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日本医科大学病院での事件

医療



◆1997/12/  日本医大病院形成外科(東京都文京区)
 顎の骨折の手術を受けた埼玉県の女性(当時20歳)が、手術の2日後に死亡
◆2001/02/06・報道各社に着
 「日本医大に誠実な対応を期待します」(↓)
◆2001/02/07 記者会見
 記者会見で医師が配付した文章(↓)
◆2001/02/15 新潮社の記事について→報道各社(↓)
◆2001/12/26 日本医科大学提訴
 『朝日新聞』による報道
 case1plus/asahi0107.html
 提訴の詳細
 http://www.some-ca.org/case1plus/docs.html
◆医療者の良心的行動を支援する会 2002/01/07
 「良心的医師に対する日本医大の提訴に関する声明」
 http://www.some-ca.org/case1plus/some-ca020107.html
◆医療者の良心的行動を支援する会 2002 G医師を支援するカンパを募集中!
 http://www.some-ca.org/case1plus/some-ca-funding1.html
◆2006/04/15 シンポジウム「ほんとうのことを知るのが、なぜ難しい?――患者と医療者が手をつなぐためにすべきこと」


◆日本医大に誠実な対応を期待します
 20010206・報道各社に着

=日本医大に誠実な対応を期待します=

 1月22日の会見で、私は、1997年12月17日に日本医科大学病院で死亡した長女の医療過誤問題について皆さんに経過と、自分の見解をお話しいたしました。各社には貴重な紙面、時間を割いて報道していただき、お礼申し上げます。また、プライバシー保護の観点からお願いした諸点についても十分ご理解をいただきました。感謝しております。
 その後も私は関係者の熱心なご協力を得て、脳外科、内科などの専門医・医学者に日本医大病院で証拠保全したレントゲン、写真、カルテ等を見てもらいました。これらの方々は合計5人になります。
 その結果、私自身にとっても大きな驚きでしたが、これらすべての方が、長女の下顎骨整復手術の際接骨用のKワイヤーが脳内に突き刺さったことは、助手の医師の指摘によってその直後に撮られたレントゲン写真や、その2日後、死亡当日の17日朝に撮影されたCT写真によって明らかであると指摘されました。慶応大学医学部脳神経外科の塩原隆造客員教授はフジテレビおよび雑誌フライデーでこのことを明言されています。
 これは、最初私にこの事故を明かしてくれた上記医師の発言内容が事実であることを裏付けています。「ワイヤーは脳内に達していない」とする、1月22日の記者会見での日本医大病院の主張は理解に苦しみます。中には「裁判になれば、日本医大は負けます」と断言される方もいました。
 また、脳損傷への手当を怠ったことを含め、手術後の容態急変に対して病院側の取った処置、対応は全く不十分で、娘の急死はその結果として起きた疑いが濃厚との点でも皆さんの見解は一致しています。塩原教授のほか、別の医大の脳神経外科教授も「手術直後に血小板値が3万まで落ちるなど、急変のきっかけが手術中だった可能性は極めて高い」と述べています。
 結局、手術中に何らかの細菌感染が起き、それによる敗血症が急激に進行して血管内凝固症候群(DIC)、多臓器不全につながったと推測されるのですが、主治医は、内科・感染症専門医に相談もせず、処置があまりにも杜撰あるいはタイミングを失していたと言わざるを得ません。
 「単なる骨継ぎ手術だったはず。それなのに娘はなぜわずか2日で急死しなければならなかったのか」─この3年余、私はずっとこの疑問を抱いてきました。今回多くの専門医・医学者が示された判断は私にも多くの点で納得できるものでした。そして、これは娘の死亡直後あるいは前記記者会見での日本医大病院の説明とは全く逆あるいは大きく食い違っています。
 このため、私は先月6日の申し入れに続いて、29日、今月2日の2回にわたって代理人を通じて真相究明などの申し入れを改めて行いました。(1月29日、2月2日の申し入れ要旨は別紙の通りです)
 しかし残念ながら、これまでのところ、同病院からは何の返答もいただいていません。同病院は依然として「事故、ミスなどはなかった」との姿勢を崩さず、調査委員会もその前提で調査を進めているかのように思われます。
 今からでも遅くありません。私の申し入れを病院および大学当局が真摯に受け止め公正公平な調査を進めて、1日も早く非は非と認めるよう心から期待します。不幸にしてこれが受け入れられない場合、私は法的措置を取らざるを得ません。
 前回の会見でも申し上げましたが、ミスはどの世界にもあるし、誰にでもその可能性はあります。特に医学・医療の世界は人の命をあずかるところです。とすれば、大切なことは起こったミスを明らかにして原因究明に当たるとともに、予防・再発防止体制を確立することだと思います。そして、そのことで病院が社会的に非難される心配は全くないはずです。むしろ逆に、その評価は高まるでしょう。
 まして、大学病院は医療の実践の場であると同時に医師を育てる場ではありませんか。
 率直に言って、娘の問題をめぐるこれまでの日本医大病院の姿勢からは、この病院あるいはその一部部局では、ミスや事故をどう隠すかを教えているのかとさえ疑いたくなります。このような疑念を生むことは大学病院にとって不幸なことです。
 また、私にこのミスを明かしてくれた医師に対して同病院、大学側が攻撃を加えるようなことがあれば、言語道断です。現にそのことを心配し、あるいは警戒するように言ってくる方がたくさんいます。
 7日にはこの医師と各社の皆さんとの会見が予定されています。ご多忙とは思いますが、どうぞこの会見に出席され、直接同医師の発言に耳を傾けていただきたいと思います。
 私自身はこの医師とは昨年来、何度もお会いし、話し合ってきましたが、局外者にはなかなか理解できない問題が山積する大学病院、医療界の中で、同医師の取られた行動は誠に勇気の要ることだと分かってきました。娘を亡くした辛さに呻き続けてきた私ですが、今回このような声を挙げることができたのは、この医師の真摯な勇気を無駄にしてはいけないと鼓舞されたからにほかなりません。これによって医療界が少しでも良くなるなら、この医師と私たち夫婦とが一緒に投じた一石に娘も喜んでくれると信じています。


 

◆2001/02/07の記者会見で医師が配付した文章

お集まりの皆様へ

 私が日本医大形成外科に入局したのは平成9年5月でした。そしてその約2カ月後
にはその選択が誤りであったことに気づき、後悔し始めていました。ここには私が考
えている病める人々への思いやりや優しさがほとんど感じられなかったからです。無
意味なディスカッションの繰り返しの結果、方針すら十分に決定されずに手術に臨む
のは日常茶飯事。最終的には教授主導のもとに手術が行われ、いかなる劣悪な結果が
出ようとも「これしか無い。これで良いのだ。」の一言で片付けられる日々に私は心
から苦しみました。
 そんな中で今回の頭蓋内へのキルシュナー鋼線(Kワイヤー)刺入という手術ミス
は発生したのです。平成9年12月15日のことでした。

 私はもともと歯科医師でもあり、かつては口腔外科医でもあったため、下顎の骨折
という外傷については慣れていました。そのため手術前に特別困難な患者さんである
という意識はありませんでした。手術が開始されてしばらくは、ごく普通に進行して
いましたので、あまり印象として残っておりません。
 脳裏にしっかりと焼き付き始めたのは、当初予定されていた新型のスクリューを上
手くねじ込むことが出来なくなった頃からです。新型スクリューが失敗したため、代
わりにKワイヤーを使用することになりましたが、この時点でもまさかKワイヤーを
頭蓋内に刺入するという事故が起こるとは予測していませんでした。
 事故は一瞬にして起こったのです。下顎骨骨折(下顎骨の耳側の先端部の骨折)に
対してKワイヤーを用いて固定する手術方法は古くからあり、最近ではあまり行われ
なくなったものです。この時、執刀医がこれを選択した理由は今もって明らかではあ
りませんが、だからといって強硬に反対するほどのものでもないと思い、そのまま私
は助手を続けていました。と同時に執刀医がKワイヤーを刺入する長さを確認したか
否かを助手である私が確かめなかったのも事実であり、助手として不十分であったこ
とを痛感しております。
 先端のとがったKワイヤーは骨内を進む時と頭蓋内の脳実質を進む時ではそのス
ピードが異なることは多少なりともこの領域に経験ある医師であればすぐにわかりま
す。骨内を進むときは一定の抵抗を示しながらゆっくりと、そして脳実質は抵抗な
く、針を刺すがごとくです。この時も、突然にKワイヤーが突き進み、私は瞬時に頭
蓋内へ到達したことを察知しました。

ここからが今回の問題となるところであると考えます。執刀医は私がこのことを指摘
しても「そんなことないよ。大丈夫だよ。」ですませようとしました。私はすぐには
納得出来ませんでした。
 当初予定していた術式では新型のスクリューを骨折部に埋め込むことにしており、
その位置確認のために、手術前からポータブルのレントゲン撮影を予約してありまし
た。そこで、当初の目的とは異なりますが、Kワイヤーが頭蓋内へ刺入したが否かを
確かめるため、急遽レントゲン撮影を行ったのです。これが先日、日本医大が会見で
示した2枚のレントゲン写真です。
 「レントゲン撮影は予定されていたもの。」との説明がありました。確かに予定さ
れていたものではありますが、その撮影目的は明らかに異なるものであるわけです。
私はこれを見て刺入していることを主張し、緊急CT撮影と脳外科医師の応援の必要
性まで述べたのをはっきりと覚えています。
 しかし、結果的にこれは却下され手術は予定を若干変更しつつ行われました。この
Kワイヤーでの固定もうまくいかず、結局、骨はミニプレートで留めました。手術
後、このレントゲン写真をもう一度観察し、私は自分の主張に間違いはないと確信
し、今度は医局へこのレントゲン写真を持ち込み、他の医師がいる前で再度主張しま
したが、同様に却下されました。また、周囲にいた医師らも何ら興味を示しませんで
した。
 今となれば反省と後悔しかないのですが、「執刀医がそう言うのならば、言った本
人の責任ですべてやればいい。」と、私も半ば放り投げてしまったことです。私に出
来たことは急変の可能性があることを告げることだけでしたが、これが執刀者本人に
通じていたかは分かりません。手術記録にはこのやり取りを記入する勇気はその時の
私にはありませんでした。

翌16日は、毎週予定の外勤日で、大学には不在でした。しかし、このことは釈然と
せず頭の中でモヤモヤとしたまま残っていました。17日の朝、私はいつもより早く
出勤し、すぐに病棟へ行くと、そこには発熱と頭痛で苦悶する患者さんの姿があった
のです。
 私は、患者さんの呼吸を楽にし、またストレスを和らげるために、上下の顎を固定
してあったワイヤー(Kワイヤーとは別のもの。)を断ち切り、緊急検査、そして緊
急CTを行い、脳内にKワイヤーの刺入によると考えられる病変を見つけました。こ
の時点では時既に遅しといった感はありましたが、上司の意向に関係なく出来得るこ
とをやる決心をしました。放射線科の医師にはCTの詳しい読影を、そして脳外科の
医師には適切な処置を行うための助言と診察治療の協力を頼みに走り回りました。し
かし、結果的に有効な支援は得られませんでした。
 夕方になり突然の心肺停止。ここからは文字通り救命処置へと移行したわけです。
形成外科の若手の医師は積極的に協力してくれました。しかし、最後まで教授や講師
など医局の上級医師による指導・治療が実際には行われなかったという事実は、今考
えてみると大変恐ろしいことだと思います。私としては、あのとき、出来得る処置は
したつもりです。救命のための手段の中に若干批判を受けるところもあるかもしれま
せんが、概ね大きなミスはなかったと思います。

さらに、この後の私たちの対応も、大きな問題であったのです。死亡確認したときに
は、これらの事実をご遺族には伝えず、「遅発性の脳出血による脳障害」と説明しよ
うと、あらかじめ申し合わせたことです。
 この時、私の頭の中には2つの相反する気持ちが存在していたのです。ひとつは真
実を告げて謝罪しなければ、そしてもうひとつとは身を守るために周りと意を同じく
して全てを隠さねば。そして私は後者を選択してしまいました。この時、医局の意向
に反することは私にとっては極めて大きな恐怖であり、仲間を守ることで自分も守る
ことが出来るとも考えていました。いつの間にか朱に交わり赤くなっていたのです。
 後日、教授からこの執刀医と私が大学近くの居酒屋に呼び出されました。「長年医
者をやっていれば、こんなミスの1つや2つはあるもんだ。くよくよするな。落ち込
む前に努力しろ。そして成長するためには余計なことは考えたり口に出したりする
な。」と説き伏せられたのを克明に記憶しています。
 さらに2,3ヶ月したころ、この執刀医が私に冗談まじりに「あの父親がまたやっ
て来たときにはどうしようかと思っていたよ。あのときの手の感触は忘れられない
よ。」と言ったのを聞き、その無礼さと無神経さに、表現のしようのない怒りを感じ
ました。
 実は、この後にも私には忘れることの出来ない医療事故がおこりました。そして、
その度に目と耳と口をふさぐ自分がいて、この習慣に慣れてしまい感覚が麻痺してい
くのを感じ取っていました。

平成11年5月に大学を離れ、今の病院に勤務し始め、ようやく少しずつ本来の自分
を取り戻すようになってきました。やはりこれは間違っている。当然のこととはい
え、改めてそう強く感じられてきたのです。更に、日々報道される医療事故をみるに
つけ、何とかこの事実をご遺族に伝え謝罪しなければと心から思うようになりまし
た。
 とはいったもののやはり大きな葛藤が自分の中に存在しました。大学病院という怪
物の絶大な権力とそれに報復されることの恐怖のためです。読売新聞の連載に「ご体
験のある方は次のファックスへ。」という呼びかけがあるのを見て、引きずり込まれ
るように連絡をしました。これがきっかけで、真実を告げる勇気を得ることができ報
道されましたように患者さんのお父様とお会いすることができたのです。
 また、患者さんの手術があった年の春、私には長男が生まれました。ちょうどこの
手術のころ、ハイハイを始めたばかりでした。そして、翌年には、双子の男の子が産
まれ、この子たちが育っていく様子を見るにつけ、子を思う親の気持ちが段々と理解
できるようになってきました。患者さんが亡くなられたときのご両親のお顔は忘れら
れるものではなく、このことを思い出しながら、徐々に医局とは決別する決心を固め
たのです。

正直なところ、決心したと言いながらもこの恐怖心が消え去ったわけではありませ
ん。しかし、真実を隠し、苦しむ人の心を踏みにじることは、絶対に私の本意ではあ
りません。心からご遺族にお詫び申し上げます。
 これからの日本で、このような過ちが二度と繰り返されないように、そして少しで
も医療の現場が改善されるのならばという一念から、事実をお知らせする次第です。


 
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◆→報道各社

2001年2月15日

新聞・通信・放送各社 医療問題担当の皆さまへ
(実名がここに載っていますが、報道各社は以前の記者会見以来、
プライバシー保護の観点から、匿名にしています)

◎週刊新潮の記事に対する見解

 本日発売された「週刊新潮」に、私の娘にかかわる日本医大の医療過誤問題につい
て同大学病院の内部調査委員会委員長を務める小川龍氏(同病院副院長)が登場し、
この問題に関していろいろ意見を述べています。責任ある立場にある人のものとは思
えない発言ですが、小川氏が主張していると思われる以下の各論点について事実をお
知らせしたく思います。

主張1:患者は飛び降り自殺をし、肋骨と鎖骨も骨折していた。そのことを日本医大
は患者側から知らされていなかった。

事実
 娘は失恋等を契機として半年前からノイローゼになっていました。自殺を企図した
かどうかは、誰も目撃していませんから、疑いのない事実とすることはできません
が、本人がそのように言っていたことは確かです。娘は精神科に通院していました
が、後述の通り、症状が軽快し、受傷当時はごく弱い薬を少量のんでいたにすぎませ
ん。しかし、精神状態が今少し不安定であり、こうした行動に走ったようです。

 幸い、落ちたのは岸辺に近い水中で、すぐに河川敷に上り、そこから1キロ以上も
歩いて公衆電話から自宅に連絡してきました。帰宅後、自宅でシャワー、食事を済ま
せ、念のため鴻巣の日本医大関連病院に行きました。レントゲン写真を撮り、翌日は
日本医大からの派遣医(娘の手術の執刀医)が来る日に当たっていたので、そのまま
入院、翌日この執刀医の診断を受けました。診断の結果は下顎骨、鎖骨、肋骨2(小
川委員長が言う「3本」は間違い)骨折で、治療としては下顎骨を修復手術するだけ
でよく、他はテープ、バンドで固定して治癒させることになりました。その後12月
11日に同医大病院に転院しました。

 8日受傷から15日手術までちょうど1週間ですが、入院中、娘の精神状態はすっ
かり落ち着き、「こんなことをしてしまってごめんなさい」と、私たち夫婦に謝り、
家族や愛犬の写真を持ってきてほしいと頼んだり、テレビを見たり、雑誌を読んだ
り、私たちと雑談したりで、もう自殺未遂を起こした者という感じはありませんでし
た。
 このため、本人の「恥ずかしいから黙っていてほしい」という気持ちもあり、執刀
医らにこのことはあえて伝えませんでした。
 病院の「看護記録」でも「食事、用便は自分でできる。歩行バランス良し」「視線
しっかり、会話成立OK。時折笑顔も」などと記載されています。骨折のほか特に問
題点はなく、手術前の12〜14日のカルテに「stable](安定)と書いてあ
ります。手術2日前の13日、娘は「あさって手術。こわいなー」などというメモも
残しています。
 
主張2:患者には、骨折のほか頭部にも損傷があった。

事実
 最初にかかった日本医大関連病院でも頭蓋内の損傷は認められておりません。同病
院でのCT写真に打刻された撮影時刻からしますと、執刀医自身がこの関連病院でC
T写真、レントゲン写真を見て診断しています。日本医大に転院後も、手術当日15
日までに、頭部や、頭蓋内の損傷があるというような診断や所見は認められていませ
んし、カルテ等にもそのような記載はありません。
 仮に本当にあったとすれば、それを患者、家族にも伝えずに手術を強行したことに
なり、そのこと自体が問われることになります。何人かの麻酔医は「頭蓋内損傷があ
るにもかかわらず、患者に全身麻酔をかけて手術を開始したのなら、これこそ医療ミ
スそのものだ」と指摘しています。
 逆に、損傷があったのに手術当時それを日本医大側が発見できなかったのであれ
ば、今度はそのことが問題になります。
 
主張3:Kワイヤーは脳に刺入していない。

事実
 当方は、日本医大と利害関係がない脳外科医・医学者5名に意見を聞いております
が、この5氏全員から、レントゲン写真とCT写真を総合的に判断すれば、キルシュ
ナー鋼線(Kワイヤー)が脳に刺入していたことは間違いないとの見解を得ていま
す。
 なお、フジテレビの番組や雑誌フライデーの記事で意見を述べた医師、テレビ朝日
の番組で意見を述べた医師も、同様の見解です。
 日本医大の関係者のみが脳に刺入していないという見解を主張しています。

主張4:死因は向精神薬を常用してきたことによる悪性症候群である。

事実
 娘は、6月に“ノイローゼ”となり、地元病院の精神科で通院治療を受けました。
当初1回だけ比較的強い薬を使用しましたが、その後は症状軽快に伴って薬は弱いも
のになり、量も少なくなりました。11月以降は睡眠不足の時などに使う抗不安薬マ
イナートランキライザーの1種、レキソタン2ミリ錠を1日1回服用という、極めて
少量の処方となっていました。
 日本医大と利害関係がない複数の精神科医から「この服用の中止により悪性症候群
が発症することはない」との見解を得ていますし、また、「半年間に使った薬の種
類、量も問題はない」とのことでした。
 私は転院に際して、治療を受けた精神科医から治療経過を文書にしてもらい、執刀
医に手交するとともに、妻から説明もしました。執刀医からは「薬のため患者からの
サインを医師が見落とす恐れがあるので、入院中は服用をやめましょう」との指示も
受けました。精神科医の文書は日本医大から入手した保全証拠の中にあり、家族から
説明したことは看護記録に記載されています。

主張5:告白した医師には人間関係の問題などがあった。

事実
 これは小川委員長の発言ではありませんが、一言付言しておきます。告白した医師
について当方は日本医大・形成外科に属さない人々から話を聞いていますが、真摯で
誠実な人柄であることは疑いありません。
 2月7日の記者会見でも人柄はお分かりいただけたと思います。
 
主張6:大学側は告白した医師から話を聞こうとしたが、弁護士が会わせない。

事実
 告白した医師は、真実究明の強い希望を持ち、公正な第三者による調査・検討には
全面的に協力させていただくとの決意をすでに日本医大側に伝えています。具体的に
は代理人弁護士を通じて、具体的な質問事項を出してほしいと要請したのですが、日
本医大からはそのような質問事項はまだ届いておらず、単に出頭せよと求めるだけで
す。
 しかし、本件のように民事裁判や刑事告訴の可能性もある事案について、同医師が
代理人を立て慎重を期すのは当然のことです。
 また、日本医大が行おうとしている調査は、内部の者だけによる調査であり、公正
な第三者によるものとは思われません。そのため、適正な調査が行われることは期待
しがたく、告白した医師側から提案した方法が公正な調査を保証する上で最も適切だ
と言わなければなりません。
 なお、1月22日の日本医大の記者会見での説明は、はじめに結論ありきという感
じでしたし、一部の同医大関係者は告白した医師について人格攻撃をしようとしてい
るふしがあります。
 告白した医師は、事実経過を説明する書面を近く日本医大に提出するとのことで
す。

(終わりに)
 以上指摘しましたように、この医療過誤問題の調査委員会の責任者である小川氏が
このような発言を本当にしたとすれば無責任かつ、いい加減な態度と言わなければな
りません。
 また、小川氏が、実は娘の手術に際し、麻酔科指導教授として関与していたことも
指摘せざるを得ません。当時の手術文書には同教授の名前が出ています。問題の当事
者でありながら、調査の責任者を務めているわけであり、この調査の公正さ、日本医
大側の誠実さを疑わせるのに十分であります。

 さらに、週刊新潮の姿勢も大いに問題です。この記事は事実の裏付けあるいは十分
な取材を欠いたままであり、一方的に日本医大の立場を擁護しようとしたものと言わ
なければなりません。
 私は心ある人々に助けられて事実に基づいてこの医療過誤問題を究明し、それを通
じて医療界が少しでも良くなるための一石を投じたいと考えています。告白した医師
は困難な条件下にあって勇気を奮って声を上げました。しかし医療問題へのまじめな
取り組みに対して同誌がこうした冷笑的視点しか持ち得ないのは、報道機関のあり方
として大いに問題であります。
(了)



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