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「神聖な義務」|"Sacred Duty"


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last update:20160731

優生学・優生思想  ◇優生・ナチスドイツ  ◇優生・日本  ◇自己決定

■目次

生存学関係者の成果  ◇「神聖な義務」全文  ◇『古語俗解』あとがき  ◇『私的所有論』注  ◇人物・事項  ◇文献  ◇その他


■生存学関係者の成果

横田 弘立岩 真也臼井 正樹  20160325 『われらは愛と正義を否定する――脳性マヒ者 横田弘と「青い芝」』,生活書院,250p.,2200+  ISBN-10: 4865000534 ISBN-13: 978-4865000535 [amazon][kinokuniya] ※ o/a01
『われらは愛と正義を否定する――脳性マヒ者 横田弘と「青い芝」』

北村 健太郎 20140930 『日本の血友病者の歴史――他者歓待・社会参加・抗議運動』,生活書院,304p.  ISBN-10: 4865000305 ISBN-13: 978-4-86500-030-6 3000+税  [amazon][kinokuniya][Space96][Junkudo][Honyaclub][honto][Rakuten][Yahoo!] ※
『日本の血友病者の歴史――他者歓待・社会参加・抗議運動』

立岩 真也 20130520 『私的所有論 第2版』,生活書院・文庫版,973p.  ISBN-10: 4865000062 ISBN-13: 978-4865000061 1800+  [amazon][kinokuniya] ※
『私的所有論  第2版』

北村 健太郎 2007b 「血友病者から見た「神聖な義務」問題」,『Core Ethics』3:105-120.
 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/ce/2007/kk01.pdf

米本 昌平松原 洋子島 次郎市野川 容孝 20000720 『優生学と人間社会――生命科学の世紀はどこへ向かうのか』,講談社現代新書1511, 286p. ISBN:4061495119 777 [amazon][kinokuniya] ※ eg.
『優生学と人間社会――生命科学の世紀はどこへ向かうのか』

立岩 真也 19970905 『私的所有論』,勁草書房,445+66p.  ISBN-10: 4326601175 ISBN-13: 978-4326601172 6300  [amazon][kinokuniya] ※

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■「神聖な義務」全文

◆渡部 昇一 19801002a 「古語俗解19『神聖な義務』」『週刊文春』22:134-135 (Full Text, Japanese)
*「神聖な義務」原文の「自発的に」「既に」「未然に」には、傍点がふってある。

「彌爾(ミル)曰ク一国ノ貴(トウト)マルルトコロノ位値(アタヒ)は、 ソノ人民ノ貴(トウト)マルルモノノ合併シタル位値(アタヒ)ナリ……自(ミヅカ)ラヲ助クル精神(タマシヒ)は、 凡ソ人タルモノノ才智ノ由(ヨツ)テ生ズルトコロノ根源ナリ。推シテコレヲ言エバ、自(ミヅカラ)助クル人民多ケレバソノ邦国必ズ元気充実シ、 精神強盛ナルコトナリ」(サミュエル・スマイルズ『西国立志編』敬宇中村正直訳)

 「大声では言えないことだが」とドイツ人の医学生が私に言った。もう三十年も前のことになる。だいたいの話の趣旨は次のようなものであった。
 「この前の大戦でドイツの強健な青年の多くが戦場で失われた。この大量の血液の損失は民族の運命にかかわるものであった。 しかし西ドイツは敏速に復興し、ヨーロッパでも最も活力がある国である。 その理由は東ドイツから大量の青少年が流れ込んでいること、ヒトラーが遺伝的に欠陥のある者たちやジプシーを全部処理しておいてくれたためである」と。
 その頃、私は西ドイツの学生寮にいたので、いろいろな学科の学生たちの友人がいた。 この話をしてくれた医学生は、東ドイツから逃げてきた男であり、スポーツマンで、しかも一時期には楽団の指揮者になることを志したという音楽好きでもあった。
 ヒトラーが非人道的な科学主義者であり、一卵性双生児その他の人体実験におそろしく熱心であったこともどこかで読んで知っていた。 そして精神疾患者、ジプシー、ユダヤ人、その他、ヒトラーの考えでドイツ民族の血のためにならないと思われた人たちを容赦なく消したことも知っている。 それは非人道的なことでありナチスの犯罪の典型的なものだと思っていた。 しかしこの非人道的な犯罪の功績の面を考えているドイツ人がいること、そしてその数は必ずしも少く(すくなく)ないだろうと想定されること、 またそれは公には言えないことになっていることなどをその時知ったのである。
 今年、ヨーロッパを旅行した時、例によってガイドの注意を受けた。 ドイツやオーストリアでは言われないことだが、パリやイタリアに入れば必ず注意されることである。つまりスリやかっぱらいに注意せよ、ということである。 特にジプシーの子供には注意せよ、といわれる。実際、ルーブル美術館では追えども払えどもまとわりついて離れないので実に不愉快だった。特に日本人が狙われるという。
 そういうことはドイツやオーストリアに入るとまるでない。それで三十年前聞いた話を思い出したのである。 戦前のドイツの少年小説を読んだ時に、ジプシーがそこでもプロのこそ泥として扱われていることを知った。すべてのジプシーがそういうわけでもあるまいし、 そこには人種的偏見も多くあるように思われたが、ヒトラーはその人種的偏見に従ってドイツ中のジプシーを一掃したわけである。
 今年も一行の人がカメラをミュンヘンのホテルのロビーに忘れた。あとで気付いて連絡したら、次の予定地のバイロイトにちゃんとついていた。 去年、私も似たような経験をした。しかもそれは現金だった。といってドイツで安心しすぎてもよくないと思うが、フランスやイタリアとは別世界という印象を受ける。

劣悪遺伝子は自発的な断種で
 ヒトラーとは逆の立場の人であるが、アレキシス・カレル(一九一二年ノーベル生理学・医学賞受賞)も、 異常者や劣弱者が、ある比率以上に社会に存在すると、社会全体がおかしくなるのではないか、ということを指摘している。 カレルは敬虔なキリスト教徒であったから、ヒトラーのように異常者や劣弱者を国家の手で一掃することには大反対である。 しかし、悪質な犯罪者や犯罪を繰り返す異常者からは社会は断乎として守らなければならないとする。 また劣悪な遺伝子があると自覚した人は、犠牲と克己の精神で「自発的に」その遺伝子を残さないようにすべきであると強くすすめる。 そういう人が進んで修道院のようなところで、独身のまま修行や瞑想や学問に打ち>135>こむような社会の雰囲気がなくなれば、その文明は亡びるであろうという。
 日本の田舎の豪家が精神病患者の息子の病気をかくして、嫁を東京からもらうという小説を少し前に読んだ。 親心はわかるが、社会や民族に対して責任を感ずるところがあってもよいのではないか、という気がした。
 国家が法律で異常者や劣悪者の断種を強制したり処置するのと、関係者、あるいは当人の意志でそれをやるのでは倫理的に天地の差がある。 劣悪遺伝子を受けたと気付いた人が、それを天命として受け取り、克己と犠牲の行為を自ら進んでやることは聖者に近づく行為で、高い道徳的・人間的価値があるのである。
 知人の家に早産があった。ガラス箱で育てれば育つ可能性がなくはないが、障害児になる可能性が高く、特に目が危ないということを知った時、 その知人はそのガラス箱をことわった。また奥さんの悪阻が甚しい(はなはだしい)時、よい薬が出来たことを知らされた。 その知人は直観的に危険を悟り、その薬を使うことを拒絶した。後から分かったことだが、それはサリドマイドだった。 決断と良識によってその知人は障害児とサリドマイド児を持つ可能性を回避したことになる。 かくしてこの人の行為は社会に対して莫大な負担をかけることになることを未然に防いだ。

自助的精神の国に危険な徴候
 もちろん精神異常者、精神薄弱者、先天的身体障害者として「既に」生まれている人たちに対して、国家あるいは社会が援助の手をさしのべるのは当然である。 しかし、未然に防ぎ得る立場にある人は、もっと社会に責任を感じて、良識と克己心を働かせるべきである、ということは強調されてしかるべきであろう。 スマイルズではないが、国家、あるいは社会の価値というのは、その成員に、どれだけ自助能力があるかによってきまるのである。 助けてもらわなければならない人が多ければ、あるいは自助努力を重んじない風潮のところでは、社会の程度は甚だしく低くなるのである。
 日本は自助的精神の強い方の国である。だからろくに資源もないのに繁栄している。しかし危険な徴候がないでもない。 『週刊新潮』(九月十八日号)によると、生活保護家庭である作家の大西巨人氏の家庭で、一ヵ月の医療費が一千五百万円だというのである。 しかも同氏は家賃七万円の借家に住み、公営住宅への移転も拒絶しているとのこと。 個人にはそれぞれの事情があり、与野市の福祉事務所がOKしたことに対してよそから口を挿むこともないであろう。
 血友病の子供を持つということは大変に不幸なことである。 今のところ不治の病気だという。しかし遺伝性であることが分かったら、第二子はあきらめるというのが多くの人のとっている道である。 大西氏は敢えて次の子供を持ったのである。そのお子さんも血友病でテンカン症状があると報じられている。 「既に」生まれた子供のために、一千五百万円もの治療費を税金から使うというのは、日本の富裕度と文明度を示すものとして、むしろ慶祝すべきことである。 「既に」生まれた生命は神の意志であり、その生命の尊さは、常人と変わらないというのが、私の生命観である。 しかし「未然に」避けうるものは避けるようにするのは、理性のある人間としての社会に対する神聖な義務である。 現在では治癒不可能な悪性の遺伝病をもつ子どもを作るような試みは慎んだ方が人間の尊厳にふさわしいものだと思う。
 今は日本には「自(ミヅカラ)助クル人民」が多いために、生活保護費総額一兆二千億という巨額を支えていることができる。 「自(ミヅカラ)助クル人民」の数が相対的に減少すれば絶対必要な福祉水準さえも下らざるをえないことは明白なのである。(p.134-135)

*自助論やセルフヘルプは、容易に優生思想と結びつくことに留意されたい。 → 文献

北村 健太郎「神聖な義務」
 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/d/h001003.htm (Full Text, Japanese)
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■『古語俗解』あとがき

◆渡部 昇一 19830625 『古語俗解』,文藝春秋,382p. \1400
*『古語俗解』あとがきの「既に」「受胎以前」には、傍点がふってある。

あとがき

 ここに収めた小文は昭和五十五年の二月から五十七年三月末まで、まる二年間、『週刊文春』に隔週で連載したものである。[…](p.378)

 二年間にわたる連載中、ちょっとした筆禍事件のようなことが起こった。 それは「神聖な義務」(本書一一七―一二二ページ)の一文について、この掲載後約三週間経ってから、朝日新聞が社会面にトップ記事を作り上げたからである。 そして大見出を使って、私がヒトラー礼讃者であるかのような印象作りをやった。 ヒトラーについては私は他のところでも何度か言及しているし、本書でも四一ページで取扱っているから、私の態度は明らかであると思うが、この朝日新聞の記事に対する反論は、 月刊『文藝春秋』(昭和五十六年七月号)の「“検閲機関”としての朝日新聞」(二二二―二三六ページ)に詳しくのべているので、 その背景に興味ある方に読んでいただければ幸いである。
 この一文の中で私はカレルに同意したのであって、ヒトラーにではない。ただ私は隔週八枚の小>379>文を書く時、一つの文体上の工夫を用いた。 それは書き出しの三分の一くらいから、一転、あるいは二転させて結びに持ってゆくということである。 わずか八枚の原稿用紙の中でそんなことをやるのは、狭い部屋で空中転回をやるようなもので、うまくゆかないこともある。 しかし短文の中で、何度か回転をこころみて、読者に「おや」と思わせてみたいと思った。問題になった一文も、ヒトラーを出して、 「おや」と思わせたところでカレルを出して、丁度ヒトラーの反対のことを言おうとしたのである。 カレルはカトリック的立場から、この問題に対する国家権力の介入を断乎否定し、個人の倫理的判断にゆだねるべきこと、そのための道徳的奮起をうながしている。 ヒトラーのあとにカレルを出して、その意見を支持する文章を書けば、当然ヒトラーと反対の立場になっているはずなのであるが、 朝日新聞の原賀肇記者はそこのところを読み落としたのか、わざと気付かなかったふりをしたのか、この一文をヒトラー礼讃記事の如く取り上げたのであった。
 その記事を読んだ「青い芝の会」その他の団体から抗議運動が起こされた。第一回目の話し合いには相当の人が集まった。 その多くの人たちはそれで誤解を解いてくれたという印象を受けた。それで満足しなかった数人の人とは、日を改めて徹底的に話し合った。 そして考えの違いはあるものの、それなりの立場を認め合うということになった。
 この新聞報道で驚いたことは、私の意見に賛成の人も反対の人も、どうも見当違いが多かったことである。 また私を批判した手紙よりも同感の方がずっと多かった。同時に、遺伝や医学の分野ではタブーが多く、発言しにくいという嘆きが寄せられ、私もはじめて学問研究や、 意見の発表が甚だしく不自由な分野がここにもあることを知った。>380>
 しばらく経ちこの問題についての話し合いもなくなってから、木田盈四郎氏が、『先天異常の医学』(中公新書)の中で、 私の「神聖なる義務」のほとんど全部を引用して、私の意見を批判している。しかし木田氏も他の批判者も、私の一文を批判する人は、必ず引用しないでおく個所がある。それは、
 「「既に」生まれた生命は神の意志であり、その生命の尊さは、常人と変わらないというのが、私の生命観である」
 というところである。八枚の原稿用紙の空中転回は無理があるので、誤解されることのないように、私の生命観を明記しておいたのだが、私の批判者は必ずここをとばす。 文章の他の部分を検閲官的に取り扱うのである。
 この私の生命観をもっと詳しくのべて欲しいという要請が「青い芝の会」からもあったので、「神聖な生命」(本書二一八―二二四)を書いた。 これについてはまだ半反論を聞いていない。木田氏もこれには言及していない。 私が問題にしているのは終始「受胎以前」の親の倫理観であることを見落としなきようお願いしたい。 最近、堕胎の問題が政治問題になりかけた。「子宮は女の自由である」という見地から、堕胎の自由を主張する女性やそれを支持する人が少なくないようである。 然り、子宮はそれぞれの女性の自由である。だから堕胎(胎児殺人)しなければならないような受胎をしないように、その「自由」を使え、というのが、われわれの主張なのである。 ついでながら、木田氏が堕胎についてどう考えておられるか知りたいものだと思っている。
 この「神聖な義務」に関連して、悪罵の限りを尽くして書いたのは野坂昭如氏と(週刊朝日)と、本多勝一氏(朝日新聞記者)であった。 それに対してはすでに言及した「“検閲機関”としての朝日>381>新聞」の中で答えているのでここに繰り返さない。[…](p.378-381)

 […]本書の中で私が書いたことは、いろいろな方の神経に触れたと思>382>う。そこは言論の自由の本質なので、ここでお許しを願っておく。 しかし読み返してみて、言い直さなければならないことや、野坂昭如氏や本多勝一氏のような罵言は一つもなかったことにいささか満足している。 紙面があればもっと上手に、意を尽くして書けたのにと思う個所も多いが、元来がスペースのはっきり決まったコラムであったのだから、それはやむをえなかった。 […](p.381-382)

昭和五十八年四月 渡米の前夜
渡部 昇一

*優生思想のカレルに同意するのであれば、どのような理由にせよ、渡部は優生思想に同意している。

北村 健太郎「神聖な義務」
 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/d/h001003.htm (Full Text, Japanese)
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■『私的所有論』注

◆立岩真也『私的所有論』※より
Shinya Tateiwa September 1997 On Private Property『私的所有論』), Tokyo, Keiso-Shobo 445+66p ISBN-10: 4326601175 ISBN-13: 978-4326601172  6300yen [amazon] /[kinokuniya]
立岩 真也 20130520 『私的所有論 第2版』,生活書院・文庫版,973p.
Shinya Tateiwa 2016 On Private Property, English Version, Kyoto Books Translation by Robert Chapeskie

 「……一九八〇年、渡部昇一が、血友病患者の大西野人の医療費が高額なことを指摘し、 血友病の子が生まれる可能性のある場合には子をもつことを控えるのが「神聖なる義務」だと『週刊文春』で述べ(渡部[1980])、 批判がなされた(大西巨人[1980]、横田弘[1981]等、cf.大西赤人[1983])。 畦地豊彦[1981]、篠原睦治[1987b:230-234](cf.[1987a:30ff])で、大西巨人、大西赤人、野坂昭如らの発言が取り上げられ検討されている。 他に木田盈四郎[1982:195]、大谷實[1985:24-25]、やぎみね[1986:144-145]、佐藤和夫[1988:51-52]等で言及。 【この事件についての研究論文として北村健太郎[2007b]】
 「八〇年に渡部昇一氏は、…劣悪な遺伝子を持つとわかったものは社会的使命として、みずから第二子を持つことを控えるべきだという、 どこから読んでも誤解しようのない優生学的な発言をして戦後最大の禁忌を破った。 もちろん、ただちに論争が始まったが、渡部氏は教授職を追われなかったばかりか、社会的制裁をほとんど受けなかった。」(米本[1987c:111])
 これを米本は戦後精神(第6章注43)の解体を示すものとみる。だがそうだろうか。戦後にも天真爛漫な優生学の肯定はあり、それがこの頃問題とされ始めたのかもしれない。 『ナチスドイツと障害者「安楽死」計画』(Gallagher[1995=1996])の訳者が「本書が取り上げている問題に私が関心を抱いたきっかけは、 上智大学の渡部昇一が…書いた「神聖な義務」という記事だった」(長瀬修[1996:413])と記している。」
 (立岩真也『私的所有論』第9章注2(第2版:pp.709-710)より。初版では改段落なし&【 】は第2版での追記→第2版

 "In addition to criticism of policy there has also been criticism of statements made regarding this issue. In an article published in the Japanese weekly magazine Weekly Bunshun in 1980 (Watanabe [1980]), Shoichi Watanabe pointed to the high cost of medical treatment given to a hemophiliac patient named Akahito Onishi and asserted that it was the "sacred duty" of individuals to avoid having children if there is a high chance their offspring would suffer from hemophilia. Watanabe's position was criticized in several articles, including Kyojin Onishi [1980] and Yokota [1980], cf. Akihito Onishi [1980]. The assertions of Kyoujin Onishi, Akihito Onishi, Akiyuki Nosaka are discussed and examined in Azechi [1981] and Shinohara [1987b:230-234] (cf. [1987a:30ff]. This debate is also referred to in Kida [1982:195], Oya [1985:24-25], Yagi [1986:144-145], Kazuo Sato [1998:51-52], and Kitamura [2007].

"In 1980 Shoichi Watanabe stated that those who know they have inferior genes have a social obligation to refrain from having children, and with this unmistakably pro-eugenics stance violated the greatest taboo of post-war Japan. Of course, this immediately led to a debate of these issues, but Watanabe was able to keep his position as a professor at a university and suffered almost no social sanction" (Yonemoto [1987c:111]).

Yonemoto sees this as a sign of the breaking down of the post-war mentality (see Chapter 6 Note 43). But is it really? Even after the war there continued to be earnest and straightforward affirmations of eugenics, and these may have first began to be taken issue with around this time. The Japanese translator of By Trust Betrayed: Patients, Physicians, and the Right to Kill in the Third Reich(Gallagher [1995=1996]) writes in the afterword, "I became concerned about the subjects addressed in this text after reading Sophia University Professor Shoichi Watanabe's article entitled 'Seisei na gimu (A Sacred Duty)' " (Nagase [1996:413])."(Tateiwa[1997→2016])

*本で「血友病患者の大西赤人の」とあるのは「血友病患者の大西野人の」(野人=ののひと)の誤りです。
*この注に関わる文章

◇立岩 真也 2013/10/14 「『私的所有論』の登場人物・1(「視労協」関係)――連載:予告&補遺・21」
 生活書院のHP:http://www.seikatsushoin.com/web/tateiwa21.html

□→『私的所有論 第2版』文献表

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■関連人物

Carrel, Alexis[アレキシス・カレル]
◇本多 勝一  ◇木田 盈四郎  ◇高 史明  ◇野坂 昭如  ◇横田 弘  ◇青い芝の会

松原 洋子  ◇長瀬 修  ◇中村 禎里  ◇立岩 真也  ◇利光 惠子  ◇米本 昌平

■関連事項

血友病  ◇優生学・優生思想  ◇優生・ナチスドイツ  ◇優生・日本  ◇自己決定  ◇出生前診断  ◇障害者殺し  ◇安楽死尊厳死  ◇戦争と医学
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■文献

畦地 豊彦 1981 「遺伝子操作と優生学について」,『臨床心理学研究』19-1:2-16 <709>
Carrel, Alexis(アレキシス・カレル) 1935 L'homme, cet inconnu Plon, Paris  = 1979 桜沢 如一 訳,『人間――この未知なるもの』,日本CI協会
◇―――― 1935 Man, the Unknown Harper and Bros, Halcyon House Edition = 1980 渡部 昇一 訳,『人間――この未知なるもの』,三笠書房
江原 由美子 20020215 『自己決定権とジェンダー』,岩波書店(岩波セミナーブックス84),269p.  ISBN-10: 4000266047 ISBN-13: 978-4000266048 \2600 [amazon][kinokuniya] ※ f03
◇藤原 則子 1980 「切り捨てより救済考えよう」,『朝日新聞』1980-10-21
◇不幸な子どもの生まれない対策室 編 1973『幸福への科学』のじぎく文庫
◇Gallagher, Hugh G.(ヒュー・ギャラファー) 1995 By Trust Betrayed: Patients, Physicians, and the License to Kill in the Third Reich, Vandamere Press =199608 長瀬 修 訳,『ナチスドイツと障害者「安楽死」計画』,現代書館,422p.  ISBN:4-7684-6687-7 3675 [amazon][kinokuniya] ※
◇保木本 一郎 1994 『遺伝子操作と法』,日本評論社
◇本多 勝一 1980 「不連続線『痴的論証の方法』」,『朝日新聞』1980-11-25夕刊
市野川 容孝 1999「優生思想の系譜」,石川・長瀬 編[1999:127-157]
◇市野川 容孝 編 20020822 『生命倫理とは何か』,平凡社,202p. ISBN:4-582-70242-2 2520  [amazon][kinokuniya] ※ be.
石川 准長瀬 修 編 19990331  『障害学への招待――社会、文化、ディスアビリティ』,明石書店,321p.  ISBN:4-7503-1138-3 2940 [amazon][kinokuniya] ※ ds.
◇鶴友会 1981 『鶴友会会報』22
木田 盈四郎 1980 「遺伝病に正しい関心を」,『朝日新聞』1980-11-18
◇木田 盈四郎 1982 『先天異常の医学』,中公新書 <709>
北村 健太郎 2007b 「血友病者から見た「神聖な義務」問題」,『Core Ethics』3:105-120 <709>
 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/ce/2007/kk01.pdf
◇北村 千之進 1981 「血友病を知ってほしい」鶴友会[1981:50-51]
◇高 史明 1980 「自助的精神の“使徒”渡部昇一教授に与う」,『毎日新聞』1980-11-07夕刊
小松 美彦 20040721 『自己決定権は幻想である』,洋泉社,新書y114,222p. ISBN:4-89691-833-9 777  [amazon][kinokuniya] ※
松原 洋子 2000 「日本――戦後の優生保護法という断種法」,米本・松原・島・市野川[2000:169-236]
◇松永 真純 2001 「兵庫県「不幸な子どもの生まれない運動」と障害者の生」『大阪人権博物館紀要』5:109-126  → 収録 立岩 真也定藤 邦子 編 200509  『闘争と遡行・1 於:関西・+』ver.1,Kyoto Books
長瀬 修  1996b 「訳者あとがき」,Gallagher[1995=1996:413-416] <710>
日本臨床心理学会 編 1987 『「早期発見・治療」はなぜ問題か』,現代書館,445p. <534,431,711,720>
野坂 昭如 19801107 「野坂昭如のオフサイド80『渡部昇一の知性と想像力なき勇気』」,『週刊朝日』:140-141
荻野 美穂 19941215 『生殖の政治学――フェミニズムとバース・コントロール』 ,山川出版社 266+21p.  ISBN-10: 4634480603 ISBN-13: 978-4634480605 2600+税  [amazon][kinokuniya] ※
◇大西 赤人 1972 「わが闘病記――血友病との対決」,『毎日ライフ』2:119-123
◇―――― 198104 「僕の「闘病記」」,河出書房新社[1983:22-35]
◇―――― 1983 「「遺伝子操作」時代と障害者のいのち――いま、人として学ぶこと」(講演),『臨床心理学研究』20-3:87-101
◇大西 巨人 1980 「井蛙雑筆 十七 破廉恥漢渡辺昇一の面皮を剥ぐ」,『社会評論』29:110-114. 活動家集団思想運動
◇大野 明子 編 20030505 『子どもを選ばないことを選ぶ――いのちの現場から出生前診断を問う』,メディカ出版,209p.  ISBN-10: 4840407738 ISBN-13: 978-4840407731 [amazon][kinokuniya] ※
大谷 實 1985 『いのちの法律学――脳死・臓器移植・体外受精』,筑摩書房,214p. <709,711,719>
◇長尾 龍一・米本 昌平 編 19870630  『メタ・バイオエシックス――生命科学と法哲学の対話』,日本評論社,279p. ISBN-10: 4535576734 ISBN-13: 978-4535576735 3300  [amazon][kinokuniya] ※ be <713>
中村 禎里 1981 「渡辺昇一批判」,『思想運動』209
◇佐々木 文彦 1980 「『敢て生む』に反対はできぬ」『朝日新聞』1980-10-21
◇佐藤 和夫 1988 「いのちを決める」,佐藤・伊坂・竹内[1988:17-64] <709>
◇佐藤 和夫・伊坂 青司・竹内 章郎 19881031 『生命の倫理を問う』,大月書店,238p.
佐藤 孝道 19990415 『出生前診断――いのちの品質管理への警鐘』,有斐閣選書,273p.  ISBN-10: 4641280169 ISBN-13: 978-4641280168 1800+ [amazon][kinokuniya] ※
篠原 睦治 1987a 「なぜ「早期発見・治療」問題に取り組むか――本学会の論争過程をふりかえりつつ」,日本臨床心理学会編[1987:16-60] <709>
◇―――― 1987b  「科学的産み分け法の諸問題――特に「伴性遺伝病予防」にかかわって」,日本臨床心理学会編[1987:213-246] <705,709,711>
◇Smiles, Samuel 1858 Self-Help, with Illustrations of Character and Conduct John Murray  = 1981 中村 正直 訳,『西国立志編』講談社,556p.
玉井 真理子 1999 「「障害」と出生前診断」,石川・長瀬 編[1999:109-125]
◇―――― 2002 「出生前診断」市野川 編[2002:80-85]
利光 惠子 1998 「生殖医療と遺伝子診断」,山口編[1998:173-204]
◇渡部 昇一 19801002a 「古語俗解19『神聖な義務』」『週刊文春』22:134-135
◇―――― 1980b 「『人間――この未知なるもの』は私の恩書である」,Carrel[1935=1980:14-34]
◇―――― 19810110a 「自助の精神」,Smiles, Samuel 1858 Self-Help, with Illustrations of Character and Conduct John Murray  =1981 中村 正直 訳,『西国立志編』講談社,3-5.
◇―――― 19810110b 「中村正直とサミュエル・スマイルズ」,Smiles, Samuel 1858  Self-Help, with Illustrations of Character and Conduct John Murray  =1981 中村 正直 訳,『西国立志編』講談社,544-556.
◇―――― 19830625 『古語俗解』,文藝春秋,382p. \1400
◇やぎ みね  198609 『女からの旅立ち――新しい他者との共生へ』,批評社,247p. ISBN-10: 4826500688 ISBN-13: 978-4826500685  [amazon][kinokuniya] ※ <709,710,711>
山口 研一郎 編 19980320 『操られる生と死――生命の誕生から終焉まで』,小学館,287p.  ISBN:4-09-386018-1 1900 [amazon][kinokuniya] ※
◇山下 瑞穂 1980 「子の苦しみに言及なく疑問」,『朝日新聞』1980-10-21
横田 弘 1981 「渡部昇一氏の「神聖な義務」との闘い」,『福祉労働』10:126-140 <709>
◇横田 弘・立岩 真也・臼井 正樹 20160325  『われらは愛と正義を否定する――脳性マヒ者 横田弘と「青い芝」』,生活書院,250p.,2200+  ISBN-10: 4865000534 ISBN-13: 978-4865000535 [amazon][kinokuniya] ※ o/a01
米本 昌平 1987c 「逆ユートピア小説と生命科学の現在」,長尾・米本編[1987:89-112] <709,717>
◇米本 昌平 1989 『遺伝管理社会――ナチスと近未来』弘文堂
◇米本 昌平・松原 洋子島 次郎市野川 容孝 20000720 『優生学と人間社会――生命科学の世紀はどこへ向かうのか』,講談社現代新書1511, 286p. ISBN:4061495119 777 [amazon][kinokuniya] ※ eg.
◇優生思想を問うネットワーク 編 2003 『知っていますか? 出生前診断一問一答』,解放出版社

〈無署名記事〉
◇『朝日新聞』 1980 「大西巨人氏 vs. 渡部昇一氏」,『朝日新聞』1980-10-15朝刊
◇『上智新聞』 1980 「学内外に強まる抗議の声 渡部教授の発言」,『上智新聞』1980-12-05
◇『上智新聞』 1981 「障害者差別を考える講演会、映画会を開く なべ実」,『上智新聞』1981-05-01
◇『週刊新潮』 19800918 「1ヶ月の医療費1500万円の『生活保護家庭』 大西巨人家の『神聖悲劇』」,『週刊新潮』:156-159

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■その他



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*増補:北村 健太郎
UP:1998 REV:20140314,20160731
血友病  ◇優生学・優生思想  ◇出生前診断  ◇自己決定  ◇障害者殺し  ◇安楽死尊厳死  ◇戦争と医学  ◇事項
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