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東日本大震災 障害者関連報道 2012年10月

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災害と障害者・病者:東日本大震災

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新聞記事見出し

新聞記事本文
◇防災ハンドブック:最新、草津市が配布 原子力災害も想定 /滋賀
(2012.10.31 毎日新聞地方版/滋賀) 
 草津市は30日、原子力災害や避難行動をイラストで分かりやすくチャート化した「防災ハンドブック」を全戸配布した。これまで、防災マップを作成していたが、情報量が少なく、高齢者からは「地図が見にくい」などといった声もあり、最新の防災情報を盛り込んだ手引きを作成した。
 同市は、障害者や高齢者が周囲を気にすることなく避難できるよう、介護士がいたり、バリアフリーの施設などを「福祉避難所」として、通常の避難所と併せて掲載。また東日本大震災の教訓から、避難生活が長期化することも視野に、住民同士の協力を呼びかけたり、原子力災害時に備えたページなどもある。
 同市危機管理課は「実際に災害が発生した時をイメージしやすいように作成した。万が一の時のために熟読し、役立ててほしい」と話している。【前本麻有】


◇[津波に備える](3)要援護者 どう救う(連載)=青森
(2012.10.31 読売新聞東京朝刊 青森)
 おいらせ町の公民館で26日夜に開かれた津波対策の会合で、町から、地区全体が2メートル以上浸水することを示す津波浸水予測図を見せられた藤ヶ森地区の川口浩之さん(55)は言葉を失った。
 「車椅子のおやじを連れて逃げ切れるだろうか」
 この日、住民代表が集まった藤ヶ森、日ヶ久保、本町地区はこれまで町が津波による浸水を想定していなかった地域。新たに避難対象となる住民は約3600人に上り、町内会長らが特に気に掛けるのが、支援が必要な高齢者や障害者など地区に住む約360人の「要援護者」をどう救うかだ。
 第1波の到達時間(約50分)を考えると、誰が誰を支援するかを事前に明確化する必要があるが、対策を練る上で、災害時に避難誘導や救護を行う自主防災組織の発足の遅れがハードルになっている。
 町の要援護者名簿は、浸水区域だけで約650人を登録しているが、自主防災組織は町内会のある58地区で17団体(婦人消防クラブ含む)だけ。カバー率は全世帯の5割にとどまる。
 町は今年度中に全地区で自主防災組織の結成を目指す。津波では初動の遅れが命取りになりかねず、町職員や消防が短時間で全要援護者を回るのは物理的に困難だからだ。防災安全推進室の中野重男室長は「20メートル級の津波が来たら町だけでは防ぎきれない。地域の支え合いに頼らざるを得ない」と訴える。
 予測図で浸水区域が東日本大震災の4倍以上に広がる八戸市も危機感を強める。市は3777人が登録されている要援護者1人に最大2人の支援者を付けるなど支援態勢の構築を進めるが、市福祉政策課の長久保恵子課長は「あれだけ広範囲に浸水すれば健常者ですら避難は大変になる」と懸念する。
 津波被害の拡大予測で要援護者側にも不安が高まっている。同市沼館に住む全盲の田村政雄さん(65)は東日本大震災の際、隣に住む長男がたまたま家にいたため、車で避難できた。長男は普段働きに出ており、自宅に取り残された恐れもあった。「災害時に必ず助けが来るかはわからない」と痛感したという。
 群馬大の片田敏孝教授(災害社会工学)は、「緊急時に1人で要援護者を救うのは負担が重すぎるので、複数での支援態勢が必要だ。非常に厳しい問題だが、被害を最低限に抑えるためには、どの段階で支援者側の安全を優先させるのかも、ある程度想定しなければならない」と指摘する。
 
 〈自主防災組織〉
 町内会や校区単位などで防災活動に取り組む住民組織。災害時に警察や消防では対応しきれない要援護者の避難誘導などにあたる。災害対策基本法に基づき、設立を市町村に届け出し、市町村は設置を働きかけることを求められている。今年4月時点の県内の組織率は33・4%で全国平均の半分以下。
 
自治体の要援護者数と自主防災組織率

名簿上の災害時
の要援護者数 自主防災組
織率 (%)
八戸市 3777人 78.9
三沢市  79人 37.8
おいらせ町 1408人 50.9
階上町 調査中 100


◇災害時の受け入れ協定 高齢者ら 河内長野市、福祉施設と=大阪 読売新聞大阪朝刊
(2012.10.31 大阪2 30頁)
 東日本大震災や全国で多発する豪雨被害を受け、河内長野市は30日、災害時に高齢者や障害者を一時的に受け入れてもらうための協定を、市内19か所の福祉施設と結んだ。
 専門スタッフが常駐するバリアフリー化された施設で、安全な避難生活を送ってもらうのが目的。対象は通常の避難所生活が難しい高齢者や障害者で、災害時に市が、受け入れ可能な施設を探し、約1週間の入所を依頼する。市の呼びかけに高齢者福祉施設16か所、障害者福祉施設3か所が賛同した。
 市役所で行われた調印式では、芝田啓治市長が「災害に強い市をつくるのが急務で、協定を実のあるものにしたい」とあいさつし、各代表者と協定書を交わした。
 老人保健施設「てらもと総合福祉センター」の西尾正一施設長は「災害時にきちんと対応できるよう職員の意識を高め、市やほかの施設との連携を取っていきたい」と話していた。


◇災害時要援護者の名簿、同意なしで提供、横浜市、自治会に。
(2012/10/30 日本経済新聞 地方経済面 神奈川)
 横浜市は将来の災害に備え、高齢者や障害者ら自力での避難が難しい要援護者の名簿を、本人の同意がなくても地域の自治会などに提供する方針を決めた。自治会などが地域に住む災害弱者の情報を把握しやすいようにし、防災・減災で支え合う体制をつくる狙いだ。県内自治体では初めての試みで、市震災対策条例改正案を来年2月の市議会に提出する方針だ。
 検討している対象者は要介護3以上の人や障害者ら約13万人の市民。市は現在、区役所が持つ要援護者の名簿について、本人が希望するか、同意した場合に自治会や町内会などに提供している。しかし、「名簿提供の同意を求めても返信がない場合が多い」(福祉保健課)課題があった。
 条例改正後は区が要援護者に名簿提供を事前に通知し、郵送などを通じ拒否の意思表示がなければ区と協定を結んだ自治会や町内会などに氏名、住所、年齢、性別が記載された名簿を提供する。名簿は住民同士の交流や防災訓練などに活用してもらい、災害時に近隣住民で助け合う仕組みを構築したい考えだ。


◇にいがた人模様:柏崎で地元防災組織、北条地区コミュニティ振興協議会長・江尻東磨さん /新潟
(2012.10.28 毎日新聞地方版/新潟) 
 ◇「ありがとう」励みに−−江尻東磨さん(71)
 04年10月の中越地震で、柏崎市北条地区約1100戸のうち、全壊9棟を含め379棟が損壊した。道路は寸断され電話は不通。地区では当時、携帯電話は通じにくく、互いに誰が困っているか分からなかった。屋根が壊れて雨漏りし、ぬれた布団で2晩寝たというお年寄りは、被災3日目にようやく、雨よけのブルーシートを求めて地区コミュニティー(町会をまとめる自治組織)の事務所を訪れた。
 「最初の2日は市も情勢をつかめず支援の手が回らない。地域でしのぐ体制が必要だと分かった」。北条地区コミュニティ振興協議会長の江尻さんは、災害時に傘下の21町会が被害を把握し、コミュニティーに報告して助け合う体制を作り始めた。
 まず高齢者や障害者など、災害時の要援護者名簿を作った。当初は各町会から計31人の名が挙がった。だが地区の高齢化率は約37%で、全国平均より10ポイント以上も高い。「31人のはずがない。聞くと、プライバシーの問題で名が出せないという。命は大切、と訴えた」。理解を得られ、名簿は95人に増えた。避難訓練には障害者らも招き、車いすの通りにくい場所などを把握してきた。
 子どもの避難も問題だった。「小中学校は親が迎えを、と言うが親の仕事場は遠くてすぐ戻れない」。各町会長に連れ帰ってもらうことに決め、09年に学校の同意を得た。子どもたちには、地域のイベントで町会長を紹介し、顔を覚えてもらった。
 連絡用の無線も整備した。コミュニティーの事務所や各町会の集会所などに計52台置き、毎月、連絡の訓練を続けている。設置費4200万円は県の補助を得た。中越沖地震では無線の効果で地区の被害が2時間で把握できた。
 防災組織作りの講演に全国から招かれる。仙台や高松など訪問先は40カ所を超えた。「1万人いた地区住民が今は3300人弱。過疎化と高齢化の中で困った人をどう助けるかと思ってやってきた」。時々「ありがとう」と言われるのが励みという。【高木昭午】


◇[ズーム]要援護者名簿 共有進まず 県、震災受け把握急ぐ=大分
(2012.10.28 読売新聞西部朝刊 大分)
 ◇ZOOM
 ◎障害者や高齢者 自治体、個人情報提供に慎重 
 東日本大震災を受け、県は、障害者や高齢者ら自力避難が困難な「災害時要援護者」の把握を進めている。本人の同意を得ずに民生委員や社会福祉協議会などと共有する「関係機関共有方式」の採用を全18市町村に呼びかけているが、自治体側は、個人情報を提供することに慎重な姿勢を見せている。
 佐伯市内のアパートで独り暮らしをする吉田真知子さん(50)。脳性まひなどで、ヘルパーの介助なしでは食事や排せつ、電動車いすの乗り降りができない。
 同市は、同意をもとに要援護者をリストアップして台帳(名簿)を整備。吉田さんも登録しており、「災害のときは一人では逃げられない。助けてくれる人がいると心強い」と話す。
 ただ、吉田さんの訪問介護を担当するNPO法人「虹の翼」の田中努理事長は「精神や知的障害者の家族には、他人に知られたくないと思っている人が多い。同意なしでの個人情報の提供は理解が得られないのでは」と懸念を示す。
    ◇
 名簿の対象者や個人情報の集め方は、各市町村に任されている。共有方式のほか、「同意方式」と、希望した人の情報を集める「手上げ方式」がある。
 共有方式では、個人情報保護条例に定められた「審査会」や「審議会」を開く必要がある。同意なしでの関係機関への情報提供が、条例の例外規定に該当するかを諮るためだ。
 県内では、すでに宇佐や中津、国東の3市が審査会を開いている。
 宇佐市の審査会は2007年、共有方式を認める答申を出したが「できる限り同意を得るなどの配慮を要望する」との意見を付けた。
 このため市は、対象者の名前や住所、障害の程度といった最低限の情報を、日頃から要援護者と接している民生委員に提供。同意が取れた人を社協や消防といった関係機関と共有しており、事実上の同意方式にとどまっている。
     ◇
 内閣府は共有方式について「個人情報保護法に抵触しない」との見解を示している。震災や九州北部豪雨もあり、県は全ての要援護者の把握を急ぎたい意向だ。
 しかし、読売新聞の取材に対し、18市町村のうち、3市や検討中を除き、竹田、津久見、九重など5市町が「共有方式は困難」などと否定的な見解を示している。
 大分市の担当者は「プライバシーの問題は慎重に対応する必要がある」と不安を隠せない。要援護者に8月、名簿の整備を進めることを伝える文書を送付したところ、障害者や家族から「個人情報なので外部に出すべきではない」といった意見が相次いだという。
 手上げ方式の別府市の担当者は「手続きが正しくても、同意を得ないと、市民の納得を得られないのでは」と疑問視する。
 大分大の山崎栄一准教授(災害法制)は「要援護者の情報は関係機関で共有しないと災害時に役に立たない。共有方式は先進的だが、福祉の専門知識のある人が本人に趣旨を説明するなどして最低限の同意が必要ではないか」と話している。(小野悠紀)


◇マンホールがトイレに 災害時 福井・順化小で完成披露=福井
(2012.10.27 読売新聞大阪朝刊 福井2)
 福井市が市順化小学校で試験導入した災害時用のマンホールトイレが完成し、自治会やPTAの役員ら住民の代表約20人にお披露目された。
 このトイレでは、専用のマンホールに組み立て式の簡易便器を設置し、周囲をテントで覆う。下水に排せつ物を直接流せるのが利点で、貯留式の簡易トイレに比べて長期間使用できるほか、便器やテントもコンパクトに収納できる。
 東日本大震災で注目されたため、市が8月から、約390万円かけて専用のマンホールを掘削し、下水管を埋設。和式と洋式のほか、車いすのまま入れるよう大型テントを備えた障害者向けの3タイプが完成した。
 組み立てにかかる時間は10?20分程度で、市危機管理室は「見学した住民の意見を踏まえ、ほかの地域でも導入することを検討したい」としている。


◇障害者や高齢者守れる避難所に 設備・態勢 不安解消図る=大阪
(2012.10.26 読売新聞大阪朝刊 市内)
 地震などの災害時に障害者や高齢者らが避難生活を送る「福祉避難所」に指定された大阪市城東区の障害者施設で26、27両日、障害者や介助スタッフらが泊まり込みで参加する避難訓練が行われる。同避難所の指定は東日本大震災以降、各地で広がりを見せる一方、災害時にどこまで機能できるかという不安もある。参加者は「訓練を通して問題点を探り、災害弱者の命を守る避難所にしたい」としている。(増田尚浩)
 ◎城東で災害時訓練 きょう・あす 
 訓練をするのは、同区の障害者団体などでつくるNPO法人「地域自立支援推進協議会JOTO」と、同区役所。NPOは昨年、小学校で泊まり込みの避難訓練をするなどの実績があり、今年3月、区役所と避難所運営の協定を結んだ。NPO加盟の団体が運営する作業所や居宅介護事業所など26施設が避難所に指定された。
 NPOは、比較的規模の大きい5施設を拠点事業所に設定。行政からの物資の配布や情報伝達を集約、そこから他の施設に伝える仕組みを決めた。区保健福祉課の大熊章夫課長は「災害時、規模の小さな施設が単独では機能しにくい。連携は有効な方法」とする。
 不安もある。26施設のうち入所施設は1か所しかなく、他の25施設は障害者らが泊まることを想定していない。多目的ホールなどのスペースで各10?200人を収容する計画だが、手足を伸ばしにくい身体障害者が硬い床で眠れなかったり、日頃とは違う状況での共同生活に知的、精神障害者らが体調を崩したりする恐れがあるという。介助にあたる職員も、災害時には被災者となるため、すぐに集まれるかわからない。
 昨年の訓練に続いて今回も参加予定の同区の全盲女性(61)は「いつも使っている施設ではないので、トイレなどへの移動をできるか心配。点字での表示や、声を掛けるなど、情報がきちんと伝わるようにしてほしい」と訴える。
 訓練では、約100人が26日夕に作業所「わかまつ園」に集まり、就寝場所の準備や非常食の調理などに取り組む。翌朝、参加者らで課題や改善方法を話し合う。松村秀明・NPO理事は「あらかじめ障害者のニーズを把握し、災害時にきめ細かい対応をできるようにしたい。障害者も福祉避難所を体験することで災害への心構えができる」と話している。
 ◎耐震化など条件 指定数に地域差 
 福祉避難所は、一般の避難所では生活に支障が生じる高齢者や障害者らを受け入れる。災害救助法に基づき、公費で運営。1995年の阪神大震災以降、国が設置を推奨し、2008年に指針を策定した。しかし、設備の耐震化やバリアフリー、支援が必要な10人に介助員1人を確保するなどの条件を満たすのが難しいこともあって指定が進まず、東日本大震災で不足した。
 大阪市内では昨年10月、初めて福祉避難所が指定され、今年8月末時点で計99か所に増えた。ただ、指定は全24区のうち16区で、地域差がある。市危機管理室は「各施設に協力を求め、指定していきたい」としている。また、学校など一般の避難所の一部を「福祉避難室」として活用することも検討している。
 

★◇九州北部豪雨:被害の3市、避難手段と担い手の多様化を強く主張 /大分
(2012.10.26 毎日新聞地方版/大分) 
 高齢者や障害者ら要援護者が災害で避難する際の課題を共有しようと、県地域福祉推進室や県内18市町村の防災、民生担当職員ら約60人の検討会議が大分市内であった。7月豪雨で被災した中津、日田、竹田市は避難手段と担い手の多様化を強く訴えた。
 中津市は「普段からの見守りが大事。支援する民生委員や自治委員も被災しかねず、二重三重の避難支援計画を」、日田市は「複数の支援者を決め、避難方法や経路を個別に決めるべきだ」と提言。竹田市は「民生委員が一人で何人もの援護者になっていたが、複数の要援護者の避難誘導は難しい」などと問題点を挙げた。


◇泊原発:防災強化へ第一歩、初の広域訓練 「実際の事故と違う」 改善を求める参加者も /北海道
(2012.10.25 毎日新聞地方版/北海道) 
 24日に初めて実施された北海道電力泊原発(泊村)の30キロ圏内から圏外への広域避難訓練。東京電力福島第1原発事故を踏まえ、住民1671人が実際に圏外に移動、4264人も屋内退避をするなど過去に例のない規模、内容となった。しかし、移動手段など全てが準備された中での訓練に、参加者からは「実際の事故で対応できるのか」と懸念の声も上がった。【円谷美晶、山下智恵、大場あい】
 ◇もし夜間なら…
 赤井川村のキロロリゾートには、午前10時20分過ぎから余市町などから避難してきた600人以上が到着。白い防護服を着た放射線技師や自衛隊員が放射性物質付着の有無を調べるスクリーニング検査を実施した。
 仁木町の障害者支援施設「銀山学園」の入所者16人は、職員に付き添われて参加。足の不自由な4人は陸自ヘリに乗って移動し、屋外テントでスクリーニングを受けた。同施設職員の今和之さん(37)は「今日は移動に問題はなかったが、もし事故が夜間に起きたら入所者の転倒が心配」と話した。
 避難所となったホテルは、参加者全員分の昼食を前日からの仕込みなしで調理するなど、実際の事故を想定。グランドパーク小樽(小樽市)の担当者は「交通が遮断されたら宿泊客の方の対応と並行して作業しなければならない。訓練を重ねたい」と話した。
 ◇切迫感なく
 訓練はほぼ予定通りに進んだが、福島の事故後の状況を報道で知る住民には、切迫感のなさに不満も残った。
 バスでキロロに移動した仁木町の無職、佐々木晃さん(78)は「今日は道や町から言われるままに動けば良かったが、実際は自分で判断しなければならない。事故が起きたらこんなに落ち着いて行動できない」と話す。
 長女(3)と訓練に参加した泊村の主婦(37)は「集合場所にバスが用意してあったが、実際の事故ではあり得ない。道路の寸断や津波で港が使えないなどさまざまな想定を重ねてほしい」と求めた。
 要介護者役で古平町からヘリで輸送された高齢者施設職員、二瓶広子さん(40)は「入所者300人が一斉に避難するのは難しい。ヘリに乗ったら認知症患者はパニックになる」と指摘する。
 ◇車の利用検討
 原発事故では避難生活の長期化が予想されるため、道は避難手段として自家用車利用も認める方向だが、訓練は行わなかった。また、陸路で避難できない孤立集落の住民を乗せる予定だった遊漁船は荒天で出港できなかったが、訓練時間との兼ね合いで、住民の避難をやめ、屋内退避に切り替えた。過酷事故の際に求められる対応とは程遠い内容となった。
 道の佐藤嘉大・原子力安全対策担当局長は「より現実に即した訓練が必要だが、今回は13町村による初めての取り組み。原子力災害に対する住民の意識や知識の醸成が必要だ」とし、今回が防災強化の第一歩であると強調。来年度以降は自家用車による避難なども検討するほか、歩行困難な住民など要援護者の把握、対策を早急に講じる方針だ。
 ◇泊原発では電源喪失 総合訓練、作業員被ばくも想定
 北海道電力泊原発(泊村)では、電源の喪失や作業員の被ばくなどを想定した総合訓練を実施した。
 東日本大震災以降5回目。地震の揺れで送電線が損壊するなど外部電源が失われた上、各原子炉の非常用ディーゼル発電機や冷却水用ポンプが故障したと想定。震災後に配備された非常用発電機車を使って、海抜31メートルの高台から冷却用電力を送電する手順を確認した。炉心や使用済み燃料ピットの冷却のため、ポンプ車で非常用貯水槽からの送水作業も実施した。
 また、泊3号機で被ばく事故が発生したとの想定で、応急処置をする初期被ばく医療機関の岩内協会病院(岩内町)や、より専門的な処置をする2次医療機関の札幌医科大病院(札幌市)に救急搬送した。【吉井理記】


◇災害時福祉避難所:多久市が新たに4施設を認定 要介護避難者受け入れ /佐賀
(2012.10.25 毎日新聞地方版/佐賀) 
 多久市は22日、災害発生時に要介護避難者を受け入れる「災害時福祉避難所」に、天寿荘▽ケアハイツやすらぎ▽ケアハウス大地▽けいこう園――の4施設を認定した。同市の福祉避難所は計5カ所になった。
 地震や水害、豪雨などが発生した際に、高齢者や障害者、妊婦ら介護が必要な人たちの避難所となる。
 22日の認定式では、横尾俊彦市長が「福祉に錬磨する皆さんの力を借り、連携しながら減災につなげていきたい」とあいさつした。
 式後、ケアハウス大地の西山はるの施設長は「災害時に介護が必要な人たちの役に立てれば」と話した。


◇県、避難先確保を最優先 島根原発、放射性物質拡散予測 /島根県
(2012年10月25日 朝日新聞朝刊 島根・1地方)
 原子力規制委員会が24日公表した放射性物質の拡散予測は、島根原発(松江市)についても示された。1週間の積算被曝(ひばく)線量が、国際的な避難基準となる100ミリシーベルトに達すると想定される場所は、原発事故の新たな防災重点区域となる30キロ圏内に収まった。県は住民の避難先の確保を最優先に、30キロ圏での防災対策を進めているが課題は山積している。

 拡散予測では、被曝線量が最も大きくなる方向は島根原発から南東で、安来市内の24・2キロの地点でも避難の基準値を超えることがある。次いで東南東。23・8キロ離れた中海でも大きな影響を受けることがある。
 原子力規制庁原子力防災課によると、建設中の3号機も含め1〜3号機の放出量を想定。敷地内の1年間の気象データから計算し、原発付近の局所的な風向きを反映した結果という。
 山地などの地形も考慮しておらず、気象条件によって別の拡散パターンや、30キロを超えて広がることが考えられるとしている。
 全域の避難計画を検討している松江市の松浦正敬市長は「どのように地域防災計画の参考とすればよいか不明。詳細な説明が必要だ」、溝口善兵衛知事は「試算の位置づけや前提条件、設定など国に確認する必要がある。県内の30キロ圏4市や鳥取県と共に詳細な説明を求めたい」との談話を、それぞれ発表した。
 また原子炉増設時の事前了解などの権限がある松江市並みの安全協定の締結を、中電に共同で求めている30キロ圏の出雲、安来、雲南市は冷静に受け止めた。
 安来市の松本城太郎・統括危機管理監は「風向によっては、市が影響を受けることは想定していた」、出雲市の森山靖夫・防災安全管理監は「気象条件によっては、市内は影響を受ける」とした。雲南市の斉藤雅孝・統括危機管理監は「今回の予測で、市民が影響はないと安心しては困る」との考えも示した。

 ◎物資補給や渋滞が課題
 島根原発の事故を想定して、県が30キロ圏で策定を進める広域避難計画は、県境をまたいだ住民避難先の具体的な振り分け作業が詰めの段階にある。今月、事故時の対応や避難についてまとめた学校や福祉施設への素案も公表し、病院向けの指針も策定中だ。
 島根、鳥取県のまとめでは、30キロ圏の6市(島根=松江、安来、出雲、雲南。鳥取=米子、境港)に計約46万1千人が暮らす。島根側の30キロ圏は松江市全域を含む4市の約39万6千人だが、県内に避難可能なのは最大16万人にとどまる。
 昨年5月、両県と6市(当時は合併前の8市町)で連絡会議を作り、全国に先駆けて広域避難を想定した検討を始めた。直後の中国5県知事会議で、広島、岡山、山口県とも協力し合うことで合意した。
 以来、島根県は3県で説明し、今年7月からは県内4市も加わって、避難先の候補とした県内と鳥取、広島、岡山の71市町村と調整を重ねている。国の方針が具体的に示されない中の作業で、「避難所の要員や物資について聞かれても『国の支援があるはず』としか言えないのがつらかった」(島根県担当者)。
 県は近く暫定避難計画を公表する予定で、公民館などの地域単位ごとの避難先を示す。入院患者の受け入れには、山口県にも協力してもらうという。ただ行き先が決まっても、避難手段など課題は山積みだ。県は今年度中に、自家用車とバスの避難を想定した渋滞や所要時間の試算を予定している。福祉施設向けの指針案では、福島第一原発事故を教訓に、搬送手段や避難先の準備が整ってから高齢者や障害者らを避難させるよう求めた。原子力安全対策課の若槻真二・避難対策室長は「災害時要援護者の避難手段や避難先でのケアは、自治体だけでは無理」と国の体系的な支援を訴えている。(斉藤智子)


◇避難計画完成急務 島根原発、放射性物質拡散予測 30キロ圏内に境港・米子/鳥取県
(2012年10月25日 朝日新聞朝刊 鳥取全県・1地方)
 原子力規制委員会が24日、公表した放射性物質の拡散予測は島根原発(松江市)についても示されたが、避難を判断する基準値となる1週間で100ミリシーベルトの積算被曝(ひばく)線量が想定される地点は、新たに防災重点区域になる30キロ圏内に収まった。同圏内には境港市、米子市の一部の計約6万5千人が住んでおり、県や関係自治体は、原発事故に備えた住民避難計画作りを急いでいる。

 拡散予測によると、島根原発で事故が起きた場合、国際原子力機関(IAEA)の避難基準にあたる、7日間で100ミリシーベルトの積算被曝線量になると想定される地点は、原発から南東方向24・2キロの島根県安来市にまで達した。
 予測は、建設中の3号機も含め1〜3号機の3基の出力に対応した放出量を仮定した。鳥取県方向の東、東南東では、原発から東8・9キロ、東南東23・8キロでも避難基準に達したが、いずれも県内に届かなかった。しかし、予測は原発敷地内の気象データに基づくもので、地形や各地域ごとの風向、風速などを考慮しておらず、事故の規模などによっても拡散の範囲は変わる。原子力規制庁原子力防災課も「あくまでも予測は拡散傾向を示した目安」としている。
 県にはまだ正式な説明がないが、県原子力安全対策室の水中進一室長は「30キロ圏内に収まったことで、防災の重点区域を30キロ圏内で作る妥当性が示されたとも言える」と受け止める。一方、「地形条件を考慮していないなど、データをどう解釈すればいいかわからない点もある。どう地域防災計画作りに使うのかも、規制委の説明を求めたい」と話した。

 ◎要援護者対策など課題 県の計画
 県は、島根原発の事故を想定し、原発から半径30キロ圏に入る境港市と米子市の住民を対象にした避難計画を作成を進めており、9月県議会に概要を報告した。
 計画では、原発事故や津波など複合災害で弓ケ浜半島を通る国道431号が使用できない状況を想定した。同圏内の境港、米子両市計約6万5千人のほか、島根県側の松江市、安来市の一部の避難者も含め、計約8万人を鳥取県内の30キロ圏外へ避難させる。境港市、米子市の避難先は、鳥取市、倉吉市、岩美町、八頭町、東伯郡。島根県側の約1万5千人は、西伯郡、日野郡、若桜町、智頭町での受け入れも準備している。米子、境港両市の避難分については自治会単位のマッチングもほぼ終わった。
 福島第一原発の事故では自家用車で避難する人も多かったことから、移動手段として自家用車を基本としたほか、避難経路は国道9号、米子自動車道、中国自動車道の3主要道路を通る経路を指定。避難途中の道路沿いには放射性物質による汚染状況を調べる「スクリーニング」会場を設けることなども盛り込んだ。
 一方、自家用車以外の避難手段の確保や、少なくとも約3300人に上る高齢者や障害者、入院患者ら30キロ圏内の災害時要援護者の対策など課題も山積する。水中室長は「来年3月までに策定が義務づけられる地域防災計画と並行して作る大事な計画。残された時間は少ないが、両市や島根県と連携して万一の原発事故に対応できる実効性のある計画の完成を急ぎたい」と話す。(佐藤常敬)


◇荒天の海、避難に課題 泊原発30キロ圏の全13町村住民、初の防災訓練 /北海道
(2012年10月25日 朝日新聞朝刊 北海道総合)
 北海道電力泊原発(泊村)の重大事故を想定し、防災対策の重点区域になる半径30キロ圏内の全13町村と道が24日、住民約1700人が30キロ圏外へ避難する原子力防災訓練を実施した。船による海上輸送訓練が一部中止になるなど、悪天候時の対応に課題も残った。また、この日は原子力規制委員会が放射性物質の拡散予測を公表したが、今回の訓練には反映できなかった。

 政府が防災対策の重点区域を8〜10キロ圏内から30キロ圏内に広げることを受け、道内で初めて実施された原子力防災訓練だ。道によると、30キロ圏内の全自治体の住民が避難する訓練は全国で初めてという。
 「後志地方内陸部で地震が起き、泊原発1〜3号機が冷却機能を失い、放射性物質が外部に放出される恐れが出た」との想定だ。
 参加した住民は、自宅や学校での屋内退避も含めて5935人。そのうち、実際に30キロ圏外へ避難したのは1671人で、原子力防災訓練としては全国最大規模だ。小樽市と留寿都村、赤井川村の3ホテルを含む6カ所へ避難した。
 陸上自衛隊などのヘリコプター9機や民間バス約50台を動員。道内で初めて鉄道と船も使った。泊村の住民約20人をJR函館線小沢駅(共和町)から小樽駅まで輸送。道路の寸断や渋滞緩和を念頭に、積丹町や共和町の一部住民を自衛隊や海上保安庁の船で運んだ。
 今回は自家用車を使った避難はなかった。ただ、13町村の人口は約8万3千人にのぼり、道原子力安全対策課は「実際の避難時には全住民分のバスを確保するのは難しい」とみる。
 このため、道は見直しを進める原子力防災計画の中で、マイカー避難を認める方針。道の佐藤嘉大・原子力安全対策担当局長は訓練後、「マイカー避難も採り入れ、どれだけ渋滞が起きるか訓練で検証することも必要だろう」と話した。
 原子力規制委員会がこの日公表した放射性物質の拡散予測では、泊原発で福島第一原発事故クラスの事故が起きた場合、1週間の被曝(ひばく)線量が100ミリシーベルトに達する地点は30キロ圏内におさまった。
 最も遠かったのは南東方向の19・9キロで、地元4町村以外の自治体で唯一、倶知安町が含まれた。この方角の先にある後志総合振興局は重大事故時、オフサイトセンター(現地対策拠点)になる可能性があり、影響を受ける恐れもある。
 今回の訓練は公表前から計画されており、予測内容は盛り込んでいない。佐藤局長は「30キロ圏内を防災対策の重点区域とする方針に変わりはない。今後も、13町村を対象にした避難訓練を重ねていく」と述べた。
 一方、倶知安町の防災担当者は「原子力規制委員会から突然、町の名前が出され、困惑している。意味合いもよく分からず、今後、状況把握につとめたい」と話した。(諸星晃一)

 ◎トイレに行列、児童到着遅れる 障害者施設、全員避難に不安
 3カ所で起きた土砂崩れで道路が寸断し、町内全11集落のうち8集落が孤立……。積丹半島の先端に位置する積丹町では、こんな想定で孤立集落の避難に主眼を置いた。町北部の住民4人は、遊漁船で寸断した陸路を迂回(うかい)し、ヘリで小樽市へ向かうはずだった。ところが、悪天候で波が高く、漁船が使えなかった。
 結局、想定で通行できないはずの陸路を使い、バスで小樽へ。参加した自治会長の井端順司さん(59)は「1時間半バスに乗っただけ。せめてヘリ訓練に参加したかった」と不満げだ。
 別の集落の住民33人は、古平港から海上保安庁の巡視船に乗り込み、約1時間半で小樽港へ移動するはずだった。やはり波が高く、船酔いの恐れのある半数の人はバスに切り替えた。
 ヘリを使った避難は順調だった。町北部の11人は2機に分乗し、十数分で小樽市内に着いた。ただ、参加した鳴海君子さん(54)は「本当の事故で、海が荒れて船が使えない時、孤立住民が全員ヘリに乗れるのか不安」と話した。
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 「訓練です。訓練です。原子力発電所の事故が起きました。帽子やマスクをつけて、体育館に避難してください」
 今回の訓練で唯一、全校児童が30キロ圏外へ避難した余市町立黒川小学校。午前9時45分、校内放送で避難指示が出ると、少し緊張した面持ちの児童たちが教員に従って列を組んだ。
 バスの到着を待って、教職員も含めた394人が9台に乗車。「マスクだけはしっかりして。先生以外は窓の開け閉めをしないように」と、注意がとんだ。
 避難指示から1時間後に出発したが、途中のトイレ休憩では全児童の3分の1ほどが行列をつくり、避難先となる赤井川村のキロロリゾートへの到着は想定より約20分遅れた。
 巻敏弘校長は「今回想定した風はあおいだ程度で、海沿いの余市はもっと強く吹く。これでは間に合わない。すぐに全児童分のバスが来るとも思えない。避難には限界があり、原発が安全かどうかが一番大切なのではないか」と漏らした。
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 岩内町の障害者支援施設「岩内あけぼの学園」は、約9キロ先の泊原発を見下ろす高台にある。運営するあけぼの福祉会は、災害時に障害者を相互に受け入れる協定を道内二つの社会福祉法人と締結。原発事故への備えを進めており、今回も訓練参加を名乗り出た。
 防災無線が避難指示を伝えると、利用者や職員ら計22人が慌ただしくマイクロバスなど2台に分乗。約1時間40分かけ、避難先の留寿都村のルスツリゾートに到着し、数人は放射性物質の付着を調べるスクリーニング検査も体験した。
 訓練は計画通りだった。ただ、実際に事故が起きれば、利用者や職員ら約130人で逃げなくてはならない。介助が必要で、指示を理解するのが難しい利用者も少なくない。あけぼの福祉会の小林悟事務局長はこう感想を述べた。「全員だとスムーズにはいかないだろう。訓練で使った避難路の道道は冬期間通行止めで、冬場はどのルートで逃げたらいいのか」(武沢昌英、松本麻美、滝沢隆史)

 ◎泊原発で140人、被曝想定訓練 防護服で除染、ヘリ搬送
 泊原発では北電社員ら約140人が、被曝(ひばく)者の搬送や喪失した電源を回復させる訓練をした。
 職員ら3人が被曝(ひばく)したとの想定で、救急車で到着した防護服姿の救急隊員らが汚染を広げないよう応急除染し、救急車内もビニールなどで覆った。到着から約15分後に「重症」の男性1人を搬出し、ヘリコプターで重症者の治療を担う札幌市の札幌医科大に運んだ。
 また、標高31メートルの高台にある軽油を使う移動発電機車とケーブルをつなぎ、電力を確保。同じ高台にある給水タンクから、昨年11月に配備したポンプ車を使って3号機内に給水を始めた。冷却し、燃料が損傷するのを防ぐためだ。
 標高10メートル付近には別のタンクがあり、9月には海水を送水する取水ポンプ車を導入した。北電担当者は「送水のツールを多様化し、あらゆる場合に対応したい。電源喪失から10時間以内に給水できれば、福島第一原発事故のようなことにはならない」と話す。(小林直子)



◇減災、国境越えて 「人と防災未来センター」10年記念、国際減災フォーラム【大阪】
(2012年10月25日 朝日新聞朝刊 大特集F)
 「人と防災未来センター」の開設10年を記念する国際減災フォーラム(同センターなどがつくる実行委員会主催、朝日新聞社など後援)が11日、神戸市で開かれた。インド、中国、インドネシアで災害対応にあたった研究者や政府・自治体関係者、国連の防災専門家らが参加。過去の災害で明らかになった課題や減災のために国際社会がどう連携すべきかを話し合った。

 ◎基調講演――国際的な取り組み 開発、災害復旧を見据えて 国連事務総長特別代表(防災担当)、マルガレータ・ワルストロムさん
 2004年のインドネシアのスマトラ沖地震を皮切りに、次から次に大災害が起き、東日本大震災が起きた。想定外の災害でも、災害のトレンドを把握し、想像力を働かせないといけない。過去40年間、災害による死亡者数の75%がアジア太平洋地域に集中している。地理的要因に加え、経済開発も理由となっている。経済的損失も含め、開発に伴うリスクを制御しないといけない。
 インドネシアは予算の一部を防災・減災に充てている。多くの政府でも取り組んでいるが、防災・減災にどれだけ投資したかを、政府が認識することが重要だ。
 災害が起きてシステムや構造物をゼロからやり直そうとすると予算が足りない。復旧・復興を織り込んだ持続可能な開発にしないといけない。
 15年に開かれる国連防災世界会議のテーマは、災害に強い安全な都市の開発だ。実践的に減災に取り組む自治体を政府が支援することが大切。13日の国際防災の日に提唱されることになる、女性の力を復興にどう生かすかという視点も重要だ。
 災害による被害を今後減らしていくため、科学者の支援も受けながら、想像力を持って減災活動に取り組んでいく必要がある。
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 08年11月に国連事務総長特別代表(防災担当)に就任。インド洋津波では、人道支援に関する事務総長特別調整官を務めた。

 ◎講演――国際緊急支援の課題 連携、日本が先導役に 国連人道問題調整事務所アジア太平洋地域事務所長、オリバー・レイシー・ホールさん
 国連人道問題調整事務所(OCHA)では現在、職員約2千人が45カ国で自然災害、紛争、飢餓などに直面した人々への人道援助をしている。主な役割は政府や赤十字などと協力し、支援の調整や被災地の情報収集・発信など。2001年に神戸に事務所を開いた。
 近年、人道危機の数や規模が拡大している。自然災害は20年前の年間約200から倍増。特にアジア太平洋地域には昨年、全世界の被災者の86%が集中した。昨年のタイ洪水では首都も浸水し、水資源管理などが課題となった。アジアでは都市部の人口が増え、支援のあり方も変化している。
 東日本大震災では、世界中から日本への支援の申し出があった。OCHAは東京を拠点に、世界への情報発信、国際支援の受け入れの調整を行った。
 この震災の教訓は、「備え」の大切さだ。現在、政府機関も含めて、支援のどういう仕組みが機能したかを検証している。昨年6月に仙台で、「地震や津波のリスクにもっと関心を持っておけばよかった」という声を聞いた。備えは、命を救う。OCHAでは、災害対応担当者用の手引の作成を進めている。
 アジア太平洋地域における人道支援では、調整メカニズムの強化、軍・民間企業との連携などが課題だ。これまで日本は支援の提供側だったが、今回の震災では受け手にもなった。両方の視点を持つ日本は、災害への対応や備えにおいて世界のリーダーなのだ。この分野で国際協力を先導することに期待している。
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 国連人道問題調整事務所(OCHA)アジア太平洋地域事務所長。インド洋津波をはじめ中国やイラクなどで人道支援活動に従事。

 ◎ディスカッション――被災地から ルールと人材、育てろ インド/市と国、分担が必要 インドネシア/防災基金、民間力で 宮城/海外医師、規制緩めて 中国/阪神大震災参考に
 河田恵昭・人と防災未来センター長(ファシリテーター) 東日本大震災では、国際支援の受け入れ調整や、事前の災害時の要援護者対策が不十分だった。先行的に減災に取り組むために、皆さんのお知恵を借りたい。
 ベンカタチャラム・ティラプガ・グジャラート州防災局特別CEO(インド) 2001年のグジャラート地震では世界中から支援が寄せられたが、すべての受け入れを政府が決定するため、時間がかかった。災害前の備えのための資金供給があれば、もっと多くの人を救える。
 H・サルウィディ・国家防災庁顧問(インドネシア) 04年のアチェ大津波をはじめ、インドネシアでは災害が相次いでいる。当時は災害に対応する担当部局や法律がなく、調整するのが難しかった。08年に国家防災庁、国際支援を受け入れるための法律を整備した。
 顧林生・四川大―香港理工大災害復興管理学院院長補佐(中国) 08年の四川大地震では約8万7千人が死亡・行方不明になり、約7400校が損壊した。中国は海外の緊急援助隊を初めて受け入れた。日本の災害復旧政策の手引や阪神・淡路大震災のリポートは非常に参考になり、翻訳して被災地へ送った。震災後、中国は防災教育を進めており、私の大学でも人材育成をしている。
 佐藤勇・宮城県栗原市長 栗原市は、南三陸町でのイスラエル医療チームの受け入れを支援した。日本の医師免許を持たない外国チームが医療行為を行う前例はほとんどなく、(1)物資や車両などの自己調達(2)現地医師の指示に従う(3)現地医師が必要と判断した検査行為のみする、を条件とした。海外支援の受け入れ調整をする公的機関、海外チームが緊急対応できる規制緩和などの現実的措置が必要だ。
 河田 災害対応の教訓は?
 ティラプガ 災害前の減災が大切だ。災害時に市、州、国がどう動くか明確な取り決めが必要だ。
 石渡幹夫・世界銀行上席防災管理官 世界銀行では災害時に事前準備した資金から援助する仕組みがある。
 サルウィディ 防災基金では、速やかな対応が可能な民間の参画も必要。
 河田 四川大地震では1万人近い子どもが亡くなった。
 顧 地震後に初めて、心のケアに取り組んだ。神戸、JICAなどから専門家を受け入れ、国の復興計画にも盛り込んだ。
 河田 災害弱者の対策はどうあるべきか。
 原ひろ子・女性と健康ネットワーク副代表 女性、障害者、高齢者を弱者扱いせず、防災計画の策定に参加してもらうべきだ。
 堂本暁子・前千葉県知事 08年時点では、避難所の備蓄品の準備に女性の意見を聞いた都道府県はなかった。災害前にニーズを吸い上げる方法を、地方自治体や国は決めてほしい。
 河田 どんな支援が求められるか。
 ティラプガ インドでは貧困層が多く、耐震住宅を造る技術も資金もない。そうした技術的支援が災害が起こる前でも求められている。
 顧 支援により格差が広がった地域もある。支援の基準作りが重要だ。
 河田 災害の事前対応に被災者一人ひとりの意思を反映するのが大切と感じた。そのための人材育成を今後10年のセンターの視点としたい。

 ◎「人と防災未来センター」機能強化への提言
 日本は支援をすることには積極的だが、受け手になるのは不慣れだ。阪神大震災では受け入れが遅れ、東日本大震災では有効活用する調整が的確だっただろうか。次なる大災害に備え、OCHAなどの調整ノウハウを活用し、国際支援の受け入れ態勢の構築が重要だ。
 支援では女性や、子ども、高齢者、障害者など要援護者への配慮、政策立案への参画が大切。女性には減災社会へ変革する主体の役割を期待する。必要な支援を迅速に行うため、被災状況やニーズを情報収集する手法を確立すべきだ。また復興に力を注ぐだけでなく、予防が大切。そのための基金創設は有効だろう。
 当センターは、そんな国際的連携、人材育成、被災経験の継承、防災教育を先導したい。

 ◎防災専門家3氏、活動紹介や提言
 様々な立場で防災に関わってきたワルストロム氏、大島賢三・元国連大使、ひょうご震災記念21世紀研究機構理事長の五百旗頭真氏による鼎談(ていだん)もあった。
 まず五百旗頭氏が「人と防災未来センター」の10年について、阪神大震災の経験と教訓の国内外への発信や、首長らに対する災害対応研修などの活動を紹介。
 東日本大震災の復興の課題については、ワルストロム氏は「被災者がフラストレーションを感じないよう市民参加型の復興を進めること」と指摘。大島氏は、災害時対応と復興を担う部局間の予算、制度の「ギャップ問題」を挙げ、スムーズな移行を求めた。また「元に戻すだけ」の復旧でなく、「防災の視点を取り入れた創造的復興が重要」とした。
 防災を進めるため、ワルストロム氏は、建設時に減災の視点を組み込む動機づけが必要と強調。大島氏は、「治療より予防がベター(安い)」と述べ、防災の費用対効果を示すことや、低コスト手法を発信することが大切とした。


◇津波避難訓練:初実施、藤沢市長総括 「沿岸部、津波関心高い」 防災無線の改善課題 /神奈川
(2012.10.24 毎日新聞地方版/神奈川) 
 藤沢市の鈴木恒夫市長は23日の記者会見で、7月7日に初実施した津波避難訓練について「沿岸部市民の津波に対する関心の高さを実感した」と話し、今後も継続する考えを示した。訓練では防災無線の聞き取りにくさや参加者の少なさなどが課題として浮かび、鈴木市長は改善を重ねる方針を強調した。
 市は訓練参加者にアンケートし6140人から回答を得た。そこでは▽防災無線が聞き取りにくい▽避難ビルの内部を確認したかった――などの指摘があった。「家族が車椅子を使っている。避難ビルに行っても停電でエレベーターが止まったらどうすればいいか」「高齢の母は防災無線が全く聞こえなかった」との声もあった。
 渡辺伸二・市災害対策課長は防災無線をデジタル化して聞きやすくし、避難ビルの所有者と訓練時の開放を交渉する方針を示した。その上で「毎年訓練に参加することで隣近所が親しくなり、障害者や高齢者を誘導してくれる効果も期待している」と述べた。
 訓練で市は、住民と海水浴客を合わせ計約14万人の参加を想定していたが、実際の参加者は約2万2000人。同課は、朝から雨模様だった上、回覧板の連絡では周知が徹底されなかったとして、「来年はチラシを全戸配布する」と改善策を示した。【永尾洋史】


◇研修会:災害弱者の避難支援推進 行橋・豊前両市と苅田町の自主防災組織が参加 /福岡
(2012.10.20 毎日新聞地方版/福岡) 
 お年寄りや障害者ら災害弱者のための避難支援推進員を養成する県主催の研修会が18日、行橋市であった。市内と豊前市、苅田町から自主防災組織のメンバーら約50人が参加し、大災害にどう備えるかを学んだ。
 東日本大震災を受けて県は、支援推進員の養成を急いでおり、今年度は8会場で研修会が開かれる。この日は午前中、県内の要支援者の状況や先進地の事例を学び、午後は自分たちの住む区域での避難方法や連絡体制を考える実践的な訓練に取り組んだ。
 05年に台風と大雨で地区内が浸水し、4年前に自主防災会を作った行橋市金屋の辰下区では、既に高齢者の台帳があり月2回、見回りをしている。小野貢会長は「今年3月11日に避難訓練をした。住民の意識を高め、海抜の高い避難場所を更に確保することが課題」と話した。この日の研修で個人情報の取り扱いを学び、今後は各戸を訪問して、要支援者の同意を得ていくという。
 要支援者の個別の避難計画については、県内では、策定済み11市町▽策定中46市町村▽未着手3市――という状況。県は16年度までに9割が策定することを目指している。【山本紀子】


◇島根原発:県が原子力災害のガイドライン公表 福祉施設の避難計画策定 /島根
(2012.10.20 毎日新聞地方版/島根) 
 島根原発(松江市)で原子力災害が起きた場合を想定し、30キロ圏内にある入所型の福祉施設が避難計画を策定するための指針となる県のガイドラインが公表された。搬送手段や資機材の数などを事前に定めることなどを求めており、各施設は11月末を目標に計画を策定する。
 県健康福祉総務課によると、30キロ圏内にある入所型の福祉施設は松江、安来、出雲、雲南の4市に計249施設ある。全施設の定員数を合計すると約7000人に達する。原子力災害が発生すれば、30キロ圏外に設置される「1次避難先」にまず避難する。
 ガイドラインでは、「情報収集・伝達班」や「避難誘導班」など災害時の役割分担を明確にすることや、備蓄食料の点検・確保などを求めている。
 16日には施設担当者を対象にした説明会が松江市内であったが、1次避難先や避難ルートは示されなかった。県の担当者は近いうちに策定するとした上で「現段階の計画を作ってもらい、避難先とルートが決まれば更新してほしい」とする。
 一方、安来市の障害者施設「コミュニティハウスにしき」の建田浩司所長(52)は「物理的にちゃんと避難できるのか、実行可能な内容にしないといけない」と話した。【金志尚】


◇原発30キロ圏福祉施設避難計画作成 県が指針 不確定多く不安も=島根
(2012.10.19 読売新聞大阪朝刊 島根)
 ◎独自に策定し説明会 ルートや職員対応  
 島根原発(松江市鹿島町)の事故に備え、県は、30キロ圏の社会福祉施設に入所者らの避難計画を作成してもらうための指針を独自に策定した。避難計画を含む原発防災の新指針は国が取りまとめ中だが、「待っていては遅くなる」と判断。指針に沿って、11月中に避難計画を作るよう各施設に求めた。しかし、県の指針には抽象的な記述も多く、施設側からは戸惑いの声も上がっている。(岸下紅子)
 県によると、島根原発の30キロ圏には、松江、出雲、安来、雲南の4市で老人ホームや障害者施設など計249施設があり、入所者約7000人がどのように避難するかは重要な課題になっている。
 指針では、▽職員を指揮班、情報収集・伝達班、避難誘導班に分ける▽入所者は一般住民と同じ地域の広域福祉避難所に一時的に避難した後、環境の整った別の福祉施設などに避難する、など、事故発生時に職員や入所者らがどのように行動すべきかを示している。
 一方で、具体的な避難場所や避難ルートは示されていない。県全体の避難計画を作る中で、避難場所などは調整が続いているためだ。
 県は16、18日、松江、出雲両市で指針の説明会を開いたが、出席者からは不安の声が相次いだ。
 松江市の障害者福祉施設の担当者が職員の避難について質問したのに対し、県は「職員は一般住民と同じ場所に避難する」と答える一方、「できる限り入所者に付き添って避難して。可能なら入所者の避難先に寝泊まりし、無理なら一般避難先から入所者の避難先に通ってほしい」とも説明。不確定な面が目立った。
 松江赤十字乳児院の福田敏院長も「子どもを車に乗せて避難するなら、チャイルドシートが必要だが、人数分用意するのは無理。どうすればいいのか具体的に示してほしい」と心配そうに話した。
 福島第一原発の事故を踏まえ、国の原子力規制委員会が今月、新たな防災指針「原子力災害対策指針」を取りまとめる予定。これをもとに道府県や市町村は防災計画を策定する。社会福祉施設の避難計画も防災計画の一部に盛り込まれる見通し。
 県健康福祉総務課の島田範明調整監は「今回の指針はモデルがなく手探りだが、国を待っていては遅い」としており、今後も改良していくという。


◇福祉避難所 23市町村に 収容力 資機材に課題=群馬
(2012.10.18 読売新聞東京朝刊 群馬1)
 ◎災害時 高齢者ら受け入れ 
 大規模災害時に障害者や高齢者ら援護が必要な人を受け入れる「福祉避難所」を指定しているのは、県内35市町村のうち、約3分の2の23市町村に上ることが読売新聞の取材で分かった。県は「全国的にみても指定は進んでいる」(危機管理室)としているが、「収容可能人数はごくわずか」「職員や資機材の確保が進んでいない」とする自治体も多く、課題も浮き彫りになった。
 厚生労働省によると、東日本大震災後の全国調査(2011年3月末現在)で、福祉避難所を1か所以上指定している市町村の割合は全国で41%。群馬は48%(17市町村)で全国順位ではほぼ真ん中の22位だったが、その後1年半で約20ポイント増えた形だ。
 指定済みの23市町村のうち、複数箇所を指定しているのは桐生市、太田市、藤岡市、富岡市、中之条町、みなかみ町、板倉町、大泉町、榛東村、昭和村の10市町村。桐生市は9月、社会福祉法人の施設など12か所を追加し、計13か所を確保した。市総務課は「入浴施設やバリアフリー化が整った民間施設を新たに選定した。500人以上の受け入れが可能」とする。
 複数箇所を確保した自治体でも課題はある。板倉町は町保健センターなど3か所を指定しているが、「いずれも水害の浸水想定区域にあり、高台にも確保しないといけない」と打ち明ける。6か所を指定したみなかみ町は「今後は資機材の充実が課題」とする。
 厚労省は08年6月にまとめた福祉避難所設置に関する指針の中で「小学校区に1か所程度の指定が望ましい」としたが、実情はほど遠く、県は指定を促すため、市町村で少なくとも1か所をモデル的に指定するよう求めている。
 県内で1か所を指定しているのは12町村だが、「大地震の場合、収容人数が足りなくなる恐れがある」(甘楽町)との懸念は多い。また、追加指定するにしても「町内にバリアフリー化された施設が少ない」(下仁田町)、「保健師やケアマネジャーらをどう確保するかが問題」(片品村)などの声が上がる。
 未指定は高崎市、吉岡町、など12市町村。前橋市は「要援護者の避難支援プランが未策定で、対象人数のめどが立っていない」、南牧村は「人数が少ないので、通常の避難所の態勢を充実して対応する」という。
 県は今月10日、市町村の担当者らを集め、要援護者の避難に関するセミナーを前橋市で開催し、福祉避難所の指定を呼びかけたが、今後も「市町村の実情を考慮しながら、指定を促したい」としている。
 
 〈福祉避難所〉
 災害時の避難生活で特別な配慮が必要な在宅の高齢者や障害者、妊産婦らのために設置される避難所。1995年の阪神大震災では避難生活で体調を崩して亡くなる「震災関連死」が相次いだことを受け、災害救助法に規定された。施設がバリアフリー化されていることなどが要件。2007年の新潟県中越沖地震で本格的に導入され、11年の東日本大震災でもその重要性が再認識された。
 
◎県内市町村の「福祉避難所」指定状況
指定済み 複 数 桐生市、太田市、藤岡市、富岡市、中之条町、みなかみ町、板倉町、大泉町、榛東村、昭和村
1か所 神流町、下仁田町、甘楽町、長野原町、東吾妻町、千代田町、邑楽町、上野村、嬬恋村、高山村、片品村、川場村
その他 渋川市(個別施設ではなく、業界団体と協定)
未指定 前橋市、高崎市、伊勢崎市、沼田市、館林市、安中市、みどり市、吉岡町、草津町、玉村町、明和町、南牧村
(12日現在)


◇視覚障害者が地震訓練 塙保己一学園で、緊急速報使い=埼玉
(2012.10.17 読売新聞東京朝刊 埼玉南)
 視覚障害がある生徒が通う、川越市の県立特別支援学校「塙保己一(はなわほきいち)学園」で16日、緊急地震速報を使った避難訓練が初めて行われた。荒井宏昌校長は「避難が難しい視覚障害者は、特に災害に弱いと感じる。校外でも自分で命を守れるよう、訓練を重ねたい」としている。
 訓練は、南関東で震度6弱の地震が発生したという想定で行われた。校内放送を使った緊急地震速報の警報音が教室に鳴り響くと、授業を受けていた約100人の児童・生徒は、一斉に机の下に隠れ、身を守る姿勢を取り続けた。
 また、地震の揺れでガラスや壁の一部が飛び散った状態を想定し、教職員が廊下に板や段ボールなどで作った障害物を設置した。地震が収まった後、急いで逃げようとする生徒に対し、教職員が「慌てて逃げない。いつもの廊下と違いますよ」と呼びかけた。
 

◇(復興 認定格差?)震災関連死、3県に差 岩手は最低73% /岩手県
(2012年10月17日 朝日新聞朝刊 岩手全県・1地方)
 東日本大震災の関連死の認定を巡り、岩手県と福島県の認定率に15ポイントの差があることが分かった。認定の統一基準はなく、各自治体の判断に委ねられている。宮城県を含め、多くは2004年に新潟県で起きた中越地震の際に長岡市が使った基準を参考にしているが、現場からは津波や原発事故を考慮した統一基準を求める声がでている。

 朝日新聞社は、岩手、宮城、福島の3県や市町村に、震災関連死の申請件数や認定件数、不認定件数、課題などを問い合わせた。
 認定件数と不認定件数の合計をもとに認定率を比較。福島県の認定率は88・0%で一番高く、続いて宮城県の78・6%、岩手県は73・3%で一番低かった。
 これに含まれない審査中の件数は、岩手県が一番多く173件あり、続いて福島県が104件、宮城県が17件だった。
 認定率の差の背景には、基準と運用の問題がある。厚生労働省は震災直後の昨年4月、審査の参考になるようにと、長岡市が使った基準を各県に通知した。災害弔慰金の支給は法律で定められているが、認定基準は市町村条例に任せられているためだ。宮城の9自治体、岩手の14自治体は、委任された県が行っているが、それ以外は各市町村が独自に審査している。加えて、過去にない震災と長引く避難生活のため、震災との関連の証明とその審査が難しくなっている。
 認定率が高い福島県の場合、原発事故の避難者が関連死の多くを占め、地震に特化した長岡基準では対応ができず、すべて市町村が個別に判断している。岩手県の場合は津波による呼吸器疾患などに、長岡基準では対応できず、個々の診断書をもとに審査している。

 ◎証明に時間の壁
 3県は、長岡基準から「災害から死亡まで6カ月未満」という基準を削除した。さらに岩手県は、今年7月に精神障害の項目を、8月に自殺の項目をそれぞれ追加した。重度の精神障害者に災害障害見舞金を支給したり、震災によるストレスで自殺したがそのストレスを裏付ける生前の診断書がない人に災害弔慰金を支給したりする例に対応するためだ。
 一方、山田町は基準を設けていない。山田町健康福祉課の担当者は「長岡基準はあくまでも一つの参考。明確な基準はなく、審査会で実際の1例ずつを検討して決める」という。宮城県の気仙沼市児童福祉課の担当者は「非公開で基準を定めてはいるが、現実的には長岡基準しか参考にできるものがなく、長岡基準とほとんど同じというのが現状」と話す。
 岩手県生活再建課の鈴木浩之総括課長は「震災から時間が経てば経つほど、震災と死亡の因果関係の関連が難しい事案が増えた」という。
 震災直後、自ら審査していた田野畑村と宮城県の大崎市は、難しい事案が増えたため、田野畑村は今年7月から、大崎市は今年末までに、県に審査を委託することになった。
 鈴木総括課長は「全国で統一された基準がないのでいまだに手探りで時間もかかる」と話す。そのため、県は6月から、今回の震災を踏まえ、指針となる一律の基準を設けるように厚労省に要望しているが、受け入れられていない。
 厚労省社会・援護局総務課災害救助・救援対策室の担当者は「今回の震災の被害は阪神大震災や中越地震と違い、原発事故も含むケースバイケースなので、基準を作ると縛られて、本来認めるべきものも認められなくなってしまう」としている。(田渕紫織)

 ○基準ない方が個別対応可能
 宮古市の小口幸人弁護士の話 関連死を定義しようとするのは、ないものねだり。一律の基準は出しようがないし、出さないことで、震災前の体力や受けた被害が千差万別なそれぞれの例に対応できる。

 ◎キーワード
 <震災関連死> 東日本大震災の後、避難生活などによる影響で亡くなったと認められると、災害弔慰金250万円または500万円が支給される。認定されるためには、申請する遺族側が、震災による体力的・精神的な低下と死亡の因果関係について、生前の診断書を集めたり経過報告書を書いたりして、県または市町村の審査会で立証する必要がある。ただし、関連死であることが明らかな場合、審査会にかける前に認定される場合もある。

 □長岡基準のポイント
 (1)死亡までの経過期間
 →死亡まで6カ月以上経過していれば、関連死でないと推定
 (2)地震と疾病との因果関係
 →× 偶然による事故や故意、重過失、がんなど
 →○ 病院の機能停止や避難生活など、環境の激変(× 死因が肺炎、心筋梗塞〈こうそく〉、心不全、脳梗塞などの場合、生活が安定して以降の発症の場合)
 (3)疾病と死亡の因果関係
 →× 症状が改善し、入退院を繰り返している
 (4)自殺
 →震災を契機としたストレスによる、精神的疾患に基づくもの

 □震災関連死の認定件数
        申請件数   認定 不認定 審査中
岩手県      589  305 111 173
 (うち山田町)  84   44  16  22
 (うち盛岡市)  12    6   6   0
宮城県     1319  773 210  17
福島県     1358 1104 150 104
 ※岩手県は8月31日現在、宮城県は9月7日現在、福島県は9月14日現在の数字。申請件数には、申請を受けたものの、審査会にかけなかった件数も含まれる


◇パトライト、音声データ一斉配信、災害速報通知と連動。
(2012/10/17 日経産業新聞 17ページ)
 【東大阪】表示灯大手のパトライト(大阪市、沢村文雄社長)は17日、携帯電話のメールなどの文字情報を音声データに自動変換し、一斉配信するサービスを開始する。政府の全国瞬時警報システム(Jアラート)や携帯電話各社の災害速報通知サービスとの連動も可能で、視覚障害者や高齢者にも確実に災害情報を伝えられる。新規分野として育成する。
 サービスの名称は「ボイス工房 Vnet」。利用者が専用サイトで打ち込んだ文字情報をクラウド上にあるサーバーで自動的に音声データに変換し、携帯電話や固定電話などに一斉送信する。Jアラートなど公的な緊急メールは自動的に音声に変換する。
 同時にファクス向けにテキスト送信したり、ツイッターやフェイスブックなど交流サイト(SNS)に投稿したりと、多様な媒体に同じ情報を一斉送信できる。送信情報を受け取ったかどうかや安否状況などを確認する機能もある。
 同社によると、1分間に最大3万件のメール配信が可能だという。標準プランで5万2500円の初期費用と、毎月1万500円の利用料金が必要となる。50件の電話・ファクス番号とメールアドレス3000件を登録できる。
 主に自治体や公共施設向けに売り込む。5年後には同事業で契約件数1000件、年間5億円の売り上げを目指す。
 同社はファクトリーオートメーション(FA)分野も手がけており、光だけでなく音声も活用した情報伝達システムのネットワーク対応を進めることで事業領域の拡大を図っている。


◇都内の自治体、防災備蓄の拡充、子供・女性に配慮、板橋区、児童館に食料3日分。
(2012/10/16 日本経済新聞 地方経済面 東京)
港区 専用トイレ・衛生用品
 東日本大震災の教訓を生かした防災対策が東京都内の自治体で相次いでいる。保育施設の食料や衛生用品の確保、人工呼吸器が必要な人への対応など、より日常生活に密着した対策に踏み出しているのが特徴だ。交通機関の混乱で子供の迎えが遅れたり、停電が起きたりした大震災の経験を踏まえ、生活者の視点で首都直下地震に備える。
 板橋区は2012年度補正予算案に、児童館や保育園など子供を預かる施設に3日分の食料を備蓄する費用として約600万円を盛り込んだ。用意するのはアルファ化米やクラッカー、水など。各施設は現在、1日分を備蓄しており、残り2日分を追加購入する。
 内閣府や東京都は9月、大震災発生時には災害救助を優先するため、企業に原則3日間の従業員の職場待機を求めた。板橋区は「保護者がしばらく子供を迎えに来られなくなる可能性を考え、3日分の食料を備蓄することにした」という。
 児童館では各施設10人分を備蓄する。「東日本大震災の時に親の迎えが夜遅くになってしまった子供が2割いた」(同区)ことから、保育園の備蓄規模は定員数の2割に相当する約1900人分に上る。
 女性向けの備蓄物資を用意するのは港区だ。同区の防災会議には女性有識者が参画。大震災の被災地の避難所で女性がトイレを我慢するなど、女性のプライバシー確保が難しかった点を指摘した。教訓を踏まえ、女性専用の災害用トイレを210基導入する。生理用品や体をふくウエットタオルも充実させる。
 同区は地域防災計画を今年度中に改定する予定だが、報告書に沿った対策に先行して取り組む。
 大震災では山形県尾花沢市で停電中に人工呼吸器を使う患者が死亡した例がある。人工呼吸器を使いながら在宅療養している区民が約90人いる世田谷区は、人工呼吸器が必要な区民向けの支援計画を来年3月までに策定する。安否確認や予備電源の情報など一人ひとり個別に確認し、大規模災害に備える。
 東日本大震災では都内で300万人を超える帰宅困難者が生じた。首都直下地震では500万人規模に膨らむとされる。避難生活の備えや、自宅などに取り残される子供、高齢者への対策は自治体にとって切実な課題となっている。
【表】生活に密着した対策に踏み込む
(各自治体の取り組み内容)   
板橋区   保育園や児童館に食料を3日分備蓄
住民の防災組織に消火器具を配備   
港区   女性専用トイレなど女性向け物資を用意
世田谷区   在宅人工呼吸器利用者の支援計画を作成
北区   高齢者や障害者に防災用ホイッスルを配る


◇市「要援護者名簿」原則提供へ 震災対応、拒否ない限り=神奈川
(2012.10.13 読売新聞東京朝刊 横浜)
 ◎条例一部来年改正
 災害時に支援が必要な高齢者や障害者などを一覧にまとめた「要援護者名簿」について、横浜市は要援護者本人からの拒否がない限り、自治会などに提供する方針を決めた。今月末まで市民意見の募集を行い、集約したうえで、来年2月の市議会に市震災対策条例の一部改正案を提出する方針だ。
 市福祉保健課によると、要援護者は要介護3以上の高齢者、知的・身体障害者らで市内には約13万人おり、市内の18区役所が名簿を管理している。また、要援護者本人の同意を得た分については、自治会のほか、民生委員で組織する地域ごとの協議会でも名簿を持ち、孤立死防止などに向けて日ごろの見守り活動などに役立てている。
 ただ、現状では、同意を得られない要援護者の把握が難しいため、同意がなくてもすべての名簿の提供を求める地域からの要望がある。そこで、市は、区役所から要援護者本人に、自治会などに提供する名簿の登録について事前通知を行い、拒否の意思表示がない限り、氏名、住所、年齢、性別の個人情報を提供する新たな仕組みに改めることにした。
 市民意見の募集は、メール(kf‐saigaiyoengo@city.yokohama.jp)やファクス(045・664・3622)などで受け付けている。



◇「ユニヴァーサルデザイン会議」開幕 災害時の安全 考える=福岡
(2012.10.13 読売新聞西部朝刊 福岡)
 ◎30か国・地域 1万2000人参加 
 誰でも暮らしやすい社会を考える「国際ユニヴァーサルデザイン会議」が12日、福岡市博多区の福岡国際会議場などで始まった。東日本大震災を受け、災害時の安全をテーマに、被災地の首長や各国の専門家らが議論を交わす。障害があっても使いやすい製品の紹介や、救援活動にあたった護衛艦の見学なども行われる。(坂田元司)
 ユニバーサルデザインは、多くの人が利用できるように機器や建築、街並みなどを設計する考え方。
 初日は、米国や中国など4か国の専門家によるパネルディスカッションが行われた。東日本大震災などの事例から、「大規模災害では指定避難所が不足する。逃げ遅れた高齢者や障害者、外国人が、十分な設備のない場所に避難することになる」など課題を挙げた。
 障害者とデザイナーによる「48時間デザインマラソン」の発表会もあり、視覚障害者の発想を生かした「Bookachief(ブッカチーフ)」がベストデザイン賞に輝いた。視覚障害者は、ハンカチの汚れが分からないため、複数枚を束ね、使ったらめくるデザインを提案した。
 会議は14日まで。約30か国・地域から約1万2000人が参加する見通し。事務局は「気軽に足を運んで、暮らしやすい社会の実現を考えるきっかけにしてほしい」としている。
 主なプログラムは以下の通り。
 ▽首長セッション(13日午後4時40分?)▽自衛隊による炊き出し実演(13、14日午後1時?、先着150食)▽護衛艦「さわゆき」の船内見学(両日午前10時?)▽消防ヘリの展示飛行(両日午後1時?)


◇協定:災害弱者の避難所に 南あわじ市と4社福法人 /兵庫
(2012.10.12 毎日新聞地方版/兵庫) 
 南あわじ市は11日、市内で特別養護老人ホーム5施設を運営する、社会福祉法人緑風会▽同みかり会▽同淡路福祉会▽同みはら福祉会――の4社会福祉法人と、地震や津波などの災害時に介助が必要な障害者やお年寄りなどを施設で一時的に受け入れてもらう福祉避難所の設置運営に関する協定書を締結した。
 同市では、災害に備えて市内の学校や公民館など44カ所に避難所を設けているが、避難所で生活することが困難な障害者やお年寄りなどをバリアフリーが整っている施設で一時的に受け入れてもらうことにした。受け入れ施設は、特別養護老人ホーム緑風館▽同どんぐりの里▽同翁寿(おうじゅ)園▽同すいせんホーム▽同太陽の家。人数は各施設10人程度を予定しており、期間はおおむね1週間以内とし、協議で期間を延長することができる。
 この日は、市中央庁舎で締結式があり、中田勝久市長と4社会福祉法人の代表が協定書を交わした。社会福祉法人みかり会の谷村誠理事長は「地域社会全体で取り組む課題なので、想定外にならないよう準備して地震や津波などの災害に備えたい」と話した。【登口修】


◇災害時要援護者支援計画:策定、6市町村のみ 対象者確認に時間 /群馬
(2012.10.11 毎日新聞地方版/群馬) 
 災害時に避難が困難な高齢者や障害者への対応を定めた「個別避難支援計画」を策定したのは、県内35市町村のうち桐生、太田など6市町村にとどまることが、県が10日に開いた「災害時要援護者支援セミナー」で報告された。支援対象者の戸別訪問や支援者探しに時間がかかるのが原因だ。【奥山はるな】
 計画は、04年の新潟・福島豪雨や新潟県中越地震で死者の大半が65歳以上の高齢者だったことを受け、06年に国が全国の市町村に作成を促した。ところが、県内35市町村のうち、22市町村が「策定途中」で、7市町村が「未着手」。また沼田、館林、神流、千代田の4市町は、計画の対象となる高齢者や障害者を絞り込んだ「要援護者名簿」すら作っていなかった。
 この日は、県や自治体の関係者約250人が出席。計画を策定途中のみどり市社会福祉課の原正人主査が取り組みを報告した。09年8月に計画作りに取りかかり、対象者に「支援が必要か」を聞き取る調査を経て、10年11月に1737人の名簿を作成したが、震災対応で一時中断。昨年8月に計画作りを再開し、32ある行政区から1地区を抽出した。今年6〜9月、区長と民生委員、原主査の3人が、45軒57人を戸別訪問し、避難を助ける近所の人を探す作業もして、ようやく完成した。原主査は「すべての行政区で計画を作るには10年以上かかるのではないか」と話した。
 この日、講演した東京都板橋区の鍵屋一福祉部長は「(災害弱者の避難を)行政任せにせず、地域総ぐるみの支援が大切」と強調。また、東日本大震災で中学生が小学生と手を取り合って逃げ、近所の人にも避難を呼びかけた「釜石の奇跡」を、要援護者支援の例として紹介。「日ごろからの避難訓練で近所づきあいが復活し、共助につながる」と語った。


◇講演会:辛淑玉さん、震災から学ぶ人権力−−14日、久留米 /福岡
(2012.10.11 毎日新聞地方版/福岡) 
 人材育成コンサルタント、辛淑玉(すご)さんの講演会「人権力を養う〜災害で見えてきたこと、これからのこと〜」が14日午後1時から、久留米市城南町の市民会館大ホールで開かれる。入場無料。人権擁護委員らでつくる久留米地域人権啓発活動ネットワーク協議会などの主催。
 辛さんは、東京都出身の在日コリアン3世。女性の人材育成に力を入れ、人権やジェンダー、平和問題に詳しい。
 市人権・同和対策課によると、辛さんは東日本大震災後、宮城県や福島県などの避難所で障害者らを取材。昨年末には久留米市内で、女性や災害弱者の視点で感じた経験について講演しており、今回も同様の人権にかかわる課題について、聴くことができそうだ。
 手話通訳や要約筆記、一時保育あり。問い合わせは同課0942・30・9045。【土田暁彦】


◇災害弱者支援で連携、厚木市、市内自治会などと。
(2012/10/11 日本経済新聞 地方経済面 神奈川)
 神奈川県厚木市は災害発生に備え、市民生委員児童委員協議会などと自力避難が難しい災害弱者の支援で連携する。寝たきりの高齢者など要支援者にかかりつけ医の情報や緊急時の連絡先といった情報を事前に登録してもらい、地域の救助活動や安否確認に役立てる。民生委員や自治会と防災訓練なども実施して減災対策を進める。
 同協議会のほか、地域の自治会でつくる市自主防災隊連絡協議会と災害時の支援で連携する。足腰の弱い高齢者や障害者などを対象に、11月にも順次登録を呼びかける予定だ。
 市福祉総務課が登録を受け付け、登録者の住宅のある地域の自治会や民生委員と情報を共有する。
 緊急時の連絡先として家族や知人などの登録を促すが、連絡先の候補が見つからない場合は両協議会が必要に応じて近所の住民などを紹介する。かかりつけ医の情報だけでなく持病などの病歴も登録できるようにする。平常時は登録者向けの地域交流会や防災研修なども実施し、地域ぐるみで防災活動に取り組む体制を構築する。


◇(備える 足元の災害対策)支え、旅人に弱者に /愛知県
(2012年10月10日 朝日新聞朝刊)
 ◎「津波避難ビル」中部空港に設置
 中部空港(常滑市)はこのほど、旅客ターミナルビルに「津波避難ビル」の看板を設置した。
 東日本大震災後、従来は屋外だった避難場所をビル3階以上に変更したことに伴う措置。看板には日本語のほか、英語、韓国語、中国語の簡体字と繁体字で津波避難ビルと表記した。
 ターミナルビルの出入り口や到着ゲートなど13カ所に掲示。「この建物の3階以上に避難して下さい」と各国の旅客にも避難場所が分かりやすいようにしている。
 また、滑走路周辺で働く空港従業員向けに、大津波警報発令時には緊急開錠される搭乗橋や避難階段の出入り口に「津波避難口」と示した看板36枚も掲げた。
 国が8月に公表した南海トラフ巨大地震の被害想定では、常滑市は6メートルの最大津波高が予想されている。ターミナルビル3階は17メートルの高さがある。
 空港会社は同様の看板を航空貨物地区の事務棟にも設置している。
 (加藤勇介)

 ◎高齢者・障害者、安心キット配布 安城市
 安城市は今月から、救急隊員が持病や緊急連絡先などを把握できるよう、一人暮らしの高齢者や障害者に「安心キット(救急医療情報キット)」を配布している。キットは、救助にきた人が分かるように専用の容器に入れて冷蔵庫で保管する。
 配布対象は、市が2004年9月から始めた「災害時要援護者支援制度」の登録者3323人。一人暮らしの65歳以上の高齢者、重度の身体障害がある人や、視覚や聴覚に障害がある人たちの中から、災害時に自力で避難できないと思われる人たちだ。市は、民生・児童委員などを通じてキットを届ける。
 キットは直径約6・5センチ、長さ約22センチの円筒形。対象者は、かかりつけ病院や持病、緊急連絡先、薬剤情報などを緊急時連絡票に記入し、保険証の写しなどと一緒に容器へ入れる。容器があることを救急隊員らに知らせるため、冷蔵庫にはシールを貼ってもらう。けがや急病で意識を失ったり、声が出なくなったりしても、隊員らに情報を伝えられ、搬送先の医療機関でも治療がしやすくなる。
 市によると、昨年10月の時点で県内16市町村がキットを配っており、今年度は高浜市などでも配布されるなど、各地で導入が進んでいる。
 安城市社会福祉課の担当者は「適切な情報を医療機関などに早く伝えることが大切。災害弱者と言われる人たちの緊急時に備え、キットを役立てていきたい」と話している。(松永佳伸)


◇県避難マニュアル策定委:改定案で「女性へ配慮」 /三重
(2012.10.09 毎日新聞地方版/三重) 
 大災害時に備え、県が今年度内の改定を目指す県避難所運営マニュアル策定指針について検討する有識者や医療、行政、防災団体、障害者の代表らによる委員会が8日、県庁で開かれた。県が、現行指針には盛り込まれていない女性への配慮をはじめ、災害時要援護者などへの具体的な対応を盛り込んだ改定案を提示した。
 現行指針は、各市町の避難所運営マニュアル策定を促進するため04年度に策定。避難所の目的や、避難所開設時から撤収時までの実施すべき業務などを記している。しかし、東日本大震災で新たな課題が明らかになったため、指針を見直すことにした。
 委員会で県側は、女性などへの具体的対応を追加することを説明。避難所運営委員に複数の女性を加えることや、更衣室、トイレを男女別に設置したり間仕切りを設けたりすることなどを記した。また、自力での生活が困難な高齢者や障害者、外国人、妊産婦、子どもなど要援護者に対しては、個人の状態に合った場所の提供や、物資の受け渡しなどで多様な配慮を求めた。
 委員からは「障害者の普段の生活状況や障害特性を知ってもらうために学習会を開いてほしい」、「健常者でも災害によるけがなどで要援護者になり得ることも考慮すべきだ」などの意見が出た。
 県はこれらの意見を参考に、12月に開催する次回会議で最終案を示す方針。【田中功一】


◇両陛下除染視察の全舞台裏 放射能に揺れる福島県川内村へ
(2012年10月08日 週刊 アエラ)
 東京電力福島第一原発事故による放射能汚染対策に苦悩する村へ異例のご訪問を熱望された天皇、皇后両陛下。その真意とは。
 (編集部・三橋麻子)
 
 「川内村へ両陛下がおいでになりたいということです」
 9月半ば、福島県秘書課から役場の助役席にかかってきた電話に、遠藤雄幸村長(57)は耳を疑ったという。
 今なお予断を許さない福島第一原発から20〜30キロに位置する川内村は、昨年3月11日の震災後、全域が警戒区域と緊急時避難準備区域に指定され、村民約3千人ほぼ全員が避難し、役場も郡山市に移転した。今年1月、遠藤村長が「帰村宣言」をし、3月から役場も村内へ戻ったものの、人口は700人に激減した。今も場所によっては、空間線量は毎時2マイクロシーベルトに達し、国と村が除染作業に苦闘している真っ最中だ。
 「こんな状況で村まで来ていただけると聞き、驚きました。放射能だけでなくコミュニティーが破壊され雇用や医療の問題もある。そういう『今』だからこそ、いちだんと勇気づけられる思いです」(遠藤村長)
 関係者によると、両陛下は10月13日、東京駅から特別列車で郡山駅へ向かい、車に乗り換え、約2時間ほどかけて村へ入る予定だ。村内の小学校で遠藤村長らから現状説明を受けた後、比較的線量が低い地域で実際に除染作業を見学。その後、宿泊が禁じられている20キロ圏内に自宅がある村民が暮らす宮渡地区の仮設住宅(50戸)をお見舞いする方向で日程調整が進められているという。

 ◎陛下の強い希望で
 この仮設住宅に暮らす早乙女時子さん(74)に話を聞くと、
 「天皇陛下はもうすっかりお元気になったんですね。うちのお父さん(夫)は天皇陛下と同い年。結婚したのも2年違いで、同じ時代を生きてきたという感覚があります」
 と大喜びだった。
 早乙女さんは、原発事故後、夫とともに着の身着のまま避難。避難所や親戚宅など数カ所を転々とした。夫は避難先で階段から転落したのをきっかけに体調を崩し、昨年10月、肺炎で亡くなったという。
 「結婚53年でしたが、80代まで2人でやっていけると思っていた。原発事故がなければ、今もお父さんは元気だったと思う」
 川内村へ戻ったものの、自宅は20キロ圏内にあるため、今は仮設住宅で一人暮らしだ。
 「できれば早く自宅に帰りたい。お墓も20キロ圏内にあり、まだお父さんの納骨もできていません。そんな中、天皇陛下がこんな田舎まで励ましに来てくださるなんて元気が出ます」
 どのような経緯で、決まったのだろうか。
 「帰村して除染作業に取り組んでいる川内村を訪ねたいというのは、少し前からの両陛下の強いご希望でした」
 宮内庁関係者はこう明かす。
 秋は例年、国賓の来訪や叙勲・褒章、新嘗祭など、天皇陛下のスケジュールはぎっしり詰まっている。わずかに余裕があった10月13日に、関係者の都合が一致し、ご希望が実現することになったという。

 ◎「脱原発」も沸騰する中
 戦争犠牲者の慰霊と被災地へのお見舞いは、平成皇室の二つの柱だ。
 東日本大震災では、心臓手術から回復してまもない今年5月にも仙台でお見舞いをされるなど、今までに両陛下は被災地などの自治体のべ13市区町を訪れている。
 だが、ある宮内庁関係者は、
 「それらと今回の川内村ご訪問は事情が異なる。極めて異例の訪問だ」
 と指摘する。
 「両陛下のお見舞いは、災害直後か、数年経ちある程度復興してから、というのが基本です。通常、被災地はしばらくすると様々な利害が入り乱れ、天皇陛下が訪れるには不向きな状況になってしまう。そう考えると今回、除染をやっている真っ最中の川内村に行くのは特別です」
 確かに、川内村では今年4月に村長選があり、帰村宣言をした遠藤村長と、全員移住派の新顔、帰村宣言に批判的な新顔の三つ巴の争いの末、遠藤村長が3選されたばかり。村が今年初めにとった住民アンケートでは、「帰る」「帰らない」「わからない」が3分の1ずつで、帰村に躊躇する人も多い。
 川内村では、20キロ圏外にある961世帯を村が、圏内にある160世帯を国が、除染することになっている。村の担当部分は半分以上が終わったが、20キロ圏内は、まだ手付かずの状態に近い。7月に大林組・東亜建設工業の共同企業体(JV)が除染作業を約43億円で落札。現在、試験施行を始めた段階だ。また、村の約9割を占める森林では、除染するかどうかも、方針は定まっていない。
 20キロ圏外についても、
 「高線量の場所では、除染しても数値は下がりません。小さな子どもがいる人たちは、帰らない人が多いのが実情です」(村復興対策課)
 そればかりではない。折しも、脱原発デモが全国で広がり、野田政権は将来の「原発ゼロ」を打ち出したものの閣議決定はできず、また自民党総裁選では、勝利した安倍晋三元首相をはじめ総裁候補全員が原発の必要性を主張した。
 という状況下で、あえて川内村を訪問することになる。

 ◎原子力には特別な関心
 天皇陛下のご学友で皇室ジャーナリストの橋本明さんはこう話す。
 「今回は特に、科学者として現場を見て納得したいとお考えなのかもしれません。陛下は学者からいろいろ聞いて勉強され、除染が進んでいないことを重く捉えていらっしゃるのでしょう。原子力がつまずいたことで国にもたらされた影響を、現場を踏んでお考えになりたいという思いの表れではないでしょうか」
 確かに天皇陛下は、原子力について、震災前から特別な関心を寄せてきた節がある。
 2007年6月に開かれた原子核物理学国際会議開会式でのスピーチは話題を呼び、国際的な物理専門誌にも掲載された。
 「21世紀を展望するに当たり、科学の進歩が明暗をもたらした過去の歴史にも改めて目を向けることが必要に思われます。20世紀における物理学の進歩が輝かしいものであった一方で、この同じ分野の研究から、大量破壊兵器が生み出され、多くの犠牲者が出たことは、誠に痛ましいことでありました。1945年夏、広島と長崎に落とされた2発の原子爆弾により、ほぼ20万人がその年の内に亡くなり、その後も長く多くの人々が、放射線障害によって、苦しみの内に亡くなっていきました。今後、このような悲劇が繰り返されることなく、この分野の研究成果が、世界の平和と人類の幸せに役立っていくことを、切に祈るものであります」
 震災直前の11年1月19日には、来日したウクライナのヤヌコビッチ大統領と会見した際にチェルノブイリ原発事故に触れ、「ずっと心を痛めていました」と述べ、現状について尋ねた。
 震災直後の3月15日には、原子力委員会関係者や警察庁長官から深刻な原発事故も含めて混乱を極める被災状況の説明を受けると、国民に向けてビデオメッセージを出すことを決意し、翌日、日本中に放送された。
 陛下のご病気でかなわなかったが、昨年11月には、当時、現場の指揮に当たっていた福島第一原発の吉田昌郎所長によるご説明も計画されていた。
 政府が昨年12月に収束宣言をした後も「放射能の問題を克服しなければならないという困難な問題が起こっている」(今年3月の東日本大震災追悼式)などと述べている。

 ◎通常のマスクで…
 宮内庁内部にはまったく別の観点から、激励はともかく除染作業の見学に困惑する声もあったようだ。
 「陛下だけ特別な防護服やマスクを身につけるわけにもいかない。かといって、万が一のことがあっては大変」(宮内庁関係者)
 環境省によると、土壌の汚染度や作業による粉塵の飛び散り方に応じ、除染の防護装備が決まっている。川内村ではほぼ「長袖、長靴、綿手袋、通常マスク」で作業できる状態だが、粉塵が舞い上がる作業では、口からの内部被曝を避けるため特殊マスクをつけることもある。
 今回両陛下は、通常のマスクでご覧になれる作業を視察されるようだが、ホットスポットがないとも言い切れない。
 同じ10月13日、皇太子さまは、全国障害者スポーツ大会の開会式に出席するため、公務で岐阜県を訪れる。適応障害でご療養中の雅子さまは同行されず、同じ日に予定されている愛子さまの運動会を初めてお一人で見学されるという。愛子さまは学校生活に再びとけ込み、元気に毎日をお過ごしのようだが、両陛下の被災地ご訪問と重なるため、宮内庁には毎年報じられてきた愛子さまの運動会の様子を報道されることを嫌がる向きもあるという。被災地には皇太子ご夫妻の再訪を待ち望む声もある。

 ◎原発に関する天皇陛下のお言葉(抜粋)
 「(チェルノブイリの事故に触れ)ずっと心を痛めていました」 2011年1月19日 ウクライナのヤヌコビッチ大統領との会見
 「現在、原子力発電所の状況が予断を許さぬものであることを深く案じ、関係者の尽力により事態の更なる悪化が回避されることを切に願っています」 2011年3月16日 震災に関するビデオメッセージ
 「日本は原子爆弾の被害を受けたこともありますが、今回このような形で事故が起きたのは自分にとっても驚きでした。できるだけ早く収束することを望んでいます」 2011年6月9日 トーゴのニャシンベ大統領との会見
 「原発事故によってもたらされた放射能汚染のために、これまで生活していた地域から離れて暮らさなければならない人々の無念の気持ちも深く察せられます」 2012年1月1日 新年にあたってのご感想

 ◎皇后陛下のお言葉(抜粋)
 「今年は日本の各地が大きな災害に襲われた、悲しみの多い年でした。津波てんでんこ、炉心溶融、シーベルト、冷温停止、深層崩壊等、今年ほど耳慣れぬ語彙が、私どもの日常に入って来た年も少なかったのではないでしょうか」 2011年10月20日 誕生日のご感想
 
 □皇室の福島県内への被災地お見舞い
2011年 5月11日 天皇、皇后両陛下  福島市・相馬市
  11年 6月17日 秋篠宮ご夫妻    いわき市
  11年 7月26日 皇太子ご夫妻    郡山市
  12年10月13日 (両陛下訪問予定) 川内村


◇安心協定:米原市とコープしが結ぶ 市民の異変通報 /滋賀
(2012.10.05 毎日新聞地方版/滋賀) 
 米原市は3日、生活協同組合コープしが(本部・野洲市)と「絆で築く安心なまちづくり協定」を結んだ。市内の高齢者や子どもたちの異変に気づいた配送スタッフが速やかに市に通報、災害時には食料品や生活必需品を優先的に提供するなどの内容。同生協は県内の5自治体と災害時協定を結んでいるが、市民の異変を通報する協定は初めて。
 同生協の組合員(共同購入含む)は県内約14万7000人。米原市では約4100世帯(共同購入、個配)に食料品などを配達している。協定はスタッフが配送中、高齢者、障害者、子ども▽道路▽不法投棄とみられる廃棄物など、日常と異なる様子に気づいた時、電話やメールで市防災危機管理局に情報提供。同局から担当部局に連絡する。同生協の西山実理事長は「情報提供や災害時応援で、安心できる町づくりに貢献したい」と話した。【桑田潔】


◇(IN side NOW)滑川の一家3人死亡事件 世帯孤立、生活見えず /富山県
(2012年10月03日 朝日新聞朝刊 富山全県・1地方)
 滑川市の住宅で親子3人が一部白骨化した遺体で見つかった事件から3日で1カ月が経つ。地域とのつながりが希薄な「孤立世帯」をどう支え、いかにして同様の事件を防ぐのか。近隣住民や行政は頭を悩ませている。

 ◎市、SOSリスト配布
 滑川市は今月、1日付市広報と一緒に、全世帯に「地域のSOS ご近所見守りチェックリスト」を配った。A4判の黄色い紙で、「最近みかけない」「何日も雨戸(カーテン)が閉まったまま」「何日も夜になっても電気がつかない」など6項目を掲げ、近所の動向を互いにチェックできるようになっている。
 連絡先として、同市や市社会福祉協議会の電話番号が記されており、「ご近所」同士で見守り、異常を感じたら連絡してもらおうという狙いがある。
 配布のきっかけになったのが、9月3日に同市の大崎正一さん宅で一家3人が遺体で見つかった事件だった。
 大崎さん宅は正一さんのほかに、長女と重度の知的障害がある長男が住んでいた。長男には障害者年金の支給があったが、2年前に受け取りが拒否されたという。福祉サービスも受けておらず、生活ぶりが分からなかった。長女が外出する姿を見た人もごくわずか。近所づきあいが薄い、いわゆる「孤立世帯」だったとみられ、正一さんの親族の男性は「父親が死亡した後、子供たちは外に助けを求められなかったのではないか」と話す。

 ◎個人情報に壁・条例化自治体も
 事件を受けて同月11日にあった同市の緊急会議では、「孤立世帯」への対応が議論になった。昨年末から大崎さん宅がある地区の担当になった民生委員の男性に一家に障害者がいるとの情報が伝わっていなかったこともあり、「プライバシーの問題もあるが、障害者がいる世帯の一覧など、個人情報を出して欲しい」とする要望や、「地域との関わりを拒む人への対応はどうすべきか」といった意見が相次いだ。
 ただ、この「個人情報」の扱いに関しては、同市は慎重な姿勢だ。同市の条例には、一定の条件つきで「生命や身体の保護のために緊急かつやむを得ないと認められるとき」は提供ができるとされている。しかし、同市福祉介護課の岡本修治課長は「何を緊急とするのか判断が難しい」とし、現状では今回と同様のケースを未然に防ぐための提供は難しいとの考えを示す。
 同様の事件を防ぐため、個人情報を、本人の同意を得たうえで町会に提供できるようにした例もある。
 東京都中野区は昨年3月、「中野区地域支えあい活動の推進に関する条例」を定めた。災害時に手助けが必要になる「要支援者」の早期発見などが目的で、(1)70歳以上の単身、あるいは75歳以上のみの世帯(2)身体障害者手帳の交付を受けた人らの住所や年齢などが、希望のあった町会に提供される。制定にあたっては「個人情報が外部に出るのは不安」などの意見もあり、時間をかけて話し合いを重ねたという。
 区内全110町会のうち34町会が名簿の提供を希望し、名簿登載率は高齢者で67%、障害者で15%。同区地域支えあい推進室の担当者は「条例は近隣住民との助け合いの仕組みを作るための一つの手段。関係作りの一助になれば」と話す。
 一方、戸別に回る業者との連携を模索する所もある。神奈川県では、今年から県エルピーガス協会や県新聞販売組合などと提携、異変を感じたら行政や警察に連絡がくるようにした。千葉県松戸市では診療所と連携し、高齢者が週1回、家の電話から体調に応じて番号を入力する「あんしん電話」を一部地域で導入した。
 滑川市では、市内の新聞販売所や郵便局と情報提供に関する協力関係を結んでいるが、今後は電気や水道といったライフラインの関係機関との連携も検討しているという。(金沢ひかり、吉川喬)

 ◎キーワード
 <滑川の一家3人死亡事件> 滑川市北野の大崎正一さん(78)方から9月3日、一部白骨化した3遺体が発見された。滑川署のその後の調べで、遺体は、正一さんと長女の志津子さん(45)、長男の正明さん(40)と判明。死後1カ月から数週間が経過しており、同署は解剖の結果などから、正一さんが亡くなった後、生活を続けることができなくなった2人の子供が相次いで亡くなったとみている。2人は餓死状態だったとみられるという。


◇◇◇
◇(プロメテウスの罠)残された人々:9 「放射能がおはよう」
(2012年10月31日 朝日新聞朝刊 3総合 003)
 南相馬市の自宅で屋内退避していた大和田みゆき一家は昨年11月、北隣の相馬市に用意された仮設住宅に引っ越した。
 「子どもたちを、放射能の影響から少しでも遠ざけたかったんです」
 問題は、発達障害の次女と三女だった。引っ越しという生活の変化をすぐに理解できない。何度も下見に連れて行き、説得を繰り返した。たまたま次女の友だちが同じ仮設に入っており、それでやっと納得した。
 青田由幸のNPOの施設「デイさぽーと ぴーなっつ」のおかげで食料問題は解消し、引っ越しで屋内退避問題も終わった。しかし大和田は、別の問題で悩むようになった。
 「原発事故直後から半年以上も居残ったことで、娘に将来、放射能の悪影響が出るのではないか。選択が間違っていたのではないか、と」
 大和田は娘たちにたびたび「申し訳ないね」と謝るようになった。
 長女は昨年4月、高校に入学した。第1志望、念願の学校だった。にもかかわらず「学校に行きたくない」といい出すこともあった。
 三女は昨年11月下旬、県の甲状腺検査を受けた。結果は「A2」。4段階の下から2番目で、「小さな嚢胞(のうほう)があるが、経過観察でいい」という内容だった。だが、「ゼロ」ではない。不安は消えない。
 三女は屋内退避のころから、妙なことをいう。
 「放射能が毎日あいさつしてくるんだよ。朝はおはよう、昼はこんにちは、夜はこんばんはって」
 放射能の意味は分かっていないと思うが、どきっとした。
 ある日、長女が大和田にいった。
 「おかあさん、そんなに自分を責めなくていいよ。あたしもう割り切ってるから」
 聞き返すと長女は答えた。
 「県外で結婚するってなるときっと反対されるよね。福島出身というだけでアウトでしょ。だから結婚は考えてないよ」
 大和田はショックを受けた。
 この5月、避難する母親同士でサークルをつくった。避難生活のいろいろなことを話し合う。それだけで悩みが薄まる。カウンセリングの資格を取るため福祉の勉強も始めた。
 「こうして、少しでも強く生きていくしかないんです」
 原発が廃炉にされて環境がきれいになったわけではないし、子どもの障害や生活の苦しさは今も続いている。大和田にとって、震災は終わっていないのだ。(岩堀滋)


◇(プロメテウスの罠)残された人々:8 3食ともパン1個
(2012年10月30日 朝日新聞朝刊 3総合 003)
 南相馬市で孤立した大和田みゆきの一家は、病気やストレスに悩まされながら、震災後の2カ月を何とかがんばった。
 だが5月、食べ物がなくなった。
 それまでは配給のパンやおにぎり、親戚や友人からの食料で補って暮らしていたが、ついに買い置きのコメがなくなった。3食ともパン1個の日が続くようになった。
 野菜と肉は3月下旬、避難しなかった市内の肉屋で肉と野菜入りのパック品を買ったが、8千円もした。以後はとても手が出なかった。
 健常者の長女は、障害のある次女と三女に自分の食べる分を分けてやったため、体重が3キロも落ちた。
 5月中旬、もう限界だった。
 大和田は次女と三女を連れて、青田由幸が代表理事を務める福祉NPOの施設「デイさぽーと ぴーなっつ」を訪ねた。
 「食料が足りないんです。こちらへ伺えば食べ物がいただけると、知り合いから聞いて来ました」
 施設長の郡信子(こおりのぶこ)(51)が応対した。次女と三女はおもちゃで遊んでいる。
 大和田は郡に、娘の療育手帳と精神障害者保健福祉手帳、自分の身体障害者手帳を見せた。家族構成や家庭環境を知ってほしかったのだ。
 郡は「それほど重い障害でなくても避難できず、生活に困っている人がいるんだ」と驚いた。
 飲料水やコメ、野菜、インスタントカレーなどを大和田に渡した。頼まれたより、かなり多めに。
 大和田はカレーがとてもうれしかった。自宅にこもった当初から、子どもたちは「カレーを食べたい」といっていたからだ。帰ってからすぐにみんなで食べた。
 大和田は郡に、自分たちの状態を語った。1人で3人の子どもを育てていること。放射能の影響におびえながら自宅にとどまることを決めた理由……。
 郡は親身に話を聞いてくれた。大和田は涙が出てとまらなかった。
 「自分の話を聞いてくれる人がいる。あんなうれしい気持ちになったのは久しぶりでした」
 そのころ、健康福祉部長の西浦武義が提供した個人情報をもとに、青田のNPOと全国の福祉ボランティアが協力して障害者の安否確認調査を進めていた。ただそれは障害程度が重い人が対象だった。
 郡は青田に相談し、障害等級の軽重にかかわらず、障害者全員を調べることに方針転換した。(岩堀滋)


◇(プロメテウスの罠)残された人々:7 今度のバスが最後
(2012年10月29日 朝日新聞朝刊 3総合 003)
 今年8月、南相馬市の看護師、大和田みゆき(43)の次女(12)と三女(6)が琵琶湖に行った。
 大阪市の支援団体が、障害児を含めた南相馬の子どもたちを受け入れている。今回が4回目だ。
 8月24日、大和田と長女(16)が東京まで出て行き、戻って来た次女と三女を新幹線ホームで迎えた。
 「楽しかった。もっといたかった」。すっかり日焼けして、2人はうれしそうだった。
 放射能を気にしなくてもいいところで思い切り遊ばせたい。琵琶湖に行かせることを決断したのは、震災後の「自宅にとどまる」決断が、今も胸に重くのしかかるからだ。あれは間違っていたのではないか。
 昨年3月16日、大和田の地区で、市の説明会があった。家にこもるか、避難するか。まもなく新潟方面に行くバスが出る――。
 放射能の影響について心配していたが、市側の言及はなかった。夜9時ごろに帰宅し、3人の娘と家族会議をした。
 「今度出るバスが最後だっていうけど、どうする? でも、知らない人たちと一緒だよ」
 次女と三女はいやがって暴れ出した。長女も反対だった。
 「わかった。じゃ家にいようね」
 避難バスが出ていった翌17日から、町ではめっきり人が減った。食料などの配給場所と時間は、広報車の言葉を懸命に聞き取った。同じような発達障害児を抱える家族に教えてもらうこともあった。
 娘たちに二重三重のマスクをさせ、いっしょに配給に数時間並ぶこともあった。冷たいおにぎりも、賞味期限切れのパンも、ありがたく食べた。障害のある三女の子ども用おむつがなくなり、老人用をもらってきたこともある。
 大和田自身の体調も思わしくなかった。ストレスから体が痛み、しびれでよく眠れなかった。精神安定剤と睡眠薬、痛み止めのモルヒネ、筋弛緩(しかん)薬など13種類を毎日3回ずつ飲んだ。
 薬局は閉じている。通院先は福島市なので行けない。1回分の薬の量を減らさなければならない。包丁で錠剤を半分に割って飲んだ。自分はどこまで持つのかな、と思った。
 3月下旬、長女が突然いった。
 「あたし、がんになっちゃうの? 白血病になっちゃうの?」
 お母さんは看護師なんだよ、と胸を張って見せた。でも、夜に布団へ入ると、涙を流した。
 (岩堀滋)


◇(プロメテウスの罠)残された人々:6 どうしたらいいの!
(2012年10月28日 朝日新聞朝刊 3総合 003)
 精神・知的障害や発達障害がある人は、生活環境が変わると安定を失いやすい。不安から、壁に頭を打ちつけたり奇声を上げたりして、周囲が驚くこともある。
 こうしたことは、南相馬市民の避難所でも実際に起きていた。市健康福祉部長の西浦武義のところにも、避難所から「何でこんな人を連れてきたのか」という声が寄せられるようになった。西浦は思った。
 「周囲に遠慮して避難できず、家に居続けるしかない障害者もいるのではないだろうか」
 原町区の看護師、大和田(おおわだ)みゆき(43)の一家4人がそうだった。
 母1人、娘3人の4人世帯。高校生の長女(16)は健常者だが、次女(12)は発達障害で療育手帳、三女(6)には精神障害者保健福祉手帳が支給されている。大和田も、首の神経を痛めて手足の指先の機能不全があり、身体障害者手帳を持つ。
 震災直後、避難しようと思った。しかし、避難所で次女と三女がどんな行動を取るかわからない。子どもたち自身も家を出るのをいやがったので、避難をあきらめた。大和田自身も手足の痛みが増し、4人で自宅にこもることにした。
 残る選択をしたのは、自宅がある原発から20〜30キロ圏を政府が「屋内退避指示」にしたこともある。テレビで、官房長官の枝野幸男が「放射性物質は出たが、直ちに人体に影響はない」ともいっていた。「それなら無理に避難しなくても大丈夫かな」と考えた。
 だが、周りの知人が次々に避難していく。あせりを感じた。車にはガソリンがほとんど残っていない。スタンドは長蛇の列で、並んでも確実に入手できる保証はない。どうしようもなかった。
 次女と三女は状況がわからず、大和田が仕事に行かずに家にいることを喜んだ。「お外で遊んでいい?」「自転車に乗りたい」とせがむ。
 外は放射能だ。「だめだよ、お外が汚れているからね」と答えた。娘たちは一日中しつこく、「なんでだめなの」と繰り返した。
 部屋で、好きなアイドルグループ「嵐」のDVDを見て過ごした。
 3月15日朝、原発が3度目の爆発を起こした。避難しないことに不満げだった長女が、「なんでうちだけ避難しないの!」と大和田に強く抗議した。
 「ガソリンがないんだよ! お母さんだってどうしたらいいかわからないんだよ!」
 (岩堀滋)


◇(プロメテウスの罠)残された人々:5 無人島みたいに静か
(2012年10月27日 朝日新聞朝刊 3総合 003)
 南相馬市に住む視覚障害者の古小高忠、美紀子夫婦は、避難しないことに決めた。近所では、住民がいつの間にか姿を消した。
 「隣の家、電気ついてない」
 「あそこの家、車がない」
 視力がわずかに残る美紀子が、忠にそう報告した。3月17日以降は車の音が途絶え、カラスの鳴き声しか聞こえなくなった。
 「ほんと静かだったもの。無人島に自分たちだけが住んでるみたいだった」と美紀子。
 忠は振り返る。
 「車の運転ができないから、避難したくてもしようがない。思うように動けないおれたちだけが残った、やっぱり弱者なんだな、と」
 電気と水道は来ていた。プロパンガスと灯油は補充したばかりだ。食料も、当面の分はあった。
 しかし、新たな食料が入手できない。物資が配られているのをテレビで知ったが、時間と場所がわからない。
 孤独な居残り生活が2週間を過ぎた3月末ごろ、いきなり自衛隊員がやってきた。うれしかった。彼らからは「避難する手段はありますか」と聞かれた。市や社会福祉協議会から連絡はなかった。
 外部との連絡は電話だけが頼りだった。しかし忠は「市役所はいつもつながらなかった」という。
 健康福祉部長だった西浦武義に電話の不通を尋ねると、「本当に申し訳ない」と頭を下げた。
 市役所には、避難についての苦情が殺到していた。いつまでも電話を切らせてくれない苦情もある。ただでさえてんやわんやの忙しさだ。仕事に支障が出るため、受話器を外しっぱなしにする職員もいた。西浦はそれを黙認していた。
 震災前から、忠と美紀子は民生委員に連絡したこともなかった。
 「手に負えなくなったら助けを頼もう。それまでは頑張ろう」
 北隣の相馬市にいる親戚が、食料を運んできてくれたときはうれしかった。しかし、プロパンガスもいずれなくなる。
 「おまがねするにしても、よく考えてやんねえと」
 「おまがね」は炊事のことだ。入浴は1日おきとした。
 3月20日過ぎ、仙台市で働く長男(29)が自転車で約75キロを駆けつけた。片道5時間、ホウレンソウなど積めるだけの生鮮食料を積んで。
 「あのときは正直いって、親である私でもぐっときた」
 (岩堀滋)


◇(プロメテウスの罠)残された人々:4 耳の情報だけが頼り
(2012年10月26日 朝日新聞朝刊 3総合 003)
 南相馬市の「要援護者名簿」に名前が出ているかどうかはともかく、避難したくてもできずにそのまま孤立した市内の障害者はたくさんいた。
 視覚障害がある古小高忠(こおたかただし)(64)、美紀子(みきこ)(62)夫婦もそうだった。
 原町区の自宅の一室を仕事場に40年以上、あんま・マッサージ・指圧業などを営む。忠は、子どものころの網膜剥離(はくり)が原因で全盲だ。美紀子は先天性の弱視。2人にとって、耳からの情報だけが頼りだった。
 原発事故の状況はテレビで刻々と耳にしてはいた。しかし……。
 忠が振り返る。
 「いつの段階でどう対処するか、その判断が自分らにはつかなかった。放射能の知識がなかったこともあるけども」
 健康福祉部長の西浦武義が、避難せずに残っている障害者の存在を知ったのは3月16日だった。市はその夜、避難のための説明会を開くことを決めた。
 市の広報車が日中、何度も回った。しかし広報車はかなりのスピードで走っていく。重要なことをいっているらしいことは分かったが、その言葉を忠は聞き取れなかった。広報車はガソリン不足でゆっくり走ることができなかったのだ。
 無線機がなかったので市に電話した。通話中ばかりだ。何度目かでやっと通じ、時間と場所がわかった。
 夜、説明会に出た。
 担当者は、援助物資が届かないこと、市民の生活に責任を持てないことなどをあげ、すぐ避難してほしいといった。不安をあおることをいいながら、なぜ避難するかの説明は不十分だった。
 忠は避難しないことにした。
 「避難しろったって準備なんかもあるし、そんな急な話もちょっとなかんべ。強制的に避難させられるまで様子見っぺ」
 美紀子も同意した。
 他人に迷惑をかけるだろうと思ったのも、避難しなかった大きな理由だ。風呂やトイレの作りなどが自宅と違う。手探りの避難所暮らしで、人の足や頭を踏んだりしたら困る。
 「健常者が想像する以上に、避難は視覚障害者にとって不安だし、決断には勇気が必要なんです」
 たまたま震災の直前に食料品が宅配されていて、すぐ生活に困るということはなかった。
 ただ、いざという時のためスーツケースに着替えや貯金通帳などを詰めた。(岩堀滋)


◇(プロメテウスの罠)残された人々:3 千畝になるのは今だ
(2012年10月25日 朝日新聞朝刊 3総合 003)
 南相馬市で福祉NPOを運営する青田由幸が、市健康福祉部長の西浦武義と会った翌日の昼過ぎ。
 西浦は大きな風呂敷包みを抱え、市内原町区にあるNPOの施設「デイさぽーと ぴーなっつ」に向かった。障害者の生活介護施設だ。
 風呂敷の中身は「要援護者名簿」だ。西浦は風呂敷を開けながら「役所では見せらんねえから、今見ろ」といった。
 青田は、自らの安否確認情報と名簿の突き合わせを始めたが、「こりゃあ大変だ」と声をあげた。
 自衛隊は市内を回っていたが、青田が回ったうちの6〜7人の障害者は「自衛隊なんか来てない」といった。そのだれもが、載っていない。
 「部長、他にも載ってねえ人がいるんでねえのが」
 名簿は市の身体障害者手帳と療育手帳の情報がもとになっている。そのうち重度の人が対象で、要介護度3以上の高齢者も含まれている。
 だが全員を網羅しているわけではない。掲載に同意した人しか載らず、掲載された4280人は対象者全体の約67%に過ぎなかった。
 青田は4日後、市役所に西浦を訪ねた。
 「障害者の安否確認を丁寧にやるには、身体障害者手帳と療育手帳の個人情報開示しかねえべ」
 「ぴーなっつ」には震災後、全国の福祉施設で働く職員らがボランティアで支援に入っていた。手帳の情報さえ開示されたら、こうした人たちの協力で徹底的な安否確認ができる。青田はそう提案した。
 しかし、手帳の情報はプライバシー度が高いうえ、要援護者名簿への掲載に同意しない人も含まれる。部長とはいえ、西浦が自分の一存で公開を決めることは許されない。
 西浦は「それは無理だ」と一度は断った。そのとき頭の中に、ふっと1人の人物が浮かんだ。
 杉原千畝(すぎはらちうね)。
 第2次大戦中のリトアニアで、ナチスから逃れようとするユダヤ人難民に、日本外務省の意向を無視して通過ビザを発給し続け、多くの命を救った外交官だ。
 西浦は役場に就職したときから、公務員としてああいう仕事ができないものかと思ってきた。
 それが今なのではないか。
 西浦は部下にUSBメモリーを持ってこさせ、「市内の手帳保持者に関する情報を全部入れて」と指示した。懲戒免職を覚悟しての決断だった。(岩堀滋)


◇(プロメテウスの罠)残された人々:2 名簿見せてくんねが
(2012年10月24日 朝日新聞朝刊 3総合 003)
 南相馬市の健康福祉部長、西浦武義が引っ張り出したのは市の「要援護者名簿」だった。
 災害時に、避難を支援する必要がある障害者と高齢者の一覧だ。4280人の住所氏名、障害の度合いなどが具体的に書かれている。
 震災直前にまとめたばかりだ。これから民生委員や行政区長、消防団などに配り、安否確認や支援に役立ててもらう予定だった。
 だが、そうした人たちも避難している。避難できない障害者を、どうすれば調べられるのか。
 いったん避難しながら、避難所では生活できないと感じる障害者が、自宅に戻るケースも増えている。
 だれが避難し、だれが残っているのか。確認できないまま時間だけが過ぎていった。
 3月20日過ぎ、市内の福祉NPO代表理事の青田由幸(あおたよしゆき)(58)が市役所に西浦を訪ねてきた。
 青田は西浦と同じ合併前の旧鹿島町出身で、旧知の仲だ。障害者支援を仕事としており、日頃から顔を合わせる機会も多い。
 青田は避難せずに残り、NPOのメンバーや全国の福祉ボランティアらと独自に施設利用者の安否を確認していた。
 「部長、障害者がたくさん残ってるべした。大丈夫かい?」
 そのころ、陸上自衛隊第1空挺(くうてい)団が、市内の全戸をしらみつぶしに調べていた。「自衛隊が回ってっから大丈夫だべ」と西浦は答えた。
 しかし青田は「自衛隊なんか来てねえっていってる障害者が何人もいっど」という。
 青田は、市が要援護者名簿を持っていることを知っていた。
 「うちでも安否確認してるし、名簿と擦り合わせられれば、市内の障害者の正しい安否確認ができる。名簿見せてくんねが」
 西浦は断った。
 「そりゃだめだ。名簿は個人情報だ。見せらんねえ」
 「見せらんねえって、支援受けらんねえ障害者がそのままになったら、死ぬ人がいっぱい出てくっぺした。そうなったらどうすんの」
 にこにこしていたが、青田の口調には強い危機感がにじんでいた。
 西浦はしばらく考えていたが、こういった。
 「震災以来ずっと役所にしかいねえがら、外の空気吸いてえ。明日の昼ごろ、行ってもいいが?」
 青田は、西浦が名簿を見せる決意をした、と直感した。
 (岩堀滋)


◇(プロメテウスの罠)残された人々:1 避難なんかできない
(2012年10月23日 朝日新聞朝刊 3総合)
 福島県南相馬市役所。
 大震災直後の昨年3月17日から18日にかけ、健康福祉部長の西浦武義(にしうらたけよし)(61)は東庁舎1階の職場で、ひっきりなしに鳴る電話に驚いていた。
 電話のほとんどが、市内の障害者からだった。
 市役所から25キロ南の福島第一原発で爆発が相次ぎ、市は3月16日夜、約7万人の全市民に市外への避難を呼びかけた。しかし、電話してきた障害者は自宅にいた。
 「お互い障害者の夫婦だ。慣れない食事だと腹をこわす。ほかの場所に移れないから自宅にいたい」
 「息子に精神障害があり、避難なんかできない」
 「避難方法や支援物資の情報が全く来ない。支援物資だけでも届けてほしい。市長にそう伝えろ」
 西浦は思った。
 ――障害者が、なしてこんなにたくさん残ってんだべか。
 最初の爆発から自主避難は始まっていたし、市民はとっくに避難しているとばかり思っていた。
 しかし考えてみれば、車の運転ができず、避難手段のない障害者はいる。避難所に行っても迷惑がられると遠慮したかもしれない。避難すると症状が悪化する人もいるだろう。
 そうだ、避難したくてもできなかったのだ――。
 16日には中年の男性がえらい剣幕で訪れ、西浦が応対していた。
 「人工透析なのに、病院さ閉まっちまった。どうしてくれる!」
 西浦は県に受け入れ先の病院を打診した。しかし見つからない。男性は怒りながら帰っていった。その後どうしたかは分からない。
 たくさんの苦情が来たことで、助けを必要とする市民がまだ多く残っていることが分かった。自分は福祉担当者なのに、避難所の運営に気を取られ、弱者の目線に立てていなかった。ショックだった。
 食料が底をついたら、死者が出るかもしれない。「このままでは震災で助かった命が助からなくなる」
 南相馬市は原発事故後、避難指示区域と屋内退避指示区域、何も指示がない区域の三つに分けられた。市の避難勧告後の17日、市内の病院は閉ざされた。障害者支援のヘルパーも避難した。西浦はあせった。
 障害者がどうやって過ごしているのか、調べなければ。(岩堀滋)
      ◎
 第19シリーズ「残された人々」は、避難したくてもできない障害者と支援のあり方を追います。


*作成:
UP:20121008 REV:20121028, 20130204
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