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安楽死・尊厳死:アメリカ合衆国

◆2009/12/26 "Physician-Assisted Suicide: A Perspective From Advocates For People With Disability", Disability and Health Journal(安部彰 訳)
◆Singer, Peter 2009/07/15 "Why We Must Ration Health Care", New York Times Magazine, July 15, 2009

カレン・クインラン(Karen Ann Quinlan)事件(1975〜1985死去)
◆ナンシー・クルーザン事件(1990年判決)(↓)
◆ブーヴィア事件(↓)
テリ・シャイボ(Terri Schiavo)事件(2005年死去)
◆Kivorkian, Jack(↓)
◆文献(発行年順)(↓)
安楽死・尊厳死:合衆国・オレゴン州
Not Dead Yet
◆幇助による自殺の合法化に反対する障害者団体(↓)


1906   オハイオ州議会 激しい苦痛を伴う不治の病にかかっている患者はすべ
     て、専門委員会の提案に基づき死亡させてもよいという積極的安楽死法
     案を可決したが、連邦政府はこれを認めず(Sarda[1975=1988:214])
19??    アイオワ州議会 上と同様の状況であれば、重度の心身障害者から生命
     を奪うことを認める 連邦政府はこれを認めず
     (Sarda[1975=1988:214])
1937   アメリカ安楽死協会設立 会長:ポッター Charl F. Potter 神父
     末期状態の患者だけでなく非常に重度の心身障害のある新生児、慢性的
     な精神病者にも認められるべきだと主張
1967   安楽死教育評議会設立
     (日本安楽死協会[197704])
1969   フロリダ州議会に尊厳死の権利についての法案提出される
     (阿南[1977:49])
1975   ハワイ、モンタナ、ウィスコンシン州で積極的安楽死を内容とする尊厳
     死法案が提案される(阿南[1977:94,98])
197504  カレン・クィンラン事件発生*
1976   他の13州でも法案が提出される(阿南[1977:94])
1976   サイケヴィッチ事件
1976   カリフォルニア州で法制化される(自然死法 Natural Death Act)
     2人の証人の立会いと署名(血族・親族・医療に関わる人は除く)
     (町野[1984:245-247])
19760331 ニュージャージー最高裁判所1976年3月31日判決(カレン・クィンラン事件)」
19770101 カリフォルニア州自然死法 Natural Death Act施行

1980   ヘムロック協会創設
1982   ベビー・ジョン・ドゥー(Baby John Doe)事件
 「米国インディアナ州ブルーミントンで一九八二年四月九日に生まれたダウン症(二一トリソミー=二一番の染色体が一本多い)の男の子、食道閉鎖と気管食道瘻を併発、両親は手術を受けさせない決定をした、病院が裁判所に判断を仰ぎ、審理中、四月一五日死亡」(立岩『私的所有論』p.206)
198410  児童虐待予防修正法(←ベビー・ジョン・ドゥー(Baby John Doe)事件
198504  児童虐待法施行規則(←198410児童虐待予防修正法)
「この「規則」では「@患者の意識が永久に消失している場合。A患者の死が不可避的であり、その子にとって治療が不毛な場合。B患者にとって治療が実質上不毛で、かつ人間的でない場合」に限り、生命を維持する医学的治療を差し控えたり、停止することが認められた。(高木[1991:345-346]、この規則についての新聞報道を受けた批判として山尾謙二[1985→1986]、新聞の誤報道の指摘も含めより詳しくは秋葉[1987]、また八五年の規則への批判としてMoscop ; Saldahna[1986]。)」(立岩『私的所有論』p.206)

198506  までに36州 メリーランド州の場合:「死ぬ権利」を主張した書類に健
     康なうちにサインし、家族以外の2人の承認のサインを得る 2人の医
     師が「末期で死が切迫している」と判断すれば、昏睡状態でも宣言は有
     効(『朝日』85.8.29)
19850611 カレン・クインラン、肺炎による呼吸困難で死去

19900604 ジャック・キヴォキアン(Jack Kivorkian)自殺幇助始める
19900625 連邦最高裁判所1990年6月25日判決(クルーザン事件)
199111  ワシントン州、世界初の「医師に安楽死を要求する権利法案」法制化見送り
199112  患者の自己決定法施行
199411  オレゴン州、安楽死法制化、後に反対派から連邦地裁へ提訴
199508  連邦地裁94年のオレゴン州安楽死法案の差し止め命令を出す。
199710  オレゴン州安楽死法案、違憲差し止め命令撤回

◆2004/11/10 「米司法省、オレゴン州の安楽死禁止求め最高裁に意見書」
 Nikkei net 2004/11/10(18:30)

 「【ワシントン支局】アシュクロフト米司法長官は9日、「安楽死」を全米で唯一認めているオレゴン州で医師が安楽死をほう助できないようにするため、連邦最高裁が同長官に禁止の権限を与えるよう求める意見書を提出した。オレゴン州には医師による末期患者の自殺ほう助を認める「尊厳死(安楽死)法」があり、1998年以降、同法に基づいて170人以上が安楽死を選んでいる。
 アシュクロフト長官は2001年に「自殺ほう助は正当な医療行為ではない」として、安楽死に使われる薬を医師に配布することを禁ずる命令を出した。サンフランシスコの連邦控訴裁は今年5月、この命令を違法だと判断。今回の意見書は、控訴裁の判決を覆し、長官の命令を有効とするよう求めている。ブッシュ大統領の支持基盤の1つであるキリスト教保守派は、妊娠中絶と並んで安楽死の禁止を主張している。」

 
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■ナンシー・クルーザン事件(1990年判決)

◆以下は、立山龍彦『自己決定権と死ぬ権利』(1998、東海大学出版会)
 pp.45-47

「第3節 死ぬ権利
 1 ナンシー・クルーザン事件
 @ 事案
 交通事故による脳の障害で植物状態となったナンシークルーザン Nancy B. Cruzan(米国ミズーリ州、事故当時25歳の女性)は、昏睡状態のまま7年が経過した。31歳のナンシーは、自発呼吸はできるもののフィーディング・チューブ feeding tube で水分・栄養等を補給しており、生命維持治療さえ施せばこのままの状態で何等苦痛を感じることなく、30年以上は生き続けるであろうと医者団が認めていた。回復の見込みはないとの医師の判断の下に、ナンシーの両親は自分の娘がこのような状態で生き続けることを決して望まないであろうとして、彼女のフィーディング・チューブを取り外し、ナンシーを死なせる許可をミズーリ州高等裁判所に求めたのであった。同高裁は両親の訴えを認め、チューブの取り外しの許可を与えたが州側が上告したため、舞台は同州最高裁判所に移ることになった。(23)
 A ミズーリ州最高裁判所判決
 原告である両親は、「ナンシーの憲法上の自由の権利が、フィーディング・チューブを胃の中に差し込まれ無理やり栄養をとらされている事実から、彼女を守ることができなければその権利は何の意味も有しない。ナンシー自身は植物状態であるから、その生命維持医療措置を拒否できないが、両親は娘のために行動することができる。」と主張した。
 ミズーリ州最高裁の判決は、ナンシーの家族および友人達による「あいまいで当てにならない」彼女の意思に(p.45)ついての記憶は、ナンシーの栄養補給を止めさせる十分な理由にはならないとした上で、「州が重視しているのは生活の質の点ではない……もし、生活の質が問題になるのなら、あらゆる種類の身体障害者は、州が自分達の生命を断とうとしていると思うに違いない。州が重視していくのはむしろ生命そのものであり、絶対的なものである。」とした。そして、ナンシー自身は延命医療措置を拒否する権利を有するが、その両親は娘がそれを望んでいたということを法廷で証明し得なかったとして、両親の訴えを4対3で退けた。
 この判決を不服として、ナンシーの両親は連邦最高裁判所に提訴したため、同最高裁はアメリカ合衆国憲法の自由の保障と、そこに必然的に含まれるプライバシーの権利が、自費のために餓死させる権利を含むかについて判断しなければならなくなり、連邦最高裁で審理される最初のケースとなった。
 B 連邦最高裁判所判決
 1990年6月25日、連邦最高裁は9人の裁判官全員一致で、「不治の病の患者あるいは末期患者は合衆国憲法上の権利(修正第9条)として、栄養や水分の補給を含む生命維持装置の取り外しを求めることができる」すなわち、「死ぬ権利」があることを認める歴史的判決を下した。しかし同判決は、この権利は絶対的なものではないと述べ、生命維持医療措置の拒否の決定が当人の意思が明確な時になされ、かつ合法的である場合にのみ認められるとした。従って、家族もしくは医師は当人の医師が明確に認識できない場合は、そのような選択をなすべきではないと明示した。
 そして、ナンシー・クルーザンのケースに関して連邦最高裁は、ナンシーが自分の死をもたらすフィーディング・チューブの取り外しを意欲していたか否かは明確ではなく、その証明もないとして、両親の訴えを5対4で退けたのである。これはミズーリ州法が、生命維持装置取り外しの前提として、本人が死を望んでいる事実を示す(p.46)「明白かつ説得力のある証拠」、例えばリビング・ウィルのようなものを必要としていることを、連邦最高裁が認定したということである(24)。連邦最高裁はこの事件以前において、死の結果をもたらす医療措置の拒否が、合衆国憲法上で「死ぬ権利」として認められているということについては、何らの判断も示していなかった。すなわちそれらの問題は、州法によって規定されてきたのである。連邦最高裁は、合衆国憲法の法的手続条項において、少なくとも制限された「死ぬ権利」が定められており、この権利は今や国民的権利となりすべての州で尊重されるべきであることが保障されているとした。
 連邦最高裁によってフィーディング・チューブの取り外しを否定されたナンシーは、その後彼女の元同僚が、ナンシーが植物状態になったら生きていたくないと話をしていた事実を証言したため、1990年12月14日ミズーリ州ジャスパー郡の検認裁判所は、チューブの取り外しを認める決定をした。そしてナンシーは12日後の同月26日に死去したのである。このような背景の下に、患者の意思と自由を法的に保護する要求がアメリカ全体に広がりをみせて、連邦政府は1991年12月1日「患者の自己決定権法」The Patient Self-Determination Act を施行するに至った。」

◆クルーザン事件年表 香川[2006:315-319]

■文献・資料

◆19900625 「連邦最高裁判所1990年6月25日判決(クルーザン事件)」
 町野朔他編[1997:194-200]

大野 和基  19910613 「ナンシー・クルーザンの「死ぬ権利」――安楽死・尊厳死は許されないのか」
 『週刊文春』33-22:191-196 ※COPY
◆―――――  19910620 「ナンシー・クルーザンの「死ぬ権利」――安楽死・尊厳死は許されないのか・2」
 『週刊文春』33-23:179-184 ※COPY
◆―――――  19910627 「ナンシー・クルーザンの「死ぬ権利」――安楽死・尊厳死は許されないのか・3」
 『週刊文春』33-24:186-195 ※COPY
◆―――――  19910704 「ナンシー・クルーザンの「死ぬ権利」――安楽死・尊厳死は許されないのか・4」
 『週刊文春』33-25:77-82 ※COPY
◆―――――  19910711 「ナンシー・クルーザンの「死ぬ権利」――安楽死・尊厳死は許されないのか・5」
 『週刊文春』33-26:47-52 ※COPY
◆―――――  19910718 「ナンシー・クルーザンの「死ぬ権利」――安楽死・尊厳死は許されないのか・最終回」
 『週刊文春』33-27:49-54 ※COPY
◆立山 龍彦 1998 『自己決定権と死ぬ権利』、東海大学出版会
◆香川 知晶 20061010 『死ぬ権利――カレン・クインラン事件と生命倫理の転回』,勁草書房,440p. ASIN: 432615389X 3465 [amazon][boople] ※, be.d01.et.(講更新)


 唄:プライバシー権と言わない。Liberty Interestと言う。
 (これもどういう意味があるのか。)
 本人の意思を必要とする。
 それを強調することによって、自己決定権を強く認めた判決とみるか
 外させないために、それを強調しているのか
 その評価が微妙なところ
 だが 連邦裁判所から 州にかえって 3人の証言が クリア・アンド・コンビンシングなものとして 取り外しを認めた。


 
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■ブーヴィア事件

◆香川[2006]第13章「治療停止の政治学:有能力者、ベビー・ドゥ規則、クルーザン事件」2「ベビー・ドゥ規則:新生児の治療停止と中絶の問題」
 「障害者団体の懸念 一九八三年にブーヴィアの訴えを退けた第一ブーヴィア判決について、ペンスは「発達障害者擁護会(Advocates for the Devlopmantally Disabled)の主張が影響を与えていたことを指摘している(PENCE, 64[1,94])。判決が訴えを退ける理由とした第三者の利益とは、主に身体障害者の利益を指していた。「発達障害者擁護会」のメンバーは、事件が報道されると、ブーヴィアの入院していた都総合病院の外に集まり、ブーヴィアが決心を変えるように求めて、夜を徹して集会を開いていた。そのグループの弁護士は、「こうした障害をもつ人は誰でも、自殺を考えることがあるものです。会のひとびとが恐れているのは、もしエリザベスが自殺すれば、多くの障害者が、《なんてこっか、わたしも戦うのをやめよう》、といい出しはしまいかということなのです」と語っていた。新聞には身体的な困難があるからといって、人生が生きるに値しないとする考え方には「大量虐殺の含み」があるとする障害者の声が寄せられ、「障害者擁護法律協会(Law Institute for the Disabled)」の弁護士は、ブーヴィア事件を社会貢献のできないとされた障害者の「社会問題」と呼び、ブーヴィアが必要としているのは、尊厳をもって生きることができるための手助けなのだ」と論評した(HUMPHRY, 151)。他方、ブーヴィアの弁護士は、そうした介入はプライバシーの権利と結社の自由に対する明らかな侵害だと批判した。[…]
 たしかに、ブーヴィアの請求が障害者団体の人たちにとって脅威であったことは、想像に難くない。判決が本人の意思を無視して強制栄養を要求し、病院を恐ろしい拷問室と化すものだと強く批判したアナスでさえ、ブーヴィアは決心を変えて、経口栄養を続けるべきだと述べている(ANNAS8,21)。しかし、三年後に、ブーヴィアの訴えは認められた。ペンスがいうように、ブーヴィアは「判断能力のある成人の患者が、死ぬために医療処置を拒否するという憲法上の権利をもつという最初の明確な言明……を引き出した」(PENCE, 69[1,101])。その背景には、カリフォルニア州自然死法の成立時と同じ事情が指摘できる。クインラン事件以降、世論は治療停止の権利を肯定する方向に大きく傾き、その流れはもはら抗しがたいまでになっていた。」(香川[2006:304])

◇香川 知晶 20061010 『死ぬ権利――カレン・クインラン事件と生命倫理の転回』,勁草書房,440p. ASIN: 432615389X 3465 [amazon][boople] ※, be.d01.et.(講更新)


 
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■H.ワシントン州「イニシアティブ119」法案否決 1991

 全米で初めての「医師による末期患者の自殺幇助を認める法案」が、住民投票でその法制化の可否を問われた。内容は@2名の医師が余命6ヶ月以内と診断、A知的精神的判断能力のある成人のB自主的な要求、C親類以外の2名の証人の前で死ぬ意思を表示する宣言書を書く、等の条件を満たせば医師は自殺幇助罪に問われないとするものである。結果は賛成46%で法制化は失敗に終わった。

◆成田薫編『年表が語る協会20年の歩み』.pp96‐97、日本尊厳死協会、1996.
◆ジャネット・あかね・シャボット、星野一正(監修)『自ら死を選ぶ権利――オランダ安楽死のすべて』pp227‐231、徳間書店、1995.

 

■Kivorkian, Jack

 「ジャック・キヴォーキアン 1928年生まれ。ミシガン州の医師。医師による自殺介助を法制化する活動とともに、90年からは自ら開発した自殺装置による自殺介助を実行し、これまで120人以上の患者が彼のもとで自殺。数度にわたって逮捕、告訴、医師免許も剥奪されるが、いずれも無罪評決を受ける。98年11日、安楽死を望む末期患者に自ら薬物を注射し、その場面のビデオを米CBSテレビ「60ミニッツ」で全米に放映、議論を巻き起こす。通称Dr.Death」(『死を処方する』の「帯」より)

◆「ジャック・キヴォキアン(Jack Kivorkian)関連事件年表」
 町野朔他編[1997:111-118]


◆1986   オランダでの安楽死のことを知る。
 「私が初めて、この注目すべき「良識の勝利」のことを知ったのは、一九八六年のことである。私は、死刑囚に対して実験を行なうという私のコンセプトを、安楽死を選択した患者にまで拡張するという案を思いついた。」(Kivorkian[1991=1999:260])

◆1987   オランダ訪問
 「私は、まず自由安楽死協会のオフィスに向かった。それから一週間というもの、私はこの協会の理事といろいろな話し合いをして過ごした。そしてこの国に於いても、安楽死は依然として非合法であり、国会はこれを合法化するつもりもない、ということを聞いてやや落胆した。この公然たる偽善は、控えめに言っても、苦々しいものであった。
 失望はそれだけではなかった。私の長年の課題であった、全身麻酔下の実験という考えが、それとなく拒絶されてしまったのだ。理事は、私の考えはあまりに過激すぎる、と懸念を表明した。」(Kivorkian[1991=1999:260])

◆19900604 Janet Adkins(54歳、アルツハイマー病)の自殺を幇助。Adkinsはキヴォキアンの自動車の中でキヴォキアン考案の自殺装置により薬物を注射して死亡【1件目】
 〜
◆19961023 キヴォキアン、Barbara A. Collins(65歳、卵巣がん)の死体を病院に運び込む【45件目】
 〜
◆19970203 Elaine L. Day(79歳、筋萎縮性側索硬化症)の死体が検視官事務所に注射中のキヴォキアン所有の自動車の中で発見される。また、Lisa Lansing(42歳、クローン病)の死体が同人の友人によって病院に運び込まれる。両件に関するキヴォキアンに対する捜査は、いずれも証拠不十分で打ち切られた。
 (上記「年表」より)

◆Kivorkian, Jack 1991 Prescription Medicine: The Goodness of Planned Death, Prometeus Books, New York=19990305 松田和也訳、『死を処方する』、青土社、351+11p. 2200


1 処刑、七月一三日
2 その時、実際に起こっていたこと
3 ある理念の復活
4 宣告される死の種類
5 最善の処刑法
6 サクラメントからの凶報
7 死刑囚監房からの声
8 「まるでサーカスの曲芸だ!」――ある「生体実験」のエピソード
9 「ヒポクラテスの誓い」(ヒポクラティック・オウズ)ならぬ「偽善的な馬鹿ども」(ヒポクリティック・オウフス)
10 日の下に新しきものは無し――死刑囚と医学の関係小史
11 宇宙時代の医学、石器時代の倫理
12 道徳に対するリンチ
13 死の谷の慈悲殺――安楽死と自殺介助
14 真の慈悲とは何か
15 医殺(メディサイド)の誕生
 自殺機械「マーシトロン」を用いたJanet Adkinsに対する自殺幇助についての記述
 「今やいわゆる生命倫理学者たちから賞賛されるまでになった安楽死推進派の人々だが、彼らかの意図と行動が極めて臆病で、秘密主義で、場合によっては詐欺的なものであるのに対して、私の行動はオープンで、倫理的で、合法的で、そして完全かつ妥協を許さない誠実さを保っていた。」(p.310)
16 予後―医殺――進歩か、堕落か
 「死刑囚に、自分自身でマーシトロンを操作するかどうかを選ぶ権利を与えるのだ。その死刑囚にその価値があるかどうかは別にして、そのような形で(p.322)当人の自己決定権を尊重することによって、処刑という行為をより人道的なものにし、それを行わせている社会の道徳性を高めることができるだろう。
 多くの(おそらくは殆どの)死刑囚がその選択肢を歓迎するだろう、と私は確信している。少なくともそれによって、ほんの僅かではあるが、当面の状況と自分の死のプロセスを自分自身で統御することが出来るのだから。」(p.323)
17 医学のスペクトルの完成
補遺
翻訳者あとがき
参考文献
索引

■言及

◆Hendin, Herbert 1997 Seduced by Death: Doctors, Patients, and Assisted Suicide、Georges Borchardt, Inc.=20000330 大沼安史・小笠原信之訳、『操られる死――<安楽死>がもたらすもの』、時事通信社、323p. 2800
 pp.39-43
◆立岩 真也 2001 「死の決定について・1」
 『看護教育』42-4(2001-4)

 
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■文献(発行年順)

◆立山 龍彦 1998 『自己決定権と死ぬ権利』,東海大学出版会、153p.、2200
星野 一正 19971130 「オレゴン州尊厳死法の住民投票による容認」 『時の法令』1558:62
◆星野 一正 19970730 「自殺幇助を禁ずる州法は合憲と米国最高裁判所」,『時の法令』1550:60
◆星野 一正 19970530 「米国議会にて自殺幇助医療費制限法制定」,『時の法令』1546:55
◆星野 一正 19960630 「緩和ケアをめぐる問題――裁判における医師による自殺幇助容認の傾向」,『時の法令』1524:62
大野 和基  19910613 「ナンシー・クルーザンの「死ぬ権利」――安楽死・尊厳死は許されないのか」,『週刊文春』33-22:191-196 ※COPY
◆―――――  19910620 「ナンシー・クルーザンの「死ぬ権利」――安楽死・尊厳死は許されないのか・2」,『週刊文春』33-23:179-184 ※COPY
◆―――――  19910627 「ナンシー・クルーザンの「死ぬ権利」――安楽死・尊厳死は許されないのか・3」,『週刊文春』33-24:186-195 ※COPY
◆―――――  19910704 「ナンシー・クルーザンの「死ぬ権利」――安楽死・尊厳死は許されないのか・4」,『週刊文春』33-25:77-82 ※COPY
◆―――――  19910711 「ナンシー・クルーザンの「死ぬ権利」――安楽死・尊厳死は許されないのか・5」,『週刊文春』33-26:47-52 ※COPY
◆―――――  19910718 「ナンシー・クルーザンの「死ぬ権利」――安楽死・尊厳死は許されないのか・最終回」,『週刊文春』33-27:49-54 ※COPY
◆宮野 彬 1986 「アメリカの二〇を超える尊厳死法とわが国における立法の問題」,『年報医事法学』1
◆Sarda, Francois 1975 Le droit de vivre et le droit de mourir, Seuil=19880229 森岡恭彦訳、『生きる権利と死ぬ権利』,みすず書房、345p. 2000
◆日本安楽死協会 編 1979 『アメリカ八州の安楽死法(原文全訳)』,人間の科学社 2000
◆日本安楽死協会 編 19770430 『安楽死とは何か――安楽死国際会議の記録』,三一書房、209 p. 950

◆Hendin, Herbert 1997 Seduced by Death: Doctors, Patients, and Assisted Suicide Georges Borchardt, Inc.=20000330 大沼安史・小笠原信之訳、『操られる死――<安楽死>がもたらすもの』 時事通信社、323p. 2800 ※

◆アメリカ(オレゴン地区)連邦地方裁判所 19950803 「アメリカ(オレゴン地区)連邦地方裁判所1995年8月3日判決(オレゴン州尊厳死差止訴訟)」
 町野朔他編[1997:098-102]
◆アメリカ(第九巡回区)連邦控訴裁判所 19960306 「アメリカ(第九巡回区)連邦控訴裁判所1996年3月6日判決(ワシントン州自殺幇助規定違憲訴訟)」
 町野朔他編[1997:102-109]
◆アメリカ(第二巡回区)連邦控訴裁判所 19960402 「アメリカ(第二巡回区)連邦控訴裁判所1996年4月2日判決(ニューヨーク州自殺幇助規定違憲訴訟)」
 町野朔他編[1997:109-111]
◆(Kivorkian, Jack)  「ジャック・キヴォキアン(Jack Kivorkian)関連事件年表」
 町野朔他編[1997 :111-118]

◆清水 一成 19970420 「アメリカの尊厳立法と尊厳死判例 1尊厳死立法 資料解説」
 町野朔他編[1997:153-154]
◆カリフォルニア州 1976 「1976年カリフォニルア自然死法」(抄)
 町野朔他編[1997:155-158]
◆アメリカ合衆国 1989 「1989年統一末期病者権利法」
 町野朔他編[1997:158-166]
◆カリフォルニア州 1994 「1994年カリフォニルア委任状法」(抄)
 町野朔他編[1997:166-170]
◆カリフォルニア州 1994 「1994年カリフォニルア自然死法」
 町野朔他編[1997:170-177]
◆清水 一成 19970420 「アメリカの尊厳立法と尊厳死判例 2尊厳死判例 資料解説」
 町野朔他編[1997:178-179]
◆ニュージャージー最高裁判所 19760331 「ニュージャージー最高裁判所1976年3月31日判決(カレン・クィンラン事件)」
 町野朔他編[1997:180-182]
◆マサチューセッツ最高裁判所 19771128 「マサチューセッツ最高裁判所1977年11日28日判決(サイケヴィッチ事件)」
 町野朔他編[1997:183-185]
◆カリフォルニア州控訴裁判所 19860416 「カリフォルニア州控訴裁判所1986年4月16日判決(ブービア事件)」
 町野朔他編[1997:185-189]
◆ニュージャージー最高裁判所 19850117 「ニュージャージー最高裁判所1985年1月17日判決(コンロイ事件)」
 町野朔他編[1997:189-194]
◆連邦最高裁判所 19900625 「連邦最高裁判所1990年6月25日判決(クルーザン事件)」
 町野朔他編[1997:194-200]

■National Disability Groups Opposed To Legalization of Assisted Suicide
 (幇助による自殺の合法化に反対する障害者団体)
 The List = http://www.notdeadyet.org/docs/ndyopposed.htmlより(200102)

◆American Disabled for Attendant Programs Today (ADAPT) - ADAPT advocates for the civil rights of people with disabilities, old and young, to receive long term care services in the community instead of being warehoused in nursing homes and institutions.

◆Association of Programs for Rural Independent Living (APRIL) - APRIL is the national association of centers for independent living, statewide independent living councils, and other organizations working with people with disabilities living in rural areas.

◆Disability Rights Education and Defense Fund (DREDF) - DREDF is the leading force in education and legal enforcement of the ADA and other laws that prohibit discrimination based on disability.

◆Justice For All - Justice For All and its extensive email network were formed to defend and advance disability rights and programs in the U.S. Congress.

◆National Council on Disability - The National Council on Disability (NCD) is an independent federal agency making recommendations to the President and Congress on issues affecting 54 million Americans with Disabilities.

◆National Council on Independent Living - NCIL is the national association of hundreds of consumer-controlled Centers for Independent Living, non-residential grassroots advocacy and service organizations operated by and for people with disabilities.
 (全米自立生活協議会)

◆National Spinal Cord Injury Association - The National Spinal Cord Injury Association is an international nonprofit organization for people living with spinal cord injury. Their mission is to enable people with spinal cord injuries to make choices and take actions so that they might achieve their highest level of independence and personal fulfillment.
(全米脊髄損傷協会)

Not Dead Yet - NDY is a grassroots disability rights group formed to oppose the movement to legalize assisted suicide and euthanasia.
Not Dead Yet(NDY・「まだ死んでない」)は、幇助された自殺と安楽死を合法化する運動に反対するために作られた、草の根の障害者の権利のためのグループです。

◆TASH - TASH is a civil rights organization for, and of, people with mental retardation, autism, cerebral palsy, physical disabilities and other conditions that make full integration a challenge.

◆World Association of Persons with Disabilities - WAPD advances the interests of persons with disabilities at national, state, local and home levels.

◆World Institute on Disability - WID is an international public policy center dedicated to carrying out cutting-edge research on disability issue and overcoming obstacles to independent living. It was founded by Ed Roberts, the "father" of the independent living movement.


REV:.....20040609 20050115 20071125 20080829,0925, 20100104, 1214
安楽死・尊厳死  ◇アメリカ合衆国 

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