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共同体運動・コミューン運動


last update:20130516

■紹介

 「コミューンは家族ではない他人が一つ屋根の下で暮らすことを原型とすることが多い。原則として「一つサイフ」である。家計の共同性だけでなく労働や消費の共同性を伴う点では家族と類似している。日本におけるコミューンの系譜は意外に遠い過去にさかのぼる。著名なもの>186>としては文学者の武者小路実篤が一九一八(昭和七)年に宮崎県に作った「新しき村」がある。また宗教者西田天香が京都・鹿ケ谷に開いた「一燈園」も一九〇四(明治三七)年にさかのぼる。...これらのいわば大手の伝統的なコミューンに対して一九七〇年代前後に出てきた...コミューンはニューファミリーといえる側面を有していた。(今, 2009, 185-186)」

※このページの情報は、立命館大学衣笠総合研究機構 研究推進プログラム(2011年度)若手研究「『能力を開花させる労働』をめぐる運動史」の一環として収集されました。



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■年表

1904年 一燈圏 京都市山科区 西田天香
1918年 新しき村 埼玉県入間郡 武者小路実篤
     1920年 米 職業リハビリテーション法 制定
1937年 心境農産 奈良県宇陀郡 尾崎増太郎 ※精薄者との共同生活
1945年 大倭紫陽花邑 奈良県奈良市 矢追日聖 ※社会福祉施設・ライ回復者の宿泊施設等
1946年 松緑神道大和山 青森県東津軽郡 田沢康三郎
1947年 新平須協同農場 茨城県稲敷郡 上野満
     1947年 職業安定法
     1949年 身体障害者福祉法 制定
     1951年 身体障害者福祉法 改正
1953年 山岸会 東京,埼玉,伊勢,大阪,神戸,西海
     1960年 身体障害者雇用促進法
1961年 農事組合法人 東山産業 香川県木田郡 志渡勇一
1962年? 社団法人 日本協同体協会 栃木県今市 宮部一郎・手塚信吉
1962年 マハラバ村 茨城県石岡市 ※障害者との共同体
     ※横塚晃一らが参加 → 青い芝へ
     1964年 重度身体障害者授産施設 制度化
     1967年 身体障害者福祉法 改正
1967年 金峰SCIセンター 山梨県東山梨郡 小林茂夫
1967年 部族 国分寺市
1967年 無我利道場 鹿児島県大島郡
1968年 あらくさ共同体 滋賀県滋賀郡 松本曜一 ※精薄者施設建設運動 
     ※斉藤縣三らが参加 → わっぱへ
     1970年 心身障害者対策基本法
1971年 ぐるーぷ・もぐら 福島県いわき市
1971年 夢見るやどかり族 宮崎市
1971年 梁山泊 群馬県渋川市
1971年 私都村の会 鳥取県八頭郡 徳永進 ※ライ病者との共同体
     1972年 身体障害者福祉工場 制度化
1972年 弥栄之郷共同体 島根県那賀郡 
1972年 集団わっば 名古屋市昭和区 ※精薄者との共同体
1972年 日本塾 横浜市西区 青木宏之
     1973年 米 職業リハビリテーション法改正 →リハビリテーション法
1974年 共同学舎 長野県安曇郡小谷村など 宮嶋真一郎・新田目建 ※障害者との共同生活 
     1975年「身体障害者雇用促進法」改正・・・障害者の雇用が義務化、法定雇用率1.5%
1975年 阿寒学園村 北海道阿寒郡 草刈善進
1975年 ゆまにて共同体 滋賀県高島郡朽木村古屋 
1975年 長本兄弟商会 東京都杉並区 長本光男
1975年 高井戸共同体ズズズー 東京都杉並区 ※女性解放運動
     1975年〜 AZ福祉工場建設運動
     1975年〜 大久保製壜闘争
1976年 アミティエの家 大阪府四条畷市 
     1976年 全障連結成
1977年 緑のふるさと運動 栃木県那須郡 大山八三郎・新島淳良
     1979年 全国青い芝の会全障連脱退
     1980年 AZ作業所(豊中市)発足
     1981年 国際障害者年
     1981年 障害障害者の自立と完全参加を目指す大阪連絡会議 結成 cf. 「KSK障大連ニュース 障害者の働く暮らしをささえるために 講演記録集」
     1981年〜 堀田節子さんNHK就労闘争
     1981年 くえびこ(相模原市)発足
     1982年 豊能障害者労働センター(箕面市)発足
     1983年 障害者職よこせ要求者組合結成 cf. 「報告集 障害者職よこせ要求者組合 結成大会」
1983年 マツサク(大阪市)発足
     1984年 身体障害者福祉法 改正 「更生」→「自立」へ
1984年 共同連(差別とたたかう共同体全国連合)結成
1984年 全国障碍者自立生活確立連絡会/(自立連)発足
1984年 ぽっぽベーカリー(大阪市)発足
     1985年 「身体障害者雇用促進法」改正→「障害者の雇用の促進などに関する法律」
1987年 共生福祉会設立
1987年 『ネットわぁーく――生きる・働く・ホットライン』刊行
     1990年 身体障害者福祉法 改正
     1990年 ADA法制定
     1991年 自立生活センター立川発足/全国自立生活センター協議会結成
     1993年 心身障害者対策基本法改正 →障害者基本法へ
     2002年 「障害者就業・生活支援センター事業」「職場適応援助者(ジョブコーチ)事業」スタート
     2003年 支援費制度
     2004年 障害者基本法改正
     2006年 障害者自立支援法



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■文献

【本】
◇ゲマインシャフトとゲゼルシャフト : 純粋社会学の基本概念 / テンニエス著 ; 杉之原寿一訳 ; 上. - 6刷. - 東京 : 岩波 ,1960.
◇共同体の基礎理論 / 大塚久雄著. - 改版. - 東京 : 岩波書店 , 1970.5
◇人間解放の理論のために / 真木悠介著. - 東京 : 筑摩書房 , 1971.
◇気流の鳴る音 : 交響するコミューン / 真木悠介著. - 東京 : 筑摩書房 , 1977.5.
◇現代社会の社会意識 / 見田宗介著. - 東京 : 弘文堂 , 1979.4.
◇コミューンを生きる若者たち / 今防人著. - 東京 : 新曜社 , 1987.7
◇想像の共同体 : ナショナリズムの起源と流行 / ベネディクト・アンダーソン著 ; 白石さや, 白石隆訳. - 増補. - 東京 : NTT出版 , 1997.5
◇明かしえぬ共同体 / モーリス・ブランショ著 ; 西谷修訳. - 東京 : 筑摩書房 , 1997.6
◇無為の共同体―哲学を問い直す分有の思考 ジャン=リュック ナンシー、西谷 修、 安原 伸一朗 (単行本 - 2001/6/15)
◇日常・共同体・アイロニー : 自己決定の本質と限界 / 宮台真司, 仲正昌樹著. - 東京 : 双風舎 , 2004.12.
◆何も共有していない者たちの共同体 / アルフォンソ・リンギス著 ; 野谷啓二訳. - 京都 : 洛北出版 , 2006.2.
◆「居場所のない人びと」の共同体の民族誌 : 障害者・外国人の織りなす対抗文化 / 山本直美著. - 東京 : 明石書店 , 2007.2
◆大塚久雄「共同体の基礎理論」を読み直す / 小野塚知二, 沼尻晃伸編著. - 東京 : 日本経済評論社 , 2007.4
◆コミュニティ : 社会学的研究 : 社会生活の性質と基本法則に関する一試論 / R・M・マッキーヴァー著. - [オンデマンド版]. - 京都 : ミネルヴァ書房 , c2009. - ([東京] : 冨山房インターナショナル). - (ミネルヴァ・アーカイブズ).
◇近代政治の脱構築 : 共同体・免疫・生政治 / ロベルト・エスポジト著 ; 岡田温司訳. - 東京 : 講談社 , 2009.10. - (講談社選書メチエ ; 451).
◆共同体の基礎理論 : 自然と人間の基層から / 内山節著. - 東京 : 農山漁村文化協会 , 2010.3. - (シリーズ地域の再生 ; 2).

【論文】
◇松田 弘三 04/1959「オーウェン主義の完成--「ラナーク州への報告」を中心とするオーウェンの経済思想」『立命館経済学』8(1):
◇松田 弘三 10/1958「オーウェン主義の成立--1815年恐慌とロバート・オーウェン」『立命館経済学』7(4):
◇松田 弘三 96/1958「オーウェン主義の生成--ニュー・ラナーク実験と工場法運動」『立命館経済学』7(2):145-183
◇川久保 公夫 06/1951「市民社会と共同体の概念--「唯物史観」の範疇構成についての一考察」『経済学雑誌』24(5):37-74
◇河村 望 1964/7/25「<書評> 住谷一彦著「共同体の史的構造論」」『社会学評論』15(1):78-83
◇亀谷 辰男 06/1969「コミューン論の再構築--その原理的考察の試み (現代革命とマルクス主義国家論(特集))」『現代の理論』6(6):51-62
◇亀谷 辰男 09/1969「続・コミューン論の再構築--その原理的考察の試み」『現代の理論』6(9):121-134
◇大山 信義 10/1970「日本の労使関係と共同体秩序」『日本労働協会雑誌』12(10):10-27
◇真木 悠介 02/1971「コミューンと最適社会--人間的未来の構想」『展望』():10-42
◇鎌田 忠良 03/1971「永山則夫--棄民する〈国〉への拒絶 (共同体幻想への反逆(特集))」『現代の眼』12(5):88-97
◇天沢 退二郎 03/1971「松下昇--不可能への〈表現〉者 (共同体幻想への反逆(特集))」『現代の眼』12(5):84-87
◇丸山 邦男 03/1971「小西誠--反逆の至純 (共同体幻想への反逆(特集))」『現代の眼』12(5):64-73
◇岡本 恵徳 05/1971「富村順一――沖縄民衆の怨念(共同体幻想への反逆)」『現代の眼』12(5):98-107
◇長谷川 宏 0571「劉彩品--日本人とは何か(特集・共同体幻想への反逆)」『現代の眼』12(5):74-83
◇長野 秀人 09/1971「土方組始末記 (共同体の理念と現実(特集))」『思想の科学. 第5次』(121):102-107
◇植木 ひろこ 09/1971「共同体における女性の位置--心境農産での体験から (共同体の理念と現実(特集))」『思想の科学. 第5次』(121):96-101
◇埴谷 安弘 09/1971「信仰共同体と砂川青年の家 (共同体の理念と現実(特集))」『思想の科学. 第5次』(121):90-95
◇山尾 三省 09/1971「エメラルド色のそよ風族の話 (共同体の理念と現実(特集))」『思想の科学. 第5次』(121):81-89
◇伊藤 雄司 09/1971「玉川こんみゅんの7年 (共同体の理念と現実(特集))」『思想の科学. 第5次』(121):59-64
◇中村 悦子 09/1971「共同体における子どもと所有意識の成長 (共同体の理念と現実(特集))」『思想の科学. 第5次』(121):52-58
◇高原 健吉 09/1971「私たちのための教育と学問 (共同体の理念と現実(特集))」『思想の科学. 第5次』(121):40-50
◇島崎 征介 09/1971「ユートピア共同体における組織と人間 (共同体の理念と現実(特集))」『思想の科学. 第5次』(121):28-39
◇田中 美津 1972 『いのちの女たちへ――とり乱しウーマン・リブ論』,田畑書店→200107 新装版,パンドラ,391p.
◇大山 真人 09/1971「闇を背負うものたち--高田瞽女哀記 (共同体の理念と現実(特集))」『思想の科学. 第5次』(121):22-27
◇奈良本 辰也 09/1971「安藤昌益と共同体の思想 (共同体の理念と現実(特集))」『思想の科学. 第5次』(121):16-21
◇井上 鋭夫 09/1971「一向一揆と門徒共和国 (共同体の理念と現実(特集))」『思想の科学. 第5次』(121):10月21日
◇前田 俊彦 09/1971「里の思想 (共同体の理念と現実(特集))」『思想の科学. 第5次』(121):2月9日
◇ 09/1971「共同体の理念と現実(特集)」『思想の科学. 第5次』(121):2-64,81?107
◇滝村 隆一 08/1972「<共同体=即=国家>の概念(「図書新聞」'71.9.27) (吉本隆明) -- (吉本隆明論資料集成〔再録〕)」『現代詩手帖』15(9):195-199
◇シンポジウム 望月 清司,森田 桐郎,岸本 重陳011973「共同体・市民社会・社会主義--人間にとって共同性とはなにか (共同体・市民社会・社会主義(特集))」『現代の理論』10(1):5-97
◇望月 清司011973「報告 世界史のなかの市民社会 (共同体・市民社会・社会主義(特集)) -- (共同体・市民社会・社会主義--人間にとって共同性とはなにか)」『現代の理論』10(1):56-62
◇森田 桐郎011973「<市民社会>とは何か (共同体・市民社会・社会主義(特集)) -- (共同体・市民社会・社会主義--人間にとって共同性とはなにか)」『現代の理論』10(1):62-70
◇岸本 重陳011973「商品関係の意味によせて (共同体・市民社会・社会主義(特集)) -- (共同体・市民社会・社会主義--人間にとって共同性とはなにか)」『現代の理論』10(1):70-77
★座談会 石牟礼 道子011973「新たな共同体を求めて--水俣病患者と水俣病センター」『展望』():59-74
◇林 喜代三1974/5/1「労働価値論と「自由な人間の自由共同体」」『一橋論叢』71(5):633-639
◇川久保 公夫 06/1974「経済発展と農村共同体--ミールをめぐる共同体論」『経済学雑誌』70(5):1-21
◇似田貝 香門 03/1976「住民運動と「市民」--生活の論理による社会変革へ向けて (市民社会と共同体<特集>)」『現代の理論』13(3):p20-38
◇インタビュー 今泉 清Mar-76「下町・市民・共同体--地域労働運動の経験から (市民社会と共同体<特集>)」『現代の理論』13(3):p52-62
◇柴地 則之 05/1976「「妣が国」共同体を求めて (昭和を超える思想<主題>)」『思想の科学 第6次』():p130-139
◇岡庭 昇 07/1976「共同体のなかの暗い海--「日本の二重構造」覚え書 (谷川雁--拒絶とメタファ-<特集>)」『現代詩手帖』19(8):p144-152
★岸田 哲 07/1976「さあ,もうひと仕事するか--共同体のイメ-ジを求めての旅 (共同体に生きて<主題>)」『思想の科学 第6次』():p2-10 ※大和紫陽花邑住民による文章
◇山尾 三省 07/1976「太郎に与える詩--もう一つの生き方としての共同体(コミュ-ン)が抱える親と子供の問題 (共同体に生きて<主題>)」『思想の科学 第6次』():p11-19
◇今 防人 07/1976「対話的調査を目指して--共同体調査の覚え書き (共同体に生きて<主題>)」『思想の科学 第6次』():p20-29
◇大友 映男 07/1976「各地の共同体は,いま……--ヤポネシアコミュ-ンとマルチ・メディアセンタ- (共同体に生きて<主題>)」『思想の科学 第6次』():p73-78
◇尾関 弘 07/1976「弥栄之郷共同体とコミュ-ン運動の課題 (共同体に生きて<主題>)」『思想の科学 第6次』():p65-72
◇井上 利男 07/1976「コミュ-ンにかける夢 (共同体に生きて<主題>)」『思想の科学 第6次』():p30-35
★松本 曜一 07/1976「共に育つ--あらくさ共同体から (共同体に生きて<主題>)」『思想の科学 第6次』():p36-41 ※全文掲載
◇大野 真理 07/1976「私のなかの女を求めて--女たち,子供たちとの生活 (共同体に生きて<主題>)」『思想の科学 第6次』():p42-48
★真木 悠介 09/1976「「共同体」のかなたへ--コミュ-ン構想のための比較社会学・序説」『展望』():p57-68 ※「紫陽花村」という障害者健常者共同体に関する記述
◇今 防人 11/1976「回帰と再生--原康男と共同体-上-」『思想の科学 第6次』():p96-102
◇今 防人 12/1976「回帰と再生--原康男と共同体-中-」『思想の科学 第6次』():p113-123
◇今 防人011977「回帰と再生--原康男と共同体-下-」『思想の科学 第6次』():p92-101
◆白井 厚 06/1977「アメリカにおける共同体-続-」『三田学会雑誌』70(3):p371-381
◇橋川 文三 07/1977「コメント (共同体の歴史的意義<特集>) -- (近代における共同体覚書)」『史潮』():p83-86
◇平山 和彦 07/1977「近代における共同体覚書 (共同体の歴史的意義<特集>)」『史潮』():p66-83
◇日南田 静真 07/1977「コメント (共同体の歴史的意義<特集>) -- (ロシアの農民共同体について)」『史潮』():p60-65
◇倉持 俊一 07/1977「ロシアの農民共同体について (共同体の歴史的意義<特集>)」『史潮』():p51-60
◇原島 礼二 07/1977「コメント (共同体の歴史的意義<特集>) -- (共同体論の意義と共同体研究の課題)」『史潮』():p49-50
◇増田 弘邦 07/1977「共同体論の意義と共同体研究の課題 (共同体の歴史的意義<特集>)」『史潮』():p39-48
◇堀 敏一 07/1977「コメント (共同体の歴史的意義<特集>) -- (戦国・秦漢期における共同体と国家)」『史潮』():p33-38
◇多田 狷介 07/1977「戦国・秦漢期における共同体と国家 (共同体の歴史的意義<特集>)」『史潮』():p16-33
★木村 礎 07/1977「「共同体の歴史的意義」を検討するにあたって (共同体の歴史的意義<特集>)」『史潮』():p2-15 ※1977年時点での共同体に関する議論や論点がまとまっている
★寄本 勝美,今 防人 09/1977「<対談>地域社会とコミューン (地域社会回復のもうひとつの途<特集>)」『地域開発』():p2-18
★今 防人 09/1977「日本におけるコミュ-ン運動の曙――「新しき村」研究ノート(地域社会回復のもうひとつの途<特集>)」『地域開発』():p25-33
★渡戸 一郎 09/1977「もうひとつの共同社会を求めて--青年の〈コミュ-ン〉追求の軌跡と意味 (地域社会回復のもうひとつの途<特集>)」『地域開発』():p40-45
◇中村 尚司 09/1977「共同体と人間解放 (地域社会回復のもうひとつの途<特集>)」『地域開発』():p61-68
◇渡戸 一郎,今 防人 09/1977「コミュ-ン関連文献 (地域社会回復のもうひとつの途<特集>)」『地域開発』():p82-88
◇馬田 綾子011979「村落共同体研究にかんする二,三の感想--島田・山本報告をめぐって(大会参加者レポ-ト) (再び共同体の歴史的意義について--歴史学会大会シンポジウム報告<特集>)」『史潮』():p94-98
◇久保田 文次011979「シンポジウム参加記(大会参加者レポ-ト) (再び共同体の歴史的意義について--歴史学会大会シンポジウム報告<特集>)」『史潮』():p87-93
◇小山 正明011979「コメント (再び共同体の歴史的意義について--歴史学会大会シンポジウム報告<特集>) -- (旧中国における共同体の諸問題--明清江南デルタ地帯を中心として)」『史潮』():p83-86
◇鶴見 尚弘011979「旧中国における共同体の諸問題--明清江南デルタ地帯を中心として (再び共同体の歴史的意義について--歴史学会大会シンポジウム報告<特集>)」『史潮』():p63-82,98
◇永原 慶二011979「コメント (再び共同体の歴史的意義について--歴史学会大会シンポジウム報告<特集>) -- (日本中世共同体試論--とくに中世前期の共同体について)」『史潮』():p60-62
◇島田 次郎011979「日本中世共同体試論--とくに中世前期の共同体について (再び共同体の歴史的意義について--歴史学会大会シンポジウム報告<特集>)」『史潮』():p22-59
◇太田 秀通011979「コメント (再び共同体の歴史的意義について--歴史学会大会シンポジウム報告<特集>) -- (西洋古代史研究における共同体概念の有効性)」『史潮』():p18-21
◇弓削 達011979「西洋古代史研究における共同体概念の有効性 (再び共同体の歴史的意義について--歴史学会大会シンポジウム報告<特集>)」『史潮』():p4-17
◇所 理喜夫,中村 義011979「シンポジウム開催にあたって (再び共同体の歴史的意義について--歴史学会大会シンポジウム報告<特集>)」『史潮』():p2-3
◇奥田 道大 08/1979「都市社会と共同体--コミュニティ形成をめぐる状況と解題 (共同体と現代<特集>)」『経済評論』28(8):p78-89
◇三戸 公 08/1979「企業社会と共同体 (共同体と現代<特集>)」『経済評論』28(8):p65-77
◇原口 武彦 08/1979「第三世界と共同体--一つの赤羽理論批判 (共同体と現代<特集>)」『経済評論』28(8):p54-64
◇平山 和彦 08/1979「民俗学と共同体 (共同体と現代<特集>)」『経済評論』28(8):p42-53
◇橘川 俊忠 08/1979「共同体論の思想史的文脈 (共同体と現代<特集>)」『経済評論』28(8):p28-41
◇樺山 紘一 08/1979「共同体論の現在をめぐるスケッチ (共同体と現代<特集>)」『経済評論』28(8):p17-27
◇玉城 哲 08/1979「共同体の経済学 (共同体と現代<特集>)」『経済評論』28(8):p2-16
◇富山 和夫 02/1980「共同体の存立条件--ヤマギシズムを手がかりに(現地調査報告)」『レファレンス』30(2):p71-88
◇長谷川 精一 03/1982「ロバ-ト・オ-ウェンのキリスト教観 (家坂和之先生退官記念特集) -- (現代社会学理論の課題)」『社会学研究』():p217-234
◇蘭 信三 03/1982「村落研究における共同体論的アプロ-チについて」『ソシオロジ』26(3):p81-98
◇奥田 央 10/1983「いわゆる共同体の共産主義的転化の問題によせて--集団化と村落協同組合 (マルクス没後100年特集)」『経済学論集』49(3):p143-162
◇宇野 邦一 04/1985「死体としての共同体 (モ-リス・ブランショ<特集>)」『ユリイカ』17(4):p90-99
◇Bataille Georges,西谷 修 02/1986「無頭の共同体に向けて--「アセファル」誌論文集成 (ジョルジュ・バタイユ<特集>)」『ユリイカ』18(2):p42-61
◇岩本 由輝 11/1986「共同体--戦後,何を否定し,いま,また何が肯定されようとしているのか (戦後40年の時間をはかる<特集>)」『歴史学研究』():p1-14
◇小松 和彦 08/1987「異人と村落共同体をめぐる物語--「松浦長者」と「物くさ太郎」 (旅行のフォ-クロア--異次元へのトリップ<特集>)」『ユリイカ』19(9):p114-125
◇青木 隆嘉1988/3/31「〈論文〉差異の共同体」『人間関係論集』5():26-50
◆太田 博昭 03/1989「フランスの精神医療--国際的な共同体運動・ラルシュ」『精神医学』31(3):p319-325
◇稲賀 繁美 12/1990「共同体の黙約あるいは方法的退行--フィンセント・ファン・ゴッホと日本 (ゴッホ--渦巻く絵画--没後100年<特集>)」『ユリイカ』22(13):p156-173
◇稲村 秀一 06/1993「ブ-バ-の共同体論-1-」『岡山大学文学部紀要』():p27-44
◇稲村 秀一 12/1993「ブ-バ-の共同体論-2-」『岡山大学文学部紀要』():p21-36
◇Dworkin Ronald,高橋 秀治 04/1994「リベラルな共同体 (リベラリズムとは何か<特集>) -- (共同体論)」『現代思想』22(5):p116-137
◇Donzelot Jacque,米谷 園江 04/1994「社会の動員 (リベラリズムとは何か<特集>) -- (共同体論)」『現代思想』22(5):p107-115
◇大庭 健 04/1994「共生の強制、もしくは慣用と市場と所有 (リベラリズムとは何か<特集>)」『現代思想』22(5):p107-171
◇山岡 健 01/1995「共同体論の考察 : 特にヤマギシズム共同体をめぐって (津田眞澂教授退任記念号)」『青山国際政経論集』32():125-146
◇岡崎 宏樹 02/1995「交流の共同体と合一の共同体--バタイユとジラ-ルの供犠論の比較から」『ソシオロジ』39(3):p3-21
◇小田 亮 03/1996「「伝統の創出」としての門中化 : 沖縄のユタ問題ともうひとつの「想像の共同体」(鎌田久子教授退任記念)」『日本常民文化紀要』19():113-154
◇Barten Bruce 08/1996「境界からの日本史 想像の境界,現実の境界 (特集=想像の共同体) -- (境界)」『現代思想』24(9):236-252
◇徐 京植,臼杵 陽 08/1996「分断と離散を超えて (特集=想像の共同体)」『現代思想』24(9):56-89
◇池田 寛二 10/1996「北原淳著『共同体の思想--村落開発理論の比較社会学』」『ソシオロジ』41(2):118-127
◇Chanady Amaryll,中山 徹 07/1998「想像の共同体を捉え直す (総特集 柄谷行人)」『現代思想』26(9):48-58
◇北原 淳 10/1998「「共同体」概念の問題点と有効性(視点)」『ソシオロジ』43(2):87-89
◇町口 哲生 02/1999「オルタナティブな共同(-)体へ--ルネ・シェレ-ル「ノマドのユ-トピア」を読む」『情況. 第二期』10(1):175-181
◇小林 一穂1999/3/30「<書評>北原淳著『共同体の思想 : 村落開発理論の比較社会学』」『社会学評論』49(4):665*-667
◇小田 亮Mar-00「共同体というものをどのように想像するか : 「歴史主体」論争への人類学的介入 (伊藤幹治教授退任記念)」『日本常民文化紀要』21():13-56
◇寺木 伸明,臼井 寿光 03/2000「対論 部落差別と身分をめぐって(上)権力がつくるのか、共同体が生み出すのか (特集 部落史をどう見るか)」『部落解放』():4-27
◇寺木 伸明,臼井 寿光 04/2000「対論 部落差別と身分をめぐって(下) 権力がつくるのか、共同体が生み出すのか」『部落解放』():85-105
◆谷 泰 1979「コメント (妄想共同体について--集団感応現象への考察)」『季刊人類学』10(4):p218-221
◆石毛 直道 1979「コメント (妄想共同体について--集団感応現象への考察)」『季刊人類学』10(4):p209-218
◆岩田 慶治 1979「コメント (妄想共同体について--集団感応現象への考察)」『季刊人類学』10(4):p206-209
◆野田 正彰,白松 美加 1979「妄想共同体について--集団感応現象への考察」『季刊人類学』10(4):p152-206
◆末原 達郎 1980「C.メイヤス-著川田順造・原口武彦訳「家族制共同体の理論--経済人類学の課題」」『季刊人類学』11(1):p239-246
◇淵上 恭子 1988「家父長制的資本制社会における再生産労働の変遷 : 資本制と家父長制その妥協と葛藤の諸形態」『慶応義塾大学大学院社会学研究科紀要 : 社会学心理学教育学』(28):23-32
◇葛生 栄二郎 1997「自由・共同体・自然法(1)」『ノートルダム清心女子大学紀要. 文化学編』21(1):14-21
◇玉井 金五 1997「『個人と共同体の社会科学--近代における社会と人間』西村豁通・竹中恵美子・中西洋編著」『社会政策学会年報』():169-173
◇黒田 宣代 1997「共同体運動のアイロニ---ヤマギシ会を事例に」『社会分析』():101-114
◆葛生 栄二郎 1998「自由・共同体・自然法(2)」『ノートルダム清心女子大学紀要. 文化学編』22(1):20-27
◆井上 孝夫 1999「共同体主義の陥穽 (『白神山地の入山規制を考える』の周辺) -- (第3部 「生活環境主義」批判)」『環境社会学研究』(6):114-119
◇利谷 信義 1999「「共同体」とフェミニズム (ミニシンポジウム2 法的・社会的「共同体」構造と女性)」『法社会学』():154-159
◇広渡 清吾 1999「婚姻における共同性と共同体 (ミニシンポジウム2 法的・社会的「共同体」構造と女性)」『法社会学』():148-153
◇原 ひろ子 1999「グループ形成をめぐる女性の「問題提起」は何を女性に「問題提起」しているか--1970年代から1990年代の日本女性の経験から (ミニシンポジウム2 法的・社会的「共同体」構造と女性)」『法社会学』():144-147
◇Olsen Frances,神長 百合子 1999「コミュニティにおける平等--幻想と可能性 (ミニシンポジウム2 法的・社会的「共同体」構造と女性)」『法社会学』():137-143
◇1999「ミニシンポジウム2 法的・社会的「共同体」構造と女性」『法社会学』():135-159
◇樫村 志郎 1999「「共同性の法社会学」にむけて(シンポジウム・構造変容と法社会学2)」『法社会学』8-21
◇高井良 健一 2000「河野昌幸さんのライフヒストリー(1)三池争議と地域共同体の再編(1)」『東京経済大学人文自然科学論集』(110):141-167
◇東 琢磨 12/2000「共同体を渇望する身体--『夜の河を渡れ』試論 (特集 梁石日(ヤン・ソギル)) -- (梁石日ワールドへの招待)」『ユリイカ』32(15):106-114
◇ヤスコー ガイ,仲正 昌樹 04/2001「全共闘とマルクス主義の凋落 (第一特集 学生(がくしょう)の共同体を求めて--モラルの可能性)」『情況. 第三期』2(3):74-84
◇藤原 力,榎本 智至,高橋 良平 04/2001「学生運動の可能性(1)無党派学生座談会 (第一特集 学生(がくしょう)の共同体を求めて--モラルの可能性)」『情況. 第三期』2(3):55-72
◇最首 悟,牧野 剛,酒井 敏行 04/2001「学生(がくしょう)の共同体を求めて--モラルの可能性 (第一特集 学生(がくしょう)の共同体を求めて--モラルの可能性)」『情況. 第三期』2(3):36-54
◇04/2001「第一特集 学生(がくしょう)の共同体を求めて--モラルの可能性」『情況. 第三期』2(3):36-84
◇水嶋 一憲 11/2001「市民社会--未来の共同体を求めて (総特集 現代思想を読む230冊) -- (社会を読む)」『現代思想』29(15):56-59
◇2004「特集 共同体という概念の脱/再構築」『文化人類学』69(2):236-312
◇松田 素二2004/9/30「変異する共同体 : 創発的連帯論を超えて(<特集>共同体という概念の脱/再構築)」『文化人類学』69(2):247-270
◇小田 亮2004/9/30「共同体という概念の脱/再構築 : 序にかえて(<特集>共同体という概念の脱/再構築)」『文化人類学』69(2):236-246
◆佐藤 透 12/19-05「アイデンティティと共同体--柔らかなアイデンティティのために (特集 アイデンティティ)」『ヨ-ロッパ研究』(5):153-174
◇Esposito Roberto,多賀 健太郎Feb-06「生政治、免疫、共同体 (世界の現代思想を読む) -- (イタリア現代思想の最前線)」『ラチオ』(1):178-193
◆照屋 佳男2006「共同体と「経済主義的偏見」」『早稲田社会科学総合研究』6(3):19-38
◆李 珍景,金 友子 2006「マルクス主義とコミューン主義--コミューン主義者はいかに思考するのか? (特集 接続せよ! 研究機械)」『インパクション』():102-115
◆秋山 洋子 2006「インパクト・レヴュー Culture & Critique 自分史から照らしたリブ・コレクティブ論考--『女たちの共同体』(西村光子著)」『インパクション』():153-155
◆北野 誉 2007「《運動の思想》を読む(25)岡本恵徳著『水平軸の発想--沖縄の「共同体意識」』」『ピープルズ・プラン』(40):151-154
◇小田 亮 03/2007「現代社会の「個人化」と親密性の変容 : 個の代替不可能性と共同体の行方」『日本常民文化紀要』26():188-156
◆田中 智彦 2008「書評 『テイラーのコミュニタリアニズム--自己・共同体・近代』(中野剛充著)」『社会思想史研究』(32):202-208
◆有江 大介 2009「書評 『共同体と共同善--トマス・アクィナスの共同体論研究』(佐々木亘著)」『社会思想史研究』(33):150-154
◆谷口 功一01/2009「ショッピングモールの法哲学--「市場」と「共同体」再考 (政治とは何か)」『ラチオ』(6):50-77
◆岡本 厚,李 起豪,王 理宗 04/2009「共生社会をつくる主体--地域・共同体・NPO 総括討論 (世界経済危機と東アジア) -- (シンポジウム 東アジアで「共生社会」は可能か)」『世界』(790):220-223
◆川崎 哲,同 志輝,奥谷 京子 04/2009「共生社会をつくる主体--地域・共同体・NPO 質疑応答 (世界経済危機と東アジア) -- (シンポジウム 東アジアで「共生社会」は可能か)」『世界』(790):206-219
◆黄 浩明 04/2009「共生社会をつくる主体--地域・共同体・NPO 中国における地域協同とNPO (世界経済危機と東アジア) -- (シンポジウム 東アジアで「共生社会」は可能か)」『世界』(790):200-203
◇今防人 2009「コミューンはどこへ行ったのか?」岩崎稔・上野千鶴子・北田暁大・小森陽一・成田龍一(編)『戦後日本スタディーズ2 60・70年代』紀伊国屋書店185-200.
◇小田 亮 12/19-09「共同体と代替不可能性について : 社会の二層性についての試論 (吉原健一郎教授退任記念)」『日本常民文化紀要』27():260-219
◇小室 泰治 2010「知的障害者と共同体運動--若者の運動とその後」『武蔵野短期大学研究紀要』24():145-152
◆土肥 信之 2010「書評 小野塚知二・沼尻晃伸編著『大塚久雄『共同体の基礎理論』を読み直す』」『社会経済史学』76(3):491-493


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■引用

◇松田 弘三 96/1958「オーウェン主義の生成--ニュー・ラナーク実験と工場法運動」『立命館経済学』7(2):145-183
オーウェンによる協同の原理:「人間は、彼の個人的な力を、同胞と対立し彼らと競争して発揮するときに、彼の利益が個人的にも全般的にも社会のそれと一致するなんらかの社会的施設によって助けられるときよりも、彼の自身のためによりよくそして公共のためにより有利に、〔必要品を〕生産しうるということが、経済学の理論家たちのあいだで承認された意見であったし、また現在でもそうである。あたかも永久的に公共的善に対立するかのごとき個人的利害のこの原理は、もっとも名高い経済学者たちによって、社会制度の隅石として、それなしには社会が存立しえないものとして、考察されている。しかし彼らが自分自身を知り、そして結合と統一がうみだしうる驚くべき効果を発見するときに、彼らは、社会の現在の秩序が、工夫しうるもっとも反社会的な、愚劣な、不合理なものであることを認めるであろう。」

◇川久保 公夫 06/1951「市民社会と共同体の概念--「唯物史観」の範疇構成についての一考察」『経済学雑誌』24(5):37-74
マルクス初期の...共同体の概念はきわめて広範な意味内容:第一の意味『抽象的共同体』、第二の意味『現実的共同体』、第三の意味『理念的共同体』。
「共同体において初めて人格的自由は可能になる。共同体の従来の代用物においては、即ち国家などにおいては、人格的自由は支配階級の諸関係ないで発展した個人にとってしか、かつ彼らがこの階級の個人である場合にしか存在しなかった。従来個人が結合して形作ってきた見せかけだけの共同体(die scheinbare Gemainschaft)は、常に彼らから独立したものであり、それが一階級の結合であったがゆえに、同時にまた他階級に対立しており、被支配階級にとっては全然幻想的な共同体であったばかりでなく、むしろ新たな桎梏であった。本当の共同体にあっては各個人はかれらの連絡のうちに、又それを通じて自己の自由を獲得する 『ドイツイデオロギー』」

◇亀谷 辰男 06/1969「コミューン論の再構築--その原理的考察の試み (現代革命とマルクス主義国家論(特集))」『現代の理論』6(6):51-62
p61 コミューンの遂行するプロレタリア解放の本業としての市民社会構造変革は現存社会で資本家の私有に帰し、労働者搾取手段と化している生産諸力・生産諸手段の社会共同所有管理を基軸にした、諸個人の自由な合意による彼らの共同的・個別的利益のための生産と消費の共同体への社会の再組織

◇亀谷 辰男 09/1969「続・コミューン論の再構築--その原理的考察の試み」『現代の理論』6(9):121-134
p124 労働が労働者の本質に属し自己目的であるかぎり人間的生命発現の最大の喜びであるが、それが彼らから疎外され彼らの動物的生存の手段として客体化されるや否やこの喜びは失われ苦痛となる。
p134 もちろん共同体の所有・管理している生産諸力の高度の発展がすべての前提である。もしこの生産諸力が最高度の発展をとげている場合には共同体=類の個体への能動的補完は完全に全面化し個体はこの補完によって無限に充実した人間的個体として形成確立される。

◇丸山 邦男 03/1971「小西誠--反逆の至純 (共同体幻想への反逆(特集))」『現代の眼』12(5):64-73
p71 『資本論』や『共産党宣言』が、労働者農民大衆の反抗や一揆のなかから<学習>されるというプロセスを辿らずに、まさしくエリート教育のの伝道である帝国大学の研究室を濾過機として、きわめて難解に<昇華>させることによって、<難尊易卑>をモットーとする知的エリートの知的修養書と化したその知的状況に、よくあらわれていた。

◇植木 ひろこ 09/1971「共同体における女性の位置--心境農産での体験から (共同体の理念と現実(特集))」『思想の科学. 第5次』(121):96-101
p99 女性の解放のためには、女性が、まず自分自身の内部にある古いものを打ちこわさなければならないということを、いやというほど感じさせられたものである。
p100 心境という一つの共同体の中で、女性は男性と対等の地位を獲得してはいない、女性の解放はなされていない
p101 心境という共同体は、共同体というよりはむしろ、尾崎氏を家父長とする一大家族…ひとりの律大な人物がいたからこそ、そして個人よりも共同体全体の利益を優先したからこそ、一つの共同体が存続し、発展しえたとすれば、それは、個人の自由と解放をめざす共同体本来の目的とは相いれないことなる。

◇島崎 征介 09/1971「ユートピア共同体における組織と人間 (共同体の理念と現実(特集))」『思想の科学. 第5次』(121):28-39
p33 ユートピア共同体においては、目標は常に遥か彼方にあって達成されることはないといえるだろう。逆説的には、存続するためには、目標は重視されるがゆえに達成されるようなことがあってはならないのである。

◇田中 美津 1972=2001 『いのちの女たちへ――とり乱しウーマン・リブ論』,パンドラ
p287 共同体というのは、いってみれば、たてまえであり願望である。…>288>…共同体の日常とは、常に〈ここにいる女〉からの出発である。...「共有」とは、そのたてまえがどの程度己れの本音となっているか、つまり自分の現在位置を知るための、胎んだ関係性の質を知るための、その物指しだ。物指しに過ぎない。

◇岸本 重陳011973「商品関係の意味によせて (共同体・市民社会・社会主義(特集)) -- (共同体・市民社会・社会主義--人間にとって共同性とはなにか)」『現代の理論』10(1):70-77
p9 「コンミュン」への一種の思い入れは、言ってみれば管理社会の重圧への猛烈な反感から、わりと通俗的な疎外論解釈を媒介にして、分業を廃棄した個体的小集団的コンミュンというイメージでしょうが、アメリカのヒッピー・コンミュンのようにともかく一時>10>期は現実のものとして成立したという動かせない事実があって、ひとを惹きつけた…市民的ゲゼルシャフトを段階的にせよ内在的にせよ媒介としない共同体、というふうにまとめると不思議に前に述べた、ネオ農本主義と似てきます。バリケード・コンミュンの段階の「個体的所有」への関心は、そのあとの三里塚コンミュン段階になると、急旋回して土着の思想とか大地のコンミュンとかいったつかみ方に変身している。市民社会概念をへない「共同体」への接近が「血と土」の共同体思考に流れてゆくのを見るのは、あまり良い気持がしない。

◇柴地 則之 05/1976「「妣が国」共同体を求めて (昭和を超える思想<主題>)」『思想の科学 第6次』():p130-139
p137 一九六○年以降、日本の共同体が新しい社会原理を内包しているのではないかという視点から再評価されだしたということはすでに書いた通りであるが、問題は共同体の理念と現実との乗離である。ここ数年来既成の集団活動を離れて共同体運動に入ってくる人を眺めていると、これらの人々が求めているのは、共同体が純粋に理念として掲げている全き意味での相互扶助の社会ではなかったかと思う。ところが共同体運動はまぎれもなく現実的な集団運動であって、集団の枠組みからのがれることはできない。
p138 どこの共同体も三百人を超えるところはない。この三百人という数字は大切なところで、私たちが一つの集団で代理人を選ばず直接意見を集中させる最大の数ではないかということである。これ以上の人数になれば、どうしても代理人を選ぶ間接民主主義の方法をとらざるを得ないという数字を示している。
 直接民主主義の基礎は、お互いに顔見知りであり、日常から考え方がわかっているということ...つまるところ最終的に個と全体は必ず調和しうるという予定調和の考え方に立っている

◇木村 礎 07/1977「「共同体の歴史的意義」を検討するにあたって (共同体の歴史的意義<特集>)」『史潮』():p2-15
p5 日本においては大塚久夫の諸業績が、前近代の社会構造を解明する重要な鍵としての共同体の問題を提起した。...つまり、近代資本主義社会に到達すれば共同体は解体される、あるいは共同体の解体が近代資本主義社会を生むという考え方である。さらに要約すれば、前近代は共同体社会であり、近代は商品と資本の社会だ、という理解の仕方である。
p7 日本における共同体論の主潮流について概観...第一に社会学的共同体論、テンニエス『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト』、村落共同体における土地所有の端的な表現形態を共有地に見出す。
マルクス『資本主義的生産に先行する諸形態』大塚久雄『共同体の基礎理論』...>8>...、@近代資本主義社会における商品に対置する意味で、前近代における共同体の問題を置く、A土地所有の諸形態との関連において共同体の問題が提起されている、Bアジア的・古典古代的・ゲルマン的の三つの土地所有の形態=共同体について論じている、C上記三つの形態けは共同体所有と私的所有の対抗関係の差をもって区分されている。...マルクス共同体論に欠けているものは、近代における共同体の問題。この問題提起には答えられない。
p11 現代における「共同体」の意味内容はまことに多様...>12>...共同体とはなによりもまず人間と土地の関係...共同所有と個人所有との関係(対抗的な)は長い歴史過程において差があり、個人的所有が共同所有の中に全く埋没しているような状況から、共同所有が個人的所有に解体分解される直前の状況までの差がある。その過程におけるいくつかの画期が共同体の「段階」であり、共同体はいくつかの「段階」を経て消滅することになる。
p13 土地所有関係を機軸とした共同体論にはおおきな難点がある。...近代資本主義社会は、個人的土地所有が勝利を占めた時代であり、現代資本主義社会は一層そうである。そこには、共同体所有は原理的には存在しない。

◇寄本 勝美,今 防人 09/1977「<対談>地域社会とコミューン (地域社会回復のもうひとつの途<特集>)」『地域開発』():p2-18
p4 日本の場合はコミューンが盛んになるのは70年からですね。ただし、これにはいくつかの源がありまして、一つはやはり全共闘運動です。もう一つは、ワークキャンプ運動というのがそれ以前にありまして、キリスト教系のFIWC(Friends lnternational Work Camp)というのが60年代後半から70年にかけて各地に出てくるわけです。いわばボランティアのグループです。あとほかにも同じようなSCI(Service Civil International 国際市民奉仕団)、そういう流れが一つにはありますね。しかし、青年コミューンが出て来る契機というのはやはり全共闘運動に求められます。
p5 コミューンに内在する問題...1970年以降に出現してきた青年コミューンの問題というのは非常によく似通っています。たとえば、これは解放された集団あるいは社会であると言って、働きたくないやつは働かなくていいんだ、本当の労働の欲求に従って働けばいいんだ、そういう一派が出て来る。ところが現実的に食っていけないわけです。そうすると自分達以外の者によって支えられることになる。他人の労働に寄生する。そういう一派に対して自立を求め、いわば労働派みたいなのが出てきて対立となる。この種の対立はいろんなコミューンの中で現われてくるわけです。
p6 山の中で農業をやっているグループなんですが、ほとんど全員といっていいぐらい都市出身者
p7  今60年代から70年代にかけてはたとえば全共闘運動などのようにある意味でアナキスティックな思想がかなり広まった時代だと思うんですね。それで、「指導というのは支配化に通ずる」というようなスローガンが掲げられたと思うんです。ところが実際に自分たちがそういう生活をしてみると、少なくともリーダーとか、もっと控え目に言いますとコーディネイターみたいなものは不可決ですね。つまり、いわばかつての18世紀、19世紀のユートピアン・コミュニティもそうだったと思うんですが、一方ではやっぱり、自己変革をやらなければいけない。
 日本の戦後の学生運動をたどって見ても、やっぱり、社会が悪いんだという点にいままでずっとアクセントを置いてきた、60年代の半ばぐらいまでとにかく社会が悪いんだ、体制が悪いんだという学生たち、青年たちのスローガンがあったと思うんですが、今度はやっぱり自分も悪いんじゃないか、だから社会を体制のレベルでひっくり返したとしても出て来るものはあまり違わないんじゃないかという考えが出てきてきた。それにはいわゆるスターリン主義の問題なんかもあると思うんですけれども、やはり考えなければいけないのは、自分も悪いんであって自分もここで解放されていない。彼らフリークのスローガンにあるんですけれども生活革命と言うんですね、一挙手一投足から変えていかなければいけないんじゃないか。ところが実際にやってみると、やはり骨の髄までかなり毒が回っている、なかなか一朝一夕にはいかない。だから気の長いグループなんかは二代三代かけて新しい人間を育てていかなければいけないんだ、自分たちの世代というのは、種まきぐらいで、本当の新しい人間はこれ以後出て来るんだという

◇渡戸 一郎 09/1977「もうひとつの共同社会を求めて--青年の〈コミュ-ン〉追求の軌跡と意味 (地域社会回復のもうひとつの途<特集>)」『地域開発』():p40-45
p40 1960年代の高度産業化にともなう全般的な都市化・管理化の先進を背景として、1970年代前後にアイデンティティ形成期を迎えた青年世代の中から、異議申立てやドロップ・アウトが惹起され、ヒッピー、放浪、新左翼(日本では全共闘運動)などと共に、青年コミューン(youth communes)の潮流が生み出されたことは、私たちの記憶に新しい。欧米の「豊かな社会」では、一時、その数は数千といわれ、日本でも少なくとも100以上のコミューンが族生したと推測される。青年コミューンはこうして1970年代の前半、高度産業社会において共通にみられるところの、青年世代の中のマイノリティ・グループが担う社会運動としての性格を強くもった
p44 1970年代に広汎にみられた青年の〈コミューン〉追求には、フリークたちの共同体とは別に、もうひとつの潮流が生み出されていた。それは、1960年代からあたかも地下水のように準備されてきたワーク・キャンプ運動のなかから生まれてきたコミューン運動である。この潮流に属す先駆的事例としては、1967年に開設された「砂川青年の家」があり、さらに70年代の代表的事例としては、「あらくさ」共同体や「集団わっぱ」そして「弥栄之郷共同体」がある。
 70年代のコミューン運動と関わりの深いのは、SCIとFIWCである。共に1950年代に日本に伝えられた国際的なワーク・キャンプ運動体であり、60年の安保闘争後、運動の拡散状態の中で多くの学生の参加を得て、以後、地道に発展してきた。SCI(Service Civil Intemational 国際市民奉仕団)の運動趣旨は、'Peace not by Words but by Deeds'の標語の下に、「憎悪、偏見、異なった信条、国籍、人類、階級、宗教、性別等が生み出すあらゆる社会的障壁を、真に建設的な共同奉仕作業、共同生活としてのワーク・キャンプを通して、人間連帯の場の自覚に立って打ち破り、そこから新しい生き方、考え方、世界観を創造してゆくことである」(SCIパンフレット)。また、FIWC(Friends International Work Camps' Japan)もその運動目的として、「よりよき社会の建設」(平和)、「言葉より行動を」(労働)、「人間皆兄弟」(友和)、「ボランティア自立自治」(自発)を掲げている。このように、ワーク・キャンプ運動の思想には、「よりよき社会の建設」という一点において組織され、社会「問題」を肌で直かに感じながらその解決に協働で関わろうという姿勢が貫かれているといえる。…
 共同生活体「集団わっぱ」は、FIWC東海委員会の活動の一環であり、その活動家の有志数名によって、ワーク・キャンプ運動の断片性、限界性を克服すべく「解放共同体」を志向した。しかし、1970年に、精薄児の「施設共同体」建設を目差す「あらくさ」の運動と出会い、同年春には「あらくさ」を支える有力グループとなった。こうした経緯から自らも「施設共同体」へ向かうステップとして、1973年11月、3名の生活共同体として出発したのが、「集団わっぱ」であった。72年5月には自らの「共同作業所」(印刷部)を開き、知恵遅れの子供たちも含め、差別関係を否定した仕事場をつくり出している。
 74年4月、「集団わっぱ」は一つの転期に立っている、と機関誌『わっぱ4号』にある。そして、@生活・労働の場がたんに狭いだけでなく、障害者にとって生活困難な機能がやむを得ず存在していること、A「わっぱ」は生活の場であることがややもすれば軽視されがちであったこと、の2点が提起されている。そこで「なぜ共同生活(→共同体)を、なぜ共同作業所でやっていこうとするのか、という初心」を、再度確認することが要請されている。そして、「共に生活するということは、従来、夫婦・家庭・家族にしか、例外を除いて見られなかった、生活においての共同性を人間相互の地点におきかえてみようとする試みでもあり、いまの社会にあっては弱者(であること)を強いられている者にとっての防衛でもある」という原点に帰って、「『一般企業で働けない』という要求のための、施設化、企業化の前段階的な共同作業所」ではない共同労働の関係を生み出すことが、目差されている。

◇樺山 紘一 08/1979「共同体論の現在をめぐるスケッチ (共同体と現代<特集>)」『経済評論』28(8):p17-27
p22 共同体の概念は、はじめにもふれたように、講座派マルクス主義の系溌をひいているにもかかわらず、あるいは、そのためにかえって、近代社会科学の独特の公理のなかに封じこめられてしまったようにみえる。その公理とは、ある極の二元識である。精神と肉体、認識と行為、全体と個体、理念と存在といった形而上学的、論理学的な性格のものから、より現実的なものまでふくまれる。たとえば、都市と農村、文化と自然、ゲゼルシャブトとゲマインシャフト、市民社会と共同体・・・・・・。

◇玉城 哲 08/1979「共同体の経済学 (共同体と現代<特集>)」『経済評論』28(8):p2-16
p3 マルクス理論の教条化と動脈硬化という現象
p11 共同体の内部においては、交換が発生する根拠はない...交換を発生させる根拠をもたないにしても、共同体はやはり独自の「分配」の機構と論理をもつ...この分配の原理は、やはり「贈与」といわれるもの...背後に「労働」の「贈与」という関係...共同体は、構成員の個体の再生産と同時に、共同体自>12>体の再生産を自己目的とする存在...共同体におけるこのような扶養の構造は、労働人口から非労働人口への「贈与」の構造である。
p13 共同体間の交換の発生は、それが共同体の変質をもたらすとしても、ほとんど可能性の範囲にとどまっていた。だが、市場経済が一つのシステムとして、自律的調整力をもって作用しはじめたとしたら、共同体はどのようにふるまうであろうか。
第一、市場経済の原理と、共同体経済の原理は、きわめて異質。前者にあっては「社会が市場の付属物として動く」ような、いわば「社会的諸関係が経済システムの内に埋め込まれ」ているのにたいし、後者においては、「経済が社会的諸関係の内に埋め込まれ」ているのである。(ポラニー『大転換』)
p16 共同体の原理などというものは、共同体の社会の現実のなかでは客観性をもってあらわれてくることはない。「市場社会」ないし「市民社会」が現実に出現し、それとの対比が可能になることによって、共同体の異質の原理性がはじめてみえてくるといってさしつかえないように思われる。

◇岩本 由輝 11/1986「共同体--戦後、何を否定し、いま、また何が肯定されようとしているのか (戦後40年の時間をはかる<特集>)」『歴史学研究』():p1-14
p3 共同体を労働組織としてみるとき、それを行政区画や集落景観と同一視してはならない...共同体の基本をなすものは何かといえば、人と人とのつながりであり、もっと端的にいえば労働組織としての人と人とのつながり...私は共同体論を展開するにあたって、所有論より関係論を重視する
p4 共同体ではいつでも一個完結的にあらゆる機能がその内部で行なわれるといった式の議論がかつても今も多い...そのような共同体に対する認識は政治権力の村落共同体把握の手法に通ずるものであることに気がつく必要があろう。...政治権力はしばしば村落共同体の把握にあって擬制としての共同体を創出する。
p13 私の場合、1950年前後の共同体論争が華やかな頃からかなり遅れて共同体研究に入り、それを現在まで続けてきたが、そうしたいわば流行遅れの態度で共同体研究を続けるかぎりにおいて、すでに機能の分化や拡散が進んでいる近世よりもさらにさかのぼって本来の共同体が機能していた時代を考えてみようということから、歴史を遡上する気持が強まっていた。あるいは、そうした態度は階級闘争的な問題意識の欠如からくるものであるといわれたこともあった。
 しかるに、1970年代後半になると、にわかに共同体をめぐる議論がにぎやかになり、新たな流行と思える状況を現出した。そのさい、かつて否定的に扱われてきた共同体が、きわめて肯定的に扱われ、資本主義化あるいは西ヨーロッパ化という形をとった近代化が生み出した諸悪からの解放のよりどころとしての位置づけを与えられているのには大いにとまどわされたものである。共同体がその役割を果していた時代において持っていた意味を解明することと、超歴史的にこれを評価することとはおのずと別でなければならないはずであるが、近時における共同体をめぐる言説のなかには、そのあたりの区別がなされていないものが多すぎるように思われる。...共同体が戦後、否定的に扱われた場合も、いままた肯定されようとしているときにおいても、この枠のなかだけでのものを否定し、あるいは肯定しているにすぎず、本来の共同体の史的考察が本格的になされることがなかった

◇稲村 秀一 06/1993「ブ-バ-の共同体論-1-」『岡山大学文学部紀要』():p27-44
p28 「人間の間柄(das Zwfischenmenschliche)」と「社会的なるもの(dasSoziale):人間の二つの在り方の異質な次元、@無自覚な個の集合体、無自覚な個の集合体のなかで個的人間はある安心を得るかもしれないが、それは外側から与えられている。A一要素としての「物」ではない。くっきりと縁どられたひとりの人格として...その異他性の故にこそ、私はその隣人に向い合っている事実を自覚...その自己と他者との間に起こった出来事は、生きた共同体形成に至る源

◇稲村 秀一 12/1993「ブ-バ-の共同体論-2-」『岡山大学文学部紀要』():p21-36
p22 「汝の世界」を「共同体」と呼ぶならば、「それの世界」は「集合体」
p31 『ユートピアへの道』における共同体論:この著書の冒頭に「『共産党宣言』のなかで今日までの諸世代に最も強い影響を及ぼした章に、『批判的ユートピア的社会主義と共産主義」と題する章がある」(836)と記されている。この著書の最初の章においてブーバーはこの空想的社会主義が、マルクス・エンゲルスによって否定されていった過程を要約している。ブーバーはユートピア社会主義者達のなかで、サン・シモン、フーリエ、オーウェンなど先駆的な人たちをまず最初に展望して、次に、ブルードン、クロポトキン、ランダウアーについて簡単に言及し、その後で、マルクス、レーニンの社会主義思想がブーバーの観点から批判的に紹介されている。…ブーバーはユートピア社会主義について、この立場の目標は非人間的な状況のなかで抑圧されている人間を解放し、「真の社会(echte Gesellschaft)」(925)によって国家に代わることであると述べている。…「『社会的(sozial』世界を造形する」…社会には各人の、1.人格的一機能的自立と、2.相互承認、3.相互責任、4.協同的働きが必要であり、またここから共同体の変革も進展する...マルクス=エンゲルスとユートピア社会主義者達(特にブルードン)との基本的な対立は、理想社会実現のための政治的方法あるいは政治的態度に関してであったが、それはマルクス主義の提唱する「政治的原理」とユートピア社会主義者の立っている「社会的原理」の対立という問題
p32 ユートピア社会主義の社会変革の理論は非実践的であるとエンゲルスの『空想から科学へ』で批判>33>されている...しかし、彼らは理想社会を語るだけではなく、彼らなりにその実現に向って具体的現実に働きかけていることをブーバーは評価

◇池田 寛二 10/1996「北原淳著『共同体の思想--村落開発理論の比較社会学』」『ソシオロジ』41(2):118-127
p122 今社会学者が本当に見えなければならないのは、日本であれアジアであれ、あらゆる社会にみられる「共同体の言説」と「市民社会の言説」とのせめぎあいよりもむしろ両者の相互依存関係なのではないだろうか。

◇小田 亮Mar-00「共同体というものをどのように想像するか : 「歴史主体」論争への人類学的介入 (伊藤幹治教授退任記念)」『日本常民文化紀要』21():13-56
p27 「歴史主体」論争と「異質化の罠」...多くのポストモダニストに共通してみられる、ある種の啓蒙主義的な主体が温存されている...特定の単一のカテゴリーが押しつけられるとき、それに抵抗して複合的な「わたし」の固有性を守るために、「わたし」を構成するさまざまな関係性のなかから別の関係性を意識的に選択できる「主 体」である。このような主体の温存は、岡真理[一九九八]が指摘しているように、「自己/他者が何者であるかを自ら規定できる主体としてふるま」うことによって、「わたし」が何者であるかを決定する他者からの「問いかけ」への応答を拒否する、「植民地主義的な関係性」の反復でしかない。
p38 参考になるのが、ヨネヤマ・リサが論じている「語りの余白」...>39>「知の不在そのものに気づかなかった過去として、すなわち記憶の空白点として」[ヨネヤマ、一九九六]語られる、この「語りの余白」の存在こそ、さまざまな他者の記憶の語り(「複数の外部性」)との接合点となるのであり、それが、自己完結した「大きな物語」ではなく、それに抗する「小さな物語」のネットワークを生成していく
p40 ネイション以前の想像の共同体では、境界はすけすけで不明瞭であり、周辺部では相互に浸透しあっていた[アンダーソン 一九九七、四四]...先に述べた共同体の想像の貧困とは、アンダーソンのいうネイションの想像のスタイルによって、すべての共同体を閉じられた均質のものとして想像し、もう一つの別の想像のスタイルによって想像することができないという貧困さ
p45 血縁原理しかないわけではないし、一定の土地と結びついていたが縛りつけられていたわけではなかったのであり、境界線を知らないわけでもないし、閉じてもいないというのが、アフリカのふつうの共同体であった。それは、アンダーソンのいうように、「部族」と氏族という〈顔〉のある側係の延長による二種類の開かれたネットワークとして想像される共同体であった。その「部族」を固定してその境界を不変のものとしたのは、ヨーロッパ人による植民地統治だったのである。
p48 「歴史主体」論争においても、ポストモダニストたちは、共同体主義者たちと同じく、共同体を想像する貧困さを示しているようにみえる。ポストモダニズムは、近代オリエンタリズムに特有の、共>49>同体と社会の二元論的対立や...共同体の内部と外部の境界線を脱構築して、同じ村のなかの成員だろうと「他者」にはなるのだと言いながら、なぜか、他者は「外部」にしかいないという識をしてしまう。

◇樫村 志郎 1999「「共同性の法社会学」にむけて(シンポジウム・構造変容と法社会学2)」『法社会学』8-21
p12 「共同性」をめぐる議論には、三つの注目すべき共通性...(1)現代の社会において、共同性の現象は多様...「共同性」の基本的特徴は、とらえにくいエルーシヴな(elusiveまたはevasive)性質...(2)「共同性」は、確実性や普遍性をもたない、ある独特な意味での「価値」...(3)「共同性」には、とりわけ現代においてはその「存在」が疑われやすい...「共同性」とは、とらえがたい、価値性や存在性がまさに問題的であるような形で、議論されている現象である。さらに、「共同性」という現象は、疑いうる存在、疑いうる価値であり、また、その疑いうる性質は、その価値があるカテゴリーの人にとってのみ理解できるとか、好ましいとかいう性質をもっているという疑いに関係している。このことから、つぎのように言うことができる。「共同性」について普遍主義的に定義したり、その価値を論争をはなれて検証したり、その道徳的意味合いを無視してその存在を確認したりすることは、まさに、この「共同性」という現象が、人々によって利用されているやり方に反することである。なぜなら人々は一貫してそれらを疑わしいものとして扱っているからである。「共同性」についての普遍主義的な定義やそれにもとづいた研究は、人々の語るものとしての「共同性」をとりにがしてしまう結果になるであろう。
p13 「共同性」が普遍的な価値であるとか確実な存在であるとか語ることなしに、「共同性」を研究する仕方を見出すことができる。それは、「共同性」それ自体ではなく、具体的な場面における「共同性」の論証や主張のあり方やそれを支える社会的条件に焦点をあてるという方法を自覚的に採用することである。...(1)つねにその確実性や価値の論証や主張の現場に埋め込まれたものとして、「共同性」をとらえるべき...(2)「共同性」の意味に即するものとしての、存在判断や価値判断を、方法的に「停止」するべき...(3)「共同性」を、その社会の「論争の制度」に関連付けて研究するべき...どの社会も、特定の場面で、「共同性」が論証されたり、証明されたり、主張されたりすることに役立つ制度をもっている、と仮定するべき...「論争の制度」...われわれは、「共同性」を社会的に生み出し、ひとびとを「共同性」の定義や主張や論証へと動機づける、そのような制度

◇松田 素二2004/9/30「変異する共同体 : 創発的連帯論を超えて(<特集>共同体という概念の脱/再構築)」『文化人類学』69(2):247-270
p249 自由尊重主義(者)と共同体主義(者)とのあいだの、いわゆる「リバタリアン・コミュニタリアン論争」...暴力的な二項対立
p258 共同体主義者と自由尊重主義者とのあいだの論争において、もっとも議論が欠けていたのは、生活論に関わる領域...いかに生活を成り立たせるか、いかによりよい生活をつくりあ>259>げるか、という視点を欠いた共同体論は、そもそも成り立たない
p261 恣意的に仮想された共同体は、明確な節減を示しながら、構成員にリアルな存>262>在としてたちあらわれる...>262>...それは共同体がたんなる浮遊する構築物であることをやめ、生活世界において連続的で固定的な実体として生きられている…>263>...共同体の正統性を強調する語りは、けっして共同体を固定し閉じてしまうのではなく、変換の技法を駆使して、共同体内部を流動化し活性化してきた...>264>...個人の自由の肯定と共同体の抑制は、生活世界におけるある場面では暴力的対立として現象するが、生活史の継続においては、相互に転換可能な原理として作用している...振り子のように変転するこの個と共同体のかけあい...これまでの共同体主義者と自由尊重主義者との論争においては、この生活論的三視座が決定的に欠けていた。...生活論の立場にたって共同体を語るとすれば、以下の三点が重要なポイント...第一に、共同体は自然で固定的なものではなく、歴史的条件のもとで生成され時代とともに更新される動的なものだという点...第二には、だからといって、共同体は、原初的感情をまったく持たない、単なる構築物でも、アイデンティティを要請しないその場その場でつくられる創発性の産物でもなかった。それは、明確な境界と帰属アイデンティティを成員に要請するリアルな存在だという点である。...第三に、明確な境界とアイデンティティを再生産する一方で、共同体は、その内実においてはかなりの程度の変異と流動性を継続的に創り出している

◇小田 亮2004/9/30「共同体という概念の脱/再構築 : 序にかえて(<特集>共同体という概念の脱/再構築)」『文化人類学』69(2):236-246
p237 共同体という概念の不幸は、19世紀の社会学において「失われたもの」として「発見」されたことに始まる。.

◇今防人 2009「コミューンはどこへ行ったのか?」岩崎稔・上野千鶴子・北田暁大・小森陽一・成田龍一(編)『戦後日本スタディーズ2 60・70年代』紀伊国屋書店185-200.
p185 コミューンは家族ではない他人が一つ屋根の下で暮らすことを原型とすることが多い。原則として「一つサイフ」である。家計の共同性だけでなく労働や消費の共同性を伴う点では家族と類似している。日本におけるコミューンの系譜は意外に遠い過去にさかのぼる。著名なもの>186>としては文学者の武者小路実篤が一九一八(昭和七)年に宮崎県に作った「新しき村」がある。また宗教者西田天香が京都・鹿ケ谷に開いた「一燈園」も一九〇四(明治三七)年にさかのぼる。第二次世界大戦後でも山岸巳代蔵が唱えた「Z革命」に基づき創設された「山岸会」がある。「新しき村」は自他を生かす、労働と芸術の両立などのスローガンの下に今日まで続いている。後者二者は修養的な側面が強い。「一燈園」の便所掃除は有名だし、山岸会の「腹を立てない」という原則も修養的な側面が強い。
 これらのいわば大手の伝統的なコミューンに対して一九七〇年代前後に出てきた...コミューンはニューファミリーといえる側面を有していた。
p187 コミューンへの関心の背景には一九六〇年代後半から七〇年代にかけての学生運動、全共闘運動の高揚があった。
 この運動は一方の極に赤軍派、連合赤軍というラディカルを生み出すとともに他方の極には対抗文化運動を生み出した...大学の支配体制や国家の支配体制を究極的に支えていた自己の発見から自己の改造に突き進む運動があった。自己のこうした支配を支える性質を変えなければ運動も支配体制の側と同質のものに止まるという立場である。
p188 六〇年代安保闘争のころはまだ「革命」が輝いていたかもしれないが七〇年代闘争のころは革命派革命でも自己革命であったように思われる。
 一九七〇年代になると「革命」よりも「差別」がポピュラーになった。
p197 わっぱの会はそもそも施設を拒否するところから始まった。共生、共働がモットーである。しかし、これも紆余曲折はあった。一九八〇年代後半に、わっぱの会は、一緒に暮らす場所を一時閉めたことがある。ただ、実際問題として障害を持っている人が生活に困るということで、すぐまた再開した。再開して以降は一つのまとまった生活の場を作っていくのが難しくて、結局、少人数で暮らす場を複数作っていく形で現在に至っている。今は名古屋市内にわっぱの会が持っている家、共同生活の場が一二ヶ所ぐらいある。多いところで一〇人くらいで生活していて、少ないところで三人とか四人で住んでいる。
 今でも共同生活体という言い方をしているが、一緒に暮らそうという健常者がそう集まらなくなっているため、その実態がなくなりつつある。障害者は生活に困っているからいくらでも>198>いるが、そこで一緒に暮らそうとい健常者がいない。そういうわけで一二ヶ所の中で障害者だけで暮らしている場所が半分くらいになっている。今後、この傾向は強まりこそすれ弱まることはないと考えられる。そうなると生活をどうやって作っていくのか?人が助け合いで一緒に暮らすというふうにはなかなかならない。施設にならないで普通の生活の場でありたいという思いはずっとあるが、職員として面倒を見る人がいると施設みたいになってしまう。そうならないためにはどうしたらよいかが課題である。

◇小田 亮 12/19-09「共同体と代替不可能性について : 社会の二層性についての試論 (吉原健一郎教授退任記念)」『日本常民文化紀要』27():260-219
p258 ネオリベラリズムにおけるフレキシビリティや流動性は、ポストモダン思想と親和性...ネグリとハートも、「同一性」や「ヒエラルキー」を批判し、「差異化」や「流動性」や「異種混交性」を唱えることが現代の〈帝国〉的支配の機能や実践に合致すると述べている
p257 ポストモダニストたちは...古い敵の影に向かって戦いを挑んでいる...この敵とはつまり〈啓蒙〉...主権が差異や多様性を、〈同〉と〈他〉のあいだの単一の選択肢へと二項対立的に還元してしまうというそのこと...、境界を横断する異種混交性や差異の自由な戯れを肯定することは、権力がもっぱら本質的な同一性や二分法的分割や固定的な対立を通じて階層秩序を維持している文脈においてのみ、解放的
p239 私的所有や交換が不可能な能力や知識は、交換されるものではなく、贈与されるものということができる...贈与のひとつの特徴は、「譲渡不可能なものの譲渡」にあり、譲渡されたものは贈り主のモノでも貰い主のモノでもなく、両方とも所有不可能なもの…共同体の主体は、個々の主体の量的な延長とみなされるため、その意味では、個人主義も共同体主義も、同じ主観主義的モデルの相互補完的な二つの顔にほかならないことになる。[岡田2008:50-51]
 エスポジトが批判するのは、自己同一的な主体がまず先にあり、その後でその主体が自由に「選択」して関係を結んで作られる共同体という見方であり、「集団的な帰属の境界のなかに閉じ込めることで主体を守る」という共同体の見方である。つまり、アイデンティティを与えてくれるものとしての共同体という見方がそこで批判されているのである。そのような目的合理的な共同体ないしアソシエーションこそが、近代とその延長上にあるネオリベラリズムのイデオロギーによって生み出された「偽の恒常性」といえるだろう。



*作成:青木 千帆子
UP: 20110724  REV:20120109, 20130516
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