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ケア/国境 関連新聞記事2009(読売新聞より)





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>2009年1月1日(東京朝刊A経)「[経済地球便]フィリピン人看護師…日本敬遠 厳しい条件、乏しい魅力」


日本とフィリピンの経済連携協定(EPA)が昨年12月に発効し、早ければ4月にも、看護師・介護士の日本受け入れが始まる。ただ、看護師が日本 で働くには日本語で国家試験に合格する必要があるなど就労までのハードルは高い。このため訪日を敬遠するムードが広がっている。(マニラで、実森出、写真 も)
◆英語圏引く手あまた
 「看護師には日本へ行ってほしくない。日本政府がプロの看護師として扱わないからよ」??。フィリピン看護師協会のレア・パキス会長が看護師の日本への送り込みに消極的なのは、欧米などで働く場合に比べて就労しにくいためだ。  フィリピン人看護師が日本の病院などで勤務するには、自国で3年以上の実務経験が必要だ。さらに日本語で行われる国家試験に来日3年以内にパスしなければならない。その間の待遇は「看護助手」で、資格が取れなければ帰国しなければならない。  フィリピン人看護師は英語を話せるうえに、「サービス精神が旺盛な国民性」(関係者)が人気で、米国や中東などでは引く手あまた。これらの国々は英語が通じる場合も多い。フィリピンでの看護師資格があれば資格取得が容易になる国もある。  フィリピンからは年に1万人前後の看護師が海外に渡っている。最近は高齢化が進む韓国や台湾、シンガポールなどアジアの国・地域も積極的な受け入れを始めており、条件の厳しい日本で働く魅力は乏しくなっているのが実情だ。
◆EPA発効遅れ
 フィリピン人の中で日本の人気が低下したのは、EPAの批准が大幅に遅れたことも背景にある。日比EPAは2006年9月、当時の小泉首相とア ロヨ大統領が署名した。しかし、フィリピン上院はアロヨ政権を揺さぶるため批准に反対し続け、発効まで2年3か月も費やした。  EPA締結のメリットは、フィリピン人が一定期間、日本国内で働きながら資格取得の準備ができるようになることだった。署名直後は日本で働く機運が盛り 上がったものの、長く待たされる間に次第に熱が冷めていった。  日本企業を定年退職した人たちが住むマニラ近郊の「退職者村」でフィリピン人に日本語を教えていた桜井孝一さんは、「ここで日本語を勉強したのに、いつ までも協定が発効しないため、あきらめて別の国へ行った看護師も多い。食べていくため別の仕事に就いた人もいる」と残念がる。
◆介護士は人気?
 一方、介護福祉士については、EPAの締結で、フィリピン人が日本国内の特定の研修機関で学べば、国家試験を受けなくても国家資格を取れる制度が導入された。 このため、フィリピンからの介護士の訪日は一定の数が期待できるという予測もある。  昨年7月にEPAが発効したインドネシアからは、看護師・介護士の第1陣の候補として約200人が来日した。インドネシアとのEPAでは、国家試験を受験せずに介護福祉士の資格を取るコースが認められていないことが敬遠され、受け入れ枠の500人を大きく下回った。  高齢化が進む一方で就労人口が減少し続ける日本にとって、外国人労働力の活用はカギとなる。人手不足が深刻化する医療や介護の現場でアジアの貴重な「戦力」を生かすうえでも、EPAの内容には課題が残っている。



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2009年1月13日(東京朝刊2社)「看護師受け入れ 国際厚生事業団が比政府と覚書調印」


昨年12月に発効した日本とフィリピンの経済連携協定(EPA)に基づき、厚生労働省の外郭団体「国際厚生事業団」と比政府は12日、フィリピン 人看護師、介護士の受け入れに関する覚書に調印した。比政府は近く募集を開始、4月下旬にも第1陣が訪日する。(マニラ 稲垣収一)



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2009年1月14日(大阪夕刊夕2社)「フィリピン人看護師の受け入れ説明会/大阪・住之江」


日本とフィリピンの経済連携協定(EPA)に基づき、今春からフィリピン人看護師・介護士の受け入れが始まるのを前に、近畿と中四国地方の病院や介護施設 などを対象にした説明会が14日、大阪市住之江区のホテルで開かれた。午前中は、看護師を受け入れる病院などが対象で、124法人が参加。費用負担などに ついて説明を受けた。



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2009年1月24日(東京朝刊埼玉南)「[医療ルネサンス]介護の現場(4)「人材求む」国の内外に(連載)=埼玉」


◇第2部   3・16倍??。2007年度の介護関係職種の県内有効求人倍率は、1人を3事業所が奪い合う構図だ。全職種の平均0・99倍と比べると、介護従事者の 不足がより際だつ。背景には、入浴や排せつの世話など専門的知識や技術が不可欠で負担は重いにもかかわらず、給与面などの待遇が悪いとの不満がある。  深谷市の小林文子さん(28)は、認知症対応型グループホームで働いて6年近くになる。入所定員9人のこぢんまりとした施設で、一緒に散歩したり、歌を 歌ったり。お年寄りが歩んできた人生を理解して、信頼関係を作ってきた。働くことが楽しいと語る。  しかし、将来には不安を感じている。月給は手取りで15、16万円。月5回の泊まりがある。結婚して子供が生まれたら、仕事を続けるのは難しいと思う。 小林さんは「やりがいを持って働いている人が、生涯の仕事として続けられるようになればいい」と話す。  人不足は、育成段階から顕著だ。介護福祉士を養成する県内の大学や短大、専門学校で、募集停止や定員割れが目立つ。過去3年間で、1校が開校したが、2 校は介護関係の学生募集をやめた。08年度、11校の入学定員920人に対し、充足率は54・9%。入学者が定員の半数に満たなかった短大は「介護の現場 がきつい、給料が安いというイメージが広がっている。親や教師が反対するケースもある」と明かす。       
 行政側もただ手をこまぬいてきた訳ではない。従来、県社会福祉協議会だけで実施してきた就職説明会への来場者を増やすため、07年度からハ ローワーク浦和と共催してPRに力を入れ始めた。回数も年3回から4回に増やした。県社協も、結婚などをきっかけに離職した人たちを対象に、現場復帰を支 援するセミナーを始めた。  昨年11月16日、さいたま市大宮区の大宮ソニックシティで「福祉の仕事合同面接会」が開催された。104事業所がブースを並べ、自らの施設をPR。さ いたま市内の特別養護老人ホームの人事担当者は「常に人が足りない。だれでもいいから来てほしい」と入り口で来訪者に声をかけ続けた。この日の来場者は 411人。けっして多いとはいえない。関係者は「世界的不況に見舞われ、企業が新規採用を控えている今、介護関係への就職希望者が増えるのではないか」と 期待する。      
 新たな人材を海外に求める動きも始まっている。外国人看護師、介護士として日本が初めて受け入れたインドネシア人200人が1月末、都内での 研修を終える。このうち2人が入間市内の病院で勤務する。貿易の自由化や労働力の受け入れなどを取り決めた経済連携協定(EPA)に基づくもので、患者と のコミュニケーションに懸念はあるものの、即戦力として期待されている。昨年12月にはフィリピンとのEPAも発効、看護師、介護士の受け入れが決まって おり、外国人の介護従事者はさらに増える可能性がある。  少子高齢化が進み、人手不足がより深刻化する県内。介護をめぐる環境は変わりつつある。     
 〈介護従事者〉
 県内の介護従事者(2006年10月現在)は、4万5931人。内訳は介護福祉士1万132人、訪問介護員(ホームヘルパー)1万2490人な ど。財団法人「介護労働安定センター」によると、介護労働者の平均月給(07年度)は21万4886円。このうち介護職員は19万2587円、ホームヘル パーは18万6863円だった。国は待遇改善のため、09年度から介護報酬を3%引き上げる方針。



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2009年4月28日(東京朝刊外A)「「日本で看護師」狭き門 フィリピン不満 受け入れ、定員7割以下か」


 日本とフィリピンの経済連携協定(EPA)で、5月に初めて訪日予定のフィリピン人看護師・介護士の派遣者数が、定員の7割以下にとどまる見通 しとなった。世界への人材輸出国フィリピンでは、日本側の海外人材受け入れ態勢に不満の声が上がっている。(マニラ 稲垣収一、写真も)
 「自信はあったのに……」。選考に漏れた介護士希望のロナルド・タンニャホラさん(42)はそう言って肩を落とした。マニラでの説明会場で、 施設側から事実上の「内定」を得ていたが、正式応募後はなしのつぶて。国内での介護士経験を生かそうと「3年間、日本行きを目標にしてきた」だけに悔しさ が募る。
 政府間合意で初年度の定員は計450人とされたが、雇用主である日本の施設側では消極姿勢が目立ち、実際の求人数は355人だった。公募開始後わずか3週間で5768人も応募したフィリピン側は、完全に肩すかしを食った。20日現在の内定者数は292人にとどまる。
 フィリピンは、英語力を武器に毎年2?3万人の看護師、介護士を海外に送り出している。「日本の国家試験に合格しなければ帰国」との条件にもか かわらず応募が殺到した理由は、訓練生扱いでも10万円以上の月給がもらえ、比看護師の平均(2万円強)を大きく上回る好条件にあった。
 ただ、これが施設側からコスト削減のうまみを奪い、受け入れに二の足を踏ませる形となった。比側には、外国人労働者の受け入れに慎重な日本の 姿勢にも不信感が広がる。比看護師協会のテレシタ・バルセロ会長は、「日本側は結局、我々を安い労働力としか見ていない」と批判している。



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2009年5月11日(東京夕刊夕2社)「フィリピンの看護師研修生ら、日本語研修スタート」


経済連携協定(EPA)に基づき、フィリピンから来日した看護師候補者93人と介護福祉士候補者180人の日本語研修が11日、東京、大阪、名古 屋など5か所でスタート。半年間、日本語や生活習慣について学んだ後、全国135か所の病院や介護施設に移り、働きながら日本の国家資格の取得を目指す。



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2009年5月11日(東京朝刊2社)「ベスト尽くす」 フィリピンから看護師研修生ら到着」


 日本とフィリピンの経済連携協定(EPA)に基づき、日本の医療機関などで看護師や介護福祉士として受け入れ予定のフィリピン人研修生の男女約270人が、10日、成田空港などに到着した。
 全国5か所の研修所で日本語研修を受けた後、看護師研修生は10月末頃から全国約50の病院で、介護福祉士研修生は11月上旬頃から約100の施設で、それぞれ働きながら日本での国家資格の取得を目指す。EPAに基づく同国からの受け入れは初めて。
 介護福祉士を目指す女性の一人、フェ・E・カックベイさん(32)は、「日本語は初心者だけど、不安はない。ベストを尽くしたい」と目を輝かせていた。



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2009年5月12日(大阪朝刊3社)「「勉強にベスト尽くす」 比人看護師候補ら研修開始 大阪、広島など」


 日本とフィリピンの経済連携協定(EPA)に基づいて来日したフィリピン人の看護師・介護福祉士候補者273人の研修が11日、大阪、広島など 国内5か所で始まった。約半年間、日本語や生活習慣を学んだ後、病院や高齢者福祉施設などで働きながら、国家資格の取得を目指す。
 海外技術者研修協会の関西研修センター(大阪市住吉区)では、看護師候補の男女57人が開講式に臨み、女性のアルリン・ガボン・ブンガオさん (33)が「勉強にベストを尽くすことを約束する。研修生の皆さん、フィリピンの看護師は世界で最も素晴らしいことを証明しましょう」と英語であいさつ。 受け入れ先となる病院関係者との懇談会も開かれた。



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2009年6月11日(東京朝刊横浜)「[ニュース最前線]外国人介護士、定着に期待 候補生受け入れ支援=神奈川」


◆資格条件緩和を要望 市が国に 
 横浜市は、昨年8月から受け入れが始まった外国人介護福祉士の候補生について、国家資格の取得条件の緩和や受け入れ先の施設への支援を国に求め ている。政府は、受け入れは「経済交流の一環」という立場だが、介護現場では人手不足を補う人材として期待されており、市では外国人介護福祉士の定着を目 指す考えだ。(原隆也)
 「一緒に本を読みましょう」。横浜市青葉区の特別養護老人ホーム「緑の郷」で、インドネシア人候補生のティアス・パルピさん(27)とウェルヤナ・オクタフィアさん(同)が入所者に笑顔で語りかける。
 外国人介護福祉士候補生の二人は昨年9月から緑の郷で介護を学んでいる。本国の看護師資格があり、指導する介護福祉士の中島洋二郎さん(36)は「まじめで意欲がある。のみ込みも早い」と太鼓判を押す。
 候補生は、来日4年以内に介護福祉士の国家試験を1回で合格しなければ、帰国を求められる。二人とも、3年前にも来日して日本語学校に通いながら介護現場で働いていたため、半年間の日本語研修を免除された。
 だが、読み書きが課題で、ボランティアの元教師から週に1度指導を受けている。ノートには「顎(がく)関節脱臼」「腰椎(ようつい)圧迫骨折」などの医療用語が並ぶ。「落ちたらどうしようという不安ばかりです」と二人は声をそろえる。
 候補生を受け入れる施設の負担も軽くない。候補生には、介護報酬が支払われないため、給与は施設の全額負担。EPAでは、給与水準を日本人と同等以上と定めており、11月に予定している第2陣の受け入れ枠496人に対し、施設側の求人は241人と半数にとどまった。
 「少子高齢化社会の中で介護分野もグローバル化は避けられない。外国人介護福祉士の日本での経験が、本国の福祉の発展につながる可能性もある」 と、緑の郷を運営する社会福祉法人「緑成会」の渡辺博本部長(65)は言う。ただ、「このままでは外国人介護福祉士の定着は厳しい」とみている。
 神奈川労働局によると、昨年度の県内全業種の有効求人倍率は、不況のあおりで0・74倍と低迷したのに対し、介護を含む社会福祉専門職は2・24倍。重労働の割に収入面で報われていないことが影響していると見られる。
 こうした現状を受け、横浜市は5月20日、厚生労働省に、複数回の受験を認め、試験問題の漢字にフリガナを振ることを要望した。また、昨年度か ら候補生の受け入れ施設に、人件費や研修費などの一部を助成する独自の制度を導入しているが、さらに国に施設への助成制度も求めた。
 市高齢施設課は「介護現場の労働条件の改善が先との声もあるが、候補生に定着してもらい、福祉の向上につなげたい」としている。  
 〈外国人介護福祉士〉
 日本がインドネシアとフィリピン両政府と結んだ経済連携協定(EPA)で受け入れが決まった。インドネシアから昨年8月に1期候補生104人が来日、市内では6人が3か所の施設で勤務中。フィリピンからは190人が5月に来日し、11月から全国の施設に配属される。



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2009年6月18日(東京夕刊夕2面)「看護師派遣継続 比大統領が意欲」


【マニラ=稲垣収一】来日中のアロヨ・フィリピン大統領は読売新聞との書面インタビューに応じ、2010年までの2年間で看護師・介護士を日本へ 最大1000人派遣するとの日比合意に関して、「日本が求める人材をフィリピン人医療従事者が最大限満たすことが両国の利益となる」と述べ、11年以降の 派遣継続に強い意欲を示した。



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2009年6月20日(東京夕刊夕2面)「[とれんど]外国人介護士は増えない 論説委員・保高芳昭」


 〈昭和22年に制定された児童福祉法は、保護の国家責任と自立助長を初めて明文化した〉。これは正しい? それとも誤り? 答えは×。明文化はされていない。
 介護福祉士試験に出た問題の一例である。専門用語が次々と登場するため、日本人でも難解で、2人に1人しか合格しない。看護師試験も言うまでもなく難しい。
 「日本人でも」と書いたのは、この試験をいずれ、インドネシアやフィリピンから介護士や看護師をめざして来日中の人たちが受験するからだ。もちろん試験は日本語で、漢字にふりがなは無い。
 介護福祉士候補者は4年、看護師候補者は3年のうちに国家試験に合格しなければならない。この間、日本の介護施設や病院で助手として働きながら、日本語を身に着け、試験勉強を積む。
 さて、数年後、介護士や看護師となって日本で働き続けている人がどれだけいるだろう。
 ほとんど皆無ではないか。
 いや、合格できる人がいないというつもりはない。特に、来日した第1期生は意欲も能力も高いから、漢字も専門用語もものにして難関を突破する人は少なくないかもしれない。しかし??。
 あの問題を読みこなし、正解できる外国人なら、超一流の通訳として引く手あまたになると思うのだ。もちろん相当な報酬で。
 合格できない場合は帰国させられ、合格できる人はおそらく別の道に進む。結局、介護士も看護師も生まれない??と予想する。



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2009年6月28日(東京朝刊社会)「[人物語]61歳元看護部長、アジアの看護師は私が育てる」


◇人ひとヒト物語
◆上京・住み込み・定時制…自分に重ね 言葉より笑顔「教わった」
 病室で、高齢の女性患者がトイレに行くのをこらえていた。「アランさんじゃないと嫌」。フィリピン人の介護士を待っている。
 東京・八王子市の永生(えいせい)病院。元看護部長の宮沢美代子さん(61)は、そんな光景を何度も見てきた。
 この病院が最初に外国人のヘルパー実習生を受け入れたのは2004年。宮沢さんは当時、フィリピン人といえば夜の仕事の女性、という連想しかな かった。言葉も不十分な人たちと仕事が出来るのか、患者さんの反応は……。「外国人に繊細な仕事を任せられない」という同僚もいた。
 しかし、働き始めた姿を見て驚いた。笑顔と大きな身ぶりで、あっという間に患者の心をつかむ。言葉がわからない分、耳元でじっくり話を聞く。大家族で育ったせいか、高齢者を敬う態度がにじみ出る。日本語を教えようと張り切るお年寄りも出始めた。
 心と心で通じ合う??。看護、介護の基本を、改めて思い知らされた。
 3人兄弟の長女。戦後まもない長崎県の、佐世保基地に程近い海辺の町で生まれた。「女性が自立できる仕事はバスの車掌か看護婦ぐらいでした」。看護の道をめざし、上京した。
 東京・新宿の産婦人科医院の寄宿舎に住み込み、看護助手として働きながら2年間かけて准看護婦の資格を取った。定時制高校に通う傍ら、夜勤もこなした。とにかく忙しかったが、新しい命の誕生に「おめでとうございます」と言える仕事が誇らしかった。
 22歳で結婚。3人の子をもうけた後、総合病院に。育児と仕事と通学をこなし、3年で正看護婦の資格を得た。「頑張れば報われる」が口癖になった。
 1990年から永生病院に勤務。03年に430人の看護師らを束ねる看護部長に就き、翌年から外国人研修生らと接してきた。慣れない土地で仕事に向き合う姿に、働きながら資格を積み上げた自分を重ねた。
 一昨年、定年を迎えて相談役として残ることを決めた時、人材の確保と育成に力を注ごうと思った。
 今、永生病院にいる外国籍の看護師や介護士はフィリピン、中国、インドネシアの男女11人で、さらに増える予定だ。多くは、看護助手として働きながら日本の資格取得をめざして勉強中。「頑張れば必ずチャンスが来るから」。口癖だった言葉で励ましている。
 もちろん、行き違いは茶飯事だ。「病院の理念は分かった?」と尋ねた時の返事が、「棚にあります」。シーツなどを意味する英語の「リネン」との 勘違いだった。日本語の読み書きが不得意で、引き継ぎに苦労する。それでも「長い目で見ようよ」と笑い飛ばせる余裕が、今はある。
 仕事を教えているつもりが、逆に大切なことを教わっている、といつも感じる。「日本のお年寄りは、お見舞いが少なくてかわいそう」。フィリピ ン人看護師の一言に、「仕方がないこと」と思いこんでいた自分に気づいてはっとした。笑顔を絶やさない姿勢が、いかに患者を安心させるかも実証してくれ た。
 インドネシア、フィリピンとの経済連携協定に基づき、昨夏から外国人看護師、介護士の受け入れが全国の病院でも本格的に始まった。講演などで全国を飛び回る日々。看護師の道を選んだ長女(36)は「時代の先を見据えて行動しているね」と応援してくれる。
 看護の心に国境はない。それを広め伝えることが、今の使命と信じている。(小林篤子)



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2009年9月19日(東京朝刊3社)「介護士養成「就学」枠、フィリピンから30人」


【マニラ=稲垣収一】日本とフィリピンの経済連携協定(EPA)に基づき、日本の介護士養成施設で資格を取得できる「就学コース」枠で、受け入れを認められた第1陣のフィリピン人30人が18日決まった。一行は、27日に訪日する



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2009年10月6日(東京朝刊静岡)「担い手不足、福祉施設 働く外国人82人 県「言葉の支援全力で」=静岡」


 県内の特別養護老人ホーム(特養)など福祉施設で働く外国人が少なくとも82人いることが、県が今年9月に初めて行った調査でわかった。介護など福祉の 現場では、労働条件が厳しいなどの理由で担い手不足が深刻になっており、今年11月からは、日本とフィリピンの協定により、日本の介護福祉士の資格取得を 目指すフィリピン人が県内でも12人働き始める予定。外国人の受け入れが進めば、職場での円滑なコミュニケーションをどうとるかなど新たな課題が生じる可 能性もあり、県は受け入れ準備に万全を期す考えだ。
 県介護保険室は9月9?18日に、県内2825の施設、事業所を対象に、外国人介護職員の雇用実態について同報メールシステムで尋ねた。回答数は366で、回収率は13%にとどまったが、同室は「外国人職員のいない施設の多くは回答しなかったのではないか」とみている。
 外国人を雇用していると答えたのは45施設(回答中12・4%)で、計82人。内訳は特別養護老人ホームが17施設33人、介護療養型医療施設が6施設15人、介護老人保健施設(老健)が6施設12人、訪問介護が5施設8人などだった。
 一つの施設で外国人の雇用数が最も多かったのは御殿場市の特養の12人。以下、同市の老健(7人)、袋井市の介護療養型医療施設(5人)、熱海市の介護療養型医療施設と三島市の特養(ともに4人)など、県東部の施設で多かった。
 職員の出身国として最も多かったのはブラジルで、33人(40・2%)。以下、フィリピン(19人、23・2%)、ペルー(13人、15・9%)、中国(6人、7・3%)の順で、計11か国にわたった。
 外国人を雇用することに伴う課題(複数回答)では、「介護記録がうまく書けない」が32件で最多。「日本人職員や入所者らとコミュニケーションがうまくとれない」が13件で、2番目に多かった。
 今後外国人を「雇用する予定がある」としたところは8施設。「機会があれば雇用したい」が160施設、「雇用するつもりはない」が157施設だった。
 県長寿政策局は、「今回の調査対象の外国人は資格の必要ない職種と思われるが、言葉が最大の問題になっていることがわかった。フィリピン人介護士の受け入れに向け、言葉の面での支援に全力を挙げたい」としている。



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2009年11月7日(東京朝刊千葉2)「夢は日本で看護師に フィリピン人候補生「即戦力」に期待=千葉」


 日本とフィリピンの経済連携協定(EPA)に基づき来日した同国の看護師候補生4人が先月末、鴨川市東町の亀田総合病院に着任した。病棟などの看護補助 者として勤務を始めるが、3年以内に日本の看護師国家試験に合格しなければ、それ以上の滞在は許されない。4人は「努力を続け、立派な日本の看護師になり たい」と夢を語る。
 「高水準の医療技術を学びたい」。デビー・サラウサさん(27)ら4人は今年5月、フィリピンの84人の仲間と来日した。いずれも20歳代で、本国の大学を卒業後、看護師としての実務経験を持つ。約半年間、日本語研修や生活習慣などを学んでいた。
 医療の現場では、看護師不足は深刻。候補生に「即戦力」の期待を寄せる同病院は、4人の受け入れを決めた。しかし、医療事故防止、意思疎通など責任と課題は大きい。同病院は今月半ばまで、徹底した研修を続ける。
 先月30日には同病院で歓迎会が開かれた。同病院を運営する医療法人「鉄蕉会」の亀田隆明理事長、竹股喜代子看護部長らが「慣れない日本語を習得し、看護師国家試験にチャレンジするのは大変なことだが、我々がサポートするのでがんばりましょう」と励ました。
 4人を代表してサラウサさんが「日本語を勉強する時間が足りず、日本語はまだ下手ですが、国家試験合格を目指してがんばります」とあいさつ。難 関突破に向け、決意を新たにしていた。看護師を目指す理由の一つは「日本は本国に近く、治安が優れている」と語る4人。中旬以降、内科と外科病棟、手術室 などに配属予定で、働きながら猛勉強を続けるという。



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2009年11月12日(大阪朝刊徳島)「県内の介護現場 比研修生9人受け入れ インドネシアに続き=徳島」


◆資格取得目指す 
 介護の日の11日、フィリピンから来日した介護福祉士研修生の女性2人が、阿南市福井町の特別養護老人ホーム「緑風会ルネッサンス」に着任し た。昨年のインドネシアに続き、経済連携協定(EPA)に基づく労働力受け入れで、県内ではほかに3施設でフィリピン人女性7人がこの日着任。介護の現場 を支えてもらい、9人はそれぞれ3年後の介護福祉士の国家試験合格を目指す。
 同ホームで働き始めたのは、モデリン・ガナディー・カブレロスさん(30)と、ミシェル・タン・キャンバウさん(33)。5月に来日し、広島県の研修施設で半年間、日本語などを学んだ。同ホームで実際に介護をしながら、日本語を学習し、国家試験に向けた勉強を続ける。
 同ホームでは辞令交付式があり、関久代施設長が「ようこそいらっしゃいました」と歓迎。「文化、気候など慣れないこともあるでしょうが、力の限り協力するので一緒に頑張りましょう」と激励した。
 カブレロスさんは「この施設で早く本格的に働きたい。一生懸命頑張ります」。キャンバウさんは「仕事はもちろん、日本語もしっかり勉強します」 などと決意を述べた。2人は職員から歓迎の花束や介護服を受け取った後、施設利用者のお年寄りたちにあいさつ。「仲良くしてくださいね」などと話しかけ、 交流を始めた。



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2009年11月13日(東京朝刊静岡)「比の介護職員12人配属 3年後の資格取得目指す=静岡」


◆EPAに基づき県内6施設
 来日して介護福祉士の資格を取り、そのまま日本国内に定着して医療機関などで働くことを目指すフィリピン人が県内の受け入れ施設に配属され、 12日から一部事業者の下で研修が始まった。日本とフィリピン、インドネシア両国間では2008年、経済連携協定(EPA)が発効したが、EPAに基づく 外国人介護職員受け入れは県内初。3年後には日本の国家試験の受験資格が得られるため、今後、各施設で働きながら試験合格を目指す。
 県介護保険室によると、今回、県内に配属されたフィリピン人職員は12人で、いずれも女性。配属先は浜松市内が9人と最も多く、内訳は、特別 養護老人ホーム(特養)が2施設で4人のほか、障害者施設2人、介護療養型医療施設3人。他は三島市の介護老人保健施設2人、下田市の特養1人となってい る。
 彼女たちは、フィリピン政府認定の介護士研修を修了し、4年制大学卒などの要件を満たした「就労コース」の対象者として、今年5月に来日。都内の日本語学校などで半年間、日本語研修や介護導入研修を受け、今月10日、同校を卒業した。
 浜松市中区元城町の聖隷福祉事業団は、同市内で運営する特養「和合愛光園」など2施設で4人を受け入れた。現場配属に先立ち12日から、市内の 他の事業者が運営する施設に配属された5人も含め、研修をスタート。1か月間、日本社会への順応に必要な知識と技能、日本語を教える。介護技能の確認も行 う方針で、彼女たちが実際に介護の仕事に当たるのは12月中旬からになる。
 12日の研修初日は6人が参加し、日本での生活上のルールとして、ごみの分別方法などを教わった。マリベル・シルダさん(27)は、「日本人は優しくて働き者。自分もそうなりたい」と笑顔で話した。
 EPAに基づく外国人介護職員の受け入れは、介護分野の人手不足緩和に向けて期待が高まっている。ただ、4年間の滞在期間中に国家試験の受験機会が1回しかないなど資格取得のハードルが高く、定着できるかどうか問題点も指摘されている。
 県は受け入れ環境整備のため、施設向けに受け入れマニュアルを作成したり、英語にも対応した介護記録システムを開発したりする事業を今年度から始めた。
 スムーズな受け入れに向け専任のEPA担当課長を新設した同事業団は、「日本人でも難しい国家試験の合格率を高めるためには、英語の教材の活用なども必要。国も支援してほしい」と話している。



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2009年11月18日(東京長官長野2)「フィリピン人研修生 介護福祉士目指す=長野」


 EPA(経済連携協定)に基づき来日した、フィリピン人のシャロル・サントス・ガルシアさん(31)=写真=が16日、富士見高原病院(富士見町落合)に着任し、介護福祉士を目指す研修生として働き始めた。
 ガルシアさんはフィリピン・ラグナ州の出身。今年5月に来日し、東京都荒川区の日本語学校で半年間、日本語を学んでから同病院に配属された。同 病院の老人保健施設「あららぎ」で、要介護者のお年寄りの世話をするスタッフの補助作業をしながら、日本語も学ぶ。この日は、早速、お年寄りの入浴の手伝 いからスタートした。
 ガルシアさんは「日本語は難しいけれど、勉強するのは楽しい」と笑顔を見せた。日本の介護福祉士の国家試験を受けるには、実務経験が3年以上必要で、研修期間(4年)の間に、合格を目指す。

*作成:吉澤あすな
UP: 20091203 REV:20091212
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