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ベーシック・インカム

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last update :20200714


□目次

新着
定義
「ベーシックインカムの利点」は一概には言えない
生存学創成拠点関係者による文章等

論文
研究報告等
言及
新型コロナウイルスとベーシックインカム
関連サイト

BIに関する日本での議論(別頁)


■新着

新型コロナウイルスとベーシックインカム

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■定義

 大まかには、「ベーシックインカムとは、個人ベースで、資力調査および就労要請なしに、すべての人に無条件であたえられる所得」(Basic Income Earth Network=BIENのHPより)とされますが、現代のベーシックインカム論壇では、従来の政策やプログラムに比して「無条件性」が強いように思える ものはほとんどが議論の対象となっています。むしろ、給付要件の緩和・制度上での個人主義化・市場優先といったいくつかの志向性こそがベーシックインカム 論壇の通奏低音と言えるでしょう。
 BIに関する議論を整理したものとしてこれまでのところもっとも包括的な見取り図を提供しているFitzpatrick 1999(Freedom and security : an introduction to the basic income debate, New York : St. Martin's Press)は、BI的な政策が主張される際の政治的イデオロギーの相違に注目しました。その結果、リバタリアンによる負 の所得税(NIT: Negative Income Tax)、福祉集合主義者による参加所得(PI: Participation Income)、社会主義者による社会配当(SD: Social Dividend)、エコロジストによるBIを含んだ親エコロジー的政策パッケージ、フェミニストによるBIを含んだジェンダー平等化政策パッケージ、と いう5類型のベーシックインカム構想を提示しました。また、Fitzpatrick [1999]では、これらイデオロギーによる区分以外にも、BIの水準によって、その社会での生存水準を満たす満額のBI(Full Basic Income)、それのみでは生存水準に満たない部分的BI(Partial BI)、制度移行期のBI(Transitional Basic Income)といった区分も出されました。さらに、Ackerman and Alstott 1999(The Stakeholder Society, New Haven, Conn. : Yale University Press)により、資産(asset)なのか所得(income)なのか――ベーシックインカム(BI)かベーシックキャピタル(BC)か ――にも注目が集まりました。
 詳しくは、「ベーシックインカムとは?に関する簡潔で十分な解説」をお読みくださ い。(齊藤 拓


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■「ベーシックインカムの利点」は一概には言えない

 ベーシックインカム(BI)の利点とされるものは、様々な立場の人がそれぞれの観点(好み)に応じて各自好き勝手なことを主張します。特定の政治的立場 から様々なメリット(たとえば、エコロジストによる脱生産的生活の実現であるとか、フェミニストによるジェンダー平等の達成、コミュニストによる社会的有 用活動への諸個人の包摂など)が主張(僭称?)されているので、それらは相互に対立することもしばしばあります。ですから、BIが実行されるその経済の個 別的状況や並行される諸他の制度・政策・プログラムを抜きにして一般的にBIの「利点」なるものを語ることはできません。
 ゆえに、BIにどのような可能性を見出すかは各人の現状認識と価値観しだいです(これまでどのようなBIの効果が期待されているかについてWikipedia である程度網羅的に言及されているので以下のリンクでそちらを参照されるとよいでしょう)。(齊藤 拓


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■生存学創成拠点関係者による文章等

書籍

雑誌

新聞

報告

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関連サイト



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■本

2002

2004

2005

2006

2007

2008

2009

2010



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■論文等

2002

2003

2004

2005

2006

2007

2008

2009

2011



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■研究報告等

2007

◆20070916 障害学会第4回大会 シンポジウム1
 於:立命館大学朱雀キャンパス
野崎 泰伸 20070916 「価値判断と政策――倫理と経済のダイアローグ」
 障害学会第4回大会シンポジウム「障害と分配的正義――ベーシックインカムは答に なるか」→『障害学研究』
立岩 真也 20070916 「ベーシックインカムは答になるか?」
 障害学会第4回大会シンポジウム「障害と分配的正義――ベーシックインカムは答に なるか」


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■言及

◆立岩 真也 2005- 「家族・性・市場」『現代思想』連載

◇「労働について(これからの予定)――家族・性・市場 9」
 20060601 『現代思想』34-7(2006-6)

「★03 基本所得、ベーシック・インカムという案がある。代表的な著作としてよくあげられるのはParijs[1995](近く齊藤拓による訳書が刊行 される予定)、翻訳が出ているものとしてFitzpatrick[1999=2005]。日本では、書籍として小沢[2002]、論文では宮本 [2002]、山森[2002][2003]、小沢[2004]、齊藤[2005]。他に例えばCallinicos[2003=2004:181- 182]に「過渡期のプログラム」の一つとしてあげられている。南アフリカ共和国での試みについて牧野[2002]、フランスについて都留[2004]。 一国単位の制度からの拡張の可能性についての議論の紹介として齊藤[2004]。また一括給付金を与えようという資産ベース政策、それとベーシック・イン カム政策との異同について齊藤[2006a][2006b]。
 注(2)との関連では、ベーシックインカムを主張する人たち(のある部分)は、「働かない権利」を主張するという。Parijs[1997]の表紙には サーフィンをする人の写真があって、働かず(金を稼がず)一日サーフィンをしている人であってもベーシックインカムは受け取れるのだいうメッセージだとも いう。そしてそれが批判の論点になってもいるようだ。どのような意味で「働かない権利」が言われているのか。注に私が記したことにどのように対しているの か、あるいは対していないのか。検討してみたいと思う。
 さらに、こうしたアイディアはとくに最近現われたのでないことも、当たり前のことなのだが、確認しておく必要はある。つまり、どれほどの理屈が上乗せさ れていたかは別として、みなが暮らせるだけの所得保障をという主張はずっとあったのであり、それをことさらに新しいものとして取り上げることは恥ずかしい ことだと言うべきだろう。例えばフェミニズムとの関連では小倉・大橋編[1991]における小倉の提起。またここでは、人間の活動はすべて労働だと言って しまうという方向と労働に重みを置くことをやめようという方向と、実際にはあまり変わらないところもあり、また同時に差異もある二つの言い方がなされたの でもある。このことについても過去の議論を検証し、考えておく必要かある。」

◇撤退そして基本所得という案――家族・性・市場 11
 20060801 『現代思想』34-09(2006-08):008-020

□別の話を割り込ませることについて
□個人賃金制という案
 引用:小倉[1991b:108]
□みなが労働者であるという主張
□個人賃金制の構想
□「社縁社会からの総撤退」について
□予告
 ヴァン=パレースが、福岡で開催された国際政治学会の大会に招待されたついでに、7月7日に立命館大学にやってきたので、彼が書いていることについてい くつか疑問をまとめることになった。そもそも、そんなことがあったために予定を変更したのだった。しかし、結局、その前段で、似ているところもあり、また 違うところもあるようである議論をすこし紹介して、今回は紙数が尽きることになった。そのときに作った文章はホームページに掲載しているからそれをご覧い ただけばと思う。論点は大きくは三つある。
 一つは、政治が関係する分配政策としては基本所得だけでいくのか、それがよいのかである。私は生産財の分配、労働の分配、そして所得の分配と三本立てが よいと考えている(立岩[2002][2004][2005])。どちらがよいのか。
 一つは、「労働の義務」についてである。「働かない権利」という主張は、最初の部分に記したように、また小倉や加納が撤退の主張において述べたように、 わかる話ではある。またリベラルな立場から「生き方の自由」という標語のもとに主張される。ならばそういうことにしておいてよいのか。
 もう一つは、一律の基本所得という考え方からは、個々人の境遇の差異への対応は肯定されるのか、肯定されるとしたらどの程度肯定されるのかという問題で ある。私はそれこそが肯定されるべきだと考えるのだが、基本所得論者はそうでもないようだ。そしてこのことに関わってヴァン=パレースは不可解、と私には 思える、議論をしている。
 以上についてこのたび作った文章を書き直し、書き足すことから次回は始まるはずである。

 「以下は『働く/働かないフェミニズム――家事労働と賃労働の呪縛?!』(小倉・大橋[1991])という本などをとりあげた前回の続きでもある ★01。「個人賃金制」といった案もあったことを紹介した。それは「ベーシック・インカム」(以下「基本所得」)という案をどう考えようかという主題にも 関わっていた。その案は、無条件に同じだけの基本所得を支給するという案である。もちろん、その「基本」とはいったいいくらのつもりなのか、とまず最初に 思うだろう。そして私は、三つのことが気になった。一つは、分配は所得の分配に限られるのかということ。私は、その他に生産財の分配と労働の分配が必要だ と考えている。一つは、労働の位置づけ。労働の分配という点で一つ目にも関わるが、とくに労働の義務について。一つは、個々人の境遇の差異に応じた分配を どう考えるか★02。今回はその二番目について私はどう考えるか、ごく基本的なところを述べる★03。それも、結局は家族や性別分業の現在からその先を見 てみようという作業にとって、考えておくべき課題である。」

□義務は与えられる

 労働の義務について、おおまかなことは、この連載の第9回(6月号)の注に簡単に記し、さらにそれにすこし書き足して、『希望について』(立岩 [2006a])に再録した「ニートを生み出す社会構造は」(立岩[2005])に付した新たな注とした★04。ただ、そこでは、実際の政策としては就労 を要求する必要はない、むしろ現今の状況の下ではすべきでないことを主に述べた。ここでは、もうすこし基本的なところから述べる。論の範囲はずいぶんと広 がってしまう。迂遠なことのように思われるだろうが、それでもひとたびは必要ではあろうと考える。
 まず基本所得の主張との関係から。基本所得は(働けない人だけではなく、働くことができても)働かない人にも支給される。だから、それは働く義務を否定 していると受け止められることがある。もしかするとこの政策を主張する本人たちもそう思っているかもしれない。しかしそんなことはない。義務は基本所得の 主張そのものの中にある。まず誤解を解くことから始めよう。
 基本所得を主張する人たちは、それを受け取ることは権利であると言うだろう。とすれば、既に、受け取られるものを提供するのは義務である。このような意 味で、基本所得を支持する人たちも義務を認めている。でなければ税金を使った基本所得は成立しない。
 このことは社会的給付を認めるすべての主張について言えることである。人の権利を認めることは、その権利を認める義務が人々に課されることである。人が 生きる権利があることは、生きることを可能にする義務があるということである。生存・生活のために消費は必要であり、そのために生産は必要であり、労働は 必要である。これは自明である。生存が権利であるなら、その手段としての労働は義務だと言える★05。
 もちろん、実際には強制することなく、例えば自発性によって、必要なだけが得られることはありうる。そしてそれはよいことであるかもしれない。しかしこ のことは、義務は義務としてあることを否定するものではない。そのことは現実に強制を発動する必要がないことを言うだけであるからである。現実の条件が変 われば、現実に義務を課すこともなるだろう。また、一部の人たちの自発性によって必要が満たされたとして、ではそれ以外の人たちに義務がないと言えるかと 考えると、そうではないとも言いうる★06。
 以上を基本所得という政策を主張する人は認めざるをえない。ただ、その人たちは、労働を強制しているのではなく、働いて何かを生産した場合、収入を得た 場合に、その一部を拠出すべきだと主張しているのだと言うだろう。そしてこれは、私もリバタリアンの批判に関説して述べたことでもある(立岩[2004: 43])。しかし、ただそのことを言って終らせることもできない。たしかに徴税は狭い意味での強制労働ではないにしても、強制ではある。これを含めて考え ておく必要がある★07。

□どの範囲にある問題なのか
□1・離せないもの★08
□2・負荷
□特定された行為の義務はあまり課される必要がない
□義務としてなされると無効になる行ない
□他人に役立たないもの/必須であるもの

◇ワークフェア、自立支援・3――家族・性・市場 17
 20070201 『現代思想』35-2(2006-2)8-19
□復習
□権利と義務の割り振りという問題
□仕事を課すこと/褒美を与えること
□褒美に釣られない人のこと
□苦労できない人にとっての迷惑
□決定的な手段はない

★03 立岩[2001a→2006:177-178]でこのことに言及している。そしてそこでは、これが所得保障だけでなく、既存の労働市場への参入が 阻まれている人が労働を求める理由の一つであり、所得の分配だけでなく労働の分配が正当される理由の一つであるとした。
 それは基本所得(ベーシックインカム)(昨年十二月号の特集では堅田・山森[2006])に関連して述べたことの一つでもある。私は所得の分配とともに 生産財と労働の分配があってよいと考える。
 他に、一人ひとりの違いに対応して保障は一律であるべきではないということが一つ。この主題はVan Parijs[1995]でも論じられているが、その論には奇妙なところがある。立岩[2006b]でこのことにすこしふれた。
 そして、いま記したことも含め、社会的分配は、個別主義から逃れることはできないし、逃れるべきでもなく、逃れられるふりをするべきでもないというのが 一点。
 そしてもう一つ加えると、やっかいな問題として、私的扶助・扶養、贈与という契機にどう対するかがある。

□□労働を得る必要と方法について――家族・性・市場 18
20070301 『現代思想』35-3(2007-3):8-19

□全体の中に位置づけて見るべきこと
……

★02 これは基本所得を正当化する論ともなる。働いている人たちには収入以外に様々な余禄がある、上乗せがある。そして、たんにそれを得ているというの ではなく、職を独占し、そのことによってその特権を他を排除して享受している。だから、働かない者が基本所得を受け取るとして、働いている側の人たちはそ う文句を言ってはならない。このように主張するのである。

◇「技術について――家族・性・市場 19」
 20070401 『現代思想』35-(2006-4):

□復習等
□技術



 社会政策、社会保障政策に比較的詳しい人たちの書くものにおいては、さすがに、基本的な問題が所得保障政策そのものであることは自覚されている。例え ば、既存の制度に代えて、基礎年金を税による拠出による制度にして、あとは民営化するといった方策が検討される、あるいは推奨される。そして、これは今ど きの意味において「構造改革」を主張する人たちにもある意見であるが、「基本所得」の主張とも親和性を有する。そして私の見解もそれに近い。ずいぶんと違 うはずの人たちが、同じものを支持していることになる。「新自由主義」を熱心に支持している人と、それに熱心に反対している人の差異がよくわからなくな る。
 では実際に違いはないのかといえば、そんなことはない。基本的な問題は、その「基本」をどこに設定するのか、そしてそのための資源を誰からどんな割合で とってくるのかである。たんなる数字の問題とも見えようが、また実際にたんなる数字の問題なのだが、これはまったく重要な論点である。もし、たとえば「基 本所得」を主張したい人たちが、「セーフティ・ネットは必要だ」という人たちのある部分と違うことを主張していると言いたいのであれば、むろん一つに給付 の「無条件性」を言うのだろう――これは吟味・検討すべき論点であり、私が考えることは以前述べた――が、それ以外にどのような違いがあるのかを言わねば ならないということである。そしてその上で、他の政策についてどんな態度を取るかである。

◆立岩 真也 2009/12/01 「ベーシックインカムという案について――家族・性・市場 49」,『現代思想』37-15(2008-12):  資料,

◆立岩 真也 2010/01/01 「ベーシックインカム・2――家族・性・市場 50」,『現代思想』38-02(2009-02):  資料,

◆立岩 真也 2010/02/01 「ベーシックインカム・3:「非優越的多様性」――連載 51」,『現代思想』38-02(2010-02):  資料,

◆立岩 真也 2010/03/01 「差異とのつきあい方――連載 52」,『現代思想』38-03(2010-03):26-35

堀田 義太郎 2010/03/08 書評「ベーシック・インカム構想を通して社会政策の課題を考える」,『インパクション』 173号,pp. 197-

◆立岩 真也 2010/04/01 「差異とのつきあい方・2――連載 53」,『現代思想』38-04(2010-04):-

 *立岩の連載第49~53回については、加筆の上、下記の本に収録されました。お読みいただければ幸いです。

立岩 真也齊藤 拓 2010/04/10 『ベーシックインカム――分配する最小国家の可能性』,青土社,ISBN-10: 4791765257 ISBN-13: 978-4791765256 2310 [amazon][kinokuniya]  ※ bi.


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■新型コロナウイルスとベーシックインカム

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■関連サイト

日本語

ベーシックインカム日本ネットワーク
ベーシックインカム・実現を探る会
ベーシック・インカム友の会
新党日本
時代塾BBS
Wikipedia日 本語
国 会会議録検索システム
   :「ベーシックインカム」で検索すれば、結構いろんな人がいろんな角度で質問しているのがわかります。

英語

◆Wikipedia英語
◆Basic Income Earth Network:BIEN(Basic Income European Networkより改称)
http://www.etes.ucl.ac.be/BIEN/Index.html
●BIEN小史 
●世界大会(World Congress):[外 部リンク]報告ペーパーなど
Basic Income Studies(BIS)
       :「ベーシックインカムおよび同種の政策に特化した初の学術ジャーナル」:全文入手可能
●BIENの傘下団体(内容の充実しているものに限定)
 ◆The U. S. Basic Income Guarantee Network(USBIG)
  http://www.usbig.net/
   ●ニュースレター
   ●ディスカッションペーパー
 ◆Universal Basic Income New Zealand(UBINZ)
  http://www.geocities.com/ubinz/
 ◆Basic Income/Canada (BI/C)
http://www3.sympatico.ca/francislerner/
◆Citizen's Income Trust(CIT)
http://www.citizensincome.org/index.shtml
:英国を中心のBI論壇;BIENとの連携も盛んだが,より政策志向の印象がある;英国の現行制度を前提に議論がなされているものが多い;年金政策の充実 を突破口にしてBI(CI)的な制度を目指そうとしている。ニュースレター(The Citizen's Income Newsletter)も充実の内容。
◆Basic Income Grant Coalition http://www.big.org.za/index.php?Itemid=1
:BI導入を目指す南アフリカのNPOであり、HIV対策などにも積極的に関与している。なお、南アのBI動向については牧野久美子氏の諸論稿に詳しい (『海外社会保障研究』の論文はウェブで入手可能です。)

政党

◆ViVant(Belgium)
http://www.vivant.org/site/en/home/
◆the Green Party of Canada
http://www.greenparty.ca/
◆The Green Party of Engl and Wales
http://www.greenparty.org.uk/
◆De Groenen (The Netherlands)
http://www.degroenen.info/
◆The Scottish Green Party
http://www.scottishgreens.org.uk/site/1/Home.html
◆The New Zealand Democratic Party
http://www.democrats.org.nz/Policy/GuaranteedBasicIncomeGBI/tabid/87/Default.aspx
参考
「党によるBIの扱い:概要」(齊藤 拓作成)
  http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/d/b03p.htm

Stanford Encclopeda of Philosophy
「ソーシャル・ミニマム」に関する詳細な記述。Van Parijs 1995(Real freedom for all: what (if anything) can justify capitalism?, Oxford University Press)によるBIの規範的な正当化がなされた「リベラルな平等主義」が現代の政治哲学においてどのような文脈に位置づけられるかがわかります。


*作成:齋藤 拓立岩 真也
UP:2004 REV:20041102,1207 20060410 20070713, 0831, 0902, 1115, 20081210, 20090914, 1210, 20100122, 24, 0201, 17, 0310, 15,0417, 0602, 0610,0612, 0824, 0923,1028, 20110528, 20120331, 20200601(今井 浩登), 20200619(今井 浩登), 20200714(今井 浩登
事項  ◇Social Policy  ◇生存・生活 
TOP HOME (http://www.arsvi.com)