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死刑関連ニュース1989年 朝日新聞(11月)


last update: 20131018

1989年11月1日 朝刊 埼玉
◆模擬裁判でえん罪考える、怖さと問題点を訴え 独協大学園祭 埼玉


 刑事司法の陰の部分を知ってもらおう、と草加市の独協大法学部松本一郎ゼミナールの学生が、えん罪事件をテーマにした模擬裁判「えん罪?死刑台からの生還者?」を同大学園祭最終日の5日午後1時から図書館4階特別教室で披露する。今年1月再審無罪判決が出た島田事件や松山事件などえん罪事件を下地にまとめた学生たちのオリジナル脚本で、別の容疑で身柄を拘束して重大事件について取り調べる「別件逮捕」の違法性や、精神への圧力などで容疑者がやってもいない犯罪を自白してしまう恐ろしさと問題点を模擬裁判を通して訴えている。
 松本ゼミが学園祭で模擬裁判を演じるのは、今年で8回目。これまでに脳死や外国人の不法就労、心臓移植など時事問題を取り上げ、模擬裁判でその問題点を分かりやすく発表してきた。学園祭の目玉の1つとして定着しているという。今年のゼミ生21人は、過去5年間に4人の死刑囚が再審無罪となったことに注目し、えん罪をテーマに選んだ。
 劇は、16年前に川口市内の夫婦が殺傷されて現金1万円を盗まれた事件で死刑判決を受けた主人公が、母親の犯人捜しが実って真犯人がわかり、無罪を勝ち取るというあらすじ。裁判のやり取りの中で、別件で逮捕された後、再び逮捕されるなど約2カ月間、身柄を拘束された主人公が、密室の取調室で過酷な質問責めやいすをけり倒されたり、壁に向かって立たされるなどの仕打ちにあい、身に覚えのない犯行を自白する過程が明らかになっていく。
 ゼミ長で主任検察官役の小川恭範さん(21)を始め、全員が「舞台に立つのは初めて」という素人集団。台本を書くために、過去のえん罪事件を分析したり、東京地裁で実際の裁判を見学するなどした。台本をまとめた市来正久さん(20)と宝田雄介さん(21)は「実際の裁判は、劇になりにくい。かと言って全く裁判の基本を無視して簡単にし過ぎては重みがなくなってしまうので難しかった」と口をそろえる。
 小川さんは「代用監獄という名の警察の留置場で長期間取り調べ、自白を追及する方法はえん罪を生む温床となっていることを多くの人に知ってほしい」と話している。
 松本教授は「日本の刑法犯の有罪率は100%に近く先進国の中で群を抜いているが、無批判に賛美するには問題がある。皮肉に言うと裁判所が警察・検察のチェック機能を果しておらず、有罪であることを確認するところになっている」と指摘している。
 当日は、模擬裁判の手引きとして裁判用語やえん罪事件の解説をまとめた小冊子も配ることにしている。



1989年11月7日 夕刊 娯楽
◆「南」「東」の国々の作品中心に、世界TV映像祭で11本上映


 「第5回世界テレビ映像祭」が10、11の両日、東京・内幸町の日本プレスセンターホールで開かれる。放送関係者らで作る実行委員会(代表=永井道雄・国連大学学長特別顧問)が毎年開催しているもので、今回のテーマは「地球の時代??アジア、アフリカ、南米そして東欧」。「南」や「東」の国々のテレビドラマや、それら地域を対象にしたドキュメンタリーを中心に合計11本が上映される。
 10日はドラマの部で、映画「大地の歌」で知られるサタジット・レイ監督が演出した「聖水」(インド)、トルストイの短編をドラマ化した「アルバート」(チェコスロバキア)など5作品。
 11日のドキュメンタリーの部は、スターリン時代に粛清された人々の悲劇を描き、その死刑執行人を告発する「浄め」(ソ連)、アパルトヘイトを主題にした「南アフリカの記録」(フランス)など6作品。
 テーマに関係する地域の研究者100人を無料招待(募集中)するほかは、原則として法人参加だが、来年6月には、東京・有楽町の朝日ホールで作品の一般公開を予定している。問い合わせは実行委員会(電話03?320?3364)へ。



1989年11月8日 夕刊 らうんじ
◆元帥の晩年:43 死刑求刑に禁固判決(空白への挑戦)


 5・15事件裁判は、海軍は横須賀鎮守府、陸軍は第1師団の軍法会議で、橘孝三郎ら民間側は東京地方裁判所で行われた。陸軍が一番早く判決が出た。全員「禁固8年」の求刑に対し「禁固4年」の判決で、軽い処分だった。
 海軍は昭和8年(1933)9月11日に論告求刑が行われた。山本孝治検察官は「軍人は政治に関与すべきでない」と厳しく、古賀清志、三上卓、黒岩勇に「死刑」を、中村義雄、山岸宏、村山格之に「無期懲役」を、反乱予備罪の4人に禁固刑を求刑した。
     *    *     *
 この日の加藤寛治日記には《対抗策ヲ構ズ、小笠原ヨリ之ニ付電話》とあり、小笠原は翌日から連日早朝に外出、日記には《終日、重要事項ニ従事》と記入、求刑を覆そうとかけまわったことをうかがわせる。陸軍判決があった9月19日、小笠原は海相と会う。
 《午後3時、大角大臣ト官舎ニ会シ5・15事件フンキウ善後策ニ付協議シアリテ午後4時半、東郷元帥ヲ訪ヒ、大臣トノ会見顛末ヲ告ゲ、夕刻帰宅》(「小笠原日記」)
 さらに23日にはこうある。
 《大角大臣ヲ私邸ニ訪ヒ、南郷少将、千坂中将ト共ニ陸海軍青壮年将校ノ不穏ノ情況切迫セルヲ告ゲ、種々協議ノ結果、兎モ角モ小林少将ヲ海軍省兼軍令部出仕トナスコト、明日大臣ガ直接山下大佐ニ会スルコト、5・15事件ノ被告ヲ有期トスルコト等ヲ決定シ、9時辞去》
 海相を含めたこの夜の会談で5・15事件の被告を「死刑」にはさせないようにする方針を決めたことがうかがえる。減刑運動は猛烈だった。
 事件発生から1年以上過ぎ、法廷で被告が農村や都市の現状を嘆き、政治の無策を訴えると、新聞に被告同情論がのりだす。兵学校同期会、在郷軍人会、OB会、愛国婦人会などの組織を通じて減刑嘆願の署名運動は全国的に広がり、小笠原らは各団体を督励して回った。片山哲の社民党と河上丈太郎の全国労農大衆党が合同してできた社会大衆党も減刑運動に参加した。(前島省三『昭和軍閥の時代』)
 海軍側弁護人団は10月末まで歎願書は69万7044通にのぼり、うち血書血判1022通と発表した。黒髪を束ねたのや切断した小指など異様な雰囲気でそれが法廷にまで持ち込まれ、内務省警保局は「純情から出た減刑歎願の合法運動がややもすれば不穏分子の策動によって思想運動に転化されるおそれがある」と、地方長官あてに取り締まりを通達したほどだ。
 求刑から判決への段階で海軍省法務局長・山田三郎は辞表を提出、更迭されたあと11月9日、判決が下った。古賀ら3人の死刑求刑に対しては、禁固15年から13年、無期懲役の3人には禁固10年だった。それぞれ求刑を大幅に下回った。裁判長・高須四郎大佐は15日付で第3艦隊参謀長に栄転した。
 判決の日、小笠原日記は
 《正午、日日号外ニテ5・15事件ノ海軍被告ノ判決言渡シアリタルヲ知ル、刑ハ余ガ大臣ニ希望シタル通リナリシハ喜悦ニ堪ヘズ》。そのあと、関係者が次々小笠原を訪ねる。
 《午前9時、真崎大佐(佐賀出身で藤井斉の先輩、陸軍急進派・真崎甚三郎の弟)来訪、5・15事件判決ニツキ謝意ヲ表セラル》(13日)
 14日には特別弁護の朝田肆六大尉、浅水鉄男中尉、林逸郎弁護人ら7人が訪れ、判決に感謝するとともに「東郷元帥にもよろしくご伝言を」といって帰った。
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 こうした動きについて海軍史研究家の田中宏巳(防衛大助教授)は、「小笠原らは裁判を艦隊派と条約派との法廷闘争とみなした。被告を全面的に援護の方針を固め、実質的には被告らの勝利となり、再び艦隊派が海軍の軍政・軍令の両部を牛耳ることになっていく」と分析している。さらにこの判決はテロ活動に油を注ぐことになる。=敬称略
 (佐藤 国雄記者)



1989年11月14日 朝刊 1外
◆司法民主化の一環として陪審制を導入 ソ連最高会議


 【モスクワ13日=新妻特派員】ソ連最高会議は13日、ソ連の法制の下では初めて、裁判に陪審制度を導入することを決めた。この日採択された「裁判制度に関するソ連邦と共和国の法律の基礎」の中に盛り込まれたもので、今年12月1日から発効する。陪審員は、重い刑事事件について、死刑かそれとも有期刑の最高である禁固15年にするかどうかの判断を下す役割を担うことになっている。この陪審制度は、ゴルバチョフ政権が取り組んでいる司法制度の民主化の一環である。
 また、これまで検察官は公判の維持、監督など広い範囲にわたる大きな権限が与えられ、裁判の独立を侵すと指摘されていたが、今度の新しい法律によって、「検事と弁護人は対等」の立場になった。



1989年11月14日 朝刊 1社
◆憂うつ続く愛知県警 浦山、計画性否認(ニュース三面鏡)【名古屋】


 「最初は殺すつもりはなかった。生きたまま埋めるつもりだった」??豊橋市の小林美幸子ちゃん誘拐殺人事件で、豊橋市西松山町、喫茶店経営浦山裕司(27)が13日、名古屋地裁豊橋支部に誘拐などで起訴されたが、愛知県警捜査1課と豊橋署の特別捜査本部の約1カ月の取り調べに対し、浦山は今も計画的な殺意を認めようとしていない。この事件では、愛知県警は浦山の車を再三、追い詰めながら取り逃がしており、その直後に美幸子ちゃんが殺害された。それだけに、浦山が最初から殺意をもっていたかどうかは、捜査ミスが殺害にどの程度影響したかにかかわる重要なポイント。矛盾を抱えながら言を左右にする浦山に、愛知県警の憂うつは当分消えそうにない。
 浦山は誘拐当日、経営していた喫茶店からスコップを持ち出しているため、初めから殺して埋める計画だったのではないかと見られている。しかし、浦山は「銀行強盗に使うために用意した」との供述を繰り返している。
 また、殺害直前の行動についても、「追尾の車を巻いたあと、車が脱輪してしまった。美幸子ちゃんを隠しておけば、もう一度身代金を要求できると考えた。隠すために、生きたまま埋めようとした」などと供述し、殺意を認めようとはしていない。
 美幸子ちゃんの首を絞めたことについても、「現場付近で自分がころんで、スコップで顔を打ち、それにかっときたため」と説明し、衝動的に殺したまでで、計画的な殺人でないと言っている。
 特捜本部は、当初から浦山の供述に惑わされた。逮捕直後から、浦山は「K」という主犯格の男の存在を主張、結局は作り話だったが、うそ、奇弁を続けた。
 美幸子ちゃんの遺体顔面には無残な傷が残されていたが、浦山の供述は「顔が土の上に出ていたので、スコップでたたいた」。解剖の結果、美幸子ちゃんの胃には食物の形跡がなかったが、浦山は「おにぎりを食べさせた」とも話した。矛盾を問い詰めると、食べさせようとしたが、美幸子ちゃんは長時間のトランク詰めで衰弱し、受け付けられないような状況だったことを認めた。
 捜査幹部は浦山について、「具体的な証拠があれば話すが、自分からは積極的に事件について話そうとしない」といい、「反省が見られない。まだ部分的にはうそをついているとしか考えられない」と顔をしかめる。
 幼児の誘拐殺人事件では、誘拐直後に殺したケースが多いのに、今回の事件では捕まる直前まで、被害者は生きていた。それだけに、殺害に対し、浦山と警察の責任をどう勘案するかが、この種の事件では死刑判決が多く、裁判では量刑上の大きな争点になろう。つじつまのあわない供述を続ける浦山に、特捜本部は困惑。起訴後も裏付け捜査を続ける、と話している。



1989年11月15日 朝刊 2家
◆宇宙人ってなんだっけ 地球人の文明、栄えさせてくれないかな


 東京都内の公立小学5年生男子(11歳)
         
 テレビなんかで、宇宙人やUFOの特集があると、よく見てる。それと、家にある宇宙の本も、よく見るよ。そこに書いてあったんだけど、雪男やネッシーも、宇宙人と関係あるんだって。だから捕まらないって。南米の大地にへんな図が書いてあるけど、あれも宇宙人がUFOに乗って、レーザー光線みたいなもので書いたんじゃないかな。着陸の目印にしたんだと思うけど、よくわかんないなあー。
 去年、学校で「宇宙集会」ってのをやったんだ。体育館を暗くして、アルミホイルで包んだ牛乳キャップをあっちこっちに置いて星みたいにして、。クラスのみんなが一人ひとり考えた宇宙人を合体させてコンテストに出したんだけど、僕が考えたのは、目が50個ぐらいあって、足はイカみたいで、口がおなかのところに付いてるやつ。でも、クラスでは採用されなかった。クラスで出したのは、しっぽやアンテナとか触覚とかいろんなものがくっ付いた怪物みたいなもの。ロボットの寄せ集めの部品をつけたみたいだった。
 クイズでは、「宇宙人はいるかいないか」っていう問題が出たけど、そんなのはわかんないからね、僕は「いない」ってした。そしたら×になっちゃった。いるにしても、まだ発見されてないから、一応「いない」にしといた方がいいと思ったんだけど。
 「オレはUFOを見た」っていう話を聞いたことはあるけど、僕はまだ見たことない。でも、家の中にいたとき、ボヤーとした白いものが飛んで来て、目の前で消えたのを見たことがある。そんな不思議なことがあったときは、宇宙人のせいかななんて思ったり、幽霊なんかも宇宙人の一種かな、とか思ったりする。
 友だちはみんな、宇宙人はいるんじゃないかと思ってる。でも、お父さんやお母さんに「UFOいるか、信じてる?」って聞いても、「そんなのいない」って言う。お母さんは時々、信じることがあるんだけど、お父さんはめったに信じない。けど、宇宙は広いから、星もいっぱいあるし、宇宙人のような生き物は1匹ぐらいはいるんじゃないかな。地球みたいな星も1個ぐらいはあると思う。人間より知能のいい宇宙人がいるかどうかわかんないけど、人間より下等な生き物はいるかもしれない。
 人間みたいな格好をした宇宙人はいないんじゃないかな。重力が重いところや軽いところもあるし、その環境によって格好は違うと思う。でもやっぱり、宇宙人は、地球人よりも文明が進んでてほしい。地球人ができないような夢みたいなことをかなえてくれたらいいな。がんやエイズを治す薬を作ってたり、永遠に寿命があるとか。でも、永遠に寿命があったら、宇宙人が増えすぎちゃうから、順々に死刑にしていくのかもしんない。
 宇宙人はいい人だと思いたいけど、地球にやって来るのは、その星が住めなくなって、住む場所を探して侵略しに来てるのかもしれない。映画のエイリアンみたいな凶暴な宇宙人だったら、地球人は全滅させられちゃう。でも、地球人だって、今に自由に宇宙旅行ができるようになって、人間より下等な生き物が住んでる星を見つけたら、そこを侵略するかもしれない。地球の鉄とか銅も無限にあるわけじゃないから、よその星から取って来るようになったときに、もし宇宙人がいてそれを見たら、怒るかもしれないし。
 いつかは絶対に宇宙人は発見できると思う。そしたら、地球人の味方になって、文明を栄えさせてほしい。けど、今の地球人じゃあ助けてくれないかも。戦争してたり、排ガスやゴミを出したりして地球を汚してるから。宇宙人が侵略しなくても、このままいったら地球は自分たちでほろんじゃうかもしれない。水爆より強力な爆弾ができて、それが爆発したら、地球はふっ飛んじゃうかもしれないし。怖いと思う。
 やっぱり宇宙人に来てほしい。文明が進んでて、地球人より優れてる宇宙人が来てくれないと、地球人は目が覚めないんじゃないかな。そのうち鉄や銅がなくなって、また石器時代になっちゃうかもしれないし。地球人だけじゃ無理だと思う。宇宙人がいなくちゃ、今よりもう発達しないんじゃないかな、地球は。宇宙人はなくてはならない存在だよ。
             
 ●大人から 多様な価値観を育ててほしい
 宇宙人を題材にした作品もある作家の石川喬司さん 宇宙空間から撮影した地球の姿を目にして以来、人類は、地球は数限りない星の1つに過ぎないという客観的な自己認識を得ました。子どもはそうした宇宙感覚を日常のものとして身につけており、大人より進んでいます。現代文明の行きづまりも敏感にかぎ取り、その出口のシンボルとして宇宙人をとらえている。宇宙人は人類を映し出す鏡であり、文明のあり方を考える手段。21世紀は宇宙の世紀であり、文明の大きな曲がり角になると思う。宇宙人を元に、開かれた多様な価値観を育て、自分たちの生活を見直していってほしい。



1989年11月16日 夕刊 文化
◆仏革命200年を機に資料展示やシンポ 専修大で16日から


 4万数千点に及ぶフランス革命関連資料をベルンシュタイン文庫として所有する専修大学では、革命200年にちなみ、同資料の一部を16日から23日まで東京・神田神保町の同大神田校舎15階ホールで展示するほか、期間中、革命に関する講演会とシンポジウムを同じ会場で開く。
 展示するのは、ルイ16世の遺言状、マリー・アントワネットの死刑判決書などの文献資料、パンフレット、ビラや銅版画など約200点。また講演会は18日午後3時から同ホールで。小林直樹専修大教授が、「フランス革命と人権」、漫画家の池田理代子さんが「フランス革命と私」と題して話す。
 「フランス革命史研究の今日的課題」をテーマにしたシンポジウムは19日午後1時から。遅塚忠躬東大教授が「フランス革命像の変遷」、立川孝一広島大助教授が「フランス革命とフォークロア」と題して、基調講演する。
 いずれも無料。問い合わせは同大神田校舎(03?265?6211)へ。



1989年11月16日 夕刊 1社
◆アベック殺人控訴審、90年3月に初公判 名高裁が決定 【名古屋】


 名古屋市緑区で昨年2月、若い男女が襲われ、殺された「アベック殺人事件」で、名古屋地裁が6月に少年としては10年ぶりに死刑判決を言い渡した名古屋市港区、とび職A(21)=犯行時19歳=と懲役17年の同市中村区本陣通5丁目、暴力団員高志健一被告(21)の2人に対し、名古屋高裁刑事2部(吉田誠吾裁判長)は、控訴審初公判を来年3月14日に開くことを決めた。



1989年11月16日 朝刊 1社
◆拘置正当と異議を棄却 山中事件で名高裁 【名古屋】


 最高裁が死刑判決に疑問を指摘し、来月から差し戻し控訴審が始まる「山中事件」で、石川県江沼郡山中町東町1丁目、蒔(まき)絵師霜上則男被告(43)の拘置が続行されていることに対する弁護側の異議について、名古屋高裁刑事2部(吉田誠吾裁判長)は15日までに、「拘置の続行は正当」として異議を棄却した。弁護側はこの決定を不服として最高裁に特別抗告する方針。



1989年11月20日 夕刊 1社
◆上告棄却し死刑確定 埼玉・岩槻の父親ら3人殺し 最高裁


 父親とその内縁の妻、この女性の孫娘の3人を刺殺した、として殺人罪に問われていた埼玉県岩槻市愛宕町、無職神田英樹被告(35)に対する上告審の判決が20日午前、最高裁第2小法廷であり、香川保一裁判長は、「3年半も周到な準備をしており、著しく残虐だ。弟を自殺に追い込んだ責任は父にあると思い込んだうえ、内妻については父殺害の支障になり、孫娘は父の血を引くと誤解したことによる自己中心的なもの」として、1、2審の死刑判決を支持して神田被告の上告を棄却した。これで、死刑が確定する。
 1、2審判決によると、神田被告は、中学生の弟(当時14)が昭和51年に自殺した原因が、酒やかけごとにおぼれた父親の一男さん(当時53)にあると思い込み、復しゅうを計画。60年3月8日未明、一男さんが同居していた岩槻市本町5丁目、無職井野しづかさん(当時59)方に押しかけて一男さんと井野さん、居合わせた井野さんの孫の優子ちゃん(当時1つ)を日本刀で刺殺した。



1989年11月20日 朝刊 特集
◆環境元年 地球人の自覚を(どう守る地球環境 国際シンポジウム)


 朝日新聞社主催の国際シンポジウム「どう守る地球環境??市民活動の役割」は15、16日、東京・有楽町の朝日ホールに世界各地で環境保護に取り組んでいる専門家ら15人を招き、開かれた。今年1月、オゾン層を破壊する特定フロンの排出を規制したモントリオール議定書が発効、世界で初めて地球規模の環境汚染物質対策が始まったばかりでなく、政府レベルの環境に関する国際会議が相次いで開かれた。今年を「環境元年」と呼ぶ人もいる。
    
 第1部 熱帯林
 第2部 環境汚染
 第3部 気象異変
 第4部 国際協力と日本
    
 <中江利忠・朝日新聞社社長あいさつ>
 朝日新聞社主催の国際シンポジウムに多数のご来場をいただき、ありがとうございました。むずかしいテーマと真剣に取り組もうとする皆様方の熱気が感じられ、心強く存じます。このシンポジウムは、朝日新聞記念会館が開設5周年を迎えての記念行事でもあります。5年前の落成記念の国際シンポジウムは「子どもたちに何を伝えるか??21世紀へのメッセージ」というテーマでした。
 「21世紀」といい「地球環境」といい、容易に私たちの視野には収まりきれない大きな課題です。しかし、その行方が私たちの生き方と密接に結びついていることは、間違いありません。
 かけがえのない「地球」を天国にするのか地獄にするのか。地球環境問題はまさに、人類の生き方を問うものだと申して過言ではありません。今回のシンポジウムは、この大きな問題を、政治や行政だけに任せず、地球市民一人ひとりの自覚を喚起していくことが肝要だという発想に基づいています。
 世界各地で「地球環境」を守る活動にたずさわっておられる市民団体の代表、国連機関や研究者の方々の貴重なお話を、皆様とともに、拝聴したいと思います。
    
 ●各国で活躍するNGO(非政府組織) ネットワークまだ弱い日本
 2日間のシンポジウムを通して、環境論議を地球規模にまで前進させるのに、世界各地で活躍する市民組織である「NGO(非政府組織)」が大きな役割を果たして来たことが確認された。そして将来に向かって新たな取り組みを進めるためにもまた、NGOに強い期待が寄せられた。
 ひと口にNGO(英語のノン・ガバメンタル・オーガニゼーションの略)といっても、その形態はさまざまだ。
 地域の主婦を中心とした消費者運動の組織から、政府や国際機関に政策立案のための情報を提供するシンクタンクまで、規模に違いがある。また欧米の先進諸国と発展途上国、そして日本では、さまざまな状況の違いがあることが浮き彫りになった。
 スウェーデン酸性雨NGO事務局(イエーテボリ)のクリスター・オーグレンさんは「先進国ではNGOがいろいろな啓もう活動を通じて、国民意識を高め、政策決定にも強い役割を演じている」と説明した。北欧を中心とした酸性雨の被害対策に、長くかかわってきた経験からの言葉だ。
 国連環境計画(ナイロビ)のスベネルド・エフティエフさんも「シンクタンク、現地活動など働きの違うNGOがあるが、それぞれに重要だ」と評価した。
 例えば、参加者の中でロイド・ティンバレイクさんが所属する国際環境開発研究所(ロンドン)は、1987年に東京で開かれた「環境と開発に関する世界委員会」のブルントラント報告にも協力した存在だ。
 それだけの力をNGOが持てるようになったのも、資金の一部を政府や企業が出資するなど財政基盤がしっかりしているからだ。また政府が途上国に援助する場合でも、現地で実際に事業を行うのはNGOが中心といった関係にある。
 「お金がもらえるからといって、決して政府に都合の良い人を集めるわけではない。NGOが全面的に政府を頼ってはいけないが、一部を得るのは有益だ」とオーグレンさん。オランダでは、政府から3分の1の資金を受けながら、環境政策の不満から政府を告発したNGOの例も紹介された。
 だが発展途上国では、NGOは政府に対立する反政府団体、革命分子とみなされがちで、NGOの代表者が逮捕、投獄された例もある。国際水産資源管理センター(マニラ)のチュア・ティアエンさんは「東南アジアのNGOも、最近は反対を唱えるばかりでなく、代替案を提示するように努め、今は政府も耳を傾けるようになってきている」と話した。
 日本では、国内の問題ばかりでなく最近は熱帯林行動ネットワーク(東京)の黒田洋一さんのように、海外で活動するグループがふえている。
 国際環境連絡センター(ナイロビ)のアン・ハイデンライクさんは「2度目の来日だが、前に勉強したことは日本のNGOの成功だ。公害汚染対策と健康被害救済について、世界が手本にしている」と言った。水俣病など4大公害訴訟は原告側の勝利となり、企業公害に一定の歯止めがかかったのは事実だ。
 しかし、化学汚染を研究者の立場から告発してきた愛媛大の立川涼さんは「日本のNGOが過分にほめられている」という。
 NGOに助言を与えてきた神戸大の山村恒年さんは「各地に運動がありながら、ネットワークを組んで闘う点が欠けている」と述べた。
 世界資源研究所(ワシントン)のジェシカ・マシューズさんは「日本はNGOが弱いことが欠点だ」と手厳しい。元環境庁長官の鯨岡兵輔さんも「環境はまだ選挙の票にならない。日本の政治家はNGOから圧力を感じていない」と話した。
 だが山村さんは、日本のNGOがことし9月、各国のNGO代表を招き、東京、大阪、京都で行った大規模な集会などを挙げ、「日本のNGOも具体的な取り組みを始めた」と指摘した。
 立川さんは参院選の結果を引いて、「将来に希望は持てる。状況を変える手だてを、私たちは知り始めたのではないか」と話した。
    
 ●役立っているか、日本の援助 金額は多いが逆効果の例も
 今年7月の主要先進国首脳会議(アルシュ・サミット)で、宇野首相は世界に向かって「環境保全のために、今後3年間で3000億円の政府開発援助(ODA)を提供する」と約束した。この資金の使い道には、いろいろな要望が出された。
 世界気象機関(ジュネーブ)のルーメン・ボシュコフさんは「環境を監視する観測所に使ってほしい。特に熱帯、太平洋地域に大気の観測所をつくれないか」。平和大学(サンホセ)のヘラルド・ブドウスキさんは「NGOが頼りになる情報センターがつくれないだろうか。また、持続可能な天然資源利用の努力に対する賞、平和的な資源管理に対する賞をつくってもらえないか」と提案した。
 チュアさんは「まず途上国の力を伸ばす援助が大切で、そのために必要な情報を整備することが大切。技術のデータを持ってきてほしい」。アフリカNGO環境ネットワーク(ナイロビ)のジェームズ・マイクウェキさんは「森林を守りながら農業をするアグロフォレストリーの技術など若い人が学ぶため奨学金を充実させて」と求めた。
 しかし、これまで年1兆2000億円にのぼるODAは、必ずしも相手国に効果ばかりをもたらしてきたわけではないようだ。善意であっても逆に環境を悪化させたり、先住民を住んできた土地から追い出し、開発難民も生んでいる。
 東南アジアの海水と淡水が入り交じるあたりに育つマングローブの林が伐採され、チップ原料として、主にコンピューター用の紙に使われている。切られた後はエビの養殖場になり、世界のエビの約4割を食べる日本に出荷される。チュアさんらによれば、食料にする分だけ漁をして資源をうまく管理していた漁民の生活は一変し、海水が逆流して水田が塩害を受けることもある、という。
 また、チュアさんは日本式のトロール漁法がそのまま持ち込まれたため資源がなくなってしまった例や、漁獲量を上げるため大きな網が技術導入され、13歳から17歳の子どもが海に潜って魚を追い込むのに雇われるようになった例を紹介した。
 アマゾンの破壊を抱えるブラジルでは、フィリピンやインドネシアで森林を切りまくった日本の会社が今度は中南米に進出して、また切るのでは、とかなり心配されている、とブドウスキさんが話した。
 日本が供出する3000億円の環境ODAに対し、同じような心配が生まれるのは「日本のODAには、一貫した政策がないのでは」(ブドウスキさん)という疑問が、参加者に根深いためだ。チュアさんは「援助は地球上の共通の問題を、先進国が途上国と一緒に解決する意味で使われるべきだ」と、また早稲田大の中村桂子さんは「援助という考え自体に疑問がある。それでは、どうしても自分たちの価値観を持ち込みがち」といった見方を話した。
 ティンバレイクさんは「日本は第三世界と人の結びつきがなく、孤立している」と指摘した。スウェーデンのNGOがポーランドに公害防止技術を送るプロジェクトを進めたのもポーランド移民が関与していたし、アメリカのODAを監視するのに相手国からの移民が力となっているという話が出た。西独議会では、森林破壊と気象変動に関する政策の方向を探るため、各国からNGO代表25人を招き、公聴会を開いた例もある。
    
 ●なぜ破壊を止められないか 「利益」独り占めに規制必要
 悪化の一途をたどる地球環境を守ることについてはさまざまな角度から討議された。
 「環境破壊が、人間にとって自殺行為になることは、ほとんどの人が分かっているのになぜくい止められないのか」について、評論家の立花隆さんは「囚人のジレンマ」にたとえた。
 これは、脱獄を図ろうとする死刑囚たちの話で、ある房の全員が計画を練っていた。ところが、この刑務所には2つの規定があり、1つは、脱獄を密告した者は刑を免れる、もう1つは、全員が密告したら全員死刑になる、というものだった。死刑囚たちはそれぞれ「自分だけは助かろう」と密告したため全員が助からなかった。
 立花さんは「環境保全でも同じことが言える。抜け駆けの利益をなくすには、強力な牢(ろう)名主が『裏切ったら殺す』という新しい規則をつくることだ。環境問題でも個別の利益を図った者を厳しく罰する法律を定めなければいけない。国際的な法規制は難しいが、『合意は拘束する』という法の根本原理を基にしていくしかないだろう。モントリオール議定書という手本もある」と述べた。
 市民一人ひとりの心構えについては、山村さんが、大阪の高速道路が若返り工事のため通行止めになるという事前情報により、一挙に約10万台の車が乗り入れを自粛した例を披露。「普段から車に乗っても乗らなくてもいい人が多いことでは」と分析した上で「企業の宣伝に乗せられて、むだ遣いをしている場合も多い」と、生活様式の見直しを訴えた。
 司会の石弘之・編集委員は「地球という1つの星に住み、子孫にも責任を負っていることを考えると、もう総力戦でしか地球環境の悪化は止められない。その先端を開くのは市民の活動であるNGOしかない」と、2日間の討議を締めくくった。



1989年11月23日 朝刊 解説
◆ジャンボ機事故全員不起訴 日米司法共助、ミス解明に届かず


 ボ社関係者 憲法盾に回答拒否 日航側 修理疑う義務なし
     
 日航ジャンボ機墜落事故の刑事捜査は22日、事故から約4年3カ月ぶりに終結した。検察当局は、墜落原因がかなり明らかになったにもかかわらず、ボ社、日航関係者ら全員を不起訴処分とし、その理由として日米にまたがる航空機事故捜査の難しさを強調した。今回の処分は、今後も起こるかも知れないこの種の大事故に対する刑事処分の前例として、多大な影響を与えるものになりそうだ。(松野良一、久村俊介記者)
 ○嘱託尋問も使えず
 検察当局は早い段階から、墜落事故の原因は、ボーイング社の圧力隔壁の修理ミスにあると断定していた。このため、刑事捜査の焦点は、「なぜボ社の修理スタッフが、ミスをしてしまったのか」を明らかにすることにしぼられた。
 検察当局は米国司法省との司法共助のため、今年5月に検事を2回派米。ボ社の修理スタッフ44人を特定すると同時に、修理ミスに関する質問状を送付した。しかし、死亡者1人と回答の無い1人を除いて、残り42人は米国憲法修正5条の「自己負罪拒否特権」をもとに、刑事事件追及につながる回答を拒否した。
 この修正5条は「何びとも大陪審の告発または起訴によるものでなければ、死刑あるいは自由刑を科せられる犯罪の責を負わされることはない。(中略)刑事事件において、自己に不利益な供述を強制されることはない」という規定で、日本国憲法38条に相当するものだ。
 ロッキード事件のときに行われた米側関係者に対する嘱託尋問も、今回の捜査では使えなかったという。使ったとしても、米国裁判所に出頭したスタッフは、同じく自己負罪拒否特権を行使して証言を拒否してくるのは確実で、証言を得るためには刑事免責するしかない。過失が最も大きいボ社関係者を免責にして、日本側の日航と運輸省関係者らだけを起訴するのは刑事責任のバランスなどからみて好ましくない、と検察当局は判断した。
 ○修理は単純な作業
 検察当局の捜査によると、今回の事故はボ社の技術力を信用する余り、修理スタッフの単純なミスを、次々と見逃したため起こった、という。ボ社の検査員が、隔壁修理に際し、どのようにチェックしていたか不明だが、検察側は「修理は単純な作業だった」とみている。つまり、問題とされる隔壁修理は、板金と同じくらい単純な作業で、ミスはまず起きないという前提で修理は通常進められていたとされている。日航側も、ボ社修理スタッフが、ミスをするとは思ってもみなかったようだ、という。
 検察当局は当初から「もし日航が、修理の工程ごとに立ち会って検査していれば、修理ミスを発見できた可能性があるのでは」という疑問を持っていた。しかし、少なくとも当時、ボ社と同社の修理チームは、世界的に優秀で、日航との間には、はっきりした技術の差があった。だからボ社の修理を疑って細かい工程検査やX線検査などはやらなかったし、その義務も当時はなかったとみなされた。
 日航は、個々の機体の事故歴についても、あまり考慮していなかった。ボ社の修理技術を高く評価していたため、大阪空港でしりもち事故を起こした後、隔壁を修理した事故機は、「恒久修理」され、新機同様に戻ったものとみなされて、その後の定期整備が行われていた、と検察当局は認定した。つまり、事故原因はすべて、ボ社修理に行きつく、との結論である。そのボ社に対する捜査は、実現されぬまま終わった。
                                    
      
 ○法整備の必要示唆
 最終局面での検察当局の捜査は、不起訴の理由をより鮮明にするための作業に費やされたといっていいだろう。
 全員不起訴の発表に際し、前橋地検は、巨大化、複雑化したシステムの中での個人の刑事責任追及が難しくなってきていることを強調した。山口悠介検事正は「その証拠に、この手の巨大システムの事故は、最近無罪率が高くなっている」と述べている。その上で、刑法に法人処罰規定が欠けていることにも言及し、法整備の必要性を示唆した。



1989年11月23日 朝刊 2社
◆民主化目指して韓国問題研究所を設立 政治犯の康さん 【大阪】


 ソウル大医学部留学中に「11・22学園スパイ事件」に関連されて逮捕、死刑判決を受け昨年12月仮釈放された大阪市生野区中川4丁目、在日韓国人政治犯、康宗憲さん(38)が事件発生から14年たった22日、祖国の民主化と統一を目指すため、同市北区山崎町に「韓国問題研究所」(電話363?2276)を開いた。内外の資料で韓国情勢を分析し、90年からは定期刊行物発行を計画している。



1989年11月28日 夕刊 1社
◆力丸ダム保険殺人の関本被告に死刑を求刑 福岡・宮田町 【西部】


 昭和54年11月、妻に多額の保険金を掛け、妻を乗せた車を福岡県鞍手郡宮田町の力丸ダムに転落させて殺害し、保険金を詐取したとして、殺人や詐欺罪などに問われている同郡鞍手町中山、暴力団組長関本忠被告(42)に対する求刑公判が27日、福岡地裁飯塚支部(川崎貞夫裁判長)で開かれ、検察側は「周到な計画を立て完全犯罪を狙った冷酷な犯行」として関本被告に死刑を求刑した。
 起訴状によると、関本被告は配下の鞍手郡宮田町の暴力団組長久保勲(47)=同事件で懲役20年の判決を受けて服役中=と共謀、関本被告の妻信子さん(当時27)に総額2億100万円の生命保険を掛け、久保の知り合いの同郡宮田町の運転手(当時26)を仲間に加え、同年11月15日午後8時ごろ、運転手が信子さんを車に乗せたまま力丸ダムに転落させ、信子さんを殺し、保険金約1億2000万円をだまし取った疑い。



1989年11月28日 夕刊 2社
◆連続女性誘拐殺人、控訴審が初公判 名古屋高裁金沢支部 【大阪】


 昭和55年、富山、長野両県下で若い女性が相次いで誘拐、殺された「富山・長野連続女性誘拐殺人事件」で身代金目的誘拐、殺人、死体遺棄などの罪に問われ、1審で死刑判決を受けた元贈答品販売業宮崎知子被告(43)=金沢刑務所拘置区に未決拘置中=、無罪の元同業で会社員北野宏被告(37)=富山県射水郡小杉町戸破=の控訴審初公判が28日午後、名古屋高裁金沢支部(浜田武律裁判長)で始まった。



1989年11月28日 夕刊 2社
◆「スーパージャンプ」掲載の劇画に集英社が謝罪文を掲載


 死傷者173人を出した1974年8月の東京・丸の内の三菱重工爆破事件の死刑囚をモデルにした劇画を、月刊漫画雑誌「スーパージャンプ」の今年10月号に掲載した集英社(東京)が、死刑廃止運動をしている福岡市内の市民運動団体などの抗議で、謝罪文を12月号に掲載していたことが、明らかになった。
 死刑囚の1人を粗暴で冷酷な人物として描き、最後に死刑が執行される筋。発行部数が毎月50万部で読者が青少年であることもあって「死刑囚の間違ったイメージをつくり、人命軽視の思想を植え付ける」と団体メンバーは言っている。
 「読者の皆さまへ」と題された12月号の謝罪文は、ほぼ半ページを使っている。「創作・掲載段階でモデルとされた『東アジア反日武装戦線』事件を歪曲(わいきょく)し、登場人物の立場や人権への配慮が欠けていたことを率直に認めたい」と前置きし、「当作品が何ら反論もできない獄中にある『東アジア反日武装戦線』の人々の主張、立場を著しく歪曲し、名誉を傷つけた」「再審請求中の2人の法的立場と権利を著しく傷つけた」など3項目を挙げ、編集部と作者の平松伸二氏の連名で「深くお詫び」をしている。
      
 集英社の月刊「スーパージャンプ」発行人(劇画掲載当時の編集長)西村繁男氏の話 資料の使い方で未熟な部分があったようだ。抗議を認めて謝罪文を掲載した。わが社の姿勢は、読者への呼びかけにすべて表れている。



1989年11月28日 夕刊 1社
◆無期懲役を破棄し「死刑」 3人を猟銃で射殺 高松高裁判決


 昭和60年6月、日ごろから仲の悪かった隣人ら3人を猟銃で射殺、1人にけがを負わせたとして殺人などの罪に問われ、1審の徳島地裁で無期懲役の判決を言い渡された徳島県海部郡日和佐町奥河内井ノ上、竹材業池本登被告(57)に対する控訴審判決公判が28日、高松高裁(村田晃裁判長)で開かれた。村田裁判長は「被告の犯行動機、経緯、態様などについて、最大限に情状をてらしても、原判決は不当であり、極刑をもってのぞむべきだ」として、原判決を破棄し、求刑通り死刑の判決を言い渡した。
 判決によると、池本被告は60年6月3日午後5時ごろ、以前からトラブルのあった隣人の無職池本雅公さん(当時46)が、自分に嫌がらせをしたと思い込み、文句を言ったところ怒鳴り返されて立腹。自宅から持ち出した散弾銃で雅公さんに散弾4発、雅公さんの内妻、鈴静子さん(当時54)に2発を撃って即死させた。さらに、通りかかった近くの無職、高丸房一さん(当時71)にも、日ごろから恨みを抱いていたことから射殺、流れ弾が農作業をしていた主婦に当たり、2週間のけがを負わせた。



1989年11月28日 朝刊 3総
◆草場良八さん 最高裁判事に就任(ひと)


 事務総長として司法行政の実務を束ねた最高裁に、1年9カ月ぶりに帰ってきた。
 「抱負といわれても特にないですね。下級審でも最高裁でも、裁判というのは適正、迅速に事件を処理していくという使命に尽きてますから」
 裁判官になって38年間のうち、裁判をしたのは約19年。残り半分は、最高裁事務総局や地裁所長、高裁長官などとして司法行政に携わり、司法行政歴の長い矢口洪一最高裁長官を支えてきた。最高裁事務総長時代には、簡裁の統廃合や法廷内カメラ取材の解禁などを手掛けた。
 裁判では、学園紛争時代の東大事件など、刑事事件の経験が長い。やはり、刑事裁判出身で定年退官した牧圭次・前判事の後任。15人の最高裁裁判官の中で、刑事事件の専門家は2人だけだ。
 「刑事事件を担当して、人間の弱さを感じることが多かった」。再審事件については「自省自戒して二度と起こらないようにしないと」とも。
 自ら言い渡した無罪判決の数は正確に記憶していないが、死刑は言い渡したことがないという。「そういう重大な事件にたまたま出合わなかったということ。死刑制度は、存在するものとして頭におくのは当然です。適用は慎重にすべきですがね」と現状を肯定した。
 憲法についての基本的な考え方は語らない。「裁判官は個々の事件を離れて、一般論として憲法を語る立場にない」が持論。「淡々と着実に」がモットーである。
 趣味は囲碁。読書は月10冊くらいのペース。小説好きだが、愛読書はなく「乱読ですな」。酒やマージャンは付き合い程度。「何も考えずに、ボーッとテレビでも見ているときが気が休まるんです」(古西洋記者)
         
 くさば・りょうはち
 福岡市生まれ。東大法学部卒。最高裁秘書・広報課長、同経理局長、甲府地、家裁所長、東京高裁判事、最高裁事務総長、東京高裁長官を歴任。妻と息子2人。64歳。



1989年11月28日 朝刊 5面
◆在日いじめをしてないボクへ(社説)


 あなたは、在日韓国・朝鮮人に対して、次のような行為をしたことはないと思う。
 電車に乗り合わせた女子高校生に「でかい顔するんじゃない」と暴言を浴びせた▽道で体が触れた女高生を怒鳴り、スカートを破った▽電車の空席に座ろうとした女子中学生のももをかさで打ち「朝鮮人は座るな」といって、自分が腰掛けた。
 実は、この種のいやがらせが各地で相次いでいるのだ。パチンコ献金問題が国会で取り上げられてから目立つという。
 こんな低劣なことをするのは論外であり、自分がするはずがないと思っている日本人が大部分だろう。
 海部首相も、在日本朝鮮人総連合会から再発防止の申し入れを受けたことについて、記者団の質問に「ボクがいじめをやったわけでもないし」と語った。
 しかし、このようないやがらせは、これまでも、大韓航空機事件などちょっとしたきっかけがあれば、すぐに繰り返し表面化してきた。根は深いのである。
 植民地時代の体験がない戦後育ちの若い世代のあいだにさえ、差別意識が一部で持ち込まれているのが見られる。時がたてば自然に消滅するとは、楽観できない。
 自分がそんな言動をしない人でも、日本人であるならば、ボクも私も、この問題を歴史の文脈で真剣に考えるべきである。
 海部首相は、自分の発言が国際的な批判を呼んだ後「真意が伝わらなかった」と釈明した。深刻な事柄を軽妙に舌で転がすことが雄弁ではないはずだ。
 在日韓国・朝鮮人に対する歴史認識の欠如を示すのは、なにかといえば日本人が口にする「朝鮮人は帰れ」という言葉だろう。
 彼らはなぜ日本にいるのか。植民地支配で土地を奪われて海を渡ったり、強制的に日本に連行されて炭坑や軍事基地建設に駆り出されたりした人々と、その子孫だ。
 かつては「一視同仁」の名の下に、日本の軍人になって戦死したり戦犯として死刑にされたりした人もいたが、日本は戦後独立するとき、一方的に国籍をはく奪した。そのような歴史を刻んだ「外国人」であることを、忘れたくない。
 しかも、本国には生活基盤はなく、とくに日本で生まれ育った世代には、言語の点でも「帰るべき故郷」は日本以外にない。
 国籍は違っても、この土地にともに根を張って生きていく兄弟であることを、しっかり腹にすえて考える。これが歴史を忘れないということではなかろうか。
 いま日韓両国の当局者の間で、協定による永住権取得者の孫以下の世代の法的地位が宙に浮いている問題をめぐって、協議がおこなわれている。
 日本で生まれ育った在日「3世」の法的地位を一層安定させる方向に協議を進めるのは当然だろう。問題は法的地位にとどまらない。就職や教育面での差別をなくす努力を合わせて急ぐ必要がある。
 最近、アジアから来て日本で生活する外国人が増えている。欧米人のばあいと違って、アパートを借りようとしても思うに任せず、日本社会の壁の厚さを嘆く声を聞く。
 島国で単一民族を当たり前としてきた日本人は、自国民でなければ外国人という二分法だけで割り切りがちだ。しかし、この社会に生きる限り、権利を尊重されるべき「市民」である。
 「国際化」のかけ声がしきりだが、在日旧植民地出身者に対する排外意識の克服は、その第一歩ではなかろうか。



1989年11月28日 朝刊 1社
◆集英社が漫画誌に謝罪文 「死刑囚への配慮欠く」 【西部】


 死傷者173人を出した1974年8月の東京・丸の内の三菱重工爆破事件の死刑囚をモデルにした劇画を、月刊漫画雑誌「スーパージャンプ」の今年10月号に掲載した集英社の同誌編集部(東京)が、死刑廃止運動をしている福岡市内の市民運動団体などの抗議で、謝罪文を12月号に掲載していたことが、27日明らかになった。死刑囚の1人を粗暴で冷酷な人物として描き、最後に死刑が執行される筋。発行部数が毎月50万部で読者が青少年であることもあって「死刑囚の間違ったイメージをつくり、人命軽視の思想を植え付ける」と団体メンバーは言っている。
 「読者の皆さまへ」と題された12月号の謝罪文は、ほぼ半ページを使っている。「創作・掲載段階でモデルとされた『東アジア反日武装戦線』事件を歪曲(わいきょく)し、登場人物の立場や人権への配慮が欠けていたことを率直に認めたい」と前置き。「再審請求中の2人の法的立場と権利を著しく傷つけた」など3項目を挙げ、編集部と作者の平松伸二氏の連名で「深くお詫び」をしている。
 問題の作品は同誌10月号に掲載された読み切り劇画「牙(きば)」の14回目で、計60ページの長編。冒頭で、三菱重工爆破事件を連想させる「住菱重工爆破事件」がリアルに描かれる。
 犯人2人は逮捕され、裁判で死刑が確定するが、やがて同志の「反日武闘隊“金狼”」が人質を取って立てこもり、2人を奪還する。死刑囚2人のうち1人は、人質の1人を機関銃で撃ち殺す。
 しかし、忍者風の主人公たちに「金狼」は滅ぼされ、死刑囚2人は再び獄中へ。死刑囚の1人は東京拘置所で絞首台に送られるという内容。
 10月号が発売された今年9月11日、死刑廃止運動をしている「うみの会」(本部・福岡市、20人)が支持者の通報で知った。メンバーが「むぎの会・東京定例会」など死刑廃止の市民団体4団体と協力し、10月5日に抗議。「謝罪広告の掲載」「単行本にしない」などを申し入れた。同月16日の全国の5団体による再度の抗議で、集英社側は申し入れをほぼ認めた、という。
 この問題で交渉に当たった「うみの会」の会員でタクシー運転手筒井修さん(41)は「今後も読者の側から監視をしていこうと思う」と話している。
              
 集英社の月刊「スーパージャンプ」発行人(劇画掲載当時の編集長)西村繁男氏の話 資料の使い方で未熟な部分があったようだ。抗議を認めて謝罪文を掲載した。わが社の姿勢は、読者への呼びかけにすべて表れている。



1989年11月29日 朝刊 1社
◆共謀巡り再び対立 富山・長野の連続女性誘拐殺人事件、控訴審初公判


 「富山・長野連続女性誘拐殺人事件」で身代金目的誘拐、殺人、死体遺棄などの罪に問われ、1審で死刑判決を受けた元贈答品販売業宮崎知子被告(43)、無罪の元同業で会社員北野宏被告(37)=富山県射水郡小杉町戸破=の控訴審初公判が28日、名古屋高裁金沢支部(浜田武律裁判長)で開かれた。
 事件は55年2月から3月にかけて、富山県の高校生長岡陽子さん(当時18)と、長野県のOL寺沢由美子さん(当時20)が誘拐されて殺され、両被告が共犯として身代金目的誘拐、殺人、死体遺棄などの罪で起訴された。1審の富山地裁では、「殺害実行は北野被告」とする宮崎被告側、「実行正犯は宮崎被告、北野被告は共謀共同正犯」という検察側、「無罪」とする北野被告側と三者三様の主張を展開した。7年半の審理のうえ、同地裁は63年、宮崎被告に死刑(求刑死刑)、北野被告に無罪(同無期懲役)の判決を下し、宮崎被告側と検察側が控訴した。
 検察側はこの日、2人の愛情や生活・経済面での「一心同体」、事件当時行動をともにしていたなどの間接事実により、1審で否定された「共謀」を立証したいと述べ、現場検証などを請求した。
 宮崎被告側は「一心同体論」で共謀を主張するとともに、宮崎被告が当時は精神的に正常でなかった点を強調、死刑廃止は世界的な流れとの主張もした。
 北野被告側は「宮崎被告のうそに振り回された結果で、公訴権の乱用だ」と冤罪を訴え、控訴棄却を求めた。
 宮崎被告は緑色のトレーナーにおさげ姿。裁判長の人定質問に答える声は震えがちだった。北野被告は落ち着いた様子で質問に答え、1年9カ月ぶりの対照的な2人の対面だった。



1989年11月30日 朝刊 3総
◆康宗憲さん 母国の民主化めざし韓国問題研究所開く(ひと)【大阪】


 母国留学中の1975年12月、「北(朝鮮民主主義人民共和国)のスパイ」として政治犯にされ、死刑判決まで受けた。巻き込まれた事件の「摘発」が始まった日からちょうど14年後の22日、仲間たちの協力で大阪に、祖国の民主化と統一をめざして「韓国問題研究所」(06?363?2276)を開いた。
 日本では十分に報道されない韓国のニュースを網羅する月刊の出版物を、来春から発行するなど情報の発信・受信基地をめざす。「北系であれ、南系であれ幅広くだれとでも交流する。日本の友人とも連帯したい」
 死の淵(ふち)に立たされたのは、「十分な医療を受けられない母国の貧しい同胞のため医者になろう」と勉強中だった24歳の時。国家保安法違反容疑などで逮捕され、拷問で「北へ行った」とウソの自白をさせられ、裁判で死刑を求刑された。無実を訴えたが、死刑確定。「民主回復運動の高まりで危機感を強めた朴正煕政権に狙われた」。去年12月、13年ぶりに仮釈放された。
 医者になるには失われた時間があまりにも長すぎた。それに「今も1000人以上の政治犯が獄中にいる。これからが民主化運動の正念場」との思いが強い。「私にとっては、リターンマッチのようなもの」
 「わが国の歴史では新しいものをつくってきたのはいつも『捕らわれる人間』、『耐える人間』でした。新しいものをつくるのは権力ではなく民衆なのです。私もその民衆の1人として生きたいのです」。後輩たちからもカン・ヒョン(康兄)と慕われる。(植村隆記者)
       
 カン・ジョンホン 大和高田市生まれ。大阪府立天王寺高校卒。韓国・在外国民教育研究所で韓国語を学び、1972年春、ソウル大医学部に入学。獄中でカトリック信者に。独身。38歳。


*作成:櫻井 悟史
UP: 20080323  REV: 20131015
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