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優生・米国


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 以下,立岩真也『私的所有論』第6章「個体への政治」第3節「性能への介入」より引用
 +『ノーマラリゼーション』より引用

「二〇世紀の初めに登場した知能テストが米国他で用いられる。フランスのビネ(A. Binet 1857〜1911)が開発した尺度が知能テストとなり、ベルギー、イギリス、米国、イタリアといった国々に広がっていったが、中でもテストの採用、改良に熱心だったのは、米国のターマン(L. M. Terman)、 ゴダード(H. H.Goddard)、ヤーキーズ(R. M. Yerkes)といった学者たちだった。ビネの考えたのと異なり、彼らは知能を遺伝的に規定されたものとみなした。知能テストは知能の遺伝性を実証する手段であり、またその遺伝的な知能の差異を測る手段だった。このような観念のもとで知能テストは様々な(放任を含めた)政策、政策の意図に結びつくことになる。◆33

 「…近い将来、知能テストは数万におよぶ軽度の欠陥者たちを社会の監督と保護のもとに置くようにするだろう。そして究極的には精神障害者を増えないようにし、犯罪、貧困、非能率な労働を減らすことができよう。現在見過ごされている軽度の欠陥者は、まさに国が重点的に保護すべきなのである。」
 (Terman[1916](Binet のテストを翻案した「スタンフォード・ビネー・テスト」の序章)、引用はKamin[1974=1977:153])

 「精神薄弱がわが国の社会的、経済的、道徳的繁栄に重大な脅威となることに気づき始めたのはごく最近のことである。…慢性的あるいは準慢性的貧困の大部分は…それが原因である。/…精神薄弱は増え続けている…救済事業がなされ…おそらく生きて子どもを産むことなど不可能だった者が生存できるようになった。/もしこのような人たちでも生存に値するという現状を維持しようとするならば、できるかぎり、知的衰退者がこれ以上増えないようにしなければならない…拡大していく衰退の幅を縮めなくてはならない。」
 (Terman,"feeble-minded Children in the Public School of Calfornia", 1917, Kamin[1974=1977:17]より引用)

 犯罪と貧困とは遺伝的な精神異常、精神薄弱に帰せられる。犯罪と貧困が増加しているのは、救済事業と――次の引用に言われるが――劣った遺伝子を持つ人々が多産であることによる。この犯罪、貧困――貧困そのものというよりそれによる社会への脅威――から社会を守るために手段が講じられなければらないが、知能テストは、欠陥者、「現在見過されている」欠陥者を発見する手段となる。そしてまた、「人種」間の、階級・階層間の知能の差異が言われる。この主張は、劣った集団の増加による脅威の防止とともに、能力、適性に応じた職業につくこと、能力に応じた生活をすべきこと、するのが当然であるという主張に結びついている。

 IQ七〇−八〇の水準の知能(テストはこの「軽度」の精神薄弱の診断に有効とされる)は「南西部のスペイン系インデオやメキシコ人および黒人ではごく普通の水準である。彼らが鈍いのは人種的なものであり、すくなくとも先祖から受け継いできたものである。…知的特性の人種差全体について新たに実験的方法で取り上げてみよう。おそらく一般知能にはかなりの有意差が見出されるだろう。しかもこの差は知的環境を変えても拭い得ないものなのだ。
 こうした人種の子どもたちは特別な階層として分けられるべきだ。…彼らは抽象的事柄を習得することはできないが有能な労働者にはなれるのだ。…いまのところ、彼らに出産を許すべきではないことを納得させることは不可能だが、しかし彼らは異常に多産であるから優生学上は大きな問題となるのだ。」
 (Terman [1916:91-92]、Kamin[1974=1977:16]より引用)

現状の格差が肯定され、平等化に繋がる政策の否定が主張される◆34。他方、劣性な遺伝子、知能の低い人の増加が恐れられ、その対策が立案され、実行された。米国ではそれは二通りの方法でなされた。
 第一の方法は断種、断種法である。一九〇五年、ペンシルヴァニアで法案が成立するが、これは州知事に拒否された。一九〇七年、インディアナで最初に完全実施された法案が成立し、その後多くの州が続いた(カリフォルニア、ニュージャージー、ワシントン、アイオワ…) 。例えば一九一三年のアイオワの法は「犯罪者、強姦者、白痴、精神薄弱者、痴愚、精神異常者、大酒呑み、麻薬常用者、てんかん、梅毒患者、道徳的性的倒錯者そして変質者の生殖を防止」するために制定されている◆35。」
 (立岩『私的所有論』pp.233-235)

「◆34 「極端に愛他的で人道的な態度で、労働者に公平でありたいと願う人たちは、社会生活に大きな不平等があることは悪であり不当であると考えています。…この主張は誤りです。これは労働者とそれを保護する立場の者と同じ知的水準である、という仮定に立つ議論なのです。
 事実は、あなた方が二○歳の知能を持つのに、そのような労働者は一○歳の知能しかないのです。あなた方が住んでいるような家を彼らにも与えるのは馬鹿げています。それは、すべての労働者に大学教育を受けさせよう、というのに似ています。これだけ知的能力の差が広がっているのに、そんなことで社会的に平等になるのでしょうか。知的水準が異なれば興味も違ってきて幸福感を与えるものも異なる必要があるのです。
 世界中の富が平等に分配されれば平等になる、というのも馬鹿げています。知的な人はお金を上手に使い、病気に備えて貯蓄もします。ところが知能の低い人はいくら収入があっても、その多くをでたらめに使い生活の向上のために何もしません。数年前、ある地方で炭鉱夫のほうが技師よりも収入が多かったことがありましたが、炭鉱が一時閉鎖になった今日最初に困ったのは彼らでした。炭鉱生活は不規則で、仕事の多い時期に仕事のない時のために貯えておく必要があることくらい、その生活からわかっているはずですが、貯えようとしなかったのです…。
 こうした事実はわかっています。でも、それは知的水準を変えようがないから生じるのだ、と気づくほどにはわかっていないのです。われわれの無知から、こうした人たちにもう一度機会を与えよ、と言うのです――いつまでたっても、もう一度機会を、と。」
 (Goddard[1920:99-103](一九一九年、プリンストン大学での招待講義で)、
 引用はKamin[974=1977:18-19])」
 (立岩『私的所有論』pp.260-261)

 以下はその原文

“These men in their ultra altruistic and humane attitude, their desire to be fair to the workman, maintain that the great inequalities in social life are wrong and unjust.
Now the fact is, that workman may have a ten year intelligence while you have a twenty. To demand for him such a home as you enjoy is as absurd as it would be to insist that every laborer should receive a graduate fellowship. How can there be such a thing as social equality with this wide range of mental capacity? The different levels of intelligence have different interests and require different treatment to make them happy. . .
As for an equal distribution of the wealth of the world that is equally absurd. The man of intelligence has spent his money wisely, has saved until he has enough to provide for his needs in case of sickness, while the man of low intelligence, no matter how much money he would have earned, would have spent much of it foolishly and would never have anything ahead. It is said that during the past year, the coal miners in certain parts of the country have earned more money than the operators and yet today when the mines shut down for a time, those people are the first to suffer. They did not save anything, although their whole life has taught them that mining is an irregular thing and that when they were having plenty of work they should save against the days when they do not have work. . .
There facts are appreciated. But it is not so fully appreciated that the cause is to be found in the fixed character of mental levels. In our ignorance we have said let us give these people one more chance-always one more chance.” (Goddard 1920:99-103→Kamin 1974:9=1977:18-19)

◆35 一八九八年にアメリカン・ジャーナル・オブ・サイコロジーに載った論文に、「精神薄弱者とてんかんの施設ミシガン・ホームの収容者全員を…また重罪を三度犯した者全員を、去勢させる」法案がミシガン州議会に提案され成立しなかったことが、マサチューセッツでは二六人の男児が「二四名はてんかんと自慰がたえないため、一名は痴愚でてんかんのため、残りの一名は精神薄弱で自慰をするために」治療の名のもとに去勢されたことが報告されている(Kamin[1974=1977])。法制定以前に断種手術が行われたことは吉田忠[1985:43-44]にも記されている。断種法についてはKamin[1974=1977]、吉田[1985:43-45]。米国からドイツへの影響については吉田[1985:42]。「アメリカでは戦前の断種法がそのまま機能している。ただし手術件数は減少傾向にある。」(米本[1989a:190]、実施件数も掲載)」(立岩『私的所有論』p.261)
 cf.◆不妊手術/断種

「第二のものは移民の制限である。一八七五年の連邦移民法は苦力、囚人、売春婦の移民を禁じ、さらに一八八二年には狂人と白痴が、一九〇三年には「痴愚」と「精神薄弱者」が区別され両方が、一九一一年には「体質的精神病質の欠陥がある者」が加えられる。二〇世紀に入って南・東ヨーロッパの移民の割合が増加し、「質の統制」を要求する声があがる。最初は読み書き能力のテストが求められる。一九一二年にはゴダードが連邦公衆衛生院から移民入国事務所のあるニューヨーク港エリス島に招かれる。彼は、ビネー・テストと補足的な学力テストを実施し、ユダヤ人の八三%、ハンガリア人の八〇%、イタリア人の七九%、ロシア人の八七%が精神薄弱であることを「立証」し、精神薄弱のために国外追放される外国人が増加した。第一次世界大戦時に、ヤーキーズを会長とするアメリカ心理学会は、招集兵に大量の知能テストを実施することを提案して受け入れられ、ヤーキーズを中心とする陸軍衛生隊が心理学者で結成された。およそ二〇万人に対して実施されたテストは戦争の成り行きには具体的な影響を与えなかったが、資料が残り、公表され、分析された。白人招集兵の平均精神年齢が一三歳であることが知らされた。出生国別の成績の分布が示され、スカンジナヴィア系、英国系の国出身の人々が優秀であること、ラテン系、スラブ系の国々出身の人々が劣っていることが明らかにされた。劣等な血の移入、混入の増大が危惧され、それは移民法に結実する。一九二一年法は臨時措置として、一年間にある国から入国許可される移民数を、一九一〇年の国勢調査に基づいて、すでに在住しているその国生まれの人数の三%に制限した。一九二四年のジョンソン・ロッジ移民法は、一八九〇年の国勢調査に基づく各々の国生まれの人数の二%を永続的な移民政策として定めた。一八九〇年以降移民の始まった南・東ヨーロッパからの移民を制限するためだった。◆36」
 (立岩『私的所有論』pp.236)

「◆36 この場でも心理学者、生物学者達が、また彼らによって結成された優生学会のような団体が、大きな役割を果たした。彼らは、データを分析するだけでなく、著書、議会の委員会等で、移民制限について積極的な発言を行った。

 「わが国には不適当な群集がいっぱいになってきた…いままでは基準がなかった…心理テストは必要なものさしを提供してくれた。…軍隊テスト…は人の知的素質を顕わにしてくれる。…このテストは移民にも適用できる。…必要なことは、どこの港にも二、三人の熟練したサイコロジストを配置することである。
 …全米アカデミーの紀要を見てみなさい。…われわれはイギリス、オランダ、カナダ、ドイツ、デンマークそしてスカンジナビアからの移民にはそれほど反対できない。…ところが、イタリア…ロシア…ポーランド…ギリシャ…トルコからの移民には激しく反対できる。…スラブ系およびラテン系の国々は西北ヨーロッパの国々とは対照的な知能を示している。…見ただけですぐに見分けられるものではない。 彼らは大脳ではなく脊髄でものを考える。…将来のために必要なことは、彼らに引き続き労働させることではない。…彼らは体質的に劣っているのだから、社会的にも欠陥者でしかない。…教育は受けるのに値する知能がある者のみに授けることが可能なのだ。教育は知能を創り出さない。それは生まれつきのものである。D以下のグループはBクラス以上にはなれない。…われわれはスラブ系やラテン系の水準まで退化してしまう。…貧困、犯罪、性犯罪、要保護…は中よりも優れているとはいい難い知能から生じている。…
 われわれは衰退がはびこるのを自衛しなければならぬ。…移民問題は新しい角度から見なおすべきだ。…新しい科学で武装しなければならぬ。…科学による完全な武器で…いまや知的素質は身長や体重と同じように簡単に測れるようになった。二○万人以上の新兵にテストを実施してその標準を検証できたのである。…この新しい方法は…価値ある者を選び価値のない者を排除することを可能ならしめてくれたのである。」
 (一九二三年二月二四日、国会の移民と帰化に関する委員会の公聴会への追加意 見の一部として出されたA.Swigny博士の見解、Kamin[1974=1977:38]より引用) 移民の制限についてKamin[1974=1977]、Gould[1983=1988:上147-163]、吉田忠[1985:45-48]。一九二四年の法律は一九六五年まで続いた(吉田[1985:48])。
 (立岩『私的所有論』pp.261-262)

 以下はその原文

◇36 “We have been overrun with a horde of the unfit. . . . we have had no yardstick. . . . The psychological tests. . . furnished us with the necessary yardstick. . . . The Army tests. . . revealed the intellectual endowment of the men. . . . The tests are equally applicable to immigrants. . . . All that is required is a staff of two or three trained psychologists at each port. . . .
. . . See Memoirs of the National Academy of Sciences. . . . We can not be seriously opposed to immigrants from Great Britain, Holland, Canada, Germany, Denmark, and Scandinavia. . . . We can, however, strenuously object to immigration from Italy . . . Russia . . . Poland . . . Greece . . . Turkey. . . . The Slavic and Latin countries show a marked contrast in intelligence with the western and northern European group. . . . One can not recognize the high-grade imbecile at sight. . . .
They think with the spinal cord rather than with the brain. . .. . The necessity of providing for the future does not stimulate them to continuous labor. . . . Being constitutionally inferior they are necessarily socially inadequate. . . . Education can be received only by those who have intelligence to receive it. It does not create intelligence. That is what one is born with. . . . The D minus group can not go beyond the second grade. . . . we shall degenerate to the level of the Slav and Latin races . . . pauperism, crime, sex offenses, and dependency . . . guided by a mind scarcely superior to the ox. . . .
. . . we must protect ourselves against the degenerate horde. . . . We must view the immigration problem from a new angle. . . . We must apply ourselves to the task with the new weapons of science . . . the perfect weapons formed for us by science. . . . it is now as easy to calculate one's mental equipment as it is to measure his height and weight. The examination of over 2,000.000 recruits has tested and verified this standard. . . . this new method . . . will enable us to select those who are worthy and reject those who are worthless.” (Sweeney→Kamin 1974:23-24=1977:38)

Kamin, Leon J 1974 The Science and Politics of IQ, Lawrence Erbaum Associates =1977 岩井勇二訳,『IQの科学と政治』,黎明書房
Terman, L. M. 1916 The Measurement of intelligence <234,235>
米本 昌平  1989a 『遺伝管理社会――ナチスと近未来』,弘文堂,212p. <236,255-258,261-265,268>
吉田 忠   1985 「アメリカの優生政策」,『思想の科学』1985-5:42-52 <260,261,262>

「□優生学的伝統

 ”警鐘期”や”遺伝的驚愕期”(約1890〜1920年)以来,わが国では,ある種の逸脱した人,および精神遅滞者は,出産しない方がいい,という一般的な風潮が広まっていた。優生学からの警鐘期でのこの考えの主要な論拠は,逸脱した人は逸脱した子を産む,それも,異系交配で大量に生む,というものである。今日でのそれは,精神遅滞者やある種の障害者は,社会適応のためには子どもを育てないほうがいい,すなわち,彼らは親として不適格であり,たとえ子どもに発達の可能性が十分にあっても,社会化のなかで精神遅滞や貧困等に落ちこんでいく,というのである。
 警鐘期においては,逸脱したグループ(特に,精神遅滞者,テンカン病患者,および犯罪者)に対して,大規模に強制的な不妊化の必要が広く主張されたが,実際に実施されたのはわずかであった。それは,広範な階層の人たちが,この方法に対して社会的,政治的,道徳的,そして宗教的な反対を唱えたからである。しかし,そうした人たちでも禁欲と貞節を守って生活すべきであるという考え方を,すぐに受け入れられたのである。すでに別稿で論じた(Wolfensberger,1969b)ように,今日の精神遅滞者施設の立地,規模,設計のほとんどは,地域社会や異性から引き離して,彼らに禁欲を強いようとした試みの結果である。
 分離主義は受け入れられたが,不妊化は実現しなかった。避妊という手段も長い間,利用不可能であった。それが一般人に利用可能となってからも,精神遅滞者へは長らく使われなかった。私たちは,こうした事実をふりかえってみる必要がある。また,ごく最近になるまで,避妊は,かつての不妊化と同じように,多くの人々に道徳的には受け入れられなかった。
 今日,私たちは,3つの革命を経験している。1つは,避妊の方法,2つは,避妊やセックスに対する一般的な態度,3つは,結婚制度の再評価に関することである。これらは,私たちの文化では,精神遅滞者のような逸脱した下位集団の性的ニーズと関連している。だからこそ,私たちの文化の主流で生起しているこれらの革命が,妥当であるかどうか検討する時期にきているのである。」
 (Wolfensberger, Wolf 1981(初版は1972) The Principle of Normalization in Human Services, National Institute on Medical Retardation=1982 中園康夫・清水貞夫編訳,『ノーマリゼーション――社会福祉サービスの本質』,学宛社,365p.,3800※ pp.252-253


REV:.....19991005, 20150130
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