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作成:大谷通高(立命館大学大学院先端総合学術研究科・2005入学) *http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/g/om03.htm ◇団藤重光/平場安治/平野龍一/宮内祐/中山研一/井戸田侃 『佐伯千仭博士還暦祝賀 刑罰と犯罪(上・下)』大谷実「責任能力への一考察」・西原春夫「責任能力の存在時期」1968年、有斐閣 ◇石村善助/所一彦/西村春夫 『責任と罰の意識』1986年、多賀出版 ◇ホセ=ヨンパルト/三島淑臣 『法の理論8』1987年、成文堂 ◇林美月子 『情動行為と責任能力』1991年、弘文堂 ◇井上達夫・嶋津格・松浦好治 『法の臨界III』1996年、東京大学出版会 ◇牧野雅彦 『責任倫理の系譜額』2000年、日本評論社 ◇瀧川祐英 『責任の意味と制度』2003年、勁草書房 ※ ◇北田 暁大 20031025 『責任と正義――リベラリズムの居場所』,勁草書房,398+36p. 4900 ◇瀧川 裕英 20031220 『責任の意味と制度――負担から応答へ』,勁草書房,262+6p. ISBN:4-326-10150-4 3500 [amazon] ※ * ◇塩谷 毅 20040225 『被害者の承諾と自己答責性』,法律文化社,383p. ISBN:4-589-02711-9 7350 [amazon]/[bk1] ※(↓) ◇成田 和信 20040514 『責任と自由』,勁草書房,243+14p. ISBN:4-326-19907-5 2940 [amazon]/[bk1] ※(↓) ◇大谷 實 1965-66 「意思自由の問題は刑法学上必要か――最近の動向に関連して」 『同志社法学』17-4(95):37-62; 17-5(96):27-47 ◇沢登 桂人 1966 「自由意志の哲学的基礎」,『中京法学』1-1:3-113 ◇大谷 實 1966-67 「責任能力と意思の自由」 『同志社法学』18-2(99):42-61;18-3 (100):75-97;18-4(101):27-47;19-2(103):68-96 ◇大谷 實 1967 「ハート『責任概念の変更』について」 『同志社法学』18-3(100):155-164 >TOP ◆塩谷 毅 20040225 『被害者の承諾と自己答責性』,法律文化社,383p. ISBN:4-589-02711-9 7350 [amazon]/[bk1] ※ □内容説明 人の自己決定の尊重をその基本思想にもつ「被害者の承諾」と「被害者の自己答責性」について論述。2つの共通性をふまえ、法的効果・成立要件等の相違性を明確にする立場から理論的に解明する。 □著者紹介 1969年石川県生まれ。立命館大学大学院法学研究科博士後期課程修了。博士(法学)。現在、岡山大学法学部助教授。 >TOP ◆成田 和信 20040514 『責任と自由』,勁草書房,243+14p. ISBN:4-326-19907-5 2940 [amazon]/[bk1] ※ □内容説明[bk1] ある行為を行うべきか否かという価値判断が、どのようにして行為そのものへとつながり、あるいはつながらないのか。「動機付け」を哲学的に解明する「道徳心理学」の試み。責任と自由をテーマに考える。 □著者紹介[bk1] 1956年東京生まれ。ミネソタ大学哲学科博士課程修了。現在、慶応義塾大学教授。 >TOP ■立岩『自由の平等』序章より 「分配を基本的に否定する立場と別に、問題を分配の問題として語ることに懐疑的な立場がある。問題を分配の問題として語ることが楽観的であると、あるいは現実とその問題を看過していると感じられる。それは一つに、分配だけで問題が解決されると考えているように受け取られることから来るのだろうか。たしかに私はいま、右から左、下から上、上から下に行き渡るもの、AからとってきてBに渡せるもの、渡すべきものについて考えている。それは分配的正義をめぐる議論だ。簡単な問題と難しい問題があって、私は簡単な問題、考えれば解けそうな問題について、分配可能なものをいかに分配するかについて考えようとしている。しかしそんなものしか世の中にはないと言うのではない。分配したり交換したりできないもの、あるいはすべきでないものがある。 例えば、取り返しのつかない危害を加えてしまうこと、それに関わる責任の問題をどう考えるか。やはり徴収し分配することができないとされる関係やその関係の中にあるもの、また帰依や帰属をめぐる事々をどう考えるか。これは別の経路から同時に考えるべき大きな主題群として残される。私も、ここまで述べてきた簡単な方の仕事を一〇年か二〇年して、それがいったんひとまとまりつくのなら、考えてみたいと思う。」 […]一番基本的なところに立ち返れば、譲渡したくないものを譲渡せずにすむように、分配が要請される。存在は代替されないし交換されない。存在のための分配、譲渡されないもののための譲渡、交換されない存在のための交換が求められる。だから、両者は独立してもいるが、つながってもいる。楽な方から考えていっても考えていくときっと別のところに出ることになる★15。」 「★15[…]一つに悪、責任という主題がある。岡野は、正義から矯正的正義の側面が落とされ分配的正義として語られてしまっていることをShklar[1989=2001][1990]等を引きながら批判する。正義を分配の問題として把握すると落ちてしまう部分を考えたいのだと言う(岡野[2002:244ff.]、cf.大川[1999])さらに直接に自分が関わったのでないことについての責任、集団の責任をどう考えるかという問題がある。江原編[1998]、安彦・魚住・中岡編[1999]、瀧川[1999]。cf.小泉[1997]。」 ◆安彦 一恵・魚住 洋一・中岡 成文 編 1999 『戦争責任と「われわれ」――「「歴史主体」論争」をめぐって』,ナカニシヤ出版 <291> ◆江原 由美子 1998 『性・暴力・ネーション――フェミニズムの主張4』,勁草書房 <291> ◆小泉 義之 1997 『弔いの哲学』,河出書房新社 <291> ◆瀧川 裕英 1999 「個人自己責任の原則と集合的責任」,井上他編[1999:119-139] <291> >TOP ■集合的責任 ◆安彦 一恵・魚住 洋一・中岡 成文 編 1999 『戦争責任と「われわれ」――「「歴史主体」論争」をめぐって』,ナカニシヤ出版 <291> ◆江原 由美子 1998 『性・暴力・ネーション――フェミニズムの主張4』,勁草書房 <291> ◆小泉 義之 1997 『弔いの哲学』,河出書房新社 <291> ◆瀧川 裕英 1994 「集合的責任論序説――戦後世代の戦争責任への視座」 『創文』359:1-5 'An Introduction to Collective Responsibility : A Perspective on War Responsibility of the Post-War Generation.' http://philolaw.hp.infoseek.co.jp/achievement/articles1994.html ◆瀧川 裕英 1999 「個人自己責任の原則と集合的責任」,井上他編[1999:119-139] <291> >TOP ■その他(by 大谷) ◇日本臨床心理学会 編 1990 『裁判と心理学』,現代書館,396p. 3500 [bk1] ※ cf.立岩 真也 2002/12/25 「サバイバーの本の続き・2」(医療と社会ブックガイド・22),『看護教育』43-12(2002-12):1076-1077 ◇立岩真也 『私的所有論』1997年、勁草書房 諸沢英道 『新版 被害者学入門』1998年、成文堂 井上達夫 『他者への自由』1999年、創文社 ◇稲場振一郎 『リベラリズムの存在証明』1999年、紀伊国屋書店 ◇立岩真也 『弱くある自由へ』2000年、青土社 ◇坂上香/アミティを学ぶ会 『アミティ[脱暴力]への挑戦』2002、日本評論社 北田暁大 『責任と自由』2003年、勁草書房 ◇原田正治 『弟を殺した彼と僕』2004年、ポプラ社 ◇立岩真也 『自由の平等』2004年、岩波書店 UP:20050730 REV:0802 ◇犯罪・刑罰 |