HOME >

倫理規定・倫理規程・倫理規約・倫理綱領

Code of Ethics


 *このファイルの作成:高田 一樹(立命館大学大学院先端総合学術研究科)※/立岩 真也
 ※http://www.geocities.jp/li025960/index.html

■高田一樹「倫理規定(規約)」
 http://www.geocities.jp/li025960/home/topics/c04.html
 各種倫理規定へのリンク多数

■『現代理学事典』(弘文堂)*には項目なし
*大庭 健・井上 達夫・川本 隆史・加藤 尚武・神崎 繁・塩野谷 祐一・成田 和信 編 20061215 『現代倫理学事典』,出版社: 弘文堂,1100p. ASIN: 4335160402 21000 [amazon][boople] ※

■高田一樹「倫理規約」 約2900字
 *『応用倫理学事典』(丸善,2007刊行予定)項目の原案

【概要】 専門家と、その組織集団に求められる義務が記された行動規範のこと。施行と改廃は、政府や国際機関、または学会、協会、業界、企業など、専門性を認証する組織によって自主的に決められる。またすでに規約がつくられた分野も多岐にわたり、医療や介護の従事者、法曹、学術研究者、経営者や従業員、公務員などにおよぶ。
 内容には、べき/べからずといった当為表現が含まれる。それは、専門性の「善用」を専門家とその組織に義務づける役割がある。典型的には、患者を治療する医師、依頼人の立場を代弁する弁護士、被験者を対象とする学術研究者などそれぞれに向けた専門家としての配慮義務が記される。そうした当為の正当化は、専門的な知識や技術の社会的意義のもとで確認される場合が多い。医療行為、弁護活動、学術研究などは、社会において価値が認められる知や技であり、それゆえその専門性を発揮できる立場には特別な使命や義務が課されると説明される。職責に伴う使命や理念は、医療従事者に向けられる「ヒポクラテスの誓い」(The Oath of Hippocrates)だけではなく、ビジネス業界での自主規制コード、個別企業の社是・社訓などの倫理規約に幅広く見られる。
【歴史】 だが、専門家として義務がさまざまな理由によって当為とならないことに、倫理的な問題は生じてきた。とりわけ人の治療と研究を対象とする倫理規約は、専門家の「非倫倫理的」な裁量に対する猛省を契機につくられてきた。たとえば「ニュルンベルク綱領」(the Nuremberg Code)は、人体実験についての初めての国際的な規約として1947年に制定された。その背景には、第二次世界大戦下で、ナチス・ドイツの軍人、医師、研究者といった専門家とその組織が、捕虜や敵国民を対象として同意を取らずに人体実験を強要したことに対する非難がある。
 そのため倫理規定では、専門性に伴う利害相反を特定し、解消に向かわせる手続きや仕組みが提示されてきた。さきのニュルンベルク綱領では、人体実験に関わる専門家−被験者間で合意が形成されることの重要性が強調された。さらに「ヘルシンキ宣言」(Declaration of helsinki:世界医師会により1964年の第18回総会で採択。最新のものは2004年改訂版)では、@専門的な情報が実験・治療の対象となる非・専門家に十分に説明されたうえで、患者や被験者が自発的に参加する意志を確認する専門家の義務(インフォームド・コンセント)に加え、A研究・治療を担当する専門家とは独立した委員会によって、その目的や手続きが評価される制度の必要性が明記された。今日、この宣言は世界各地の研究倫理審査委員会(Institutional Research Board: IRB/ Research Ethics Committee; REC)によって広く採用されている。
 にもかかわらず、専門家−非・専門家という立場の非対称性に起因する倫理的な問題は、数多くの事件を通じて指摘されてきた。たとえばアメリカでは19人の少年に放射能を含む牛乳を試飲させたマサチューセッツにおける研究(1946-56)、虚偽の条件を被験者に提示することを心理学実験の手続きにあらかじめ組み入れたミルグラム研究(Milgram study; 1963)、精神薄弱児童にウィルス性肝炎の血清を病院で注射し、肝炎に感染させたウィロブルック州立学校における研究(Willowbrook state school study; 1963-66)などがある。
 とりわけ32年から72年までアメリカで行なわれたタスキーギ研究(Tuskegee Syphilis Study)は大きな波紋を呼んだ。これは主に低所得者層の黒人およそ600人を対象とした梅毒の経過観察研究で、実験の参加者には無償の食料と医療、そして埋葬手当が支給された。この研究は梅毒の治療薬ペニシリンの発明(1947)以後も治療が行なわれないまま継続され、さらにアメリカ保健社会福祉省の管轄組織である公衆衛生局によって実施されたことに対して厳しい非難が浴びせられた。
 1974年にアメリカ国家研究規制法(the National Research Act)の制定を受けて、諮問委員会が1979年にベルモント・レポート(the Belmont Report)を作成した。この報告書では、人を対象とする治療・研究の倫理原則として、人格の尊重、善行、正義が掲げられ、インフォームド・コンセント、リスク−便益の評価、被験者の選択に関する手続きが制度的に義務づけられた。
 倫理規約が制度化されることによって、専門家個人の裁量権は縮小され、それにともなって専門家とは独立した研究倫理審査委員会が専門性の「善用」を評価するしくみがつくられた。第三者評価の目を通すことで、手続きや目的の公平さが保障されるという発想が支持され、それに準じた規制や条件が倫理規約と呼ばれるようになった。
【課題】 だが、倫理規約にはいくつもの課題が積み残されている。ひとつに、専門性の「善用」が複数ある場合、そのどれに優先的な価値を措くのかについて。専門的な知識や技術が活用されることで期待できる利益や危害は複数あり、社会−専門家−非・専門家のあいだで生じる利害調整は容易ではない。1964年にアメリカで行なわれたキャメロット計画(Project Camelot)は、政府が戦争遂行に必要となる大義名分の策定や、参戦を想定した場合の勝算と被害予測を数多くの社会科学の研究者に委託したプロジェクトであった。この計画に対して、社会科学研究の振興と政府による軍事戦略の立案という2つの利益を結びつけることの是非が問われた。
 専門的な知識や技術に伴う利害の結びつき、組み合わせ、優先順位をどのように倫理規定で提示することが専門性の「善用」を意味するのだろうか。たとえば、倫理原則として掲げられた、人格の尊重、善行、正義のあいだで生じる利害関係はどのように解かれるべきなのか。倫理が規定されることそのことに投げかけられるひとつの問いは、社会的な意義が認められる専門性の行使に関わる個別の利害をどのように保障し、あるいは退けることが正しいのかにある。
 もうひとつの課題は、倫理規約の形骸化とその改善方法である。規約が強制力や罰則をともなう制度的な性格が色濃くなると、それだけ特定の利益を誘導するために、その内容が拡大解釈され、審査機関の独立性が損なわれる懸念がある。たとえば、1999年から2001年にかけてアメリカでは被験者の死亡や金銭にまつわる利害相反事件がいくつか発覚し、インフォームド・コンセントの不徹底や、研究機関にとって都合のよい手続きで審査が進められ、評価の公平性が保たれない審査の機能不全が指摘された。
 専門家という、特定の専門分野について詳しい知識や技術をもつ立場には、その地位を利用して依頼主に利益も不利益を与えるおそれがあり、自らの利益追求をはかるとともに、社会的に意義のある成果を挙げる可能性もある。これまでその利害調整は、第三者評価に近い手続きによってある程度「公平さ」を保つことができると考えられ、手続き的な制度が倫理規約として冠されてきた。外部審査という制度化によって説明責任を果たす仕組みが組み立てられてきたが、その帰結が専門性の「善用」を意味するとは限らない。その「善用」は、結局のところ、現場の裁量に委ねられる部分も少なくない。そこに新たな課題がある。「非倫理的」と非難を受けた過去の出来事に対する猛省から倫理規定が定められ、その「善用」をめぐる問題は、新たな局面を迎えている。


■高田+立岩「倫理規約」 36字×67行=2412字
 *『応用倫理学事典』(丸善,2007刊行予定)項目の原案

■cf.

医療・福祉の仕事
生命倫理
ニュルンベルク綱領 (Nuremberg Code)(1947)


UP:20070103 REV:0105,06
TOP HOME (http://www.arsvi.com)