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認知症/安楽死尊厳死/精神病院/…


last update:20150130

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 ※以下作成始めたばかり(2015.1.28)。

ぼけ・ぼける・呆ける・痴呆・認知症
老い
精神障害/精神医療

認知症と精神病院/精神医療

 ※これから(新しい)情報を掲載していきます。

病棟転換型居住系施設
精神障害/精神医療:2014
精神障害/精神医療:2015
日本精神科病院協会

◆立岩 真也 2015/10 『精神病院体制の終わり――認知症の時代に』,青土社 ISBN-10: 4791768884 ISBN-13: 978-4791768882 [amazon][kinokuniya] ※ m.

◆立岩 真也 2015/11/01 「今般の認知症業界政治と先日までの社会防衛 連載 117」『現代思想』43-(2015-11):-

◆高木 俊介 2015/09/30 「白雪姫の毒リンゴ、知らぬが仏の毒みかん――新オレンジプランと認知症大収容時代の到来」『精神医療』4-80(155)

◆立岩 真也 2015/03/01 「認知症→精神病院&安楽死(精神医療現代史へ・追記12)――連載 109」『現代思想』43-(2015-3):8-19

◆浅川 澄一 [福祉ジャーナリスト(前・日本経済新聞社編集委員)] 2015/02/04 「認知症になると精神科病院に連れて行かれる?――「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)」が描く逆行ケア」
 『DIAMOND online』
 http://diamond.jp/articles/-/66183

 「「…]
□「精神科病院」の関与が大きくなった認知症施策
 1月27日に政府が発表した「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)」[…]厚生労働省が2013年度から現在も進めている「認知症施策推進5か年計画(オレンジプラン)」に代え、この4月から着手する。
 昨年11月に開かれた国際会議「認知症サミット後継東京会議」の場で、安倍首相が「初めての国家戦略として認知症施策を作る」と大見得を切り、急遽、練り上げることになった。内閣官房や農林水産省、国土交通省、警察庁など10府庁の共同作成と謳い、国を挙げて取り組む姿勢を見せている。大がかりな舞台仕立てで、「拙速」の声を封じ込めた。
 […]柱の2番目「認知症の容態に応じた適時・適切な医療・介護等の提供」の中で、精神科病院に関わるところが劇的に大変わりしている。7日の当初案が、自民党関係者に説明している間に手が入り、27日の正式文書となった。
 日本の精神科病院は、かねてから諸外国と比べて、その「異常性」は指摘されてきた。ベッド数があまりにも多いことだ。OECD諸国は人口1000人あたり1床以下がほとんどだが、日本は2.8床もある。3倍近い。
 […]
 精神科の治療が必要な人と認知症高齢者は、同居家族を悩ます類似した症状が出て来ることがあるが、基本的には異なる対応が求められる。認知症高齢者の中には、一時的に薬剤投与を必要とされることはあるが、長期的に見れば本来の居場所ではない。これが欧米の定説である。

□精神科病院で適切な認知症ケアは行えるのか?
 精神科病院では、法律(精神保健及び精神障害者福祉に関する法律)によって入院患者への行動制限が認められている。ベッド上で手足をベルトやひもで固定したり、車椅子に乗っている時に腰をベルトで抑えてしまう。抑制と呼ばれるが、実態は拘束である。
 一方、2000年に始まった介護保険制度では、虐待につながる拘束を禁止しており、原則として「抑制」は認められない。生命にかかわるなど緊急措置として、十分検討されたうえでなら、という例外規定はある。現場では原則論が行き渡り、様々な工夫をすることで拘束を回避する努力が成されている。
 この基本的な認識、取組みの違いは大きい。画一的な処置に走りがちが病院の中で、個別ケアを必要とされる認知症ケアが十分行われるかは疑問視される。
 悪化した臓器の再生を第一の目的とする病院の目的は「医療モデル」と呼ばれ、生活の質(QOL)を最優先させる介護の世界の「生活モデル」との両立は難しい。高齢者介護の分野では、医療モデルから生活モデルへの転換を目指す動きが近年急速に高まり、医療者の中にも在宅医療を手掛ける医師たちから、自宅や地域での生活の継続性を重視する考え方が広まりつつある。
 だが、日本では医療への「盲目的な信仰」が根強い。介護保険業務に携わる専門職の間にもその傾向がある。要介護度が高まれば、自宅から施設へ、さらに施設から病院へという「思い込み」からなかなか抜け出せない。
 認知症高齢者が引き起こす「暴言」「徘徊」「異食」などに、認知症ケアへの理解のない家族が一日中生活を共にするのは相当の困難を伴う。相談相手のケアマネジャーやかかりつけ医が、認知症ケアへの理解が浅いと、その指示で精神科病院に駆け込んでしまう。
 その病院内での対応法を見ると、「やむを得ずとはいえ……」と深い悩みを抱え込まざるを得ない。「抑制」を当然視する精神科病院と認知症高齢者の関わり方を国家戦略として、どのように位置づけるかは大きな課題。
 […]
 新オレンジプランでは精神科病院についてどのように位置づけられたか。1月7日の当初案では、これまでの認知症ケアの経緯を踏まえた、それなりの内容であった。27日の正式プランと読み比べてみる。

□正式決定された「新オレンジプラン」は疑問だらけ
 正式決定された27日の新オレンジプランでは、精神科病院は「専門的医療サービスを集中的に提供する場」であり、「慢性の行動・心理症状(BPSD)等においては長期的に専門的な医療サービスが必要」と記す。
 1月7日の当初プランでは、同じ個所で「専門的医療サービスを短期的・集中的に提供する場」であり、「長期的・継続的な生活支援サービスを提供する介護サービス事業所や施設と、適切に役割分担が成されることが望まれる」とある。
 両者の違いは明白だ。7日版にあった「短期的」が27日版では削除。「長期的」なかかわり方も変更された。7日版では、介護サービス事業所や施設に「長期的」生活支援サービスを任せると「役割分担」を提唱していたのに、27日版では、精神科病院の業務として「長期的」を含めた。
 精神科病院は「短期的・集中的」に医療サービスを提供し、生活支援サービスを担う介護事業者が「長期的・継続的」に関わるべき、と7日版ではもっともな住み分けを主張。「医療モデル」を長期的に継続させる27日版。「医療サービス」を終えたら早々に「生活サービス」に切り替えるべきとする7日版。
 前述の「基本的な考え」で唱えた「住み慣れた環境」にできるだけ早く戻るのが高齢者施策の土台であり、その目指すべき目標の「地域包括ケア」に沿った考え方だ。
 ところが、27日版では、逆に「短期も長期も」精神科病院の出番だと言わんばかり。認知症高齢者の長期入院を受け入れている現状をそのまま肯定した。
 精神科医療の役割を重要視し、より強調するため加筆もされた。7日版で「精神科や老年科等の専門科による、医療の専門性を活かした介護事業所等への後方支援が重要である。」と、「後方支援」を役割とした。
 それが27日版になると「…介護事業所等への後方支援と司令塔機能が重要」と、「司令塔機能」が加わった。後方支援と司令塔では大違いである。文字通り、後ろから支える立場だったのが、指揮命令権まで持つと変わった。医療が介護事業者より優位に立ちかねない表現だ。
 逆に、7日版からの削除もある。精神科病院のあり方に釘を刺すところだ。「精神科医療は、機能や体制が具体的に『見える化』され、地域からみて、一層身近で気軽に頼れるような存在になっていくことが求められる」と願望した。
 遠隔地からの入院者が多く、地元と疎遠な病院に対して「見える化」を促した。「地域包括ケア」の舞台で生き残るには、当然のアドバイスと言えよう。当事者には、触れられたくないのだろうか。だが、削除するとは。呆然となる。

□なぜ、精神科病院の存在感が高まったのか
 そして決定的な変更もある。7日版で「…精神科病院等からの円滑な退院や在宅復帰を支援する」としていたが、27日版では「医療機関・介護施設等からの退院・退所や在宅復帰を支援する」と変わったことだ。
 精神科病院は退院すべき病院という印象が強かった7日版。欧米並みの基準に近づけようとした表現だ。これに対して、27日版では、介護施設も加えて、一般的な「脱病院・脱施設」へとイメージが拡散してしまった。
 これだけ、書き換えが重なると認知症ケアへの見方も変わらざるを得ない。認知症ケアにとって精神科病院が重要と「納得」させられてしまう。入院を勧められても、疑問を抱かなくなりそうだ。
 「時代錯誤も甚だしい」「40年以上前の『恍惚の人(有吉佐和子作)』への逆行」という批判が介護関係者から上がるのも当然だろう。
 では、どうしてこのようなドラスチックな変更が起きたのだろうか。それも、時計の針を逆回転させるような方向に変わったのか。厚労省の担当部局が自らの意志だけで動いたとは思えない。
 ヒントはある。旧オレンジプランのスタート台になった厚労省の認知症リポート、2013年6月18日の「今後の認知症施策の方向性について」に日本精神科病院協会が反論した事件である(詳細は連載第10回)。「精神科病院の関与なくして認知症施策は成り立たない」とする同協会が何らかの「圧力」をかけたと想像するのは容易い。これだけ、精神科病院の存在を高める方向に向かったのだから。
 だが、日本独特の風習である「根回し」を考慮すれば、関連業界団体が7日版の発表前に知らされていないことは考え難い。国会議員からの相当な介入があった、とも言われる。本当だろうか。
 首相が国際会議の場で高らかに宣言した初の国家戦略である。国際公約である。政府首脳の意向が反映されないはずはない。いずれ真相が明らかにされるだろうが、舞台裏での「暗闘」は続きそうだ。」

◆2015/01/27 認知症国家戦略/急ごしらえ、実効性に疑問
 共同通信 2015/01/27→『東奥日報』2015/01/27
 http://www.toonippo.co.jp/tokushuu/danmen/danmen2015/0127_2.html

 「文面作りでは、長期入院の弊害が指摘される精神科病院の役割を強調。背後には病院団体の意向を受けた自民党議員らの巻き返しがあったとされ、「住み慣れた地域での自分らしい暮らし」の実現を懸念する声も上がる。」
 「[…]▽矛盾
 国家戦略策定の最終盤に、最も多く文言の修正が入ったのが精神科病院をめぐる記述だ。「入院も(医療、介護の)循環型の仕組みの一環」「長期的に専門的な医療が必要となることもある」などが追加された。厚労省幹部は「自民党議員から病院の役割をもっと盛り込むよう要望があり、修正した」と明かす。
 日本では、精神科病院に入院する認知症患者が約5万3千人に上り、そのうち約3万人は1年以上の長期にわたる。先進国では異質な状況で、国際機関から改善を求められている。
 文言の修正には病院経営への配慮がにじむ。各国の戦略に詳しい東京都医学総合研究所の西田淳志(にしだ・あつし)主席研究員は「日本の戦略は当事者の視点を重視するという理念をうたっているが、旧来の『サービス提供者中心』の考え方も肯定しており、矛盾がある」と苦言を呈した。」

◆厚生労働省 2015/01/27 「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)――認知症高齢者等にやさしい地域づくりに向けて」
 http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000072246.html

 「(4)行動・心理症状(BPSD)や身体合併症等への適切な対応
 (循環型の仕組みの構築)
○認知症の人に行動・心理症状(BPSD)や身体合併症等が見られた場合にも、医療機関・介護施設等で適切な治療やリハビリテーションが実施されるとともに、当該医療機関・介護施設等での対応が固定化されないように、退院・退所後もそのときの容態にもっともふさわしい場所で適切なサービスが提供される循環型の仕組みを構築する。その際、入院・外来による認知症の専門医療も循環型の仕組みの一環であるとの認識の下、その機能分化を図りながら、医療・介護の役割分担と連携を進める。認知症を含む精神疾患は、医療計画に位置づけられていることを踏まえ、都道府県は地域における医療提供体制の整備を進めることとする。
○介護現場の能力を高め、介護で対応できる範囲を拡げるためには、精神科や老年科等の専門科による、医療の専門性を活かした介護サービス事業者等への後方支援と司令塔機能が重要であり、その質の向上と効率化を図っていく。具体的には、精神科病院等が介護事業所等と連携する、あるいは地域のネットワークに加わり、介護職員や家族、認知症の専門科ではない一般診療科の医師等からの相談に専門的な助言を行ったり、通院や往診(通院困難な場合)等により適切な診断・治療を行ったりすることが必要である。」


 *「前史」

安原 荘一 2003/11/10 「日精協の『政治献金』問題について」『精神医療』4-32(107):26-38

中山 研一 20050531 「日精協の政治献金」,『中山研一の刑法学ブログ』http://knakayam.exblog.jp/1931374/

七瀬 タロウ(安原 荘一) 2006/01/10 「精神科医療の事件ファイル 第4回 日精協政治連盟の『政治献金』問題のその後――『同様な行為を再び行』い始めた日精協」『精神医療』4-41(116):93-5.

◆七瀬 タロウ(安原 荘一) 2006/01/21 「日精協の「政治献金」年表(公開・転送歓迎)」
 http://blogs.yahoo.co.jp/taronanase/23275996.html

◆2010 日本精神科病院政治連盟による政治献金報告書(平成21年分)
 http://www.yuki-enishi.com/ninchi/ninchi-27.pdf

◆山崎學 2012/01 「Japan as No.1」(巻頭言)、『日本精神科病院会雑誌』2012-1
 http://www.nisseikyo.or.jp/opinion/kantougen/597.html
 引用→日本精神科病院協会

◆厚生労働省認知症施策検討プロジェクトチーム 2012/06/18 「今後の認知症施策の方向性について」
 http://www.mhlw.go.jp/topics/kaigo/dementia/houkousei.html

◆日本精神科病院協会 2012/07/26 「「今後の認知症施策の方向性について」の反論」
 http://www.nisseikyo.or.jp/admin/ippan/03opinion/02teigen/2012/120726.pdf

◆厚生労働省 2012/09/05 「認知症施策推進5か年計画(オレンジプラン)」
 http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000002j8dh.html

◆山崎學 201302 「正念場」(巻頭言)、『日本精神科病院会雑誌』2013-2
 http://www.nisseikyo.or.jp/opinion/kantougen/532.html
 引用→日本精神科病院協会

 「民主党政権下において、日本精神科病院協会は野党になった自由民主党の先生方と、「精神医療保健福祉を考える議員懇談会」を通して地道に精神科医療提供 体制に関する議論を重ねてきた。今回、精神科医療について理解と見識を兼ね備えた先生方が、安倍内閣で重要な役職を務めることになった。
 安倍晋三内閣総理大臣、田村憲久厚生労働大臣、根本匠復興大臣、山口俊一財務副大臣、鈴木俊一外務副大臣、菅原一秀経済産業副大臣、衛藤晟一内閣総理大 臣補佐官、加藤勝信内閣官房副長官、鴨下一郎国会対策委員長、福岡資麿厚生労働部会長と、これまでの日本精神科病院協会の歴史にないような豪華な顔ぶれが 政府・自由民主党の要職に就任している。また、日本精神科病院協会アドバイザリーボードメンバーである飯島勲先生と丹呉泰健先生が、内閣官房参与として参画されている。頼もしい限りである。」

◆2013/04 「「認知症者」は精神科のドル箱――精神病院に幽閉された認知症者が5万3千人も。欧米と真逆の「治療」がまかり通る理由。」
 『FACTA』2013年4月号
 http://facta.co.jp/article/201304054.html
 2月22日の産経新聞朝刊に目立つ訂正記事が載った。「15日付の国際シンポジウムの記事中、フランスの精神科病院入院が10万人未満とあるのは1千人未満の誤りでした」というものだ。
 問題の15日の紙面は、1月29日に開かれた「認知症国家戦略に関する国際政策シンポジウム」の模様を伝えていた。英、仏、オランダ、デンマーク、豪州の5カ国から招かれた認知症の政策担当者や支援団体の代表が発表。仏代表が「アルツハイマー病患者のほとんどは在宅で暮らす。10万人未満が精神科病院にいるが、入院期間は2カ月程度」と述べた、との記載だったが、それがなんと100分の1の1千人未満だったのだ。
 訂正掲載は当然として、そもそも、この国際会議で各国が強調したのは「脱病院」と「脱抗精神病薬」だった。「認知症は精神疾患ではない。患者の暴力行為はケアが不適切だから起こる。精神科病院での長期入院は止める ………
 […]厚生労働省内の、ケア主導の生活派と治療第1の医療はの対立はいまに始まったことではない。2012・6.18の認知症政策転換報告は、いわば生活派のクーデターだった。しかし、医療派の政治力で、事務次官最有力候補の生活派のエース、山崎史郎氏は他省庁に追いやられた[…]」

◆山崎 學先生 2014 「進む精神科医療の機能分化と地域移行の流れ――これからの精神科病院が進むべき方向とは」
 『メディカル・パートナー』(大日本住友製薬)
 https://ds-pharma.jp/gakujutsu/contents/partnering/pass/72_01.html

◆2014/12/08 「精神科病院の今後、人口推計から判断を――日精協・山崎会長 」
 『CB news』
 http://www.cabrain.net/management/article.do?newsId=44411

 「[…]地域移行が進めば、結果として精神病床が減るとされるが、日本精神科病院協会(日精協)の山崎學会長は「慌てて病床削減しない方がいい」と警鐘を鳴らす。[…]急増する認知症患者に対応するためには、「最初は専門科が診断し、その後はプライマリケア[…]」

 *立岩

立岩 真也 20131201 「『造反有利』はでたが、病院化の謎は残る――連載・96」,『現代思想』41-(2013-12):
 □増えたこと減らないことについて
 「それより、二つめに、いったん精神科、精神病院の経営から利益を得ることが可能になると、その状態を手離さないといったことが起こった。それはときに、やがて、病院であったり医療であったりする必要も、すくなくともそれらだけである必要もなくなる。例えば「中間施設」であったりしてもよい。お客の層が変わってもよい。もう長く、その層として注目され期待されており――そのことは後で出てくる「日本精神科病院協会」の近年の動きを見てもはっきりしている――実際に増えているのは認知症の高齢者である。
 二つめとしたこのことがずいぶん大きな部分を占めているように思う。[…]」

立岩 真也 2014/05/01 「精神医療現代史へ・追記2――連載 99」『現代思想』42-8(2014-5):8-21

 「まず現在について、後で取り上げる十全会病院に関わる記述もさしはさみながら、どんなことになっているかの概略を述べる。
 次に、拙著『造反有理――精神医療現代史へ』(立岩[2013c]、以下この本の頁については【 】で括って表示する)に記したことを確認しておく。[…]
 □現在:認知症高齢者
 まず現況について(状態を規定するものの全体については前掲拙著第5章等)。一つ、実際を大きく規定しているのは、精神医療を供給する側(病院・経営者)の利害である。幾度も言ってきたが、医療者(供給者)は常に医療を提供したいわけではない。提供して益があるときに提供する。
 ただ、その利害だけで動くのでもない。もう一つ、それに呼応するもの、前段に述べたものを許容し、ときに積極的に求めてしまう動因がある。つまり、負担・害を避けたい、避難したいのである。「社会防衛」と言われると他人ごとのようだが、そして実際本人にとっては他人ごとのこともあるのだが、その他人たちとはたいがいの私たちでもある。
 […]一つめの続き。現在を規定している供給側の動きは、第一に認知症の高齢者の取り込みとして現われている【353】。それが誰にも気がつかれるようになったのことは比較的近いことかもしれない。そして現在のずいぶん大きな部分を占めている。ただそれは相当に以前から始まっていることでもある。十全会はその先駆的な組織であってきたことを後で記す(ロボトミー手術で問題にされた病院の幾つかもそうだった【162】)。」

 ※他にも記述あり、というより京都十全会病院について書くことから始めたこの「追記」 全体がこの主題に関わっている。

◆石井知行 2014 「理事長挨拶」,『知仁会だより』129 

 「7月1日、参議院厚生労働委員会視察がありました。国会議員団は石井みどり委員長を始めとして各政党から1人の代表が来院されました。厚生労働省からは、二川官房長以下老健局、医政の幹部などの方々、及び参議院からは委員部、調査室の幹部などの方々、及び広島県健康福祉局長及び議長などの方々が随行されました。また、読売新聞記者も同行取材され、メープルヒル病院の療養環境の良さに驚いたと感想を頂戴いたしました。井門先生が認知症についての医学的説明と認知症疾患医療センターについて説明し、私が現在当院で行っている認知症の重度別病棟機能分化及び循環型医療介護推進事業について説明しました。また、厚生労働省の政策立案が思いつきでなく、根拠をもって科学的になされるべきであることを主張し、一定の理解が得られたように思いました。懇親会は広島において行われ、県知事、県議会長も参加されて和やかにとり行わました。政策の中枢にある方々に現場を視察して頂き、現場からの意見を聴取して頂いたことは、非常に有意義であったように思いました。」


高齢者・認知症と安楽死尊厳死

日本尊厳死協会と認知症
障害者運動と安楽死尊厳死
安楽死尊厳死:2015
安楽死尊厳死:米国
安楽死尊厳死


■新着

◆立岩真也 2015/03/01 「認知症→精神病院&安楽死(精神医療現代史へ・追記12)――連載 109」『現代思想』43-(2015-3):8-19

児玉 真美 2015/02/20 「オランダの医師の3割が認知症、精神障害、「もう生きてたくない」への安楽死に容認姿勢&機動安楽死チームへの要望は急増中」
 http://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara2/64503802.html

児玉 真美 2015/01/28 「認知症リスクの高い人が「先制的自殺」をする自己決定権を尊重せよ、と米の生命倫理学者」
 http://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara2/64468534.html

児玉 真美 2015/01/28 「認知症の人にも事前指示書でVSED自殺を(米)」
 http://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara2/64468462.html

◆2015/01/27 「認知症施策推進総合戦略〜認知症高齢者等にやさしい地域づくりに向けて〜(新オレンジプラン)」
 http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000072246.html

「第2.具体的な施策
  2.認知症の容体に応じた適時・適切な医療・介護等の提供
  (6)人生の最終段階を支える医療・介護等の連携..
○人生の最終段階にあっても本人の尊厳が尊重された医療・介護等が提供されることが重要であり、その在り方について検討を進める。特に認知症の人には意思能力の問題があることから、例えば延命処置など、将来選択を行わなければならなくなる場面が来ることを念頭に、多職種協働により、あらかじめ本人の意思決定の支援を行っておく等の取組を推進する。」

児玉 真美 2014/11/19 「C&Cで100人以上の餓死自殺(VSED)を手伝った70歳の看護師(NY)」
 http://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara2/64364573.html

児玉 真美 2014/11/18 「高齢者は入院時にスクリーニング&トリアージ、「余命1月なら他のサービスへどうぞ」?」
 http://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara2/64467324.html



◆Kivorkian, Jack 1991 Prescription Medicine: The Goodness of Planned Death, Prometeus Books, New York=19990305 松田和也訳,『死を処方する』,青土社,362p. [amazon][kinokuniya]
 ※ et.〈T:129,V:○〉

 「自殺幇助を始めて1年後に出た本で、この本自体で安楽死について書かれているのは全17章中の第13章以降と、分量的には多くない。1990年の最初のケース(アルツハイマーの初期の状態の女性、Janet Adkins、54歳)のことは第15章に書かれている。」(立岩[2009]*)
*立岩真也 20090325 『唯の生』,筑摩書房,424p. ISBN-10: 4480867201 ISBN-13: 978-4480867209 3360 [amazon][kinokuniya] ※ et.〈W:△〉

◆立岩 真也 2008/09/05 『良い死』,筑摩書房,374p. ISBN-10: 4480867198 ISBN-13: 978-4480867193 [amazon][kinokuniya] ※ d01.et.,

 「自分が意識のない状態になった時に、あるいは知的な状態が変わってこのごろ「認知症」と呼ばれるようになった状態が進行した時に備えて、「事前指示」がなされることがある。これは私のことを決めることだと言えるのか。とくに未来の自分についての予測に基づいた死の決定という場合に、その私については私が決められるという論がいったい成り立つかどうか。成り立たないとも言いうると私は考えているのだが[…]」(立岩[2018])

第1章 私の死
 3 他を害さない私のことか
  2 自分のために自分を決めているという説について
 「安楽死・尊厳死の決定は、将来いざとなった時にという心配、恐れからでなく、確実に到来する事態を思ってのことである場合もある。現に自分が直面している状態があってそれで死を考える人もいる。ただそのような人の場合でも、生きていれば先に続く未踏の状態を想定し想像し、恐れ、それを回避しようとしている。決定は常に未来についての決定である。
  「末期」のあり方を事前に決めておくことは「事前指示(advanced directives)」などと言われて、関連の業界・学会ではよく話題にされる。自分の代わりに決める人を指定する場合と、内容を指示する場合とがある。後者について指示する内容は様々でありうるが、実際には、「延命処置」の停止、死の方に向かう指示がそこに大きな部分として含まれる◇11。日本尊厳死協会が長くその普及のために活動してきた「尊厳死の宣言書(リビング・ウィル Living Will)」も、「死期が迫っていると診断された場合」「数カ月以上に渉って、いわゆる植物状態に陥った時」の対応を指示する――といっても法的な効力はないから「宣言」なのだが――文書である。
 このことについて一つ言われることは、人の思いは浮動するものであり、変化するということである。ある時に死のうと思ったとしても、後で気持ちが変わるかもしれない。実際そんなことがいくらもある◇12。それに対し、変化の可能性があることを言っていたらどんな約束も成り立たないではないかと言われるかもしれないが、これには反論できる。これは相手に利益を与えるという契約・交換の約束ではなく、またそのような性格のものであってはならない。もっぱらその人自身の利益のためになされるべきことだろう。だから一度決めたことは変えてならないとは言えない。この反論は聞いてもらえるはずである。だから、事前指示を支持する人たちも、その決定を変更したければ変更できるようにすればよいと言うだろう◇13。
 しかしその時その時に意志の表示が可能なのであれば、事前に意志表示する必要もまたない。だから、事前指示とは、意志を表示できなくなった場合あるいは意思表示がそれとして認められない状態になった場合を想定して存在するものである。一つに、意志はもう存在しないとされるか、一つに、正常な状態における意志の表出でないとしてそのままに受け取られないか、一つに、送信の手段がないために意志を伝えることができないかである。「植物状態」と今でもよく呼ばれてしまう「遷延性意識障害」が一番目のものに入るとされる。「(老人性)痴呆」が改称されて「認知症」と呼ばれることになった状態の中には第二の状態があるとされる◇14。例えば筋萎縮性側索硬化症(ALS)が進行して身体で動かせる部分が減っていって意志を他人に伝えられなくなった場合は第三の場合となる――実際には多く呼吸不全に陥った場合の対応が気にされているのであるだろうが。例えば三番目では、以前しかじかの時になったら自分は死ぬとたしかに言ったのだが、いざそのしかじかの状態になった時に、恐くなった、それでもとの決定を撤回したいと思うのだが、それを伝えることができないといったことが起こる。閉じ込められ、助けを求めているのだが、そして相手がいることがわかっているのだが、それを伝えることができない。そして、そんなことが起こってしまう可能性を含めて、過去に死んでいくことを認めたのは自分であり、この状態を自らが招いたということでもある。これはかなり恐い状況だ。だから、三番目の場合には指示の効力を認めないことにすることも――実際にそんな条件を付したものを私は知らないが――可能ではある。これらのこともまた検討すべきことではあるのだろう。ただここでは、もうすこし基本的なことを考えておきたい。
 認知症になった自分のこと、脳血管障害で意識がなくなった自分のことを予想して、そうなったらこうしようと決める私は、そうなった自分に対して家父長的に振舞っているのではないか。未来にその状態になった私のことをその手前にいる私は決めてよいのだろうか。意識のなくなった私のことを私が決めるとはどんなことだろう。あるいは現在ときっと大きく違う状態になった私のことを私が決めるとはどんなことだろう。それは自分のことを決めることであるのか。自分のことなのだからと自明のことのように語る人、というかそこに問いがあるとは思わず語る人も多々いるのではあるが、すこし考えてみるとこれは自明ではない◇15。
 […]」

『良い死』表紙    『造反有理――精神医療現代史へ』表紙    『生死の語り行い・1』表紙


*作成:立岩 真也
UP: 20150128 REV: 20150129, 30, 31, 0206, 23, 1012, 13
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