HOME
>
刑罰・知・主体 1
犯罪/刑罰
Tweet
last update: 20160526
* 以下は立岩真也が1985年頃に作成した文書の一部です。
「健康な者は医者などいらない。病気の者こそいるのだ。わたしは正しい者を招こうとしてではなく、罪人を招こうとしてきたのだ。」(『マルコ伝』第2章)
「ここでいう「罪人」や「取税人」は「悔い改め」の概念に手がかりを与える。具体的には犯罪者、取税人、廃疾者など社会から故なく疎んじられた者、またマルコ伝の言質から社会的に貧困な下層の者などの総体をさしている。これらの人々は何かの<罪>からの因果として犯罪人、取税人、廃疾者、貧困者になった。この通念はマルコ伝の背後に潜在していた。けれどこの<罪>を「悔い改め」れば、犯罪人、取税人、廃疾者、貧困者の境涯から逃げられると説かれていない。むしろマルコ伝はこれら社会から疎まれた者たちを存在として肯定的に視ている。習俗を破って犯罪人や取税人と主人公が食事をする場面はそのことを語っている。わたしたちの理解ではマルコ伝は、犯罪人、取税人、廃疾者、貧困者がどこからか背負っている<罪>の概念を、善からぬことという情緒的な雰囲気から切り離して普遍化した。弁証法的な交換によって犯罪人、取税人、廃疾者、貧困者もまた社会的な存在から<罪>を負った内在的な存在の象徴に転化された。「悔い改めよ」というのは<罪>を咽喉もとまで溢れさせよということだが、この罪はすでに、大なり小なり犯罪人、取税人、廃疾者、貧困者のいずれかであるすべての人間が負うものの意味に転化されている。<罪>は「悔い改め」によって消去されるべきものであるとともに、無くてはならぬものを指している。「わたしは正しい者を招こうとしてではなく、罪人を招こうとしてきたのだ。」というときの偏倚と普遍的な感じの同在はそこからきている。
[…]本来的な概念では、犯罪人、取税人、廃疾者、貧困者など、社会から眼を背けられたり疎まれたりする人々は、ある<罪>の結果そうなっているのだという通念が流布されていた。この<罪>の結果は、穢された身から追いはらう(清祓する)ことによって消去されるという考え方も一般であった。これは神が法定者だとする神法が支配している時期の通則ともいえる。なぜかこの未開的な混沌のなかで<罪>という概念を犯罪から切り離し、犯罪人、取税人、廃疾者、貧困者という現実の社会的な在り方の言葉に、暗喩の役割を負荷させた。これがマルコ的な世界の徴候であった。」(吉本[1978:85-87])
「少なくとも中世以来、西洋社会は、告白というものを、それから真理の産出が期待されている重要な儀式の一つに組み入れていた。一二一五年のラテラーノ公会議による改悛の秘蹟の規則化、それに続く告解の技術の発展、刑事裁判の手続きにおける告発に重点を置く方式の後退、有罪性の試錬(誓言、[探湯のような]神明裁判、神の裁き)の消滅と訊問ならびに調査の方法の発展、犯罪の追及において行政府の占める役割の増大――しかもそれは私人間の調停という方策を犠牲にして実現された――、異端審問裁判所の設置、これらすべては、世俗的ならびに宗教的権力の次元において、告白に中心的な役割を与えることに寄与してきた。そもそも「告白(aveu)」という語ならびにこの語がさし示してきた法律的機能の変遷は、それ自体において特徴的である。他者によってある人間に与えられる、身分、本性、価値の保証としての「告白[告解]」から、ある人間による、自分自身の行為と思考の認知としての「自白[告解]」へと移ったのである。個人としての人間は長いこと、他の人間達に保証を求め、また他者との絆を顕示することで、(家族、忠義、庇護などの関係がそれだが)自己の存在を認識してきた。ところが、彼が自分自身について語ることができるか語ることを余儀なくされている事実の言説によって、彼を他人が認識することになった。真実の告白は、権力による個人の形成という社会的手続きの核心に登場していったのである。
[…]告白は、西洋世界においては、真理を産み出すための技術のうち、最も高く評価されるものとなっていった。(9)それ以来、我々の社会は、異常なほど告白を好む社会になったのである。告白はその効力を遥か遠くまで広めることになった。裁判において、医学において、教育において、家族関係において、愛の関係において、もっとも日常的次元から最も厳かな儀式までである。[…]人は告白をする――というか、告白をするように強いられているのだ。告白が自発的でないか、あるいは何らかの内的要請によって強制されていない場合には、告白は奪い取られる。人は告白を魂のなかから狩り出し、肉体から奪い去る。中世以来、拷問は告白には影のようにつきまとい、告白が力を失いそうになると、それを支えてやる黒い双子なのである。(10)最も優しい愛情がそうであるように、権力の最も血腥いものも、告白を必要としている。西洋世界における人間は告白の獣となった。」(Foucault [1976=1977:273-274=1978:58-59])
キリスト教という宗教が成立する時期に、既にそれは罪を個々人において発見させ、その赦しによって存在する宗教、人を主体とすることによって神に服従させる宗教、後に引用するFoucault の言葉を用いれば、人間を《assujettissement 》(服従=主体−化)することによって成立する宗教であることを第1節で確認した。そしていうまでもないことだが、先にいくつかの文章を引用したAugustinus の書は『告白』と題されていた。告白=告解の制度は、そこに他者を介在させることにより、その構制をより確かなものとする、とともに、他者−教会の位置を確固としたものとして築く。近代における告白の制度の採り入れについては次章以降で検討しよう。
ここで特に注目しておきたいのは、Foucault が単に宗教の場面における告解の制度化だけでなく、同時期の刑事裁判の形態の変化、両者の並行を語っていることである。12世紀の後半、ヨーロッパにおける刑罰の様式は大きく変化する。すなわち当事者間、というより当事者の属する集団間の争い、から、上位の権力−裁判所による裁判へ、当事者による告訴から、裁判権者の職権による追及、逮捕、立証へ、そこにおける自白の重視、そのための拷問の使用へ、という移行が存在する。それはまた、社会編制の変化、すなわち小権力圏の分立から、それの解体、統合を介してのより広い権力圏の確立、内部における階層化、に対応しているのである。告解の制度が、Knowlesの述べるように、古くより徐々に発達し、1215年の改革はそれを確認したものにすぎないのか、それともこの前後に何らかの変化を認めることができるのかは、今判断できない。それはともかくとして、上述の刑罰形態、社会編制の変化と、告白−自白の制度との関連は興味深い。自生的な秩序を解体し、中央権力を確立しようとするなかで、中心と個々人との対置において権力関係を行き渡らせることが計られるときに、個々人の罪、とそれを語らせる他者という構制が採用されるのだ、と言えないだろうか。(11)(12)
先に引用した部分の後に、Foucault は次のように考察を進めている。
「権力についての全く転倒したイメージ(13)を抱かない限りは、我々の文明においてあれ程久しい以前から、自分が何者であるか、自分が何をしたか、自分が何を覚えているか、何を忘れたか、隠れているもの、考えも及ばないもの、考えなかったと考えるもの、それが何かを言わなければならぬという途方もない要請を執拗に繰り返すあれらのすべての声が、我々に自由を語っているなどとは考えられないはずだ。西洋世界が幾世代もの人間をそれに従事させた、産出するための厖大な仕事であり――その間に、他の作業が資本の蓄積を保証していたわけだが――そこに産み出されたのは、人間の《assujetti-ssement 》[服従=主体−化]に他ならなかった。人間を、語の二重の意味において《sujet 》[臣下・服従した者と主体]として成立させるという意味で言っているのである。想像してみなければならぬのは、十三世紀初頭に、すべてのキリスト教徒に対して、少なくとも一年に一回は跪いて、自分の犯した過ちのことごとくを、どの一つも落とすことなく、一つ一つ告解しなければならぬという命令が、どれほど途方もない要求に思えたかということである。」(Foucault [1976=1977:275=1978:60])
(16)「「罪」とは、聖書においては、からだがなす外的な行ないだけのことではない。外的な行ないへとそそのかし、動かすものすべて、すなわち、心の底とその全力とを指す。だから、「罪を行なう」ということばは、人間全体が罪に落ち、罪を行なうという意味でなければならない。なぜなら人間が、からだと魂をもった全体として罪を犯すのでなければ、罪の外的な行ないは起こらないからである。特に聖書は心の中を見、罪の根源であり、源泉であるもの、心の底の不信仰をこそを見る。」(Luther [1522=1955:72]、ここでの引用は徳善義和の訳(徳善編[1976:48])による。)
UP:20050730 REV: 20160526
◇
犯罪・刑罰
◇
キリスト教
TOP
HOME (http://www.arsvi.com)
◇