校を検討した結果、100ベッド以上の施設に本学校を設立できるよう省議で議決され、本年度中に10校以上の設立を予定している。
として、夜間設立による利点をあげ、全看協の賛意を求めた。
 一方日医では保助看法改悪が提示され、看護協会がその反対運動を展開中でもあったため、全看協としては対策に苦慮したが、昭和32年2月2日の委員会で、検定制度復活の務通しがないこと、厚生省もわれわれのこれまでの運動に譲歩してきたことを理由に、方向転換をし、夜間設置に全力を注ぐことになった。(p.29‐30)

△公立病院の場合、戦前のわれわれの資格は警察部の資格だったのです。研修を受講した人は看護人として認定を受けて、病室の責任者になると「伍長さん」と言ってました。そのような人が各病棟の看護長になったのです。大正13年頃に治安維持のために各都道府県に精神病院を作ってよい法律ができました。(…)
 ただどちらの看護人も主な仕事は、患者の監視、食事の世話、身の回りの世話だったから、世間の人は看護人のことを見張り人といった存在にしか見なかったのでしょう。看護人の役割は、200畳位の大広間に置かれた患者が逃げないように、問題行動を起こさないように、といったいわゆる治安維持が目的だったと考えられます。(p.105)

△でも社会的地位や待遇などの面では不満があったから、戦後になって自由な時代になって労働組合活動に参加し、看護人の待遇改善に仲間たちと一緒に取り組んでいった。全看協や日精看の活動は精神科看護の教育運動が表立っているけど、背後には戦前からの看護人の抑圧された不満やコンプレックスみたいなものがエネルギーとなっていると思います。(p.106)(「丹野代吉氏が語る『神奈川県立芹香院の看護人と全日本看護人協会の歴史』山崎裕二」)

【1957・S32】
第10回定期総会(東京)

◇この総会で、男子のみの団体では真の発展はありえない、精神科看護は男女看護者で行っているのであるから、男女区別なしの団体につくりなおすべきである。との提案がだされ、絶対多数で承認、来年度の三重大会に提案することが承認された。
 また、地域的な研究会をやめ、全国的に統一した学会をひらくべきであるとの意見に対してもこれを承認、三重総会から「日本精神科看護学会」として学会をスタートさせることが可決された。(p.33)

【1958・S33】
日本精神科看護協会発足
第1回全国精神科看護研究学会

◇全看協の会則第3条の「本会は男子にして看護業務に服する者を以って組織する」という会則を変更精神科看護に従事する女子職員をも参加の対象としたことで、画期的な意味を持つ総会となった。かくて、会の名称も、これに伴い日本精神科看護協会と改め、一連の会則の変更も行ったのである。(p.36)
◇日精看の組織と並んで、新発足することとなった第一回全国精神科看護研究学会は定期総会に引続き、6月1日午前9時から松阪市公会堂で開催、72施設より参加、精神病院の各施設から看護面についての熱心な発表が行われた。(p.41)
◇厚生省へ初の要望
日精看としての渉外活動の再重点は対厚生省である。(…
一、 看護人の名称を看護士に改めること
二、 既設准看護学院において共学制をとるよう指示すること
三、 准看進学コース学院を共学にすること
(p.45)
◇日精看ニュース(日本精神科看護協会ニュース)第1号発行

【1959・S34】
第1回定期総会(国立武蔵療養所)
第2回学会(国立武蔵療養所)

◇会員の間からは、機関紙の発行回数の増加、無資格者問題、看護人の身分保障の問題、会員数増加の問題などが、切実な要求として出されてきたのである。(p.47)
◇金子看護参事官との対談(成次和生)
「(…)公衆衛生の見地から、看護人の職場を精神病院のみに限らず、一般科の方へも進展させなければと思います。現に各地のダム工事現場、船舶の医務室勤務などは、看護婦では無理な点があり、是非看護人の方に行っていただけたらと思います。(p.6)

 
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【1960・S35】
定期総会・学会(群馬・伊香保温泉)
会員総数1786名、予算68万円
「進学コース」「名称改正」「看護課復活」厚生省へ要望

◇総会シンポジウム「保護室の構造について」芹香院近藤院長と厩橋病院前田院長の「保護室内にトイレを作るか否か」議論
学術映画『その鍵をはずせ』厚生省監修、日精看後援、鹿島事務局長が企画からシナリオまで作成。(p.51)
◇日本精神科看護協会機関誌『日精看』創刊。

【1961・S36】
定期総会(横浜)
会員総数2432名、予算81万円
石橋ハヤ死去
協会は職能団体か、労働団体かの議論
参院選に林塩氏

◇定期総会シンポジウム「オープン・ドアシステムの看護は如何にあるべきか」(p.54)
◇「日精看は職能団体なのか、労働団体なのか」(この頃、病院ストが全国に波及する等の動きもあって)⇒執行部としては「精神科看護者の職業上の利益を守ることを第一義とする職能団体であって、経済的利益を得るために結集された団体ではない」(鹿島事務局長の日精看ニュース第9号での発表)(p.55)
◇オープンの問題(野中広巳・宮崎県立冨養園看護長)
 一時、火のついた様に「オープンド、ドア」の事が叫ばれ、各精神病院では色々と議論のまとになったものである。その当時は「オープン」という言葉は流行語に等しかった。最近その言葉も何故か下火となり言われなくなった様である。(…)我々は良い「オープン」の出来る日まで頑張ろう。(p.29)

◇病院ストの根本的解決を(山下銀蔵・会長)
 病院ストが東京を中心に地方にまで波及の様相が見える。(…)(精神科の患者は)不満や意志表示は一般病人の比ではない。この不幸な病人の医師をだれが代弁するのか。言うまでもなく医師であり、看護者である。この一連の人々が病人になんの影響も支障も与えることなく、果してストができるのであろうか。(…)病院が軽率にストに入ってはならない。(…)まずストの目的は例外なく相当多額の賃金要求におかれている。(…)看護者が超勤しても予算のワクで実働を無視され、労働過剰と低賃金で責任だけが義務づけられた場合、聖人ならいざしらず、働く人間として、そこに疲れと不満がうつ積するのも自然の理ではないだろうか。(…)人の命を守る医療人が、もしこのような不満と疲れを内に包みながら病人に接していたとしたら、一途に病院を信頼し医師と看護者に命を託しているベッドの上の病者の心にどんな影響を与えるであろうか。私は現在行われ、ないしは行われようとする公然たる病院ストを批判する前に、平常病者の前で、案外無意識に行われているこの種の静かな、しかし悲しむべき精神ストの、影響を深く憂える。(…)(医療費に関し)患者負担の支出増をさけて国家予算でまかなう施策が説に望まれる。(…)政府はこのような現実を無視して病院ストの根底に横たわる諸問題の根本的解決に乗り出すべきである。(p.31)※昭和35年12月1日の毎日新聞に掲載されたもの。

◇気の毒な看護人助手(鹿島清五郎)
 一般病院のストが社会的に問題化しつつある一方、マスコミにあまり騒がれてはいないが、精神病院のストも全国各地に現に起こっている。その背景としては一般病院のストに見られるもののほかに、精神病院が持つ特殊な要素もあるがこのさい、私は看護人というものに問題をしぼって実情を申しのべ、関係者の善処をお願いしたい。
 看護人という職業は世間にはあまり知られていないが、看護婦とまったく同じ教育(もっとも産婦人科の実習だけはのぞかれるが)をうけた男子の看護者のことをいい、ほとんどが精神病院に勤務している。正看護人、准看護人というように正、准看があるのは看護婦の場合と同じだが問題は資格のある看護人の下の資格のない、通称、看護人助手、看護人見習いという人たちにある。
 この看護人助手は一般の看護婦養成所に入り、都道府県知事の行う試験にパスしない限り、何年勤務しても、職場では一番下位の身分で勤務しなければならないのである。給与は安いといわれる看護婦よりもなお安い給与でがまんしなければならない。もし病院が「基準看護」を施行すれば、かく首か、配置転換は必至という不安定な地位にある。それでいて看護という仕事には、看護人と同じようにあたらなければならない。
 資格をとるためには、退職して養成所に入学、2年間通学しなければならない。理解のある病院で夜勤だけの勤務を認めてもらって通学となっても、専門の勉強職場、家庭生活にそれぞれ気をつかわなければならぬし、身体がもたない。資格をとることは大変なことなのである。そのうえ、官公立の場合、資格をとると給与がさがるという給与表の矛盾にぶつかるのが実情である。だいいち、養成所にしても男子入学を認めるところが少ないのである。
 何年かの経験年数、プラス通信教育、夜学、あるいは院内講習会の受講者に検定試験を施行するとかの便法をみとめてほしい。(ママ)と厚生省に陳情したが、看護の質を低下させるということで却下されたままになっている。将来に希望がもてない人達が組合にたよってせめて経済的な小康を得ようとするのも無理のない話ではなかろうか。そして、こうした人々の問題にまで目をむけない限り真の解決にはならない。(p.31)※朝日ジャーナル12月25日号の「編集者への手紙」欄に掲載されたもの。

◇現在会員数の3割を示す無資格者は殆ど男子看護人である。この人達が資格者にも劣らない情熱を実務と経験の上に積みながら不幸にして制度改革の機を失って、ひたすら・資格取得の切実な望みを本会組織の活動に期待している事も当然であろうし、本会としてもこの切望に応えるべく努力するのも必然であろう。(…)看護協会の先姉の方々が昔に逆行するレベルダウンと反対するか、看護という共通の広場に働く同志のために、大いなる同情と寛容ある支援を戴くか(…)(p.32)

◇無資格者問題基本的には意見一致――看護協会との懇談会今後も開催――(p.42)

【1962年・S37】
定期総会・学会(神戸)
会員3000名超す。予算96万円
沖縄から始めて入会
東京支部結成、第1回総会

◇37年度運動方針本部案決まる――組織強化等3つの柱を中心に――
 1、組織強化(支部の結成促進、既存支部の育成強化)
 2、全国学会の継続拡大、各地区研究会の助成
 3、渉外活動の活発化(名称変更、無資格者に資格をあたえること、作業療法の点数化)
(p.57)
◇某精神病院の実体――北国新聞・地鳴欄より――
 私の知っている某病院等は院長の指図で軽症患者を使役して薪割り風呂炊き、炊事場の手伝等一切無償で当らせて居る。こうした推定約10万円位の月収を上げ乍ら当の患者等には1カ月一度30円位のアメ玉一袋を支給するに過ぎないのである。患者の中には家から小使銭の来ないものも多くタバコやチリ紙さへ買えないにもかかわらず作業報償金一銭も与えられないのである。「作業療法の美名の下に患者達は外出も許されず院長の営利目的に酷使されている状態である。(…)
※此の投稿者は某病院に入院していた事のある性格異常者と推定されて居る。(←との但し書きがある!)(p.65)

◇作業療法看護(佐々木伸夫・酒田市光カ丘病院)
 作業すると云うことは職業に通ずる患者の社会復帰に通ずる手段と考えられる程大切なもの(…)
 総での人々は仕事をしていて生活し生涯を感じているのではないだろうか、したがって人間から仕事をうばい取ったらその人の社会的存在は無である死ぬると同じであると云える。一般に無為茫然とした古い精神病患者のほとんどは作業意欲を失っている。したがって人間らしさを失っていると云っても過言ではないと思います。だが、これらの患者さんでも何か作業をするようになると病気が快復されたようにみえるし、患者さん自身を見ても幸福そうに見える、看護者としては作業を通じて、この人達に健康な刺激を与えて幸福感を満してやる事が出来る仕事、これこそ精神科看護の分野において、価値ある重要な事だと思います(…)(p.72)

【1963・S38】
会員4000名超える
第5回総会・学会(千葉)2会場に分ける。シンポ「薬物療法を併用した生活指導についての特殊性」
保助看法改正問題
看護制度・作業療法特別委員会設置

◇保助看法抜本改正問題起る
 厚生省では、准看を正看にするための動きが出てきたが、日本看護協会は、これに対処するため、独自の観点から「保健婦・助産婦・看護婦法の抜本的改正に関する要望書」「准看護婦制度に関する要望書」を12月26日、厚生省に提出した(p.70)

◇講師派遣制度の発足
 協会員の資質向上は長い間の懸案であった。そこで、これに対処するため考えられたのが、自発的な協会独自による講習会の実施である。このため日精看では教育委員会を設置、支部からの要請により、講習会を実施するときは、本部より講師を派遣するという制度をつくった。(p.70)

◇看護制度・作業療法特別委員会設置
 看護制度の問題が、特に看護者の絶対数不足の背景から真剣に取りあげられるようになった。また作業療法についても、その点数化の要求と相まって大きな関心が寄せられてきた(…)
(1) 看護制度改正について
(…)資格取得の問題は、日看協では結論をだしかねており、日精看としては時限立法で検定試験、資格認定をとれる様運動、その為に看護協会以外との協力も考慮する。

◇OT問題 リハビリテーション学院について
 作業指導員、無資格者をかかえる本会としては全国的にP・Rし、新しい職業分野を開拓すると共に、現在の無資格者が進学問題で悩むと同じ様にO・Tについても問題があるので(たとえば、入学資格は高校卒、年限3年)、この点について経験を加算した便法を講ずるよう働きかける必要がある。現在のところ40名定員に44名の応募者があった。(p.79)

◇精神科に新しい専門職 作業職能療法士の教育はじまる(リハビリテーション学院)
 我々協会本部としては現在の作業指導員、あるいは無資格の看護者の、新しい進路として十分研究、厚生省等に働きかけをする予定にしている。(p.81)

◇第3回常任幹事会 (OT問題)
 O・T、P・Tの身分その他を研究する。委員会の正式名称は「O・T P・T身分制度調査打ちあわせ会」。尚メンバーは文部省、厚生省、外科関係医、精神科からは松沢病院の江副先生だけである。日精看としては現在精神科看護者は推定2万人、その3分の1、6千名が無資格、その中の半数がO・Tを希望するのではないかと思われる。つまり3千名位は作業療法に何らかの意味で従事なり、関心をもっていると思われる。現在の時点では、P・Tの人達と同じ条件を作る様に打ち合わせ会の折、発言して欲しいことを江副先生に話したところ了承してくれた。(p.89)

◇リハビリテーション学院とO・T
 現在すでに作業指導に従事している人や、あるいはレクレーションの専従者も、入学しないでも何らかの方法で同一の資格がとれるよう、本協会では働きかけをしています。
(p.90)

◇第4回常任幹事会
・名称改正についてはうやむやになっておるので看護協会に頼らず独自で「看護士」に改める様協力にてこ入れする。
・(次学会のシンポテーマ)作業療法についての問題が多いので次のように結論する。主題「作業療法の看護の在り方」副題「治療効果を上げるにはどうしたらよいか」技術・知識・看護者の人格の影響に焦点を置く。(p.91)
◇作業療法特別委員会作って作業療法の点数化等を検討(p.93)
◇第1回調査レポート
 次に質問第一の生活指導についてですが、患者の社会復帰には、其の条件として健康は勿論の事、健全な精神と持久力を養わなければなりません。そのためには、すでに発病した時に崩れた生活、荒廃せる人格の矯正が必要とされます。娯楽、休養を与え乍ら、運動性の促進をはかり睡眠の調整も施さなければならず、内容は地道に、たゆまず或る程度の強請(ママ)度も加え乍ら指導することに依って発病前の生活に復元し順次意欲づける、云わばリハ療法の理論からすれば、根本的なものであり重要な点でもある訳です。この点はすでに各施設とも、看護者の重要な職務基準となっている様で調査に依れば、専門的な事を含めた療法として実施していると答えたものが85%ありました。残りの15%も暫時看護員の充足を待っており、日課としてはすでに繰り入れられていると報告されています。(p.96)
  
【1964・S39】
日精看会館建設の動き
定期総会・学会(北海道)
精神衛生法全面改正で首相等に陳情、神田厚生大臣に会見
保健婦助産婦看護婦法の改正に対する要望書
看護制度問題へ結論をだす
「精神科看護用語辞典」完成
OTに関する諮問委員会に出席

ライシャワー事件⇒精神障害者野放しキャンペーン⇒精神衛生法一部改正(警察官の通報義務)(p.74)
◇精神衛生法改正で首相に陳情
陳情書(前書き略)
一、 精神衛生審議会の答申を完全に実施すること、とくに措置以外の入院医療費の公  
費負担および、社会復帰対策の充実をはかること。
二、 警察権が精神衛生行政に介入するような事態は絶対にさけること。
三、 精神科医療従事者の拡充整備を社会保障制度の一環として予算的な裏付けと具体的措置のもとに強力な政策として行うこと(p.79)

精神衛生審議会の答申(12月14日)
(1) 精神障害者の定義を拡大、ノイローゼ、ヒステリーなどの神経症を加えるべきだ。
(2) 地方精神衛生審議会の設置
(3) 精神衛生医制度の新設
(4) 緊急入院制度=明らかに自傷他害の恐れありと認められる場合、措置入院命令がでていない場合でも、申請通報が確認できた場合は可能とする。
(5) 医師の通報義務。(p.78)

◇厚生大臣に会見
 看護制度改正の要望書と精神衛生法改正の陳情書を手渡し(…)(p.80)

◇保助看法の改正に関する要望書
一、准看護婦(人)には免許取得後経験5年以上を有し国が定めた講習を修了したものに
看護婦国家試験受験資格を与えること。
理由=准看護婦(人)には現在、昼間の進学コースが設けられているが、精神病院は多くはへき地にあり、そこに勤務する准看護婦(人)は制度が設けられ、進学希望を持っていても事実上は利用できない(…)
二、看護人の名称を「看護士」と改正すること
(…)精神科看護内容も飛躍的に発展し、ここに働く看護人も戦前とは比較にならぬ高度な技術をもって患者の治療看護にあたっており、この時期において名称を変え、名実共に新しい時代の精神科看護を行いたい(…)(p.81‐82)

◇看護制度問題に対する結論を出す
(…)日看協のいう「保健師法」(案)に対しては、抜本改正が必要であることは認めるが、それ以前の問題として、労働条件、待遇の改善、魅力ある職場作りなどが先である。従って、「保健師法」(案)には賛成できぬ。准看の資格取得については、一定レベルの講習を行い、国家試験の受験資格を持たせるべきである(p.83)

◇保健師法に対する態度決定
 結論は「保健師法」案には全面的には賛成できないと云うことである。この理由は看護の向上、発展は法の抜本的改正は必要ではあるが、それ以前の問題として、労働条件、待遇を改善することによって職場に魅力を与え、これによって人手不足を解消し、看護の社会的向上に資することができると云う判断にたったからである。
 たしかに保健師法にのべられている総合教育や学校教育法にもとずく看護者の養成は必要であり賛意を表明するが、現実にたって現状をみるときそれはあまりにも理想的にすぎない。現状を一歩でも改正するには抜本的でなく、問題の多い准看を正看にする一部改正することの方が急務であり、可能性があるように思われる。
 又、職場に魅力を与えることの方が、法の改正よりも急務であるとの判断になった。(p.116)

◇大阪S病院、患者4人による看護者殺し

◇昭和39年も(…)協会は多難な1年であった。保助看法に明けて保助看法で暮れようとして居る。(p.120)

◆江副 勉 監修/吉岡 真二・岡田 靖雄 編 19640415 『新しい精神科看護』,日本看護協会,331p. 600 m. ※ [71][90]

◆峰矢 英彦 1964 「身体的治療(2)」,江副監修[1964:234-260]*
*江副 勉 監修/吉岡 真二・岡田 靖雄 編 19640415 『新しい精神科看護』,日本看護協会,331p. 600 m. ※ [71][90]


 「4 手数があまりかからない/薬物療法は多くは内服、せいぜい注射ですから、看護者の手数があまりかかりません。インシュリン療法のように数人の看護者が少数の患者にかかりきりになるということがないので、看護者はそれだけ生活指導・レクリェーション・作業療法にも力を注ぐことができません。患者自身も服薬しながら、このような働きかけをうけ入れることができます。[…]」(峰矢[1964:258-260△])

 「現在の精神病院は、これらの薬のあらわれる以前に比べるとひじょうに静かで穏やかになり、かつ明るくいきいきとしてきました。このような病院全体の雰囲気の変化は、また患者に対してよい影響を与え、看護者も患者を解放的にすることができることがわかり、そしてそれがいかに意義のあることかが、次第に理解されてきたのです。」(峰矢[1964:282])

◆1964頃
◇浜田 晋 19940506 『心をたがやす』,岩波書店,シリーズ生きる,257p. ISBN-10: 4000038117 ISBN-13: 978-4000038119 2446 [amazon][kinokuniya] ※ m.

 「「日本脳炎後遺症の病理」という仕事をやる一方で、私は「遊び治療」の仕事を始める。二足のわらじである。/当時の松沢病院は「作業治療」を中心に治療体系が組み立てられていた。たしかに仕事は人を変える。仕事をうばわれると日本人の多くは死んだようになる(もっとも昨今の若い人はちがってきたが)。しかし仕事は一方で人をしばる。仕事の中に埋没すると、個性が失なわれることもある。仕事のできない患者は、落ちこぼれと棄てられることもある。私はその落ちこぼれ患者に眼をつけた。入院歴三〇年から四〇年、高度欠陥状態にあり、クレペリンが人格の荒廃とよんだ典型的な精神分裂病で、病院の中でも、棄てられていた男五人女五人を集め、中央講堂で、看護者三名と私と一緒に約一年間ほとんど毎日遊んだ。昭和三九年頃である。」(浜田[1994:95-96])
 「ここで私の考えるに「治療」とは、ある一定の条件下で、正常人ときわだって異なる行動特性を取り出し、それをねらって、どこまで正常人に近づけることができるか――ということを意味する。
 「皆で一緒に遊ぼうという意識の欠落――状況のいかんにかかわらず鋳型にはまった融通のきかない行動の常同的な繰り返し」を分裂病者そのものの特徴的な行動様式ととらえ、それを何らかの外的な治療的試みでどこまでなおせるかということである。「治療」とよぶかぎり、それが可能でなければならない。「遊び治療」が果たしてなりたつか? という設問である。
 しかし私たち三人は、一年後絶望していた。「隣りまわし」はすぐとれたが、二、三の患者の固有現象は頑として「治療」に抗し、球は全体として一向に平均に分布することはなかった。あまり強く指示すると、彼らは球をもったまま茫乎として動かず昏迷の状態にまでなった。
 私たちの「治療」によって、かえって病状は悪化したのである。ある看護婦は言った。「この治療法は失敗かもしれませんが、私は分裂病という病気が少しわかったような気がします。新しい道を考えてみましょう」と私を慰めてくれた。」(浜田[1994:100-101])

◆江副 勉・小林 八郎・西尾 忠介・蜂矢 英彦 編 19650925 『精神科看護の研究』,医学書院,395p. ASIN: B000JACK86 2300 [amazon] ※ m. r02. m01h1956.

【1965・S40】
定期総会・学会(三重)
シンポ「精神病院と地域社会のつながり その中で果たす看護者の役割」
演題30題のうち16題が生活療法関連。
会員数6338名、予算325万
沖縄県支部の結成
昭和40年精神科看護白書発表

◇日精看の課題
昨年の1年間は日本の医療界は、総ての面に於いてゆれ社会的に大きくクローズアップされた。特に保助看法問題は各団体の協力な行動により一応の最終案がまとまり又精神衛生問題に就いても一部改正の動きが出た時全精神科勤務者は反対運動に立ち上がった。(…)
特に先決問題はOT国家受験資格の問題、精神科看護とは何かが当面最大の課題となる事だろう。OT国家受験資格に就いては、一昨年厚生省が関係機関に諮問し本年3月に立法化する等活発な動きが見られる。このOT問題に就いては先日精神科オキュペイショナルセラピ協会が設立したが当面の問題について具体的な資料も無い為当協会もこの様な団体と連けいし強力な働きがけをしなければなるまい(…)精神科看護とは何かの問題にしても今更と云う声も聞かれるが医療が発展し看護そのもの考え方が高く評価されるべき時期に到達して居る。(p.122)

◇今国会上提の理学療法士及び作業療法士法案要綱(p.124)
◇法案要綱解説
・受験しない場合の現在の作業指導員の身分はどうなのか。
→国家試験を受けず患者の作業指導並びに豚、トリの飼育、農耕に従事する指導員については国は指導ヘルパーとして取り扱う。
・名称(作業療法士・理学療法士)は独占するが、業務の独占はしない。(p.124)

◇総会に先立つ運動方針(案)
 昨年来我が国の医療界はすべての面に於て、大きく揺れ動いている。しかも、直接、本会に関係している保助看法改正問題、精神衛生法の改正、近くはOT,PT等に関する立法措置など、緊急な問題としてクローズアップされ、多面、医療費の問題、保険料引上げ、看護者不足の問題など、社会全般に及ぼす影響からも、我々の周囲は大きな転換期を迎えているといえよう。(…)OT問題については、関係諸団体とも連携をとり、立法化の中で経過措置を有利にかちとるよう努力し無資格者の資格取得の問題を解決したい(p.126)

◇精神科看護とは何か〜一応の結論でる  自治体病院協議会精神部会から
 「精神科看護者とは医療チームの中での治療方針に従い、精神障害者の病状改善と社会適応を目的として、患者及び社会のニードに答えるべく指導、援助し精神的な働きかけの諸活動を行ないながら社会復帰を促し併せて地域社会に対しては精神疾患の予防と健康増進のために寄与する行為をいう」(p.133)

◇OT受験勉強は准看教科書を中心に「日精看で調査・中間報告」
 日精看渉外委員会が中心に集めた情報によれば、経過措置の中での国家試験の内容は現在の准看護学校の教科内容程度で充分合格出来る範囲のものとされておる。(…)会員諸兄姉の中で作業療法士になりたいと希望する者は、来春を目ざして唯(ママ)看教科を中心に勉強する事を望みたい。(p.134)

◇渉外活動活発に動く 7月27日厚生省看護科精神衛生課訪問 作業療法士法について
明るい見通しである。又、本会え(ママ)の課の要望として経過措置の中の受験対象者がどれ位いるか調査してほしい旨要望があった。この事は給与等の格付け交渉等で是非ほしいとの事である。(p.135)

◇OT国家試験 各地から問いあわせ殺到 受験希望者2000名突破

◇OT問題特別委員会でのやり取り
――三木会長
 日精看のOT受験希望者が2000名を突破しているがこの調査資料について説明してほしい。
――飯田日精看会長
 OT法案が国会を通過にともない受験希望者の数を知る必要を感じ各県支部を通じて施設にアンケートを発送し8月22日現在日精看事務局に入った希望者数である。
――三木
 診療所に勤めているものも入っているか
――飯田
 日精看には現在入っていないので数は入ってない。
――三木
 高小卒中卒者もOTの仕事をしているか
――飯田
 している
――三木
 作業種目としてどんな事をしているのか
――成田OT協会会長
 私共の行っている種目は大体絵画粘土彫刻、木彫陶器、手芸園芸等である。
――三木
 どこの病院でもしているのか
――成田
 調査した146施設によると作業センターのあるのは39、ないのは52施設です。従って作業センターのある施設はこれらの種目を備えていると思う。
――三木
 その種目でどのように教えているか
――成田
 これら種目によって情操を豊かにし情緒の安定を計ります。然しこれは全種目に共通したことで種目によって影響の違いはあります。
――三木
 作業療法は、社会復帰のための職業訓練を考えているのか。
――成田
 種目によって職業訓練につながるものもある。例えば筆(ママ)耕などはそのまま社会に出ても通用します。
――三木
 全施設の何%位作業療法をしているか
――飯田
 殆ど全施設がしている。全国調査の結果25%のものが専従に作業指導にあたり、75%のものは看護員が兼務している。
――A審議員
 看護婦不足であるというのに作業療法が出来るのか
――飯田
 治療の一つとして実施している。
――A審議員
 看護婦はOTの補助をしているのか
――飯田
 OTの主となり療法にあたっている。
――B審議員
 OT受験希望2000名というが本当にOTの仕事をしているのはどれくらいか。
――成田
 全国で約8000名と思うが実態ははっきりつかめない。
――B審議員
 作業指導員の実数はなぜ解らないのか。
――成田
 各地域、施設によって雇用条件が違いそれによって職名も違っており、従ってはっきりした一つの職名のもとに調査しても現段階でははっきりした実数の把握は不可能と思う。
――B審議員
 OTと看護の違いは
――成田
 看護は生活療法の中で作業を手段として行い、指導員は社会復帰を目標とすることに違いがあります。
――C審議員
 精薄病院も日精看にはいっているのか
――飯田
 精薄専門病院は入っていないが併設した施設は協会に入っている。
――B審議員
 指導員は精神障害の勉強もするのか。
――飯田
 もちろん勉強している、でないと指導はできない。
(…)(p.139)

◇OT・PTに関する審議会の答申成る
 9月28日付、理学療法士、作業療法士、審議会三木会長より鈴木厚生大臣に左記のような答申をした。(…)
(1) 理学療法士及び作業療法士は、医学的リハビリテーションの中心となる重要な職種である。それぞれにはWCPT(世界理学療法士連盟)、WFOT(世界作業療法士連盟)があって、国際的にその資質を高めるよう努力が払われており、現に諸外国では資格取得試験の水準はかなり高い。したがって、わが国でも試験の程度や合格基準の設定にあたっては、できるだけ国際的な水準と同等のなるようにすることがのぞましく、現在の国立療養所東京病院附属リハビリテーション学院の教科課程水準は、試験を実施するに当たっての重要な目途とすべきである。
(2) 測定、検査等による評価及び理学療法における自動運動の重要性が必ずしも十分認識されていないこと、作業療法と職業訓練等が混同されていること等の傾向がみられるので、試験の実施にあたっては、これらの点にとくに留意することが必要である。
(3) 当面へ、正規の試験の受験者に比し、特例試験のそれがきわめて多い、このため、特例試験の程度及び範囲の設定如何によって理学療法士又は作業療法士の社会的評価が左右されることが予想される。したがって、この特例試験においても、口述の寡黙免除の取り扱いは別として、課するかぎりは、(1)の程度及び範囲の下で実施する正規試験と同一内容で行うべきである。(p.141‐142)
(4)
◇OT国家試験をうけられるのはわずか?――大きな「ガン」講習会受講――
 どの希望者もBの240時間の講習会が開かれていないので、困りぬいている。PTの方では全国で凡そ4か所講習会をひらいているが、OTにいては(ママ)わずか2か所(山梨、大阪)のみで(…)
 1日8時間の講習会をひらくとしても、最低30日は要し、毎日通学が不可能と云う現状から云って、この講習会開催はまず日程的な面から無理だ、と云う関係当事者の気持が支配的であり、本部ではこの情勢打開に苦慮しているのが実情である。(p.142)

◇沖縄県支部結成、島仲花枝さん。
結成式、琉球政府立精神病院ホール、「レクレーション療法」鹿島清五郎氏。

ライシャワー事件全家連結成。(一面使って全家連の主張を掲載。日精看としてのコメントは見られず)

◇「昭和40年精神科看護白書」発表(p.90)

◇厚生省公衆衛生局精神衛生事務必携(昭和40年10月)
@全国病床数=163,910床、収容数=177,917名
A精神病院数=1,068(うち865病院は法人・私立)
B看護者(含む補助者)23,201名(男女・正准看=15,555名、男女補助者=7,646名)
3類看護でみると、必要看護婦(人)27,000名に対し現実は4000名不足。実際には収容数はオーバーなので精神科では6000〜7000名が不足と考えられる(p,92)

◇厚生大臣に日精看から要望書 「看護制度改正の要望書」「精神衛生法改正の陳情書」(p.118)

◇保助看法の改正に関する要望書
一、准看護婦(人)の看護婦資格取得について
  准看護婦(人)には免許取得後経験5年以上を有し国が定めた講習を修了したものに看護婦国家試験受験資格を与えること。
二、看護人の名称改正について
  看護人の名称を「看護士」と改正すること(p.119)

◇精神衛生法改正で首相・社会党委員長等に陳情
陳情書(前書き略)
四、 精神衛生審議会の答申を完全に実施すること、とくに措置以外の入院医療費の公 
費負担および、社会復帰対策の充実をはかること。
五、 警察権が精神衛生行政に介入するような事態は絶対にさけること。
精神科医療従事者の拡充整備を社会保障制度の一環として予算的な裏付けと具体的措置のもとに強力な政策として行うこと(p.120)

【1966・S41】
第1回OT試験
定期総会・学会(高知)
会員数8143名、予算382万円
生活療法文献紹介する

◇第1回OT国家試験
 日精看としては全国で約3000名の受験希望者があり、日本精神衛生会にその実現のための認定講習会を強く要望したのである。そして、この要望が入れられて、昭和40年12月15日、日本精神衛生会の第1回OTカリキュラム委員会が催された。協会としては、この委員会に、小林副会長、鹿島事務局長を派遣して、検討を行い、ようやく第1回の国家試験の実施にこぎつけたわけである。(p.100)

◇号外を発行し、地元での講習会開催に向けた取り組みを各支部で積極的に動くよう呼びかけた内容。(p.158)

◇生活療法文献の紹介(編者は山梨県日下部病院松井紀和先生である)(p.105)

◇みんなで5円運動を起こそう――マスコミ規制は看護者の役割――
 京都で起こった少年(分裂病患者)のピストル3人殺傷事件が論議されたが、席上、マスコミの取り上げ方が大きな問題となった。
 即ち、「恐怖の○時間」「何をしでかすかわからない精神病者」「野放しの精神病」「春先が危険な精神病」―こう言った一連の見出し、そして記事内容は、何れも社会防犯論にたった、患者を隔離しなければならないと言う考え方でかかれており(…)
 従って今後これらの問題が起こった時、精神科の看護者は5円(ハガキ)を使って、新聞社なりテレビ局に対し、患者の立場を代弁する精神科看護者の立場から記事のかき方なり、表現の仕方について、働きかけをすべきであることが確認され、一般会員にそれを呼びかけることをおすすめすることとなった。
 このマス・コミをいい意味で規制しなければ、大きく広くいって精神科の看護者不足の原因にもつながる問題(…)(p.150)

◇日本精神衛生会 作業療法士国家試験対策委員会(OT、委員会)の発足と経過について
(会長:秋元波留夫、昭和40年11月18日名古屋)
日本精神衛生会が日本精神神経学会の委任をうけ日本精神病院協会その他、関係団体の協力を得て、OT認定講習会の実施企画を行うことが議決された。
 従って、日本精神衛生会にOT専門委員会を設置し、又そのカリキュラムについても、検討することになった。(…)江副勉常務理事を委員長とするOTカリキュラム委員(10名の委嘱)(p.159)

◇社会の複雑化に伴い、精神障害者は年々増加する傾向である。然し乍らベッド床数の不足から入院したくとも入院出来ないのが現実である。この様な事情から、ほとんどの病院は定員以上、2割増位の患者が押し込まれている。このため完全になおりきらない中に社会に出されてしまう(p.160)

◇精神科看護白書発表
 この白書は27日の朝日新聞、高知新聞朝刊に、それぞれ6段抜きで大々的にとりあげ紹介された。(p.163)1万部発刊。(p.180)

◇第1回OT国試に合格して 基礎医学学習の必要を痛感(山口良泰)
 第一に感じた事は、今迄の考え方を改めなければならないという事であります。というのは、吾々精神科に働いておる人達は稍々もすると今迄行ってきた作業をOTと考え勝ち(ママ)であろうと思います。
 作業療法という言葉を単に作業であると云う業務内容におきかえていたのでは考え方、試験内容から大きくはずれておる様に感じます。OTに望まれるものは、方法論でなくて学問ではないかと思います。
 吾々は、常に方法論的には論じて来て居りますが、学問的には深く進んで論じた事はあまりないのではないでしょうか(…)
 今迄は療法士ではなく作業の指導員でしかなかったこの様なハンデを持つ吾々精神科の人達にはかなりの努力がなければ合格しないと思います。(…)
 亦、身体疾患の作業療法については、日頃耳なれないし、実技もしていない。然し吾々は精神科のOTであるといっても始まらないのです。(p.165)

◇OT・PT講習会に参加して(北海道支部 林和幸)
 精神医学を除いてほとんどの講義は整形外科患者を対象に行われた感じはぬけきれませんでしたが(…)
 一つ云われたことは力動精神医学的考えを除いて作業療法は有り得ないと云うことでした。
 これは作業療法だけでなく、基本的な生活指導レクでも、又看護者として医療従事者として患者さんに接する上で自己を(?)自己の役割を認識、洞察する上にも必要な知識と思います。
 小生達の今までは病的なものの観察にだけ主眼がおかれていて、自分達自身(医療従事者)の相手(患者その家族)の心理学的、経済的、社会的な面からの観察が難しいだけに、ないがしろにされていたのではないだろうか?(p.171)

◇昭和42年度学会シンポ、テーマ決る。
「精神科看護はこう注文する――特に関係当局・マスコミ・医師・患者家族に対して――
 昭和42年度、東京学会における、シンポジュームのテーマを上記表題に決定、具体的運営については、各関係者の方々に出席していただき、看護者側から@関係当局に今後における看護者の養成、臨床者に対しての教育問題 A医師に対しては看護者の理解 Bマスコミに対しては、偏見誤解を改めていただく C患者家族には家族会に参加していただくなど、私たちの声を聞いていただき、その後に各関係者より、それぞれの考えやら意見の発表をお願いすることにした。(p.176)

【1967・S42】
創立十周年記念東京大会
シンポ「精神科看護はどうあるべきか」
会員10000名突破
精神科看護従事者数が23000人(p.182)
「看護婦国家試験の受験資格の特例に関する法律」(案)に賛成
稲岡氏、看護人として始めて留学

◇昭和42年7月、社会党から、「看護婦国家試験の受験資格の特例に関する法律」(案)が、協会に提示された。
 内容は、進学コースに行きたくても行けない准看護婦(人)のため、実務経験6年、一定の講習会又は通信教育を受けたものに、国家試験受験資格を認めるという特例法案で、協会ではすでに昭和39年に、この種の陳情を厚生大臣に行っており、また、協会の主張とも合致するところから、賛意を表した。
 一方、日看協、日看連とも、話し合いをつづけてきたが、日看協側の主張は、あくまでも学校制度によるべきで、看護婦(人)のレベルダウンになるとして反対を表明、ついに意見の一致をみず、日看協、日看連は本会に、右社会党案の反体声明書を送ってきた(7月12日付)。これに対し、わが協会は賛成の声明書を7月27日付で発表(…)

◇本会「看護婦国家試験の受験資格の特例に関する法律(案)」に賛成――渉外活動を開始!准看から正看へ 経験年数・一定講習会で受験資格(日本社会党から提示された。)この法案に対し、全面的に賛意を表明(…)この法案に対し、日本看護協会は反対意見を表明しています。(…)
 日本看護協会が反対する点は、別紙声明にみられるように(一)学校制度によるべきだ、ということ、(二)この特例が当分の間、としていることは進学コースに入学する者がへるから、なしくずしに看護のレベルダウンにある、と云う理由であります。(…)現実に種々の事情から進学できない人をどうするか、と云うことについては不明確ですし、又、方法論がのべられていても、現実性がうすく、いつになったらこれらのことが実現するか、ここ十年来の看護協会の運動のすすめ方をみてもわかります。(…)
 また学校方式といっても、現行制度の中では学校教育法によらないもので、法的な学歴基準にはならない訳ですから、あまり意味のない主張だと思われます。
 講習会にせよ、通信教育にせよ、それをすませたから看護婦になる、と云うのでなく、それはあくまで国家試験受験資格ができたと云うことで、国家試験に合格しなければ「看護婦」になれぬ訳ですから、レベルダウンは考えられません。
 また当分の間、としていることはいけないと反対していますが、それでは仮に昭和45年度まで、と限定したところで准看制度そのものを認めている以上、その後も准看の人達は生まれてくる訳ですから、今と同じ様な問題が起こってくる可能性はある訳です。
 准看制度は維持すると国は明言していますし、看護協会も准看制度を認めると云っていながら、この人達の将来の問題をどう考えるか、明らかにされないままの反対では准看の人達の夢がなくなってしまうと思われます。

(声明書・日精看)
○准看護婦(人)には現在看護婦(人)になる為に、夜間・昼間の進学コースが設けられているが、精神病院は多くはへき地にあり、そこに勤務する准看護婦(人)は、進学希望をもっていても、ごく一部をのぞいて、事実上は進学希望をみたすことができない。それがこの法案が実現すれば、6年の経験年数、一定の講習会を受講することによって、看護婦国家試験の受験資格が出来ることになり、本会がかねがね主張していたことが実現するので賛成するものである。
○現在まで本会は男子看護者の名称看護人を「看護士」と改称するよう度々厚生省に陳情してきたが、その都度、法改正の折改称する、と回答を得ており、この機会に本会の要望が実現できるので賛成するものである。
○看護従事者の過半数以上を占める准看護婦(人)が、その勤務実態において殆ど看護婦と同じような業務に従事しているが、身分上、待遇差別をうけることが勤労意欲の低下をまねいている。准看護婦(人)で一定の経験年数をもち、かつ看護婦(人)になろうと意欲をもつ看護婦(人)に対し、国家試験の機会を与えることはかえって看護水準の相対的な向上につながるものと考えられ、この法案に賛成するものである。(p.129‐130)
(声明書・日本看護協会)

 今回の社会党案には断固反対である(…)
 この看護の任務から、医療の進歩等による社会的要請によってさらに前進をせまられている看護教育本来のあり方を考えるとき、その基礎教育を現行法(保健婦助産婦看護婦法)では高校卒業以上とし、3‐4年の専門教育を受けることになっているが、この専門教育を大学教育とすること必要であるといわなければなりません。重大かつ複雑な機能を役割とする近代的な総合看護は、このような教育を受けた者によってのみ可能なのであります。(…)この特例法が半永久的に実施される恐れがあること。(…)准看護婦は組織的な学問教育によらず、安易な手段で看護婦に昇格できることになるわけであります。このことが看護の質の低下をきたすことは絶対にまぬがれたいことであります。(…)万一、この法案が採決されるならば、現行の2年生看護婦学校(進学過程は入学者激減により事実上の廃校となり、この法案によって資格を得た看護婦は、われわれが最も恐れる、低廉で得易い看護労働力として低医療費政策につながっていくものと考えるのであります。(p.203)

◇「看護協会が主張している准看を看護婦に昇格させる教育方法」

◇日本社会党の「看護婦国家試験の受験資格に関する特別法案」を提出する趣旨について
 しかし一方で、看護婦就業者の半数を占める准看護婦が、その実態において、ほとんど看護婦と同じ様な業務に従事しながら身分上、待遇上において差別を受けているという現状がある。したがって准看護婦で一定の経験年数をもち、かつ看護婦として十分は資格要件を備えるものに対し、その勤務する職場、居住する地域の如何を問わず、受験機会の増大と均等をはかって、ひとしく看護婦への門戸を開放し、その身分上、待遇上の差別を撤廃するとともに、看護水準の相対的な向上をはかってゆくことは、当面の緊急課題である。(…)(p.203)
日看協が反対し、ではその対案は、とみると、すこぶる現実性のうすい主張をしている。
 教育機関を大幅に増設し、へき地の者も就学できる、現行の2年過程の変形とも言える組織的な教育ということは(…)あまりにも理想論であるといえよう。(…)
 進学コースに行きたくても行けぬ仲間のため、地元選出の国会議員に積極的に陳情活動をされるよう本部は望んでいる。(p.203)

◇去る6月19日、参議院議員会館会議室で看護制度についての研究討論会がひらかれ、衆議院から大橋、広沢二代議士、参議院から藤原道子、林塩、石本茂の三代議士、日本看護協会から金子会長外数十名の役員、社会党政審の尾畑氏、自治労役員全医労婦人部長等、本協会から渉外委員小林副会長、林、持丸の三幹事が参加した。(…)
日看協は現状に矛盾を感じながら、当分は現行法維持を考えている様な雰囲気をもち、われわれは、将来に現行法中、特に問題となっている古い准看を正看へ移行させる道を拡大する法の一部改正を長年の懸案である名称改正と共に早急に、今国会に提出すべきであると考え、自治労、全医労も資質の向上は待遇改善からという基本的な考えをもとに、准看の正看への道の拡大を望んでいる。日看協も恵まれなかった古い准看を正看へ昇格させたいという気持はわれわれと同様であるが、認定講習の内容、期間、場所などに疑問と不安をもち私共は国家試験という関門があるのだから、資質の低下が問題にされることはない筈であると訴えたが、この辺がなかなか微妙で妥協点が出ず、藤原議員から、日看協に対し早急に結論をまとめてできれば今国会に政府案として出させたい(この会でまとまった意見が出れば、厚生省も同意するという)ので、協会の善処を期待すると要望される。(p.204)

◇作業療法士国家試験結果を省みて
 第2回作業療法士国家試験第一次試験が(…)受験者約420名その中から合格者僅かに52名、昨年の第1回国試の30%をはるかに下廻った不成績に終り、関係者を驚かせた。更に4月19日の第2次試験で2名ふるい落とされ(…)なお、リハビリテーション学院卒者からも数名の不合格があり、学院の合格率は70パーセントであったという。
合格者、日精看50名、リハビリ学院卒業者12名(p.205)

◇精神病対策の諸問題
 現在精神病院で最も悩んでいるのは生活療法を行って経費人件費をかけているが、これらの療法は最も患者に適した医療行為であるにも拘わらず治療点数に認められて居らず生活療法、社会復帰療法を活発にすればする程赤字の累積する仕組みとなっている。(…)現行の医療点数基準では企業会計である病院では経費を抑えられて思う様な生活療法、社会復帰療法は行えない状態である。(…)公立を除く法人、私立等全国の殆どの精神病院では定床を120%から160%も上回っての圧縮入院である。(p.207)

◇林・石本問題 本会はすいせんしないと決定
 日本精神科看護協会本部は、林塩、石本茂両氏をすいせんしない。(…)本会が今回両氏をすいせんしないと決定した一番大きな理由は、日本社会党が今夏だそうとした「准看護制度の特例法案」に対して、両議員が反対を表明したことにある。(p.212)

◇OT国家試験
 本会々員から、凡そ5・600名受験するものと思われるが(p.183)

◇レクリェイション療法と体育理論(日本福祉大学 加賀谷秀雄)(p.201)

【1968・S43】
定期総会・学会(仙台)
会員11471名、予算504000円
保健婦助産婦看護婦法一部改正により看護士、准看護士の名称実現

◇この総会には初めて現職の厚生大臣が出席した。このことは、取りもなおさず日精看の発言力の増大を反映したものと解釈してさしつかえない。会員こぞって永年の切実な要望であった名称改正もんだいは、遂に解決、この年「看護士」との呼称に法律的に統一されることとなった。(p.132)

◇精神科看護のポイント 精神科における特殊な業務
・辞任確認、病棟巡廻(事故早期発見)
・喫煙介助
・予薬準備
・買物受領分配
・昼薬準備誘導介助
・与薬介助誘導(拒薬者介助)
・入浴準備介助誘導、更衣
・面会者の取り扱い
・外泊帰所者の扱い
・社会復帰患者職場訪問
・病棟点検、人員確認引継ぎ
・不眠者観察看護治療
・色情行為者処置
・起床誘導
(保護室収容患者の看護、けんかの仲裁、入院時の患者の迎え、離所患者迎え、転送時の付添、離所患者の保護抑制、自宅往診時の介助、他病棟の興奮患者抑制の応援)(国立療養所看護業務より)(p.217)

◇OT国試第一次結果発表さる ――合格者28%の厳しい関門――
 受験者数参百一名、合格者87名(28%強)で、相変わらずきびしい関門であった(p.224)

◇名称改正遂に実現!!5月9日 参院社労委 保助看法一部改正(名称改正)なる。
 この問題は、昭和33年来から、歴代の執行部の重要懸案であったが、たった一字「人」を「士」になおすのに。実に10年の歩みがかかった。(…)この法案については、本会の渉外委員会が努力したが、一方この用案可決まで国会で骨折ってくださった二人の議員がいる。
 一人は自由民主党林塩氏、もう一人は社会党の藤原道子氏である。(p.234)

◇作成のニオイ強い2つの投稿文 この会員は総会にはたして出席していたのか?
 人の悪口を云うものは自らにはねかえる
 石本選対無責任な記事のせる
 正体みたり
 本会攻撃(p.236)

◇看護人から看護士への名称変更
 昭和23年に保健婦助産婦看護婦令から保健婦助産婦看護婦法が制定された際には男子は「男子である看護人」であったが、昭和43年に「看護士」に改められている。

◇日看協と日精看のシンポジウム(第11回学会)
<質問>PT、OT、MSW等の職種が入り込んできている。看護業務の範囲をどう考えるか。殊にOTAについて准看護婦に準ずるものとして制度化の動きがあるが日精看の対策はどうか。(日看協)
⇒<回答>種々の専門家が入りこむ中で、一体精神科看護は何かと云うことについて、現在本会の理論研究委員会で研究をはじめたところである。OTAについては、日本精神病院協会から話しをきいたところで、今後検討し本会としての態度を明らかにしていきたいと思っている。(p.244)

◇ブロック研修会 生活療法を中心に二日間全国一せいに
 B生活療法――特に病状把握と働らきかけについて――
 古くて新しい問題であり、また精神科看護の基本とも云うべきものである。よりよき生活療法を実施する前提としても、症状把握がキチンとされなければならず、その観察結果によって働らきかけ――生活療法――がより効果的に行われる。それを学びとってもらおうということで、このテーマとなった。(p.248)

◇本会の会員内訳は?
正看4252人(37.1%)
准看2783人(24.3%)
他 1296人(11.3%)
無資格 3414人(27.3%)
男 3666人(31.34%)
女 8029人(68.65%)
計 11695人(100%)

◆関西精神科医師会議 1969 「学会を告発する」

 「健保抜本改悪を通じて、医療を受ける勤労大衆からの医療経費の収奪が行われようとしている。さらに基幹病院構想により報告医制度および指定病院によって若年医師を基幹病院に低賃金で釘付けにし、また中堅医師をも医局講座制のかくれみのから引きずり出し、直接国家の支配下に置いて、効率よく基幹病院に配置しようとしている。看護婦に対しても職階制の導入と労働強化を強要し、医療労働者に対する労働強化収奪が図られようとしているのである。この場合、医療は、高度産業社会の労働力の維持・再生産として規定されるのであって、労働力として期待されることの少ない精神病者は、およそ政府厚生省の考える医療の対象に該当しないのは、この体制のもつ効率原理からいって至極当然である。」(関西精神科医師会議[1969])

【1969・S44】
定期総会・学会(名古屋)
シンポ「看護者はいかに患者に接するべきか――看護効果をあげるために―― 精神療法的な接近
特別講演「精神医学における力動的立場」
(生活療法関係の発表やブロック研修が花盛り)
看護者不足の社会問題化
日精看基本問題懇話会開く
大阪・安田病院問題、粟岡病院問題

◇看護婦国家試験資格の特例法案 賛成圧倒的多数(日精看『会員意識』調査結果より)
 調査委員会に依頼して行った看護婦国家試験受験資格に関する特例法(社会党)案″についてのアンケート回答41.5%を整理してみると、賛成338、反対66、その他17、無回答12という結果がでた。(…)
約3,5対1の割合で賛成が圧倒的に多い。(…)
そこで問題点として
1、 看護協会との接点をどこで結ぶか。
2、 自治労など労組との連携をどのようにするか。
(…)
ただし、現状の看護者不足の原因が、その労働条件や、待遇、社会的地位の位置づけなどにあることを知ってもらうことが大事であり(…)(p.266)
◇精神科看護をとりまく情勢(昭和44年度第1号議案 日精看活動方針(案))
 ご承知のごとく、医学の進歩はめざましく、精神医学においても同様である。向精神薬・レク・作業と治療活動も精神障害者の社会復帰への願いをこめて研究が困難な条件の中で実施されつつある。院外治療活動も積極的に押し進められ、中間施設の設置要望など、法改正への動きも活溌である。しかもなお分裂病の根源が突きとめられておらず、それだけにあらゆる面から一層の研究が期待される分野でもあろう。
 ひるがえって看護界の現状をみるとき、いま大きく揺れ動いている感がある。2人夜勤で月8回の夜勤を、との人事院判定がだされ、また、昨年来の看護婦国家試験の特例法をめぐる論議も未だ尾をひいており、看護者不足と相俟って潜在看護婦の掘り起こしも活溌になって来たが、同時にその再教育の問題も大きく浮かび上がって来ている。しかも、看護教育はカリキュラムの改正などで綜合看護、人間看護ということに重点がおかれ、准看教育も引続き同様改正されようとしている。一方、現実の職場においては、ますます分化の傾向にあり、専門化しつつあり、高度な教育がのぞまれている。精神科においても、PSW,作業療法士、心理療法士などパラメディカル職種の人々と医療チームを組む場面が多くなりその役割分担の認識が重要になって来ている。(p.278)

◇OT合格者90名――受験チャンスあと2回――
 昭和43年度OT国試合格者発表が5月24日付で発表になった。それによると受験者は90名であった。しかも過去4回の国試の中では最高の合格率(36.6%)を示した。(p.284)

台教授不信任は誤り
 東大医学部の精神神経科医局は昨年10月解散され、かわって若手医師を中心とする精神神経科医師連合が結成された。いらい7カ月、同連合は教授総会総辞職、教授総会の解体、医局解体、10項目確認書反対、台教授不信任などを決議しているが、さいきんこうした運動方針に批判的な声が強くあらわれている。
 なかでも台教授の意見をきかず、不信任決議をしたことについて、これは軽率であり、誤りだったとしており、今後の成り行きが注目されている。(p.284)

◇千葉大精神科医局解体
 紛争の続いている千葉大学医学部では、このほど精神神経科医局員によって同医局が解体され、新たに精神神経科医師連合“が結成された。
 医学部紛争にともなって大学医局が解体されたのは、東大に続いて二度目。数ある医局のなかでも、精神科医局ばかりがこのような動きにあること、また今年度の日本精神神経学会が、関西精神科医医師会議の若手評議員傍聴の一般会員から学会刷新″の要求が出され、このため全理事が退陣するという異常事態になったことなどから思考すると、これが今後、精神科看護者にどの程度の影響をもたらすか注目されよう。(p.284)
◇看護者不足から法改正の動き
(…)
 これ(厚生省「看護婦問題」メモ)に対し、日本看護協会は、
1、 高卒プラス1年案は進学コースにつながらない無資格助手の養成としてなら良いが、准看護婦とすることには制度を更に複雑化し現場の混乱をまねくので反対。
2、 繰り上げ卒業案は43年度からカリキュラムの改正によって教育内容の充実がはかられている時だけに、制度のレベルダウンにつながるので反対。
 以上の反対態度を表明している。つまり、日本看護協会は〈制度の複雑化>と<看護職の質の低下をもたらす>という2点から、当局の以降には絶対反対、現行維持の線を強く打ち出した訳である。(p.288)


(p.294)

◇看護者不足社会問題化
 昭和43年から始まった看護婦のニッパチ闘争(夜勤制限闘争)の続発は、昭和44年に持込まれ、この年の6月にはついに社会問題化してしまった。
 すなわち、看護者不足問題が表面化し、病院によっては入院制限をするなどの措置をとり始めた。厚生省はこれに対処、問題の解決方法として「看護婦問題」メモを発表、看護婦の養成、充足問題は、政治問題化してきたのであった。
 厚生省の指摘した問題点は、@看護婦需要の増加原因を、受診量の増加による医療施設、病床数の増、成人病、公害、職業病、交通障害など激増による疾病構造の複雑多岐化、医療技術の進展による看護業務の増加、複雑化等にあるとし、A今後の看護婦確保対策上の問題として、志願者の確保と学生の受け入れに困難がある。中卒准看志願者確保の困難、高看施設数、定員数で入学者を制限、修学資金が不十分であること。B看護婦養成所運営に多額の費用がかかり、運営上の助成金も不十分で、専任教員も不足している。C激しい夜勤のため、他の職種と比較し、過重負担となり、既婚者が増え、問題が深まっている。D給与面でなお改善すべき点が多い。E看護婦のうち、有配偶者の占める割合が上昇傾向にあり、保育施設の整備などを十分配慮する。F就業看護婦とほぼ同数の潜在看護婦が見込まれているので、その活用対策が必要である、などの点を示している。
 これに対し、日本看護協会が、反対の態度を表明した。その理由は「制度の複雑化」と「看護職の質の低下をもたらす」というもので、現状維持の線を強く打ち出したものであった。
(…)
 ともかく、日精看としては、日看協の原案には賛成できず、これでは看護者の質と量の確保の解決にはならず、むしろ自民党政調会の看護婦対策委員会や参議院社労委員会の報告や決議の方が現実性があり、看護婦(人)の勤務条件、処遇の改善が効果的であるとの結論を出した。(p150‐151)

◇大阪安田病院リンチ事件、当該看護者は日精看会員ではなかったが、日精看として「声明文」を発表。

◇44年10月1日付日精看ニュース 3面割いて特集記事

◇大阪粟岡病院リンチ事件

◆1960年代頃

 「昭和三〇年代から四〇年代にかけて設立された精神病院の大部分は、建設用地取得の困難性などの理由で、交通の不便な僻地に地域との関わりなく建設され、当時の生活水準の最低基準を満たす程度の建造物が立てられた。病室の多くは畳敷きの六人から一〇人収容の大部屋で、時には二〇人単位の部屋もあった。窓には鉄格子がはめられ、病棟はほとんど全部が施錠した閉鎖病棟、共有の生活空間はないに等しかった。物理的構造の劣悪なことよりもさらに大きな問題は、職員の不足と教育研修の不十分さであった。この当時は日本の戦後復興期にあたり、精神科医・看護職員の不足は著しかった。精神科医療に差別的な医療法の規定で精神病院の職員定数は他科の病院に比べて低く抑えられていたが、その定員さえも満たしていない病院が多く、コメディカルの職員はほとんど配置されていなかった。昭和三〇年代から四〇年代にかけては、入院患者一〇〇人に対して常勤医一人程度というのが平均的で定数が一〇〇床ぐらいの病院で医師は院長一人にパート医師数人といった病院も少なくなかった。また看護職員のかなりの部分が無資格者で占められていた。このような事情を背景として、昭和三〇年代から四〇年代にかけて患者の人権侵害(不法入院・患者の虐待)事件が発生した。昭和四四年(一九六九)十二月二〇日、日本精神神経学会理事会は「精神病院に多発する不祥事事件に関し全会員に訴える」なる声明を発表し、医療不在、経営最優先の経営姿勢と、精神科医の基本的専門知識、道儀感や倫理観の欠如を不祥事件の一因としてあげた。しかしこの後、精神神経学会は内部混乱によって精神科医を代表する資格を失い、弱体化してしまった。その後も、昭和六三年(一九八八)の精神衛生法から精神保健法への大幅改訂の契機となった宇都宮病院事件から、大和川病院事件に至るまで、精神病院における患者の人権侵害事件が跡を絶たないのは残念なことである。」(風祭[2001:69-])

 
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■1970'
【1970・S45】
朝日新聞問題
定期総会・学会(甲府)
特別講演「芸術療法と看護」松井紀和、公開座談会「今日の精神科看護への注文」
会員数12244名、予算1000万突破、鹿島会長選出
日看協「医療衛生士」案

◇院外作業に従事する入院患者が労働基準法第9条の労働者であるかないか?
 院外作業が活溌になれば出場患者数もふえ、いろいろな問題が起こってくる。作業質、通勤時の交通事故その他…当然、税問題、労災問題が起こってくる。院外作業患者は果たして労働者なのだろうか。以下は昭和43年8月15日付で労働省基準局長からG県労働基準局長宛の回答書である。
 (…)
 労働者であるか否かについては形式的に判断することなく、実態に応じ、使用従属関係の有無を判断し、作業療法として適正なものであると否を問わず、使用従属関係が認められる場合であって、それに基づく労働に対して対価が支払われているときには、労働者に該当すること。(p.312)

◇OT合格者88名――合格率32.5%のきびしさ――
受験者271名で合格者は88名。(p.333)

◇入場受付もめる――本会はじまって以来の混乱――  第13回山梨総会 ※
議場の混乱
 この為総会は予定より30分程おくれ開会した。開会式のあと議長団が選出され、着任あいさつをしようとした瞬間から、マイクが占拠され発言された。この発言者は男女会員がひとりづつ、もうひとりは便所の窓から侵入したジャンパー姿の男である。
 議長が制止し、会場整理係の止まない県支部に場外に排除された。
 このあと議長のあいさつの後、大会役員が任命され鹿島事務局長から今日の入場制限に至るまでの経過と日精看の1年間の経過報告がされた。(p.332)

◇鹿島会長の選出を決めた山梨大会は、役員選考にひっかけての、過激派の格好の舞台となり、大荒れに荒れたのである。(p.158)
・さて、当日の受付は、協会始まって以来の厳重さで行われ、会員証をもっていない者は入場お断りとした。これに対し、碧水荘病院闘争委員会、上智大生、このメンバーと一緒に来た一部会員から、例年当日会員を認めているではないか。中へ入れろと大声で会場整理に詣(ママ?)めより、これを阻止しようとする係員と入り口付近で混乱した。(…)
 今回の大会の混乱には種々の見方があるが、大方の見解としては、一部過激派グループが役員改選を機に、会員内にあった鹿島事務局長に対する批判派を巻込み、自派に利用しようとした作為的な混乱であったということができるようだ。(p159‐160)
・学会の特別講演:「芸術療法と看護」山梨県立日下部病院の松井紀和、
公開座談会:「今日の精神科看護への注文」なだいなだ岡田靖雄ら5名。

◇告訴された総会時の負傷事故 経過詳報と本会のあり方
<事故発生の背景>6月号でもお知らせした通り、24日の支部長・中央幹事合同会議の席上、執行部から今年の総会を意図的に流会させる動きがあると報告されたが、それは5月20日、東京の三鷹で、日精看を批判する一部の看人及び非会員、約20名位の人達が集まって話し合いをしたことが、その席に誘われて参加した本部常任幹事から報告されたのと、同じく誘われた一部会員の電話通報によって知らされたからである。
<もたらされた情報>
 5月11、2日頃、日精看のことで、20日午後6時から三鷹で集会があるからと誘われ、当日5時半頃、三鷹へ行った。会員の2、3の人と待ち合わせ赤いヘルメットをもった水色ジャンパーの青年達と一緒に、近くの「上五会館」に行く。12〜16畳位の和室で、集ったのは約20名位、この中に碧水荘病院の元看護者や上智大学生など日精看会員でない人達も含まれていたし、医師や総会当日負傷した女子会員も参加していた。話し合の内容は、日精看の執行体制の批判や朝日新聞キャンペーン問題について、本部のまとめがなっていないなど、事ム局長の独断と非難している。(キャンペーン問題についてのまとめは、常幹会議で副会長がまとめ、経過報告でも承認されているものである)また、ニュース編集がかたよっていて、投稿が取りあげられない、この様な現状ではつぶしてしまうのもやむを得ないなど不満が多い。碧斗委(碧水荘斗総争委員会)の一人から精神医療は〜資本主義〜アジ的演説モデル。お互いが主義主張し、意見の一致はみられない。そこで具体的にということで、山梨総会の対策と鹿島事務局長批判が出される。会員の中から「つぶしてもやむを得ない等」碧斗委から精神病院労働者として今回の問題に対し、どのように位置づけするのか、我々を総会で、どのように利用しても結構である、我々は要するに会場へ入ればいいんだ、後はマイクを取り、精神医療云々をやる、など発言があり、参会者から双方の話をきいていたがはっきりしたものがつかめない、碧斗委は何が目的か、また何をどうしようとしたいのかなどの質問あり、碧斗委は一寸言葉につまる面もあったが、我々は碧水荘の実情を訴え、精神病院労働者として、現在の精神医療云々…を討論すべきだ。そのためにも、今回は総会を討論集会にすべきだ…等の内容である。その後、24日の支部長・中央幹事合同会議の対策など話し合われたが(中央幹事の一人も参加していた)具体的な結論は出されなかった。しかし大体討論集会にしていこうという方向でまとめられ、甲府での集合場所を万集閣という旅館とし、24日全員集まる様呼びかけられた。
<5月23日本部打合せ会>
 このような情報が参加した本部常幹から報告され大会運営委員長、会長ら本部役員数名と近県支部長の参加をもとめて、この情報を分析検討し、精神医療向上のために、患者のしあわせのためになどの美名の下に、討論集会にして、総会を流会させる暴挙が予想されるとし、このようなことは絶対に許すことは出来ないと判断した。
<入場制限>
 以上のような判断から合同会議にはかり、入場制限の処置がとられた訳である。例年とちがった方法がとられ、受付は混乱したが、一般会員の方々は、係員、あるいは支部長の説明で一応納得されたが、なお、説明不足があったことは、やむを得なかったとし、不快を感じられた方も多かったことと思う。このことについては、学会当日、会長から卒(ママ)直に遺憾の意を表明、お詫びしている。
<会長、負傷された方を見舞う>
 午前中は、飯田会長・粕谷副会長が山梨支部会員を、午後は小林副会長も同行して東京支部の女子会員をそれぞれ御見舞した。残念ながら、女子会員は、厚意は受けるがといってはおられたが、感情的なしこりは残っていたようである。
<告訴 理事会の姿勢> 山梨支部から本部に負傷した女子会員によって告訴されたことが連絡された。告訴の相手は誰かハッキリしなかった。後で山口山梨支部長・飯田会長等であることが連絡されて来た。
 緊急理事会を開催、やむを得ないことだが、支部としても、つきおとしていない――とはっきり云っているので、告訴はうけてたつ、司直の手で明らかにしてもらうと決定。
(p.334)

◇総会学会についての朝日新聞記事に抗議する
 去る5月26日、28日、朝日新聞に「改善策示されずじまい」「精神病院問題もめ、ゲバ騒ぎ」と称しての記事が掲載された。(…)公共性のある一大新聞の取り上げかたが、一方的である。その証拠の一つとして、怪我をした人は、会場整備をしていた山梨県会員の一人(一か月の重傷)の記事がのっていない事でも判明する。(p.334)

◇「朝日ジャーナル」6月28日号記事(※この記事必要)について 同誌編集長小南氏に会長・事務局長抗議

◇日精看と朝日新聞 (※この記事必要)
 この年2月28日から「精神障害者の人権、治療看護をうける権利が守られているか」を問う、一連の朝日新聞社の精神医療キャンペーンは、当然のことながら、協会々員にとっては勿論のこと、関係団体、一般社会へも大きな関心を呼んだ。「日精看ニュース」は5月の山梨大会を前にして、第116号に「朝日新聞ルポ『精神病棟』の反響」と題し、会員の声を集め、特集を試みた。何人かの声を収録しているが、このなかには「よくやったぞ、朝日新聞、と私は思わず心から叫んだ」といった表現にみられるように、一斉に拍手が寄せられたかの感があったが、同ルポも、最後になると、次第に、記者の特定のイデオロギーが感じられ、良識ある会員の失望を買った。
 こうしたあと、山梨大会の混乱を取り上げ、こんどは「朝日ジャーナル」が6月28日、事態を極度にゆがめ、特定のイデオロギーに誘導しようとする意図の見えすいた記事を掲載したのである。
 協会では、これに対し、「経過を無視し、かつ、一定の方向のみで論評されている」として7月2日、同小南編集長に、鹿島会長名で文書で抗議、5点にわたり、抗議した。
 これに対し、朝日側は容易に回答せず、協会側からの督促の電話に対し、7月15日「本誌としては間違っているとは考えていない」との、まったく誠意のない回答で、心ある会員の怒りを買ったが、執行部としては、検討の結果、協会の意は最初の抗議によって、伝えてある、として再度の抗議は見送りとしたのである。
◇朝日新聞の精神医療キャンペーン患者は人権、治療看護をうける権利が守られているか″―全国の看護者に大きな反響――
@会場受付の混乱に関し事実でない
A負傷看護婦は突き落とされたのではなく、転倒したもの。また整備係の負傷について書かれていないことは正確ではない。
B「性格異常患者に対する荒っぽい管理と看護」の記述がこじつけ。
C碧斗委側の理論が貧しいがゆえに一般会員の共鳴が得られなかった。
D役員選出に関する方法論についての批判
⇒「貴会の抗議に対し本誌としては間違っているとは考えていない」(p.339)


 朝日新聞のルポ記事精神病棟″は全国の関係者に大きな衝撃を与え、国会、地方議会、関係団体の問題になっている。
 朝日はこのキャンペーンで、患者の人権、治療をうける権利が守られているか否かを問おうとしているが、この記事は看護者に大きな反響をまきおこしている。
 反響は電話、当初という形で寄せられているが、この反響をしわけてみると、一つは、
あの記事は決して他人ごととは思えない。看護者は今一度、今我々自身の行っていることを反省してみるべきだ。というものと我々はベストを尽くしてやっている、一部のことを拡大して報道され、我々も同じようにみられるのがくやしい。是非訂正させるべきだ。日精看からも反論を出すべきだ″というものである。
 本部はすでにこの問題に対し、支部あてには″事務つうしん″施設代表者を通じて一般全員には″朝日新聞を読もう″というアッピールで、本部の態度を表明すると共に、各常任幹事が、それぞれ、朝日新聞に対し、当初活動を行っている。
 本部は朝日のキャンペーンが、精神病院を社会の中の病院にすることに大きく役立っていると評価している。つまりこの記事によって、改めるところがあれば改める――このことが結局は患者のしあわせ、看護の評価につながる、と判断している。
 何れにせよ、500万読者をもつといわれる朝日であるだけに、その影響するところは大きく、本部は種々の形で摂渉を続けている。(p.322)

◇朝日新聞ルポをうけての特集 朝日新聞ルポ「精神病棟」の反響 私はこう思う
・今まで努力を重ねてきた私達は、あのような形でしかみてもらえないのだろうか、誰もが憤慨と怒りで是正を迫られざるを得ないと思う(千葉県 Y看護婦)
・厚生省、いや国はこのよう様な事態を監査しないのでしょうか。(新潟県支部 S・S)
・あのような記事のとりあげ方では、あれが精神病院の実体かのように思われるのは当然だと思います。(…)今まで自分なりに努力をしてきただけに、このやりきれない気持ちをどうしたらよいでしょうか。(神奈川 看護婦ON)
・朝日新聞を読んで驚きました。現代にまだこのような病院があるのでしょうか、どうしても考えられません。(…)あの病院に勤務している看護者達は学んだ事も忘れ、自分の病院のことしかわからず、いわゆる視野が狭く、その勤務が馴れになっているのではないでしょうか。そこでこういう人達にこそ、日精看に入会をすすめ、我々と共に研修し、あらゆる面から考えなおし、勉強していく必要があるのではないかと思います。(広島県 看護婦N・T)
・偏見を是正すべきマスコミが、平段に精神病を誹謗する言辞を用い兎角偏見を生むことの御おきに病者にとって明日の遠きをなげかせる。(N・N)
・病院がどうしても経済的な面から良心的な治療、看護面が圧迫されることは必然である。従って、この面の基本的な解決策が実施されなければ、また再び、新聞を精神病院の記事でうめるような事態が到来すると思う。(愛媛県 看護士S)
・よくやったぞ「朝日新聞」とあの記事、週刊誌を読んで私は思わず心から叫んだこの言葉は精神科看護者として適切な言葉でないかも知れない。しかし、同感の人達も必ずいると信ずる。(…)出せる濃はだせるだけだぜ、とことんまでだせと思う。(東京都・看護士S・K)(p.329‐330)

◇第13回学会プログラム 研究発表41例中22例は生活療法関係。

◇「生活療法」と「社会療法」について精神医療上の論争
 9月4日の週刊紙上で私立病院の名門、昭和医大附属烏山病院での、紛争について、大きく取りあげて書いている。書き出しからかなり興味本位なもので、本当に精神病院の事を知っているのだろうかと心配になる。(…)そこで、本会としても(…)調査委員会から、同院の方々に直接会っていただき、事情を調査したいと考えている。(p.351)

◇<川崎市精神衛生協の公開討論会>要旨紹介『精神科リハビリをどう考えるか』医療新聞9月26・28日の記事より

■【1971・S46】

定期総会・学会(松山)
沖縄の本土復帰と精神科看護問題
「薬物療法看護の実際」発行
顧問・江副勉氏死去

◇各政党の医療政策の紹介がなされている。

◇時理解報告(1月28日)昭和46年度活動方針原案審議 
<情勢の分析>
 激動の70年代といわれる一般社会情勢の中で、近年、いろいろな意味でクローズアップされて来た精神医療の中で(…)医療制度の問題、医療従事者不足、そして、昨年社会にショックを与えた精神医療を扱った朝日新聞キャンペーン、精神病院の火災、一部の策とく病院の告発にみられる医療の立ちおくれを感じさせる問題(p.366)

◇沖縄ブロック研修会報告(理事粕谷もと)
<沖縄での問題点>
 男女子高卒の無資格者問題が、沖縄では強く取り上げられており、幾度かの運動の結果、45年10月に、現在高卒で3年以上病院で実務をしている人達に、准看の試験を受ける資格を与えるという法律が出来て、11月の下旬に、第1回試験が行われるという事で、大いに勉強中だそうです。精神科からは、約30名(全体で120名位)これは暫定的な法律で、これが永久的に続くように、又、准看学校の設立等、本土復帰を前に不安のようである。
<支部長会>
作業療法とその問題点については、マンネリ化、点数化の問題及び、療法部門の体系化、院外作業え(ママ)の偏見と無理解等意見の交換が行われた。(p.360)
◇家族会誌「なぎさ」より要旨紹介
偏見なんぞ糞くらえだ″群馬県東村山 精神衛生家族会を訪ねて(全家連常任理事 長山登)
 達者なときは、どんなに払ってもいい、貧乏人は貧乏人なみに保険税を払うから、病気の時はタダにしてくれ、そんな世の中にできないか、麦が獲れるまで入院費を待ってくれ。
…分裂病の娘をもった老婆は涙を流しながら訴え、哀願した。(…)これらのつぶやきは、20年のキャリアをもつ村の保健婦西本さんが、精神障害者をもつ家庭を訪問したとき耳にしたもので、家族達の血の叫びである。そこで西本さんは結核追放の闘いはどうやら片づいた。これからは精神障害対策に打込もうと決意、週2回群大へ通い、精神科の勉強をはじめ、近くの保健婦にも働きかけグループを作り、研修、どうしたら再発を防ぐことが出来るか、分裂病患者の生活指導をどのようにしたらよいか、この問題に取組み、毎日毎日訪問指導が続けられた。
 老婆の血の叫びと西本保健婦の啓もう活動が家族達の考えを大きく変えていった。
 こうしたことから、みんなが手をつなぎ、昭和42年5月、精神衛生家族会が生まれた。そして家族グループが出来、活動がはじまった。国保10割給付の請願、陳情が行われ村会や国保運営委員会へも執ように働きかけ、一致協力して解決に突進した。村当局は国保財政の破たんをおそれて、難色を示したが、群大の生活臨床グループの実体調査や専門医の訪問指導などの応援も家族の運動の大きな支えとなり、S42年12月の村議会は遂に10割給付を決議し、翌年1月から実施された。(p.363)

◇作業療法とその問題点について――昭和45年ブロック研でのまとめ――(舟幡定雄)
<作業療法と看護>
 現在の精神病院で実施されている作業療法は、全体の約70%が看護者によって行われている事が調査報告されている。
 (S42日精協)此の実情から見てもわかる様に作業療法に関する諸問題の多くは看護者によって究明されていかなければならない。そして作業療法のあり方と云うものも今後の発展の中で自らのものとして行かなければならない。
<パネルデスカッション「作業療法とその問題点」より>
1. 理論的問題点
@ 発表する精神医療の中で患者の身体と精神の機能回復に役立つ専門的知識と技術を学んだ専門職の養成をしなければならない。
A 作業療法の根本問題として、治療者の人格反映の影響が大切であることから、患者と治療者との対人関係が重要である。
B 看護者の人格、資質、態度〜人間お互いの接触・交渉の在り方と云った理論の確立。
C 精神衛生法の治療上の問題を取りまとめた法的な問題の改革をしながら作業療法の理論を定設化して促進させる事が重要であろう。
D 言語的疎通性の得にくい患者には行動が何よりも手がかりになる。患者の行動観察を通じて対人関係などを調べ、関心や欲求を知り、患者のニードによる作業療法をすすめる。
E 現在の作業療法の多くは看護者の手に委ねられている。その中で作業療法を進めていく過程には基本的な問題が多く見出される。次にその幾つかをあげる。
 先ず始めに佐合療法の(1)目的、(2)目標、(3)性格等があげられる。次に目的と云った曖昧さから、(4)手順等も検討されず療法の(5)評価、(6)記録等の効果判定は殆ど行われていない。
 以上の諸点を明確にして行き乍ら作業療法の有り方を十分検討し、看護学の観点からも療法としての正当な評価が得ら得るように努力しなければならない。
2.院内作業療法の問題点
@作業場等の設備の不足
A作業種目の不足
  B段階別による療法が行われていない。
  C専門職の配置と格付の不明確
  D作業療法に対する所要経費の負担が困難。
  Eナイトホスピタルの有り方。
  F作業療法と組織機構の確立と従事する職員間の連絡(療法部と下部組織・コミュニケーションの問題)
2. 院外作業療法の問題点
@ 院外作業場への職員(指導員)の配置。
A 作業中の怪我等事故の取扱いと治療費。
B 往復途上の交通事故の対策。
C 治療と労働の関係
D 作業と報酬
E 療法と期間
F 療法と職業訓練
3. その他の問題点
@ 地域に於いて作業療法が正しく評価されていない。
A 事業主の協力を得るにはどうしたらよいか。
B 作業療法の診療報酬としての医療保険での点数化の実現
C 措置入院患者と作業療法。
(…)
4. 終りに
現在の実際のなかで、精神科作業療法は如何にあるべきかを、今後の発展過程で考え、作業療法の看護理論と実際の確立をすすめて行き、各病院が共通の原則を持ち、その上で各々が創意工夫していくべきであろう。(p.368)

◇第1回評議会開催 昭和46年度運動方針案など 分科会方式で慎重審議
・組織の拡充について
全国約4万人の精神施設従事者が存在すると云うが果たして事実かどうか調査し(…)
・OT国家試験の特例法案期限延長について
幾つかの団体が共闘し連盟の請願署名活動をしているが、日精看にも共闘の申入れが東京都支部にあったが、名前を入れることは時間的にむりであるので、署名をとる活動に協力する。(p.370)

◇新聞を読む時注意しよう″
 我々は職場で医療従事者であると同時に市民である。医療も政治によって変化するものであるから、我々も重大な監視の目をもって参加しているはずであろう。此の様な時資料となる新聞等マスコミに対して、我々は用心深く注意して取入れる様にしなければならない。(p.382)

◇地域精神医学会 シンポジウム「精神分裂病者の院外生活療法技術(仮題)」シンポジスト:江熊要一、小坂英世、山本和郎 事務所:群馬大学医学部付属病院精神神経科内
(p.382)

◇地域精神医学会に参加して(理事 小林勇)
 地域精神学会は、設立総会を群馬県の猿ヶ京で持たれてから今年で5年目、第5回学会総会であった。主な構成メンバーは、精神科医師、保健婦、PSW、看護婦等、主として患者の社会復帰を援助する立場の人達である。(…)
 そこでは患者の社会復帰を地域社会で援助する場合に、医師側の反省として<今まで病院等に立て籠って受け身の医療を中心として来た医師には実蹟がない。永年地域活動をして来た保健婦は師であり友である>、<精神病に対する偏見は、昔結核に対する偏見が改称されたのが、結核菌の発見やストマイ等の発見にあったのではなく、国民のすみずみまでその医療が行きわたったからであるのと同じように精神医療がすみずみまで行き届かないとなくならない>(群馬大中沢医師)(…)
 第5回総会は(…)約1千人の会場は、その多くが保健婦であり、次に医師、PSWであろうと思われる。(…)次に、小坂氏との診断関係にある家族会あけぼの会″の家族の発言「原因療法によって永年の苦しみから解放される希望を持つことが出来た。今一生懸命勉強中である」旨の発表があった。(…)席の横か後の方で、小坂教・江熊教等と教祖扱いするような囁きが聞こえて来た。(…)
 私には、江熊か小坂かと云う対決をする様な(時々相手を誹謗する様な言葉が発せられ)意見が出て、お互いに100%完全な結果を得ないのにゆずらず、相手の長処を認めるとか、参考にすると云った様な姿勢に不足している様な印象を受けた。(p.402)

◇看護制度を考える――沖縄の情勢――(理事 小林勇)
精神障害者の有病率は本土の約2倍もあって、その原因は遺伝的なものではないと云われている。(…)約2万4千人の精神障害者中要入院3千8百人、要外来治療指導は1万5百人、対して11施設1859床(50床未開設)である。(71年8月現在)
圧倒的に病床や看護者が不足している。正看の養成は51年より50名、60年より100名で少ない。民間のA病院では、220床総看護者41名内4名が正看、准看10名、見習27名。B病院227床総看護者数36名内10名が正看、准看5名、見習11名。代表的な民間病院が此の状況である。
 沖縄県では、その医療は正規の資格を取ろうにも取れない(特に男子は看護学校に入れない)まま、多くの無資格者によって支えられて来ている。
 此処で注意しなければならないのは病床が不足ではあるが公私比については2.3対7.7で本土の1.5対8.5に比べて良い状況であること。准看制度がなかったことについてである看護者の正准比は6対1(公衆衛生看護婦を含めれば更に正が多くなる)本土の准が正を上まわっていることに比べすぐれている。(…)
又、療養費払い制度は入院前に4万〜6万円/月に用意しなければならず、家屋田畑を売り払って一家が破綻するケースがある。離島等交通不便なところが多く医療条件が悪い。(…)此の様な状況の中で琉球政府が行った臨時准看の制度は止むを得ない措置であったと云わなければならない。(…)沖縄の男子看護要員はすべて高校卒が採用条件で各病院で非常に能力を買われ、重要なポストについている。(…)此の制度は昭和44年2月以降については打ち切られて(…)(p.405)

◇皆んなの協力で看護体制の現状調査をまとめよう 組織委員会
<なぜ調査するのか…>
「精神医療」と「精神科看護」は決して別個なものでなく、この認識から私達はもっと直接的な看護から問題をみつめていきたいと思います。「精神科看護はどうあるべきか」この命題を追求し、かつ「患者に暖かい手を差しのべる」立場から、自らの看護体制がどうなっているかを明らかにする必要があると思います。(…)
<どんな問題を行うのか>
@ 看護単位
A 夜勤体制
B 待遇状況
C パラメジカルの導入
D 看護者需給対策問題(p.389)


【1972・S47】
定期総会・学会(水戸)
特別講演「人間の看護」早坂泰次郎、シンポテーマ「人間の看護」
日精看会員数 14,425人

◇さて学会の方は生活療法を中心に23、24の両日開かれ(…)(p.173)

◇情勢の分析(昭和47年度運動方針案及び予算案について)
此処数年来精神科医療のあり方がきびしく問われているが、この事は病者に対する処遇の問題としてその本質に触れているという事が出来る。此の本質的な問いかけは医療社会に対する外部よりの問いかけと云うよりは、むしろ内部的な自己反省であり、1972年は精神医療ひいては精神科看護が弁償的な対立変革の時期にあるとみて差しつかえない。(…)
日精看が正称する<良い看護>の思想を活かすべく、教育活動を中心として会館建設方針か促進、看護制度、沖縄復帰に伴う看護の諸問題等、結実を期待される(…)この目標を達成するために学術団体として教育活動とそれによって得た知識の活用を拡大するため組織活動を実践する(…)(p.421)

◇「精神医療と保安処分」神奈川支部看護研究発表会における医療懇談会テーマ

◇厚生省 医療基本法試案を発表 国民医療確立をめざす″

◇准看養成に強い反発″看護界の底流にあるもの
 医療新聞1月31日の記事によれば政府が第63回国会にだした「保助看法一部改正案」は流れたが、その中の「高等学校卒業者に対する1年間の准看養成」という考え方に対し看護界では強い反発が出ているという。全医労では、昨年11月23日から3日間百余名を集めて准看集会を開き「准看制度を廃止してはやく一本化」を採決し、看護婦のみならず国民全体の問題として、五十万人署名を該当で行うことを決めた。
 さらに24日には、自治体、国鉄、全逓、専売、大学病院などの総評集会も開かれた。
 総評では、准看制度廃止後の経過措置として、「実務経験6年(高卒者3年)と一定の講習による看護婦国家試験受験資格を」の要求をすすめているが、これはもっと討論を深めていくことになった。
 一方看護協会(小林富美栄会長)では、12月15日保助看法一部改正反対の集会を開き、国会に請願している。
 このような看護界の看護体制抜本改正に対する気運が高まってきている折、国でも47年度予算に新たに看護制度改善検討費を百万円計上、また、衆議院社労では、50年をめざし看護体制の抜本改正を検討中である。
 終戦直後つくられた看護制度は、現在の多様化した高度な医療社会に溶け合わず、前近代的なままとり残されてきたが、やっとその改善が前向きになされようとしてる。(…)
第2派看護業務の確立。「これは前の教育問題にも関連しますが、業務が明確でないため医者に命令されればやらざるを得ない。それで静脈注射を打ったりとか、また医療事故もおきています。
 このような医療行為は医者の意識の古さもあるが、看護婦とは何をやるか未だにはっきりしないからで、昭和36年国民皆保険になった時すでに考えられねばいけなかったと永吉氏はいう。
 完全看護やら病院の多様性など医療は複雑だ。その中で看護業務を確立するのが先決となる。
 また、現在看護婦不足が叫ばれている。これについては「今の制度ではいくら急場しのぎに宿舎をよくしたり、賃金を高くしても、看護婦は充足しませんよ。もちろん、労働条件の改善は図っていきますが、現在は職業婦人の地位も向上し、価値基準も昔とは違っています。看護婦のみならず、他の職業でもやめていくものも多いと私は思う。夜勤問題も含め看護とはなにかをまず問い直さなければいけないのではないでしょうか。(p.419)

◇46年度ブロック研修会のまとめ「患者理解に基く生活療法と看護」
 現在それぞれの病院において行われている生活療法が、そのまま直接治療に結びつくものとして直に受け入れられているわけでは決してない。それはある時には生活療法そのものの否定であり、或る時にはその行為に対する批判であることもある。そうした波紋の中に看護者が捲きこまれていないと決して言えない現状であり、そのために自らが関与し自らが心血を阻止でいる業務をも否定しかねず、又本来あるべき患者との接触の方法を疑い進むべき方向を見失っている向もないではない。(…)「生活療法と看護」と題しパネルディスカッションを指導講座としてとりあげた次第である。(…)そうして人間理解とは、決して現在あるもの、目前に提示されている患者の姿をそのままに観察することではなくて、その中にひそめられている発展性、可能性を見出し、それと現実に立脚した現在のあり方を融合させることであろう。(…)
<生活療法>
看護とは本来病気のために、或いは入院していることのためにゆがめられた患者の精神生活と、行動をより正常であらしめるための働きかえであるということが出来る。しかも看護とはそのために患者自らが完全でない謂わば欠陥を充足してゆくことが義務づけられている。その正常であること、歪められた奇型を円満な型に、即ち常識的なあり方にする事が、他者即ち医療の力によって、最終的には患者自らの力によって生成されるものでなければならない。とすればそれは患者が生活する24時間の経験によって自律を形成しなければならないのであって、単に服薬することによって、または単に話し合うことによって、目的が達せられるものではない。新らしい問題に遭遇し、葛藤を解消することを経験してこそ、始めて自らが直面する事態に対する判断と、その問題と対立する勇気を持つ事が出来る。生活療法は、自らの経験によって在り方を学ぶ手段である。それは行動を通じてのみ得ることの出来るものであり、その行動をより治療的に効果あらしめる手段である。即ち生活療法である。(p.429)

◇日本精神神経学会でのシンポジウム討論から精神病質は存在しない″  参加要約

◇作業療法に関する調査の第1報(舟橋定雄 茨城県立友部病院)
 組織委員会です(ママ)以来作業療法に関する調査をすることになり、去る5月アンケートによる作業療法の調査を実施、同療法の看護科点数化に向けて研究することになった。
調査の主な項目
1、 作業療法実態調査
2、 保険法の基準看護の算定基準の調査
3、 行政担当機関の考え方
4、 作業療法看護科の点数試案(…)
回答率が以外と低く、40%にとどまった。(…)
作業療法は実施しているが、詳細な収支決算をしている施設が少ないようである。医療スタッフや作業療法専従職員などとの関係も明らかにしていかなければならないと思うが、ともあれ、公立・民間を問わず、その組織の第章はあるにせよ、何等かの容で、作業療法を実施しているのが実情である。
 作業療法における看護料の点数を考えてみるには前述の項目を加え、深く検討していかなければならないと思う。(p.449)

◇第6回地域精神医学会 総会、全国研究集会に参加して (副会長 小林勇)
 去る9月29日、神奈川県箱根に於いて第6回の地域精神医学会総会と研究集会が開催されました。(…)今回はどの様に報告すればよいか困ってしまいました。「全関西精神医療研究会連合」、「保安処分体制作りと闘う実行委員会」のグループから学会開催前に4項目にわたっての討論の優先動議?があり、運営委員側からの回答があったりして、頭初から精神医療の根源問題で議論が沸とうしていました。(…)
簡単に全関西研連のものを紹介します。
1、 何故(保健所・保健婦が)地域精神医療にたずさわるのか。
2、 生活臨床市販
3、 アルコール中毒問題について
4、 収容所的精神病院にいかにかかわるのか。(p.453)


◆小澤 勲 197206 「生活療法を越えるもの」,第69回日本精神神経学会・シンポジウム「生活療法とは何か」→19731225 『精神神経学雑誌』75-12:1013-1018→1974 「生活療法を越えるもの(一)」,小澤[1974b:93-119]

 「一九六九年に「ピネル病院(というのは十全会系の一精神病院ですが)退職者会」の名でパンフレットにまとめられたピネル病院の実態の一部は以下のようなものでありました。「ピネル病院で行なわれている「作業療法」は決して「療法」などの名に価するものではなく、「無給労働」でしかない。……『看護学級』なる名のもとにオムツ交換、洗濯洗面介助、与薬介助、食事<0093<介助、病室清掃、ベッド清掃、患者の身のまわりの整理等、朝九時−タ五時まで追いまくられる。洗濯場には担当の職員もおらず、起床時問より一時間も前に洗濯係の患者は起こされて洗濯をさせられ、厨房も栄養士以外は患者がこれに当たる。……このような『療法』のなかでなおっていく人もいるだろう。だが、だからといって一種の強制労働、しかも無給の強制労働を認めていいものだろうか。強制労働に耐える人間をつくりだすこと、これがはたして治療といえるだろうか。……患者の『作業療法』が一週間、いや三日でも完全にストップしたら機能麻痺に陥るような病院。これがはたして病院といえるだろうか。……看護助手の大部分(八三%)は社会復帰(?)した前患者である。彼らは手取リ一万円程度の給料で時には看護婦以上の準深夜勤を割り当てられ疲労労困憊する。なかには宿舎が完備できないまま病室に収容されているものまでいる。……」



 「南アルプスと中央アルプスを望む田園地帯にある「南信病院」は、一九七二年に全開放病棟を 標榜して開設された。設計の段階から全開放を視野に入れたのは「日本初ではないでしょうか」と、院長の近藤氏は穏やかに微笑む。開設当時の入院患者は七割以上が統合失調症。もちろん患者の選別はしない。今日ほど多くの治療薬もない状況で、画期的というよりは「革命に近かったと思いますよ(近藤氏)」。さらに看護師が患者に代わって買い物や洗濯などを行う「代理行為」を全廃した。一〇年前に伊那インター近くへ新築移転、病室にはテレビも間仕切りのカーテンもない。見学者が絶えないという、まさに前例のない精神科病院である。」(近藤[2008])

◆山本浩子 19721220 「精神病院における権威構造と看護婦の闘い」,『精神医療』2-1(7):26-31

■【1973・S48】

定期総会・学会(岡山)シンポ「生活医療法を考える」特別講演「看護の社会的責任」
学会焦点は会費値上げ。
「保安処分」アンケートまとめる
法人化問題、厚生大臣に陳情
継続する看護婦不足問題。日精看でもおおく取り上げられる。

◇医療をめぐる社会情勢
 48年後半は石油危機による混乱とインフレによって表現される。一般庶民にはやりきれぬ年でもあった。
 このようなわが国の経済構造は、公害、交通地獄、過密過疎等を生みだし、国民の医療の需要の増大をきたしている。(…)
 精神病院の正常な運営を妨んでいる一つの原因が精神療法、作業、レク療法、看護技術料が、医療費点数のなかで、不当に低く評価されている。(p.514)


◇この年の一般情勢で注目されることは、前年に引続き、看護婦不足の深刻さが強く指摘されたことである。看護婦ばかりでなく医師についても同様である。(…)「保安処分」の問題は会員間でも注目を集めたが、法制審議会は「保安処分」を正式決定し、法相に答申した。日本精神神経学会では、例の台東大教授のロボトミー人体実験が話題を呼んだ。医療費改訂をめぐる中医協の場では、またも、支払側、診療側の対立がみられた。協会にとっては、懸案の会館建設問題が軌道にのってきたことは特筆すべきことであった。(p175−176)

◇昭和48年度運動方針案作成に当り(副会長 小林勇)
<精神科医療の問題点>
1、 発病、再発等に対して医療機関はどんな役割を果たしているか。保健所、病院診 
療所、福祉事務所等、の連携はどうか。精神病発生の社会的背景はどうか。
2、 公立病院の独算性、民間病院の経営、作業レク療法の点数、慢性的人員不足、基 
準看護料、1類〜3類等の要員配置、待遇、看護単位と配置人員(…)
3、 法制の問題  精神衛生法、労基法、保安処分案、刑法改正のねらい等々。公的
扶助の差。
4、 障害児に対して(…)
5、 社会復帰に対して、良心的にやればやる程赤字になる。就労困難低賃金。中間施設の是非、偏見誤解。
<日精看の果す役割は何か>
1、 精神科医療を変革する。@学術の向上、A学術向上のための諸条件の確立、B外 
部に向かっての働きかけ(精神衛生や障害の啓もう活動)C看護者を始め従業者
地位向上を計る
<当面の日精看の取り組みについて>
1、 組織拡大
2、 よりよい看護をつくり上げる
3、 国民の精神科医療に於けるその要望を知る
4、 看護上の諸問題を明確にして、対策を立てる(制度、法制、人員不足、その他)
5、 会館建設、専従職員配置
6、 地位向上(法人化、保健士(師?)准看昇格問題、無資格看護者について。
7、 組織の有り方(p.459)

◇日精看昭和48年度運動方針案 理事会
<精神科医療の流れ>
 昭和30年3月、クロールプロマジンを導入後、精神医療は大きく変化して来たといわれている。昭和45年頃までの約15年間をみると、精神衛生関係予算は77倍、精神病床数は5倍、措置入院は10倍になっている。一方、精神病院においての治療は、それ以来更に進歩を続ける向精神薬の内服療法と共に、広範囲な意味を持つ生活療法の基調としてやもすれば社会治安のための監禁に流れようとする施策に対抗して本会は、日精看の総力を患者の社会適応、社会復帰に向けて結集してきた。しかし、そうした努力に拘わらず、精神医療のあり方が批判され、尚その統一をみるに至っていない現状である。
 あまつさえ、精神障害の早期治療、社会内治療が叫ばれるようになり、病院外の疾病治療に対しても、医療従事者の関心と具体的な活動が必要とされ、直に国民の立場に立った地域医療の重要性が叫ばれて来ている。
 しかし、医療従事者の努力にも拘わらず、地域との連携体制は未だ未熟と言わなければならない。(p.469)

台実験について(渭原武司)
 わたしが20数年前、松沢病院に勤務していた当時、台教授はまだ同病院の医局員であったが、いつも薄暗い科学室で、まことに粗末な器具を使って、夜おそくまで研究していた姿をよく見かけたものである。教授は「患者おもいの医師」として病院内の評判もきわめてよかったし、また、この研究によって、精神分裂病の原因を解明し、もっと効果的な治療法を考えだし、精神障害者をなんとか救おうとしていた。
 したがって当時の学会では、この研究は医学的に高く評価されていたが精神障害者の人権尊重がさけばれている今日では人権上認められないものになってしまった。(p.477)

◇精神病院の現状
・精神病院 1353施設
・病床数  249,321ベッド
(1施設平均 184床)
・職員(医師 8.476人、看護婦(士)20.415人、准看護婦(人)15.114人、看護助手14.720人、心理士51人、ケースワーカー628人、作業療法士(含む助手)2.024人)(p.484)

◇精神病院の事態深刻 あふれる患者、医師 看護婦不足――精神衛生行政の改善が急がれる 監察で病院の実態浮彫り 民間依存の精神医療――
 行政管理庁が昨年4月から実施した「精神衛生に関する行政監察」結果では、医療施設の面でも保護体制でも全く不十分であるという実態が明らかになった。(…)
 行管庁は、患者の医療や保護がどのように行われているかについて、22都道府県から保健所75・精神衛生センター17、精神病院128(うち指定病院76)を選んで行政上の問題点を浮き彫りにした。
 わが国の精神病院総数1404だが、こんどの調査でその69%を占める都道府県知事の指定の私立病院をみると大半は医師、看護婦、施設も法定基準に達していない。例えば指定病院76施設を調べてみたら、医師の数が医療法の基準に達していないものが63施設(83%)、看護員については57施設(75%)、超過入院しているのが48施設(63%)もあり、また約3割は消防法で義務づけられた自動火災報知機を備えていなかったり、防火対策での避難器具さえ備え付けられていなかった病院が68%もあった(…)
<実効性のある作業療法の確立を>
向精神薬″などの開発で本格的に40年以降社会生活の中で治療する「作業慮法」が重視されてきたが、個々の患者の適応能力をみないで、しかも療法が形式化し、患者の能力を的確に評価しないで養鶏なら養鶏、農耕作業なら農耕作業だけというように作業を固定化させたり、看護婦が作業の計画を立てて実施している例も見られた。この調査では作業療法士などの専門職員を置いている病院は、わずか17病院にすぎなかった。このため勧告では、具体的な作業療法の標準化を研究、実効性のある作業療法                   の確立が必要だとしている。(p.498)

◇シンポジューム「精神科看護の将来への展望」大熊記者を迎えて 東京支部研修会
 11月13日午後1時より、都立松沢病院大会議室に於て、都内及び近県、遠くは岡山、長野県からも精神科医療に従事している400余名が出席し、大熊一夫氏(週刊朝日記者)、浦野シマ(東京小林病院指導婦長)、鹿島清五郎(愛知県北林病院看護部長)、小林勇(都立梅ヶ丘病院主任)の四氏を迎え、座長・金子嗣郎先生(都立松沢病院医長)の司会で、「精神科看護の将来への展望」のシンポジウムを開催した。大熊氏はアルコール中毒患者を偽装して入院した。その体験から看護者のタイプに3つあると指摘した。@頭を叩いたり、こずいたりする病力的看護者、A子供をあやすようにする保母的看護者、B患者をより理解しようとする看護者。患者から視れば、信頼し、腹を割って相談できる看護者の理想像は、B、のタイプである。現在の精神科看護はその域にない。「原点をみつめないで将来の展望はあり得ない」と言い、参加者の大きな注目をあつめた。(p.504)

◆浜田 晋・広田 伊蘇夫・松下 正明・二宮 冨美江 編 19731120 『精神医学と看護――症例を通して』,日本看護協会出版会,688p. ISBN-10: 4818001236 ISBN-13: 978-4818001237 3780 [amazon][kinokuniya] ※ m.

「まえがき
 『新しい精神科看護』を世に問うてから、ほぼ10年が経過した。
 そして今、私たちはこの10年の重みをかみしめながら、再びこの書を、激動と荒廃の世にあえて送る。
 これは、もちろん、精神衛生活動をはじめる人のために書かれたものではある。だがしかし、私たちは個々の症例の前では常に”これからはじめる人”なのである。そこには”専門家”ははじめからいなかった。患者の見方や接し方のお手本や、働きかけ方の既成のメニューをこの本に求められるなら、読者は失望なさるだろう。そのような一般的な知識を得たい方は他にも本がある。ここで私たちは、ある人――精神障害者とよばれている――と、どう出会い、接近し、理解し、共感し、ともに生きようと悪戦苦闘したのかという具体的な生まの経験を提供するだけでしかなかった。さらにそれは今まで私たちが彼らをどう誤って理解し、傷つけてきたかということから、私たち自身の歩みをふりかえることであった。もう一度精神科看護の基礎にあるものをほりおこしてみることであった。その仕事をある看護婦は”ごみさらえ”と表現した。
 精神障害者は、これまでも、現在も、きびしい状況下におかれている。そして彼らとともに生きようとするとき、私たちの道もきびしく困難なものとならざるをえない。
 その旅立ちに、この書がいくらかでも役立つならば幸いである。
    1973年10月
                浜田 晋
                広田 伊蘇夫
                松下正明
                二宮 冨美江」(浜田他編[1973:i])

「おわりに
 この数年間は、精神医療にたずさわる私たちにとって、激動の時代だった。精神医療のへの危機感は、日々私たちの胸をしめつけた。
 今なお、むしろこれから、精神医療はより激しい、より苦しい道程を辿ろうとしている。
 この混沌とした時期に、あえてまとまった書を送ることは、もともと無謀な試みなのかもしれない。それだけに、執筆を心よく引き受けて下さった方々にまずお礼をいいたい。
 […]私たちの意図は、これから精神医療の道を選ばれる人、現にその道をあゆんでおられる方々に、共通の論議の場を提供しようとしたものであった。たんなる知識を提供するためならば、多くの書物があるわけであり、あらためてこのような書を送る必要もない。精神医療の現状をみつめ、考え直すために、多くの方々から意見を求めたいものである。<0589<
                   編者一同」(浜田他編[1973:589-590])

■1974年(昭和49年)

山梨学会
特別講演「人権と看護」、公開座談会「精神病院と福祉国家」
分科会「入院生活と規則」、「生活療法と看護」

◇一口講座 生活療法とは
 生活療法は最も重要な位置をしめている割に地味であり、非常に困難であって、時間もかかりその効果がなかなか得られませんが、精神科看護の主体ともいわれています。(p.511)

◇本会の願いがみのり作業療法の点数化決る!
 日本精神科看護協会が十数年にわたって精神病院協会などとともに作業療法の点数化を1日も早く実現させるために、全国、病院の作業療法の状況について詳細に調査をし、それを集約して、厚生省に訴え続けてきた。(…)2月1日医療費値上げにともなって作業療法費が本決りになった。厚生省の指針によると基準看護のみとめられている施設である事。という厳しい制約がある。そして基準に該当し、作業療法士(OT)でなければならない。
――現況――
 S49年2月20日現在
作業療法士・435名、リハビリテーション学院 4校、全国の学院1学年定数80名(p.516)

◇一口講座 生活指導――起床について――
 生活指導とは患者に健康的な刺激を与えて、次第に生活の乱れを強制し日常生活がきちんとできるように調和と起立のあるものにまですることである。(…)規則正しい生活指導をするにはまず起床時間を決める。(…)起きない患者には、朝起きるということをやさしい態度で指導しなければならない。起きようとしない患者には声をかけるだけではなく、手を貸して起きることを援助し、習慣づけるように指導することが大切である。
 薬物療法で多量に服薬しているときは、起きにくいときがあるから医師の治療方針に基づいて起床時の指導をすべきである。なまけて起きないときは、起床の意義を教え、規則正しい生活をするように強く指導する。また好褥者を起床させないで放置していては絶対にいけない。しかしよく見られる姿である。精神症状が悪くて起きない場合や、自殺の目的で夜、睡眠剤を多量に飲み眠っている場合などがあるので、看護者は離床を促すさいには患者の表情、行動などの観察を怠ってはならない。起床したら、寝衣から普段着に着替えさせる。終日寝衣で過ごす悪習慣をつけさせないよう注意する。寝具は定められた場所にきちんと整頓してしまうよう指導する。(p.517)

◇作業療法の点数化(桜ケ丘保養院 加藤雄司)
 今回の医療費の改訂に伴い、精神科作業療法が点数化されるに至った。従来、この制度がなされぬままに乏しい病院財政の中から作業、レク療法の運営費、指導員の人件費などを工面し続けて来た精神病院にとってこの点数化は待ち望んでいた朗報といえよう。(…)専門職としての作業療法士が当該施設で本療法の指導に当たることが基盤となっていることは確かであり、精神医療におけるOTの資格や地位がこの点数化を契機としてさらに明らかになるであろう。(…)さらに大きな問題が点数化された作業療法に内在する。治療に名を借りた患者労働力の搾取や人権抑圧が依然として横行しておりしかも、さらに恐るべきは作業療法による不当な患者管理や、治療の名のもとに育成されていくホスピタリズムが、我々、精神医療に従事する者に自覚されず、日々の治療行為の底流を形成し続けることである。点数化に値する作業療法が現実にはたしてどのくらい存在するか、我々の現在の治療、看護がどこまで肯定されるものか自らが自らに向かってさらに強く問わねばならぬであろう。(p.517)
◇精神科作業療法協会で第10回大会開催(p.525)

◇社会復帰患者の賃金に差別 学会発表で実態わかる 精神医療に問う″院外作業患者の報酬・保安的色彩強い治療管理(p.530)

◇点数化された作業療法の問題点
 現在の精神科治療のなかで特殊治療とならんで重要な部分をしめている作業療法は永年の我々日精看の会員の悲願であったが、49年2月一応「無償の治療」に終止符が打たれた。しかし、前時点より多くの問題が提起された感がふかい。
 日精協の調査によれば民間精神病院1666施設中、OTはわずか35施設(3%)精神病床218859床に対し51名(0.02%)入院患者5000に対して1名の割合であり、年間養成されるOTは全国で4校、計60名で、しかもほとんどは理学療法施設に流出し精神科を志すものは数名にすぎない。この様な現状の中で、「施設基準」(40/25付保険局長通知)には、作業療法士(OT)の関与を必須条件とし「それ以外の保険医療機関が行った、精神科作業療法にあたっては別に算定できない、取り扱いは従前通りである」ことが特記されている。
 この現実のなかにあっても私達は作業療法を、やめる訳にはいかない。
 作業療法は、重要な治療なのだから。
 我々一層資質を向上し生活療法のあるべき姿を樹立するために一歩一歩をつみ重ねなければならない。
 尚厚生省の昭和46年の作業療法実調によると、精神病院で実施されている作業種目別比率は木工作業34.1%、次に「病院関連業務、美化作業」が23.2%と全作業種目の4分の1を占めており、院外作業療法における賃金の帰属処理問題と合わせ適正運用に慎重をきし、仮りにも搾取使役など誤解批判を受けることがないように留意し、配慮して行いたい。(p.536)

◇昭和50年度 学会教育主題 「人権と看護」(p.539)

◇昭和50年度福井学会 分科会の主題説明
 学会主題および50年度教育委員会の教育主題としての人権と看護″を受けて、われわれ看護者が直接精神病患者に関与する場面としては、1日の生活すべては通じてあげることができるが、そのうち患者の生活のホーム・ベースとしての病棟における生活場面と、特に治療的意味を持って接触する生活療法場面を捉えることとした。基本的には両者は共通した場面であることはいうまでもないが、概念的な意味においてその中心を次の二つにおくこととなった。
一、 生活療法と人権
 精神医療の中でも最も批判の的になっているものの一つが生活療法であることはすでにご承知のことと思う。生活指導を含む生活療法が療法の名のもとに人権を無視しているという。はたしてそうであろうか?。いってみれば生活療法は精神科看護に携わるものの、一つのより所でもあり、看護のなかに深く根ざしている。批判を受けながらも生活療法は未だに信奉されている傾向は強い。
 しかし批判されているものがそのまま放置されてよいはずはない。その批判に対して答えを持たなければ、それは盲信にすぎなくなる。この状況の中で生活療法は人権を無視し、患者の心に怨恨を植えこむにすぎないものなのか、または真に治療的方法として看護者がより所とすることができるものなのか、分科会の一主題としてその真実の姿を追求されることを期待する。
二、 入院生活と規則
 精神病患者の生活のホーム・ベースともいえる病棟には、入院者に対していろいろな、規則″が定められている。それはある時はその経営者″である病院で定めたものであり、ある時は病棟内の細則である。患者であると否とを問わず、集合生活の場には必然的に生まれてくるものであると思われているのがこの規則で、看護者のなかにも規則″のあることを疑わない人も多い。しかし、いずれにせよ、これら諸規則は入院者の自由″を拘束していることは事実である。自由が行為に対する責任を表裏一体をなしていることから考えれば規則″の存在はやむを得ないかもしれない。ただし、この規則はある場合には病者の自発性をおさえ、発展性を圧殺する治療的意味と背反することもあり得る。現今の病院内、あるいは病棟内諸規則がはたして患者の治療にとって必要不可欠なものであろうか。二者択一はあり得ぬにしても、その規則がどの程度まで許されるものなのか?主題にも触れたごとく、管理か治療か″を深く考えてみる必要があることを痛切に感じ、分科会の一主題を入院生活と規則″に定めた。(p.539)

◇オムツ交換は作業療法か
 福岡県の上の病院で作業療法として患者のオムツ替えを同じ入院患者12人に交代で作業療法の形でさせていたことが明るみに出て福岡県衛生部では「とても作業療法とはいえず、患者の酷使である」と中止するよう指導。福岡法務局人権擁護部は「人権侵害の疑いがある」として調査に乗り出した。このあと、すぐオムツ替えは中止となった。(p.549)

◇公的病院ベッド規制緩和  精神病院は据え置く
 専門ベッドについては結核病床は人口1万人につき23床、精神病床は25床の現行ワクを据え置きにしている。精神病者が野放し云々されている中で精神病床の据え置きはどうしても納得が出来ない。(p.554)

◇山梨学会 分科会より
・(富山市民病院五福病院 松田公夫、加部正一、道野富夫)
 生活療法の中で最も批判の的になっているのは作業療法であろうと思われる。
 作業療法は進め方を誤れば、人権を無視がちな面を多分に持っていると考えられる。
 しかし、結論からいえば、作業療法は精神病院から切り離すことのできない療法の一つであると考えられる。
 ここに当院の現況や問題点をあげ、それらの点を考察し、作業療法と人権を考えてみたい。
当院の現況
 当院は総合病院であり、精神科のベッド数は100床で、閉鎖50床、開放50床であります。作業参加率は約75%で、かなり高い。作業療法室はあるものの紙加工用の倉庫的使用の仕方で、病棟内作業は主にディルームで行われている。また、病棟外の作業用地もほとんどなく、農耕に使っている畑は、院内の荒地を整理して約5アールの狭さである。スタッフは医師2名、有資格看護者25名、無資格看護者7名、心理1名、PSW1名であり、作業種目は院外作業に出ているものが7%、紙加工などの院内作業に出ているものが70%であり、他に時折、担当者の洗濯、修繕や病棟内の清掃、必要に応じて印刷、美化作業、農耕、椎茸栽培などをしている。作業療法について職員がどのように意識しているのかをみると、ほとんどが「一部値する」としながらも「より治療的なものにするにはどのようにしたらよいかわからない」とするものが多い。作業療法による収益金の使途は、院内作業の場合は85%が本人に還元され、15%は院内作業の収益金といっしょにプール、レクリィエーションや作業療法の用具、おやつなどに使用されている。
問題点
1、 作業参加率の高いのはよいが、看護者の誘い方に問題はないか。
2、 作業用建物、用地の乏しいのは経営者の作業療法に対する理解がないのではない 
か。
3、 専門の作業担当者がいなく、看護者が作業療法をすすめている。
4、 作業種目が少なく、とかく収益にこだわってはいないか。
5、 作業療法に対する職員の認識が狭く、とかく労働的な色彩が強くはないか。
(p.568)

・(長野県支部 駒ケ根病院 上川茂子)
生活療法と人権“というテーマの発想には、今までの精神科における生活療法の名のもとで、患者の人権を拘束しているのではないかと言う反省への熱意によるものだと思われる。(…)この問題を論ずるについて、全病棟を開放化して、4年間の経験に基づき、閉鎖と開放の看護を比較してみた。そうしてみると、その中でいかに患者の人権を起こしていたかということに直面せざるを得ない。今までの看護が、保護と生活療法の名のもとで、患者の意志にかかわりなく行われてきたことが多く、今にして思うと考えられないことばかりである(p.568)
◇日本精神神経学会 精神科「作業療法」を否定――生活療法の再検討か 精神医療に波紋――
 日本精神神経学会は去る5月13日、東京(…)第72回総会を開き、刑法改正案に盛られている保安処分体制のなかで「精神外科」が新たな意味を帯びてきていることを踏まえ、精神病者の脳に外科的な操作を加えて精神障害者を治療するロボトミー手術などの「精神外科」を否定する決議などを採択した。また、今回の総会で、国がこれまで「作業療法」を療法として認めていることに反対する決議を採択した。入院中の精神障害者に作業療法             をさせながら治療するというこの長い歴史ある「作業療法」を療法とは認められないということによって、精神医療に、また大きな波紋をなげかけた。これからは、生活療法の再検討が迫られるであろう。
(…)

<ほころびだらけの作業療法が露呈>
 今回の総会で「作業療法」を療法とは認めないという意見が大勢を占め、国がこれを療法として認めていることに反対する決議を採択したということであるが、真意はどこにあるのか理解にむしろ苦しむのである。
 わが国における作業療法の歴史は古い。とかく問題の多い療法であったことは否めない事実ではあったが、生活指導を中心とする様々な治療のなかで、作業療法は薬物療法とともに重要な療法の一つであっただけに、今回の否定決議は、生活療法を真面目に考えて、実践している善良な精神科医、看護士、作業療法士に大きなショックを与えた。(…すなわち作業療法はその歴史も古いし、また今日のように種々の治療法が発達してもなお大切な治療法である。しかしいまだに科学的に十分な裏付けはないし、制度などの点でも不十分であって、今後にいくつかの問題を残しており、いろいろの角度や種々の立場から研究されている療法ではあった・・・。(p.576)

◇福井学会シンポジウムに参加して (桜ケ丘保養院事務長 村越恒夫)
「生活療法と人権」の討論も僅か1時間であったが拝聴させていただいた。(…)(「閉鎖病棟における生活療法のあり方」)全く司会者の提起した課題に関係がない当該病院の患者処遇の状況などの報告であった。このとき一人目の発言が終わったとき、少なくとも司会者は今提案してるのは「閉鎖病棟における生活療法について」である旨を再度確認させたうえで2人目の発言を許可すべきであったと思う。2人目も三人目の方も病院の実情を詳細に報告されていたが、逆に詳細に報告されていたために会場の空気がだらけ、活気を失い、壇上の報告者はツンボ桟敷におかれ、席をたつ者が目立ってきた。(p.580)

◇寄稿「精神病院入院患者の作業と人権」(根岸国立病院医師 青木薫久)
 1975年5月13日、第72回日本精神神経学会は「今日の『作業療法』点数化に反対する決議」を反対ゼロの圧倒的多数で可決した。この決議は前文次の如くである。
 「今日の我が国の精神病院の医療状況は、強制的拘禁状況への傾きが強い。その中で入院患者の人権を擁護することは、緊急の課題として登場している。
 作業は入院患者の生活の一部であるとはいえ、上述の現在的状況のもとで、これを療法として位置づけることは、この課題、とりわけ患者の生活及び労働に関する諸権利の用語に鋭く対立するものである。この意味において、今回の『作業療法』点数化に反対する。」
 この文中、「今日の我が国の精神病院の医療状況は、強制的拘禁状況への傾きが強い」という意味は、今日の精神衛生法により、強制入院形式(措置入院・同意入院)が、精神病院入院形式の基本として規定されていることを意味し、このため病院が100%開放か否かを問わず、この意味が貫かれていると考えられるのである。
 また、1975年5月11日の日本精神神経学会評議会は、「精神病院入院患者の作業について」という決議を圧倒的多数で可決している。この決議は次の如くものである。
 「(1)現行精神衛生法体制下における精神病院の入院患者は強制的拘禁状況におかれている。このような状況のもとにおいては、入院患者の生活の一部となっている作業を『作業療法』として位置づけるべきではない。(2)入院患者は、何らの不利益をこうむることなく自己の意志に反した作業を否定する権利を有する。(3)病院の経営・維持に役立つかあるいは病院が院外の組織体と契約する作業に対しては、それ相応の報酬が患者個人に直接支払われなければならない。また、患者の作業内容の改善と患者の人権を保障する必要から、病院は、その作業内容および報酬等について公開を拒否してはならない。」
 この評議員議決にみられる精神病院入院患者の作業についての二つの権利、つまり、作業に対する拒否権と一定の労働に対して一定の報酬を得る権利が、作業を「療法」と位置づけることと「鋭く対立するもの」となるのである。
 即ち、精神衛生法によって、精神病院入院患者に医療を強制する権利が、病院側に保障されているが、作業が「療法」として位置づけられると、強制権を獲得し、それでなくても、精神病院において作業が強制されている事例がしばしば報告されているのに、その状況に合法的道を拭き清めることになるのである。
 作業を「作業」として位置づけておいて、それに対する拒否権を患者に与える方法については、強制入院患者について「自発的同意」が基本的に成立しないため、拒否権のあるような療法は、強制入院患者にはおこなってならないということになり、患者から作業という生活の重症な一部を奪ってしまうことになるのである。
 入院患者に対して作業が強制されてはならない事は、日本国憲法第18条によって保障されていると考えられるのである。
 また、作業が「療法」として位置づけられると、病院の経営・維持に役立つ労働や内職作業のようなものに対して、報酬を与えなくてよいどころか、逆に「療法費」を徴収してよいということになる。それでなくても「作業療法」の名目で、内職・外勤や病院の経営・維持のための労働を強制し、その収益を収奪している病院があり、労働基準局より勧告をうけたり、刑事事件として訴追いされている病院もあるのであるから、このことは重大である。
 このような理由などから、入院患者の作業を「療法」として位置づけることは、患者の有する人権との鋭い対立を生じるため適当ではないと考えられるのである。
 ただし、人間の本性となっている作業をすることは、治療上有効なものであるはずであり、入院患者の生活の一部としての作業が「健康的で文化的生活」の一部となるように位置づけられねばならぬはずであるが、今日の我が国の精神障害者にたいする治安・管理主義と資本の論理から歪んだものとなっており、このことは患者自身の問題に限定されない面もあるが、この是正・改革には一定の時日と道程が必要であり、自給的活動が必要であると思うのである。(p.586)

◇消灯時間制 廃止をめぐる賛否両論
<近代精神医療の進歩に合わせ 生活指導の再検討迫られる>
 最近にわかに「消灯時間制は全時代の遺物であって近代医療にマッチしていないので廃止すべきだ」という声があがっている。これを避けて通ることもできず、抜本からの日課の再検討に迫られている。
<日課遵守″の指導に問題 定時消灯は大半の病院で>
患者中心の期待される看護
消灯時間を廃止して、読書したい人にはそれを許し、テレビを見たい人には見させる。いわゆる一般社会人に近い生活に持っていくのが本来望む姿であり、これからの生活指導である。寝室以外に設備がない為に、患者の要求を満たしてあげることができずにいるという病院も多々ある。
 消灯時間制が廃止になったら困るという意見も多々ある、その理由として@いつまでも起きていて朝起きれなくなる、A夜の喧嘩の件数が増える、B不眠の訴えが多くなる、C病棟全体が騒々しくなって環境が破壊される、などがある。どれももっともな意見だ。しかしこれらの意見を更に追及してみると、治療者自身の偏見と、古い既成観念で云々していることが多いのである。障碍を排除し勇気をもってすでに実践にうつしている病院もあるといわれている。閉鎖病棟に危惧の念があるのなら開放病棟で試してほしいものだ。
 患者の人権を守り、尊重する看護を、口先だけではなく、とにかく実践にうつすことを提唱したい。(p.596)

◆秋元 波留夫 1974 「精神科看護を考える」,「精神科看護」1-1→秋元[19760330:104-139]*
*秋元 波留夫 1976a(19760330 『心の病気と現代』,東京大学出版会,305p. ASIN: B000J9WD5C 1260 [amazon] ※ m.

 「心の病人は、もちろんそのすべてではないが、症状によって、自分が病気であることが自覚できなかったり、まわりから病気だといわれることに対して抗議する場合がまれではない。心の病人のこのような態度はおそらく心の病気を病気とは認めないという時代精神の常識と無関係ではないだろうが、身体の病気と異なった、心の病気の病気否認の態度が、心の病気への医学の接近を困難にしてきたし、そして現在でも困難にしている重要な理由である。身体の病人は医を求めるのに、心の病人は医を拒否する(これはもちろん傾向としてであるが)という事実を無視して心の病気とその医療の問題を論ずることはできない」(本書「心の病気と社会」)。
 精神医学がどんなに進歩しても、心の病気、とくに分裂病が存在する限り、このような病人の側の姿勢は変わらないだろう。自分は病気ではないといって医療を拒否したり、まわりの人たちをあやまった認識にもとづいて敵視したり、暴力的攻撃を加えようとする場合に、本人の意志に反して入院その他の処置を加えることが果たしてその人の人権を侵害することになるのだろうか。人権とは、個人の精神が自由であること、いいかえれば権利とともに義務の遂行が可能であることを前提としている。この可能性が疾病によって侵害されていることが明らかであれば、それを回復させることが人権をまもる道であり、逆説的ではあるが、精神病の人たちについて、ある場合にはその人権をまもるために、人権をおかす(強制入院、拘束、本人の意志に反する与薬、栄養補給など)ことがあり得る。うつ病患者有の自殺企図を「本人の意志に反して」防止する処置をとることが人権の侵害だと主張するものはまず存在しないだろう。他の精神疾患の場合でも事情は同じだと思う。  さきごろ、いわゆる「悪徳精神病院」告発が流行した。この告発には、わが国の精神科医療にひそむ病弊を摘発する意昧があったことは否めないが、いま述べたような精神疾患に特有ともいってよい医療拒否の基本的態度の無理解と無視にもとづく偏見があったことも確かである。これに対して、精神病院で働く人たち、とくに攻撃と拒否の顕著な患者ともたえず接触しなければならず、ときには、暴力にあって負傷することだってまれだとはいえない看護者から悲憤の声があがったのも無理からぬことである。
 精神病院が旧態依然として慢性分裂病の収容所にとどまる限り、かつて癩狂院とか狂院とかと自他ともによびならわし、高い塀をもうけて、社会から隔絶していた閉塞的状況から脱却することは困難である。そして、そのような状況の下では精神病院は特殊な社会であり、そこで働く看護者もまた一般看護者とは異質な変わった存在であるとみられる可能性が大きい。
 しかし、すでに述べたように、精神病院は一方では地域社会にその門扉を閉き、他方、その医療活動が多様化の方向にむかい、慢性分裂病の収容所から、中枢神経系疾患や、身体障害をもつさまざまな精神疾患をも包括するように大きく変わっている。精神科看護もまた、その活動の範囲と内容を改めていかなければならない。」(秋元[1974→1976a:126-129])

◆秋元 波留夫 1975a 「作業療法を考える」,秋元編[1975:9-22]→秋元[19760330:140-158]
◇秋元 波留夫 編 19750915 『作業療法の源流』 ,金剛出版,344p. ASIN: B000JA02S6 5800 [amazon] ※ [広田氏蔵書]
◇秋元 波留夫 19760330 『心の病気と現代』,東京大学出版会,305p. ASIN: B000J9WD5C 1260 [amazon] ※ m. [広田氏蔵書]

 「「生活療法」の作業療法・レク療法への還元は同時に「生活指導」の看護への還元を意味する。「生活療法」のなかで空文化され、よどんでいた「生活指導」は理念の上でも実践の上でも精神科看護の基本問題として問い直されなければならない。この場合、もっとも大事なことは精神科看護における「生活指導」とは何かが個々の患者の看護場面で具体的にとりあげられなければならないということである。」

■1976年(昭和51年)

「日本精神科看護技術協会」に法人化
大会総会(広島)
学会テーマ「精神科看護の主体性」
「精神科看護の領域」「私の理想とする看護の役割」


◇作業療法の点数化について(精神衛生市民講演会 前口静 神奈川県家族会連合会長)
 低医療費政策で四苦八苦している病院が作業療法を進めることは不可能である何とか点数化を実現したいということからはじまり全家連が訴えた。たまたま点数化されましたが、作業療法士がいる施設に限るという規制が条件になっています。O・Tがいる所が全国にどの位あるか、神奈川県の場合でも5、6か所以外より対象にならないと批判している。もしそうだとしたら、厚生省に対し改善するよう訴えるべきであるし、家族会が訴える前に接触し討議すべきだと思います。このように言葉では医療者と家族の連帯を強調し行動については傍観し実現すれば批判するということでは対策は進まない、社会復帰は中途半端に終わるのではないでしょうか。(p.606)

◇昭和51年総会 1号議案
 精神医学の進歩、とりわけ薬物療法の発達は、それなりの効果を発揮、生活療法的な諸活動を容易にし、社会復帰の過程を一段と確実なものにしていった。それにつれ看護が精神科医療に果す役割は重要な意味をもち、看護者の献身的な努力がなされた。しかしながら、そうした努力にもかかわらず病院社会の閉鎖性、処遇、人権、医療体制の不備、治療内容の功罪が鋭く問われ、社会的批判をうけ精神科医療に大きな警鐘を与えた。私達は看護者として、また協会として、この問いを正しくとらえ、自己反省し、精神科看護の原点をみつめなおす意味から、この数年『看護の社会的責任』『人権と看護』を広く真剣に討論し考えてきた。(p.617)

◇<精神科看護の領域>
・鹿児島県支部 精神科看護の領域(県立鹿児島保養院 長崎保代)
 かつては鍵の管理によって象徴される閉鎖的・監視的な単純業務であった精神科看護が向精神薬の開発、生活療法の導入により急激にその領域を拡大・膨張させてきたことは、我々の記憶に新しいことである。多くの病院で、多くの看護者達が突然与えられたこの魅力的な方法を、精神医療の黎明と受けとめ、以後、生活療法路線をひた走りしてきたのである。この風潮はレク、作業等のかかわりにおいて、その領域を無限に拡大したが、反面精神医療の本質にかかわる多くの体質的な歪みを放置してきた。このことは、現代の精神医療、特に、生活療法に対する多くの批判と、それにともなう混乱と無縁ではない。
 他方では、OT、PSW、CP、精神衛生相談員、保健婦、各種指導員等のパラメジカルスタッフが専門家として精神科領域に確実に進出してきている。しかもその進出の傾向からして、かつて看護者がかなりの意気込みと誇りをもってかかわっていた作業、レク、リハビリの分野においては、遠からずこれらの専門家達が、主役の座に着くことは、ほぼ間違いないように思える。このような状況を歴史的必然性として精神科領域に無為無策に過ごせば、近い将来看護者は、夜勤要因としてしかその存在価値がなくなってしまうであろう。以上のような認識より、今後の病院精神医療、さらには地域精神医療において、看護者の果すべき役割と関連させつつ、精神看護の領域を考察してみたい(p.618)

・東京都支部 長期在院患者に対する自立への援助(東京都立松沢病院 幡野静子)
かつて理想とされた生活療法、作業療法、などが画一主義、患者の主体性を奪う、使役であると今日批判され、そうした価値観の混沌とした中で、私達は一体何を行ったらよいかという困惑を経験してきた。そうした不安といらだちの中で精神科看護のあるべき姿を模索してゆく中で(…)
「精神病院で患者の治療を妨げる因子はなにか」(…)
@ 精神病院自体が持つ管理と抑圧のメカニズム
A 長期在院者の家族崩壊
B 家族環境と分裂病との関係
C 患者のかかえてきた歴史と病状の把握の不完全さ
D 精神障害者に対する社会的偏見
E 精神病に対する私達看護者のあきらめ
と考え、看護目標に「自立への援助」とかかげて具体的にその改善に努力した。(…)
受け持ち制⇒患者自治会⇒民主的に

・宮城県支部 チーム医療活動の一場面から(県立名取病院 菅野実)
これらのいわゆるホスピタリズムにおちいった患者と看護者のかかわりあいは、医療チームの一員として、患者個々の社会復帰する生活の場に応じて、医療チームの働きかけを幅の広い人間理解と医療の総合的見地に立ち、生活場面でより具体化することこそ看護の主体的活動であると提言したい。(p.618)

<シンポジウム抄録 精神科看護の主体性 山梨県立日下部病院 山田州宏>
 短時日で、このような運動の方向性を持つに至った理由として、(…)
@ 向精神薬の発達が治療を開放下で、または地域社会で行う体制づくりをうながしたこと、
A 病棟の開放化や地域精神医療活動が盛んになることに平行して、パラメヂカルスタッフが治療チームの一員として参加するようになったこと、
B 様々な闘争や訴訟、裁判がわれわれに人権問題に対岸の火事としてではなく、まさにわれわれ自身の問題として投げかけたこと(p.619)

◇20年目迎えた 薬物療法 人類の福祉に貢献(p.646)

◆1976頃
◇秋元 波留夫 19850523 『迷彩の道標――評伝/日本の精神医療』,NOVA出版,290p. ISBN-10: 4930914191 ISBN-13: 978-4930914194 \2940 [amazon][kinokuniya] ※ m. ut1968.

分裂病研究の先駆者(林 道倫)
 「南雲の私あての書簡は、彼もまた林の精神的な弟子のひとりであり、その伝統を発展させる気概を抱いていることを示していると思う。
 ≪私が赴任した昭和五十一年ごろの林病院の状況はたしかにミゼラブルでしたが、その構想と方針は見事な伝統が残っていると感じました。
 第一に精神病は病である、従って病者として遇しなければならない、と看護者は ナースのみにかぎり男の看護者は一名もおりませんでした。看護には母親的な態度が必要であるとして年輩のナースが、根気よく丁寧に患者さんに対応し、抑圧的な雰囲気が全くありませんでした。患者さんは大きな顔をして病人として入院していました。

■1977年(昭和52年)

学会総会
シンポ「偏見の構造と看護の立場」
公開座談会「精神科看護の今昔」
地区研修学会 シンポテーマ「精神科看護者が内蔵する患者への偏見」

◇「精神科看護の今昔」昭和52年度記念大会・学会公開講座
 精神科看護は日々変化し、進歩しつつあるという言葉をよく耳にする。しかし、実際そんなに変って来ているのだろうか?確かに全体・集団から個別へと移って来てはいる。生活療法は批判されそれはむしろ患者の本来持っている人間性の中に侵入する偽善的暴力であるとさえ極言されるに至り、その渦中にある看護自体はややもすると時流に同調し、あたかも内部から批判し、姿勢を変えたかの如く装って満足する。しかし看護がその姿勢を変えたのは、常に精神医療の後ろからであった。昭和26年以来看護に実践的活力をもたらした生活指導の興隆も、患者の日常生活のあり方を治療の方向性として統合した生活療法も医師の提言によるものであり、しかもその実践に当り、工夫をこらしつつも生活指導、生活療法、作業療法それぞれが全体主義的統制のおそれの故に批判され、個別化への思想に合体したこともまた、医学会の流れに追随するそうの例外ではあり得なかった。
 もちろん、看護と精神医学は分離して考えられるものではないし、批判がそのいずれから起ころうとも、そのあり方は弁証法的過程を経て新たに方法論的展開をみる必然性を持っている。問題はいかに看護業務と医業とが患者に対する働きかけの面で相乗しているとは言え、看護者から直接的に変革を目ざしたのではなく、何らかの外来的刺激が加えられなければ改善の動機を捉え得ない。その発想の乏しさ、あるいは職業的責任の稀薄さにある。すなわち精神科看護における外形はいかに変わったとは言え、内部的な看護者の本質は変化していないと言えるのではないだろうか。今回開かれる公開座談会「精神科看護の今昔」の目的は、決して歴史的に昔をふりかえってなつかしむためのものではなく、また、今昔を比較して精神科看護の進歩なるものを賛美するためのものでもない。反精神医学、反反精神医学と続く変革の波にさえも主導的な立場をとり得なかった看護、直接患者とのかかわりを最も多面的に持ち得ることを誇りとしつつも、なおかつ、いかなる転換が最も患者にとって必要なのかを、患者とのかかわりの中で直接的に発想し得なかった貧弱さに視点を向けることから出発し、本来主体的な精神科看護とはいかなるものかを、学会への参加によって得られた事故の体験に基づいて派空く氏、新たな看護の姿勢をつくりだすことにある。(p.659)

◇「人間の看護」「人権の尊重」「患者さんの意志」(…)
 そうした流れが作業やレクレーション等についても現れ、作業への参加、レク活動への誘導にも、出たくないのに無理に誘い出さなくてもよいのではないか、更に作業療法をそのものにも問題があるのでは?等の疑問が投げかけられ、看護者の中にも迷いが出ていると聞く。(…)
 ただ患者さんにこれをやりなさい、あれを作りなさいと作業させるだけだったら作業は医療の素材ではなくて労働の負荷に終ってしまうのである。(…)
 出たがらない患者さんにはどんな働きかけがよいか(…)作業やレクは一番大事な患者さんと看護者あるいは意志指導者(OTやワーカー)と心の触れあいの場の一つとして活用されるべきである。(…)そうした効用を考えるならば、今後も大いに工夫し利用されるべきではないだろうか。(p.678)

◇歴史資料 昭和8年に看護人協会設立の提唱 厩橋病院 古賀鹿吉
故呉秀三博士が明治35年に創立した「精神病者救治会々報」と公立及代用精神病院協会(後に日本精神病院協会と改称)の機関紙「和光」(昭和9年4月創刊)は誠に基調な資料である。(…)(p.691)

◇東北地区 第2回看護研修学会報告
 生活指導の名のもとに、患者さんの人権を阻害していないかどうかが内省され、その中で特に文書の検閲の問題が話題となり、活発な意見の交換が行われた。手紙は法の上からも、患者の人権を守る上からも、患者の人権を守る上からも検閲すべきではない。いや患者さんの病状によっては、出さないで保留することが患者の人権を守る場合もあり、ケースバイケースでなければならないなど盛んな論戦は会場の雰囲気を盛り上げ、参百数十名の会員に強い印象づけとなったことは確かであり、知らず知らずのうちに陥りがちな、看護の日常活動に大きな反省と自信を呼びおこしたことは意義深い。(p.695)

◇単純作業は「益より害」シンポジウムで熱気 盛会だった中国地区研修学会
 特に注目されたのは、医師の立場として久保武氏は作業に単純なものは「益より害」があり療法として認められない。という意見をのべたのに対して、フロアから「なぜ単純作業を益より害だとしか認められないのか」というやりとりがあり、一時会場は騒然となった。(p.700)

◆中沢 正夫 19770810 『精神衛生をはじめようとする人のための100ヶ条 改訂版』,創造出版,121p. 500 ※:[広田氏蔵書] m.

■1978年(昭和53年)

全国学会総会(沖縄)テーマ:こころ

◇記者座談会 精神科看護の展望を語る 病院が医学的に解明されない限り<社会の偏見と誤解>は続く・・・
〈過去を振り返って>
A氏 精神科の歴史を避けて通るわけにもいきませんので、その歴史について若干触れてみたいと思います。
 昔は、男子看護者は、看護といっても単なる用心棒的だったが、呉秀三先生が欧州に行って来てから、日本の精神医療・看護は180度転換したと言われている。呉先生は、実に偉大なる先生だった。
B氏 日本の代表的な病院といわれていた病院でさえ、戦後においても、看護はお粗末だった。看護の役割についても、これというものがなく、部屋に閉じ込めておくと云う状態だったし、看護のレベルも低く、昨日まで野良仕事をしていた人に白衣を着せて、看護につかせていたような状態でしたよ。
A氏 昭和22・3年頃は、アメリカ軍の放出物で看護者も患者も生活し、それで、不足分については畑作業をして、自給自足をしたものでした。
 今だったら患者を使役しているといって、大変な問題になることでしょうね。(笑い)
C氏 前近代までは、精神障害者は人間として扱われていなかったと、現在批判を受けているが、当時の精神医療はとにかく、精神医学そのものが未開な部分が多すぎたし、ロボトミー・電気ショックは、その当時の最大の治療法だった。
 過去の治療法が批判をうけるということは、それだけ医学が進んできたと言えることだとは思うが…
司会 過去の治療法が批判を受けると云うと、胸の痛む思いがするが、精神科に勤務するすべての看護、いや、医療従事者のみんながそうじゃないかと思いますね。
 過去は過去として、これからの看護はどうあるべきかについて語ってほしいのですが、Aさん、いかがでしょうか。
A氏 日精看は何故に結成されたかを精神医療にあわせて考えてみる必要があると思います。
 医療そのものも遅れていたが、看護者のレベルも低かったと思うし、精神病院に働いていることさえ恥ずかしくて隠していた時代もあった。そのようなことではいけない、ということで協会が結成された。
 また、看護者がよりいっそう勉強して、患者さんの役にたとうとしてふるいたったものだし、あの頃のエネルギーが今懐かしく思い起こされますね。
D氏 看護の地域格差が大きかった。九州地方はほとんど無資格者が、入院患者の看護にあたっていたんだし、民間は、することなすことが遅れていた。
 そこで、これではいかんと、勉強会に機会あるごとに出席したものだから、日精看は心の大きな支えだった。(…)
<精神科看護の役割>
B氏 将来的には、入院患者が開放的になっていくと、看護者は必要なくなるのではないかと心配しているむきがある。OTR、PSW等の分野がますます拡大され、その反面看護職の領域が狭くなると――
H氏 職業が専門家されることによって、看護の領域が狭くなる、または、なくなる等の心配すること自体ナンセンスだし、看護者の勉強不足だよ…。本来看護とは何かをよくつかんでいれば、おのずからわかるはずだ。
 患者が快適な入院生活が送れる様、治療的環境を調整し、社会生活に適応できるように支援し、または、医療チームの専門職に情報を提供し、よき協力者でもあり、それらの専門職としての役割は大きいと思う。
A氏 看護者は患者の一番身近の所にいるんだ。患者の心を一番知っていて、それに応じ得る条件があるのが看護者だ。
 その患者のニードを知って応じるのが看護者の役割だと思うし、患者の病状を的確にとらえて、それを医師に報告し、OTには病状を伝えてそれに合った作業をするように、助言するのも看護者の役割である。(p.703−4)

◇医療費2年ぶち値上げ 入院費1カ月 155400円
差額なき入院=付添なき看護″の実現を目ざし、厳しい条件の中で医療費値上げが2月1日から実施された。今回の改定によって、3類看護で1カ月の入院だけで155400円となる。(…)
<精神病棟特殊療法>
@ 精神療法600円(500円)A標準型精神分析療法1200円(1000円)B精神科通院カウンセリング1100円(900円)C精神科作業療法400円(300円)D精神科デイケア1300円(700円)(…)(p.712)

◇昭和53年度運動方針案
<看護の状況分析>
@ 看護職員の確保
A 看護職員の処遇問題
B 看護業務の確立、主体性と専門性
C 看護教育

◇精神障害者の社会復帰に積極的治療を 中央精神衛生審議会意見 精神障害者の社会復帰施設に関する中間報告
 以下に示すのは、当審議会が医療施設内外における入所施設としての社会復帰施設を中心に審議したものの中間報告である。(…)
<結論>
 精神障害者の社会復帰のためには以下に示すとおり@医療施設における社会復帰活動の充実及びA様々なニードにこたえる医療施設がいの社会復帰施設の整備をはかる必要がある。
<説明>T精神障害者の社会復帰についての基本的な考え方
1、対象
 今回、精神障害者の社会復帰施設を検討するにあたり、その対策を精神障害者のうち再発を反復し慢性の経過をたどり、社会適応上の障害を有する者に重点を置くものとする。
2、社会復帰活動の内容
@作業療法
Aレクレーション活動
B集団精神療法
C日常生活指導
D社会生活指導
E療養指導
F職能指導
G夜間生活指導(宿泊提供を含む)
(…)
U精神病院の機能を社会復帰
(…)
1、治療病棟
@閉鎖病棟
 終日施錠等により患者が自由に出入りできない構造で、治療上必要な行動制限が加えられる。
 ここでは、開放病棟での治療が困難な患者に対して精神科治療が積極的に行われる。
 昼間は、診断、治療、濃厚な看護、病状観察が行われ、必要に応じいわゆる生活療法(レクレーション活動、日常生活指導等)も行われる。夜間においても、引続き医学的管理が行われる。(…)(p.720)

◇精神医療における社会的問題 増加する外来患者 閉鎖的医療から開放的医療へ
 向精神薬の出現により、昭和30年頃から薬物療法が導入され、それにそって生活指導、レクレーション、作業、いわゆる生活療法がしやすくなり、閉鎖的医療から開放的医療へと変わり、社会復帰活動が精神医療全般にわたって前進を示してきたことは否定できない。
 また、入院中心という従来の考え方から、可能な限り通院医療、又は在宅医療へと変化してきている。これらの変化は薬物療法だけに限らず、従来は医師、看護者だけの援助活動にとどまっていたのが、現在は医師、看護者が中心となり、CP、PSW、OT等の医療従事者が協力しあって援助活動をしていることに大きな成果があったのではないだろうか。(p.726)

◇第10回 医療研究集会開催
第1テーマ「病棟開放化」(第1分散会)助言者、中沢正夫(群馬大学講師
 討論の柱として、社会復帰にむけての本来の役割を追求する上でどうあるべきか。
1、開放病棟の現状
2、病棟の開放化とはなにか
3、開放病棟の看護はどうあるべきか
4、開放病棟の人員
5、病棟の開放化をさらに進めるにはどうするか
第2テーマ「作業療法」(第2分散会)助言者、菱山珠夫(東京都立リハビリテーションセンター副所長)討論の柱として作業療法の現状と医療としての位置づけの明確化。
1、作業療法と使役の問題
2、ナイト・ホスピタルにおける諸問題
3、患者さんの作業収入の扱い
4、スタッフの絶対的不足の問題
5、中間施設の絶対的不足の問題
6、精神医療、看護における作業療法の役割について
(p.734)

◇精神医療の実態わかる ES療法46.4%の施設で実施 
 本会は、『精神科看護白書』公刊にあたって全国の精神病院等一千施設を対象に「精神医療の実態」を調査した。今その分析を急いでいるが、今回の調査で特に注目されたのは精神病棟からすっかり姿を消してしまったといわれていた「電気ショック療法」が「行っている」「きわめてまれではあるが、行っている」と回答した施設が全体の46.4%あった。(…)
 近代精神医療の中では「電気ショック療法」はもはや過去の療法となって、精神医学・精神科看護学教本の中でさえほとんどESについては詳細に触れられていないのである。しかし、本会が今回全国的に調査した「医療の実態」調査で精神病棟の約半数に近い施設で電気ショック療法が実施されているという実態は何人も否定できないであろう。患者の人権が云々されてはいるが、正しく療法として実施しさえすれば問題はない。(p.736)

◇OT不足で看護婦(士)研修 精神科ディ・ケア促進 施設承認基準の合理化 厚生省
 厚生省は去る8月8日、看護婦(士)に対する精神科ディ・ケアの研修を、今秋から国立精神衛生研究所(千葉県市川市)で行うことを決め、近くその募集要綱および実施要綱を各都道府県に配布する予定である。これは、従来、健康保険の対象となる精神科ディ・ケアは、精神科医ほか作業療法士、看護婦(士)精神科ソーシャルワーカー、臨床心理技術者という専門スタッフによって行われるものとの条件があり、極端に不足している作業療法士などの確保難でディ・ケアの普及が遅れ気味となっていたが、本年2月の保険局通知でこのワクがゆるめられ、作業療法士については、所定の研修課程を修了した看護婦(士)が代行できることになり、これまで作業療法士がいないためにディ・ケアのできなかった施設にとっては明るい知らせ。従って、研修を受ければ医療チームの一員としての資格が得られ(作業療法士としての資格ではない)、健保の対象となるディ・ケアを行う体制が整うことになる。
 現在精神科ディ・ケアが実施されているのは(…)6施設である。(…)研修期間は3週間程度。この内容は、通常の外来診療に併用して計画的・定期的に行う集団精神療法、作業療法、レクレーション活動、創作活動、生活指導、療養指導など(…)
(…)
<『精神科デイ・ケア施設承認基準』要旨>
 精神科デイ・ケアの施設承認基準として従来は作業療法士1名が不可欠の要件とされていたが、今回の施設基準承認に関する保険局長通知(昭和49年1月25日 保発第8号)の改正によって、作業療法士需給状況等の現状に適合するよう指導された。
 すなわち、従前は、精神科ディ・ケアの従事者は、精神科医師と専従者4名(作業療法士、看護婦(士)各1名と、精神科ソーシャルワーカー・臨床心理技術者等2名)の5名によって構成されるものとされていたが、このうち作業療法士については今回「作業療法士又は精神科ディ・ケアの経験を有する看護婦(士)」とされ、この精神科ディ・ケアの経験を有する看護婦(士)とは、当面、精神科ディ・ケアの経験を有し、かつ国立精神衛生研究所のおける所定の研修課程を修了した者と定められている。(p.736)

赤堀さんの死刑判決に抗議  日本精神神経学会で決議文(p.744)

◇望まれる看護体制の改善 精神科における基準看護の実態
(…)ちなみに、精神科においては基準看護の承認を受けていない施設が45%以上もあるのである。
 基準看護三類という最低の看護要員の線として定められているこの基準ですらである。一般科ではすでに二類の線までもち上げられてなおかつ付添が問題にされているのである。(p.746)

◇精神科外来通院4千万人  盛会、松山市市民向け講演会 国民の中に浸透した協会活動
 いま、全国に精神障害者が130万人〜150万人いるといわれている。しかし、精神病棟に入院し、治療を受けているのはわずか28万余すぎない。入院し、治療を受けたくとも病床が満床で断られるという家族からの話をきくたびに胸の痛むおもいをする。本会の精神衛生活動が地道ではあるが次第に国民の中に浸透し、外来通院医療を受ける者が年々増え昨年は全国の精神科外来に通院した者が延べ4千万人近くに達したといわれている。(p.746)

◆1979年(昭和54年)
第4回福島学会
学会テーマ「看護のめ」

◇(金子医師)
(…)近く精神医療について本を出すことにしているが基本的にいうと、生活療法の基盤をどこに置くかという問題で、生活療法の基盤というか、それの看護技術は何かといえば、さっき、ガンの話をしたけれど、ああいうものだと思う。行動科学的な方法というか、ある意味では外から見る、見ているけれども、昔からやっている生活療法のように嫌がるのを無理にやらせるというのではなく、どういう刺激に対して患者がどう反応するか、そういうことを技術的にびしっととらえることができると思う。そういうのが現在欠けているのではないだろうか。
 そういう面をとらえ、生活療法の、特に日常看護の技術として、すいう面を整理すべきだと思う。(p.756)

◇昭和54年度運動方針 評議会で審議 教育活動の充実
(…)犯罪の日常化、青少年犯罪の増加、子供や老人の自殺傾向、暴走族、アルコール中毒や薬物依存などの現象は、特に著名に増大している。
 このような社会情勢の中で、精神科医療の受療率は確実に上昇計画をたどっている。1965年頃から約10万床のベッドが増加したが、それ以上に通院治療の増加、あるいは疾病の多様化、中毒、老人性自閉症、情緒障害などが多発し、疾病構造の状況が大きく変わったといえる。
 医療形態をみても、入院中心の医療から脱皮し、地域医療、通院医療、デイケア医療、リハビリ活動等、特色のある医療形態で、治療機能が発揮できる方向への志向に転換しつつある。
<活動の内容>
イ、事務局の強化、指導性、事務の円滑な運営、会活動の中心としての機能を強化する。
ロ、渉外活動の活発化。看護制度、ILO看護職員条約、基準看護および精神科医療の諸問題など
ハ、教育活動の充実を進める
ニ、精神衛生のPRを積極的に取りあげる。(p.762)

◇「精神科看護白書」公刊 精神病看護は人間的成長 根強い偏見と誤解
目次
刊行にあたって
T はじめに
U協会30年のあゆみ
V 精神医療、精神障害者に対する社会の意識
W 精神医療精神障害者に対する看護者の意識
X 精神科看護の課題
X-1、誤解偏見
X-2、看護教育
X-3、労働条件
Y 看護の将来
Z あとがき
付:意識調査設問用紙
資料 
1、盛会の主要国の精神医療
2、わが国の精神医療の動向
3、本協会調査による精神病院の実態
 付:病院調査設問用紙
4、日本精神科看護技術協会略年表
5、年次別研究論文一覧
6、精神衛生法
(p.768)

◇作業療法による陶芸展 高野駒木野窯  小林病院〔p.768〕

◇昭和54年度 精神病院技術者研修会御案内 関東甲信越地区研修会 看護B 生活療法部門(p.774)

◇福島大会に参加して  小林勇
 今回の「め」というテーマによっての研究発表、シンポジウムは、いよいよ看護は一人、1人の患者の事情に目を向け、一人一人の看護者のありようについての課題を学習しあうということであったと思う。(…)
これまで、看護というと、人員不足、低賃金、重労働、社会的低位性などが云々されてきた。
 しかし、書関連学会、研究発表、文献や再教育のテーマなどを眺めると、看護する者についての課題が大多数になってきている感がある。(…)″レクレーション療法“=遠足、球技大会、作業療法などの場面での集団処理的看護は終わり、一人の患者をみて、どのようなことを期待し、そのためにはどのような場面が適切か、その場面で看護者である私はどのような役割が果たせるか、といったことが重要になってくる。(p.775)

◇「精神科看護白書」遂に発刊 白書は語る――「恐ろしい」「危険」はマスコミから
 第4回福島大会直前、全国会員の努力の結晶、「精神科看護白書」が発行された。
 これは、大学3年生、高校3年生、一般社会人、他科看護婦各々三千名を対象とし、精神科看護者は二千三百名を対象として調査、集約されたものである。
 白書は社会意識を述べるとともに、精神科看護の問題を明らかにし、精神科看護者として、問題解決のためにどうあらねばならないのか、その課題について提起している。
 看護がその主体性を求められている時期に、実践の場にある看護者の手によってこの白書が作られたことの意義は大であろう。
 精神障害者に対しての誤った理解、偏見、差別などが叫ばれてから久しい。白書の冒頭にも、呉秀三(1918年)、ケネディ米大統領(1963年)、日本国憲法第25条(1946年)が記されている。本会は約10年前、精神科看護白書を出しているが、進歩してきたといわれる医療の中で、果して患者側で見た実態は変容しているであろうか、その観点から見ても興味深いものがある。
 特に精神科医療、看護は、社会の情勢、社会保障、国民の意識と深い関連があるということがよくわかり、その意味でも、看護者は、ときに巨視的に、ときに顕微鏡的に、これら実態を把握していくことが、自分たちの仕事を確立、発展させるうえでの必須う条件になるという関係がこの白書によく表われている。
<精神病にはどんな人達が…>
 「精神病にはどんな人達がかかると思われますか」という問に対して、この回答に○印をつけたのは中学3年生66%、高校3年生71%、一般59%、他科看護婦65%となっており、だれでもかかる可能性があるという項目への回答者も含めると約8割以上もの人達が、精神病は環境や条件によってかかる可能性があると考えている。
 このことは、以前、遺伝とかキツネつきとかの迷信と思われていた時代とは大きく変わってきており、精神衛生思想の普及の可能性を大きく示しているといえる。
 そして、「治療すれば治る」と答えているものは、それぞれの対象者とも42〜47%のものがいる。
 <精神障害者へのイメージ>
 「恐ろしい」14〜17%、「かわいそうだ」40〜54%、「気味がわるい」10〜14%、「危険だ」中学3年生7%、高校3年生8%、一般17%、他科看護婦20%。
 このように拒否的イメージは他科看護婦がいちばん高い。どういうわけだろう。そしてこのイメージがどこからくるかについて全者とも、新聞、テレビ、ラジオからと答えている者はこのタイトルの通りであり、テレビ、新聞などの報道の仕方に働きかける必要を感じる。
<精神科看護師者の年齢構成比>
 准看は20代42%、30代35%、40代16%であるが、看護婦(士)は20代22%、30代17%、40代26%、50代31%、と正資格者については圧倒的に高齢化の傾向が著しい。
<精神科勤務への動機>
 自分から就職35%、他からすすめられて34%となっており「精神科に勤めた人の気持」には興味深く関心があった30%、不安であった48%と対照的である。また、勤務した感想として、非常によかった18%、よかった43%、まあまあだ32%、と答えており、後悔している、不明、無回答を合わせての8%を大きく上回っている。
 以上は白書の中での前半、アンケート調査集約の抜粋である。(p.778)

◇第4回地区研修学会開催迫る!! 学会主題看護の視点″――看護の資質の向上を求めて――
<主題>は「看護の視点」で、本会は過去、偏見の問題・看護の心・看護のめ″等々精神科看護の本質について学習してきた。
 患者さんから何を学ぶのか、看護者の役割はどこにあるのか等、シンポジウム、あるいは発表会を通じて検討しあってきた。(…)
 精神分裂病を器質的なものと考え、患者の言葉に耳をかそうともしなかった時代から、精神分析の治療実績を経て、力動精神医学の滲透につれ、すべての精神疾患について患者の表現を通じて精神内界の動きを重要視せざるを得ないあり方に変わってきています。
 精神科看護のあり方も患者の集団を管理する疾病中心の看護から個別的な患者中心の看護へと移りかわり、精神疾患患者を私達のすぐ隣にいる存在として、人間を尊重してのかかわりに変わってきた事実は既に御周知のことでもあります。このことは医学も看護も、精神病者を治療・看護するに際し、その中心を疾病におこうとする考え方と、病をもった人間としてかかわろうとする視点の違いであるといえます。(p.786)

◇東京都立松沢病院 創立100周年記念シンポジウム(日本精神医学と松沢病院)
昭和54年11月7日 午後2時〜5時
(p.791)

◇精神科基準看護の現状 問い直される看護体制 
 現在精神科に勤務する看護職員は4万5712名、うち看護婦(士)38.2%、准看護婦(士)31%、補助者31.7%となっており、他方昭和53年の入院患者は、約三十万、基準看護三類で推計すると約5万人、2類で約6万人となっている。基準看護を取得している施設は総体の55%、単科精神病院で53%である。(…)
 民間病院でも最近は一類、あるいは特一の確保がされているようであるが、問題を含んでいる。看護界全体の中では最低一類の要望が強いようだ。
 精神科ではこの基準でいくと、30万人の入院患者とみて、7万5千人の看護職員が必要であり、80年代、特一で二・八体制の確保を図ろうとしている。先にも述べた現状の厳しさから、基準看護の取り消しの声があるとも聞く。
 しかし、病院の開放化が叫ばれ、社会復帰の援助を中心に個別指導のいっそうの充実のために、一類看護の取得は必要と思われる。
 本会の中差でも、形態別にみると、単科の精神病院の場合、一類を境に、国公立と、私立との差がはっきりと表れている氏、さらに問題は、いずれの基準でも(5段階中の)、看護要員中、有資格が80%以上、さらに、有資格中看護婦が50%以上いることが必要とされている。
 しかし精神科では看護要員の確保が困難という理由から、有資格者70%以上、そのうち看護婦が40%いれば基準看護を承認するという特例もある。一般科に比べゆるやかな基準になっているが、それでもなおかつ基準がとれていないということは、いかに精神科では有資格者が足らないかということである。(p.798)


 
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■1980'

◆昭和55年(1980年)
熊本大会
「精神科看護の創造」
第1分会「看護の理(ことわり)」
第2分会「看護の業(わざ)」
会員17000人

◇新春座談会70年代の看護をふり返って
80年代の精神科看護の課題――看護の主体性を探る――
(70年代の特徴的なこと)
B:日精看を中心に考えると、昭和45年度山梨大会で始まったわけですが、その前年、精神神経学会(金沢)が大荒れに荒れたそのころの争点は、保安処分制度″の問題、碧水荘問題″烏山病院問題″等と大熊さんのルポ精神病″があったわけです。つまりそういう背景のもとに70年代の悪あけがあった。
D:そうですね、そういう意味では、山梨大会は、日精看をつぶそうという事前の動きが察知され当日会員の入場制限をしたりで、象徴的な大会でしたね。
(…)
E:70年代前半の昭和49年に懸案″の作業療法の点数化がされているわけですが、この時も相当の反対がありましたね。
A:それは、作業療法そのものがだめだというものではなく、現実の作業療法なるものが、患者を使役している。それの合法化と、それからの利益が病院の経営に結びついている。また、患者の集団管理になる、といった点だと思います。批判される側面が多くあったことも事実で、治療者側の教育背景や心構え、設備の問題など、療法として活用されるか、使役、集団管理、搾取になるかの境目にあったと思われるわけです。
E:病院の開放化促進、入院中心主義から外来中心主義、デイケアや地域社会資源の協力など、一方では努力もあったわけでしょうが患者さんの社会復帰の数になると、受け入れる世間に問題がある。老齢化の問題も深刻、今では、精神病院のベッドは約3分の2は、老人ホームといっても過言ではない感じで、この問題は、医療、福祉、総ぐるみで考えないと大変なことになっている。
B:70年代前半は「地域精神医学会」や「病院精神医学会」がつぶれています。しまいには、コツコツと地道にやっている人々が集まらなくなった感じの、それも全国からみて少数の人々の会合をつぶしてみてもどんな意味があったのでしょうね。
E:精神科医療をめぐるいろいろな学会がつぶれている中で、日精看がくずれなかったのはどういうことだったのでしょうか。
A:それは、私達看護者は、常に患者のためにを最優先していたというところにあると思います。
D:それと、理論的に主義・主張が異なっても、患者の側にいるという点での仲間意識は強かった。
C:反対だからといって手を切ってしまったら余計マイナスだという気持(ママ)。また、少数の反対派は叫んでいることが借り物であって自分自身の信念や理論ではなかったように私は思いますネ。
B:教育を中心とする、つまりお互いに足りないところを勉強し合って向上しようというところが中心であったからではないでしょうか。
A:そうですか。日精看の発生動機からみても、今でも社会的に一段(私達精神科看護は)低く位置づけられているようなところがあって、虐げられてきたものの連帯感が強かったともいえます。
E:私達は患者さんに一番近い存在であることからの現実認識と、仲間意識によって支え合ってきた。いろいろと戸惑い、反省し、強く揺さぶられてきたが、その二つの要素でしっかり手を握ってきたといってよいでしょうか。
<70年代の日精看活動と看護事情>
(日精看の大会テーマ)
S45年「今日の精神科看護への注文」
S46年「精神医療に於ける看護の展開」
S47年「人間の看護」
S48年「看護の社会的責任」
S49年「精神病を考える」
S50年「人権を看護」
S51年「看護の主体性」
S52年「偏見と精神科看護」
S53年「こころ」
S54年「看護のめ」
ということになっています。
C:看護全体の流れをみても人員不足―量的確保から、質的向上へと重点が変化し、如実に研修の方法などに現れているとも思います。つまり、患者も看護者も、個の問題がクローズアップされてきている。
D:日精看のテーマをみても、啓蒙主義から、一人一人の資質の問題、つまり、自分自身を問い直すというところに力を置く傾向が伺われます。(p.802)

◇昭和55年度事業計画案 厳しい社会状勢の中でどう乗り切るか
<はじめに>
(…)
かえりみればこの10年、精神科医療も激動の時代ではなかっただろうか。精神病院の告発に始まり、患者の人権、処遇、治療、生活療法などが大きな問題となった。私たちもおおいに反省し、あらためて疾病観、入院医療のあり方、看護観や方法論、実践について考えさせられてきたといえる。
<精神科医療の現状と問題点>
 近年、精神医療の発達、進歩は、早期退院、社会復帰を可能ならしめ、医療形態のあり方を変えたといっても過言ではないといわれている。つまり、入院中心主義の従来の方法を、通院医療、デイケア医療、あるいは地域医療へと転換せしめているという。(…)
 しかし、いま、わが国における入院患者数は30万3千570人、病床数29万6千523で、利用率は102.4%、在院日数521日である。
<看護の現状と問題点>
 先般厚生省は、昭和60年に66万人の看護職員を確保するという計画を発表した(。いわゆる(第2次看護婦需給)である。精神科領域では、いまでも看護職員の充足は「基準看護」さえ、精神病院総数1502施設で、特2類(51)、特1類(93)、1類(171)、2類(289)、3類(243)、無類(655)というのが実態である。
 よりよい看護の実態を計る指標の一つとして「基準看護」がつかわれるが、その意味でいえば、2類以下が1137施設を算える実態は改善していかねばならない。ぜひとも「第2次看護婦需給計画」の中で、精神科領域でも十分に看護職員の確保ができるようになりたい。(p.815)

◇患者の社会復帰への援助 それをはばむものは何かを探る 国民に精神衛生の普及  30万余の入院患者に光を 熊本大会に大きな期待
 精神障害者の早期退院、社会復帰を一層可能ならしめるためには先づ医療の原点にかえって患者を人間として扱うことからはじめ、拘束をせず開放管理と自主性のもとで、治療をすすめねばならない。入院中心主義の従来の方法から本格的に通院医療、デイケア医療、或いは地域医療へと転換せしめなければならない。(…)
 いま、我が国における入院患者は30万人余、入院を余儀なくされている。精神病棟は1502施設、そこに働く看護者は73,649人(看28,061人、准看24,890人、看助20,698人)である。(…)
 これからの精神医療の課題は患者の能力を最大限に引き出し勤労者として、1日も早く社会復帰させることにあるわけだが、80年代は益々医療が進歩し1〜2週間で病状の安定を取り戻すことが容易であるので、生活指導の面で細かい指導が一層看護者に要求されてくることは明白である。入院した時点からどう社会復帰させるかの援助が始まる。患者は再発する度に能力を失ってゆくので絶対に再発させない――それが社会復帰につながるのである。(p.820)

◇保安処分制度の改正 精神障害者 本年も実現に本腰
 本会は、49年5月、法制議会が11年間の審議の末まとめた「保安処分制度」は
国民の権利と自由を全面的に抑圧するものであり、精神障害者を即犯罪人と見なすこの保安はあくまで反対すべきであるとして、49年5月新潟大会で、満場一致で反対の決議をして今日に至っている。(p.820)

◇日精看は一つの安定期に入ってトーンダウンしている感がある。(p.829)

◇医療看護相次ぐ不祥事 求められる本会の教育活動 「看原病」では自体は深刻 
 いま、精神病院の告発、今後行為の行き過ぎが指摘され、大きな社会問題となってきた。
<その実態>
 5日、東京(E病院)で准看護士が、夜間興奮し抵抗してきた患者を制止したさいあごの骨を骨折させたという事件があった。(…)
 昨年8月、大阪(M病院)で無資格看護者2名が暴行を働き死亡させるという事件で1月に3人が逮捕されるという異常事態。ベッド420床、看護者44名のうち資格所持者ゼロ(…)
 一月、千葉県(R病院)で精神病でもないのに患者に仕立てられて、5年4カ月もの間、精神病棟に閉じ込められ、精神的、肉体的な苦痛を強いられたとして、さる50年2月、一市民が精神病院を相手取り、1000万円の慰謝料を求める訴訟をおこしていたがこのほど原告の主張をほぼ認めた形で和解が成立、被告の病院が史談金650万円を支払うことになった。
 2月、京都(H病院)で、キリンビール、高島屋などの株を大量に買い占めているとして問題となり、国会でも取り上げられた。
「老人患者の両手・両足をしばりつけたうえ、注射づけにし、1年に1000人近くも死んでいる。もうけを目的にした老人処理工場の感がある」と追及した。みんな7,80台の老人でいろいろな病名がついて1カ月の治療費の請求は69万円から87万円にものぼっている。重大な人権侵害ではないかと、その実態が浮き彫りになった。
(注)一般的には概ね1カ月の治療費は2万〜3万円位であるが、老人で食欲のない場合点適当をするが就き薬15万円程度である。(p.834)

◇再燃する「保安処分」 賛否両論と識者に聞く
 新宿のバス放火事件、北海道留萌市の看護婦殺人事件、等々、精神病院に入院歴のある者の犯罪ということで、まるで刑法回生論者を元気づけるような、一部マスコミのセンセーショナルな野放し…″というタイトル(精神障害者の冒す犯罪であれ、そいでない者の犯罪であれ、その内容、背景、結果、影響ということではまず個別に語らねばならないと考えるのだが)を引き出すような事件が起こっている。本会は49年、新潟大会で保安処分制度反対の態度を表明しているが、奥の法務大臣がまたぞろ関係団体の反対の声の強い、同制度新設について強行する姿勢を示している。(…)
 賛成⇔東京医科歯科大学教授 中田修
 反対⇔国立武蔵療養所  藤沢敏雄

◇保安処分の是非″  山田病院 臺弘(p.843)

◇保安処分反対運動で集会 国民的運動へ盛り上げ
  

◆19810520 『精神医療』Vol. 10 No. 2[通巻39] 特集:精神科看護の原点

浜田 晋 編 198202 『精神医学と看護 改訂版――症例を通して』,日本看護協会出版会,688p. ISBN-10: 4818001236 ISBN-13: 978-4818001237 \3780 [amazon][kinokuniya] ※ m. 
◆19820620 『精神医療』Vol. 11 No. 2[通巻43] 特集:精神科看護の諸問題

◆藤澤 敏雄 19821106 『精神医療と社会』 ,精神医療委員会,253 p. 1880 ※:[広田氏蔵書] m.

 「病棟運用の自由化を[…]スタッフの討論、全体集会での討論というプロセスをふみなからすすめていった。/金銭所持の問題、外出・外泊の規制などをとりはずしていくことと、病棟の雰囲気を活性化することであった。当時、この病棟には経験豊富な看護長がいた。スタッフ会議で看護長と私の意見はしばしばくいちがった。従来の生活指導、病者管理をしっかりと身につけた看護長の存在は、私自身にとって実に教育的であった[…]。[…]理解してもらうには、どのようにすればよいかを私も必死に考え、勉強をしたからである。[…]
 私が武蔵療養所で生活療法体制とどうしても真正面からぶつからざるをえなくなったのは、一九六七年秋[…]。[…]はじめから私が批判的であったわけではないし、それほど十分に生活療法について知っていたわけでもない。とにかく、日常的な実践の中で、「何故この看護長はこう考えるのだろうか」「何故このような不必要な規則が必要なのだろうか」「何故この病者を、このように評価してしまうのだろうか」といった具体的な体験の末に、「生活療法の思想」といったものにたどリついたのである。
 社会復帰病棟は平穏で静かではなくなって来た。長期在院の末に社会へもどることには、さきまざまな不安と恐怖と言ってもよい強烈な感情が病者の中に惹きおこされる場合が多い。自由化の進行ともあわさって、当然「問題刊動」と言われることも続出する。一律に従順であった人達も、多様な自己表現を見せはじめる。/こうした動きに、生活療法の思想で対応することはできない。病状悪化、問題行動ということで、「慢性病棟」や「作業病棟」あるいは「閉鎖病棟」へどんどん病者をおくりかえしていたら、社会復帰活動はきわめて限定した人しか社会復帰へ結びつけることができないのである。」(藤沢[1982→1998:55-56])

◆広田 伊蘇夫・小林 二郎 198210 「病院精神医学会/日本精神科看護技術協会」,『理学療法と作業療法』16-10:718-719[89]

◆今野 幸生 19831008 『精神科看護の展開――看護の主体性を求めて』,精神医療委員会,精神医療ゼミナール4,211p. ASIN: B000J6XZD4 [amazon] ※ m. m01n.

◆厚生省健康政策局看護課監修 19840806 『看護体制の変革をめざして――看護体制の改善に関する報告書』,メヂカルフレンド社,164p.,ISBN:4839210187,1000

◆19850110 『精神医療』Vol. 13 No. 4[通巻53] 特集:精神病院と看護

◆1983年頃

 「藤澤氏の実践は、そのほとんどが従来の武蔵療養所の規範や規則と対立することばかりであった。そのため、藤澤氏とその仲間であった私達は危険人物視され、疎外されることになっていった。[…]  当時の武蔵療養所は規範と化した生活療法が支配しており硬直した組織となっていた。/藤澤氏の実践はそれらとの闘いであった。/例えば、「一寸、疲れたので入院させてください」と申し出た患者さんも、組織・運営上、急性期閉鎖病棟しか選択の余地がなかったのだが、藤澤氏は社会復帰病棟に「休息入院」として受け入れていった。仕事を求めている患者には職業安定所に相談に行くよう助言した。家族の反対が強いため家へ帰れず退院出来ない人にはアパートではと助言し支援した。等々、現在では当然視されることがらも、当時は過激すぎると批判・攻撃された。ところが、藤澤氏の実践活動に対し非難し続けた秋元氏は、武蔵療養所開設四〇周年誌では、藤澤氏の社会復帰活動を全て是とし、武蔵療養所の公認の活動として記しているのである。ある経験豊かな看護師長さんが、夜回診の時、「造るのは大変ですよね。でも壊れるのはあっという間ですね」としみじみと言ったのは、私が武蔵療養所を去る直前のことだった。」(中川[2010:52]、中川が去ったのは一九八三年)

◆矢野 真二 19841025 『病院精神医療を越えて――精神科看護のひとつの試み』,批評社,267p. ASIN: B000J71UX0 1600 [amazon] ※ m.

◆三宅 富貴子 198602** 『心病む人々と共に――精神科病棟での日々』,批評社,210p. ISBN-10:4826500637 ISBN-13:978-4826500630 [amazon][kinokuniya] ※

◆安井 健彦 19860915 『悪魔の精神病棟――報徳会宇都宮病院』,三一書房,186p. ISBN-10: 4380862151 ISBN-13: 978-4380862151 1200 [amazon][kinokuniya] ※ m. m01h1984.
 第三章 地獄の看護人たち

◆保安処分に反対する精神医療従事者協議会* 19861101 「精神衛生法改正にからめた保安処分制度新設に反対する」
 *日本精神科看護技術協会参加

 
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■1990'

◆中沢 正夫 19930208 『精神保健と看護のための100か条――精神保健のための50か条・精神科看護のための50か条』,萌文社,233p. ISBN-10: 4938631199 ISBN-13: 978-4938631192 1700 [amazon][kinokuniya] ※ m.

◆浜田 晋・竹中 星郎・広田 伊蘇夫 編 19970910 『ナースのための精神医学――症状のとらえ方・かかわり方』,日本看護協会出版会,281p. ISBN-10: 4818005940 ISBN-13: 978-4818005945 3360 [amazon][kinokuniya] ※ m.

武井 麻子 19980515 『精神看護学ノート』,医学書院,183p. ISBN-10: 426034319X ISBN-13: 978-4260343190 \1995 [amazon] ※ m. m01n. n04

◆19980925 『精神医療』No. 14[通巻89] 特集:精神科看護のいまと未来の形

◆木田 孝太郎 19981130 『心をみまもる人のために――精神の看護学』,学習研究社,197p. ISBN-10: 4051520765 ISBN-13: 978-4051520762 1600+ [amazon][kinokuniya] ※ m.

◆Kree, Ernst 1978 Psychiatrie Report, Fischer Taschenbuch Verlag Gmb H. =19890610 山本 巖夫・山崎 伸行・山田 忠彰 訳,『精神医療レポート』 ,批評社,267p. ISBN-10: 4826501013 ISBN-13: 978-4826501019 \2878 [amazon][kinokuniya] ※ m
 五章 閉鎖病棟の日常における精神医療の実際
  1 一閉鎖病棟での私の仕事―― 一看護婦の報告(匿名)

◆宮子 あずさ 199903 『看護婦を生きる――精神科病棟の日々』,岩波書店,202p. ISBN-10: 4000028324 ISBN-13: 978-4000028325 [amazon][kinokuniya] ※ m01n.

◆吉岡 充・田中 とも江 編 19990915 『縛らない看護』,医学書院,270p. ISBN-10: 4260330179 ISBN-13: 978-4260330176 2000+ [amazon][kinokuniya] m01n.

 
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■2000'

◆中井 久夫・山口 直彦 20010315 『看護のための精神医学』,医学書院,320p. ISBN4-260-33116-7 2940 [amazon][kinokuniya] ※ m01n.

◆武井 麻子 20010315 『感情と看護――人とのかかわりを職業とすることの意味』,医学書院,シリーズケアをひらく,277p. ISBN:4-260-33117-5 2520 [amazon][kinokuniya][honto] ※ n04. m01n.

◆宮本 真巳 編 20030530 『援助技法としてのプロセスレコード――自己一致からエンパワメントへ』,精神看護出版,246p. ISBN:4990090772 2500 [amazon][kinokuniya] ※ m. m01n.

武井 麻子 20050315 『精神看護学ノート 第2版』,医学書院,208p. ISBN-10:4260333984 ISBN-13:9784260333986  2100 [amazon][kinokuniya] m m02 ms m01n.※

◆中沢 正夫 20051216 『精神科看護のための50か条』,萌文社,166p. ISBN-10: 4894910942 ISBN-13: 978-4894910942 1400+ [amazon][kinokuniya] ※ m.

◆藤野 邦夫・藤井 ヤヨイ 20061005 『裁判事例に学ぶ精神科看護の倫理と責任』,精神看護出版,197p. ISBN-10: 4902099896 ISBN-13: 978-4902099898 3000+ [amazon][kinokuniya] ※ m. m10h1973h. [72]

◆松澤 和正 20080301 『臨床で書く――精神科看護のエスノグラフィー』,医学書院,360p. ISBN-10: 4260005693 ISBN-13: 978-4260005692,360p. 2730 [amazon][kinokuniya] ※ m. m01n.

◆阿保 順子 20080510 『精神看護という営み――専門性を超えて見えてくること・見えなくなること』,批評社,サイコ・クリティーク,206p. ISBN-10:4826504829 ISBN-13:978-4826504829 1575 [amazon][kinokuniya] ※

◆浮ケ谷幸代 20090520 『ケアと共同性の人類学――北海道浦河赤十字病院精神科から地域へ』,生活書院,379p. ISBN-10: 4903690377 ISBN-13: 978-4903690377 3570 [amazon][kinokuniya]

◆立岩

 「松沢病院で行なわれた(2)(3)類似のものは、とくに人のすくない中では面倒なことではあるだろう。例えばその病院では、ずいぶん昔、一九二五年のことだが、そこで働く人も含めもっこを担ぎ、池が作られ「将軍山」なる山が築かれたのだが★04、それはそれだけといえばそれだけのことだったし、そんな屋外作業はそれだけの敷地がなければできないことでもあった。そして「遊び」もそれが「療法」であることについてまじめであろうとすれば、なかなかたいへんなことでもあり、実際随分な労力が費やされるものであったことをさきにすこし紹介した。
 それに対して、小林(ら)が提唱したものは「訓練」を主要な部分としたわかりやすいといえばわかりやすい図式のものである。そして、烏山病院●――こちらが一部で知られているのは、一つに、そこでの医師の解雇が事件になったことが関わっているのだが――においては、その人の状態に応じて建物・病棟を分け、状態の変化に応じて病棟を移っていく形態が――同時にそこには一箇所に「滞留」する人たちもいたのだが――取られた。そして一日の時間割が細かにはっきりと定められ、働く人の職務が規定された。これらは、とくに一九六〇年代以降急激に増えていく精神病院において、病院・病棟管理の方法として使える方法だった。そして医師はわずかで、やはり数はすくなかったがそれでも医師よりはずっとたくさんいた看護者――そこには看護師の資格をもつ人いたが、そうでない人も多かった――が実質その組織と被収容者とを維持・維持・管理していくという病院で、その人たちが使える方法だった。自らがする仕事としてそれが位置づけられることになる。自らがすべきことを知り、人によってはそのことに甲斐を感じることにもなった(cf.阿部[2013])。」

■人

阿部 あかね English
阿保 順子
末安 民生
武井 麻子
松澤 和正
宮子 あずさ


作成主担当:阿部 あかね
UP: 20130817 REV:20130913, 20140626, 20150117
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