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ALS・2012年1月〜3月の報道等

ALS 2012 (English)
ALS

last update:20110130

 *以下、寄せられた情報を掲載。webmaster@arsvi.comまで情報をいただければ掲載いたします。

  ◆ALS・2012
 
新聞記事見出し
◆2012/01/06 「筋肉が動かなくなる難病、ALS発症の一端解明、慶大、脊髄の神経に異常。」
 『日経産業新聞』
◆2012/01/08 「[大図解]広がるBMIの世界 脳と機械がつながる」
 『読売新聞』
◆2012/01/14 「「心に残る医療」体験記 最優秀賞・明石君 難病の祖母と暮らす喜び=大分」
 『読売新聞』
◆2012/01/18 「運動神経の難病ALS、サル使い症状再現 東京医歯大など」
 『日経速報ニュースアーカイブ』
◆2012/01/18 「運動神経の難病ALS、サル使い症状再現、東京医歯大など。」
 『日経産業新聞』
◆2012/01/19 「東京医科歯科大など、サルでALS発症再現、たんぱく質、原因か。」
 『日経産業新聞』
◆2012/01/23 「希少難病iPS創薬に光 筋肉の骨化 疾患再現 京大グループ」
 『読売新聞』
◆2012/01/26 「舟田さんに医療功労賞 難病患者と家族の生活支援=福島」
 『読売新聞』
◆2012/01/26 「大人の細胞をクローン化 羊のドリー「生みの親」、イアン・ウィルムット教授【大阪】」
 『朝日新聞』
◆2012/01/26 「ALS介護訴訟:地裁で結審、4月に判決 24時間介護サービス求め /和歌山」
 『毎日新聞』
◆2012/01/30 「ALSのサル、人工的に作る 東京医科歯科大教授らのチーム」
 『朝日新聞』
◆2012/02/01 「「患者の目線で看護したい」 医療功労賞 舟田さん表彰=福島」
 『読売新聞』
◆2012/02/03 「(人生の贈りもの)ネイチャー・ライター 加藤則芳:5 残された時間、体験伝えたい(62歳)」
◆2012/02/06 「(フォーカス オン)生きることを選んで こだわり、意味を問い…テレビ朝日(11日朝9時55分)ほか」
 『朝日新聞』
◆2012/02/08 「障害者福祉 原則無料化見送り 厚労省案 難病患者も給付対象」
 『読売新聞』
◆2012/02/09 「胃瘻、腹部にチューブ通し栄養剤送る――終末期は慎重に(医療)」
 『日経産業新聞』
◆2012/02/10 「民教協スペシャル:「生きることを選んで」あす放送 難病と闘いながら取材活動継続、テレビマンの姿追」
 『毎日新聞』
◆2012/02/11 「[試写室]「生きることを選んで」」
 『読売新聞』
◆2012/02/16 「県:12年度予算案 主な新規事業 /福岡」
 『毎日新聞』
◆2012/02/16 「iPS細胞の経済学(3)移植医療・難病研究に期待――医療費削減に道(時事解析)」
 『日経産業新聞』
◆2012/02/17 「はがき通信」
 『朝日新聞』
◆2012/02/18 「[放送塔]2月18日(投書)」
 『読売新聞』
◆2012/02/20 「(ニッポン人脈記)声が聞こえる:2 口調までよみがえった」
 『朝日新聞』
◆2012/02/22 「[検証・県予算2012]難病患者 家族リフレッシュ=静岡」
 『読売新聞』
◆2012/02/22 「世界のニナガワこと、演出家の蜷川幸雄さんが書いている(春秋)」
 『日経産業新聞』
◆2012/02/24 「(声)私の独立見届け、母は逝った 【西部】」
 『朝日新聞』
◆2012/02/28 「コミュニケーション支援機器:活用法、70人が体感 佐賀で研修会 /佐賀」
 『毎日新聞』
◆2012/03/04 「(声)私の独立見届け、母は逝った」
 『朝日新聞』
◆2012/03/07 「医療功労賞 全国表彰 舟田さん「評価うれしい」=福島」
 『読売新聞』
◆2012/03/07 「第40回医療功労賞 全国表彰18人の横顔=特集」
 『読売新聞』
◆2012/03/07 「小室等さんらを招き、魂のコンサート開演 市民グループ、18日に小松で /石川県」
 『朝日新聞』
◆2012/03/09 「健やかわかやま:障害者施策考える 24日、和歌山ビッグ愛でシンポ /和歌山」
 『毎日新聞』
◆2012/03/10 「ALS患者へ激励の色紙 府中の佐々木さん あす200枚携え福島へ=多摩」
 『読売新聞』
◆2012/03/15 「我が家、最期まで 佐賀の山田濶さん、在宅医療で難病の妻見届ける /佐賀県」
 『朝日新聞』
◆2012/03/16 「ITパラリンピック・2012」
 『読売新聞
◆2012/03/17 「(再読 こんな時、こんな本)介護という物語 三省堂神保町本店・福澤いづみさん」
 『朝日新聞』
◆2012/03/18 「難病患者も災害に日ごろから備えを 被災地の医師ら助言 /宮崎県」
 『朝日新聞』
◆2012/03/19 「(この人に聞く)いのちにやさしいまちづくりネットワーク・榊原千秋さん /石川県」
 『朝日新聞』
◆2012/03/20 「(郷土 ゆかりのほん)「歌集 蝶」 渡辺松男 危うさと喜び、表現し続ける/群馬県」
 『朝日新聞』
◆2012/03/22 「今井嘉津夫氏(死去)」
 『日経産業新聞』
◆2012/03/31 「1字1字紡いだ16万字 重度障害の30歳 かすかなサイン 通訳介し論文」


催しもの、その他


 
 

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◆2012/01/06 「筋肉が動かなくなる難病、ALS発症の一端解明、慶大、脊髄の神経に異常。」
 『日経産業新聞』

 「慶応大学の笹部潤平助教と相磯貞和教授らは運動神経が障害を受け、次第に筋肉が動かなくなる難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)が発症する仕組みの一端を解明した。神経の興奮状態を調節する「D―セリン」というアミノ酸が、分解酵素の異常が原因で脊髄にたまりすぎると、神経が過剰に興奮し正常に働かなくなると考えられるという。
 九州大学、資生堂との共同研究成果で新たな治療法開発などの足がかりになる。ALSを発症した患者の脊髄にはD―セリンが多く蓄積していることが知られている。
 研究チームはこの物質を分解する酵素に注目。酵素を高感度で染色できる手法などを用い、酵素が活発に働いている部位を調べた。小脳や脳幹、脊髄に酵素が豊富に存在していた。特に脊髄では運動神経のD―セリン濃度を低く保つように働いていた。
 酵素を働かなくしたマウスを観察すると、脊髄にこの物質が異常にたまっていた。筋肉の萎縮などALS患者と似た症状が起こるのも確認した。
 研究チームは、通常は酵素がD―セリン濃度を低く抑え、脊髄の運動神経の過剰興奮を防いでいるが、ALS患者では酵素が十分に働かず、運動神経に異常が生じるとみている。酵素の働きを活発化する物質などが治療に役立つ可能性があるという。」(全文)
 
 

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◆2012/01/08 「[大図解]広がるBMIの世界 脳と機械がつながる」
 『読売新聞』

 「◎学ぼう 日曜・わかるサイエンス
 頭で思い描くだけで、その通りにロボットを動かせる。睡眠中に見ている夢をディスプレーに表示できる。そんな夢物語を実現する技術が、脳と機械をつなぐ「ブレーン・マシン・インターフェース(BMI)」だ。
 〈A〉センサーを埋め込んだ帽子をかぶると、考えていることがわかる。そんな未来図を予感させる研究が進められている。
 大阪大学の吉峰俊樹教授(脳神経外科)らは、脳の表面に置いた電極で脳波を読みとって、自分の腕や手のようにロボットを動かすことに成功した。
 複雑な脳波を解析して、たとえば肘を曲げたり手を握ったりする動作に特有の情報を抽出するのは、日本の得意技術だ。吉峰さんらの研究では、運動の意図を60?90%の精度で読みとることができた。筋肉を動かせない筋萎縮性側索硬化症(ALS)の患者を対象に、脳波で意思を伝える臨床研究も近く始める予定だ。
 読み解くのは、運動だけではない。国際電気通信基礎技術研究所(ATR)の神谷之康室長(神経情報学)らは、人が見ている画像を、脳の活動から再現した。
 神谷さんらは、四角や十字などの図形を被験者に見せ、そのときの脳の活動状態を機能的磁気共鳴画像装置(fMRI)で撮影した。その結果をもとに、逆に脳の状態から、その人が見ている図形を復元した。復元した画像は、いまのところ開発初期のテレビのように粗いが、技術の進歩で、ハイビジョンのように鮮明に再現できるかもしれない。
 心の状態も脳に表れる。中京大学の荒牧勇准教授は、「大脳基底核」に緊張の度合いが表れることを発見した。左右の手の指をバラバラに動かす課題では、それをリラックスして上手にこなせるか、緊張してうまくいかないかを、大脳基底核の活動から70?80%の確率で予測できた。
 〈B〉脳の状態を知ってコントロールできれば、リハビリやトレーニングの効果を高めることができる。
 ATRの相原孝次研究員らが取り組むのは、脳卒中患者のリハビリへの応用。近赤外線と脳波で捉えた脳の活動状況をグラフで表し、効果の高いリハビリ方法を探す研究を進めている。
 ATRの柴田和久研究員は、上手に体を動かせたときの脳の活動パターンに注目している。それと似たパターンを意識的に脳に作り出すことができれば、新たなイメージトレーニングになる可能性がある。ゴルフやテニスが上手にできたときの脳の状態に近づけることで腕前が上達したり、健康な脳の状態に近づけることで自閉症などの精神疾患を治療したりすることへの期待がかかる。
 〈C〉大阪大学の不二門尚教授(感覚機能形成学)は、カメラで撮影した視覚情報を、網膜の裏側に埋め込んだ電極から電気信号で脳に伝える人工網膜を研究している。9個の電極で、目の前の太さの違う二つの棒を区別することができた。
 BMIの可能性について川人光男ATRフェローは「まず5年以内に、精神疾患の治療に役立つことを実証したい。将来は、自分の脳の情報を記録、蓄積しておいて、記憶を補ったり、病気で脳の機能が失われたときに復元したりできるかもしれない」と話している。(杉森純)
 
 ◎作図 デザイン課・佐久間友紀
  
 図=〈A〉脳を読む
 図=〈B〉訓練に生かす
 図=〈C〉脳に伝える」(全文)
 
 

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◆2012/01/14 「「心に残る医療」体験記 最優秀賞・明石君 難病の祖母と暮らす喜び=大分」
 『読売新聞』

 「◆最優秀賞・明石君「長生きして」 
 第30回「心に残る医療」体験記コンクール(読売新聞社、日本医師会主催、厚生労働省後援、アフラック協賛)小学生の部で、由布市立由布川小3年、明石凌輔君(9)(由布市挾間町古野)の「大すきなおばあちゃん」が最優秀賞に選ばれた。難病を患っている64歳の祖母を在宅介護している家族の様子に触れ、祖母と暮らせる喜びをつづっている。表彰式は21日、東京都内で行われる。
 祖母は全身の筋肉が少しずつ動かなくなる筋萎縮性側索硬化症(ALS)を患い、2006年から寝た切り。明石君は竹田市に住んでいたが、07年に介護のため、祖父母が住む由布市に一家で引っ越した。
 祖母は当初、病院に入院して治療を受けていたが、「自宅で暮らしたい」との要望にこたえ、約1年後に在宅医療に切り替えた。明石君の父親が医師、母親が元看護師だったことも決断を後押しした。
 この頃は、平仮名が並んだ文字盤を使って会話ができ、一緒に水族館にも出かけた。「おばあちゃんとの大事な思い出」と振り返る。
 最近は筋肉の萎縮が進み、文字盤での会話も難しくなった。しかし、明石君が学校から帰り「ただいま」と声をかけると、「パチンとまばたきで合図をしてくれる。そんなおばあちゃんが大すき」と作文につづった。
 祖母がたんで息を詰まらせないように祖父や母、ヘルパー、看護師らが交代で介護する日々。
 作文は「ぼくはたんをとったり出来ないけど、話しかけたり手をさすってあげたり出来ることを少しずつやっていきたい。おばあちゃんにもっともっと長生きしてもらいたい」と結ばれている。
 明石君は「大好きなおばあちゃんのことを書いて受賞できてうれしい。いつかおばあちゃんの病気を治せる医者になりたい」と話していた。
 
 写真=作文を手に受賞の喜びを語る明石君」(全文)
 
 

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◆2012/01/18 「運動神経の難病ALS、サル使い症状再現 東京医歯大など」
 『日経速報ニュースアーカイブ』

 「東京医科歯科大学と医薬基盤研究所などの共同研究チームは、運動神経が侵される難病「ALS(筋萎縮性側索硬化症)」にかかったサルを初めて作った。患者の体内で増えている特定のたんぱく質を、遺伝子導入によってサルの体内で過剰に増やす方法を使い、ヒトと同様の症状を示すのを確認した。病気のメカニズム解明や治療研究に役立つとみている。
 成果は英科学誌ブレイン(電子版)に18日掲載された。
 ALSは運動神経が破壊され、手足のまひや言葉を話す力の低下、呼吸困難などをもたらす難病。原因は分かっておらず効果的な治療法もないが、患者の脊髄や大脳の運動神経には「TDP―43」と呼ぶたんぱく質が過剰に蓄積していることが知られている。
 研究チームはこのたんぱく質の遺伝子をサルの脊髄の神経細胞に入れ、通常の10〜20倍の量にした。実験した11匹のサルすべてにヒトと同じ運動神経のまひが起き、餌をつかめなくなるなどの症状が出た。腕の筋肉の画像でも筋肉が萎縮しているのを確認できた。
 従来、ALSのモデル動物としてはマウスを使っているが、ヒトと同様の症状は再現できていなかった。横田隆徳・東京医科歯科大教授は「霊長類のサルで研究できれば、発症の仕組みの解明や治療法開発に役立つ」と期待している。
2012/01/18 11:52」(全文)
 
 

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◆2012/01/18 「運動神経の難病ALS、サル使い症状再現、東京医歯大など。」
 『日経産業新聞』

 「東京医科歯科大学と医薬基盤研究所などの共同研究チームは、運動神経が侵される難病「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」にかかったサルを初めて作った。患者の体内で増えている特定のたんぱく質を、遺伝子導入によってサルの体内で過剰に増やす方法を使い、ヒトと同様の症状を示すのを確認した。病気のメカニズム解明や治療研究に役立つとみている。
 成果は英科学誌ブレイン(電子版)に18日掲載された。
 ALSは運動神経が破壊され、手足のまひや言葉を話す力の低下、呼吸困難などをもたらす難病。原因は分かっておらず効果的な治療法もないが、患者の脊髄や大脳の運動神経には「TDP―43」と呼ぶたんぱく質が過剰に蓄積していることが知られている。
 研究チームはこのたんぱく質の遺伝子をサルの脊髄の神経細胞に入れ、通常の10〜20倍の量にした。
 実験した11匹のサルすべてにヒトと同じ運動神経のまひが起き、餌をつかめなくなるなどの症状が出た。腕の筋肉の画像でも筋肉が萎縮しているのを確認できた。」(全文)
 
 

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◆2012/01/19 「東京医科歯科大など、サルでALS発症再現、たんぱく質、原因か。」
 『日経産業新聞』

 「東京医科歯科大学の横田隆徳教授と水沢英洋教授、医薬基盤研究所などは、運動神経が障害され全身の筋肉が徐々に衰えるALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症するサルを作ることに成功した。遺伝子導入技術を活用した。患者で見られるたんぱく質の異常蓄積が、病気の発症原因である可能性が高いという。
 ALSは脊髄や大脳の運動神経が破壊され、手足のまひや言語機能低下などをもたらす難病。患者の脊髄や大脳の運動神経には「TDP―43」と呼ぶたんぱく質が過剰に蓄積しているのが知られている。
 研究チームはウイルスを遺伝子の運び手(ベクター)に使い、サルの脊髄の神経細胞の中にこのたんぱく質を作る遺伝子を導入した。たんぱく質が通常量の10〜20倍に増えた。実験した11匹のサルすべてに人と同様のまひが起き、餌をつかめなくなるなどの症状が出た。腕の画像を解析し、筋肉の萎縮も確認した。
 モデル動物作りはマウスなどで試みられてきたが、人と同じ症状を起こせなかった。霊長類で病気を再現できたことで、発症メカニズム解明や治療法開発の足がかりになる。
 横田教授は「今回の結果から、たんぱく質の過剰蓄積は病気の結果ではなく、原因だと考えられる」と話している。」(全文)
 
 

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◆2012/01/23 「希少難病iPS創薬に光 筋肉の骨化 疾患再現 京大グループ」
 『読売新聞』

 「京都大の戸口田淳也教授らの研究グループが、筋肉などが骨になる希少難病の少年から皮膚細胞の提供を受け、iPS細胞(新型万能細胞)をつくって、骨に変化させることに成功した。グループは、骨化を抑える初の治療薬の開発を進めており、臨床応用を目指す。
 希少難病は、これまで患者数の少なさで創薬の研究が進まなかったが、細胞を提供した兵庫県明石市の中学2年生、山本育海(いくみ)君(14)は、「治療にやっと光が見えた」と期待している。
 山本君の難病は「進行性骨化性線維異形成症」(FOP)で、傷ついた筋肉、腱(けん)、じん帯が再生する時に激痛を伴いながら骨になる。遺伝子の異常で起こるが、炎症や痛みを抑える以外の治療薬はない。
 国内で約50人という患者の少なさや、患者の筋肉や骨が大量に得られないことなどが、製薬会社にとって治療薬を開発するうえで大きな障壁だった。
 事態が好転し出したのは、山中伸弥・京都大教授が開発した様々な組織の細胞に変化できるiPS細胞の登場がきっかけ。8歳で発症した山本君は、2008年3月、京大がiPS細胞を使った難病研究に乗り出すことを新聞記事で知り、09年に母、智子さん(38)や支援団体「FOP明石」と京大を訪問、山中教授と戸口田教授らに会い、研究に必要な皮膚片の提供を申し出た。
 皮膚採取の刺激が骨化を進める恐れもあったが、「早く薬をつくってもらうために頑張る」と決意した。その後、別の患者も協力し、これまでに計3人分のiPS細胞が作製され、骨への変化に成功した。健康な人と比べて大幅に骨化しやすいことがわかった。
 今後は患者のiPS細胞を大量に作り、様々な薬品と反応させる実験を進めていく。有力な候補が見つかれば製薬会社と共同で新薬開発を目指す。
 戸口田教授は、「iPS細胞を使えば、治療薬の開発費はある程度抑えられる。研究成果を骨粗しょう症の治療にも応用できる可能性がある。協力企業は現れると思う」と話す。
 ◆難病47疾患からiPS細胞作製
 iPS細胞研究の大きな柱の一つは、希少難病の治療薬を開発することだ。
 希少難病は、患者数が国内で5万人未満の病気で、厚生労働省によると、7000?5000種類も存在する。患者にとっては、自身の皮膚や血液から、病気の状態を再現できるiPS細胞は、大きな希望だ。山本君は「FOPは神様からの宿題だと思っているが、iPS細胞で宿題が解けるかもしれない」と話す。
 京大iPS細胞研究所などでは、今回のFOP以外に筋萎縮性側索硬化症やデュシェンヌ型筋ジストロフィーなどの希少難病について研究が進み、免疫がうまく働かないクリオピリン関連周期性発熱症候群など47疾患からiPS細胞を作ることに成功している。山中教授は「希少難病の原因解明や薬の開発へ向け、努力していきたい」という。
 
 図=iPS細胞を使った骨の難病の研究
  
 写真=iPS細胞を使った研究に自分の皮膚細胞を提供した山本育海君(左)と智子さん(兵庫県明石市で)=山崎光祥撮影」(全文)
 
 

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◆2012/01/26 「舟田さんに医療功労賞 難病患者と家族の生活支援=福島」
 『読売新聞』

 「長年、地域の医療や保健福祉に尽力してきた人たちに贈られる「第40回医療功労賞」(読売新聞社主催、厚生労働省、日本テレビ放送網後援、エーザイ協賛)の受賞者が決まった。県内では、会津若松市の竹田綜合病院看護課長の舟田由美子さん(50)が選ばれた。福島市内で31日に行われる表彰式を前に、喜びの声を聞いた。
 ◆「チーム体制整えたい」 
 筋萎縮性側索硬化症(ALS)など神経難病患者の看護の功績が高く評価された。「チームとして取り組んできたことが評価されたのかなと思います」と、謙虚に喜びを表現する。
 在宅のALS患者の介護をめぐり、2003年に厚生労働省がヘルパーによるたんの吸引を認めた際、患者と家族の支援を充実させるため、講習会の開催に力を入れた。
 さらに、ALS患者を自宅で介護する家族に休んでもらうため、患者を一時的に受け入れる「レスパイト入院」に取り組むなど、患者の家族を支える環境整備に努めた。
 24歳の時、神経難病患者の看護に携わるようになったのが転機となった。人工呼吸器を付けた男性患者に付き添う妻が漏らした、「お父さん、家に帰りたいね」との言葉に心を打たれた。以来、うまくコミュニケーションが取れない患者とも、諦めずに気持ちを通わせようと気を配った。「患者は住み慣れた土地、家で生活したい。患者のQOL(生活の質)を向上させたい」。患者に接するうちに、思いを強めていった。
 徐々に症状が進行する神経難病は、病状に合わせた看護が必要になる。だが、従来の外来診療では、十分に役割を果たせていないと感じている。「解決のため、医師はもちろん、看護師やリハビリスタッフ、ソーシャルワーカー、地域のボランティアなど多職種の医療チームで患者と家族をサポートできる体制を整えたい」
 よりよい看護を目指し、決意を新たにしている。
 
 写真=「寝たきりの患者が車椅子に座れるようになると、すごくいい顔になる。それがやりがいです」と語る舟田さん」(全文)
 
 

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◆2012/01/26 「大人の細胞をクローン化 羊のドリー「生みの親」、イアン・ウィルムット教授【大阪】」
 『朝日新聞』

 「英エディンバラ大にイアン・ウィルムット教授を訪ねた。1996年に誕生したクローン羊ドリーの「生みの親」。ドリー誕生は、世界初のクローンカエルから40年がたっていた。
 ――カエルの成功から時間がかかったのはなぜですか。
 「哺乳類の卵子はカエルに比べて非常に小さい。手作業で移植できないので、専用の機械が必要でした。カエルと違って、卵子を体内に戻さなければならず、技術的に難しいのです」
 羊の乳腺細胞の核を卵子に移植すると受精卵のような状態になり(初期化)、それを別の羊の子宮に戻してドリーは生まれた。60年代に英ケンブリッジ大のジョン・ガードン教授がカエルで示した初期化を哺乳類で初めて実証した。
 ――ドリー誕生で何がわかったのですか。
 「分化した体細胞がすべての遺伝子を持つことは、カエルのクローンで証明されたことになっています。でも、オタマジャクシの細胞核からカエルのクローンがつくれますが、成熟したカエルの細胞核からではカエルまで成長しなかった。つまり、大人の細胞もすべての遺伝子を持っているとの証明が不十分でした。大人の細胞から大人のクローンができるという完全な証明はドリーが世界初なんです」
 97年にドリー誕生を発表すると、一般の雑誌やテレビからも取材が殺到。だが、ヒトの卵子を使うクローン胚研究は入手の難しさや倫理的な問題から研究が進まず、iPS細胞に研究分野を移した。
 ――山中伸弥京都大教授の業績をどう評価していますか。
 「ファンタスティック。彼のiPS細胞の論文はこの10年間で最も重要な一つです。今世紀最高の論文になるかもしれません。私たちはALS(筋萎縮性側索硬化症)など難病患者のiPS細胞から神経細胞などをつくり、病気の原因や治療法を調べています」
 (鍛治信太郎)」(全文)
 
 

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◆2012/01/26 「ALS介護訴訟:地裁で結審、4月に判決 24時間介護サービス求め /和歌山」
 『毎日新聞』

 「難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)を患う和歌山市の男性が、同市に一日24時間の介護サービスなどを求めている訴訟は25日、和歌山地裁(高橋善久裁判長)で結審した。判決は4月25日。

 男性の公的介護サービスは現在、同市が障害者自立支援法に基づき公費負担する1日当たり8時間(月268時間)に、介護保険分を加えた1日約12時間。男性側はたん吸引などのため24時間介護が必要であることは明らかと主張している。

 介護時間の拡大と慰謝料100万円などを求めて10年9月に提訴。昨年9月に死亡したもう1人の原告の男性については、慰謝料の支払いについてのみ判断される。

 男性側は訴訟手続きの中で仮の義務付けを申し立て、同地裁が同年9月26日、市に対し、サービスを20時間に増やすよう仮に義務付ける決定を出した。大阪高裁は地裁決定を取り消し、男性側が特別抗告するなどして係争中。【岡村崇】」(全文)
 
 

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◆2012/01/30 「ALSのサル、人工的に作る 東京医科歯科大教授らのチーム」
 『朝日新聞』

 「全身の筋肉が衰える筋萎縮性側索硬化症(ALS)のサルを人工的につくることに、横田隆徳・東京医科歯科大教授らのチームが成功した。発症のしくみの解明や治療法の開発に役立ちそうだ。
 ALSは「TDP43」というたんぱく質が運動神経にたまると発症するとされる。チームは10匹のカニクイザルの利き手側の脊髄(せきずい)に病原性のないウイルスを注射してTDP43を増殖させたところ、2週間後には、ほとんどのサルが利き手でものをつかめなくなった。すべてのサルの脳や脊髄で、通常は細胞核内にあるTDP43が核外で確認された。ALSに特徴的な状態という。成果は国際科学誌ブレーンで発表された。」(全文)
 
 

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◆2012/02/01 「「患者の目線で看護したい」 医療功労賞 舟田さん表彰=福島」
 『読売新聞』

 「長年にわたり地域の医療や保健福祉の向上に貢献してきた人たちに贈られる「第40回医療功労賞」(読売新聞社主催、厚生労働省、日本テレビ放送網後援、エーザイ協賛)の県表彰式が31日、福島市太田町の福島ビューホテルで行われた。
 表彰されたのは、会津若松市の竹田綜合病院看護課長・舟田由美子さん(50)=写真=。在宅の筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者と、介護する家族の支援を充実させるために講習会を企画したり、患者を一時的に受け入れる「レスパイト入院」に取り組んだりと、神経難病患者の看護に尽力した。
 表彰式では塚田牧男・読売新聞福島支局長が表彰状を手渡した。来賓の佐藤節夫・県保健福祉部長は「地域住民のため、日々懸命に地道に活動されている多くの方々を勇気づける受賞です」と祝辞を述べた。
 舟田さんは「外来患者に対する相談体制の強化や、呼吸器を付けたまま外出できるようにする支援など、まだまだ課題はある。住み慣れた家で家族と暮らせるよう、患者と同じ目線に立って看護にあたりたい」と語った。」(全文)
 
 

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◆2012/02/03 「(人生の贈りもの)ネイチャー・ライター 加藤則芳:5 残された時間、体験伝えたい(62歳)」
 『朝日新聞』

 「
――今は車いすの生活をされています
 2010年6月に筋萎縮性側索硬化症(ALS)と診断されました。その数カ月前にロッククライミングをした後に、尋常でない筋肉痛に襲われ、おかしいと感じたのが始まりでした。
 ――診断後の去年の夏に2冊の本を出されました
 2005年に187日かけて米国のアパラチアン・トレイルを踏破したときのことを書いた「メインの森をめざして」(平凡社)が、その一冊です。14州にまたがる3500キロのトレイルは、地域の歴史や文化の変遷も体感できます。歩く人をサポートしてくれる地元住民たちにも触れ合え、ロングトレイルを日本に紹介しようと思った僕のベースがあります。
 ――精力的ですね
 不思議ですが、病気になってから具現化したことがいくつかあります。1970年から環境庁(現・環境省)が始めた長距離自然歩道を全国に張り巡らすプロジェクトは、世間では注目されていませんが、僕は以前2500キロある九州自然歩道の400キロほどを歩き、ほとんど整備が行われていない実態を知りました。民間主導で維持管理する方法を10年来提唱してきましたが、環境省が理解を示し、再生事業が始まりました。昨年は熊本や福岡での会議で話をしてきました。
 東日本大震災の復興事業として「三陸復興国立公園」をつくる計画も進んでいます。350キロの長距離自然道をつくるものです。僕は以前から三陸に海岸トレイルを、と提案してきました。
 ロングトレイルは自治体間の連携と、民間主導で維持管理をすることが重要です。その活動は地元の人が地域を愛する気持ちを再認識することにもなります。僕がかかわってつくった長野と新潟を結ぶ80キロの信越トレイルを維持管理するNPO法人「信越トレイルクラブ」が、昨年暮れにエコツーリズム大賞を受賞しました。今までやってきてよかったと思います。
 ――昨年の夏はヨセミテに行かれたそうですね
 仲間や家族14人で10日ほど。そのうち、2泊3日で「ジョン・ミューア・トレイル」に行きました。仲間3人が15分おきに交代で僕を担いで歩いてくれました。何回も行っている場所ですが、透き通るような青い空と湖、山に囲まれ、泣きっぱなしでした。あの風とあの空気を仲間と最後に共有できたことは本当に幸せでした。
 僕の場合、病気の進行がすごくはやく、いま握力はゼロ。首を持ち上げるのも大変です。機能の低下は想定のこととはいえ、つらい。ですが、受け入れるしかないです。会社勤めだったら仕事は辞めなくてはならず、目標がなくなって落ち込んでいたでしょう。でも僕はまだ話すことはできます。残された時間を使って、自分が積み重ねてきたことをできるだけ多くの人に伝えたいと思います。(聞き手 編集委員・大久保真紀)
 =おわり

 ◆次回はイセグループ会長の伊勢彦信さんです。

 【写真説明】
「ロングトレイルを歩く日本人が増えてきました。特に、ひとりで歩く女性が。たのもしく、うれしいことです」=高波淳撮影」(全文)
 
 

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◆2012/02/06 「(フォーカス オン)生きることを選んで こだわり、意味を問い…テレビ朝日(11日朝9時55分)ほか」
 『朝日新聞』

 「重度の障害を抱えた報道記者の姿を通して、生きる意味を問う。テレビ朝日(11日朝9時55分)など33局で放送される山陰放送制作の「生きることを選んで」は、そんな重いテーマを突きつける。
 系列の枠を超えた放送局が加盟する民間放送教育協会(民教協)が募った31作品から、最優秀賞に選ばれた。登場するのは2007年に全身の筋肉が衰える筋萎縮性側索硬化症(ALS)を発症した山陰放送の谷田人司記者(50)=写真右=だ。
 昨年5月からの長期に及ぶ取材にあたったのは、同僚だった佐藤泰正ディレクター。「重度障害を持つ同僚をどのように撮るか。その距離感が難しかった」と振り返る。
 谷田さんは、自分の声と引き換えに気管切開をして人工呼吸器を装着した。そうしなければやがて死に至ることになるからだ。ところが、すべての患者がそうするわけではない。家族への影響などを考えてのことだろう。しかし、谷田さんは生きるという選択をしたことが間違っていなかったことを確かめるかのように、自身もALS患者への取材を続け、生きる意味を探り続ける。
 「ただの闘病記になってはいけないと考えた。谷田がいかに生きるかということが大きなテーマ」。真野操プロデューサーがこう話すように、番組では、どこまでも生きることにこだわる谷田さんの姿が、真っ正面から描かれる。
 生きるべきか、死ぬべきか。そんな究極の選択を迫られる患者がいる一方で、取材する側は正解を用意して提示することができない。しかし、番組で谷田さんの生き方に触れて勇気づけられる人が、どれほどいることだろうか。(小田健司)」(全文)
 
 

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◆2012/02/08 「障害者福祉 原則無料化見送り 厚労省案 難病患者も給付対象」
 『読売新聞』

 「障害者自立支援法に代わる新たな障害者福祉制度について、厚生労働省は7日、難病患者を介護サービスの給付対象に加えることなどを柱とする改革案をまとめ、民主党の作業チームに示した。ただ、民主党がマニフェスト(政権公約)に掲げた同法の廃止はせず、法改正で対応するほか、政府内で検討されていた自己負担の原則無料化も見送る。政府は障害者団体の意見を聞くなどした上で、今国会に改正案を提出、2013年4月からの施行を目指す。
 現行制度では、難病患者は身体障害者手帳などを持っていないと対象外だが、パーキンソン病や筋萎縮性側索硬化症など130の難病を対象に加える方針。
 民主党政権は10年6月、同法を廃止して「障害者総合福祉法」を制定する方針を閣議決定した。だが、その場合は個々の障害者ごとに受けるサービスの内容を決め直す必要があり、現場の混乱が懸念されることなどから、厚労省案は法律の名称を変える法改正にとどめることにした。」(全文)
 
 

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◆2012/02/09 「胃瘻、腹部にチューブ通し栄養剤送る――終末期は慎重に(医療)」
 『日経産業新聞』

 「学会が見解 尊厳重視の風潮に配慮
 食事ができない患者のおなかの表面に穴を開けて胃に栄養剤を送り込む胃瘻(いろう)栄養法が転換期を迎えている。患者の負担が少ないと急速に普及し年約10万人が新たに導入する一方、終末期の高齢者について「差し控えや撤退も考慮する必要がある」との見解を学会が初めて示したほか、導入前の医師側の説明が不十分という問題点も浮上。通常食に戻し胃瘻を外す取り組みも本格化してきた。
 「ちゃんと胃にチューブが入っていますね」。東京都三鷹市の有料老人ホームを往診した特定非営利活動法人(NPO法人)「多摩胃ろうネットワーク」理事の水野英彰医師は、認知症でベッドに横たわる80代女性のへそ付近のチューブを交換後、携帯型の内視鏡を入れ、多機能携帯端末に無線転送された画像で胃内部に達したことを確認した。
 栄養剤や水分を胃に直接送るチューブは通常のタイプで1カ月半〜2カ月、耐久性のあるタイプでも半年に1回は交換する。交換自体は数分だが、患者を病院まで運ぶ負担が大きい。入所者4人のチューブを交換した水野医師は「往診で対応できれば、胃瘻を導入する高齢者の生活の質はさらに向上する」とみる。
患者は平均81歳
 日本で普及させたNPO法人「PEGドクターズネットワーク」理事長で国際医療福祉大学の鈴木裕教授(消化器外科)は「簡単な手術で患者の苦痛を和らげ、家族の負担も軽減でき、自宅にも帰れる画期的治療法」と強調する。
 鈴木教授は厚生労働省の補助金を受けて同ネットワークに参加する医師らが2005年1月以降に胃瘻を導入した931人の患者を調査。導入した原因疾患は脳卒中が54・8%で最も多く、次いで認知症が17・5%、神経疾患が12・6%などで、平均年齢は81・4歳。鈴木教授は「欧米では延命効果が小さいとされるが、日本では栄養状態が改善するなど明らかに寿命が延びている」と指摘する。
 ただ胃瘻の安易な導入には疑問の声も上がる。日本老年医学会は1月下旬、「高齢者の終末期の医療およびケアに関する立場表明」を約10年ぶりに見直した。「認知症でも最善の医療とケアを受ける権利がある」とした上で、胃瘻を含む人工栄養について「患者本人の尊厳を損なったり、苦痛を増大させたりする可能性があるときには差し控えや撤退も選択肢として考慮する必要がある」と、導入の是非を慎重に検討し導入後の中止も選択肢だと初めて示した。
意思確認が重要
 同学会倫理委員長の飯島節・筑波大教授(生涯発達科学)は「いたずらに命を引き延ばすより尊厳のある終末期を迎えたいという考え方が強まっている」と背景を説明。「患者や家族の意思を十分に確認せずに胃瘻を導入する傾向もある」と警鐘を鳴らす。
 認知症の高齢者が暮らすグループホームを運営する社会福祉法人サン(東京・新宿)の西村美智代理事長らが、10年秋に胃瘻を導入した認知症患者の家族33人に聞き取った調査では、食べ物を飲み込めなくなった際に「医師が胃瘻しか選択肢を示さなかった」との回答が18人と半数を超えた。
 導入を決断した理由(複数回答)では「長生きしてほしかった」など状態の改善が11人で最多。だが「導入が入院や転院先の条件だった」(5人)、「導入後も介護施設を利用できる」(3人)など施設でサービスを受け続けるためという答えもあった。
 西村理事長は「延命か治療か目的を明らかにした上で医師が選択肢を示さなければ、患者や家族は言うとおりにするしかない」と説明方法の改善を求める。一方で「食べられなくなった時にどのような終末期を迎えたいのか、本人が判断できるうちに確認しておけば、意思表明できなくなっても家族が決断しやすい」と助言している。(前村聡)
「胃瘻外し」も広がる
老人ホームなどで取り組み
 胃瘻導入後も再び口から食事を取れるようになる患者もいる。特別養護老人ホームなどを運営する法人で構成する全国老人福祉施設協議会(東京・千代田)は昨年7月から胃瘻外しに向けたリハビリのモデル事業を実施。成果を踏まえ、来年度から施設職員向け講習のプログラムに盛り込む。
 モデル事業の委員長で国際医療福祉大学の竹内孝仁教授(介護学)によると、11の特養で胃瘻などチューブ(経管)だけで栄養を取っている53人のうち、2カ月半という短期間で1人が通常食のみになった。「経管と通常食を併用」と「経管と流動食の併用」も各2人で、改善があった。
 うまく食べ物を飲み込めない高齢者には流動食を与えることが多いが、実は「口から通常食を食べること」が重要。よくかむことで食べ物を飲み込む準備が整うという。実際にモデル事業では流動食だけだった140人の4割は、通常食だけに戻せた。
 先駆的に取り組んだ特養「しらゆりの園」(沖縄県南城市)は、胃瘻をつけていた入所者9人全員が通常食になったという。竹内教授は「急性肺炎など疾患の治療過程(疾病経過型)や、単に認知症で食べなくなった高齢者(安全管理型)には不要だったり、導入してもリハビリで外せたりする人は多い」と指摘する。
 ▼胃瘻栄養法 体表から胃に直接チューブをつないで栄養を送る方法。米国などで1980年代から普及し、日本では94年ごろから使われ始めた。当時は腸が機能している患者には鼻から胃の中にチューブを通して栄養剤などを投与する「経鼻栄養法」が主流。チューブが鼻に入ったままのため患者の苦痛が大きく、内視鏡を併用して局所麻酔で10〜15分程度で胃瘻をつくる手術法(PEG、ペグ)が開発されると急速に移行した。現在は26万〜40万人が利用していると推計されている。
 電子版の「ライフ」セクションでもオリジナルコラム「医人たちの挑戦」を掲載しています。
【表】胃瘻を導入する理由と必要性
導入の理由   導入(継続)の必要性
(1)疾病経過型
急性肺炎などで入院した高齢者の全身状態の回復が順調でなく、点滴や経鼻チューブなどによる栄養補給が長期間見込まれるため導入するメリットはあるが、退院の際に外して、介護施設や自宅で口からの食事に移行すべき
(2)嚥下(えんげ)障害型   
脳卒中やパーキンソン病、ALS(筋萎縮性側索硬化症)など神経難病の末期などで、嚥下機能が失われたため導入と継続を検討する必要性がある
(3)安全管理型
認知症で食事を取らなくなり、無理に食べさせるより安全で手間が省けるためなぜ食べられなくなったのか、原因(脱水症や薬の服用など)を確かめ改善する必要がある
(4)ターミナルケア型   
終末期(ターミナル)で食事を食べられなくなり、栄養を直接補給して延命させるため胃瘻でも唾液が肺に入るなど誤嚥(ごえん)性肺炎は多く、延命効果はないというデータもある
(注)国際医療福祉大の竹内孝仁教授の著書「胃ろうよ さようなら」を基に作成。   
【図・写真】交換した胃瘻のチューブが胃内部に達しているか携帯型内視鏡で確認する水野英彰医師(1月下旬、東京都三鷹市の有料老人ホーム)」(全文)
 
 

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◆2012/02/10 「民教協スペシャル:「生きることを選んで」あす放送 難病と闘いながら取材活動継続、テレビマンの姿追」
 『毎日新聞』

 「◇「病気の実態理解してほしい」

 日に日に体中の筋肉が硬直していく。でも、生きる力が残っている以上、この病気の実態を多くの人に理解してもらいたい。そのために、不自由な体を押して取材して原稿を書き続ける。難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)と闘うテレビマンの姿を追ったドキュメンタリー「生きることを選んで」が11日、テレビ朝日など民間放送教育協会加盟の全国33局で放送される(北海道放送だけ12日放送)。【網谷隆司郎】

 山陰放送(鳥取県)報道部記者だった谷田人司さん(50)は、がん患者の団体を長期取材したり、宍道湖の環境問題をリポートしたりする熱血記者だった。ところが、07年に体調を崩し、08年にALSと診断され、09年10月から在宅勤務となった。病状が進み、人工呼吸器をつける選択をしたため、今は声を失い、パソコンで意思表示をしている。

 「究極の生きる意味を伝えたいから」と、昨春、職場の後輩である佐藤泰正ディレクター(46)が「闘病の姿を取材して番組にしたい」と申し出たとき、自らも積極的に協力することを決めた。

 この病気は発病後3〜5年で自力呼吸が困難になり、人工呼吸器をつけるかどうか、つらい選択を迫られる。約8割の患者が拒否して自然死を選ぶという。だが、谷田さんは座して死を待つ人生を拒否、取材活動を続ける。

 同じ病気で苦しむ63歳の患者に会いに行き、人工呼吸器を選択した自分の経験を伝えて励ます。また、意識はあるものの完全に体が動かなくなった52歳の男性を取材するため東京まで出張するなど、記者魂を燃やす姿が克明に映し出される。

 迫りくる死の恐怖にもかかわらず、谷田さんの表情はにこやかで、「生きていれば楽しいこともある」という言葉が、見る者の重苦しい気分を少し取り除いてくれる。

 だが、そんな前向きな谷田さんも、青春時代から40回以上も行った北海道の札幌の時計台の鐘の音を耳にしたとき、不意に大粒の涙をこぼした。「生き抜く自信が持てていないことに気づいた」と。単なる闘病日記に終わらず、優れた人間ドラマになった瞬間だった。「生きることって何だろう」と見る者に深い省察をうながす。

 佐藤ディレクターは「谷田さん自身の心の揺れが最後に出た。当初は取材に対してご家族から厳しい声を浴びせられ私も泣きましたが、最後は『取材を受けてよかった』と言っていただきました」と、ドキュメンタリー撮影の難しさを口にする。

 財団法人民間放送教育協会は、テレビ局のネット系列を超えて、優れた社会教育番組を提供する組織。加盟34社(1ラジオ局)が、毎年ドキュメンタリー企画案を出し、企画コンペで崔洋一、森達也、星野博美の3氏が選考審査し、そのうち1作が「民教協スペシャル」として放送される。今年で26回目。」(全文)
 
 

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◆2012/02/11 「[試写室]「生きることを選んで」」
 『読売新聞』

 「◆「ALS」と闘う元記者の活動 
 民放の系列を超えたネットワーク「民間放送教育協会」の加盟局が制作するドキュメンタリー。今回は山陰放送の制作で、筋萎縮性側索硬化症(ALS)と闘う同社の元記者、谷田人司=写真右=の活動を追った。
 ALS患者は、病気が進行すると肺の周囲の筋肉が衰え、呼吸困難で死亡するとされる。生き続けるには気管切開し、人工呼吸器を着けるしかないが、日本では多くの患者が、家族の介護負担や病気への不安から、装着を拒否するという。装着を選んだ谷田は車いすで患者を訪ね歩き、取材を通して生きる意味を問う。
 記者として、患者として生に向き合う谷田と、それを支える家族のきずなが胸に迫る。見る者一人ひとりが、自らの生きる意味を問い直すだろう。(泉田友紀)」(全文)
 
 

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◆2012/02/16 「県:12年度予算案 主な新規事業 /福岡」
 『毎日新聞』

 「◇主な新規事業◇

 ■再生可能エネルギー導入促進(3億5930万円)

 候補地調査など市町村の導入可能性調査を助成。また電力消費分を地元でまかなう「地産地消」モデル構築を目的に設備導入する場合、1億円を上限に補助する

 ■北九州空港路線拡大支援(9900万円)

 LCC(格安航空会社)など、新たに国内線に就航する航空会社に対し、着陸料など運航経費の一部を助成

 ■非行防止・絆プロジェクト(1498万円)

 専任スタッフが生活や仕事などの相談に乗る「居場所」づくりに取り組む市町村事業を助成するほか、理解ある企業で就業体験を実施。少年の社会的自立を支援する。また非行からの立ち直りに対する地域での理解を広げるため、PTAなどの学習会に保護観察官OBらを派遣する

 ■放射能測定体制強化(2138万円)

 国の緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)端末を整備し、県内各地に設置した測定器(モニタリングポスト)の測定結果をインターネット上で公開する

 ■農林水産物ブランド確立対策(1595万円)

 JR博多駅など繁華街に、カット果実やフレッシュジュースが楽しめるフルーツステーションを開設し、イチジク「とよみつひめ」を売り込むほか、福岡市の屋台全店にサンプル品を1週間提供し、ラーメン用小麦「ラー麦」をPRする

 ■在宅重症難病患者レスパイト入院(1830万円)

 レスパイト入院とは、家族ら介護者を休息させるための入院。ALS(筋萎縮性側索硬化症)など重症神経難病患者を対象に入院先の病院を確保し、病院側にも人員配置のための費用を助成。在宅療養を支援する

 ■誘致企業即戦力人材育成(2170万円)

 製造業やIT、コールセンター業の分野で3カ月〜1年、企業ニーズに応じたカリキュラムで人材を育成。企業の新人教育コストを軽減する一方、雇用創出に結びつける

 ■高齢者子育て支援(1327万円)

 研修で事故防止や感染症対策など最新知識を習得してもらった高齢者に、豊かな経験を生かして子育て支援してもらう

 ■違法ドラッグ乱用防止対策(726万円)

 違法成分の分析・特定のため開発されたソフトウエアを導入。現在2〜3カ月かかっている分析体制を2週間程度に短縮。また販売店舗への立ち入り調査を実施する

〔福岡都市圏版〕」(全文)
 
 

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◆2012/02/16 「iPS細胞の経済学(3)移植医療・難病研究に期待――医療費削減に道(時事解析)」
 『日経産業新聞』

 「産業応用と並んでiPS細胞(新型万能細胞)の活用が期待されるのが医療分野だ。患者の皮膚などの細胞を採取すればiPS細胞を作って患者の患部と同様の細胞を大量に培養できる。有効な手立てがない病気やケガの画期的な治療法を開発できるとみて、大学や研究機関が研究している。
 京都大学は2010年、山中伸弥教授が所長を務めるiPS細胞研究所を設置。根本的な治療法が未確立な筋萎縮性側索硬化症(ALS)や患者が多い慢性腎不全など様々な病気の克服を目指し、患者などヒトの細胞から作ったiPS細胞を使って研究している。
 iPS細胞を実際の患者の治療に応用する試みはまだ始まっていないが、一部の病気では実施が検討されている。第1例になる可能性が高いのは理化学研究所のチームによる網膜の再生医療だ。患者の皮膚の細胞からiPS細胞を作り、それを網膜の細胞に変化(分化)させてから移植する。14年に実施する計画だ。
 大阪大学の澤芳樹教授らはiPS細胞で心臓の細胞のシートを作り、重い心臓病患者の心臓に移植する計画を温めている。すでに患者の足から採取した細胞をシート状に培養して移植する治療に成功しており、5年以内の実施を目指している。
 慢性腎不全は患者が33万人、糖尿病は237万人と多く、年間医療費もそれぞれ1兆円を優に超えている。澤教授は「(iPS細胞による再生医療は)医療費の削減と、患者の社会復帰による労働生産力の向上が期待できる」と説明する。
(編集委員 鹿児島昌樹)」(全文)
 
 

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◆2012/02/17 「はがき通信」
 『朝日新聞』

 「●生きることの意味
 11日の「生きることを選んで」(テレビ朝日)を妻と2人、息をのみ、食い入るごとく見た。若くして難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)になった元テレビ報道記者の谷田人司さんが、病と闘いながら同病の患者を訪ね歩き、生きることの意味を問うドキュメンタリー。本人の気持ちや家族の気苦労と介護の負担を考えると、1日でも早い原因究明と治療法の開発が待たれる。再放送でより多くの人に見て欲しい番組だった。 
 (埼玉県久喜市・岡田孝道・会社顧問・71歳)

 ●女性も参加した論議を
 11日の「双方向解説 そこが知りたい! 世界はどうなるのか」(NHK)を興味深く、家事をしながら見た。5部構成で、視聴者の参加もあり、世界経済のこと、外交のこと、諸外国の核の話などを聞くことができ、よかった。が、NHKの解説委員9人が全員男性で、少しがっかりした。半分といかなくても3分の1は女性の有識者の参加で進行して欲しいと思った。見ている視聴者には女性も大勢いるのだから。
 (横浜市・後藤香苗・主婦・64歳)」(全文)
 
 

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◆2012/02/18 「[放送塔]2月18日(投書)」
 『読売新聞』

 「◆患者と家族 絆の力確認
 テレビ朝日など11日「生きることを選んで」で、筋萎縮性側索硬化症(ALS)と闘う元記者から生きることの意義、支える家族と支えられる患者の心情と苦悩が伝わってきた。絆の力を確認するとともに、生きることは、周囲の生きてほしいという願いに支えられていることだと思った。(神奈川県・主婦・鶴田智子57)(「よかった」3通)
      ◇
 【投稿規定】番組に関する感想や意見を約200字で。番組名・放送日、住所(郵便番号も)、氏名、年齢、職業、電話番号を明記。匿名、筆名、二重投稿、封書は不可。掲載分には薄謝を贈呈。はがきは、〒104・8243 読売新聞東京本社文化部「放送塔」係。ファクスは03・3217・8292。メールはhosoto@yomiuri.com、添付ファイル不可。」(全文)
 
 

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◆2012/02/20 「(ニッポン人脈記)声が聞こえる:2 口調までよみがえった」
 『朝日新聞』

 「仏文学者の篠沢秀夫(しのざわひでお)(78)は2009年4月、声を失った。全身の筋肉が動かなくなる難病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)になり、気管を切開して人工呼吸器をつけなければならなかった。
 「篠沢教授」の声を覚えている人は多いだろう。テレビ番組「クイズダービー」で珍回答を繰り出しては、「おおー、愉快、愉快」とおうように笑っていた。歌うような、あの低音。
 篠沢の声は訓練でつくったと妻礼子(れいこ)(71)は聞いている。フランス語を学び始めた中学生の時、「発音のためには呼吸が大切」と教わり、発声練習に励んだという。
 筆談に頼るようになった篠沢に昨年2月、不思議な誘いがあった。「自分の声で講演してみませんか」
 録音した声を使って、文章を読み上げるコンピューターソフトがあるという。本来は声が出るうちに特別な録音をしておくのだが、きれいな録音が残っていれば大丈夫だと説明された。
 そろって機械が苦手な夫婦は半信半疑のまま、誘いを受けることにした。
     *
 2カ月後、本間武蔵(ほんまむさし)(49)と岩木健(いわきけん)(41)が、それぞれパソコンを抱えて篠沢家にやってきた。
 本間は東京都立神経病院で働く作業療法士。体が不自由な患者の日常を支える。岩木は通信機器開発の研究員。電話の自動応答システムやカーナビに使われる合成音声を研究している。2人は全く別の関心から、「自分の声ソフト」にたどりついた。
 本間の病院には筆談が出来なくなった患者が多く、顔の筋肉を使って文字を入力する工夫を重ねていた。徐々に話せなくなる人、気管切開を控えて、あす声を失うという人も見てきた。最後の声を残して、病気が進んだ時、入力した文字を読み上げられないかと考える。いろいろ探して、心の懸け橋という意味をこめた「ハーティーラダー」という名前の無料の「自分の声ソフト」に行き着いた。
 一方、岩木は音声合成の進歩とともに歩んできた。最初の目標はとにかく聞き取れること。ロボット調の声が出来た。次に人間らしい声。アナウンサーの美声を目指した。さらに大阪弁などバリエーションを増やすことになって、最後に「一人ひとりの肉声再生」に挑む。ふたご座の弟の星にちなんだ「ポルックスター」という名の定価100万円のソフトを開発した。
 岩木の会社に、本間がソフト開発の相談に行ったことで2人は知り合い、利用者を紹介しあうようになった。どちらのソフトも声が出るうちに録音することが欠かせない。知名度の高い篠沢に使ってもらえば、手遅れになる人を減らせると話し合った。
     *
 篠沢と礼子の前で、2人はパソコンをカチャカチャ操作した。
 「元気でいたいです。わっは、は」。あの声、あの口調が流れてきた。
 パパが帰ってきた。よみがえった。礼子は、そう感じた。毎日顔を見ているのに、不思議なことだった。
 それぞれのソフトを聞き比べると、本間のは緩急が激しく聞き取りづらいが、時々篠沢そのもの。岩木の方は滑らかだが、少しよそいきな感じ。2人とも相手のソフトをほめあっている。
 篠沢は二つのソフトを使って何度か講演し、筆談で2人に伝えた。「もとの自分の声で今の自分の言葉が聞けてうれしい」
 本間は言う。「本人以上に聞いた家族が喜んでくれる。涙を流す人が多いんです」
 「自分の声ソフト」は、「あの人の声ソフト」でもある。
 (湯瀬里佐)
     ◇
 jinmyaku@asahi.com

 【写真説明】
篠沢秀夫さんと礼子さん
本間武蔵さん(手前)と岩木健さん」(全文)
 
 

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◆2012/02/22 「[検証・県予算2012]難病患者 家族リフレッシュ=静岡」
 『読売新聞』

 「◆終日利用で使いやすく
 人工呼吸器を使用するなど、自宅で看護をしている難病患者の家族が、自己負担1割で看護師の訪問看護(1回4?8時間)を利用できるように助成する「難病患者介護家族リフレッシュ事業」が2012年度、大幅に制度改善される。
 県は、全身の筋肉が動かなくなる筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者の家族の利用を想定している。ALS患者は人工呼吸器を使用すると、痰(たん)の吸引のために、家族らが24時間付きっきりで看護するケースも多い。難病患者の看護や介護疲れも問題となる中、家族のリフレッシュになればと、県は1999年度に全国初の取り組みとして始めた。
 当初は、家族の睡眠時間確保が目的だったため、夜間利用のみを助成の対象としたが、06年度には土日祝日の昼間利用にも拡大した。
 しかし、県内には「夜間や土日祝日に看護師を派遣する訪問看護事業者はほとんどない」(県疾病対策課)。このため、利用は極端に少ない。これまでの利用実績は02年度の80万7000円が最高だが、この年度の予算は1000万円もあった。10年度は120万円の予算に対し、実績は2万4000円だけと、計画倒れになっている。「制度趣旨は良いのだが、使いにくかった」と、日本ALS協会県支部は指摘する。
 県は11年度に患者の会や訪問看護事業者らとの意見交換で「平日昼にも利用できたら、買い物に行けるようになる」との声を聞いたことで、発想を転換して、制度改善を決めた。12年度には、曜日や時間帯の制限を撤廃し、終日利用に拡大、予算も264万円と倍増させる。
 また、医療保険を活用して、1割の自己負担額についても、8時間利用で従来の夜間5190円、昼3480円から、終日3408円に引き下げる。4時間利用は1328円だ。
 課題は、実際に助成をするのは市町ということだ。9割の公費負担を県と市町で折半するが、市町が県からの助成金の受け皿を用意しなくては、その地域の家族は制度を利用できない。昨年12月時点で助成を実施しているのは熱海、伊東、伊豆、伊豆の国、富士、富士宮、焼津、磐田と、県とは別に同様の制度を設けている静岡、浜松両政令市の10市のみ。25市町では、せっかくの県の制度が利用できない実態がある。県疾病対策課は「制度がない市町には整備をお願いしている」というが、県民の間に不公平が起きないような努力が求められる。(おわり)
 
 図=4時間利用した場合の事業枠組み」(全文)
 
 

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◆2012/02/22 「世界のニナガワこと、演出家の蜷川幸雄さんが書いている(春秋)」
 『日経産業新聞』

 「世界のニナガワこと、演出家の蜷川幸雄さんが書いている。「千人の観客がいれば千の動機があり、千の人生があるのです」。だから、自分は千のナイフを持つ舞台をつくらなければならないと。随筆集「千のナイフ、千の目」にある。
▼千の心に、各様に突き刺さる舞台を。あくなき挑戦を続ける活力なのだろう。いや、蜷川さんに限らず「千のナイフ」は演劇界の多くの人が共有する思いでは。豪華な蜷川作品と対極のような簡素な舞台。劇団四季の出身者らが先日、都内で公演した音楽朗読劇「モリー先生との火曜日」もそんな感じを抱かせた。
▼原作は、米コラムニストのミッチ・アルボムの実話小説だ。16年ぶりに再会した恩師のモリー先生はALS、筋萎縮性側索硬化症という難病を患っていた。刻々と近づく死。だが先生は毎週火曜日、人生をめぐるミッチとの最終講義を楽しむように続ける。「いかに死ぬかを学べば、いかに生きるかも学べる」と。
▼生と死。生きる意味。役者のかみしめるような朗読が観客に迫る。難病の肉親を抱える家族。東日本大震災で尊い命を奪われた人。人生の価値を忘れている人……。「国会」劇場の不毛な論戦を聞いているより、よっぽど「千のナイフ」が心を突いてくる。時には、演劇に足を運んでみるのも悪くはない。(12・2・22)」(全文)
 
 

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◆2012/02/24 「(声)私の独立見届け、母は逝った 【西部】」
 『朝日新聞』

 「無職 大神和子(山口県下関市 54)
 筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者の私は告知された約8年前、延命措置を拒否した。ただ1人の家族である母と先輩患者たちに支えられた。1年半の在宅生活の後、高齢の母に負担をかけまいと長期入院を決めた。
 しかし入院生活は想像した生活にはほど遠かった。転院を繰り返し、家に戻りたいと何度思ったか。その度に介護力がないから諦めるしかないのかと心が折れた。09年秋、生活保護を受けて独居できないか、日本ALS協会の方にメールで相談すると、下関市にある障害者の自立支援団体を紹介してもらえた。自身、重度障害のある支援団体の方が下関から北九州の私の入院先に何度も独居の説明と母の説得をしに来てくれた。
 ついに昨年6月13日、独居に成功。人工呼吸器も装着した。好きな時に自由に外出したり買い物したり、人に会いに行ったりするって楽しい。当たり前の生活ができる。自己責任も重い。
 高齢者施設に入った母に2度会いに行った。私の独立を心から喜んでくれた。安心して糸が切れたかのように、半年後、母は逝った。
 私は、やっと安住の地を見つけた。24時間介助してくれる介助者に感謝している。生き抜いてALSの啓発に頑張りたい。」(全文)
 
 

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◆2012/02/28 「コミュニケーション支援機器:活用法、70人が体感 佐賀で研修会 /佐賀」
 『毎日新聞』

 「進行性の難病「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」や人工呼吸器使用などで、体や言葉が不自由な人の意思疎通をサポートする「コミュニケーション支援機器」について学ぶ研修会が25日、佐賀市で開かれた。医療従事者や患者家族ら約70人が参加し、活用方法を体感した。

 国立病院機構長崎川棚医療センターの作業療法士、植田友貴さんが講演。スイッチ一つでパソコンを操作する機器などの実例を紹介しながら「できなくなったことを取り戻して生活の質向上につなげるという意味で、機器活用もリハビリの一環」と呼びかけた。

 会場では、さまざまな支援機器を展示。ボタン一つで操作できる、五十音や簡単な言葉が並んだ文字盤や、視線だけで言葉を入力できる機器などを実演しながら紹介した。【蒔田備憲】」(全文)
 
 

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◆2012/03/04 「(声)私の独立見届け、母は逝った」
 『朝日新聞』

 「無職 大神和子(山口県下関市 54)
 筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者の私は告知された約8年前、延命措置を拒否した。ただ一人の家族である母と先輩患者たちに支えられた。在宅生活の後、高齢の母に負担をかけまいと長期入院を決めた。しかし入院生活は想像した生活にはほど遠かった。
 09年秋、生活保護を受けて独居できないか、日本ALS協会の方にメールで相談すると、下関市にある障害者の自立支援団体を紹介してもらえた。自身、重度障害のある支援団体の方が下関から北九州の私の入院先に何度も独居の説明と母の説得をしに来てくれた。
 ついに昨年6月13日、独居に成功。人工呼吸器も装着した。好きな時に自由に外出したり買い物したり、人に会いに行ったりするって楽しい。当たり前の生活ができる。自己責任も重い。
 高齢者施設に入った母に2度会いに行った。私の独立を心から喜んでくれた。安心して糸が切れたかのように、半年後、母は逝った。
 私はやっと安住の地を見つけた。24時間介助してくれる介助者に感謝している。生きてALSの啓発に頑張りたい。」(全文)
 
 

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◆2012/03/07 「医療功労賞 全国表彰 舟田さん「評価うれしい」=福島」
 『読売新聞』

 「「第40回医療功労賞」(読売新聞社主催、厚生労働省、日本テレビ放送網後援、エーザイ協賛)の全国表彰者が決まり、県内から竹田綜合病院(会津若松市)看護課長の舟田由美子さん(50)が選ばれた。筋萎縮性側索硬化症(ALS)など神経難病患者の看護の功績が高い評価を受けた。舟田さんは「みんなで取り組んできた成果。評価されてうれしい」と笑顔で話した。(全国表彰者の横顔は特別面に掲載)
 患者の「生活の質」を向上させることに心を砕いてきた。忘れられない先輩の女性看護師がいる。その看護師2人は、ALS患者の外出を支援するボランティアをしていた。看護師が同行することで、患者は人工呼吸器を付けていても外出が可能になる。福島市の花見山、下郷町の大内宿、ディズニーランド……。自ら実費を負担して、患者とともに各地へ出かけた。
 この活動に関心を持った舟田さんも10年ほど前、患者、先輩看護師とともに、いわき市の海洋科学館「アクアマリンふくしま」へ出かけた。施設側と事前に相談して車椅子でも通れるよう準備したり、外出中に患者のたんを吸引したりと、大変そうだと思った。その一方、外の空気を吸った患者に喜んでもらえた。
 「呼吸器を付けているからといって、外に出られないわけではない。できることなんだ」と実感した。
 外出を望む患者は多い。「看護師個人のボランティアに頼らないような、外出支援の態勢を築くことができれば。これからの課題ですね」と意欲を見せた。
   
 写真=「患者さんの生活の質の向上に努めたい」と語る舟田さん」(全文)
 
 

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◆2012/03/07 「第40回医療功労賞 全国表彰18人の横顔=特集」
 『読売新聞』

 「国内外の困難な環境の下、長年にわたり献身的に活動してきた医療関係者を表彰する「第40回医療功労賞」の全国表彰者18人が決まった。今回は国内部門が15人、海外部門が3人。3月16日、東京・帝国ホテルで行われる表彰式を前に、受賞者の横顔を紹介する。(文中敬称略)
 
 ■国内部門 
 ◆訪問看護 リハビリ重視 
 ◇小島清幸(こじま・きよゆき) 65 理学療法士 
 1974年に当時極めて少なかった理学療法士の資格を取得。以来、さまざまな疾患をもつ患者のリハビリに取り組んできた。2001年には道内の理学療法士として初めて起業し、リハビリに重点をおいたデイサービスや訪問看護に着手。「患者に優しく、誠実に」をモットーに、今後も高齢化の進む地域で活動を続けていく。<北海道室蘭市>
 ◆超重症児向け病棟開設 
 ◇西野千郷(にしの・ちさと) 70 医師 
 1996年に重症心身障害児施設「札幌あゆみの園」の園長として赴任以来、重症児医療の環境改善に取り組んだ。当時、全国的にも不足していた超重症児病棟を開設し、入院医療を積極的に推進。また短期入所や居宅介護事業などの各種医療福祉サービスも拡充するなど、地域の重症児医療を発展させた功績は大きい。<札幌市>
 ◆てんかん専門部門創設 
 ◇伊東宗行(いとう・むねゆき) 74 医師 
 1962年に岩手医大を卒業後、小児科医として子供の診療に携わってきた。83年に国立療養所釜石病院長に就任し、重症心身障害児者に多いてんかんの専門部門を県内で初めて創設した。重症心身障害児施設「みちのく療育園」では、2001年の開設以来、施設長を務め、今も現役医師として患者と向き合い続けている。<岩手県矢巾町>
 ◆神経難病患者・家族を支援 
 ◇舟田由美子(ふなだ・ゆみこ) 50 看護師 
 在宅の筋萎縮性側索硬化症(ALS)など神経難病患者とその家族を支援するため、さまざまな施策を行ってきた。介護ヘルパーに対する痰(たん)の吸引のための講習会や介護する家族の負担軽減のため一時的に患者を受け入れる「レスパイト入院」の実施など、患者の家族を支援する環境づくりに大きく貢献した。<福島県会津若松市>
 ◆肢体不自由児の療育貢献 
 ◇古谷彊(ふるや・つとむ) 79 医師 
 1966年に柏市に整形外科病院を開業し、地域の労災医療や救急医療、身体障害者医療などを一手に担ってきた。障害を持つ子供の親の切実な声を聞き同年、「肢体不自由児を育てる会」を設立。以来46年間、「肢体不自由児に十分な療育を」をモットーに、母親と障害児に対する療育指導に貢献している。<千葉県柏市>
 ◆住民の健康増進に注力 
 ◇吉居富美子(よしい・とみこ) 69 保健師 
 「病院に来ない人にも健康の大切さを呼びかけたい」との思いを胸に保健師として40年以上、生活習慣病の予防活動に取り組んできた。結核対策の健康診断に血圧測定を導入した脳卒中の予防対策や、地域ぐるみの健康づくり活動の基盤整備に貢献した。退職後も寸劇による啓発活動を精力的に行うなど、住民の健康増進に力を注いでいる。<富山市>
 ◆在宅療養者ケアに奔走 
 ◇唐木美代子(からき・みよこ) 57 保健師 
 生活に密着した地域医療の最前線で取り組みたいと、30年以上の長きにわたり在宅療養者のケアに奔走してきた。看取(みと)りと診療のための巡回診療車の導入や近隣の医療関係者とのネットワークの整備、介護予防事業の推進にも尽力。急速な高齢化が進む中、地元の介護認定率の低さは県内トップクラスを維持している。<山梨県北杜市>
 ◆産科・小児科の連携図る 
 ◇西村佳子(にしむら・よしこ) 67 助産師 
 舞鶴市を中心に、厳しい環境に置かれている母子周産期医療に力を注いできた。1982年に国立舞鶴病院母子医療センターが設立され、翌年に看護師長に就任。妊婦がより安心して出産に臨めるように、産科と小児科の連携を強化した。また、同病院精神科では、当時まだあまり認知されていなかった産後うつのケアに努めた。<京都府舞鶴市>
 ◆24時間の救急体制整備 
 ◇三木一仁(みき・かずひと) 63 医師 
 三重県、奈良県に隣接する和歌山県東南部の市立病院の脳神経外科医として勤務。2001年に病院の老朽化などに伴い、市立医療センターとして旧市内から郊外に移転する際に陣頭指揮を執り、急性期医療の充実に努めた。移転後も地元の開業医と連携し、地域の中核病院として24時間の救急体制を整えた。<和歌山県新宮市>
 ◆病気でなく病人を診る 
 ◇湯川喜美(ゆかわ・きみ) 75 医師 
 大学卒業後の1963年、倉吉市の山間部で診療所を営む親族が急逝したため急きょ同地で開業。その後、県の中核病院の医師として地域医療に取り組み、99年には地元三朝町で再び開業医に。「病気を見る医者より、病人を診る医者になれ」という座右の銘の通り、患者一人ひとりと対話を重ねる姿勢に住民からの信頼も厚い。<鳥取県三朝町>
 ◆障害児の環境向上尽力 
 ◇伊達伸也(だて・しんや) 56 医師 
 1992年に肢体不自由児施設の県立松江整肢学園の副園長に就任以来、重症心身障害児医療・療育活動に取り組んできた。県から施設の移管を受け、医療機能の拡充と暮らしやすい環境整備のため施設の全面改修を実施。必要な時だけ施設で過ごすショートステイや在宅の障害児に対する制度作りへの働きかけにも余念がない。<松江市>
 ◆療養所の無償診療継続 
 ◇大島昭夫(おおしま・あきお) 75 医師 
 開業医としての診療の傍ら、ハンセン病療養所である国立療養所長島愛生園で、耳、咽頭の変形や嚥下(えんげ)などの機能障害を患った入所者に対し、1995年より毎週欠かさずボランティアとして耳鼻咽喉科の診療を続けてきた。入所者からの信頼も厚く、同園では欠かせない存在として週1回の診療を心待ちにする入所者の期待に応えている。<岡山県倉敷市>
 ◆新生児死亡率減に努める 
 ◇古川正強(ふるかわ・せいきょう) 71 医師 
 国立療養所香川小児病院の小児科医長として赴任以来、全国初となる小児救急患者の24時間受け入れや、新生児、未熟児の搬送を行うドクターカーの導入など、新生児死亡率の減少に大きく貢献。2003年に副院長に就任後も他の医療機関との連携強化に努め、周産期の母子医療の向上に取り組んできた。<香川県善通寺市>
 ◆妊婦の無介助分娩解消 
 ◇秋田美智子(あきた・みちこ) 73 保健師 
 県の保健師として、山間部で伝染病予防の検診や妊婦や乳幼児の保健活動に努め、妊婦の無介助分娩の解消や乳児の先天性股関節脱臼の予防、早期発見に大きく寄与した。退職後の1999年、市町村の多様化するニーズに対応するため「県在宅保健活動者なでしこの会」を設立し、県内の保健活動をサポートする体制の基礎を作り上げた。<高知市>
 ◆地域の歯科医療61年間 
 ◇高良政利(たから・まさとし) 85 歯科医師 
 戦後まもない1951年に、医師不足や医療器具、薬品の入手が困難など、劣悪な医療環境の中で歯科医院を開業。以来61年の長きにわたり、地域の歯科医療を支え続けてきた。沖縄県歯科医師会立口腔衛生センターの開設当初から現在に至るまで、重度心身障害者を含む障害者歯科治療の充実と福祉の向上に尽力した。<那覇市>
 
 ■海外部門 
 ◆地域に根ざした技術指導 
 ◇清水直美(しみず・なおみ) 55 看護師 
 ネパール、ラオス、インドネシアの病院で、看護職への看護技術の指導や地域に根ざしたマニュアル作りなど、看護システムの構築に大きく貢献。ネパールでは、結核対策としてのフィールドワーカーの指導や結核予防の啓蒙活動にも力を注いだ。現地の文化や宗教などを積極的に理解し、指導する姿に現地の人々からの信頼も厚い。<札幌市>
 ◆中米に看護体制の礎築く 
 ◇小川正子(おがわ・まさこ) 60 大学教員 
 看護教育分野の専門家として中南米6か国で活動してきた。1997年にエルサルバドルの看護強化プロジェクトのチーフアドバイザーに就任。同国の看護カリキュラムの改善や教材の作成、国家試験の導入に尽力した。また自らが教育した看護分野の専門家を周辺諸国へ派遣するなど中米全体にわたる看護体制の礎を築いた。<福岡県久留米市>
 ◆自閉症児療育学級を設立 
 ◇菊地義治(きくち・よしはる) 71 団体役員 
 サンパウロ日伯援護協会会長として、医療過疎地への巡回診療、日本語で診察を受けられる病院の運営など、世界最大の日系社会を抱えるサンパウロ州の医療・福祉分野で多大な貢献をしてきた。特に、ブラジル初の自閉症児療育学級の創立と自閉症児の自立支援活動は、ブラジルの医療、福祉関係者からも注目を集めている。<ブラジル・サンパウロ>
 
 ◎中央選考委員(敬称略) 
▽高久史麿(自治医科大学学長)▽林謙治(国立保健医療科学院院長)▽加藤達夫(国立成育医療研究センター理事長・総長)▽岩尾總一郎(国際医療福祉大学副学長)▽松谷有希雄(国立療養所多磨全生園園長)▽井部俊子(聖路加看護大学学長)▽阿曽沼慎司(厚生労働事務次官)▽大谷泰夫(厚生労働省医政局長)▽外山千也(厚生労働省健康局長)▽大久保好男(日本テレビ放送網社長)▽内藤晴夫(エーザイ社長)▽白石興二郎(読売新聞グループ本社社長)▽久保博(読売新聞東京本社事業局長)
 
 主催 読売新聞社 
 後援 厚生労働省、日本テレビ放送網 
 協賛 エーザイ
  
 写真=表彰の18人」(全文)
 
 

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◆2012/03/07 「小室等さんらを招き、魂のコンサート開演 市民グループ、18日に小松で /石川県」
 『朝日新聞』

 「小松市を拠点に、高齢者への聞き書きボランティアやがん患者支援などを続ける市民グループ「いのちにやさしいまちづくりネットワーク」が18日、小松駅前の県こまつ芸術劇場うららで、ミュージシャンの小室等さんらを招いたコンサート「魂のいちばんおいしいところ」を開く。代表の榊原千秋・金沢大助教(看護学)は「活動の支えになってきたコンサートも今年で15周年。たくさんの人に楽しんでほしい」と呼びかけている。
 同ネットは、小松市在住の榊原さんらが1996年から市内の筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者の介護ボランティアを始めたことをきっかけに生まれた。97年には詩人の谷川俊太郎さんらを招いたコンサートも始まり、小松市や金沢市で小室さんらも出演したコンサートを毎年のように開いてきた。
 コンサートは18日午後1時から約3時間半の予定。小室さんのほか、谷川さんの長男で作曲家・ピアニストの谷川賢作さんらが出演する。ホスピスケアで全国的に知られる鳥取市の医師、徳永進さんの講演「死を包む言葉」もある。県の子育て支援関連の補助金を受けた。
 チケットは一般3500円、中学生以下2千円(当日は各500円増)。問い合わせは、つじぶん(0761・21・2323/メール tsujibun@kmt.fitweb.or.jp)へ。(長田豊)」(全文)
 
 

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◆2012/03/09 「健やかわかやま:障害者施策考える 24日、和歌山ビッグ愛でシンポ /和歌山」
 『毎日新聞』

 「障害者施策について考えるシンポジウム(NPO法人自立生活応援センターわかやま主催)が24日午後1時から、和歌山市手平2の和歌山ビッグ愛で開かれる。障がい者制度改革推進会議の委員、尾上浩二氏の講演やパネルディスカッションがある。資料代500円。

 尾上氏は、障害者自立支援法を廃止して新法を検討する同会議などについて語る。パネルディスカッションには、尾上氏やALS訴訟の代理人を務める長岡健太郎弁護士、重度身体障害者の石田雅俊さんら5人が参加する。

 問い合わせは、NPO法人自立生活応援センターわかやま(073・472・6731)。【岡村崇】」(全文)
 
 

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◆2012/03/10 「ALS患者へ激励の色紙 府中の佐々木さん あす200枚携え福島へ=多摩」
 『読売新聞』

 「全身の筋肉が動かなくなるALS(筋萎縮性側索硬化症)患者の佐々木公一さん(64)(府中市四谷)が、東日本大震災からちょうど1年となる11日、福島県郡山市で開かれる福島県民大集会に参加する。全国のALS患者と、患者を支える人たちが書いた色紙約200枚を携え、福島への応援メッセージを自ら届ける。
 佐々木さんは昨年10月、震災のお見舞いを兼ねて、患者団体「日本ALS協会」福島県支部の総会に参加した。その際に、普段の生活を手助けする看護学生ボランティアなどが書いた色紙約20枚を持参し、とても喜んでもらえたという。
 福島第一原子力発電所の事故で、福島県ではヘルパー不足が深刻化している。佐々木さんによると、同県内に約150人のALS患者がいるが、在宅で過ごすことが難しくなっており、「(地震、津波、原発事故の)三重の苦しみと闘う患者全員に色紙を送りたい」という思いを募らせた。
 このため、ALS患者のメーリングリストなどを活用し、呼びかけを開始した。反響は大きく、患者の家族や医師、看護師、ヘルパー、友人などが福島への思いを記した色紙が郵送されてきた。もちろん、家族などに代筆してもらった患者本人の名前の色紙も多かった。
 「ふるさとを取り戻そう」「明けない夜はない!」??。こうしたメッセージ入りの色紙は、首都圏を中心に、福岡、香川、長野県など全国各地から届き、当初の目標だった150枚を大きく上回った。
 寄せ書き形式の色紙も多く、今回の運動に協力したのは、4?90歳くらいの1000人以上に上る。患者仲間からは「助けられてばかりだったが、励ます側になれてよかった」「何かしたいと思っていたが、よい機会をありがとう」という声も届いているという。
 佐々木さんは、1996年にALSを発症し、人工呼吸器を付けて在宅療養している。わずかに首を動かし、左ほおにつけたセンサーでパソコンを操作しメールも送信する。妻の節子さん(62)を通じ、大学で体験を語ることも多く、学生たちも色紙を書いてくれた。
 11日は、看護学生や運転ボランティアなども含め、計9人で府中市を早朝に車で出発し、午後の集会では、みんなで色紙を広げ、ALS患者からのメッセージにしたいという。その後、現地の保健所などの協力も得て、福島県の患者全員に色紙を届けたい考えだ。
 
 写真=全国各地から届いた色紙を前にする佐々木さん(右)と妻の節子さん」(全文)

 

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◆2012/03/15 「我が家、最期まで 佐賀の山田濶さん、在宅医療で難病の妻見届ける /佐賀県」
 『朝日新聞』

 「病院ではなく、自宅で療養する「在宅医療」。佐賀市の山田濶(ひろし)さん(67)は昨年8月、難病の妻が亡くなる日まで自宅で過ごした。約半年の在宅医療を「看護師の訪問などがあったからできた。自分だけでは無理だった」と振り返る。

 妻・住恵さんに異変が起きたのは2010年。家具を動かしていて右腕を骨折した。治療後にリハビリをしたが、手に力が入らない。そのうち声も出にくくなった。
 昨年2月、県立病院好生館で、難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)と診断された。筋肉がやせていく原因不明の病気だ。
 有効な治療法がないため「入院は難しい」と言われ、山田さんは自宅で看病することにした。看護師やマッサージ師らが週2回ずつ訪れ、病状を確認したり、マッサージをしたりすることになった。
 約40年間、警察官として薬物犯罪捜査に携わり、忙しい日々を過ごしていた山田さん。退職後に夫婦で全国を旅した。7月には「ラベンダーを見たい」という住恵さんの願いをかなえるため、娘と3人で北海道・富良野を初めて訪れた。
 北海道から戻って、住恵さんは、たんが詰まるようになった。山田さんは看護師に教えてもらい、数時間おきにたん吸引をした。
 亡くなった8月29日は住恵さんの希望で朝から唐津市に出かけていた。帰宅後、住恵さんは息苦しさを訴えて救急車で佐賀市の病院に運ばれた。
 医師は「人工呼吸器を付ければ5〜10年延命できる」と伝えたが、住恵さんの意思を尊重して付けないことにした。午後9時半過ぎ、山田さんに手を握られ息を引き取った。64歳だった。
 山田さんは在宅医療は家族の力だけでは成り立たないと考えている。「1日1日悪くなってく様子が見ていられなかった。24時間一緒にいられる良さがあったが、その一方で慣れない看護に気は抜けなかった」と話した。(伊豆丸展代)

 【写真説明】
(上)山田住恵さん(下)自宅で妻を看病した山田濶さん=佐賀市」(全文)
 
 

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◆2012/03/16 「ITパラリンピック・2012」
 『読売新聞』

 「20日午前10時から、東京都千代田区の秋葉原ダイビル。筋萎縮性側索硬化症(ALS)の患者らがパソコンや最新電子機器の使い方を実演。ALS患者で学習院大名誉教授の篠沢秀夫さんも来場予定。難病患者を支援するNPO法人ICT救助隊と首都大学東京の共催。入場無料。問い合わせは協賛のNEC社会貢献室(03・3798・9555)へ。」(全文)
 
 

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◆2012/03/17 「(再読 こんな時、こんな本)介護という物語 三省堂神保町本店・福澤いづみさん」
 『朝日新聞』

 「三省堂神保町本店・福澤いづみさんに聞く

 有吉佐和子が『恍惚の人』を発表したのは40年前。以来、介護をテーマにした小説や体験記は数多く生まれています。介護にかかわる人、いずれかかわるかもしれない人に向け、介護とは何か改めて考えるための4冊を紹介します。

 (1)『楢山節考』は、よく知られた姥(うば)捨て伝説を題材にした物語。
 幼い頃、この本を原作にした映画を見て、カラスが舞う岩山に年老いた母を置き去りにするシーンに、胸がふるえるような恐れを感じた。
 今、原作を読んで心に残るのは棄老という行為の非情さよりも、むしろ貧しい村のおきてを粛然と受容する老母と息子との静かな情愛の交流である。
 福澤さんは「『介護』以前には、日本には、こういう世界が確かに存在したのだろう。親子のそれぞれを思いやる心が、やがて介護へと変遷していったのだろうか」と語る。
 (2)『あなたは私の手になれますか』の著者は、生まれつき手足が不自由で、介助者がいなければ日常生活を送れない。
 ケアをする側からの体験記は数多いが、この本は、「ケアを受けるプロ」として、「心地よいケア」とは何か、を徹底的に掘り下げている。
 著者は、ケアについて、「生きるためだけのものではなく、レクリエーションの時も仕事の時も必要であることをこれから私たちは訴えなければならない」と説く。
 福澤さんは、「ケアを受ける側はすべての瞬間が『日常』である。ケアをする側も、その行為が『日常』であるようにしなければならないことを気付かされる」と挙げた。
 (3)『介護入門』は、2004年の芥川賞受賞作。
 大麻を吸いながら、寝たきりの祖母を介護する、29歳で無職の「俺」が、ラップのような口調で日常を語る。手抜きをする介護士や傍観者でしかない親類へのいらだちなど、麻薬中毒者の錯乱気味の独白の中には、「介護者の心意気とでも呼びそうなもの、そして、介護すべき相手への愛情」(福澤さん)がにじむ。
 (4)『逝かない身体』は、進行性難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)を患った母を12年間介護し、そしてみとった娘の手記だ。
 神経が侵され、人工呼吸器をつけた母。会話はおろか、まばたきまで困難になっていく姿にいたたまれず、著者は何度もその母を死なせようと思う。「そうしなかったのはすんでのところで母の身体から、そのような声――あなたたちといたいから、別れたくないから生きている――が聞こえてきたからだ」
 筆者は「長患いの人の生を切り捨てる」世の流れに疑問を呈し、あとがきにこう記す。「辛い? 苦しい? が繰り返されるなかでさまざまな工夫や智恵が生み出される末期の看病と、そこにたしかに存在する希望とを私は描いてみたかった」。読後感は重くとも、その思いは、ギリギリのところで成就していると思う。(立松真文)

 ●恍惚の人(見るなら)
 いまは成海璃子にロックオンされている私のスクリーンアイドル遍歴も、古きをたずねれば高峰秀子にたどりつく。なんつったって5歳でデビューした天才子役の元祖っすよ。成瀬巳喜男監督の「秀子の車掌さん」(1941年)でバスの車掌さん役を演じたのは17歳。うしろ髪をたばねた、けなげなキュートさは天下一品だった。
 「恍惚の人」(73年)は、彼女が映画から遠ざかりつつあったころの出演作品だ。森繁久弥が演じる認知症の老人の介護をほとんど一身にひきうける嫁の昭子の役。共働きで法律事務所の勤めと家事をこなしながら義父の面倒をみているのに、夫は協力的ではない。義父には部屋中にウンコをなすりつけられたりして、踏んだり蹴ったりな目にあわされている。
 そんな昭子を義父は「おかあさん」と呼ぶ。あのけなげさは神々しく昇華されたのだった。(龍)
 DVDの発売元は東宝、4725円。

 ◆上の本を各1冊、計4人に差し上げます。住所・氏名と書名を記し、はがきで〒104・8011 朝日新聞be「再読」係へ。22日消印まで有効。発送をもって発表といたします。ブック・アサヒ・コム(http://book.asahi.com/saidoku/)から購入できます。

 【写真説明】
(1)深沢七郎著、1956年(新潮文庫、420円)
(2)小山内美智子著、97年(中央法規出版、1575円)
(3)モブ・ノリオ著、2004年(文春文庫、450円)
 <記者のお薦め>
(4)川口有美子著、09年(医学書院、2100円)」(全文)
 
 

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◆2012/03/18 「難病患者も災害に日ごろから備えを 被災地の医師ら助言 /宮崎県」
 『朝日新聞』

 「東日本大震災から1年を機に、災害時の難病患者支援やその備えを考えるセミナーが17日、宮崎市であった。県難病相談支援センターが主催し、患者や自治体の担当者など約50人が参加。被災地から招いた医師らの講演を聞いた。
 大津波や原発事故を伴った東日本大震災では、阪神大震災に比べて避難生活が長引き、難病患者の療養環境を維持する難しさが指摘されていた。
 国立保健医療科学院の金谷泰宏・健康危機管理研究部長は、在宅ケアが広まる一方、地域の災害要援護者に難病患者が入っていなかったことを問題視。医療者や医薬品の配分が滞ったりインスタントが多い避難所の食事が容体に影響したりしたことを課題に挙げた。
 大津波が襲った宮城県山元町の国立病院機構宮城病院からは、今井尚志医師が出席。ライフラインが途絶した中で、全身の筋肉が動かなくなる筋萎縮性側索硬化症(ALS)の患者を県外に避難させた現場を振り返った。同院では従来、残された筋力を用いてコンピューターを操作する訓練を重視しており、「看護環境が変わっても意思伝達ができるよう、患者も備えておく必要がある」とした。
 患者からは「いざという時、助けを呼べるか不安」などの感想があった。金谷さんは、救助隊に居場所を発信できるよう笛を身につけることなどを提案し、「自助の工夫を」と助言。首藤正一・支援センター長は「患者自ら積極的に自治会の役割を担うなどして近所付き合いを深め、信頼できる情報源を複数確保してほしい」と話した。(谷川季実子)」(全文)
 
 

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◆2012/03/19 「(この人に聞く)いのちにやさしいまちづくりネットワーク・榊原千秋さん /石川県」
 『朝日新聞』

 「NPO法人化する狙いは

 小松市での難病患者支援をきっかけに有志が集まり、コンサートの開催やがん患者の支援などを続けてきた市民グループ「いのちにやさしいまちづくりネットワーク」。今年、NPO法人「いのちにやさしいまちづくり ぽぽぽねっと」として、新たな一歩を踏み出そうとしている。同ネット代表で新NPOでも理事長に就任する予定の榊原千秋さん(50)に活動内容などを聞いた。
 ――これまでの活動内容を教えて下さい
 1996年に筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者の西尾健弥さんと出会い、ボランティア介護を始めたことがきっかけになりました。97年に西尾さんの自宅に詩人の谷川俊太郎さんを招いて最初のコンサートを開催し、98年に「ALSと仲間達」を結成。99年に西尾さんが亡くなった後も、毎年のように開いてきたコンサートがよりどころとなり、ボランティアの輪が広がりました。
 現在、がん患者や家族と医療福祉従事者が食を通じて交流する「いのちのスープの会」や、高齢者らの言葉を1人のボランティアが聞き取って1冊の本にする「いしかわ聞き書き長屋」などを続けています。
 ――NPO法人化する狙いは
 これまでコンサートが担ってきた「よりどころになる効果」を期待しています。毎回、呼びかけて集まるのではなく、ボランティア仲間一人ひとりが所属意識を持ってもらえれば。
 活動を通じて「居場所」の大切さを実感しています。がんを患ったり家族をがんで亡くしたりした後でも、私たちの活動に参加することで元気を取り戻した仲間もいます。新たなNPOをそんな居場所にできれば、と考えています。
 新NPOでは、小松市内の開業医や寺院などに協力を求めているほか、金沢市内にもたくさんいる仲間も加わり、子育て支援や障がい児・者の居場所づくり、医療従事者らのネットワークづくりにも取り組みます。
 NPO法人化は2月に申請手続きを始めたところで、順調にいけば5月中にも認可される見込みです。
 ――今年の活動予定は
 5、6月に計3日間の聞き書きボランティア養成講座、8月18、19日に輪島市で「能登聞き書き学校」を開きます。4月から小松市内に開設する事務所でもボランティア養成講座などを開く予定です。
 誰でも参加歓迎ですが、本当の仲間になるには、私たちと出会い、語り合った上でともに活動してほしい。関心のある人はまず、ぽぽぽねっとのメールアドレス(popopo.net77@gmail.com)へ問い合わせをいただければと思います。
 (聞き手・長田豊)
     *
 さかきばら・ちあき 50歳 1962年2月、愛媛県出身。地元の町で保健師として約4年間勤めた後、夫の出身地の小松市に移住。市のヘルパーなどを経て、40歳で金沢大学大学院保健学類に入学。2005年春から同大助教(看護学)。」(全文)
 
 

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◆2012/03/20 「(郷土 ゆかりのほん)「歌集 蝶」 渡辺松男 危うさと喜び、表現し続ける/群馬県」
 『朝日新聞』

 「木のやうに目をあけてをり目をあけてゐることはたれのじやまにもならず
 日本語の通常の表記は、漢字の情報量を活用して意味を受け取りやすくするため仮名と漢字をバランス良く使う。それをぎりぎりの所で回避している。
 読み手は文字を一つずつたどり、「目を開けてゐることは誰の邪魔にもならず」と変換し、鉱物でも動物でもなく「木」でなければならないことを知る。その美しさに、ひそやかで寂しい在り方に体が痛くなってくる。
 著者の渡辺松男は本県在住の歌人。歌壇賞、現代歌人協会賞、寺山修司短歌賞などの受賞歴を持つ。第七歌集となる本書は「あとがき」によれば「妻がまだ生きていた頃、私も自分がいずれ筋萎縮性側索硬化症と診断されることになるとは夢にも思っていなかった頃」の未発表歌356首を収める。
 山鳩(やまばと)のでいでいぽぽと啼(な)くこゑのあけがたはみえぬ巡礼のゆく
 鉛筆のやはらかくねばりある芯のうごくさき春といふ字うまるる
 かんざしにきぶしの花穂(くわすい)さしやればよろこぶ、なんにでもよろこぶ君が
 ひまはりの種テーブルにあふれさせまぶしいぢやないかきみは癌(がん)なのに
 自販機のまへにてなにかつぶやきしそこまではわれでありにし記憶
 渡辺は誰にでもある存在の危うさと喜びを幻視者として、事物の観察者として表現し続けている。私たちにとって共に生きる人間であり続けているのだ。
 たれもすこしのあひだしか生きられはせずそのあひだのこのときの片栗
 ながらみ書房・2730円
 (俳人、水野真由美)」(全文)
 
 

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◆2012/03/22 
 

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◆2012/03/31 「1字1字紡いだ16万字 重度障害の30歳 かすかなサイン 通訳介し論文」
 『読売新聞』

 「◆立命大学院 重度障害の30歳 
 重度障害で意思伝達に困難を伴う東京都武蔵野市の天畠(てんばた)大輔さん(30)が、立命館大大学院の先端総合学術研究科(京都市)で修士に相当する2年間の課程を終えた。発語ができず、体はほとんど動かず、文字を読む視力もないが、通訳者の協力で1文字ずつ確定させる「あかさたな話法」と、インターネット利用の無料テレビ電話で授業に参加し、自身のコミュニケーションをテーマに164ページ、約16万字に及ぶ障害学の論文を書き上げた。(編集委員 原昌平)
 天畠さんは14歳の時に一時的な糖尿病になり、診断・治療のミスで脳障害を負った。意識も聴覚も正常だが、意思表示は快・不快の表情しかできず、医師は「知的レベルも幼児段階まで低下した」と言った。
 それを信じなかった母の万貴子さん(59)が4か月後、50音表の利用を思いついた。「言いたい文字があれば何かサインを」という求めに、天畠さんが1時間かけて「へつた」(腹が減った)と伝えた。後に自ら名づけた「あかさたな話法」の始まりだった。
 通訳者は、天畠さんの右手か首に触れながら「あかさたな……」と行の名を読み上げる。「た」の時に筋肉が動けば、次は「たちつてと」と読み上げる。「て」の時に反応すると、やっと「て」の文字が確定する。
 現在は19人が介護ヘルパーとして通訳を務める。慣れた通訳者は「おは」と続けば、「おはよう、ですか?」などと予測して提案する。意思に関係ない不随意運動も起きるため機器での意思伝達はかえって時間がかかり、「人を介した通訳が私にはベスト」だという。
 2004年からルーテル学院大(東京)に車いすで通い、学生らの協力を得て卒業。10年度に立命館大大学院へ進んだ。論文作成では、母と通訳者にインタビューを行い、通訳をめぐる課題を探った。文献は読み上げてもらって記憶した。
 指導する立岩真也教授(社会学)は「京都までの移動が大変なので、大学の障害学生支援の予算も活用し、ネット電話の『スカイプ』を使うなどの工夫をした。論文は、彼のような方法でのコミュニケーションの実際を初めて明らかにした貴重なものだ」と話す。
 「障害者のための通訳者が社会的に認知され、制度保障が実現するのが理想」という天畠さん。4月からは日本学術振興会の特別研究員に採用され、博士課程で研究を続ける。フランスでの調査も計画中だ。
 『声に出せない あ・か・さ・た・な』という自伝も6年がかりで書き、近く生活書院から出版する。
 盲ろう者の福島智(さとし)・東京大教授(障害学)の話「私は情報の『受信』、天畠さんは『発信』の面で、大変な努力を要している。途方もない困難の中で、一つひとつの言葉をつむぎ出すことに全力を尽くす彼の存在は、効率性と迅速さを求める傾向の強い現代社会に様々な示唆を提供できる」
 ◆障害者の社会参加 欠かせぬ通訳支援
 情報・コミュニケーションの支援は、障害者の活動や社会参加に欠かせない。聴覚障害なら手話通訳や要約筆記、視覚障害なら点字や朗読、盲ろう者だと指点字や触手話が必要になる。
 脳障害や神経難病で発信が困難なケースもある。典型的なのは筋萎縮性側索硬化症(ALS、難病医療受給者は約8400人)で、意識は鮮明なのに全身の筋肉が動かなくなる。指先の動きやまばたきなどでパソコンを操作する意思伝達装置は支給されるが、うまく使える人ばかりではない。
 この領域にも通訳の制度が必要だろう。当事者による研究はその基礎になる。
  
 写真=「あかさたな話法」で1文字ずつ伝え、論文を書き上げた天畠さん(中央)(東京都武蔵野市の自宅で)=鷹見安浩撮影」(全文)

*作成:長谷川 唯
UP:20100227 REV:
ALS
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