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精神的原因による投票困難者事件/訴訟


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last update:20220514


■説明

精神的な原因によって投票に行くことが困難なA氏が、国が「選挙権の行使」を可能にする法律を作らなかったことが立法不作為にあたり違憲であるとして、損害賠償請求をした事件(国家賠償法1条1項の規定による)。

説明作成: 山口 和紀

■年表

2006年7月13日 上告審 判決

■関係した人

◇淺野 省三(上告代理人、弁護士)

■資料

「上告人は,精神発達遅滞及び不安神経症のため,いわゆるひきこもりの傾向があり,平成11年3月に養護学校の高等部を卒業後,障害者通所施設に通ったこともあったが,同年夏ころからひきこもりの状態が続き,平成12年初めころ以降,完全に家庭内にひきこもるようになった。上告人は,外出先で他人の姿を見ると身体が硬直し身動きが著しく困難になるなどの症状が現れるため,公職の選挙の際に投票所に行くことが困難であり,現行選挙制度の下で選挙権を行使することが全く不可能と認めるには至らないが,公職選挙法44条1項所定の投票所における投票をすることが極めて難しい状態であると認められる。しかし,上告人は,家庭内では,新聞を読み,テレビを見,親しい知人との間では電話をするなどしており,公職の選挙において,候補者を自己の判断で選び,投票用紙にその氏名を自署する能力を有するものと推認される。」
◇損害賠償請求事件 最高裁判所 平成17年(オ)第22号・平成17年(受)第29号 平成18年7月13日 第一小法廷 判決の主文より[外部リンク]

「[1] 私は,法廷意見に賛成するものであるが,議会制民主主義の下における選挙権の重要性にかんがみ,公職選挙法の憲法適合性について付言しておきたい。
[2] 憲法14条1項,15条1項及び3項,43条1項並びに44条ただし書は,成年者による普通・平等選挙の原則を掲げて,国民に対し普通かつ平等の選挙権を保障している。選挙権は,実際の選挙において行使することができなければ無意味であるから,上記の選挙権の保障は,選挙権を現実に行使し得ることをも保障するものである。憲法47条は,投票の方法等は法律でこれを定めると規定しているが,すべての選挙人にとって特別な負担なく選挙権を行使することができる選挙制度を構築することが,憲法の趣旨にかなうものというべきである。
[3] 公職選挙法は,49条2項でいわゆる郵便等による不在者投票の制度を設けているが,その適用対象を身体障害者,戦傷病者又は要介護者の中のごく一部のものに限定しており,障害者基本法2条所定の障害者(身体障害,知的障害又は精神障害があるため,継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける者)又は介護保険法7条3項所定の要介護者であって,歩行・外出が極めて困難なもの一般を,郵便等による不在者投票の適用対象とはしておらず,上記の憲法の趣旨にかなうものとはいいがたい面を有している。歩行・外出が極めて困難な障害者又は要介護者に対して,投票所や不在者投票管理者の管理する投票記載場所における投票しか認めないとすると,事実上その選挙権の行使を制限するに等しいのである。
[4] 選挙制度の設計に当たり,選挙の公正の確保及び適正な管理執行に配意すべきことは当然であるが,選挙権の行使を保障しつつ選挙の公正の確保等を図るべきものであって,国民の選挙権の行使を制限することは原則として許されず,国民の選挙権の行使を制限するためには,そのような制限をすることなしには選挙の公正を確保しつつ選挙権の行使を認めることが事実上不可能ないし著しく困難であると認められる事由がなければならない(前記の最高裁平成17年9月14日大法廷判決参照)。
[5] 原審の確定するところによると,上告人は,大阪府から障害の程度が重度の療育手帳の交付を受けている者であり,精神発達遅滞及び不安神経症のため,家族以外の人と対面した場合の対人関係がうまく行かず,他人の姿を見るとパニック状態に陥り,身体が硬直し,身動きが著しく困難になり,他人と接触するような場所への外出は事実上不可能であって,投票所において投票を行うことが極めて困難な状態にあるというのである。上告人のような状態の在宅障害者に対しては,郵便等による不在者投票を行うことができることにするか,あるいは在宅のままで投票をすることができるその他の方法を講じない限り,選挙権を現実に行使することを可能にしているとはいえず,選挙権の行使を保障したことにはならない。在宅障害者については,投票所において投票を行うことが極めて困難な状態にあるか否かの認定が難しいという問題はある。しかし,上記の認定は,医師の診断書,療育手帳,精神障害者保健福祉手帳等の併用によってできないわけではなく,上記の認定が簡単ではないという程度のことでは,前記の選挙の公正を確保しつつ選挙権の行使を認めることが事実上不可能ないし著しく困難であると認められる事由があるとは到底いうことができない。
[6] したがって,投票所において投票を行うことが極めて困難な状態にある在宅障害者に対して,郵便等による不在者投票を行うことを認めず,在宅のまま投票をすることができるその他の方法も講じていない公職選挙法は,憲法の平等な選挙権の保障の要求に反する状態にあるといわざるを得ない。」
◇損害賠償請求事件 最高裁判所 平成17年(オ)第22号・平成17年(受)第29号 平成18年7月13日 第一小法廷 裁判官泉徳治の補足意見より[外部リンク]

■言及

◇リラックス法学部 20171123「【憲法判例】精神的原因により投票困難な者の選挙権の保障についての裁判をわかりやすく解説

*作成:山口 和紀
UP:20220514
「知的障害者に対する投票支援の系譜を辿る――滝乃川学園元職員らの聴き取りから」  事項
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