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電子書籍 1992

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■新聞記事



『読売新聞』1992.02.10
CD−ROM電子ブック実用時代 国際規格、出版社主導で合意 各社から再生機
東京朝刊
 CD―ROM(CDを使った読み出し専用メモリー)による電子ブックの出版に新たな動きが出てきた。昨年秋、携帯型の再生機のハード、ソフトの国際的な規格統一が合意されたのに続き、国内の家電メーカーも次々と携帯再生機の市場に参入を予定しているからだ。音声やグラフィックが出るなど、一段上のメディアになったのに加え、今後は利用者がデータを加工するのが可能になることも予想され、電子出版に弾みがつきそうだ。
 電子出版はわが国が世界に先行して始まった。わずか直径十二センチのディスク一枚に、日本語ならざっと二億七千五百万字、新聞なら朝夕刊一年分が収容できるケタはずれの記憶容量という特質を利用して辞書、事典の“出版”が八五年から始まった。以降、各出版社とも電子出版部門を新設しCD―ROMの発売に力を入れてきた
 ところが、CD―ROMを利用するにはそこから内容を取り出す装置=パソコン(再生機)が必要で、しかも、どのパソコンからでも取り出すわけにいかず、CD―ROMそのものの価格も高いことが大きな問題だった。
 そこで二年前に登場したのが携帯型の再生機、電子ブックプレーヤー。ソニーの開発によるもので直径八センチのCDの収録データを小型液晶ディスプレーに表示でき、価格も五万円台と手ごろだったことから急速に普及した。それに比例して電子ブックの出版も相次ぎ、『広辞苑』(岩波書店)『現代用語の基礎知識』(自由国民社)『新英和和英中辞典』(研究社)などがベストセラーになった。
 こうした活況を背景に、昨年秋、「インターナショナル・エレクトロニック・ブック・パブリシャーズ・コミティー(IEBPC)」が発足した。今後世界各国が電子ブックの市場に参加してくるのに備え、携帯型の再生機と電子ブックの統一基準を取り決めようという国際組織。ここには世界の出版社、家電メーカーも参加、ハードの使い勝手、ソフトの処理方法の統一について合意した。
 この組織の国内の推進役をつとめた三修社の前田俊秀・電子出版事業部長は、「本とうたうからには普遍性がなければならない。これまでは電子出版物は、ある意味では実験的な部分があったが、これからは本当の実用の時代。機種によって使えなかったり、機器の更新によって利用できなくなったというのでは意味ありませんから」と規格統一の理由を説明、「出版社が主導して標準化ができた効果は絶大」という。
 というのも、これ以後、各国から引き合いが多く、昨年末にアメリカ、ドイツで電子ブックプレーヤーが発売され、イギリス、フランス、スペインでも間もなく発売が始まり、各国の出版社から次々に電子ブックが出版される気配が伝わってくるからだ。
 そればかりではない。国際規格を契機に他の家電メーカーも携帯再生機の市場に参加することが具体化、この春には松下、サンヨーの機種が出回る予定のほか、ソニーはさらに新しい機能を盛り込んだ電子ブックプレーヤーの発売を開始した。その特徴は、本体内にプログラムを入れたことと従来の文字情報だけでなく、挿絵、図表の画像情報と音声情報を収録した電子ブックの検索を可能にしたこと。
 「これで電子ブックは一つ上の段階のメディアになった」と前田さんは断言する。もともと検索機能が圧倒的だったから辞書、事典、参考書などの利用に便利だったが、それに加えて音声が重視される語学物にはぴったりだからだ。そして何よりも複数のメーカーで競合することで本体の機能と価格競争が働くこと、それまでの電子ブックに組み込まれていたプログラムが省かれる分、電子ブックそのものの価格も本並みになることだ。
 現在、電子ブックは約六十タイトルにのぼるが、後続の出版計画も目白押し。
 三省堂は三年前の発売以来百万部を突破した日本語辞典『大辞林』を今月二十日に電子ブック化して発売するのをはじめ、『模範六法』の改訂版も出す。平凡社は『世界大百科事典』(三十一巻収録)を四月にCD―ROM版として発売したのち、電子ブック化の検討にも入る。
 また語学関連の出版をしているアルクは、英語会話の教本のほかに日本語学習書の出版を計画しているが、「海外でもプレーヤーが発売されれば、学習熱の強い日本語への需要は高まる」と同社は見る。
 そして、前田さんの今後の見通し。「テレビゲームやテレビに対応する機器が登場したり、利用者が情報を書き込める部分が同居できるディスクが出てくる可能性は十分ある。電子ブックプレーヤーがテレビゲーム並みの普及を見せたとき、出版側がどんな電子ブックを提供できるかが問われることになると思う」

 

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『読売新聞』1992.02.22
スリムなブックスタイル 三洋電機が電子ブックプレーヤーを発売
東京朝刊
 三洋電機は、厚さ二十九ミリの「電子ブックプレーヤーEXB―1」を、四月一日発売する。スリムなA5サイズのブックスタイルながら、文字やグラフィック、音声の再生ができる。三電源方式で、最長六時間のコードレス使用もできるという。六万八千円。(電)06・900・3615

 

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『朝日新聞』1992年03月28日
夕刊
雑誌感覚、CD新時代 見て聞く“週刊誌”などソフト続
 コンパクトディスク(CD)が音楽用として登場して今年で10年。最近では、コンピューターの情報記憶用としても普及しつつある。1枚のCDに、平凡社の『世界大百科事典』31巻が収められて(CD−ROM化)話題になった。今までは辞書や新聞記事のデータベースなど文字情報だけを扱うCDがほとんどだったが、音声や映像まで収めて、必要な時にディスプレーで見る「電子マガジン」を目指す動きが出てきた。これは、概念ばかりが先行しがちだったマルチメディアの最も分かりやすい実例であり、「ネオパピルス」の新しい可能性をうかがわせる。
 米国のコンピューターメーカー、アップル社が最近、CNNと共同で試作したのが週刊誌形態の「CNN・News・Weekly(ニューズウイークリー)」。1枚のCD−ROMの中に、米国内外の社会ニュースを中心に、金融、健康、科学技術、スポーツ、芸能の話題、テレビ欄など30本のニュースを収めた。CNNの取材ビデオをもとに構成され、メニューの画面から見出しを選ぶと、カラーの動画像と音声が流れる。全体を通して見るとほぼ30分の分量。保存しやすく、音楽CDの選曲と同様に、必要な部分だけを引き出すランダムアクセスが可能だ。定期刊行のめどはまだ立っていない。
 「CD−ROMメディアの1つの可能性を提示するために制作された」とアップル・コンピュータの安西正育マルチメディア担当課長。「収録する広告の量を増やしたりすれば、値段は安くできるはず。この技術を一般の雑誌作りに生かせないか、という問い合わせがすでに来ている」という。
 米国のバーバム社は昨年、マルチメディア雑誌「VERBUM・INTERACTIVE(バーバム・インタラクティブ)」を出した。CD−ROM2枚組で、コラムやギャラリーなど6つの大項目がさらに小項目に分かれてゆくという階層的な構成をとる。アニメや写真集、ミュージシャンによるステレオ演奏、インタビュー欄など多彩な内容で、音楽と映像と文字情報が有機的に組み合わされている。操作性は雑誌を拾い読みする感覚に近い。
 中でも、マルチメディアに関するパネルディスカッションを再現する「ラウンドテーブル」が注目を集めた。新聞や雑誌に掲載されるものは討議の流れを直線的にたどるしかないが、ここでは発言の順番にとらわれることなく、任意の発言者を選ぶと、ジェスチャーをまじえながら肉声で自論を展開する。発言内容の印刷や検索も可能だ。「この雑誌形態は1つのひな型として、将来、さまざまな領域やテーマで応用できる」と編集者の1人は書いている。
 雑誌ではないが、やはり米国のビューロー・ディベロップメント社が今年刊行した「Great・Literature(グレートリテラチャー)」は、「イソップ物語」からシェークスピアの戯曲、リンカーンの演説集まで、古典文学を中心に約500点の作品の全文を、一部は挿絵やナレーション入りで収めている。
 CD−ROMの特性を生かして表示する活字の種類や書体は自由に選択でき、たとえばバイロンやポーの詩をそれぞれ好みの字体で読める。文字の大きさも9ポイントから127ポイントまで1ポイント刻みで変更でき、小さな文字が読みづらい人には重宝だ。
 一方国内では、ポニーキャニオンがこの夏以降に、「マルチメディア・マガジン」を歌い文句に「QTV」という商品の発売を予定している。「CNN・News・Weekly」に比べると軟らかい内容で、映画やビデオ、音楽の情報提供コーナーなどからなり、主にサブカルチャーの領域をカバーする。「雑誌で言えば『SPA!』のような感覚を狙っている。できれば季刊にしたい」と制作担当者。
 国内の出版社にも、CD−ROMによる雑誌の刊行に関心を寄せているところがあり、今後の電子出版の1つの焦点となりそうだ。
 ○ハードがネック 規格統一の動きも
 CD−ROMの世界が多彩になってきたとはいえ、コンピューターやCDドライブ装置が必要で、操作を敬遠する人はまだまだ多い。違う機種のコンピューターでは使えないという互換性のなさも障害となる。そこで、LDやCD−Iなど、もっと操作しやすい世界共通規格のハードを使おうという試みが重要になる。CD−ROMメディアのすそ野が今後どれだけ広がるかは、むしろこちらの動きにかかっている。
 レーザー・ディスク・プレーヤーの世帯普及率は、国内で10%近くに達した。CDではなく、この直径20センチのLDを媒体にしたのが、「メガミックスコミュニケーションズ」が昨年11月に創刊した隔月刊誌「MEGA−MIX・Mgazine(メガミックスマガジン)」。2枚組で定価9000円。コンピューターグラフィックス(CG)アートの新作紹介など、コンピューター関係の情報を盛り込み、静止画像5000から8000枚、動画像20分間の情報量がある。
 「レーザーディスクの優れた画像と音質を生かしてマルチメディアが体験できる」と吉崎武編集長。現在は毎号5000部の売れ行きだが、1万5000部まで伸びないと採算はとれないという。
 フィリップスとソニーが86年に構想を発表した「CD−I」は、昨年10月に米国でプレーヤーが発売され、日本でも近く数社が売り出す。Iは「インタラクティブ」の頭文字で、対話形式という意味。ソフトがCD−ROMであることに変わりはないが、家庭電化製品を扱う感覚でリモコンなどを操作することによって、情報を対話形式で容易に取り出せる点が強調されている。
 世界共通規格のソフトは、米国で現在、教育用やゲーム、音楽ものなど約40タイトルが出回っており、国内でもそれを日本語化した商品が当分は中心になりそう。ソフトメーカーの1つ、ポニーキャニオンは、ゴッホの作品と生涯を紹介する「太陽を刈り取る人」や「F1グランプリ・データブック」などの発売を予定している。
 情報媒体としてのCD−Iの可能性について、同社の河原亮マルチメディア制作部長は「出版社は写真や文字情報という宝の山を本という1次産品の形で大量に蓄積している。これを2次的に活用できるメディアとしてCD−Iは注目を集めるだろう」とみる。
 4月21日には東京・平河町の日本都市センターで「CD−Iフェア92」が開催され、シンポジウムなどがある。
 CD−ROMプレーヤーと液晶ディスプレー(表示装置)を組み合わせた電子ブックプレーヤーも、国産に加えて、海外のソフトが充実してきた。特に米国とドイツの出版社が力を入れており、全26巻の事典を直径8センチのCD−ROM1枚に収録した「コンプトン百科事典」や、文学作品など150点の全文を収めた「電子図書館」などが発売されている。昨年10月には、電子ブックのハードとソフトの規格統一に関して国際的な合意ができ、「IEBPC」という国際組織も設立された。
 85年から電子出版に取り組む三修社の前田俊秀・電子出版事業部長は「電子出版物がパソコンの呪縛(じゅばく)から解放されれば、利用者の層はもっと広がるはず。この分野は今までハードメーカーが主導してきたが、今後は出版社がユーザーの使いやすさを重視したソフトを開発しながら主導してゆくことが望ましい。その過程で、電子ブックは電子出版物の大きなプラットホームになるだろう」と話している。
 <CD−ROM>
 Compact disc read−only memoryの略。文字や音声などの情報をデジタル信号でCDに記憶させたもので、コンピューターなどで呼び出して使用する。記憶容量が大きく、平凡社の百科事典を収めたCD−ROMの場合、7000万字分の情報が、直径12センチ、重さ15グラムのディスクに収まっている。

 

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『読売新聞』1992.05.16
情報を素早く検索できる「電子ブックプレーヤー」を発売/松下電器産業
東京朝刊
 松下電器産業は、欲しい情報を素早く検索できる「電子ブックプレーヤ・KX―EBP1」を、六月十二日から発売する。語学学習やレジャー、家庭医学、料理など次々に出される電子ブックに対応、検索スピードを速くしたほか、大きく見やすい四・五インチの液晶ディスプレーを採用した。七万円。

 

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『朝日新聞』1992年06月07日
朝刊
岩波書店の広辞苑4版電子ブック刊行遅れる(ニュースNEWS)
 岩波書店の広辞苑4版の電子ブック版の刊行が、4月下旬の予定から大幅に遅れ、秋にずれ込む見通しになった。
 広辞苑4版は昨年11月に刊行され、今春までに100万部を超える順調な売れ行きを見せた。このため、同社では、3版に引き続き4版も電子ブック化する作業を急いできた。だが、声や図を出せる機能の向上したプレーヤーが相次いで登場、それへの対応や、膨大な情報の処理などに手間取っているという。
 このため、つなぎとして同社は生産を中止していた3版を急きょ3000部、重版した。

 

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『朝日新聞』1992年06月23日
朝刊
電子ブック版『知恵蔵』<社告>
 ご好評をいただいている『朝日現代用語事典・知恵蔵・1992』を1枚のCD−ROMに収め、電子ブックとして新たに発売しました。
 電子ブック版『知恵蔵』には、原本をほぼそっくり収納したほか、時事用語にかかわる朝日新聞記事も収録、その場でただちにお読みいただけます。
 定価4800円(税込み)。お近くのASA(朝日新聞販売所)、書店、電器店でお求めください。

 

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『朝日新聞』1992年08月16日
朝刊
電子ブックで姓名判断(ニュースNEWS)
 電子ブックというと、これまで辞書やデータベースなど、実用に限られたものがほとんどだったが、このほど三修社が娯楽用の『電子ブック 姓名判断』を出した。著者は、日本姓名学のベテラン、山口純一郎氏。マンガと音声による手順説明で、簡単に個人名や会社名のもつ運勢などを占える。5800円。

 

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『朝日新聞』1992年09月03日
夕刊
ハンディ書斎術(経済気象台)
 6月末に役員を退任してから、やや大型の書類入れを持ち歩くことが多い。ご出張ですかと聞かれるくらいのサイズのものである。
 この書類入れは、一種の移動書斎、というよりハンディ書斎である。
 中身の第1は、ポケット型ワープロ。新書判の書籍くらいの大きさで、普通のワープロの機能はもちろん、携帯電話と接続すれば、パソコン通信が可能な高機能タイプである。キーボードが小振りで、ブラインドタッチは困難だが、原稿を書く場合には、内容を考える速度に見合っており、実用上の差し支えはない。ワープロ本体の文書記憶容量がやや少ないので、メモリーカード(ICカード)を補助用に用いているが、クレジットカードくらいの大きさで、400字詰め原稿用紙にして100枚以上の記憶能力がある。
 中身の第2は、文書保存用のフロッピーを見開き12枚に収めたケースである。全部でキャビネット1つ程度の文書を、整然と収納。耐衝撃、耐磁界、耐静電気機能あり。
 中身の第3は、光ディスクの電子ブック。ケースを含めて、文庫本の半分程度の大きさだが、1冊ごとにかなりの情報量である。これも、保存用ケースに入れて携行するが、今のところ、(1)広辞苑(2)朝日現代用語・知恵蔵(3)ブリタニカ小項目百科辞典(4)コンプトン・コンサイス百科辞典(5)和英・英和中辞典(6)英・英大辞典、の6冊が標準装備である。これだけ全部で、新書判の書籍1冊以下の体積しか占めない。必要に応じ、ことわざ辞典、慣用句辞典、歴史年表、企業データ、世界500社データ、聖書等も携行。自宅とオフィスには電子ブックのプレーヤーがあり、別の場所で執筆する時はプレーヤーも持参する。これは文芸春秋の半分程度の容積だが、相当の重量になる。
 要するに、相当完備した書斎が、簡単に持ち運べる時代になったのであるが、さて、何を書くかは、人間次第である。

 

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『朝日新聞』1992年09月14日
朝刊
電子辞書<用語>
 大きく分けて(1)機器本体のメモリーに情報を固定したタイプと(2)音楽用のCDに記憶させたタイプがある。TR−700は(1)の型で、研究社の新英和、新和英中辞典などの文字データがそのまま入っている。(2)の型に比べて検索速度は速いが、ソフトの入れ替えはできない。電子ブックは(2)の型で、CDを入れ替えると英語の辞書のほか人名録や六法など様々な「本」に変身する。現在、100本以上のソフトがある。

 

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『朝日新聞』1992年09月14日
朝刊
電子辞書 紙の辞書との違いを学問する(きょういく探検隊)
 最近、電子辞書の発達がめざましい。中辞典クラスの英和、和英の内容をそのまま収録した本格的なものも登場、高校生にも十分使える内容だ。すり切れるまで使う紙の辞書との違いは? 使い勝手は? 帰国生徒を積極的に受け入れるなどユニークな英語教育で知られる東京都立国際高校(荻野治雄校長、生徒数781人)の協力で、電子辞書と従来の辞書の対決を試みた。
 ○引き比べ 「単純な意味調べ」で強さ 多義語などは紙派が優勢
 国際高校の桑原洋教諭が教える1年生のクラス21人に、セイコー電子工業の電子辞書TR−700と普通の辞書で引き比べをしてもらった。
 まず(1)難易度の高い単語の意味を単純に調べる(2)たくさんの意味を持つ語や熟語の意味を文脈の中で問う−−の2通りの問題をそれぞれ2種類用意した。21人を2つのグループに分け、一方には電子辞書を、もう一方には紙の辞書を使ってもらい、5分間に何題できるかをテストした。その後、辞書を持ち替え、同じように2種類目の問題に挑戦してもらった。電子辞書は使い方に慣れてもらうため、前日から生徒に貸し出しておいた。
 桑原教諭の「はじめ」の声と同時に、電子辞書のキーをたたく音と辞書をパラパラめくる音が教室に飛び交った。慣れないせいか、電子辞書のキーを押す手がぎこちない生徒もいる。
 それでも単純に意味を調べる(1)の問題では、5分間に電子辞書が平均8.8語、普通の辞書が平均8.4語で、わずかだが電子辞書が上回った。逆に、多義語や熟語から出題した(2)では、電子辞書が平均3.1語だったのに対して普通の辞書は平均4.7語で、紙の辞書に軍配が上がった。
 テスト後、生徒に電子辞書の長所と短所を聞いた。
 長所としては、17人が「(慣れれば)速い」と答えた。「軽くて小さいので持ち運びが楽」「電車の中でも宿題ができる」など、携帯性をあげた人が14人いたほか、「楽しい」(6人)、「かっこいい」(3人)などの声もあった。「紙を使わないから地球にやさしい」という環境問題に結び付けた生徒も2人いた。
 短所としては、「表示部が小さいので、熟語や多義語の場合は何度もキーを押す必要があり、めんどうだ」などと答えた生徒が14人、「辞書のように、指を挟んでおいて複数のページを見られない」とする意見が6人あり、不満は電子辞書の一覧性の低さに集中した。「目が疲れる」「キーの位置がわからない」などの声も4、5人から上がった。
 また、「電子辞書があれば、辞書はいらない」と答えた生徒はわずか3人で、「特定の場合に辞書を補う形で使える」が11人、「辞書の代わりにはならない」が6人だった。英字新聞を読んだり、ちょっと意味を調べるのは電子辞書、じっくり勉強するには普通の辞書という意見に落ちつきそうだ。「長年使って真っ黒になった辞書もなかなかいい」と、紙の辞書にこだわりを見せる生徒もいた。
 ○使い込むと 引く楽しみない、会話教材は便利
 同校1年の砂川昌秀君に、ソニーの最新型電子ブックを3日間、じっくり使ってもらった。
 こちらは、ソフトの入れ替えがきく。試したのは英和、和英辞典や会話教材など数種類。
 「やっぱり、学校の勉強には普通の辞書がいい」が砂川君の結論だった。「紙の辞書だとパラパラめくって、関係ない言葉も目に入る。電子辞書ではその楽しみがない。すばやく単語の意味を調べるのに適しているから、社会人が使うのには役立つと思う」。多義語の意味を調べる際、探している意味が後ろの方にあると、画面に表示するのに時間がかかるのも不満だった。
 付属の英和辞典は一部の単語の発音がイヤホンで聞ける仕組みになっているが、「難しい単語の発音が入っていない。本当に知りたいときに、あまり役にたちません」。
 ただ、会話教材は「結構スマートにできていて、楽しかった」。絵や文字が表示され、キーを押すと英語が聞ける。「海外旅行用の会話とかをマスターするのには便利かな」
 砂川君は典型的なテレビゲーム世代。電子ブックと同じ原理のCD−ROMを搭載したゲーム機など3台を持つ。「キーボードなどに抵抗感はない。後はソフト次第ではないですか」
 ○教師の目 考える習慣、身につかないのでは
 桑原教諭は生徒に「きれいな辞書を持っているのは、恥ずかしいことなんだよ」と教えている。今回のテストをした1年生のクラスでも、授業で英和辞典の引き方を繰り返し指導してきた。何度も辞書を引き、文脈の中で意味を考えることで英語力がつくと考えるからだ。
 ただ意味がわかればいいというものではない。「たしかに、電子辞書は単語の検索では優れているが、文脈を大切にするという立場からみると、じっくり考える習慣が身につかないのではないか」と指摘する。「『英語で』何かをするときには電子辞書、『英語を』学ぶときには紙の辞書という使い分けができればいいが、それは大学生レベルでないと無理。高校教育で、電子辞書が従来の辞書にとって代わることはないと思う」という。
 機能的にも「元の辞書をただ機械に入れただけ、という印象がぬぐえない」という。「例えば、関連語が出てきたら、その語に直接ジャンプできるような機能があれば便利。そうすれば語い力を養うのに役立つはずだ。電器メーカーが独自の辞書を作るくらいの意気込みで、使う側に立った工夫をさらに積み重ねることが必要だろう」と話している。
 ○連想の糸たぐり検索 正解だけ求める愚さけて
 電子辞書を愛用する菱川英一・神戸大助教授に聞く
 驚くかもしれませんが、現在この世に存在する最高の辞書は電子辞書なのです。OED(オックスフォード英語辞典)第2版全20巻をCDに収めたもので、IBM互換のパソコンで利用できます。私はアメリカの詩人パウンドの研究をしていますが、毎日のようにこの辞書を参照しています。
 内容が世界最大の英語辞典であるOEDと同じというだけでは、肩を並べたに過ぎません。なぜ、最高かというと、元の辞典では考えられなかったような使い方ができるからです。
 例えば、2つの名詞が連なった言葉があるとします。一つひとつの語の意味はわかるが、何となくしっくりこない。こんな時には、この2つの語を含む用例をCD版のOEDで検索します。すると、その結びつきが特定の状況の中で、非常に特殊な意味を持つことがわかる場合があるのです。ほんの10年前まで学者が数年がかりで研究していたことに、CD版は数秒で一応の結果を出せます。電子辞書はここまで進んでいるのです。
 一般向けの電子辞書の始まりは1986年ころ米国で生まれた「オンライン辞書」だと思います。87年ころ、10冊の辞書などを1枚のCDに収めた「ブックシェルフ」がやはり米国で登場しました。私はこのソフトが使いたくて、パソコンを買いました。数年前からは、携帯用電子辞書も出回るようになりました。
 私の好きなソフトの1つにコンプトン百科事典(英語)のCD版があります。OEDと同じようにパソコンで動くのですが、使ってみて実に楽しい。例えば、ケネディの項目を引くと、解説のわきに小さな絵がついています。カメラの絵の所にカーソルをあててボタンを押すと、ケネディの顔写真が画面に現れます。ヘッドホンの絵で同じ操作をすると、有名な大統領就任演説のさわりがスピーカーから流れます。
 関連項目に飛ぶのも簡単です。ある項目から、ある項目へと連想の糸を断ち切ることなく自由に飛び回れるのです。こんな知的冒険を楽しむことができるのが、電子事典、電子辞書の最大の利点だと思います。
 私はTR−700と電子ブックも持っています。TR−700は単語の意味と例文を2段階に表示した点で画期的だし、電子ブックもCD版ソフトを安く提供した意義は小さくないと思います。しかし、両方とも機能はまだ十分とはいえません。
 最近、数学などで答えが合えばよいという子どもが増えています。私が恐れるのは、電子辞書が正解をインスタントに出す機械とみなされることです。それでは、便利帳にすぎません。
 OEDもコンプトン百科事典も、外国製のソフトです。日本のメーカーにもこれに負けないような懐の深いソフトを開発してもらいたいと思います。
 ●電子辞書 大きく分けて(1)機器本体のメモリーに情報を固定したタイプと(2)音楽用のCDに記憶させたタイプがある。TR−700は(1)の型で、研究社の新英和、新和英中辞典などの文字データがそのまま入っている。(2)の型に比べて検索速度は速いが、ソフトの入れ替えはできない。電子ブックは(2)の型で、CDを入れ替えると英語の辞書のほか人名録や六法など様々な「本」に変身する。現在、100本以上のソフトがある。

 

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『朝日新聞』1992年09月29日
夕刊
マルチメディアってなんだ(取材ファイル)
 記事を書く記者本人でさえ、正体をつかみにくいテーマというのがある。マルチメディアやハイパーメディアはその最たるものだろう。時代のキーワードと目されて久しいのに、家電製品のように気軽に扱えるモノは現れない。このマルチメディアなるものに、今月のトレンドマガジン2誌が焦点を当てている。
 「DIME」は「根本的な疑問」欄で、「言葉と話題ばかりが先行しているが、マルチメディアとは結局、何なのか」と問いかける。「360」も特集「マルチメディアって何だ?」を組んだ。この言葉に、こうしたもどかしさを感じる人は多いはずだ。
 そんな中で、ポニーキャニオンが10月に国内では初のCD−ROMマガジン「QTV」を出す。パソコンの画面で見る雑誌で、カラーの動画像を再生し、音楽や音声も出る。
 この種のCD−ROMソフトでは電子ブックに代表されるデータベース類が多かったが、これは軟派。UFO関係の図書紹介、東京湾岸の人気ディスコの実写ビデオ、週刊誌のヌードグラビアに近い画面もある。CDIソフトのデモ盤では、斉藤由貴が「まあ、いらっしゃい。久しぶりね」と語りかけてくる。「ハイテクから下世話なものまで」と制作者は語る。
 使ってみると、CD−ROMからデータを読み込むのに時間がかかり、雑誌を拾い読みする感覚にはほど遠い。価格(1万2800円)も、情報量に見合っているとは言い難い。しかし、マルチメディアの開発がハードメーカーの主導で進む中で、ソフトの側からマルチメディアを身近なものにしようとした編集方針は光る。
 「(マルチ)メディアが花開くのは21世紀に入ってから」。これが「DIME」の記事の結論だった。「QTV」の編集後記欄で、「マルチメディアというのが本当にあるのかというと、私にも分かりません」と、スタッフの1人が率直に語るのも印象に残った。
 (白)

 

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『朝日新聞』1992年10月11日
朝刊
電子出版に新たな著作権問題 普及に伴い検討進む
 文字や図形、音声をCD−ROM(読み出し専用コンパクトディスク)やICカード、フロッピーなどに収めた電子出版物が、数多く出回り始めた。今月20日には、岩波書店の『電子ブック版広辞苑第4版』も出される。今後、電子出版物はさらに普及するだろうが、利用者が情報を簡単に入手、処理できるようになったことで、著作権に関する整備が盛んに論議されるようにもなってきた。
 現在出されている電子出版物は、語学の辞書、人名辞典、百科事典、英会話、料理、旅行など広範囲だ。毛色の変わったところでは、大蔵省印刷局から有価証券報告書総覧が出ている。外国語の辞書や教材類は、単語の発音が聞けたり、会話の状況がイラストで表現できるものもある。
 次々に新製品が登場するが、いずれも各種のデータや、映像、言語、音響など、多様な情報を一体として扱うため、著作権保護の問題が浮上してきた。極端なことを言えば、いくつかの辞書の項目を抜き出して、原本が分からないように加工・修正処理してまとめれば、まったく違う製品とすることも可能なわけだ。
 1986年の著作権法改正で、コンピューターを利用して情報の検索をするデータベースを著作物として保護することが明文化された。文化庁によれば、「一般に、電子出版物もデータベースと見なす」という。だから、著作権者の許諾なしに、つぎはぎで編集して製品化すると、著作権法第32条の「引用」の範囲を超えて違法となる。だが、個人が、自分独自の辞書を作って利用する場合はどうだろうか。30条の「私的利用」ならば問題ない。が、どこまでが「私的利用」か、その範囲を厳格に決めるのはなかなか難しいそうだ。
 岩波書店の西川秀男取締役(著作権審議会マルチメディア小委員会専門委員)は「私的な利用に限れば、法律上問題はないのだが、パソコンにつないで、たれ流し的にコピーされたのでは、32条に定める『公正な慣行に合致する引用』に当たらないのではないか。目的に沿った形で検索したデータを、1回のアクセスごとにフロッピーに落とすのが常識的な使い方ではないだろうか。これを守ってもらいたい。モラルだけでなく、法律も含め、一定の歯止めをかけられないか、というのが業界の意見だ」と話す。
 文化庁では6月、著作権審議会の中に「マルチメディア小委員会」を設置したが、文化庁の著作権課によれば、「個人利用者のコピーは、程度や認定の度合いもあり、微妙な問題。急いで対応しなければならないが、業界や有識者の意見を聞き始めたところで、いまのところどうなるのか何ともいえない」と話す。
 著作権保護に関する、電子出版物の特殊性について、筑波大の斉藤博教授(無体財産権)は、「パッケージ型データベースについては、従来のオンライン型と違って、その利用を把握できない側面があるので、法的にも新たな対応が必要となろう」と指摘する。
 世界的な動きについては、9月末から今月5日まで、ドイツのフランクフルトで開かれた「IEBPC」(国際電子出版委員会)の総会に出席した日本電子出版協会の前田完治会長によると、「外国の製品の中には、コピーできないようにしてあるものも多い。利用者に悪意があれば防ぎようがないが、コピーしてもいいかどうか、とりあえずきちんと製品に表示することで意見がまとまった。来年から実施の予定。罰則、その他は法律も絡むので、今後の課題」と説明する。
 こういった対ユーザーの著作権保護のほか、出版社と印刷会社の権利の配分問題もある。電子出版物を製作する際、キーワードの切り出し方やそれの体系づけなど、プログラミングに関して、印刷会社のノウハウが深くかかわってくるケースがあるからだ。この問題については出版社と印刷会社の間に意見のずれがあり、今後調整が必要だ。
 また、用語事典や百科事典など、著作権を持つ複数の執筆者がいるような出版物の場合、電子ブックを想定した契約を前々からしていないケースがある。こういった場合にも、著作権の保護がかかわってくる。
 例えば、『電子ブック版知恵蔵』(朝日新聞社刊)の場合、電子ブック化に当たり、海外にいて連絡のつかない1人を除き、約180人いる執筆者に手紙を出して、了解を取ったという。「一定の金額や印税を払うことも考えたが、今回は製品をひとつ差し上げることにした。販売実績をみて、今後の対応を決めたい」と堀内正範編集長。
 現時点では、このようにもとになる出版物の執筆者に承諾してもらう方式と、電子ブック化も含めた包括的な契約を結んで、一時金か印税を支払う方式がある。
 電子出版の将来について、筑波大の斉藤教授は、「電子出版物は、いまのところ事典類が多いようだが、将来、静止画や論文、さらには動画などを入れた製品が多く作られるようになるだろう。今後は、電子出版化するに当たり、音楽著作権協会のように、ジャンル別に窓口を作り、権利処理を集中的に行う窓口の設置が急がれよう」と話している。

 

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『読売新聞』1992.10.11
辞書 薄く、強く、「個性」も パソコン時代に適応 電子ブックもヒット
東京朝刊
 ◆すそ野広がるベストセラー
 テレビの横に大型辞書が置かれる時代。書店には分厚い国語辞典や漢和辞典が平積みされ、新刊が出るたびにベストセラーの常識を覆す。辞書は「正しい日本語の基準」なのか、それとも「変わりゆく言葉を映し出す鏡」なのか。
 ブームに火をつけたのは、昭和六十三年十一月に出た三省堂の「大辞林」。辞書作りには定評のある同社が、一から編集を始め、構想から出版まで二十八年を要した。「最後の活版印刷の辞書」とも言われる。
 「言葉の成り立ちを重視する」広辞苑に対し、「現代用法を重視した」編集方針。収録されているのは、どちらも約二十二万項目だが、「一万前後は、まったく違う項目。慣用句なども入れれば、三万五千余りは違うはず」(三省堂)という。四年足らずで百二十万部を突破した。
 「『新幹線』ができたり、『青函連絡船』がなくなったりと、世の中に大きな変化が起きて、見直しを迫られた項目も多かった。ベストセラーになったのは、新しい言葉の登場で需要が増えたのも理由だが、相対的に辞書が安くなったためもあるだろう」=大辞林の編集に携わった同社編修所長、倉島節尚さん(57)
 大辞林の一年後、講談社が「日本語大辞典」を出版した。現代用法重視の編集をさらに進め、古典的な言葉は削除。そのため項目数は十七万五千と少ないが、大型辞書では初めてカラー化を実現し、こちらも短期間で百万部を突破した。岩波書店も、それまで十四年ごとだった広辞苑の改訂を昨年、八年目で行ったが、やはり記録破りのベストセラーになった。
 パソコン時代に合った電子ブック版やCD―ROM版も次々とヒット。辞書愛用者のすそ野は、ますます広がっているようにみえる。
 「言葉を知らないと『常識がない』と思われる風潮に引きずられ、若い世代がよく辞書を買っているようだ。が、手元に置くと安心してしまい、使いこなしている人は案外少ないのではないか。辞書そのものも、コンピューター編集でソツのないものができるようになったが、面白味のあるものは少なくなった」=「大漢和辞典を読む」などの著書がある文芸評論家、紀田順一郎さん(57)
 項目数を増やし続けてきた辞書の泣きどころは、その厚さ。機械製本では今の八センチが限界のため、各社とも大型辞書専用の紙を特注し、「より薄く、より強く」と、ここでも激しい競争を繰り広げている。広辞苑の第四版は、ほぼ同じ厚さの第一版より、二割以上もページが増えた。
 「ふだん執筆で使うのは、コンパクトな辞書。大型のものは読み物としては面白いけれど、日常的にひくことはないですね。あんまり大きい辞書よりも、小さくてマニアックな辞書がほしい。例えば、文学作品の言葉遣いをすぐひけるような」=作家、江國香織さん(28)
 正確無比でさえあれば良かった辞書にも、新たな「個性」が求められている。

 

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『朝日新聞』1992年10月13日
朝刊
電子ブック「朝日新聞天声人語・社説」 増補改訂版を発売<社告>
 朝日新聞の名物コラム「天声人語」と「社説」を1枚の電子ブック(8センチCD−ROM)に収めた「朝日新聞天声人語・社説」増補改訂版が発売されました。
 2年前に発売の旧版に新たに2年分のデータを加え、1985年から91年まで7年分の天声人語と社説を全文収録しています。さらに89年から91年の3年分については英訳を新たに収録しました。
 この電子ブックはテーマや文中の言葉をキーワードに、探したい記事が手軽に検索できるほか、和文・英文の対訳による英語の学習もできます。
 定価は1枚4800円(税別)。主な書店、電器店でお求めください。ソニー製など電子ブック専用のドライブでご覧になれます。
 お問い合わせは朝日新聞社ニューメディア本部(03・5541・8689)、紀伊國屋(03・3439・0123)、日外アソシエーツ(03・3763・5241)まで。

 

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『読売新聞』1992.10.26
言葉遊びに役立つ広辞苑「逆引き版」 電子ブック版、CD―ROM版も発売
東京朝刊
 発売一年で実売百二十万部に達した第四版「広辞苑」(岩波書店)の各種バージョンが間もなく出版される。
 一つは「逆引き広辞苑」(三八〇〇円、来年五月まで特価三五〇〇円)。「広辞苑第四版」の二十二万全項目を逆に読んだ場合の五十音順に配列した辞典。通常の配列では見えにくい日本語の側面が鮮やかに浮かび上がる。
 例えば「霧雨」「氷雨」「村雨」「小雨」「春雨」など。逆なので「めさ○○」となってまとまって現れ、改めて日本の雨の多彩さがくっきり。
 また「博愛」「不具合」「幕間」「腹具合」「パラグアイ」「ウルグアイ」など思いもよらない言葉が隣り合わせ、韻を踏んで並ぶ。読んでるだけで楽しくなり、地口・洒落(しゃれ)・ごろ合わせと言葉遊びにも向いている。来月17日発売。
 二つ目は「電子ブック版広辞苑第四版」(八二〇〇円)。携帯型の電子ブックプレーヤーを使って「広辞苑」を自在に検索できるソフト。全項目と図版に加え、鳥の鳴き声が再生できるほか、キーワード検索、ジャンルによる複合検索も簡単に操作可能だ。20日発売。
 「広辞苑第四版CD―ROM版」(二四七二〇円)は電子ブック版の機能に、色見本、表などの多様なメニューデータを加えた本格的なマルチメディア対応の電子辞書。文書作成の際、取り込むことも可能で、CD―ROMプレーヤーの価格も下がってきていることから需要が見込まれる。12月中旬以降発売予定。

 

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『読売新聞』1992.10.26
92東京国際ブックフェア 24か国参加、空前の規模に
東京朝刊
 ◆アジア出版界の協力推進めざす
 明日二十七日からは、第四十六回読書週間。今年のキャッチフレーズは、「無限の海へ 読書の旅立ち」だ。この期間、出版や読書にからんだイベントが開催されるが、中でも、三十一日から十一月四日まで、東京・池袋のサンシャインシティ文化会館で開かれる「’92東京国際ブックフェア」(入場無料)に出版界の注目が集まっている
 というのも、過去四回のブックフェアと違って、初めて「国際規模」で開かれるものだからだ。ドイツのフランクフルト・ブックフェアやアメリカのアメリカ書籍商組合(ABA)フェアなど海外の国際的な出版展は、その国の出版界の力を示すものだけでなく、参加各国のエージェントによる商談の場ともなっている。東京で開かれるこのブックフェアが、そうしたイベントに育つかどうかを占う意味でも、その成果に期待がかかっている。
 ◆展示も工夫こらし 総計10万冊を即売
 今回のフェアに海外からの参加が予定されているのは、アメリカ、中国、イギリス、シンガポール、ドイツなど二十四か国、六十八出版社。
 特に、国際交流基金の助成を受け、マレーシア、スリランカ、タイ、トルコ、ベトナムの五か国を特別招待している。これは、アジアの出版界における日本の役割を考えようという今回のフェアのいま一つの眼目にかかわるものだ。
 西暦二〇〇〇年のアジアの人口は三十七億人、識字率は七二・六%と予測されており、非識字者は十億人にのぼる。識字率を高め、アジアの伝統と文化を伝える出版活動を行っていくことは、極めて大きな意義がある。しかし、経済的、政治的にも問題を抱えている国が多く、その実現は、まだまだ困難だ。そこで、フェアを機に、アジア各国の出版界を代表する責任者が一堂に会し、「アジアにおける出版活動の推進と相互協力」をテーマとした会議も開くことになっている。
 フェア会期中の一日午後一時から、許力以・中国出版工作者協会副主席、D・N・マルホトラ・インド出版協会会長らアジア十一か国の代表者に加え、日本、アメリカの出版界の代表者も参加する。
 この「アジア出版文化フォーラム」は、将来のアジア太平洋出版連合(APPA)の創設を目指す基盤とも期待されているものだ。
 展示そのものも、従来と違った新しいコンセプトを採用している。「宇宙・地球を読む」、「世界と日本」、「現代の病(なやみ)」の三つのテーマに基づくコレクションは、四万五千冊。全国の書店へのアンケートを基にして選書しており、いわば“本の専門家”の視点が生かされたユニークなものだ
 そのほか、ジャンル別の展示としては、「いいくらし いいあそび」をテーマとした趣味・実用書一万冊。「古典と現代」をテーマに、定価二千円以上の美術書など三千冊。
 在庫僅少(きんしょう)本などのコミック八千冊。各種の辞典類に最近人気の高い電子出版物など千八百点三千冊などが出品されている。これらの展示品は、いずれも即売される予定だ。
 また、岩波書店、河出書房新社など二十一社の記念復刊本が百八点百四十六冊。文庫・新書・単行本など在庫僅少本一万冊。出版文化論、書物の博物誌、出版流通、読書論、ブックガイドなど三千冊。最近一年間の約六十の文学賞作品一千冊が、読者謝恩の企画として展示、即売される。
 さらに、読者謝恩の目玉となるのは、約九百点一万二千冊の「掘り出し特価セール」。すべて定価より割り引かれるバーゲンブックの即売だ。同フェアで展示、即売されるのはざっと十万冊にのぼる。
 このほか、海外参加の国際ブース(百五十)に対して、国内のブース展示は、九十四の出版社、団体から百四十八。出版梓会による人文社会系のブース、電子ブックコミッティーのスペースなども予定されている。会期中は、点字出版物の現状を紹介する「手で見る絵画展」や点字出版製作の機器の展示と実演、鴻上尚史、陳舜臣、高橋三千綱、林真理子、長野まゆみ、辻仁成氏らによるサイン会、「第二十七回造本装丁コンクール展」受賞本の展示などの各種イベントも催される。
 同フェアの主催は、出版社の団体である日本書籍出版協会(書協)、日本雑誌協会、日本出版取次協会、書店の連合体の日本書店商業組合連合会、出版文化国際交流会、読書推進運動協議会の六団体。
 出版界あげての“本の祭典”ではあるが、これに対する見方は、各団体ごと、あるいは団体内部でも、意見の微妙な違いがないわけでもない
 出版社の中でも、専門色の強い技術系や医学系の社は、「読者謝恩」という要素が濃い場合、読者層が限定されているため、フェア自体にメリットはそれほどない。また、書店にとってみれば、巨大な書店が短期間であっても突然誕生するようなもので、競合を危ぶむ声もある。
 書協の五味俊和専務理事は、「今回のフェアを見た上で、国際的な出版ビジネスの場としてのフェア、さらに地方での読者謝恩という形のフェアといった分化も考えていいだろう。また、海外のブックフェアのように入場料の検討もすべきかもしれない」という。いずれにしても、「出版大国・日本」の力が、国際的にどう通用するのか。それを考えさせる大舞台といえるだろう。

 

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『朝日新聞』1992年11月01日
朝刊
「7つの広辞苑」に7つの「?」 岩波書店の取締役に聞く
 岩波書店は、「広辞苑第4版」が発売1年で120万部を突破したのを受け、新機軸の「逆引き広辞苑」を発売する。先月下旬「第4版電子ブック版」を発売、年明け早々には「第4版CD−ROM版」も加わる。キャッチフレーズは「七つの広辞苑」。「岩波商法」の手並みは鮮やかだが「こんなに必要か」「電子出版の出来は」といった声も。そこで「広辞苑7つの?」。
 疑問(1)
 −−資源保護が叫ばれる時代に7つも必要でしょうか?
 西川秀男・岩波書店取締役辞典部長 実は、「7つ」にも訂正が必要です。急きょ、逆引きの机上版の発売が決まり、8つになる。普通版と大きな活字の机上版が並装・革装の2種、逆引きが普通と机上の2種、電子出版が2種です。高齢化で机上版の売れ行きは好調で、全体の2割を占めています。3版は1割程度でした。読者の要望にこたえた結果の8つです。
 疑問(2)
 −−動物愛護主義者からの告発で、女性の毛皮離れが進むなか、広辞苑が革を着ているのはいかがなものでしょう。
 西川 昔から辞書の使い心地は革装に限るといわれるほど。一度使うと手放せず、実用の観点から必要です。ゴート(ヤギ)の革ですが、調達は大変ですし、ぜいたくには違いありませんが。
 疑問(3)
 −−こんなにバリエーションが増えたのは、やはり、もうかったからでしょう?
 西川 電子出版も意外に売れました。第3版は、電子ブックが3万6000、CD−ROMが1万2000部で、第4版の準備中にあまりに要望が強いので増産したほどです。製本した辞書は、部数が飛躍的にのびても比例して収益があがるわけではないが、プレスがたやすい電子出版は、部数増がそのまま利益に結びつきます。
 疑問(4)
 −−8種類の価格設定は、普通版が6500円で、あとは下が逆引きの3500円、上はCD−ROMの2万4720円まであります。3版のCD−ROMの定価(2万8000円=税別)について、共同開発に当たったメーカーの幹部は「根拠はない。初めから安くするのはどうも」と語っていた。
 西川 日本は知的生産物が安すぎる。広辞苑が初めて出た昭和30年、初任給1万円時代に2000円だった。今の定価は正直苦しい。3版の電子ブックは1万円を切りたくなかったが、ハードの普及のためにといわれて7725円にした。今回はCD−ROMを値下げして、新たにモノクロ画像と鳥の鳴き声など音声がでるようになった電子ブックが約500円アップして8200円。CD−ROMは、憲法第9条や著名な小説の書き出しなど600件について原文を収録した。これで、納得してもらえないかな。
 疑問(5)
 −−3版の電子ブック、CD−ROMの検索システムについて、もとの項目解説が電子的検索を前提としていないために記述が不統一で、マリリン・モンローが、「アメリカ」と「えいがじょゆう」では探しだせないなどの不備が紀田順一郎さんから指摘された。第4版はどうでしょう。
 西川 これは改善しました。検索項目を改善、整理してきちんとできるようにしました。
 増井元・辞典部課長 辞書には、印刷されていない分類コードがありまして、それを使えば、3版でも検索は可能でした。しかし、それは辞書作りに関する一種の企業秘密で、公開には二の足を踏んだ。今回は、辞書のリーダーとして、思い切ってノウハウを駆使しました。
 疑問(6)
 −−「逆引き」は、「手袋」を「ろくぶて」で探す。言葉の後半、いわゆる下接が一致する語を抜き出すためですが、「パラグアイ」と「腹具合」が隣り合わせに並んでいて、電子辞書の検索とは印象が違う。実用性は?
 増井 欧米ではこの種の辞典は定着しています。文芸表現で脚韻を踏むことが多いためでしょう。コピーライターや詩歌のプロには重宝されるでしょう。また、これは収録語をもっと活用するための辞書でもあります。項目をならべる作業をやりましたが、こんな言葉まで収録してあるのか、意外に使っていないなと思いました。
 疑問(7)
 −−製本現場の労働力不足や機械製本の限界を考慮すると、4版のボリュームそのものが壁にあたっているのは事実です。第5版はどうなりますか。
 西川 第4版は紙の研究・選定だけでも3年をかけましたが、ライバルの辞書をみても現在の22万語が収録の限界。新語を入れては代わりに少しずつ削っていく。3版から削除した語を作れという指摘もいただきました。辞書は現代の言葉を収録するという原則を守りつつ、22万語をにらみながら第5版の作業を進めます。

 

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『朝日新聞』1992年11月03日
朝刊
マルチメディア販売網整備 松下電器、専門店化進め拠点に 【大阪】
 松下電器産業は将来のマルチメディアをにらんだ販売網の再編成に乗り出した。第1弾として1万9000の系列店のうち約2000店舗を電話、ファクス、ワープロの通信系3商品を重点的に販売する店に指定、95年までに約5000店に増やす。マルチメディアを扱うには、アフタケアを含め、専門知識が必要。研修などで3商品の販売網の専門化を進め、近い将来のマルチメディアの販売拠点とする考えだ。
 通常の系列店舗では、大型テレビやVTRなど映像・音響(AV)商品が主流で、狭い店舗内で通信系は隅に追いやられてしまっている。使用説明やアフタケアが必要なマルチメディアは「大きな店舗からではなく、経営者が通信や新しい技術に関心がある店を選んだ」と森下洋一専務はいう。
 指定された店は、コーナーを設けて商品展示をする。こうした販売店を支援するため今年5月から販売会社に専門知識を持った販促スタッフ230人を配置。販売店に商品知識の研修を始めている。
 マルチメディアはまだ明確な形になっていないが、百科事典などの情報をCDに収めた電子ブックや情報家電と呼ばれる機器群が有望視され、来春発売予定のAV機器とゲーム機が一体化したCDIも重点的に販売する。量販店では、コンピューター関係などの専門化を進めているが、いよいよ一般の「電器屋さん」も専門分化の時代を迎えたようだ。

 

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『朝日新聞』1992年12月16日
夕刊
家庭内も情報化時代/強まる個人化欲求 各界の声 創刊4万号特集
 ●読者が選択、問題は質 松下電器産業副社長・水野博之さん
 マルチメディアというのは、一般家庭にわかりやすくいえば、家庭内の情報化時代が来るということでしょうね。いままでの情報化時代はプロの情報化時代でした。銀行、証券などのデータ処理システムにみられるように、社会の大枠を対象とした情報化であったわけです。こうしたデータだけでなく、映像、音声、文字の情報が家庭内にどんどん入ってくるわけです。新聞情報も変わってくると思いますよ。
 携帯テレビ電話はもちろんですが、テレビで会議もできます。家庭なら同窓会、井戸端会議などが居ながらにしてできるでしょう。家庭内でボタンひとつ押せば、高品位テレビ(ハイビジョン)で欲しい情報の映像、音声、文字が手に入る。たとえば、パリに旅行したいと思えば、映像、案内がすぐ得られるようになります。世界の名画、見たい映画、世界の図書館の目録、電子ブック、映像ショッピング情報……。受け手の欲求、送り手のアイデアしだいでは、何でもできるといっても過言ではありません。洗濯、炊事などの電化が第1次革命とすれば、家庭内情報化は第2次革命といえます。
 コンピューターの記憶容量(メモリー)は3年で4倍ぐらいの割合で大きくなっています。それと、衛星、光ファイバーを使ったデジタル通信の基盤整備がどんどん進んでいます。
 どの社の機器でも使える標準化が進めば、家庭内情報化の新製品がつぎつぎ登場します。おそらく、21世紀初頭には、家庭内情報化社会が実現するでしょう。
 マルチメディアに、どういう情報が乗っかるのか、どのようにして乗せるのかが重要です。ソフトのマルチメディアですね。ここで新聞が関係してきます。
 ボタンで朝日新聞を呼び出したら、政治、経済などの必要な記事がリアルタイムで読むことができる。必要ならカラーでプリントアウトもできます。ニュースは入りしだい更新されるでしょうから、速報性はいまの新聞どころではありません。
 その都度どの新聞も読めますから、質が問われる時代になるでしょうね。特徴を持つことが必要です。宅配も考え直さなければなりません。記事を映像化することも必要でしょう。これまでの新聞とはずいぶんイメージが違うと思います。
 情報は読者が選択する時代になるわけですから、社会の木鐸(ぼくたく)といった、これまでの新聞の良識が危機にさらされることも考えられます。その中でどのような良識を持って作るか。本物が支持される時代でしょうか。
 ●ソフトの革新めざせ 東京大学社会情報研究所教授・桂敬一さん
 朝日は歴史的に、新技術採用、媒体形態刷新など、新聞のハード面の革新の熱心な担い手となって、今日の日本の新聞の基本をかたちづくってきた。その伝統はいまも引き継がれている。もちろん、そこには他紙に対する競争意識が働いていた。そうしたやり方でこれからも朝日は、新聞界の先頭を走っていけるだろうか。
 新聞がテレビの出現によって、情報媒体としての地位を相対化され、すでにメディアの王座にあるわけでないことも、自覚する必要がある。新聞はどう変わっていくべきなのか。
 朝日は、新聞事業に専念するとし、テレビ事業には深くかかわらない一時期をもった。しかし、テレビの急速な成長、電波と縁の深いニューメディアの台頭という現実のなかで、総合的な情報媒体としての発展を追求する必要上、電波事業を重視する政策に転換した。時代の流れを見誤る危険があったからだ。
 だが、新聞はまたここで、いわゆる高度情報社会の到来によって新しい変化の必要に迫られている。産業の高度化、情報化を追求する一般企業が、さまざまな情報ネットワークの運営に手を染めるようになり、新聞は、これらの情報提供事業とどこがどう違うのか、自分の存在理由を明らかにするよう、強く求められることになったからだ。
 朝日は、今度はどのような革新の担い手として現れるべきか。マルチメディア状況の中、他のどの情報メディアとも異なる独自の価値と役割を担い得る存在、新しい新聞としての理念を提示する、ソフト面の革新者となるべきではないか。それは「情報商売」に憂き身をやつすだけでなく、情報化社会をも批判的にとらえ、論ずることができるものでなければなるまい。
 読者が多様なメディアを選択できる時代である。新聞同士の勝手な競争に利用される専売宅配制度の維持を理由とする購読料値上げがいつまでも通用するはずがない。記者クラブ制度の不合理さは外国プレスの目にさえ明らかになっている。変革の課題は山積している。
 ●戸別配達がネックに 東京スポーツ編集局長・桜井康雄さん
 新聞の原点は明治、大正の新聞人で「萬(よろず)朝報」を発行していた黒岩涙香が掲げたような、かわらばん精神だ。読者の知りたいことを、わかりやすくおもしろく書く。東スポは駅売りが9割の夕刊紙なので、勤務を終えた疲れた体で読んでもらうには、楽しくなければ意味がない。
 他紙が朝刊で突っ込めなかった事件の裏話や、海外ニュースを重視している。株式欄も朝の市場のうわさをこまめに取り上げており、根強い人気だ。
 朝日新聞は東スポの対極にあるような新聞で、その論調が社会に与える影響は大きい。世論を動かす、日本のリーディングペーパーだと思っている。ただ中身は良くても、戸別配達制度という販売のシステムが、将来のネックになるのではと、他人事ながら心配している。
 その点、東スポは駅売りのほか、最近は24時間営業のコンビニエンスストアにも置いており、わざわざ駅まで足を延ばしてもらわずに済むうえ、宅配のような人の問題もない。週休2日制が定着しても、販売網を街角まで浸透させることで、解消できる。
 ハード面では、去年7月から紙面を衛星回線でファクス送りして大スポを発行しており、東京との紙面差、時間差はほぼなくなった。ニューメディア時代にも、十分戦えると思う。
 欧米では高級紙が伸び悩む半面、大衆紙の勢いは目を見張る。東スポも、同じ即売紙で450万部の売り上げを誇るイギリスの大衆紙「ザ・サン」を目指している。
 ●批判をし続ける役割 岩波書店社長・安江良介さん
 政府や大きな既成の組織は権力的になるものだ。それを絶えずチェックし、批判し続けていくところにジャーナリズムの役割がある。
 時代はいま、かつて経験したことがないほどの大きな転換期にあるが、それは閉塞(へいそく)感を伴う時代でもある。ジャーナリズムが問われているのは、こうした閉塞状況に引きずられずに確かな事実をどう見抜いていくか、ということだ。
 私は朝日を真剣に読んでいるが、攻撃が加わっていることが感じられる。そのためか、批判の精神を隠したがっている。「VS朝日新聞」の企画は、朝日の批判精神を煙たがっている人を集めた感じが強い。
 そこでは、「お高くとまっている」とか「反体制的だ」といったことがほぼ共通して出されていたが、朝日がもし、これに本当に耳を傾けようというのであれば私は反対だ。あらゆることについて、すべての人に円満にということはあり得ない。「お高い」という指摘が大衆への迎合に結びつき、たとえば大衆が求めるからというだけで、女性の裸の写真を載せるというのであれば、それはへつらいだ。
 「VS……」で、ある言論機関の責任者が「私たちも批判をやめたい」というようにもとれる発言をしていたが、攻撃に対しては上手に歩いていってほしいとは思う。しかし、批判を失ったものはジャーナリズムとはいえない。朝日には、新聞は何のためにあるのかということを考え続けていってほしい。
 ●「大新聞」は網羅型
       博報堂副社長・博報堂生活総合研究所長・東海林隆さん
 自由や民主的な価値観は、今後も根底からくつがえることはないだろう。
 その中で確実に強まっていくのは、個人の「自我」である。自己実現や自己表現といった言葉が、ファッションではなく、より実質的な意味をもってくる。仕事においても余暇においても、「しかたなくする」から「よろこんでする」方向へ、欲求が強まる。
 しかし、自我の強まりは、一方で個と個の、個と社会とのコンフリクト(対立)を引き起こすことにもなる。社会性を意識することが普遍化し、環境保護や国際問題に対する関心も高まるだろう。したがって、個人化と社会性という相反する2つの価値観が、バランスをとりながら、進展することになり、メディアにも影響をもたらす。
 情報には、客観的視点によるものと、主観的視点によるものとがある。社会性に伴う情報と、個人的な興味にかかわる情報、と言い換えてもよい。一般紙の多くは、どちらかといえば、客観的な視点に立った情報が主である。新聞は《社会の窓》といわれるように、社会のあらゆる分野のあらゆる出来事が1日の紙面に集約されている。
 情報化社会はあらゆる分野にわたって、人びとがもつ興味の範囲を著しく拡大した。数十ページに及ぶ新聞も、読者にとってはサマリーの集合体の感がある。だからこそ、《社会の窓》としての価値も高く、1000万部に近い部数をもつことができるのである。
 読者の個人化の欲求が強まれば、自分に合ったもっと深い情報、あるいは主観的な視点をもった情報への傾斜が強まると思われる。メディアの分散化も促進されようし、技術の進歩によって双方向メディアが登場するのも、そう遠いことではないだろう。
 人びとの自我の拡大欲求と、社会性意識の普遍化を1つのメディアで満足させることはむずかしい。大新聞はますます、社会性を基盤としてあらゆる分野を網羅する方向、すなわちサマリー化へと進むだろう。しかし、一読者としての希望をいえば、同じ社会性を基盤にしながら、記者の顔が見える主観的な情報がもっとほしい。朝日新聞には、情報が集まっている。それをどう料理するかが課題となる。
 ●部数よりも言論守れ 信濃毎日新聞編集局長・瀬木潔さん
 信濃毎日新聞も来年、創刊120年と発刊4万号を迎える。
 先日、私たちの大先輩で抵抗の新聞人、桐生悠々の没後50年特別番組を名古屋のテレビ局がつくった。社内を自由に取材してもらっていいといったが、できあがってみると、若い記者が悠々のことをよく知っていて、きっちり受け答えしているのに意を強くした。
 信毎は県や市の審議会や調査会などに、委員を一切送り出していない。こうした審議会などは、行政が内定していることを追認するだけの機関になってしまう危険性がある。在野の精神を大事にしたい。
 新聞社としての伝統は守るが、進んだ技術はあくなく取り入れている。整理部員が1人で見出しを付けるのから始めて、紙面を作り上げる「ニューコスモス」は、日本の新聞界で最も進んだシステムだと思う。
 新しいメディアとして、ファクス新聞や有線放送テレビ(CATV)も考えている。1台のファクスから同時に送れる回線が5000回線まで広がったので、10台用意すれば、5万世帯の家庭に、テレビに負けない新鮮な情報を同時に送り込むことができる。
 CATVも県内20局のうち10局に資本参加しており、新聞情報を電波にすぐに流せる態勢を準備中だ。
 今の世の中は建前を前面に出すと、大人げないとか、青くさいとかいわれ、物事を軽く流す風潮がある。しかし、東京佐川急便事件をみても政治家の常識、永田町の常識をくつがえさないと、何も出てこないことがわかる。
 朝日新聞には、こうした風潮に屈せず、ジャーナリズムの王道を歩いていってほしい。部数とか販売政策を気にせず、新聞の言論性、主張を守っていくことが必要だ。
 ●人気とりには走るな 山口放送取締役・磯野恭子さん
 テレビが普及し始めたころ、新聞の将来は暗いと言われたが、そうではなかった。
 テレビには第一報とか言語を超えて感覚で情報を伝えられる強みはあるが、自分のペースでどこででも読めるという新聞の機能は代用できない。
 また、テレビはどんなにあがいても1日24時間という時間の制約を受けることもあって情報を省略、簡略化し、目を引くために過剰にショーアップ化する傾向がある。例えば宮沢りえと貴花田の婚約の報道では、貴花田を将来大きく育てようという配慮などは全くなくなる。
 新聞はこの点、まだ落ちつきがあるように見える。何と言っても歴史と伝統の差だ。
 新聞は戦争中、軍のちょうちん持ちをした「負の歴史」の反省の上に立って再生を誓った重みがあり、それが新聞という言論に輝きを添えている。テレビ40年の歴史にはそれが欠落している。
 新聞、とくに朝日にはテレビの人気取りのような方向に走ってもらいたくはない。ニュースの背景を掘り下げるとか、正確な見通しを伝えるなど、内容で勝負してほしい。
 朝日には派手さはないが、信頼性に基づいた、リンとした気品がある。部数だけを気にして大衆におもねると、信じてきた読者を逆に裏切ることになる。
 もう1つ、朝日にお願いしたいのは、女性の主張をもっと積極的に紙面で取り上げてほしいということだ。例えば、有識者5人の意見を紹介するなら、少なくとも1人は女性でないと……。男性の主張だけで世論を代弁できた時代は過ぎ去ったと思います。
 ●もう少し暴れん坊に 週刊少年サンデー編集長・平山隆さん
 若い人には専門誌志向が強い。情報量がこうも増えてくると、広く浅くというより、関心のある1つのことを深くということになる。マンガは総合的なものを扱ってはいるが、コミックという点では専門誌です。
 新聞は性格上、全方位です。言ってみれば、情報の「カタログ」。新聞で手掛かりを得、深いことは専門誌で、というわけです。
 マンガでは強烈な個性を持った主人公が求められる。ドラえもん、オバQ、あしたのジョー……。人気マンガはみな、強烈な個性の主人公の名がそのままタイトルになっている。
 これに対して新聞は没個性的です。マンガは例えば、国語30点、算数120点、という子に対して「国語はいいから得意な算数を伸ばせ」といった方向に向かうのに対して、新聞は「算数は十分だから、国語をもっと」といった感じで、優等生的です。
 朝日はそうした新聞の代表選手といえましょうか。朝日を読めばすべてがわかるということは大事なことですが、その一方で、もう少し個性的で暴れん坊であってほしいという気もします。難しい注文でしょうが、若い人向けに見出しなど工夫の余地があると思うんです。私も中高生たちに新聞ぐらいは読んでほしい、という気持ちが強いですから。


*作成:植村 要
UP: 20100706  REV:
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