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府中療育センター闘争


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■府中療育センター闘争関連の新聞・雑誌記事
 2005.07 安藤 道人 「府中療育センター闘争関連の新聞・雑誌記事」
 2013.2追加 廣野 俊輔
 2013.3追加 廣野 俊輔

発行日 記事タイトル ( 雑誌・新聞名  新聞縮刷版ページ数)

1968.04.00 東京都立府中療育センター開設

1970.12.14 重度障害者も人間です (朝日新聞)
1972.04.25 府中センターをつぶせ 東洋一の福祉施設の正体 (都立大学新聞)
1972.06.26 府中療育センターにおける日常的差別(保安処分・コロニ―資料集)
1972.09.19 民間への移転は追出し 府中療育センターの障害者 抗議の座り込み( 朝日新聞)
1972.09.19 都庁前に車イスの抗議――「療養所かわるのはイヤ」と (毎日新聞 545)
1972.09.20 車イス座込み2夜  (毎日新聞 578)
1972.09.22 2局長と話合い (毎日新聞 649)
1972.09.27 強制移転イヤだ 身障者、座り込み十日目 (読売新聞 887)
1972.09.29 二人がハンスト 都に抗議の身障者 (朝日新聞 967)
1972.09.29 座込みの2人がハンスト (毎日新聞 876)
1972.09.30 都庁前のハンスト続く 障害者「隔離」反対の二人 (朝日新聞 1003)
1972.09.30 ハンストに突入 都庁前の身障者 (読売新聞 999)
1972.10.03 テントの底 (朝日新聞)
1972.10.09 都庁前のハンスト 10日ぶりに解く 抗議の障害者 (朝日新聞)
1972.10.09 身障者支援で座込み 東京都立府中療育センターの看護助手 松本隆弘さん(朝日新聞)
1972.10.16―23合併号 女性民生局長が初めて難局に直面 (ヤングレディ―)
1972.10.20 車イス座り込み 『施設を移さないで』 都庁前にもう33日 (朝日新聞)
1972.10.30 車イスで40日座り込み なぜ・・・「差別反対」に反対 ジレンマに苦しむ都( 朝日新聞 夕刊)
1972.11.04 身障者拒絶するこの大都会 府中療育センター在所者 早大生らと対話集会 (朝日新聞 117)
1972.11.17 「身体障害者」の与えられた生(朝日ジャ―ナル)
1972.11.17 「わたしたちは人形じゃない 新田絹子さんの手記」,『朝日ジャ―ナル』
1972.12.09 都、説明会を提案 座り込みグル―プ「覚書違反」と不満 (朝日新聞 317)
1972.12.13 都の説明会を"拒否" 府中療育センター座り込みグル―プ (朝日新聞 453)
1972.12.21 車イスと"対話"して座り込み百日目 (読売新聞 夕刊 732)
1972.12.25 都庁前 100日目 カンパにみる人情(朝日新聞)

1972.12.27 都、身障者に最後通告 身障者の移転反対すわり込み100日目に (朝日新聞 908)
1972.12.27 施設移転で車イス座り込み―とが交渉打切りを通告 (毎日新聞 846)
1972.12.31 怒りは寒風を切る―座り込みの越年(読売新聞)
1973.01.14 在所生の意思、あす都が確認―療育センター (毎日新聞 396)
1973.01.16 身障者の民間移転 処遇は都立施設並みに 都が説明 反対者は納得せず (朝日新聞 465)
1973.01.16 来月移転で賛否を聞く―都、在所生に説明 (毎日新聞 442)
1973.01.17 車イスの座り込みのなか3人が移転 一次移転終わる (毎日新聞 夕刊 490)
1973.01.18 移転反対座り込み―府中療育センターで身障者
1973.01.20 重度障害者の一次移転終わる――府中療育センター( 毎日新聞 570)
1973.01.26 「多摩更正園は不祥事続き」施設替え反対派が態度硬化 (朝日新聞 夕刊 822)
1973.01.26 「職員不足なくせ」―移転反対派が抗議  (毎日新聞 夕刊 779)
1973.01.29 移転第2陣へ阻止の座込み (毎日新聞 夕刊 866)
1973.01.30 反対派支援学生が気勢 府中療育センター (朝日新聞 945)
1973.02.01 第二次組4人移転おわる 府中療育センター (毎日新聞 18)
1973.06.08 都市と市民 都議選を前に考える<4> 「豊かな社会」の少数派 (日本経済新聞)
1973.09.15 座り込み一年 車イスの抗議 多摩更生園への移転反対 (読売新聞 531)
1973.09.18 一年たった都庁前の車イス座り込み―きょう交渉再開要求の交渉 (毎日新聞 572)
1973.09.18 座り込み一年で総決起集会 身障者ら (読売新聞 夕刊 640)
1973.09.19 都知事、一年目に面会 すわり込みの身障者 都議会建物に乱入 (朝日新聞 672)
1973.09.19 27日に知事と話合い―一年で"糸口" (毎日新聞 608)
1973.09.19 やっと対話へ 都庁座り込み身障グル―プ (読売新聞 663)
1973.09.27 知事と初めて"対話" 福祉の実情訴える (朝日新聞 夕刊 970 )
1973.09.27 座り込み一年、車イスの対話―"施設移転責任"を知事に迫る (毎日新聞 871)
1973.09.28 "強制移転はしない" 療育センター問題 美濃部さん初の対話 (東京新聞)
1973.09.28 都政の目 解決の努力確認 車イスドキュメント (朝日新聞)
1973.09.28 量の福祉から質の福祉へ 都に転換問う 車イス座り込み (毎日新聞)
1973.11.01 「座り込み放置」と行政を追及―身障者グル―プが都と話合い (毎日新聞 18)
1973.11.17 話合いが前進 都側が"改善"を約束 (毎日新聞 548)
1973.12.25 白木教授との公開討論会を 府中センターの療養者 (朝日新聞 735)
1973.12.28 身障者ら越年座り込み 都庁前 白木元院長の退任要求 (朝日新聞 807)
1974.02.14 在所生有志に都が文書で回答―府中療育センター移転騒動 (毎日新聞 328)
1974.06.03 車イスでの都庁座り込み 一年半ぶり解決へ あっせん案 重度身障者棟 来年、民生局へ移管 (朝日新聞 夕刊 86)
1974.06.03 やっと"和平"座り込み解く―都庁前の身障者(読売新聞 夕刊)
1974.06.05 療育センター"テント闘争"終結―都と調印 (毎日新聞 夕刊 140)
1974.06.05 テントを自主撤去 都知事との覚書に調印 (朝日新聞 夕刊 154)
1974.06.17 運営に新たな波紋 一階部門の民生局移管 重症者の親が反発 (朝日新聞 173)
1974.11.23 重症身障者には危険 府中療育センターの移管 家族ら反対の署名運動(朝日新聞)
1974.12.4.協議会設置を検討 副知事が表明 府中療育センター問題 (朝日新聞)
1974.12.13(解説)住民負担は限度 府中療育センター紛争 (朝日新聞)
1974.12.14 都に改造早期実施申し入れ―府中療育センターの重度障害者
1975.02.06 都と賛否両派あす三者会談―府中療育センター重度身障者棟問題(読売新聞)
1975.02.06 あす五者が初協議  府中療育センター紛争(朝日新聞)
1975.02.08「話し合う会」が発足 府中療育センター問題 五者、初めての協議 (朝日新聞)
1975.04.08 話し合い進展なし―府中療育センターの移管(読売新聞)
1975.04.09. 府中療育センター 11.までに解決策示す 都衛生局長が表明 (朝日新聞)
1975.06.06覚書を実施せよ 有志グル―プ、都に迫る 府中療育センター紛争 (朝日新聞)
1975.06.06 20日までに最終案府中療育センターの民生局移管(読売新聞)
1975.6.12.身障者ら座り込みを再開 府中療育センター紛争(朝日新聞)
1975.06.12 再び抗議の座り込み―府中療育センター"早く一階を民生局に"(朝日新聞)
1975.06.14 座り込み派に屈するな 医師団など要請 府中療育センター紛争 (朝日新聞)
1975.06.14"重度棟問題"泥沼に 民生局移管に反対―職員ら都知事に訴え(朝日新聞)
1975.06.17「運営は民生局で」 重度棟で都最終案 府中療育センター紛争 (朝日新聞)
1975.06.17 都"別棟の建設"を提示―府中療育センター 両派とも即答避ける(読売新聞)
1976.02.03開放急げと座り込み―府中療育センター民生局移管求めて(読売新聞)

1999.09.17 石原慎太郎都知事 府中療育センター視察後、重度者の人格否定の発言 *
1999.09.20 全国青い芝の会 石原発言に抗議、発言の撤回と謝罪を要求* 

■人

猪野 千代子
岩楯 恵美子
新田 勲
三井 絹子

■文献

◆新田 絹子(三井 絹子) 19721117 「わたしたちは人形じゃない――新田絹子さんの手記」,『朝日ジャーナル』1972.11.17
 http://www.arsvi.com/1900/7211nk.htm

◆府中療育センター在所生有志グループ・支援グループ 1973 『府中療育センター移転阻止闘争』,府中療育センター在所生有志グループ・府中斗争事務局,122p.※r:[椎木章氏蔵書]

高杉 晋吾 1979 「府中療育センター闘争の切り拓いたもの」,『季刊福祉労働』3:44-55

◆岩楯 恵美子 著・「岩楯恵美子学校へ入る会」 編 19780620 『私も学校へ行きたい――教育を奪われた障害者の叫び』,柘植書房,271p. ASIN: B000J8OFS6 1800 [amazon] ※ e19.

◆中島 初恵 19750425 「東京都の難病問題と難病対策」,川村・木下・山手編[1975:62-75]*
*川村 佐和子・木下 安子・山手 茂 編 19750425 『難病患者とともに』,亜紀書房,259p. ASIN: B000J9OGWK [amazon] ※ n02.

 「府中療育センターは、昭和四三年、重い心身障害をもつ児童および成人を収容する施設として発足した。その内容は、衛生局担当の重症心身障害児(者)のための二〇〇床、民生局担当の重度精神薄弱児のための五〇床、重度精神薄弱者のための五〇床、重度身体障害者のための一〇〇床である。このように、さまざまな重い障害をもつ児童・成人を対象としているため、施設の運営において多くの問題が生じた。昭和四三年暮に、美濃部都知事は療育センターを視察し、センターを終生の収容施設とみなすのは不適当であり再検討を要すること、少なくとも重度関係は早急に分けるべきこと、を指摘した。このような指摘に基づいて、療育センターのありかたについての検討が活発に始められた。この検討と併行して、神経病院の設立準備および心身障害総合研究所(仮称)の設立準備のための検討が進められた。こうして、先天的または周産期の原因による重症・重度心身障害児を対象とする府中療育センター、後天的要因による神経疾患(心身障害)患者の対象とする神経病院、およびこれらの対象者の疾患・障害の基礎的研究や予防・治療・リハビリテーション・看護・福祉のための応用的研究を行なう研究所、の三施設が同じキャンパスにおいて密接な協力関係を保つことができるよう計画が立てられ、逐次実現されつつある。」(中島[1975:68])
 *センター闘争への言及はない

◆木下 安子 19780725 『在宅看護への出発――権利としての看護』,勁草書房,304p. ISBN-10:4326798394 ISBN-13:978-4326798391 欠品 [amazon][kinokuniya] ※ n02. a02

 「一九七〇年八月、朝日新聞東京本社の講堂で一つの講演会がもたれた神経病総合センター設置促進講演会≠ナある。会場に集まった人々の大半は明らかに身体上の不自由をもっていた。全国スモンの会、東京進行性筋萎縮症協会の会員たちである。そして美濃部東京都知事の登壇を待っていた。その期待のまなざしを受け、都知事はあっけないほどはっきりと「神経疾患患者のための施策に着手する」と発言した。患者会が準備した要望書は手渡されたが、既にその必要さえないほどであった本当だろうか≠ニ互いに顔を見合わせていた患者さえいた一幕であった。しかし、事実この会で△086 の都知事の発言は行政レべルで実現されていった。既に六八年六月、重い心身障害をもつ児童および成人を収容する施設として府中療育センター≠ェあり、その在リ方の検討と併せて、後天的原因による神経疾患(心身障害)患者を対象とする神経病院、およびこれら対象者の疾患、障害の基礎的研究や予防・治療・リハビリテーション・看護・福祉のための応用的研究を行なう研究所、の三施設が同じキャンパスに置かれ、協力関係を保つことができるよう計画が推進された。
 まず七一年五月には府中病院に神経内科が置かれ、七二年四月、神経科学総合研究所が開設になったのである。
 これら患者の期待と要望を担って発足した神経科学総合研究所は、その目的に「脳・神経系についての基礎医学的研究、脳神経系の疾患ないし障害の臨床医学的研究、ならびに脳神経疾患患者および心身障害児(者)の社会福祉に関する基礎科学的研究を行い、広く神経科学の発展を通じて都民の健康と福祉の増進に寄与すること」をうたっており、明確に社会科学的研究が位置づけられている。
 七三年四月、社会学研究室が開設され、その中に看護学部門が置かれ、木下安子・山岸春江・関野栄子が着任した。看護学の基礎に立ち、それぞれ現場経験をもつ研究者三名が、この研究所を基盤にどういう方向で研究を進めるか、それは全く主体的に決めうることである。」
 *センター闘争への言及はない

◆立岩真也 1990 「はやく・ゆっくり」より
 安積他[1990]→安積他[1995]*→安積他[2012]
*安積純子・尾中文哉・岡原正幸・立岩真也 19950515 『生の技法――家と施設を出て暮らす障害者の社会学 増補・改訂版』,藤原書店,366p.,4-89434-016-X 3045 [amazon][bk1] ※
[p179]3 転換2: 施設から

 「東京都府中療育センターは、六八年四月、「東洋一」――国立身障センターの設立時にもやはりこの言葉が飾られた――といわれる「超近代的」な医療施設として開設された。
 その管理体制に対して在所生から批判の声があがった★30。彼らが耐え難いと感じたのは例えば次のような事々である。[p180]ついたてのようなしきりがあるだけの男女各一部屋ずつの大部屋に収容され、起床は朝六時(五時一五分に電灯がつけられる)、消灯は夜九時。トイレの時間も決まっていて、後にはトイレに行く(連れて行く)手間を省くために朝は全員に便器があてがわれる。面会は月に一度。外出・外泊は許可制で、回数が制限されていた。持物、飲食物は規制され、終日パジャマを着せられた。洗うのにじゃまだから髪は伸ばせない。男性職員による女性の入浴介助が行われていた。さらに、施設開設の当初には、入所時に、死亡した場合の解剖承諾書を書くことが条件となっていた。この施設の中で、はり絵、おり紙をし、歌を歌い、体操をし、週に三度散歩の時間がある。  こうした扱い、直接的には在所生に理解を示す職員の一方的な移動を発端にして、七○年十一月、在所生がハンストを始める。これは具体的な成果をあげられないままいったん終息したが、翌年、一部在所生の民間施設への移転が計画が計画されると、それに対する反対運動が起こった。それはその計画が第一に在所生の意向を無視した一方的なものであり、問題の起こった五階建ての建物の一階に収容されている重度身体障害者、及び二階・四階の重度精神薄弱者・重度精神薄弱児を移転の対象とし、センターを重症児・者だけの施設にしようとするもので分類収容をさらに徹底するものであること、第二に、移転先の施設(一階の在所生については多摩更生園(八王子市)が都立・民営の施設として新たに用意された)が市街から遠く離れた場所にあること、しかも民間依託されることによる処遇の劣化が予測されたことによるものだった。
 センター側との交渉は進展せず、都との交渉を求めて七二年九月から都庁前でテントを張って座り込みが始まるが、交渉は実現されず、七三年一月以降、数次に渡る移転が行われる。
 この時期は、施設整備が推進されていた時期であり、このセンターも、革新都政の成果と肯定的に評価された。既成の政党、労働組合は積極的な支援を行わない。そこで、運動は、在所生と大きな組織によらない障害者・非障害者の支援者によるものとなった。だが、在所生の間でもその方向は完全に一致していたわけではない。施設を出[p181]て生活することを目標とする者、それを理解しつつまず施設の改革、また移転先の施設でその施設を変えていこうという志向。さらにそこには、支援者の側との、あるいはその中の、食い違いがある。まず、障害者が現実から出発せざるを得ないのに対して、支援する組織においては、この問題の本質規定が先に立つ。またこの時期のいわゆる新左翼諸党派間の主導権を巡る争いがある。こうして都庁の前には二つのテントが立つことになった★31。
 座り込みを始めて一年を経、偶然得られた都庁での知事との直接的な接触を機に事態はようやく動き出した。七四年九月の都知事との交渉以降、継続的な交渉がもたれるようになり、その結果、一階の衛生局から民生局への管理移管、運営に関する協議会の設置で双方が合意し、運動は一つの区切りを迎える。だがそれで終わったのではない。運動に加わった者の多くはこの時点でセンターに残っている。その中で、例えば依然として行われる異性による入浴介助に反対し、入浴を拒否して待遇の改善要求が続けられる★32。ある者は移転先とされた施設に行く。施設に対する反省の中で、施設を肯定せず、とりあえずは施設でないような施設に向けての改革を始める★33。
 けれども具体的な生活の方向は各々に分かれながら、現実にそう簡単に施設から出ると言えない中で、この運動は単に施設の改善に向かうというだけのものではない。この運動は施設での生活条件の劣悪さから出発するが、そ[p182]もそも特定の場所に分けられ、不足していると同時に余計な「処遇」を受ける必要がないこと、基本的に生活するのは施設の外であることを明らかにしていく。そして実際に、少しずつ、施設から出て生活することを志向する者が現れる。彼らは、各地で生活し、運動を行ってきた人々とともに、生活の獲得への運動を始めるのである★34。」

◇安積 純子・尾中 文哉・岡原 正幸・立岩 真也 20121225 『生の技法――家と施設を出て暮らす障害者の社会学 第3版』,生活書院・文庫版,666p. ISBN-10: 486500002X ISBN-13: 978-4865000023 [amazon][kinokuniya] ※

『生の技法――家と施設を出て暮らす障害者の社会学 第3版』表紙

◆日本社会臨床学会 編 19960831 『施設と街のはざまで――「共に生きる」ということの現在』,影書房,社会臨床シリーズ3,242p. 2800 ISBN-10: 4877142266 ISBN-13: 978-4877142261 [amazon][kinokuniya] ※

田中 耕一郎 20051120 『障害者運動と価値形成――日英の比較から』,現代書館,331p. ISBN: 4768434509 3360 [boople][amazon] ※,

「日本の障害者運動において、消費者主義の提起の嚆矢となったのは、府中療育センター闘争から分派したグループによる介助料要求運動である。」([148])

◆安藤道人 2005 「府中療育センター闘争関連の新聞・雑誌記事」

◆三井 絹子 20060520 『抵抗の証 私は人形じゃない』,「三井絹子60年のあゆみ」編集委員会ライフステーションワンステップかたつむり,発売:千書房,299p. ISBN-10: 4787300466 ISBN-13: 978-4787300461 2100 [amazon][kinokuniya][JUNKDO] ※, d i05 i051970

◆立岩 真也 20070925「『私は人形じゃない』」(医療と社会ブックガイド・75),『看護教育』48-09(2007-09):-(医学書院)

 「ともかく、これが日本における施設批判の始まりである。私たちは「脱施設」や「ノーマライゼーション」が外国から入ってきたものだと思っているのだが、そんなことはない。1960年代後半、1970年前後にことは起こっている。
 当時、その事件はまったく知られなかったわけではない。新聞や雑誌の記事にもなった。その一覧を一橋大学の大学院にいた安藤道人さんが作ってくれた。私たちのHPに掲載されている。三井本人が書いた文章「わたしたちは人形じゃない」は、1972年、『朝日ジャーナル』に掲載された。それから25年の時を隔て、同じ題の本が出たということだ(この文章は本には収録されていないが、私たちのHPに全文掲載)。けれども、デンマークにおける脱施設の運動のように取り上げられることはまずない。舶来のものでないものをわざわざそう語ることはない。あったことは好き嫌いは別に知られてよい。そう思って私たちも『生の技法』を書いたのではあった。
 どうして無視し忘れることにしたか。いくつか言えるが、その一つは、医療や福祉を担っている当の人たちが非難されてしまうできごとであったことによる。
 まず施設を作ることが障害者福祉の前進だとされていた。また、待遇改善要求は、現実には労働者により多くの労働を求めることであり、労働組合、それと関係する(革新)政党が訴えを聞くのは難しかった。そして当時こうした動きに関わっていたのは、革新政党と対立する別の左派だった(p.160等)。都知事は美濃部亮吉で、「革新都政」の時期に都庁前でハンストをした。だから、ごく一部の動き――それは事実だ――だったとして無視しようというのは、わかる話ではある。
  しかしあったことはあった。聞きたくなくてももっともなことが言われた。1971年の「婦長への抗議」というセンターのN婦長への手紙から引用する(p.101)。
  「私はみんなによく言われることですが、「センターの悪口を言っている」と決してそうではないのです。施設と言うそのものの、存在を明らかにしているだけです。別にここだけの問題ではないのです。全国にある施設が問題をもっている共通な問題なのです。例えば、腰痛です。なぜ腰痛になるのか。と言う事を掘り下げていかなければ、解決などしません。又、なぜ私たちは施設という、特殊な社会に置かれなければならないのか。私たちもこういう所で、働く人も、考えて行かねばならないのです。それをみんな誤解して悪口だと言っているんです。
  それからはNさんは「親しくしている人なら、男の人でもトイレをやってもらっても、いいじゃないか。」と言いましたね。[…]Nさんは男女の区別を乗り越えるのが本当だと言いましたね。だったらなぜ、現在男のトイレと女のトイレを別々にしてあるんですか。」

◆新田 勲 20080315 『足文字は叫ぶ!』,全国公的介護保障要求者組合,434p.

◆新田 勲 編 20091110 『足文字は叫ぶ!――全身性障害のいのちの保障を』,現代書館,270p. ISBN-10: 476843486X ISBN-13: 978-4768434864 2200+ [amazon][kinokuniya] ※

◆新田 勲 20120815 『愛雪――ある全身性重度障害者のいのちの物語』,第三書館,上:448p. ISBN-10: 480741206X ISBN-13: 978-4807412068 1800+ [amazon][kinokuniya] ※ 下:352p. ISBN-10: 4807412078 ISBN-13: 978-4807412075 1200+ [amazon][kinokuniya] ※ d00p.d00h.i051970.

◆安積 純子・尾中 文哉・岡原 正幸・立岩 真也 20121225 『生の技法――家と施設を出て暮らす障害者の社会学 第3版』,生活書院・文庫版,666p. ISBN-10: 486500002X ISBN-13: 978-4865000023 [amazon][kinokuniya] ※

◆立岩 真也 2017/03/01 「施設/脱施設/病院/脱病院 生の現代のために・19 連載・131」,『現代思想』45-6(2017-3):16-27


作成:安藤 道人廣野 俊輔立岩 真也
UP:20080928 REV:..20120421, 20120830, 20130228, 0314, 20141206,19, 20170302
病者障害者運動史研究  ◇障害者(の運動)史のための資料:年表  ◇施設/脱施設 
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