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ADA(障害をもつアメリカ人法)/本質的な機能/合理的配慮


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last update: 20160301

◆立岩 真也 1997/09/05 『私的所有論』,勁草書房,445+66p. ISBN-10: 4326601175 ISBN-13: 978-4326601172 6300 [amazon][kinokuniya] ※
Tateiwa, Shinya(立岩 真也) 2016 On Private Property, English Version, Kyoto Books

 chap.8 note 3
 "See the Americans with Disabilities Act (P.L. 101-336) of 1990. For a Japanese translation see Saito [1991] and for translation and interpretation of this act see Japan National Council of Social Welfare ed. [1992]. This legislation is also introduced and discussed in Yashiro and Tomiyasu eds. [1991]. For a skeptical analysis of the A.D.A. see Hanada [1991] and Terada [1991] in Yashiro and Tomiyasu eds. [1991]. For a list of other relevant publications see the arsvi website: ADA."


 1990年7月,合衆国で「アメリカ障害者法」(The Americans with Disabilities Act=ADA,直訳すれば「障害を持つアメリカ人法」が成立した。

■新着

◆立岩 真也 2012/11/23 「雇用差別の禁止について/国連条約に対する韓国の寄与について」(質疑応答において),国際障害学研究交流会 於:韓国・ソウル市 イルム・センター

◆立岩 真也 2009/11/01 「免責される/されないこと・2――身体の現代・15」,『みすず』51-10(2009-11 no.577):- 資料,

 「「あなたがわざとしかじかをしたのではないこと(しなかったこと)はわかった(あるいは最初からわかっていた)。けれども、ここで働く人には、それをしてもらったら(あるいはしなかったら)困る、仕事をしてもらっていることにならないのだ。だからわるいけど(いやわるいと思わないが)、辞めてもらいます(あるいは採用することはできません)。」
 職場とはそんな場ではないか。むろん、職場の人間関係的には――それが職務の重要な部分をなすとされることがあることは後で見る――なぜあの人が休んだのかといったことが重要であることはある。ただ、雇用するか、続けるかといった基本的なところでは、その人が仕事がうまくこなせないのは、なまけているせいであるのか、そうでないのか、それはどうでもよいとされることがある。本人の努力不足であるのか、はたまた病気であるのかないのか、それとは関係なく、その人を使う使わないことが決まることがある。(ときに分けられずに語られるごとがあるのだが、学校という場と職場とはずいぶん異なる。前者においては、基本的に学生は利用者・消費者として存在している。そこでは、各々の学生の属性とは別に、またときにその属性に対応した策を講じて、同じだけのものを得られるようにすることが正当とされるだろう。)
 すると、自分ではどうしようもない病気・障害であることを証明したところで、あるいはかえって証明したがために、職を失ったり職を得られないことも起こる。さきの著者は「カミングアウトは軽々しくすべきではない」と述べたのだが、それにはこんな事情もある。
 そこで言わないことにしよう。自分の病気や障害を――隠すことが、すくなくとも当座は、できたとして――隠すことにしよう。すると今度は、その仕事ができなかったのはあなたの責任だ、などと言われることになる。なかなか難しい。
 どうしたら切り抜けられるか。どうしたらよいか。たしかに私は、人とのつきあい方が他の人と違うが、それはこの仕事にとって大切な部分ではないと抗弁すればよいだろうか。そういう発想の法律もある。ADAと略される「障害をもつアメリカ人法」では、「資格のある(qualified)障害者を障害ゆえに差別してはならない」とある。「資格のある障害者」とは、「職務に伴う本質的な機能(essential functions)を遂行できる障害者を意味する」とある(第一章・第一〇一項・八)。そしてこの「本質的な機能」に関わらない部分について、雇い主の側は「合理的配慮(reasonable accommodation)」――訳語として「配慮」が適切なのかとも思うが、一般にこう訳されている――をしなければならないということになっている。
 例えば、ある会社がプログラマーを募集しているとしよう。そして車椅子を使っているある人が、プログラミングというプログラマーとしての「本質的な機能」について、他の応募者に比べて優れているとしよう。ならばその会社は、その人を雇わなければならない。そしてその人がその会社で車椅子を使って仕事ができるための環境を整えなければならない。整えるためのどこまでの義務があるとされているのか等の具体的で大切なことを省けば、だいたいこんな法律である。
 会社で人を雇うのは、その人に仕事をしてもらうために雇うのだから、仕事が(相対的に)できる人を雇い(相対的に)できない人を雇うのは当然である、すくなくとも仕方がないことだと思われる。しかし、そのことには関わらない障害を理由に雇わないのはよくないだろう。とすると、これはよい方法、当然の方法であるようにも思える。
 ただ、これがうまくいくかというとそうでもない。実際、この法律に訴える訴訟で、不当な差別があったと主張する側の九七%が敗訴しているとか、障害者の就労率が高くなっていないと言われる。(この主題の研究をしている杉原努の論文が発表されたなら、紹介しようと思う。)どうしてか。
 実態はよく知らないが、起こりそうなことは想像できる。Aを雇用するにあたって「合理的配慮」をすることが雇用主の側の負担でなされるものとしよう。その負担は面倒なことである。「合理的配慮」が企業の存立に関わるような負担になる場合には、そこまでの義務は負わないと法律にはあるが、そこまでに至らなくても面倒なことはあり、雇いたくはない。そして、その費用がかからない人がいる。その人Bは、Aと比べてすこし「本質的職務」の遂行能力において劣るのだが、しかし、Aを雇用することに関わる費用を考えるならBを雇用した方が得であるといった場合がある。そこでBを雇用する。そんなことが起こりそうだ。
 もちろん、それはこの法律のもとで不当な差別である。しかし雇用する側は、AとBを比べてBの方が仕事ができると判断したと主張するだろう。その判断の根拠を求められたら、「本質的職務」の遂行能力だけを基準にしたという、その結果Bの方が点数が高かったという、面接結果の記録を提出するかもしれない。それで終わりになるかもしれない。Aの側が、Aの方がBよりも実際には仕事ができること、そのことについて雇用主の側が嘘をついていることを証明するのは難しいだろう。
 明らかに職務遂行能力に差があるといった場合もあるだろうが、そんなことは多くはない。同じぐらいの仕事できる人はたいていの場合たくさんいる。「本質的職務」の遂行能力以外を雇用主の側が見ることができなくするといった採用方法が可能である場合はあり、それを遵守させることも場合によったらできるだろう。実際、必要な項目以外は、性別や年齢も含め、履歴書に書かせない、といった策がとられる場合はある。ただそうしても名前の記入は認めるのであれば、そこから性別やあるいは「人種」「民族」が推測されるといった場合もある。そして(慎重に作成された)書類選考だけで採用がなされるといったことは多くはない。また、いったん採用すれば、そしてその人はその身体をまとって職場にいるのだから、わかってしまうことは様々にある。その情報が、誰かを解雇する時、その誰かを決める際に使われる。そんなことが起こりうるし、実際起こっているだろう。
 以上は、不当なことを、しかし見つからないように、行なっているといった場合だった。さらに、さきのADHDの人の場合はどうか。
 仕事にもいろいろな仕事があるのだが、その多くは直接に人に対する仕事であったりする。また、そうでないとしても、人といっしょにやっていく仕事である。多くの仕事は、さらに今どきの仕事はなおさら、人と人の協働によってなされる。すると、その「人間関係」をうまくやっていくことが求められる。それがうまくいかないとしよう。となった場合に、それは、「本質的な職務」ができないと判断されてしまうことがありうる。その人は解雇されたとしても仕方がないということになるうる。
 また、あらかじめわかっているなら、採用されないことがある。だから、本人としては――いずれわかられてしまうとしても――すくなくとも事前には、知らせないこと、気づかれない方がよいこともある。
 他方採用する側については、「人間関係」に関わる能力についての情報が採用にあたっての必要な情報であることが認められて、例えば各人の「発達障害」の有無やその度合いを表すスコアの提出を求めるといったことがあるかもしれない。ここでも、知られることがそこからの排除を帰結することがありうる。
 これは――さきに刑罰の話を出したのと同じように意外な感がするかもしれないが――遺伝子検査と保険加入(の拒否)についても起こる問題だ。保険会社が加入希望者に疾病やそれを発症する可能性を知らせることを求めることが正当であるのか。自分が知っていて会社に知らせる/知らせないという場合もある。自分が知らない(知りたくない)場合に会社が知らせることを求めるといった場合がある。各々について問題は異なる。さきほどから考えてきている障害をもっている人の場合には、既に自らは自分の障害についての知識をもっていることが想定されていた。ただ、そんな場合だけでもない。知らせることを求められ、初めて知ることもある。自分が知らなかったことや知りたくないことを知ること、また知ること・知らせることを求められることをどう考えるかという問題もある。
 わざと事態を面倒に複雑に記述しているわけではない。これらはみな起こりうることだし、実際に起こっていることだ。どうしたらよいのか。本人にとってよいように、知ったり知らせることがよい場合にはそうすればよいし、よくない場合にはそうしなければよいではないか。私も、基本的にはそれが答でよいと思う。ただここでは相手もいる。相手も困惑したり、迷惑をかけられたりしているのだ。となると、やはり面倒な話を続けなければならなくなる。」

◆立岩 真也 2001/12/25 「できない・と・はたらけない――障害者の労働と雇用の基本問題」,『季刊社会保障研究』37-3:208-217(国立社会保障・人口問題研究所)

 「当該の仕事の本質的・中核的な職務の遂行能力によって採否を決めること、待遇を定めることを認めるが、それ以外を考慮し、それを理由に採用しないこと、格差をつけることは認めないとする。
 それでうまくいくか。この方法の問題は、それでも依然として採用する/しないという選別と格差の設定自体は行なわれるから、そこで行なわれること一般と上述してきた意味における差別とを区別することが困難なことである。雇用主は選別し格差をつけた理由を明らかにしないこともあるだろう。その理由を報告させることが有効であることはあるが、しかし結局はっきりはしない部分は残るだろう。採用する側は別の理由を言うこともできるのである。
 思い起こせば、アファーマティブ・アクション、割当て制の主張は、このことの認識にも発している。いわゆる機会の平等では十分でないという認識があって、そこから主張された。だから割当ての方が古い発想なのではない。むしろ新しいとも言える。」(立岩[2001→2006:185])

杉野 昭博 20010901 「ADAとDDA――雇用問題を中心に」
 障害者総合情報ネットワーク
 http://ipcres1.ipcku.kansai-u.ac.jp/~suginoa/houkoku/20010901.htm


■関連書籍・報告

◆池原 毅和 20010630 「世界の差別禁止法について」障害学研究会・関東 記録:瀬山紀子
◆八代 英太・冨安 芳和 編 19911215 『ADA(障害をもつアメリカ人法)の衝撃』,学宛社,420p. ISBN-10: 4761491116 ISBN-13: 978-4761491116 [amazon][kinokuniya] ※ ada.
◆Scotch, Richard 1984 From Good Will to Civil Rights: Transforming Federal Disability Policy Temple University Press=20000717 竹前栄治 監訳 1984 『アメリカ初の障害者差別禁止法はこうして生まれた』,明石書店,232p. ISBN: 4750313033 2000 [amazon] ※,
内容(「BOOK」データベースより)
アメリカで本書の初版が刊行されたのは、リハビリテーション法制定後10年を経た1984年であった。その間、障害者に関するアメリカの公共政策はかなり変化した。本書ではその変化を、「慈恵(チャリティ)」を基礎とするアプローチから「均等な権利」を基礎とするアプローチへの移行と特徴づけている。新しいアプローチの提案は、障害者が社会的経済的参加をするとき遭遇する主要なバリアは障害者に対する差別的態度、公共政策、および物理的環境であるから、政府が障害を基礎とする差別を禁止することであった。このアプローチは、いわば最近の障害者研究の「政治社会学的モデル」ないし「マイノリティ・グループ・モデル」であった。この新しいアプローチを代表する最初の立法が1973年に制定されたリハビリテーション法第504条であった。この条項は、合衆国政府の財政援助を受けている学校、地方公共団体、ヘルス・ケア施設、社会サービス施設などのいかなる機関・団体も、障害を理由に障害者を差別してはならないと規定した。
内容(「MARC」データベースより)
アメリカにおける障害者に関する公共政策を、「慈恵(チャリティ)」を基礎とするアプローチから、「均等な権利」を基礎とするアプローチへの変化という点に着目して、調査・研究した成果をまとめる。〈ソフトカバー〉

目次
第1章 障害者の人権法
第2章 善意から人権へ
第3章 第504条の生成
第4章 第504条のための施行規則制定
第5章 障害者の権利主張と保健教育福祉省の施行規則
第6章 政策の普及
第7章 シンボルの勝利―第504条の進展

■翻訳

◆斎藤 明子 訳 19910601 『アメリカ障害者法 全訳・原文』,現代書館,84p. 1000+税
◆全国社会福祉協議会 編 1992 『ADA 障害をもつアメリカ国民法 完訳・解説』,全国社会福祉協議会,181p.


 他に以下の種類の邦訳が出された。

(アメリカ合衆国) 1990 P.L.101-336 Americans with Disabilities Act of 1990 

★DPI日本会議 発行 19900408 『「アメリカ障害者法」とは何か』 DPI日本会議,45p. 500
★DPI日本会議 発行 19900910 『「アメリカ障害者法」とは何か』 DPI日本会議,51p. 500 

★斎藤明子

(アメリカ障害者法) 19901225 「アメリカ障害者法(抄)」(資料) 『福祉労働』49:070-091 
(アメリカ障害者法) 19910325 「アメリカ障害者法(訳) U」 『福祉労働』50:089-117 


★(アメリカ合衆国) 1990 『1990年障害をもつアメリカ人法』 オブザーバー&アソシエイト試訳,91p.  ■金子氏より〒

 ヒューマン・サービス研究会
 この他に通信で提供されていたものがある。



★U.S. DEPARTMENT OF JUSTICE, CIVIL RIGHTS DIVISION, OFFICE ON THE AMERICANS WITH DISABILITIES ACT 1991 THE AMERICANS WITH DISABILITIES ACT : QUSTIONS AND ANSWERS 18p.  

★U.S. CONGRESS) 1990 PUBLIC LAW 101-336 101ST CONGRESS (JULY 26,1990 

★U.S.) 199012 FACTS ABOUT THE AMERICANS WITH DISABILITIES ACT 02P.  

■ホームページ

◆ADA & Disability Information
 http://www.public.iastate.edu/~sbilling/ada.html
 ("Please remove this link from your web pages, as I have graduated and this page will go away" Last modified 17 Dec, 1998)
◆ADA Information Center - Kansas Commision on Disability Concerns
 http://adabbs.hr.state.ks.us/dc/

■紹介・議論

 八代・……編[  ]
 『福祉労働』
 『  』
 『  』
 等が特集している。さらに日本でもこうした法律を制定しようという運動が行われている。詳しい内容についてはそれを見ていただきたい。
 各々が論じていることは、皆示唆に富むものだった。しかし、雇用について、また条文が……である。本稿はこの点について考察し、何を考え、何を求めていくべきか、考えようとするものである。特に能力主義の問題について考えてみたい。能力主義は批判されてきた。しかし私達は何を批判してきたのか。はっきりさせないといけない段階に来ていると思う。

■引用

 法によれば、「資格のあるqualified障害者を障害ゆえに差別してはならない」とある。「ここで資格……」とは、「職務に伴う本質的な機能を遂行できる障害者を意味する」とある(第一章・第一〇一項・八)。

 「こと雇用に関しては、「本来の業務」と限定した上にしろ、一般企業の雇用水準が認めた者、だけに対象を絞り込んでいるのだ。企業経営主にした雇用の本質からすれば当然のことなのだが、一定の能力を認められた者を排除してはならない、はいいのだが、あまりにそれだけを強調されると、つい、それ以外の人はどうしてくれるのだ、どうなってもいいと言うのか、なんて反発したくもなってしまうし、そこに一種の能力主義的なものを感じずにはすまなくなるのだ。……
 ブッシュ大統領に署名を促したリーダーの一人は、「この法律を実際に活かすには、かなり膨大な金額が必要になるだろう。だが、それによって働ける障害者が増えれば、今まで扶助的な支出を要していたマイナス分が減る一方で、逆に納税者にとってプラスするのだから、立派にペイできる筈だ」と説得したという……
 方便にしても、ペイできるからという説得を、得々として吹聴しているあたりが、どうも気になるのである。
 ……脳性マヒなどの重度障害者は、よほど特異な才能にでも恵まれないかぎり、間接的に社会に寄与できる分をプラスしたとしても、ペイできるなどと言える状態になれる筈は、あり得ようもないのだ。消費者としての意味と価値、などと苦し紛れに理論づけたって多寡が知れている。
 経済効率に価値感を置く限り、重度障害者はまさに救いようがないのだ。
 戦後の重度障害者運動は、まさにそうした経済的稼働能力オンリーの価値感の枷から、どう解放され、どう超克して行くかの闘いでもあったのだ。
 糸賀一雄氏の名著『福祉の思想』が説く価値感の転換も、「青い芝」などの激しい運動のエネルギーも、その原点はそこにあった、とも言えるであろう。
 今になって、ペイが採れるから…、などという論理を輸入されたのでは、「青い芝」の運動などを、最初からまた組みなおさねばならなくなる。
 戦後の歳月は一体何であったか。」(花田春兆[1991→1991:128-130])

◇19910201 「ADA やぶにらみ」,『リハビリテーション』331(1991-02):22-26 ※COPY

◇19911215 「ADA法やぶにらみ」,八代・冨安編[1991:122-130](『リハビリテーション』331より転載) ※

◇寺田 純一 1991 「落ちこぼれからみたADA」,八代・冨安編[1991:108-121]

 「無限の可能性を信奉するアメリカの障碍者運動は,「障碍者は機会が与えられれば働ける」と主張し,福祉の「受給者」から「納税者」になることで,社会に貢献するという価値観を堅持する。しかし,「機会の平等」は,即「結果の平等」にはつながらない。確かに,仕事を遂行する能力がありながら,障碍のゆえに差別され,就労の機会が奪われている障碍者は、日本にもアメリカにもたくさんいる。これが,ADAでいう"qualified individual with disabiity",すなわち有資格の障碍者(「有資格の障碍者」がゴシック)である。
 しかし一方で,企業の要求する職務内容を遂行する能力に欠ける障碍者も多くいることは,厳然たる事実である。そして脳性マヒ者の多くは,そのような存在である。「障碍の原因が脳性マヒであるかどうかは問題ではない」とするアメリカの自立生活運動は,まさに差別を排除することによって,脳性マヒ者を落ちこぼしてきたといえないことはない。一方日本の脳性マヒ者運動は,稼得能力がないことを自覚することから出発し,独自の道を切り開いてきた。」(寺田[1991:117])

■文献

●『ADA(障害をもつアメリカ人法)の衝撃』

◆八代 英太・冨安 芳和 編 19911215 『ADA(障害をもつアメリカ人法)の衝撃』 学宛社,430p. 2800

◆Bush, George  19911215 「ADA誕生の瞬間――署名式における大統領演説」(19900726) 八代・冨安編[1991:(1)-(8)] 上野博訳
◆八代 英太 19911215 「まえがき」,八代・冨安編[1991:001-004]
◆Winter, Micael 19911215 「障害者の独立宣言」,八代・冨安編[1991:010-026] 19910519講演 桑名敦子訳  #バークレー自立生活センター所長,障害者の雇用に関する大統領諮問委員会委員 南イリノイ大学哲科卒
◆Frieden, Lex 19911215 「ADAは統合のシンボル」,八代・冨安編[1991:027-053] 19901021講演 桑名敦子訳  #TIRR(リハビリテーション・研究財団)上級副会長,ベイラー医大助教授 ヒューストン大学社会心理学修士課程修了
高嶺 豊 19911215 「日本はお祭さわぎをしている場合ではない」,八代・冨安編[1991:054-068]  #国連アジア太平洋経済社会委員会社会開発部(障害問題プロジェクト専門官) ハワイ大学卒
◆田中 敏之 19911215 「ADAは究極のアメリカン・ドリームだ」,八代・冨安編[1991:069-106]  #東京都心身障害者福祉センター,厚生省依託研究・アメリカにおける権利擁護の法制度研究班 中央大学卒 英米法,行政法専攻
◆寺田 純一 19911215 「落ちこぼれからみたADA」,八代・冨安編[1991:108-121] #日本脳性マヒ者協会東京青い芝の会役員 障害を理由とする就学免除による未就学 全身性障害者の権利擁護活動に努める
◆花田 春兆 19911215 「ADA法やぶにらみ」,八代・冨安編[1991:122-130](『リハビリテーション』331より転載) #国際障害者年日本推進協議会副代表,総理府障害者対策推進本部参与 東京都立光明養護学校卒
◆調 一興 19911215 「雇用の問題と職業リハビリテーション」,八代・冨安編[1991:132-162] #東京コロニー常務理事,全国社会福祉協議会・全国授産施設協議会会長 山口県長門工業学校卒
◆秋山 哲男 19911215 「モビリティは市民権の一部」,八代・冨安編[1991:163-189] #東京都立大学工学部助手 明星大学大学院修士課程修了 都市交通計画専攻
◆野村 歡 19911215 「建築障壁撤廃の歩みとADA」,八代・冨安編[1991:190-202] #日本大学理工学部助教授 日本大学大学院修了 建築計画専攻(高齢者・障害者の生活環境整備)
森 壮也 19911215 「聴覚障害者の夢をかなえる電子社会」,八代・冨安編[1991:203-228]  #アジア経済研究所経済協力調査室,全日本ろうあ連盟日本手話研究所 早稲田大学大学院修了 開発経済学・手話言語学専攻
◆冨安 芳和 19911215 「ADA法成立のもう一つの背景」,八代・冨安編[1991:230-260] #慶応義塾大学文学部教授,ヴァージニアコモンウェルス大学訪問教授 名古屋大学博士課程修了 発達心理学,発達障害学専攻
◆関口 芳孝 19911215 「法律からみた障害者平等の軌跡」,八代・冨安編[1991:261-289] #琉球大学法文学部助教授 神戸大学大学院博士課程修了 労働法,社会保障法専攻
◆太田 茂 19911215 「コンピュータ技術者からみたリハ法・ADA」,八代・冨安編[1991:290-317] #川崎医療福祉大学教授 京都大学工学部卒 福祉工学専攻

中西 正司 19911215 「アメリカ自立生活運動に学ぶ」,八代・冨安編[1991:318-332] #ヒューマンケア協会事務局長,DPI日本会議議長 上智大学中退
◆定藤 丈弘 19911215 「大学教育における障害者差別の禁止」,八代・冨安編[1991:333-368]  #大阪府立大学社会福祉学部助教授 関西学院大学大学院修士課程修了 社会福祉学専攻
◆八代 英太 19911215 「日米関係,国際社会,そして日本」,八代・冨安編[1991:369-416] #参議院議員,参議院厚生委員会理事,自由民主党総務,自由民主党国際障害者年特別委員会委員長,DPI世界書記・アジア太平洋ブロック議長,日米障害者協議会日本側議長 山梨県立立石和高校卒
◆冨安 芳和 19911215 「あとがき」,八代・冨安編[1991:417-420]

◆『福祉労働』四九号(一九九一年一月)
◆『障害者の福祉』
◆『共生の理論』
◆関川芳彦 1990 「アメリカ障害者差別の判断基準――新たな雇用平等法理の形成に向けて」,『琉球法学』45
◆杉本 『自立生活NOW'91』

◆川内 美彦 19910710 「ADAの日本障害者運動への波紋」,『いちご通信』090:15-17 #昴設計府中事務所所長
◆Winter, M. 19910710 「アメリカ障害者運動の歩みとADA」,『いちご通信』090:18-19(次号につづく) #バークレー自立生活センター所長
◆ジェイコブソン,マーガレット 19910910 「アメリカ障害者法と自立生活運動に学ぶ講演会(2)」,『いちご通信』091:009-012 
◆(札幌いちご会) 19911110 「アメリカ障害者法と自立生活運動に学ぶ講演会(3)――パネルデスカッション「アメリカ障害者法(ADA)と障害者運動の展望」から」,『いちご通信』092:017-018 
◆大野 智也 19920427 「自立生活事業のわくわくプラン」(社団法人・埼玉障害者自立生活協会設立総会記念講演) 『SSTK通信』061:11-20 
◆『O.I.ニュース』013 199106 懇親会/ADA/AFL−CIO  
◆『CILたちかわ通信』003 19910528 挨拶/活動/自立生活プログラム/立川駅・国分寺駅/共同連イベント・ADA 12p. 
◆(佐伯 万里子) 19910131 「ADA(全米障害者法)とアメリカ障害者事情――NHKディレクター佐伯万里子さんを招き,百名を越える参加者」,『障害者事業団だより』001:12-13 
◆平井 誠一 19910220 「ADA成立のニューヨーク,実感?!――反差別国際運動理事会・国連要請行動/ニューヨーク 1」,『全障連』104:15-19 
◆平井 誠一 19910417 「ADA成立のニューヨーク,実感?!――反差別国際運動理事会・国連要請行動/ニューヨーク 2」,『全障連』107:14-19 
◆佐伯 万里子 19900830 「ニューヨークタイムズに見る最近の福祉問題――あめりかマイノリティグループ報告・その2」,『そよかぜのように街で出よう』043:30-33 #NHK大阪放送局制作部・プリンストン大学留学
◆久保 耕三 19901101 「障害者に対する差別禁止と機会均等を保障する「障害をもつアメリカ国民法」(ADA)について」,『月刊福祉』73-11(1990-11):102-107 #(社福)東京コロニー事務局次長
◆三ツ木 任一 19910301 「障害者の自立と社会参加」,『月刊福祉』74-03(1991-03):024-029 #放送大学教授
◆丸山 一郎 19910301 「障害者対策をめぐる国際的動向」,『月刊福祉』74-03(1991-03):036-041 #全国社会福祉協議会障害福祉部部長
◆久保 耕三 19891201 「障害者に対する機会均等を保障する障害をもつアメリカ国民法(ADA)制定の動き」,『障害者の福祉』09-12(101):26-31 #東京コロニー事務局次長
◆八代 英太 19920301 「日米障害者協議会 第4回」,『障害者の福祉』12-03(128):38-40 #日米障害者協議会日本側代表
◆『福祉労働』 19901225 『季刊福祉労働』49・特集:アメリカ障害者法と日本の障害者 『福祉労働』49 
◆定藤 丈弘 19901225 「米国障害者法の制定と展開」,『福祉労働』49:008-024 
◆斎藤 明子 19901225 「ADAを成立させたアメリカ障害者運動のパワー」,『福祉労働』49:025-037 
◆楠 敏雄  19901225 「ADA法と日本の障害者」,『福祉労働』49:038-047 
◆糸賀 美賀子・二宮 博之・堀 利和・八柳 卓史・石毛 □子(司会) 19901225 「ADA――かいま見たアメリカ社会,そして日本は」,『福祉労働』49:048-069 
◆『リハビリテーション』 19910201 特集:ADAの意義 『リハビリテーション』331(1991-02) 
◆八代 英太 19910201 「ADA成立を振り返る」,『リハビリテーション』331(1991-02):12-16 #参議院議員
◆関川 芳孝 19910201 「ADA時代の権利保障――忘れ去られた国際障害者年の行方」,『リハビリテーション』331(1991-02):17-21 #琉球大学専任講師
◆花田 春兆 19910201 「ADA やぶにらみ」,『リハビリテーション』331(1991-02):22-26 #国際障害者年日本推進協議会副代表

■ZASSKU 1993.08.18

◆『いのちと健康』 199102 「アメリカ障害者法に学ぶ<シンポジウム>(ADA〔Americans with Disabilities Act of 1990〕を知る 全記録−1−<特集>)」,『いのちと健康』1991-3:2-18
◆『いのちと健康』 199102 「アメリカ障害者法に学ぶ<シンポジウム>(ADA〔Americans with Disabilities Act of 1990〕を知る 全記録−2−<特集>)」,『いのちと健康』1991-3:2-29
◆斎藤 明子 199102 「アメリカ障害者法の内容と背景(講演提起)(ADA〔Americans with Disabilities Act of 1990〕を知る 全記録−1−<特集>――アメリカ障害者法に学ぶ<シンポジウム>)」,『いのちと健康』1991-3:3-15
◆佐藤 進 199103 「アメリカの労災補償と被災者への補償実情とその問題(講演提起)(ADA〔Americans with Disabilities Act of 1990〕を知る 全記録−2−<特集>――アメリカ障害者法に学ぶ−2−<シンポジウム>)」,『いのちと健康』1991-4:16-26
◆『いのちと健康』 199103 「ADA〔Americans with Disabilities Act of 1990〕を知る 全記録−2−<特集>」,『いのちと健康』1991-4:16-30
◆『いのちと健康』 199103 「アメリカ障害者法に学ぶ−2−<シンポジウム>(ADA〔Americans with Disabilities Act of 1990〕を知る 全記録−2−<特集>)」,『いのちと健康』1991-4:16-30
◆『いのちと健康』 199105 「ADA〔Americans with Disabilities Act of 1990〕を知る 全記録−3−」,『いのちと健康』1991-6:16-25
◆『いのちと健康』 199105 「アメリカ障害者法に学ぶ−3−<シンポジウム>(ADA〔Americans with Disabilities Act of 1990〕を知る 全記録−3−)」,『いのちと健康』1991-6:16-25
◆アメリカ合衆国議会/労働省職業安定局障害者雇用対策課 仮訳 199012 「1990年の障害を持つアメリカ人法(ADA)」,『海外労働情勢月報』449:29-37
◆Foote, Daniel H./水町 勇一郎 訳 199112 「能力障害をもつアメリカ人に関する法律(ADA)とアメリカ法における差別の概念(雇用平等法制の新たな展開<特集>)」,『日本労働研究雑誌』33-12:3-15
定藤 丈弘 199212 「アメリカにおける障害者の機会平等法――障害をもつアメリカ人法(ADA)を中心に(国際障害者年を検証する<特集>)」,『部落解放』350:18-29
◆滝沢 仁唱 199107 「障害者差別禁止と社会福祉の権利――障害をもつアメリカ国民法(ADA)に関する一考察」,『桃山学院大学社会学論集』25-1:1-14
◆安藤 次男 1985 「アメリカ・リベラル派の一断面――ADAの創設にかかわって」,『立命館法学』183・184:694-716


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