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自閉症(他):どのようにして知ったか

自閉症 autism


◆Williams, Donna 1992 Nobody Nowhere, Doubleday=19931025 河野 万里子 訳,『自閉症だったわたしへ』,新潮社,297p.ISBN:4-10-526801-5 1942 [amazon][kinokuniya]→20000701 新潮文庫,489p. ISBN-10: 4102156119 ISBN-13: 978-4102156117 [amazon][kinokuniya] ※ a07.

 「父は言った。「小さい頃、おまえはほんの少し変わってたんだ。でもそれ<0314<はお母さんのせいで、おまえ自身は那智も悪くはない」
 「じゃあわたしはどんなふうだったの?」わたしはなおも聞いた。「お願い、誰も責めたりしないから。どうしても知りたい。わたしはどんなふうだったの?」
 「おまえは自閉症だと思われていたんだ」父はぽつりと答えた。
 どうして? とわたしはたずねた。
 「うん、誰も寄せつけようとはしなかったし、しゃべり方もちょっと変わっていた。[…]
 「自閉症」というそのことばが、実際は何を意味するのか、わたしは知らなかった。[…]<0315<
 わたしは[…]自分を悩ませているものの本当の正体をなんとか見つけ出そうと、心理学の本の山に埋もれて暮らすようになった。しかし、どの本にも「自閉症」のことは出ていてなかった。結局わたしは、以前と同じように、闇の中に一人残されて、立ち尽くしていた。」(Williams[1992=1993→2000:314-316])

 「わたしは[…]自分の内に、ことばを求めた。書き終えたページの山が高く積み重なるにつれて、わたしの図書館通いもますます頻繁になった。わたしは、精神分裂症についての本を読みあさった。そうして、何もかもつなげてくれることばが見つからないものか、これこそ自分だと思えることがどこかに書かれていないかと、必死にページをめくりつづけた。
 それは、突然わたしの目に飛び込んできた。そのことばにめぐり合ったのは、父が四年前にふと口にして以来のことだった。「自閉症」。そこには、そう書かれていたのである。「精神分裂症とは区別される」。心臓が、飛び出しそうなほどに高鳴った。わたしは震えた。これこそ、捜し続けてきた答えなのではないか。あるいは、その答えにたどりつく最初の一歩なのではないか。わたしは自閉症についての本を捜した。
 読み進むにつれて、わたしの中には、やっと見つけたという気持ちと、怒りのような気持ちとが、ない交ぜになってこみ上げてきた。」(Williams[1992=1993→2000:416])

 「ただ一度でいい。なぜわたしがこんなふうなのか、客観的な意見を聞いてみたい。わたしは書き上げた自分の原稿を、児童精神科医に読んでもらおうと決意した。」(Williams[1992=1993→2000:417])

◆Grandin, Temple & Scariano, Margaret M. 1986 Emergence: Labeled Autistic, Arena Press=19940329 カニングハム 久子 訳,『我、自閉症に生まれて』,学研,268p. ISBN-10: 4054001823 ISBN-13: 978-4054001824 [amazon] ※ a07.

 「三歳になった時、母は隣近所にいる普通の子どものように振る舞わない私を、神経外科医に連れて行った。私は四人姉妹の第一子だったが、妹や弟たちのだれも私のようではなかった。
 EEG(脳電図)や聴覚検査の結果はノーマルだった。得点+20点が典型的自閉症(カナー症候<0027<群だとする、バーナード・リムランドのチェック・リストで調べられたが、私の得点は+9点だった(自閉症と呼ばれる児童の約十パーセントが、狭く定義づけられたカナー症候群に適合する。なぜならカナー症候群と他のタイプの自閉症に、新陳代謝上の複数の相違があるから)。私の行動パターンは確かに自閉的だったが、三歳半だというのに、言葉がまだ乳幼児の話し言葉の初期(初期にしては意味るある音声だったのだが)にあったことが、リムランドのチェック・リストの得点を、より低めてしまった。[…]診断の結果、医者は私の体に何の異常もないことを告げ、私のコミュニケーション障害のための、スピーチ・セラピーを勧めてくれた。」(Grandin & Scariano[1986=1994:27-28])

 「両親は私を精神科医に週一回連れて行くようになった。スタイン博士はドイツ人でフロイド派の訓練を受けていた。博士は私の内奥にある意識下の秘密を探り出し、何が私を辺にさせるのかを発見することになっていたらしい(一九五六年の心理学的理論は自閉症は精神的傷痕によって引き起こされたと論理づけた。近代神経科学の知識によれば、これは俗論であることを示唆している。自閉症は中枢神経組織のダメージによって起きるのであり、生体上の問題なのである)。
 […]私の謎めいた精神的傷痕のもとを探り出すのは不可能だったが、博士は母に私の扱い方を指導して助けてくれた。母は私に読書力をつけさせ、<0069<私が学校で問題を起こすとみかたになってくれて、母の本能的な介助のほうが、何時間もの高価なセラピーよりも、ずうっと効果的であった。」(Grandin & Scariano[1986=1994:69-70])

◆森口 奈緒美 19960218 『変光星――ある自閉症者の少女期の回想』,飛鳥新社,318p. ISBN-10: 4870312603 ISBN-13: 978-4870312609 1700 [amazon][kinokuniya] ※ a07.

 小学校6年生 自宅にあった『小児自閉症』を読む。
 「今までの、氷河のような層をなした疑問の堆積は、奔流となって全身を駆け巡った。
 その本には、今までの自分の軌跡が、まるでそのまま、こと細やかに、鏡の中の自分の姿を見るように、鮮やかに描き出されていたのだった。
 本を読み終わって、私はその本の背表紙の表題を改めて見た。
 そして、その語の「症」の字に怯えた。
 私は病気だったのだ。普通ではない。”みんな”の言うとおり「変」なのだ。
 どうしたら、その「変」なのを、直していけるのだろうか、真剣に考えた。しかし、治癒までの結論はなかったし、いくら考えても、どうすればいいのだか、よくわからなかった。」(森口[1996:166→2004:166])

◆Gerland, Gunilla 1996 En riktig manniska, Stockholm, Cure, ISBN 91-972641-0-5=1997 A Real Person=20000430 ニキ リンコ 訳, 『ずっと「普通」になりたかった』 ,花風社,286p ISBN-10:4907725140 1700 [amazon][kinokuniya] ※ a07.

 「私はずっと、自分のどこがおかしいのか、解き明かしてくれる記述を求めていた。何らかの説明がきっとどこかにあるはずだという希望は、私の無意識から消えることがなかった。それは完全に無意識のものではあったが、私が医学書のページを繰るようになったのも、この希望からだった。」p.136
 「自分には何か悪いところがあるのだろうか。何か具体的に、はっきりした悪いところがあるのだろうか。この考えは、ぼんやりとではあるが、しつこくつまとって、常に離れないのだった。「自分には、何か具合の悪いところがあるはずだ」[「何か」以降傍点:引用者]。」(Gerland[1997=2000:137])

 「私がどんな問題を持ち出そうと、先生は必ず、心理学的な説明をいくつも提示してくれた。(…)確かに理屈の通った説明だった。だから私は信じることに決めたが、内心ではしっくりこなかった。(…)いつも、何かが間違っている感じがつきまとっていた。でも当時の私はそれまで、「そうか、そうだったんだ」と納得がいくなどということは、まだ一度も経験したことがなかったのだ。「納得がいく」というのはどんな感じがするものなのか、知りもしないというのに、「違う」という確信など持てるはずがあるのだろうか?」(Gerland[1997=2000:221])

 「私は次々と医学書を読んだ。そして、こんなことをしている自分は、心気症に違いないと思った。いろいろな疾患や障害の説明を読んでは、ときおり、自分と重なる部分を見つけたりしていたからである。でも、心気症といえるほど思い込みが強かったわけではない。自分はあの病気だ、この病気だと信じたわけではなかった。自分に当てはまらない記述も非常に多かったのだから。」(Gerland[1997=2000:243])

 「私は突然、正しい本の正しいページをめくったらしい。そこには私がいたのである。 単なる偶然と片づけるには、あまりにもあてはまることが多すぎた。ところが、…先生は…あくまでも家庭環境のせいだという立場を崩さなかった。…こういう人たちにかかると、脳に損傷があると言われてしまうんですよ、そして、うまく行かないことは何でもかんでも、脳の損傷のせいだといって片付けられてしまうんですよというのが先生の話だった。」(Gerland[1997=2000:257])

 「ガーランドの本の、同じ訳者による「あとがき」より。

 「診断は大きな救いでした。自分にも障害があると知って、二重の屈辱から解放されたのですから。みんなと同じことができないのは自分のせいではないことがわかったし、勘でわからないことを計算で補うのはごまかしでも何でもなく、自分に合ったやりかたなのだと割り切れるようになったからです。」(Gerland[1996=2000:285])」(立岩[→2012])
◆Lawson, Wendy 1998 Life behind Glass: A Personal Account of Autism Spectrum Disorder,Southern Cross University Press=20010519 ニキ・リンコ 訳,『私の障害、私の個性。』,花風社,219p. ISBN-10: 4907725256 ISBN-13: 978-4907725259  1680 [amazon][kinokuniya] ※ a07.

 「一九九四年八月、とうとう私は、正しい診断を受けることができた。「アスペルガー症候群」。そのとき私は、四二歳になっていた。自分がみんなとちがっていること、どこかが「おかしい」ことは、ずっと前から知っていた。ただそれまでは、まちがって、別の病気だと思われていたのだ。十代のときには、精神分裂病と誤診されたし、二二歳で最初の子を産んだ後には、産褥後の鬱だと言われた。だから、おかしいのは、みんなそのせいだと片づけられてきたのだ」(Lawson[1998=2001:15])

 「両親も、私がほかの子とはちがうことに気づいているらしきそぶりは見えなかったので、私は何度も、どうしてわからなかったのだろうと不思議に思ったものだ。でも本当は、二人とも気づいていたのだろう。ただ、何か私にはわからない理由から、彼らは無視する方を選んだのだろう。もしかしたら、当時の事情ではどうしようもなかったのかもしれないし、単に、みんな忙しすぎただけかもしれない。あるいは、この子はちょっと不器用で幼いだけで、大きくなれば追いつくはずだと思っていたのかもしれない。」(Lawson[1998=2001:114])

 「二五年後、この診断は覆されることになった。一九九四年の八月、メルボルン大学で、ある著名な心理学者に診てもらった結果、アスペルガー症候群と診断されたのだった。自分が精神分裂病ではないと知って安心もしたが、代わりに別の病気があるのだ、しかもこれには治療法はないのだと思うと、怖くもあった。」(Lawson[1998=2001:143])

 「[…]また自閉症の場合、統合失調症(しばらく前まで精神分裂病)と診断されることが多く、『私の障害、私の個性。』の著者、ローソンは十代のころはそのように診断され、アスペルガー症候群と診断されたのは四二歳の時だった。その本の訳者の文章。

 「日本にもまだ、自閉とは気づいてもらえず、他の診断を受けている人々は、意外に多いのかもしれません。そんな人たちが、一人でも多く、一日でも早く、正しく理解される日が来ることを、私は祈っています。それは、精神分裂病と思われることが不名誉だからではありません。自閉のニーズに合わせた対応が受けられないからです」(Lawson[1998=2001:6])」(立岩[→2012])

◆Willey, Liane Holliday 1999 Pretending to be Normal: Living with Asperger's Syndrome, Jessica Kingsley Publishers Ltd., U.K.=20020606 ニキリンコ訳, 『アスペルガー的人生』 ,東京書籍,254p. ISBN-10: 4487797233 ISBN-13: 978-4487797233 2100 [amazon][kinokuniya] ※ a07.

ニキ リンコ 20020606 「訳者あとがき」,Willey[1999=2002:246-248]
 「本当は生まれつきの障害で、児童精神科の担当する領域なのに、大人たちが(それも、しばしば自分の子どもや孫の診断をきっかけに)診断を受けに来る。歴史の流れの中で見れば、今は、子どものときに診断の機会を逸した人々が一斉に診断を求める、いわば過渡期にあたるのかもしれません。
 大人になってから診断を受けた人が、診断によって安心する、ときには救われた思いを味わうことは、決して珍しいことではありません。でもどういうわけか、このような反応はとかく奇異なものとして見られがちです。そればかりかときには、「自分から障害者になりたいのか」と批判されることさえあります。<0246<」(Willey[1999=2002:246])

◆泉 流星 20031206 『地球生まれの異星人――自閉者として、日本に生きる』,花風社,262p. ISBN: 4907725574 1680 [amazon][kinokuniya] ※ a07. 〔10〕〔13〕〔14〕〔15〕

 「次に前回、診断されたがだからどうということはなかったという箇所を引いた泉流星の本。その人――泉[2003][2005]では夫が自分を書いたように自分が書いている――は、診断「名」はともかく、知って意義があったと三冊の著書で書く。

 「私にとって診断がついたことの最大の利点は、色々な専門書や研究事例を参考にして、自分のハンディをうまくカバーし、トラブルを避けて、「世の中」ともっと上手に関わっていく方法を工夫できるようになったことだ。」(泉[2003:9])」

◆成澤 達哉 20040415 『Myフェアリー・ハート――わたし、アスペルガー症候群。』,文芸社,272p. ISBN: 4835572777 1575 [amazon][kinokuniya] ※ a07.

 「実は私は、二十代後半でアスペルガー症候群に類似した障害「高機能自閉症」と診断されました。それまでの私は、障害があるとはいっさい誰からも言われることも、気づかされることもなく、「人間界に住む普通の人間」として扱われてきました。それゆえ、普通の人間ならばしなくてもよい苦労をするハメとなってしまいました。」(成沢[2004:261])

◆藤家 寛子 20050501 『あの扉のむこうへ――自閉の少女と家族、成長の物語』,花風社,297p. ISBN-10: 4907725647 ISBN-13: 978-4907725648 1680 [amazon][kinokuniya] ※ a07.

どうしてこの本を書きたかったのか。
 「私はこの童話の主人公、ゆめ、と同じく、自閉です。/二〇〇三年の一月、発達障害の一種、アスペルガー症候群と診断を受けました。/日々の生活は、ずいぶん過ごしやすくなってきましたが、困ることもまだあります。
 自閉について知ったのは、もちろん診断を受けてからです。/生まれつきの障害なのだから、治ることはありません。/でも、「自閉」の特徴を受け入れたあと、一つの目標ができました。/どうゆう環境なら、おびえずに生活ができるのか知ってもらいたいというものです。」(藤家[2005:7])

迷路の入り口
 「テレビの人が言います。/「最近はこういうお子さんは、めずらしくありません。かなり高い確率でいると思います」/途中から観たせいもあって、こころお母さんには、意味がわかりませんでした。「発達障害は、それほど身近なものなのです」/「ハッタツショウガイ」/テレビの人は続けて訴えています。「日常の中にこそ、障害があるのです。ですから、やはりご家族が注意して、その子どもさんについて知ることが大事ですね」/司会者らしい女性が、『よくみられる特徴』と書かれたボードを出しました。<0025</チャンネルを変えようとしていたこころお母さんの手が、ピタリと止まります。/ボードが変わっていくたびに、ここのお母さんの胸は、早鐘を打つように、ドクドクと不安に震えます。/「ち…ちょっと待ってよ。そりゃあ、当てはまる部分もあるけど。ほら、部屋中駆け回ったりしないし! でも、ゆめは体に触ると強烈に嫌がるし、泣くし……。でも…でも……」/こころお母さんの頭の中では、でも、という言葉が飛び交っていました。/たまに、当てはまるところもあるのです。/認めなくても確かにあるのです。/ゴクっとつばを飲んだこころお母さんは、「当てはまるところはあるけど、そうじゃないところのかだが多いっていうのを確かめに行こう」と思いました。/まるで自分に言い聞かせるように、「行こう」と何度も繰り返しました。/ふと食卓の上を見ると、新聞がのっています。/ヤスシお父さんが、読み終わったまま、二つ折りになっています。/こころお母さんは、新聞を手に取りました。/そして、急に追いつめられた気になり、さっきの番組のゲストだった人の名前を、紙に書き写しました。」(藤家[2005:25-26])

◆泉 流星 20050930 『僕の妻はエイリアン――「高機能自閉症」との不思議な結婚生活』,新潮社,238p. ISBN-10: 4103001119 ISBN-13: 978-4103001119 1470 [amazon][kinokuniya] ※→20080701 新潮文庫,300p. ISBN-10: 4101350515 ISBN-13: 978-4101350516 460 [amazon][kinokuniya] ※ a07.〔13〕

◆泉 流星 20080120 『エイリアンの地球ライフ――おとなの高機能自閉症/アスペルガー症候群』,新潮社,206p. ISBN-10: 4103001127 ISBN-13: 978-4103001126 1300+ [amazon][kinokuniya] ※ a07. 〔10〕〔13〕〔15〕

 「長い遠回りの末、妻はようやく自分の種族を発見した。僕にはまだ、このことが僕らのケンカばかりの結婚生活に実際どの程度役に立つんだかよくわからなかったけれど、妻は、自分の傾向がわかったのだから必ず対策も見つけられるはずだと断言し、自閉症やアスペルガー症候群についての大量の資料を集めて、さらに詳しい研究を始めた。
 驚いたことに、妻は正しかった。妻が自分の特性や弱点について知識を増やし、理解を深め、自分なりの対処のしかたを工夫するようになるにつれて、僕らの関係も変化していった。これまで原因不明だったぶつかりの理由がわかってきたことで、ケンカの回数も少しずつ減っていったし、前ほどひどくもなくなった。二人の緊張も徐々にほぐれだして、ようやく、日常的な生活が成り立つようになってきた。
 ここにたどりつくまでに、結婚したら実に八年近くもの時間が過ぎていた。」(泉[2005:89])

◆星空 千手 20070701 『わが家は自閉率40%――アスペルガー症候群親子は転んでもただでは起きぬ』,中央法規出版,235p. ISBN-10: 4805829036 ISBN-13: 978-4805829035 1500+ [amazon][kinokuniya] ※ a07.

 「Rが3歳を過ぎた頃、私そしてRと続けざまにアスペルガー症候群との診断名をもらい、一気にいろんな謎が解けた。
 どおりで私は努力の甲斐もなく、学校からも就職先からもドロップアウトし、育児も人様より二重に辛かったわけだと納得した。」(星空[2007:5])

◆東田 直樹 20070228 『自閉症の僕が跳びはねる理由――会話のできない中学生がつづる内なる心』,エスコアール,175p. ISBN-10: 4900851388 ISBN-13: 978-4900851382 1680 [amazon][kinokuniya] ※ a07. 〔10〕

 「24 自閉症の人は普通の人になりたいですか?
 僕らがもし普通になれるとしたら、どうするでしょうか。
 きっと、親や先生や周りの人たちは大喜びで、「普通に戻してもらいたい」と言うでしょう。
 ずっと「僕も普通の人になりたい」そう願っていました。障害者として生きるのが辛くて悲しくて、みんなのように生きて行けたらどんなにすばらしいだろう、と思っていたからです。
 でも、今ならもし自閉症が治る薬が開発されたとしても、僕はこのままの自分を選ぶかもしれません。
 どうしてこんな風に思えるようになったのでしょう。
 ひと言でいうなら、障害のある無しにかかわらず人は努力しなければいけないし、努力の結果幸せになれることが分かったからです。
 僕たちは自閉症でいることが普通なので、普通がどんなものか本当は分かっていません。
 自分を好きになれるのなら、普通でも自閉症でもどちらでもいいのです。」(東田[2007:62-63])

◆泉 流星 20080120 『エイリアンの地球ライフ――おとなの高機能自閉症/アスペルガー症候群』,新潮社,206p. ISBN-10: 4103001127 ISBN-13: 978-4103001126 1300+ [amazon][kinokuniya] ※ a07. 〔10〕〔13〕〔15〕

 「大事なことは、自分の得手・不得手をよく知ることだと思うんだ。たとえば、予想しないことに対処するのが苦手なら、電話を受けることの多い仕事はなるべく避けた方がいいだろうし、普段から『電話の応対がすごく苦手なんです』とか、『急に予定が変わるとすごく焦るたちなんです』って周囲の人に言っておいた方がいい。自分用の電話対応マニュアルを作っておけば、もっと対処しやすいよね」(泉[2008:66])

 「診断がついた人が通る三段階/[…]たまたま、成人を診断してくれる少数の医者にめぐりあい、実際に診断名がついたとする。妻によると、診断を受けたほとんどの成人の人が、大なり小なり同じ過程をたどるんだそうだ。
 診断後の心の変化
 一.診断への過剰な依存の段階[…]
 二.診断と自己の境界があいまいで不安になる段階[…]
 三.受容の段階[…]自閉症の傾向という特徴を自分が持っていると知ることは、自分の弱点を知り、上手にカバーしていくことの「役に立つ」もので、それ以上でも、それ以下でもない。そのことが実感でき、気持ちも落ち着いて、納得のいく段階。」(泉[2008:72])

 「職場などで自分の特別なニーズ(必要とする配慮なと)を説明するためにぜひ診断名が欲しいけれど、残念ながら成人に診断を出してくれる医者にめぐりあえない、という人の場合は、「広汎性発達障害の疑いあり」といった程度の診断でもいいから、何とか出してもらえないか、医者に頼んでみよう。」(泉[2008:73])



 「診断名を誰に言うべきか?/[…]『アスペルガー的人生』に出てくる基準が一番シンプルでわかりやすいと思った。ただ、日本とは文化的にかなり違うから、自分なりにそれをもとに少しアレンジしてみたのが、これ。
 診断のことを知っておいてもらう方がいい人たち
・自分の日常生活や将来の進路に、重要な関わりや影響力を持っている目上の人。[…]/・日常生活で親しくしている人や大切な関係を築きたい相手。[…]/・支援を求める相手。」(泉[2008:73-74]、引いた本はWilley[1999=2002])

◆笹森 理絵 20090120 『ADHD・アスペ系ママへんちゃんのポジティブライフ――発達障害を個性に変えて』,明石書店,222p. ISBN-10: 4750329134 ISBN-13: 978-4750329130 1575 [amazon][kinokuniya] ※ adhd. a07.

 「結局、神経科で抗ウツ剤をもらって飲んでも、一向にウツは晴れず、逆に副作用がきつくて朝、起き上がることさえできなくなってしまった。/言葉を話すこともますますしんどくなって、旦那が横にいても言葉に出せないから、携帯電話で文字を打って、それを見せて会話しているぐらいひどかったの。/そして、ある日……病院の帰りに本屋に寄ったんだけど、自分が親との関係の問題が実はとても強くて、アダルトチルドレンだと知ったことで精神系の本を読んでいたから、だいたいその辺りの本棚をぶらついていたのね。/ふと一冊の本を見た。
 「片付けられない女たち」
 実は、この本の存在を知ってはいたの。/でも、今まで何か怖くて見ないできたんだけど、その時はちょっと心理状態が違ったんだろうね。無意識に手にとって開いてみた。正直、ゲッっと思った。/だって……あたしのこと、そのものじゃん……。」(笹森[2009:139])

 「予め用意しておいた幼児時代からの記録、成績表、通知簿、自分の困り感を書いたメモを先生に見せたの。/先生はそれを丁寧に見ながら、私に問診しつつ、診断基準のチェックを入れたり、必要な資料はコピーをとったりしてくれて、ほんとにじっくり聞いてくれたんだよね。/で、一言。
 「いやあ〜……ADHDだと思うわ。これだけ診断基準を満たしてるからなあ。……こんなにひどいのに、なんで今までわからんかったん??」
 衝撃……。/やっぱりそうだったんだ!!!/そして先生は続けた。
 「できないのはな、努力不足とか、自分の甘さのせいとちゃうねんで。それは脳のせいやねん。だから、自分を責めたら<0143<あかんで」
 何だろう……何かが壊れていくのがわかったような気がした。さらに先生は付け加えた。
 「この成績表を見たら、算数の学習障害もあるかもしれんね。それから、ちょっと気になるのは、こだわりが強いこと、枠がないと動きにくいというところにチェックがあることやな。もしかしたら、アスペルガーも入ってるかもしれへんなあ」
 そういって、一枚のメモに書いて説明してくれたの。
 「君の場合、混合性のADHDでリタリンが効くタイプだと思うから、飲んでみるといいよ。混合性のADHDにこだわりがくっついていう感じかなあ」(笹森[2009:143-144])

 「私にとっての障害告知は、いわゆるレッテル貼りではなくて、行き直すための道しるべ。/今まで、見えなかった敵が初めて見えて、それにはいろいろ戦う術があるのだと知った。/そして、過去の私の失敗の原因は私の努力不足ではなくて(全てとは言わないまでも)、生物学的事由から来る、れっきとした原因があると知ったことで、自責の堂々巡りから抜け出すことができたの。/だって、それまでは、毎日、毎日、私が悪い、全ては自分のせい……ってあれもこれも挙げて数えながら、自責して泣いていたんだもの。
 ただね……確かに、葛藤はあった。/そうはいっても、私はできないことを障害のせいにして、結局は甘えて努力していないんじゃないのかなとか、私の頭は不良品なんだ……とか。/先天性の障害でありながら、気持ちはどこか中途障害を負った人に近い部分もあったりね。
 だけど、クマ先生に出会い、診断を受けて、へんちゃんは生まれ変わった気がしてる。/クマ先生に出会えて、本当によかった。/私の命の恩人だし、新しい人生を先生にもらった気がして、この新しい人生を大切に生きなくては……そう思って今の私があるというのかなあ。/先生、本当にありがとうございます。」(笹森[2009:145])


UP:20090830(ファイル分離) REV:20090831, 20101122
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