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>HOME >euthanasia 19760120 「安楽死協会」設立。初代理事長に太田典礼就任。 197606 「安楽死協会」,名称を「日本安楽死協会」とする。 19770423 日本安楽死協会第1回年次大会開催 197707 「東海安楽死協会」発足* 19780513 第2回年次大会開催(東京)* 197805末 日本安楽死協会の財団法人設立許可申請を法務省へ提出 197811 日本安楽死協会 「末期医療の特別措置法案」 19780630 法案作成委員会正式発足* 19781129 法案作成委員会草案作成作業終了* 197811 安楽死法制化を阻止する会(発起人:武谷三男・那須宗一・野間宏・松 田道雄・水上勉)の声明(猪瀬[1987:153]) 19781111 TBSテレビの土曜ドキュメント「ジレンマ」に太田典礼・和田敏明出演 19781220 日本安楽死協会「安楽死法制化を阻止する会」の声明に対する反駁声明 19790315 日本安楽死協会「末期医療の特別措置法」草案を正式発表* 198112 日本安楽死協会「新運動方針」 1983 日本安楽死協会,日本尊厳死協会に改名 cf.19760120 「午後五時より、招待を受けていた安楽死協会の発起人会に出席。母の代弁者として私も三回にわたり母の訴えを述べさせてもらった。さすがによき理解者ばかりの集まりで、種々啓蒙される思(p.203)い。発起人会は途中、設立準備委員会に切りかえられ、協会設立への動きは急ピッチのようであった。」(鈴木千秋[pp.203-204]*) *鈴木 千秋 19780620 『平眠――わが母の願った「安楽死」』,新潮社,261p. 850円 ※ ◆日本安楽死協会 197811 「末期医療の特別措置法案」 ◆日本安楽死協会 197903 「末期医療の特別措置法(日本安楽死協会<安楽死法草案>1979年3月)」 町野朔他編[1997:134-137] ◆安楽死法制化を阻止する会 197811 「声明」 ◆日本安楽死協会 19781220 「安楽死法制化を阻止する会」の声明に対する反駁声明 ■1977〜1978 「協会では、一九七七年に、安楽死の法制化について具体的に草案を検討することとし、会員間における検討のたたき台として、石川治、飛田人徳、和田敏明がそれぞれ試案を作成した。試案の作成者はいずれも、意見を付して、協会編集の『安楽死何集・第二集』(一九七七年八月発行)にその内容を発表した。協会の第一次案は石川案を骨子としている[…]<189> 石川案、飛田案、和田案は、協会の理事会で検討審議を経ずに個人的試案として発表されたものであり、協会の会員のなかから、これらの案に対する批判や意見は少なくなかった。 三案のうち、石川案および飛田案は、患者の意志にもとづく場合、積極的安楽死を容認するものと解釈されるような表現があったせいもあって、関西地方を中心に「安楽死法制化を阻止する会」が武谷三男、那須宗一、野間宏、松田道雄、水上勉を発起人として結成され、「阻止する会の声明」というものが発表された[…]。 一九七八年五月十三日「安楽死協会第二回総会」に、先の石川案を基礎とした法律の要綱第一次案が発表されたが、これは中間的試案というべきものであって、このときの総会では、第一次案に対する協会顧問や会員からの批判や修正もあわせて報告された。 六月三十日、内部からのこれらの批判に対処するため、あらためて、協会としての草案を作成するための委員会を組織して、第二次案の検討に着手した。 法律委員会は原則として毎月一回検討会を重ね、十一月二九日、協会としての草案を作成する作<192>業を終了した。したがって、「法制化を阻止する会」が声明を発表したのと同じ十一月、協会は、協会として作成した新たな草案作成作業を完了していたのであった。」(沖[1990:189,192-193]) ■立岩真也『私的所有論』第4章注12(p.168) ◆12 日本で安楽死(のちに尊厳死と呼ばれる)法制化の運動を積極的に推進した のはまず太田典礼だが、彼は一貫して優生断種を擁護している(太田[1967])。 さらに例えば次のような発言。 「基本的には本人の苦しみですよ。しかし、本人が無意識の場合がありますから ね。その場合、第三者の見た苦しみを、苦しみとみるかどうかは、これは医者の 判断…。」(対談での発言、太田・渡辺[1972→1974:170]) 「命(植物状態の人間の)を人間とみるかどうか。…弱者で社会が成り立つか。 家族の反社会的な心ですよ。人間としての自覚が不足している。」(太田、当時 日本安楽死協会理事長) 「不要の生命を抹殺するってことは、社会的不要の生命を抹殺ってことはいいん じゃないの。それとね、あのナチスのやった虐殺とね、区別しなければ」(和田 敏明、当時協会理事)(一九七八年一一月一一日、TBSテレビの土曜ドキュメン ト「ジレンマ」での発言、清水昭美[1994:213-214]に採録)。 日本安楽死協会、日本尊厳死協会の安楽死・尊厳死に関する発言の紹介、批判と して清水[1994:213-221]。 もちろん現在「尊厳死」を主張する人達の多くはこんなに野蛮ではない。自己決 定が主張される。しかしこれで問題がなくなるのではない。 「オランダで行われている安楽死や自殺幇助のほとんどは、がんの末期患者で、 自分では何もできなくなり、すべてを他人に頼らなければならないという状態で 余命予測の二、三日以内の人で、最長でも二、三週間の屈辱感に耐えられないと いう患者です」(インタヴューに対するオランダ人の回答――後藤猛[1996:133] に掲載。オランダの安楽死について、この文章所収のNHK人体プロジェクト編 [1996]、Chabot[1995])。 所謂「ペイン・クリニック」が整備され痛みの制御が十分な水準に達した時(オラ ンダではそうだと言う)、自己決定される死は身体的な苦痛から逃れるためのもの でなくなる。この時、その決定の理由は、「屈辱感に耐えられない」といった、よ り「人間的」なものになる。市野川[1993b][1994a][1996e](cf.小松・市野 川[1996]、小俣・市野川[1996])が危惧するのはこのことである(第7章注22・ 318頁)。 ◆日本安楽死協会 編 19760920 『安楽死論集第1集』 人間の科学社,229p. 950 ※ d e ◆日本安楽死協会 編 1977 『安楽死論集第2集』 人間の科学社,B6判 297頁 定価1,200円+税 http://www.shuppanken.com/nkc/syohyou/n030index.htm 〈主要目次〉生命論と安楽死(太田典礼)/安楽死を見直す(和田敏明)/安楽死について(佐羽城治)/安楽死裁判の動き(成田薫)/生からのアプローチ(横田整三)/安楽死の是非(横山正義)/安楽死随想(小川仙)/「良心の自由」について(森谷正雄)/法律試案作成にあたって(石川治)/生命維持の限界に関する法案(飛田人徳)ほか。 ◆日本安楽死協会 編 19770430 『安楽死とは何か――安楽死国際会議の記録』 三一書房, 209 p. 950 ◆日本安楽死協会 編 197904 『アメリカ八州の安楽死法(原文全訳)』 人間の科学社,130p. 2000 附:サンフランシスコ宣言と国連への請願・第2回国際安楽死会議の報告 ◆日本安楽死協会 編 19790420 『安楽死論集第3集』 人間の科学社,311p. 1300 ※ d e ** ◆日本安楽死協会 編 19800420 『安楽死論集第4集』 人間の科学社,309p. 1400 ※ d e ** http://www.shuppanken.com/nkc/syohyou/n025index.htm 〈主要目次〉ヒルヘブン・ホスピス(津田豊和)/太田典礼の功罪(田村豊幸)/もう一つの立場――安楽死、医療辞退に反対(野村実)/人民か権力かでは片づかない(高橋正雄)/老人とセックス(横田整三)/死ぬ権利と不治患者(植村肇)/安楽死に関する意識調査(笠原正成)/生命は尊厳であるか?(佐羽城治)/延命医療の再検討(太田典礼)ほか ◆日本安楽死協会 編 19810301 『安楽死論集第5集』 人間の科学社,289p. 1400 ※ d e ** ◆日本安楽死協会 編 19820420 『安楽死論集第6集』 人間の科学社,279p. 1400 ※ d e ** ◆日本安楽死協会 編 19830420 『安楽死論集第7集』 人間の科学社,188p. 1000 ※ d e ** ◆日本安楽死協会 編 19850610 『安楽死論集第9集』 人間の科学社,191p. 1000 ※ d e ** ◆日本安楽死協会 編 19860705 『安楽死論集 第1集』 ? 出版科学総合研究所,229p. 950 REV:....20030709 20050401 ◇日本尊厳死協会 ◇太田典礼 ◇安楽死・尊厳死 |