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強制・危険…に関わる言説

強制医療/保安処分/心神喪失者医療観察法/…



■言説(これから掲載)


 
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◆立岩 真也 2002/07/13「即席的研究製造方法即解」
 障害学研究会関西部会
 *記録は土屋貴志さんによる

 「「触法精神障害者」のことがここ数年、また議論され、法律を作ろうという人たちがいて、反対の運動がある。これはもちろんはじめてのことではないわけで、私自身がすこし覚えているところでも1980年代のはじめにも保安処分の制度を作ろうとする動きとそれに対する反対の運動があった。それが何であったのか、これもまたあまり記録されていないと思う。
  そして何を言うか。例えば、精神障害者、あるいは知的障害者は、他の人たちと同じくらいには危険でない、あるいはむしろ平均を下回るのだということを言ってきた。様々に誤解がある限りにおいてこうした言明は今でも有効ではある。しかし、そのような言い方で全部言っていけるかといえば、そうではないようにも思う。とすると何を言うのか。こんなことを考えるうえでも、何が言われてきたか、何を言ってきたかを知ること。
  身体障害であれば、例えば横塚晃一といった人のことは、それなりに記憶されるようになった?のだが、例えば、吉田おさみという人の言ったこともまた、考えられてよいはずなのだと思う。
 個人だけでなく組織についても同じことが言える。「全国精神障害者家族会連合会(全家連)」といった立派な組織であれば、いろいろと出版物などあったりするのでしょうが(それでもこの組織を主題にした研究というのがあるのか?)、「全国「精神病」者集団」というような組織?となると(知ってよいほどには)知らない。これももったいない。」
 *話した後足して書いた部分などあるので→「即席的研究製造方法即解」

◆立岩 真也 2003/01/01 「生存の争い――医療の現代史のために・9」
 『現代思想』31-01(2003-01): ※資料

□裏切ることについて
 このようになし崩しの連載が許されるのだろうかと思いながら書いているこの文章は、昨年の二月号の特集「先端医療」のために書かれ始めた。四月号・六月号とその続きが書かれ、さらに八月号からは、毎月、筋萎縮性側索硬化症(ALS)という全身の筋肉が徐々に動かなくなる病気にかかった人たちに起こったことを書いてしまっている。その人たちが書いたものから引用を連ねている。
 許されれば、ただそれを続けていければよいと思っているのだが、ここでは、既に書いてあった分を後にまわして、すこし別のこと、記述することの位置について書く。
 それは直接には、締切を過ぎた二〇〇二年十二月五日の朝、十二月三日に長野英子が衆議院法務委員会の参考人質疑に参考人として呼ばれ、一〇分と決められたところを二三分話した、しかし原稿だけ読めば一〇分に収まっただろう参考人意見の原稿(長野[2002])が送られてきたことによる。冒頭だけ引用する。

 「私は現在四九歳になる精神障害者です。十七歳で始めて精神病院に入院しましたが、それ以降も入退院を繰り返し通院も続けております。その意味で私も当事者精神障害者本人です。しかしこの法案について語るとき、私は躊躇せざるを得ません。それは本来ここに来て話すべき人たちがここにこられていないからです。本来耳を傾けられるべきものの声に耳が傾けられていないからです。
 この法案があれば、対象者となったであろう方が、今精神病院の閉鎖病棟の奥深くあるいは保護室に拘禁されています。彼らこそがここに来て参考人として話すべきです。おそらく彼らにとって私の言葉は空しいでしょう。本人を抜きにした対策議論に加担した裏切り者の言葉でもあります。
 それでもあえてここで話しているのは、この法案は精神障害者差別だからです。再び三度私たち精神障害者は人間でない、私たちに人権はないと国会が宣言しようとしているからです。」

 これを読んで、一つに、この雑誌の読者は、聞かれない声のことや、聞かれない声を聞くことについて、この時代の大切な思想家と言われている、そして実際大切な思想家である幾人かの人たちが言ったことを思い起こすかもしれないのだが、私が引用したのはそのことを言いたいからではない。誰かが当然のことを言っていることについて、誰か別の人を持ってこなくてはならないこともない。
 長野は、自らが語る言葉が「裏切り者の言葉」だと──いったいどれだけの人がその言葉を聞いてくれるだろうという、その場所で──述べた。ここに記された「裏切り」で誰が誰を裏切るのかの関係はひとまずははっきりしている。ただ読んだとき思ったのは、その関係だけでなく、精神病・精神障害の人たちが行なってきたことの中で、この言葉が幾度も投げかけられ、それが引き受けられてきたことがあったことだった。
 といって、今回述べたいのはそう重苦しいことではない。私(たち)は裏切ることができるほど、そしてそれによって自省し自責の念に囚われるほど、記述すること、考えることをまだしていないということであり、そんな苦しいことを今はまだしなくてすむほど手前にいるのだから、それまでは悩んだりすることなく、調べられることを調べ書けることを書けばよい、そんなことを言おうと思ったのだ。この一連の文章も、その始まりの三回は、近い過去から現在にかけて何が言われ考えられてきたのか、知っているようで知らない、だから知った方がよいと思い、その際に重要と思う論点をいくつか記そうとして書いたのであり、その後、自分でも少しと思って、ALSのことを書いている。
 そんな手前のところにいるということは、言葉を変えれば、これからどうしたらよいだろうとその人に聞かれたとき、私(たち)がかろうじて言えることは、そのしどろもどろの言葉を聞いたその人から、「あなたは馬鹿ではないか」と返されるぐらいのことでしかないということだ。それは悔しくもあるが、当座は仕方がない。

□様々な場での争い
 「普通」の病や障害であれば、必要なことはたいていは取ってくるべきものを取ってくるだけだから、その運動は比較的単純ではある。深刻な対立は内部に生じない。そして人々も、その人たちが生きていけるように誰かが何かした方がよいというぐらいの抽象的な文言についてはたいてい反対はしない。その運動家が嫌がらせの電話を受け取るといったことはあまりない。同情されたりすればなおさらで、そのような輩は死ねばよいと言ってくる人はそうはいない。
 比べて、精神障害の場合にはやっかいだ。その事情は次の項に記すが、精神障害者をめぐる運動はずっとそのやっかいさにつきまとわれてきた。
 長野が意見を述べたのは、「心神喪失者等医療観察法案」という法案を審議する衆議院法務委員会でのことだ(十二月六日、同委員会で可決)。正式には「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律案」で、ごくおおまなところはこの名称でわかるだろう。(http://www.arsvi.comに関連情報を掲載している。紹介した長野[2002]もリンクされている。『朝日新聞』は今回の法案の存在を無視している。)このような方向の法律が検討されるのはこれが初めてのことではない。近いところでは一九八〇年代初頭に「保安処分」の新設に関わる論議があった。今回のものはそれと共通しているところと違うところがある。当時、多くはないが新聞報道があり雑誌の記事も書かれた。また、法律学者、法律家たちが、自らの仕事の範囲だから、賛否両論を述べた。また、精神医療の従事者にとっての関心事でもあったから、そこからの発言もあった。そしてもちろん反対運動の側の主張があり、たくさんビラが刷られて捲かれた。しかしそのとき何があったのか、公言され公開され公刊されたものであっても、容易に読めるかたちではほとんど残っていない。例えば、私は社会学者なのだが、社会学者がそのことを主題に書いた論文を見たことはない。
 緊迫した状況での発言は、つまりは賛成か反対かしかなく、その立場を定めた上での発言だがら、言えることは限られている。それは近頃教育用に推奨されたりもするディベイトという空間の真面目な本気のものであって、その空間に言説は規定される。それでも、一方が言ってくることに他方は反論しなければならないのだから、そこに争点が現われ、相手の論点に対する答は必要になる。論理は防衛的になるから痩せたものにはなるが、論点とその筋ははっきりする。ただ運動自体は、議論などにそうそう時間をとっているわけにはいかず、いったん決まったらそれで行けるところまでは行くことにして、あとは様々なことに膨大な時間をとられ、力を消耗するのだ。そして、今回の法案にしても、反対派はそれを止めることにせいいっぱいで、勝つといってもそれはせいぜい現状が維持されるにすぎない。そして、仮に現状が維持されたとして──それが厳しいのだが──いつかまた同じようなことが起こることを予感しながら、その運動は終わる。疲労は残り、終った後には一息つくぐらいのことである。これは当然のことだ。報道側がそれをまとめるとして、それは単純化した(せざるをえなかった)主張をさらに単純にしたものになる。こうしてまたそれは忘れられていく。
 そして表面に現われないとしても、多くの場合には内部に議論がある。あるいは、争わざるをえないその争いにおいてすっきり言ってしまうときに自分の側に残ってしまうわだかまりがある。それは内部分裂であること、あるいはそのように見られることがあり、弱みを見せることでもあり、相手側を利することにもなるからあまり表には出ないこともあるが、似たことを思う人たちの間にも齟齬や争いは起こる。むしろそれが常態だ。結局、ある部分が背後に退くこともある。そしてそこに裏切り、裏切りの自覚もあるだろう。
 それを、被差別者も差別する側にまわることがある、とか、少数派内の少数派の抑圧といった単純な事態だと考えない方がよい。差別/非差別、言葉が聞かれる/聞かれないという二分の上で、後者の内部にさらなる分裂を見出し、多数派/少数派の対が悪/善の対であるという見方は単純すぎて間違っているなどと述べるのは、間違っている。それもまたとんでもなく単純な図式である。
 そこには考えられるほとんどすべてのことが現われ、問題の全体が示されていることがある。本号の特集でコーネルがRAWAに言及している。ただアフガニスタンでのRAWAの闘争を、あの国の中にも見るべきものがあると捉えるべきでない。そこ──そこは内部で完結していると捉えるべきでなく、むしろもっとも外部と接触している場である──にいて、けっして幸福なことではないが、引き受けてしまっているのだから、そこに問題の全体があり、だからその活動をその複雑さも含めて受けるべきだということだ★01。
 「当事者」を特権化しようと言っているのではない。当事者だから隠してしまうこともある。それに対して言いたいことがあったらいくらでも言えばよい。そしてすべてをまともに受け取るべきだと思わない。ありとあらゆる対立にあるように、対立には嫉妬・怨恨等々「感情のもつれ」やそれに近いことや、以前よりは少なくなったとはいえ外部あるいは上部組織による引回し等々があって、事態はもつれる。それはまったくうんざりするようなものだ。そのような争いを性格として好む人たちもいるにはいる。しかしやはり少なからぬ人は、もっと呑気にやっていきたいと思っている。その中でも、捲き込まれざるをえないことがあるということである。
 悩ましい問題のすべてについて答が出なければ何も言うべきでないなどということではまったくない。最後のところまで解けていないから態度を保留するという慎重さがあってならないというのはでないが、しかしそれは結局もっと乱暴な動きをただ見ているということでしかなく、それが嫌なら、そんな悠長なことを言ってはいられない。しかしそうしてその場その場をしのいでいくことの連続に焦燥もまたある。後追いでであっても、考えていく必要はある。しかし、そのために使えるものを私(たち)は持っているか。

□争いを誘発するもの
 「問題は誰がなおしたいかということです。身体病の場合は主として本人がなおしたいのであり、精神病の場合は主として社会がなおしたいのです。」(吉田[1974]、小沢[2002:89]に引用)★02
 極端な言い方ではあり、いくつか留保するところはあるが、大筋では外れてはいない。精神病・精神障害について起こる問題はこのことを巡るものだ。自分がしてほしくないことをする。だからなにもしてほしくないこともあるが、生活も苦しいし病もつらいから、そうときっぱりとは言えない。
 そんな中で、なんにでも反対するから社会の理解が得られないのだ、政治的・反社会的な言動は慎むべきだ、慎重にすべきだといった忠言あるいは諌言、非難あるいは反感が現われる。他方には別の、反対の側からのと言ってよいかもしれない反対がある。すなわち、議論の場に乗ること、政策に参画すること、政府から受け取ること等への反対、反感がある。
 一つに議論の場に乗るか。八〇年代初頭の保安処分新設の動きがあったときには、各地でパネル討論が計画されたが、その論壇を占拠し論議の場自体を成立させなくするかたちの反対運動も実際なされた。これは事態の進行をどのように止めるかという戦術の選択の問題でもあったのだが、それだけでもない。そうした場への不信があった。ただそれも、正しい討議の場がそこになく、にもかかわらず話し合いがあったことにされることに対する反対であって、討議自体を否定したものではないと解することはできるし、また実際にそのようにも主張された。
 合理的・理性的討議を最初に置いて社会を作ろうとする発想があって、そのあまりの楽天主義が批判されることがあり、同時にあくまでそれを擁護しようとする人たちがいるのを私たちは知っている。しかし、起こっていることに即してこのことを考えたものをあまり知らない。例えば、審議会にしてもなににしても、そこに「当事者」の参加がようやく認められることになったとして、その「代表」は誰なのかという問題がある。もちろん、結局は、首相や中央官庁や政権党の意向によって調節され配置されているのだといった指摘はでき、それはその通りである。それは所詮は信用できない行ないだから拒否するという手もあるかもしれない。では代わりにどういうあり方があるのか。結局、やむなく「代表」を出すことになるとしたら、それをどうするのか。
 さらに政治が供給するものを受け入れるか。施しを拒否する、お上の金は使わないという立場がある。ただで金をもらえるということはなく、何かは払わなくてならないのだから、もらうのをやめようというのだ。しかし欲しいものは欲しい。その間で迷いは生じ、対立は起こる。サービスを受けるとして、どこで、誰からどのような条件のもとにならよいか。ここに前段の参加の問題が絡む。政策決定過程に介入して、いくらかでもましなものにしていこうとすることはある。そしてそれは、ただの自らへの慰めでなく、それなりの効果をあげることがある。しかし同時にそれはやはりうまくいって半端なものになる。例えば、一九九五年に精神保健法が精神保健福祉法に変わって、説明は省くが、精神障害者にも「障害者手帳」というものが配られることになった。加藤真規子(全国精神障害者団体連合会)はその時の制度の改訂に介入し、そして「通院の際、「障害者手帳が始ったのは、貴方のせいだ!」と患者さんにイスを投げられそうになったり、嫌がらせのファックスや電話が重なった。」(加藤[2001:128])と後に記す★03。
 それについて何が言えるのか。政策側が出してくるものを「飴と鞭」といった図式で捉えるのは、間違いではないが、まったく不十分だ。そんな単純なことはもはや誰も言わないと思うかもしれない。しかしそうだろうか。事態を解析するためのどれだけの言葉を持っているだろうか。私は世の中がだんだん悪くなっているという史観には与しない。獲得を求め、獲得されたものはたしかにあった。同時に策に乗ることに危険もたしかにある。しかしそのよくわかっていることを指摘し、その指摘自体は間違いではないからよいとして、その代替として、政府に求めず自分たちで(あるいは「市民」が)作っていけばよいという方向に行く(にしか行かない)論が多いのだが、それらは誰もがよくわかっていること以外の何がわかっているのだろうか。

□危険/確率
 これらの問題が必然的に起こる。それは先に吉田が述べたことに関わっている。ではそれをどのように考えればよいのか。
 この度の法案に反対する人たちは、しばしば、権利ばかりを言い犯罪の被害者のことを見ることのない輩である、と言われる。しかし、そもそもそんなことはないというだけでなく、そう言われれば、ときに脅迫的に言われれば、そのように言われることをどう考えるかを、またそう言われることと自分との距離を考えざるをえない。
 政策を批判する側が言ってきたのは、なされるのが「社会防衛」だということだ。もちろんそれはそのとおりだ。しかし残るのは、「社会防衛」はいけないのかという問いである。社会を害から守る、それだけの意味であれば、それはよいと言うしかないではないか。とした場合にどんなことがさらに言えるのかだ。
 例えば、池田小学校の子どもたちが殺されたのはお前(たち)のせいだといった非難が精神障害の人の権利のために活動している人に対してなされるし、また、日頃「社会運動」にすこしも関わりをもたない人にも、つまりは同類がそうした非道なことを行なったのであり、おとなしく病院にいればよいのだという類いの非難が投げかけられる。これはこれで十分につらいことだ。それはさすがに卑怯なことだと大方の人は言うとしよう。しかしその卑怯さを差し引けば、被害を減らそうとすることに理はあるのではないか。そしてその人たちは、大きく「社会」とは言わないかもしれない──以前と比べると、この部分にいささかの変化が見られるかもしれない。常に被害者はどうなるのかという問いが出される。放置しておけばさらに被害が出るではないかと言う。
 かつての政治と異なり、この時代の政治は人々の生を目標にし、人の状態を気づかうものとしてあると、その安全と健康と幸福の増殖をはかろうとすると言われる。これもそれだけを取り出せば、よいことではないか。安全であることはよいことではないか。このことについて何を言えばよいのか。自由を侵害されることの危険性だろうか。ただ、いささかの自分の自由を犠牲にしても安全を優先しようと、少なからぬ人は思い、そのことを口にしてもいる。そのとき、その臆病さをただ指摘すればよいというものでもない。
 だから、という順序ではないにせよ、犯罪と精神病者・障害者あるいは知的障害という問題の設定において、病者・障害者の側に立つ側は、そこで名指しされる人たちととそうでない人の犯罪を犯す可能性について、その差がないことを言ってきた。実際、多くの場合このことについて多くの人が思い間違いをしているのは事実であり、その間違いを正すこと、正し続けることはまったく大切なことだ。同様に、ハンセン病は実は危険な病気ではなかったのに患者は隔離された、エイズの患者は危険ではないのに差別された。しかし、そのようにだけ言えばよいのだろうかとも、誰もが思ったことがあるはずだ。危険だったらどうなのだろう。むろん、これはたいていの場合に愚問でもある。危険とはまったく存在しないか現実の危害として発現するかではなく、なにか策を講ずれば、人間そのものを隔離するといったことをする必要はないのだ。隔離は不要であり、また問題の解決にもならない、つまり社会防衛の手段としても有効でない。この点はこの度の法案についても大切である。それにしても、この問いは消えてなくなるわけではない。
 仮にいくらかその確率が高いとしよう。そうした場合には、単にいわれのない差別ではないとされ、合理的な行動だとされるかもしれない。強制的な隔離は問題であるとしても、それが「私人」の自由の範囲内で、例えば賃貸住宅への入居を拒絶したり、雇用しないというぐらいであればそれは当然の行ないではないか。たしかにそれが単なる悪意、偏見によるのではない可能性を認めよう。しかしだからそれに発する排除を認められるだろうか。認めれば、例えば女性はいくらかでも仕事をやめる可能性が高いから女性であるあなたは雇わないことも当然だということになる。たまたまある範疇に属していることによって、そして実際に自分が行なったことではないことによって判断されることになる。それは受け入れられないのではないか。しかし、その可能性が1%と2%との違いではなくもっと大きな違いであったらどう考えたらよいのだろう。
 範疇を区分けし、より危険なのかそうではないのかという問題を設定すること自体の作為性を問題にするという言い方はある。なぜ分割し、それぞれを測るのか、しかも確率として問題にするのかと言うのだ。しかし、ともかく分けてみれば有為な差が見出される、あるいは見出される可能性が高い限りは、その設定は有効なはずだという反論はなされるだろう。そして私たちは毎日確率を使っているではないか、天気予報を見ているではないかと言うだろう。その種の実証主義・現実主義を無視するという言論の自由は、この争いの中では保護されない。土俵に上がって何か言うか、上がらないからその理由を言わなくてはならない。だがこの場面で「社会的構築」を言うことがその理由として認められるかと言えば、それは難しい。
 そして本人たちや本人たちに関わっている人たちは、確率の高い低いはともかく、周りに自傷、他害を起こした人、起こしそうな人が身近にいて、ときにはその中に自分がいることを知っていて、それをどうしようかと悩んでいたりもする。
 他者について、その存在が不可解であってもなんでも、しかし自分が無傷であることができれば、その存在を受け入れることに、あるいは受け入れるべきだという言説を受け入れることに人々は吝かではない。それがどうやら流行であるとなればなおさらだ。そしてその存在とはむろん単独の存在であるからには、それを範疇において、確率において捉えることがよくはないことも言うだろう。範疇を括り出し排除している、その声が聞かれることはない、その声にならない声を聞かなければならないと言う。そのとおりではあろう。ただそれも自らが無事であればのことではないか。そして「甘い対応」をしたら、他で排除された人たちも含め、問題を抱えた人たちがそこに集中してしまい、結果、問題が起こるかもしれない。そんなことが精神障害者が通う小さな作業所の問題なのであり、そして移民や難民を巡って国境に起こるできごとなのだ。だから考えるべきことは、捏造に対しては捏造を指摘し続けながら、それだけでない部分について、それだけでないとされる部分について、何を言うかのはずである★04。

□適度な距離にある無知と歪曲
 だから大切なことは争われていることの中にある。しかしそれを知らない。紆余曲折や内部での争いや矛盾を知ること。かろうじてフェミニズムが、その自らの中での争いの跡を残し留め、その上で議論を続けていると言えるかもしれない。それは例えば、公害反対、環境保護、地球環境問題と言葉を変えもしてきたきた運動においてはどうだろうか。すくなくともここで述べている領野については、なにもないわけではなくにしても、まだどうしようもなく少ない。
 たんにその領域について調べたりものを書いたりする人手が足りないということもある。同じ領域を見ていても、危ないことには関心のない人もいる。しかしそれだけではない。もう一つには、対立、困難の中に巻き込まれてしまうことを恐れてきたのである。たしかにいくつもの場面で、つまりは賛成するか反対するのかという分岐があって、それに言及すればその選択に入りこんでしまうかもしれず、どちらかを選択すればどちらかを裏切るし、両方を否定すればあるいは避ければ、やはり同じく裏切ることになるかもしれない。
 それでも、そうした面倒な主題だからこそ、調べたらよいと思うのだが、それにしても生臭くはある。だから、であってはならないのかもしれないのだが、過去を調べるという手がある。
 それにもいくつかの手法、あるいは入口があって、一つには「起源」を見てみようとすることである。それはこの国であれば、明治あるいは大正のことを調べるということであるかもしれない。たしかにそのころ精神病院や隔離施設が現われ始めたのであって、それを知ることによって何かが言えるかもしれない。それをきちんと調べておくことは必要なことであり、そのことにまったく疑いはない。
 ただもう一つ、そのときにでき始めて、そして引き継がれたその構造が「問題」として問われ始める時期がある。私は第二次大戦の前後を切断面と考えてはおらず、むしろ多くの部分はその後に引き継がれたと考えていて、それが本格的に疑われ出すのは一九六〇年代の後半以降だと考えている。そしてそれはそのまま、前項、前々項にあげた厄介事が現われ始めた時期である。だから、その時に言われたことから考えていくという手がある。それらはもう過去のことになってしまい、何かを言っても追いかけてくる人はいないだろう。生臭いところに近づきすぎたら、いやな人はやめればよい。
 自力で考えるのはやっかいなことではある。すくなくともしばらく、半年や一年、考えたぐらいではわからない。ならばそのことについて論じられことを調べて、そしてそこに何があるか、あるいは何がないかを考えてみることから始めればよいではないかということだ。繰り返すが、私たちの多くは裏切ることをしなくてすむほどに知らないのである。
 そしてそれにはもう一つの意味がある。すこし大仰に言えば歴史の改竄をそのままにしておくべきでないということだ。その時に始ったことについてほんんどまとまった記述はないのだが、しかしまったくまっ白なのでもない。むしろ、無残にも紋切り型の評価をされて片付けられてしまっていることがある。その意味でも知られた方がよい★05。
 例えば「反精神医学」というものがあって、それは精神病は社会が貼った単なるラベルであるとして病の存在自体を認めなかった立場である、あるいはその病の原因として生理的な水準を否定しその原因として社会だけを名指した立場である、そして医療をすべて拒否した立場である、ということになっている。だがそんなことはない。例えば先にもその文章を引用した吉田おさみが、彼は論理明晰な精神障害者だったのだが、「従来の正統精神医学の構成的要素」として、1)狂気の患者帰属、2)ネガティブな狂気観、3)狂気の原因論としての身体因説(あるいは性格因説)、「いわゆる反精神医学の構成的要素」として、1)狂気の成立機制としてのラベリング論、2)狂気のポジティブな評価、3)原因論としての社会要因説(あるいは環境要因説)をあげて(吉田[1983:104])次のように言う。
 「正統精神医学の構成的要素のうち、まず3)に、その後に1)2)に異義申し立てがなされたのですが、注意しなければならないのは[…]原因論の前提には(身体因説、社会因説を問わず)「精神病」を患者に帰属する「病」と捉えるネガティブな狂気観があることです。したがって、いわゆる反精神医学は正統精神医学の反措定として成立したが故に、そこにはさまざまな契機がごちゃまぜに混入されていますが、そもそもラベリング論・狂気の肯定と社会因説は論理的に両立し得ないのです。何故なら、原因論それ自体が、いかにして「精神病」をなくするかという目的的実践的要請から出発しているのであり、社会因説を含めた原因論は正統精神医学の1)2)の構成的契機(狂気の患者帰属と狂気の否定)を前提しているのであって、反精神医学の1)2)の構成的契機を是認すれば、原因論を論じることじたいがおかしいことになるからです。」(吉田[1983:106])
 私なら少し違うように言いたいところはある。例えば狂気を肯定しなくてはならないわけではないだろう、病気は病気だと言えばよいのかもしれないと思う。この時期にこのように言われたことと、このごろのもう少し力の抜けた構えと違うところはあるように、しかし同時に、そう大きく違うことだろうかと、違うと言ってしまうのも乱暴だろうか、そんなことを考える★06。だがともかくはっきりしていることは、吉田が「原因」が一番の問題ではないのだと明言していることだ。だから、反精神医学が、というより当時の精神医療に対する批判が、社会因説をとり、それはその後の「医学の進歩」によって間違っていたことがわかったから命脈を断たれたのだという話は間違っている。この文章の第二回・第三回で原因、原因の帰属先について検討した★07。個人にもっぱら注目することを批判し社会の側を問題にする医療者の側からの動きがあったことを述べた。それは良心的な行ないなのではあるが、その意味、妥当性はよく検討されるべきであること、その理由を述べた。次に、家族、当人の側から、いやそれはただの病気なのだと言われたことについて、その意味について考えた。それを考えるときにも、批判が実際にどのようなものであったのかを知っておく必要はある。忘却されている、あるいは忘却したことになっているのだが、知ろうとすれば、そう大昔のことではないのだから、知ることはできる。

□この年と近過去
 考えてよくわからないことはたくさんある。しかしならばまず知ることではないか。そのことだけを述べた。二〇〇二年にも多くのことが起こったし、それはすべてその後に続いている。[…]」
 生存を巡る事々、生存を巡る争いについて、調べようと思えば調べのつくことが調べられず記述されていない。生臭いのことの一部はもう過去のことになっていて「態度決定」を迫って追いかけて来たりはせず、しかも遠くに出かけて古文書を読まなくてはならないほどでなく、ほどよい遠さだ。そして、なにより、調べようとする相手の方が、それは自らの生命に関わったりすることなのだから、さんざん考えてくれているのだから、自分で考える手間がかからない。だったらそれを調べればよいのに。このことを述べた★09。

□注
★01 ゾーエ/ビオスといった括り方についての少しばかりの違和感をまだ言葉にすることができない。ところで、注08に記す大学院に、二〇〇三年のたぶん五月頃、ジョルジョ・アガンベンが集中講義にやってくる。すこし勉強しておいた方がよいように思うので、勉強会のようなものを行なうかもしない。関心のある方は立岩(TAE01303@nifty.ne.jp")まで。
★02 しかしこのことは精神障害に限らないかもしれない。障害は「ないにこしたことはない」のかについて、それは誰にとって言えることなのかについて立岩[2002]で考えた。また立岩[2001b]は、「なおす」ことを巡る現代史を調べて書いたらおもしろい、書くたらよいという、本稿と同趣旨の呼びかけの文書である。
★03 ここまでに紹介した二人が関わる組織他の活動を裏切りとして告発するより原理主義的?な部分からの批判は、「病」者の本出版委員会[1995](それにつながる動きについては、品切で書店での購入はできないが「精神病」者グループごかい[1984])等に見られる。『看護教育』(医学書院)に連載しているブックガイド(立岩[2001-]──最近のものを除いてホームページに掲載)で何回か、なにも知らないにもかかわらず精神病・精神障害についての本をとりあげた。これらの本も、内容に立ち入ることはできていないのだが、そこで紹介した。本稿で言及した吉田おさみの著書なども取り上げている。
★04 主には分配の問題に即しておおまかなことを述べたにすぎないが国境について立岩[2000a][2001a]。それとなんの関係があるのかと思うかもしれないが、浦河べてるの家[2002]という本がある。実際に危険ではあるとき、それはそうだとした上で、どうやってやっていけるかを考えるときの手がかりがいくつかあるように思う。右記した立岩[2001-]でこの本のことを二回に渡って紹介した。
★05 安積他[1990→1995]、立岩[1998][1999]が書かれたのにはそうした意図がある。
★06 注03にあげた本に描かれる場でもつねに破裂しそうな出来事は起こっているのではあるが、それでも「運動」としてなされてきたものと異なった力の抜け方がそこにはある。この本の編集を担当した白石正明はこれは反精神医学でなくて「非精神医学」だと言う。その異同について考えてみることはおもしろいことだと思う。思うに、楽ができる条件があるから楽ができているのであって、別の場面ではまた事情は異なる。例えばこの度の法案のようなものに関わってしまえば、どうしようもなく面倒事はついて来る。ただもちろん、楽しめる場面では楽しんだ方がよいのではあって、それがどんな条件のあるときに可能なのか、容易なのか、それを調べて考えてみることができるはずだ。
★07 「構築(主義)」「原因(論)」については立岩[2003]でも少しふれた。
★08 ALSと二〇〇二年について。その人たちが選挙で投票することができないことを不当と訴えた裁判の判決が十二月に出た。またそして痰の吸引などが「医療」行為とされ、「福祉」の業界のヘルルパーは行なうことができないとされ、ゆえに在宅で暮らすことが不可能であるが、あるいは重い負担が家族にかかってしまう(家族はその同じ行為を行なっていても問題にされない)ことになってしまってるという事態について、医療職につかない人も行なうことを認めさせるための署名活動等が行なわれた。これらについて、またHIV・エイズをめぐる動向についてhttp://www.arsvi.com。
★09 立命館大学大学院・先端総合学術研究科(二〇〇三年四月開設)で「争点としての生命」という研究プロジェクトが松原洋子(科学史)、小泉義之(哲学)、遠藤彰(生態学)らによって進められ、私もすこし手伝うことになるかもしれない。その一部には、本稿で呼びかけた類いの仕事が含まれるだろう。

□文献(著者名五〇音順)

安積 純子・尾中 文哉・岡原 正幸・立岩 真也 1990 『生の技法──家と施設を出て暮らす障害者の社会学』、藤原書店→ 1995 増補改訂版
石川 准・長瀬 修 1999 『障害学への招待──社会文化ディスアビリティ』、明石書店
石川 准・倉本 智明 編 2002 『障害学の主張』、明石書店
浦河べてるの家 2002 『べてるの家の「非」援助論――そのままでいいと思えるための25章』、医学書院
小倉 利丸・立岩 真也 2002 「情報は誰のものか」(対談)、『現代思想』30-11(2002-09):66-79
小沢 牧子  2002 『「心の専門家」はいらない』、洋泉社
加藤 真規子 2001 「YES。セルフヘルプを生きる──ぜんせいれんの歩みを振り返って」、全国自立生活センター協議会編[2001:123-132]
「精神病」者グループごかい 1984 『わしらの街じゃあ!──「精神病」者が立ちあがりはじめた』、社会評論社
全国自立生活センター協議会 編 2001 自立生活運動と障害文化』、現代書館
立岩 真也  1998 「一九七〇年」、『現代思想』26-2(1998-2):216-233→立岩[2000b:87-118]
―――――  1999 「自己決定する自立──なにより、でないが、とても、大切なもの」、石川・長瀬編[1999:21-44]
―――――  2000a 「選好・生産・国境──分配の制約について」(上・下),『思想』908(2000-2):65-88,909(2000-3):122-149
―――――  2000b 『弱くある自由へ』、青土社
―――――  2001- 「医療と社会ブッグガイド」(連載)、『看護教育』(医学書院)
―――――  2001a 「国家と国境について」(1〜3)、『環』5:153-164,6:153-161,7::286-295
―――――  2001b 「なおすことについて」、野口・大村編[2001:171-196]
―――――  2002 「ないにこしたことはない、か・1」、石川・倉本編[2002:47-87]
―――――  2003 「<ジェンダー論>中級問題」、『環』12(藤原書店・近刊・特集:ジェンダー)
長野 英子  2002 「参考人意見」、衆議院法務委員会「心神喪失者等医療観察法案」参考人質疑 http://www.geocities.jp/jngmdp/sankou.htm
野口 裕二・大村 英昭 編 2001 『臨床社会学の実践』、有斐閣
「病」者の本出版委員会 編 1995 『天上天下「病」者反撃──地を這う「精神病」者運動』、社会評論社
吉田おさみ  1974 「”病識”欠如の意味するもの──患者の立場から」、『臨床心理学研究』13-3
―――――  1983 『「精神障害者」の解放と連帯』、新泉社

◆立岩 真也 2004/02/20「問題集――障害の/と政策」 資料
 『社会政策研究』04:008-025 [了:20030904]

 「とくに精神障害の場合に困難な問題が現れる。他の種類の障害者の主張が社会的な理解を得やすいのに比し、精神障害の場合は、常に危険と安全に関連づけられた政策の対象になってきたし、そのことに関わる政策の是非について厳しい対立がある。精神障害者の危険性の主張に抗する側は、他の人と比べ同じかそれ以下しか危険ではないのに、より危険であるかのように仕立てられてきたことを指摘してきた。この指摘は当たっている。だからこのことを言っていく必要、言い続けていく必要はある。ただこの主張でどこまで行けるのかという問いは同時に存在している。ある集団をとった場合に他の集団より確率が高い場合はありうる。とした場合にどう考えるのか。ここまで考えておく必要がある(立岩 2002-2003:(9))。
 予測が確率としては可能であり、また確率としてしか可能でないとき、さらにそれが危険に関係する場合、確率をどこまで捨てられるのかという問題がある。例えば突然意識を失うことが他より顕著に――むろんどの程度の差異が顕著と言えるかが問題なのだが――高い確率である場合に、その人が客を乗せる車両の運転者になることが認められるかといった問題が残る。こうした場合を想定すると、すべて確率を無視すべきだとは言い切れないように思う。ただこのことを考えていけば、他者の生死に関わるような特別な場合を除き、確率に基づいた事前の排除を行うべきでないということにもなる。そして予測によって人の行いを制限することの不当性もまた確かなのだから、それを考えるなら、仮に危険がいくらか増してもそれは制限する理由にならないとも言えるはずだ。例えば作業所が「迷惑施設」として地域から拒絶に会うことがある。それに対し、迷惑はかけないと言い、誤解を解こうとしてきた。ただ、仮に迷惑をかけることがあったとしても、それは認められるべきだと言い得るはずなのであり、その方向での差別禁止規定も可能なはずである。」
◆石川 准・立岩 真也 2005/08/25 「「見えないものと見えるもの」と「自由の平等」」(対談)
『障害学研究』01:030-062 (2004/06/13障害学会大会での対談の記録)

 「もう1つ加えれば、これは精神障害を考えるうえでどうしても出てきてしまって、それが非常に難しい問題であるがゆえに、学者は誰も手をつけないという感じですが、ある種の危険とか、危害の話です。ある意味で、身体障害をめぐる議論は平和な話であって、基本的にはものがないから取ってくるという話だと思う。だけど、そういうところだけじゃなく出てくる問題に、たとえば精神障害というのはからめ取られてきたというか、それに付き合わざるを得なかった。それをどう考えるかということについて、たとえば障害学でも何でもいいんですけど、きちんと考えたことがあるかというと、たぶんない。
 そういう意味で、障害のことを考えるのにも2つとか、3つとかある。そのうちのたった1つのことについてしか、僕が考えてこなかったということです。」
 cf.犯罪/刑罰


UP:20070418(ファイル分割) REV:0418
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