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Reilly, Philip R. et al. 1997 [抜粋]


last update: 20131224

■Reilly, Philip R. et al. 1997

 全体の紹介は玉井他編『バイオエシックス資料集 第1集』をご覧ください。

「遺伝子診断の技術の向上によってもたらされる遺伝情報は、増大する有害性をも ともなっている。健康保険に加入しようとする際の制限や拒否、感情的な苦悩を引 き起こすことなどが多く見られる。臨床診断テストを行う側にも、受ける側にも、 こうした有害性がかかわってくる。
 本稿では、研究をセッティングする上での問題を取り扱う。ここで、研究者は、 2つの重要な倫理的問題に直面している。すなわち参加者にリスクに対する十分な 教育を保障すること、同時にリスクへの恐れを軽減することである。このような問 題が解決されないと、参加者本人を傷つけることになり、研究も遅れることになる。

倫理的問題

1)情報の公開と利用に問題が多々ある。検査結果を親族に伝える権利(義務)は あるのか?治療法が確立していない遺伝性疾患の場合、子どもを調べてもよいのか? 保険、雇用、進学の際、情報提供を求められたらどうすればいいのかといった問題 もある。

2)最近この問題に対して、議会の専門委員会(1995年下院科学技術委員会報告 書)、専門家の諸団体(アメリカ人類遺伝学会)など、様々な団体から勧告文が次 々に出されている。

3)これらの団体の勧告は、遺伝診断が時期早尚な段階で臨床応用されると、それ は利益をもたらすよりむしろ害になりうるので、見直しが必要だといっている。さ らに、これらの団体は、治療方法のないものを伝える必要があるか?、カウンセラ ーの能力不足、保険、雇用の問題がある、等について懸念を表明している。

4)こういった倫理問題や政策問題をどうにかしなければいけないという意識は高 まってきており、議会でも、保険問題、雇用問題を中心に注目しだしている。具体 例としては、1995年1年間で、保険のプライバシー関連で6つの法案が提出され、 そのうち1つが通過した。州議会もこの流れを追っている。雇用関連では、1995年 雇用機会均等委員会が発表したADA法とリンクしたガイドラインがよい例である。

5)遺伝情報にかかわる倫理問題は、研究を行うことにも影響を及ぼし始めている。 具体例としては、……

      [資料集p.78]

情報開示と同意

1)インフォームドコンセントの2つの目的は、
1.対象者に参加・不参加の理性的判断をしてもらうために知識を与えること、
2.リスクを対象者に伝える倫理的義務があることを研究者が十分に認識すること にある。リスクを十分熟知することは、研究者においても、対象者への有害性を最 小にし、情報開示を最大にすることにつながる。

2)薬効検査のインフォームドコンセントは、連邦政府が作ったものでは15年前か らある。遺伝子検査の場合には、薬効の場合よりも問題がさらに大きく、保険、雇 用、さらには家族の人間関係にまで影響を及ぼす。


8)検査結果とその意味について:遺伝的に深刻な疾患を発症する可能性が高いと いう情報を被験者に開示すると、現在加入している健康保険を続けることができな くなったり、新たに健康保険・生命保険・損害保険などに加入することができなく なる恐れがあることも、開示する必要がある。
 この発症リスクを数値化する研究はあまり行われていないが、これらの問題を取 り扱った法律を作る州は増えている。1993年OPRRのIRBのガイドブックでも被験者 にこの情報を開示する必要性が強調されている。同ガイドブックは、「開示情報が 被験者の被保険資格を失わせるかどうか」について同意文書の中に明記するべきだ としている。他のガイドラインにも、「本人の秘密が守られないという危険がある (保険会社に遺伝子検査の費用を請求する場合など)」ことを被験者に知らせるべ きだと定めている。そのガイドラインによると、研究者は被験者個人の情報を守ろ うとするが、「現実問題として秘密が守られなくなる場合があること、および情報 が思わぬところから漏れる可能性があることを予め被験者に伝えておくべきだ」と している。連邦政府が助成する研究であれば、certificate of confidentialityを 使って第三者が検査結果を見ることに制限を加えることも可能であるが、情報が漏 れる可能性はゼロではない。また被験者本人も結果を開示されてしまうと、保険加 入の際開示された情報に基づいて質問に答える義務が生じるのである。
 この情報開示が被験者数を減らし研究の足枷になるという議論がここでもある。 しかし、保険の加入資格喪失の問題はアメリカで大きな問題になっていることも誰 もが認める事実である。情報を開示しないと研究者側の保険会社に対する責任問題 にも発展しかねないほどである。しかし我々は、訴訟問題を回避することを議論の 出発点にするべきでないと考える。遺伝情報が被験者の被保険資格を失
      [資料集p.82]
わせることになりうる、という事実を本人に開示することが、本人を尊重すること につながると我々は考えている。よって、我々は重篤な遺伝疾患について遺伝研究 を行う際、同意文書の中にこの問題について明記することを義務づけている。また そうすることによって、被験者が減って研究が遅れたということは聞いていない。 むしろ、たとえ被験者の参加が遅れたとしても、それがかえって保険の問題を同意 文書に記載するべきだという議論を裏付けするものだと考える。また、IRBからも 保険に関する情報開示を義務づけさせるよう要求したい。

「遺伝研究における倫理的問題:情報開示とインフォームドコンセント」
Philip R . Reilly, Mark F. Boshar, Steven H. Holtzman 1997 Ethical issues in Genetic Research: disclosure and informed consent, Nature Genetics, 15 Jan:16-20

訳者による要約



REV: 20091017, 20131224
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