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軽度障害者による韓国障害者運動の流れと重度障害者運動との合流



 製作:鄭喜慶立命館大学大学院先端総合学術 研究科

1960年代小児麻痺ワクチンの不足と小児麻痺ウイルスの流行で、多くの小児麻痺障害者を韓国社会は輩出した。 障害予防関連の新聞記事(朝鮮日報 68,9,27)では「小児麻痺予防接種は予算の事情で新生児だけに、それも農村50%、都市100%程度が予防接種の対象者である」と説明している (03年、李サンホ)

その時、小児麻痺に罹った子供たちは中学、高校、そして、大学入学を障害を理由に拒否された。しかし、そのたびに憤怒し、抗議するがほとんど無視されるの である。 一部は事例は、社会から大きく取り上げられるケースもあったが、その場合はその人だけが救済される形で終わってしまい、それを社会的な運動に拡 大するまでには至らなかった。また、ある先輩はソウル市に車椅子で自由に移動できるように、道路の段差を無くしてほしいと遺書を残して自殺(84年金スン ソクの自殺、03年、李サンホ)するなど過激な行動で問題を訴えた。そのように、抑圧と差別の10代をすごして、彼らは青年になり社会運動が広がる80年 代(80年5月18日光州民主化運動を武力で鎮圧してから、軍事独裁政権による長期執権に反対する社会運動が盛んだった時期)と出会うのである。

彼らは、韓国社会に盛んだった社会運動と学生運動に出会うが、そこでも運動の中心にはなれなく、障害者運動の場でようやく主体として成長するのである。そこで、社会的理論と組織力 (韓国小児麻痺協会正立会館の高校生の組織(ミルアルー小麦の種)出身がそのまま青年大学生になってウルリントという組織を作り、1986年から1992年まで変革としての障害者運動を展開する。その他全国肢体不自由大学生連合や障害友権益問題研究所、障害者運動青年連合会がその例、03年、李サンホ)を持って、社会変革と変化運動の主体として、20代と30代を経験し生きて来た。

80年代後半と90年代初めに法案闘争で大きな成果を上げた青年障害者たちは、運動の目的を見失い運動は沈滞期に入る。(03年、李サンホ)また、80年 代後半には様々な団体が設立されるのである。(83年障害者父母会、86年ウルリント、86年韓国肢体障害者協会、86年韓国DPI、88年障害友権益問 題研究所、90年韓国交通障害者協議会 )
そして、このような雰囲気の中で青年障害者たちは大きな二つの特徴を見せた。
まずは、そのまま運動の場に残り、新しい運動の理念と目的を模索する青年障害者たちである。
しかし、青年障害者たちは自分の思想や理念にあう団体に参加し少しずつ違う路線に入った。その一つが、90年代中半まで政治と法曹界をバックラウンドで大 きく成長し、市民団体の性格を明確した障害友権益問題研究所であった。もう一つは80年代後半運動を継承しようとするメンバーで大部分が韓国DPIのメン バーになるのである。この二つの団体は、相互批判と牽制をし(04年、ユドンチョル)、また、違う運動の方式を取りながら90年代後半を迎えるのである。
 次の特徴は、20代と30代を運動の場で過ごした彼らは、そこで恋愛をし、結婚するが、経済的な原因で運動の場を離れ、90年代後半を迎えるのである。

それぞれの場で90年代の中半を生きて来た人たちが、もう一度運動の場に集まるようになったのが自立生活運動であった。軽度障害者として、自立生活運動や 理念に重度障害より早く接した彼らは、時にはリーダーになり、時には重度障害者のサポートをした。そして、重度障害者中心の自立生活運動の中で軽度障害者 である、自分たちのアイデンティティに混乱する時期もあった。しかし、ピアカウンセリングや日本での研修とセミナーを通じて彼らは混乱することなく、これ から運動の中心が重度障害者であることを認め、80年代後半障害者運動で経験した組織力と、闘争方法などを教え伝えたのである。軽度障害者が運動の主体か ら離れる、韓国障害者運動の場に 一度も姿をみせなかった重度障害者が自立生活運動の始まりとともに地域の中に出始めたのである。
そして、エリート障害者から学歴も、社会経験もない重度障害者に運動の世代交代が行いながら、2000年代に入り、障害者福祉のパラダイムの転換がはじ まったのである。
その結果、想像できないすごい勢いで自立生活運動や、当事者主義の理念は2007年には大きな結果を果たすのである。(障害者差別禁止法、障害者福祉法の 改正)二つ この10年間、韓国障害者福祉は大きく変わり、様々な所で重度障害者運動が起こっている。これからは忙がなく、今までやってきた運動を再整備 し、様々な組織が連帯し、一緒に新しい運動方式を模索するべきである。そしてなにより、重度障害者が二つの法律を基本に差別なく、自分の当事者性を持ち、 地域の中で安心して生活できるような韓国社会を作るべきである。
 
今、貧しい国のせいで小児麻痺ウイルスに罹ってきた軽度障害者は40代後半と50代を向かえ、韓国障害者福祉の現場で、政策を提案する場で、地域で欠かせ ない存在として活動をしているのである。


参考文献
李サンホ 2003  [韓国障害者解放運動の歴史」 ソウルDPI青年学校資料集 http://www.dpiseoul.or.kr/
이상호 2003 [한국장애인해방운동의 역사] 서울DPI청년학교 자료집
ユドンチョル  2004 「障害者運動の成果と課題」 韓国福祉政策
유동철 2005 「장애인운동의 성과와 과제」 한국복지정책


UP:20080103
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