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東日本大震災 障害者関連政策・報道… 2013年2月

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災害と障害者・病者:東日本大震災

 last update:20130204
新聞記事見出し

新聞記事本文
◇福島へ介護支援 参加を 府中の有志 毎月11日PR=多摩 
(2013.02.03 読売新聞東京朝刊 多摩 31頁)
 府中市を中心にした市民グループ「福島応援 On Song」が、福島県に介護ボランティアを派遣する活動に乗り出した。原発事故による放射能の問題などがあって手探りの部分も多いが、メンバーは「困難を一つずつ解決したい」と前向きだ。(長内克彦)
 グループは、東日本大震災から5か月後の2011年8月に発足。全身の筋肉が動かなくなるALS(筋萎縮性側索硬化症)患者で、障害者支援のNPO法人「わの会」理事長の佐々木公一さん(65)(府中市四谷)が呼びかけた。震災が3月11日午後2時46分に起きたことを踏まえ、毎月11日を活動日に設定。午後2時から約1時間、同市宮町の専門店街「フォーリス」前で有志が歌声を響かせて募金も行っている。
 介護ボランティアの派遣は、福島市在住のALS患者、佐川優子さん(59)の訴えがきっかけ。佐川さんは、「福島応援 On Song」の活動日にほぼ毎回、府中に駆けつけている。その際、地元の福島でヘルパー不足が深刻化し、在宅のALS患者が病院や施設に入らざるを得なくなっている現状をメンバーに説明した。
 この切実な訴えを受けて佐々木さんは昨年5月頃、メールで知人らに福島の現状を伝えるとともに介護ボランティアの派遣を提案した。佐々木さんは自ら声を発することはできないが、妻の節子さん(63)を通じて大学の授業で講演することも多く、その縁で東京家政大学(板橋区)講師の田中恵美子さん(44)(社会福祉学)が協力を申し出た。田中さんは、すぐにゼミ生に声をかけた。
 だが、派遣先はすぐに見つからなかった。調べてみると、放射線量が想定以上に高い地域もあり、福島側との調整はスムーズに進まず、グループ内でも「若い学生を派遣するのは問題では」といった意見も出た。
 ようやく、国立病院機構いわき病院(いわき市)での受け入れが決まり、昨年12月下旬には、ゼミ生10人や、佐々木さんの日常生活を手助けしている看護学生ら総勢28人が同病院を訪問。ALS患者と文字盤を使って会話をしたり、車いすを押して散歩したりするなど交流した。
 震災後、初めて院外に出た患者もいたという。ゼミ生の同大3年、飯塚咲紀さん(22)は、「すごく喜んでもらえたし、また機会があれば、ぜひお手伝いしたい」と話す。
 ただ、グループの最大目標は、身体介助でも役立つボランティアを送ること。定期的な派遣については意見が一致しており、今後の訪問方法などを検討していく。
 問い合わせは「わの会」(042・360・3626)へ。


◇シンポジウム:災害時の障害者支援考える 要援護者ごとプラン作成を 取り組みや法令報告−−神戸 /兵庫
(2013.02.03 毎日新聞地方版/兵庫 23頁)
 災害時における障害者らの支援体制について話し合うシンポジウム「災害と障害者支援」が2日、神戸市中央区の市勤労会館で開かれた。災害時要援護者に対する仙台市や宮城県石巻市など東日本大震災の被災地の取り組みや法令の整備状況などを報告した。
 仙台市で発達障害者の自助活動などを支援している「発達支援ひろがりネット」の中嶋廉代表は、東日本大震災で自宅に一人でいた自閉症の長男(15)が近隣住民に支援されて無事だった事例を報告。中嶋さんらは震災前から中学校区単位で防災計画を作成し、住民の9割以上が参加した安否確認訓練を通して障害者ら災害時要援護者の支援に備えていたといい、「普段から地域で連携することが特別なニーズを持つ人の避難支援を担う基礎になる」と話した。
 また、石巻市福祉総務課の久保智光課長と高橋幸主査は、津波被害を伴う地震において要援護者支援の課題を提示。同市では02年の台風被害をきっかけに市内の要援護者の把握調査を実施したり、支援マニュアルを作成していたが、震災では要援護者を支援する立場の民生委員ら自身も避難が困難な状況で安否確認なども十分に行えなかったという。
 その結果、要援護者名簿に登録されていた7241人のうち300人以上が犠牲になり、安否確認を行おうとした民生委員7人も死亡した。久保課長は「要援護者ごとの事情に応じた支援プランを作ることが必要。そのためには地域で助け合うことがカギになる」と指摘した。
 さらに、神戸大の大西一嘉准教授(防災福祉)は要援護者名簿を福祉団体などに開示できるようになる4月施行予定の改正災害対策基本法を受け、神戸市で条例化が進んでいる状況を報告。大西准教授は「神戸市の条例案は名簿を地域で共有することを盛り込むなど画期的だが、中身が伴わないと意味がない。行政が後押しして地域の中心となる人材の育成など支援体制を構築すべきだ」と話した。【近藤諭】


◇(デンマークの寄宿制学校を訪ねて:下)どうすればできる、実践 【大阪】
(2013年02月01日 朝日新聞 朝刊 生活1 027)
 障害のある人とない人が共に暮らしながら学ぶ、デンマークの寄宿制フリースクール「エグモント・ホイスコーレン」。昨年は、東日本大震災の被災地で暮らす日本の障害者も滞在した。
 福島県郡山市にある被災障害者の支援センターでパート勤務をする佐久間桃子さん(21)もその一人。「これまでは『やりたい』よりも『できるか』を先に考えていた。でも、『自分にこれはできない』と最初から枠をはめるのではなく、できるようにする方法はないか考えればいい、と気づきました」。5カ月間の滞在を振り返る。
◎震災契機に留学
 エグモント・ホイスコーレンで教員を務める片岡豊さん(63)らが、被災地の障害者に自立について考えるきっかけにしてもらいたいと招待留学を発案。昨年、障害者3人と介助者3人を招いた。佐久間さんは介助者と2人で昨年夏から留学した。
 高校2年のとき、部活動中にトランポリンから落ち、頸髄(けいずい)を損傷した。鎖骨より下が動かず、感覚がない。腕は部分的に動かせるが、指は動かせない。車いすを使い、着替えや排泄(はいせつ)、入浴などに介助が必要だ。
 スポーツの授業中、こんなことがあった。下肢に障害があっても乗れる、手でこぐ自転車「ハンドサイクル」に興味があった佐久間さんは、授業で乗ってみることになった。ハンドサイクルを目の前にすると、ハンドル部分を手で握って回さなくてはいけないことに気づいた。
 「やっぱりいい」。一度は断った。すると、体育の先生が佐久間さんの手をハンドル部分にベルトで固定し、握らなくても腕を動かすことでゆっくり前に進めるようにしてくれた。
 どうやったらできるのか。障害の有無にかかわらず、みんなで一緒に考えて助け合う。授業はそれを実践する場だった。「自分の可能性を自ら閉ざさない。できる方法を考えればいい」。そう思ったのは、このときだ。
 共同生活をする中で、人に助けを求めることも覚えた。血行が悪くなるから足を伸ばしたいと思っても、以前は「友達は介助者じゃないし、頼めない」と黙っていた。「でも、我慢していたら自分もつらいし、私が何を必要としているのか説明しないと、相手もわからない。相手の気持ちも考えつつ、丁寧にお願いするようになりました」
 帰国して1月に復職。4月から、社会福祉士になるために通信制の大学で勉強するつもりだ。ケースワーカーになって、自分のような中途障害者の手伝いをしたい。自分が働く姿が、元気をなくした福島の人たちも励ますことにもつながるかもしれない。そう思っている。
 オーレ・ルース校長は、学校の教育理念を語るキーワードとして「尊厳、連帯、自己決定」を挙げる。「この学校で学ぶということは、一つの共同体に参加するということ。障害者も等しく参加する権利のある共同体の中で、互いに敬意を払い、介助が必要な人がいれば援助する。他者と生活しながら自分を見つめ直すことで、自分はどんな人間か、どんな可能性があるのかもわかるのです」
◎話し合い徹底的
 57年の歴史をもつエグモント・ホイスコーレンは、1997年に日本人クラスを設け、福祉関係者ら約200人が留学してきた。日本人は、メーン科目でデンマークの福祉や社会を学ぶ。
 横浜市の小原広基さん(34)は、デイサービスのケアスタッフとして働いていた25歳のときから5年間、学生と教員アシスタントを経験した。現在は老人ホームを運営する会社で働く。
 校内のルールを決める時に、障害のある人もない人も、徹底的に話し合っていた姿を今も覚えている。「障害者も障害のない人も一緒にいる。それが当たり前であることが、あの学校の価値ある部分だった」と振り返る。
 日本もいつかそうなればな、と思う。それは、準備なしに障害者を障害のない人たちの社会に放り込むことではない。「障害のあるなしで区別せず、社会の一員として迎え入れ、彼らの活動を支援する。もっと言うと、障害者に限った話じゃない。障害者でも高齢者でも、誰でも、自分の人生を望むように過ごす機会と可能性が用意されるべきだと思う。それが、幸せということじゃないでしょうか」
 (沼田千賀子)
◇佐久間さんの1日の例
午前7時半 起床、身支度の介助
午前8時 朝食
午前8時半〜8時55分 朝会
午前9時〜10時半 英語
午前10時半〜11時 休憩
午前11時〜午後0時半 ガラス細工
午後0時半〜2時 昼食
午後2時〜3時半 ガラス細工
午後3時半〜9時ごろ 自由時間(友人と過ごす、授業の課題など)
午後9時〜 入浴などの介助、就寝


◇災害時 障害者支援手引き 福祉団体など 松山で意見会=愛媛
(2013.02.01 読売新聞大阪朝刊 愛媛2 26頁)
◎来月、連携や対応法まとめる 
 東日本大震災を踏まえて県が策定中のマニュアル「災害時障害者支援の手引き」について、福祉団体などから意見を聞く会合が、松山市本町の県視聴覚福祉センターで開かれた。
 県が3月をめどにまとめる手引きには、災害発生時の情報伝達の方法や避難所生活での配慮、支援者間の連携などに関するアドバイスを記載。重症心身障害者の避難時にはカテーテルやたん吸引器が必要などと、障害別の対応法も詳述する。
 会合には、県の福祉担当者らが出席。団体側からは、地震で名簿を失った場合の連絡法を尋ねる質問に加え、「マニュアルは利用されなければ意味がない」と、一層の啓発を県に求める声があがった。
 マニュアルは市町や福祉団体が参考にするという。


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