| >HOME *以下、作成中のファイルです。 ◆犯行名乗る電話/パンナム機惨事 【ロンドン欧州総局二十二日】二十二日、AP通信ロンドン支局に対し、匿名の男性から「パンナム機惨事はわれわれの仕業であり、さる七月の米海軍巡洋艦に よるイラン機撃墜への報復である」との電話があった。AP通信によると、電話の男は「われわれ『イスラム革命の守護隊』は、アメリカに対する英雄的な死刑 執行を行った」と述べたという。 1988/12/23 読売新聞 東京朝刊 ◆ 「名張毒ブドウ酒殺人事件」 再審請求棄却の奥西元被告が異議申し立て 「名張毒ブドウ酒事件」の犯人として死刑が確定、今月十五日、名古屋高裁で第五次再審請求を棄却された奥西勝・元被告(62)(名古屋拘置所在監中)の弁 護団(団長・吉田清弁護士)は十九日、棄却決定を不服として、同高裁へ異議申し立てを行った。 不服理由について、同弁護団は「客観性のない不当な判断が多く、最高裁の白鳥決定(五十年)、財田川決定(五十一年)の意味が全く理解されていない」と している。 1988/12/19 読売新聞 東京夕刊 ◆アルメニア人虐殺で被告の1人に死刑判決/ソ連・スムガイト事件 【モスクワ十七日=小島特派員】ソ連最高裁は十七日、二月末、アゼルバイジャン共和国スムガイトで起きたアルメニア人虐殺事件で騒乱罪と殺人罪に問われ た、アフメド・アフメドフ被告に死刑を言い渡した。この事件で極刑を科されるのは初めて。同事件では三十一人が殺害され、アルメニア・アゼルバイジャン両 民族の対立を決定的に高めた。 1988/12/18 読売新聞 東京朝刊 ◆ソ連、経済犯の死刑を廃止 企業活動活性化を反映 新刑法草案の大綱を公表 【モスクワ十六日=布施特派員】ソ連最高会議幹部会は十六日、新しい刑法草案の大綱を公表した。大綱では、ゴルバチョフ政権の経済改革に伴う市民の経済活 動の活性化を反映して、経済犯罪に対する死刑の規定が廃止された。この大綱は来年三月十五日まで国民討議に付されたうえ、最高会議で採択を審議する見通 し。 ◆「集団殺りく罪」は追加◆ 同日付政府機関紙「イズベスチヤ」に発表された大綱によると、新刑法の特徴は〈1〉経済犯に死刑を適用しない〈2〉「国内流刑」(特定の区域への居住指 定)と「国内追放」(特定の区域からの居住締め出し)を廃止する〈3〉新たに「集団殺りく罪」を設定する−−など。 このうち、死刑の適用に関しては、対象が「国家反逆罪、スパイ行為、テロ行為」などとされており、現行刑法にある「通貨偽造」「通貨流通規則違反(ヤミ 行為)」が除外された。これに伴い従来重罪とされていた「私的企業活動」などに対する罰則も軽減されると見られる。 また、「国内流刑」は十九世紀ロシア以来の独特の罰則だが、現実には適用されることがまれで、法学者らの間で廃止を求める声が強かった。八〇年一月のア ンドレイ・サハロフ博士に対する「国内流刑」は、刑法でなく最高会議幹部会令という行政命令で行われている。 大綱はさらに、「民族、人種の平等の権利に対する侵害」を新たに犯罪規定に盛り込んでおり、「集団殺りく罪」とともに、アルメニア、アゼルバイジャン両 民族の衝突、暴動の発生を受けて加えられたものと見られる。 1988/12/17 読売新聞 東京夕刊 ◆「毒ブドウ酒事件」請求棄却 再審の流れにブレーキ(解説) ◆鑑定に疑問示唆したが確定判決そのまま容認◆ 昭和三十六年、三重県名張市で、農薬により主婦ら女性五人が毒殺された「名張毒ブドウ酒事件」で、死刑が確定した後も無実を訴えている奥西勝・元被告 (62)の第五次再審請求審で、名古屋高裁は十五日、請求を棄却する決定を下した。 (中部本社 浮島 勤) この事件は物証の極端に少ない事件といわれ、一審(三十九年十二月)の津地裁以来、争われてきたのは、毒を入れたブドウ酒瓶の王冠に残された歯形。この 歯形が奥西元被告のものかどうか。津地裁は「歯形の断定は不可能」として、奥西元被告に無罪を言い渡し、二審(四十四年九月)の名古屋高裁は、検察側が出 した松倉豊治・大阪大教授(当時)の「傷あと、傷幅等を検討しても歯形は一致(奥西元被告のもの)する」との鑑定をより所の一つに、死刑判決を下した。 第五次の再審請求で、事実調べが始まった五十四年二月以降、弁護団が最も力を入れてきたのは、この松倉鑑定を崩す新たな鑑定。依頼したのは、土生(は ぶ)博義・日大助教授で、同助教授は、平面的に傷を比べる松倉鑑定とは対照的に、歯形を立体的に計測する最新技術「表面粗さ測定器」を使用し、「平面的に は一致するように見える傷も、立体的には異なる」と鑑定した。 弁護団はこの土生鑑定に大きな期待をかけたが、この日の決定は「(土生鑑定は)奥西元被告の歯形と断定した従来の鑑定の証明力を減殺はしたが、奥西元被 告の歯形であることを否定できていない」と判断。他の証拠も、これまでの証拠をくつがえす「明白性がない」として再審請求を棄却した。 「疑わしきは罰せず」とする刑事裁判の原則を再審の審理にも適用した「白鳥決定」が出たのは五十年。以後、「財田川」「免田」「松山」と相次いで死刑囚 に再審開始の決定が出された。弁護団はこの“再審の流れ”が、毒ブドウ酒事件にも流れるのでは、と考えていただけに、松倉鑑定の証拠力を減殺しながらの棄 却決定のショックは大きい。 吉田清弁護団長は「再審の流れを大きく変える不当な判断だ。異議を申し立てて争っていく」と、決定への不満を口にする。 また、再審事件を研究している大出良知・静岡大助教授は「白鳥決定以後の流れからしても、クロ鑑定の証明力の減殺自体、再審開始に足る合理的理由となる はず。棄却は明らかに矛盾した決定。問題が残る」と指摘する。 一方、名古屋高検は「再審の流れなどというものはない。あくまで事件ごとに判断されてしかるべきだ」と話す。 しかし、唯一の物証に真犯人と断定する根拠が薄いことを示唆しながら、大きく揺れ動いた住民らの証言などの状況証拠で、再審請求審も確定判決をそのまま 認める形になったことは、再審開始への流れに少なからずブレーキをかけたといえよう。今回の決定が他の再審請求事件に及ぼす影響は大きい。 1988/12/16 読売新聞 東京朝刊 ◆南アフリカ 政治犯を続々減刑・釈放(解説) 南アフリカで、政治犯の減刑、釈放など“恩情”措置が相次いでいる。七日には反アパルトヘイト(人種隔離政策)闘争のシンボル的人物、ネルソン・マンデ ラ氏(70)も病院から一戸建ての官舎に移送された。(ナイロビ支局 那須省一) ◆マンデラ氏移送 制裁回避が狙い◆ 非合法黒人解放組織、アフリカ民族会議(ANC)の元議長で、政府転覆を図ったとして一九六二年以来獄中にあるマンデラ氏が移送されたのは、ケープタウ ンの東約五十キロのワインで知られる町パールにあるビクター・フェスター刑務所敷地内の官舎。官舎といってもテラス、庭園、プール付きの現代的つくりの一 戸建てだ。刑務所当局は今後、マンデラ氏がウィニー・マンデラ夫人ら家族と無制限に面会できる「自由」にも言及した。クチエ司法相は、氏の生命、安全が左 右両派の過激分子のテロから守られる「手厚さ」を強調した。 この移送のほか、南アではこの三週間、ピーター・ボタ大統領が立て続けに“和平攻勢”に出ている。 まず、先月二十三日、シャープビル・シックスと呼ばれる黒人死刑囚六人の再審請求が上告審で却下されるやいなや、六人を懲役刑に減刑する大統領令を発表 した。この六人は八四年九月にシャープビルという名のタウンシップ(黒人居住区)で起きた政府協力派のタウンシップ役員殺害事件で逮捕され、殺害の目的で 集まった群衆と「同じ意図」を有していた、という論拠から死刑宣告を受けた。このため英米政権を始め国内外から助命嘆願が寄せられていたもの。 続いて、二十六日には終身刑を受け服役中だったANCのライバル団体、パンアフリカニスト会議(PAC)のゼパニア・モトペング議長(75)、ANC指 導者の一人、ハリー・グワラ氏(69)の老政治犯二人も「人道上の措置」で無条件釈放された。 しかし、こうした一連の措置は南ア政府の人権、政治犯に対する考え方が変わったことを意味するものでは決してない。 確かにマンデラ氏が病院を除き、獄舎での生活から解放されるのはこれが初めてだ。だが、ウィニー夫人や国内外で氏の釈放を訴え続けてきた人々の願いは、 こうした形での“釈放”ではない。南ア国内の反アパルトヘイト活動家は深い失望感を表明。夫人も「マンデラはまだ南ア政府の囚(とら)われの身」と語り、 すべての政治犯が釈放されない限り、氏と無制限に会えるという“特恩”を拒否し続ける考えを明らかにしている。 それでは政府の狙いはどこにあるのか。 マンデラ氏に限って言えば、氏の投獄を続け、獄中死される事態は絶対に避けたい。かといって、右派保守党の台頭に脅かされている現状では、国内外の世論 に屈した印象を与える形での氏の釈放も阻止したい。また、氏に何ら規制を課すことなく自由の身とした場合、黒人社会に及ぼす余波も計り知れない。ボタ政権 は「段階的釈放」という形をとり、国内の反応を試す策に出た、と言える。 また、大局的には、国内外にボタ政権の和平の姿勢を強調したいことが挙げられる。ブッシュ次期米政権が誕生すれば、対南ア・サンクション(制裁)強化論 争が再燃するのは必至。疲弊しつつある国内経済を抱えたボタ政権はなんとしても新たなサンクションだけは回避しなければならない。 さらに、アパルトヘイト改革路線の行き詰まりを打破したいという思いもある。改革の切り札にしたい、としているのが黒人代表を入れた国家評議会(仮称) の設置だ。マンデラ氏移送には、国家評議会設置工作の一環という側面もうかがわれる。 198812/15 読売新聞 東京朝刊 ◆「名張毒ブドウ酒殺人事件」 名古屋高裁で再審の可否決定へ 三重県名張市で三十六年三月、毒入りブドウ酒を飲んだ女性五人が死亡した「名張毒ブドウ酒事件」の死刑囚、奥西勝・元被告(62)の第五次再審請求審 で、名古屋高裁刑事一部(山本卓裁判長)は、十五日午前九時から再審開始の可否について決定を下す。 1988/12/15 読売新聞 東京朝刊 ◆名張毒ブドウ酒事件 名古屋高裁、5度目の再審請求棄却 歯形新鑑定認めず 昭和三十六年三月、三重県名張市で、農薬混入のブドウ酒を飲んだ女性五人が毒殺された「名張毒ブドウ酒事件」で、死刑確定後も無実を訴え続けている奥西 勝・元被告(62)(名古屋拘置所在監)の第五次再審請求を審理してきた名古屋高裁刑事一部の山本卓裁判長は十五日午前九時すぎ、「新たに出された証拠に は確定判決に疑問を投げる明白性がない」として請求を棄却する決定を下した。物証が乏しく、一審(津地裁)無罪、二審(名古屋高裁)死刑と戦後の裁判史 上、極めて異例の経過をたどった同事件は、死刑確定後四度にわたる再審請求が棄却され、五十二年五月の五度目の請求で初めて事実調べが開始されたが、奥西 元被告の有罪の決め手となったブドウ酒瓶の王冠の歯形について弁護側が提出した新鑑定が「新たな証拠」として認められず、“無実の叫び”は届かなかった。 決定の中で、山本裁判長は、今回の請求審でも最大の争点となった唯一の物的証拠とされる王冠の歯形について「奥西元被告以外の可能性はあるが、同元被告 の歯によってつけられたとしても矛盾はない」と判断。弁護側が新証拠として提出した土生(はぶ)博義・日大歯学部助教授の「歯形とされる傷の凹凸を立体的 に精査した結果、奥西元被告の歯形と一致しない」とする新たな鑑定について、「その可能性が高いとするだけで、測定方法などにまだ疑問があり、奥西元被告 の歯形の可能性を否定し切れていない」と退けた。 また、毒混入の機会があったのは、奥西元被告が事件現場の公民館で一人でいた十分間しかあり得ない、とする犯行機会の限定について、弁護側は「(奥西元 被告が)十分間一人でいたことはない」とする主婦の新証言を新たに提出し、「混入の機会は他の関係者にもあった」と主張したが、同裁判長は「新証言が思い 出されるに至った経緯が全く不明で、他の関係者の証言は崩れない」としてこれも退けた。 さらに、自白調書と関係者の供述の信用性については「捜査当局が誘導した証拠は見当たらない」とし、請求棄却を結論づけた。 決定に対し、弁護団(吉田清団長)は、同高裁へ異議を申し立てる予定だが、考えられる証拠はすべて出し尽くした感があり、再審への道のりは険しくなった と見られる。 大出良知・静岡大助教授(刑事訴訟法)の話「死刑・有罪判決を支えている歯形について、この日の決定は証拠としての証明力の減殺を認めている。にもかか わらず、『奥西死刑囚が犯人であると考えて矛盾はない』といった程度の理由で、裁判所は請求を棄却している。歯形以外の証拠が、確たるものとは言い難い状 況証拠である以上、明らかに矛盾がある」 〈名張毒ブドウ酒事件〉三十六年三月二十八日、名張市葛尾(くずお)の公民館で開かれた生活改善クラブ総会で、女子会員にふるまわれたブドウ酒に農薬が 混入され、奥西元被告の妻、愛人を含む五人が死亡、十二人が農薬中毒にかかった。 事件から五日後、奥西元被告が「妻、愛人との三角関係を清算するためにやった」と自供、逮捕された。その後、自供を翻し、一貫して犯行を否認し続けた が、津地検は「総会前に一人きりになった午後五時すぎの十分間に、ブドウ酒の王冠を歯でこじ開け、農薬を混入した」と殺人罪などで起訴した。 1988/12/15 読売新聞 東京夕刊 ◆金賢姫、来年初めに初公判 年内起訴へ/大韓航空機爆破事件 【ソウル十日=平野特派員】昨年十一月二十九日に起きた大韓航空(KAL)八五八便爆破事件(乗客、乗員百十五人死亡)を捜査している韓国のソウル地検 公安一部は十日までに、犯人の金賢姫(キム・ヒョンヒ)(26)を国家保安法、航空法、刑法違反の容疑で年内に不拘束起訴する方針を固めた。公安関係者が 明らかにしたもので、これにより初公判は来年初めにも開かれる見通し。 国家保安法では「反国家団体の指令を受けた者が目的遂行のため殺人を行った時は、死刑、無期、または十年以上の懲役に処す」と規定しており、金が起訴さ れれば極刑となるのは間違いない。しかし、刑確定後、政府が特赦を発表するとの見方が強い。 1988/12/11 読売新聞 東京朝刊 ◆ゴルバチョフ・ソ連書記長の国連演説の内容=図付き 【ニューヨーク支局】七日、ゴルバチョフ・ソ連共産党書記長が国連で行った演説の要旨は、次の通り。 ◆国際対話◆ 一、現在の状況が要求しているのは、国際問題の正常かつ建設的な発展 を保証するための対話に、インド、中国、日本、ブラジルのような大国やその他の大中小諸国を含む、世界のすべての国、地域を継続的かつ積極的な基礎の上に 参加させることである。 一、だれもが世界のより大きな統一を目ざす運動に参加すべきだ。 ◆国連◆ 一、各国は国連に対する態度を、ある程度、見直すべきだと思う。このユニークな機関なしには、世界政治は、今日、考えることもできない。 最近国連の平和醸成の役割は再び活発化している。そのことは、加盟国が現代の脅威となる様々な挑戦に対処し、また関係を和らげる努力をするのに対して、 国連が支援する能力を持ち合わせていることをあらためて示した。 一、国連は様々な国の利益を一つにまとめる。国連は加盟各国の二国間、地域、世界的努力を一つの流れにまとめる能力を持つ唯一の組織である。今や国連の 責任分野に入って当然のすべての領域、すなわち政治・軍事、科学、技術、環境、人道の各領域で新しい展望が開けつつある。 ◆債務問題◆ 一、対外債務問題は最も深刻な問題の一つである。植民地主義の時代に、開発途上世界は、無数の損失と犠牲を払って、世界共同体の大きな部分の繁栄をまか なったことを忘れないようにしよう。地球上の物質的前進のために開発途上世界が行った歴史的、悲劇的貢献に伴う損失を償う時がきた。 われわれはアプローチを国際化することによって出口が示されると確信する。物事を現実的に見れば、累積債務が当初の条件で支払われることなど不可能だと 認めなければならない。 ソ連は後発開発途上国の債務について、最長百年までの長期間の支払い猶予制度を導入する用意がある。さらにかなりの場合、債務全額を帳消しにするだろ う。 一、他の開発途上国について、われわれは次の点を考慮すべきだと思う。〈1〉各国の経済成績に応じて公的債務の支払いに限度を設けるか、債務の大部分の 返済について長期間の据え置き期間を与える〈2〉商業銀行に負っている債務の削減に関する国連貿易開発会議(UNCTAD)のアピールを支持する〈3〉第 三世界の負債問題の解決を助けるための市場取り決めを政府レベルで支援するようにする。この支援は、負債を値引いて買い戻す特別の国際機関を設立すること を含む。 一、ソ連は、国連の主宰の下、債権国、債務国の政府指導者が集まって協議することを含め、債務危機を解決するため、多国間協議で実質的な討論を行うこと を支持する。 ◆アフガン・PLO◆ 一、国連やペレス・デクエヤル事務総長、さらに彼の代理人たちが、困難な地域問題を解きほぐすため払っている努力を全世界が歓迎している。 一、ヘミングウェーが彼の有名な小説の題辞として使用した英国の詩人の言葉をもじって、私は次のように言いたい。あらゆる地域紛争の鐘は、われらすべて のために鳴るのだ−−と。 一、アフガニスタンを特に取り上げよう。 一、ジュネーブ協定は、その根本的、実践的意義が世界中で称賛されたが、同協定は今年末より前に和解のプロセスを完結させる可能性をもたらしていた。だ が実際にはそうはならなかった。 私はこの演壇をだれかを非難するために利用したいとは思わない。 しかし、われわれの考えでは、十一月に採択された総会決議は、国連の権限においていくつかの具体的措置を補足できたはずである。 一、この決議の言葉によれば、幅広い基盤を持つ政府の問題をアフガニスタン人自身が早急に包括的解決を行うため、以下のことが実行されるべきである。 −−一九八九年一月一日を期しての完全停戦、及びあらゆる攻撃的な活動、砲撃を停止すること。交渉期間中は、敵対するアフガニスタン人諸集団は、自分た ちが統治する地域を保持することとする。 −−これに関連し、同日付で、すべての交戦勢力に対する武器供給を全面禁止する。 −−幅広い基盤を持つ政府を樹立する期間中は、国連総会決議にも記されているように、国連平和維持軍をカブール及び国内の他の戦略地点に送る。 一、われわれは、国連事務総長に対し、アフガニスタンの中立、非武装化に関する国際会議開催構想の早期実現を促進することも要請する。 一、われわれは、国連支援の下に、アフガニスタン再建を手助けするボランティアの国際平和部隊創設の提案を支持する。 一、(アラファト・パレスチナ解放機構=PLO=議長に対し米政府がビザ発給を拒否した事件は)他の地域紛争が、多くの場合、米ソの助けを借りながら、 政治的解決に向かっているという前向きの潮流が明らかになってきた時に起こった。われわれはこの事件を極めて遺憾に思い、PLOへの連帯を表明する。 ◆ペレストロイカ◆ 我が国は、真の革命的高揚期を迎えている。 ペレストロイカは、勢いを得て前進している。われわれは、まず、ペレストロイカの理論的概念を明確化することから始めた。われわれは、諸問題の大きさと 本質を評価し、過去の教訓を理解し、それを政治的結論、政治的プログラムの形で表現しなければならなかった。それは終了した。 われわれは急進的な経済改革に着手した。われわれは経験を積み重ねてきた。来年初めには、国家経済全体が、新しい形態と運営方法へと方向転換されるだろ う。このことはまた、生産関係の根本的再編成と社会主義固有の巨大な潜在能力の解放を意味する。 ソ連最高会議が最近、憲法改正と選挙法採用に関する決定を下したことに伴い、われわれは政治改革の第一段階を完了した。われわれは、間髪を入れず、中央 と各共和国間の関係改善、ロシア革命から受け継いだレーニン主義的国際主義の原則に基づく民族間関係の調和、そして同時にソビエト権力の地方制度の再編成 を主要任務とする政治改革の第二段階を開始した。 最も重要なのは、我が偉大な国家のすべての民族と、すべての世代にわたる市民が、ペレストロイカを支持している点だ。 われわれは、法の支配に基づく社会主義国家の建設に、まい進してきた。一連の新しい法律の制定作業は、すでに完了ずみか完了間近である。その多くは、一 九八九年には発効する予定であり、われわれは、これらの法律が、個人の権利保障という点で最高の水準を満たすものと期待している。 一、ソ連の民主主義は、しっかりした規範に基づくものとなろう。私がここで言及しているのは、特に、良心に従う自由、グラスノスチ(情報公開)、社会団 体、組織に関する法律のことである。 一、獄中には政治的または宗教的信条のために有罪とされた人はいない。 (政治的、宗教的理由による)迫害を禁じる新しい法案には、さらに新たな保障が加えられる。 一、刑法改正作業が行われ、今は施行を待っている。改正される条項の中には、死刑に関連したものも含まれる。わが国への入国及びわが国からの出国の問題 は、家族と合流するための出国も含め、人道的精神をもって取り扱われている。 一、ご承知のように、出国拒否の理由の一つは、ある人々が機密の知識を持っていることである。機密に関する規則に今後ははっきりした時効が適用される。 特定の機関や企業に職を求めるものは、だれしもこの規則について教えられる。異論がある場合は、上訴の権利も法に定められている。これによりいわゆる「リ フューズニク(出国拒否されたユダヤ人)」の問題はもう議論の対象にはならなくなる。 一、われわれは国連及び全欧安保再検討会議(CSCE)の人権監視の取り決めへのソ連の参加を広げていくつもりだ。人権に関する合意の解釈及び履行に関 してハーグの国際司法裁判所が持っている司法権をすべての国家で義務づけるべきであると信じる。 一、われわれは、ソ連に届くあらゆる外国ラジオ放送の電波妨害をやめることが、ヘルシンキ(最終文書履行の)プロセスの一環であると考えている。 ◆軍縮◆ 一、軍縮なしでは二十一世紀の問題は一つとして解決できないだろう。 あす八日で米ソ中距離核戦力(INF)全廃条約は調印一周年を迎える。私は、条約の実施−−ミサイル撤去−−が信頼に基づいた実務的な雰囲気の中で順調 に進んでいるのを特に喜ばしく思っている。 このようにして一見除去不可能に思えたさい疑心と憎しみの壁に大きな突破口が開けられた。われわれは新たな歴史的現実が出現するのを目撃している。つま り超大軍備の原則から合理的で十分な防衛力という原則への転換である。 われわれは、新しいタイプの安全保障の誕生に立ち会っている。すなわち、過去においてほとんどいつもそうであったように軍備を増強するのではなく、反対 に、妥協に基づき軍備を削減することによる安全保障である。 一、ソ連指導部は、この健全なプロセスを推進する用意があることを、言葉だけでなく行動で、あらためて示すことを決めた。 今日、私はソ連軍の削減を決定したと報告できる。 今後二年以内に、ソ連兵力は五十万人削減されよう。通常兵器の数もまた相当に削減されよう。これは、ウィーンで行われる会議(通常兵力安定交渉のこと) を決める話し合いと関係なく、一方的に行われるものだ。ワルシャワ条約機構同盟諸国との合意の上で、われわれは一九九一年までに東ドイツ、チェコスロバキ ア、ハンガリーに駐留する六個戦車師団を撤退させ、それらを解体することを決めた。 攻撃上陸部隊ほか攻撃渡河部隊を含むいくつかの編隊、部隊も、その武器、装備とともに、これらの諸国に駐留中のソ連軍から撤退する。 これら諸国に駐留するソ連軍のうち兵員五万人、戦車五千台が削減されよう。 同盟諸国に当面とどまるすべてのソ連師団は、再編される。その構成は現在とは異なるものとなり、戦車の大幅削減以後は明確に防衛的なものとなるだろう。 同時に、われわれは、ソ連の欧州部(ウラル山脈以西)に配備している兵員の数と兵器の数を削減することになろう。 わが国のこの地域と欧州の同盟諸国領内のソ連軍は、総計で、戦車一万台、大砲八千五百門、戦闘機八百機が削減されるだろう。 われわれは今後二年間で、ソ連のアジア地域の兵力も大幅に削減するつもりだ。モンゴル人民共和国との合意により、同国に現在暫定的に駐留中のソ連軍の主 要な部分は帰還することになろう。 一、この根本的な決断を行うことにより、ソ連指導部は社会主義社会全体の抜本的改革を行ってきたソ連国民の意思を表現しているのである。 われわれは自国の防衛能力を、どんな国も、ソ連と同盟国の安全への侵害を考えたりしないよう、合理的かつ信頼するに足る水準に維持するだろう。 これによって、またすべての国際関係の非軍事化を志向した行動を行うことにより、もう一つの緊急の課題に国際社会の関心を喚起したいと思う。それは軍備 の経済から軍縮の経済への移行の問題である。 軍事生産からの転換は現実的なことだと考えている。 一、ソ連は次のことをする用意がある。〈1〉経済改革の枠組みの中で、(軍用から民用への)転換を図る計画を策定し、これを公表する〈2〉一九八九年の うちに、実験として二、三の軍事工場を転換する計画を策定する〈3〉軍事産業の専門家に雇用を提供し、その施設、建物、構造を非軍事生産に使用することに ついて、われわれの経験を公表する。 一、すべての国家が、まず第一に軍事大国が、自国の転換計画を国連に対し提出することが望ましい。転換の問題を全体的に、かつ個々の国家、地域に応じて 徹底的に分析し、国連事務総長に対し報告を行い、その結果、国連総会の場でこの問題の検討が行われるようにするため、科学者グループを設置するのが有益で あろう。 ◆米ソ関係など◆ 一、ここ二、三年間、米ソ関係の実質と雰囲気が改善されたので、全世界は安どのため息をつくことができた。 一、米ソ間の相違、重要問題の困難さを過小評価しようと思うものはいない。しかし、われわれは、お互いに理解し合い、双方の、また一般的な利益となる解 決を探すことを学ぶ小学校の段階をすでに卒業した。 一、将来の二か国間、多国間合意に向けて経験を蓄積しつつあるのは、米ソ両国である。 一、われわれはこのことを評価する。レーガン大統領及びジョージ・シュルツ氏をはじめとする米政権の人々の貢献を認識し、感謝する。 一、ジョージ・ブッシュ氏を長とする米次期政権は、われわれが長期の逡巡(しゅんじゅん)や堂々めぐりをすることなく、現実主義、開放性、善意の精神で 対話を続ける用意があり、ソ米関係と世界政治の主要問題に関する話し合いで、具体的成果を達成したいと願うパートナーであるとわかるだろう。 一、とりわけ私が考えているのは、戦略攻撃兵器半減交渉を、弾道弾迎撃ミサイル(ABM)条約を維持しつつ、条約締結に向けて着実に前進させることであ り、化学兵器廃止に関する取り決めに関する作業を進める中で、今や一九八九年を決定的な年とする必要条件が存在していること、そして欧州の通常兵器・兵力 削減に関する交渉である。 一、私はまたもっとも広義の意味での経済、環境、人間の諸問題についても考えている。 一、中小国はもとより非同盟運動や各大陸にまたがる非核六か国グループを含む多くの国々は、それぞれ重要かつ建設的な役割を果たしている。 一、われわれにとって喜ばしいのは、ますます多くの政治家、政党、公人、そして特に強調したいのだが、科学者、文化人、大衆運動や種々の宗教団体の代表 者たち、さらにいわゆる民間外交の活動家たちが人類共通の責任を担おうとしていることである。 一、この点に関し、国連の後援のもとに社会組織の大会を定期的に開催する構想は注目に値すると思う。 一、確かに軍縮志向は強い勢いを得、その過程はそれ自体の弾みをつけて動いている。しかし、それはまだ不可逆的なものとはなっていない。 一、確かに、対立をやめ、対話と協力に賛成する意向が強く感じられている。しかし、それが国際関係の実行動の永続的特徴となるにはまだ程遠い。 一、確かに、核兵器のない、非暴力の世界に向けての運動は、わが地球の政治的、知的認識を根本的に変えることができる。しかしその第一歩は踏み出された に過ぎず、一部の影響力ある勢力の不信や抵抗にさえ直面している。 ◇東西欧州軍事力比較(図 省略) 1988/12/8 読売新聞 東京夕刊 ◆上海の日本人旅行者殺しに死刑求刑 【上海六日=藤野特派員】上海のホテルで今年七月、日本人旅行者の板金業小林康二さん(当時五十九歳、岡山県勝田郡勝北町市場七九〇の九)が殺された事 件の第二回公判が六日、上海市中級人民法院で開かれ、検察側は被告の元京劇俳優、朱文博(43)に死刑を求刑した。 起訴状によると、朱はさる七月二十九日夜、上海の錦江飯店で知り合ったばかりの小林さんの部屋を訪ね、小林さんを殺して現金二千元(一元約三十五円)と 日本製たばこ一カートンを奪った。しかし、朱は小林さんに日本留学の経済保証人になってもらうのを頼むことなどを目的に、小林さんの部屋を訪れたが、断ら れてもみ合いになったと主張し、故意に殺すつもりはなかったと殺意を否定している。 1988/12/7 読売新聞 東京朝刊 ◆イスラエル、乗っ取り犯をソ連に送還 【エルサレム四日=高木特派員】ソ連南部でバスを襲った後、ソ連機でイスラエルに逃げ、同当局に投降した犯人五人が四日、ソ連に送り返された。対ソ関係 改善をはかるイスラエル政府当局の“政治決着”によって三日夜、わずか二日間のスピード解決をみたものだ。ソ連当局から事前に犯人たちのイスラエル行きに ついて通告を受けたイスラエル当局は、二日夕、厳戒体制の中で同機の受け入れを認め、その直後から外務省の特別チームが駐イスラエル領事部及び駐ソ・イス ラエル領事部と密接な連携を取り、事件処理に当たった。 エルサレム消息筋によると、ソ連側がイスラエルに、五人に対して死刑判決を下さないと秘密の約束をしたためスピード解決となった。 イスラエル側は、ソ連との間に犯罪人引き渡し条約がないため、この措置について犯人の身柄引き渡しではなく、あくまで国外追放だとの立場を表明してい る。 1988/12/5 読売新聞 東京朝刊 ◆島田事件再審の判決公判は1月31日に 静岡地裁が通知=続報注意 昭和二十九年、静岡県島田市で、当時六歳の幼女が殺された「島田事件」の死刑囚、赤堀政夫被告(59)(静岡刑務所在監)に対する再審で、静岡地裁刑事 一部(尾崎俊信裁判長)は一日、判決公判を来年一月三十一日午前十時から開くことを静岡地検と被告弁護団に通知した。最高裁で死刑が確定して以来二十七年 ぶりのやり直し裁判は、初公判から約一年三か月でようやく判決が言い渡されることになった。 1988/12/2 読売新聞 東京朝刊 ◆栃木の幼児・女高生殺しに死刑判決/宇都宮地裁 隣近所の幼児と女子高生を殺したとして、殺人、死体遺棄罪に問われた栃木県鹿沼市緑町一の三の六、理容業篠原伸一被告(38)に対する判決公判が、二十 九日午後、宇都宮地裁で開かれ、上田誠治裁判長は「なんの罪もない二人を殺害した責任は重大で、情状酌量の余地はなく、極刑が相当」として、求刑通り死刑 を言い渡した。 1988/11/30 読売新聞 東京朝刊 ◆6死刑囚を懲役刑に 南ア大統領が減刑措置 【ヨハネスブルグ二十四日=那須特派員】南アフリカのピーター・ボタ大統領は二十三日、黒人居住区評議会員殺人事件で死刑判決を受け、二度にわたる再審 請求が却下された女性一人を含む黒人被告六人(シャープビル・シックス)を死刑から懲役刑に減刑した。この六人は直接犯行に及んだ証拠は見つからなかった ものの、「評議会員を殺すために集まった群衆と同じ目的をもっていた」との論拠から死刑を宣告された。このため、内外から強い批判を呼び、英米政権もボタ 大統領に助命嘆願を訴えていた。 1988/11/25 読売新聞 東京朝刊 ◆南ア、被告6人の再審請求を再び却下 4年前の黒人居住区暴動 【ヨハネスブルグ二十三日=那須特派員】南アフリカのブルームフォンテイン上告最高裁は二十三日、四年前の黒人居住区暴動で殺人罪に問われ、死刑宣告を 受けた黒人被告六人の再審請求を再び却下した。この結果、六人の刑執行停止はピーター・ボタ大統領の政治判断ひとつにかかることになった。 1988/11/24 ◆三宅 富士郎氏(元東京高等裁判所判事、弁護士)死去 三宅 富士郎氏(みやけ・ふじろう=元東京高等裁判所判事、弁護士)十七日午後三時三十二分、脳コウソクと肺ガンのため、東京都渋谷区の日赤医療セン ターで死去。八十五歳。告別式は二十一日午後一時から目黒区下目黒一の八の五の大円寺目黒斎場で。自宅は同区中目黒一の一の一七の五〇五。喪主は長男、崇 之(たかゆき)氏。 昭和二十九年、渋谷区内で発生したカービン銃ギャング事件で、主犯格の元保安隊員(現在の陸上自衛隊員)に対し、一審の死刑判決を破棄、無期懲役を言い 渡したほか、三十三年八月に起きた小松川女高生殺しの控訴審などを担当した。 1988/11/19 読売新聞 東京朝刊 ◆反アパルトヘイト活動の4人に国家反逆罪/南アフリカ 【ナイロビ支局十八日】八四年九月、南アフリカ全土に広がった反政府暴動を扇動したとして国家反逆罪などに問われていた統一民主戦線(UDF)の幹部ら 十九人に対する公判が十八日、南ア最高裁プレトリア支部で行われ、UDFの幹部三人を含む四人に国家反逆罪の適用が確定した。判決言い渡しは十二月五日か ら始まる最終弁論後になるが、南アでは国家反逆罪は死刑となるのが通例。UDFは南ア最大の反アパルトヘイト(人種隔離政策)団体で、被告らのうちUDF の幹部は、三年四か月に及ぶ裁判の間も獄中につながれたままだっただけに、死刑が執行されれば国際社会の強い非難を招くことになろう。 国家反逆罪が確定したのは、ポポ・モレフェ元UDF全国書記長、テラー・レコタ元UDF主任スポークスマン、モーゼス・チカネ元UDFトランスバール州 支部長と、トーマス・マンタタ牧師。残る被告十五人のうち、七人は国家反逆罪は免れたが、暴動に関与したとして有罪、八人には無罪が確定した。 裁判の焦点となっている八四年の黒人暴動におけるUDF幹部の役割について、検察当局は非合法黒人解放組織・アフリカ民族会議(ANC)に扇動されて暴 力によって国家転覆を図ろうとしたと主張、一方、被告のUDF幹部らは「平和的な抗議行動を呼びかけただけ」としていた。この点について、裁判官は検察側 の主張をほぼ全面的に認めた。 1988/11/19 読売新聞 東京朝刊 ◆光州事件、「全斗煥氏に発砲の責任」 金大中氏が公聴会で証言 【ソウル十八日=大江特派員】一九八〇年五月に起きた「光州事件」(戒厳軍と光州市民・学生の衝突事件)の真相解明を進めている韓国国会の光州事件特別 委員会は十八日、初の公聴会を開き、当時、内乱陰謀の首謀者として死刑判決(無期懲役減刑後に昨年復権)を受けた金大中・平民党総裁が証言に立った。金総 裁は鎮圧軍に発砲命令を下した最高責任者は当時、国軍保安司令官だった全斗煥・前大統領だとして厳しく非難した。全氏本人の処罰問題については、不正疑惑 問題を含めて真相が徹底解明されれば、刑事処罰は要求しないとの立場を明確にしたが、野党側は証人尋問を通じ全前大統領糾弾の姿勢を強めており、週明けに 予定されている特別声明で、実際に全氏が光州事件に関しどこまで踏み込んだ「謝罪」を表明するかも焦点となってきた。 光州事件について、金総裁は「一部の政治軍人が政権に就くため、(朴正煕・元大統領暗殺後続いていた)戒厳令を解除せず、民主化を進めなかった」のが原 因と断じたうえ、全斗煥・前大統領、盧泰愚大統領、鄭鎬溶・民正党議員(いずれも陸士十一期)の三人をその中心勢力として名指しした。 国軍と市民との銃撃戦という悲惨な事態の端緒となった戒厳軍側の「発砲命令問題」で、金総裁は、光州事件の鎮圧にあたった当時の鄭鎬溶・特戦司令官が光 州を離れ、何度か全氏(当時、国軍保安司令官)と会った事実を挙げ、全前大統領が最高責任者だと主張した。こうした経緯を確認するため、全氏、崔圭夏氏の 前・元大統領を証人喚問するよう改めて求めた。 また、韓国軍の作戦指揮権を持つ在韓米軍との関連で以前から指摘されてきた米国の責任問題について、金総裁は「戒厳軍と光州市民との調整役割を行わず、 傍観の姿勢を示したのは背信行為ではないか」と述べ、間接的責任があるとの見解を示した。 事件当時、金総裁は反政府デモを扇動し、事件を背後で操ったとして「内乱陰謀罪」などで逮捕、死刑判決を受けたが、この日の公聴会で金総裁は一連の容疑 はすべてデッチ上げられたものだとして、全面的に否定した。また、この日の公聴会では、金総裁に続いて、事件当時戒厳司令官だった李熹性氏が証言に立ち、 鎮圧作戦での発砲は「軍の自衛権の発動」であり、「私は指示していない」と釈明。また、全前大統領が軍内部の実権を掌握した、いわゆる粛軍クーデター(七 九年十二月十二日)について、同日深夜まで野党議員らの追及を受けた。なお、同日の公聴会に出席を求められていた全氏と光州事件当時、大統領だった崔圭夏 氏の二人は出席を拒否した。同公聴会は十九日も開かれる。 全斗煥政権発足の直接の契機となった光州事件は、政権自身に「解決不能の課題」として常に暗い影を落としてきた。盧政権は政権発足から一か月後の今年三 月末、政府談話を発表し、「公式謝罪」を初めて表明、光州市民ら事件関与者の名誉回復と補償に着手した。今回の特別委公聴会もこうした流れの一環だが、真 相を徹底して究明した場合、一方の当事者だった全前大統領の責任追及は免れない状況にあった。今後さらに調査が進展すれば、全一族の不正疑惑問題とあわ せ、在任七年余に及んだ全政権が「全面否定」される傾向が強まることになろう。 ◇百字注釈 光州事件 八〇年の全国戒厳令強化や金大中氏拘束などに反発した学生、市民により同年五月、全羅南道光州市で起きた。警察、戒厳軍側が激し く弾圧。十日間にわたり銃撃戦を展開、死亡者百九十三人、負傷者数百人(政府発表、現在調査中)が出た。 1988/11/19 読売新聞 東京朝刊 ◆現状肯定の流れ鮮明 米新政権に問われる指導力 読売アメリカ総局長・宝利尚一 レーガン政権下の八年間、副大統領を務めてきたジョージ・ブッシュ氏が次期米大統領に決まった。アメリカ人は相対的な繁栄、安寧を求め、現状肯定型の候 補を選んだ。それは、レーガン政権への信任をも意味する。 にもかかわらず、多くのアメリカ人の間には、次期大統領の指導力への懸念、経済の先行きに対する不安が見え隠れする。今年の大統領選への有権者の関心は 「平均以下」といわれてきたが、その背景には、共和党のブッシュ氏も民主党のマイケル・デュカキス氏も、九〇年代のアメリカが抱えるさまざまな重要問題に 気づいていながら、ともに有権者を納得させるだけの明確な処方せんを書き切れなかったことがある。 次期大統領に決まったブッシュ氏も敗れたデュカキス氏も、出自は異なるものの、いずれも米社会のエリート層に属している。どちらもそれなりの実務能力を 持っている。デュカキス陣営は、選挙キャンペーンのミスに加え、ブッシュ陣営の執ようなネガティブ・キャンペーン(中傷作戦)に敗れたと主張するが、両者 の差異は、単なる選挙戦術の差以上に大きい。その差は、共和党がアメリカ社会の価値観の変化を正確に把握していたのに対し、民主党が伝統的な政治ビジョン に固執していたためといえる。 「中流クラスのアメリカ人は、リベラリズムに忠実でない。彼らは反個人主義的な傾向に反対し、集団行動、集団的な解決等に反対するからだ。彼らは、自ら の繁栄が維持されているかぎり、福祉国家を支持する」 アメリカ社会学会のハーバート・ガンズ会長はこう語る。ガンズ会長のこの見解は過去二十年間、五回の大統領選で、共和党大統領候補が平均して、民主党候 補の得票率を上回っている事実とも符合する。また、一九三〇年代後半から世論調査を続けているギャラップ世論調査によると、アメリカ人はいつの時代にもリ ベラルより保守を好むという結果が出ている。 建国以来二百年余りの歴史の中で、アメリカ政治の価値観はリベラルな民主主義と自由を擁護することだった。だが、アメリカ社会の価値観は「アメリカの 夢」を実現するための個人の自由、政府からの自由を守ることであり、社会現象に対してより保守的になる。多くのアメリカ人は、デュカキス氏の主張するホー ムレス対策や大学生へのローン供与よりも、家庭と国家への忠誠を守り、増大する犯罪、麻薬事件の克服を支持し、死刑制度に賛成する。彼らは少数民族、労働 者階層、知識人など、さまざまな利害グループを支持する候補より、階層意識の低い「中流アメリカ人」の繁栄を守る候補に共感を示すことになる。そこでは、 リベラリズムが犯罪などの社会現象に「寛大」と映り、手ぬるいとみられがちになる。 デュカキス陣営は、ベトナム戦争の影が常につきまとっていたリベラルな六〇年代と、中間階層と労働者階層の経済的対立が薄まっている「繁栄」の八〇年代 の差異を正しく認識できなかったといえるかも知れない。また、今回の選挙は、八〇年代の二期八年のレーガン政権の保守回帰が決して一過性のものではなく、 アメリカ社会に定着する社会現象であることを改めて示したといえるだろう。アメリカ社会のこうした「保守の基調」に対し、民主党はかつてのニューディール 政策や「偉大な社会」を超える魅力的な政策を掲げることができなかった。 もちろん、アメリカ人が平衡感覚を失ったわけではない。有権者は、保守主義の特徴的な兆候である孤立主義にくみしないし、民主党支配の議会と共和党のホ ワイトハウスという「二つの政府」を支持し、チェック・アンド・バランスを好む。民主党は一九五五年以来下院を支配し、過去三十六年間のうち二十八年間上 院を支配している。 今回の大統領選挙は争点のない中傷合戦に終始した選挙といわれたが、こうした批判は常にいわれてきたことだ。 今、アメリカの大統領に求められているものは、政治、経済、外交上の自助努力と、激しく変質する世界情勢への対応、役割を根本的に再検討することだろ う。また、利害グループのアマルガム(混合物)以上の複雑さを示し、コンセンサスのとりにくいアメリカ社会に新たな価値観を模索することだろう。ブッシュ 氏は「アメリカの本流の価値観を持つ」と自負するが、レーガン氏ほどのタフさを保持できるかどうか。「本物のブッシュは古いブッシュではない」と強調する 「新しいブッシュ」が来年一月以降、真の指導力を発揮できるかどうか−−。アメリカ人だけでなく世界が注視している。 1988/11/9 読売新聞 東京夕刊 ◆米大統領にブッシュ氏 “守り”に入ったアメリカ 「政治、経済」試練受け 【ワシントン八日=斎藤特派員】七六年、八〇年そして今年と、記者は三回の米大統領選の取材を体験した。米国民は七六年選挙では、ほとんど無名に近かっ たジミー・カーター民主党候補を大統領に選び、八〇年には、共和党にクラ替えし、当時六十九歳と高齢のロナルド・レーガン氏をホワイトハウスに送り込ん だ。そして今回の八八年選挙−−。 ◆星条旗の下に国民結束◆ 民主、共和両党の党勢は、その時の政治状況、国民のムード、経済に大きく左右され、ホワイトハウスの主も変わってきた。だが、アメリカという国全体の動 きを見た場合、七〇年代から一貫してひとつの方向に固まってきた、という印象を禁じ得ない。 それは、まだ建国三世紀への途中にある進取のアメリカが、すでに「守り」の時代にはいった、ということである。 七六年大統領選挙。ベトナム戦争とウォーターゲート事件で政治不信が高まり、「清新さ」を売り物にカーター候補を擁した民主党が八年ぶりに政権の座に返 り咲いた。 だが、それまでニクソン(二期)、フォード(一期)と続いた共和党政権当時の政治の流れと比べて、大きく変わったわけではない。人口五百人の南部田舎町 のピーナツ農場主を、あれよあれよという間に新大統領に押し上げた「カーター現象」は、実は、リベラル対保守、タカ派対ハト派といった従来の政治見取り図 を超え、穏健派のハンフリー上院議員、超保守派のウォーレス・アラバマ州知事まで巻き込んだ、ルーズベルト以来の「民主党大連合」に支えられたものだっ た。 その証拠に、カーター大統領は、就任後、国防費削減を提唱する一方で「国防力増強」を説き、MX新型大陸間弾道ミサイル(ICBM)、巡航ミサイル、ト ライデント新型原潜など戦略核近代化を進めた。内政では、今年の大統領選でも争点のひとつだった「中絶」問題について、はっきり反対姿勢を打ち出した。公 立学校での人種融合を促進するための「黒白強制バス通学」にも、くみしなかった。 共和党から民主党に政権が移ったのは、米国民がリベラル志向になったからではなく、共和党は党大会でも、最後までフォード、レーガン両候補の対立と亀裂 が深刻化し、「挙党一致」の民主党の善戦と、ウォーターゲート事件の影響があったからにほかならない。 八〇年選挙。その前年には、ソ連がアフガニスタンに侵攻し、テヘランの米大使館員たちがイラン過激派集団の人質にとられた。「試練」と受け止めた国民の 愛国心は、ますます高まり、ニューヨークの民主党全国大会会場では、持ち込まれる星条旗の数が、めっきり増え、「軍事力を背景とした強いアメリカ」が政策 綱領として採択された。 共和党は、デトロイトの全国大会で「力による平和」のより鮮明な保守路線を打ち出し、内政でも、それまで四十年間にわたった「ERA(男女平等への憲法 支持)」支持をとりやめた。 ここでも、両党候補にとって勝敗のキメ手になったのは「保守かリベラルか」の選択ではなく、国民全体の保守化ムードの中で、時局の展開と「挙党体制」づ くりができているかどうかだった。 結局、十一月四日、たまたまイラン人質事件発生一周年にぶつかった投票日までに、米大使館員たちがいぜん解放されなかったことが、米国民のカーター政権 不信を高じさせ、一方では党大会最終日まで尾を引いたエドワード・ケネディ候補との党内指名争いがシコリとなり、レーガン候補の下に結束した共和党に政権 を明け渡している。 今日でも、専門家たちは、もし投票日前に米人人質が解放されていたら、カーター氏が再選されていたとの見方で一致している。それだけ外部からの挑戦を受 けて米国民は、星条旗の下に身を固め始めていたことになる。 そしてレーガン再選(八四年)に続く八八年選挙。今回ほど「星条旗への忠誠」をめぐる愛国心論争が、選挙戦の前面に躍り出た大統領選挙も珍しい。ブッ シュ共和党候補は、デュカキス民主党候補がマサチューセッツ州知事として、かつて学校での「星条旗への忠誠」式強制実施に拒否権を行使したことを攻撃材料 に使い、支持を集めた。選挙戦後半には、これを無視するだけだったデュカキス氏も、各遊説先の会場に星条旗をあふれるほど飾りつけ「忠誠」を誇示したほど である。 これは、何を意味するのか。 今、ソ連の軍事的脅威が増大しているわけではない。米国民は、イラン人質事件のような国際事件に振り回されてもいない。だが、代わって、アメリカの経済 競争力低下、空前の財政赤字、日欧諸国による対米投資、企業買収が「脅威」として叫ばれている。 「平和と繁栄」を売り物にしてきたブッシュ氏が次期大統領に選出されたことは、アメリカが、変化やリスクを求めず、確実に「守り」の時代にはいったこと を意味するものと言えよう。 ◆ブッシュ政権の政策◆ 【外交】「強いアメリカ」を理念に、米国の指導的立場を維持。力、現実主義、対話を三本柱とする。 【対ソ】ゴルバチョフ政権との対話は続けるが、力の立場に立つ外交を維持。人権問題を重視。ソ連の国内改革は見守るが、幻想は抱かない。早期に首脳会談を 実現。 【対日】日本は一層大きな国際的役割を担うべきであり、防衛面でも分担増を求める。日米関係はすべての貿易障壁の撤去によって一層強化される。市場開放を 求めるとともに、日本からの投資は米国の雇用拡大をもたらすので歓迎。 【国防】戦略防衛構想(SDI)は、技術的に可能なものから配備する。一方的な核凍結には反対であり、戦略核、通常戦力、化学兵器の近代化を図る。今後も 国防予算を増額する。 【経済・通商】レーガン政権の行った経済政策を継承し、向こう8年間に3000万人の雇用を創出。自由な企業活動、市場と「小さな政府」が基本。自由貿易 を堅持。保護主義は米国の繁栄も損ねる。自由貿易圏構想を推進。 【財政】増税は行わない。予算項目別拒否権の立法化や弾力的支出凍結などで、93年までに財政均衡を実現。 【社会】死刑制度支持。人工妊娠中絶に反対。 1988/11/9 読売新聞 東京夕刊 ◆工場長殺しに死刑判決 仕事さぼる工員、処分命令を逆うらみ/中国 【北京四日=高井特派員】四日の「人民日報」によると、湖北省武漢市で、工場長の処分命令を逆うらみし、工場長を殺害した工員に、このほど死刑が言い渡 された。経営の合理化を目指す中国では、工場長の職場管理の強化が求められているが、その反面、管理強化に乗り出した工場長が殺害されたり、いやがらせを 受ける事件が各地で発生しており、厳しい判決は管理の強化を支持したものといえよう。 死刑判決を受けたのは武漢市第四冷凍工場の工員、張志発。張は長期間にわたって仕事をさぼり、仲間の工員らに暴力を振るったりしたため、先月二十一日、 潘茂華工場長から工場からの除籍と一年間の観察処分を受けた。だが、張は反省するどころか、三十一日朝、ナイフを持って工場長の事務室に乱入し、潘工場長 の背中や胸など四か所を刺し、潘工場長は出血多量で死亡した。 潘工場長は今年四十八歳で、上級の公司から昨年移籍し、工場長に就任して以来一年間で、赤字の工場を黒字に変えた有能な経営者だったという。そのせいか 一審の判決は、事件発生からわずか三日目というスピード判決だった。工場長殺害事件は、報道されただけでも、さる七月遼寧省瀋陽市、九月に江西省南昌市で 発生。瀋陽市の事件でも死刑判決が言い渡されている。 1988/11/5 読売新聞 東京朝刊 ◆米大統領選 ワシントンポスト紙は「棄権」 公式の立場を論説欄で表明 【ワシントン一日=水島特派員】二日付のワシントン・ポスト紙は、八日に投票が行われる米大統領選でジョージ・ブッシュ副大統領(共和党)、マイケル・ デュカキス・マサチューセッツ州知事(民主党)のいずれの候補をも支持しないとの同紙の公式の立場を論説欄で表明し、「今回は棄権する」と宣言した。 論説は、まず「ブッシュ氏の選挙運動がデマゴギーに満ち、ナンセンスであり、争点をゆがめた」と批判。そして「財政赤字問題や、妊娠中絶、死刑廃止問題 などでは、デュカキス氏を支持する」としながらも、デュカキス氏の大統領としての素質に疑問を投げかけ、「デュカキス氏の防衛問題などについての考え方は 学者的に過ぎて危険だ」と判断、双方の候補が大きな欠点を持っているとして、支持を見送ったと述べている。 米国の選挙では、新聞が特定候補の支持を表明するのが習慣で、今回もデュカキス氏に対しては、ニューヨーク・タイムズ、フィラデルフィア・インクワイア ラー紙などが支持し、一方、ブッシュ氏への支持は、マイアミ・ヘラルド、デンバー・ポスト紙などが表明している。 1988/11/3 読売新聞 東京朝刊 ◆スターリン粛清の犠牲者、新たに10人が復権 【モスクワ一日=布施特派員】タス通信によると、スターリン粛清犠牲者の復権問題を検討しているソ連党政治局委員会は一日定例会議を開き、一九三七年の 裁判で死刑となったロシア革命指導者、シュリャープニコフ(元労働人民委員=労相)ら十人の名誉回復を新たに決定した。 シュリャープニコフは二月革命期に中心的役割を果たした労働者出身の指導者で、革命後、党中央委員候補(現在の政治局員級)、労相を務めたが、「労働者 反対派」を結成して党中央と対立、三七年の「モスクワ反革命組織事件」で銃殺刑を言い渡された。 同委員会は十人について、法的復権のほかに党籍回復問題も検討され、近く結果が公表されるとしている。 同委員会では、今年八月までに六百三十六人の法的復権を決めていた。 1988/11/2 読売新聞 東京夕刊 ◆[重要日誌]10月23日(日)→10月29日(土) [皇室] 天皇陛下の下血は少量で輸血を見合わせる(23・24日)多量(相当量)の下血で緊急輸血と夜の二回計八百cc輸血(25日)落ち着いた状態を取り戻さ れ、二百ccの輸血(26日)下血と輸血はない(27日)下血で三回計六百ccを輸血(28日)夜、九月十九日以来最高の下血があり緊急輸血(29日) [政治] 富山知事に中沖氏 富山県知事選投票が行われ、即日開票の結果、現職の中沖豊氏(61)(自民)が三選(23日) 野党にもリクルートコスモス株譲渡 トンネル会社から政界への流れが判明(25日)田中慶秋代議士(民社)が五千株入手を認め陳謝(26日) 蔵相、名義貸しで再答弁 株取引について宮沢蔵相は衆院税制特別委員会(金丸信委員長)で服部恒雄・前蔵相秘書官が名義貸しを承諾、私の監督不行き届 き、と重ねて陳謝した(27日) 内閣支持率は44%にダウン 読売新聞社の全国世論調査では、竹下内閣支持率は44・0%で前回九月調査に比べて6・6%下降した(27日付) 税制公聴会 自民が強行決定 衆院税制特別委員会は消費税導入の公聴会を十一月四日に開くことを全野党反対の中で自民党だけの賛成多数で強行採決し決定 (27日) 前政権の官房長官、副長官秘書も 中曽根内閣の官房長官をつとめた藤波孝生代議士(自民)の徳田英治秘書が一万二千株、副長官だった渡辺秀央代議士 (同)の小杉徹四秘書が一万株のコスモス株を取得していた、と両代議士が認める(29日) [経済] イラン石化調査団が帰国 イラン・イラク戦争の被害状況を探ったイラン・ジャパン石油化学(IJPC)現場調査団が帰国し「爆撃の被害は甚大で事業再開 は困難」と強調した(24日) 年金支給は段階的に65歳から 厚生年金などの年金支給開始年齢を現行の六十歳から六十五歳へ早期移行するなど明記した福祉ビジョンを政府が衆院税制特 別委員会に提示(25日) 円高で日銀が介入 米商務省発表の米国民総生産(八八年七―九月、速報値)の伸びは実質二・二%(26日)と米国の干ばつで成長率が低下し、欧米の外国 為替市場は四か月半ぶりに一ドル=一二五円台の円高(同日)東京市場も一時一二五円台になり、日銀は六か月ぶりに円売り・ドル買いの市場介入を実施(27 日) [社会] 「氷室」の木簡初めて発見 奈良時代の左大臣、長屋王の平城京にあった邸宅跡から天然氷を貯蔵した「氷室」(ひむろ)の記録が墨書された木簡が見つかり 公開(25日) 元警官・広田被告に死刑判決 警官殺しなど五十九年九月の連続強盗殺人事件(警察庁指定一一五号)の元京都府警西陣署巡査部長、広田雅晴被告(45)に 大阪地裁の青木暢茂裁判長が求刑通りの死刑。同被告は控訴(25日) 西武が三連覇 プロ野球日本シリーズ第五戦で西武ライオンズが7対6で中日を振り切って、4勝1敗となり三年連続五度目の優勝を飾った(27日) 文化勲章受章者と文化功労者決まる 考古学の末永雅雄さん(91)ら五氏が今年度の文化勲章受章者、小説の遠藤周作さん(65)ら十三氏が文化功労者に 決定し発表された(28日) 「なだしお」衝突事故の補償交渉 「第一富士丸」の死亡した乗客二十八人の補償額は防衛庁が約二十一億円と算定し遺族に提示(28日) 【物故】玉の海梅吉さん。75歳(23日) [国際] OPECの生産協定は先送り 価格動向監視、長期戦略両委員会のマドリード合同会議は参加八か国の調整が不調に終わり、イラクの復帰を含めた生産協定作 りは先送りにされた(22日) 独ソ首脳会談 コール西独首相と閣僚、政財界代表百十人が訪ソ、ゴルバチョフ・ソ連党書記長らと会談。三十億マルク(約二千二百五十億円)の対ソ借款、 独ソ共同事業など三十件の契約書に調印(24日)来年ゴルバチョフ訪独を再確認し環境保護など政府間の六協定に調印した(25日) コメ提訴は条件付き却下 日本にコメ市場の開放を迫るため米政府に通商法発動を求めていた全米精米業者協会の提訴を米通商代表部が却下。ヤイター代表 =似顔=は十二月のガット多角的貿易交渉で日本が市場開放の公約を示さなければ提訴を受理する、との条件付きを説明(28日) 英国で日本人少女が心臓移植 ロンドンのヘアフィールド病院で四日、M・ヤクーブ博士が執刀、同地在住の六歳の日本人少女がドミノ方式で心臓移植を受 け、退院後も順調と判明(29日) [今週の予定] 31日(月) 日米欧三極特許庁首脳会合▽イラン・イラク停戦交渉再開(ジュネーブ)▽貝塚・女性殺人再審初公判(大阪地裁堺支部) 1日(火)イスラエル総選挙 2日(水)織田が浜埋め立て差し止め訴訟判決(松山地裁) 3日(木)アルジェリア国民投票▽秋の叙勲▽第31回東日本縦断駅伝ゴール 4日(金)共通一次試験出願締め切り(当日消印有効) 5日(土)’88日米野球開幕 6日(日)ニューカレドニア問題をめぐる仏国民投票 1988/10/31 読売新聞 東京朝刊 ◆福島大学に「松川事件資料室」 元被告の手紙など5万点 あす31日開設 昭和二十四年、東北本線で列車が転覆、三十三人が死傷し、下山、三鷹事件とともに戦後の三大公安事件に数えられている松川事件の関係資料を集めた「松川 資料室」が三十一日、事件発生四十周年を来年に控えて福島市松川町の福島大学(山田舜学長)内に開設される。資料は約五万点に及び、中には元被告らが獄中 で書いた手記や日記、家族や支援者らとやり取りした手紙など貴重な未公開資料が多く、注目を集めそうだ。 松川事件は、昭和二十四年八月十七日に東北本線松川駅付近で起きた国鉄列車転覆事件。犯人として国鉄労組員二十人が逮捕され、一、二審で死刑を含む有罪 判決が下されたが、三十八年九月、最高裁判決で全員無罪が確定した。 一般の利用は無料だが、当面、木曜日のみに限られる。連絡は福島大学東北経済研究所 (電〇二四五・四八・五一五一)へ。 1988/10/30 読売新聞 東京朝刊 ◆東京・大田区の伯父一家殺し、上告取り下げで死刑が確定/最高裁 五十八年一月、東京都大田区東雪谷で、伯父の元昭和石油取締役、新津専吉さん(当時七十六歳)一家三人を殺害、強盗殺人罪に問われ、一、二審で死刑判決 を受けた元保険代理業、今井義人被告(47)が、上告を取り下げていたことが二十八日、わかった。同被告は死刑が確定した。 死刑事件の取り下げは、このところ相次いでおり、最高裁係属中の事件としては、二件目となった。 1988/10/28 読売新聞 東京夕刊 ◆「死刑囚に面会させないのは不当」 養親夫妻が国を訴える/東京地裁 殺人罪で死刑が確定した元被告と、その養親となった夫婦が「東京拘置所長の面会禁止措置で精神的苦痛を受けた」として二十六日、国を相手取り二百万円の 慰謝料の支払いを求める国家賠償訴訟を東京地裁に起こした。 訴えたのは、東京拘置所在監中の安島(旧姓小山)幸雄・元被告(38)と、安島元被告と養子縁組をした東京都武蔵村山市緑が丘、配管工安島敏市さん (43)夫婦。 安島さん夫婦は、裁判中から同元被告の支援を続けていたが、死刑が確定すると親族以外は面会できなくなるため、確定直前に同元被告を養子にする縁組をし た。しかし、東京拘置所長は最高裁で死刑が確定した直後の六十年五月二十七日、同元被告の外部交通(面接、文通、差し入れなど)をすべて禁止するとの決定 を下し、以後、安島さん夫婦の面会も許可していないという。拘置所側の禁止措置について、原告代理人の黒田純吉弁護士は、「安島元被告が、拘置所内で待遇 改善を主張していることが一因ではないか。今後再審請求も考えており、養親との面会はぜひ必要だ」としている。これに対し、江頭利彦・同拘置所総務部長は 「死刑確定者の外部交通は、監獄法令に基づいて行っており、安島元被告の場合も同じだ」と話している。 1988/10/27 読売新聞 東京朝刊 ◆死刑判決を不服とし連続強盗殺人の元警官「広田」が控訴 連続強盗殺人事件で二十五日、大阪地裁から死刑判決を言い渡された元京都府警西陣署外勤課巡査部長、広田雅晴被告(45)と弁護団は同日午後、判決を不 服として大阪高裁へ控訴した。 1988/10/26 読売新聞 東京朝刊 ◆[よみうり寸評]物証のない元警官の連続殺人に死刑判決 物証のない、あるいは薄い事件を手がける捜査官の苦労は、並大抵ではない。きのう、大阪地裁で死刑判決のあった元警官のけん銃強奪・連続殺人事件は、そ の壁を乗り越えたケースになった◆被告の元京都府警巡査部長、広田雅晴被告は捜査段階では自供したものの、公判では一貫して全面否認だった。広田は無罪判 決を予想してみせたというが、どっこい、そうは問屋がおろさなかった◆広田の強気は、犯行に使われた包丁とピストルが発見されていなかったからだろう。だ が、決め手の凶器を欠きながらも、丹念に間接証拠を積み重ねた結果が有罪につながった◆京都と大阪の事件の弾丸の線条痕の鑑定でまず二つの事件が連続犯行 とされた。さらには数々の目撃証言、現場周辺での指紋検出、広田が買ったのと同一の包丁と被害者の傷との一致。これら一連の事実で、判決は広田が犯人であ る心証十分とした◆広田の控訴で裁判はなお上級審へと続く。だが、この判決、少なくとも一般論として、凶器などの証拠さえ残さなければ、無罪だなどと考え る浅はかな犯罪者にはいい戒めだ。天知る、地知る、人知る◆凶器はおろか、死体なき殺人事件で有罪判決の例もある。 1988/10/26 読売新聞 東京夕刊 ◆大阪の連続殺人事件 死刑…裁判長にらむ元警官・広田 無念と怒り新たな遺族 「被告人を死刑に処す」。判決が言い渡された瞬間、法廷は静まり返り、元警官、広田雅晴被告(45)は身じろぎひとつせず、青木暢茂裁判長をにらみつけ た。二十五日午前、京都、大阪での連続強盗殺人事件(警察庁指定一一五号)が裁かれた大阪地裁の二〇一号法廷。自らの強弁をことごとく突き崩された広田 は、動揺を押し隠して表情をまったく変えず、判決に聞き入った。夫や息子を奪われた傍聴席の被害者の遺族らは、被告への恨みと、改めてこみあげる無念さ、 怒りが交錯、やりきれない思いに唇をかみしめていた。 広田被告は午前十時十分、刑務官に付き添われ、両手錠、腰縄をされて入廷した。ブルージーンズの上下。肩までのばした長い髪。どす黒い顔色。左手で軽く 髪をかき上げて被告席に立ち、裁判長に視線を送って頭を下げた。死刑判決の場合、主文は判決文の最後になることが多いが、この日は冒頭に読み上げられた。 極刑の宣告を受けても平然とあごをやや上げて裁判長を見すえたままだった。 「夫を殺した男の最後を見届けたい」。広田被告に射殺された鈴木隆さんの妻、直子さん(31)は、そんな思いで法廷にやってきた。そして死刑の判決を聞 き、改めて憎しみが増した感じがした。 直子さんは現在、大阪府泉佐野市内の市営住宅で、母親(60)と小学二年の長女(7つ)の三人でひっそりと暮らしている。事件当時、泉南市内の紡績会社 に勤めていたが、体調を悪くして昨年二月に退職。多くはない貯金と母の年金が頼りの生活という。 これまで法廷に出向いたのは、一、二回目の公判と今年七月、証人として出廷したとき。広田被告のふてぶてしさに憎しみがつのり、足が遠のいた。だが、判 決が近づくにつれ、やはり心が揺れ動いた。 自宅の部屋には、鈴木さんの遺影が掲げられている。わずか三歳で父を奪われた長女が時折、思い出したように遺影を見つめるたびに、直子さんは涙ぐむ。 「お父さんに会いたいとせがまれるのが一番つらいんです」 1988/10/25 読売新聞 東京夕刊 ◆連続殺人の元警官・広田に死刑判決 全面否認のまま/大阪地裁 ◆目撃証言、信用できる◆ 五十九年九月に連続発生した京都・船岡山公園の警官殺害・ピストル強奪と大阪・京橋のサラ金強盗殺人の両事件(警察庁指定一一五号)で、強盗殺人罪など に問われた元京都府警西陣署外勤課巡査部長、広田雅晴被告(45)に対する判決公判が二十五日午前十時過ぎから大阪地裁刑事一部で開かれた。広田被告は公 判で全面否認し、凶器のピストルも未発見のままだが、青木暢茂裁判長は、多数の目撃証言や現場周辺の遺留指紋、ピストルの同一性を示す弾丸鑑定などをもと に「計画的で冷酷残虐な犯行であり動機などにしん酌すべき余地は全くない。改悛(かいしゅん)の情が見られず、遺族の被害感情も厳しいこと、社会的影響の 大きさを考えると、罪責は重大」とし、求刑通り死刑を言い渡した。(関連記事社会面に) 判決によると、広田被告は、西陣署勤務時代の五十三年に起こした郵便局強盗事件で懲役七年の判決を受け服役、五十九年八月三十日、仮出所したが、警官を 殺してピストルを入手しようと計画。同年九月四日午後零時五十分ごろ、京都市北区紫野北舟岡町の船岡山公園頂上付近で、パトロール中の西陣署十二坊派出所 勤務、鹿野人詩巡査(当時三十歳、殉職後警部補)を襲い、包丁(刃渡り十六・九センチ)で顔、胸、腹などをメッタ突きにし、ピストル(ニューナンブ式三八 口径、実弾五発入り)を強奪し、背中に一発発射して即死させた(京都事件)。 さらに、このピストルを持って、三時間後の同四時ごろ、大阪市都島区東野田町二、永井ビル二階、サラ金「ローンズタカラ京橋支店」に押し入り、「金を出 せ」と脅し、従業員の鈴木隆さん(当時二十三歳)の胸にピストル一発を命中させ殺害、六十万円を奪って逃走した(大阪事件)。 青木裁判長は自白の任意性を認め、京都事件で、現場から返り血をつけて犯行直後に立ち去った男について「十一人もの目撃者が証言する男の顔、頭髪、年 齢、体格などの特徴が被告と一致し、その人物が逃走途中に立ち寄った映画館に残された指紋が被告のものと一致することからも、男と被告との同一性に疑いは ない」と認定。さらに、被告が犯行前日に購入した包丁が京都事件の警官襲撃の凶器と同じ形状であったことなどを指摘した。 また大阪事件でもサラ金の女子店員の証言について「その信用性は高い」とした。 両事件の被害者の体内から検出された弾丸の線条痕鑑定をもとに、弾丸は「同一ピストルから発射された」とし、「証拠上、被告のいう共犯の存在がうかがえ ないことを考えると、犯人は同一犯」と認定。「自白以外の証拠による間接事実だけでも、犯人が被告であることに高度の心証が形成でき、自白もその任意性を 担保している」とし、被告を両事件の犯人と断定した。 検察側は両事件の弾丸の線条痕鑑定から同一犯の連続犯行としたうえ、〈1〉京都事件の直後、返り血を浴びて船岡山公園から立ち去る広田被告を見たという 市民の目撃証言〈2〉大阪事件の現場に居合わせた女性従業員の目撃証言〈3〉両事件の犯行前後に犯人が立ち寄った京都市内の映画館、大阪・京都の飲食店な どから検出した広田被告の指掌紋〈4〉被告が購入したのと同種の包丁と鹿野巡査の傷の形の一致を示す鑑定〈5〉自供の核心部分は真実であり、信用性があ る、などを挙げ「連続犯行の証明は十分で、平然と他人の生命を犠牲にした冷酷、残虐さは殺人鬼同然」と死刑を求刑した。 これに対し弁護側は「目撃証言はあいまいで、被告を犯人と断定するのは疑問。唯一の直接証拠である捜査段階の自供も拷問によるもので、証拠価値はない」 と無罪を主張していた。 広田被告は、事件翌日の五十九年九月五日逮捕され、京都府警、京都地検の取り調べには「一緒にいた覚せい剤の取引仲間が鹿野巡査を殺害した」などと犯行 を否認。同二十七日、大阪府警に再逮捕されて自白、同十月十九日、大阪地検から、京都、大阪両事件の強盗殺人、銃刀法、火薬類取締法違反の罪で起訴され た。しかし、公判では捜査段階の自供をひるがえし全面否認。鹿野巡査が奪われたピストルと、凶器の包丁は発見されていない。 1988/10/25 読売新聞 東京夕刊 ◆連続強盗殺人の元巡査部長「広田」、あす25日判決/大阪地裁 五十九年九月、京都・船岡山公園で警官が殺されてピストルを奪われ、大阪・京橋でサラ金従業員が射殺された連続強盗殺人事件(警察庁指定一一五号)で強 盗殺人罪などに問われ、死刑を求刑されている元京都府警西陣署外勤課巡査部長、広田雅晴被告(45)に対する判決が、あす二十五日午前、大阪地裁刑事一部 (青木暢茂裁判長)で言い渡される。凶器の包丁やピストルが未発見で決め手になる物証がなく、被告は捜査段階で犯行を自供したものの、公判では全面否認し て無罪を主張。これに対し、検察側は両事件現場周辺での多数の目撃証言や遺留指紋などによって立証を積み重ねてきた。有罪となれば、事件の凶悪性からみて 極刑は免れないとの見方が強いだけに、判決が注目される。 1988/10/24 読売新聞 東京夕刊 ◆東京・銀座のクラブママ殺人死刑囚が上告を取り下げ 五十三年五月から六月にかけ、東京・銀座のクラブママら女性二人を殺害、強盗殺人、死体遺棄などの罪に問われ、一、二審とも死刑判決を受けた元化粧品会 社社長、平田光成被告(52)が二十日までに、自ら上告を取り下げ、死刑が確定した。今月半ばにも、北海道夕張市の炭鉱下請け会社の宿舎に放火し、六人を 焼死させた夫婦が控訴を取り下げ、そろって死刑が確定したケースがあったが、最高裁に現在、係属中の死刑事件三十件三十二人の中で、上告を取り下げた例は 初めて。 一、二審判決によると、平田被告は、経営する化粧品会社の従業員の野口悟被告(41)と共謀、五十三年五月、銀座のクラブママを絞殺、現金や小切手など 約一千七百万円相当を奪った。さらに二人は、同年六月、ソープランド嬢を愛媛県松山市の山林に連れ出して絞殺し、現金など約六万円相当を奪った。 一、二審では、平田、野口両被告とも死刑判決を受け、それぞれ、事実誤認などを理由に五十七年一月、上告していた。二人のうち平田被告だけが、十九日 夕、上告を取り下げたもので、平田被告の弁護人は「将来予想される恩赦に期待をかけたようだ。けっして勧めなかったが、本人の意思で決めた」と話してい る。 1988/10/21 読売新聞 東京朝刊 ◆北海道夕張・保険金目当ての放火殺人の夫婦 控訴取り下げで「死刑確定」 北海道夕張市で五十九年五月、炭鉱下請け会社の宿舎が焼け、坑内員ら六人が焼死した保険金目当ての放火殺人事件で、主犯として現住建造物放火、殺人、詐 欺罪に問われ、一審でともに死刑判決を受けて札幌高裁に控訴していた暴力団組長の同市南部青葉町、炭鉱下請け業日高安政(45)、妻の信子(42)両被告 が十四日までに、自ら控訴を取り下げ、死刑が確定した。控訴審は「殺意の有無」を争点にすでに四回の公判が行われているが、両被告が今後、有利な展開は望 めないと判断、取り下げたとみられる。死刑事件は最高裁まで争われるのが一般的で、一審で確定するのは異例。 控訴の取り下げは、信子被告が十一日、続いて安政被告が十三日、それぞれ行った。 主任弁護人の佐藤敏夫弁護士は、「取り下げは、本人たちが親族に相談し、真剣に考えた末の結論だと思う。自らの生命がかかっている事件でもあるし、取り 下げたことに対しては、弁護人としてもとやかく言えない」と話している。 1988/10/15 読売新聞 東京朝刊 ◆デユカキス氏、悲観主義で苦境に 米大統領戦テレビ討論の詳報 【ワシントン十三日=宝利、斎藤特派員】十三日ロサンゼルスで行われた米大統領選のジョージ・ブッシュ(共和)、マイケル・デュカキス(民主)両候補に よる第二回テレビ討論で交わされた主な論争点は次の通り。 〈死刑〉 デュカキス氏 私は反対だ。暴力的な犯罪に対応するためのより良い、より効果的な手段があると思う。私の州でそれを実行してきた。われわれが全米の工業 州で犯罪率を最も低くし、殺人事件を最低の率にした理由の一つはそのためである。しかし、われわれは(犯罪につながる)麻薬撲滅の真の戦争と闘わなければ ならない。(大統領就任式の)一月二十日以降、できるだけ早い時期に、(西)半球首脳会談を開催し、麻薬撲滅戦争に対処したい。 ブッシュ氏 私は彼と全く違う意見を持っている。一部の犯罪は非常に憎むべきものであり、非常に残酷で、凶暴なものだ。特に警察官殺害のような真に残酷 な犯罪に対しては死刑が妥当だと信じる。そして、これは抑止力だと思っているし、必要だと思う。われわれ二人はこの点、全く意見を異にしている。私は死刑 を支持し、彼はそれを支持しない。 〈税金〉 ブッシュ氏 私は増税しないと誓っている。減税をしたが、過去三年間、連邦政府の歳入は増えている。この拡大傾向を維持するつもりだ。わが国の歴史上の いつよりも、現在ほどアメリカ人が職についている時はないし、より大きな労働力が保持されている。この傾向を止めてしまうのは増税である。私が提言してい るのは増税ではなく、行政府と議会の規律を守るということだ。議会は財政赤字問題で責められるべきである。デュカキス氏はマサチューセッツ州で数回増税し てきた。 デュカキス氏 ブッシュ氏が増税しないという誓いは、この一年で三回も破られている。彼は実質的にあらゆる兵器システム開発に数十億ドルを支出すること を望んでいる。その一方で増税しないと発言している。こうした政策を今後も続ければ、新たな債務が納税者にのしかかり、負担が増大する。今やわれわれは国 を指導し、議会を非難せずに指導できる大統領、そして赤字を削減できる大統領を必要としている。 〈中絶〉 ブッシュ氏 私は一人娘を亡くした。彼女は白血病で二、三週間しか生きられないと宣告されたが、ニューヨークの医師らの努力で六か月生き永らえた。現在 の医療知識に基づいて例外を作るべきではない。人間の生命は非常に大切なものだ。他の人と意見が異なることは知っている。私の孫(養子)が教会で洗礼を受 けるのを見た時、私は母親が中絶せずに、養子にしたことを非常に喜んでいる。 デュカキス氏 私もブッシュ氏と同じような経験をしたことがある。私も赤子を亡くした。しかし、真の問題は、だれがこの非常に困難で、悲しい決断をする かという点だろう。女性自身が良心と宗教的信条に照らして決めるべきだ。わが国では女性が決断する権利を認めることを望んでいる。 〈副大統領〉 ブッシュ氏 私は、クエール副大統領候補に絶大な信頼を置いている。私は、彼のような若い上院議員がこれほどまでにアンフェアな批判の矢面に立たされる のを見たのは生涯で初めてだ。(民主党の)大統領候補が(共和党の)副大統領候補をこれほどまでに争点にするのはかつてない。彼は、ベンツェン民主党副大 統領候補とほぼ同様の議会経験を持っている。下院議員を二期、上院議員を二期つとめ、「職業訓練法」を立案した。彼は、私の対立候補と異なり、国防問題の エキスパートだ。彼は「良い、健全な条約」になるように、中距離核戦力(INF)全廃条約の修正にもひと役買った。 年齢の若さだけで人を判断してはならない。三十代、四十代の人たちが副大統領になることは、私の誇りである。彼は仕事が出来る。 デュカキス氏 副大統領候補をだれにするかという問題は、私たち二人の大統領候補にとって「大統領の資質」を問われる最初の決断だった。最初の国家安全 保障上の重大な決断でもあった。というのは、副大統領はもし大統領になった場合、同時に全軍の最高司令官でもあるからだ。私は、その仕事の最適任者として ベンツェン氏を選び、ブッシュ氏はクエール氏を選んだ。彼は、決断する以前に「副大統領候補の私の選択を見守ってほしい。その選択がすべてを語ってくれ る」と言いふらした。間違いなく、すべてを物語ってくれた。 〈国防・軍縮〉 ブッシュ氏 国防予算の中で、私が大統領になった場合、削る計画のひとつは、HEMAT重軍用トラックだ。予算は、パッカード委員会が提出した報告書で 勧告されている「競争戦略」を実行することにより節約可能だと信じる。 しかし、ソ連との戦略兵器削減交渉(START)に取り組んでいる途中の段階で、戦略兵器近代化のいくつかのオプションを断念することは、バカげてい る。私が大統領となったら、国防長官は、どの兵器システムを生かし、どれを捨てるか難しい選択をしなければならないが、現段階では、核近代化のオプション をレーガン政権は確保している。というのは、ソ連も近代化を図っており、計画を継続しているからだ。「もう核兵器は十分だ。凍結しよう」とただ言うだけで はすまされない。われわれは、ミサイル近代化を進める必要がある。それとパッカード報告の「競争戦略」の推進だ。 デュカキス氏 ブッシュ氏の主張通りなら、ソロバン勘定が合わないのは目に見えている。彼が提案するような各種の新兵器開発を現在の国防予算の中で全部 やることはとうてい不可能だ。このことは、国防総省も含めすべての人が分かっている。 新しい国防長官には、予算が議会に送付される前に、決断をしてもらわなければならない。われわれは、スターウォーズ兵器や鉄道移動式MXミサイルのよう な新兵器に何十億ドルも費やすことはしない。ワシントン―東京間の宇宙航空機計画に何億ドルも出費しない。その反面、ステルス戦闘・爆撃機、トライデント 2、「D5」潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)、高性能巡航ミサイル開発、通常戦力強化などは推進する。 強力かつ効果的核抑止力を堅持することは重要だが、すでにアメリカは一万三千個もの核弾頭を保有している。近代化そのものは否定しないが、これは驚異的 な規模の核抑止力だ。国防支出には、他の国内支出と同様、おのずと限度がある。さらに、ブッシュ氏が見逃している重要なことは、軍事的安全は経済的安全と 切り離せないという点だ。大幅財政赤字を抱え込んだまま、どのようにして軍事的に「力強いアメリカ」が作れるというのだろうか。 1988/10/15 読売新聞 東京朝刊 ◆麻薬殺人に死刑も 米上院が新取締法案を可決 【ワシントン十四日=水島特派員】アメリカ議会上院本会議は十四日開き、麻薬関連殺人犯に最高刑として死刑を科し、麻薬犯に対する社会保障の恩恵を大幅 に制限するなどの厳しい内容を盛り込んだ新麻薬取締法案を八七対三票で可決した。 同法案では、行政当局が同法違反者に対し公共住宅から立ち退かせることができ、さらに、農業補助金や学生ローンなども停止される。また、同法に三回以上 違反すると終身刑を科せられ得る。同法では、向こう二年間で総額二十億六千万ドルを麻薬追放教育や更生施設の拡充、さらに連邦捜査局(FBI)など取り締 まり機関の捜査能力増強にあてる。同法に反対する人権擁護グループなどは、捜査権の乱用への懸念や、政府補助打ち切りなどには憲法違反の疑いがあるとして いる。しかし、大統領選で麻薬追放への強い姿勢を求める声が強まったため、リベラルな“注文”は、事実上封じられた。 1988/10/15 読売新聞 東京夕刊 ◆米大統領選 最後のTV対決 副大統領と国防費問題で攻防 【ロサンゼルス十三日=山田(浩)特派員】米大統領選最後のヤマ場となる第二回公開テレビ討論が、投票日(十一月八日)まであと二十六日と迫った十三日 午後六時(日本時間十四日午前十時)から、ロサンゼルスのカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)構内にあるポーリー・パビリオンで行われた。討論 時間は一時間半で、共和党のジョージ・ブッシュ候補(副大統領)(64)と民主党のマイケル・デュカキス候補(マサチューセッツ州知事)(54)が、死刑 の是非、副大統領候補の適格性、財政赤字、増税、軍縮などをめぐり、一億人近いと見られる視聴者に向かって熱弁をふるった。 テレビ討論はまずデュカキス候補に対し死刑問題への対応策をただす形で口火が切られ、質問者から「あなたの夫人が暴行を受けて殺されても、犯人の死刑に 反対するか」と問われたデュカキス候補は、「犯罪を防止する方法はほかにもあるはずだ」と答えた。ブッシュ候補は「私はデュカキス氏と違い、死刑に賛成す る」との立場を改めて表明した。 焦点の副大統領問題では、ブッシュ候補が若さと経験不足が指摘されているジェームズ・ダン・クエール副大統領候補(上院議員、四十一歳)について、「良 い選択だったと信じている」と従来の立場を繰り返したのに対しデュカキス候補は「ブッシュ氏は私の選択を見守ってくれと語ったが、その結果はこの通りだ」 とクエール候補の資質を皮肉った。 また、国防費の削減問題でデュカキス候補は二五%カット案について「難しい」としながら、「将来、一定の削減は可能」との見方を示し、ソ連との軍縮交渉 の重要性を強調した。これに対し、ブッシュ候補は「ケネディ政権(民主党)当時より国防費は減らせる」と皮肉ったうえで、「われわれは軍備でリードすべき である。われわれは強いアメリカを選択すべきだ」と述べた。 米テレビ解説者は全般に互角ないしブッシュ氏のリードといった見方をしており、実際、テレビ討論直後のABCテレビによる世論調査ではブッシュ四九%、 デュカキス三三%との結果が出た。 1988/10/14 読売新聞 東京夕刊 ◆[’88米大統領選挙]ブッシュとデュカキス、予断許さぬ接戦 投票まで1か月 【ワシントン六日=水島特派員】米大統領選は十一月八日の投票日まで一か月と迫った。全米を対象の各種世論調査では、ジョージ・ブッシュ副大統領(共和 党)と、マイケル・デュカキス・マサチューセッツ州知事(民主党)が「誤差の範囲内」の大接戦を演じているが、州ごとの選挙人数では、ブッシュ氏が優勢、 との予測が出ている。副大統領候補の公開討論は五日、両陣営が共に「勝利」を自賛する形で終わり、残り一か月の選挙戦は、十三日か十四日にロサンゼルスで 行われる両大統領候補の最後の公開討論を軸に展開されるが、主要な州での両候補の差はきわめて小さく、なお予断を許さない情勢である。 ◆州別でやや優勢−ブッシュ氏 戦術転換の兆し−デュカキス氏◆ ワシントン・ポスト紙の世論調査では五一%対四四%、ニューヨーク・タイムズ紙は四八%対四六%、ハリス社調査では四九%対四六%と、いずれもブッシュ 氏が小差のリード。しかし、州別では、ブッシュ氏が三十州前後でリードし、デュカキス氏優勢は十州前後で、残りが互角というのが各種調査の結果。州ごとの 選挙人数を見れば、ブッシュ氏が当選に必要な全体の過半数二百七十人以上を獲得しそうな勢いである。 大ざっぱに見て、地域的に、ブッシュ氏がリードしているのは、南部、西部。デュカキス氏は北東部諸州で優勢を保ち、中西部の大票田ミシガン(選挙人二十 人)、イリノイ(同二十四人)、オハイオ州(同二十三人)などで互角の戦い。 南部では、注目の大票田テキサス州(同二十九人)が、民主党の副大統領候補ロイド・ベンツェン上院議員の出身地ながら、ブッシュ氏が、わずかにリードし ている。ベンツェン氏の強力な組織力にもかかわらず、石油不況から抜け出す民主党の雇用、エネルギー政策が十分浸透していないためだ。ジョージア(同十二 人)、テネシー(同十一人)、ケンタッキー州(同九人)などでもブッシュ氏がやや優勢で、フロリダ州(同二十一人)はブッシュ優位が動かない。一方、西部 はカリフォルニア州(同四十七人)で、双方が激しい戸別訪問などに組織を動員するなど、全く互角の戦い。中西部のミシガン州(同二十人)は、労組が強く本 来ならデュカキス氏の優位だが、ブッシュ氏も善戦。デュカキス氏は北東部のニューヨーク(同三十六人)、ペンシルベニア州(同二十五人)をほぼ固めたと見 られている。 州別に見てブッシュ氏が現在、やや優勢に立っている理由の一つに、同陣営の巧みな宣伝戦が挙げられる。デュカキス陣営は、レーガン政権後の時代を、イデ オロギー離れが進む現実主義の時期、と読み、州知事の実績を強調して、“実務型大統領”としてのイメージ売り込みを狙い、序盤戦では、国民の「変化」への 期待の取り込みにも成功した。しかし、共和党大会を機にブッシュ陣営は反撃に転じ、政策よりも、国旗への宣誓や愛国心など政治的な「シンボル」を前面にか ざして、デュカキス氏にいくつもの“踏み絵”を用意した。そして、レーガンの八年間で死語になりかけていた「リベラル」のレッテルをデュカキス氏に張るな ど、イデオロギー攻勢を強めた。ブッシュ陣営はさらに、今回の選挙を国家危急の争点がない選挙、と読んで、人工中絶、死刑廃止、ピストル所持の自由などを めぐる個別的な論争を挑んだ。この戦略は今のところ、テキサス州などとくに南部保守層などに効果を上げ、“レーガン支持の民主党員”をつなぎとめている。 女性票も戻ってきた。 デュカキス氏は防戦にまわった格好で、肝心の政策論争の柱の一つである経済的不平等の是正などの公約の影が薄くなった。レーガン―ブッシュ政権での腐敗 追及も、「平和と繁栄」という“実績”の陰に、ややかすみかけている。雑誌「タイム」の調査でも、国民の四六%がレーガン政権下で家計が豊かになった、と 答え、「悪くなった」の三〇%を上回っており、一般的な国民の気分は「現状維持」にある。 このため、民主党内部には、デュカキス陣営が巻き返すためには、大衆受けする単純なメッセージを、国民の心情にアピールできるかどうかにかかっている、 との見方が一層強まっている。例えば、大激戦地である中西部諸州で、失業の危機に直面する労働者や農民に、思い切って経済保護主義を訴えるなどだ。さる四 日、同氏はイリノイ州での演説の中で、ブッシュ氏の対日貿易政策の誤りを、国際テロや麻薬密輸対策の失敗と同列に取り上げて激しく非難し始めるなど、戦術 の変化の兆しも見えてきた。 〈米大統領選情勢表〉 ◎=優勢 〇=やや優勢 −−=伯仲 選挙 ブッ デュカ 州名 人数 シュ キス カリフォルニア 47 −− −− ニューヨーク 36 ◎ テキサス 29 〇 ペンシルベニア 25 ◎ イリノイ 24 −− −− オハイオ 23 −− −− フロリダ 21 ◎ ミシガン 20 −− −− ニュージャージー 16 −− −− マサチューセッツ 13 ◎ ノースカロライナ 13 ◎ ジョージア 12 〇 インジアナ 12 ◎ バージニア 12 〇 ミズーリ 11 〇 テネシー 11 〇 ウィスコンシン 11 〇 ルイジアナ 10 〇 ワシントン 10 −− −− メリーランド 10 ◎ ミネソタ 10 〇 アラバマ 9 〇 ケンタッキー 9 〇 コロラド 8 〇 コネチカット 8 〇 アイオワ 8 〇 オクラホマ 8 〇 サウスカロライナ 8 ◎ アリゾナ 7 ◎ カンサス 7 〇 ミシシッピ 7 ◎ オレゴン 7 〇 アーカンソー 6 〇 ウェストバージニア 6 ◎ ネブラスカ 5 〇 ニューメキシコ 5 〇 ユタ 5 ◎ アイダホ 4 ◎ ハワイ 4 ◎ メーン 4 〇 モンタナ 4 〇 ネバダ 4 〇 ニューハンプシャー 4 〇 ロードアイランド 4 ◎ アラスカ 3 ◎ デラウェア 3 −− −− ノースダコタ 3 −− −− サウスダコタ 3 −− −− バーモント 3 −− −− ワイオミング 3 ◎ ワシントンD.C. 3 ◎ 合計 538 1988/10/8 読売新聞 東京朝刊 ◆ピノチェト大統領不信任 チリ政情、一気に流動化 野党の大同団結がカギに 【サンチアゴ六日=波津特派員】チリの大統領信任投票でアウグスト・ピノチェト将軍の敗北が決まった。一九七三年のクーデター以来十五年間続いた軍政は 約束通りに幕を下ろすのか。同床異夢でまとまりのない野党陣営が民主化実現に大同団結できるのか。チリの政治情勢は一気に流動化してきた。 六日未明マテイ空軍司令官がいち早く「“ノー”の勝利」を認め、スタンゲ警察軍各司令官も同意した。軍の指導者が敗北を認める中で、当のピノチェト将軍 は、沈黙を守り、政庁モネダ宮二階の執務室に閉じこもりっ放しだった。 将軍は勝利を確信していたようだ。好調な輸出、たった一〇%(年末の予想)の物価上昇率、九・一%と低い失業率、年末には前年比七%上昇を見込んでいた 実質賃金−−経済指標はいずれも、中南米ではとび抜けた好水準にあった。十五年に及ぶ軍政の中で、今ほど将軍に有利な瞬間はなかった。 しかし、債務問題や極端な自由経済のしわよせで、中間層や貧困層の生活は悪化するばかりだった。約千二百万国民のうち五百万人が貧困に苦しんでいるとい う現実がある。そして何より、血みどろのクーデターによって成立した軍政に多くの市民は“正統性”を認めなかった。確かにこうした暗いイメージをぬぐおう と将軍は今年八月、クーデター以来のほとんどの期間続いていた非常事態令を解除、九月には、アジェンデ元大統領未亡人ら亡命者の帰国を認めるなど民主化の 姿勢を打ち出した。しかし、国民には、選挙対策としか映らなかった。 今回の国民投票は陸、海、空、警察の四軍司令官で構成する最高権力機関である「軍事評議会」が選んだ大統領候補の信任を問うもので、その単一候補には当 初ピノチェト将軍ではなく、文民を指名する動きが強かった。対外イメージ問題以外に「ピノチェトでは勝てないかも」という不安は軍の側にもあったからだ が、それを将軍が押し切った。 一方、「反ピノチェト」で団結した民主派の内部も複雑だ。今回の国民投票が、単一候補による大統領信任投票ではなく、複数候補による自由な大統領選挙 だったら中道、中道左派、左翼、極左と複雑に対立する民主派は統一候補擁立はむずかしく、民主派の票が割れてピノチェト将軍の当選となった可能性が強いと の見方もある。 軍に対する態度も微妙な違いを見せている。 中道野党のキリスト教民主党(DC)のパトリシオ・エイルウィン党首は六日未明の勝利宣言で、「“シー”(信任)に投票した人々も、軍、警察も共に力を 合わせて、民主的な母国を建設しよう」と、軍に対し特別に神経を使っている。中道各党は「ピノチェト」と「軍」は違うとの立場を強調している。軍の多数派 がむしろ強硬なピノチェト路線を嫌い、文民政権を許容する意思があると見ているためだ。しかし軍にとって「左翼政権の復活」だけは受け入れられない。 DCなど中道六党は先月、ピノチェト不信任後の大統領選挙に統一候補を立てることで合意しているが、二十三項目からなる政策協定にはスト権の承認、死刑 の廃止などの民主化プログラムと並んで〈1〉私有財産の保証〈2〉自由主義経済の堅持〈3〉農地改革は行わない−−などの現状維持の立場を前面に押し出し て軍との接点の拡大を図っている。 しかし、こうした動きには、社会党各派、民主党、共産党などアジェンデ左翼政権の系譜を引く中道左派と左翼からの反発が強まっている。チリは伝統的に国 民が保守、中道、左翼にほぼ三等分されており、ピノチェト将軍という“保守の代表”の退場が決まった今、かつての民政時代と同様の“三つどもえ”の政治抗 争が始まる可能性がある。 1988/10/7 読売新聞 東京朝刊 ◆中国、経済事犯に死刑執行 【北京二十七日=山田(道)特派員】経済事犯が頻発している中国で、鋼材を盗み、ヤミ転売した鉄鋼メーカーの幹部がこのほど死刑を執行されたことが明ら かになった。激しいインフレに見舞われている中国ではヤミ転売や横流しなどが横行しており、今回の処刑は、“見せしめ”のためのものと見られている。 1988/9/28 読売新聞 東京朝刊 ◆[心の探求者として]宮城音弥さんに聞く(3)科学主義者と呼ばれて(連載) 「二十世紀研究所」では、講演会を開いたり、パンフレットを作ったりしていました。それぞれの考え方の違いから、メンバーは次第に離反してゆき、研究所 の活動は、いつとはなしにたち切れといった感じになりました。でも、いろいろと思い出は残っていますよ。 戦後の論壇で大きなテーマとなった「主体性論争」にも、丸山真男さんらとともに参加しました。この論争は、人間の主体性をめぐるものだったんですけど、 倫理的な面を強調する人たちに対して、私はあくまで「主体性といっても、天から降ってきたものではなく、自然や社会への適応という点から、科学的に考えて いくべきだ」と主張しました。そんなこともあって、“科学主義者”なんていわれたものです。 《こうして、論壇でも活発に発言するようになっていく。心理学者による社会評論の先駆けといえるだろう》 東京工業大から誘いがありまして、二十一年から講座をもっていましたが、新制に切り替わった二十四年に、正式に東工大の教授になりました。考えてみれ ば、大学を卒業して十八年目にして、はじめて一人前の月給をもらえる職に就けたわけです。 そのころすでに、社会評論みたいなことは始めていました。新聞の匿名批評欄に書いたり、大宅壮一さんとラジオの対談番組を続けたりもしました。そうこう しているうちに、なにか犯罪事件があると、マスコミからコメントを求められるようになりました。いろいろな事件がありましたが、「帝銀事件」(昭和二十三 年)は強く記憶に残っていますね。 この事件は結局、平沢貞通が逮捕され、死刑の判決を受けたわけですけど、私は判決に異を唱えたのです。確かに私も、犯行自体は平沢がやったことだと思っ ています。しかし、彼は性格異常であり、その原因は狂犬病の予防注射によって脳を侵されたためだったのです。 私は、犯罪を引き起こすのは悪人、病人、変人の三者だと考えていますが、彼は病人と変人の中間の状態だったと思います。ですから、責任能力という点から 見て、死刑の判決には納得できませんでした。彼は、刑務所ではなく病院に行くべき人間だったのです。この考えは、今でも変わっていません。 《宮城さんは「チャタレイ裁判」でも話題を呼んだ》 伊藤整さんが翻訳した「チャタレイ夫人の恋人」が、ワイセツ文書だとして起訴された事件ですが、伊藤さんが東工大の同僚だったこともあって、私は弁護側 の証人になりました。その時、ワイセツには、(1)露骨であること(2)性感を引き起こす刺激となること(3)社会的慣習とぶつかること−−の三条件が必 要である、と主張しました。 そして証言の中で、ポリグラフ(うそ発見器)を使った実験の結果を明らかにしたのです。実験というのは、検察官がワイセツとした部分と、ポルノ雑誌の、 どっちがより性的な欲望を引き起こすかを、測定し比べたものでした。これによって、ポルノ雑誌の方が強い刺激であることが、はっきりしました。 つまり、ワイセツとは、検察官が頭の中で決めるものではなく、社会の慣習と個人の感じ方のかねあいで考えるべきことである、と訴えたんです。そんなわけ で、またしても“科学主義者”と呼ばれてしまいました。 だいたい、日本という国は、どうも倫理とか道徳というものを重視しすぎる傾向があります。法律家にしろ、教育者にしろ、倫理や道徳を持ち出す前に、精神 病理学とか精神衛生の知識を、きちんと持ってもらいたいものです。 現在、教育の場面では、青少年の非行といったことが問題になっていますが、思春期の青少年は多かれ少なかれ、精神病理的な要素を抱えている。ですから、 ただ単にしつけとか、心がけといった修身的な教育では、問題は解決しないのです。教育者は、効率のいい教え方だけを研究するのではなく、精神衛生的な側面 から、青少年を見ていくようにすべきだと思いますね。 (聞き手・小林 敬和記者) 1988/9/28 読売新聞 東京夕刊 ◆痛いのはイヤだ 殺されるのもイヤだ 日本アムネスティがキャンペーンコピー 「痛いのはイヤだ。苦しいのもイヤだ。殺されるのもイヤだ」−−。コピーライターの仲畑貴志さんが、アムネスティインターナショナル(人権を守る国際救 援機構)日本支部のキャンペーン用のコピーを作った。同支部の依頼にボランティアで応じたもので、さらにこれを大型のカラーポスター五百枚に刷ってプレゼ ント。同支部では「若い人たちの感性に訴える新しいイメージができた」と喜んでいる。 今年は世界人権宣言が採択されて四十周年。同支部では記念キャンペーン活動に熱を入れているが、「良心の囚人を救おう」「拷問や死刑をやめよう」といっ た人権活動は、「正論だけど固くて近寄りにくい」と、若い人に敬遠されがち。 そこで、新しいキャッチフレーズが必要と、仲畑さんに白羽の矢が立った。昨年夏、一枚のダイレクトメールをきっかけに同支部の賛助会員になっていた仲畑 さんは、この申し出を快諾。当初はコピーだけの予定だったが、予算がない同支部の内情を知ると、「じゃ、うちでつくるわ」とポスターまでもつくった。 「“今、人権を”じゃ、分かりにくい。救おうったって、目の前には救う相手がいないんだから。相手を身近に感じられるようなコピーにしたかった。だれで も痛かったり、苦しかったり、殺されたりなんて、いやだよ、泣いちゃうよね。そんなことがストレートに届けばいい」と、仲畑さんは語る。今春、農協の祭り のコピーも手掛けたが、「依頼者の持つイメージを代弁するのはどんなものでも同じ」という。 ポスターは、二十七日に東京ドームで行われるアムネスティのミュージックイベント「ア・コンサート・フォー・ヒューマン・ライツ・ナウ」会場にはりめぐ らされる予定。 1988/9/26 読売新聞 東京夕刊 ◆法医学書にかみつく 再審松山事件など3弁護団 「無罪者の名誉棄損」 東大法医学教室の石山イク夫(いくお)教授が、刑事裁判の再審請求事件を中心に法医学論を述べた著書「法医鑑定ケーススタディ」(立花書房)の記述をめ ぐり、再審無罪が確定した「松山事件」など三件のえん罪事件の弁護団が「えん罪被害者の名誉を棄損した部分がある」とかみついた。近く釈明を求める公開質 問状を出す予定だが、法医学者の著書に対し、複数の弁護団が“抗議行動”に出るのは異例のことだ。 ◆石山・東大教授の著書に公開質問状◆ 公開質問状を出すのは、「松山事件」(五十九年七月、仙台地裁で再審無罪確定)のほか「財田川事件」(同年三月、高松地裁で同確定)と「横浜・山下事 件」(昨年十一月、横浜地裁で一審無罪確定)の各弁護団。 弁護団側は、石山教授が今年二月に発刊された同書の中で、三事件について自ら問題点を指摘したうえ、「この点に疑問を持った法医学者がこの事件に関係し ていれば、別の方向に発展していったかも知れない」とか「特徴ある所見に対して、なぜその特徴が生ずるかという点を明らかにしなかったのが鑑定人の失敗 だった」などと記述していることに対し、「鑑定人が失敗したため無罪になったといわんばかりだ」と反発している。 また、財田川事件に関して、石山教授がもともと存在しない被害者の腹巻きを念頭に、再審無罪判決を批判しているのは、そもそも前提が間違っている、とし 「一般読者や捜査関係者に、ほんとうは有罪のはずだった、との誤解を抱かせる恐れがある」と危惧(きぐ)している。 弁護団の中の一人は「石山教授が学問上の意見を述べるのは自由だが、それを超えた範囲で、検証もなく無罪批判をした部分は、えん罪被害者の人権に対する 配慮を欠いている」と指摘。公開質問状の中で、こうした記述の根拠や謝罪の意思の有無などの釈明を求めたいとし、対応次第では、損害賠償請求など法的措置 も考える、と強硬な構えだ。 これに対し、石山教授は「ほんとうは有罪だったなどとは一切書いていないし、法医学者がそこまで言及できるはずもない」と反論。「私は、無罪の人は完全 無罪を証明されるべきだとの考え方に立ち、鑑定はあいまいに終わってはならない、少なくともこういう点を明らかにすべきだったと提言したに過ぎない。それ が今後の裁判のためにも、被告のためにもなると思う」と、安易な判決批判ではないことを強調している。 そして、「腹巻き」の問題については「警察学論集を読んでの提言だが、仮にそれが誤りならば、私も訂正に応じるつもりだ」と言っており、今後、公開質問 状に対する対応が注目される。 石山教授は東大医学部卒。五十八年、同大教授となり、専門の法医学では、わが国の権威の一人。最近では、昭和三年に広島県内で起きた養母殺し「山本老事 件」(最高裁で無期懲役確定)の再審請求裁判(最高裁に係属中)で扼(やく)殺説に立った鑑定を行ったほか、現在判決待ちの「島田事件」再審裁判でも犯行 順序や凶器は被告の自白通りだとする検察側主張に沿う鑑定意見書を提出している。 ◇ ◇松山事件 昭和三十年十月十八日、宮城県志田郡松山町の農家で、夫婦と子供二人が殺され放火された。別件で逮捕された飲食店員が、犯行を自供後、公判 で全面否認したが、三十五年十一月、最高裁で死刑が確定。第二次再審請求が認められ、五十九年七月、無罪が確定した。 ◇財田川事件 昭和二十五年二月二十八日、香川県三豊郡財田村(現在財田町)で、ヤミ米ブローカーが刺殺され、現金一万三千円が奪われた強盗殺人事件。 三十二年二月、最高裁で死刑が確定したが、二度の再審請求の後の五十四年六月、高松地裁が再審開始決定を出し、五十九年三月、同地裁で無罪判決が確定し た。 ◇横浜・山下事件 五十九年三月二十二日、横浜市旭区上白根町の会社員宅で、妻が死んでいるのが発見された。検察側は、夫の会社員が、就寝中の妻を殺し たとして、殺人罪で起訴したが横浜地裁は昨年十一月、病死の可能性を示唆して無罪判決が確定した。 1988/9/26 読売新聞 東京夕刊 ◆栃木で幼児ら2人殺した篠原被告に死刑求刑 近所に住む幼児と女子高生の二人を殺したとして、殺人、死体遺棄罪に問われた栃木県鹿沼市緑町一の三の六、理容業篠原伸一被告(37)に対する論告求刑 公判が十三日午前、宇都宮地裁(上田誠治裁判長)で開かれ、検察側は「なんの罪もない二人を殺害した責任は重大で、極刑に値する」として、死刑を求刑し た。 1988/9/13 読売新聞 東京夕刊 ◆逆恨みで老夫婦強盗殺人 17件目(今年)の死刑判決/仙台地裁 一昨年二月、仙台市で年金暮らしの老夫婦を殺害し、預金通帳などを強奪したとして、強盗殺人、死体遺棄の罪に問われた同市沖野無尻橋三六、左官堀江守男 被告(37)に対する判決公判が十二日、仙台地裁刑事一部で開かれ、渡辺達夫裁判長は求刑どおり、堀江被告に死刑を言い渡した。死刑判決は全国で今年に 入ってこれで十七件目。 判決によると、堀江被告は一昨年二月二十日午後、知人の同市旭ヶ丘二の二の二一、無職阿部弘さん(当時八十二歳)方を訪れ、左官の仕事を紹介してくれな いことを逆恨みして、阿部さんの頭を鉄棒でめった打ちにして殺害。さらに、約三十分後に帰宅した妻千重さん(当時七十五歳)も鉄棒で殴り殺し、郵便貯金証 書など額面約四百五十万円相当と現金一万二千円を強奪、死体を同市内の松林に捨てた。 1988/9/12 読売新聞 東京夕刊 ◆米大統領選追い込み ブッシュ氏に勢い 浮動票獲得がカギに 【ワシントン五日=水島特派員】米大統領選は五日のレーバー・デー(労働記念日)を期して追い込み段階に突入した。最新の各種世論調査では、共和党候補 のジョージ・ブッシュ副大統領と、民主党候補のマイケル・デュカキス・マサチューセッツ州知事が、ほぼ互角の戦いぶりを示しているが、全米的なムードは、 八月の共和党大会後、急速に劣勢をばん回したブッシュ氏に勢いがついている。これとともに、国民のムードもこれまでの「変化への期待」から「(レーガン) 路線の手直し」へと変化しつつあるようだ。 十一月八日の投票日まで約二か月。大統領選のレーバー・デーのキャンペーンは、伝統的に最重要視され、ホームストレートに入る秋の選挙キャンペーン・ス タートの日とされている。この日デュカキス氏は、前二回の大統領選で共和党に投票した、いわゆる「レーガン・デモクラット」(共和党支持の民主党員)の多 いデトロイトに乗り込んだ。 一方、ブッシュ氏はロサンゼルス郊外のディズニーランドでソウル五輪米選手団壮行会に出席、愛国心の高揚を強調していた。各陣営の最大の関心は、約二割 を占める浮動票の獲得に移ってきた。それは「レーガン・デモクラット」の行方に絞られ、地域的には、接戦が続く大票田カリフォルニア、テキサス両州、さら には中西部での浸透が注目される。 五日の両候補の動きは、それぞれ、今選挙の焦点をなぞることになる。まず、ブッシュ氏は同日午後、激戦地カリフォルニア州アナハイムのディズニーランド で行われる米国ソウル・オリンピック選手団壮行会に出席、その愛国的雰囲気を効果的に利用しようと狙う。また、ロサンゼルス市警のピクニックにも同行し、 「法と秩序」のアピール作戦。一方、デュカキス氏は、中西部諸州で、レーガン・デモクラットの一翼である労働者への働きかけを展開、五日(日本時間六日未 明)はミシガン州デトロイトで、同陣営がキャンペーンのハイライトの一つにしたい重要演説を行う。この中で、同氏は、ブッシュ陣営の“繁栄のアメリカ” キャンペーンを逆手にとって、「家庭の繁栄を築こう」と訴え、拡大する所得格差の是正などを説く。このスローガンは今週から放映を開始するテレビ・コマー シャルのキーワードでもある。 共和党が行った最新の世論調査でも、両陣営の戦いは五分五分の情勢で、五〇%が、投票日までに支持候補を変える可能性があるとしている。レーバー・デー 時点でのこれほどまでの接戦は、さる六〇年のケネディ・ニクソンの対決以来だ。 このつばぜり合いの中、まずデュカキス氏の課題は、これまで強調してきた「変化」の内容を具体的に示すことにある。七月党大会直後の世論調査でブッシュ 氏に大きくリードを奪ったのは、“レーガンの八年”からの「変化」を求める国民の“ムード”のためだった。しかし、八月の共和党大会で、同党が民主党の十 倍近い長さの綱領で政策を具体的に示し、また、ブッシュ氏が新しいリーダーとしてのイメージチェンジに成功したために、このリードが崩れた。ブッシュ氏 は、デュカキス氏のオハコである教育、環境、福祉問題で、新たな公約を矢継ぎ早に打ち出し、討論会で予想されるデュカキス氏からの批判を事前に封じ込めよ うとしている。 接戦が続けば、ブッシュ氏は「外交」「安全保障」を切り札に使い、デュカキス氏は「繁栄の裏での社会的不平等の克服」をあらゆる機会をとらえて訴えるこ とになろう。また、最近、ブッシュ陣営は、デュカキス氏が学校での国旗敬礼に反対し、死刑廃止論者であると批判、「アメリカ社会の主流から外れたリベラ ル」と激しい攻撃をしかけており、ほこ先は出身校ハーバード大学の校風にまで及んでいる。 デュカキス陣営はこうした攻撃を無視する姿勢を貫いているが、選挙戦が白熱するにつれ、両陣営の非難・中傷合戦が、思わぬ展開を見せる可能性がある。 また、ブッシュ陣営にとり、“兵役逃れ”のスキャンダルがくすぶる副大統領候補ダン・クエール上院議員の扱いも課題で、「クエール氏のような軽い人間を 副大統領に指名したブッシュ氏の見識と指導性を疑う」という批判は依然として根強い。 1988/9/6 読売新聞 東京朝刊 ◆国会論戦の詳報 31日の参院予算委から 新政ク・田 英夫氏 ◇…金大中氏問題…◇ 田氏 金大中氏に対する一九八〇年の軍事裁判で、日本における言動が原因で死刑判決が下された。一九七三年の日韓政治決着違反だ。 宇野外相 日本政府としては、在日中の言動については裁判において触れられていないと判断している。金大中事件に関する外交的決着には違反していない、 というのが日本政府の立場だ。 田氏 今年中に金大中氏が訪日希望を持っているが。 首相 韓国野党の二人の総裁とは会って意見交換をした。日本政府は与野党を通じて信頼関係がある。(金大中氏が来日するなら)それにふさわしい迎え方を したい。 1988/9/1 読売新聞 東京朝刊 ◆連続企業爆破の大道寺ら「新証拠」で東京地裁に再審請求 四十九年の三菱重工ビル爆破など「連続企業爆破事件」で、爆発物取締罰則違反や殺人罪などに問われ、昨年三月死刑判決が確定した「東アジア反日武装戦 線」の大道寺将司(40)、益永(旧姓片岡)利明(40)両元被告は、一日午前、「殺意を否定する明白な新証拠があらわれた」として、東京地裁に再審請求 を行った。 両元被告が新証拠としてあげているのは、都立大工学部の湯浅欽史助教授の鑑定書。同鑑定書は、三菱重工事件に使用された爆薬「セジット」について「四十 九年当時、日本国内に文献が乏しく、大道寺らも爆薬調合の方法をよく知らなかった。爆薬製造の過程でたまたま、大きな爆発力を得られる乾燥した粒状態に なった」としている。 1988/9/1 読売新聞 東京夕刊 ◆日本赤軍・坂東のオーストリア入国を確認 盗難の旅券を使う 日本赤軍のテロ実行部隊長格の坂東国男(41)が、六十一年二月にスペイン・マドリードで盗難にあった元京都市議の旅券を使用していた事件で、警察庁な ど公安当局は二十三日までに、坂東がこの旅券で昨年十一月末にオーストリアに入国していた事実を突きとめた。オーストリアは、日本赤軍のヨーロッパの活動 拠点のひとつといわれており、他のメンバーの入国も確認されている。公安当局では、盗難旅券で東南アジア、ヨーロッパを動き回っていた坂東が、オーストリ アを足場に、ソウル五輪を狙ったテロなどを画策していた恐れが強いとみて、旅券法違反(偽造旅券の行使)の疑いで本格的な捜査に着手、容疑が固まり次第、 逮捕状を取る方針を固めた。 これまでの調べによると、坂東は昨年八月中旬、元京都市議Sさん(46)の旅券の顔写真を張り替えた偽造旅券を使い、マニラの日航支店で成田行きの航空 券を入手、出国した。坂東が乗り込んだ飛行機には、Sさんと同姓の人が四人搭乗していたが、成田空港でのSさん名義の入国記録はなく、坂東は途中、トラン ジットで立ち寄った香港などで飛行機を降りていた疑いが強まった。 こうした中、坂東は昨年十一月二十五日、Sさん名義の旅券を使い、オーストリア・ウィーンに入国していたことが、オーストリア当局などの調べで明らかに なった。坂東は昨年春ごろから、この旅券でマニラを中心とした東南アジアのほかヨーロッパ数か国を動き回っていたとみられているが、具体的な入国記録が判 明したのは初めて。 坂東が入国したオーストリアは、東南アジアのフィリピンと並び、日本赤軍がヨーロッパの活動拠点として設定している国。 これまでにも、東南アジアに潜伏していることが確認された戸平和夫(35)が六十一年春に、旅券法違反で起訴された泉水博(51)が昨年春に、また、ハ イジャック防止法違反などで起訴された丸岡修(37)が東京都内で逮捕される直前の同十一月初めに、それぞれオーストリア・ウィーンに潜入していたことが 明らかになっている。 このため、公安当局では、坂東のオーストリア入国は、他の日本赤軍メンバーらと接触し、一年足らずに迫っていたソウル五輪の開催を妨害するためのテロ活 動や昨年三月に死刑が確定した連続企業爆破犯、大道寺将司(39)の奪還工作を画策するためだった疑いが強いとみている。 1988/8/24 読売新聞 東京朝刊 ◆アフガン政権、ソ連軍「撤退」後へ支配権固め 地方掌握や軍との合体 ジュネーブ協定による駐留ソ連軍撤退や、「敵対国」パキスタンのハク大統領死去など、アフガニスタンを取り巻く情勢があわただしい。ソ連、政府軍への攻 撃を続ける反政府ムジャヒディン諸勢力が「共産主義者とは連立しない」と公言する中で、ナジブラ政権の内情はどうなのか。現地でさまざまな情報筋と接触し てみた。 (カブールで、池村俊郎特派員) ◆三勢力による内部抗争も◆ 駐留ソ連軍十一万五千(ソ連側発表)がジュネーブ協定に基づき、半数の五万七千五百となったさる十五日、撤退ソ連軍の取材でカブール入りを認められた西 側報道陣の前に、ナジブラ大統領が現れた。外務省での記者会見。「大統領職をやめる気はない」「元国王ザヒル・シャーも民族和解案に基づき、将来の政権に 参加できよう」−−などと強気の発言をした。記者団を見おろす演壇に座り、見た目は快活そう。カブール外交筋に流れる「精神不安定」をうかがわせる様子は なかった。 記者団は数日前に質問状の提出を求められた。合わせて百の質問が出たというが、外務省が微妙に選択し、内容にも手を加えたフシがあった。たとえば、「た だ一つの政党、人民民主党(PDPA)でハルク(人民)派とパルチャム(旗)派の対立はどうか」の質問が、「大統領閣下、あなたは政府のナンバーワンか」 に変わった。 「首都に戒厳令を布告する用意があるか」の問いは、「死刑執行を開始する用意があるか」に変化していた。その結果、「あなたは政府のナンバーワンか」 と、外務省の役人が読みあげると、大統領がニヤリとして、「わが国の憲法では政府と大統領の権限は別。政府の代表は首相ですよ」と答える仕組み。最高権力 者の耳に心地良い質問と舞台作りをしたとしか思えなかった。 対照的だったのが、ジュネーブ協定発効後、ソ連軍第一陣が撤退した五月十五日直後に就任したモハマド・ハッサン・シャルク首相の会見。日本やインドの駐 在大使を歴任し、人民民主党員でもない首相は、「(民族和解のため)大統領職や国防大臣のポストも明け渡す用意がある」と発言したものの、質問に応じて用 意された回答書を読みあげるだけ。首相の権限のありようと、回答の有効性の有無がたやすく推理できた。 国権をにぎるPDPAは、ソ連軍撤兵に合わせ、正規軍との合体を急いでいる。地方主要都市での組織作りや地方行政の掌握、軍の中枢と党を連関させる「撤 兵後」に向けた体制固めだ。抵抗するアフガン・ムジャヒディン七組織が、「共産主義者=PDPAと手を組まない」と主張するのに対し、アフガニスタン国内 ではPDPAしか有効な組織となり得ない情勢作りが急進展しているのだ。 党の支配権固めの一方で、内部のライバル抗争も顕在化している。外交筋の話を総合すると、PDPAには有力な三勢力がある。ナジブラ大統領派と、対抗勢 力のサイド・モハメド・グラブゾイ内相派。さらに現在ソ連にいるとされるカルマル前大統領派も勢力を保つ。最近、党中央委員会の建物を狙ったミサイル攻撃 の陰謀が摘発され、カルマル氏の親族などが大量逮捕されたという。西欧の外交筋は「カルマル派つぶし」と事件を観測する。 ナジブラ大統領は元秘密警察(KHAD)長官。約二万といわれる精鋭のKHADメンバーを握る。今年三月、首都防衛の名目で精鋭師団結成を発表した。学 歴の高い青年男女を対象に、三万を目標に厳しい人集めをしているという。外交筋の情報は「本当のねらいは、大統領府の警護と、非常事態に備える配下の精鋭 部隊作りではないか」と推理する。 そのライバルとされるのが、グラブゾイ内相。党内ではかつてナジブラ大統領より上位にあった。警察力をにぎり、地方で警察隊と、大統領配下の秘密警察の 衝突もうわさされる。PDPA再編(七六年)にあたり合体した二組織、「ハルク」と「パルチャム」のうち、グラブゾイ内相は「ハルク」出身で、シャハナワ ズ・タナイ軍参謀長とも関係があるとされる。PDPAの実力者、モハマドアスラム・ワタンジャール通信相も同じ輪にいる。「パルチャム」出身のナジブラ大 統領は、出自の点でも孤立している。 ソ連誌との会見で、アフガニスタンの元ソ連軍軍事顧問キム・ツァゴロフ中将が「『ハルク』と『パルチャム』の対立が極限まで行かないか、不安だ」と発言 し、驚かせている。カブールで政府当局者から聞いた情報だと、先月、ソ連大使館の隣の民家から、大使館に向けロケット弾攻撃をしようとした男たちが逮捕さ れている。首都の内懐まで侵入した男たちは、「反政府ゲリラ」と発表されたが、党内ライバル抗争で混乱を起こす意図をもった者の回し者、といううわさも あった。今後の国内情勢を見る上で、グラブゾイ内相、タナイ参謀長、ワタンジャール通信相の動向は要注意といえる。 1988/8/24 読売新聞 東京朝刊 ◆日本の姿勢に不満表明 “来日”の金大中氏 ら致事件の決着で 韓国の野党第一党平和民主党総裁、金大中氏が二十三日午後、フィリピンからの帰国途中、成田空港に立ち寄り、同空港近くのホテルで記者会見した。 金氏はさる四十八年八月、東京・九段下のホテルグランドパレスで起きた同氏のら致事件にからみ、警視庁公安部が要請した同氏への事情聴取を拒否した理由 について「日本政府が事件の真相を解明し、私の原状回復を図るよう努力する姿勢を見せない限り(事情聴取に)応じるつもりはない」と述べた。 同氏はさらに「ら致事件について日韓両国政府がうやむやのまま政治決着をつけたことで、その後、私は死刑判決(一九八〇年)や米国への亡命生活など家族 ともども人権を著しく侵害された」と述べ、同事件解明への日本政府の姿勢に強い不満の意を表明、「ら致事件が当時の韓国中央情報部によって実行されたのは 明らかで、日本政府は国内での主権侵害に対し、韓国政府に適当な措置を求めるべきだ」と述べた。 1988/8/24 読売新聞 東京朝刊 ◆「金大中氏ら致事件」の政治決着に矛盾点 調査委が指摘 国会議員や学者などで組織する「金大中氏拉致事件真相調査委員会」(事務局長・伊藤成彦中大教授)は十九日、さる五十五年の軍法会議で金大中氏に言い渡 された死刑判決の全文を公表、その内容が、ら致事件後に日韓政府間で行われた政治決着と矛盾していることを指摘し、外務省などに対し、改めて事件の真相究 明を求めていくことを明らかにした。 四十八年八月に起きた金大中氏ら致事件をめぐっては、日韓政府によって同年十一月、五十年七月の二度にわたり政治決着がなされ、「金大中氏の日本におけ る言動の責任は問わない」ことなどがうたわれた。この後、金大中氏は五十五年五月の光州事件の際、国家保安法違反、内乱陰謀などの罪で起訴され、同年九月 の一審判決、同十一月の二審判決とも、軍法会議で死刑が言い渡された。 同調査委員会は今月初め、これら一、二審判決の全文を平和民主党から入手、判決文を翻訳して検証したところ、「日本など友邦国に反韓世論を起こし、友邦 政府をして反韓政策をとるように誘導した」などと、死刑の判決理由がもっぱら四十七年から四十八年にかけての日本での言論活動を問題にしていることがわ かったという。 1988/8/20 読売新聞 東京朝刊 ◆ブッシュ氏の大統領候補指名受諾演説要旨 【ニューオーリンズ十八日=浅海、水島特派員】ジョージ・ブッシュ共和党大統領候補の指名受諾演説の要旨次の通り。 一、私は大統領候補指名を受諾する。それは激しく戦い、さまざまな問題に立場を貫くことであり、つまり勝利するということだ。政治の世界では弱いとされ た方が勝った例は数多くある。今回の大統領選もそうなるだろう。われわれはダン・クエール上院議員の手助けを得て勝利する。 一、七年半にわたり、私は大統領が最も難しい仕事を遂行するのを助けてきた。ロナルド・レーガンは私から誠実と忠誠を得た。 一、事実はわれわれの側にある。私が大統領を目指すのは一つの目的のためだ。その目的は、時を超えて何百万人ものアメリカ人をつき動かしてきたものだ。 よりよいアメリカを築きたい。それはとても単純だが、とても大きな目的だ。 一、今年の選択は決定的なものだ。両候補者の間の違いは長い歴史上でもかつてなかったほど深くかつ広いからだ。二人は人間として非常に異なっているとい うだけではない。未来に対する考え方も非常に異なっており、投票日にはその是非が決せられる。 一、アメリカは衰退してはいない。アメリカは昇りゆく国である。私はアメリカを指導者と考える。この世界で特別な役割を持つユニークな国だ。今世紀はア メリカの世紀と呼ばれた。われわれが世界で善のための圧倒的な勢力だったからだ。今われわれは新しい世紀の手前に来ている。次の世紀はどの国の世紀になる のか−−それはまたアメリカの世紀になる、と私は言おう。 一、今回の大統領選はわれわれの共有する信念、価値観、原則にかかわるものだ。 一、われわれの勝利の大きさを考えてみよう。アメリカの有職者数の割合は最高記録だ。新しい産業が生まれるのも最高記録なら、実質個人所得の伸びも新記 録だ。われわれの就任時、インフレは一二%だった。われわれはそれを四%に落とした。利子は二一%以上だったが、それを半分にした。失業率は上昇の一途 だったが、今や過去十四年間で最低のところにある。 一、アメリカの女性は発展の担い手である。女性たちは新しい仕事をつくり出し、それらのどの仕事も三分の二は女性たちが占めた。私はアメリカの女性にこ う言いたい。あなたがたは、平等というものは、経済的能力が伴って実現するものだということをだれよりもよく知っている。 一、世界に目を向けてみれば、民主主義の精神が、太平洋地域に広がっている。中国は変化の風を感じている。南アメリカでは新たな民主主義が芽生えてい る。軍隊の力ではなく、理想の力によって、自由のない場所が一つずつ消えていく。 一、わが国は、ソ連と新しい関係を樹立している。中距離核戦力(INF)全廃条約、アフガニスタンからのソ連軍の撤退開始、アンゴラでの代理戦争終結の 兆しとそれに伴うナミビアの独立などである。イラン・イラク戦争も、和平に向けて動き出している。今が転換点なのである。 一、ソ連の震動が続いている。ソ連で起こりつつあることが世界を永久に変えることになるかもしれないし、そうではないかもしれない。われわれは力を堅持 し、冷静な外交で臨まなければならない。 一、理想と価値観の選択はまた哲学を選ぶことでもある。私にはそれがある。輝きの中心にいるのは、個人だ。一個人から光を放っているのが家庭、つまり愛 情、親しさの本質的な要素なのだ。それというのも、家庭こそ、私たちの子供へ、二十一世紀へ、文化や信仰心、伝統、歴史を伝えるものだからだ。 一、異常に無慈悲な、暴力的な罪を犯した者に死刑を与えるべきだろうか。相手の陣営はノーだ。だが私はイエスだ。子供たちに学校で自発的な礼拝を許すべ きか? 彼らの答えはノー。私はイエスだ。自由な市民が銃を持ち、家庭を守る権利を持つべきだろうか? 彼らはノー、私はイエスだ。 一、私は増税しない。私の対立候補は増税は最後の手段だと言っている。政治家がこんなふうに言うのは、その手段を実際に検討する、ということだ。彼は増 税の可能性を排除しない。私は排除する。議会が増税せよと私に圧力をかけてこようと、私は「ノー」と何度でも言う。新しい課税はしない。職について約束し よう。次の八年間で三千万人の仕事を創出するのが私の使命だ。 一、アメリカから麻薬を追放しよう。これは難事業である。だが、今晩、私は、この国の若者にあえて言いたい。密売人とは手を切りたまえ、さあ、我々と共 に仕事に精を出そうではないか。我が政権は密売人たちに忠告する。必要とあらば我々は何でも(対抗策を)やる。君らの時代は終わった。 一、身体障害者に手を差し伸べ、アメリカ社会での活躍の場を広げたい。 一、エネルギー問題では、外国産の石油にこれ以上依存しないことがアメリカの安全保障を維持する道だ。国内のエネルギー産業をもっと活力あるものにす る。 一、外交面では、まず、戦略(核)兵器、通常兵器とも米ソ間で一層の削減を目指す。科学技術の近代化とその維持に努める。地球上から、化学、生物兵器を 一掃しよう。私はまた、「自由」を擁護するつもりだし、東西を問わず、自由を戦い取ろうとする者には友好の手を差し出そう。 1988/8/19 読売新聞 東京夕刊 ◆米共和党大統領候補 ブッシュ氏が受諾演説 「力」背景に平和継続を強調 【ニューオーリンズ(米ルイジアナ州)十八日=水島特派員】さる十五日からニューオーリンズのスーパードームで開かれていた米共和党全国大会は、十八日 夜(日本時間十九日朝)、副大統領候補にダン・クエール上院議員を正式に指名、十七日に大統領候補の指名を受けたジョージ・ブッシュ副大統領とクエール氏 がそれぞれ受諾演説を行い、閉幕した。これにより十一月八日の大統領選投票日に向け、民主党正副大統領候補マイケル・デュカキス・マサチューセッツ州知事 とロイド・ベンツェン上院議員のコンビとの間で、本格的な選挙戦がスタートすることになる。 ブッシュ氏は指名受諾演説の中で、レーガン政権を副大統領として支え、大統領に忠誠を誓ってきたことを強調、自らの大統領としての「使命」を、「より良 いアメリカを築くこと」と言い切った。 デュカキス氏については、名指しこそ避けたものの、二人の政策の違いを明確に指摘しつつ、厳しい批判を展開した。まず、「(デュカキス氏も)成長と平和 を語っているが、実績のある人(私)だけがそれを実現できる。(デュカキス氏は)列車を定刻に走らせる能力はあるが、どこに向けて走らせるかは理解できな いのだ」と述べた。 さらに、デュカキス氏との政策の違いを具体的に列挙、死刑の存続、学校での礼拝法制化賛成、市民のピストル所持の権利擁護、増税反対−−などを訴えた。 経済問題でも、雇用拡大や実質収入アップなどのレーガン政権の実績をたたえた上、今後も自由、公正な貿易を推進し、減税と国家支出の縮小を約束した。 さらに、力を背景にした平和の継続を訴え、ソ連との間で戦略核および通常戦力削減交渉を促進するとともに、戦力の近代化を進め、また化学兵器、生物兵器 については禁止の意向を明らかにした。 内政では、人種問題の解決などで、「アメリカは新しい調和と大きな忍耐を必要とする」と訴えた。この演説の最大の特徴は、自らの誠実で率直な人柄を打ち 出そうとした点で、ブッシュ氏は、「私は雄弁家ではなく、時には不器用でもある。しかし、言葉が石油を掘り当てることはできない。私は静かな男だが、国民 の声なき声を聞く耳を持っている」と語りかけた。 “第一声”ともいえるブッシュ氏の演説は、自信に満ち、国民にゆったりと語りかけるスタイルで、「自信に裏打ちされた新しいブッシュのイメージを作っ た」(ABCテレビ)と言えそうだ。(ブッシュ氏演説要旨2面、特派員座談会3面、関連記事2・3面に) 1988/8/19 読売新聞 東京夕刊 ◆島田事件の再審結審 疑問残した未提出証拠 検察主張に矛盾(解説)=続報注意 「島田事件」の再審が九日静岡地裁で、弁護側の最終弁論で結審した。獄中生活三十四年の赤堀政夫被告(59)に、一日も早い判決を望む。 (静岡支局 三島 勇) 昨年十月十九日の初公判から最終弁論まで約十か月。過去の死刑囚再審無罪事件に比べると「松山事件」(八か月)に次ぐ早さで、「免田事件」(一年七か 月)、「財田川事件」(二年)よりはるかに早い結審となった。 訴訟手続き上では、審理のスピード化を図るために、裁判所、検察、弁護の三者が、公判を二か月に一度、二回連続して開くことを申し合わせた。公判ごとに 事前に三者が、立証計画や証拠の提出についても協議した。また、確定審の一―三審と再審請求の一―四次までの膨大な証拠を、裁判所が職権で調べたことが、 審理の迅速化につながった。 再審公判での争点が、被害者の胸の傷についての法医鑑定に絞られたことも、審理が短期間で終わった大きな要因だ。検察側は、二人の法医学者を証人に立 て、尋問と反対尋問が、五回の公判で繰り広げられた。実質審理が、ほとんど法医鑑定論争、特に被害者の胸の傷についての鑑定に費やされた。検察側の論告の 六分の五が胸の傷についての論述だったことがこれを象徴している。 争点がこのように絞り込まれたのは、再審開始決定などで、「被害者の胸の傷に疑問が生まれ、自白の犯行順序が客観的事実と合わなくなった」とする重大な 疑問が生じ、検察側が確定判決を維持するため、裁判所のこの一つの疑問を払拭(ふっしょく)することに全力を注いだからだ。 再審では、問題点も残されている。検察側が捜査資料などの未提出証拠の提出をかたくなに拒否したことだ。弁護側は、再審請求審から〈1〉赤堀被告以外の 容疑者の自白調書〈2〉事件当時の捜査日誌の提出を求めた。検察側は、これまでプライバシーの侵害などを理由に捜査日誌の表紙と「凶器の石」の発見日の昭 和二十九年六月一日欄のみしか提出していない。 弁護側が指摘するように、プライバシーの侵害を言う検察側が、再審公判で事件発生当初から赤堀被告が容疑者の一人として捜査線上にいたことを裏づける補 強証拠として提出した捜査報告書には、別の容疑者の名前も記されている。これはどう説明がつくのだろうか。 過去の死刑囚再審無罪三事件だけをみても、検察が開示した未提出証拠が、再審無罪判決などの有力な証拠になっている。「免田事件」は、アリバイ証言や証 拠が、「財田川事件」は、五冊にわたる捜査報告書などの書類のつづりが、「松山事件」は、捜査側が隠していた布団の襟当ての血液の鑑定書などが弁護側の強 い要求で提出された。「島田事件」で検察側が、未提出証拠の提出を強硬に拒んだことに対して、弁護側は「検察は、違法捜査などが国民に明らかにされること を恐れているのではないか」と指摘する。 再審問題に詳しい大出良知・静岡大助教授(刑事訴訟法)は「過去の死刑囚再審無罪事件では、未提出の記録が出されているのに、この事件だけ提出されない のは理解しがたく、また問題だ」と話している。 審理の迅速化は、大いに評価できるが、未提出証拠に対する検察側の対応には、後味の悪さが残った。 1988/8/10 読売新聞 東京朝刊 ◆「私の無実を晴らして」 赤堀被告が最終陳述/島田事件再審公判=続報注意 「裁判官の皆さまにお願いします。私の無実を晴らして下さい」−−。昭和二十九年、静岡県島田市で六歳幼女が殺された「島田事件」で死刑が確定した赤堀 政夫被告(59)(静岡刑務所在監)の再審第十二回公判が九日、静岡地裁刑事第一部(尾崎俊信裁判長)で開かれ、弁護側最終弁論と赤堀被告の最終意見陳述 が六時間半にわたって行われた。「原審妥当」として再び死刑を求刑した八日の検察側論告に対し、弁護側は約三十万字の弁論書の要約を読み上げてそのことご とくに反論、赤堀被告も切々と無実を訴えた。これで十か月に及ぶ再審公判は結審、早ければ年内にも判決が言いわたされる。 最終意見陳述で赤堀被告は「赤堀政夫は絶対に犯人ではありません。私は島田事件と関係ありません。無実であります。ひどい調べを受けて、無理やりにうそ の自白をさせられ、死刑判決を受け、悔しくて残念でなりません」と、便せん二枚にしたためた原稿をゆっくり読み上げた。最後に「一日も早く、赤堀政夫は無 実という判決をして下さい。裁判長さまにお願いします」と訴えた。(解説11面に) 1988/8/10 読売新聞 東京朝刊 ◆島田事件、再審の論告公判も死刑求刑=続報注意 昭和二十九年、静岡県島田市で、当時六歳の幼女が殺された「島田事件」の死刑囚、赤堀政夫被告(59)=写真=(静岡刑務所在監)に対する再審論告求 刑公判が八日、静岡地裁(尾崎俊信裁判長)で開かれ、検察側は赤堀被告に、原審裁判と同様、死刑を求刑した。 論告の中で、検察側は、「被告を犯人と断定した確定審裁判所の判断が正当であったことがより明らかになった。犯行は重大で、被告は弁解を繰り返して反省 の色はなく、情状酌量の余地はない」と断じた。 再審公判では、被害者の佐野久子ちゃんの胸にあった傷をめぐっての法医鑑定が最大の争点となり、検察側が、確定審の決め手となった古畑種基・東大名誉教 授(故人)の「被害者の胸の傷は、凶器の石でできた生前のもの」とする鑑定の妥当性を主張したのに対し、弁護側は、「胸の傷は死後で、凶器の石ではできな い」との新鑑定を軸に反論した。 午後一時からの論告で、検察側は、この傷について、勝又義直・名古屋大教授と石山イク夫(いくお)東大教授の法医鑑定により、「被害者の生前かつ扼頚 (やくけい)前に、血液分布が不均衡で血圧が高度に低下した状態で受けたもの」とし、あくまでも「生前の傷」を主張した。 1988/8/9 読売新聞 東京朝刊 ◆島田事件再審公判 弁護側が最終弁論で「えん罪明白」主張/静岡地裁=続報注意 再び死刑を求刑された「島田事件」の赤堀政夫被告(59)(静岡刑務所在監)に対する第十二回公判が九日午前十時から、静岡地裁刑事一部(尾崎俊信裁判 長)で開かれ、最終弁論に立った弁護側は、八日の「原審妥当」とする検察側主張にことごとく反論、赤堀被告の無実を主張した。 十四人の弁護団は、五百二十四ページ、約三十万字の弁論書の要約を交代で読み上げ、「この事件は、見込み捜査、別件逮捕、うその自白強要、科学鑑定への 盲従など『えん罪の構造』が明白。再審公判でその実態がより鮮明になり、無罪判決しかない」とした。 弁護側は、「被害者の胸の傷は凶器の石でできた生前のもので、自白の犯行順序『暴行―胸を石で殴打―扼殺(やくさつ)』と合う」とする検察側の法医鑑定 は「科学的根拠に欠ける」と指摘。 また、赤堀被告の自白に基づいて発見されたという凶器の石について、「再審開始決定などで認定されたように、凶器でないことは明らか。犯人しか知り得な い『秘密の暴露』にならないだけではなく、発見経過などにも問題があり、警察によるトリックだ」などと主張した。弁論は、同日午後にまで及び、続いて行わ れる赤堀被告の最終意見陳述で結審する。 1988/8/9 読売新聞 東京夕刊 ◆島田事件の再審論告求刑公判が始まる/静岡地裁=続報注意 死刑囚四人目の再審として注目されている「島田事件」の赤堀政夫被告(59)(静岡刑務所在監)に対する再審論告求刑公判が八日午前十時五分から、静岡 地裁刑事一部(尾崎俊信裁判長)で始まった。検察、弁護双方から出された法医意見書など二十一点の証拠調べが進められ、午後からの論告求刑で検察側は、殺 人罪などで確定審・一審の求刑(三十二年十月二十二日)と同じ死刑を求刑するものとみられる。あす九日の最終弁論で結審、年内にも判決が言い渡される。 これまで十回の再審公判では、被害者の佐野久子ちゃん(当時六歳)が、犯人にこぶし大の石で殴られてできたとされる胸の傷をめぐる法医鑑定が最大の争点 となった。 この傷について確定審は、「凶器の石でできた生前の傷」とする古畑種基・東大名誉教授(故人)の鑑定が、赤堀被告の自白調書の犯行順序「暴行―胸を石で 殴打―扼殺(やくさつ)」に合うとしたが、第四次再審請求審で、「胸の傷は死後のもの。また、凶器とされる石ではできない」とする弁護側の新鑑定が採用さ れ、再審開始が決まった。 1988/8/8 読売新聞 東京夕刊 ◆インディラ・ガンジー前首相暗殺犯に死刑判決/インド 【ニューデリー三日=木佐特派員】さる八四年十月のインディラ・ガンジー前インド首相暗殺事件を審理していた最高裁は、三日、一、二審で死刑判決を受け たシーク教徒三被告のうち、暗殺実行犯の元デリー警察首相警護隊巡査サトワント・シン被告と共謀の同隊元警部補ケハル・シン被告については上告を棄却、死 刑判決を支持したが、共同謀議していたとされる同隊元警部補バルビール・シン被告には無罪判決を下した。 1988/8/4 読売新聞 東京朝刊 ◆イラン悩ます反体制グループ民族解放軍とは? 12万の大軍を相手に善戦 世界中が全く予期しなかったイランの国連安保理のイラン・イラク戦争停戦決議受け入れから二週間。平和への高まる期待と裏腹に、前線ではイ・イ戦争史上 でもまれな激戦が繰り広げられ、この中で中心的な役割を果たしたのが、聞き慣れないイラン反体制グループ「ムジャヒディン・ハルク(人民の聖戦の戦士)」 だった。その戦闘部隊であるイラン民族解放軍(NLA)は先月二十八日、結局イランの十二万人ともいわれる大軍を前に本拠地イラクへの撤退を余儀なくされ たが、イラン領内百二十キロへの侵攻は、イラク軍でさえ経験したことのないものだった。(カイロ・佐藤伸特派員) 先月二十五日から二十八日にかけて、イラン西部の都市イスラマバードガルブとカランドで行われたイラン軍とNLAの攻防は激戦だった。この戦闘で、イラ ン軍は十二万人を投入、うち四万人のイラン兵が死傷した、とNLAは伝えている。一方、イラン側は、NLA七千人のゲリラのうち四千八百人を殺し、千人が 負傷したと反論している。 最大二万五千人とも言われるNLAにとっては大きな痛手だったが、イラン側はこの戦闘で大学の学期末試験を延期、サッカーの試合も中止してムッラー(イ スラム教の聖職者)全員に前線に向かうよう促した。NLAとの対決にかけるイラン側の意気込みをうかがわせるものだが、実際、昨年夏から、NLAがしかけ たイラン領内での作戦でNLA側が敗北したのは今回の戦闘だけで、過去一年イランはNLAに悩まされ続けていたのである。 NLAの指導者はマスード・ラジャビ氏(40)。イラン東北地方ホラサン州の出身で、六六年に設立されて間もないムジャヒディン・ハルクに加わった。 パーレビ国王時代の七一年に逮捕され、国家反逆罪で死刑判決を言い渡されたが、なぜか終身刑に変更され、七九年恩赦で釈放された際には、ムジャヒディン・ ハルクの指導者の中ではただ一人の生存者となっていた。 パーレビ国王体制打倒で利害が一致、イラン革命直後は、ホメイニ師と協力関係にあったが、ムジャヒディン・ハルクは宗教的色彩よりも民族主義的色彩が強 く、やがてホメイニ師から「えせイスラム教徒」「反革命分子」と呼ばれて反目、八一年七月二十八日にパリに亡命した。 ラジャイ大統領、バホナール首相など七人の政府要人が爆死した事件をはじめ、さまざまなテロの黒幕だったムジャヒディン・ハルクも、こうして八一年秋以 降は影をひそめ、イラン・イラク戦争が長引くとともに忘れられた存在となっていた。ラジャビ氏が再び脚光を浴びたのは八六年六月、フランスがイランの要求 をのんで、同氏を追放した時のことで、ラジャビ氏は本拠地をバグダッドに移し、イラク政府の資金援助を得て八七年六月、軍事組織NLAを結成した。 記者(佐藤)は今年五月、NLAのメンバーに初めてバグダッドで会った。メンバーはいずれも、パリッとした紺のスーツに身を包み、アタッシェケースを持 つ、洗練されたセールスマン・タイプ。PRの対象は欧米が中心で、かつてのテロ組織ムジャヒディン・ハルクとは別組織であるかのような印象を受けた。 現に、この西側重視作戦は功を奏しつつあり、米下院外交委のドナルド・ルーケンズ(共和党)、マービン・ダイマリー(民主党)両議員はNLA支持で知ら れ、ダイマリー議員は米NBCテレビに「アメリカが彼ら(NLA)に道徳的、政治的、外交的支援を与える時がきたようだ」とまで語っている。 しかし、イランの停戦決議受け入れで、NLAの「イランは好戦的」という従来の批判は通用しなくなった。それ以上に、これまでNLAに支援を続けてきた イラクが、停戦となればNLAを見捨てるかも知れないという恐れも抱かざるを得なくなった。 テヘランでは今、七月のNLAのイラン侵攻作戦は、イランとイラクが仕組んだNLAつぶしといううわさがささやかれているという。 NLAは、読売新聞カイロ支局にテレックスで毎日のように声明文を送って来る。その七月二十九日付の声明で、NLAはイラン領からの撤退の理由について 「ホメイニ政権打倒のための広範で致命的な今後の戦闘の準備のため」としている。しかし、これまでの過去一年間の作戦総括と違い、捕虜にしたイラン上級将 校の氏名、出身地のリストは今回に限って流されていなかった。 1988/8/4 読売新聞 東京朝刊 ◆[’88米大統領選・デュカキス評伝](3)自信過剰で知事転落(連載) 一九七八年春の世論調査で、マイケル・デュカキスは当時のライバル政治家たちに三十 以上の差をつけていることが分かった。知事就任一年目に財政危機に 直面し、州議会の指導者とも根強いあつれきがあったにもかかわらず、デュカキスは自らの職務にひたむきに取り組んだ。ワシントンでは実力ある州指導者の一 人という評判を勝ち取り、マスコミの一部から、民主党の新しいプラグマチック・テクノクラート派のリーダーと目されるに至った。デュカキスは自信にあふ れ、「学生時代から自分が抱いていた野心は正しかった。知事こそわが天職だ」と考えていた。 しかし、彼の自信過剰な性格とクールな態度、そしてたとえ友人であっても政治的なひいきはしないという姿勢によって、多くの支持者らが彼から離れていっ た。また、反対意見を軽べつし、自分の主張を頑固に押し通そうとする性質も人間関係の面で災いした。ある側近によれば、デュカキスの選挙運動のスタッフは ほぼ全面的に州の仕事から締め出されてしまったという。 七八年秋の予備選の前に開かれたテレビ討論会の時ほど、デュカキスが自信過剰ぶりを見せつけた時はない。対立候補のキングは減税、死刑廃止などあらゆる 問題をとらえてデュカキスを攻撃したが、デュカキスはぶっきらぼうなほど冷淡で、やり返さなかった。彼はすっかり落ち着いてリラックスしており、うぬぼれ が強いように見えた。 デュカキスが再選を期して臨んだ予備選は、キングの勝利に終わった。デュカキスにとっては、このような苦痛を味わうのは初めての体験だった。彼はマサ チューセッツ州知事という年来の夢をいったん実現したものの、今それはあっという間に彼の眼前から消え去ってしまった。彼は有権者が自分の人間性に腹を立 て、また、自分の政治スタイルにも嫌けがさしていることを悟った。妻のキティにとっても敗北の精神的痛手は大きかった。彼女はその七年後にAP通信記者の 取材を受けた際、「本当に身の毛のよだつような思いでした。体がぞっとしてしまって……。つまり、人前で死んでしまったようなものですからね」と語ってい る。 この時の敗北は多くの要因が重なって生じたというのがデュカキスの見解であり、自ら「税金のことで私に憤りを感じていた人もいるし、私のやり方が気に食 わないという人もいた。キングは非常に巧みにいくつかの主要な問題を取り上げて攻撃を仕かけてきたが、私は決して応酬しなかった」と言っていた。デュカキ スは根本的には、彼自身の過度の自負心と、それによってチャンスを逸したために敗北したのだった。一九七九年一月四日、デュカキスは静かに州政庁の執務室 から立ち去った。この年の十一月、落選の悲運に追い打ちをかけるように、デュカキスの父親、パノスが八十三歳で死去した。 再び浪人の身となったデュカキスは、ハーバード大学のケネディ・スクールに講師の職を得た。彼は州及び地方自治体の運営に関する講座を担当したが、人気 は上々で、教室は学生であふれ返った。ケネディ・スクール時代、デュカキスは政治とのかかわりには慎重だったものの、ボストンに小さな事務所を構え、着々 と復権への準備を進めた。そこで降ってわいたように起こったのが、キング知事の公金使い込み事件だった。私的な食事やクリーニングの代金に公金を流用して いたというもので、キングの株は急落し、デュカキスにとっては絶好の雪辱のチャンスが巡ってきた。 八一年が近づくとともに、デュカキスのリターンマッチが始まった。彼の資金調達作戦は非常に快調なスタートを切り、組織固めもうまく進んだ。同年四月に 開かれた民主党綱領討議大会のほとんどの重大な表決でデュカキスは勝利を収め、陣営の活動家たちの意欲は一気に高まった。 1988/8/4 読売新聞 東京朝刊 ◆「日本は謝罪の立場にはない」 梁井大使が韓国平民党の要求に表明/金大中事件 【ソウル二日=大江特派員】「金大中内乱陰謀事件死刑判決」に関連し党声明を発表した韓国の平民党は二日午後、李龍煕・同党「金大中ら致事件真相調査委 員会」委員長ら党幹部三人をソウル市内の日本大使館に送り梁井新一大使と面談、日本政府に対し謝罪を求めるとともに「ら致事件」の真相を究明するよう公式 に要請した。 同党の要請に対し、梁井大使は〈1〉七五年の「ら致事件政治決着」は、日韓両政府が決定したものであり、日本政府は以後これを尊重してきている〈2〉死 刑判決に至った裁判問題は元来、韓国の内政問題であるが、日本政府は裁判の過程で再三関心を表明してきた−−などの経緯を説明、「日本政府として謝罪する 立場にない」旨を表明した。 1988/8/3 読売新聞 東京朝刊 ◆金大中事件で韓国平民党が日韓政府に謝罪要求 【ソウル二日=山岡特派員】韓国の野党第一党・平民党は二日、韓国大法院(最高裁に相当)が八一年一月に確定した「金大中内乱陰謀、国家保安法違反判決 文」に対する反論声明を発表し、韓国政府と日本政府に対して、真相を明らかにしたうえ、謝罪するよう求めた。この判決文は、金大中氏(現平民党総裁)に死 刑を宣告したもので、平民党は、この事件が「軍事独裁政権が再執権するためのでっちあげだ」と非難している。 1988/8/3 読売新聞 東京朝刊 ◆トロツキーの孫、祖国ソ連を語る ゴルバチョフ改革を絶賛 名誉回復を要請 「ペレストロイカ(立て直し)は注目すべき変化」「ゴルバチョフ氏(ソ連共産党書記長)は社会主義の可能性を自覚した人物」−−。メキシコ市コヨアカン にある旧トロツキー邸(現トロツキー博物館)で、スターリンに暗殺された革命家の孫エステバン・ボルコフ氏が、ソ連のペレストロイカとグラスノスチ(情報 公開)に対する熱い期待を語った。祖父トロツキーの復権についても、氏は最近、ソ連最高裁に法的名誉回復を要請したことを明らかにした。(メキシコ市・波 津特派員、写真も) エステバン(ロシア名ステパン)・ボルコフ氏は一九二六年、トロツキーの最初の妻との間に出来た二女ジナイーダとボリシェビキ革命家ボルコフの間に生ま れた。祖父がスターリンによって国外追放にあった後、その後を追ってトルコ、オーストリア、フランスなどを転々とし、一九三九年八月、トロツキーより二年 遅れてメキシコ入り、祖父の暗殺までちょうど一年間、コヨアカンのトロツキー邸で生活をともにした。 そのボルコフ氏と会ったのは、今ではトロツキー博物館となっている邸の中庭にあるトロツキーの墓碑の前だった。 「ペレストロイカ、グラスノスチはソ連だけでなく、社会主義世界全体にとっての注目すべき変化だ。ゴルバチョフ指導部は、ソ連の官僚独裁体制が破産した ことを明らかにし、真の社会主義の可能性を示した。社会主義は物質面だけでなく、社会的、倫理的な面においても資本主義よりずっと豊かに、そして生産的に なりうる−−書記長が言わんとするのは、まさにこの点なのだ」 氏はゴルバチョフ改革を絶賛した。祖父の創設した第四インターナショナルをはじめ、どの特定の政党にも加わっていないというが、ボルコフ氏は確固たる社 会主義者だった。 一九四〇年八月二十日、祖父がシンパを装ったスターリンの刺客ラモン・メルカデルのピッケルの一撃を受けた日のことを、ボルコフ氏はよく覚えている。 「私が学校から帰ったのは、祖父が襲われてから約三十分後だった。祖父は食堂の床に血まみれになって倒れていた。意識ははっきりしていて、犯人を生かし、 |